“ディープ・アロマチック”なチェーホフがいた
(あのキスは)「お仕事だから…」。
ニーナ役の縄田 智子はファンに配慮していた。
アントン・チェーホフ代表戯曲『かもめ』を、『21世紀になり 全面化しつつある中二病は何によって癒やされるのか あるいはついに 癒えないのか についての 一考察』と長いタイトル名に解釈する、松江佳紀。
彼いわく本舞台に「日本の今」を抽出したらしい。
たしかにジーンズ・スタイルのメドヴェージェンコ(=宮本 行)も確認できたが、概ね、元の戯曲を筋通り上演したようだ。
しかし、このメドヴェージェンコには、もう一つの「日本の今」が あった。
それは「関西弁」。
ロシアの民族差を「方言」に例える手法は さほど革新的でもないが、おそらく彼はアメリカ村(大阪)を歩く若者の口調だ。
単に「関西弁」をディフォルメし、ロシアの地域差、民族差を強調するのではなく、「現代意識」を投入させる為だったのなら、それは それで「日本の今」だろう。
「僕は1ヶ月前からトレープレフでした」
そう語るのは、やはりトレープレフ役の塩 顕治。
抜群のスタイル、アニメ『世界名作劇場』少年主人公を思わせる、清廉とした顔…。プライベートでも、一途なようだ。
「元々、トレープレフに近かったからね」(松江)
終演後、10分間の休憩をへて開催された座談会で、ニーナ役・縄田と並んだ塩。
「ということは、愛し合ってるの?」(同)
作中、トレープレフとニーナは恋仲だ。序盤に一度だけ唇を交わす。
「いや、そういうことでは…」(塩、縄田)
松江の投げた変化球に、若手2人は赤面するほかなかった。
『アロッタファジャイナ』番外公演。
公演場所はギャラリーであった。その真ん中で、総勢6人のキャストが熱演する。
縄田は自身が演じたニーナ、それと“彼女”が複数の男性とキス・シーンを披露することで頭が一杯だった。もちろん、女優としてだ。
「キス・シーンの時、意識してますよ。ここは見られていて、ここは隠れて見えないんだと」
透明感のあるニーナは、愛らしく、魅力的だった。
マーシャ役の香元 雅妃、トリゴーリン役の石原 尚太が“強烈な独壇場”だから、それだけ彼女の白さは立つ。
“独壇場”に時間を取りすぎなければ、ニーナと共鳴できた可能性があり、残念で ならない。