タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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知らぬは探偵ただ1人

知らぬは探偵ただ1人

空想実現集団TOY'sBOX

北池袋 新生館シアター(東京都)

2022/12/22 (木) ~ 2022/12/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

物語は、終わることがない繰り返しの探偵小説または推理劇に込められた悲哀のよう。しかし けっして暗くなることはない。表層は面白可笑しく描かれているが、登場する人物は、いつも同じような役割で果てることはない。この不思議な世界観を読み解くことが出来るか、そこに公演の狙いがある。

中盤以降、なるほど 説明にあったメタフィクショナルコメディという意味が解り、それまでの疑問が解けるような気がするが…。事件は現実に起きているのか否か、その混沌とした状況を楽しむもの。
(上演時間1時間35分 途中休憩なし)

ネタバレBOX

ほぼ素舞台。上演前から死体らしき人物が横たわっている。舞台中央にパイプ椅子が横並びに6脚。うち1脚が倒れている。何か所かに死体の形跡を示す。椅子はあまり使用せず、ほとんど立ち演技で、時々ダンスも披露する。
少しドタバタし大声での会話も、この小空間ではもう少し声量を抑えたほうが 台詞は聞き取りやすい。

物語は現実ではなく、探偵小説または推理劇という架空の世界で繰り広げられている。登場人物は、小説や劇中で、同じような役柄を宛てがわれ、果てることなく演じ続ける。そんな世界に 冒頭の死体らしき人物が紛れ込み、虚実綯交ぜの様相を呈してくる。
メタフィクションは何でもありの世界観を現すことが出来るから、作中に伏線を散りばめる必要がある。この公演では作中の登場人物と現実の人間(女性)を同化し、さらに高次元〈異次元だけではなく虚実の両方〉の存在としての役割を与えることで、メタ化を表現している。さらにコメディ調にすることで非現実という印象を強調する。

女性は他殺ではなく、自殺したが死にきれず彼岸と此岸の間〈もしくは既に冥界か〉ような場所、それが小説なり劇中という場所=世界に置き換わる。彼女は 架空の世界に居る人々と自由に動き回るが、何となく作者によって恣意的に動かされているよう。架空世界では探偵以外〈その意味では蚊帳の外〉の人物が謎解きに挑んでいるが、それらも全て作者の意中のこと。外の世界から俯瞰するように描いているようだ。

架空の物語から現実(生還)の世界へ戻れたのか。それをカーテンコール後に改めて上演前と同じように横たわり、徐にムクッと立ち上がる。その演出は、離れ業ならぬ本番離れ演技として観せる。ラストシーンによって 改めてメタフィクショナルということを印象付ける巧さ。
次回公演も楽しみにしております。
銀河鉄道の夜

銀河鉄道の夜

東京演劇アンサンブル

新座市民会館(埼玉県)

2022/12/24 (土) ~ 2022/12/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

1982年の初演以来「ブレヒトの芝居小屋」で続けてきたクリスマス公演を、新拠点の新座〈市民会館〉で4年振りに復活上演。開場前から長蛇の列、それだけ待ち望まれていた証であろう。
ほんとうの幸いとは何かを考え始める。現実と幻想が融合したような芝居…僅か2公演だが、素晴らしい夢が観られた。

原作「銀河鉄道の夜」の物語を2幕構成で紡ぐ。公演の魅力は、幻想・夢幻の世界観を、雰囲気ある舞台美術と音響・照明・映像といった舞台技術を駆使して見事に描き出しているところ。また多くの小物で楽しませ、飛びモノで驚かせる、その工夫した演出がとても印象的である。

しかし、幻のような内容で実態が掴み難いことから、(特に1幕目は)その理解が追い付かないもどかしさがあった。2幕目へ続く切っ掛け・・ジョバンニが いつの間にか天の川を走る軽便鉄道に乗って幻想四次元の世界に旅立っていた、という件も分かり難い。当日は多くの子供も観に来ており、幕間で同様の感想を漏らしていた。

2幕目 軽便鉄道の旅は、滋味溢れる小話が次々と展開し、宇宙という壮大な世界を表出する。それだけに、1幕と2幕でそれぞれ 現実と幻想のメリハリある表現を行い、もう少し世界観の違いを観せる必要があった。ビジュアル面だけではなく、物語(内容)全体の面白さが伝われば、もっと観応えある公演になったと思う。
(上演時間1時間45分 途中休憩15分) 追記予定

ぬるま湯のあとさき(12/26.27の公演中止)

ぬるま湯のあとさき(12/26.27の公演中止)

ツケヤキバ

OFF OFFシアター(東京都)

2022/12/21 (水) ~ 2022/12/27 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。㊗旗揚げ公演。
クリスマス・イブの一夜、アラフォー男4人の濃密な会話劇。舞台美術は剥き出しの角材で家屋の外形を、その室内はカラフルな色彩で作り込んでいる。何となくアンバランスな感じは、夢見る乙女ならぬ40代の不安定さと切なさが垣間見えるようだ。

会話は自分の方がマシな生き方をしていると思い、マウントを取り合うようにグサグサと突き刺さる言葉で責める。しかし、嘆く姿の中に不思議と痛々しい感じはなく、お互いトゲある言葉をスルッとかわしたり、無視するようだ。実に逞しい。

こんな会話が日常のことなのか判然としないが、少なくとも1人がこの暮らしから脱することを言い出したことから始まるトークバトル。各者各様で、今まで鬱積させていた思いを次々吐き出す。些細なことから今の生き方、そして将来どうするのかといった目的・希望まで幅広い話を繰り広げる。濃い話であるが、NO蜜<色恋話はなし>という乾いた内容で、面白可笑しさの中に相手を思いやるといった滋味ある言葉もちらほら。
因みに潤いは、水も滴るといった別のカタチで観ることになる。いろいろな言い分…この年代だからこそ 思うところがあるのかも知れない。

キャスト4人の確かな演技とバランスは、飽きさせることなく しっかり物語に引き込んでいく。この時期に相応しいのか、この芝居を肴にちょっと飲んで行きたくなるような…。
(上演時間1時間30分 途中休憩なし)追記予定

孤独の後始末

孤独の後始末

海ねこ症候群

中野スタジオあくとれ(東京都)

2022/12/21 (水) ~ 2022/12/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。初日観劇、ほぼ満席。
現代的で話題性もある内容を、結婚式場で働く人々の観点で描いた物語。そのテーマ性と着眼点、描き方の発想・柔軟性に驚かされる。ただ掘り下げが浅いような気がして、その点が惜しい。

当日パンフに 脚本担当の坪田実澪さんが、別の意で「何故こんなに傷つけ合い、貶し合わなければならないのか。逃げてしまえば楽な生き方なんかいくらでもあるのに、何故向き合う方を選ぶのか」と記している。この文章と同じことを、劇中の父と娘に負わせることが出来れば、もっと深みや滋味ある内容になったと思う。結果、無難に まとめた といった印象になったのが勿体なかった。

年の瀬に、また若くて 力 を感じさせる団体「海ねこ症候群」に出会えたことを嬉しく思う。
既に第3回本公演の予定があるという、その伸びしろに期待するところ。
(上演時間1時間25分 途中休憩なし)【Aチーム】

ネタバレBOX

舞台美術…冒頭はスタッフルーム。後景は暗幕、柱(細長い白色衝立)のようなものが 横にほぼ等間隔で並んでいる。2つの長テーブルと椅子6脚、中央のモニター(額縁)に結婚式の写真が見える。場景に応じてテーブルや椅子を移動 変形させ時間と状況等の変化を表す。照明の諧調によって後景の衝立らしきものが高層ビル群に見えたり、鯨幕のような不吉な雰囲気を漂わす。ラストは式場。赤いバージンロード、参列者の椅子に白ベールと花飾り。白色衝立にも花輪。スタッフルーム(事務所)と式場内という違いを丁寧に演出する。

次の依頼は 同性婚(女性同士、登場はしない)、ウエディングプランナー・木嶋綾乃は戸惑うスタッフに引き受けたことを告げる。同性婚という話題性、それを結婚式場のスタッフというバックヤード的な立場で順々に描く。そこに気持(感情)と仕事(役割)という適度な距離感をもって描くところが上手い。また結婚式という期限がある設定は、それまでに何らかの結果というか結論を出すため、テンポよく展開していく。

同性カップルの1人が、この式場のマネージャーの娘である。その事を隠して綾乃は準備を進めており、マネージャー・上原正道も同性婚に賛意を示していたが、娘となると話は別らしい。建前と本音、自分に関係なく仕事であればなんでも受け入れるが、親の立場になれば激怒し反対する。綾乃は云う、娘さんと向き合ってと。またスタッフの1人、パティシエ・倉持春子が同性愛者のような描き。この2人が激情して言い争うようになるが、居合わせたスタッフが止める。娘が登場しないことから、春子を介して上原と本音を語り合わせてほしかった。日本における同性婚、その法的制約、その実態である子や遺産等の当人の問題や好奇という世間、その社会的偏見の問題に もう少し触れてほしいところ。

綾乃は、スタッフのドレスコーディネーター・師岡拓真と付き合っている。しかし2人の気持は結婚に踏み切れない。どちらかと言えば、綾乃はキャリア志向のように思えるが、そこに拓真が気後れしているような。拓真 曰く、「幸せに出来るか自信が…」云々は、昔ながらの性差意識の囚われか。男らしさ女らしさ、という何が「らしさ」なのか曖昧な感情に縛られていることも描く。
公演説明は、同性婚を示唆しているようだが、もう少し広く「結婚」という男女意識を描いているかも知れない。上原は云う、結婚する相手とは壊れ(喧嘩し)ても、再生(仲直り)して乗り越えられるらしい。
さて、先の当日パンフの文章には続きがあり「演劇というある種『逃げられない世界』に憧れを抱いている」とある。同性婚の問題にもう少し踏み込んで と期待するのは、この強い気持に伸びしろを感じるし、次回公演も楽しみにしているからである。
マザー4

マザー4

サヨナラワーク

劇場HOPE(東京都)

2022/12/20 (火) ~ 2022/12/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

面白い。
同じ場面の繰り返し、それでも少しずつ様子は違って物語は展開していく。しかし、この観せ方に冗長さを感じ飽きてくるかも知れない。描こうとしている設定、それを謎を多くし長く関心を惹かせるためであろうか。全体的に淡々とした展開で 印象が薄くなったように思う。

登場人物は4人、それぞれ関係があって影響を与えている。理屈でいえば一方通行であるが、そこは舞台としての面白さ。描かれているのは人生、もっと言えば「生きる」という存在を表現している。

前作はプロジェクションマッピングを積極的に活用していたが、本作では控えめな利用、その効果は消極(消去)的である。その意味で舞台技術はよく考えられている。
(上演時間1時間20分 途中休憩なし)【星組】

ネタバレBOX

素舞台…スクリーンの前で横一列に並んだ女優4人。物語は、登場人物の心象を描き表しており、照明で写し出すシルエットやプロジェクションマッピングでその効果を印象付ける。因みに 微妙に立ち位置を変化(前後)させることによって、シルエットの大きさや髪形の違いを際立たせる。
この場所はエレベーター内、何回やっても指定階へ行く途中で動かなくなり…。このエレベーターは病院、マンション、ラブホテル、そしてーー。

物語は時間軸ー年代が違う、家族…母(1985年)、娘(2010年)、孫(2035年)そしてさらに子孫(2101年)という悠久の時を刻む。それぞれの役(役名と芸名は同じ)は、蒼木鞠子さん、遠藤千織さん、彩原双葉さん、舞園れいな さん(Wキャスト・星組)である。冒頭はループするような光景に戸惑う4人、しかし4人の中で、この状況を作り出した人物がおり観察するような。その意図は何か。

人生には後悔がついてまわる、それをやり直したいと考えたらどうなるか。時間の遡行、タイムパラドックスのような理屈は関係なく、剥き出しの感情 真に生きたい人生とはどんなものかを真摯に考えてみる。どんな人生でも縁繋がりがある、そこに物語の肝があり滋味ある内容が観えてくる。

「生きる」を考えた時、その証は本人のものであり、関わった人々の記憶にある。人生をリセットした場合、新しい人生(記憶)を歩(刻)み出すが、それまでの記憶がなくなる。何だかそれまでの人生を否定すようで寂しいし耐えられない。その表し難さを、プロジェクションマッピングを用いて、白黒の升目模様をフェードアウトする。斑な消え方、そこに記憶が細切れに薄れていく儚さを感じる。切なさと逞しさが同居したような印象だ。
次回公演も楽しみにしております。
『ピーチの果て、ビーチのアビス、つまりはノーサイド』R-18

『ピーチの果て、ビーチのアビス、つまりはノーサイド』R-18

キ上の空論

サンモールスタジオ(東京都)

2022/12/15 (木) ~ 2022/12/21 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。と言っても万人受けするかは別。
師走の時期、心温まる内容を欲するところであるが、この物語は真逆と言っていい、典型的なノワール劇である。

狂愛と再生の三部作、その第三弾と銘打っているが、一般的な男女における恋愛とは違い、主人公の生い立ち、その童貞いや道程を切ないほど描いた愛憎劇である。そう身近にいる女といえば「母」である。その愛情が十分に受けられず、その結果 裏返しの感情…憎悪が芽生える。
成人し女性遍歴を重ねることで自分本位で歪んだ愛情表現と性癖が…。表層的には救いの無いような展開であるが、実は身近(バイトの後輩で後に正社員になり立場が逆転)なところで愛を育み幸せを築いている、そんな光景を隣り合わせに観せる巧さ。それによって、物語のような「愛情表現」は皆無ではなく、むしろ特別な偏愛としてあり得るという存在感を観せつける。

この公演は、けっして後味がよいとは言えないが、逆にそれだけ心に強い興奮と刺激、そして印象に残る作品になっている。ぜひ その衝撃を小劇場で…。
(上演時間1時間55分 途中休憩なし)【Bチーム】

ネタバレBOX

全体的に妖しい雰囲気、それは いくつかある台座のようなモノの天板部分が赤色、組み合わせによってベットになり刺激的な行為を演じる。また幾体かのマネキン、それを過激に弄ることで苛め虐待を表現する。ハイヒールが一足。上演前は波の音、心の漣のようにも思える。

物語は、日本人の父とフィリピン人の母の子・山越陣(鈴木研サン)が主人公。今は地方でバイト生活をしている。幼い頃、父は働かず、母は夜の仕事へ。父の日常的な虐待、母はそれを見て見ぬふり 育児放棄同然の暮らし。
冒頭、地方でバイトをしているが、どこか無目的で怠惰な様子、そして後輩との談笑に小さな優越感に浸っているような。25歳の時、SNSで東京に住んでいる女子大生と知り合い、たまに上京してデートをする。当初は純粋に付き合っていたが、だんだんと彼女を束縛し始める。彼女は何不自由なく生きており、陣は 環境や境遇の違いに苛立ちを覚える。いつの間にか自分と同じような惨めで不幸な思いをさせることで得られる快感に喜びを見出しているような。

また 泡嬢、不倫している女との関係など、爛れた情景を描くことで愛と欲の多情性を観せる。必ずしも相思相愛などではなく、どこか歪んで危険な匂いがする。そこに男の滅びの美学ならぬ爛れた美学が跋扈しているようだ。苛立ち、不安、焦燥といった表現し難い感情を実に上手く表現する。貧乏ゆすり、床を踏み鳴らす、大声で怒鳴るなど、直接 肌に伝わる。そのリアルな情況が圧倒的な存在感となって立ち上がる。
🔞ゆえ舞台としては過激な性描写であるが、そこには鬱屈した男であり1人の人間の本能が剥き出しになっている。境遇の違い、幸せすぎる相手を自分側の世界に引き込む身勝手さ、理屈では許されないだろうが、偽りなき感情(本音)として迫ってくる。何となく痛々しくも瑞々しい感性と圧倒的な構成力と演技力に観入ってしまう。役者陣は文字通り体当たりの熱演で、ダークで魅惑的な世界へグイグイと誘う。

歪んだ愛ゆえの結末、欲望の果てに得たモノはなんだったのか。ラスト、性行為の中で叫ぶ女性、異常な体験に歓喜する姿に本性が垣間見えたような気がした。そう異常の中に普段得られない高揚感、満足感が潜んでいるのだと。肉体のぶつかり合いというか交わり(愛)合いで、記憶に残る青春残酷物語を観たよう。
次回公演も楽しみにしております。
ひめごと

ひめごと

劇団大樹

小劇場てあとるらぽう(東京都)

2022/12/14 (水) ~ 2022/12/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
劇場に入ると、そこには作り込んだ舞台美術…当日パンフによれば「能舞台」がモチーフになっているらしい。また上演前には韓国民謡の一つ「アリラン」が流れている。その舞台は韓国の一般的な家庭で見かける床暖房「オンドル」をも連想する。下手には大きな柿の木(草月流華道)、そしてカヤグムが置かれチマチョゴリを着た奏者による生演奏、その雰囲気作りは素晴らしい。

タイトル「ひめごと」…母の そして一人の女性として歩んだ人生、その中で封印した出来事(思い出)を掘り起こすような。人の人生を詮索する事は出来ない、しかし自分に関係しているとなれば話は別である。ミステリアスな展開に興味が惹かれるが、この家に出入りしている母の教え子の存在が日常生活という今を繋ぎ止めている。そして後々 彼女の行為がテーマらしき「存在=生きている」に結びつくような上手さ。それは単に生きているだけではなく、その代々を遡るかのような家族愛を描く。
(上演時間1時間50分 途中休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は、能舞台がモチーフであるから、上手に本舞台、隙間ある羽目板の奥に鏡板を思わせ実際に松の枝が室内に伸びている。中央に橋掛かりがある。下手は先に記した柿の木とカヤグム、中庭には落ち葉が…風情ある家屋である。登場人物は5人、ある人物が訪れるまでは平穏な暮らしだったが、淡々とした暮らしの中に “ひめられた”事実。毎日 手紙を書き続ける母(元小学校教師)、現代ではインターネットという手軽に出来る通信手段があるが、それでも手紙は過去と今を結びつけるような。

秋の夕暮れ、真木森生(川野誠一サン)と名乗るルポライターがやって来る。そして40年前に失踪した写真家を探しているという。彼が手にする一枚の写真は…。この家は母・大沢未散(平田京子サン)と娘・翠(白須慶子サン)、そして2階の賃借人・峠(俵一サン)を含め3人。そして未散の教え子・久美(工藤世名サン)が家事手伝いのように出入りしている。序盤は日常のありふれた光景を仄々と描き、何不自由のない平凡な家族を印象付ける。ただ父親がいないだけ。今まで母から父の話を聞き出そうとしなかったが、この写真家の存在が気になりだして…。

能舞台に関連付ければ、登場人物の役割はシテ、ワキ、ツレ、アイ等になるのであろう。勿論 シテは母、ワキは娘、ツレは峠、そしてアイは久美といったところであろうか。演劇として観れば、平穏な家族(池)の中に 真木という存在の小石を投げ入れ波紋を広げる。40歳まで母娘2人で生きてきたが、翠の心には父とは違う意味で真木への思慕が生まれる。その出生への疑念と葛藤に揺れる女心が垣間見えてくる。それは40年前の母の気持にも通じるのかも、そんな妄想が膨らむ。役者陣の演技は確かでバランスも良い。それゆえ 淡々とした情景の中に味わい深い物語を紡いでいた。

天真爛漫のように振る舞う久美、その内心に抱えた不安・自信の無さが、命を宿したことによって「生きる」を強く感じさせる。その「生」という存在こそが何物にも代えがたい大切なものと気づかせる。そして峠の存在と独白が重しとなって、より「生」を感じさせるが、さらに「育てる」「見守る」といった その後を強く意識させる(但し唐突感は否めない)。
舞台美術、未散や翠の衣装が秋らしい装い、そして舞台技術ー暖色照明の諧調によって時の流れ、音楽は勿論カヤグムの金オルさんの生演奏で抒情的な雰囲気を醸し出す。
次回公演も楽しみにしております。
時代絵巻AsH 其ノ拾六『赤雪~せきせつ~』

時代絵巻AsH 其ノ拾六『赤雪~せきせつ~』

時代絵巻 AsH

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2022/12/14 (水) ~ 2022/12/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
其ノ拾伍 『赤心〜せきしん〜』で武田義信を、そして其ノ拾六『赤雪~せきせつ~』で勝頼…武田家の悲哀が描かれている。本公演で続けて甲斐・武田家を取り上げているが、前作との関連をしっかり描いている。勿論、フラーヤーの絵柄である白百合である。この白百合は武田信玄と嫡子 義信さらに勝頼と親子の絆を表すと同時に、「威厳」(花言葉)を示しているよう。しかし全体的に赤色、それは武田軍甲冑の赤揃えだけではなく、何となく血=悲運を連想させる。劇中の台詞、罪なき人々の命が犠牲に…。舞台の中で描かれる勝頼像は、戦国武将としては純粋で心優しき者のようだ。

時代絵巻AsH は、戦国という乱世の時代の それも巨星ではない人物に光を当てている。巨星とは違う人間味によって、単に「滅びの美学」だけではなく、如何に生きるかといった生き様を描く。信玄という巨星の後を継いだ勝頼、後世における比較評価、武田家を滅亡へ という事実、その概観に捉われずその人物の魅力を舞台化する、そこに時代絵巻AsH 灰衣堂 愛彩女史の力をみる。
(上演時間2時間20分 途中休憩なし)

ネタバレBOX

舞台セットは今までの時代絵巻 AsHの定番とは少し違い、正面から上手にかけて主に軍議評定する場、下手に櫓のようなものを作り立体化する。勿論 客席との間は中庭のような空間を作り殺陣シーンのためのスペースを確保する。上手下手の客席側には土庭があり、殺伐とした風景に憩いと生(植物)を感じさせる。出来れば この櫓へ階段を設え、その上り下りといった動作で躍動感を出してほしかったが…。
細かいところでは衣装、例えば真田昌幸の陣羽織には六文銭の家紋があり、武門に対する拘りが観てとれる。

物語は勝頼の幼少から討死までを時代の出来事(合戦など)を通じて順々と展開する。史実のような事実は描かれるが、必ずしも事実が真実とは限らない。その曖昧さにフィクションを持ち込み戦国時代ならではの権謀術数が怪しく描かれる。直接的な合戦シーンは織田・徳川の連合軍との長篠の合戦、織田の甲斐侵攻(最期は天目山)の2回だが、殺陣シーンを長くし観せ場を作る。赤揃えの武田軍、黒揃えの織田・徳川軍という一目瞭然の違いで視覚的に楽しませる。
殺陣という派手な観(魅)せ場…その敗戦の中で 武田家譜代家臣との確執がなくなり、家臣から「命に軽重はないが、名前にはそれ相応の重みがある」と告げられる。そこに生い立ちから今迄の辛苦をさり気なく描く。

また、あり得ない設定だが、勝頼と(織田)忠信がそれぞれの巨星の跡取りとしての境遇、そこに何となく相通ずる人間味を描く。が、冒頭の義信と勝頼の会話「守るべき事(人)」のために生きるという台詞が効いてくる。運命の歯車が狂い、自分が家名、領土、領民を守る立場になる。戦国時代ゆえ それぞれの領地と領民のためという前提の前には、たとえ人間的魅力があろうとも、どうにもならない 今でいう不条理が垣間見える。

公演は、勝頼という不運の武将を情感豊かに描きつつも、全体としては戦国という時代絵巻を観せているようだ。ここに史実とは異なる物語性を起こし、さらに主人公の生い立ちと義信亡き後、武田家を継いだ悲運の武将を立ち上げる。そこに観客の同情、義憤を掴むという、劇的には巧みな描き方をしている。時代のうねり、勝頼の人間的魅力という社会・個人の両面をバランス良く描いた力作。戦国時代絵巻としての完成度は高い。舞台美術一つとっても創意工夫を凝らし 常に挑戦し続ける、その姿勢が素晴らしい。
次回公演も楽しみにしております。
ある母の記録

ある母の記録

NonoNote.

コフレリオ 新宿シアター(東京都)

2022/12/14 (水) ~ 2022/12/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
等身大の女性を通して見た家族、特に母との関係を客観的に俯瞰しつつ、同時並行的に綴った追憶劇。旗揚げ公演とは思えないほどの完成度に驚かされる。璃音さんが演じる二十代の女性が過去の記憶を呼び起こし、現在に至っている情況を切々に語り、その表現し難い思いを実に上手く伝える。過去は変えられないが未来は切り開ける、はよく聞き言葉だが、それを地で行くような展開である。ラストはホッとし 自然と笑みがこぼれるような…。

物語は大きな うねり があるわけではないが、不思議とその世界観に引き込む 力 がある。登場人物は家族をはじめ身近にいる人々で、その存在や性格に特別な特徴等を持たせない。観客は それぞれ自分の内にある記憶ー思い出と向き合えるような、そんな味わい深い公演である。
(上演時間1時間30分 途中休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は、客席側への迫り出しにテーブルと座布団、上手下手の壁際に複数の箱馬を並べる。シンプルな設えだが、どちらかと言えば心象劇であるから十分機能している。

今いるところから前に進めない、そんな過去の出来事に縛られた一人の女性を描いた物語。その動けない姿を外観で伝える巧みな演出、女性は上手の箱馬から離れない、そして着ている衣装は同じ。父や母は家の中で動き、他の登場人物は上手 下手を自由に行き来し、衣装替えもし時間と場所を経て動く。そこに留まることしか出来ない女性との対比、それによって女性の心の変化を観せる。少女期はセーラー服、母に従順で仲良し、一方 父とは憎まれ口を叩き 一定の距離を置く。何となく見かける家族光景のよう。

成人式の翌日、東京へ戻る新幹線の車中で母の容態が…。走り出した新幹線は止められない。それに準え、悔悟のような思いが前に進む気持を抑え込む。そんなトラウマを抱えていたが、弟が結婚することを契機に少しずつ情況が変化してきた。その過程を客観的な語りと現実の歩みとを交差させ紡ぐ。子供の頃から歌うのが好き、その縁で知り合った男への募る思い、しかし恋愛下手で という足(愛)踏みも上手く挿んで、その後の展開へ関心を引き付ける巧さ。

特別な出来事(事件)などは起こらない有り触れた少女期の成長過程を描く。逆に何も刺激的な変化がない舞台表現は難しいのではないか。それを見事に現実化させているからこそ、観る者の共感を誘っている。
柔らかく暖かい暖色照明、ピアノの包み込むような優しい音色が心地よく響く。舞台技術もしっかり効果を発揮し、舞台全体の雰囲気作りをしていた。
次回公演も楽しみにしております。
ライダース・バラッド

ライダース・バラッド

円盤ライダー

πTOKYO(東京都)

2022/12/13 (火) ~ 2022/12/22 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
初めて行く会場、階段を下りる途中から お香の香りがし、心が癒されるよう。仕事帰りの身にはありがたい心遣い。

オムニバス 三短編…珠玉作。バラッドは必然的な破局になるが、円盤ライダーの それは結末はどうあれ、三編とも滋味溢れる内容で実に印象である。そして三編とも男女二人芝居で、抒情的な語りで紡いでいく。勿論 男女の関係や場所といった設定は違うが、それぞれに濃密な関係であり、緊密な空間と時間が流れる。魅力は何と言っても、観る者の感情を刺激し揺さぶる演技力であろう。それを効果的に支える音響・音楽も素晴らしい。
(上演時間1時間20分) 追記予定

美々須ヶ丘

美々須ヶ丘

fukui劇

劇場HOPE(東京都)

2022/12/14 (水) ~ 2022/12/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

初日観劇。
タイトル「美々須〈ミミズ〉ヶ丘」やフライヤーの絵柄から連想出来る「異食」を題材に 少し病んだ人々を描いた異色作。
日常でよく見かける給湯室での(女子)談笑、しかし その裏で陰湿な嫌がらせ、虐めを描くことで、人の表裏に潜む怖さを浮き彫りにする。人の潜在を異食という特異な視点から切り取って、趣向=歪な世界観を表出している。説明にある「手のひらにそれを掴むと、気もそぞろに口いっぱい放り込んだ。圧巻。充足。一瞬にしてかえがたい幸福が私を満たした」は、異食によって満たされ感情であり様子、なるほどね と思う記載だ。
ただし 禁15ということもあり、蘞(エグイ)場面があり好みが分かれそうな公演だ。
(上演時間1時間55分 途中休憩なし)追記予定

『ダークダンス』

『ダークダンス』

尾米タケル之一座

ウッディシアター中目黒(東京都)

2022/12/07 (水) ~ 2022/12/14 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

英雄と怪人の人格が入れ替わる、二重人格という設定も含めて既視感がある。公演の面白いところは、二項対立というかある事柄の違いを際立たせたり、時間軸(20年間)を経ることによって意識や情況の変化を巧く紡いでいるところ。例えば善を表すボディネーションと悪を表すダークダンスの意識、その人格を入れ替えることで、人の潜在的な人格(表裏ある性格)が浮き彫りになる。さらに過去と現在を虚構と現実という観せ方で、人の思いの移ろいや社会という状況の変化も見えてくる。その立体的な構成が巧い。
しかし、キャストの多くが複数役を担うことで、表面的なところで違和感を覚える。物語の構成を意識した配役になっているが、少し分かり難いところが勿体なかった。
(上演時間2時間30分 途中休憩15分)追記予定

幕末サンライズ

幕末サンライズ

URAZARU

ザムザ阿佐谷(東京都)

2022/12/07 (水) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
落語噺の中に幕末の世相、特に長州藩の松下村塾(吉田松陰)との関りを中心に描いた娯楽時代劇。同時に武家社会(封建制度)に対する鋭い風刺がスパイスとして利いており、単純な面白可笑しいだけの内容ではない。落語ネタでそれとなく描くところが実に巧い。
幕末という激動の時代、京都を中心に血なまぐさい出来事(事件)、さらに吉田松陰の斬首という暗くなりがちな内容を、明るい落語噺で”笑い笑い”で綴る好公演。公演は、落語家(師匠)の持ちネタが明るいか暗いかといった比較を人生に準え、今のコロナ禍における状況(閉塞感)に対する応援噺、いずれは活気を取り戻すと…。

(上演時間1時間50分 途中休憩なし)追記予定
【さるしばいteam】

超科学戦闘機スーパーホーク1号の着陸(再演)

超科学戦闘機スーパーホーク1号の着陸(再演)

劇団鋼鉄村松

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2022/12/08 (木) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

表層的には、子供の頃 TVやデパート屋上で観た正義のヒーロー”ショー”を思わせるようで 面白可笑しい。しかし<非現実の>ショーや妄想ではなく、地球防衛軍と悪の組織との対決を描いた世界である。壮大な世界観に街中のファミレスを登場させ、そのギャップというか違和感に戸惑いを覚えるが、そこに公演の肝がある。

説明に「少年の頃からの夢を絶たれた男の絶望と再生の物語」とあるから、ファミレスで働いている今に至った男の軌跡を辿るような展開である。長い回想シーンによって男の過去と心情を説明し、それでも諦めきれない思いがファミレスの仕事ぶりに表れている。そこに現代社会人の悲哀が透けて見えるようだ。

少しネタバレになるが、主人公の名は「御陵<みささぎ>」、他の地球防衛軍のメンバーは七草、尾鷲そして長宗我部である。一方、ファミレスの店長や従業員(バイト)は、鈴木、佐藤、田中である。姓によって選ばれた「特別」な人と庶民とを表現し、特別な人から普通の人へ、その心境を笑いの中で巧みに紡ぐ。御陵の穏やかならぬ旅路を「スーパーホーク1号の着陸」に準えて、上手く軟着陸出来たのだろうか…。
(上演時間1時間45分 途中休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は一段高い平台。そこにパイプ椅子2脚のほぼ素舞台。平台の色はRED&GRAYでスタイリッシュな感じ。
公演は、超科学戦闘機という空想物をコメディタッチで描いているが、そこには現代社会で働く人々の<悲哀>意識が垣間見える。同時に逞しく生きるといった応援メッセージが込められている。硬軟といった二面性で描いているが、それを巧く体現している役者陣の熱演ー独自のセンスでの人物造形、それを物語の中で上手く昇華させている。

選ばれた特別な人間、地球防衛軍の次期 正義のヒーロー最有力候補だった男が、訳あってファミレスの副店長へ転職し、慣れない仕事に従事することになった。過去、といっても2年前の栄光を引きずり悶々とする男の挫折・絶望と再生・希望の物語。単に面白可笑しいだけの内容ではなく、人の心を縛り付ける「特別」意識、もしくは「優越」を描き出す。

次元の違う国家機関と街のファミレス副店長という立場というか立ち位置の変化によって生じる戸惑い。自己承認〈肯定〉が崩壊したのだ。これほどのレベルの違いではないが、例えばサラリーマンが会社組織の中で役職を解かれる、または定年退職で嘱託雇用になり、元部下に指示されたり といった身近なコトに通じるよう。その悲哀が面白可笑しく描かれている。

意識の縛りとともに、肉体的な訓練ー毎日 腕立て伏せ100回を自身に課していた。事情によってそれが途切れた時、日課が断たれたという挫折感、しかし 行わなければという呪縛からも解放される。繰り返す腕立て伏せという さり気ない動作に、意味付けする巧さ。
次回公演も楽しみにしております。
サブマリン

サブマリン

マチルダアパルトマン

北千住BUoY(東京都)

2022/12/08 (木) ~ 2022/12/14 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い!
初めて行く会場…奥行きがあり とても雰囲気がある。「アパルトマンシリーズ」と銘打った「どこかの誰かの生活を覗き見るように少人数・小規模で上演するシリーズ」であるが、この公演は単に室内生活を覗き見るだけではなく、奥行という特徴を生かした2人の世界以外の風景をも観せる。

上演前からタイトル「サブマリン」を思わせる揺れる照明、それによって海中にいるような不思議な感覚になる。この感覚は物語が始まって、主人公2人のチグハグな会話によって更に増幅する。

冒頭、日常会話やコミュニケーションが乏しくなって久しい同棲カップル、晋平と遥のかみ合わない話は、見た目は若いが 既に倦怠期の夫婦のようだ。2人は、晋平が深夜に帰宅し 遥が朝早く出掛けるという すれ違いの生活をしている。日の当たらないアパート といっても4階なのだが、何となく閉塞感があるようで息苦しい。そんな生活を打破するために…。

登場人物は、2人以外に遥の妹・茜、大家(の息子)、そして男という5人。男は 駅前にいたホームレスで、遥そして茜にとって「この人、私のお父さん」かも知れない。男は一言も喋らないが、その風貌や雰囲気は圧倒的な存在感を放つ。少しネタバレするが、上演前に上手奥で寝ており、間際にムクッと立ち上がり、物語途中から登場する。彼が寝ていた所には、手作りパン店、パーマといった看板が見える。そこに舞台正面の一室以外の風景(世間)が見える。
(上演時間1時間30分)【青サブマリン】

ネタバレBOX

2人が同棲している部屋は、中央にテーブルと横並びに革張りの椅子2つ、上手に玄関、台所(シンク、冷蔵庫、トースター等)、下手に整理棚と別室がある。衣装は状況に応じて着替えるが、やはり普段着・・ジャージやスウェットを着ていると、部屋を覗いている気になる。

遥(早舩聖サン)は知り合いに子が生まれたから見に行こうと提案するが、晋平(竹内蓮サン)は前から2人で外食する予定だったと 返事を濁す。遥が言う「子」とは、以前行った動物園のゴリラが出産したこと。2人の会話、どちらかと言えば、遥の斜め上から、もしくは斜め下からといった内容に晋平が振り回されているようだ。晋平は結婚を意識し、遥は別れる準備として一人暮らしの物件を探し始める。ある日、遥は駅前にいたホームレスを連れてくる。幼い頃、遥と茜(樋口双葉サン)を置いて出て行った父かも知れないと…。十数年も前に別れた父・・ぼさぼさの髪、古着を何枚も重ね着し、靴下の指先が(穴)破けている、そんな見分けがつかない男が「お父さん?」と訝る晋平。言わば闖入者的存在の男によって、2人の関係が更に歪んで…。

一言も喋らない男(久間健裕サン)、対照的に機関銃のごとく喋り続ける大家の息子(葛生大雅サン)。この息子の役割が判然としない。2人がいるアパートは近々取り壊す予定、結果的に2人は別れるか、同棲を続けるために新しい物件を探すか、という選択を迫られる。その状況作りであろうか。表面的には寡黙と饒舌、貧困と富裕といった対照人物を登場させ、<一般的な>庶民である2人の暮らしにこそ平和や安らぎがあると言わんばかりである。

舞台技術は時々、揺れる照明、ブクブクといった効果音で海中を思わせたかと思えば、日当たりを感じさせる格子の暖色照明を照射する。そして演技、ラストの晋平(居酒屋経営が目標)が作った料理を食べた遥と男の表情、遥は不味いと言うが、男は無言で しかめっ面に観客から失笑が。

物語には暗喩が散りばめられているようで、例えば 幼い頃に飼っていた犬、それを意識してか「ホームレス」を拾ってきたという表現になっている。一度 拾うと簡単に捨てられないは、関係をもったら直ぐには断ち切れない。常識というフィルターを通すとあり得ないことだが、そこにマチルダアパルトマンの一筋縄ではいかない面白さがある。
次回公演も楽しみにしております。
Xmas fool

Xmas fool

ROUND TREE プロデュース

千本桜ホール(東京都)

2022/12/07 (水) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。
劇中の台詞「人生は死ぬまでの暇つぶし」、この公演は暇つぶしではないが、観て心が温まるような面白可笑しさがある。勿論 コメディだからそう思えるのだが、やはり この時季にピッタリの演出が良かった。タイトル「Xmas fool」の通り、余命100日と嘘をつくことで、逆に追い詰められていく主人公の悲哀と周りの人々の思惑、その虚々実々のドタバタが聖夜に奇跡となる物語。

舞台となる喫茶パーフェクトに集う癖ある人々、その人生模様を通して、一人寂しく過ごす人、大勢でパーティを催す人、勿論 恋人と過ごす人 もチラッと覗けるような気がする。人と人との触れ合いがあってこそ、劇中でインターネットの情報は玉石混淆、その夢なき世界〈虚構〉を皮肉るシーンも観どころ。

謳い文句「聖夜に送るノンストップシチュエーションコメディ!」は誇張〈噓〉ではなく、怒濤の展開に自ずと前のめりになる。
(上演時間1時間20分)追記予定

全部、知っている。

全部、知っている。

SPIRAL CHARIOTS

アトリエファンファーレ高円寺(東京都)

2022/12/07 (水) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

初日観劇。面白い!
日本の小説の分類でいう中間小説のような…勿論 意味合いは違うが、推理・心理劇であり大衆・娯楽劇の中間劇のようで、幅広い観客が楽しめる そんな作品。

推理劇であり、再演の可能性もあることから 筋書きの結末は伏せておく。ただネタばれ1つ、それはある意味 閉鎖された状況で展開していくこと。それがアガサ・クリスティの「ねずみとり」、上演回数が多く人気作品を連想させる。この「全部、知っている。」も時間軸、不作為、罰せない罪、そして苦悩と贖罪といった多面的な描き方で観客の興味を惹きつける。同時に 緩い笑いを挿み適度な遊び心を観せる。

第30回記念公演・原点回帰。その謳い文句「限られた空間が織り成すパラレルミステリー」は、観応え十分、ぜひ劇場で…。
(上演時間1時間45分 途中休憩なし)追記予定

回人回 父母と三姉妹

回人回 父母と三姉妹

回人回製作所

シアターウィング(東京都)

2022/12/02 (金) ~ 2022/12/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

未見の団体、初めて行った会場…期待と興味を持って観劇した。公演は「物語」と「パフォーマンス」で構成しているが、その融合性が感じられなかったのが残念。表層的な観せ方には拘りを感じるが、物語で描こうとしている内容と パフォーマンスが どう関連しているのかが分からない。
公演は同調性を意識しているようで、それは登場人物の名前や衣装等に観てとれる。しかし 繰り返しになるが、物語とパフォーマンスは必ずしも同調しているとは思えない。
パフォーマンスが何を表現していたのか、それを解き明かす鍵が 当日パンフに記されていた。

物語は、時事ネタかと思える新興宗教、その教えに従い家族を護っていると思っている母、家庭内を顧みず社会(外)にばかり関心を持つ父、そんな両親から自立を…。バラバラになるのではなく、親の子離れと 子の自立(巣立ち)を描いている。劇中の台詞にある「徐々に、すこしづつ、段々と」は物語の展開そのものを表している。それでも自立を表明する子供たちの行動は唐突感があった。もう少し丁寧に描いていれば、もっと面白くなるだろう。
(上演時間1時間) 22.12.6追記

ネタバレBOX

紗幕で囲い、四角形の舞台上に周回と対角(✖)を結んだ線がある。パフォーマーはその線の上だけを歩く、その決まりきった動きが家庭内での行動とも言える。外にはみ出させない制約、それによって内向的になった姿を連想するが判然としない。

登場人物は5人…父・母・三人姉妹で夫々の内向性をそれとなく紹介していく。父(尾関良介サン)は縞模様、母(辻川幸代サン)は真っ白、長女・松子(水沼小百合サン)は緑、次女・梅子(松丸あやサン)は橙、三女・桜子(丹澤美緒サン)は桃という名前と色彩の衣装で、家族という同調性を表現する。母はラブナム教という新興宗教を信仰しており、家族を守るという名目で子供たちを外出させない。世間(社会)から見れば引き籠りといったネガティブな捉え方に見える。父は薄目を開けて家族(全体)を見たくない、一方 目を見開き社会(世間)の出来事には関心を示す。そんな家族一人ひとりの様子を描いていく。

子供たちは、それぞれ自立を宣言する。竹子は好きな人と結ばれること、梅子は放浪の旅へ出ること、桜子は食べること、と言った自立をする。その展開が唐突であった。
演技は、基本的にはパフォ-マーと同様、線上を歩いている。小物(折り紙等)を使い引き籠り生活を表現する。尾関さんのミニ拡声器を使った街頭演説、辻川さんのラブナム(=love南無?)教を唱える仕草が、坐禅を組み 両手で大きく弧を描き指先でハートマークを作る。その2人の姿が可笑しくも悲しく観える。

この回人回(カイジンカイ)という造語は、作・演出の木嶋美香さんの頭の中のグルグルー矛盾や疑問を表現するのにピッタリと思ったからだという。
このタイトルから パフォーマンスは、三姉妹<衣装の色彩>を表現しているのか。当日パンフから 振付の市松さんへは、サミュエル・ベケットの「Quad」をヒントに依頼しているらしい。その作品は観たことがないため、この表現の意図が分からない。物語とパフォーマンスが上手く連携していたのか、自分には別々の演目を観ているような気がした。
次回公演も楽しみにしております。
河童と川邑家と何か

河童と川邑家と何か

劇団cMcc

千本桜ホール(東京都)

2022/12/01 (木) ~ 2022/12/05 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

前説で、12月になったら急に寒くなった。(公演で)ほっこりしてほしい と。その言葉通り心温まる内容であった。
物語は、縦軸に川邑家、横軸に過去・現在・未来という時(状況)を描き、人の心(想像)の移ろいを情感豊かに紡いでいく。勿論タイトルにある「河童」も登場し 川邑家に寄り添っていくが、その存在こそがテーマである。冒頭は、敢えて日本の民話の一つ 三年寝太郎〈物語では、しんたろう〉を連想…3年間寝転がってばかりの、一見 怠け者の男が、大事業をするという話に準えて、寓話性あるものにしている。

シンプルな舞台美術だが、しっかり場景(三場面:サブタイトルあり)を現し、素早い転換によって話のテンポを保つ。第一回本公演…分かり易さを重視したようだが、刺激というかダイナミックな観せ方が出来ていない。ラストの余韻を生かすためには、途中 もう少し盛り上げる必要があった。あまりに坦々とした展開で印象が薄くなったのが、勿体なかった。
(上演時間1時間15分 途中休憩なし) 22.12.5追記

ネタバレBOX

物語は三場、第一話「古のひきこもり」第二話「暴力と女神」第三話「河童の恩返し」であり、夫々の情景を作り出す。

第一話は過去。下手に一段高くしただけの素舞台。寝太郎は女上川の氾濫で両親を亡くし、神様(女神)に復讐を考えているうちに、三年経ってしまった。ある日 河童を助けた代わりに女神の許へ連れていくよう頼む。しかし何故か河童は泳げず、やむを得ず三年かけて向こう岸に橋を架けた。村人からは感謝され、この やり遂げた達成感が復讐心を消滅させる。

第二話は現在。寝太郎の子孫は的屋や土木関係の仕事を行っている。正面に自分の顔部分を刳り貫いた絵、上手に事務所内を思わせるベンチソファがある。女神が現れ最近 神通力が弱っていると嘆く。今の人は信仰心がなくなり、その信心こそが女神の力の源であった。そこで土木や的屋稼業を活かして神社を建て 祭りを催行し、奉ることで女神に力を回復させようと…。

第三話は近未来。正面に赤い鳥居、奉納のぼり旗が並び、上手にベンチが置かれる。人が行き交うことが少なくなり、参拝もバーチャルで済ませる。人の想像力で生まれた「天狗」「鬼」「河童」等の存在が無(亡)くなってきた。先の女神同様、人の想像力が弱まることで架空の存在が信じられない。そこで女神は自神の代わりに河童を奉ることを未来の川邑家に頼む。

物語は、代々の川邑家と 時々の時代を反映した世相を絡めて、面白可笑しく展開していく。三話を通して貫かれているのは、想像上のモノを自然界に置き換えれば、人と自然の調和と共生というテーマが浮かび上がってくる。描き方は、正面というよりは 斜めに切り取った印象である。表面的には新しさや見た目重視が先行しがちな現代に、信仰心という押し付けではなく、想像するという違った切り口・・楽しみを感じさせる。

見た目といえば、河童は顔の大半を緑色塗り、衣装は鱗柄で 全身=全体が被り物をしているような。進化(文明)の裏返しのように描いた「信仰」、古(いにしえ)のモノはエモいだけではなく、新しい発見もある。そこに色々な意味での共存共栄、それを仲立ちするかのような心の持ちようと科学…が 描き過ぎると寓話性を強く感じてしまう微妙な作品だ。
次回公演も楽しみにしております。
ハムレットマシーン

ハムレットマシーン

LOGOTyPEプロデュース

吉祥寺シアター(東京都)

2022/12/02 (金) ~ 2022/12/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

身体表現によって 色々な意味で対比というか 対照を浮き彫りにした公演のように思う。常に舞台上にいるのは2人の女優。とは言え、演者同士が対話をするのではなく、ほぼ一人語りで観(魅)せる。ラスト、演者(女優)の1人がエレクトラと呟き、自分が生み出した世界を閉じようとしている。その言葉が「世界を回収する」である。対比は演者2人の表現の後付けから、期待や希望そして生、一方 絶望や諦念そして死といった反対表現を感じるからである。勿論、上手 下手に離れており交わることはない。上手の演者は始終動き回り〈動〉と〈熱〉を感じる。一方、下手 演者は椅子に座り、上から雪のようなものが降り注ぎ〈静〉と〈冷〉が…。

何をもって前衛的かは分からないが、少なくとも物語を展開して というスタイルではない。舞台美術は工事現場で見かける鉄パイプのようなモノを組み立て、中央上部にはスクリーンがある。全体的に薄暗く、登場人物は上下黒のパンツスーツである。多くの演者は役名カラス、実態はコロス…喧しさを歌で表し-それは混沌とした世界・社会を現出しているよう。

先のエレクトラの絶望の淵を思わせる言葉、それでも人間は生きているし、これからも生き続けるだろう。鍛え抜かれた身体、その躍動する肉体こそが生命力を印象付ける。そして対比といえば映像という技術の中に、人工(福島原発光景)と自然(植物や昆虫等)というこれまた違いを映す。戦後77年経ち、社会いや世界が変容してきた中で、この作品を上演することで何か感じ 考えるさせる、そんな意図を思わせる。
繰り返しになるが、圧倒的な身体表現、その存在と迫力に観入らされた。が、やはり難解だぁ。
(上演時間1時間50分 途中休憩なし)22.12.5追記

ネタバレBOX

舞台美術は先に記した通りだが、上手に机とタイプライター、下手にブースフレームがあり、女優2人が対照的な動きをする。勿論、視覚による動的・静的という違いは大きいが、カラス群(世界・社会等)との関わりでは、受動的か能動的かといった異なる動きもする。例えばスーツを脱がされるか、自分で脱ぐか といった違いが印象的であった。その裸体に近い姿こそ、虚装を解き放つかのようだ。その動きを思考と行動という言葉、そして自分に置き換えると、ぞっとする。

上手の女優は、自身の本音か演出か判然としないが、文章(読み上げ)によるモノローグ、一方の女優は 無言で椅子の上で身悶えするような姿態、ソバージュの髪に雪が…その内なる表現方法も興味深かった。
映像演出も独特であった。映像シーンが変わるごとに音楽も変わる。一般的には流れるような旋律を思い浮かべるが、この公演では 映像・音楽をワンセットにし、ワンシーン完結型の観せ方である。そこには「在る」という事実だけが映る。

勿論 台詞に「ハムレット」「マクベス」を聞くことが出来るが、敢えてシェークスピアを誇張することはしていない。「ハムレット」の復讐譚、心理劇という個人劇から社会劇、世界的な複雑さ混沌とした情勢を訴えているようだ。それが舞台上を動き回るカラス(コロス)へ投影させて描いているかのよう。

ラスト、割れたガラスのような光沢板を床へ置き、正面へ立て掛ける。何を意味するのか…描き切れない事象を反射させ、広範で重要なことを示唆するような印象を受ける。まさに 原文の少ない頁を埋めるのは観客自身の感性と言わんばかりである。
次回公演も楽しみにしております。

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