
砂漠のノーマ・ジーン
名取事務所
「劇」小劇場(東京都)
2025/09/26 (金) ~ 2025/10/05 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
小劇場B1だと思っていて、「劇」小劇場だったことに驚いた。ステージ上は2枚の大きな鏡が斜めに置かれ、中央奥で合わさる。その前にはレースカーテンが引かれている。
プレトークとして名取事務所代表・名取敏行氏がトーク。この脚本は甲斐義隆氏の持ち込み、初対面。一日で読み終え翌日には上演を決めた。だが上演予定が詰まっていたので3年掛かった。役者も演出家もその時すぐに口約束で決めた。代表をここまで駆り立てた脚本とは如何に?
2000年9月、オーストラリア北部ダーウィン。人口の約4分の1がアボリジナル。シドニーオリンピック開幕を控え厳戒態勢の国際空港滑走路に不審な女性(森尾舞さん)が侵入。大声で喚き散らし逮捕拘束。その後黙秘を続ける。彼女の叫んだ言語が25年前に最後の話者が亡くなった幻のユーリア語だと気付いた言語学者(西尾友樹氏)は興奮する。アボリジナルの滅んだ部族の言葉を話せる人間が今もまだ生きている!早速無理を言ってコンタクトを取る。何とか彼女からユーリア語について聞き出さねばならない。マジックミラーの部屋にいる彼女に隣室からスピーカー越しで話し掛ける言語学者。
言語学者の台詞は全て英語。舞台上部に日本語字幕が入る。小劇場B1のようなニ面の客席だと観客全員に見える位置に字幕を投影し辛い。だから「劇」小劇場だったのだろう。そして謎の女性は片言の英語しか話せない。彼女の母語、ユーリア語として日本語を使う。言語学者は知っている数少ない単語以外、何を話しているかさっぱり理解出来ない。
言語学者スピロ・イリアディス役西尾友樹氏は今回の役柄を「想像を絶する挑戦だった」と語る。発音までオーズィー英語だそうだ、これ全部覚えたのか?かつて三船敏郎がメキシコ映画『価値ある男』の主演に招かれ、スペイン語の全台詞を丸暗記して到着し現地のスタッフを驚嘆させたエピソードを思い出した。(発音に問題があった為、公開は吹替に)。
謎の女、ミラ・ナパチャリ役森尾舞さんの演技が神懸かっている。
叔母、祖母、母親、娘となり語らい続ける。当初それは幻聴の聴こえる統合失調症患者、多重人格者のようにも見える。だが彼女の唯一無二の凄い所は物語と共にどんどん若返って美しくなる様。精神を解放して自由に魂を広げる内に苦悩は癒やされ心が澄んでいく。彼女の語る、とあるアボリジナル一族の歴史に観客は夢中だ。グレートビクトリア砂漠にあるエミューフィールドに彼等の聖地がある。聖地を目指し何度でも旅に出る。これがアボリジナルの「ドリーミング」なのか?ずっと感覚的に掴めなかった「ドリーミング」に触れたような感触。今月末、燐光群が上演する『高知パルプ生コン事件』も森尾舞さん出演とのことで俄然観たくなった。
今作の森尾舞さんを見逃すな!鬼気迫ってる。
是非観に行って頂きたい。

草創記「金鶏 一番花」
あやめ十八番
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2025/09/20 (土) ~ 2025/09/28 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
【満月】:金原賢三役:藤原祐規/ 坂東天鼓役:宮原奨伍
2回目。
沢山の角材に混じって沢山のブラウン管TVが潜んでいる。
作品的に大好物というわけではないのだが、もう一回観たいと思わせる中毒性。今観終わったばかりなのに。作家は頭の中で思い付いたアイディアの実現の難易度が高ければ高い程興奮するタイプなのだろう。作家と観客との想像力の知恵比べ。これは戦いだ。作家がここまで頭の中身全部ぶっ込んで勝負してるのに観てる方も負けてはいられない。覚悟して観る。後に伝説になると思う。金払えばこれが観れることに感謝すべき。
金子侑加さんには何かしら賞を捧げないとまずい。『二番花』でふっくらしていたのも、今回の役の為の振り幅だろう。本当に何か憑いているんじゃないか?

成り果て
ラビット番長
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2025/09/24 (水) ~ 2025/09/28 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
これも傑作。再演を繰り返し4回目の公演。紀伊国屋ホール挑戦の演目にこれを選んだ事もあり、劇団にとって一番手応えのある作品なのだろう。クライマックスは気持ちが入っていて皆涙ぐんで演じていた。確かに人の心を動かす力がある。ストーリーとかシチュエーションとかではなく、ただの将棋好きの純情に感じ入る。いつも人生の脇には将棋盤がついて回った。泣いて笑って悔しくて悲しくて淋しくてやり切れなくて、ふと将棋の駒を弄る。そんな連中の織り成す精一杯の純情模様。生きても死んでも成れの果て。
選曲のセンスがずば抜けている。Superflyはハマる。このシーンにはこれだな、と曲を吟味し気持ちを託す光景さえ見える。
大阪の将棋道場、プロ棋士としては負けまくっていて評価は低いが、その人間性から弟子やファンからの人気は絶大な森棋士(井保三兎氏)。その弟子である天野兄妹、兄(三浦勝之氏)は奨励会二段でプロ(四段)入りを目指し、女子高生の妹(漆間虹美〈うるまこうみ〉さん)は女流棋士を。だが世の中そんなに甘くない。幾ら将棋が好きでもどんなに頑張っても報われないことの方が多いもの。彼等の流転と激動の日々。
ジャージ姿の女流棋士、成塚衣和美さんが妙に気になった。
女流名人、江崎香澄さんも引き締まった役柄、女流棋士の悔しさを滲ませる。(女流棋士としてプロになれる研修会B1クラスは、奨励会では6級程の棋力だと言われている。「所詮、女だから」と舐められる男社会)。
会長(=米長邦雄)に松沢英明氏。
是非観に行って頂きたい。

an-mon
team UZU.UZU
シアター711(東京都)
2025/09/24 (水) ~ 2025/09/28 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
これはある地底アイドル(=地下アイドルの下)のLIVE。この妙な面白さは昨年観たPeachboys最終公演、『ピーチボーイズ〜新性器エヴァンと下痢男〜』に近い。人に熱心に薦めるような作品ではないが、「じゃあつまらないか?」と問われたらそんなことはない、かなり面白かった。要するに伝え辛い楽しさ。本多劇場グループの創設者、レジェンド本多一夫氏91歳!率いる小劇場アングラ・オールスターズ。本多一夫氏は俳優としても舞台に降臨する。
箱馬の上に置かれた一本の水の入ったペットボトル。それを見つめる日南莉緒菜さん。一人また一人と舞台袖から現れる役者達。皆ゼッケンに自分の誕生日を付けている。
測量船ビーグル号に乗った若きチャールズ・ダーウィン(小林桂太氏)、世界中を航海し生物の分布を観察、自然選択説に行き着く。
4人組の地底アイドルグループ、アンモナイツ。「私達、古生代アイドル、an-mon-nights!」
どこかのイベントスペースでサイン会を開いているが無論誰も来ない。
日南莉緒菜さんはもろアイドル顔でどっかの元メンバーだろうと思って観てたが全く違ったらしい。
大図愛さんは流石。多分一番人気が出るタイプ。
凜果さんは衣装振付も担当、多才。この衣装はイケる。
飛田大輔氏も色物かと思わせてキッチリハマる。
普通に活動していても成立するクオリティー、4人のバランスが良い。
全く売れないアイドルグループが自分達が生き残る術をダーウィンから学ぼうとする物語。“もしも地底アイドルグループがダーウィンの『種の起源』を読んだら。”根底にあるテーマはmétroの『REAL』と同じ。世界の激動と先行きの不安に揺れる日本人の集合的無意識は同じ音色で響き合う。月船さららさんと森ようこそさんの共振。
謎の婆さん、佐藤梟さんが現れて「羊の絵を描いて」と頼む。『星の王子さま』じゃないんだからとあしらうもしつこい。仕方なく描いてやると御礼に望みを叶えてくれると言う。半信半疑でペットボトルの水を飲む4人。異世界に吹っ飛ばされる。アングラ地獄巡りの始まりだ!

変身
オペラシアターこんにゃく座
KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)
2025/09/20 (土) ~ 2025/09/23 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
傾斜がきつく見える八百屋舞台。まるでマイケル・ジャクソンの「スムース・クリミナル」。転びやしないかと不安になる程。北野雄一郎氏演ずるK(カフカ)が皆に『変身』を読み聞かせている。チェコの首都プラハ、モルダウ川に掛かるカレル橋。ベドルジフ・スメタナの『モルダウ(ヴルタヴァ)』が知られている。林光氏の作曲は全編名曲。無理に作ったような引っ掛かる部分がない。そして出演者全員が美声。歌を聴いているだけで満足。
朝起きると突然、巨大な甲虫に“変身”していたグレゴール・ザムザ(北野雄一郎氏)。父(高野うるお氏)、母(鈴木裕加さん)、妹(入江茉奈さん)、女中(豊島理恵さん、熊谷みさとさん)にこの姿を見られる訳にはいかない。会社からやって来た支配人(沢井栄次氏)がドアを開けろと喚く。何とか開けるとその姿を見た者達はパニックに。沢井栄次氏はゴロゴロ転がって階段落ち!衝撃の演出。後半登場の3人目の老婆女中(西田玲子さん)が強キャラ。気取った不愉快な下宿人(沖まどかさん、泉篤史氏、金村慎太郎氏)の咀嚼音ASMRオペラ。
入江茉奈さんが綺麗だった。
前田正志氏のファゴットが強力。
実は今回初めて『変身』という作品を理解した気持ちになった。母親(鈴木裕加さん)の愛情という名の付いた強圧的な支配欲。優しい笑顔と物言いで子供をずっと隷属させようとする。幾らそれに否を唱えても決して理解してはくれない。愛なのだから、と。これは家族という世界で抑圧され廃人になった男の物語だった。廃人になり社会的に不要な邪魔者だと疎外され孤立する不具者。そんな男の目から見た家族の光景。
傑作。

ここが海
アミューズ
シアタートラム(東京都)
2025/09/20 (土) ~ 2025/10/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
下手、ベッドの上に掛かっている絵画がやたら気になる。円柱形の建造物が二つ並んでいるだけなのだが何故か目が行く。それは謎。
黒木華さんのショートカットは美しい。元モー娘。の福田明日香の若い頃みたい。黒木華さんは『星の子』での新興宗教教団員が強烈だった。炸裂するアルカイックスマイル。
橋本淳氏は作家の分身。中田青渚(せいな)さんは細過ぎて驚いた。吉川ひなのの若い頃みたいだったが25歳とは···。
今作は物凄く作家にとって重要な作品だろう。名声と地位を手に入れた今、社会的に意義のある作品を世に送り出したいという決意。誰も触れなければそんな問題すら存在しなかったことにされてしまうこの世の中。面倒臭い問題は下手に関わるよりも無視、見て見ぬ振りの方が楽だ。性同一性障害(性別不合)の人が身内だった場合の心境を真剣に考えている。役者の心理描写も繊細。何処までもリアル。当事者が観ても納得できるように。
是非観に行って頂きたい。

草創記「金鶏 一番花」
あやめ十八番
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2025/09/20 (土) ~ 2025/09/28 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
【満月】:金原賢三役:藤原祐規/ 坂東天鼓役:宮原奨伍
荒れ果てた廃屋のような舞台美術。そこらかしこに梯子が雑然と。やたら殺風景な風情に不穏な意図を感じ取る。テーマは『裏面』。多重な意味で『裏をかく』。
前作、『音楽劇「金鶏 二番花」』を観てからたまらなく観たかった『一番花』。きっとこういう話だろう、と観客それぞれ思いを巡らせた筈。自分の脳内でもほぼ完成形は見えていた。だが全く違った!何もかもが違う。
作劇は手塚治虫調。この手塚テイストが大衆に支持される所以。まさにピノコのような中野亜美さんが出突っ張り。中野亜美さんはある意味、現代小劇場演劇の象徴。彼女をどう使うかで作品は分かれる。
助演的なアシストに徹するかのような金子侑加さん。ハレー彗星騒動に現れた怪異譚が広まり、栄国稲荷神社の稲荷神に押し寄せる参拝客。その中の一人、芸に腕がない歌舞伎役者・坂東天五郎(北沢洋氏)のエピソードが今作の肝。『どろろ』調。
四代目中村雀右衛門(じゃくえもん)をモチーフにしたその息子である坂東天鼓役宮原奨伍氏の所作が美しい。
小口ふみかさんの目をひん剥いての威嚇。
母親(藤吉久美子さん)に家にいながら歌舞伎を観せてやると誓う金原賢三少年役今村美歩さん。驚く程美少女。青年期は藤原祐規氏、現在は桂憲一氏。「無線遠視法」を研究し、ブラウン管を使っての送受像を世界で初めて成功させた天才工学者。現在の金原賢三が坂東天鼓の墓参りに行くシーンから物語は始まる。中野亜美さんと新幹線に乗って。
今作の方が好きかもなと思いつつ、前作の歌の高揚も捨て難い。前作が木下恵介なら今作の監督は増村保造。こっちが作家の本流のような気もする。どうせ皆観るだろうから今は余計なことは書かない。ただこの作家が自ら抱える芸術への真摯な姿勢に信仰心すら感じた。大衆の評価を犠牲にしても自分の信仰に殉じたい、と。それは正しいよ。そういうのが失くなったらAIが計算した最大公約数、広告代理店の導き出した商売としての正解に世界は統治される。人間は理性で生きている訳じゃないんだ。言語化出来ない無意識が殆どだろう。そこを刺激するから『芸術』なんて御大層なガラクタが生き残ってる。(それは酒の存在にも似ている。こんな健康的にも社会的にも害のある無意味な嗜好品が死滅しない理由に)。
是非観に行って頂きたい。

「タクボク~雲は旅のミチヅレ~」
江戸糸あやつり人形 結城座
ザムザ阿佐谷(東京都)
2025/09/18 (木) ~ 2025/09/23 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
石川啄木の未完の小説、『雲は天才である』をモチーフにおきあんご氏作、加藤直氏演出の『笑うタクボク〜雲は天才である〜』を2012年に上演。2020年、加藤直氏が書き下ろして『明日またタクボク〜雲と劇場〜』を。そして更に今回、加藤直氏が書き足し新作として上演。
結城座の面々が町から町へと劇場に向かって旅をしている。都会の雑踏、袋小路に嵌り、踵を返そうとしたがよく見ると行き止まりには大きな穴が空いていた。思わずその穴を降りてみる。そこは古い廃校の教室のよう。落ちている一冊のノート。石川一(石川啄木の本名)の日記のようだ。母校岩手の尋常高等小学校(現在の小中一貫校)の代用教員を20歳から一年間務めた頃。何故か青空が地下に落ちている。
可動式のスクリーンに投映される映像を見事に活用。下手花道で生演奏は紫竹芳之氏。尺八、能管、篠笛···。茸の傘のような楽器、ハンドパンの音色が強烈。
ハジメ先生(結城孫三郎氏)が生徒達(安藤光さん)に自作の歌を歌わせたことで揉めている。擁護するマドンナ先生(湯本アキさん)。叱責する校長(小貫泰明氏)、その妻(大浦恵実さん)、教頭(結城育子さん)。
結城座の人形遣いの面々は声優のような声色が武器。人形のスムーズな動きと声とで観客を作品内にいざなっていく。人形遣いの世界と人形の世界が多重構造に連なり、この謎めいた劇空間を観客は解き明かしていかないといけない。
大浦恵実さんが戦後日本女優の佇まいで印象的。
超満員に詰め掛けた観客、ギチギチの客席。熱気が凄い。作品はとても面白い。
風に吹かれた雲のように次々に形を変えては飄々と時代を越えてゆく旗揚げ390周年を迎えた劇団。
是非観に行って頂きたい。

『REAL』
metro
インディペンデントシアターOji(東京都)
2025/09/11 (木) ~ 2025/09/14 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
三姉妹が暮らす古い家屋の質屋。次女(サヘル・ローズさん)は帳場で破れた下着を繕っている。時折遠くから爆音が響き、どうやらここは戦地らしい。そこに現れた来客(渡邊りょう氏)は長女(月船さららさん)の行方を追っている。数年前から何処かに出掛け帰って来ないまま。「日本のインディ・ジョーンズ」と称される冒険家兼考古学者らしい。奥では三女(犬宮理紗さん)が臥せっている。幼い頃から憑かれやすい体質の三女、今回は宮沢賢治の妹トシに。客(マメ山田さん)が質札を手に品物を引き取りに来る。重い地蔵を奥から引っ張り出して来る次女だったがそれじゃなかったらしく客は帰る。下手の客席側面、頭上のキャットウォークから月船さららさんが登場。何故か馬の生首を持っている。BGMに乗せ、叫ぶのは『ツァラトゥストラはかく語りき』。名前は日枝(にちえ)=ニーチェ。ツァラトゥストラはゴータマ・シッダッタのように山奥で悟りを開いた。ある朝、太陽に告げる。太陽が幾ら偉大であまねく地上を照らすとしても、それを受け止め感じる者がいなくては何の意味もないのではないか?同じく自分がどれだけ真理を見付けたとしても、それを人々に伝えないことには意味がない。(初転法輪)。ツァラトゥストラは山を降りて町に出る。月船さららさんは滑車に吊り下げたワイヤーロープに片足を乗せて客席通路に降り立つ。
月船さららさんはここ数年で一番美しかった。衣装も綺麗。
ひたすら哲学談義が続くので眠る人もちらほら。三好十郎「廃墟」にも通ずる。
だが妙な面白さがあった。こんなカルトに詰め掛ける観衆。客層は全く読めない。

懐かしき、未来 ‒ a nostalgic future ‒
ゴツプロ!
シアター711(東京都)
2025/09/11 (木) ~ 2025/09/15 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
凄い一人芝居。作者の深井邦彦氏は鬱の塊を力一杯ぶつけてくるのでこっちは痛くてたまらない。御約束の奴は牛乳だった。過去のトラウマを救い、現在の不甲斐なさを立て直し、未来を明るく見据えたい。誰もが願うそんな気持ちが精一杯作品に込められている。
佐藤正和氏に感服したのは、最後まで一人芝居に思わせなかったところ。感情が波となってうねり、その後ろに情景が確かに見えた。伝える、ということに徹した演出。浮かび上がる母親の陰影。時間の海に漂う自分という乗り物。過去も現在も未来も全てがここに在る。
是非観に行って頂きたい。

野良豚 Wild Boar
文学座
文学座アトリエ(東京都)
2025/09/09 (火) ~ 2025/09/21 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
7月に文学座アトリエで観た文学座附属演劇研究所研修科発表会『天保十二年のシェイクスピア』が最高だった。2000円でこんな凄いものを観せて頂いて申し訳ない程。御礼に次ここで演る作品を観ようとチケットを買った。
8月に『5月35日』を観て、今作の作者が同じ莊梅岩(そうばいがん)さんと知って期待大。香港の現在進行形反骨作家。今作『野良豚〈いのしし〉 Wild Boar』は2012年に香港で初演されたもの。もう香港では上演出来ない。莊梅岩さんは今も香港で政府の締め付けと戦っている。母校・香港演芸学院に宛てた公開書簡が話題に。政府が「ソフトな抵抗」への警戒を呼び掛け、呼応した者達は重箱の隅をつつくように行動発言作品への監視を強めた。自主規制の名の下に阻害分断孤立を迫られるアーティスト達。それは芸術の殺戮だ、と。
演出のインディー・チャンさんは香港出身の文学座の演出家、今作が文学座デビュー作。この二人が上演後にステージに上がった!
高度に管理された都市。
ある日、高名な都市工学の大学教授モナムが失踪する。事件性があるニュースなのにマスコミは何処もそれを報じない。「モナム教授に認知症の恐れ」など同じ方角に読者を誘導する情報操作の記事ばかり。大手新聞編集長ユン(清水明彦氏)はモナム教授とその日会う約束があった為、拉致されたと直感。だが書いた記事は空白にされた。義憤に駆られたユンは会社を辞め、自ら新しい新聞社を設立しようとする。妻でカメラマンのトリシア(上田桃子さん)はかつて有能な記者だったジョニー(山森大輔氏)に協力を依頼。ジョニーは相棒のハッカー(相川春樹氏)を呼び寄せ、モナム教授が告発しようとしていた事柄について調査する。そしてかつての女友達(下池沙知さん)とも彼女がウェイトレスとして働く店で再会。
ロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』のようなハードボイルド風味。主演の山森大輔氏は俗なチンピラ・キャラからフィリップ・マーロウの苦味まで幅広く表現しとても魅力的。陽気な遊び人と信念に殉じる義士の同居した胸の裡。
そしてMVPは下池沙知さんだろう。『廃墟』では若きパンパン役だったが今回は全くの別人。可愛くキュートな女からゾッとするもう一つの冷たい素顔まで。高層テラスでのデート・シーンは映画的。第一幕ラストの遣り取りこそ今作の心臓部になる。
ある意味、『ブレードランナー』的なニュアンスも感じる作品。
是非観に行って頂きたい。
※今の内に観といた方がいいぞ。もうこういうのは日本でも観られなくなる。ネパールの報道で確信した。

わたしのこえがきこえますか
チーム・クレセント
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2025/09/04 (木) ~ 2025/09/08 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
〈Bチーム〉
大林宣彦の『風の歌が聴きたい』、古くは松山善三の『名もなく貧しく美しく』とこの題材には傑作が多い。武田鉄矢の『刑事物語』も聾唖のトルコ嬢を保護して一緒に暮らす話だった。山本おさむの漫画、『遥かなる甲子園』にも脳裏に刻まれたシーンがある。最近ではあやめ十八番、『六英花 朽葉』の中野亜美さんも。
2020年3月、コロナ禍真っ最中の90代老夫婦の家。耳が遠い宮川知久氏と片山美穂さん。亡くなった娘、和美の13回忌が今年行われる。片山美穂さんがふと思い出したのは1966年のあの日のこと。あの一日でどれだけ家族の絆が深まったことか。
役者のレヴェルが高い。誰もが甲乙つけ難い好演。宮川知久氏の心情がキーか。和美の兄、副島風(そえじまふう)氏も泣かせる。和美を客席側にいるテイにして登場させず、両親と手話通訳の清原(新里乃愛さん)は客席に向かって話をしていくアイディア。
壁が薄い為、騒音の苦情を度々ぶつけに来る隣家の春田ゆりさん。
舞台手話通訳は荻谷恵さん。聴覚障碍者の方にどう伝わっているのか非常に気になる。
OMS戯曲賞大賞作品なだけはある。今後ずっと上演され続けるであろう傑作。凄い脚本だ。初の上演、誰もが啜り泣いていた。
必ず観る機会は訪れるであろう作品、必見。

Voice Training 2025
虚空旅団
北池袋 新生館シアター(東京都)
2025/09/05 (金) ~ 2025/09/07 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
主宰の高橋恵さんの挨拶から力があった。作品を観ると本物の脚本を書こうとしているのがよく伝わる。目指しているものは人間の救済の可能性、その具体策と考え方のヒント。とにかく観終わった後に観客に何かを持ち帰って貰おうとの強い願い。カルチャースクールを体験受講したような感覚。トーマス・マンが教養小説なら、教養演劇か。そしてそれをドラマとしてさらりと成立させる貫禄。
主演の丹下真寿美さんが凄腕、これぞプロ。発声練習の時の表情が最高。
全10回の話し方教室講座。5回を終えたところで講師が体調不良で降板。担当(山下真実さん)はピンチヒッターとして実の姉(丹下真寿美さん)に依頼。離れて暮らす姉はラジオのパーソナリティ(司会進行)をやっていた。
受講者は4名。ロリィタファッションのZ世代、礼儀知らずのSHOP店員、野矢アヤノさん。浄土真宗の住職の娘と結婚し入り婿となったガタイの良い坪坂和則氏、話下手で声が大きい。職場のコールセンターで昇進が決まり、プレッシャーが掛かる木山梨菜さん。終末期医療(ターミナルケア)のある病院で緩和ケア病棟で働く看護師、得田晃子さん。引っ込み思案で声が小さい。皆それぞれ悩みを抱えてこの講座までやって来ている。果たして丹下真寿美さんは無事役目を果たせるのだろうか?
非常に考えさせられた。他の作品も気になる。
是非観に行って頂きたい。

今日は、これくらい
サンハロンシアター
OFF OFFシアター(東京都)
2025/09/04 (木) ~ 2025/09/07 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
ジャンドゥーヤ(gianduja)とはペースト状にしたヘーゼルナッツを混ぜ合わせたイタリアのチョコレート菓子。「ジャンドゥーヤ鶫野(つぐみの)FC」は地元のサッカーチームで現在JFL、J3昇格を目指している。チームの広報を担当する田野良樹氏は地元活性化の為にも町を挙げての応援を望む。市民フェスに参加し「観客5000人プロジェクト」を企画、熱弁を振るう。市民フェス実行委員会の英枝(てるえ)さん。スポンサー企業の部長で高校の先輩でもある内藤トモヤ氏。サポーター代表の刀根直人氏。
商工会議所職員の高山佳子さんは内藤トモヤ氏の高校時代の同級生。狭い町で皆顔馴染の人間関係。
市民フェスで余興と司会を頼まれた漫才師・ヒクイドリタカイドリ。タカイドリ、重井貢治氏は喫茶店で働きながらのネタ作り。ヒクイドリ、垣内あきら氏は鶫野に忘れられない記憶があった。
洋菓子店チェスターの店長、和泉輪さんは市民フェスで特製ティラミスの販売を頼まれる。それを後押しする手伝いの石井花奈さん。
話の着眼点や流れは万能グローブガラパゴスダイナモスっぽく感じた。年齢層が皆高めの為、夢に向かって突き進むというよりもビターな哀愁が漂う。現実と自分を知ってしまった人間達だからだ。
小津安二郎の『浮草』のような寂寞感を核として、日がな海を眺める三井弘次のような気分で今作を染め上げたい。
若い石井花奈さんの一生懸命な姿が舞台を盛り上げる。和泉輪さんとのデュエットは見せ場。
是非観に行って頂きたい。

発表せよ!大本営!
アガリスクエンターテイメント
シアターサンモール(東京都)
2025/08/13 (水) ~ 2025/08/17 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
時は1942年6月、太平洋戦争の真っ只中。ミッドウェー海戦の惨敗をどう報じるかで喧々諤々に揉める海軍報道部。事実を淡々と伝えるのか?国民の士気が下がって戦争継続に悪影響をもたらすのでは?いろんな面子と思惑とが絡み合っていつまで経っても発表することができない。その板挟みに苦しみ、たらい回しにされる海軍報道部中佐、津和野諒氏が主人公。
女学生、髙橋果鈴さんが可愛かった。
海軍報道部課長、矢吹ジャンプ氏は高木三四郎みたいに見えた。
海軍報道部報道班員、淺越岳人氏は石野卓球っぽい。
MVPはミッドウェーに出征している中佐、久ヶ沢徹氏だろう。出てくるだけで爆笑をかっさらった。

えがお、かして!
四喜坊劇集※台湾の劇団です!日本で公演します※
小劇場B1(東京都)
2025/08/14 (木) ~ 2025/08/17 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
日本語字幕が入るスペースがあるのだが座る位置によっては舞台上の役者と被って読めない。そこが勿体ない。何処がベスト位置になるのか?
昔よく観ていた香港コメディ映画と作品の空気感が似ているので物語に入り易い。隅に小さい箱馬を積み重ねた舞台美術。導入部は意外な展開から。
メビウス症候群は生まれつき顔面神経と外転神経(眼球を動かす神経)が麻痺している疾患。顔の筋肉を動かすことが出来ず表情が作れない。発声はモゴモゴし口が閉じれない為、涎が垂れてしまう。主人公ワン・シャオティエン(シュイ・ハオジョーン氏)は小学校で普通クラスに通うが見た目の異様さから差別され虐められる。このシュイ・ハオジョーン氏の役作りが凄い。顔をピクリとも動かさず能面のような表情で全ての感情を表現する。台詞を伝え更には歌い上げる。時には涙が落ち涎が垂れる。知らないで観ていたら多分障碍のある方だと思っていただろう。今作ではプロローグの場面で別の役を普通に演じていた為、その凄さが際立った。
父親ワン・クァチャン(ゴーン・ノウアン氏)
息子の病気に責任を感じ、カナダで手術があると聞いて働き詰めでお金を貯めている。
母親シュ・シューフェン(リー・シャオユーさん)
息子は病気ではなく、普通なんだと世間と戦っている。
姉ワン・シャオティン(ワン・イーシュエンさん)
いつも弟ばかり大事にされることで傷ついている。
要所要所に歌が入り家族それぞれが心情を訴え掛ける。
交通事故に遭い、生と死の狭間の空間から現世を眺めることになる父親。絶対に守り続けると誓った息子は絶望に打ちひしがれ追い詰められてゆく。それをどうにもしてやれない歯痒さ。何とか思いを伝えたい。生き抜く力を与えたい。
台湾の劇団、四喜坊劇集(フォーファンシアター)主催で作・演出・作詞・作曲まで全てこなした女性、王悅甄(ワン・ユエジェン)さん。当日パンフに書かれた文章が深い。「演劇は“正しさ”を競い合う分野ではなく、“共感”や“想像力”を駆使して様々な人々が語り合う場所である。」「生きることは一つの価値観で優劣を競い合う競技ではない。そのことに気が付く一助になれれば幸いです。」(意訳)。
作品の意図するテーマは単純なものではなく、ただの難病もの、障碍者ものではない。
是非観に行って頂きたい。

5月35日
Pカンパニー
吉祥寺シアター(東京都)
2025/08/13 (水) ~ 2025/08/18 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
2019年1月下旬北京、タクシー運転手のアダイ(林次樹〈つぐき〉氏)とシウラム(竹下景子さん)老夫婦が暮らす家。アダイは大腸癌の手術を受け、ストーマ(人工肛門)を装着している。使い捨てのパウチ(排泄物を溜める袋)の在庫を確認するシウラムには脳腫瘍が見付かっており、余命3ヶ月との宣告が。死ぬまでの間に持ち物を整理し、自分がいなくなってもアダイが生活できるよう準備してやらないと。その現実が受け止め切れないアダイは「まだ何か手があるんじゃないか?」と話を逸らす。医者の判断ミスだってあるし、まだ絶対死ぬって決まった訳じゃない。シウラムは死んだ愛する息子ジッジの遺品整理に手を付ける。彼が18歳で亡くなったのは30年前、1989年6月4日天安門広場だった。
開幕時、林次樹氏の演技が少し過剰な気もしたが、竹下景子さんを際立たせる為のアクセントなのだろう。竹下景子さんは完璧だった。70代の丁寧な動作の老女から、鬘と化粧を少し変えただけで40代の激昂する女性に。(歩けなくなる程弱り、記憶の混乱が起きるシーンの時だけもみあげにピンマイクが見えた。細かい拘り)。そしてカーテンコールでは嘘のようにスタスタ普通に歩く姿。何処までが演技なのか?全てが「ザッツ竹下景子」。たっぷりと堪能した。是非全く違う役柄でも観てみたい。
下手にある漆喰の壁に囲まれた亡き息子ジッジの部屋。蚊帳のように照明によって透けて見える仕様が効果的。30年間、生きていたそのままに保存された空間、それはシウラムの止まった時間。
失脚した毛沢東が劉少奇から権力を奪還する為に起こした文化大革命(1966年〜1976年)。その混乱に巻き込まれた当時の学生達は進学の機会を奪われた。学問よりも労働が奨励された時代。勉学に心残りがあったシウラムは息子のジッジに夢を託す。裕福ではない家で出来得る限りの教育を与え、アダイが2ヶ月分の給料をはたいて買ってやったチェロ。ジッジは優しい性格で勉学に秀で音楽の才もある自慢の息子。自分達が体験できなかった理想の青春時代を代わりに実現してくれている!そんな彼がある夜両親に告げる。「自分には音楽よりも今やるべきことがあるんだ」と。
当時、中国の改革に前向きだった胡耀邦(こようほう)、肩書は総書記だったが実権を握っていたのは鄧小平(とうしょうへい)。1987年民主化に理解を示したとして失脚させられ、1989年4月急死。胡耀邦に未来の希望を抱いていた学生や市民達が天安門広場に集まり千人規模の追悼集会を開く。その集会は終わらずどんどん中国全土から人が集まって来て3万人以上に。この流れに恐怖を抱いた鄧小平は戒厳部隊を送り込み武力で鎮圧。6月3日深夜から4日にかけて戦車の突入と機銃掃射により3千人から1万人が虐殺されたと言われる。この事件は国家的に隠蔽され、未だに誰も触れてはいけない禁忌。世界的に報道された事件だったが中国国内では誰もが口をつぐむ。事件についての情報や「6月4日」はネット検閲される為、人々は「5月35日」など隠語を使うようになる。
昔書かれたディストピア小説みたいだがこれが今の中国の現実。参政党政権になって治安維持法が復活した暁には日本もこうなるのか。

不可能の限りにおいて
世田谷パブリックシアター
シアタートラム(東京都)
2025/08/08 (金) ~ 2025/08/11 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
Aチーム
世界中の紛争地帯、戦場、難民キャンプ···。ニュース映像で見るそこで医療に従事する人々。国連の難民支援機関のイメージが強かったがもっと民間のNGO団体が多いようだ。リアルタイムで働いている人間の生の声を真空パック。肌感覚でその体験が伝わる。作者はポルトガル人のティアゴ・ロドリゲス、父はジャーナリスト、母は医師。オリジナルでは黒澤明の『羅生門』を皆で鑑賞し、事実というものの多面性を確認した上、役者達と稽古に入ったという。
小林春世さんの挨拶からスタート。彼女と山本圭祐氏の印象が残るプロローグ。
(0)国際赤十字社と国境なき医師団の約30人の職員へのインタビューを再構成。舞台上に集められたメンバーはこれから制作される演劇作品の為に自分達の経験談を語る。「こんなエピソードはどうかしら?」「こういうのじゃ伝わらないわね。」「献身的な英雄なんかじゃあない。ただの仕事だ。」「私、演劇嫌いなのよね。退屈だから!」「録音を止めろ!もうここからは記録するな!」皆が望んでいるような話は出て来ない。出て来るものといえば···。
不可能=法制度(ルール)が機能せず無法状態にある紛争地帯。そこに正義とされるものはない。不条理な暴力への恐怖に怯えながら任務を遂行す。
可能=共有する法律やモラルがあり、安全に安心して生活が営める。論理が通用する。
アルコールを禁止されている地域も多い為、最高の気分転換、最高の娯楽はSEX。SEXをこんなに肯定的に謳歌している共同体だったとは。ウッドストックか!?
オリジナルでは4名の出演者を14名に変えていてそれがかなり功を奏している。話によって皆バラバラに立ち位置を移動し、椅子と譜面台を様々な場所にセットする。視覚的な演出で朗読劇の印象は薄い。『コーラスライン』のオーディション風景みたいに作品をメタ的重層的に見せる工夫。
客層は岡本圭人氏目当てが多かった印象。
破裂した水道管を時間稼ぎに手で押さえる作業。修理業者が来るまでの繋ぎだ。だが修理業者がやって来る保証は何一つない。何という虚しさ。何という無力感。だが目の前の水道管を押さえずにはいられない。
素晴らしい内容。こういう作品をこそもっと演るべき。出来ればニュース映像をたっぷり使用して、作品の抽象性を具象的にアジテートしたい。世界中に聳え立つリアルタイムの現実と私的共同体で鎖国した日本との対比。政治的な発言はスポンサー的にNGの“夢の国”、日本。公的機関がこんな状況だから皆ネットで騙されちまうんだ。ぬるいことやってないでもっとラディカルに演劇を活用してくれ。公安が隠しカメラで来場者の身元をチェックするぐらいに。思想犯演劇をこそ望む。昔はこういう情報だけで重信房子達はパレスチナに渡った。

ウルトラマリンたち
排気口
OFF OFFシアター(東京都)
2025/08/07 (木) ~ 2025/08/11 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
開演前のエンドレスで掛かる客入れSE曲が良かった。美しく静かに滅んでいく感じ。どうせ滅ぶんなら穏やかにいこう。
目茶苦茶に暑い夏、求めるものはクーラーの冷風だけ。
主演の椀(わん)ちゃん役・中村ボリさんは発声が藤子キャラ。ボリボリ先生名義でイラストも。このやたら見かけるイラストはこの方発だったか。
都営団地に暮らす母子。パートと年金でやり繰りする母親(わかまどかさん)と27になっても働けない娘(中村ボリさん)。娘には長年の大切なぬいぐるみの友達(佐藤暉〈あきら〉氏&安藤るいさん)がいて、ROCKを語る謎のおっさん(坂本ヤマト氏)とも最近知り合った。
うっすら焚かれたスモークのようにぼんやりとした四年間が綴られる。ふと訪れる中村ボリさんと水元琴美さん二人による必見の名シーン。誰の心にも届く狙いすました美しい痛み。ここだけで観に行く価値は十分ある。
The ピーズ 「このままでいよう」
夢でも見ているような 煙突の中にいるような
まるで気持ちがいいから このままでいよう
嫌われてくのは辛い 忘れられてくのは辛い
でも僕は何もできない このままでいよう
作演出の菊地穂波氏のことを実はずっと女性だと思っていた。
忘れてたいろんな記憶が痛み出す。大人になる、社会人になるということはアリバイ(肩書)を手にすることなんだ。アリバイ(言い訳)さえあれば普通の人間の振りが出来る。中身は全く何も変わっちゃいなくても。ただそれだけのことなんだ。
今回一回くらい観とくか的な軽い気持ちで観たが次作も普通に気になっている。どんな心象風景の中に誘い込まれてゆくのか?
是非観に行って頂きたい。

水星とレトログラード
劇団道学先生
ザ・スズナリ(東京都)
2025/08/02 (土) ~ 2025/08/11 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
かんのひとみさん恐るべし。そのまんまの存在で見事に作品を成立させる不思議。知ってる婆ちゃん家に寄って2時間弱ごろごろ時間潰してきたような気楽さ。だがとてつもなく面白い。とある老女の等身大の生活とSFとが鮮やかに融合。どんな作品に出ても正解を叩き出す化け物女優。今回はホームの劇団において悠然と決めてみせた。
お向かいさん・田中真弓さんは声は死ぬ程聴いてきたが役者としては初めて観た。何かプレミアム。パンクブーブーの黒瀬純風味。
良い役者ばっか揃えてる。駄目息子・青山勝氏はイジリー岡田テイスト。真面目な娘・みょんふぁさんも素敵。孫娘のリケジョ・中野亜美さんはスタイル抜群。
娘婿の保険屋・宮地大介氏、お向かいさんの旦那・藤崎卓也氏はキャスティングするだけで作品密度が上がる。
売れない漫画家・川合耀祐氏はかなり腕があると思う。
中野亜美さんの親友リケジョ・鎌宮彩羽さんに見覚えがあって何だったかずっと考えていたが、3月にやった劇団員自主企画公演の『ぶた草の庭』だった。覚えてるもんだ。
祖父(藤原啓児氏)の一周忌も近く、一人暮らしの祖母(かんのひとみさん)の様子を心配する娘夫婦(みょんふぁさんと宮地大介氏)。小説家志望のニートの孫(前田隆成氏)を送り込む。孫にある相談をする祖母。「実は私、同じ一週間をずっと繰り返しているの。どうにか脱け出す方法を見付けて頂戴。」
ずば抜けて面白いSFコメディ。
是非観に行って頂きたい。