かずの観てきた!クチコミ一覧

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きみがすきな日と

きみがすきな日と

ゴジゲン

ザ・スズナリ(東京都)

2025/11/26 (水) ~ 2025/12/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/12/06 (土) 19:00

座席1階

ショッピングモールに侵食されかかっている商店街の年に一度の夏祭り。そこで、若手の商店主らが集まって人形劇の練習をしている。今回が最後かもしれないという状況で、出演メンバーの中で問題が発生する。

登場人物の言葉、思い、さらに心の中の言葉のやりとりというか。そんな会話劇は面白くもあり、感覚で受け止めるしかないという感じもする。言いたくても言えないこと、言ってはいけないと思うが言わなければならないこと。90分の舞台では、人形による会話も含めて頭の中をくるくる回転するような感覚だった。

笑いを取ろうとする部分もあるが、舞台上の言葉たちに複雑な思いが込められた空気が漂い続け、素直に笑えない感じ。そういったところがポイントなのかも。ストレートに言いたいのに口にすると全然雰囲気が変わってしまう。まともに受け止めていくと、結構疲れてしまうかも。

ゴジゲンの舞台は初めて見た。今回が20回公演という。どんな舞台を作ってきたのか、知りたくなってきた。

交差点のプテラノドン

交差点のプテラノドン

演劇集団 Ring-Bong

座・高円寺1(東京都)

2025/12/03 (水) ~ 2025/12/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/12/06 (土) 13:00

座席1階

子育てやシングルマザーなどの社会的テーマを取り上げてきた山谷典子の新作。今回は産婦人科医院の家族を舞台にして、特別養子縁組などについて語られる。

実の親子関係を切って、赤ちゃんを迎え入れた父母と法的に親子関係となる特別養子縁組。子を産み育てることの負担、授かった命の重さ、不妊治療を繰り返しても妊娠できない苦悩など、多くのテーマが交錯する。産婦人科を運営し特別養子縁組にも積極的に取り組んでいた院長である父親が急死したところから舞台は始まるが、その3人の子のうち2人までが医者で一人は産婦人科の勤務医という設定。しかし、親子の医療に対する考え方は実は大きく異なっている。ここに、家族の個人的な事件が絡んでくる。そのほかの登場人物も含めて複数の物語が進行するのだが、演出の藤井ごうがうまく舞台を操ってみせている。

約2時間の舞台で、少し間延びした空間があるのが気になった。本筋とはまったく関係ないエピソードがあるのは悪くないが、自分にとっては少し肩透かしな感じがした。だが、特別養子縁組という難しいテーマに真正面から切り込んでいった劇作はとてもよかった。

一九一四大非常

一九一四大非常

劇団桟敷童子

すみだパークシアター倉(東京都)

2025/11/25 (火) ~ 2025/12/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/11/30 (日) 13:00

座席1階

壮絶、苛烈な演劇だ。桟敷童子による九州の炭鉱を舞台にした傑作は多いが、その迫力や鬼気迫る俳優陣の演技、そして苦しさをまとった人間関係など、たぶん最高傑作と言えるのではないか。

「非常」というのは炭鉱事故のことで、大非常だから大事故という意味。舞台は福岡県方城町の方城炭鉱。運営会社の三菱炭鉱が発表した死者数は667人だが、当時炭鉱労働者は鉱山周辺にある多数の派遣企業から出されたり、身元がはっきりしない人たちも多く集まっていて、犠牲者数は1000人を超えるともされる。会社側が閉山を恐れて発表した死者数を絞ったと舞台では描かれている。多くの遺体は今も地下に埋もれたまま。冒頭、骨をはむという情景が描かれるのは、死者の尊厳や存在への強烈なレクイエムとして象徴的なシーンだ。
顔も腕も足も石炭で真っ黒に汚れている。役者たちの姿は、冒頭からかなりの迫力がある。多くの人間ドラマが約2時間の舞台に詰め込まれているが、やはり出色はもりちえ演じる坑内奥深くから脱出できたたった一人の女性炭鉱労働者だ。桟敷童子の看板である彼女の存在はゆるぎないものがあるが、今作ではその重み強烈に発揮されている。

桟敷童子の看板である舞台美術は今回、派手さはないもののお約束の出来栄えだ。特徴的な演出が各所に見られ、感動する。
この演目は見ないと損する。価値ある一作だ。

THIS HOUSE

THIS HOUSE

JACROW

新宿シアタートップス(東京都)

2025/11/19 (水) ~ 2025/11/25 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/11/24 (月) 14:00

座席1階

政治をテーマにした劇では最早、右に出る者はないと思われるJACROW。今回、主宰の中村ノブアキが挑戦したのは初の翻訳劇で、座員がジェームズ・グレアムの作品を翻訳した。休憩を挟んで3時間を超える大作だが、JACROWお馴染みの俳優たちによる迫力ある熱演に時間を感じさせない。

舞台は労働党政権の英国議会。ビッグベンの大時計を模した舞台美術が効果的だ。2大政党が多数を得られないハング・パーラメント(宙吊り議会)で、与党の法案を通すための多数派工作など議会の舞台裏を描いている。

田中角栄のシリーズでも政争劇をリアルに展開したこの劇団の得意技。同じ多数派工作でも、英国議会の歴史と伝統を織り交ぜた慣習が示され、とても勉強になった。2大政党が病欠など欠員数を「ユージュアル・チャネル」と呼ばれる場で調整するなど、なるほど伝統の英国議会はこうなのかと何回も感嘆した。議場を閉鎖して中にいる議員だけで採決するのは日本も同じだが、興味のない法案採決には出てこない議員がいるからあの手この手で引っ張ってくるというのは面白かった。数の論理で政治が動くさまをリアルに体験できる。
2大政党の議員だけでもかなりの数に上り、シアタートップスの最前列を俳優の待機場所にしているが、これが客席との一体感を生む迫力を醸し出している。2大政党両党の院内幹事室の舞台転換も、照明が当たらない方の俳優をストップモーションにしてすばやく切り替えるなど、なかなか切れのいい演出だ。
一つだけ物足りなかったのは、数多く出てくる対決法案の具体的中身だ。日本人向けの舞台だから法案の名前だけでなく、もう少し背景を説明してもよかったのではないか。例えば社会保障法案にしても、労働党政権が出した法案がどんなものだったのか、保守党はどこがまずいとして反対したのか、単なる政争劇でなく当時の英国の社会情勢を理解できる助けになったと思うのだが。少しの説明でよいので加えてほしかった。

鉄の女・サッチャー政権前夜の内閣不信任案可決までを追った舞台だが、納得感が得られるのはラストシーンの字幕だ。演出家の意図を十分に感じ、同意することができる。次回作にも大いに期待!

『人の香り』『他人』

『人の香り』『他人』

Pカンパニー

西池袋・スタジオP(東京都)

2025/11/20 (木) ~ 2025/11/26 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/11/02 (日) 19:00

座席1階

Pカンパニーに初登場という気鋭の劇作家、竹田モモコの「他人」を見た。結論から言うと、非常に面白い。特にラスト10分間の展開は見逃せない。現実と理想のはざまで揺れる登場人物たちが現実に絶望を決めた矢先の展開だ。

役者は全員が女性だ。演出もシンプルで分かりやすい。とあるマンションのリビングに最初に登場するのは、この部屋に住む若い女性。ルームメイトの女性が入院したと聞きつけて、彼女の故郷から母親がやってくる。もちろん、他意はなく娘の着替えなどを病院に持っていくのが目的だが「病院周辺のホテルが満室で、この部屋が病院に近いからここにいる間は止めてほしい」と母親は言う。その申し出に狼狽したのは部屋の主。ルームメイトとの本当の関係は実は、秘密だったからだ。
竹田モモコのうまいところは、突然の闖入者に最終的な物語を動かす力を与えたところだ。この母親は娘の都会での生活をチェックしようという意図など何もない。だが、そのストレートな「いい人」が一番最も近い親族でありながら「他人」のようなクールさをもって、二人の同居人の生活に影響を与える。こんな人間関係を構想した竹田のアイデアは、とても演劇的で素晴らしいと思う。iakuの横山拓也の書く群像劇をほうふつとさせるような展開だった。約1時間半というコンパクトにまとめた切れ味の良い舞台だ。

Pカンパニーの自主公演企画と銘打っている。Pカンパニーの「罪と罰」シリーズもすごいのだが、竹田モモコを呼んできて行った演劇的冒険は、見事に成功している。今シリーズのもう一作は、やはり力のある石原燃が書いている。これも楽しみである。

高知パルプ生コン事件

高知パルプ生コン事件

燐光群

「劇」小劇場(東京都)

2025/10/31 (金) ~ 2025/11/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/11/08 (土) 14:00

座席1階

高知市のパルプ工場が引き起こした、廃液による深刻な環境汚染をテーマにした意欲作。タイムリープという演劇しかできない仕掛けを使って、PFASなど現代の汚染問題と共通する視点をわかりやすく提示したのはよかった。

燐光群の舞台らしく、坂手洋二の丁寧な取材ぶりが物語を支えている。勉強不足でこの高知パルプ生コン事件は知らなかったが、罪になることを認めながら、周辺住民への損害を最小限にする計画を立てて実力行使に出たという事実を知った。警備が緩かった当時の時代背景もあるだろうが、このような人たちがいたことを学べたのはよかった。
さらに、事件後の経緯や裁判の行方などもきちんと追ったのはいいと思う。ただ、そのために2時間半という長尺になったということもあるが。燐光群にはありがちだが、もっとシャープな作りにしてくれると客席には優しい演劇となるだろう。

この舞台が示したように、利益追求の企業と行政が住民の生活を破壊する構図は今も同じだ。企業活動は経済的には重要だが、地球を破壊する権利はなく、何より人間や自然の持続可能性を阻害しては元も子もない。このような視点を軽視する米政権とそれに追随する我が国への強烈な意義もうしたてになっている。タイムリーな舞台だった。

ヴェニスの商人CS

ヴェニスの商人CS

サンライズプロモーション東京

光が丘IMAホール(東京都)

2025/11/01 (土) ~ 2025/11/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/11/02 (日) 13:00

座席1階

演出家松崎史也が「普段着でシェイクスピア」をコンセプトに、シェイクスピア作品を脚色・演出して上演してきたシリーズ。今回は「ヴェニスの商人」で、話の骨格やセリフ回しを生かしつつ、あくまで現代日本で上演する作品として世に出したという。「悲劇と喜劇は裏表」ということで、S(シリアス)とC(コメディ)の二つのバージョンで上演。コメディーバージョンを拝見した。

とっつきにくいといわれることもあるシェイクスピアを、楽しく、分かりやすく仕上げている。テンポのいい演出で飽きさせない。こういうタッチなら、会場を埋めた若い女性たちも「別の作品も見てみようかな」という動機づけにつながるかもしれない。
自分が見たのはコメディータッチのバージョンで、随所に笑いを取ってくる場面がある。有名な金、銀、鉛の箱から正しいものを選べば結婚してあげるという場面はなかなかうまいな、と思った。シリアスバージョンはこのあたり、どんな展開だったのだろうか。シャイロックががめついユダヤ人商人として悪役なのだが、この点はかなりストレートに表現されていると思った。

光が丘のショッピングモールに、こんな大きな劇場があるとは恥ずかしながら知らなかった。客席は若い女性を中心にほぼ満席。シェイクスピアでこれだけの人を集めるのはすごいな、と変なところで感動してしまった。

地球クライシスSOS

地球クライシスSOS

劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)

サンシャイン劇場(東京都)

2025/10/23 (木) ~ 2025/11/03 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/11/01 (土) 17:00

座席1階

スーパーエキセントリックシアターの本公演だが、今回は劇団員だけで恒例のゲスト出演はなし。もうすぐ結成50年とのことで、劇団員若手作家が三宅裕司や小倉久寛ら「高齢者」団員をリスペクトして書いた本という。
三宅と小倉が元気な限りは続くSETだとは思うが、この劇団もこの2人がいなくなった後の将来を考える時期にきている。SETのテイストをうまく受け継いでいけるかがカギで、今回はその試金石と言えるのかもしれない。

物語は、中山間地の過疎の農村の住民たちを、宇宙人との交渉役に選んだという筋立て。三宅は宇宙人対策というとんでもない事態に右往左往する政府の官房長官役。小倉は、生き物と対話できるという特技を持って無農薬野菜を作る農家のおじさん役だ。今回も時の政府(高市政権)や政治家たちを茶化す場面があるなど、時事問題に即したお笑いがあってよかった。ギャグの切れ味が今一つだと感じていたら、「爆笑を取るな」という謎の指示があったとか。本当だろうか、思い切り笑わせてくれたらよかったのに。
タイトルに「ロウジンジャーズ」とあるのは、現代日本の世代間対立を皮肉っているようであり、劇団内のヒエラルヒーが笑いのネタになったのかも。SETのような激しい歌アリ踊りアリの舞台は、高齢者にはきついと思うが俳優には定年はない。殺陣のシーンなどは思わず応援してしまう。

今回、逆の切れがいつもより鈍いと書いたが、お約束のカーテンコールでのトークも千秋楽近しでは少しネタ切れ? 満点ではないけれど、十分に楽しめた。

蛍の光、窓のイージス

蛍の光、窓のイージス

劇団文化座

あうるすぽっと(東京都)

2025/10/17 (金) ~ 2025/10/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/10/19 (日) 14:00

座席1階

さすがに現役高校教師の劇作家畑澤聖悟の台本。リアリティーは抜群で、しかも出身地秋田県が物語の舞台。北朝鮮のミサイルを打ち落とすためだとして2017年、政府が秋田と山口に陸上発射の迎撃ミサイルイージス・アショアの配備を発表した。「学びやから見える美しい海岸線の景観や思い出を台無しにしないで」と女子高生が盛り込んだ卒業式の答辞をめぐる物語。生徒と教師による、職員室を舞台にした群像劇だ。

きっかけは、文化座創設者の佐佐木隆の娘、佐々木愛が差し出した一冊の本だったという。秋田の地元紙・秋田魁新報が菊池寛賞を取るほどの渾身の取材記録で、文化座が畑澤に書下ろしを依頼していた時に提案した。「国防のために政府が決めたこと」という意見も含め、地元の人たちがどんな思いでイージス計画を見つめていたか、卒業式当日午前の動きに凝縮している。
文化座は畑澤の「親の顔を見たい」も上演していて、畑澤への期待度は大きい。文化座ファンも含めた期待に、畑澤は多くの社会的課題を盛り込んで説得力のある戯曲に仕上げた。さまざまな理屈付けによる大人の論理で生徒に迫る場面や、教師が自分の意見を述べてその論理から生徒を守ろうとする場面など、教育現場が抱える問題や現状もストレートに伝わってくる。

そもそも迎撃ミサイルなど百発百中ではない。打ち漏らしもあるから、迎撃のための基地が標的になって破壊される危険性も大きい。また、北朝鮮が太平洋を越えてアメリカを狙ったとして、そのミサイルを打ち落とした日本は当然、戦争に加担したとして報復の対象になるだろう。基地は市街地にある。攻撃されれば多くの人が死ぬ可能性があり、こんな計画を打ち出したということは、国は有事に国民を守らないという証明である。そんな大惨事につながる可能性のある武器に何千億とつぎ込み、アメリカの言い値で購入した政府への皮肉もしっかり盛り込まれていた。
そうした「モノ言う演劇」でありながら、教師と生徒による青春ものとしても楽しめる。多くの生徒が高校卒業後に故郷を離れてしまう中で、地元の大人たちはどう生きていくべきなのかも問いかけている。

ちょい役ではあるものの重要な役柄で、今回も高齢の佐々木愛が舞台に上がっている。「ゴッドマザー」と呼ばれる役だが、現実も文化座のゴッドマザーであるようだ。終演後のアフタートークで、演出の西川信廣が舞台裏を明かしていた。彼も言うように、文化座らしい芝居をどう若い役者たちに受け継いでいくか。この作品を各地の学校で公演してほしい。文句なしでお勧めの舞台だ。

ポニーテールの功罪

ポニーテールの功罪

劇団銅鑼

銅鑼アトリエ(東京都)

2025/10/17 (金) ~ 2025/10/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/10/18 (土) 18:00

座席1階

絵本を原作として、劇作家山谷典子が脚本を仕上げた。子どもに関する社会問題をテーマとした作品には定評のある山谷によって書かれた物語は、前向きな気持ちで劇場を後にすることができるという劇団銅鑼のテイストで実にコンパクトに、テンポよく仕上がっている。

舞台は西日本のとある高校。進路や人生に悩む3人の女子高生が中心だが、テーマに関する重要人物として駄菓子屋のおっちゃんが登場する。原作にもあるように、おっちゃんは身体は女性だが男性として生きるトランスジェンダー。このおっちゃんが、かつて経験した自らの苦しい思いを背に3人に向き合う。今でこそLGBTQは知られるようになってきたが、登場人物の親たちは恐らく昭和育ち。劇中でも「女の子は短大に行って郵便局に就職し、結婚して暮らすのが最大の幸せ」と言い放つ父親の姿がある。心と体の性が一致しない子どもたちにとっては、まだまだ生きづらい世の中である。今作はこうした現状や思いをストレートに、しかも明るく描いている。

劇団銅鑼の若手俳優がはつらつとしていて楽しい。冒頭とエンディングのダンスは、明らかに同世代の客層を意識したつくりだ。あとで聞けば、これから全国の中学や高校での上演を計画しているという。その熱意を買いたい。
また、山谷の発案というが、冒頭にスクリーンの作品上映前に見られる「映画泥棒」のパクリであるコントが前振りとして出てくる。携帯電話の電源を落として、といういつもの注意喚起なのだが、これがものすごい秀作だ。特に高齢者に多いが、携帯電話の電源を切らずに鞄に入れておき、惨事を引き起こすケースはいくども体験した。劇団側は通常、開演前にアナウンスや役者たちによるアピールとして注意喚起をしているが、効果は限定的。このパクリコントは、なかなかインパクトがある。

タイトルのポニーテールは一つのキーワードだけに表題に据えたのは理解できるが、「功罪」はその通りだとしてもやや硬い。また、東京の劇団だからだろうか、関西弁の切れが今一つだった。だが、秀作と言える前振りコントを加味して☆5つ。

ハハキのアミュレット

ハハキのアミュレット

(公財)可児市文化芸術振興財団

吉祥寺シアター(東京都)

2025/10/09 (木) ~ 2025/10/15 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/09/07 (日) 14:00

座席1階

横山人情劇の本道を行く作品。笑いあり、少しの涙あり。ほっとした気持ちで劇場を後にすることができるすてきな舞台だ。

ハハキとは箒のことで、舞台は棕櫚(シュロ)の皮の繊維を原料にして作っている老舗。人口減少で活気がなくなりつつある街で、伝統工芸と言ってもよい独特な技法でつくられた箒だが、電気掃除機が当たり前の世の中でなかなか売れない。そこで伝統技能を生かした箒のミニチュアを、神社に祈祷に訪れた人にプレゼントすることなどで町おこしを図る。
主人公は箒製造の女主人だが、跡継ぎを期待されていた兄が東京に出ていったため仕方なく継いだという事情がある。しかも、夫は香港に住んでいて別居生活。長年の箒づくりで重い腱鞘炎を患っているところに、都会から弟子入り希望の有能な若い女性が入社した。物語は、女主人の家族や神社の神主など、地元の人たちの人間関係が交錯しながら展開していく。
過疎化、町おこし、伝統工芸。ちりばめられたキーワードで舞台は社会性の帯びているが、本筋は横山お得意の群像劇。舞台を関西に設定してあり、スムーズな関西弁が舞台に味わいを添えている。

主演の南果歩の奮闘に拍手を送りたい。兄役の平田満は、その勢いに押されたかのように少し影が薄い印象を受けた。サプライズはなく無難にまとまっているところに物足りなさを感じた人もいるかもしれないが、安心して楽しめるというメリットは捨てがたい。各地で地方公演あり。一見の価値ある舞台だ。

マクベスに告げよー森の女たちの名前を

マクベスに告げよー森の女たちの名前を

MyrtleArts

劇場MOMO(東京都)

2025/10/09 (木) ~ 2025/10/13 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/10/12 (日) 14:00

座席1階

現役精神科医のくるみざわしんによる渾身の一作。身体拘束、虐待、薬漬け、そして死亡退院(院内で死亡した患者のこと。退院したわけではない)。これらの現実が強烈なリアリティーをもって描かれる。もちろん、このような精神病院ばかりではないとは思う。しかし、昨今の精神病院での不祥事連発の状況を見ると、これが現実なのかと思えてくる。

冒頭に出てくるのは、死亡退院した女性患者3人。医療によって生命を絶たれた怨念が充満する。古くからこの病院を経営する「創業家」の院長は、ベッドを埋めて診療報酬を稼ごうという指示を事務長や現場に露骨に言い放つ。ベッドに縛りつけて自由を奪う「身体拘束」について、院長は「拘束しないで、患者さんが逆に自殺したとか、転倒骨折したとかの方が怖い」「治療の一環で拘束しているわけで。心が痛むなんてない」繰り返す。これらのセリフは、日本精神科病院協会の現職会長山崎学氏が新聞記者の取材に応じて答えた言葉がそのまま引用されている。客席を戦慄させる緊迫した会話劇だ。

演出は、劇団桟敷童子の東憲司。見ていて、桟敷童子の舞台かと錯覚するような音響、演出がなされている。しかも、桟敷童子のエース大手忍が、病院を変えていく患者という重要な役どころで本領を発揮している。院長役も桟敷童子で、原口健太郎。マートルアーツと桟敷童子のコラボだからこそ実現した迫真の舞台であることは間違いない。

院長の言葉で、「法律に基づいて拘束している」と何度も出てくる。精神保健福祉法のことだが、舞台後のアフタートークで、くるみざわはこの法律を廃止すべきと主張した。障害者権利条約の真逆を行くような法律で、患者の尊厳をまったく考慮せず利益追求だけで行われている精神科医療の現実を見せつけられた後では、確かにその通りかなとも思う。だが、身体拘束は精神科病院だけでなく、高齢者の医療現場でも普通に行われている。そのお題目は「患者さんの安全確保」で家族などから承諾書をとって行われている。治療のため、安全のためとはいえ、患者を人間扱いしない拘束は珍しくない。厚労省は拘束ゼロをうたっているが、現実はかけ離れている。診療報酬の問題、人手不足。理由はさまざまあるが、これを仕方がないと放置している社会でいいのかと思う。

精神科病院に勤めるくるみさわが、この日のアフタートークで興味深いことを言っていた。患者との対話が治療となる精神科医療の現場で、患者の診療時間が増えると多くの患者をこなせないから診療報酬が減って経営にダメージとなるが、「僕はそうなって病院がつぶれてもいいと思っている」。病院がつぶれたら患者さんは困るのだが、3分診療では病気を治すことはできないということだ。精神保健福祉法の在り方も含め、当事者の意見・経験をじっくり聞いて精神科医療を抜本的に変えなければ。この舞台から一般市民が学べることは多い。見るべし。
 

I, Daniel Blake ―わたしは、ダニエル・ブレイク

I, Daniel Blake ―わたしは、ダニエル・ブレイク

秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場

紀伊國屋ホール(東京都)

2025/09/26 (金) ~ 2025/10/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/09/28 (日) 14:00

座席1階

イギリスと言えば「ゆりかごから墓場まで」の言葉に称される福祉先進国だが、サッチャー政権などを経てとんでもない状態になっているようだ。自己責任を掲げる新自由主義、それに伴う福祉予算削減。貧困対策としてのセーフティネットは形としてはあるものの、そこに容易に到達させない複雑な仕組み、さまざまなバリアを今作では嫌というほど見せつけられる。

だが、これは我が国だってある。先刻最高裁が違法と断じた生活保護政策は、役人が恣意的に調査項目を扱って保護費を削減する根拠に仕立てあげた。役所の窓口が「まだ働けるはずだ。怠けている」などと申請者を追い返す水際作戦はあちこちである。それどこか、保護申請をあたかも税金の食いつぶしのようにはやし立てる世間の空気。これらは舞台でも描かれ、英国も日本も同じ状況だと分かる。
原作者の執筆動機は怒りだという。そのやるせなさ、怒りのパワーが舞台からひしひしと伝わってくる。
映画化はされていたが、これを日本初演で舞台化した青年劇場はまさに、面目躍如。この怒りを、自分は関係ないと通り過ぎようとする一人一人に見てほしい。深刻化する格差社会。誰もが転落する可能性はあり、けして人ごとではないはずだ。

いい舞台だった。きびきびとした役者の動き、キレのいい演出もよかった。

風のやむとき

風のやむとき

演劇集団円

吉祥寺シアター(東京都)

2025/09/27 (土) ~ 2025/10/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/09/27 (土) 14:00

座席1階

演劇集団円の創設者の一人、芥川比呂志の演劇への情熱を後輩たちが戯曲化。劇団創設半世紀の記念企画であり、パンフレットにもある通り若手劇団員たちに創設者の思いを引き継いでいくことが狙いだ。劇団の歴史を伝承する舞台で、どちらかというと劇団員自身に向けたやや内向きの舞台であるが、若手俳優たちも多数出演。芥川の実像を伝える舞台としては興味深い。

芥川は病を抱えながら演劇人生を生きた。泉鏡花の「夜叉ヶ池」は劇団で唯一の演出作品であり、池袋のサンシャイン劇場のこけら落とし演目だったという。今作では、病を押して無理を重ねながら、上演に至るまでのさまざまな出来事が明らかにされる。蜷川幸雄など著名な演出家らが実名で登場するのもおもしろい。

蜷川もそうだったが、舞台制作では演出家は一大権力者だ。しかも、芥川は劇団創設者。昭和という時代背景もあって、そのワンマンぶりは控えめな表現だったとは思うが十分に伝わってくる。蜷川は瞬間湯沸かし器のように怒りを爆発させることもあったが、芥川もそうだったのかもしれない。
今回の舞台は芥川3兄弟ら家族や劇団員たちの姿が描かれ、群像劇に仕上がっている。だが、芥川の演出ぶりがどうであったかを詳しく知ることはできない。それは本筋ではないのかもしれないが、彼の演出のどこがすごいのか、どんなところが客席の魂を揺さぶったのか、もう少し表現されていてもよかったのではないか。「夜叉ヶ池」にしても、仮に蜷川がやっていたらどんな舞台になったのか、興味をひかれるところだ。

ザ・ポルターガイスト

ザ・ポルターガイスト

石井光三オフィス

本多劇場(東京都)

2025/09/14 (日) ~ 2025/09/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/09/21 (日) 14:00

座席1階

見事な一人芝居だった。パンフレットによると、初めての一人芝居だったという。十数人に及ぶ登場人物を声色、視線、身振り、体の動きなど役者として使えるすべてを動員して明確に演じ分けていた。先人も書いていた通り、本来はかなりの人数で演じられる舞台を、村井良太独り占めで楽しめる、ファンとしてはたまらない舞台だったろう。ミュージカルなどで名を上げ名優として数えられるようになったと思うが、村井はまた一つ、役者としてのステップを上がったのではないか。ラストのスタンディングオベーションはそれへの賛辞だったと思うし、彼が去り際に見せた柔らかな笑顔は大きな達成感を表現していたと思う。村井を抜擢したプロモーションは慧眼だった。

主人公は画家のサーシャ。姪の誕生日パーティーに呼ばれたのだが、その出席メンバーが彼女の心をかき乱すような連中なので本当は出席したくない。だが、パートナーに促されて車に乗る。そのあたりからサーシャの心の叫びを、さらに会話も同時に演じ出し、観客を巻き込んでいった。
村井の芝居にくぎ付けになっている客席からは大きな笑いが何度も起きる。心の叫びは怒りや憤りがメーンだが、圧巻なのは最終版。ここでのサーシャの姿は感動的である。

「バリモア」を演じた仲代達也がこんな趣旨のことを言っていた。一人芝居は役者の人生がすべて盛り込まれ、その力が舞台を支えるのだと。まさに、村井もこんな心境だったのだろうかと、最後の笑顔を見て思った。

The Breath of Life

The Breath of Life

serial number(風琴工房改め)

OFF OFFシアター(東京都)

2025/09/10 (水) ~ 2025/09/17 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/08/26 (火) 14:00

座席1階

詩森ろばが今後3年間にわたって女性の2人芝居をやっていくという。今作はその第一弾。舞台には登場しない男性の元妻、元恋人の2人による会話劇だ。2時間を超える長丁場で迫真の会話をし続けた俳優二人にまずは拍手。第三弾は書下ろしを予定しているという。

イギリスの小さな島にある海が見える家に訪ねてくる女性。この家の住人がやや年上の元恋人、訪ねてくるのが元妻だ。最初はとてもつっけんどんな元恋人だが、話が進行していくと、やり手弁護士の男性は今、新たな若い恋人と新たな人生を歩もうとしていることが分かる。弾き飛ばされた形の二人の女性。それぞれの男性との生活、出会いの経緯や胸の内などが語られていく。元妻は小説家、元恋人は研究者というキャリアで、会話のスタイルがとても知的であるせいか、最後までとげとげしい印象が抜けきれない感じ。感情を抑え、理屈でそれぞれの生活や恋を語っているようにも感じる。

この戯曲の魅力は、女性俳優二人による会話が寄せたり引いたりする波のように、さまざまなトーンを織り交ぜた展開されるところだ。知的な会話で語られる物語は振り返ってみればとても分かりやすいのだが、会話劇にどっぷりつかっている劇中は、難解な香りが漂い、どう展開するのか読めなくなったりする。ここは、舞台上の二人のキャッチボールを素直に味わうのがベストなのだと思う。
女性しか持ち得ないであろうという感覚で書かれていると思いきや、原作者は男性。普段は味わうことがなかなかない、驚きの会話劇である。

わたしのこえがきこえますか

わたしのこえがきこえますか

チーム・クレセント

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2025/09/04 (木) ~ 2025/09/08 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/09/07 (日) 12:30

座席1階

かつて、ろう学校では手話は禁止されていた。口の形を見て相手の言葉を理解する「口話」が推奨されていて、口話習得の妨げになるとされていたからだ。それでも生徒たちの一部には、学校の外で手話を習得しようと努力した。今年6月に手話施策推進法が施行されたが、この舞台はそれから数十年前、優生思想が幅を利かせていた時代の物語だ。

人に優しい物語を紡いできたチームクレセントの自信作だと思う。主人公はろう者の娘なのだが、直接は登場しない。当時は激しい差別やいじめを避けようと、多くの家庭が障害者がいることを隠していた。この舞台でも語られるが、身内の結婚式という晴れ舞台でも「お留守番」で、家族写真に写ることもできないことがあった。この娘の父親は、ろう者同士の夫婦からはろう者が生まれて不幸が連鎖すると信じていて、娘が男性と交際したりましてや結婚など論外だと怒っている。その父親に娘が結婚を認めてもらおうと必死で訴える場面は圧巻だ。客席のあちこちからすすり泣きの声が聞こえた。

今秋にはデフリンピックもあり、聴覚障害への理解・関心が高まる中でのタイムリーな舞台だった。自分が見た日曜午後の回は舞台袖での手話通訳付きで、お客さんの中には耳の不自由な人がたくさんいた。開演前はとても静かで、手話で話す姿があちこちに。カーテンコールでの舞台への賛美も手話で伝える人がたくさんいた。こうした状況が演劇鑑賞では一般的になることを願いたい。
目や耳の不自由な人が一般の人と一緒に楽しめるバリアフリー演劇は少しずつ広まっている。舞台の袖で手話通訳をするのではなく、役者と同じように舞台に上がって行う「舞台手話通訳」もある。実は今作でもそれを期待したのだが、次回はぜひ、舞台手話通訳で見てみたい。

月から抜け出したくて

月から抜け出したくて

劇団銅鑼

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2025/08/23 (土) ~ 2025/08/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/08/24 (日) 14:00

座席1階

劇団銅鑼が東京ハンバーグと初めて組んで行った舞台。罪を背負った人に寄り添って更生を助ける保護司がテーマで、保護司の高齢化や減少が問題になっている実情や、ニセ電話詐欺の闇バイトなど最近の状況を踏まえて丁寧に構成されている。

物語では、高齢のため引退を決意した保護司がかつて自分が担当した男に保護司の職を引き継ごうとする。保護司の仕事を引き受けるかどうかを考えるために、男は保護処分の若者の面接に同席する。現在は小さいながらも工務店の社長を務めす男だが。かつては暴走族の番長。過去の自分を思いながら話を聞き、引き受けるのに前向きかなと思ったが、「自分のような者が人の人生の転換に踏み込むなんて」と葛藤する様子がとてもリアルだった。
リアルと言えば、ニセ電話詐欺の闇バイト勧誘もさもありなんと思う感じで現実味があった。こうした社会派劇に取り組んでいる東京ハンバーグのち密さと、どこか優しいエンディングが特徴の銅鑼が融合すると、こういう舞台になるのだと思う。
保護司と言えば近年、逆恨みをした保護観察処分の男に保護司が殺害された事件が記憶に新しい。今作で登場する保護観察処分の人たちは概して、素直な若者たちだ。保護司ときちんと向き合い、支援を受けることで一歩ずつ前に進んでいく物語だから、あえて事件に触れる必要はないと思う。

劇中、客席のあちこちで涙をふく場面があった。脚本の力強さのなせる業だと思う。かつての銅鑼の舞台では、同じ感動場面でも少し説教じみているかのように受け取られかねないところがあったが、今作は物語がシャープになってそんな感じが全くしなかった。今回の両劇団のタッグは成功したと思う。

糸洲の壕 (ウッカーガマ)

糸洲の壕 (ウッカーガマ)

風雷紡

座・高円寺1(東京都)

2025/08/16 (土) ~ 2025/08/19 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/08/17 (日) 14:00

座席1階

先の戦争でも凄惨極まる沖縄戦を描いた。舞台は糸満市のウッカーガマ。陸軍の野戦病院となり、ここで看護師として働いた「ふじ学徒隊」の女学校生徒たちの群像劇だ。

野戦病院を率いた小池軍医が、米軍上陸舞台が迫り病院を放棄した際、「君たちには生き延びてここであったことを伝えてほしい」と自決を強いなかったことで働いた女学生の大半が生き残ったことで知られている。日本軍は国民を守らないどころか盾にもしたという沖縄戦の中で、こうした異例と言える上官の振る舞いが舞台のメーンとなっているのは当然だろう。だが、ウッカーガマは元々、付近の住民が先に避難していた場所で、軍は彼らを追い出して野戦病院にしたということなどを忘れてはなるまい。そうした点で、命を賭して軍に協力するのは当然と学徒隊への志願を迫る教師の存在など、国民への同調圧力もしっかり描かれていたのはよかった。
なぜ、長野県佐久市が後援になっているか不思議だったが、小池軍医は同市の出身なのだそうだ。彼の故郷の話も描かれていたのだが、舞台の一貫性からみると浮いている感じがした。小池軍医の振る舞いが立派なのは、佐久市とは特に関係がないと思うからだ。仮に後援を取り付けるためにこうした構成にしたならば、そこは蛇足だったかなと思う。

客席は満員で、小学生など多くの子どもたちがいた。学校で沖縄戦を習う前からこのような舞台を見て日本が約80年前に経験した戦争を考えるのは、大変意義がある。アフタートークは客席も参加して行われたようで、こうした劇団の取り組みには敬意を表したい。

5月35日

5月35日

Pカンパニー

吉祥寺シアター(東京都)

2025/08/13 (水) ~ 2025/08/18 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/08/16 (土) 14:00

座席1階

Pカンパニーがこの作品を最初に演じたのは2022年。それから3年で再演が決まり、前売りチケットは売り切れているという。どれだけこの作品が支持されているのかが分かる。中国政府の言論統制はどんどん進み、比較的自由だった香港も中国政府の抑圧が強まるばかり。この作品は今、日本でしか見られないのだ。初演の熱量は鮮明に覚えている。あの感動をもう一度味わいたくて、吉祥寺に出かけた。

やはり、劇団代表の林次樹と竹下景子の熱演に尽きる。竹下が演じた「天安門の母」は脳腫瘍で幾何の命もない。彼女の魂に引っ張られ、林演じる夫は、5月35日、すなわち天安門事件があった6月4日に母国の軍隊に殺害された息子の弔いを事件現場の天安門広場で行うという計画を実行しようとする。
中国では今も、この事件に関する報道はおろか、ネット検索もできず完全に歴史から抹消されている。30年以上たち、事件のことを知る国民は圧倒的に少ないと思われる。劇中でも余すところなく描かれる政府による言論弾圧、歴史の抹消が中国では今も進行している。
だが、これは中国だけのことなのか。2022年の初演の口コミでも書いたが、自由な言論が保証されているはずの日本はもはや対岸の火事ではない。「南京事件などなかった」「沖縄・ひめゆりの資料館の記述は歪曲されている」などの発言は今や国会議員レベルでも横行し、それを真に受けたひとたちの投票行動が選挙に反映され政治を動かしているのだ。政府に都合のよい方向で。中国とどこが違うのだろうか。
だから、今Pカンパニーがこの演目を再演し、それが連日満席になっているという姿に少し勇気づけられる。政府にとって都合の悪いことでも、「日本人ファースト」に都合の悪いことでも歴史的事実を忘れてはいけないのだ。
主人公2人の演技の熱量は、初演より大きくなっている。戦後80年の夏に目撃したい。

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