ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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「タクボク~雲は旅のミチヅレ~」

「タクボク~雲は旅のミチヅレ~」

江戸糸あやつり人形 結城座

ザムザ阿佐谷(東京都)

2025/09/18 (木) ~ 2025/09/23 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

石川啄木の未完の小説、『雲は天才である』をモチーフにおきあんご氏作、加藤直氏演出の『笑うタクボク〜雲は天才である〜』を2012年に上演。2020年、加藤直氏が書き下ろして『明日またタクボク〜雲と劇場〜』を。そして更に今回、加藤直氏が書き足し新作として上演。

結城座の面々が町から町へと劇場に向かって旅をしている。都会の雑踏、袋小路に嵌り、踵を返そうとしたがよく見ると行き止まりには大きな穴が空いていた。思わずその穴を降りてみる。そこは古い廃校の教室のよう。落ちている一冊のノート。石川一(石川啄木の本名)の日記のようだ。母校岩手の尋常高等小学校(現在の小中一貫校)の代用教員を20歳から一年間務めた頃。何故か青空が地下に落ちている。

可動式のスクリーンに投映される映像を見事に活用。下手花道で生演奏は紫竹芳之氏。尺八、能管、篠笛···。茸の傘のような楽器、ハンドパンの音色が強烈。

ハジメ先生(結城孫三郎氏)が生徒達(安藤光さん)に自作の歌を歌わせたことで揉めている。擁護するマドンナ先生(湯本アキさん)。叱責する校長(小貫泰明氏)、その妻(大浦恵実さん)、教頭(結城育子さん)。

結城座の人形遣いの面々は声優のような声色が武器。人形のスムーズな動きと声とで観客を作品内にいざなっていく。人形遣いの世界と人形の世界が多重構造に連なり、この謎めいた劇空間を観客は解き明かしていかないといけない。

大浦恵実さんが戦後日本女優の佇まいで印象的。
超満員に詰め掛けた観客、ギチギチの客席。熱気が凄い。作品はとても面白い。
風に吹かれた雲のように次々に形を変えては飄々と時代を越えてゆく旗揚げ390周年を迎えた劇団。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

浄瑠璃『伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)』の「櫓のお七」の前半を両川船遊氏が操る場面に大拍手が巻き起こる。

地下にあったのは石川一の日記ではなく、台本にするべき。どんな作品か演ってみよう、と学校のシーンに繋げた方がスムーズ。

結城孫三郎氏演ずるボクは人形を遣っていないと自己同一性が保てない。猿の人形に自分を託し、八百屋お七の人形をかどわかす。その上で敢えて探偵独眼竜(両川船遊氏)にお七捜索の依頼。

深い森に迷い込むハジメ先生達一行とお七人形を捜す結城座の面々。甘い匂いに誘われて夢見心地になってしまうが惑わされてはいけない。深い森の迷宮で独眼竜は犯人を突き止める。この森の描写は人間の無意識のようだ。意識に引っ張られ過ぎても無意識に引っ張られ過ぎてもいけない。

「人生は長い暗いトンネルだ、処々に都会という骸骨の林があるっきり。それにまぎれ込んで出路を忘れちゃいけないぞ。そして、脚の下にはヒタヒタと、永劫の悲痛が流れている、恐らく人生の始めよりも以前から流れているんだな。それに行く先を阻まれたからといって、そのまま帰って来ては駄目だ、暗い穴が一層暗くなるばかりだ。死か然らずんば前進、唯この二つのほかに路が無い。」
(『雲は天才である』より)。
『REAL』

『REAL』

metro

インディペンデントシアターOji(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

三姉妹が暮らす古い家屋の質屋。次女(サヘル・ローズさん)は帳場で破れた下着を繕っている。時折遠くから爆音が響き、どうやらここは戦地らしい。そこに現れた来客(渡邊りょう氏)は長女(月船さららさん)の行方を追っている。数年前から何処かに出掛け帰って来ないまま。「日本のインディ・ジョーンズ」と称される冒険家兼考古学者らしい。奥では三女(犬宮理紗さん)が臥せっている。幼い頃から憑かれやすい体質の三女、今回は宮沢賢治の妹トシに。客(マメ山田さん)が質札を手に品物を引き取りに来る。重い地蔵を奥から引っ張り出して来る次女だったがそれじゃなかったらしく客は帰る。下手の客席側面、頭上のキャットウォークから月船さららさんが登場。何故か馬の生首を持っている。BGMに乗せ、叫ぶのは『ツァラトゥストラはかく語りき』。名前は日枝(にちえ)=ニーチェ。ツァラトゥストラはゴータマ・シッダッタのように山奥で悟りを開いた。ある朝、太陽に告げる。太陽が幾ら偉大であまねく地上を照らすとしても、それを受け止め感じる者がいなくては何の意味もないのではないか?同じく自分がどれだけ真理を見付けたとしても、それを人々に伝えないことには意味がない。(初転法輪)。ツァラトゥストラは山を降りて町に出る。月船さららさんは滑車に吊り下げたワイヤーロープに片足を乗せて客席通路に降り立つ。

月船さららさんはここ数年で一番美しかった。衣装も綺麗。
ひたすら哲学談義が続くので眠る人もちらほら。三好十郎「廃墟」にも通ずる。
だが妙な面白さがあった。こんなカルトに詰め掛ける観衆。客層は全く読めない。

ネタバレBOX

欲を言えばもっと脚本を練って欲しい。好きな作品のコラージュのようにも見える。哲学なんてどう例えて人に伝えるかの技術論。演劇は転義法(比喩)の最たるものなのだから哲学の視覚化に適している。物語の中にニーチェ哲学を秘匿文字のように刷り込んで欲しかった。

サヘルさんが梨を切り分けるのだが雑。皆で摘むおでんはいい匂いで美味しそうだった。風月堂のゴーフレット。

月船さららさんが姉妹に語る。
超人に至る「精神の三段階」。①駱駝=重い荷物を背負って砂漠を進む忍耐。②獅子=自らの意思で生きる自由を勝ち取る。③幼子=無垢であり、あるがままの世界を受け入れることができる。創造的な知性の獲得。

パンドラの匣を開けて最後に残ったエルピス=予兆。これが人間界に行かなかったお陰で人間は暮らしていける。先が分かったら辛すぎて人間は生きていけないだろう。先が分からないから人間はまだ生きていける。

「よだかの星」と「永訣の朝」をリレー形式で三姉妹が朗誦。

渡邊りょう氏の語るREALはよく掴めなかった。
蛇に舌を噛まれて逆に食い千切るマメ山田さん。

ジェニン難民キャンプの瓦礫で作ったオブジェ、「パレスチナの馬」が客席後方より運び込まれる。これが素晴らしい出来で軽いが人が乗れる程丈夫。
1889年1月3日、ニーチェはイタリア・トリノの広場で鞭打たれる馬に駆け寄り、泣きながら首にしがみつくと意識を失う。元々躁鬱病と誇大妄想が激しかったが、そのまま精神が正常に戻ることはなかった。

ラストは、チェーホフの「三人姉妹」を朗誦。
「パレスチナの馬」に跨った月船さららさん。精神の無垢なる解放。

戦争は止められない。虐殺も止められない。差別も止められない。何も思うようにいかない。正しく優しく平等な世界にはならない。憎しみを捨てられない。恨みを忘れられない。他人を愛せない。他人を許せない。結局何一つ出来ないままだった。
その全てをあるがままに受け入れる。

ゴータマ・シッダッタは「一切皆苦」と説いた。この世の全ては思うようにはいかない、人間は無力だ。親鸞は「他力本願」を説く。自力の考え方の傲慢さを打つ。

ニーチェは「もう神などいない。何かに縛られ従う必要はなくなった。これからは弱さに同情しそれを肯定する生き方はやめだ。『力への意志』を持った優れた者=超人こそが世界を導いていく時代だ。」と説き、見事にナチスに利用された。強く美しく賢い者達が世界を支配するべきだと。弱者はそれを崇拝すべきだと。だがこれは人類の永遠に抱えるテーマだろう。弱く醜く劣った連中をぶっ殺すことで強く美しく賢い者達の仲間入りを果たせるような幻想。ニーチェの人気の核には選民思想がある。

「バイ・バイ・ニーチェ 」 THE STALIN

バイ バイ bye bye バイ バイ
だけど大好きだからもっと遊ぼう
懐かしき、未来 ‒ a nostalgic future ‒

懐かしき、未来 ‒ a nostalgic future ‒

ゴツプロ!

シアター711(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

凄い一人芝居。作者の深井邦彦氏は鬱の塊を力一杯ぶつけてくるのでこっちは痛くてたまらない。御約束の奴は牛乳だった。過去のトラウマを救い、現在の不甲斐なさを立て直し、未来を明るく見据えたい。誰もが願うそんな気持ちが精一杯作品に込められている。
佐藤正和氏に感服したのは、最後まで一人芝居に思わせなかったところ。感情が波となってうねり、その後ろに情景が確かに見えた。伝える、ということに徹した演出。浮かび上がる母親の陰影。時間の海に漂う自分という乗り物。過去も現在も未来も全てがここに在る。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

舞台は熊本県。小4の10歳の少年が主人公。1980年7月7日の月曜日から13日の日曜日までの一週間。父が事故死し母と二人暮らし。母は精神的に不安定で暴力を振るう。少年は牛乳瓶をゴクゴク飲み干しては登校する。学校では酷い苛めに遭っている。下校するとパチンコ屋に向かって母を探す。店内で玉拾いして時間を潰す。母が勝った日は近所の店でナポリタンを一緒に食べる。帰宅するとドアをガンガン叩く音と怒声、借金取りだ。じっと息を殺してやり過ごす。母は化粧して夜の仕事に出掛ける。ある夜、男達がアパートに侵入して来て母子共々ボコボコにされる。母は何処かに連れて行かれた。数日ぶりに帰って来た母は日曜日に天草の海に行こうと言う。海にはピンクのイルカが棲んでいて、それを見るとどんな願いでも叶うんだそうだ。日曜日、ずっと海を眺めて探し続ける。母はトイレに立つ。すると突然傍に妙なおっさんが立っていることに気付く。ウエスタンハットにポンチョ、夏なのに妙な風体だ。おっさんは「君の願いを叶えてあげる」と宙に浮く銀色の乗り物に手招きする。

2171年、男は200歳になっていた。母親を名乗る者から手紙が届く。何となく病院に行くと寝たきりの老婆。本当に母親だったのかすらもう思い出せない。赤の他人のような会話が続く。何かそれが妙に楽しくなってきて数ヶ月通う。amazonでタイムマシンを買って過去に行ってみる。天草の海岸で母に棄てられた10歳の自分がいた。少年を乗せて1977年大晦日に飛ぶ。父親と母親と楽しく紅白歌合戦を観ている頃。明けて1978年1月、この月に父親がホームから転落して電車に撥ねられて亡くなるのだ。少年は父親を助けて、過去を変えようとする。1周目は朝飲んだ牛乳で腹を下してトイレに駆け込み駅員に補導されてBAD END。2周目は父親に叱られ会社の同僚に車で帰されてBAD END。3周目は直接父親を助けようと駅で待っていたが、矢張り運命は変えられず目の前で父親は轢死してBAD END。男は連絡を受け2171年に帰る。母親を名乗る老婆が亡くなっていた。もう一度過去に戻ってみる。少年はサバサバした表情で7月7日からの一週間を辿ってみたいと言う。母親に殴られ、学校で苛められ、今となっては全てどうでもいい出来事だ。もう何も自分を傷つけられない。自分はそんな痛みを超えてしまった。さあ天草の海岸でサヨウナラだ。お母さん、あなたはあなたの人生を精一杯生きて下さい。今日まで育てて下さって有難うございました。感謝してもし切れません。有難うございました。有難うございました。有難う!またいつか!男に肩車されたウエスタンハットにポンチョ姿の少年は泣きながら、走り去る母親の車を追い掛ける。ずっとあなたのことを愛していました!

タイムマシンの設定は記憶内を仮想空間にしてアバターである自分が体験する夢でいいと思う。何度も何度も過去を追想して、自分の真意に気付く。

タイムマシンをamazonで買う為、設定を説明無しで200年後にしたのは正解。この巨大な嘘のお陰でいろんな矛盾が気にならなくなる。この手はアリだと思う。取り敢えず200年後に話が飛べばもうこっちは文句を付けられない。

※佐藤正和氏に前から妙な既視感を感じていたが、「矢野・兵動」の兵動大樹の話芸に似ていると思ったからかも知れない。
野良豚 Wild Boar

野良豚 Wild Boar

文学座

文学座アトリエ(東京都)

2025/09/09 (火) ~ 2025/09/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

7月に文学座アトリエで観た文学座附属演劇研究所研修科発表会『天保十二年のシェイクスピア』が最高だった。2000円でこんな凄いものを観せて頂いて申し訳ない程。御礼に次ここで演る作品を観ようとチケットを買った。
8月に『5月35日』を観て、今作の作者が同じ莊梅岩(そうばいがん)さんと知って期待大。香港の現在進行形反骨作家。今作『野良豚〈いのしし〉 Wild Boar』は2012年に香港で初演されたもの。もう香港では上演出来ない。莊梅岩さんは今も香港で政府の締め付けと戦っている。母校・香港演芸学院に宛てた公開書簡が話題に。政府が「ソフトな抵抗」への警戒を呼び掛け、呼応した者達は重箱の隅をつつくように行動発言作品への監視を強めた。自主規制の名の下に阻害分断孤立を迫られるアーティスト達。それは芸術の殺戮だ、と。
演出のインディー・チャンさんは香港出身の文学座の演出家、今作が文学座デビュー作。この二人が上演後にステージに上がった!

高度に管理された都市。
ある日、高名な都市工学の大学教授モナムが失踪する。事件性があるニュースなのにマスコミは何処もそれを報じない。「モナム教授に認知症の恐れ」など同じ方角に読者を誘導する情報操作の記事ばかり。大手新聞編集長ユン(清水明彦氏)はモナム教授とその日会う約束があった為、拉致されたと直感。だが書いた記事は空白にされた。義憤に駆られたユンは会社を辞め、自ら新しい新聞社を設立しようとする。妻でカメラマンのトリシア(上田桃子さん)はかつて有能な記者だったジョニー(山森大輔氏)に協力を依頼。ジョニーは相棒のハッカー(相川春樹氏)を呼び寄せ、モナム教授が告発しようとしていた事柄について調査する。そしてかつての女友達(下池沙知さん)とも彼女がウェイトレスとして働く店で再会。

ロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』のようなハードボイルド風味。主演の山森大輔氏は俗なチンピラ・キャラからフィリップ・マーロウの苦味まで幅広く表現しとても魅力的。陽気な遊び人と信念に殉じる義士の同居した胸の裡。
そしてMVPは下池沙知さんだろう。『廃墟』では若きパンパン役だったが今回は全くの別人。可愛くキュートな女からゾッとするもう一つの冷たい素顔まで。高層テラスでのデート・シーンは映画的。第一幕ラストの遣り取りこそ今作の心臓部になる。

ある意味、『ブレードランナー』的なニュアンスも感じる作品。
是非観に行って頂きたい。

※今の内に観といた方がいいぞ。もうこういうのは日本でも観られなくなる。ネパールの報道で確信した。

ネタバレBOX

四面に客席、囲まれたステージ。床には一面、沢山の新聞紙が敷かれている。新聞を一つ手に取ると床にマンホール状の穴が空いている。そこから4人の豚のハーフマスクを着けた者達が上がって来て新聞紙を丸め出す。丸まった巨大な新聞紙の塊を野良豚〈いのしし〉に見立てる。天井には垂れた網、罠にかけられてしまうぞ。早く逃げ出せ!

相川春樹氏は『痕、婚』が強烈だったが今回は功夫で見せる。成龍から李小龍の流れ。おいもちゃん?

静かな立ち上がりで居眠りも何人かいたが第一幕ラストで爆発的に盛り上がる。
「PERFECT CITY 3.0」とは球体の街作り、新時代の都市計画。中心から富裕層が住居し、外縁部に行く程収入が低い層。更に地下にも都市を作り貧困層はそこに押し込める。貧富の差による明確な区分けがされた完璧な街。
下池沙知さんは「それは良いことだ」と肯定する。自由やら正義やらは富裕層の嗜好品だ、と。あんたらはそんなもので遊んでいるだけじゃないか。何も選択肢を持たない貧しく弱い市民にそんなものは必要ない。弱者に必要なものは完璧に調和のとれた安定した世界。

ラストは前日譚、テロに遭って入院しているユンの退院会見の原稿を考えるジョニー。気分転換に一日だけハッカーと野良豚狩りに出掛ける。まだ小さい野良豚が罠に掛かって檻の中。何度も何度も鉄の扉に突進してやめようとしない。その姿にふと扉を開けて逃がしてやるジョニー。それが当然のように何処までも駆けていく野良豚。「ああ、これだ!野良豚なんだ!」ユンが宣言すべき言葉が見つかった!

尾崎豊、1984.3.15新宿ルイードでのデビューLIVE。
「自由じゃなけりゃ意味がねえんだ!お前等本当に自由か?腐った街で埋もれてくなよ。俺達が何とかしなけりゃよお、何にもなんねえんだよ。」
ラストはそれを思い出した。人間が自由を求めるのは本能だ。そこに善も悪もない。それこそが真実。
わたしのこえがきこえますか

わたしのこえがきこえますか

チーム・クレセント

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2025/09/04 (木) ~ 2025/09/08 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

〈Bチーム〉

大林宣彦の『風の歌が聴きたい』、古くは松山善三の『名もなく貧しく美しく』とこの題材には傑作が多い。武田鉄矢の『刑事物語』も聾唖のトルコ嬢を保護して一緒に暮らす話だった。山本おさむの漫画、『遥かなる甲子園』にも脳裏に刻まれたシーンがある。最近ではあやめ十八番、『六英花 朽葉』の中野亜美さんも。

2020年3月、コロナ禍真っ最中の90代老夫婦の家。耳が遠い宮川知久氏と片山美穂さん。亡くなった娘、和美の13回忌が今年行われる。片山美穂さんがふと思い出したのは1966年のあの日のこと。あの一日でどれだけ家族の絆が深まったことか。

役者のレヴェルが高い。誰もが甲乙つけ難い好演。宮川知久氏の心情がキーか。和美の兄、副島風(そえじまふう)氏も泣かせる。和美を客席側にいるテイにして登場させず、両親と手話通訳の清原(新里乃愛さん)は客席に向かって話をしていくアイディア。
壁が薄い為、騒音の苦情を度々ぶつけに来る隣家の春田ゆりさん。
舞台手話通訳は荻谷恵さん。聴覚障碍者の方にどう伝わっているのか非常に気になる。

OMS戯曲賞大賞作品なだけはある。今後ずっと上演され続けるであろう傑作。凄い脚本だ。初の上演、誰もが啜り泣いていた。
必ず観る機会は訪れるであろう作品、必見。

ネタバレBOX

シャワーを浴びに上手に捌けた宮川知久氏、聴こえてくるのはギッタンバッタン機織の音。そこから時間が1966年に飛んでいることを観客に巧く伝える。

新里乃愛(しんざとのあ)さんは22歳。今舞台の為5ヶ月間、手話を学んだそうだ。
片山美穂さんの右目だけ酷く充血していて心配になった。素晴らしい存在感。
Aチームで清原役を演った小野瑞季さんがワン・シーンだけ和美として登場する。AチームVersionも観たかった。

作家は『刑事物語』のファンじゃないだろうか?『刑事物語5 やまびこの詩』のラスト・シーン、転勤で独り寂しく夜行列車に揺られる武田鉄矢。夜になりふと気付くと車内の窓の結露に指で書かれた「ありがとう」の文字が浮かび上がる。命懸けで助けた女性からの感謝の気持ち。列車中の窓に書かれていた。

今作の脚本の素晴らしさは次々に情景が浮かぶことである。飛騨への初めての一人旅、温泉へと鉄道に揺られる和美。飛騨高山の伝統のぬいぐるみ、さるぼぼ(猿の赤ちゃん)を納品しに行くお婆さんに話し掛けられる。「私、耳が聴こえません」と身振りで示す和美。するとお婆さんは列車の結露した窓ガラスに指で文字を書く。窓ガラスを使っての筆談で二人はずっと話し続ける。創意工夫すれば幾らでも意思の疎通は可能だ。いろんな手段がある。他人の心と触れ合えるのはとても楽しい。

父親の心を動かしたのは和美が「お父さんが笑わなくなったのは私のせいだ。私がお父さんに笑いかけなくなったからだ」と告解。その複雑な心情を手話によって伝えられ、それが自分にはっきりと伝わっていることに衝撃を覚える。
片山美穂さんの娘を守る泣きながらの口添えと劇的なる宮川知久氏の「パウロの回心」。人の心がはっきりと伝わること、雷に打たれたような天啓。

日本のろう教育は長年、口話法(読唇と発話)が強制されてきた。手話は手真似と侮蔑されて禁止。その理由は健常者の生活に障碍者の方が合わせなくてはならないとされた為。1963年、日本初の手話サークル、京都市手話学習会「みみずく」が誕生。看護婦で夜学生だった女性が聴覚障害の患者との更なる意思の疎通を求めて学習会を発足。
1960年、言語学者ウィリアム・ストーキーが「手話は自然言語である」ことを発見、証明。これによって手話の復権がなされ、徐々に普及されていくことに。
1970年、手話奉仕員養成事業が始まり、国が正式に認めることに。

『私の声が聞こえますか』は中島みゆきのデビュー・アルバム。
Voice Training 2025

Voice Training 2025

虚空旅団

北池袋 新生館シアター(東京都)

2025/09/05 (金) ~ 2025/09/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

主宰の高橋恵さんの挨拶から力があった。作品を観ると本物の脚本を書こうとしているのがよく伝わる。目指しているものは人間の救済の可能性、その具体策と考え方のヒント。とにかく観終わった後に観客に何かを持ち帰って貰おうとの強い願い。カルチャースクールを体験受講したような感覚。トーマス・マンが教養小説なら、教養演劇か。そしてそれをドラマとしてさらりと成立させる貫禄。
主演の丹下真寿美さんが凄腕、これぞプロ。発声練習の時の表情が最高。

全10回の話し方教室講座。5回を終えたところで講師が体調不良で降板。担当(山下真実さん)はピンチヒッターとして実の姉(丹下真寿美さん)に依頼。離れて暮らす姉はラジオのパーソナリティ(司会進行)をやっていた。
受講者は4名。ロリィタファッションのZ世代、礼儀知らずのSHOP店員、野矢アヤノさん。浄土真宗の住職の娘と結婚し入り婿となったガタイの良い坪坂和則氏、話下手で声が大きい。職場のコールセンターで昇進が決まり、プレッシャーが掛かる木山梨菜さん。終末期医療(ターミナルケア)のある病院で緩和ケア病棟で働く看護師、得田晃子さん。引っ込み思案で声が小さい。皆それぞれ悩みを抱えてこの講座までやって来ている。果たして丹下真寿美さんは無事役目を果たせるのだろうか?

非常に考えさせられた。他の作品も気になる。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

voice trainingというよりも、 public speaking class(話し方講座)みたいな授業。

得田晃子さんは凄い。演技とは思えずその辺の人をただ連れて来た感じ。実は物語の核を握る。
野矢アヤノさんも演技なのか?地としか見えない。
坪坂和則氏はアルコ&ピースの平子っぽくスター性がある。
理事の早川丈二氏は若き麻生太郎っぽい。喋り方や口の挟み方など。

勿体無いのは長過ぎる。構成が単調で後半から中弛み。もう少しエピソードの配置を練れば格段に良くなると思った。受講者の成長と観客の意識をリンクさせていくことで精神的に解放されていく作品。話の終わらせ方は見事。

凄く残った台詞に「誰の答もどこかしら間違っている」。正解を選ぶのではなく、取り敢えずの間に合わせの答で対処しながら考え続けていく。ずっと考え続けること。正しいとの結論が出ていない状況でする行為は演技になるのかも知れない。ただ演技とは嘘をつくことではなく、現在進行形の答の為の潤滑剤である。『自分も含めて皆どこかしら間違っている』、この考え方は思考をとても柔軟に自由にしてくれる。何処かに圧倒的に正しい答があるわけじゃない。

「演技」に関しての議論については森田療法の「目的本位」を重ねた。
今日は、これくらい

今日は、これくらい

サンハロンシアター

OFF OFFシアター(東京都)

2025/09/04 (木) ~ 2025/09/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ジャンドゥーヤ(gianduja)とはペースト状にしたヘーゼルナッツを混ぜ合わせたイタリアのチョコレート菓子。「ジャンドゥーヤ鶫野(つぐみの)FC」は地元のサッカーチームで現在JFL、J3昇格を目指している。チームの広報を担当する田野良樹氏は地元活性化の為にも町を挙げての応援を望む。市民フェスに参加し「観客5000人プロジェクト」を企画、熱弁を振るう。市民フェス実行委員会の英枝(てるえ)さん。スポンサー企業の部長で高校の先輩でもある内藤トモヤ氏。サポーター代表の刀根直人氏。
商工会議所職員の高山佳子さんは内藤トモヤ氏の高校時代の同級生。狭い町で皆顔馴染の人間関係。

市民フェスで余興と司会を頼まれた漫才師・ヒクイドリタカイドリ。タカイドリ、重井貢治氏は喫茶店で働きながらのネタ作り。ヒクイドリ、垣内あきら氏は鶫野に忘れられない記憶があった。

洋菓子店チェスターの店長、和泉輪さんは市民フェスで特製ティラミスの販売を頼まれる。それを後押しする手伝いの石井花奈さん。

話の着眼点や流れは万能グローブガラパゴスダイナモスっぽく感じた。年齢層が皆高めの為、夢に向かって突き進むというよりもビターな哀愁が漂う。現実と自分を知ってしまった人間達だからだ。
小津安二郎の『浮草』のような寂寞感を核として、日がな海を眺める三井弘次のような気分で今作を染め上げたい。
若い石井花奈さんの一生懸命な姿が舞台を盛り上げる。和泉輪さんとのデュエットは見せ場。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

群像劇というかキャスト等分に話を割り当てている為、何の話だか散漫な印象も。巧く行けばマチルダアパルトマン『フィッシュボウル』の老年版になれたと思う。劇団運営とダブらせていく手法。好きという情熱だけでは他人の心を動かせない現実。だがそれだけを頼りに闇を進むしかない。運否天賦!

英枝さんに話を集約させる手もあった。全くサッカーに興味のない、夫に先立たれた女性が市民フェスを通じて学生時代の恋人と再会し、サッカーを夢中になって応援する楽しさを知る。まだ世の中、こんなに楽しいことがあったんだ。

早朝ランニングで出くわした内藤トモヤ氏が田野良樹氏をきつく叱責する。町興しにはサッカー球団だけでなく幾らでも選択肢はある。理詰めで追い込まれた田野良樹氏は独り悔しくて涙を零す。そしてラスト、やっぱり5000人には程遠い集客。これが現実だと立ち去る内藤トモヤ氏。自分なりにやり切った充実感、それとは裏腹の目標を達成出来なかった敗北感、もやもやする頭。池乃めだかの十八番を吐き捨てる。「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ!」(このぐらい解り易くしてもいいのでは)。
発表せよ!大本営!

発表せよ!大本営!

アガリスクエンターテイメント

シアターサンモール(東京都)

2025/08/13 (水) ~ 2025/08/17 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

時は1942年6月、太平洋戦争の真っ只中。ミッドウェー海戦の惨敗をどう報じるかで喧々諤々に揉める海軍報道部。事実を淡々と伝えるのか?国民の士気が下がって戦争継続に悪影響をもたらすのでは?いろんな面子と思惑とが絡み合っていつまで経っても発表することができない。その板挟みに苦しみ、たらい回しにされる海軍報道部中佐、津和野諒氏が主人公。

女学生、髙橋果鈴さんが可愛かった。
海軍報道部課長、矢吹ジャンプ氏は高木三四郎みたいに見えた。
海軍報道部報道班員、淺越岳人氏は石野卓球っぽい。
MVPはミッドウェーに出征している中佐、久ヶ沢徹氏だろう。出てくるだけで爆笑をかっさらった。

ネタバレBOX

自分的には失敗作だと思う。何か笑いの取り方を間違えている気がした。クライマックスの謎の清掃員、前田友里子さんの活躍だけがこの劇団らしい。

「大本営発表」と言えば嘘で塗り固められた権力者に都合のいい詭弁の代名詞。純粋で素直な愚者だけが熱心に信じて騙された。負けた戦を勝ったことにして国民を欺く。街中空襲されて焼け野原、「どうもおかしい」と段々胡散臭い報道に疑心暗鬼になっていく。
今作の笑いのポイントは悪の代名詞である「大本営発表」を登場人物達が肯定していく流れ。クライマックスで事実を公表しようと動く新聞記者(鍛治本大樹氏)とそれをラジオで喋ろうとするアナウンサー(伊藤圭太氏)。本来正義側の二人を何としても止めようとする報道部中佐(津和野諒氏)の奮闘こそがメインに。1942年6月太平洋戦争のミッドウェー島周辺での海戦、日本は大敗を喫し以後勝ち目はなくなった。現地の中佐(久ヶ沢徹氏)は死んでいった部下の報告を信じ、それが聞き入れられないことに抗議して腹を切る。事実よりもその誠心をこそ尊ぶべきだと海軍軍令部首脳達は考える。まさに日本的美学。幼馴染の古谷蓮氏に恋する髙橋果鈴さんは優しい嘘で失恋を選ぶ。醜く残酷な現実よりも優しさに溢れた嘘の方が人間にとっては重要なんだ···、だがその結果は···。

※『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』みたいにした方が狙いが判り易かったと思う。この映画は大統領のスキャンダルから気を逸らせる為にその道のプロがあの手この手で国民的ニュースを捏造するもの。大衆操作をシニカルに描く。
えがお、かして!

えがお、かして!

四喜坊劇集※台湾の劇団です!日本で公演します※

小劇場B1(東京都)

2025/08/14 (木) ~ 2025/08/17 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

日本語字幕が入るスペースがあるのだが座る位置によっては舞台上の役者と被って読めない。そこが勿体ない。何処がベスト位置になるのか?

昔よく観ていた香港コメディ映画と作品の空気感が似ているので物語に入り易い。隅に小さい箱馬を積み重ねた舞台美術。導入部は意外な展開から。

メビウス症候群は生まれつき顔面神経と外転神経(眼球を動かす神経)が麻痺している疾患。顔の筋肉を動かすことが出来ず表情が作れない。発声はモゴモゴし口が閉じれない為、涎が垂れてしまう。主人公ワン・シャオティエン(シュイ・ハオジョーン氏)は小学校で普通クラスに通うが見た目の異様さから差別され虐められる。このシュイ・ハオジョーン氏の役作りが凄い。顔をピクリとも動かさず能面のような表情で全ての感情を表現する。台詞を伝え更には歌い上げる。時には涙が落ち涎が垂れる。知らないで観ていたら多分障碍のある方だと思っていただろう。今作ではプロローグの場面で別の役を普通に演じていた為、その凄さが際立った。

父親ワン・クァチャン(ゴーン・ノウアン氏)
息子の病気に責任を感じ、カナダで手術があると聞いて働き詰めでお金を貯めている。
母親シュ・シューフェン(リー・シャオユーさん)
息子は病気ではなく、普通なんだと世間と戦っている。
姉ワン・シャオティン(ワン・イーシュエンさん)
いつも弟ばかり大事にされることで傷ついている。

要所要所に歌が入り家族それぞれが心情を訴え掛ける。

交通事故に遭い、生と死の狭間の空間から現世を眺めることになる父親。絶対に守り続けると誓った息子は絶望に打ちひしがれ追い詰められてゆく。それをどうにもしてやれない歯痒さ。何とか思いを伝えたい。生き抜く力を与えたい。

台湾の劇団、四喜坊劇集(フォーファンシアター)主催で作・演出・作詞・作曲まで全てこなした女性、王悅甄(ワン・ユエジェン)さん。当日パンフに書かれた文章が深い。「演劇は“正しさ”を競い合う分野ではなく、“共感”や“想像力”を駆使して様々な人々が語り合う場所である。」「生きることは一つの価値観で優劣を競い合う競技ではない。そのことに気が付く一助になれれば幸いです。」(意訳)。
作品の意図するテーマは単純なものではなく、ただの難病もの、障碍者ものではない。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

医師、旅行会社社員、隣人他(ワン・ウェイ氏)
好き放題やって台湾人の観客の爆笑をかっさらった。

地縛霊(ファーン・ヨウシンさん)
死んだ者が生まれ変わるまで滞在する場所があり、そこを管理している女性、ファーン・ヨウシンさん。左足首や左手首、二の腕の内側にタトゥーが見える。ヴィジュアルが抜群で華やかな台湾美人。段ボール紙のように見える半袖ジャケットは地図やら新聞の切り抜きやらが沢山貼られている。下手から消えたかと思えばすぐ上手から登場し、この劇場の仕組みがどうなっているのか興味深い。
実は完全に死ぬまでの間、変身して現実世界に戻ることが出来る裏技がある。姿形は選べない。父親が息子に会いに行く時、何故か女子高生姿のファーン・ヨウシンさんになってしまう。台湾の制服は随分ミニスカ。

ラスト、亡き父親を訪ねて日本人がやって来る。通常の作品だと救いの手が見つかるものだが、今作は同じメビウス症候群の娘を持つ日本人がただ娘のことを語るだけ。そこがリアル。この物語に必要なものは安上がりなハッピーエンドではない。どうしようもない困難を抱えながらもそれでも日々を過ごしていこうと思う気持ち。「僕には手がある」。

ブルーハーツ 「さすらいのニコチン野郎」

マニュアルを読んでるうちに今日もまた陽が沈んでく
誰のせいにもできないよ 希望はいつも隣に座ってる
5月35日

5月35日

Pカンパニー

吉祥寺シアター(東京都)

2025/08/13 (水) ~ 2025/08/18 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

2019年1月下旬北京、タクシー運転手のアダイ(林次樹〈つぐき〉氏)とシウラム(竹下景子さん)老夫婦が暮らす家。アダイは大腸癌の手術を受け、ストーマ(人工肛門)を装着している。使い捨てのパウチ(排泄物を溜める袋)の在庫を確認するシウラムには脳腫瘍が見付かっており、余命3ヶ月との宣告が。死ぬまでの間に持ち物を整理し、自分がいなくなってもアダイが生活できるよう準備してやらないと。その現実が受け止め切れないアダイは「まだ何か手があるんじゃないか?」と話を逸らす。医者の判断ミスだってあるし、まだ絶対死ぬって決まった訳じゃない。シウラムは死んだ愛する息子ジッジの遺品整理に手を付ける。彼が18歳で亡くなったのは30年前、1989年6月4日天安門広場だった。

開幕時、林次樹氏の演技が少し過剰な気もしたが、竹下景子さんを際立たせる為のアクセントなのだろう。竹下景子さんは完璧だった。70代の丁寧な動作の老女から、鬘と化粧を少し変えただけで40代の激昂する女性に。(歩けなくなる程弱り、記憶の混乱が起きるシーンの時だけもみあげにピンマイクが見えた。細かい拘り)。そしてカーテンコールでは嘘のようにスタスタ普通に歩く姿。何処までが演技なのか?全てが「ザッツ竹下景子」。たっぷりと堪能した。是非全く違う役柄でも観てみたい。

下手にある漆喰の壁に囲まれた亡き息子ジッジの部屋。蚊帳のように照明によって透けて見える仕様が効果的。30年間、生きていたそのままに保存された空間、それはシウラムの止まった時間。

失脚した毛沢東が劉少奇から権力を奪還する為に起こした文化大革命(1966年〜1976年)。その混乱に巻き込まれた当時の学生達は進学の機会を奪われた。学問よりも労働が奨励された時代。勉学に心残りがあったシウラムは息子のジッジに夢を託す。裕福ではない家で出来得る限りの教育を与え、アダイが2ヶ月分の給料をはたいて買ってやったチェロ。ジッジは優しい性格で勉学に秀で音楽の才もある自慢の息子。自分達が体験できなかった理想の青春時代を代わりに実現してくれている!そんな彼がある夜両親に告げる。「自分には音楽よりも今やるべきことがあるんだ」と。
当時、中国の改革に前向きだった胡耀邦(こようほう)、肩書は総書記だったが実権を握っていたのは鄧小平(とうしょうへい)。1987年民主化に理解を示したとして失脚させられ、1989年4月急死。胡耀邦に未来の希望を抱いていた学生や市民達が天安門広場に集まり千人規模の追悼集会を開く。その集会は終わらずどんどん中国全土から人が集まって来て3万人以上に。この流れに恐怖を抱いた鄧小平は戒厳部隊を送り込み武力で鎮圧。6月3日深夜から4日にかけて戦車の突入と機銃掃射により3千人から1万人が虐殺されたと言われる。この事件は国家的に隠蔽され、未だに誰も触れてはいけない禁忌。世界的に報道された事件だったが中国国内では誰もが口をつぐむ。事件についての情報や「6月4日」はネット検閲される為、人々は「5月35日」など隠語を使うようになる。

昔書かれたディストピア小説みたいだがこれが今の中国の現実。参政党政権になって治安維持法が復活した暁には日本もこうなるのか。

ネタバレBOX

訪ねて来るチェロの教師(小谷俊輔氏)、今時のアンちゃん(松永拓野〈たくや〉氏)。松永拓野氏は闇バイトに堕ちたJOYみたい。この息子の遺品を無料で譲る代わりに15分間息子の話を聴いてくれというのはいいアイディアだと思う。そうやって外郭から固めていく情報の出し方。不在の息子ジッジが観客の心に描きこまれていく。
アダイの弟で政府高官のアペン(内田龍磨氏)は知り合いに似ていて気になった。
公安の山田健太氏、183cm!
亡くなったシウラムに逢いに来る息子ジッジは紙谷宥志(かみやゆうし)氏。最後の場面こそチェロが欲しかった!

前回の初演の際、タイトルの隠語に想像を刺激されやたら気になった。再演を知り必ず観ようと決めた。だが自分が当初思い描いていた作品ではなかった。(一見淡々と静かに生活していく夫婦の日常から、隠語に秘められた悲哀が浮かび上がるような作品を想像していた)。

1997年英国から香港が返還され中国の特別行政区となる。当初は一国二制度として香港の自治権を認めていたが、中国政府は2017年香港返還20周年を前にして民主化運動への弾圧を強める。200万人が参加した激しいデモ活動。2020年香港国家安全維持法が施行され、事実上、香港でも当局に対する反対運動は不可能になった。
今作は2019年香港にて上演。勿論中国本土では上演不可。そして今では香港でも上演できない。そのギリギリの状況で書かれた体制批判はもう物語ではない。全てが圧し潰される前の人間の叫びだ。ラストの民衆の自由への歌はそういう状況に追い込まれないと本当の意味では理解できないのだろう。日本は本当に恵まれていることに気付かされる。
※今回の日本での上演についてさえ、作家・莊梅岩(そうばいがん)さんは何一つメッセージを出せない。これが香港国家安全維持法。
不可能の限りにおいて

不可能の限りにおいて

世田谷パブリックシアター

シアタートラム(東京都)

2025/08/08 (金) ~ 2025/08/11 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

Aチーム

世界中の紛争地帯、戦場、難民キャンプ···。ニュース映像で見るそこで医療に従事する人々。国連の難民支援機関のイメージが強かったがもっと民間のNGO団体が多いようだ。リアルタイムで働いている人間の生の声を真空パック。肌感覚でその体験が伝わる。作者はポルトガル人のティアゴ・ロドリゲス、父はジャーナリスト、母は医師。オリジナルでは黒澤明の『羅生門』を皆で鑑賞し、事実というものの多面性を確認した上、役者達と稽古に入ったという。

小林春世さんの挨拶からスタート。彼女と山本圭祐氏の印象が残るプロローグ。
(0)国際赤十字社と国境なき医師団の約30人の職員へのインタビューを再構成。舞台上に集められたメンバーはこれから制作される演劇作品の為に自分達の経験談を語る。「こんなエピソードはどうかしら?」「こういうのじゃ伝わらないわね。」「献身的な英雄なんかじゃあない。ただの仕事だ。」「私、演劇嫌いなのよね。退屈だから!」「録音を止めろ!もうここからは記録するな!」皆が望んでいるような話は出て来ない。出て来るものといえば···。

不可能=法制度(ルール)が機能せず無法状態にある紛争地帯。そこに正義とされるものはない。不条理な暴力への恐怖に怯えながら任務を遂行す。
可能=共有する法律やモラルがあり、安全に安心して生活が営める。論理が通用する。

アルコールを禁止されている地域も多い為、最高の気分転換、最高の娯楽はSEX。SEXをこんなに肯定的に謳歌している共同体だったとは。ウッドストックか!?

オリジナルでは4名の出演者を14名に変えていてそれがかなり功を奏している。話によって皆バラバラに立ち位置を移動し、椅子と譜面台を様々な場所にセットする。視覚的な演出で朗読劇の印象は薄い。『コーラスライン』のオーディション風景みたいに作品をメタ的重層的に見せる工夫。
客層は岡本圭人氏目当てが多かった印象。

破裂した水道管を時間稼ぎに手で押さえる作業。修理業者が来るまでの繋ぎだ。だが修理業者がやって来る保証は何一つない。何という虚しさ。何という無力感。だが目の前の水道管を押さえずにはいられない。

素晴らしい内容。こういう作品をこそもっと演るべき。出来ればニュース映像をたっぷり使用して、作品の抽象性を具象的にアジテートしたい。世界中に聳え立つリアルタイムの現実と私的共同体で鎖国した日本との対比。政治的な発言はスポンサー的にNGの“夢の国”、日本。公的機関がこんな状況だから皆ネットで騙されちまうんだ。ぬるいことやってないでもっとラディカルに演劇を活用してくれ。公安が隠しカメラで来場者の身元をチェックするぐらいに。思想犯演劇をこそ望む。昔はこういう情報だけで重信房子達はパレスチナに渡った。

ネタバレBOX

①薬丸翔氏。現地に着くと民間人2名が手書きの旗を立て、隣人達の死体を白いシーツにくるんでいる。まだ爆撃は収まっていない。そんな中、怪我人や生存者の救出ではなく死体を大切に埋葬する姿に胸を打たれる。人間は死んで終わりなわけじゃない。

②山本圭祐氏。帰国して地元の友人達に現地でのエピソードを聞かれるのだが、いざ話すと必ず皆、興味を失う。皆が求めていたジャンルの話じゃないようだ。辞めた若い医者と地元の駅で偶然出くわす。

③清島千楓(ちか)さん。これが自分の仕事だと見付けた。「私は強い!私は役に立つ!」

④渡邊りょう氏。手作業で廃墟を病院に再建する医者の話。貰ったミントの種。

⑤前東美菜子さん。手術に失敗し茫然自失の若い医師を叱咤激励する。「あなたはこれを乗り越えられる!あなたはこの辛い経験を越えて前に進むことができる!」

⑥萩原亮介氏。同僚の小児性犯罪の告発。よくあるネタだが実話だと思うとげんなりする。

⑦死体の臭い。

⑧山本圭祐氏。小林春世さん?緊急の輸血が必要な少年の為に自らの血を抜いた医師。後にそのことで危機を脱する。闇を走るジープ。影絵でそれを表現。

⑨渡邊りょう氏。交戦中の山で瀕死の少年兵を搬送する。その間だけ銃の音が止み、静かな沈黙が訪れる。

⑩前東美菜子さん?風呂?

(11)岡本圭人氏?命の順番?

(12)萩原亮介氏。⑧で人助けが身を助く訓話を前振りとし、論理が破綻している現実を見せつける。「何故だ?どうして?」

(13)万里紗さん。ギターで岡本圭人氏。闇夜、怯えた女達と子供達を連れて、殺されないように捕まらないようにここから脱出しなくてはならない。万里紗さんの歌。ポルトガルの民族歌謡、ファド。恐れ怯え震えながら一歩一歩ゆっくりと。

(14)南沢奈央さん。髪型のせいか何かイメージが変わっていた印象。難民の助けに行った筈が配給の奪い合いを止める為、棒を振り回して彼等を殴っている自分。「なにこれ?」

(15)とんでもない暴風雨。テントを押さえ付ける面々。手当ての甲斐なく亡くなった子供。その子が吐いた血飛沫が医師のシャツに飛び散っている。母親はそれをそっと拭う。

※ここから余談。今作とは直接関係ないが政治と演劇がリンクし始めている予感がするので。
初めに知性を感じるのは左派の言い分で、言ってることに筋が通ってると支持するが、よくよく知っていくと人間性が下劣。中身がスカスカのこんな連中とは心底関わり合いたくないと皆逃げていく。プロレタリアを根本的に見下した貴族気取りの言論人。信じているものなどハナからない空っぽ。何も信念などないからどうとでも立ち回る。空虚の中の空虚。
対する右派は言っていることに何の知性も感じず当初は嫌悪するが、地に足が着いた物言いに人情を感じて段々好感を持っていく流れ。どうも人間性はこちらの方がまとも。南京大虐殺、韓国人慰安婦、731部隊···。右派を奉じる者達のイメージは「日本人がこんなことするわけがない!」とガチで純粋に信じている。自分なんかにしてみれば「日本人なんだからこんなこと当然するだろうな」。見ている世界がまるで違う。日本人の美化に自我を重ねているのか?美しいものだけを見せて醜いものを覆い隠す暴力。そんなに美しい偉大な国が何故アメリカに無条件降伏して占領されたのか?醜さがあってこその美しさだろ。
左翼も右翼も度し難き酷さ。知性のない人気取りゲーム。選挙権を放棄することこそが唯一の政治的表明、そんな時代。無関心無関係を装ってみてもいつの間にかに囚われていく。気が付けばもう手には負えない。

マルティン・ニーメラー

ナチスが共産主義者を連れ去ったとき、私は声を上げなかった。私は共産主義者ではなかったから。

彼等が社会民主主義者を牢獄に入れたとき、私は声を上げなかった。社会民主主義者ではなかったから。

彼等が労働組合員等を連れ去ったとき、私は声を上げなかった。労働組合員ではなかったから。

そして彼等が私を連れ去るとき、私の為に声を上げる者は誰一人残っていなかった。
ウルトラマリンたち

ウルトラマリンたち

排気口

OFF OFFシアター(東京都)

2025/08/07 (木) ~ 2025/08/11 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

開演前のエンドレスで掛かる客入れSE曲が良かった。美しく静かに滅んでいく感じ。どうせ滅ぶんなら穏やかにいこう。
目茶苦茶に暑い夏、求めるものはクーラーの冷風だけ。
主演の椀(わん)ちゃん役・中村ボリさんは発声が藤子キャラ。ボリボリ先生名義でイラストも。このやたら見かけるイラストはこの方発だったか。

都営団地に暮らす母子。パートと年金でやり繰りする母親(わかまどかさん)と27になっても働けない娘(中村ボリさん)。娘には長年の大切なぬいぐるみの友達(佐藤暉〈あきら〉氏&安藤るいさん)がいて、ROCKを語る謎のおっさん(坂本ヤマト氏)とも最近知り合った。
うっすら焚かれたスモークのようにぼんやりとした四年間が綴られる。ふと訪れる中村ボリさんと水元琴美さん二人による必見の名シーン。誰の心にも届く狙いすました美しい痛み。ここだけで観に行く価値は十分ある。

The ピーズ 「このままでいよう」

夢でも見ているような 煙突の中にいるような
まるで気持ちがいいから このままでいよう
嫌われてくのは辛い 忘れられてくのは辛い
でも僕は何もできない このままでいよう

作演出の菊地穂波氏のことを実はずっと女性だと思っていた。
忘れてたいろんな記憶が痛み出す。大人になる、社会人になるということはアリバイ(肩書)を手にすることなんだ。アリバイ(言い訳)さえあれば普通の人間の振りが出来る。中身は全く何も変わっちゃいなくても。ただそれだけのことなんだ。
今回一回くらい観とくか的な軽い気持ちで観たが次作も普通に気になっている。どんな心象風景の中に誘い込まれてゆくのか?
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

前半1/3は「ああ、この系か。常連客相手の長尺コントか。」と高を括っていたが、母親のパートの同僚でヨガを教えに来た女子大生・水元琴美さんの来訪から不穏な空気が充満し出す。この人はヤバイ。足が妙に小さい。チェックのワンピースから斜め掛けバッグから不穏。更に訪れるのはひきこもり相談支援員の松井瑞季氏。NON STYLE石田明とナイツ土屋伸之を足したようなマルチ商法顔。クスリをキメて一人ニヤニヤ、まるでこの世はBAD TRIPじゃないか。

筋肉少女帯 「悲しきダメ人間」

駄目な僕と駄目な君が御主人様と犬になって
お散歩に行くにしても行くあてはないのだから
海にロケットを見に行く人の混雑にまぎれはぐれちゃうよ
それきり逢えない

個人的好みとしてはイルカ(安藤るいさん)、シロクマ(佐藤暉氏)、大将(坂本ヤマト氏)の笑いの感じが好きじゃない。大将のキャラはガチガチの参政党支持者とかセカイ系陰謀論者とかリアルな病みが欲しいところ。(とは言え会場ではどっかんどっかん受けていた)。

就職活動に追われるレミコちゃん(水元琴美さん)、久し振りに椀ちゃん(中村ボリさん)の家に顔を出す。小遣い稼ぎに母(わかまどかさん)にヨガを教える名目。椀ちゃんはレミコちゃんと花火大会に行きたいのだがなかなかそれを伝えられずにいる。古いiPodにイヤホンを繋げて片耳ずつ二人で聴くことに。流れるのはビートルズの「 I Want to Hold Your Hand」(邦題「抱きしめたい」)。ふと何かを思うレミコちゃんは「私もうここには二度と来れないけれど、椀ちゃんは今日の事を絶対に忘れないでね」と言う。「私はきっとすぐに忘れてしまうのだろうけれど、椀ちゃんは絶対にずっと覚えていてね」と。

BJCの「fifteen」を初めて聴いたあの日の事を想い出す。
水星とレトログラード

水星とレトログラード

劇団道学先生

ザ・スズナリ(東京都)

2025/08/02 (土) ~ 2025/08/11 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

かんのひとみさん恐るべし。そのまんまの存在で見事に作品を成立させる不思議。知ってる婆ちゃん家に寄って2時間弱ごろごろ時間潰してきたような気楽さ。だがとてつもなく面白い。とある老女の等身大の生活とSFとが鮮やかに融合。どんな作品に出ても正解を叩き出す化け物女優。今回はホームの劇団において悠然と決めてみせた。

お向かいさん・田中真弓さんは声は死ぬ程聴いてきたが役者としては初めて観た。何かプレミアム。パンクブーブーの黒瀬純風味。

良い役者ばっか揃えてる。駄目息子・青山勝氏はイジリー岡田テイスト。真面目な娘・みょんふぁさんも素敵。孫娘のリケジョ・中野亜美さんはスタイル抜群。
娘婿の保険屋・宮地大介氏、お向かいさんの旦那・藤崎卓也氏はキャスティングするだけで作品密度が上がる。

売れない漫画家・川合耀祐氏はかなり腕があると思う。

中野亜美さんの親友リケジョ・鎌宮彩羽さんに見覚えがあって何だったかずっと考えていたが、3月にやった劇団員自主企画公演の『ぶた草の庭』だった。覚えてるもんだ。

祖父(藤原啓児氏)の一周忌も近く、一人暮らしの祖母(かんのひとみさん)の様子を心配する娘夫婦(みょんふぁさんと宮地大介氏)。小説家志望のニートの孫(前田隆成氏)を送り込む。孫にある相談をする祖母。「実は私、同じ一週間をずっと繰り返しているの。どうにか脱け出す方法を見付けて頂戴。」

ずば抜けて面白いSFコメディ。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

テイ・トウワが1996年にプロデュースしたKOJI1200(a.k.a今田耕司)「ブロウ ヤ マインド〜アメリカ大好き(Blow Ya Mind - I LOVE AMERICA)」。これをサンプリングした楽曲を2011年、tofubeats feat.オノマトペ大臣が『水星』として発表。多数のアーティストがカバーし、2010年代のアンセム(象徴)に。
「めくるめくミラーボール乗って水星にでも旅に出ようか」

レトログラードとはフランス語で「逆行」。通常の時計は針が円状に回転するが、これは針が扇状の目盛りの終点まで行くとバネにより始点に一瞬で飛ばされる機構。視覚的な面白さから生み出された。

保坂萌さんの作品は二作観て合わなかった。多分居心地がいいと思う感覚の違い。だが演出が有馬自由氏だからなのか今作ははなっから面白かった。押井守の藤子・F・不二雄寄りというか。大林宣彦の『ねらわれた学園』テイストも許せてしまえる優しさ。『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』の感覚。根源的なものに突き動かされるみょんふぁさんにやられた。かんのひとみさんの台詞、「子供に泣きつかれちゃしょうがないわね」。

二つマジで笑えた台詞。かんのひとみさんがタイムリープの謎を解く為、Netflixでその手の作品を観まくる。だが気付くと韓国ドラマを観てしまう。「どうしても観ちゃうのよね。」
邪魔にはならないが役にも立たない、いてもいなくても変わらないような、と酷い言われ方をする娘の旦那(宮地大介氏)。ふと手に持つ鞄をじっと見て「この鞄、俺のじゃない」と呟く。
朗読劇『少年口伝隊一九四五』

朗読劇『少年口伝隊一九四五』

新国立劇場演劇研修所

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2025/07/31 (木) ~ 2025/08/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

クラシック・ギタリスト宮下祥子(さちこ)さんによるフラメンコ奏法、実はこれが主役。背面のスクリーンに光や文字が投影され効果を上げる。
舞台中央前に挿絵をジオラマ化したような巨大な広島市の地図が置かれている。物語の舞台となる比治山は標高71.1mの小高い丘。爆心地から約1.8km南東にあり、爆風を遮った為、比治山の東側は比較的生き延びた人が多かった。時折、その地図の上に砂を振り掛ける役者達。雨を表現。サーッという音。

原爆投下による地獄絵図。蛆虫と蝿が地上の盟主。その中で必死に生き続ける者達。この生への執念にこそ人間の凄まじさがある。
広島文理科大学の哲学教授、通称哲学じいたん(﨑山新大〈しんた〉氏)。
「狂うてはいけん。正気でいなきゃいけん!」狂った世の中があったことを後の人に伝えなくちゃいけない。

どんな状況になっても生き物は飯を食い水を飲み排泄し怒り泣き笑う。眠り目を覚まし思い巡らせ考える。

本社が全焼した中國新聞社、輪転機も紙もなく、緊急の情報伝達手段としてメガホン片手に「声の新聞」、口伝隊(くでんたい)を編成。花江(向井里穂子さん)は旧知の仲だった国民小学校6年の三人に協力を依頼。焼跡を走り回り情報に飢えた被災者達に出来得る限り今の情報を伝え続ける。

一度は味わうべき作品。

ネタバレBOX

枕崎台風は『この世界の片隅に』の長尺版、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』に追加されたシーンを観て覚えていた。だがここまでのものとは···。「昭和の三大台風」とされる超大型台風が9月17日の夜、広島市を襲う。まさに『ゴジラ-1.0』。原爆で一面焼け野原になった地は湖の底へと沈んだ。

肩を叩かせる正夫の祖母(野仲咲智花さん)。
一人、体操服の英彦の妹(田村良葉〈かずは〉さん)。
正夫(和田壮礼〈たけのり〉氏)は原爆症で死ぬ。手榴弾で米兵に復讐を考える勝利(森唯人氏)は台風の中、小屋で溺れ死ぬ。英彦(菊川斗希氏)は哲学じいたんに叱咤を受けて生きる。石碑に刻まれた享年。やはり死因は原爆症。
帰り、小学生くらいの男の子が椅子から立ち上がれない程号泣していた。

当り前のように人々が死んでいく中、それでも生き抜く人間の物語。ジェームズ・キャメロンは現在製作中の原爆映画についてこう語る。「人間という存在が究極的な生死をかけた状況の中、自分よりも他者を大切にしていた事実」。瞬間的に身体を焼かれながら、それでも他の人を一人でも多く助けようとしていたこと。人間の根源には優しさがある。その優しさを信じて絶望の中から生きてゆけ。

もっと長尺で観てみたい。これこそ映画化すべき。
vol.41 「廃墟」、vol.42 「そぞろの民」

vol.41 「廃墟」、vol.42 「そぞろの民」

TRASHMASTERS

駅前劇場(東京都)

2025/07/25 (金) ~ 2025/08/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「そぞろの民」

2015年初演作品を30分削っている。2015年9月19日、新安保法案が成立。「平和安全法制整備法」と「国際平和支援法」。外部からの武力攻撃に対し日本を米国が防衛する義務、日本の領域内で米軍が武力攻撃を受けた場合、日本が防衛を負う義務。解釈次第では日本は戦争に巻き込まれ加担する可能性の法制化。自衛隊を正規な日本軍と認めさせたい流れ。リチャード・アーミテージ元米国務副長官はかねてから日本に有事法制の整備を迫っていた。

介護施設に入居している元大学教授の父(中嶋ベン氏)、勝手に抜け出して深夜実家でTVを凝視する。新安保法案が参議院本会議にて可決、成立。武力放棄、外交による平和維持を日本国の柱として訴え続けてきた人生の敗北。父は庭先で首を吊る。

通夜が営まれる。
次男、星野卓誠(たかのぶ)氏は新聞記者。その妻の週刊誌編集者、川﨑初夏さん。三男、倉貫匡弘氏は元AIエンジニア。その恋人、フリーライターの杉本有美さん。父の教え子だった週刊誌記者、寺中寿之氏。従兄弟のTV局勤務のみやざこ夏穂氏。沖縄からやって来る再従兄弟(はとこ)の長谷川景氏。介護施設の副施設長、小崎実希子さん。フィリピン滞在の外交官である長男、千賀功嗣氏はまだ到着しない。

寺中寿之氏はスリムになった中西学っぽいゴツさ。
千賀功嗣氏は舛添要一と中畑清を足した感じ。
みやざこ夏穂氏は政治家顔、海部俊樹の若い頃みたい。※松本龍か?
杉本有美さんは綺麗。

同時に二作品公演するのだから配役を上手く分担するのだと思っていたらほぼ全員ガッチリどちらをも演らせていた···。狂ってる。何かの実験か?
台詞が飛ぶ危ういシーンもあったがすかさず共演者が口を挟み成立させていく緊迫感。観てる方もビクビクする。

父は何故自殺したのか?通夜の席で息子達兄弟を中心に責任の追求が始まる。敗戦の焼跡、瓦礫の山から国を再建し築き上げた戦後日本社会。何処で間違えたのか?何を間違えたのか?三好十郎の『廃墟』への70年後の返歌。
是非観に行って頂きたい。

※寺中寿之氏の負傷の為、7月30日14時の『そぞろの民』は中止。19時の『廃墟』から千賀功嗣氏が代役に入る。8月1日14時の『そぞろの民』から中津留章仁氏!が代役に。マジか!?観れる方は是非!

ネタバレBOX

自分は信者じゃないので与えられたものを何でも拝む訳じゃない。何かよく分からない演劇。でも妙な魅力はある。中津留章仁氏の考えていることは掴みようがない。そのズレが笑いとして機能もするのだが。(国際問題と兄弟それぞれの人生の処し方とを無理矢理関連付けて戦わせるのは笑うところだろ)。

細かな飲み食いが実は重要。冷蔵庫から缶ビールを取り出しコップと共にお盆に載せ配膳する。ちょっとしたつまみ。お新香を切り分ける。飲めない人には麦茶を。そういう見慣れた光景を基調として観客に世界を馴染ませている。

父親はこう考えたのか?自我のない協調性だけの戦後日本人を生み出したのは自分達である。思想哲学価値観もなく他人の顔色を伺いその場の空気に合わせていく。その行き着く先が時局に合わせての新安保法案容認。自分が敗戦から学び目指した新しい価値観教育の成れの果て。この法案の成立は自分の人生の全否定であると独り首を吊る。その父の絶望を知って息子も首を吊る。自分には信念などない。周りに合わせていく協調性しかない。
鏡の中の鏡

鏡の中の鏡

KAAT神奈川芸術劇場

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2025/07/26 (土) ~ 2025/07/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

MVPは美術デザインの深沢襟さん。この人のセンスはヤバイ。見たことのないデザイン感覚。ハニカム構造の白い網のような物をぐるぐると身体に巻き付けていく。無数のドアが綺麗に折り畳まれていく。幾何学的な部屋が幾つも出現しては一つの箱になる。エッシャーの騙し絵のような世界。まさしく今作の視覚化に成功している。視覚と素材の触覚までも計算しているのだろう。

榊原有美さんによる子供達を参加させる遊戯感覚のオープニング。沢山のひらがなが散らばっている。和やかな雰囲気を一変させて金属の牛の仮面を着けた杉山賢氏が登場し静かな声で語り出す。「私の名前はホア」。(自分はコア〈CORE〉と聴こえた)。暗い声が木霊する。一変した雰囲気に怯えて泣き叫ぶ幼児。前半はもろ万有引力の世界。自分という牢獄から何とか脱出を計るミノタウロスの独白。迷宮ラビュリントスに閉じ込められた牛頭人身の男は音が無限に反響する世界を彷徨い歩く。

この迷宮都市から脱け出す為の試験を受ける若者(杉山賢氏)。翼を着け幸福に包まれた彼に町の不幸な男(大高浩一氏)が自分の不幸を少し肩代わりしてくれと頼む。杖として体にぶら下げられる不幸。ステッキやら傘の柄やら観客も次々にぶら下げていく。重くなった身体を引きずる若者、与えられた試験を忠実にこなした。だが結果は不合格。服従しないことこそがこの試験の答だったのだ。

断片的な短篇が無作為に続く。

子供相手にこれをやるのかという興奮はあった。子供の機嫌など露程も気に掛けない姿勢は好感。

ネタバレBOX

等身大の透明な人型のアクリルシート。大高浩一氏がハンドルを回すとまるで走っているようにも見える。

幕が上がったら芝居が始まるのだがいつまで経っても幕は上がらない。

絶え間なく続く芝居、その芝居だけが世界を一つに結び付けていた。ある日、ある一つの言葉が消えてしまう。その言葉なしでは芝居は続けられない。世界はバラバラな断片になりもうそれぞれは何一つ関係がなくなってしまった。その言葉とは何か?

展覧会を観に来た夫婦(大高浩一氏と舘野百代さん)。受付の女(榊原有美さん)は出入口のない部屋に閉じ込められている。

見張り台から望遠鏡を持った船乗りが降りて来る。そこにバランスポールを持った綱渡りが歩いて来て鉢合わせ。

寝台に寝ている人形。

王女アリアドネー(榊原有美さん)と英雄テーセウス(杉山賢氏)が迷宮ラビュリントスの扉の前で対話する。テーセウスがその中に入って行く。彼はミノタウロスを倒す目的を果たせぬままミノタウロスになり、冒頭に戻る。「おわり」と「はじまり」はいつも同時にやって来る。

前半は超面白い。恐るべしSPAC!と驚嘆したが、展示室の受付エピソードくらいから停滞。ナンセンスなオチのないコントの垂れ流し。原作がどうだか知らないが、二次創作としてやるのなら肚を決めて欲しい。解き明かすべきものが何もないと判った時からぼんやりと遣り取りを眺めるだけになる。ある一つの観念が伝わるように工夫すべき。

ミヒャエル・エンデは今作をホメオパシー(ホメオパティー)として書いたと言う。薄めに薄めた猛毒を服用させることにより毒への抵抗力が生まれ、読者を健康にする。それが芸術の治癒効果の秘密。

この世界を脱出する方法は演劇しかないという話は面白かった。自分で自分を現実世界で演じていくしかない。
わたしたちをつなぐたび

わたしたちをつなぐたび

KAAT神奈川芸術劇場

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2025/07/21 (月) ~ 2025/07/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

原作はイリーナ・ブリヌルの絵本。大池容子さんの描いてきた世界観と重なるのでオリジナルかと思った。記憶の遡行とメランコリックな歌。自分と世界とを紐解いていく精神的な旅。
美術が見事、重量感を感じる様々な青銅の椅子が並ぶ。背もたれが高く格子状のデザインで梯子にも障子にも見える。

森の奥深く静かに母娘暮らす小さな一軒家。
動物の言葉が理解できる主演の少女、藤戸野絵さんに腕がある。「なんでどうしてなんで」の歌が良かった。
背もたれが水平ではなく斜めに傾いている、変わった椅子を作る少路勇介氏。佐藤滋っぽい。歌声が忌野清志郎入ってる。
少女の母親やサケの下司尚実さん。
シカやリスの岩永丞威氏のブレイキン。
シカやキツネの山田茉琳さんはストレッチのヨガポーズ。
コウノトリの造形も匠。川の表現がとても繊細で美しい。

「何故、自分には父親がいないのか?」ある日ふと母親に尋ねた少女。母の答は「ある日、コウノトリが運んで来たの」。そんなディズニーな世界観、今じゃあ乗れないよ。だがどうやらマジらしい。運んで来たコウノトリに経緯を聞く。リスがサケがキツネが···。自分のルーツを辿る旅。それは偶然なのか必然か。自分は一体何なのか?

ネタバレBOX

前半がちょっと退屈。歌以外にネタを仕込んだ方がいい。椅子屋の時事ネタなんかで観客の目先を弄ったり。「動物と子供のfriendship」だと作品のフレームを読んだ連中に一発かましたい。

冒頭に登場する椅子屋が孤児院で少年として存在している。まさに時間の遡行。だが彼は言う。母親が見つかったのに君は何故ここにいるの?ああ、時間は一方向にしか流れてゆかない。過去に戻ってももうそこに自分はいない。自分がいるのは未来を見据える現在にだけだ。それがどんなにうんざりする現実だとしても。少女は名前をユメと告げる。母親はコウノトリが運んで来た赤ん坊に自分の夢を託した。きっと自分の果たし得なかった夢さえ叶えてくれる筈。終演後の客席、ボロボロ泣く母親に幼い娘が「ママ、どうして泣いてるの?」と訊いていた。母親は何も答えない。

怪獣大戦争マーチ(自衛隊マーチ)が流れるロビー。
下に降りると劇団白昼夢がアトリウムにて15分程度の公演を無料開催。詰襟学生服に白塗りの三人組。土方巽起源の伝統的アングラスタイル。自転車紙芝居屋。令和では異形の異化効果よりも野性爆弾のくっきー!みたいな面白いことをやる人の捉え方。
vol.41 「廃墟」、vol.42 「そぞろの民」

vol.41 「廃墟」、vol.42 「そぞろの民」

TRASHMASTERS

駅前劇場(東京都)

2025/07/25 (金) ~ 2025/08/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「廃墟」

完全にイカれてる。昔、スタークラブが「RADICAL RADICAL RADICAL REAL ROCK!」と歌ったがまさにそんな舞台。
敗戦の玉音放送、家族を疎開させ自宅で独り聴いた三好十郎。訳も分からず声を上げて泣いた。しかしその理由がどうにも言語化できない。自分の根源で瞑想するが如く問い掛けては1946年11月に書き上げた戯曲が今作。日本人のことが好きで好きで堪らない自分に気付いて驚いたと言う。

家の主、北直樹氏。休職願を出している歴史学者の大学教授。自らの戦争責任に対して思い悩み近代日本の成り立ちをもう一度検証しようと考える。

長男、長谷川景氏。新聞社勤務の共産党員。戦中、特高に検挙されて終戦まで刑務所に入れられていた。

長女、登場せず。有望な女医だったが敗戦を知って自害。

次男、倉貫匡弘氏。真面目で一本気、優秀な学生だったが召集のち特攻隊に取られ、敗戦を迎える。信じるに足るものを全て失ったアプレゲール(戦後派)。命知らずの愚連隊として全ての価値観に唾を吐いて回る。1936年発売、「HERMES DRY GIN(ヘルメス・ドライ・ジン)」をガブ飲み。度数は37度。飲み過ぎだろ。

次女、小崎実希子さん。顔の右半分を覆うケロイド。イスラム教を信仰しようとしているのか?

亡き妻の弟、吉田祐健氏。ブラジルなどの海外移民ゴロであろう。

焼け出され家事を賄う住み込みの女性、川﨑初夏さん。今作のキーパーソン。実に色っぽい。水を汲んでお茶を淹れ、茶碗を洗い布巾で拭く。

大工の棟梁の娘、小谷佳加さん。自宅建築費用の未払い金の催促に訪れる。この役は演りたかったろう。実に生き生きとしていた。

自殺した長女の学友、今はパンパンの下池沙知さん。

北直樹氏は演劇歴36年、「こんなに難しい台本とは初めて出会いました!」と書かれていた。北大路欣也風メイクでこの戯曲を我が物とする。無論MVP。
隻腕の学生、星野卓誠(たかのぶ)氏は中村勘九郎っぽい。
倉貫匡弘氏は中山一也や北村一輝のイケメン犯罪者の系譜。
小崎実希子さんは役の幅が膨れ上がった。

中津留章仁氏のもと、狂気の討論劇(ディスカッション・アクト)に身を投ず劇団員と客演達。これこそアングラだと思う。映画として公開された『三島由紀夫vs東大全共闘〜50年目の真実〜』なんかに興奮した連中は絶対観るべき。『日本の夜と霧』のような緊迫感。今作の凄さは三好十郎の戯曲ではなく、それを全身全霊込めて肉体化し憑依させた役者達にこそある。令和に誇るべきアングラ芝居。

ネタバレBOX

この世には二つの立場の人間しかいない。資本家(ブルジョワジー)と労働者(プロレタリアート)だ。資本家を打倒した後に労働者による平等な世界が訪れる。共産主義=平等主義。人間に貴賤貧富の差のない平等な社会の実現。だが果たして人間はそんな生物だろうか?

政治的に右派=維持、左派=解体と考えれば解り易い。左派の方向性は何もかも解体して意味を無くしてしまおうという考え方。その結果として国がメチャメチャになるパターンが多発する。家父長制、歴史、伝統、家族、性別、国籍、ゆくゆくは国家すら解体しようと企む。国がなくなってしまえば世界はいずれ一つになるという妄想か?性善説を盲信する余り、全く人間の本質を掴めていない。本能的に左派に忌避感を抱く人間は仕方なく右派を支持することとなる。

吉田祐健氏の登場から何か自分的には話が停滞した。どうもうまくない流れ。理由は判然としない。キャラの設定に違和感を覚えたのか。台詞のリズムが合わなかったのか。妙に引っ掛かった。

何となく黒澤明の『どん底』っぽさを感じ、「折角の踊りをぶち壊しやがって」と浮浪者が吐き捨てて締めるのかと思いきや、観客にペコペコと御辞儀。実は配役表を見るまで星野卓誠氏の二役だと思っていた。浮浪者は寺中寿之氏だったとは。

※観劇中に思い出したのは昔読んだ、とある宗教小説。ヤクザの若者が指を詰めて改心を示すラスト。今回の舞台の登場人物達もまるで信仰者のように見える。信仰によって世界は間違いなく変えられると信じている熱気。今の時代にないものはそれかも知れない。信じるに足る希望。世界をきっと正せると、全ての人間を導けると。
宮澤賢治・宛名のない手紙

宮澤賢治・宛名のない手紙

劇団昴

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2025/07/24 (木) ~ 2025/07/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

超人気、流石来年50周年を迎える老舗劇団、風格がある。

「ケンタウルス、露を降らせ!」
ポランの広場、カラスウリの実をくり抜いて作った青い烏瓜のあかり。
イーハトーブオとは宮沢賢治が心の中に創った理想郷。岩手をもじったとされている。ある日、そこに暮らす山猫博士のもとに差出人不明、宛名のない手紙が届く。チュンセとポーセの兄妹の日々について書かれ、今もチュンセはポーセが何処に行ったのかを捜し続けている、と。それに非常に興味を持った山猫博士は手紙の中のヒントを辿り時空を越えて兄妹を捜す。それらしき兄妹が乗っていたのは銀河鉄道の客車だった。だが二人は否定する。けんじととし子だと。

山猫博士デステゥパーゴは金子由之氏、流石の名演。
けんじは音楽劇 『母さん』が記憶に残る町屋圭祐氏、少年役青年役を演らせたら無双。
とし子は『クリスマス・キャロル』で気になっていた上林未菜美さん、水を得た魚。
赤江隼平氏のかっこうの鳴き声。
聡鳥圭さんのキレのあるダンス。
森島美玖さんのほんわかした華。
江﨑泰介氏のたぬき。
洲本大輔氏のクールなヴァイオリニスト。
市川奈央子さんの三毛猫。

下手で生演奏のキーボード、佐藤拓馬氏。冨田勲を思わせるシンセサイザー交響楽が青白く光り有機交流電燈の電子幻想曲を奏でる。『どんぐりと山猫』の喧々諤々どんぐりギャグ、『よだかの星』の鳥達の歌が最高。

宮沢賢治の世界を丁寧に表現。選ばれた作品は人間と動物との関係性が強いもの。『よだかの星』が一際響いた。
宮沢賢治の作品は今では日本テレビの子会社となったスタジオジブリで全作アニメ化地上波TV放映して欲しい。
素晴らしい作品だった。

ネタバレBOX

第一幕『手紙 四』『銀河鉄道の夜』『どんぐりと山猫』『注文の多い料理店』。
第二幕『よだかの星』『セロ弾きのゴーシュ』『双子の星』『永訣の朝』『無声慟哭』。

『どんぐりと山猫』でジブリ調にスタート。
『注文の多い料理店』ではポールハンガーを役者達がこなす。ベネチアンマスクを被ったスタイリッシュな獣達。有名な話だが面白く観れる。
そして第二幕、『よだかの星』は凄まじい。生来の醜さ故に蔑まれ嫌われ侮蔑され罵倒されるよだか。残酷な鳥達はよだかを差別排除する。そして鷹からは殺すと予告される。どうしようもなく追い詰められたよだかは自分より弱い虫共を惨殺して気を晴らす。羽虫や甲虫が怯えて逃げ惑う様を高笑い。だがその自分の弱さ醜さに自分自身がいたたまれなくなって涙を零す。死のうと思う。何処までも空を飛んで行く。上林未菜美さんの名演。生きるものが業と向かい合う姿。
そこから牧歌的な『セロ弾きのゴーシュ』は無理があるだろうと思ったがなかなかの腕力で強引に引っ張る。楽隊の楽器をそれぞれの形に切り抜いた平面の板で表現。妙な味がある。

全ての存在を幸福にする論理。
ポーセのことを本当に想うのならば全ての生き物が本当に幸福になる方法を探し出すこと。

宮沢賢治作品の感動は自己犠牲の美しさにある。法華経に説かれる薬王菩薩の焼身供養、自らの身を焼いてこの世を照らした説話。だが他者の尊い犠牲の上に成立する歪んだ社会をセンチメンタリズムで昇華してみせてもこの歪み自体は変わらない。宮沢賢治はその先にある築くべき社会を銀河鉄道から下車したジョバンニに託した筈。まことのみんなの幸いを。皆の為に自分を殺して生きるのは御免だ。多数の幸福の為に少数の犠牲が強要されるような世の中はうんざりだ。それがどんなに感動的でも。
家畜追いの妻

家畜追いの妻

劇団俳小

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2025/07/20 (日) ~ 2025/07/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

2回目。
不在の老犬アリゲーターが気になる。
役者陣、かなり細かい所作をプラスしているのが伝わった。

2016年、この舞台はオーストラリアで大々的なセンセーションを巻き起こす。大ヒットした上、演劇賞を総ナメ。戯曲が文学賞まで受賞する初の事態に。映画化もされた。何故、今作がオーストラリア人にそれ程衝撃を与えたのか?それを考えるのも興味深い。

日本での上演を当初断られたのだが、翻訳家・佐和田敬司氏の長年培った信頼と尽力で何とかここまで漕ぎ着けた作品。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

作品に合わせ観方を変えると更に面白く感じた。家族を守る為なら何でもするのが今作の登場人物の信念。家族こそが全て。アボリジナルも同じ哲学。「肌」は「部族」のことを意味し、「同じ肌」とは「同族」の意味。
ウォークアバウト=アボリジナルの少年の通過儀礼。15、6歳位になると家族から離れ独りで旅に出ないといけない。半年程、独り荒野で生きてゆく知恵と術とを体得する。

月船さららさんの破水シーンも必見。

巨大な満月に照らされた美しい大木、吊るされたヤダカの死骸が風に揺れている。これは絵として見たいところ。

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