かもめ
Ito・M・Studio
Ito・M・Studio(東京都)
2024/03/26 (火) ~ 2024/03/31 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
凄く面白かった。何かチェーホフが初めてしっくり来た。鈴木清順の後期、『夢二』みたいな質感。演出の画角がバストショットで日本人風に繰り広げられる為、非常に解り易い。演出家の解釈が映画的でキャラクターをきっちり説明してくれている。思うに戦後の日本映画はかなりチェーホフに影響を受けているのだろう。起こる大事件は全て噂話、観客にはその隙間を垣間見せるだけ。ほんの少ししか見せず、観客の想像力を刺激して作品を補わせる手法。
役者のレヴェルが本物。こういう奴が観たかった。
ピアノを弾き、壁に何かを書き連ねるトレープレフ(喜多貴幸氏)。作家志望の青年は田舎の叔父ソーリン(竹内修氏)の屋敷に滞在している。その湖畔にある屋敷の一つに住む地主の娘、若き美しきニーナ(藤沢玲花さん)を主演に自作の舞台を発表するのだ。彼の母親アルカージナ(中込佐知子さん)は有名な大女優で著名な作家トリゴーリン(田中飄氏)を愛人として引き連れている。叔父の屋敷の支配人(執事)シャムラーエフ(中川香果〈かぐみ〉氏)と妻ポリーナ(須川弥香〈みか〉さん)、その娘マーシャ(安田明由さん)。マーシャに求婚している教師メドヴェージェンコ(佐藤幾優〈いくま〉氏)。やたらモテる医師ドールン(早船聡氏)。
屋敷の中庭の特設ステージでトレープレフは舞台を開幕。古き悪しき閉鎖的保守的な現代演劇界への宣戦布告、未だ誰も見ぬ全く新しき革命的作品のつもりだったが、ろくに観て貰えず嘲笑され全く相手にされやしない。傷付いて途中で打ち切り立ち去る。ニーナは有名な作家、トリゴーリンを紹介されて夢中になる。
大都会モスクワで女優になることを夢見るニーナ、藤沢玲花さんが美しい。有名になることへの幼稚な憧れがリアル。
トリゴーリン、田中飄氏はウィレム・デフォーと佐藤浩市を足した感じ。
ドクトルを誘惑し追い回すポリーナ、須川弥香さんの怪演に客席がどっと湧いた。
トレープレフを恋するマーシャ、安田明由さんは喪服姿のゴスロリ腐女子。二階堂ふみとかがやりそうな役。この過剰な現代風アレンジは正解。
嫌味な大女優アルカージナ、中込佐知子さんは桃井かおり調。こういう役に日本人は皆、桃井かおりを連想する。それだけイメージが強烈なのだろう。
この遣り口で『桜の園』や『三人姉妹』はどうなるのか?観てみたい。
かなり面白いので是非観に行って頂きたい。
イノセント・ピープル
CoRich舞台芸術!プロデュース
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2024/03/16 (土) ~ 2024/03/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
2回目。
観方を全く変えて観ると作家の意図が判り、かなり違って見えた。演出演技、細かい部分もかなりアレンジされていてラストの音も違う。話を知っているので人物の細かい目配せや表情の変化の意味が理解出来たことも大きい。
これは原爆ではなく、夫婦の物語なのだろう。
海軍の准将まで出世した内田健介氏の役が効いている。彼の叫びがあってこそ、こういう話は成立する。
山口馬木也氏は老いの演技が素晴らしい。家族への涙が美しい。
全員メイクをせずにそのままで老け演技をするのが効果的。
the sun
カンパニーデラシネラ
シアタートラム(東京都)
2024/03/22 (金) ~ 2024/03/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
音曲師・桂小すみ(こすみ)さんが上手に座り、三味線を叩き長唄を唸る。各種の効果音を作り、鉦や太鼓を打ち笛やケーナを吹き、時にはグリーンスリーヴスを奏でる。
今作はアルベール・カミュの母親の物語。
「私は正義を信ずる。しかし正義より前に私の母を守るであろう。」とはカミュがノーベル文学賞を受賞した後の討論会で述べた有名な言葉。
母、カトリーヌ・サンテスは文盲で難聴の為、耳が殆ど聴こえなかった。この役を演ずる數見陽子(かずみあきこ)さんはろう者(聴覚障害者)の為、観客にもろう者が大勢いた。ほぼ台詞のないマイムの無言劇。(手話で会話するシーンが一つだけあり、そこだけ音声が流れる)。
自分が観ていてハッと思ったのが、これは音楽の視覚化をやろうとしているのではないか。動きや表情、リズムや各種多彩な遊び。これはメロディーを見せているのではないか。
北アフリカのアルジェリアのノートルダムダフリックをイメージしたような背景。
「一人の母親の素晴らしい沈黙と、この沈黙に釣合う愛や正義を見出すための一人の男の努力」。
是非観に行って頂きたい。
ジーザス・クライスト=スーパースター
劇団四季
自由劇場(東京都)
2024/02/16 (金) ~ 2024/03/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
[エルサレム・バージョン]
楽曲が良いのでやはり観入ってしまう。ジャポネスクよりもこっちの方が好きかも。
ジーザス・クライスト役、加藤迪(すすむ)氏は鈴木健想に見えた。
マグダラのマリア役、江畑晶慧(まさえ)さんも巧い。
この二人の歌はどんな状況でも歌詞を聴き取れるのが凄い。
イスカリオテのユダ役、佐久間仁氏は時々谷村新司を思わせる。
ヘロデ王役、北澤裕輔氏は松平健っぽかった。
ジーザス・クライスト逮捕の理由。当時ユダヤ教は三派に分かれていた。ローマ帝国に従う権力を握る官僚的なサドカイ派。一番大衆に根付いていたパリサイ派は伝統的な律法を守り習慣を重んじた。ジーザス・クライストのいたであろうエッセネ派はゴータマ・シッダッタの教団に近い形で儀礼ではなく精神的なものを重要視した。ラディカルにパリサイ派を批判し、かなりの民衆を扇動出来る人気、反政府運動のカリスマ的な立ち位置。それを敵視したパリサイ派サドカイ派の者達は死刑の権限を持つローマの総督ピラトに処罰を委ねたとされる。
島口説(しまくどぅち)
株式会社エーシーオー沖縄
R's アートコート(東京都)
2024/03/20 (水) ~ 2024/03/23 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
1979年、沖縄本土復帰から7年、ここは民謡酒場「スミ子−の店」。山城スミ子(城間やよいさん)と元バスガイドの新人(知花小百合さん)が団体客の応対をしている。(今作では山城スミ子本人の役ではない可能性もある)。遅れてやって来る平良大氏が三線を奏でる。
比嘉恒敏の曲、「艦砲ぬ喰ぇー残さー(かんぽーぬくぇーぬくさー)」=艦砲射撃の喰い残し、が印象的に唄われる。「死に損なった猪が我が子を想うが如く、こんな目に遭うのは二度と御免だ、と夜も眠れぬ日もある」
今沖縄で生きている自分達はあの時の死に損ないに過ぎないとの境地。
知花小百合さんは吉村実子っぽい。本職は舞踊家なのにお笑い芸人のように達者。
城間やよいさんは野々村友紀子っぽい。やはりプロのお笑い芸人だった。喋りが素人ではない。
もう開幕から漫才のようだった。客を弄りながら自然に喋っているようで、実は完璧に構築された世界。伝統芸能の域。ここまでACO沖縄はレヴェルが高いのか。凄い作品。『この世界の片隅に』のような語り口と今村昌平作品をガッチリ観た時のような濃密な空間。笑わせて泣かせて一人の女性の人生を丸ごと味わわせる。ここまでやれるのか。
1979年北島角子さんの一人舞台として初演、300回を超える公演に。2018年、沖縄のローカルお笑いコンビ「泉&やよい」主演の二人芝居に脚色してACO沖縄で再演。2019年からは知花小百合さんと城間やよいさんのコンビになった。
かつてはこれを一人でやったのか?そりゃ観てみたい。今回の脚色も素晴らしく、二人の掛け合い、役の交換、先輩と新人の関係性などよく練られている。
「艦砲ぬ喰ぇー残さー」こそ、生きて戦争の証にならなければ!沖縄についてかなり深く感じ取れた。必死に純粋に生きて全ては自然のままに。それは政治運動でも思想でも何でもない。全ては自然に。
是非観に行って頂きたい。
蛇ヲ産ム
日本のラジオ
新宿眼科画廊(東京都)
2024/03/15 (金) ~ 2024/03/19 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
演出、異質な空気感の醸成、話の進め方が秀でている。そして言語感覚。「いい」を必ず「よい」と言わせる拘り。その細かさが観客を敏感にさせる。
沈(しむ)ゆうこさんが語り手。自身の経験談を人名や地名は特定されないよう仮名にして語り出す。
彼女が働いていた地方の肉屋にパートで入ってきた日野あかりさん、結婚を機に夫の田舎に引っ越して来たそうだ。最近腹部に違和感を覚え地元で評判の漢方薬局を勧められる。診療にあたるのは薬剤師の松浦みるさん。少し妙な問診。処方された漢方薬。
実家で暮らす義理の妹(神藤さやかさん)がたまに遊びに来る。ガチガチの金髪、冷蔵庫の肉への執着。
肉屋で毎日弁当を買う常連客は安東信助氏、かなりのメンチカツ中毒。「何か入ってんのかなあ?」
残業後、会社の後輩(加糖熱量氏)と車で帰る。後輩は恋人(こばやしかのんさん)とイタリア料理店で食事をした際のことを話し出す。料理のパプリカを除けていたら咎められ、その訳となった小学生時代のトラウマを告白したことを。
日野あかりさんの役への作り込みが凄い。チック症を多用。前作の弱視役を彷彿とさせる藪睨と神経症的な瞬き、ジスキネジア(自分の意志とは関係なく体の一部が勝手に異様な運動をする不随意運動)のように口をもごもごさせ、表情は神経質な痙攣を伴い続ける。
そして異常に美人、気持ち悪くなる位の美人。こういう話には打って付け。
こばやしかのんさんは脚が長くスタイルが良い。
この感覚は『ファンタズム』っぽい。
田園に死す
流山児★事務所
ザ・スズナリ(東京都)
2024/03/14 (木) ~ 2024/03/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
終盤の劇中、流山児祥氏が叫ぶ。「これのどこが『田園に死す』だ!?」、どっと笑う観客。『田園に死す』を叩き台に使った、天野天街大全みたいな舞台。ループ・ギャグ、駄洒落、時空間の割れ目、消失、入れ替え、デジャヴ、現実と虚構、無限問答、メタフィクション、昭和初期のギャグ、盆踊りのような群舞、飛ぶフィルム、言葉遊び···、天野天街ワールドを堪能するのだ。好きな奴には堪らなく好きな御馳走だろう。
やはり振付は夕沈さん。
中学生の寺山修司(木暮拓矢氏)と母(平野直美さん)、隣家の沖田乱氏と嫁入りした伊藤弘子さん。沖田乱氏は快楽亭ブラック&荒井注っぽい。
寺山修司は母親の支配から逃れて、女と東京へ駆落ちする妄想を抱いている。
村に来た怪しいサーカス団に潜入するのは少年探偵団。それを率いる小林芳雄を演じるのはさとうこうじ氏。せんだみつおのような、レツゴー三匹のじゅんのような、中川剛のような、躁病スタイル。
サーカス団の空気女他は新部聖⼦(にいべみなこ)さん、印象に残るおかっぱ。
竹本優希さんはやたら綺麗。目鼻立ちのハッキリしたJAC顔。簪代わりの五寸釘。
寺山修司は分裂する。眞藤(しんどう)ヒロシ氏、五島三四郎氏。
そして寺十吾氏はここでも当然のようにいた。遺影の父であり、怪人二十面相でもあり。だが彼は本当は実在しないのではないか?昔、押井守が『ルパン三世』の劇場版をやる事になった。その時の押井守のネタが、「ルパンは実在せず、次元五右ェ門不二子が代わる代わる演じ合っている共同幻想であった」というもの。それに怒り狂った上層部は押井守を引き摺り降ろし、突貫工事で『ルパン三世 バビロンの黄金伝説』を全く別のスタッフに作らせることに。何か寺十吾氏も舞台上にだけ漂う如く存在する共同幻想なのかも知れない。
天野天街作品で一番観客にドッカンドッカン笑いが起きていた。是非観に行って頂きたい。
宇宙論☆講座 the BEST & the WORST
宇宙論☆講座
北とぴあ カナリアホール(東京都)
2024/03/14 (木) ~ 2024/03/17 (日)公演終了
イノセント・ピープル
CoRich舞台芸術!プロデュース
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2024/03/16 (土) ~ 2024/03/24 (日)公演終了
カタブイ、1995
名取事務所
小劇場B1(東京都)
2024/03/15 (金) ~ 2024/03/18 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
中2の少女役の宮城はるのさんが超可愛かった。19歳。歌と三線も一流。沖縄アクターズスクールか?と思ったがこれが初舞台とのこと。凄いな。彼女を見る為だけでも今作に価値はある。キム・テリのデビュー当時みたいな自然な華。ACO(芸術共同体組織)沖縄は何かずっと観たかった劇団で、期待しただけはあった。本物の作品、凄く考えさせられる。
前作『カタブイ、1972』を観ていないので作家の構想を完全に理解しているとは思わないが、今作だけでも凄まじい重量。沖縄問題は素人が簡単に口を出すのは失礼にあたるとの不安感で皆少し距離を置いている議題、下手に口を挟めないジャンル。それは“差別”についての言説に近い。当事者じゃないから関わりたくない、的な。
今作の舞台は1995年、日本にとって激動の年。
55年体制(1955年に成立した自民党と野党との2:1のバランス)が1993年に崩壊。非自民8党の連立政権が誕生、日本新党代表・細川護熙が総理に。その後新生党代表・羽田孜を経て1994年6月に自社さ連立政権として社会党代表・村山富市が総理の座に座った。
1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生。
3月20日、オウム真理教による地下鉄サリン事件が発生。
世紀末的な退廃厭世刹那的な思潮が蔓延し、後に伝説となる『新世紀エヴァンゲリオン』が放送される。
反戦地主=沖縄県内の米軍基地内に土地を持つ地主の中で、1972年の日本復帰の際、「自分の土地は軍事基地としては使わせない」と政府との契約を拒否した地主のこと。
反戦地主の夫が亡くなり、残された妻の新井純さんは娘(馬渡亜樹さん)と孫娘(宮城はるのさん)とサトウキビ畑を耕して暮らしていた。体制側に寝返った花城清長氏や沖縄防衛局の稀乃(きの)さんは軍用地の契約のお願いに再三やって来る。そんな中、23年前に馬渡亜樹さんの恋人であり、沖縄闘争に身を投じた髙井康行氏が故人の弔いとして突然顔を出す。
「片降い(カタブイ)」とは、沖縄県特有の不安定性降水のことで、片側(局地)だけ集中豪雨が起きている状況。そこ以外は全く平穏で綺麗な晴天だったりする。今作では日本国の中で、沖縄県だけがカタブイに遭っていると糾弾の声を上げている。本土の人間としては所詮『対岸の火事』で、「あら大変ね」と他人事。災害と同じで自分が被害を被らないと人間は動かない。「同じ日本人としてこんな状況を何故許せるのか?」と沖縄人は叫ぶ。原発と同じで、自分の身の回りになければ大して気にならない大多数の日本人。だって自分の暮らしには関係ないから。不公平で明らかに間違っている国策を何とか正していかなければならない。だが一体どうやって?
デモや座り込みに果たして意味があるのか?参加者達のエネルギーを発散させるお祭り、「何かをしている」という自己満足に過ぎないのではないか?「手段」が「目的」化してしまう、例のいつもの奴じゃないのか?結局何の「目的」も果たせないままじゃないか。反体制運動に付き物の徒労感。虚しさ。
稀乃さんは日本国憲法、日米安全保障条約、日米地位協定をすらすらすらすら暗誦してみせる。怖ろしい。
花城清長氏は重要な役。この柱が一本通っているので皆安心して演れる。
安室奈美恵ネタは秀逸。彼女のお蔭でおおよその年代感覚が掴める。
ナークニー(宮古島由来とされる民謡で同じメロディーに思い思いの歌詞を乗せるもの)が効果的に使われる。
素晴らしい作品、こういうものこそ沢山の人に御薦めしたい。
あとのさくら
ここ風
「劇」小劇場(東京都)
2024/03/13 (水) ~ 2024/03/17 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
よく練られた脚本、感心する。笑いは薄いが桜の花びらが音もなく降り続けるその美しさ、一人のいなくなってしまった女性の面影をずっと追い掛けていく物語だ。台本執筆中に作・演出の霧島ロック氏の母堂が亡くなったという。それを知って腑に落ちた。奏でられるのはレクイエム。胸いっぱいの鎮魂歌。
看板女優の天野弘愛さんの魅力を作家は知り尽くしている。
『泣き顔でsmile 擦り切れてshine 踊るならrain
ピント外れの我儘Juliet』
(今ではダサい歌詞にしか聞こえないが何周も周るときっと好きになる)。
群馬の暴走族だった氷室京介はミュージシャンで成功しようと上京する。そんな氷室を追って来た女が美容師になって食わせてくれた。ままごとみたいな同棲生活、甘え切った日々。ある日、女は他に男を作って別れを告げる。氷室京介のラブソングはほぼその女への歌ばかりだ。自分のものにとても収まらない女、だけど自分のものだった女。
天野弘愛さんの演じるさくらはまさしくそんな女。どうしようもなく悲しい場面で満面の笑みを見せてくれる。
天野弘愛さんは8月に和歌山県の熊野本宮大社で『おぐりとてるて』のてるて姫をやるという。気になる。
香月健志氏はかなり痩せていた。最新型のオシャレ番長。
吉岡大輔氏のキャラは非常に重要なスパイス。いい味を足してくれる。ひたすらトイレ。
はぎこさんは橋爪未萠里っぽい強キャラ。
星出紗希奈さんは中舘早紀っぽい。
是非観に行って頂きたい。
音楽劇 『母さん』
俳優座劇場
俳優座劇場(東京都)
2024/03/08 (金) ~ 2024/03/10 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
『この世界の片隅に』のオープニングテーマ曲『悲しくてやりきれない』。コトリンゴの囁くような呟くような声が世界の心象風景の彩りとして流れる。涙が出る程悲しくて美しい世界。この曲を作ったのは当時ザ・フォーク・クルセダーズだった加藤和彦。2枚目のシングル、『イムジン河』が朝鮮総連の抗議によって発売日直前に中止、回収となる。ニッポン放送の重役・石田達郎に呼び出された加藤(当時二十歳)はそのまま社長室に監禁されて3時間で新曲を作らされた。3時間後、タクシーで石田とサトウハチローの自宅に向かう。(行ったのは高崎一郎説もある)。特に打ち合わせもなく、簡単な挨拶だけでその場は終わる。一週間後、サトウハチローの歌詞が上がってくる。期待した割には何かパッとしない詞で皆違和感を感じたという。だがレコーディングが始まるとハッとする。ぼんやりとした情景と独り言のような呟きだけで、後は全て曲に語らせている。メロディーが連想させる無限の世界への誘い水に徹しているような言葉の連なり。まさに天才の仕事。
今作はその国民詩人、サトウハチローを次女が追憶する流れ。
サトウハチロー役は阿部裕(ゆたか)氏。どことなく鴈龍太郎を思わせる。口髭と顎髭を輪ゴム付きのメイクで装着。珍しい方法。
次女と母親役を兼ねるのは土居裕子さん。左幸子と高橋真麻を足したような魅力。文学性と大衆的明るさ。
息子役と若きサトウハチロー役を兼ねる町屋圭祐氏も凄腕。42歳とは!?ちょっと出だしは子役かと思った程。
父親である佐藤紅緑(こうろく)役は福沢良一氏。
佐藤紅緑は雑誌『少年倶楽部』を絶頂期に導いた『あゝ玉杯に花うけて』の作者。それは昭和初期の子供達に多大な影響を与えたスポーツ文学の始祖的な作品だった。後に『週刊少年マガジン』の編集長・内田勝は梶原一騎にこう頼む。「梶原さん、『マガジン』の佐藤紅緑になって下さい!」小説家志望で漫画原作者を続けることに気乗りのしなかった梶原一騎の目の色が変わる。「内田さん、分かった。自分が秘かに敬愛していた紅緑にあやかり、漫画を男一生の晴れの舞台と心得て根の続く限りやらせて貰います。」そこで書き始めたのが『巨人の星』。梶原一騎はサトウハチローにライバル心を抱いていたのでは?、と自分は思っている。
佐藤紅緑の弟子である詩人・福士幸次郎役は浅野雅博氏。
1918年、小笠原の父島にある感化院(非行少年を教育する福祉施設)に送られることとなった不良少年サトウハチロー、15歳。それを不憫に思った福士幸次郎が島の一軒家を借りて二人で暮らすこととなる。
サトウハチローの姉役は仲本詩菜(しいな)さん。結核で吐血、若くして亡くなる。その鮮烈な真っ赤な血こそが後の『リンゴの唄』となる。『うれしいひなまつり』も彼女への歌。
弟の節(たかし)役は佐藤礼菜さん。広島の原爆で亡くなった。サトウハチローは被災地で弟の痕跡を探す。探しても探しても遺体どころか遺品一つ見付けることは出来なかった。何一つ見付けることは出来なかった。この体験が『長崎の鐘』となる。
女中のヨネ役は小暮智美さん。「俺の初めての女」とサトウハチローは嘯く。
作曲家新垣雄(あらかきかつし)氏の奏でるピアノの旋律と植村薫さんの震わせるヴァイオリンの音色が美しい。オリジナルでサトウハチローの詩に曲を付けコロスの合唱が始まる。凄く楽曲が良い。新垣雄氏は気になる。歌唱力で選んだのであろう、配役も素晴らしい。『雪女』が凄く好き。
土居裕子さんは凄い。ずっと観ていたい。
スタンディング・オベーションも納得。母親への想いを愛憎アンビヴァレンツに奏でる。それが本当なのだろう。愛と憎しみは編まれた組紐、同じ場所にある。
筒井康隆笑劇場
笑いの実践集団
シアター・アルファ東京(東京都)
2024/03/08 (金) ~ 2024/03/14 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
①一について
松田洋治氏、竹若元博氏(バッファロー吾郎)
②モーツァルト伝
竹下景子さん
③乗越駅の刑罰
松田洋治氏、小堺一機氏、花木さち子さん、上山克彦氏、竹若元博氏、竹下景子さん、飛野悟志氏
休憩
④冬のコント
飛野悟志氏、花木さち子さん、小堺一機氏
⑤早口ことば
小堺一機氏、小中文太氏
⑥ヒノマル酒場
竹下景子さん、上山克彦氏、小堺一機氏、竹若元博氏、小中文太氏、松田洋治氏、見た目が邦彦氏、花木さち子さん、山田健太氏他
高平哲郎氏77歳のセンスが古いのか?全く笑えず。筒井康隆のアンチなのか?と勘繰った。兎に角笑いの爆弾で観客を打ちのめさないとこういう試みに意味がない。筒井康隆モノを他ジャンルに変換すると糞つまらないのは何故だ?飛野悟志氏は大仁田厚に見えた。『乗越駅の刑罰』の猫マスクの出来が素晴らしい。小堺一機氏は渡辺哲っぽい風格で雰囲気がある。得たものは竹下景子さんを生で観れたことだけ。
諜報員
パラドックス定数
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2024/03/07 (木) ~ 2024/03/17 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
篠田正浩の遺作となった『スパイ・ゾルゲ』。太平洋戦争開戦直前に捕まり、後に死刑となったソ連のスパイをまるで反戦平和活動家のように描こうとした無理のある作品。ラストに流れるのは「イマジン」(使用料が高いのでインストに字幕の歌詞だけ)。いや、無理があるだろ。まさに篠田作品。(ただ彼の『沈黙』だけは傑作だと思う)。
グループで来ている熱狂的野木ファンの女性達が大挙押し寄せたイメージの不思議な客層。「ゾルゲ事件」だぞ、これ。
作品は黒沢清調のサスペンスで流石に面白い。シチュエーションが練られている。突然拉致監禁され雑居房に放り込まれた4人の男、互いの名前も素性も判らない。ここが何処だか奴等の目的が何かも判らない。一人ずつ彼等を呼び出し尋問する2人の男。誰が嘘をついているのか誰が騙そうとしているのか一つ一つ疑い始めれば確かなものなど何もない。観客の想像力を刺激し続ける無言の関係性。役者がゆらゆら揺れるように立つシーンが幾つかあるのだが、その揺らめきこそが今作の象徴。
知っておいた方がいい人物と名称。
リヒャルト・ゾルゲ ドイツ人の父とロシア人の母の間に生まれる。共産主義に心酔し、ソ連のスパイとして中国、日本で諜報活動。ナチス党員のドイツ人ジャーナリストとして信頼を得、ドイツ大使の相談相手となり最高機密にアクセスする権限を入手。独ソ不可侵条約と日ソ中立条約を破って、いつドイツがソ連に戦争を仕掛けるか?日本はそれに参戦するのか?が最大の案件。
尾崎秀実(ほつみ) 朝日新聞の特派員として渡った上海でゾルゲを紹介され、協力を約束する。後に総理大臣となる近衛文麿の政策研究団体に参加、内閣嘱託としてブレーンの一員となる。御前会議(戦争の開始と終了に関して開かれた、天皇・元老・閣僚・軍部首脳の合同会議)の内容まで入手出来た。
宮城与徳 沖縄生まれ、画家を志すも結核に罹患。父に呼び寄せられて渡米、絵の勉強をしつつ共産党に入党。洋画家として個展を開くまでになるが、指令を受けて帰国、ゾルゲ諜報団に参加。ゾルゲと尾崎の連絡役となった。結核が悪化して喀血。
安田徳太郎 京大卒の医師。医療を通して社会運動に参加。東京青山に内科病院を開業。無産政党(合法的社会主義政党)を支援。共産党シンパとして睨まれ検挙されたことも。宮城の治療を受け持つ。
特高(特別高等警察) 日本の秘密警察。思想犯を取り締まる為に作られた組織。
このクラスの作家の新作初日でも満員にはならないとは厳しい世界だ。前説後説、主宰の野木萌葱(もえぎ)さんの言葉に力があった。来年は青年座に書き下ろした作品、『ズベズダー荒野より宙へ‐』のセルフカバーを演ると発表。2021年9月、シアタートラムで公演されたものを3部作に改変すると。「今回、御覧になってイマイチだった、合わなかったと思った方も絶対に観に来て下さい!」自分の作品を信じている。絶対に価値があるものだと信じる力。いや、そりゃ皆観に行かざるを得ないでしょう。行きますよ!
今作も是非観に行って頂きたい。
エアスイミング
カリンカ
小劇場 楽園(東京都)
2024/02/28 (水) ~ 2024/03/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
これは難しい戯曲。初心者が気軽に楽しめるようなものではない。でもガッチリ客は入っていたし、皆結構真剣に観ていた。自分なんかが気楽に観るような代物じゃない作品。あやめ十八番の堀越涼氏演出ということでいろいろサービスしてくれるんだろうと勝手に思っていたが、そういう訳でもなかった。これシアター風姿花伝とかでやる奴じゃん。下北の日曜の昼間に精神病院に監禁された女二人の数十年の闘いをガッチリ観劇する層。凄い文化だ。
女優二人は完全に狂っていた。只々それを見詰めるのみ。『蜘蛛女のキス』とかこういった閉鎖的環境での狂気こそ、「これぞ演劇」なのだろう。ただ、もっとサービスしても良かったのでは。字幕の投影とかで時間の経過を示した方が今作の意図が伝わったと思う。(ただ説明を入れると作品の意味合いが変わってしまうのでそこも難しいところ)。
キチガイの妄想なのか?、キチガイ扱いされた常人の苦悩と発狂なのか?で物語の見え方は大きく変わってくる。今作ではキチガイが妄想で生き延びる話に見えてしまう人が多いかも知れない。
ドリス・デイがキーパーソンなのだが、彼女が生まれたのは1922年、小口ふみかさんが収監された年。ドリス・デイの人生と長い監禁生活を重ねているのだろう。1956年の『知りすぎていた男』の劇中歌、『ケ・セラ・セラ』が印象的に使われる。演出で興味深いのは流れる曲と台詞のタイミングが完璧にシンクロしていること。計算され尽くしている。
タイトルの『エアスイミング』の場面は素晴らしい。アンナ・カリーナ主演の『アンナ』を思わせるポップさ。60年代のフランス映画の雰囲気。シンクロナイズドスイミング(アーティスティックスイミング)の気分。
ネバーエンディング・コミックス
東京にこにこちゃん
駅前劇場(東京都)
2024/02/28 (水) ~ 2024/03/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
主演の辻凪子さんを初めて知ったが、一発でファンになった。表情によっては藤谷美和子さんに見える超絶美人、それでいてこの狂った世界で小学生からの十数年の物語を見事に紡いでみせた。尾田清笑(せえ)という役名だが、セイだと思っていた。
中央には開いた本の白紙のページ。上手と下手に昇降式の白い緞帳(ブレヒト幕?)があり、テンポよくカットを割る。激しい場面転換、切り替えの為のアイディア。このスピード感が人気の秘密。笑いのセンスはずば抜けている。キャラの造形が異常。まともな人間が一人も出て来ない。凄く優しいキチガイのジュブナイル。観客は大熱狂、やたら凄いことになっている。ブレイク前のバンドみたいな盛り上がり。
亡くなった母親の影響で漫画大好きな小学生、辻凪子さんが転校してくる。その学校では誰も漫画の存在を知らず、アニメの話だけ。彼女が漫画を貸してやると、皆夢中になって読み耽る。彼女と亡き母親の一番好きな漫画、『ネバーエンディング・エスポワール』(終わりなき希望)にハマって、今後の展開を考察していく皆。担任の先生(高畑遊〈あそぶ〉さん)も『ネバエン』に夢中。だが狂気を秘めた教師、尾形悟氏はそれを許さなかった。
佐藤一馬氏がされる指錠に一番笑った。上下後ろ手に手を組まされ、親指だけを毎回指錠される。凄く好きなセンス。
中身空っぽイケメン、海上学彦(うなかみまなひこ)氏は徳井義実顔。
落語家の息子、てっぺい右利き氏は落語のサゲを極めることに。
四柳智惟(ともただ)氏は四つ子の四兄弟を一人で演じ切る。
立川がじら氏と土本燈子さん父娘の秘密。
映画ならトッド・ソロンズ系になるんだろうな。必死でバカをやって、カメラが引いて俯瞰になるとどこか物悲しい感じ。いつだってフィリップ・シーモア・ホフマンはそこにいた。
笑いは味覚と同じで個々人、好みは違う。けれど、それだからこそ面白いんだと思う。自分の味覚こそ最高と信じられたから、二郎系はここまでポピュラーになった。まだ見ぬ地平を地図もなく歩き出したのだから、誰にも正解は解らない。
「思い出野郎Aチーム」の『笑い話の夜』、『楽しく暮らそう』が印象的に使われる。凄く良いバンドだ。選曲センス、キャスティング・センス、笑いのセンスは脳の同じ領域にあるのかも知れない。この作家の武器は間違いなく笑いのセンス。自分を信じて貫いて欲しい。笑いにやられたので次作も観に行く。
「こんな夜は消えてしまいたい」とよく思うけれど
今終わったら全部が無駄で何か残したくて生きる
正解でも間違いでもそれが分かるのはどうせ未来今は走るだけ
amazarashi『奇跡』
月の岬
アイオーン
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2024/02/23 (金) ~ 2024/03/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
凄くこの物語は気になる。妙に引っ掛かる。
音楽・三枝伸太郎氏、歌・菊池好凛子ちゃん、津久井有咲ちゃん、牧野湊君。劇中歌「月の岬」が川井憲次の『イノセンス』みたいでカッコイイ。
この世界は、だれのもの
ながめくらしつ
現代座会館(東京都)
2024/03/01 (金) ~ 2024/03/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「ピアノ超人」、ピアノを弾きまくるイーガル氏。膨大な楽譜を見ながら完璧に構築されたオリジナル曲を65分奏で続ける。不協和音を混ぜながら芯がしっかりとしたストーリー性のある楽曲。この人の存在は大きい。
「ジャグリング超人」、目黒陽介氏。ロジンバッグ(滑り止め)のような白いお手玉を使う。
「ダンス超人」、入手杏奈さんのファンは必見。凄まじかった。この人がパッと踊り出すと『フラッシュダンス』みたいに華がある。スポットライトが当たったかのようにステージの空気が変わり風が吹く。足の指先一本一本が踊っている。
「バランス超人」、目黒宏次郎氏。隙あらば椅子や机の角で倒立を始める。
「回転超人」、安岡あこさん。机の上など狭いスペースでくるくるくるくる回転し続ける。田村潔司か?ルチャ・リブレのコルバタのような動き。物販で手作りのピアスも販売中、大人気。
無機質に机と椅子が置かれ、太い綱やフープが転がっている。上手端にピアノ。
目黒宏次郎氏と安岡あこさんのペアは男が必死に女を口説いているようにも見える。徹底して跳ね除ける女。香港功夫映画のような遣り取り。酔い潰れた女を介抱するような場面も。チャップリンっぽい。
目黒陽介氏と入手杏奈さんのペアは謎のゲームを続けている。互いのやる事を否定して回るような。
死体(人形)を動かす為には必ず動力源がいる。動かす為のロジック。そもそも人間は無意識でそれを行なっているのだが、自覚的にそのことを突き詰めていくような試み。
音楽が良いので退屈せずに観ていられる。踊りというよりも闘いだ。
是非観に行って頂きたい。
スプーンフェイス・スタインバーグ
KAAT神奈川芸術劇場
KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)
2024/02/16 (金) ~ 2024/03/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
片桐はいりさんの一人芝居ならそりゃ観たい訳で、流石の腕前。一人芝居であることを感じさせない演出も良い。客席は超満員、開場前から大行列。凄い人気。チラシのイラストが丹野恵理子さん、ヴォイニッチ手稿風味で気になる。
3枚のシルクのシーツが天蓋カーテンのようにピアノ線で吊られている。これが話の進行に合わせ、無音で降りてスクリーンになったり、くるくると巻上げられたり、蝶々が飛び回ったりと大活躍。このアイディアは素晴らしいと思う。
2017年8月シアタートラムで演った『チック』でも活用した手法、役者にビデオカメラを持たせて撮影しているものをリアルタイムでシーツに投映。小物や床の小さい絵も読み取れる工夫。退屈させないサービスに充ちている。
多分、見た目のイメージ(スプーンフェイス)からダウン症(染色体異常による障害)なのだと思うが、サヴァン症候群(障害がありながら特定の分野で天才的な能力をみせる者)でもある主人公のユダヤ人少女。自閉スペクトラム症(ASD)とはコミュニケーション不全の発達障害のこと。ダウン症と自閉症は併発し易い。
両親は共に大学教授というインテリだが、教え子に手を出した父親は夫婦不仲となり、帰って来なくなる。ヒステリックな母親と優しい家政婦、大好きなオペラを歌うマリア・カラス。少女には出来ない事がいっぱいあるが、数字の計算と記憶力はコンピューター並みだった。
冒頭の少女の独白が素晴らしい。オペラ歌手が美しいのは、その歌が死を見据えているからだ。彼女達は歌いながら死に方をずっと探している。だって喜びよりも哀しみの方が胸をいっぱいにしてくれるでしょう。
7歳で末期癌に侵された少女。ダウン症の人は白血病(血液の癌)発症リスクが通常の人の10~20倍あるとされる。主治医、ユダヤ人のバーンスタイン先生の語る母親の話。強制収容所を生き延びる秘訣とは?大空に舞い上がる無数の蝶々。
周囲の女性客は皆ボロボロ泣いていた。
是非観に行って頂きたい。
崩壊
糸あやつり人形「一糸座」
座・高円寺1(東京都)
2024/02/28 (水) ~ 2024/03/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
凄く面白い。東憲司氏の作劇論、作家としての苦悩がダイレクトに描かれる。現実の暴力(戦争、生活、権力etc.)の前では人は無力だ。只々無力さを思い知らされる。それでも妄想(想像)し続けなければばならない。何度も馬鹿馬鹿しくなって投げ捨てたところからやり直し、妄想し直さなければいけない。こんな妄想に何の価値があるのか?只の現実逃避じゃないか?嫌な現実から目を背けているだけだ。そう、全くその通り。そんな最低な惨めな気分で、また妄想し始める。物語は続く。もっとふさわしいラストに辿り着くまで。想像力が人間の最後の武器だ。さあ、もう一度ピークォド号に乗り込んで、白鯨“モビィ・ディック”を捜しに海に出るのだ。
『白鯨』の世界を糸あやつり人形にしたことが功を奏している。妄想の世界の中で白鯨と共に去った親友の行方を捜す主人公オヨグ(松本紀保〈きお〉さん)。目を覚ました現実の世界では病院に入院している。(こちらでは全員人間の役者が演じている)。優しい医師に原田大二郎氏、終わってからも彼だとは気付かなかった程の扮装。看護婦の中に稲葉能敬氏、不思議と違和感がない。「さあ、思い出して。その話の続きを。」
主人公オヨグは幾度となくこの台詞を繰返す。
「親愛なる孤独よ···君は沈黙を産み、挫折と絶望の剣で僕を八つ裂きにする···闘争の果てに昇る朝陽···それは、崩壊···。」
江戸伝内氏は東憲司氏に「崩壊と生成の芝居」を依頼。それに見事に応えた作品になっている。
是非観に行って頂きたい。