ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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純文学のススメ

純文学のススメ

シニア演劇ネットワーク

劇場MOMO(東京都)

2024/06/12 (水) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

B

太宰治の『黄金風景』が大好きで、朗読劇ではなく上演するとのことで観に行った。だがちょっとこの作品を軽んじているようなブリッジ的扱い。いや『黄金風景』こそが太宰治文学の入口、全く小説なんか読まない層に扉を開く作品。もっと大事に扱って練り込めばいろんな可能性を刺激した筈。

基本は台本片手の朗読劇。バリアフリー字幕として台本がバックに全部投影される仕様。何人かのキャラだけが何も持たずに演じていた。特質すべきは選曲。クラシックの名曲が挿入されるのだが、驚く程センスが良い。大衆的でありつつ的を得ている。かなり詳しい人がやったのではないか。

①芥川龍之介『少年』1924年
関東大震災後の復興中の東京、満員バスに揺られる男、堀川保吉(やすきち)。所謂「保吉もの」と呼ばれる芥川龍之介の自叙伝的色合いの濃い私小説シリーズの一篇。
クリスマスの日、フランス人の宣教師(高田幸子さん)と少女(石田さよこさん)のあどけない遣り取りをバスで見た主人公(栗山寿恵子さん)。銀座のカフェ(現在のバー)で二十年以上前の子供時代(tommyさん)の追想に耽る。六篇のオムニバス。
女中のつうや(石田さよこさん)から受けた教訓。
風呂を出る父親(柴田恵子さん)の後ろ姿から感じた死のイメージ。
初めて見た海の色。
幻灯機に映し出されたヴェネチアの街並、窓から顔を出した少女の幻影。
両国の「本所回向院」での戦争ごっこ。「やあい、“お母さん”って泣いてやがる!」

大森海岸で初めて見た海の色が代赭色(たいしゃいろ)=やや明るい茶色=煉瓦のような色。

②太宰治『黄金風景』1939年
太宰治(深沢誠氏)が幼少期(秋津今日子さん)に女中のお慶(柴田恵子さん)を虐めていた回想。落ちぶれて窮迫した今、彼女達一家が訪ねて来るのだが。

③太宰治『貨幣』1946年
百円紙幣(片岡つぼみさん)が戦前戦中幾多の人々の財布を行き来し流転した回顧録を自叙伝風に綴る。傲慢な陸軍大尉(深沢誠氏)の相手をする身を持ち崩した酌婦(栗山寿恵子さん)のエピソードがメイン。酌婦は乳飲み子を育てている。この世にほとほとうんざりしていた百円紙幣が幸福を実感する夜明け。

ネタバレBOX

①今作は受け止め方が難しい。これとがっぷり組み合うだけで相当な作品になる。ちょっと味気無い仕上がり。

②いやこれメインでやってくれ。昔幼少期に虐めた女中への恥ずかしさ。名家を追い出され一応小説家という肩書はあれど、全く惨めで落ちぶれた暮らしの男。偶然近くに越してきたことを知り、かつての女中が訪ねて来る悪夢。復讐か?笑い嘲るのか?どんな言葉を投げ掛けられても返す言葉もない。怯えた男は用事もないのに家を飛び出て原っぱで寝転んで時間を潰す。何て惨めなんだ?後悔に次ぐ後悔。酷く傲慢な恥知らずのガキであった自分自身の過去。どれだけ彼女を傷付けた?そこに土手を歩いてくるかつての女中一家の声がする。夫婦と小さい子供。「折角お会い出来ると思っていたのにお留守なんて残念だわ。お忙しい方だから。」「立派な小説家になられて。私、ずっと思っていたのよ。この子はきっと偉くなるって。ちょっと他の子とはモノが違うって。」
それを聞いて、太宰治は声を殺して泣く。負けた、俺は負けたのだ。彼女達一家の人生に負けたのだ。だがこれは幸福な負けだ。こうでなくてはならぬ。この負けは俺の人生にとって確かな標となる、幸福な負けだ。(かなり意訳)。

③何となく覚えている話だが、もう少し演劇的に練ってもいいのでは。大尉と酌婦のクライマックスはもっと見せるべき。
火の方舟

火の方舟

名取事務所

小劇場B1(東京都)

2024/06/14 (金) ~ 2024/06/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

また凄え作品、ぶち込みやがったな。
舞台美術はまるで廃墟。被災地のような不穏な雰囲気。狙いは『イノセント・ピープル』と同じものを想起させる。散乱した家財道具と普通の生活空間が共存して見えるバランス。

物語は2011年3月10日、東京都目黒区柿の木坂にある原子力委員会関連財団の理事長(山口眞司氏)の家。元大学教授で経済産業省にも顔が効くこの世界の大立物だ。長崎で胎内被爆者として生を受けた。
その妻(山本郁子さん)は広島で被爆した大学教授の娘。山口氏は入婿としてこの家に入った。
広島で新聞記者をやっている娘(大谷優衣さん)が東京に取材がてら久し振りに顔を見せている。
娘は家族と何十年も音信不通だった叔父(田代隆秀氏)に偶然沖縄で会ったことを知らせる。彼はその地で反骨のジャーナリストとして評価を受けていた。

翌日に何が起こるのかは日本人なら誰でも知っている。テーマは『原子力』。被爆者として生まれた男が何故原子力推進の旗手となったのか?世界で唯一原爆による被害を受けた日本が、何故こんなにも原発大国となったのか?

大谷優衣さんをルックスから勝手に元アイドルだと思い、かなりの長台詞をよくモノにしたなと感心していた。普通に演劇集団円所属の女優だった。

田代隆秀氏はもろそっち方面の活動家。討論慣れしていて話のキャパがデカい。

山本郁子さんは後半、シェイクスピア劇のようにガラリと変貌して女になる。鳥肌が立つ。

MVPは無論、山口眞司氏。終盤の独白は妖気が漂い戦慄が走る。黒澤明なら『生きものの記録』とか『悪い奴ほどよく眠る』の三船敏郎。全ての積み重ねはこの為に用意されていたものだった。

観る人によって賛否両論だと思う。自分は断然支持。ああすればこうすればは多々あるが、ラディカルで良い。バランス感覚を持って平均的に支持される作品なんかどうでもいい。選挙運動じゃないんだから。一部に熱狂的に受けてあとは黙殺でいいよ。その代わりその一部をガチガチに滅多刺しにしてくれ。今作はそんな作品だった。

ネタバレBOX

「俺こそが原爆の子だ!」
説明台詞がずっと続く討論劇が苦手な人もいるだろう。大島渚の『日本の夜と霧』を彷彿とさせる。『オッペンハイマー』、『イノセント・ピープル』と地続きの物語。

「一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というようなことはありません。罪といい無実といい、集団的ではなく個人的なものであります。」
「問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。」
リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー
青い!大劇場結婚式(小劇場 楽園)

青い!大劇場結婚式(小劇場 楽園)

藤原たまえプロデュース

小劇場 楽園(東京都)

2024/06/06 (木) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

こういうことをやろうという心意気が面白い。その気持ちにみんな金を払う。

ネタバレBOX

新郎がタキシードを忘れてしまい、慌てたスタッフが本多劇場グループのチラシを見ながらそれっぽい衣装を用意していそうな公演中の劇団を探すネタがある。今まさに本多劇場で公演中の『無頼の女房』、剣持直明氏(医師の役)に狙いを付けて直電でお借りする。このネタが痛快なのだが、本日昼の公演では剣持直明氏御本人がタキシードを持って公演に参加してくれたそうだ。これぞ下北沢の強みだよなあ。

阿達由香さんが右膝にサポーターをしていて、相当キツイんだろう。

正直、こっちだけだとDVD特典程度。もっと別の人間関係を導入しなければ。期待したJURI&JUNAさんネタも序盤だけ。唯一、仲美海さんと閏木(うるき)ときたか氏ネタだけ面白かった。
青い!大劇場結婚式(「劇」小劇場)

青い!大劇場結婚式(「劇」小劇場)

藤原たまえプロデュース

「劇」小劇場(東京都)

2024/06/06 (木) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

何となく凄くハイテンションだがつまらない大騒ぎを予想していたらかなり面白かった。
「劇」小劇場で結婚式を行う熟年カップル。理由はそこが二人の出会いの場だったからだ。しかもその模様を生配信するという。自分でも小劇団を主催している新婦(高乃麗〈うらら〉さん)はブライダル会社の演出に駄目出しをし、いろんな突飛な思い付きを入れていく。現場責任者(ジョニー高山氏)とプランナー(阿達由香さん)は引きつった苦笑いで対応。控室として用意されたのは道を挟んだ向かいの地下にある小劇場「楽園」。土建屋社長の新郎(橋倉靖彦氏)がなかなかやって来ないことに腹を立てた新婦は「楽園」へと呼びに行く。次々にありとあらゆるトラブルが降り掛かる地獄の現場、果たして何とか結婚式を遂行することが出来るのか?

面白いのは新郎新婦のキャラ。見事に配役に成功している。高乃麗さんの迸るエネルギーが作品のエンジン。
橋倉靖彦氏の佇まいと口下手で朴訥なキャラもいい。
東京AZARASHI団以来の観劇となる阿達由香さん。流石に腕は衰えていない。こういう喜劇には欠かせない知的な笑いのキャラクター。
沖縄出身の双子ダンサー、JURI&JUNAさんも好演。

伝説の興行師、ウィリアム・キャッスルを思い起こすギミック興行。ウィリアム・キャッスルは下らないB級ホラー映画にギミックを施して観客を呼び込んだ映画プロデューサー。「ショック死保険」、クライマックスでワイヤーに吊られ映画館を飛び回る骸骨の模型、魔法のコインを配る、幾つかの座席に電流を流す、恐怖で退場すれば返金するが臆病者コーナーで晒される、幽霊が見えるセロファン眼鏡、悪役の最期を観客投票で決める、危険の為映画館に看護婦が待機・・・などなど。まさに見世物小屋の呼び込み口上。観に行ってガッカリするのだがそれもまた良いものだ。

今回はキャスト15名に観客19人のほぼ互角の戦いだった。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

「劇」小劇場は二階にある。大きな脚立を立てて外から搬入口へと出入りしたり、セーフティーマットを地面に敷いて飛び降りたり。ハンディカメラを使って「楽園」との行き来の様子もスクリーンで中継される。TVの生中継番組に参加している感覚。

「楽園」の隣りにある「高級芋菓子しみず」が度々スクリーンに映し出されていい味。物語に組み込むべきだった。

個人的には高木稟氏演ずる偽牧師の登場からベタな展開になってスロー・ダウン。(勿論高木稟氏は好演で客席を爆笑させ続けた)。こういうお約束の話で落とすのではなく、もっと誰もまだ見ぬ地平を目指すべきだった。アガリスクエンターテイメントみたいにこの2劇場同時公演でしか成し得ない、オリジナルな新世界へと。どちらを観てもそれぞれ面白いが、2本共観たら全く別の世界が覗けるような志高き作品を。
SF要素があった方が良かったかも。謎の伏線で観客の興味を引っ張る。双子を使って瞬間移動やタイム・リープ、テレパシーなんかも使えた筈。

新婦の劇団主催も謎。そんな女がこんなイベントをブライダル会社に依頼する訳がない。田舎者の新郎の仕切りに我慢しながら苛ついている設定が欲しい。
白き山

白き山

劇団チョコレートケーキ

駅前劇場(東京都)

2024/06/06 (木) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「あかあかと一本の道とほりたり たまきはる我が命なりけり」
アララギ派(正岡子規の信奉者)の師である伊藤佐千夫が脳溢血で早逝。「師匠の照らした遠く続くこの一本道を魂の極わるまで歩き続けなくてはならない。」との覚悟の歌。
正岡子規の掲げた写実(写生)主義とは、絵画の方法論と同じく現実をありのままに写すこと。
更に斎藤茂吉はそれを深め、『実相観入』という造語を生み出した。自然と自分とを同一化し、対象に観察者である自己の存在をぶつけて生命そのものを写すこと。

1945年9月、敗戦してまだ一ヶ月、混乱の世相。郷里の山形県金瓶(かなかめ)村で妹の嫁ぎ先の離れに疎開していた斎藤茂吉(緒方晋氏)、63歳。精神科医で歌人。戦時中に「戦争詠み(時局詠)」と呼ばれる戦意高揚の短歌を詠んだことで、敗戦後「戦犯歌人」と罵られることに。近所の農婦(柿丸美智恵さん)が賄い婦として食事の世話をしてくれている。様子を見に東京から立ち寄った次男(西尾友樹氏)は手紙で兄である長男(浅井伸治氏)と斎藤茂吉の弟子である山口茂吉(岡本篤氏)を呼び寄せることに。

MVPは柿丸美智恵さん。実質、彼女が主人公なんだろう。凄腕。
西尾友樹氏は非常にコミカルな役を怪演。異常にどったんばったん地面に転がり、全身を使って笑いを取る。肘上に痣が見えた。かなり身体を酷使した役作り。煙草やマッチが散らばり、土塊が散乱。
緒方晋氏は大御所役者の風格。体調不良で降板した村井國夫氏の代役なのだがそれを全く感じさせない。彼以外考えられない。

戦後の松竹映画の雰囲気。淡々とした描写を重ねて内面を風景で補完させる。
観れるのであれば必ず観ておくべき作品。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

岡本篤氏がやたら咳き込むので、体調が悪い中の出演か?と思って観ていたらそういう役だった。
西尾友樹氏の演じた次男は後に作家として大成功する。精神科医の傍ら北杜夫のペンネームで作家となり、旅行記的エッセイ『どくとるマンボウ』シリーズはベストセラーに。芥川賞も獲り順風満帆だったが、躁鬱病を発症し狂乱の株取引で自己破産。周囲から借金を繰り返し準禁治産者宣告を受けることに。
浅井伸治氏の演じた長男・斎藤茂太も精神科医、随筆家として名を残す。日本旅行作家協会を設立する程の旅行好き。

物語はただの農婦キャラだった柿丸美智恵さんが実は短歌好きで正岡子規や斎藤茂吉の『赤光』を発売当時から買い求めていたことを告げてから動き出す。言葉に出来なかった自分の気持ちを作家が代弁して形にしてくれたように思えた嬉しさ。名もなき自分の誰にも伝えることの出来ない想いが作品として刻印されること、その瞬間を封じ込めた一冊の本。
山形県と宮城県の境として屹立する蔵王連峰。その峻厳なるフォルムは古来より人を本能的に畏怖させる。戦争に息子達を取られてからというもの、蔵王を眺めれば恐怖と苦しみ、痛々しい悲痛な想いしか感じられなかった。息子を全て失って、今蔵王を見遣ると、何故だか「頑張れ!頑張れ!」との励ましの声が聴こえてくる。何故だろうか?

その話をじっと聞いていた斎藤茂吉(緒方晋氏)ははっと気付く。自分が歌を詠めなくなったのは自分自身の心の問題であった。自分が『実相観入』によこしまな意識を入れたせいだ。間違っていた。自然は常に「生きろ」と告げる。「死にに行け」なんて言う筈がない。その声が聴こえなくなったのは自分の心の問題だ。彼はまた自分の中に歌を見付け出すラスト。

ただ自分が物足りなさを感じたのは脚本の密度なのかも知れない。歌人の再生物語としては弱い。

太平洋戦争開戦は日本国民の大多数が支持していた。米英の経済封鎖に我慢に我慢を重ねて来た日本が到頭怒りの鉄拳を振るう時。国民は往来で口々に万歳を叫び、士気を鼓舞した。自国が戦地でなければ戦争はオリンピックのようなもの。国民的歌人の斎藤茂吉が戦争詠みをするのは至極当然の事。誰も日本が戦争に大敗し無条件降伏を呑んで占領されるなんて想像していなかった。
1945年9月18日、朝日新聞に載った鳩山一郎の談話が問題になり、GHQは発行停止処分にした。原爆投下や市街地への無差別空襲は国際法違反であるとの内容。この日から米軍批判は絶対的タブーとなり、言論統制が始まる。GHQは「ウォー・ギルト・プログラム」という計画を立て、「戦争の有罪性」を日本国民に知らしめていく。全国紙に連載された「太平洋戦争史」とラジオ・ドキュメンタリー番組「真相はこうだ」の放送。続く戦犯認定と東京裁判、左翼活動家達の釈放。日本人の価値観はたちまち引っくり返り、自分達は軍部の恐怖政治に支配されていた無辜の民、被害者であったことにした。

実際の斎藤茂吉は「戦争詠み」に全く恥じてなどいなかった。国民の思いを代表して詠むことの何が悪いのか?逆に敗戦で価値観が簡単に引っくり返ることの方が恥ずべきこと。戦争を起こしたのは無辜の民で、自分達自身であることに向き合うべき。自分を断罪せず、他人のせいにしていてはこれからも何も変わらない。

※ここから余談、黒澤明の『醜聞〈スキャンダル〉』の冒頭、画家の三船敏郎が山を描いている。地元民がその様子を眺めているが、現実と絵の山とは全くの別物。そのことを訊ねると「目だけではなく自分の心全体を使ってこの山を受け止めているんだ。」的な言葉を返す。(うろ覚えなので全然違ったかも知れない)。元々画家志望だった黒澤明、こんなふうに考えているんだなあと参考になった。
そして晩年の『夢』の第5話『鴉』。美術館でゴッホの絵を眺めている黒澤明。そのうち絵の中に入り込んでその景色の中を歩き回っている。随分と彷徨うと作者であるゴッホを見付ける。黒澤明にとって絵を観るという行為は、魂のレヴェルでそれを描いた作家と会って対話することであったのだ。当時驚いた記憶がある。
砂漠の動物園

砂漠の動物園

演劇実験室◎万有引力

ザ・スズナリ(東京都)

2024/06/07 (金) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

わたしはあらんとしてあるもので、あるとはすべてであり、わたしはあらんとしてあるもの。

『シュヴァルの理想宮』と呼ばれる建造物がある。1879年、43歳のフランスの郵便配達夫ジョゼフ・フェルディナン・シュヴァルが奇妙な形をした石に蹴躓く。その形に魅了された彼は家に持ち帰り、その日から石の収集を始める。集めた石を庭先に積み上げ、33年掛けて理想の宮殿を独りで完成させた。周囲からキチガイ扱いされながらもその見事な城塞は、彼の死後1969年、フランスの歴史的建造物に指定され今ではれっきとした観光名所。彼の人生は映画化もされた。

1985年初演、何度もフォルムを変えながら流転し続け今回で9度目に。テーマは『距離』。シュヴァルが石を積み上げ始めた時に思い描いたものとの距離。それは掛かる時間か、物理的な作業としての労働量か、それに費やす己の忍耐力か。そしてそれを創り出したいと思った精神世界の欲望との距離。どうして創りたいのか?他のものじゃ駄目なのか?本当に創りたいものはこれなのか?
全ての実現は願うことから始まる。その願いと自分の立っている場所との距離。目に見えないそれを伝える装置としての演劇。皆ランドセルを背負っている。

舞台前には砂漠に見立てた砂場。ある一家の父親が行方知れず。代役業のヤドカリ・𫝆村博氏が父親役を契約。母親は森ようこさん、息子は髙橋優太氏。失踪した郵便配達夫(違ったかも知れない)・螺旋は髙田恵篤氏。カタツムリは小林桂太氏。
「一人は不在(不明)で一人は他人」

『シュヴァルの理想宮』を絶賛したアンドレ・ブルトンの自伝小説『ナジャ』。ナジャことレオーナ・デルクール役は山田桜子さん。ロシア語で「希望」の意味を持つナジェージダ 、その言葉を縮めてナジャ。

ラモーンズの『Pinhead』に似たリフの曲が流れて興奮した。
森ようこさんは流石。こういう女優を育てていかないと劇団は続いていかない。

日本のPUNK ROCK史を語る上でアングラ演劇の系譜は欠かせない。小林桂太氏の小柄な肉体美は遠藤ミチロウを彷彿とさせる。スターリンは寺山修司だったんだな。逆に「万有引力」にスターリンを感じた。

前売りで全席完売、グッズ売り場に長蛇の列。

わたしはあらんとしてあるもので、あるとはすべてであり、わたしはあらんとしてあるもの。

ネタバレBOX

後半は役者が客席に入りマイクと台本を渡して、観客に役を演じさせる展開。仕込みかと思う程、熱演する観客。ただこの手の展開の成功例を未だ見たことがない。ただただ苦笑い。客弄りはもう古い気がする。虚構と現実の垣根なんて最早何処にも無いのだ。

髙橋優太氏と三俣遥河(みつまたはるか)氏のお馴染み寺山問答。砂場プロレス。一発ギャグ大会。黒電話をかけて客席の受話器を取った者と会話する髙田恵篤氏。昨夜、喉が渇いて目を覚まし冷蔵庫を開けると地下に階段が続いていた。ずっと降りて行くと扉。それを開けると見渡す限りの大砂漠。

2列目の女性客がひたすら熟睡していた。客席に役者が入ってすぐ傍で遣り取りをする流れでも徹底して熟睡。実はこれ仕込みで突然立ち上がって台詞でも言うんじゃないか?と勘ぐる程の熟睡。
2020年7月の公演の時、衣装から化粧からコスプレ(白塗り学ラン)で完璧に固めた熱狂的な観客が最前列に陣取っていたが始まってすぐに熟睡したのを思い出した。妙に寺山修司的。
短編作品集『3℃の飯より君が好き』

短編作品集『3℃の飯より君が好き』

劇団印象-indian elephant-

北とぴあ ペガサスホール(東京都)

2024/06/05 (水) ~ 2024/06/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

演出・一宮周平【Bチーム】

①『メイクアップ!』
役者の首から小さなパペットの身体をぶら下げる人形劇スタイル。このセンスは悪くない。配役の狙いが良い。横室彩紀(あき)さんは流石。

②『3℃の飯より君が好き』
10ヶ月ほど前に妻(尾崎京香さん)が作ったトマトカレー。冷凍保存しておいたそれを解凍して食べようとする夫(花戸祐介氏)。「何で取っておくのか?何故その時すぐに食べないのか?」と考える妻。“今”を冷凍保存しておきたい人間の心理。全ての“今”はあやふやな感情の風の中に舞っている。確かなものを残したがる気持ち。その時、妻の子宮は凍る。

『海月になりたい』という歌が凄く良い。雪の降り出した海辺の町で、どうしようもなく壊れかけた二人が“今”を手に入れるラスト。

ネタバレBOX

もし観るならばBチームがお薦め。鈴木アツト演出はサービスが足りない。余りにも中途半端。

30人程の客。助成金が出ないと成り立たない演劇。その歪さから目を背けるのは自称文化人達か。

①Twitterで叩かれた翌日、泣き出した新行内(しんぎょううち)啓太氏が教室を飛び出すシーンから無理がある。追い掛けた中坂弥樹(みき)さんの弁明、その辺りも嘘臭い。イエロー・フェイスの差別意識では落ちない。本気で差別と向き合いたいなら幾らでも方法はあっただろう。何か適当に問題意識を振り撒いただけで薄っぺらい。痛みと暴力が足りない。実際に黒塗りオセローを演ってみせるべきだった。

②凍りつくネタが不要。もっと違う形に置き換えるべき。ずっと自分の中の氷を溶かす為に詩を書き殴ってきた夫。最早それでは溶かせそうにないと思う。夫婦が“家族”を続ける為に何が必要なのか?何が不必要なのか?
短編作品集『3℃の飯より君が好き』

短編作品集『3℃の飯より君が好き』

劇団印象-indian elephant-

北とぴあ ペガサスホール(東京都)

2024/06/05 (水) ~ 2024/06/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

演出・鈴木アツト【Aチーム】

①『メイクアップ!』
児童青少年演劇の企画の為に作られた30分のリーディングもの。
中3の少女二人と少年一人の青春模様。化粧は男尊社会への隷従だとガチガチのフェミニストの村田詩織さん。長い付き合いで親友の佐藤美輝さんは演劇部でヒロインを勝ち取り、メイクしたくて堪らない。その『オセロー』主演の河野賢治氏はより作品のテーマを深める為、あることを決めた。

②『3℃の飯より君が好き』
新婚夫婦。仕事から帰って来た滝沢花野さん、これから夜勤の交通警備に向かう向井康起氏。滝沢さんの腹が突然膨れて中に氷の塊が入っているようだ。

ネタバレBOX

①子供向けなんだろうが、子供にもキツイと思う。もう少し深く突き刺さる問題提起をしないと。

②純文学なんだろう。凍ってしまうということの暗喩なり何なり。ラストのぐるぐる回りながら二人手を繋ぎ、歌い続ける奇妙な舞踏。演劇で純文学をやるとこうなるのか。
阿呆ノ記

阿呆ノ記

劇団桟敷童子

すみだパークシアター倉(東京都)

2024/06/04 (火) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

九州の山奥にある阿呆村。そこでは捨て子や孤児、罪人の遺児等を古来より寺で養う風習があった。そして自然災害や疫病、飢饉・干ばつでの祈祷、建造物建立の安全の祈願の折りに阿呆丸と呼ばれたその子供達を各地に連れて行く。人柱や生贄、人身御供として天に捧げた。明治になって刑法が整備され、この風習は禁止される。解放された阿呆丸達は死に場所を探して山奥を彷徨っているという。この設定だけで凄まじく面白い。

昭和12年、日中戦争の激化から軍国主義に滑り落ちていく時代。村人は鉄道工事に駆り出され、山は切り崩されていく。代々猟師の一族である、音無美紀子さん、その息子である鉄砲衆頭・三村晃弘氏、孫である加村啓(ひろ)氏の物語。子を産んですぐ亡くなった妻を今も愛し続けている三村氏。そんな息子の嫁として隣村から大手忍さんを貰ってくる音無さん。勝手なことをされて怒る三村氏だったが・・・。

MVPは女頭目・音無美紀子さん。文句なしの素晴らしい存在感。
ヒロインの大手忍さんも魅力的、永遠の少女性。もう少しガタイがガッチリしていた方が作品的には合ったかも知れないが。
もう一人の主人公、加村啓氏も印象的。劇団Q+の『マミーブルー』も覚えてる。寺山修司系の森田剛っぼい感じ。アングラ・イケメン。

神社のおみくじのように赤い紐が無数に木々に縛り付けられている舞台美術。
ドイツのモーゼル(マウザー)銃、Gew(ゲヴェーア)98のフォルムが作品の文鎮と構える。
桟敷童子フォークロアのアーキタイプを見せつけるかのような作品世界。常連客はいろんな既視感にとらわれる筈。
好きか嫌いかと聞かれたら、大好き。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

作中、一番興奮したのが阿呆丸の三人が素顔をさらしたシーン。板垣桃子さんだったのか!今回出ないんだな、と思っていたら実はファースト・シーンから出ていた。

何処かにいるのかいないのか、阿呆丸へのお供えとして砕いた根っ子を丸めて作る不味い饅頭。包んでそこらに赤い紐で吊るす風習。舞台美術の正体はこれだった。余りに不味い為、動物達も食べない。こんなものを食おうとするのはそれこそ人間ぐらいだ。

戦争を広義の生贄と捉える発想が面白い。常に誰かの犠牲でこの世は成り立っている。死ぬ機を逃した阿呆丸共よ、生きて生きて生きて自分の役目を見付けて果たすのだ。死ぬにも役割がある。果たさずして死ぬことなど許されない。

※ホンは継ぎ接ぎだらけでどうにも不格好。大手忍さんが登場するまでは茫洋、ぼんやりとした作品世界。後半は女性版『獣唄』のようにも思える展開。だが雑すぎる。いや、いろいろと今作は凄く好きなだけに勿体無い。本当は全く演劇観ない奴に「これ、絶対観てくれ!」と伝えたい気持ち。でもこのままじゃ何か薦め辛い。マニアがニヤリではなく、圧倒的に開かれた作品であって欲しい。この劇団はマジで観劇一発目にふさわしい存在。老若男女、そして外人にも伝わる破壊力を秘めている。だからこそ脚本の細部を詰めて欲しい。とんでもない傑作にならないと今作はおかしいネタ。とにかく勿体無い。
デンギョー!

デンギョー!

小松台東

三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)

2024/05/31 (金) ~ 2024/06/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

死ぬ程面白い。大傑作だと思う。
セットは庭劇団ペニノの『笑顔の砦』っぽいリアルな作り込み。舞台美術と照明は天才の仕業だ。詰所の窓とアルミサッシの引戸が開かれる度、ふと見える外の光景。まさしく現実世界に続いていく手触り。TRASHMASTERSっぽい人物の偏執的な描き込み。どうしようもなく沈鬱な現実を提示するのかと身構えるが、展開されるのは高度な喜劇。何重にも捻り過ぎて最早哲学的ですらある笑い。平山秀幸監督の『笑う蛙』を観た時のような全く先が読めない不思議な感覚。これ一体どう落とすのか?と思ったら成程!

宮崎県にある宮崎電業。社長が病気で倒れ、社長代理の森が舵を取る。現場を知らない素人の仕切りに電工(電気工事士)達はそっぽを向き、叩き上げの電工から執行部入りした営業部長(瓜生和成氏)は間に挟まれる。更に執行役員として尾方宣久氏が突然の入社。現場主任の五十嵐明氏や松本哲也氏は不信感を募らせる。

太腿のtattooを見せ付ける事務員の平田舞さんはあーりんを思わせるふてぶてしさで貫禄。
しずちゃんとの結婚で注目を集めた佐藤達(とおる)氏は下請け業者を流石の怪演。
いぶし銀の五十嵐明氏は目付きの変化だけで唸らせる。
軽度の知的障害者であろう吉田電話氏も大ハッスル。
電材屋の依田啓嗣(たかし)氏はヴィジュアル系。

MVPは天才・瓜生和成氏。もうこの人にはかなわない。時折ドクター中松にも見える自然な抜けっぷり。凄い技術。時代が時代なら実録ヤクザ映画で引っ張りだこだったろう。

この高度な笑いのテクニック。混ぜ方が巧妙。時折、吹き出すのをこらえる役者達。シリアスな話の中に必ず毒物を混ぜてくる。
こういう作品を観れる幸運。才能が溶岩のように溢れ出している。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

依田啓嗣氏のケンタッキーを早朝に差し入れする力量。宮崎では24時間営業なのか?

タイミングの巧さ。狙いすましたようにカットが切り替わる。
博多華丸・大吉のネタに近い笑い。
ケエツブロウよ-伊藤野枝ただいま帰省中

ケエツブロウよ-伊藤野枝ただいま帰省中

劇団青年座

紀伊國屋ホール(東京都)

2024/05/24 (金) ~ 2024/06/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

青年団だと思っていたら、青年座だった。(那須凜さんが青年団だと勘違い)。
カイツブリ(=小型の水鳥)のことを、博多の今宿辺りの訛りではケエツブロウと呼んだ。

主演の伊藤野枝役、那須凜さんがノリノリ。第一幕はいつもの顔芸デフォルメ連発で沸かせる。鬘が右にズレているように見えたが、それがデフォらしい。第二幕だとガラッと変わって美人女優の趣き。きっちり演じ分けて見せた。
大杉栄役は松川真也氏。EXILEのMATSUとか石原夜叉坊系の色気のあるワイルド、女にもてないと大杉栄じゃない。
MVPは作品の軸的に主人公である叔父役の横堀悦夫氏。佐藤慶っぽい魅力たっぷり、この人の視座こそが作品を貫かないと物語にならない。
祖母役の土屋美穂子さんも素晴らしい。役者陣は文句なしの力量。遊び人の父役の綱島郷太郎氏は本田博太郎系で和んだ場を作る。

甘粕事件で28歳で惨殺された伊藤野枝、郷里の博多に帰省する12年間をスケッチ。

劇中、娘の魔子がやたら美しいと称賛されるので調べたら、確かに橋本環奈っぽい美人だった。

最前列に全盲の方が座られてバリアフリー日本語音声ガイドを聴きながら鑑賞。どんなふうに感じれるものなのか?

ネタバレBOX

何故かラストは『天国への階段』。

第一幕ではホンは悪くないのだが、演出のテンポが悪くカッタルイ印象。この手の場縛りで数々の傑作をモノにした井上ひさしの才能がよく分かる。キャラの関係性の練り込みが足りない。いろんな小ネタを仕込むべき。(後になって仕掛けに気付くような)。
第二幕でいよいよ待ちに待った大杉栄の登場、これが幼稚なアジテーターでガックリ。(実際の大杉栄も初期衝動の全肯定、自由であることへの偏執的な追求、自分の中のes〈無意識の衝動〉への絶対的忠誠に固執している印象)。皆で踊り出すギャグも空振り。(実はここが今作一番の心臓部だった)。脚本がどうにも転がらない。やたら「後先考えない一瞬の煌めき」を訴える割に、キャラクターからそれを一切感じない。まず観てるこっちを今興奮させてくれ。大杉栄と伊藤野枝に会ってみたかったな、ぐらい思わせてくれ。言ってる内容が空虚で全く乗れない。今の価値観(フェミニズムなど)で彼等を再評価しようとするから文脈がおかしくなる。どうしようもないイカれた情念だけで鮮烈な生涯を叩き付けたシド・アンド・ナンシーで良かった。その烈しさに人は憧れる、みたいな。伊藤野枝ってもっと動物的だったんだと思う。動物であろうとした。全く理解不能な獣の行動の観察日誌じゃないと。古き因習に縛られた田舎の閉鎖的空間から突然変異の異分子が誕生、思想的テロリズムでそれらを全て打破しようとする痛快さ。本来はきっとそんな物語を期待させる。

特にラスト辺りが好きじゃない。主要キャラが皆死んでしまっているので脇キャラの取って付けたような感慨。これじゃ第一幕が生きない。ナレーションの入れ方にも不満。

架空のキャラを創作して実家に置く手もあったと思う。メチャクチャ伊藤野枝的な生き方を軽蔑する家父長制の権化のような女。その女が彼女の惨殺に泣き崩れるラスト。

※大杉栄のアナーキズムとは、政治的思想ではなく自分が希求する生き方のことなのだろう。自身の自由を束縛するものへの抵抗。国家、法律、モラル、ルール、共同体、伝統、義務···。社会主義や共産主義、反体制運動にも同様に組織の束縛が付き物な為、否定。“自由”とは無意識の欲望、衝動であると。芸術家に近い思想。社会運動家として括られた為に虐殺されたが、全く違う文脈の人だと思う。

※大杉栄と伊藤野枝の熱気に当てられて家中の者が釣られて踊り出す。怒り心頭の横堀悦夫氏までが気が付くと踊っている自分に気付いて照れ笑い。ここを巧みに構築できたなら。(二人が亡くなった後に残ったメンバーで踊る場面が必要か?)
デカローグ5・6

デカローグ5・6

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2024/05/18 (土) ~ 2024/06/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

C ⑤  演出:小川絵梨子
『ある殺人に関する物語』
これは『殺人に関する短いフィルム』のタイトルで長尺に再編集されて映画としても公開された。『デカローグ』の中で一番評価の高いエピソード。

孤独な青年(福崎那由他氏)が強盗殺人事件を犯す。被害者となったのは偶然居合わせたカフェで見かけたタクシー運転手(寺十吾氏)。更に死刑制度廃止を訴える、理想に燃える新米弁護士(渋谷謙人氏)も偶然そのカフェに居合わせた。

凄い好きな作品。やはり寺十吾氏が出ているとただのお芝居では済まさないな。性格のひん曲がった嫌なタクシー運転手、でもそこに息をして地に立って暮らしている。女学生を冷やかし、野良犬をからかい、客を嘲笑い、でもたまに子供達に歩行者優先で道を譲ってあげる。「たまには良いこともしとかないと、だろ」。今平の『復讐するは我にあり』なんだよな。生きて在る者をそのままありのままに。肯定も否定もなく、ただそこにあったままを。だからこの嘘話(虚構)が突き刺さる。

C ⑥  演出:上村聡史
『ある愛に関する物語』
これも同じく『愛に関する短いフィルム』のタイトルで長尺に再編集されて映画として公開。ラストを変えていて好みは分かれる。

郵便局で働く孤独な青年(田中亨氏)は女流画家(仙名彩世さん)のストーカー。アパートの中を望遠鏡で覗き、無言電話を掛け、郵便物を盗む。到頭、それがばれる時が来るのだが。

発達障害っぽくもある田中亨氏がまた好演。
仙名彩世さんは小林麻美風で雰囲気がある。
田中亨氏はシリアに行った友人の家に居候しているのだが、友人の母である名越志保さんが重要な役どころ。

観るのならばこの2作がお薦めだろう。
寺十吾氏、内田健介氏なんか脇を固めているだけで豪華。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

⑤何か凄く好き。選択した全てが悪い方悪い方に流れていく無力感。何もかもどうでもよくなってしまい犯罪を犯す。運の悪い弱者が被害者だ、誰だってよかった。どうなったって構わない、死んだっていい。その言葉の通り、吊るされるラスト、恐怖で泣き喚く。どこかで違う選択肢を選べたのだろうか?また別の生き方があり得たのだろうか?
弁護士の設定がペラペラに薄いのが難点だが、妹のエピソードなんかは文学だ。ドフトエフスキー。

⑥ストーカー青年を部屋に連れ込んで誘惑する女。脱ぐ前に射精してしまう青年に宣告する。「これが貴方の言う“愛”の正体よ!」ショックを受けた青年は部屋を飛び出て逃げ帰る。

この辺がぼんやりしてしまっている。女の思惑が曖昧なので何とも消化し辛い。「後は原作の映画やTVドラマで御確認下さい」みたいな。この芝居の中で作家として明確なものがないんじゃないか?何か二次作品を観せられているもやもや感が残る。作家としてこの作品で何を伝えたいのか、作品内で表明して欲しい。「キェシロフスキ、俺ならこうする」みたいな奴が観たかった。凄く語り口が面白かっただけに不満も残る。

※純粋な“愛”の存在を烈しく否定してみせる内実、狂おしいほどそれに渇望している女。病的なまでに純粋だった青年の瞳は最早あの日のように澄んではいないラスト。
団地ング・ヒーロー

団地ング・ヒーロー

コケズンバ

サンモールスタジオ(東京都)

2024/05/21 (火) ~ 2024/05/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「虎穴に入らずんば虎子を得ず」、略して「コケズンバ」。「東京AZARASHI団」内のおっさん4人組ユニット的な立ち位置で旗揚げ初日。脚本・演出の穴吹一朗氏、声優としても活躍中の魚建氏、怪異物蒐集家でもある渡辺シヴヲ氏、この中じゃ若手の迫田圭司氏。
これが前説の穴吹一朗氏の謝罪から幕を開ける。理由はぼかしたが渡辺シヴヲ氏が今日は出演出来ず、急遽代役として飯島タク氏が演ることに。前日要請を受けた飯島タク氏はスマホで台本をチラ見しながらこの修羅場を力技でこなす。小泉純一郎だったなら「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!おめでとう!」と言うところ。役者それぞれ複雑な心境だったろうが、公演は素晴らしいものになった。

MVPは横山胡桃さん。今井未定さんっぽくもあり、今作の重要な役どころ。北原芽依さんとの互いに涙の修羅場シーンは必見。
北原芽依さんはヴィジュアル・クイーンの風格。大塚寧々を彷彿とさせる透明感と坂道にいそうな華。複雑な内面の辛い役を見事に演じ切った。
勿論、空みれいさんも素晴らしかった。
主演の魚建氏はそこにいるだけで味がある。服を着替えるだけのシーンで間が持つ力。

『オールド・ボーイ』の骨格に『アンブレイカブル』のスパイス。
変身出来なくなったスーパー・ヒーロー、「スーパー・グレート・フラッシュ」(魚建氏)は60を過ぎ、団地の管理人をしている。その団地に引っ越して来た女(横山胡桃さん)には果たさねばならぬ目的があった。

テイストはおっさん喜劇なのだが、シリアス・パートがかなり深い。クライマックスの女優3人の遣り取りは客席を唸らせる。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

「自分の心を救えるのは自分自身だけ」というメッセージが確かに伝わった。

※中学時代の虐めの復讐の為、北原芽依さんを追って引っ越して来た横山胡桃さん。彼女を殺して自分も死ぬ腹づもり。そこに割って入るのが自身も虐められた経験を持つ空みれいさん。今は大学で臨床心理学を学び、心の苦しみや悩みの回復法について学んでいる。「復讐しても心は晴れない。それよりも自分の心を救う方法を模索して!」大事なのは自分の心の救い方。そしてそれができるのは何処かの誰かではなく、自分自身だけだということ。それを聞いていた魚建氏も目が覚める。スーパー・ヒーローの存在意義を見いだせず、腐り果てていた日々。全ては自分の心次第だったこと。

迫田圭司氏の役が判り辛い。実の正体は悪の宇宙人的ヴィランを匂わせているのだが、ちょっとややこしい。(横山胡桃さんの背後に立つ伏線など)。
親の顔が見たい

親の顔が見たい

diamond-Z

日本橋公会堂ホール「日本橋劇場」(東京都)

2024/05/16 (木) ~ 2024/05/18 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

由緒ある私立のカトリック系女子中学校。まあ中高大一貫校なのだろう。早朝、中2の女子生徒が教室で首を吊っている。見つけた担任女教師(黒田玲子さん)が蘇生措置を行なうが間に合わず。彼女宛の遺書が遺されており、中には虐めの告発があった。5人の名前。
放課後、5人の保護者が学校に呼び出される。この事件をどう処理するものか、教師と保護者の緊急会議。

想像通りの気の滅入る話。梶原一騎ならば『人間の性、その実、悪なり!』と断じたであろう。何の救いもない。ただ虐められて惨めに自殺した娘が一人いただけのよくある話。ただ、そこに追いやった者の一人が自分の子供だった。

長崎りえさんと宮下正伸氏のヒール合戦なんか見どころあった。理論武装した屑みたいな言論。

広い会場にした為、客席はガラガラに見える。勿体無い。良い戯曲なので時間あれば一度は観るべき。

ネタバレBOX

『全員、悪人』で良かった気も。教師達がまとも過ぎる。己の保身と自己正当化で隠蔽側に回る方がリアル。事を荒立てないで、「虐めなんかなかった」、「万が一あったとしても教師側に落ち度はない」の逃げ口上が現実的。被害者の母親(岡田節子さん)とバイト先の店長(河波哲平氏)の怒りだけが虚しく空を切るような。

作品の物足りなさは演出に何か仕掛けがいるような気がする。それこそ舞台美術を『イノセント・ピープル』のような荒廃した廃墟にするだとか。話が進むにつれて世界が腐り落ちていくような。
一人、ずっと泣いているだけで何も語らない人物なんか欲しかった。(被害者に対してではなく、とんだ事件に巻き込まれた可哀想な母親な自分の立場に泣いている)。

トーン・ポリシングばっかりの糞みたいな言論状況。「つばさの党」みたいな世の中。屑が足を引っ張って全てを糞味噌に落とし込む。一億総カンダタか?いや、自分等が糞なだけで良いものはきっとある。価値のあるものはきっとある。人の振り見て我が振り直せ。屑共と共犯関係になるな。

透き通った心は歳と共に消えて失くなり
残酷な出来事に感覚が鈍り始めて
歪んだこの世界に染まっちまったらオシマイだぜ
『阿房列車』『思い出せない夢のいくつか』

『阿房列車』『思い出せない夢のいくつか』

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2024/05/08 (水) ~ 2024/05/15 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『阿房列車』

1991年初演、『思い出せない夢のいくつか』(1994年初演)と同じ会話があったがこっちが先だった。オチのない話を皆で回す『すべらなくもない話』。何か落語っぽいよね。主演の中藤奨(なかとうしょう)氏の喋り方が太田光みたいで、笑いのない漫談を聴いている感じ。掛けっ放しの深夜ラジオを何となく聴いているような。
奥さん役のたむらみずほさんが流石だった。会話の何気ない一言に急に大声を上げてブチ切れるツッコミが客席を沸かす。
何気なく席についた田崎小春さんは話好きの夫婦に延々と捕まってしまう災難。

ネタバレBOX

見た目は老夫婦にした方が味があったと思う。
「何だかよく分からないが、でもこれが人生」みたいな感慨を狙った作品なのだろう。
まるで同一人物が二人いるような田崎小春さんのネタだけが特殊な仕掛け。

「噛むのは本能、飲み込むのは迷信」とか何かよく分からない平田オリザ節連発。生と死だとか日常と非日常だとか、まあよく分からない。作品の狙いは何となく判るのだが、もっとガチガチに面白くしてもいいのではないか?笑いで会場をうねらせても最後の余韻まで辿り着くと思う。ガラガラの名画座で老人と並んで観るような作品も悪くはないのだが。
『阿房列車』『思い出せない夢のいくつか』

『阿房列車』『思い出せない夢のいくつか』

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2024/05/08 (水) ~ 2024/05/15 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『思い出せない夢のいくつか』

どさ回りの落ち目の歌手(兵藤公美さん)が列車に乗っての地方巡業。かつては一斉を風靡したこともあり、それに憧れた歌手志望の少女が今は付き人(南風盛〈はえもり〉もえさん)に。長い付き合いの裏も表も知るベテラン・マネージャー(大竹直〈ただし〉氏)。

兵藤公美さんは室井滋っぽい。会話の雰囲気が小林幸子を思わせる。結婚離婚のエピソードは大原麗子を連想。カンパニーデラシネラ、『気配』で主人公の奥さん役だった。

舞台美術が凄い出来。撒かれた白と灰色の砂利、敷かれた線路、昭和初期の木製の客車。車輪に見立てたバーベルが前後に転がっている。星座早見盤を取り出す南風盛もえさん。三人は蜜柑や林檎を食べながら窓の外の星を探す。煙草を吸いに行ったりジュースを買いに行ったり。

ネタバレBOX

『銀河鉄道の夜』の同人みたいな作品。沈黙の三角関係を深読みする人もいるが、どうもそんな風には受け止められない。足りない話を宮沢賢治の匂いで補完した感じ。

自分的には物足りない。手が合わないのか、この配分が気に食わないのか。『銀河鉄道の夜』のコロンがないと、とても観ていられない薄さ。深読みする程、興味が持てない。

ただ、夢のシーンが秀逸。このワンシーンだけで今作を忘れることはないだろう。

ジュースを買いに行かされる南風盛さん。なかなか帰って来ない。歌手もマネージャーも寝てしまう。すると、客席後ろの通路を通って南風盛さんが現れる。歌っているのは間延びした「星めぐりの歌」。二人に林檎を置いて去って行く。呆然と眺める兵動さん。しばらくして南風盛さんが本当に帰って来る。「あんた、死んだのかと思った!」「死んだのは私の方か?」
エアスイミング

エアスイミング

ZASSOBU

小劇場 楽園(東京都)

2024/05/08 (水) ~ 2024/05/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

これは凄い。精神病院版『ショーシャンクの空に』。作者の言わんとしていることがハッキリと伝わった。演出もシンプルで的確。『Fly Me to the Moon』が耳に残る。

1924年、聖ディンプナ精神病院に収容されたペルセポネー・ベイカー(江間直子さん)、一日一時間だけ共同作業として他の収容者と掃除をさせられる。階段か風呂場。2年前からここにいるドーラ・キットソン(樋口泰子さん)が仕事を教えてくれる。上流階級のお嬢様で、すぐにここから出られると信じているペルセポネー。延々と続く日々の中、ドーラがあの手この手で励ましてくれる。

金髪のウィッグを被ったポルフ(江間直子さん)と魔術の本を読み耽るドルフ(樋口泰子さん)。映画スター、ドリス・デイに憧れて歌い踊るポルフ。男性以上に戦場で活躍した歴代の女傑の素晴らしさを語り続けるドルフ。別人格を演じることで鬱屈した精神を解放させる試み。

この二組の物語が交互に続いていく。モデルになった女性達と同様、50年以上も。

江間直子さんは原田美枝子っぽい物静かな感じで登場するが、ポルフになった途端、豹変して狂い咲く。その躁状態の爆発ぶりはアミダばばあすら連想した。そして歌がメチャクチャ上手い。マジで歌手レベル。度肝を抜かれた。

樋口泰子さんはどことなく香坂みゆきっぽい。この人の受けの芝居が重要で、じっと江間直子さんを補佐する。ドルフになっても変わらず抑えたままで、ペルセポネーとポルフの変化を際立たせることに徹する。このおかげでクライマックスの爆発がドーンと跳ね上がる。

驚く程、良い出来。是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

聖ディンプナは7世紀、アイルランドの王女。父王からの近親相姦を拒み、逃げたベルギーのヘールにて処刑された。その地にて精神障害者が治癒されるという奇跡が起こり、キリスト教徒が巡礼に訪れるようになる。今も精神疾患を持つ人々が地元住民の家で一緒に暮らす治療法が行われている。

ギリシア神話に登場する美しい娘、ペルセポネー。それを見初めた冥界の王、ハデスに拐われて冥府へと。大地と豊穣の女神である母デメテルは怒り大地に実りをもたらすことをやめた為、飢饉が起きる。それに困ったゼウスが介入し、ペルセポネーの一年の半分を冥府、半分を地上で暮らすようにした。デメテルは娘が地上にいる時だけ実りをもたらすことにした為、世界に四季が訪れた。

ポルフがドルフの足を洗ってあげるシーンが堪らなく美しい。自分的にはここで満足。その後の浴槽に顔を突っ込んで自殺しようとする話などはあんまり入って来なかった。(元々『ショーシャンクの空に』もそんなに好きじゃない)。

人生は監禁された精神病院の中、絶望して自殺したとしても目覚めた先はまたここ。死のうが生きようがこの灰色のコンクリートの中、尊厳も自由もはなから何もない。だったら唯一の武器、妄想で楽しくやろう。この下らない世界を想像力で謳歌しろ。この空気の海で溺れ死ぬことはない。気楽に泳いで楽しくやろう。終着駅が絶望だと知っていても構うことはない。
「絶望という名の地下鉄に乗り込んで、鼻唄まじりで行くぜこの世界を」
『雲を掴む』東京公演

『雲を掴む』東京公演

渡辺源四郎商店

ザ・スズナリ(東京都)

2024/05/08 (水) ~ 2024/05/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

レビー小体型認知症を患い、リアルな幻視と暮らすウォリス(山村崇子さん)。1984年、診察に来た医師や看護士がその話を聞いてあげている。

個人的に一番面白かったのはアフタートークで工藤千夏さんが語った、「昨年公演した『千里眼』のDVD、まだ1枚しか売れていません」だった。

ネタバレBOX

1931年、英国で王太子エドワード・デイヴィッド(桂憲一氏)と出会った既婚のアメリカ人女性、ウォリス・シンプソン。惹かれ合った二人は不倫関係となる。
1936年、デイヴィッドはエドワード8世として王位を継承し、ウォリスは離婚裁判に勝訴、晴れて結婚しようとするも様々な反対に遭う。(イングランド国教会は離婚者の元配偶者が存命の場合、再婚を認めなかった)。到頭彼女と結婚する為に国王を退位した。(その後、公的にはウィンザー公爵と呼ばれる)。
1937年、フランスで挙式しパリ(ブローニュの森のはずれにあるヴィラ・ウィンザー)で暮らす二人をアドルフ・ヒトラー(大井靖彦氏)がドイツに招待。熱狂的な歓迎を受けて気を良くした二人はナチス擁護の発言を繰り返す。ヒトラーは英国を占領した後の傀儡政権としてデイヴィッドを国王に任命することまで決めていた。
1945年5月、アメリカ軍が手中に収めたナチス・ドイツの機密文書「マールブルク・ファイル」。その中に収められていた「ウィンザー・ファイル」が1957年に公開される。デイヴィッドは「ユダヤ人陰謀論」を信じ、英独が開戦しても秘密裏にナチスと連絡を取り合っていたこと。ロンドンが空襲に遭っている中、「これを続けることこそが和平への最短の道」だと助言したこと等が暴かれる。
1972年5月28日、デイヴィッド死去。
1986年4月24日、ウォリス死去。

1936年、アドリア海のヨットクルーズにてダイアナ・クーパー(山藤貴子さん)夫妻、デイヴィッド夫妻が共に過ごすシーンもある。

アドルフ・ヒトラーの亡霊を演ずる大井靖彦氏がMVP。妙に艶めかしい潤んだ瞳。

20世紀最大のスターはヒトラーだと自分は思っている。映画小説漫画、どれだけ影響を及ぼしたことか。今作ラストでイスラエルのガザ地区におけるホロコーストに触れられるが、そもそもそこに話をフォーカスして作劇すべき。ホロコーストから生き延びたユダヤ人が創った国がホロコーストを行なうユダヤジョーク。あの世でヒトラーも大受け。これをエドワード8世ネタと繋げるには無理がある。劇団印象の『犬と独裁者』のように、永遠に繰り返される人間の業にクローズ・アップするべき。
ルードウィヒ・B

ルードウィヒ・B

プロデュースNOTE/アーツイノベーター・ジャパン

東京オペラシティ・コンサートホール:タケミツメモリアル(東京都)

2024/05/07 (火) ~ 2024/05/07 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

歌劇『フィデリオ』序曲
『ミサ・ソレムニス』
『悲愴』
『月光』
『田園』
『運命』
〈休憩〉
交響曲第九番『歓喜の歌』

岩村力(ちから)氏指揮のオーケストラの演奏の合間に朗読劇のスケッチが入る。
亡き母マリアと亡霊レオノール役に真野響子さん。ベートーヴェンの唯一作ったオペラ、『フィデリオ』。政治犯として監獄の独房に囚われた夫の為、妻レオノーレは男装しフィデリオと名乗り潜入、救出する物語。(レオノールとは多分、男装したレオノーレのことなのだと思うが?)
死者からの呼び掛け。「心で音を聴け」。

ベートーヴェン(田代万里生氏)の死後に発見された「ハイリゲンシュタットの遺書」。1802年、31歳の時に持病の難聴が悪化、高度難聴者となり、自殺を考えて弟達に書いた遺書。(ハイリゲンシュタットは地名)。

同じく死後に発見された、1812年、41歳の時に書かれたが送られることのなかったラブレター。相手は「不滅の恋人」と呼ばれる謎の女性。今作では“ジュリエッタ”の愛称をもつジュリー・グイチャルディ伯爵夫人(Juice=Juiceの井上玲音〈れい〉さん)となっている。(現在ではヨゼフィーネ・ブルンスヴィック説が強い)。

フリードリヒ・フォン・シラーの1785年の詩、『歓喜に寄す』。1792年、22歳のベートーヴェンはいたく感動し、いつか曲をつけようと思い立つ。1815年頃から作曲を開始、1824年に到頭完成。5月7日の初演ではミヒャエル・ウムラウフ(岩村力氏)が正指揮者として立ち、ベートーヴェンは総指揮者の名目で各楽章のテンポを指示した。

シラーの詩にベートーヴェンが「おお友よ、このような旋律ではない!もっと心地よいものを歌おうではないか。もっと喜びに満ち溢れるものを。」の台詞を織り込んだ。不協和音や低弦の旋律に対し、この台詞で否定していく。第1楽章、第2楽章、第3楽章までのメロディーをも否定した上で、到頭「歓喜の歌」のモチーフが現れ、いよいよ肯定される。自らの努力を全て否定した上でやっとこれじゃないか、と思えたメロディー。「歓喜の歌」が始まる。

指揮者の岩村力氏が唐突に振り向いて台詞を言うシーンに驚く。しかもやたら巧い。

ネタバレBOX

胃癌で亡くなった手塚治虫。連載中未完に終わった『ネオ・ファウスト』、『グリンゴ』、そして『ルードウィヒ・B』。今作のタイトルもそこから来ているのだろう。

「歓喜の歌」とは、死への歓喜なのではないか?自分が課せられた役目を果たし終え、やっと死ぬことが許される解放感。“死”という自由への歓喜。エヴァンゲリオンでの使い方が正解だと思う。

音が悪く感じてショック。東京文化会館や浜離宮朝日ホール、サントリーホールと比べると雲泥の差。たまたま自分の席の位置が悪かったのかも知れないが。
ドラマ部分がイマイチで勿体ない。曲をバックに喋るので台詞も聴き取りにくい。それこそ、重要な台詞はスクリーンに映して欲しかった。
パレードを待ちながら

パレードを待ちながら

劇団未来

こまばアゴラ劇場(東京都)

2024/05/03 (金) ~ 2024/05/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

初見の戯曲、何かよく演ってるなと思う程、耳にする演目。舞台はカナダ西部の大都市カルガリー、アメリカ・モンタナ州の国境までは南に車で3時間。カナダは1939年にナチス・ドイツに宣戦布告。連合国に加わり、欧州戦線に参戦。ノルマンディー上陸作戦(連合軍勝利を決定付けたもの)はアメリカ、イギリス、カナダで行なっている。
この物語は第二次世界大戦参戦の1939年から終戦の1945年までの銃後の女の物語。
タイトルの意味は戦勝パレードで、戦地から帰国した家族達を迎える日のことだろう。

この劇団、最大の強みがガチガチの関西弁。余りに捲し立てるので時代設定を日本の近未来に移したのか?と勘ぐる程。(実はそっちの方が観たかった)。痛快な関西弁の遣り取りが心地良い。この路線は正解だと思う。どんな高尚な戯曲でも関西弁化すると作家の意図しない新しい魅力が生まれる。

池田佳菜子さんはやたら長身。ピアノが上手い。夫はラジオのニュース・キャスター。夫の兵役免除の負い目を払拭する為、カナダ版「国防婦人会」の班長として人一倍張り切る。少しヒール的立ち位置。
肉戸恵美さんは高橋ひとみ顔。夫は志願兵として出征。社交的で付き合いが広い。色気ムンムン。
三原和枝さんは早くに夫を失くし、長男が志願兵に。次男は共産党員で「戦争反対」を訴える。教会で神に祈り続ける毎日。
前田都貴子さんは高校教師、年の離れた夫は軍国主義の愛国者で毎日喧嘩ばかり。生徒達が戦場に向かうことを怖れる。
北条あすかさんはその態度のふてぶてしさとべしゃりの達者さが上沼恵美子の若い頃を思わせる。ドイツからの移民で、父親とテーラーを営む。スパイ容疑をかけられた父親は収容所へ。街中から敵視され、迫害を受けることに。

皆、歌が上手い。歌のシーンになるとパッと盛り上がる。ある曲に聞き覚えがあり、考えていたら『夢の泪』の募金活動のシーンで歌っていた奴だった。
ストッキングの模様を脚に眉墨で描いたり、その意図がよく判らないシーンもある。
士気高揚の為の娯楽の提供、という日本では考えられない女性達の任務。ダンス・バーティーや歌の練習なんて。
当時のカナダの流行曲を使い、時代の空気を体感させる。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

冒頭のシーンが非常に良かった。椅子に座った4人の女、池田佳菜子さんが一人ずつダンスに誘う。踊ったものの脚がもつれて転んだり、断ったり、そもそも誘わなかったり。この5人の関係性を視覚化したのだろう。ラストにこれがもう一度入るのがまた良い。実はこういうオリジナルの部分でもっと演った方が正解だったのでは?
役者は最高だが、自分はこの戯曲が余り好きではないのだろう。

結構居眠り客がいた。多分失敗したのが会場の温度設定。前説の時、寒いということで設定を上げてしまった。始まると熱気で室温が上がるもので、第一幕ではもわっとした空調。第二幕では下げたので快適。

関西弁による異化効果の面白さ。筒井康隆に『火星のツァラトゥストラ』という名作がある。当時『ツァラトゥストラはかく語りき』の新訳版が出版、タイトルが『ツァラトゥストラはこう語った』だったことに受けた筒井康隆が徹底してツァラトゥストラをネタにしたもの。一躍時代のスターに躍り出たツァラトゥストラだったが、段々と人気に陰りが出て主演映画の質も下がっていく。『ツァラトゥストラだヨおっ母さん』『ツァラトゥストラはつらいよ』『ゴジラ・エビラ・ツァラトゥストラ 南海の大決闘』などなど。

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