なしかの観てきた!クチコミ一覧

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悲しみよ、消えないでくれ

悲しみよ、消えないでくれ

モダンスイマーズ

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2015/01/23 (金) ~ 2015/02/01 (日)公演終了

満足度★★★★★

良かった。
前回公演は見られず。今回の舞台、各方面から好評な感想は目にしていたが、噂にたがわず、地味だけどとても良い舞台だった。
でんでん氏にホロリとさせられるとは思いもよらなかった。
可笑しさの中から次第に切迫した場面に変化していくのだけど、その人たちの動向を淡々と描いているだけなのに、静かにジワジワと、滑稽さと哀しみも一緒くたになり、いろんな思いが蓄積されて最後の最後にあの落とし方。見てても聞いても、心にドサッと響いた。

舞台を3方囲みのコの字型の座席配置だったので、座席によっては最後の表情を見られない場合もあるかと。あの場面の舞台セットが彼の心情も表していたんだろうか。

ネタバレBOX

好きだった彼女を死なせた事への自責の念、表面上はそうであっても裏では自由を味わいたい。「なんとかなる」で時間が解決すると思っていたのかなー、な、忠男。あの場ではコレも試練だと思ってそう。緊迫した雰囲気の中で唐突に言わんでいい事を言ってしまう男ども。怒りの矛先の行き場がついチカラ技になってしまうわ地団駄を踏むわの友之、時に詩人になってしまうナチュラリストな紺野。しっかりしてそうで実は女の掌で転がされてそうな生き方に男の純情が垣間見える清一郎。この面子の中では個人的に一番夫にしたい人かもしれないw。
ゆり子と陽菜の男へ共依存の選択性に性格の違いがはっきり出て、この30代女の行動はどちらもなんとなーくわかる気もする。

他界した姉の意志を知っていた妹、全てをわかっていた上で父親にも言わなかったのは彼女なりの優しさだったのか。
その姉妹2人を大切に育てていた父。娘へエールを送るつもりの選曲だったのに、一時は息子と思っていた奴に歌うことになろうとは。亡き娘の板挟みで困惑と混乱の気持ちを抑えた歌い方が味わい深くいい歌声だった。目の前の騒動の際、梢を気にかける様に口に出さないけど娘たちへの愛情が伺えて、そんな父に訪れた荒涼たる結末。冬景色の中で一人佇む寂寥感ある姿に切なくなった。

みんな見た目はいいのに精神年齢の低さ、その場の間抜けさから露呈するダメ人間ぶり。さらにドツボにはまる展開に「あーあー‥」となり、笑えるけど、次第に父親のやり場のない怒りの持て余し方には同情したくなった。

タイトルの「悲しみよ、消えないでくれ」は、亡くなった一葉が生きている者へ対しての言葉にも取れるし、父親が一葉の友人や憎いけど息子と思いたかった相手への願いにも思えるし、こうなってしまった責任を取らせる為の仲間内の心情にも受け止められて、もうこちらの気分がアップアップで追いつかないくらいの哀楽の込み上がり方だった。
夜と森のミュンヒハウゼン

夜と森のミュンヒハウゼン

サスペンデッズ

吉祥寺シアター(東京都)

2015/01/24 (土) ~ 2015/02/01 (日)公演終了

満足度★★★

夢か現か幻か
個人的に久々にサスペンデッズの舞台を見る。今作は再演だが初見。
舞台上は森の中をイメージした大木が幾つか並び、劇場内はそれを助長するような薄暗さなので、上演前の待ち時間にチラシに目を通そうと思っていたら読み辛いw
某人気バンドの楽曲をイメージしたかのような衣装かわいい。
病弱な少女と大人向け恋愛要素も含んだ寓話のような森は生きてる感、だったけど他の作品より分かりやすかった。
系統は違うのだけど、漠然とCB成井作品を思い出したり。約2時間。

ネタバレBOX

ポニーやウサギや狸、ホワイトソックスと呼ばれる動物たちが次々登場してくる幕開けに、一瞬面食らうも、そんな森の奥で暮らす動物たちと違和感なく会話する兄妹。
ある意味、異次元世界なのに、冒頭から登場するアユミの不倫の末の選択の行為が現実的。なぜこの森に訪れることになったのかがわかってから、この作品に入り込めた。
ホワイトソックスにより森に生きるルールを破られ、サキの存在も浮かび上がり疑問も解明するが、アユミとサキの2人の決意から森を出て行くあたりは精神医学用語でもあるタイトルの「ミュンヒハウゼン」につながるのかな、と自己判断。
義務ナジウム

義務ナジウム

公益社団法人日本劇団協議会

劇場MOMO(東京都)

2015/01/23 (金) ~ 2015/01/25 (日)公演終了

満足度★★★

異世界のような日本の民俗
どこか柳田國男氏の学説を読んだような錯覚。
劇中、太鼓の祭囃子が懐かしくもあり、場面的には追い立てられているような気にもなり。
その場に居合わせた男。その出身の女、これからの夫婦。苦悩と葛藤と摩擦熱、もう少し話を詰めてくれれば良かった。女優さんたちが良かった。
約2時間。

ネタバレBOX

九州のとある山間部の町、そこに暮らして住む人々にとっては当然の行為「オコモリ」は古くから続く祭事慣習のようなもの。それを知った他所から来た者にとっては、その風習は因習にも受け止められる。それを受け入れるかどうかで、自分もその土地の人間になれるか試されているようで薄気味悪さを感じた。
多分、自分自身の知らないところでは似たような風習が今なお残っているのかもしれない。辺境の地でも不自由なく生活していたら郷に従い、受け入れているかも。
沙織が指摘する場面で、兄嫁や知人が悪意もなく、その土地の大人の男や女が思春期の男の子女の子を成人教育するという事を、ただ心境を吐露しているだけなのに生々しく想像してしまい、嫌悪感まではいかないがその2人の話にどこか納得しそうにもなった。こう言うと偏見と思われるのかな。

トンネルが開通して公式競技キャンプ地の誘致に成功しても、田舎の歴史経緯を知っている周辺自治体などの横槍も入りそうで、この町の行く末が楽観的になるとはあまり想像出来ない。地方文化と都市文化、経済の循環、男女の考えが色濃く出てた気持ち悪い人間ドラマだった。

すぐに賛同は出来かねるが、こういう世界もあるんだなと認識。ただこの舞台は自分には合いませんでした。
プルートゥ PLUTO

プルートゥ PLUTO

Bunkamura

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2015/01/09 (金) ~ 2015/02/01 (日)公演終了

満足度★★★★

外国人にも受け入られそうな劇画舞台
手塚作品のアトムはキャラクターとその背景は知っているが漫画やアニメ自体は見たことがない。
今作の浦沢・長崎版は途中まで既読。そんな事知らなくても興味深い内容でした。
ヒューマノイドの感情、負の連鎖、思考の尽きない仕上がりに谷さんの脚本の良さも感じたけど、ロボットは人間と同じ感情を持つことができるのか、の部分も下敷きにした漫画版プルートゥの舞台でした。
記憶の中で存在する生身の家族、人間と同じようにロボットも家族を持つということ。互いの言葉とその時の思いが切なく、すぐには明確な答えは見つからなかったけど、いろんな見方が出来たいい舞台でした。
場面の切り替えも多いのに、多様な展開と役割を演じた役者さん達も良かったです。面白かった。

舞台前方席潰し、その辺りの席からだと映像はやや見づらいかも。また舞台端でやりとりする箇所もあり、なるべく正面席から見た方が印象も違ってくるかもしれない。
舞台映像をあれだけ効果的に見せられたら、次の舞台効果?操作?は何があるんだろう。3D‥の必要はないか。紅白のパフュームの時に見たドローン?だっけ、それぐらいしか思い浮かばない。今後どこかの舞台で出てくるかな。

ネタバレBOX

開演前には通常の案内に加え、internationalバージョンも。
劇中、ロボット操作は文楽を彷彿したり、舞台上に漫画同様のコマ割りや無機質な形の板多様で重要な役割を持っていたり、映し出されるマッピングの凄さ、マンガでしか表現できないと思っていた光の表わし方など、見ているうちにどこか逆輸入された外国人が接するオリエンタルジャパニーズコミックのアートワーク舞台を見ているような感覚に。
使用済みとなったロボット達が舞台正面を覆い尽くすロボット墓場も象徴的だったが、漫画上の表現である飛ぶアトム、PLUTOとの戦い、爆発爆風の視覚効果など面白かった。
完璧な人工知能を持つロボットは誠実、悪意感情は待たず、悲しい思いも持たず、咽び泣くこともせず、不要な記録は削除し必要な記憶だけ覚える。バグったら修理可能で生きて行く。一方で嘘をついたり、都合の悪いことは忘れたり間違えたり、場合によっては傷つけたり。泣いて反省して楽になり成長していく喜怒哀楽が出来るのが生身の人間の特権なんだが、混沌とした今の世界の中では国家間で生じる憎しみや復讐の連鎖が先走り、それが全世界共通のワードになってしまったような。
人間が出来ないことを科学の子(元は20世紀仕様の21世紀型版ロボだけど)、ロボットに託して永遠の課題を突きつけられた印象で終わり、切ないやら難しいやら気持ちがやや複雑になってしまったけど。

ウランからヘレナの2役交互に演じた永作さんの年齢不詳の透明感といい、ゲジヒト寺脇さんの硬質な実直さとか。未来君の身体表現能力がさらにしなやかでより進化していた、まだ少年役ができるとは。
2人の息子を失う事になった天馬博士の言葉にはしない悲しみや、感情がありそうでないプラウ〜の声の柄本さんの上手さ。無感情ぽいアブラー松重さんが合っていたし、吉見さんがまんまお茶の水博士なのにルーズベルトの声も演っていたとは驚き。
可愛い顔した恐ろしいクマー!も名演でした。
朗読劇『リア王』

朗読劇『リア王』

劇団AUN

浅草アミューズミュージアム6階イベントホール(東京都)

2015/01/13 (火) ~ 2015/01/13 (火)公演終了

満足度★★★

13時の回、観劇
個人的、今年初観劇作。
劇団として初の試みの朗読劇、1日限定3回公演、その初回を観劇。
シェイクスピア作、坪内逍遙訳の和風味あるリア王。
なので言動がやや新劇風味だけどオッペケペー節でもなく、また既に把握している内容なのに三味線や尺八、太鼓の挿入、和蝋燭効果なども手伝い、却って新鮮に聞こえる殿様キングスandクイーンな話だった。
面白い見せ方でした。
初回、休憩込みで約100分。

ネタバレBOX

「アミューズ」と名称がついている通り、某大手芸能事務所の管理するギャラリー兼務のビルのホールにて行われた公演。
舞台上には2列に並んだ椅子が整然と並び、下手側に三味線と尺八奏者、上手側に王様用の椅子。和蝋燭が一対と効果音仕様の拍子木。
舞台からそのまま続く客席は畳座敷の座布団席、後方とサイドに椅子席。
100余席ほどで一杯になる劇場空間の使い勝手については、梁があって一部見ずらい構造と多少の距離感もあり、また暗転時ブラインドカーテンから完全には遮断されない日差し漏れの弊害も見受けられたが、昼間の時間帯の観劇だった為、夜間だったらあまり気にならなかったかもしれない。
ただ、演者のよく通る声と迫力は十分堪能。

脇花道から楽器奏者、和服姿の俳優が一列に登場、最後に大塚さんのリア王が堂々の入場後、朗読開始。舞台上に総勢17名の俳優の圧は凄かった。台詞を述べるときはそれぞれが立ち上がって朗読。
前田恭明さんは道化役らしく、時々動きを出してラップのような言い回し方だったり、3人の王女の思惑と老後王の接し方。リア王の大塚さんは見た目からしてもうリア王。孤高の判断、裏切りと老いの末路、悲哀とともに起伏に富んだ言い回し方で聞きやすかったし、身から出た錆な行為とはいえ最後には同情したくなったりして。
王女は振袖ではない、わかりやすい。でももっと和装衣装に遊びココロがあっても良かったかも。

芝居として上演するなら時間的にもっと長くなりそうなものだけど、90分強の物語にした翻訳がその当時のものなのか不明、ト書きも端折っててもわかりやすかった。転換時に燭台の灯を調整し暗転効果の演出だったけど、ステージ上の人数との兼ね合いからかあまり効果的には見えなかった。言葉使いが貴族的でもあるし京言葉ぽくも聞こえたり色々想像は膨らんだけど、舞台を観れば雰囲気的に殿様!江戸城!武士(もののふ)!って印象が強かった。
現代の言葉から想像する台詞の重さのようなものは言い廻し方によっては、非常に軽く聞こえた箇所もあったけど、根幹はちゃんとされている役者さんばかりで、試みとしては面白い公演だった。
キレイ

キレイ

Bunkamura

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2014/12/05 (金) ~ 2014/12/30 (火)公演終了

満足度★★★★★

観劇納め
初演も再演も見ているし、出演している大人計画のメンバーも(当然自分もだが)それなりに歳をとった。なので今回はスルーしようと思っていたのだが、最近の松尾さんのエッセイや舞台を見ていると、この頃(2000年前後の松尾チルドレンとか例えられてた時期)書いていたような作風を見られるのは今後は減少していくかもしれないと思い、チケット完売後ではあったが、追加販売の立ち見席から観劇。
オープニングテーマのイントロが聞こえたら、よくわからない感慨が溢れ、なぜか感涙しそうになった。観劇するだけの客なのに。こんなん書いてるだけで赤面じゃ。

公演時間が休憩含め3時間半近く。
休憩時間のロビー混雑を見たら、さすがに初演時のようにロビーで幕間ネタ披露みたいなことは出来ない。だが、舞台上での大人計画の役者陣が大きい劇場でも小劇場感を醸し出していることは見てて嬉しかったりして。
14年も経てば、差別心や犠牲心にかなりの変化は生じ、暗部と思われていた事件内容もいつの間にかありふれた感覚に浸透してしまった現在。今後もこの作品が上演されるかはわからないが、世代を超えても小劇場界の古典作になりそうな舞台に確変しそうな作品だと思った。
頑張って見に行ってよかったです。

ネタバレBOX

少女の過去と現在と未来を行き来する話の展開は全く変わっていない。
14年前に見た時、荒唐無稽だけど少女を取り巻く事件のうすら寒さに現実感でカオスな印象があった。歌やダンス、キャストそれぞれの勢いがはまって、とても面白かった印象。
ライブ会場などでアーティストの演出に映像を使うのには馴染みがあった。今では一般的な舞台演出での映像仕様も、それまではごく一部の舞台でしか見ない方法だったと思うが、今では技術も進歩してるし、浸透し見慣れてしまった演出法になっているけど、この頃あたりから、この公演に限らずだが、映像モニターを多用した演出が出始めた様な気がする。
直前にいろいろあった再演もそれなりに魅力が発揮されていた舞台だったと思う。
3度目となる今回、時事ネタや音楽の変化はあったものの、初演時同様の見る新鮮さ、バンドサウンドからオーケストラサウンド対応に変わった厚みが加わり、より一層楽しめた。
ダンスシーンもNo more 映画泥棒の人なみに腕と体がよく動くこと、これまでとは違うダンスの美しさだった。

ケガレとハリコナとカスミお嬢様が並ぶと、背丈が統一されてて同世代感もあってバランスいい。初回でこのハリコナやカスミお嬢様を見る人が羨ましい。
マジシャンは「陰」より「おっちょこちょい」感が見えて、もう少し怪しい部分が出てくれればよかったかなと。成人ハリコナは初演時配役の当て書き要素が強いのか、役者さんは悪くないんだけど演者の年齢的な違和感が見えて困った。
歴代ケガレ、それぞれ良かったんだが、今回の多部さんの持っている少女の持つ素直な全面性から、女性に変貌する、その交錯する部分がよく見え、歌や踊りの上手さもビシバシ伝わり非常に良かったです。
戦争未亡人の館で仕切る家納さんの迫力、しびれました。ほか、大人計画の面々は安定の面白さ、吐夢さんは変わってなかったけど。

地下から扉を押し上げようとするケガレ、地下の扉をこじ開けようとするミソギ。この場面は何度見ても胸が熱くなる。
ミソギとダイズ丸の信頼のような愛情シーンも同様。感無量。
『自作自演』<第10回> 立川談春× 前川知大

『自作自演』<第10回> 立川談春× 前川知大

東京芸術劇場

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2014/12/22 (月) ~ 2014/12/22 (月)公演終了

満足度★★★★★

違う土俵だけど相通じる組み合わせだった
リーディング順
前川知大さん「地下室の手記」の部分編成
立川談春さん「談春 古往今来」の一編
朗読65分、10分休憩後、2人だけで45分程度のトーク
客席も特に男性の年齢層高かったような印象。

後半は2人による(主に談春師匠が舵取りしているような)トーク。
カシスウーロン、競走馬、落語界に残る蜷川幸雄伝説や談春さんと談志師匠、気難しくも隙のない会話に感心する事ばかり。
こちらも興味深い話ばかりで面白かった。

トーク部分、口述筆記のため、一部発言省略あり。(12/26up)

ネタバレBOX

登場時、劇場スタッフによる紹介。
マイク持って2人登場。飄々とした談春師匠とは違い、普段以上の注目もあり、かなり緊張している前川さん曰く「蜷川さんの現場で稽古前の「作家読み」の本読みした時みたい。あの時は出演者やスタッフ含めて60〜70人近くいる前で喋ったので拷問のような2時間半だった、(今は)それに近い(状況)。
談春師匠も「普段はマイク持って(喋って)ないし。(前川さんの)今日読むの原作ドフトエフスキーって!自分の書いたやつでしょ〜〜、俺のなんか「古?往?何て書いてるかすぐには読めないし」「高田文夫が書けって言ったから書いた」とかなんとか自虐発言連発、と余裕の構えで談春調に場を和ませる。
セットも何もないむき出しのステージにはテーブルと椅子、アコースティックライブで演奏するときによく見るようなマイクスタンドがあるのみ。読みが始まると読み手のみ照明あてられる、そんなステージでリーディング。

緊張の面持ちだった前川さんだったが、簡単な内容説明(現代の日本の男の話、ネット動画、簡単なあらすじ等)から、「え〜と」と自然な流れで朗読し始めるスムーズな導入から(水飲むペースも多かったけど)話に聞き入ってしまった。状況説明の部分も客席に向けて発言してたが、あの表情には演出家としての習性が垣間見えたりして。この続きは次回公演で。

スーツ姿の談春師匠、マイク持って前川さんと入れ替わり。冒頭から喋りが本業故からくるものなのか、しばし歓談の様相だったのにまるで羽織を脱ぐかのように自然に椅子に座り、「赤めだか」の続編ともいえる今回の話を高田文夫氏とのつながりと解説絡め朗読。(「赤めだか」か「古往今来」どちらか忘れたが、その作品を書いた時期は、自分の境遇が「不遇で怒っていた時期」だったそう。)飲み屋で噺家の若い男と同席した男、ジェネレーションギャップから来る小話。音読しながら客席に目を配るのが様になってて、朗読中なのにとっさのアドリブにも即対応、笑わせ感心させ、まるで高座の噺を聴いているみたいだった。
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休憩後、一人掛けソファに座り、手持ちマイクでアフタートーク実施。
上手に前川さん、下手に談春さん。立川ボーイズでは(自分の並ぶ)立ち位置が違うので(この配置は)喋りづらいな。とのこと。
*談春さん、口が滑らかすぎてどこまでが本当でどこまでがネタなのかわからない部分もあるけど、人前に出て喋ってる落語家のトークということを前提に読んでください。

今回の読み合わせについて
談/落語にも江戸言葉とか使うので台本ある、昔、志ん朝師匠や談志師匠の前で師匠読みをやった。今日の話は弟子に聞かせりゃ良かったな。
前/この前(シアターコクーンの「太陽2068」)舞台稽古前の顔合わせで、演出の蜷川さんや出演者、関係者の前で2時間半、脚本家読みというのをやって酸欠になりそうだった。「半分いじめだね」完全いじめです。「蜷川さんは何してんの?」→読んでる横で「ウンウン」と聞いてるだけでした。台本にいろいろ書き込んでいたけど。

落語界の蜷川さん伝説
・昔、まだ蜷川さんが灰皿投げてた時期、杉良太郎さんのドラマ出演していた古今亭志ん駒って人、揉み手しすぎで指紋無くなったっていう人がいるんだけど、あの人、蜷川さんと同級生でその縁で舞台「近松心中物語」(タイトル失念、多分この作品だと思う)に出演した。時代劇だからって着物着て蜷川さんやってたけど、休憩時間には志ん駒が何かと「幸ちゃん幸ちゃん」「駄目だよ幸ちゃん、大事な役者さんに(物投げちゃ)〜」って話しかけるんだって。(演出家なのに)それがあまりにも恥ずかしくって「俺にも立場ってもんがあるし、お願いだからみんなの前で幸ちゃん(呼び)はやめて」って裏でお願いされちゃった、というのが落語界に残る蜷川幸雄伝説。

前川さんと談春さんの繋がり
・昨年1月、談春さんが鈴木おさむ作演の舞台「The Name」に出演し、そこでイキウメの大窪人衛さんと共演した。そこで知り合ったらしい。一番若手でランドセルが似合いそうだけど、自分も舞台の演技は初めてで、あの時は一番若い彼に救われた。(鈴木氏は演技指導をしないタイプで様子見する方らしい。それでかなり悩んだようで)自分は屈折した自意識持っているから毎日どーすればいいんだと悩んだ。出来ることなら公演丸ごと買い取ってなかったことにしたいくらい追い込まれたらしい。それを見ていた大窪さんが「うちの前川は違います。ちゃんと教えてあげたいです。」等々、彼流のアドバイスを送っていたらしく、最終的には「お願いだから芝居を嫌いにならないでほしい」と言われ、人衛に救われたと。それらがあって舞台期間中、世話になっているし、毎回タクシー手配して乗せて帰らせたら、なぜか困惑した表情を浮かべる。理由は車に酔うから。却って迷惑だったらしいと自らオチを振る師匠。
・その時の舞台共演者の方と休憩中の雑談で、前座が前座に教えてる、という話。その時の舞台とそれに絡めた内容から、なにも言わなくても「出来る人もいる。出来るから聞かない。出来ちゃうから。でも出来ちゃうから(それ以上の進展が望めないから却って)かわいそうだなーと。求めてくると客の目が上がってくるのに。」との感想。
・いつも書けるものなの?→だいたい3つ(くらい考えてる?)。本当はゼロだけど、と言ってしまうけど。
・今日の朗読の内容は2人とも「怒り」だね。

トークについて
談/今回前川さんが出るっているから来たんだよ。凄そうだなーと思って。
前/トーク自体もあまりやらない。この前(「新しい祝日」公演中)にイキウメメンバー全員集合のアフタートークみたいなお話会をやった。意外と楽だった。それまで(イキウメでトーク)やったことないから(やるまで)カチカチだったけど、(話を振る立場だったので)僕、楽だった。
談/(役者は)役を与えないと。ずるい。他の人格になるし。痩せたり毛抜いたり歯抜いたり。

談/深夜、落語家や役者や集る某所に有名店があるそうで、そこで飲んでいたら「演劇なんて儲かるはずないのになんでやってる」落語界似たような状態で「知っているのになぜ聞く」と話が極論まで行ってしまい、役者と落語家が喧嘩ふっかけられたりして。あそこは凄い店だよねー。(みたいな感じ)
・(舞台)儲かんないのに、いい加減飽きない?→表現は昔よりも落ちているのがある。社会に物申すわけではない。単純に言ったら面白くないかなー、大勢の人に言っているわけではない。溜まっていたものを出しただけ。

現在の仕事に就くキッカケ
前/(始めて)5〜6年くらい動員出来てないけど。(客の)1/2は友達、(それが動員できるようになって)お客来る時には自分の考えもかわって(今度は)続けられるかと疑問になってた。
談/落語家になったのは普通に働けないからやっているだけ。競艇選手になれなくて落語家になった。

前/高校は中退した。単純に面白くなかったら。実家は新潟、父親は庭師職人。(自分も)サラリーマンにはならないだろうしそんな環境でもなかった。冬場、出稼ぎ行っている人もいたが(父は)親方なんで家にいた。仕事しようにも雪深いところなので、1〜3月は基本やることないから暇。家にずーといて酒飲んでる。冬の間、父は映画を見るのが好きだったので、その影響で自分も映画見てた。勉強して大学行くとは思わなかった。独学で(映画の脚本?)書いてたら、ある時、兄から大学に行けと言われ、そこで入りなおした。その時もなんとなく、という感じだった。
・劇団の長(オサ)でしょ、弟子より大変だよね→それなりに大変(と同意)

イキウメの「獣の柱」を見て
・見たら全員シャブ中みたいな感じなんだよ!劇団員がみんなシャブ中の動きなんだよ、いつもこんなことやっているの?って聞いたら「は?」って顔された。それを日常的にやってるんだよ。いや凄いよ。凄いことをやっているのにそれを凄いことだと気づかずやっている劇団が凄い。難しい。感動した。考えた。あの後、三茶(トラム前)のタバコ吸うところで難しい顔して(感想を)喋りまくっている男たちがいて「めんどくせ」と思ったら安井さんと人衛だった。ここでも人衛つながり。

今後
談/50になると一つのことに打ち込みたくなる。それまでは自由に。(だんだん)落語好きになってきた。考えたら(これまでは)なめてたのかなー。終わった後の(客の)顔見て嘘の落語は出来ない。(客の)本当の素の笑顔を見て「ああ、これでいいんだ」と思えるようになった。それ分かったら中村(勘三郎丈の両手合わせの姿)屋みたいに、手を合わせたくなっちゃう。(気づけば)自分も近頃そうなってた。好感度上がっちゃうね。談志死んだ後、真面目にやってる。褒めてくれる人いないのに。やっぱ好きなのかな。…ね、こういう事言うとあとでいいように上書きされるんですよー。こんなこと言った時には脳が萎縮してるんですよー。
・なんか質問ありますか、なんなら私がマイク持って行きましょうか。といい雰囲気を自らぶち壊す談春師匠。ここからQ&Aへ。

Q&A
1)イキウメという劇団名、かなり変わった名前で驚いたが、なぜこの名前に?
前/勢いでつけた。生きたまま死んで世界を覗いてみようというのがコンセプトで。
談/「イキウメ」なんて普通はつけないわな。アングラだと思われる。「イキウメ」だったら「火炙り」「どざえもん」でもいいんじゃねぇか。

2)イキウメの上演舞台はほとんど観劇した女性。今夏シアターコクーンで上演された蜷川演出の太陽2068の舞台内容には落胆。自分の作品が他の人に演出される時、不安などはない?
前/ない。落語の噺のように、噺家によって違ってくるし、いろんな人にやってもらう方が面白いと思う質(タチ)なので。蜷川さんは個性強いから(作品の変化が)わかっていたから(変化を)むしろ楽しんだ。

3)客と自分が一体化するような、または自分の考えと客席の反応の違いを感じることはある?
談/落語30年やって2回あった。やりすぎないように。今の落語は演劇に近づいている。今の俺のやっていることは落語じゃない。きっと「らしい」ことをやっている。その通りやっててもそれは落語じゃない。この前、横浜(にぎわい座?)でやった時は何やっても「わー」ってウケてた。自分でもやりすぎ。リミッターを外してたというか。お客さんにやらされ「やった」感じだった。あの後疲れた。(あの感じは)何だったんろうねー。あ、終わっちゃった、と思った。
前/作品的に笑いをとる作りではないし。笑いの反応が大きい時もある。演目によっては(笑うような場面が)全くない時もある。不要と思う。ただ、終わった後の拍手の反応で一体感を感じる事はある。綺麗にハマる(瞬間)ことが嬉しい。お客さんの中で座って見るのが苦痛。隣の反応が気になる、初日だけは反応見るために座って見るけど、他は裏で反応見ている。
談/やっているとね、誰が喋っているだろう、と思う時がある。なんというか、一人トリップ?こんな感じで(ここで握りこぶしを目の前に差し出し「これ観客」拳を頭上に移動し「これ神様」)…イタコ…?みたいな関係…?20〜30ステージやっていると俳優が精密に動くと儀式化してくる。その感覚。「儀」が抜ける瞬間がみえて、それが何に捧げているんだろうと思う。祝詞(ノリト)になればいいけど。ダンドリ(?)になってしまわなければいいけど。
・終了後の観客の表情は嘘をつかない、で意見一致。

4)劇場や客、大きくなると伝わりづらくなるのでは。その違和感はある?
前/イースト(の規模なら)はわかるがコクーンでは全身動かないと〜という変化はあるかもしれないが、そのまんま。書いている分では演劇のお客さんがついてきてるから。ただ(3月のスーパー)歌舞伎の時は、とにかくわかりやすく書いた。(これまでとは違う客層なので)歌舞伎関係のスタッフから「このセリフ伝わりません」「おじいさんおばあさん達ここまでやらないとわかりません」と毎回指摘されたので。セリフで「寝ます!」に至るまで3行あるとしたら、それを10行に(わかるように)書き直してた。ここまでやらないとわからないかと思って書いた。
談/感情に流されず。(立川)志の輔なんて「個人芸なのにチームリーダーにならないといけない」と言って頑張ってるふりしてるけど、それだけの技?努力してるし。パルコの客席から1000人近い客前に、同じ演目なのに聞かせる。ま、人のことはいいか。

ここで時間となり「そろそろ時間ですか。このまま残って、私たち2人がコントやってもしょうがないんで、帰ってくれませんか。」
という談春師匠の締め言葉でトーク終了。
前川さん、時間たってからはスラスラ会話していたから、今後も人前に出て作品トークしてほしい。
談春師匠は場慣れもあるけど、最後の振る舞いまで皮肉交じりの軽妙洒脱、さすがでやんした。
ドアを開ければいつも

ドアを開ければいつも

演劇ユニット「みそじん」

atelier.TORIYOU(東京都)

2014/12/20 (土) ~ 2014/12/27 (土)公演終了

満足度★★★★★

実家に帰省したら体験しそうな出来事
8畳間程の和室がメインの舞台。母の七回忌の為、実家に集合した姉妹達。親しい間だから言える事、そうでない事。事情はあるにせよ共通した思い出を語りあえるのはとても意義ある事、女が複数集まればなぜか2対2になったり2対1に片寄ってしまう状況など、4者4様の人生も見えた少し昔の純和風若草物語だった。約80分。

築地の料理屋の2階、奥座敷が会場。入る前には靴脱ぎ。座椅子席から椅子席設置、満席になっても30席位?席によっては役者が見切れる場合もあるけど、親戚ん家の家族の話みたいで、身内感覚で聞いているうちにあまり踏み込んで聞いてはいけないけど、いつの間にか缶ビール飲みながらコタツに入って成り行きを見守る立場的な感じで見入ってしまった。

ネタバレBOX

台詞に「国電」、ラジオや口ずさむ歌が今では懐メロヒット曲、四女の髪型が聖子ちゃんカットだったり、長女は(多分)花椿がトレードマークの基礎化粧品を使っていたり、さすがに白物家電(ドライヤーやポット、ワット数の電灯等々)は、その当時の物は使っていないと思うが、年代的にちょっと昔のごく一般的なホームドラマ系のお話だったが、根底にはたくさんの愛情が詰まっていた。

長女、34歳だけど、喋る時、手をぶらつかせる仕草がすでにおばちゃんだ、パックの仕方も自分の母を思い出してしまったw 自分も気をつけよう。
次女、この姉妹の中にいると自ずとそういう性格になるわなー、女友達を作んなよ、あとお風呂早く入って。
三女、芸術家夫婦の生計ってどうやっているのか知りたいw、あの人ならサブカル系話題含め、色々話してくれそうな人みたいだった。
四女、自分も末っ子なので、末っ子の悩み方は理解出来た。
登場人物はこの4人のみ。それぞれ独特の個性が出てて、あー、いるいるこんな人(女)と思って見てしまった。自分の家にもオルガンがあって弾いていたのでその音色が聴こえたのも懐かしく嬉しかった。
見に行って良かったです。
「海のホタル」

「海のホタル」

オフィスコットーネ

小劇場B1(東京都)

2014/12/17 (水) ~ 2014/12/23 (火)公演終了

満足度★★★★

「山の声〜ある登山者の追想〜」観劇
自己都合により両方は見られないため、当日券で「山の声」を観劇。
両作品共、大竹野氏の作品。2009年に急逝されたため「山の声」が最後の戯曲作とのこと。
大竹野さんの舞台作は初見。また初めて訪れた劇場でもあったが、既存の小劇場みたいな空間だった。

昭和の初め、大晦日から元旦にかけ2人の登山者が雪山で遭遇した出来事。淡々とした会話がしばらく続くものの、終盤にかけて心理の追い込み方がチョコケー日澤さんらしいと思ったし、途中これってチョコケーの公演か?とも思えた。雪山に見立てた舞台セットを、V(L?)字型に挟むように配置した座席構造。登山ザック背負ってピッケル持って歩くだけなのに足掻く姿は雪山で彷徨う姿そのもの。モノクロみたいな舞台で2人しか出てないのになんであんなに濃いいんだ。
面白かった。約65分。

終演後、「海のホタル」の構成・演出のシライケイタ氏と「山の声」の構成・演出の日澤雄介氏とプロデューサーの綿貫凛さんによる約20分程度のアフタートークあり。ネタバレ部分に読みづらい覚書。

ネタバレBOX

妻と生まれたばかりの女児を自宅に残し、登山者2の浅井と真冬の槍ヶ岳に登頂した登山者1の加藤。天候の悪化のため雪山で待機した一夜の話。加藤と浅井はそれぞれ会話はしているが目線を合わすことはなく、ただ時間が過ぎるのを待っている。今回の登頂で凍傷を負った加藤、しばらく身動き取れず2人で話すうちに自分たちの登山家として境遇や下山に思いを馳せる。山の天気は変わりやすい。夜明けが近づき一瞬の天候好転。その隙を好機とし、最後の気力を振り絞り山頂を目指す、遭難した加藤と浅井の結末。
山小屋、雪山、遭難、幻覚、走馬灯。寝たら死ぬ。それでも山が好き。という言葉が常に付きまとう観劇でした。見ごたえありました。

日澤さんを挟んで、右にシライさん、左に綿貫さん。椅子に座ってトーク。以下、覚書。部分省略あり。

綿貫)大竹野さんの作品扱うのはこれで4回目。今回、シライさんは「海のホタル」のみ関わっているが、「山の声」は以前、演出と役者で何度か上演したことがあり、毎回登山者1をやっている。相手役の登山者2の役者は入れ替わり。これまでの上演はカフェとかでやった。今回のような劇場は初めて。劇場ver.としてチョコレートケーキオリジナルキャストで上演した。
日澤)今回のような、同時に上演してやるのは難しかった。
シライ)客観的に見られなかった。自分が上演した時は淡々とやった。本の読み方の違いなのか、同じトーン、時間(使い方?)でも違う。
日澤)登山者2が死んでいるが「始めから(死んでいること)バラすのか」と綿貫さんに言われ、モノローグをどうしようかと悩んだ。登山者1の言葉を登山者2が言うのは2人が1人の言葉という方が面白いか、登山者1の頭の中で処理しようかと。目を合わせずらいようにした。最後のシーンが肝(キモ)だから、残したかった。なので派手に動いた。今日は特に役者が淡々とやっていた。
シライ)(舞台を初めて客席から) 見て心の振幅が大きい本だなーと、思った。こんなになっているとは(思わなかった)
日澤)内的に出さないで見せる。立っているだけで絵になる。
綿貫)シライver.ではモノローグを朗読。カフェの上演を踏まえて、椅子に座って意図的にやっていた。
シライ)(カフェの舞台に当たるところが)真っ平らなところ。(床に)座ると見えないので。単純にそれだけ。今回の登山者1も座っていたが立ち上がったらどうするか?
日澤)岡本さん(登山者1)立ち上がらせると違う、動かせ方が違ってくる。
シライ)幻想、幻、周りを動くのは基本なんだろうな。
日澤)2人の適性を、武器というか考えた。原作は関西弁、シライさんが東京弁に変えた。基(もと)台本はテンポ良い。
綿貫)(台本の関西弁)「海〜」の方もそう。(「山」) 1回目(の上演時)、登山者2だけ関西弁だった。それも違和感なかった。
シライ)それで良かったが回を重ねたらネイティブじゃなくなってたから。
綿貫)もともと戯曲の上演時間は1時間40分くらい。カフェでは1時間くらいにカットした。登山の様子をカットして上演した。今回はその時のシライさんの構成台本に手を加えた。
シライ)(台詞で)「僕はそう痛くない」ここは元の台詞そのまま、甘納豆とか自分が(演出もやってて)覚えらないからカットした。基の台本はクライマックスが倍の台詞だし。全般1時間40分でやるとしたらどうする?
日澤)お客さんが(話に)耐えられないので考える。これをやるなら考えないと。座りっぱなしは加藤(登山者1の役名)だけだし。
シライ)(大竹野さんが過去に上演した)ビデオ見たら横並びに座って絵が長かった。大竹野さんの奥様は毎日見ている。昨日、どっちかというと(日澤さん演出の方が)大竹野さんがやっているような感じ、と言われた。シライさんは全然違う、新しい発見と言われた。日澤さんの方で出演も考えたが、「海」の演出やって、こっちで役もやってムリ。(もしやったら)台詞覚えながら代役立てて演出することになる。(「山」は)椅子に座らないと出来ない。でも台詞は全部覚えているから、(今回の登山者1の)岡本さんに何かあったら動きは別にして立ってるだけならやってもいいです。

(大竹野さんのこの戯曲は)演劇の原点みたいな作品台本。オリジナル原作のクライマックスでは、堺正章の「街の明かり」を流していたらしい。シライさんも当初は同じように考えたらしいが、ト書きでは歌い終わって最後のセリフを喋る、というパターンなのでやってみたが「俺にはムリだった」ということで変更した。もともと(エンディング等)劇中に歌謡曲を常に入れる方らしい。

時間が来て終了。
太陽の棘 彼はなぜ彼女を残して旅立ったのだろう

太陽の棘 彼はなぜ彼女を残して旅立ったのだろう

演劇集団キャラメルボックス

サンシャイン劇場(東京都)

2014/12/10 (水) ~ 2014/12/24 (水)公演終了

満足度★★★

苦味を中和したキャラメル風味作品。
ほさかさんのダークな寓話的話が、キャラメルボックスの持ち味でもある「他者を想う気持ち」と「困難を脱した先に起こるもの」が上手く調和された心の旅でありタイトルに偽りなしの、残された人々の再生物語だった。
宮沢賢治の未発表童話「ペンネンノルデの伝記」も絡めて話も進むが、賢治の一連の発表作品のような、現実と幻想の世界観が垣間見られたりするも評伝記ではない独立した作品。日々衰え、失いそうになる「良心」を思い出させるような舞台だった。
約1時間50分。

ネタバレBOX

不慮の事故によりこの世を去った恭一の心理を、残された恋人と恭一の弟や従姉妹たちが恭一の残した手紙とともに、手がかりを求め岩手に行くことになる。
最愛な人を失い傷心した残された人々も、そこに到達するまで、もがいて悩んで苦しんで、を丁寧に現していた。
鍛冶本さん、多田さん、岡内さん、3人が主役のようでもあり、場面ごとの複雑な喜怒哀楽の心境の変化に引き込まれた。左東さんの存在に和み、久松さんの袖フリル衣装姿は可愛かった。できればその姿を写真に撮ってみたかったりして。

この劇団の公演は数回しか見ていないが、舞台設定が現代の場合、悩める(男、又は女の)若人、情に厚くやや騒々しい友人隣人、知己ありげな大人と、役割と設定が似ているように思えるのは、たまたま自分が見た舞台がそのような内容だったのかな。
前方席からの観劇だったが、挿入曲の場面では音響がうるさく聞こえるのは毎回どうにかしてほしいと思うのだが。

他の観劇感想にも書いたことがあるが、子供の頃に東北言葉を初めて接した時のイマジネーションについていけなかったこともあり、個人的に宮沢賢治作品は苦手意識がある。
更に近年は突発事象により演劇公演緊急事態になるとかなりの頻度で上演される、もしくは、されやすい作家という印象になってしまった。
今回も宮沢賢治絡みということを目にし、多少の懸念はあったものの、作品自体はよかったのでその不安は薄らいだ。
ロンドン版 ショーシャンクの空に

ロンドン版 ショーシャンクの空に

東宝

シアタークリエ(東京都)

2014/12/11 (木) ~ 2014/12/29 (月)公演終了

満足度★★★★

程よい緊張感
昨年の喜安・河原版がエンタメ映画要素なら、今回の小川・白井版は女っ気を排除した渋めの翻訳劇ぽい感じに見えた。
本筋の、シリアスさの中の希望の表し方の匙加減がちょうどいい塩梅というか、同じ題材なのに別物の舞台だったが好みとしては今作の方が好き。
背景の使い方が白井さんだーと思った。
アンディは冒頭から体張ってる場面もあったがそこから知性発揮した落ち着きぶりと、レッド目線の語りが印象に残った。
囚人さんチームの小ネタも面白い。
休憩20分ありの約2時間50分。

ネタバレBOX

とても渋くて素敵だったけど、仮釈放後のレッドの姿が洋風寅さんに見えてしまったw すいません。
夕空はれて ~よくかきくうきゃく~

夕空はれて ~よくかきくうきゃく~

こどもの城劇場事業本部

青山円形劇場(東京都)

2014/12/01 (月) ~ 2014/12/14 (日)公演終了

満足度★★★★★

さよなら観劇
個人的にこの劇場で観劇するのは、この作品が最後になってしまった。本当に寂しい限り。

噛んだのは、xxxxか、xxか、はたまたxxなのか。
ぐるぐる回るステージと一緒に考える主語と接続詞の奥深さ。ズレから生じる迷路のような扇動や誤解と結末。男1の悩む姿に、これってごくごく普通の日本人の姿を投影しているかのような安定の不条理悲喜劇、決して命を軽んじているわけではないけど、何時もに増して魅力的な良い舞台でした。

ケラさんにしては割と早い約90分(休憩15分込み)

海をゆく者

海をゆく者

パルコ・プロデュース

PARCO劇場(東京都)

2014/12/08 (月) ~ 2014/12/28 (日)公演終了

満足度★★★★

God bless you!
5年ぶり、呑んだくれオジ様達の芸達者ぶりを堪能。
初演と比べ、ロビーに溢れる花の量や客席の反応の大きさ、その当時は他公演と抱き合わせ販売やリピーター販売やアフタートークもあったが、今回はそれらを開催しなくても劇場が埋まる公演になった事が感慨深かった。
その当時も凄い役者さんたちなのに、年輪を加えた盤石さがさらにパワーアップしたような舞台だった。

いい歳したおっさん達と素性もよくわからない訪問者が、目が不自由で暴れん坊な兄とそんな兄を面倒みている保守的な弟が暮らしている雑然とした部屋で、酒呑んで賭けポーカーして怒鳴りあったりしてたら、いつの間にか夜が明けている、だめんずオジさん達と贅沢な気分で過ごす、一足早いクリスマス時間でした。面白かった。
カテコ3回。約3時間(休憩15分込み)


ネタバレBOX

アイルランドが舞台。その宗教観や世界観からか、「聖者」や「天使」「悪魔」「愚者」みたいなイメージが思い出されるような、神の恩恵に関する下地があっての話のような気がする。

ただ荒れてるだけじゃない孤独を感じさせることを吐露するリチャード。
前にいても後ろにいても、どこかしら細かい動きをしてるアイヴァン。
男でも女でも人間恋愛中毒なニッキー、腕のカタカナ名前はどうにかなんなかったのw?
シャーキーとロックハート、2人の場面では色々と想像が膨らんで緊張とともに集中して見入ってしまった。

初演同様どなたも好演なのだが、ニッキーだけは見た目か発声の仕方からか、なんか違和感ある場面が多く感じた。役者さんは好きなんですけど‥。
First Contact

First Contact

ハム・トンクス

シアター711(東京都)

2014/12/04 (木) ~ 2014/12/14 (日)公演終了

満足度★★★★★

面白かった
プライベートでビジネスな会話も、間合いの応酬が次第にコント会話に変化していく。内容は常に他愛なく緩い会話だが。
70年代ヒット歌謡、妥協は許さないレディース文化の継承、茨城の郷土愛が溢れた面白舞台だった。楽しかった。
東京コンバットみたいな舞台も好きだけど、今作も面白かった。
約2時間。

鼬 いたち

鼬 いたち

シス・カンパニー

世田谷パブリックシアター(東京都)

2014/12/01 (月) ~ 2014/12/28 (日)公演終了

満足度★★

後頭部越しの観劇
1階前方席の段差のない座席からの観劇。
今回のような奥行きがあり倉庫のような蔵みたいな高さ、木造セットに上がり框みたいな段差はなく、舞台とほぼ平行の見せ方。
草履または裸足、正坐やあぐらかいての場面も多く、その際、前方の観客の後頭部で舞台が遮られる為ほとんど舞台が見えなくなり、体をずらしながら見てもあまり変化なく、結局、役者の演技が見えないことが多く、主に声だけ聞いてた舞台観劇、まるでラジオドラマ聞いているみたいだった。
もう少し舞台効果に工夫をしていただきたかった。

隙間から見えた白石さんと鈴木さんの迫力は凄かった。

星ノ数ホド

星ノ数ホド

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2014/12/03 (水) ~ 2014/12/21 (日)公演終了

満足度★★★

2日目観劇
樹が成長するように、この登場人物たちの人生もある時期から枝分かれの示唆が幾度となく出てきて、演者はたった2人なのに星の数同様幾つもの人生を描く。
静寂まではいかないが、静かな間のような時間も見られ、手話で会話する場面まで漠然とした印象もあった。その(日本語の)手話で会話がある場面も話をちゃんと聞いていれば内容は理解出来る。
若い時の可能性は未知数、良いことばかりじゃないけど、希望に満ちているようなお話だった。
約90分。

ブエノスアイレス午前零時

ブエノスアイレス午前零時

パルコ・プロデュース

新国立劇場 中劇場(東京都)

2014/11/28 (金) ~ 2014/12/21 (日)公演終了

満足度★★★

原作未読
1998年の芥川賞受賞作だが、原作未読。
原作者については数年前までBSで放送されていた週刊ブックレビューの司会されてた藤沢さんだったのか、くらいの認識。
行定さん演出はパルコ劇場での初演「フール‥」は海外戯曲の所為もあり肌に合わずじまい。その後に「趣味の部屋」観劇、そちらは本の面白さもあってか楽しめた。行定演出は3作目の観劇になる。今回も初回同様、映像の演出ではなんとも思わないが舞台演出になると「?」が無数によぎり、時間経つのが長く感じられた。
原作が世に出て以来、舞台化をずっと熱望していたらしいとのことだが、話の展開や人物の雰囲気は惹かれるものはあったが、舞台としての空気感が簡素にも見え、舞台の正面席からの視線でしか見られないような印象を持った。チャプター編集しやすそうな流れというか。
最後のダンスシーンはとても美しく見ごたえもあり余韻もあったのだが‥話の規模から劇場が大きすぎるような違和感もあったり。
役者さんは良かったんですがね。
(12/6一部加筆修正)

ネタバレBOX

タイトルと同様のタンゴの曲があるそうだが、詳細についてはパンフにでも記載しているのだろうか。購入していないのでわからないが。そのイメージで見ていれば舞台の印象ももっと違っていたのかもしれない。

タイトルは洋風だが、新潟と福島の県境に位置する温泉ホテルと、ブエノスアイレスという多分幻想の2つの世界が舞台。そこをカザマの思考と現実が行ったり来たりする。
その土地の容易に他者を受け付けない閉塞感、都会で華々しい職に就き生きていたカザマがドロップアウトし故郷に戻り、存在を消すようにひっそりと生きようとするも、同僚たちに対して疎外感より隔離ある距離をとっているため、その人間性にも寒々しい印象が強調されているかのようだった。
「老嬢」と説明のあるミツコだが、演者の原田さんが老女にしては若く美しく見えた。彼女の断片した記憶から、そのイメージの世界に迷い込み付き合う事になるカザマ。
温泉ホテルの近くでは現金輸送車が襲撃される事件も起こったりしたが、そちらは当たり障りなく情景描写でスルー。兄弟の関連もあっけない幕切れに思えた。あらすじ説明の通り、2人の女性と1人の青年?が絡み合うラブストーリーと捉えればよかったのか?最終的にマリアは「私はあなたで救われた」と言って絶命し、カザマもこれからもここで生きていく、とした終わり方。
官能的ではあったがなんとなく男性が憧れそうな世界の話だな、と感じたり。どんな人にも存在理由はあるが、この舞台を深く理解するには私には読み込みが足りなかったんだろう。

それまで抑制された行動しか取っていなかった終盤の森田さんの演技での、華麗な足さばきやステップは舞台に映えて魅力的だった。やっぱスターだった。
年齢差ある千葉さんの兄だったが、長男、中間子、末っ子という多兄弟構成の間柄と見ていたので、この配役関係に違和感は持たず。相変わらずの渋さと腹に逸物抱えてそうな態度が似合う。
松永さんの表情豊かで華麗なダンス、「らー」の方言が似合う伊達さんや、まことさんの助平さ、じゅんさんの好人物から悪漢ぶりの変化の巧みさ等は見応えあった。
トロワグロ

トロワグロ

城山羊の会

ザ・スズナリ(東京都)

2014/11/29 (土) ~ 2014/12/09 (火)公演終了

満足度★★★

「片腕」を読みたくなる話
昨年の公演は都合により見られず。今回も時間的に難しかったがなんとか都合つき当日券で観劇へ。
広告業界にいる作家性を生かした山内さんと城山羊さん達が変態ワールドだったという事をすっかり忘れたw。
上流クラス家庭での酒席、夫婦と夫と妻とそれぞれの絶妙な会話のいたたまれなさ、男たちの境遇や行動に苦笑いして見ていた。
平岩さんと石橋さんのご婦人による中年期のエロが艶めかしいがそんなにいやらしくはなく、これまで見た中では、エロ毒気がやや薄かったような気もする。

ネタバレBOX

雅人さんのラストはもっとニヤニヤするような終わらせ方であってほしかった。
新しい祝日

新しい祝日

イキウメ

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2014/11/28 (金) ~ 2014/12/14 (日)公演終了

満足度★★★★

ハマると妙に癖になる話。
話の掴み所がよくわからず、冒頭からしばらくは頭上に盛大な「?」が浮かび上がるも、「?」の先端から見えてきた、集団と個人の関わりが現実社会と無縁とは思えない摩訶不思議な世界、というか。
これまでの世界観とは違う、話がギュッと詰まったような舞台だった。
最初のセリフ運びがハイバイみたいだなとも思ったが。
いつも通り、舞台の小道具や衣装もシンプルで綺麗。
あの動きは新しい体操として授業に導入すべきw
約100分。

「304」(さんまるよん)

「304」(さんまるよん)

ウォーキング・スタッフ

シアター711(東京都)

2014/11/22 (土) ~ 2014/11/30 (日)公演終了

満足度★★★★

初見
モダンスイマーズ番外編として書いた蓬莱さんの10年前の戯曲。初見。
タイトル通り、ワンルームが舞台。
あまり大きい声では言えない仕事を後ろめたさなくやっている様々な関係の若者達、リーダー位置の男から指示される仕事をしくじった事によりチンピラ的なトラブル発生。
不器用で脆い人物が集合しているが、あっけなく脆そうな関係の彼ら流の友情がどこかリアル。見ていてヒリヒリするような舞台だった。
これまでの舞台で目にしていた鈴木綜馬さんや金成均さんが意外な役割、というか表情が見られたのも面白かった。

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