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カムカムバイバイ

カムカムバイバイ

U-33project

アトリエファンファーレ東池袋(東京都)

2021/09/08 (水) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2021/09/08 (水)

価格3,500円

8日18時開演回を拝見。

上演中、何が言いたいのか理解が届かぬ、もどかしさを抱きつつ、役者さん達の勢いに引き摺られて…。
でっ、最後に来て漸く、作者の意図がわかった気がした77分。
難しいことは抜きにして?!愉しめる舞台だった。

なお、箱の空間に比して怒鳴り声のボリュームが大き過ぎたんじゃないのかぁ?と感じたことを付記しておく。

ネタバレBOX

【配役】
深瀬(ミキのストーカー?)…東象太朗さん
ミキ(興味は美容)…小泉愛美香さん
山口(犯罪者)…岡村俊佑さん
千葉(怖いもの知らずだったのが…)…松岡なえさん
降谷(お金持ちになりたい!)…鹿角東子さん
上記登場人物と関係する人々…月海舞由さん
〇〇〇…白野まゆ佳さん(ゴメンナサイ! 〇〇〇が何なのか、最後までわからなかった)
いろいろ…外山達也さん(やっぱり初登場での役柄?のイメージが強烈w)
パレードを待ちながら

パレードを待ちながら

劇団民藝

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2021/09/04 (土) ~ 2021/09/13 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

まず戯曲を読んで、銃後の女性たちを通して戦争を、時代を描く手法に感心した。映画とは違って、舞台には直接現れないものを、観客の想像力でたちあげる。その想像力を刺激するという点で、実際の舞台はオーソドックスすぎて、少々生真面目すぎたと思う。5人の女優は十分好演していたと思うけど、もう少し、遊んでもいいのではないか。出征した夫、息子たち、戦地に行かない男たちの姿を、映像や黙劇で示してもいい。
音楽が、指定の音楽と違ったように、戯曲の面白さを、逆に戯曲からはみ出すことで示す道があったのではないだろうか。

戒厳令

戒厳令

劇団俳優座

俳優座スタジオ(東京都)

2021/09/03 (金) ~ 2021/09/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ペストとコロナとナチスとデスノートを合わせたような舞台である。最初はメタファーが多くて、何を指しているのか錯綜した。しかしペスト(ナチス)と青年(レジスタンス)の対決のクライマックスはすごい緊迫感で圧倒された。

ペストを名乗る新支配者と、その女性秘書が住民登録する場面は、市民の「私生活」に介入し思想と素行で選別をする怖さがある。青年が助けを求めた婚約者の父は「犯罪も法律になれば、もう犯罪ではない」と「悪法も法だ」と、権力者の作る秩序に従順に従う、普通の人々の生態を写す。そして、青年とペストの対決。見応え充分の芝居だった。

ペスト役の野々山貴之がすばらしかった。白塗りで終始民衆を小馬鹿にし、バットマンのジョーカーのような、ちょっと別世界の存在感。女性秘書の清水直子が支配の虚しさを示し、青年医師の志村史人が正義の苦しさで迫力があった。志村は「インク」の編集長役に続く主演、ぜんぜん違う役柄を好演していた。保守的民衆の代表の加藤佳男は自然体に宿る貫禄があった。

工事現場の足場のような2台の可動階段と2階廊下のセット。液晶画面を4台おいただけで、映像で場面を示すストイックな美術。上下の位置関係と、狭いアトリエを走り回る動きで、熱気と緊張感のある舞台を作った演出が素晴らしかった。志村はシャツが汗でびっしょりになるほどの熱演だった。

ネタバレBOX

青年が怒りにかられて恐怖を忘れたとき、ペストは治る。女性秘書から「恐怖を克服して、反抗するものが一人でも現れたら、彼らは打つ手がない」と教えられ、人々を導いて革命へ。立ち上がる民衆、権力との戦いを描くカミュはさすが左翼作家だ。

ペストの示した取引の場面は、いかにも「アンガージュマン」のサルトルと並ぶ実存主義作家らしい。その試練を乗り越え、青年は我が身を犠牲に、人々の自由を勝ち取る。

しかし、ペストは去り際に語る、「時がたって、すべての犠牲は無駄だったと思うとき、私の支配は完成するのだ」と。これはカミュの恐ろしい予言だ。若い日に理想に燃えた人々が、年を取って「あれは若気の至りさ」と、現状に満足するとき、体制は延命する。それが今の日本だ。酔っ払いのナダが「無駄死にさ」というのに、反論する人が数人いたとしても。
ゲンチアナ

ゲンチアナ

フェルフェン

シアター風姿花伝(東京都)

2021/09/08 (水) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

凄く面白かったです。

ルシオラ、来る塩田

ルシオラ、来る塩田

桃尻犬

三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)

2021/09/03 (金) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ネタバレ

ネタバレBOX

桃尻犬の『ルシオラ、来る塩田』を観劇。

以前から名前に上っていた劇団だが、MITAKA ”Next Selection”に選ばれてやっと認められたようだ。
作・演出の野田慈伸は俳優としてキャラクター作りが上手く、主役以上に気になってしまうほどだ。
さて演出の方はどうなのだろうか?

幼い頃母親に捨てられた兄妹は遠い親戚の牧場で育てられる。
兄の妹への献身的な愛情と近所の助けによって立派に育っていくが、年齢と共に鬱陶しさを感じてきてしまう妹は兄と大喧嘩をしてしまう。
果たして二人の仲はどうなっていくのだろうか…。

助ける側と助けられる側、応援する側とされる側。
人との関わりの中で一瞬にして互いの立ち位置が変わっていく様は傍から見ていると面白いが、本人にとっては大変なことだ。その箇所を過剰なセリフ仕立てと演技で作り上げたのが今作で、狙いどころとしては抜群だ。大きな物語はない代わりに登場人物の役柄で展開していくのは刺激的であり満足は出来るが、時間と共に物語が欲しくなるのは観客の心情だ。俳優の芝居、演出を含め総合的なレベルの高さは保っているだけに、観客の欲求を少しも満たしてくれないのは不満である。きっと今作はたまたま上手くいかなかったに違いない。
次回作も観てみようと思う。
友達

友達

シス・カンパニー

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2021/09/03 (金) ~ 2021/09/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2021/09/04 (土) 18:00

ちょっと笑える場面もあるが、段々と恐ろしくなってくる舞台だった。
 安倍公房の代表的な戯曲を、新進気鋭の加藤拓也の上演台本と演出で上演する。一人暮らしの男(鈴木浩介)の家に、ある夜突然に9人の家族がやってきて一緒に住み出し、管理人・警官・恋人・弁護士らに助けを求めるが…、という物語。家族が展開する論理は無理筋で非現実だと思いつつ、実際には似たことが起こっていても不思議はないなと思わせる展開で、途中から笑えなくなってしまった。家族の中では父(山崎一)・三男(大窪人衛)・次女(有村架純)が特におそろしかった。奇抜な舞台美術には若さも感じた。

カノン【8月19日~31日公演中止】

カノン【8月19日~31日公演中止】

東京芸術劇場

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2021/08/19 (木) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2021/09/04 (土) 13:00

若さを感じる舞台だった。
 野田秀樹がNODA・MAPで2000年に上演した戯曲を、野上絹代の演出で上演する。芥川龍之介の「偸盗」をベースにした戯曲で、野田地図初演も観ているが、わりと多くの劇団が上演する作品。初演では唐沢寿明・鈴木京香等を軸に展開されたが、今回は若い中島広稀・さとうほなみ等が演じ、既に年齢的な若さを感じさせるキャスティングだが、若さは野上の演出でも感じられ、スピード感溢れる動きに目を見張る。初演では、須藤理彩が演じた「猫」がいいんだよぉ、と何回も主張していた私だが、今回も「猫」役の名児耶ゆりが光っていた。すごい。野田の戯曲は言葉も美しいのだと改めて感じた。

デンギョ-!(再演)

デンギョ-!(再演)

小松台東

ザ・スズナリ(東京都)

2021/09/01 (水) ~ 2021/09/07 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

#デンギョー!
#小松台東
3回目 #千秋楽
どうしても見届けたくて、急遽予約。まるで自分も電工メンバーになった気分。
前2回とはまた違う気持ちの流れや昂り。毎回違う感情の受け渡しと受け取りがあって、やっぱり面白い。
#瓜生和成 さんのスズキが「思い切って……なんとなく」を受け入れずに出て行くけれど、今回の背中を見ながら、本当は #五十嵐明 さん演じるカイさんの気持ちを受け入れたかったのではないか……そのタイミングを計っていたのではないかと思えた。もちろん、戸惑いながらも出てきた #依田啓嗣 さん演じるモジカワくんの優しさも素晴らしい。でも、それがなかったら、スズキは「うるせぇなぁ」や「仕方ねぇなぁ」を装って受け入れたのではないかと思えた。
頑なにイジけてみせるスズキの心の融解に期待して……スズナリを後にした。

帰ってきたカラオケマン

帰ってきたカラオケマン

トム・プロジェクト

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2021/09/04 (土) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

楽しかったです。それほど好きだと思っていなかった歌で泣けてしまったのは、歌い手が良いからなのでしょう。そんなセリフの映画もあったような。
牛山さんの今までの活躍を見てこなかったのが残念です。

水の駅

水の駅

NPO法人アートマネージメントセンター福岡

ももちパレス(福岡県)

2021/09/04 (土) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

沈黙劇で2時間30分ほどとの前説。
耐えられるかなあと心配しておりましたが、キャストの方の動きがスローモーションながら、背景を考える時間となり、なかなか集中してみることができました。

帰ってきたカラオケマン

帰ってきたカラオケマン

トム・プロジェクト

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2021/09/04 (土) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2021/09/06 (月) 14:00

コロナの閉塞感を吹き飛ばす快演でした。
それにしても72歳の風間杜夫さんのすごさに元気を頂きました。
理屈抜きに楽しめる芝居なんですが、きっちりと時代をとらえた視点もあり満足。

丘の上、ねむのき産婦人科

丘の上、ねむのき産婦人科

DULL-COLORED POP

in→dependent theatre 2nd(大阪府)

2021/09/01 (水) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2021/09/05 (日)

男優が女性の役を演じる〔B〕バージョンを観劇した。
男の役者が、お腹の大きい妊婦役を演じる。全然違和感を感じなかったのは私がかつて、だったら男が子どもを産めばいいじゃないと思った経験があるせいかも知れない。

スカートをはいてイヤリングもつけてる、これは妊婦を男の役者が演じているのだと気づくと、仕方がないと諦めていたあれこれが強烈に蘇えってくる。
大きなおなかで満員電車に乗って通勤した。つわりのしんどさをいくら説明しても不機嫌に黙るだけだった夫、子どもの名前は夫の両親が決めると言われた時のこと、義実家に行ったときに知らない親類にたくさん頭を下げたこと等など。

高卒で街に出て同棲しているアイが妊娠していたことが分かる一場が切ない。子どもが産れるということがどういうことか。お金のこと、生活のこと、二人の今後のこと。現実的にあれこれと思いめぐらす彼女。戸惑いながらも、俺、頑張るよと言いながら、ちっとも頼りにならないアキト。現実の生活では子育てどころか、出産費用の捻出さえ覚束ない。
真面目に考えた挙句、中絶を選ぶしかない若い二人がどれだけいるだろうか。その裏で不妊治療に数百万を掛ける夫婦もいるのが日本の現実だ。(三場)

夫に収入があり贅沢な専業主婦となったマキ(四場)、女性が憧れるほどには、現実は幸せじゃないかもと私は思う。何をするにも背景に、誰が稼いだ金だ、という男の思いが透けて見える。
夫の身体を気遣い、先回りして夫の思いを酌んで行動している自分。この私のことを少しでも分かって欲しいという女心はやっぱり身勝手なのだろうか。

管理職の激務をこなしながら、二人目を妊娠した妻は部下の失敗の後始末で睡眠時間もままならない。上の子の世話は夫が引き受けている。(六場)
「君の変わりはいくらでもいる。育休を取ってくれ」という上司の言葉はショックだろう。お腹の子どもを疎ましく思う瞬間もあるに違いない。赤ちゃん、無事で良かった。

舞台を観ていると、女優が演じていたせいか、相手の男は、総じて女を分かろうとし、相手のために頑張ろうと思っている様子が見えて、ハッとした。想定以上に男は不器用で、しかもそのことに当人が気づいていない。

田舎で、大勢のお腹の大きい浴衣姿の妊婦たちがお喋りをしている。(八場)
本当なら負担を減らす紙おむつや瓶詰の離乳食を敵視し、布おむつを使い手作りの離乳食にこだわる頑なさは女同士の中にもあった。帝王切開で産む女を軽んじる視線も。
女を縛り付けているのは男の無理解だけじゃないのでは?という指摘を劇作家の谷賢一から言われるとちょっとカチンとする。
確かに、大人世代だけではなく、若い人にもけなげな女性像にしがみ付くところがあるのだ。

帝王切開を躊躇うアサコに、君ひとりの子どもじゃない。二人の子どもだと言って、彼女をうながすアキオ。

オンナにしがみ付くのではなく、オトコにこだわるのでもなく、一人のニンゲンとして考えていきたい。

それにしても、本当に男が子どもを産んでくれるといいな。
どんなに自由に生きられるだろうか。夢を諦めずに生きられたろうかと。

カノン【8月19日~31日公演中止】

カノン【8月19日~31日公演中止】

東京芸術劇場

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2021/08/19 (木) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

演出、出演の野上絹代さん、連想するのは野上照代(黒澤映画の名物スクリプター)。名前が出る度気になっていた。
開演前SEからザッピングされたTV番組の音声が流れ続ける。多重世界のザッピングの中の一コマが今回の物語のようだ。額縁による美術を徹底し、小道具は全て額縁の中の絵。額縁がありとあらゆる形を表現し、時には弓となって矢を射る。ひたすら疾走するスピード感で物語は駆け抜けていく。
中盤、ヨハン・パッヘルベル作曲の名曲「カノン」がハイテンポで流れ、舞台は更に盛り上がる。が、それも束の間、捻れた音階、不協和音のノイズ、不安を煽るインダストリアル・ミュージックへとぐずぐずに崩れ世界の様相は変貌を遂げて行く。カノンとは特殊な輪唱の意味。

盗賊団の御頭、沙金(しゃきん)役さとうほなみさんがヴァンプ(妖婦)として完璧な存在。胸の谷間を見せ付ける演出で盗賊団も観客も骨抜きのメロメロ。「ゲスの極み乙女。」のドラマーと云うことに驚く。多分グラビアアイドルだと思っていた。何となく情報は知ってはいたのだが···。矢庭に白い脚をゆっくりと伸ばし、男に委ねる。誰も彼もが理性を失い、本能的にむしゃぶりつく。それを勝ち誇った顔で眺め、にんまりと口元を歪める淫婦の貫禄。
主演の太郎役中島広稀(ひろき)氏はた組の『貴方なら生き残れるわ』に続き舞台はニ回目。遠く、彩の国さいたま芸術劇場まで観に行ったものだ。バスケ部の一人だったような。運動神経、反射神経が物を言う舞台向きの俳優。
猫役、名児耶(なごや)ゆりさんも印象的。モノローグを兼ねつつ、作品の核に触れている存在。余りにも謎が多過ぎる。

平安時代、自由を謳歌していた山の民は都の民に侵略され滅ぼされる。生き延びた残党共は盗賊団となって京の都を荒らし回っている。都の最高権力者である天麩羅判官(渡辺いっけい氏)の屋敷で牢番をしている太郎は、美しき囚人沙金に惑わされ逃がしてしまう。太郎を赦免した判官はスパイとなって盗賊団に潜入し、反体制組織「猫の瞳」について調査するよう命ずる。
判官屋敷に隠された、フランス7月革命を描いたドラクロワの名画「民衆を導く自由の女神」が物語のキーになる。

ネタバレBOX

猫の存在が謎で、劇中太郎が唐突に言う台詞、「彼女は猫と呼ばれているだけで本当は人間なのだから」にハッとする。ただ、その後はまた猫として存在し続ける。あれは一体何だったのか?そこが一番興奮するシーンだった。

クライマックス、鉄球と銃で連合赤軍のあさま山荘を連想させるが、この物語との関連性が全く見えない。野田秀樹作品お馴染みの「実はこんな意図がありました」を喜ぶのは批評家だけではないか?虚構に耽溺していた観客からすれば、「そんなことはいいからこの話をきちんと語れ!」との思い。
素晴らしい虚構作品に「実はこういう意図があった」なら興奮もするが、毎回話の途中で誤魔化しているような気にもなる。(好みの問題だろうが)。
<会場変更/追加公演有>山中さんと犬と中山くん

<会場変更/追加公演有>山中さんと犬と中山くん

渡辺源四郎商店

こまばアゴラ劇場(東京都)

2021/09/02 (木) ~ 2021/09/07 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

工藤千夏と言えば自分は渡辺源四郎商店の在京座員(店員?)という認識であったが、青年団演出部での実績(若手企画~後に青年団リンクうさぎ庵)が先であった。枠にとらわれない独自の動線を行く工藤女史が今回花組芝居役者らと組んだいきさつ、ないし狙いは知らず。前説によれば「コロナ下での模索」の紆余曲折の結果、現在の形となったという事でワークインプログレス的な出し物かと構えたが、中身は三部構成の「工藤テキスト」の上演(リーディング風)と、その合間の素の時間。平場との地続きの感触が趣向のようであった。
のっけから言いたくて仕方ない一言を言ってしまうと、(後で役者名を照合した)3名の花組芝居の役者の立ち姿が好きでない。主宰加納幸和氏の俳優姿は何度か拝んだがこれは別格として、3名の醸す空気と何を重ねたかと言えば、私は派生ユニットのあやめ十八番でしか「それ的なノリ」を知らないが、江戸を舞台の「時代物」(花組芝居の領分らしい)に漂うある匂いが役者の演技の質を高みから遠ざけている、その部分。
型の演技に対するリアリズムの演技の面の深まらなさは、やってる芝居の性質から来るもののように思え、今改めてあの「時代物」に自分が最も感じていたもの・・芝居の中身は忘れたが断片的な風景とその中で自分の中を巡った感覚を思い出し、再考することになった。
・・と大袈裟に入ってしまったが、今回の「素」と「上演」の垣根の低さは、果たして彼らの得意技であったか、という疑問が湧く。必死こいてたのかも知れないが、演劇では素の挿入も演劇的な作為でなければならない、という前提を敷けば、狙うべき焦点がしっかと据えられての「素」のふるまいではなく、アドリブ性の「演出」でなく、アドリブそのもの。そこで役者という存在の正体、根っこが問われる。どういう芝居をやっていて、どういう精神で取り組んでいて、だからどういう生活者としての矜持を持っているか、つまり「素」の役者自身という土台から「素」というものは発するのであって「素」という状態が代替可能なものとしてある訳ではない。・・・随分当たり前な事を書いて役者諸氏を馬鹿にした物言いになっているが、私が「好きでない」のはある種の役者というあり方なのかも知れぬ。
ファンには失礼だが「時代物」の多くが「大きな物語」としての「江戸」というブランド、そして歴史(事実)という重みに大なり小なり「おんぶにだっこ」している。パロディが成立するのはパロる対象のデカさ故、だからこそそれに拮抗する現代性、独自性、骨太なメッセージを見出そうと創意工夫する、という事な訳だろう。芯のある芝居はそこに生きる一人ひとりが生き生きと、リアルに、魅力的に存在する。その根っこに人間性への希求がある。さて・・。(言葉を飲み込む私。)

ネタバレBOX

余談だが後でパンフを見返して「西川浩幸」の名を見て少々驚いた(観劇前から判ってろという話だが..)。
芝居を見始めた20年以上前、まだ当時は劇場中継もテレビでやっていて、キャラメルボックスの芝居なんかも放映され、劇団の両頭上川隆也と西川氏のやたら元気に走り回り女の子にワ―キャー言われる役どころ、芝居は女子が好きそうな甘っちょろい(失礼)フィクションで「あ~世の中にはこんな起こり得ない奇跡で慰撫されたい観客がいるものか」と冷めた目で見つつも大真面目に叫び走る俳優諸氏の姿が印象に残った。
以来全く目にしていなかったので、実物にも気づかず、朴訥としたむしろ不器用な役、というより本人キャラに徹し、脳内で両者を照合するが今も結びつかない。ただある一瞬、持てる爪(能ゆえに隠している)がさっとよぎり、目に光が宿ったその瞬間この人は本来主役やれる人なのでは・・と一瞬予感しただけが両者の接点。
それにしても歳月は経った・・。

オペラ「フィガロの結婚」

オペラ「フィガロの結婚」

豊島区オペラソリストの会

南大塚ホール(東京都)

2021/09/04 (土) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

ソリストの熱唱!
縁あって久し振りにオペラを鑑賞。以前はオペラやクラシックコンサートにも出かけたが、最近は観劇の方が多いかもしれない。そう言えば、もう数十年前になるが某合唱団で歌っていたことを思い出す(もちろんソリストではない)。今では声量もなく音程も取れないだろう。当時の会場は、東京文化会館や東京(新宿)厚生年金会館(今はもう無い)等といった、音響構造の優れた(クオリティの高い音楽専用)ホールであった。今回は南大塚ホールという音楽系を専門にした会場ではないことから、その点を考慮しなければならない。
なお、コロナ禍における感染防止対策として、客席1~3列目は使用しない。また「ブラボー!」など言わないようにとも…少し寂しいがやむを得ない。

さて、公演では歌唱と演出(むしろ舞台技術といった方が適切)で気になったところが…。
(上演時間4時間 45分休憩含む、15分×3回)
本公演は第33回池袋演劇祭参加作品のため、☆評価は後日付。

ネタバレBOX

舞台美術は大きな絵画風の後景が場面ごとに張り替えられる。場面に応じて仕様が異なるテーブル、椅子等を搬入するといった手作り感があり微笑ましく思う。だからか 何となく温かみのある雰囲気が好い。
キャスター付の衝立が舞台真ん中にあり、歌い手のコロナ(飛沫)感染防止対策のようだ。歌い手は、ソロの時はマスクをしないが、花娘の合唱のように3人以上で歌う時は、それぞれ絵柄が違うマスクをする。衝立は感染防止と共に、フィガロと結婚相手のスザンナ、または伯爵と伯爵夫人など、相手との関係で上手・下手側に押し動かす。それによって空間に広狭ができ、相手への圧(迫)を演出する。つまり愛が強ければ押し勝ち、広い空間が確保でき、疚しい事があれば押し負け、自分のエリアが狭くなる。なかなか上手い観せ方である。
下手側に指揮者とピアノ伴奏者。
ソリストの会だけあって皆さん上手であるが、特にスザンナ(5日:川井愛永さん)と伯爵夫人(5日:松本明子さん)の歌唱力は素晴らしかった。

有名な「フィガロの結婚」であるが、概要は次の通り。
物語はたった1日の中で起こること。 そしていくつかの要素が複雑に絡み合う。
フィガロとスザンナは、婚礼の準備をしている。 スザンナは伯爵のお気に入りで 、伯爵はスザンナを我がものとするために、「初夜権の復活」(字幕では別というか曖昧な表現)を企んでいる。 フィガロとスザンナはそれを阻止しようとする。他方、伯爵夫人は、伯爵の愛が冷めてきたことを悲しんでいる。 伯爵夫人、フィガロ、スザンナは、伯爵に改心してもらう、伯爵の反省を促すことを計画する。最後にフィガロとスザンナは無事結ばれる。 伯爵は伯爵夫人に謝罪し、これまでの行いを悔いる。 物語はハッピーエンドで終わる。

気になったところ。
〇第4幕でのフィガロ歌唱のところ。長丁場で歌うことが多いフィガロ、しかし見せ場であろうスザンナとの競演箇所で息継ぎが出来なくなったのか声量が低下し、ついには…勿体なかった。
〇会場の問題かも知れないが、字幕を天井(少し傾斜した)部分に映していた。自分は中央真ん中に着座(しかも前は通路)していたから見難いが何とか読めた。「フィガロの結婚」を何度も鑑賞しており、内容を知っている人、またはイタリア語が堪能(といっても歌詞表現は違うであろう)ならば、気にしないかも知れない。念のため1場と2場の休憩時に、前と後の列に夫々座ってみたら前列=天井を見上げるか、後列=文字が半分隠れた状態。もう少し映写角度を工夫し字幕が読めるようにしてほしかった(上演前に確認が必要だろう。何らかの指示・指摘があったのか、4場には改善したが…)。
初めて「フィガロの結婚」を鑑賞した観客にすれば、酷だったかもしれない。
次回公演も楽しみにしております。
タージマハルの衛兵

タージマハルの衛兵

東京演劇アンサンブル

野火止RAUM(埼玉県)

2021/09/04 (土) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

東京演劇アンサンブルの新拠点・埼玉県新座の野火止RAUMで観劇。新座駅から少し距離(約2㎞か)があるが、事前に予約しておけば送迎車を出してくれるのでありがたい(毎公演かは要確認)。

初日観劇。劇場はひな壇(当日は4段)型で、少しであるが市松模様的にパイプ椅子を配席し観やすく配慮。観た回、それも1列目に小学生と思われる子供が観劇していたが、衝撃的なシーンがありトラウマにならないか心配になった。また同シーンで この劇場では可能な(目測であるが奥行きがある)演出が他の劇場で出来るか気になるところ。
(上演時間1時間55分。前半1時間 後半40分 途中休憩15分含む)【Aチーム】

野火止RAUM劇場は対象外だが、第33回池袋演劇祭参加作品(シアターグリーンBOXinBOX THEATER)になっているため、☆評価は2021.10.10日付。

ネタバレBOX

舞台は5つのキャスター付の衝立(ガラス板)が等間隔に並んでいるだけ。その前(客席側)に薄暗い闇の中に立つ幼馴染の衛兵が2人。衛兵の名はフマーユーン(雨宮大夢サン)とバーブル(和田響きサン)。2人の衣装は、頭にはターバンを被っているが、服装はスーツに棒ネクタイ、革靴である。もちろん手には剣を持っているが第一印象は違和感。が、物語の内容から或る意図が読み取れる。衛兵という規律の厳しい組織人、現代の勤務(仕事)服がスーツ(職業によって制服)であり革靴の象徴であれば、組織という枠に縛られた衣装と言えるかもしれない。しかし観た目の第一印象も大切なんだが…。

1648年。インド、ムガール帝国の首都アグラが舞台。彼らの任務はタージマハルの警備。 背後にこの世で最も美しい存在があるのに、振り返ってその姿を見ることが許されていない。建築家、ウスタッド・イサの細やかな願い、だが皇帝の「これ以上この世に美しいものを生み出さないため」の計画は残酷なもの。 私語厳禁のはずが、いつの間にか2人のダイアローグが進み、日の出とともにタージマハルの方へと振り返った2人が見た光景。

明転後、「これ以上美しいものが作られないよう、建築家や関わった人間2万人の腕を切り落とす」任務を遂行した。2人の姿と血で汚れた床、積み上げられた多数の人々の腕。狂乱しながら自分たちがした「任務」=「仕事」について話す。フマユーンは皇帝命令の「任務」 、パープルは「美を殺す」といった解釈。しかし作業は逆、器具を使って2万人の腕を切り落としたバーブル、切られた4万の傷跡に焼き鏝をあて治療したフマユーン。2人は血を掃除しながら空想した乗り物「エアロプラット(=始め 星へという台詞からロケットかと思ったが、後に飛行機、それも軍用機のイメージ)」や「持ち運び式抜け穴(=ドラえもん の どこでもドアのイメージ」の話を続ける。 この腕を切り落とすシーンが凄惨だ。2人の心情が鬼畜(別 組合わせの2人が黒子役、半裸で顔には墨)となって現れ衝立板に血の手形、血しぶきを思わせる赤塗噴射は顔を背けたくなるほどだ。そして事後処理を淡々と行わなければならない虚無感か虚脱感が痛いほど伝わる。空想した自由の産物「エアロプラット」はいつの間にか戦闘機に変わり、攻撃目標にしやすいタージマハルを目指す。それをどこでもドアから布を取り出し覆い隠そうとするが、それを行う人々の手がないという皮肉。

数日後、この「任務」によってバーブルの念願であったハーレムの皇帝警備という、新たな「任務」に2人が就く直前、彼は突然 皇帝暗殺の計画を語りだすが…。
台詞にあったかどうか定かでないが、たぶん数年後、同じようにフマユーンは衛兵の任務を続けている。そこに現れたバーブル(スーツ、革靴ではない)の幻影は悲しくも美しい。照明で輪郭を抜き取ったジャングル光景で戯れる2人の姿はあまりに無邪気で幼気だ。

個人の集合体としての組織、そこに形成される「権力」、これ以上を作り出さないという傲慢な「美の定義」、極限状態に置かれた「心理」……様々な視点を錯綜させ、舞台美術として存在しない「タージマハル」や姿を現さない皇帝や建築家、そしてフマーユーンの幹部軍人(警備隊長)である父が自然と立ち上がってくる。
ラスト、少年時代の2人の笑い声まではっきり聞こえてくるようだ。 フマーユーンとバーブルのダイアローグが限りなく想像の翼を広げ悠久の旅をしている、そんな印象が後味をマイルドにしている。
次回公演も楽しみにしております。
戒厳令

戒厳令

劇団俳優座

俳優座スタジオ(東京都)

2021/09/03 (金) ~ 2021/09/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2021/09/06 (月) 14:00

座席1階

迫力のある舞台だった。「罵りあい」のような激しいセリフの洪水。そして、様々な角度から現代社会を照らすような複雑なメタファー。基礎の出来た実力のある俳優たちだからこそできる、強烈で見ごたえのある2時間である。
平和な街に入ってきて独裁を遂げていく男と女性秘書。ペストをばらまいて市民を恐怖に陥れるのだが、秘書がデスノートを持っていて、狙いを定めた人物を消していくというのは舞台で見る物語の設定とすればよかったと思う。当然、今の時期だからコロナ禍をオーバーラップさせてみるわけだが、このデスノートの存在が、現実と適度な距離感を出して、「これは現実ではないのだ」というような安堵感を観る者に与える。そうでなければ、自宅療養者がバタバタ倒れている現実をストレートにぶつけられるようで、息苦しくなったかもしれない。
愛とは、正義とは、人生とは。そして、生とは、死とは。舞台からは次々に「考えてみろ!」と矢が飛んでくる。市民を代表するように戦うディエゴが、こうした矢が飛ぶ中で苦悩し続けるわけだが、特に独裁者と対決する最後の方のシーンは秀逸だ。
倒れる婚約者のヴィクトリアが美しい。ロミオとジュリエットのラストシーンを連想させるようでもある。
前作の「インク」も面白かったが、今回はその上を行ったと思う。原作をうまくアレンジした脚本の勝利だと思う。さらに、4つの大型モニターを使い、工事現場の階段のようなセットで立体的に役者を動かした演出もよかった。けいこ場の小さな空間で思い切り役者たちを駆け回らせたが、小さな空間だからこそ一人一人の役者の演技に同時に目が行く感じで、それこそ舞台から目が離せなかった。

デンギョ-!(再演)

デンギョ-!(再演)

小松台東

ザ・スズナリ(東京都)

2021/09/01 (水) ~ 2021/09/07 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

「山笑う」(初演=僕たちが好きだった川村紗也)と、もう一つ同じ頃観た「小松台東を発見!」と喜んだ舞台があったのだが思い出せず随分と探し、電気工事屋の職人が集まる控室が舞台だった気がするし正面奥にプレハブ用サッシの引き戸もあったと記憶するので「デンギョー!」だったか・・?とまで真剣に考えたが、結局「想いはブーン」であった。(記憶の中の印象とは程遠い「ほのぼの」という口コミが付されていた事でハナから除外してしまった。)
改めて「初観劇」の感想。近作に比べて筆に若さを感じるが、間と説明しなさの攻め具合は変わらず、最後まで判らなかった小暮と松本の夫婦役や終盤やっと判った下請職人(新婚という別の職人の相手が小暮だと勘違い)、後出しジャンケンな展開を松本の力技で正当化する部分など、自分の「読み取れなさ」故に見えたようにも思える穴が気になりながらも、左脳の理解度とは裏腹に終演時我に返って足を掬われた気がした。「よくぞ表現した」と言うしかない幾つもの断片の気づきもそうだが、数日経って振り返ると、いつか自分の中に巣食っていた「接触を遠ざける」感覚を、敢えて破る「抱擁」にあったのでは、とも思う。初日であった。

4

4

ティーファクトリー

あうるすぽっと(東京都)

2021/08/18 (水) ~ 2021/08/24 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

犯罪と死刑制度をめぐる4人によるモノローグ劇。裁判員と、拘置所の看守と、犯人と、死刑執行命令にサインする法務大臣とが、それぞれの立場で、悪夢を、苦しさを、責任を語る。途中、一度、俳優たちが話して役を交代する「メタ演劇」的部分あるが、割とすぐ元に戻る。重いテーマを、真正面から語り続ける、真摯な舞台だった。

ネタバレBOX

最初と途中で、モノ運びしかしていない男が5人目の男で小林隆が演じている。最後、もう一度最初からと言って、役をくじ引きで引き直すと、小林がトップバッターになる。息子を失った悲しみを語りだすが、なんと、これは犯人だった。加害者の父という立場が加わり、芝居の陰影が一層ました。
Le Fils 息子

Le Fils 息子

東京芸術劇場

東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)

2021/08/30 (月) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

一度こじれると簡単に直せない、思春期の子供を持つ困難を、抑制的に、リアルに、しかし切実に描いて、目の離せない2時間だった。高校生の息子が、学校に行くふりをして何ヶ月もサボっていた。元妻から驚きの話を聞かされた、父(元夫)は息子に「なぜだ」と聞くが、息子は「わからない」としかいわない。ここから意思疎通がうまくいかなくなる。

息子は「ぼくは生きることがうまくできない」と訴えるのだが、父も母もまともに受け取れない。一方、父・母が必死に息子のために準備する家や、転校先を、息子は受け入れるように見えるのだが、本心はわからない。息子が母とはダメだというから、父は若い再婚相手と、乳飲み子のいる家に息子を引き取る。父のもとで素直そうに見えるが、しかし…。息子に「どうして母さんと僕を捨てたんだ」「ぼくを傷つけたのは父さんだ」と言われたら、父親はどうすればいいのか

父は成功した弁護士である。パリにも仕事人間はいる。でも日本の父親より、よほど家庭を大事にしているというべきだろう。母親も働いていた気がするが、職業が出てきたか、忘れた。
岡本健一、伊勢佳代、若村麻由美、そして新人で岡本の息子の岡本圭人。4人の俳優もみな素晴らしい。実に生々しい切ない舞台だった。

ネタバレBOX

精神病院で、両親が医師から選択を迫られた時、僕は最初、あれ、退院させないの?と思った。息子にあそこまで言われれば、退院させるでしょうと。病院の医師と息子とどちらを信用するのかと。でも、実は芝居の中の父も息子を退院させたのだ。そこまできてで、僕は気づいた。これは悲劇で終わるのか!と。見事に感情を持って行かれた、巧みな展開だった。しかも、最後に、一瞬希望を見せて、それは幻だったとわかる。何度も儚いのぞみを持たされた。

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