かもめ~21世紀になり全面化しつつある中二病は何によって癒されるのか、あるいはついに癒しえないのか、に関する一考察~ 公演情報 かもめ~21世紀になり全面化しつつある中二病は何によって癒されるのか、あるいはついに癒しえないのか、に関する一考察~」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.4
1-20件 / 23件中
  • 満足度★★★★★

    A・Bを観較べて愉しさ倍増
    チェーホフによる原作を登場人物6人、ランタイム2時間に削ぎ落としての上演。
    ニーナ役の個性や「濡れ場」の違いを筆頭にオモムキがかなり異なり「愛と欲望の年長組」Bキャストと「ライトでコミカルな若手組」Aキャストを観較べると愉しさ倍増!

    ネタバレBOX

    先に観たBチームのニーナが強かで野心的な印象だったのに対してAチームは女優になることに純粋な憧れ・夢を抱いている感じ。なので第4場でその消息が語られた時に片や自業自得、片や哀れに思われたりも。
    また、アルカージナとトリゴーリンの濡れ場も片やエロチック、片やドタバタで、その対比も楽しい。あぁ、関西訛りのメドヴェージェフなんかもあったな。(笑)
    なお、2/27マチネ終演後のアフタートークで映画におけるエンディングクレジットのバックのようなラストシーンの異解釈(=ニーナも死んでいる)を聞いたために同日ソワレを観て最終場の珍解釈を思い付いてしまってので以下はその内容。
    最終場で1週間前から安宿に泊まっているとされていたニーナは実は既に死んでいて、トレープレフを誘いに来た亡霊…どころか自殺させに来た怨霊(爆)。
    そこまでいかないにしても彼の悔いが見せた幻影。
  • 満足度★★★★★

    主役の塩さんさいこー
    千秋楽最後の最後のかもめを観ました。主役の塩さん。。。素晴らしすぎました。パワーがあってオーラすごかったです。これからが楽しみな役者さんです。

    他の出演者もかなりの実力ある役者さんだったから安心して観れました。

    塩さんがご出演されたから素晴らしい芝居と出会う事ができました。塩さんに感謝、感謝です。

    かもめ。。。同じメンバーで絶対再演してほしいです。

  • 満足度★★★★★

    美しすぎて、・・・
    【Bチーム】二度目の観劇。
    瑞々しい二人が演じるトレープレフとニーナの、あまりに美しいシーンがとても素晴らしい!!

    ネタバレBOX

    辻さんと中田さんのアドリブ(?)合戦は先日の方が冴えていましたが、こと縄田さんの演技に関しては、凄みが増していた。
  • 満足度★★★★

    【Aチーム】びっくりするほど中二病。
    Bチームを観た上での観劇のおかげで、戯曲や演出の細かい部分まで落ち着いて堪能。まずはやはり、15歳の宇野愛海ちゃんがニーナを演じることで、びっくりするほど世界観の違う「かもめ」に仕上がったことに驚嘆。ロシアの雪を模したセット(ルデコ4のあの鉄枠が白い布(紙?)覆われている)、真っ白い家具等は全部同じなのに、これほど「温度」の違う光景を見られるとは。おかげで、Bに比べて古典としての質感よりも、現代的な部分が前面に押し出されて「中二」が全編に渡って匂い続ける、喜劇的で面白いお芝居になっていました。

    ネタバレBOX

    まずはマーシャが実ることのない恋の象徴として「悲劇の女」ぶって黒い服ばかり着ているところでもう苦笑。トレープレフは中二をこじらせてかもめを撃って殺しちゃうし(かもめ可哀想><)、ニーナはあざといプレゼントをして大の男を篭絡しちゃうし(作戦なのか天然なのか。どっちにしても嫌な女w)、かもめ名義で手紙を送り続けたり、嵐の夜に震えながら男の家に来るし挙句は「私はかもめ!」と痛いことを叫ぶ。ああ、なんて中二病な人たち・・・。

    そんな風に喜劇として観たAチーム。宇野ちゃんがリアルに「子供」であるために、あっさり落ちるトリゴーリンのしょーもなさや、振り回される人々に苦笑しっぱなし。脚本も変更されている部分が多くあり、ニーナの少女性を生かすための様々な調整が垣間見えて、それが上手くハマるときとそうでない時の差が激しいだろうなと感じました。多分私が観た回は後者だったのかな・・・。4年後のシーン、宿した命を不本意な形で失いボロボロになった「女」の演技はまだ彼女には早かったかな?彼女の熱演を見て思ったのは、「ああ私、男と喧嘩するときにこんな演技をするわ、、」。受けの内田くん演じるトレープレフの表情からその心情を感じることにこのシーンの意味はあると直感的に思い、ずっと内田くんを観ていました。そのことを客席で観ていたとある役者さんに「れいさんはちゃんと観てる」と言われたことがとても嬉しかったです。超余談(笑)

    そして、「21世紀になり全面化しつつある中二病は何によって癒されるのか、あるいはついに癒しえないのか、に関する一考察~」に対する私の答えは・・・トレープレフは自殺によってニーナと精神的に結ばれ、やっと癒されたのかなと感じました。いや、それでも中二的愛が続くと思われるので癒されることはなかったかも知れないのですけど。でも、ニーナはトレープレフを追うなんてことは絶対にせず、しぶとく生き続けると思う。だってあざとい女だもん 笑
  • 満足度★★★★★

    【Bチーム】アロッタ流の耽美的古典
    まずはBチームを拝見。私にとっては初のチェーホフ、初の「かもめ」ということで、「中二病~」との副題が付けられたこの公演は正統派の古典とはかけ離れたものになるのかなと思いきや、とても真っ当な古典でした。照明や音楽・美術はアロッタらしい耽美的なもので、脚本も分かりやすく翻案されてあり、アロッタファンかつ古典初心者としては嬉しい限り。終盤はあまりの演技力の凄まじさに泣きながら見てしまい、6人の役者さんにこのような演技をさせることが出来る松枝さんの演出力に感服。終演後にお話を聞いて、ドラマターグとして中田顕四郎さんの存在がかなり大きなものだったことも感じ、これからのアロッタ、おそらくあるであろう新国立劇場での本公演にも弥が上にも期待が高まります。

    ネタバレBOX

    「中二病」とのキーワードが脳裏を掠めることはあっても、6人の役者さんが紡ぎ続ける丁寧かつ重厚な演技に終始釘付けになり、醸し出す濃密な空気に圧倒されながら見入ってしまいました。

    特に、ニーナが篭絡された中田さん演じるトリゴーリンの大人の魅力(私がニーナ役だったら本当に恋に落ちそう(笑))、4年後以降ロシアの冷たい空気に本当にさらされたかのような心と美貌を内面から溢れさせた押さえた演技のトレープレフ。演じる塩顕治くんの感情過多でない誠実に時を生きる演技はとても私好み。兼ねてからさいたまネクスト・シアターの川口覚くん(初舞台がアロッタ!)にトレープレフを演じてほしいと思っていた身としては(NHKの「100分de名著」の朗読劇でトレープレフを演じていたので)、彼に通じる誠実な演技をする塩くんにすっかり引き込まれてしまいました。

    その4年後のシーン、彼と秋山さん演じる関西弁のメドヴェージェンコの鬼気迫る演技に心臓が痩せる思いで観てしまい、あまりの凄まじさに涙が止まりませんでした。この舞台を見て、好きな役者さんにはトレープレフを演じて欲しいと思うほど、トレープレフという役が好きになりました。

    そしてニーナ・・・縄田智子さん。他劇団で勿体無すぎる使い方をされていたとは思えないほど、生き生きとして濃密な時を生きていて。細やかな表情の変化からも目が離せず今までのどの舞台以上にもその美貌が映え、特にラストシーンはこんなに美しい女優さんは見たことがないと思うほどの眩さでした。冷静になるとニーナという役はとてつもなく共感できないのに(地雷系ですよね(笑))彼女が演じるとトリゴーリンやトレープレフを引き付けるだけの説得力に満ちていて、トレープレフに振り向いてもらえないマーシャが哀れで仕方なくなってしまう。

    マーシャ役の香元雅妃さんも愛らしく、その健気な表情から目が離せなかったのですが、なんと初舞台らしいです。びっくり。

    そしてアルカージナ役の辻しのぶさん。大人で母親で女で女優で、という役を実に感情移入しやすく朗らかな演技で魅せてくれました。縄田さん香元さんにはまだ表現が難しいと思われる、深みのある女性としての立ち位置に立って確りと支えてくれて、安心して楽しめました。

    あとあと。衣装がとっても素敵でした!伊藤さんの衣装は白の質感がいつも印象的なのですが、今回はデニム。デニムってちょっと間違えるととてつもなくダサくなるアイテムなので自分で着る時もかなり気をつけるのですけれど(笑) スタイルの良い役者さん達がスタイリッシュに着こなす姿を見てさすがのチョイスだななんて思いました。上下デニムって素人だったらかなり危険ですよ!笑

    ※補足。圧倒的にBが好きです!
  • アルカージナさんは素敵でした…
    さきほど、【A】の千秋楽を当日券で拝見しました。うん、やはり、アルカージナ役の方がずば抜けてる。マーシャ役の方もしっかりしていました。正直、チェーホフは何度みてもかったるいっていうか、スローでつかれるというか…チェーホフ、初心者には向かないと思います…くれない的には好きになれないのですが、辻さんがたたれてたので、2時間さほどあきずにみれました。最後席から見守る松枝さんの刃のような視線が素敵でした…(松枝さん、くれないがあのポジションに座らせていただいたのは、舞台と、客席、全体があじわえるからなのです(笑))。★の評価はほかの方々におゆだねします。終幕後のあの号泣さえ聞かなければ、くれないも★★★★★でしたが、残念…気になったことはネタばれ欄にて…

    ネタバレBOX

    アルカージナとマーシャを除く四役はダブルキャストなので、【A】は千秋楽だからわからないでもないけれど、ニーナ役の方(宇野愛海さんでしょうか)にはひとこと申し上げたいことがあります。感情をおさえきれなくなって裏で号泣されていたようですが、あなたが泣かせる相手はご自分ではなく、客席側のはずではないでしょうか。感極まって泣く若い女優さんは何人かいましたが、そうした方々は皆さん、舞台側から自分をみているのではなく、客席側から自分をみている…すなわち、自分に酔ってしまっている…ようにおもいます。
    舞台は、箱(劇場)にはいるまでは作家のもの。箱に入ったら演出家のもの。幕があいたら役者のもの。箱をでたら、観客のもの…。
    コントロールできない、という意味で、この言葉は正鵠を射ていると思います。つらく大変だったことはお察ししますが、舞台裏からとはいえ客にもろに聞こえるように号泣されているのを聞くと、正直、はなはだ興ざめでした。女優の自己陶酔におつきあいするために劇場にうかがったわけではありませんので…そこまでコントロールして玄人(くろうと)かと思います。たしかに、後半のニーナは改心のできだったかもしれません。残酷なようですが、このことは、あなたがこれからも女優をめざされるとしたら、とても、とても大切なことかと思いますので、あえて記させていただきます。松枝さん、素敵な舞台をありがとうございました。
    (れいさんのレビューを拝見すると、宇野さん、15歳でいらっしゃるそうですね…びっくりしました…てっきり二十歳くらいかとおみうけしてましたので。板の上で歳は関係ありませんが、中学生であれだけのたちすがた、これからがたのしみですね…)
  • 満足度★★★★

    【Aチーム】観劇
    やはり『かもめ』でした。

    ネタバレBOX

    15歳の宇野愛海さんが出演されるというので、正直、演劇部の部室とか、チェック柄の制服とか、そんなのを想像していましたが、これもまた『かもめ』そのものでした。

    作家のトリゴーリンがもう少し滞在するというシーンで、「よしチャンス」と言った程度が若い役者さんらしかったでしょうか。

    アフタートークでタカビーな発言がありましたが、それならば『かもめ』本編ではなく、その練習風景をお芝居にした方がうぬぼれの強い中二的な世界が描けたのではないかと思いました。

    両チームを観た感想としては、どちらも『かもめ』そのもの、どちらがいいかと言うと、如何にも作家に弱い緒川たまきさん似の縄田智子さんの透明感のあるニーナ、大人の色気のある中田顕史郎さんのトリゴーリンのBチームに軍配を上げます。
  • 満足度★★★★★

    完璧!
    Bキャストを観劇。これまでいろいろな「かもめ」を観てきた。アロッタの「かもめ」はこの中でも秀逸,ベストのものと思われた。ル・デコという狭い空間で,濃密な芝居,迫真の演技,台詞も良く考えられて作られている。とにかく凄いの一言。満足できる芝居。絶対のオススメである。

  • 満足度★★★★

    中二病なう
    Aチーム観劇。
    自意識、自己愛の突出する思春期を指す“中二病”という視点が新鮮。
    登場人物を3組のカップルにしぼり、それぞれ“中二病なう”、“中二病こじらせ型”
    “中二病達人”の3様を鮮やかに見せる。
    15歳の宇野愛海さんが初々しく、まさに中二病現在進行形かと思わせるあたり
    計算された演出ともとれるが、リアルにみずみずしい舞台となった。
    その反面、若さゆえか浅さも見られたが、第4幕最後のニーナは熱演だった。

    ネタバレBOX

    演技スペースを3方から客席が囲んでいる。
    コンクリートむき出しの床に白い布で覆われたソファ、同じく小さな椅子、
    客席横の階段手すりも白い紙でくるまれている。

    古い形式を否定し、新しい演劇を創るのだと息巻くトレープレフ(内田明)。
    大女優アルカージナ(辻しのぶ)を母に持ち、
    その愛人は人気作家のトリゴーリン(石原尚大)である。
    若く美しいニーナ(宇野愛海)を主役にトレープレフは新作を披露するが
    母はハナから小馬鹿にしてまともに観ようともしない。
    愛するニーナもトリゴーリンに奪われ、トレープレフは屈辱と怒りと憎しみに狂う。
    トレープレフを愛するマーシャ(香元雅妃)は、思いを断ち切るように
    自分を思い続けてくれたメドヴェージェンコ(宮本行)と結婚する。
    4年後に弄ばれたかもめが帰ってきた時、絶望したトレープレフは拳銃自殺する…。

    という昼メロみたいな「かもめ」だが
    登場人物が3組のカップルだけというシンプルな作りで骨格がくっきりした感じ。
    「中二病にでもならなきゃ恋愛なんてできないぜ」というメッセージが
    込められていたかどうかは不明だが、
    臆病かストーカーかという極端なケースに走りがちな昨今の恋愛事情とは裏腹に
    “恋愛コミュニケーションとその手腕”を観た思いがする。

    トレープレフとニーナ 「中二病なう」
    まだ自分を客観視出来ない、実力も把握していないにもかかわらず
    他人の才能を批判することだけはいっちょ前なトレープレフ。
    ちょっと自分を悲劇のヒーローにし過ぎている嫌いはあるが
    マザコン全開でわからんじんの草食系っぽさが良く出ていたと思う。
    ニーナ演じる宇野さんがリアルタイムで経験値の少ない方だから
    そこはリアルなのだが、素で勝負するには他が濃いだけにちょっと弱いかな。
    4幕で村に戻って来た所は頑張っていたけど、今15歳の宇野さんが
    もう少し大人になった時の崩れたニーナを観てみたいと思った。

    マーシャとメドヴェージェンコ 「中二病こじらせ型」
    自分の事は解っているつもりで、実は解っていない中途半端なお年頃。
    頭で解って行動しても、気持ちがついて行かなくて空中分解するマーシャと
    全部解って結婚したくせにやっぱりそれじゃいやだよう、と
    トレープレフにあたり散らすメドヴェージェンコの仮面夫婦が上手い。
    感情表現がさらりとした手触りのマーシャに対して
    ねちねち陰湿で嫌味なメドヴェージェンコの組み合わせも良いバランス。

    アルカージナとトリゴーリン 「中二病達人」
    つまりは相手を翻弄するようになって初めて一人前なのだという貫禄のカップル。
    欲しい物は馬乗りになって首絞めんばかりになってでも引き留める女王様。
    彼女の言いなりになっているようで実はちゃっかり若いニーナもモノにするおじさん。
    飽きたら捨ててまた女王様の元へ戻るあたり、大したもんださすがちょい悪オヤジ。
    いい年して、ここぞと言う時には中二病を引っ張り出して己を鼓舞し、
    純粋な情熱と言う名の下に好き放題しちゃう都合のよいカンフル剤として使う。
    若いもんが敵うわけないわ。

    という大人への階段がとても良く俯瞰出来て大変面白かった。
    中二病の克服には恋の挫折と恋の成就、きっと両方必要なのかもしれない。
  • “ディープ・アロマチック”なチェーホフがいた





    (あのキスは)「お仕事だから…」。



    ニーナ役の縄田 智子はファンに配慮していた。



    アントン・チェーホフ代表戯曲『かもめ』を、『21世紀になり 全面化しつつある中二病は何によって癒やされるのか あるいはついに 癒えないのか についての 一考察』と長いタイトル名に解釈する、松江佳紀。
    彼いわく本舞台に「日本の今」を抽出したらしい。



    たしかにジーンズ・スタイルのメドヴェージェンコ(=宮本 行)も確認できたが、概ね、元の戯曲を筋通り上演したようだ。
    しかし、このメドヴェージェンコには、もう一つの「日本の今」が あった。

    それは「関西弁」。


    ロシアの民族差を「方言」に例える手法は さほど革新的でもないが、おそらく彼はアメリカ村(大阪)を歩く若者の口調だ。

    単に「関西弁」をディフォルメし、ロシアの地域差、民族差を強調するのではなく、「現代意識」を投入させる為だったのなら、それは それで「日本の今」だろう。










    「僕は1ヶ月前からトレープレフでした」


    そう語るのは、やはりトレープレフ役の塩 顕治。

    抜群のスタイル、アニメ『世界名作劇場』少年主人公を思わせる、清廉とした顔…。プライベートでも、一途なようだ。

    「元々、トレープレフに近かったからね」(松江)



    終演後、10分間の休憩をへて開催された座談会で、ニーナ役・縄田と並んだ塩。


    「ということは、愛し合ってるの?」(同)



    作中、トレープレフとニーナは恋仲だ。序盤に一度だけ唇を交わす。


    「いや、そういうことでは…」(塩、縄田)


    松江の投げた変化球に、若手2人は赤面するほかなかった。



    『アロッタファジャイナ』番外公演。


    公演場所はギャラリーであった。その真ん中で、総勢6人のキャストが熱演する。


    縄田は自身が演じたニーナ、それと“彼女”が複数の男性とキス・シーンを披露することで頭が一杯だった。もちろん、女優としてだ。


    「キス・シーンの時、意識してますよ。ここは見られていて、ここは隠れて見えないんだと」


    透明感のあるニーナは、愛らしく、魅力的だった。
    マーシャ役の香元 雅妃、トリゴーリン役の石原 尚太が“強烈な独壇場”だから、それだけ彼女の白さは立つ。


    “独壇場”に時間を取りすぎなければ、ニーナと共鳴できた可能性があり、残念で ならない。



  • 初・かもめ
    Bチームを観劇。
    実はチェーホフの「かもめ」を全く知らずに観劇した。
    登場人物達を『中二病』と括ってしまう解釈が斬新。
    いやまさにそうなんだけど。

  • 満足度★★★★★

    【Bチーム】観劇
    面白いのかどうかを別にしても、見応えあり。俳優陣の演技をとても楽しめます。この空間に身を置く事ができて幸せ。

    ネタバレBOX

    ・・・・とってもロマンティックな作り。
  • 満足度★★★★

    中二
    そんなにアレンジしてない「かもめ」のように感じましたが、中二病という視点を与えられたことで、私はいい塩梅に誘導されてしまいました。

    いい年こいた大人が中二なら、本物の中二はどうなってるのかと思い、近所のあるガキを見てみたら、精神的レベルは小二でした。中二から抗議の声が上がらないのは、こういうわけだったのか?

  • 満足度★★★

    2/27 Aチーム
    2月27日ソワレのAチームを観ました。

    6人版でもかもめの面白さは損なわれず、中二病というテーマに納得しながら楽しめました。

    原作で読み流していた言葉が生きて心に飛び込んでくるシーンがいくつもあって、かもめの古本を買ってきて赤線ひきまくりたくなりました。

    カットされた部分で好きな場面があったので、いつかあるという完全版を楽しみにしています。

    ネタバレBOX

    残念だったのは、ニーナ役の宇野さんの演技が拙すぎて、度々芝居から心が離れてしまったこと。
    3幕まではリアルな初々しさと言えなくもないけれど、特に4幕は見るに耐えず。
    テクスト理解はどう共有されてるのか、演出でもう少しどうにかならなかったものか。
    お金を出して観るにはしんどかったです。
    (言葉が悪くてごめんなさい。)
    そんな反感を持ちながらうんざりと白々しく観てたせいか、ラストダンスにもまったく共感できず。
    ここで宇野さんが評価されているのを読んでびっくりしながら、皆さんがいう彼女のよさをなぜ私は感じなかったのかなとも考えています。

    アルカージナは激しさもかわいらしさも最後の眼差しも一貫してすばらしく、マーシャとメドヴェの関係性のアレンジも面白かった。

    6人の誰を好ましく感じ誰を受け入れがたいか、どこに心が寄せられるかによって、観客各人の発達課題も透かし見えるように思います。

    芝居ってやっぱりいいなと思った雨の夜でした。
    ありがとうございました!!
  • 満足度★★★★

    客観から主観へ
    Aチーム観劇
    チェーホフの「かもめ」は、今までは知らず知らずのうちに遠くから客観的に観ていたが、この芝居においては登場人物に感情移入することが多く主観的に
    観ていた。登場人物を6人に絞ったこと、狭い劇場空間であったことがその要因だと思う。女性陣の演技印象的で、喜劇でなく悲劇に感じた。

    ネタバレBOX

    松枝氏の思惑に見事にはまった感で少々悔しいが、良い芝居でした。
    通常の「かもめ」ではないトレープレフ自殺後、ラストでトレープレフの思いを表現するニーナと抱き合うシーンが演出家の思いが入った象徴的なものだと思う。
  • 満足度★★★★

    Bチーム観劇
    ???同じ話なのに今回は眠気も起こらず楽しめたです
    先に主宰からチームが異なると別物ですよというコトを言われていた通りで、
    ちょっとビックリしましたです。

    アフタートークは主役の二人でした

    ネタバレBOX

    田舎教師さんは大阪弁になってた~

    登場人物を3組のカップル(?)にしてくれて判り易さUP

    大女優の母に繊細で気が弱く最後は何度もしていた自殺を成功させてしまう新進気鋭の作家となった息子くん。 母君の大物っぷりと息子の上演した戯曲中、台詞が受けて大笑いしてる芝居は上手でした(^^)。

    かもめの小道具は羽根の塊りでイマジネーションわきましたね~

    ちなみに舞台では登場しなかったかもめの剥製は作ったそうですが
    (アフタートークで女優さんが自分が作って献上したのに使われなかったなぁと残念がってたっす)見たかったなぁ(^^)
  • 満足度★★★★★

    【Bチーム】観劇
    まさに『かもめ』でした。

    ネタバレBOX

    あまりにも『かもめ』で、どこが中二かと思いましたが、大人は忍耐力、あるいは、商売は商いと申しまして、毎日飽きないで仕事を継続することが大切なのですと理解して実践しているのが大人ということかと考えてみました。

    そして、当日パンフレットを読み返して、そういうことか、チームBは原作に忠実、チームAは中二的に翻案した舞台になっているのではないかと気付きました。両方観ないと始まりません。

    それにしても、中田顕史郎さんには大人の色気があります。緒川たまきさんに似た色白で清楚なお嬢さんなんてまさにイチコロ、ボロボロにされてもそれでも愛していると言わしめるだけの力量がないと最後に繋がりません。正統派『かもめ』を理解する上で的確な配役だと思いました。
  • 満足度★★★★

    両バージョン観劇がお勧め
    Aは、原作が透けて見えるような作り、Bは、役者の解釈をより多く取り込んだ作り と作り分けることによって、現代日本を起点に見たチェーホフの新たな読み込みの可能性・多様性を堪能できる。(受付で販売しているアロッタ版「かもめ」を楽しむための12の証言も参考にするとより面白かろう。追記後送)

  • 満足度★★★★★

    僕は自分が思っているほど、地球の中心にはいなかった
    「中二病」という言葉は、伊集院光が作ったものとして有名だが、「中二」(中学二年生)を揶揄的に最初に使ったのは、チェーホフであるというのも、やはり有名なことだ。

    それを冠したサブタイトルから『かもめ』の登場人物で思い当たるのは、やはりトレープレフ(コスチャ)。
    どんな『かもめ』見ても、トレープレフは空回りして痛々しい。

    しかし、彼が「主役」ではなかった。

    Bチームを観た。

    ネタバレBOX

    アロッタ版の塩顕治さん演じるトレープレフは、生真面目で痛々しい。
    この造形は、まあ、普通だな、と思った。
    この彼が物語の中心になるのかと思ったらそうではない。

    前半での感極まったような彼の台詞回しには、魂が入っていたが、中盤あまり見せ場もないことから、それが観客の脳裏から消されてしまう。

    彼をかき消すのは他の登場人物による。
    つまり、中盤からグイグイくる登場人物がいるのだ。

    それは、トリゴーリンだ。

    アロッタ版のトリゴーリンを観て、「トリゴーリン! これだ」と思わず膝を打った。
    中田顕史郎さん演じるトリゴーリンがとてもスケベなオヤジなのだ。
    今まで観た『かもめ』では、トリゴーリンが(舞台の上で)見せる姿は、ある程度の体面を保っていたという印象が強い。
    アルカージナと釣り合わせるため、あるいはトレープレフとの対比のため。

    しかし、アロッタ版のトリゴーリン(中田顕史郎さん)には、それがない。
    剥き出しなのだ。

    トリゴーリンがニーナに作品を生み出すことについて、自らを吐露するような場面があるのだが、これって、もともとそうだとは思っていたが、それでも若い娘だからつい本音を語ってしまった、というような体裁があったと思う。
    しかし、このトリゴーリンは、芸術家を前面に出し、創作の苦悩を餌に、何も知らな少女を口説いているようにしか見えないのだ。
    そう、これが彼の本質だったのだ、と改めて見せられた。

    ニーナとアルカージナの2人に対する口調も動きも、とてもイヤラしいのだ。
    ムスク系の香りがプンプンというか(笑)。

    つまり、トレープレフの立場からすれば、トリゴーリンが売れっ子の作家だからということだけではなく、「男」としての魅力に嫉妬していたというセンで読み解いていけるようになるのだ。

    母を「女」にしてしまい、さらに自分のそばにいたはずの少女も、あっさりと男性の魅力でかっさらってしまったトリゴーリン。

    確かにオリジナルの『かもめ』にも、そういう見方はできるのだが、女優、劇中劇という小道具で、それが薄れてしまっていたように思う。

    松枝佳紀さんは、それを露わにした、と言っていいだろう。
    もともと『かもめ』は「恋愛」がストーリーの中で大きな軸のひとつになっているのだが、さらにクローズアップしていた。

    トリゴーリンが体面を気にしないように、アロッタ版のアルカージナは、恋する少女のように我を忘れてトリゴーリンに向き合う。激しいアルカージナ。
    つまり、アルカージナは「母」の前に「女優」であったが、「女優」の前に「女」であったのだ。さらに言えば、「母の前に女優であった」ことを選んだのも「女」であったからということが見えてくる。

    トリゴーリンのスケベさ(笑)から、『かもめ』の世界がもうひとつ開いたような気さえする(言い過ぎか)。

    アルカージナを演じる辻しのぶさんが、「女優」で「女」で「母」である姿がいい。
    トレープレフの劇を見るときの、なんともイヤな笑う感じがとてもいいのだ。
    トレープレフが押しつぶされてしまうのがよくわかる。

    秋山昌赫さんが演じるメドヴェージェンコはバリバリの関西弁で「たった23ルーブリでっせ」みたいなことを言う。
    これには笑った。

    まるでメドヴェージェンコに命が吹き込まれたようだ。
    彼に命を吹き込むことで、彼とマーシャの関係、さらにトレープレフへの複雑な想いの変化が見えやすくなってくる。

    トレープレフへの慰めの言葉が本気で言っているように、暖かく聞こえ、後半でマーシャに対する当てつけから、トレープレフかける言葉が、しなやかな鞭のように聞こえるのだ。関西弁だから。これはうまい設定だ。

    さらに、整理されたマーシャ(香元雅妃さん)の台詞からは、トレープレフへの想いがこぼれてくるし、メドヴェージェンコとの関係も見えてくる。「恋愛」を軸として。

    この舞台で特筆すべきは、6人で『かもめ』を演じたことだ。
    今回の軸になった「恋愛模様」にかかわる6人だけの登場としたことで、松枝さんの意図が明快になったと言っていいだろう。
    それによって、各登場人物について、たっぷりと、その造形を作り上げることができたのだ。
    メインの登場人物たちに比べれば、さほど光が当たらないメドヴェージェンコがこんなにくっきりしているのだから。
    原作どおりフルに登場人物が出るのであれば、そうはいかない。
    観客の視点が定まらなくなるからだ。

    それは、この舞台の最初から強く感じたことでもある。

    つまり、登場人物が初めて舞台の上に出るたびに、すぐに「この人は何者なのか」が明確に見えたのだ。
    それは、「その人が何という役名でどういう人物なのか」ということがわかるのではなく、かと言って、「見た目でキャラがわかる」わけでもない。

    もっと根源的なところ、うまくは言えないが、「この人は、舞台のどういう構成要素」であるのかがわかるような感覚がしたのだ。
    この作品は6人の登場人物のバランスで成り立っているので、どの登場人物も「いきなり立ち上がる」ことができたのではないかと思う(だからトレープレフ1人がメインにはならないのだ)。
    そのため、とても作品に入りやすくなった。

    ニーナを演じた縄田智子さんはとても初々しくて、まさに「十代の少女」であった。
    彼女だけが「白い」衣装(スカート)を身にまとっている。
    4年後の彼女の白いスカートは、丈の長さこそ変わったものの、白いままだった。
    これは彼女の本来持つ精神を表していたのではないかと思うのだが、やはり、ダーク系の色のほうが意図としてすっきりしたと思う。解釈と思い入れの違いなのだろうが。
    また、4年後に登場するシーンでは、もっとやつれていてもいいのではないかと思うのだ。それなのにトリゴーリンの話をする彼女の瞳は……のほうがトレープレフへのダメージは多きかったと思うからだ。

    で、中二病に話を少し戻すと、トレープレフはそれなりに有名な作家となる。
    そこが、「中二病」と言われても「なんだかなー」のところはある。
    もちろん、「中二」の部分と「成功」の部分はトレードオフの関係ではないのだが、それでもトレープレフ自体が、トレープレフから見たトリゴーリンと同じに見えてしまうのは、見る側に「中二病」の症状が出ているからだろうか(笑)。
    まあ、原作が「中二病」を前面に出しているからではないけれども。

    そのサブタイトルからてっきりトレープレフにもっとスポットが当たった作品ではないかと想像していたのだが、そうではなかった。
    それをトレープレフの立場から言えば、「僕は世界の中心ではないんだな」ということで、彼の中二病をこじらせてしまいそうだ。

    「中二病」というのは、自己愛による妄想がこじれた状態だが、そう考えると「恋愛」はまさにそれではないかと思う。
    「あとから思い出すと赤面してしまう」ことを言い、やってしまう精神状態であるところも似ている。

    つまり、アロッタ版の『かもめ』は、「中二病と言われてもしょうがない恋愛模様を描いていた」と言っていいのではないだろうか。

    アロッタ版の『かもめ』のラストには、プラスされたシーンがある。
    自殺したはずのトレープレフがニーナとまるで恋人のように抱き合うシーンだ。
    6人の登場人物、つまり3組のカップルが収まるところに収まったという図であろうか。
    トレープレフとニーナのカップルは、トレープレフの妄想にすぎないのであろう。
    松枝さんは、トレープレフへ甘いラストを用意したのであろうか。

    この2人が抱き合うラストシーンで流れる甘い曲は、たぶん、ニーナとトリゴーリンが抱き合うシーンにも流れていた曲ではないだろうか。
    そうすると非常に残酷な選曲であり、残酷なシーンであったと思う。
    ニーナが抱き合っているのはトレープレフではなく、トリゴーリンだからだ。

    トレープレフの中二病は死んでも癒されなかったというところか。
    すべての登場人物が、わだかまりを残したままなので、誰も癒されていないのだが。

    余談だが、医者が登場しないので、ラストはどうするのかと思っていたが、マーシャがその台詞を引き取っていた。
    アルカージナにはすぐに察せられることだとしても、「子どもがイタズラをして」の台詞はないと思う。この屋敷に子どもはいないだろう。「子ども」がトレープレフのことを指していたとしても、あの場面の言い訳にとしてはうまくないと思う。

    ついでに書くと、衣装のデニムは田舎(舞台の設定する場所)への引力を表していたのではないか。
  • 満足度★★★★

    AもBもおもしろい。
    チューホフといっても名前と場所を日本に置き換えれば(自分の脳内で)凄くすんなり入ってきた。現代の僕らが見ても違和感まるでないなあ。自分も中二病なんだと確信しました。初回だけにここからもっと良くなるに決まってるから評価は4にしておきますが5になるでしょう。美しすぎる2人のニーナ、トリーゴンも全く違うタイプなので比較して見るのは楽しいですね。

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