ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

41-60件 / 852件中
砂漠のノーマ・ジーン

砂漠のノーマ・ジーン

名取事務所

「劇」小劇場(東京都)

2025/09/26 (金) ~ 2025/10/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

小劇場B1だと思っていて、「劇」小劇場だったことに驚いた。ステージ上は2枚の大きな鏡が斜めに置かれ、中央奥で合わさる。その前にはレースカーテンが引かれている。
プレトークとして名取事務所代表・名取敏行氏がトーク。この脚本は甲斐義隆氏の持ち込み、初対面。一日で読み終え翌日には上演を決めた。だが上演予定が詰まっていたので3年掛かった。役者も演出家もその時すぐに口約束で決めた。代表をここまで駆り立てた脚本とは如何に?

2000年9月、オーストラリア北部ダーウィン。人口の約4分の1がアボリジナル。シドニーオリンピック開幕を控え厳戒態勢の国際空港滑走路に不審な女性(森尾舞さん)が侵入。大声で喚き散らし逮捕拘束。その後黙秘を続ける。彼女の叫んだ言語が25年前に最後の話者が亡くなった幻のユーリア語だと気付いた言語学者(西尾友樹氏)は興奮する。アボリジナルの滅んだ部族の言葉を話せる人間が今もまだ生きている!早速無理を言ってコンタクトを取る。何とか彼女からユーリア語について聞き出さねばならない。マジックミラーの部屋にいる彼女に隣室からスピーカー越しで話し掛ける言語学者。

言語学者の台詞は全て英語。舞台上部に日本語字幕が入る。小劇場B1のようなニ面の客席だと観客全員に見える位置に字幕を投影し辛い。だから「劇」小劇場だったのだろう。そして謎の女性は片言の英語しか話せない。彼女の母語、ユーリア語として日本語を使う。言語学者は知っている数少ない単語以外、何を話しているかさっぱり理解出来ない。

言語学者スピロ・イリアディス役西尾友樹氏は今回の役柄を「想像を絶する挑戦だった」と語る。発音までオーズィー英語だそうだ、これ全部覚えたのか?かつて三船敏郎がメキシコ映画『価値ある男』の主演に招かれ、スペイン語の全台詞を丸暗記して到着し現地のスタッフを驚嘆させたエピソードを思い出した。(発音に問題があった為、公開は吹替に)。

謎の女、ミラ・ナパチャリ役森尾舞さんの演技が神懸かっている。
叔母、祖母、母親、娘となり語らい続ける。当初それは幻聴の聴こえる統合失調症患者、多重人格者のようにも見える。だが彼女の唯一無二の凄い所は物語と共にどんどん若返って美しくなる様。精神を解放して自由に魂を広げる内に苦悩は癒やされ心が澄んでいく。彼女の語る、とあるアボリジナル一族の歴史に観客は夢中だ。グレートビクトリア砂漠にあるエミューフィールドに彼等の聖地がある。聖地を目指し何度でも旅に出る。これがアボリジナルの「ドリーミング」なのか?ずっと感覚的に掴めなかった「ドリーミング」に触れたような感触。今月末、燐光群が上演する『高知パルプ生コン事件』も森尾舞さん出演とのことで俄然観たくなった。

今作の森尾舞さんを見逃すな!鬼気迫ってる。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

5〜6万年前からオーストラリアに居住していた先住民、アボリジナルは文字を持たず、口頭伝承、歌、絵画(ドット画)で歴史や伝統を子孫に伝えた。目で見る伝達手段としての絵、耳で聴く伝達手段としての歌。

ドリームタイム(アボリジナルの創世記)に歌で創られた大地の地図=ソングライン。ここはアボリジナルのアカシックレコード(世界記憶)。アクセスすると時間も空間も越えて一族の精霊達と語り合える。ここには全ての記憶があって誰もがいる。

『進撃の巨人』の「道」の設定に近い。というよりも『進撃の巨人』がアボリジナル文化を元にしているのだろう。ユミルの民=エルディア人の精神が繋がる場所とされる「道」。その「道」の源泉となっているのが「座標」=創造主。アボリジナルでいうとドリームタイム=天地創造神話。
時間という概念を持たないアボリジナル、過去も現在も未来も同じこと。天地創造は遥か昔のお話ではなく今現在である。この感覚は「共同幻想」のことなのだと思う。同じ血族はずっと通じ合って生きている。時代を越えて共に生きる。「共同幻想」を共有して繋がっている。

25年前、病院で癌で亡くなった老婆の残した録音を聴かされるミラ。「叔母さんだ!」ミラの母親の妹である。その病院にミラも付き添った。だが叔母は病院で叫ぶ。「逃げて!逃げるのよ!」何処までも逃げなくてはならない。捕まったら矯正施設に入れられて何もかもを奪われてしまう。何もかもを壊されてしまう。マリリン・モンローになれなくてもいい。逃げ続けよ、ノーマ・ジーン!皆に愛される必要などはない。逃ゲ続ケロ!

居眠りが多かったのは字幕のせいでもある。ドラマとしては西尾森尾の関係性が段々と変わっていく様をこそ見せたいところ。言語がテーマなのは判るが、やはり日本語で演るべきだったとも思う。西尾森尾の遣り取りが日本語だった方が話に集中出来る。「ドリーミング」を体験させることこそが主題。

エピローグは自分的には不要。椅子を振り上げてラストの方が好き。

BARBEE BOYS 「ノーマジーン」

何故なんだノーマジーン?
俺のこと嫌ってるなら
笑ったり誘ったりしないでいいよ

無理をして笑う 我慢して遊ぶ
ちゃちな幸せが目当て
いつからか鏡 怖くって外す
いつも夢見ていたのに
草創記「金鶏 一番花」

草創記「金鶏 一番花」

あやめ十八番

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2025/09/20 (土) ~ 2025/09/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

【満月】:金原賢三役:藤原祐規/ 坂東天鼓役:宮原奨伍

2回目。
沢山の角材に混じって沢山のブラウン管TVが潜んでいる。

作品的に大好物というわけではないのだが、もう一回観たいと思わせる中毒性。今観終わったばかりなのに。作家は頭の中で思い付いたアイディアの実現の難易度が高ければ高い程興奮するタイプなのだろう。作家と観客との想像力の知恵比べ。これは戦いだ。作家がここまで頭の中身全部ぶっ込んで勝負してるのに観てる方も負けてはいられない。覚悟して観る。後に伝説になると思う。金払えばこれが観れることに感謝すべき。

金子侑加さんには何かしら賞を捧げないとまずい。『二番花』でふっくらしていたのも、今回の役の為の振り幅だろう。本当に何か憑いているんじゃないか?

ネタバレBOX

影絵の汽車。
遊び仲間の松井愛民(あみん)さんが可愛かった。
佐渡玄太役の藤尾勘太郎氏は要所要所で大活躍、物語の緒を締める。天下無双のとっちゃん坊や。
アコーディオン、島田大翼氏の美声。

北沢洋氏演ずる坂東天五郎がカッコイイんだよね。彼を主人公に観たかった。歪んでらあ。末代までお狐様と付き合う覚悟。「狐〜!当てやがったな!息子を頼んだ!」
弟子の坂東文七(小林大介氏)との遣り取りもカッコイイ。「ここからは生き死にですよ。」
小林大介氏はスマトラの鬼伍長、大蔵大和役も兼ねる。彼こそ二番花で内田靖子さんが演じた大蔵ハナの兄。

妖しく光る水ヨーヨーを突いた狐面の子供達、そこらここらにぼうっと浮かび上がる。
「狐の提灯、ぼうっ」との唄声がこだまする。
森の奥深く坂東天鼓(宮原奨伍氏)は夢遊病者のように歩き続ける。夜空に浮かぶ巨大な満月。

高熱に浮かされ、生死の境を彷徨う金原賢三少年(今村美歩さん)。母(藤吉久美子さん)はどうにか助けてあげたくておろおろする。そこに深夜の闇を切り裂くような一番鶏の高らかな鳴き声。飼っている鶏のサチ(中野亜美さん)だ。「お前を応援しているんだよ。頑張れって応援してくれてるんだよ。」その声に導かれて少年は回復し命拾いする。サチはずっと少年を見守り続ける。

悪戯好きの捻くれた狐(金子侑加さん)は坂東天五郎(北沢洋氏)の家に貰われる。魔性の技で三流歌舞伎役者に稽古を付けてやる。その6歳の息子が生死の境を彷徨う病。狐に命乞いをする天五郎。救ける代わりにその子を寄こせと要求。苦渋の決断を迫られる天五郎。

日本中皆、狐に憑かれたように戦争に邁進していく。どうにも人が変わってしまったかのように。

歴史には残らない狐と鶏の戦い。誰も知らず誰も信じない話。でもそれは本当のこと。

見立て
箸 色鉛筆
お茶碗 折紙
レンゲ 金魚すくいのポイ
歌舞伎の筋書 凧 
米 おはじき
お茶 重ね独楽
スコップ 虫取り網
けん玉もあった。
ナタは羽子板の形状。

「私はこれ程美しいものを見たことがございません。」
金子侑加さんはタイBL(ボーイズラブ)をこよなく愛するYガール(腐女子)なだけに台詞が真に迫る。タイ製作のBLドラマは高品質で世界的に人気となっている。

「ままならん、どうにもままならん。」
後頭部に上下逆に狐面を付けた金子侑加さん、頭を下げると狐になる。四つん這いで裏声の狐と久連子益次郎を同時にこなす。

昭和21年3月16日に起きた十二代目片岡仁左衛門一家殺害事件がモデル。薪割り用のマサカリで親子3人と使用人、子守りの5人が早朝午前6時頃殺された。座付作者見習いとして住み込んでいた飯田利明が逮捕される。減刑を狙って「食の恨みだ」と供述したが、その後金目的であったと獄中から遺族に詫び状を送った。無期懲役の判決を受けたが1960年代に恩赦で釈放されたらしい。

※自分が先行予約した時には【彗星】と【満月】の区分けはまだなかったと思う。こうなると【彗星】観たかった!

※佐藤弘樹氏は顔の系統がBreakingDownのSATORUっぽい。
成り果て

成り果て

ラビット番長

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2025/09/24 (水) ~ 2025/09/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

これも傑作。再演を繰り返し4回目の公演。紀伊国屋ホール挑戦の演目にこれを選んだ事もあり、劇団にとって一番手応えのある作品なのだろう。クライマックスは気持ちが入っていて皆涙ぐんで演じていた。確かに人の心を動かす力がある。ストーリーとかシチュエーションとかではなく、ただの将棋好きの純情に感じ入る。いつも人生の脇には将棋盤がついて回った。泣いて笑って悔しくて悲しくて淋しくてやり切れなくて、ふと将棋の駒を弄る。そんな連中の織り成す精一杯の純情模様。生きても死んでも成れの果て。

選曲のセンスがずば抜けている。Superflyはハマる。このシーンにはこれだな、と曲を吟味し気持ちを託す光景さえ見える。

大阪の将棋道場、プロ棋士としては負けまくっていて評価は低いが、その人間性から弟子やファンからの人気は絶大な森棋士(井保三兎氏)。その弟子である天野兄妹、兄(三浦勝之氏)は奨励会二段でプロ(四段)入りを目指し、女子高生の妹(漆間虹美〈うるまこうみ〉さん)は女流棋士を。だが世の中そんなに甘くない。幾ら将棋が好きでもどんなに頑張っても報われないことの方が多いもの。彼等の流転と激動の日々。

ジャージ姿の女流棋士、成塚衣和美さんが妙に気になった。
女流名人、江崎香澄さんも引き締まった役柄、女流棋士の悔しさを滲ませる。(女流棋士としてプロになれる研修会B1クラスは、奨励会では6級程の棋力だと言われている。「所詮、女だから」と舐められる男社会)。
会長(=米長邦雄)に松沢英明氏。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

2006年、日本将棋連盟会長の米長邦雄は将棋普及の為、プロ棋士対コンピュータ将棋ソフトの公開対局をプロモートすることを宣言。
ニコニコ動画を運営するドワンゴが2010年より将棋電王戦を開催。世界コンピュータ将棋選手権優勝ソフトとプロ棋士の対局をネットで生中継する企画は大人気となった。
2017年、第2期電王戦二番勝負にて現役名人佐藤天彦が将棋ソフトPonanzaに連敗。一つの歴史的役割を終えたとして電王戦は終了。叡王戦と名前を変えて8番目のタイトル戦に昇格した。

森棋士は森信雄がモデルなのだろう。

船井(渡辺あつし氏)と亡くなった天野高志(三浦勝之氏)の開発したソフトとの対戦。二人でずっと語り合うシーン。いいね。
an-mon

an-mon

team UZU.UZU

シアター711(東京都)

2025/09/24 (水) ~ 2025/09/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

これはある地底アイドル(=地下アイドルの下)のLIVE。この妙な面白さは昨年観たPeachboys最終公演、『ピーチボーイズ〜新性器エヴァンと下痢男〜』に近い。人に熱心に薦めるような作品ではないが、「じゃあつまらないか?」と問われたらそんなことはない、かなり面白かった。要するに伝え辛い楽しさ。本多劇場グループの創設者、レジェンド本多一夫氏91歳!率いる小劇場アングラ・オールスターズ。本多一夫氏は俳優としても舞台に降臨する。

箱馬の上に置かれた一本の水の入ったペットボトル。それを見つめる日南莉緒菜さん。一人また一人と舞台袖から現れる役者達。皆ゼッケンに自分の誕生日を付けている。

測量船ビーグル号に乗った若きチャールズ・ダーウィン(小林桂太氏)、世界中を航海し生物の分布を観察、自然選択説に行き着く。

4人組の地底アイドルグループ、アンモナイツ。「私達、古生代アイドル、an-mon-nights!」
どこかのイベントスペースでサイン会を開いているが無論誰も来ない。
日南莉緒菜さんはもろアイドル顔でどっかの元メンバーだろうと思って観てたが全く違ったらしい。
大図愛さんは流石。多分一番人気が出るタイプ。
凜果さんは衣装振付も担当、多才。この衣装はイケる。
飛田大輔氏も色物かと思わせてキッチリハマる。
普通に活動していても成立するクオリティー、4人のバランスが良い。
全く売れないアイドルグループが自分達が生き残る術をダーウィンから学ぼうとする物語。“もしも地底アイドルグループがダーウィンの『種の起源』を読んだら。”根底にあるテーマはmétroの『REAL』と同じ。世界の激動と先行きの不安に揺れる日本人の集合的無意識は同じ音色で響き合う。月船さららさんと森ようこそさんの共振。

謎の婆さん、佐藤梟さんが現れて「羊の絵を描いて」と頼む。『星の王子さま』じゃないんだからとあしらうもしつこい。仕方なく描いてやると御礼に望みを叶えてくれると言う。半信半疑でペットボトルの水を飲む4人。異世界に吹っ飛ばされる。アングラ地獄巡りの始まりだ!

ネタバレBOX

ダンサー、三浦ゆかりさんはグラスと瓶と踊る。多治見智高ジーザス氏のヴァイオリン伴奏。
中村天誅氏の応援団。好井子ユミさん(=チンドン好井さん)は闘魂マフラーとチンドン太鼓で加勢。
田中真之氏は人魚が見たくて少女の眼球を抉る男。
バレエの福島梓さんはテープをレーザートラップのようにステージ中に張り巡らす。台湾女優スー・チーっぽかった。ウクレレ。
のぐち和美さんはガラパゴスゾウガメ?
森ようこさんと長谷部洋子さんは黒白デュオのように対称的に踊る。

本多一夫氏は伝説のアイドル、「BEAGLE GO」としてアンモナイツに啓示を与える。2年前に虹企画/ぐるうぷシュラ98回公演を観に行ったが、主宰で構成演出出演の三條三輪さんは99歳だった。(戸籍と実年齢が2歳違うそうだ)。しかも当時はまだ耳鼻咽喉科医としても現役。(現在は女医は辞めたが女優としては活動中、来月102歳)。本多一夫氏はまだまだ行ける。

ダーウィンの提唱した進化とは進歩ではない。生物の進化、方向性選択とは環境に適応するだけのものであり、一つの方角(目的地)を目指して向かっている訳ではない。環境に適応する為に時には自らを劣化させることさえある。「自然淘汰」のメカニズムの中で偶然環境に適応した「突然変異」を持って生まれたものが偶然生き残る。結果として生き残っただけで全ては偶然に過ぎない。重要なのは与えられた環境で前向きに肯定的に生きていくポジティヴ・シンキングの姿勢。生き残れないかもしれないけど、それはただの結果。プロセスを楽しむのが人生だろう。
変身

変身

オペラシアターこんにゃく座

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2025/09/20 (土) ~ 2025/09/23 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

傾斜がきつく見える八百屋舞台。まるでマイケル・ジャクソンの「スムース・クリミナル」。転びやしないかと不安になる程。北野雄一郎氏演ずるK(カフカ)が皆に『変身』を読み聞かせている。チェコの首都プラハ、モルダウ川に掛かるカレル橋。ベドルジフ・スメタナの『モルダウ(ヴルタヴァ)』が知られている。林光氏の作曲は全編名曲。無理に作ったような引っ掛かる部分がない。そして出演者全員が美声。歌を聴いているだけで満足。
朝起きると突然、巨大な甲虫に“変身”していたグレゴール・ザムザ(北野雄一郎氏)。父(高野うるお氏)、母(鈴木裕加さん)、妹(入江茉奈さん)、女中(豊島理恵さん、熊谷みさとさん)にこの姿を見られる訳にはいかない。会社からやって来た支配人(沢井栄次氏)がドアを開けろと喚く。何とか開けるとその姿を見た者達はパニックに。沢井栄次氏はゴロゴロ転がって階段落ち!衝撃の演出。後半登場の3人目の老婆女中(西田玲子さん)が強キャラ。気取った不愉快な下宿人(沖まどかさん、泉篤史氏、金村慎太郎氏)の咀嚼音ASMRオペラ。

入江茉奈さんが綺麗だった。
前田正志氏のファゴットが強力。

実は今回初めて『変身』という作品を理解した気持ちになった。母親(鈴木裕加さん)の愛情という名の付いた強圧的な支配欲。優しい笑顔と物言いで子供をずっと隷属させようとする。幾らそれに否を唱えても決して理解してはくれない。愛なのだから、と。これは家族という世界で抑圧され廃人になった男の物語だった。廃人になり社会的に不要な邪魔者だと疎外され孤立する不具者。そんな男の目から見た家族の光景。
傑作。

ネタバレBOX

巨大なゴキブリに暗い部屋で餌を与える妹(入江茉奈さん)。

銀行で小間使いとして職を得た制服姿の父親(高野うるお氏)が林檎を投げ付ける。

極度な傾斜の段に冷や冷やしている観客を嘲笑うかのように鈴木裕加さんの階段落ちやまさかの一斉全員落ち、林檎のキャッチボールなど八百屋舞台を逆手に取った鬼演出。

全員仮装舞踏会のような格好で踊り狂う、まさかのシーンもある。入江茉奈さんがガーターベルト姿で悩ましく太腿を見せ付けて踊る。

※余談。
古本屋で『変身』を買ったら、BUCK-TICK全員のサインが入っていたという話を昔SNSで見た。

BUCK-TICK 「PHYSICAL NEUROSE」

夢から醒めたらグレゴール・ザムザは OH OH OH METAMORPHOSE
ここが海

ここが海

アミューズ

シアタートラム(東京都)

2025/09/20 (土) ~ 2025/10/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

下手、ベッドの上に掛かっている絵画がやたら気になる。円柱形の建造物が二つ並んでいるだけなのだが何故か目が行く。それは謎。

黒木華さんのショートカットは美しい。元モー娘。の福田明日香の若い頃みたい。黒木華さんは『星の子』での新興宗教教団員が強烈だった。炸裂するアルカイックスマイル。
橋本淳氏は作家の分身。中田青渚(せいな)さんは細過ぎて驚いた。吉川ひなのの若い頃みたいだったが25歳とは···。

今作は物凄く作家にとって重要な作品だろう。名声と地位を手に入れた今、社会的に意義のある作品を世に送り出したいという決意。誰も触れなければそんな問題すら存在しなかったことにされてしまうこの世の中。面倒臭い問題は下手に関わるよりも無視、見て見ぬ振りの方が楽だ。性同一性障害(性別不合)の人が身内だった場合の心境を真剣に考えている。役者の心理描写も繊細。何処までもリアル。当事者が観ても納得できるように。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

暗転時、壁が反転してセットが早変わり。あのベッドをどうやったのか?

幻覚作用のあるシロシビンを含んだ茸はマジックマッシュルームと呼ばれ、日本でもワライタケなどは自生している。

タイトルに込められた意味は分からなかった。

結婚して17の娘までいる妻が4年前の仕事の取材での経験からずっと圧し殺していた性別違和を自覚。自らの中でひた隠して葛藤していたが到頭旦那に打ち明ける。旦那にはそれの受け止め方が解らない。「本当の自分」って何なんだ?

ドラマとしての面白さを捨て、相手のことを想う丁寧な心理描写に力を注ぐ。2024年5月から12月までの家族3人の変化。男性ホルモン注射によって声が低くなり、ポケットに手を突っ込み、大股を開いて座り、ぶっきらぼうな抑揚のない早口に変わっていく黒木華さん。橋本淳氏が出来ることは「信頼を積み重ねていく」ことだけ。愛する者は変わっていくがずっと好きなままでいたいとの願い。どんな形であれ、君と関わっていたい。
全ての問題は心で涙を流しながらも傷つけ憎しみ合わないように丁寧に育んでいこう。壊してしまうのは簡単だ。

尾崎豊「優しい陽射し」

何も悲しまないと暮らしを彩れば
きっといつか答えは育むものだと気付く
草創記「金鶏 一番花」

草創記「金鶏 一番花」

あやめ十八番

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2025/09/20 (土) ~ 2025/09/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

【満月】:金原賢三役:藤原祐規/ 坂東天鼓役:宮原奨伍

荒れ果てた廃屋のような舞台美術。そこらかしこに梯子が雑然と。やたら殺風景な風情に不穏な意図を感じ取る。テーマは『裏面』。多重な意味で『裏をかく』。
前作、『音楽劇「金鶏 二番花」』を観てからたまらなく観たかった『一番花』。きっとこういう話だろう、と観客それぞれ思いを巡らせた筈。自分の脳内でもほぼ完成形は見えていた。だが全く違った!何もかもが違う。

作劇は手塚治虫調。この手塚テイストが大衆に支持される所以。まさにピノコのような中野亜美さんが出突っ張り。中野亜美さんはある意味、現代小劇場演劇の象徴。彼女をどう使うかで作品は分かれる。

助演的なアシストに徹するかのような金子侑加さん。ハレー彗星騒動に現れた怪異譚が広まり、栄国稲荷神社の稲荷神に押し寄せる参拝客。その中の一人、芸に腕がない歌舞伎役者・坂東天五郎(北沢洋氏)のエピソードが今作の肝。『どろろ』調。
四代目中村雀右衛門(じゃくえもん)をモチーフにしたその息子である坂東天鼓役宮原奨伍氏の所作が美しい。

小口ふみかさんの目をひん剥いての威嚇。

母親(藤吉久美子さん)に家にいながら歌舞伎を観せてやると誓う金原賢三少年役今村美歩さん。驚く程美少女。青年期は藤原祐規氏、現在は桂憲一氏。「無線遠視法」を研究し、ブラウン管を使っての送受像を世界で初めて成功させた天才工学者。現在の金原賢三が坂東天鼓の墓参りに行くシーンから物語は始まる。中野亜美さんと新幹線に乗って。

今作の方が好きかもなと思いつつ、前作の歌の高揚も捨て難い。前作が木下恵介なら今作の監督は増村保造。こっちが作家の本流のような気もする。どうせ皆観るだろうから今は余計なことは書かない。ただこの作家が自ら抱える芸術への真摯な姿勢に信仰心すら感じた。大衆の評価を犠牲にしても自分の信仰に殉じたい、と。それは正しいよ。そういうのが失くなったらAIが計算した最大公約数、広告代理店の導き出した商売としての正解に世界は統治される。人間は理性で生きている訳じゃないんだ。言語化出来ない無意識が殆どだろう。そこを刺激するから『芸術』なんて御大層なガラクタが生き残ってる。(それは酒の存在にも似ている。こんな健康的にも社会的にも害のある無意味な嗜好品が死滅しない理由に)。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

狐の登場と中野亜美さんの正体が最高に盛り上がる。『ビューティフル・マインド』だったか。

フラフープをチューブやハンドルに見立てる。
新幹線の車窓は梯子。
児童雑誌を新聞に。
こけしと独楽で徳利と盃。
「タクボク~雲は旅のミチヅレ~」

「タクボク~雲は旅のミチヅレ~」

江戸糸あやつり人形 結城座

ザムザ阿佐谷(東京都)

2025/09/18 (木) ~ 2025/09/23 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

石川啄木の未完の小説、『雲は天才である』をモチーフにおきあんご氏作、加藤直氏演出の『笑うタクボク〜雲は天才である〜』を2012年に上演。2020年、加藤直氏が書き下ろして『明日またタクボク〜雲と劇場〜』を。そして更に今回、加藤直氏が書き足し新作として上演。

結城座の面々が町から町へと劇場に向かって旅をしている。都会の雑踏、袋小路に嵌り、踵を返そうとしたがよく見ると行き止まりには大きな穴が空いていた。思わずその穴を降りてみる。そこは古い廃校の教室のよう。落ちている一冊のノート。石川一(石川啄木の本名)の日記のようだ。母校岩手の尋常高等小学校(現在の小中一貫校)の代用教員を20歳から一年間務めた頃。何故か青空が地下に落ちている。

可動式のスクリーンに投映される映像を見事に活用。下手花道で生演奏は紫竹芳之氏。尺八、能管、篠笛···。茸の傘のような楽器、ハンドパンの音色が強烈。

ハジメ先生(結城孫三郎氏)が生徒達(安藤光さん)に自作の歌を歌わせたことで揉めている。擁護するマドンナ先生(湯本アキさん)。叱責する校長(小貫泰明氏)、その妻(大浦恵実さん)、教頭(結城育子さん)。

結城座の人形遣いの面々は声優のような声色が武器。人形のスムーズな動きと声とで観客を作品内にいざなっていく。人形遣いの世界と人形の世界が多重構造に連なり、この謎めいた劇空間を観客は解き明かしていかないといけない。

大浦恵実さんが戦後日本女優の佇まいで印象的。
超満員に詰め掛けた観客、ギチギチの客席。熱気が凄い。作品はとても面白い。
風に吹かれた雲のように次々に形を変えては飄々と時代を越えてゆく旗揚げ390周年を迎えた劇団。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

浄瑠璃『伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)』の「櫓のお七」の前半を両川船遊氏が操る場面に大拍手が巻き起こる。

地下にあったのは石川一の日記ではなく、台本にするべき。どんな作品か演ってみよう、と学校のシーンに繋げた方がスムーズ。

結城孫三郎氏演ずるボクは人形を遣っていないと自己同一性が保てない。猿の人形に自分を託し、八百屋お七の人形をかどわかす。その上で敢えて探偵独眼竜(両川船遊氏)にお七捜索の依頼。

深い森に迷い込むハジメ先生達一行とお七人形を捜す結城座の面々。甘い匂いに誘われて夢見心地になってしまうが惑わされてはいけない。深い森の迷宮で独眼竜は犯人を突き止める。この森の描写は人間の無意識のようだ。意識に引っ張られ過ぎても無意識に引っ張られ過ぎてもいけない。

「人生は長い暗いトンネルだ、処々に都会という骸骨の林があるっきり。それにまぎれ込んで出路を忘れちゃいけないぞ。そして、脚の下にはヒタヒタと、永劫の悲痛が流れている、恐らく人生の始めよりも以前から流れているんだな。それに行く先を阻まれたからといって、そのまま帰って来ては駄目だ、暗い穴が一層暗くなるばかりだ。死か然らずんば前進、唯この二つのほかに路が無い。」
(『雲は天才である』より)。
『REAL』

『REAL』

metro

インディペンデントシアターOji(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

三姉妹が暮らす古い家屋の質屋。次女(サヘル・ローズさん)は帳場で破れた下着を繕っている。時折遠くから爆音が響き、どうやらここは戦地らしい。そこに現れた来客(渡邊りょう氏)は長女(月船さららさん)の行方を追っている。数年前から何処かに出掛け帰って来ないまま。「日本のインディ・ジョーンズ」と称される冒険家兼考古学者らしい。奥では三女(犬宮理紗さん)が臥せっている。幼い頃から憑かれやすい体質の三女、今回は宮沢賢治の妹トシに。客(マメ山田さん)が質札を手に品物を引き取りに来る。重い地蔵を奥から引っ張り出して来る次女だったがそれじゃなかったらしく客は帰る。下手の客席側面、頭上のキャットウォークから月船さららさんが登場。何故か馬の生首を持っている。BGMに乗せ、叫ぶのは『ツァラトゥストラはかく語りき』。名前は日枝(にちえ)=ニーチェ。ツァラトゥストラはゴータマ・シッダッタのように山奥で悟りを開いた。ある朝、太陽に告げる。太陽が幾ら偉大であまねく地上を照らすとしても、それを受け止め感じる者がいなくては何の意味もないのではないか?同じく自分がどれだけ真理を見付けたとしても、それを人々に伝えないことには意味がない。(初転法輪)。ツァラトゥストラは山を降りて町に出る。月船さららさんは滑車に吊り下げたワイヤーロープに片足を乗せて客席通路に降り立つ。

月船さららさんはここ数年で一番美しかった。衣装も綺麗。
ひたすら哲学談義が続くので眠る人もちらほら。三好十郎「廃墟」にも通ずる。
だが妙な面白さがあった。こんなカルトに詰め掛ける観衆。客層は全く読めない。

ネタバレBOX

欲を言えばもっと脚本を練って欲しい。好きな作品のコラージュのようにも見える。哲学なんてどう例えて人に伝えるかの技術論。演劇は転義法(比喩)の最たるものなのだから哲学の視覚化に適している。物語の中にニーチェ哲学を秘匿文字のように刷り込んで欲しかった。

サヘルさんが梨を切り分けるのだが雑。皆で摘むおでんはいい匂いで美味しそうだった。風月堂のゴーフレット。

月船さららさんが姉妹に語る。
超人に至る「精神の三段階」。①駱駝=重い荷物を背負って砂漠を進む忍耐。②獅子=自らの意思で生きる自由を勝ち取る。③幼子=無垢であり、あるがままの世界を受け入れることができる。創造的な知性の獲得。

パンドラの匣を開けて最後に残ったエルピス=予兆。これが人間界に行かなかったお陰で人間は暮らしていける。先が分かったら辛すぎて人間は生きていけないだろう。先が分からないから人間はまだ生きていける。

「よだかの星」と「永訣の朝」をリレー形式で三姉妹が朗誦。

渡邊りょう氏の語るREALはよく掴めなかった。
蛇に舌を噛まれて逆に食い千切るマメ山田さん。

ジェニン難民キャンプの瓦礫で作ったオブジェ、「パレスチナの馬」が客席後方より運び込まれる。これが素晴らしい出来で軽いが人が乗れる程丈夫。
1889年1月3日、ニーチェはイタリア・トリノの広場で鞭打たれる馬に駆け寄り、泣きながら首にしがみつくと意識を失う。元々躁鬱病と誇大妄想が激しかったが、そのまま精神が正常に戻ることはなかった。

ラストは、チェーホフの「三人姉妹」を朗誦。
「パレスチナの馬」に跨った月船さららさん。精神の無垢なる解放。

戦争は止められない。虐殺も止められない。差別も止められない。何も思うようにいかない。正しく優しく平等な世界にはならない。憎しみを捨てられない。恨みを忘れられない。他人を愛せない。他人を許せない。結局何一つ出来ないままだった。
その全てをあるがままに受け入れる。

ゴータマ・シッダッタは「一切皆苦」と説いた。この世の全ては思うようにはいかない、人間は無力だ。親鸞は「他力本願」を説く。自力の考え方の傲慢さを打つ。

ニーチェは「もう神などいない。何かに縛られ従う必要はなくなった。これからは弱さに同情しそれを肯定する生き方はやめだ。『力への意志』を持った優れた者=超人こそが世界を導いていく時代だ。」と説き、見事にナチスに利用された。強く美しく賢い者達が世界を支配するべきだと。弱者はそれを崇拝すべきだと。だがこれは人類の永遠に抱えるテーマだろう。弱く醜く劣った連中をぶっ殺すことで強く美しく賢い者達の仲間入りを果たせるような幻想。ニーチェの人気の核には選民思想がある。

「バイ・バイ・ニーチェ 」 THE STALIN

バイ バイ bye bye バイ バイ
だけど大好きだからもっと遊ぼう
懐かしき、未来 ‒ a nostalgic future ‒

懐かしき、未来 ‒ a nostalgic future ‒

ゴツプロ!

シアター711(東京都)

2025/09/11 (木) ~ 2025/09/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

凄い一人芝居。作者の深井邦彦氏は鬱の塊を力一杯ぶつけてくるのでこっちは痛くてたまらない。御約束の奴は牛乳だった。過去のトラウマを救い、現在の不甲斐なさを立て直し、未来を明るく見据えたい。誰もが願うそんな気持ちが精一杯作品に込められている。
佐藤正和氏に感服したのは、最後まで一人芝居に思わせなかったところ。感情が波となってうねり、その後ろに情景が確かに見えた。伝える、ということに徹した演出。浮かび上がる母親の陰影。時間の海に漂う自分という乗り物。過去も現在も未来も全てがここに在る。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

舞台は熊本県。小4の10歳の少年が主人公。1980年7月7日の月曜日から13日の日曜日までの一週間。父が事故死し母と二人暮らし。母は精神的に不安定で暴力を振るう。少年は牛乳瓶をゴクゴク飲み干しては登校する。学校では酷い苛めに遭っている。下校するとパチンコ屋に向かって母を探す。店内で玉拾いして時間を潰す。母が勝った日は近所の店でナポリタンを一緒に食べる。帰宅するとドアをガンガン叩く音と怒声、借金取りだ。じっと息を殺してやり過ごす。母は化粧して夜の仕事に出掛ける。ある夜、男達がアパートに侵入して来て母子共々ボコボコにされる。母は何処かに連れて行かれた。数日ぶりに帰って来た母は日曜日に天草の海に行こうと言う。海にはピンクのイルカが棲んでいて、それを見るとどんな願いでも叶うんだそうだ。日曜日、ずっと海を眺めて探し続ける。母はトイレに立つ。すると突然傍に妙なおっさんが立っていることに気付く。ウエスタンハットにポンチョ、夏なのに妙な風体だ。おっさんは「君の願いを叶えてあげる」と宙に浮く銀色の乗り物に手招きする。

2171年、男は200歳になっていた。母親を名乗る者から手紙が届く。何となく病院に行くと寝たきりの老婆。本当に母親だったのかすらもう思い出せない。赤の他人のような会話が続く。何かそれが妙に楽しくなってきて数ヶ月通う。amazonでタイムマシンを買って過去に行ってみる。天草の海岸で母に棄てられた10歳の自分がいた。少年を乗せて1977年大晦日に飛ぶ。父親と母親と楽しく紅白歌合戦を観ている頃。明けて1978年1月、この月に父親がホームから転落して電車に撥ねられて亡くなるのだ。少年は父親を助けて、過去を変えようとする。1周目は朝飲んだ牛乳で腹を下してトイレに駆け込み駅員に補導されてBAD END。2周目は父親に叱られ会社の同僚に車で帰されてBAD END。3周目は直接父親を助けようと駅で待っていたが、矢張り運命は変えられず目の前で父親は轢死してBAD END。男は連絡を受け2171年に帰る。母親を名乗る老婆が亡くなっていた。もう一度過去に戻ってみる。少年はサバサバした表情で7月7日からの一週間を辿ってみたいと言う。母親に殴られ、学校で苛められ、今となっては全てどうでもいい出来事だ。もう何も自分を傷つけられない。自分はそんな痛みを超えてしまった。さあ天草の海岸でサヨウナラだ。お母さん、あなたはあなたの人生を精一杯生きて下さい。今日まで育てて下さって有難うございました。感謝してもし切れません。有難うございました。有難うございました。有難う!またいつか!男に肩車されたウエスタンハットにポンチョ姿の少年は泣きながら、走り去る母親の車を追い掛ける。ずっとあなたのことを愛していました!

タイムマシンの設定は記憶内を仮想空間にしてアバターである自分が体験する夢でいいと思う。何度も何度も過去を追想して、自分の真意に気付く。

タイムマシンをamazonで買う為、設定を説明無しで200年後にしたのは正解。この巨大な嘘のお陰でいろんな矛盾が気にならなくなる。この手はアリだと思う。取り敢えず200年後に話が飛べばもうこっちは文句を付けられない。

※佐藤正和氏に前から妙な既視感を感じていたが、「矢野・兵動」の兵動大樹の話芸に似ていると思ったからかも知れない。
野良豚 Wild Boar

野良豚 Wild Boar

文学座

文学座アトリエ(東京都)

2025/09/09 (火) ~ 2025/09/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

7月に文学座アトリエで観た文学座附属演劇研究所研修科発表会『天保十二年のシェイクスピア』が最高だった。2000円でこんな凄いものを観せて頂いて申し訳ない程。御礼に次ここで演る作品を観ようとチケットを買った。
8月に『5月35日』を観て、今作の作者が同じ莊梅岩(そうばいがん)さんと知って期待大。香港の現在進行形反骨作家。今作『野良豚〈いのしし〉 Wild Boar』は2012年に香港で初演されたもの。もう香港では上演出来ない。莊梅岩さんは今も香港で政府の締め付けと戦っている。母校・香港演芸学院に宛てた公開書簡が話題に。政府が「ソフトな抵抗」への警戒を呼び掛け、呼応した者達は重箱の隅をつつくように行動発言作品への監視を強めた。自主規制の名の下に阻害分断孤立を迫られるアーティスト達。それは芸術の殺戮だ、と。
演出のインディー・チャンさんは香港出身の文学座の演出家、今作が文学座デビュー作。この二人が上演後にステージに上がった!

高度に管理された都市。
ある日、高名な都市工学の大学教授モナムが失踪する。事件性があるニュースなのにマスコミは何処もそれを報じない。「モナム教授に認知症の恐れ」など同じ方角に読者を誘導する情報操作の記事ばかり。大手新聞編集長ユン(清水明彦氏)はモナム教授とその日会う約束があった為、拉致されたと直感。だが書いた記事は空白にされた。義憤に駆られたユンは会社を辞め、自ら新しい新聞社を設立しようとする。妻でカメラマンのトリシア(上田桃子さん)はかつて有能な記者だったジョニー(山森大輔氏)に協力を依頼。ジョニーは相棒のハッカー(相川春樹氏)を呼び寄せ、モナム教授が告発しようとしていた事柄について調査する。そしてかつての女友達(下池沙知さん)とも彼女がウェイトレスとして働く店で再会。

ロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』のようなハードボイルド風味。主演の山森大輔氏は俗なチンピラ・キャラからフィリップ・マーロウの苦味まで幅広く表現しとても魅力的。陽気な遊び人と信念に殉じる義士の同居した胸の裡。
そしてMVPは下池沙知さんだろう。『廃墟』では若きパンパン役だったが今回は全くの別人。可愛くキュートな女からゾッとするもう一つの冷たい素顔まで。高層テラスでのデート・シーンは映画的。第一幕ラストの遣り取りこそ今作の心臓部になる。

ある意味、『ブレードランナー』的なニュアンスも感じる作品。
是非観に行って頂きたい。

※今の内に観といた方がいいぞ。もうこういうのは日本でも観られなくなる。ネパールの報道で確信した。

ネタバレBOX

四面に客席、囲まれたステージ。床には一面、沢山の新聞紙が敷かれている。新聞を一つ手に取ると床にマンホール状の穴が空いている。そこから4人の豚のハーフマスクを着けた者達が上がって来て新聞紙を丸め出す。丸まった巨大な新聞紙の塊を野良豚〈いのしし〉に見立てる。天井には垂れた網、罠にかけられてしまうぞ。早く逃げ出せ!

相川春樹氏は『痕、婚』が強烈だったが今回は功夫で見せる。成龍から李小龍の流れ。おいもちゃん?

静かな立ち上がりで居眠りも何人かいたが第一幕ラストで爆発的に盛り上がる。
「PERFECT CITY 3.0」とは球体の街作り、新時代の都市計画。中心から富裕層が住居し、外縁部に行く程収入が低い層。更に地下にも都市を作り貧困層はそこに押し込める。貧富の差による明確な区分けがされた完璧な街。
下池沙知さんは「それは良いことだ」と肯定する。自由やら正義やらは富裕層の嗜好品だ、と。あんたらはそんなもので遊んでいるだけじゃないか。何も選択肢を持たない貧しく弱い市民にそんなものは必要ない。弱者に必要なものは完璧に調和のとれた安定した世界。

ラストは前日譚、テロに遭って入院しているユンの退院会見の原稿を考えるジョニー。気分転換に一日だけハッカーと野良豚狩りに出掛ける。まだ小さい野良豚が罠に掛かって檻の中。何度も何度も鉄の扉に突進してやめようとしない。その姿にふと扉を開けて逃がしてやるジョニー。それが当然のように何処までも駆けていく野良豚。「ああ、これだ!野良豚なんだ!」ユンが宣言すべき言葉が見つかった!

尾崎豊、1984.3.15新宿ルイードでのデビューLIVE。
「自由じゃなけりゃ意味がねえんだ!お前等本当に自由か?腐った街で埋もれてくなよ。俺達が何とかしなけりゃよお、何にもなんねえんだよ。」
ラストはそれを思い出した。人間が自由を求めるのは本能だ。そこに善も悪もない。それこそが真実。
わたしのこえがきこえますか

わたしのこえがきこえますか

チーム・クレセント

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2025/09/04 (木) ~ 2025/09/08 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

〈Bチーム〉

大林宣彦の『風の歌が聴きたい』、古くは松山善三の『名もなく貧しく美しく』とこの題材には傑作が多い。武田鉄矢の『刑事物語』も聾唖のトルコ嬢を保護して一緒に暮らす話だった。山本おさむの漫画、『遥かなる甲子園』にも脳裏に刻まれたシーンがある。最近ではあやめ十八番、『六英花 朽葉』の中野亜美さんも。

2020年3月、コロナ禍真っ最中の90代老夫婦の家。耳が遠い宮川知久氏と片山美穂さん。亡くなった娘、和美の13回忌が今年行われる。片山美穂さんがふと思い出したのは1966年のあの日のこと。あの一日でどれだけ家族の絆が深まったことか。

役者のレヴェルが高い。誰もが甲乙つけ難い好演。宮川知久氏の心情がキーか。和美の兄、副島風(そえじまふう)氏も泣かせる。和美を客席側にいるテイにして登場させず、両親と手話通訳の清原(新里乃愛さん)は客席に向かって話をしていくアイディア。
壁が薄い為、騒音の苦情を度々ぶつけに来る隣家の春田ゆりさん。
舞台手話通訳は荻谷恵さん。聴覚障碍者の方にどう伝わっているのか非常に気になる。

OMS戯曲賞大賞作品なだけはある。今後ずっと上演され続けるであろう傑作。凄い脚本だ。初の上演、誰もが啜り泣いていた。
必ず観る機会は訪れるであろう作品、必見。

ネタバレBOX

シャワーを浴びに上手に捌けた宮川知久氏、聴こえてくるのはギッタンバッタン機織の音。そこから時間が1966年に飛んでいることを観客に巧く伝える。

新里乃愛(しんざとのあ)さんは22歳。今舞台の為5ヶ月間、手話を学んだそうだ。
片山美穂さんの右目だけ酷く充血していて心配になった。素晴らしい存在感。
Aチームで清原役を演った小野瑞季さんがワン・シーンだけ和美として登場する。AチームVersionも観たかった。

作家は『刑事物語』のファンじゃないだろうか?『刑事物語5 やまびこの詩』のラスト・シーン、転勤で独り寂しく夜行列車に揺られる武田鉄矢。夜になりふと気付くと車内の窓の結露に指で書かれた「ありがとう」の文字が浮かび上がる。命懸けで助けた女性からの感謝の気持ち。列車中の窓に書かれていた。

今作の脚本の素晴らしさは次々に情景が浮かぶことである。飛騨への初めての一人旅、温泉へと鉄道に揺られる和美。飛騨高山の伝統のぬいぐるみ、さるぼぼ(猿の赤ちゃん)を納品しに行くお婆さんに話し掛けられる。「私、耳が聴こえません」と身振りで示す和美。するとお婆さんは列車の結露した窓ガラスに指で文字を書く。窓ガラスを使っての筆談で二人はずっと話し続ける。創意工夫すれば幾らでも意思の疎通は可能だ。いろんな手段がある。他人の心と触れ合えるのはとても楽しい。

父親の心を動かしたのは和美が「お父さんが笑わなくなったのは私のせいだ。私がお父さんに笑いかけなくなったからだ」と告解。その複雑な心情を手話によって伝えられ、それが自分にはっきりと伝わっていることに衝撃を覚える。
片山美穂さんの娘を守る泣きながらの口添えと劇的なる宮川知久氏の「パウロの回心」。人の心がはっきりと伝わること、雷に打たれたような天啓。

日本のろう教育は長年、口話法(読唇と発話)が強制されてきた。手話は手真似と侮蔑されて禁止。その理由は健常者の生活に障碍者の方が合わせなくてはならないとされた為。1963年、日本初の手話サークル、京都市手話学習会「みみずく」が誕生。看護婦で夜学生だった女性が聴覚障害の患者との更なる意思の疎通を求めて学習会を発足。
1960年、言語学者ウィリアム・ストーキーが「手話は自然言語である」ことを発見、証明。これによって手話の復権がなされ、徐々に普及されていくことに。
1970年、手話奉仕員養成事業が始まり、国が正式に認めることに。

『私の声が聞こえますか』は中島みゆきのデビュー・アルバム。
Voice Training 2025

Voice Training 2025

虚空旅団

北池袋 新生館シアター(東京都)

2025/09/05 (金) ~ 2025/09/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

主宰の高橋恵さんの挨拶から力があった。作品を観ると本物の脚本を書こうとしているのがよく伝わる。目指しているものは人間の救済の可能性、その具体策と考え方のヒント。とにかく観終わった後に観客に何かを持ち帰って貰おうとの強い願い。カルチャースクールを体験受講したような感覚。トーマス・マンが教養小説なら、教養演劇か。そしてそれをドラマとしてさらりと成立させる貫禄。
主演の丹下真寿美さんが凄腕、これぞプロ。発声練習の時の表情が最高。

全10回の話し方教室講座。5回を終えたところで講師が体調不良で降板。担当(山下真実さん)はピンチヒッターとして実の姉(丹下真寿美さん)に依頼。離れて暮らす姉はラジオのパーソナリティ(司会進行)をやっていた。
受講者は4名。ロリィタファッションのZ世代、礼儀知らずのSHOP店員、野矢アヤノさん。浄土真宗の住職の娘と結婚し入り婿となったガタイの良い坪坂和則氏、話下手で声が大きい。職場のコールセンターで昇進が決まり、プレッシャーが掛かる木山梨菜さん。終末期医療(ターミナルケア)のある病院で緩和ケア病棟で働く看護師、得田晃子さん。引っ込み思案で声が小さい。皆それぞれ悩みを抱えてこの講座までやって来ている。果たして丹下真寿美さんは無事役目を果たせるのだろうか?

非常に考えさせられた。他の作品も気になる。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

voice trainingというよりも、 public speaking class(話し方講座)みたいな授業。

得田晃子さんは凄い。演技とは思えずその辺の人をただ連れて来た感じ。実は物語の核を握る。
野矢アヤノさんも演技なのか?地としか見えない。
坪坂和則氏はアルコ&ピースの平子っぽくスター性がある。
理事の早川丈二氏は若き麻生太郎っぽい。喋り方や口の挟み方など。

勿体無いのは長過ぎる。構成が単調で後半から中弛み。もう少しエピソードの配置を練れば格段に良くなると思った。受講者の成長と観客の意識をリンクさせていくことで精神的に解放されていく作品。話の終わらせ方は見事。

凄く残った台詞に「誰の答もどこかしら間違っている」。正解を選ぶのではなく、取り敢えずの間に合わせの答で対処しながら考え続けていく。ずっと考え続けること。正しいとの結論が出ていない状況でする行為は演技になるのかも知れない。ただ演技とは嘘をつくことではなく、現在進行形の答の為の潤滑剤である。『自分も含めて皆どこかしら間違っている』、この考え方は思考をとても柔軟に自由にしてくれる。何処かに圧倒的に正しい答があるわけじゃない。

「演技」に関しての議論については森田療法の「目的本位」を重ねた。
今日は、これくらい

今日は、これくらい

サンハロンシアター

OFF OFFシアター(東京都)

2025/09/04 (木) ~ 2025/09/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ジャンドゥーヤ(gianduja)とはペースト状にしたヘーゼルナッツを混ぜ合わせたイタリアのチョコレート菓子。「ジャンドゥーヤ鶫野(つぐみの)FC」は地元のサッカーチームで現在JFL、J3昇格を目指している。チームの広報を担当する田野良樹氏は地元活性化の為にも町を挙げての応援を望む。市民フェスに参加し「観客5000人プロジェクト」を企画、熱弁を振るう。市民フェス実行委員会の英枝(てるえ)さん。スポンサー企業の部長で高校の先輩でもある内藤トモヤ氏。サポーター代表の刀根直人氏。
商工会議所職員の高山佳子さんは内藤トモヤ氏の高校時代の同級生。狭い町で皆顔馴染の人間関係。

市民フェスで余興と司会を頼まれた漫才師・ヒクイドリタカイドリ。タカイドリ、重井貢治氏は喫茶店で働きながらのネタ作り。ヒクイドリ、垣内あきら氏は鶫野に忘れられない記憶があった。

洋菓子店チェスターの店長、和泉輪さんは市民フェスで特製ティラミスの販売を頼まれる。それを後押しする手伝いの石井花奈さん。

話の着眼点や流れは万能グローブガラパゴスダイナモスっぽく感じた。年齢層が皆高めの為、夢に向かって突き進むというよりもビターな哀愁が漂う。現実と自分を知ってしまった人間達だからだ。
小津安二郎の『浮草』のような寂寞感を核として、日がな海を眺める三井弘次のような気分で今作を染め上げたい。
若い石井花奈さんの一生懸命な姿が舞台を盛り上げる。和泉輪さんとのデュエットは見せ場。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

群像劇というかキャスト等分に話を割り当てている為、何の話だか散漫な印象も。巧く行けばマチルダアパルトマン『フィッシュボウル』の老年版になれたと思う。劇団運営とダブらせていく手法。好きという情熱だけでは他人の心を動かせない現実。だがそれだけを頼りに闇を進むしかない。運否天賦!

英枝さんに話を集約させる手もあった。全くサッカーに興味のない、夫に先立たれた女性が市民フェスを通じて学生時代の恋人と再会し、サッカーを夢中になって応援する楽しさを知る。まだ世の中、こんなに楽しいことがあったんだ。

早朝ランニングで出くわした内藤トモヤ氏が田野良樹氏をきつく叱責する。町興しにはサッカー球団だけでなく幾らでも選択肢はある。理詰めで追い込まれた田野良樹氏は独り悔しくて涙を零す。そしてラスト、やっぱり5000人には程遠い集客。これが現実だと立ち去る内藤トモヤ氏。自分なりにやり切った充実感、それとは裏腹の目標を達成出来なかった敗北感、もやもやする頭。池乃めだかの十八番を吐き捨てる。「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ!」(このぐらい解り易くしてもいいのでは)。
発表せよ!大本営!

発表せよ!大本営!

アガリスクエンターテイメント

シアターサンモール(東京都)

2025/08/13 (水) ~ 2025/08/17 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

時は1942年6月、太平洋戦争の真っ只中。ミッドウェー海戦の惨敗をどう報じるかで喧々諤々に揉める海軍報道部。事実を淡々と伝えるのか?国民の士気が下がって戦争継続に悪影響をもたらすのでは?いろんな面子と思惑とが絡み合っていつまで経っても発表することができない。その板挟みに苦しみ、たらい回しにされる海軍報道部中佐、津和野諒氏が主人公。

女学生、髙橋果鈴さんが可愛かった。
海軍報道部課長、矢吹ジャンプ氏は高木三四郎みたいに見えた。
海軍報道部報道班員、淺越岳人氏は石野卓球っぽい。
MVPはミッドウェーに出征している中佐、久ヶ沢徹氏だろう。出てくるだけで爆笑をかっさらった。

ネタバレBOX

自分的には失敗作だと思う。何か笑いの取り方を間違えている気がした。クライマックスの謎の清掃員、前田友里子さんの活躍だけがこの劇団らしい。

「大本営発表」と言えば嘘で塗り固められた権力者に都合のいい詭弁の代名詞。純粋で素直な愚者だけが熱心に信じて騙された。負けた戦を勝ったことにして国民を欺く。街中空襲されて焼け野原、「どうもおかしい」と段々胡散臭い報道に疑心暗鬼になっていく。
今作の笑いのポイントは悪の代名詞である「大本営発表」を登場人物達が肯定していく流れ。クライマックスで事実を公表しようと動く新聞記者(鍛治本大樹氏)とそれをラジオで喋ろうとするアナウンサー(伊藤圭太氏)。本来正義側の二人を何としても止めようとする報道部中佐(津和野諒氏)の奮闘こそがメインに。1942年6月太平洋戦争のミッドウェー島周辺での海戦、日本は大敗を喫し以後勝ち目はなくなった。現地の中佐(久ヶ沢徹氏)は死んでいった部下の報告を信じ、それが聞き入れられないことに抗議して腹を切る。事実よりもその誠心をこそ尊ぶべきだと海軍軍令部首脳達は考える。まさに日本的美学。幼馴染の古谷蓮氏に恋する髙橋果鈴さんは優しい嘘で失恋を選ぶ。醜く残酷な現実よりも優しさに溢れた嘘の方が人間にとっては重要なんだ···、だがその結果は···。

※『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』みたいにした方が狙いが判り易かったと思う。この映画は大統領のスキャンダルから気を逸らせる為にその道のプロがあの手この手で国民的ニュースを捏造するもの。大衆操作をシニカルに描く。
えがお、かして!

えがお、かして!

四喜坊劇集※台湾の劇団です!日本で公演します※

小劇場B1(東京都)

2025/08/14 (木) ~ 2025/08/17 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

日本語字幕が入るスペースがあるのだが座る位置によっては舞台上の役者と被って読めない。そこが勿体ない。何処がベスト位置になるのか?

昔よく観ていた香港コメディ映画と作品の空気感が似ているので物語に入り易い。隅に小さい箱馬を積み重ねた舞台美術。導入部は意外な展開から。

メビウス症候群は生まれつき顔面神経と外転神経(眼球を動かす神経)が麻痺している疾患。顔の筋肉を動かすことが出来ず表情が作れない。発声はモゴモゴし口が閉じれない為、涎が垂れてしまう。主人公ワン・シャオティエン(シュイ・ハオジョーン氏)は小学校で普通クラスに通うが見た目の異様さから差別され虐められる。このシュイ・ハオジョーン氏の役作りが凄い。顔をピクリとも動かさず能面のような表情で全ての感情を表現する。台詞を伝え更には歌い上げる。時には涙が落ち涎が垂れる。知らないで観ていたら多分障碍のある方だと思っていただろう。今作ではプロローグの場面で別の役を普通に演じていた為、その凄さが際立った。

父親ワン・クァチャン(ゴーン・ノウアン氏)
息子の病気に責任を感じ、カナダで手術があると聞いて働き詰めでお金を貯めている。
母親シュ・シューフェン(リー・シャオユーさん)
息子は病気ではなく、普通なんだと世間と戦っている。
姉ワン・シャオティン(ワン・イーシュエンさん)
いつも弟ばかり大事にされることで傷ついている。

要所要所に歌が入り家族それぞれが心情を訴え掛ける。

交通事故に遭い、生と死の狭間の空間から現世を眺めることになる父親。絶対に守り続けると誓った息子は絶望に打ちひしがれ追い詰められてゆく。それをどうにもしてやれない歯痒さ。何とか思いを伝えたい。生き抜く力を与えたい。

台湾の劇団、四喜坊劇集(フォーファンシアター)主催で作・演出・作詞・作曲まで全てこなした女性、王悅甄(ワン・ユエジェン)さん。当日パンフに書かれた文章が深い。「演劇は“正しさ”を競い合う分野ではなく、“共感”や“想像力”を駆使して様々な人々が語り合う場所である。」「生きることは一つの価値観で優劣を競い合う競技ではない。そのことに気が付く一助になれれば幸いです。」(意訳)。
作品の意図するテーマは単純なものではなく、ただの難病もの、障碍者ものではない。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

医師、旅行会社社員、隣人他(ワン・ウェイ氏)
好き放題やって台湾人の観客の爆笑をかっさらった。

地縛霊(ファーン・ヨウシンさん)
死んだ者が生まれ変わるまで滞在する場所があり、そこを管理している女性、ファーン・ヨウシンさん。左足首や左手首、二の腕の内側にタトゥーが見える。ヴィジュアルが抜群で華やかな台湾美人。段ボール紙のように見える半袖ジャケットは地図やら新聞の切り抜きやらが沢山貼られている。下手から消えたかと思えばすぐ上手から登場し、この劇場の仕組みがどうなっているのか興味深い。
実は完全に死ぬまでの間、変身して現実世界に戻ることが出来る裏技がある。姿形は選べない。父親が息子に会いに行く時、何故か女子高生姿のファーン・ヨウシンさんになってしまう。台湾の制服は随分ミニスカ。

ラスト、亡き父親を訪ねて日本人がやって来る。通常の作品だと救いの手が見つかるものだが、今作は同じメビウス症候群の娘を持つ日本人がただ娘のことを語るだけ。そこがリアル。この物語に必要なものは安上がりなハッピーエンドではない。どうしようもない困難を抱えながらもそれでも日々を過ごしていこうと思う気持ち。「僕には手がある」。

ブルーハーツ 「さすらいのニコチン野郎」

マニュアルを読んでるうちに今日もまた陽が沈んでく
誰のせいにもできないよ 希望はいつも隣に座ってる
5月35日

5月35日

Pカンパニー

吉祥寺シアター(東京都)

2025/08/13 (水) ~ 2025/08/18 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

2019年1月下旬北京、タクシー運転手のアダイ(林次樹〈つぐき〉氏)とシウラム(竹下景子さん)老夫婦が暮らす家。アダイは大腸癌の手術を受け、ストーマ(人工肛門)を装着している。使い捨てのパウチ(排泄物を溜める袋)の在庫を確認するシウラムには脳腫瘍が見付かっており、余命3ヶ月との宣告が。死ぬまでの間に持ち物を整理し、自分がいなくなってもアダイが生活できるよう準備してやらないと。その現実が受け止め切れないアダイは「まだ何か手があるんじゃないか?」と話を逸らす。医者の判断ミスだってあるし、まだ絶対死ぬって決まった訳じゃない。シウラムは死んだ愛する息子ジッジの遺品整理に手を付ける。彼が18歳で亡くなったのは30年前、1989年6月4日天安門広場だった。

開幕時、林次樹氏の演技が少し過剰な気もしたが、竹下景子さんを際立たせる為のアクセントなのだろう。竹下景子さんは完璧だった。70代の丁寧な動作の老女から、鬘と化粧を少し変えただけで40代の激昂する女性に。(歩けなくなる程弱り、記憶の混乱が起きるシーンの時だけもみあげにピンマイクが見えた。細かい拘り)。そしてカーテンコールでは嘘のようにスタスタ普通に歩く姿。何処までが演技なのか?全てが「ザッツ竹下景子」。たっぷりと堪能した。是非全く違う役柄でも観てみたい。

下手にある漆喰の壁に囲まれた亡き息子ジッジの部屋。蚊帳のように照明によって透けて見える仕様が効果的。30年間、生きていたそのままに保存された空間、それはシウラムの止まった時間。

失脚した毛沢東が劉少奇から権力を奪還する為に起こした文化大革命(1966年〜1976年)。その混乱に巻き込まれた当時の学生達は進学の機会を奪われた。学問よりも労働が奨励された時代。勉学に心残りがあったシウラムは息子のジッジに夢を託す。裕福ではない家で出来得る限りの教育を与え、アダイが2ヶ月分の給料をはたいて買ってやったチェロ。ジッジは優しい性格で勉学に秀で音楽の才もある自慢の息子。自分達が体験できなかった理想の青春時代を代わりに実現してくれている!そんな彼がある夜両親に告げる。「自分には音楽よりも今やるべきことがあるんだ」と。
当時、中国の改革に前向きだった胡耀邦(こようほう)、肩書は総書記だったが実権を握っていたのは鄧小平(とうしょうへい)。1987年民主化に理解を示したとして失脚させられ、1989年4月急死。胡耀邦に未来の希望を抱いていた学生や市民達が天安門広場に集まり千人規模の追悼集会を開く。その集会は終わらずどんどん中国全土から人が集まって来て3万人以上に。この流れに恐怖を抱いた鄧小平は戒厳部隊を送り込み武力で鎮圧。6月3日深夜から4日にかけて戦車の突入と機銃掃射により3千人から1万人が虐殺されたと言われる。この事件は国家的に隠蔽され、未だに誰も触れてはいけない禁忌。世界的に報道された事件だったが中国国内では誰もが口をつぐむ。事件についての情報や「6月4日」はネット検閲される為、人々は「5月35日」など隠語を使うようになる。

昔書かれたディストピア小説みたいだがこれが今の中国の現実。参政党政権になって治安維持法が復活した暁には日本もこうなるのか。

ネタバレBOX

訪ねて来るチェロの教師(小谷俊輔氏)、今時のアンちゃん(松永拓野〈たくや〉氏)。松永拓野氏は闇バイトに堕ちたJOYみたい。この息子の遺品を無料で譲る代わりに15分間息子の話を聴いてくれというのはいいアイディアだと思う。そうやって外郭から固めていく情報の出し方。不在の息子ジッジが観客の心に描きこまれていく。
アダイの弟で政府高官のアペン(内田龍磨氏)は知り合いに似ていて気になった。
公安の山田健太氏、183cm!
亡くなったシウラムに逢いに来る息子ジッジは紙谷宥志(かみやゆうし)氏。最後の場面こそチェロが欲しかった!

前回の初演の際、タイトルの隠語に想像を刺激されやたら気になった。再演を知り必ず観ようと決めた。だが自分が当初思い描いていた作品ではなかった。(一見淡々と静かに生活していく夫婦の日常から、隠語に秘められた悲哀が浮かび上がるような作品を想像していた)。

1997年英国から香港が返還され中国の特別行政区となる。当初は一国二制度として香港の自治権を認めていたが、中国政府は2017年香港返還20周年を前にして民主化運動への弾圧を強める。200万人が参加した激しいデモ活動。2020年香港国家安全維持法が施行され、事実上、香港でも当局に対する反対運動は不可能になった。
今作は2019年香港にて上演。勿論中国本土では上演不可。そして今では香港でも上演できない。そのギリギリの状況で書かれた体制批判はもう物語ではない。全てが圧し潰される前の人間の叫びだ。ラストの民衆の自由への歌はそういう状況に追い込まれないと本当の意味では理解できないのだろう。日本は本当に恵まれていることに気付かされる。
※今回の日本での上演についてさえ、作家・莊梅岩(そうばいがん)さんは何一つメッセージを出せない。これが香港国家安全維持法。
不可能の限りにおいて

不可能の限りにおいて

世田谷パブリックシアター

シアタートラム(東京都)

2025/08/08 (金) ~ 2025/08/11 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

Aチーム

世界中の紛争地帯、戦場、難民キャンプ···。ニュース映像で見るそこで医療に従事する人々。国連の難民支援機関のイメージが強かったがもっと民間のNGO団体が多いようだ。リアルタイムで働いている人間の生の声を真空パック。肌感覚でその体験が伝わる。作者はポルトガル人のティアゴ・ロドリゲス、父はジャーナリスト、母は医師。オリジナルでは黒澤明の『羅生門』を皆で鑑賞し、事実というものの多面性を確認した上、役者達と稽古に入ったという。

小林春世さんの挨拶からスタート。彼女と山本圭祐氏の印象が残るプロローグ。
(0)国際赤十字社と国境なき医師団の約30人の職員へのインタビューを再構成。舞台上に集められたメンバーはこれから制作される演劇作品の為に自分達の経験談を語る。「こんなエピソードはどうかしら?」「こういうのじゃ伝わらないわね。」「献身的な英雄なんかじゃあない。ただの仕事だ。」「私、演劇嫌いなのよね。退屈だから!」「録音を止めろ!もうここからは記録するな!」皆が望んでいるような話は出て来ない。出て来るものといえば···。

不可能=法制度(ルール)が機能せず無法状態にある紛争地帯。そこに正義とされるものはない。不条理な暴力への恐怖に怯えながら任務を遂行す。
可能=共有する法律やモラルがあり、安全に安心して生活が営める。論理が通用する。

アルコールを禁止されている地域も多い為、最高の気分転換、最高の娯楽はSEX。SEXをこんなに肯定的に謳歌している共同体だったとは。ウッドストックか!?

オリジナルでは4名の出演者を14名に変えていてそれがかなり功を奏している。話によって皆バラバラに立ち位置を移動し、椅子と譜面台を様々な場所にセットする。視覚的な演出で朗読劇の印象は薄い。『コーラスライン』のオーディション風景みたいに作品をメタ的重層的に見せる工夫。
客層は岡本圭人氏目当てが多かった印象。

破裂した水道管を時間稼ぎに手で押さえる作業。修理業者が来るまでの繋ぎだ。だが修理業者がやって来る保証は何一つない。何という虚しさ。何という無力感。だが目の前の水道管を押さえずにはいられない。

素晴らしい内容。こういう作品をこそもっと演るべき。出来ればニュース映像をたっぷり使用して、作品の抽象性を具象的にアジテートしたい。世界中に聳え立つリアルタイムの現実と私的共同体で鎖国した日本との対比。政治的な発言はスポンサー的にNGの“夢の国”、日本。公的機関がこんな状況だから皆ネットで騙されちまうんだ。ぬるいことやってないでもっとラディカルに演劇を活用してくれ。公安が隠しカメラで来場者の身元をチェックするぐらいに。思想犯演劇をこそ望む。昔はこういう情報だけで重信房子達はパレスチナに渡った。

ネタバレBOX

①薬丸翔氏。現地に着くと民間人2名が手書きの旗を立て、隣人達の死体を白いシーツにくるんでいる。まだ爆撃は収まっていない。そんな中、怪我人や生存者の救出ではなく死体を大切に埋葬する姿に胸を打たれる。人間は死んで終わりなわけじゃない。

②山本圭祐氏。帰国して地元の友人達に現地でのエピソードを聞かれるのだが、いざ話すと必ず皆、興味を失う。皆が求めていたジャンルの話じゃないようだ。辞めた若い医者と地元の駅で偶然出くわす。

③清島千楓(ちか)さん。これが自分の仕事だと見付けた。「私は強い!私は役に立つ!」

④渡邊りょう氏。手作業で廃墟を病院に再建する医者の話。貰ったミントの種。

⑤前東美菜子さん。手術に失敗し茫然自失の若い医師を叱咤激励する。「あなたはこれを乗り越えられる!あなたはこの辛い経験を越えて前に進むことができる!」

⑥萩原亮介氏。同僚の小児性犯罪の告発。よくあるネタだが実話だと思うとげんなりする。

⑦死体の臭い。

⑧山本圭祐氏。小林春世さん?緊急の輸血が必要な少年の為に自らの血を抜いた医師。後にそのことで危機を脱する。闇を走るジープ。影絵でそれを表現。

⑨渡邊りょう氏。交戦中の山で瀕死の少年兵を搬送する。その間だけ銃の音が止み、静かな沈黙が訪れる。

⑩前東美菜子さん?風呂?

(11)岡本圭人氏?命の順番?

(12)萩原亮介氏。⑧で人助けが身を助く訓話を前振りとし、論理が破綻している現実を見せつける。「何故だ?どうして?」

(13)万里紗さん。ギターで岡本圭人氏。闇夜、怯えた女達と子供達を連れて、殺されないように捕まらないようにここから脱出しなくてはならない。万里紗さんの歌。ポルトガルの民族歌謡、ファド。恐れ怯え震えながら一歩一歩ゆっくりと。

(14)南沢奈央さん。髪型のせいか何かイメージが変わっていた印象。難民の助けに行った筈が配給の奪い合いを止める為、棒を振り回して彼等を殴っている自分。「なにこれ?」

(15)とんでもない暴風雨。テントを押さえ付ける面々。手当ての甲斐なく亡くなった子供。その子が吐いた血飛沫が医師のシャツに飛び散っている。母親はそれをそっと拭う。

※ここから余談。今作とは直接関係ないが政治と演劇がリンクし始めている予感がするので。
初めに知性を感じるのは左派の言い分で、言ってることに筋が通ってると支持するが、よくよく知っていくと人間性が下劣。中身がスカスカのこんな連中とは心底関わり合いたくないと皆逃げていく。プロレタリアを根本的に見下した貴族気取りの言論人。信じているものなどハナからない空っぽ。何も信念などないからどうとでも立ち回る。空虚の中の空虚。
対する右派は言っていることに何の知性も感じず当初は嫌悪するが、地に足が着いた物言いに人情を感じて段々好感を持っていく流れ。どうも人間性はこちらの方がまとも。南京大虐殺、韓国人慰安婦、731部隊···。右派を奉じる者達のイメージは「日本人がこんなことするわけがない!」とガチで純粋に信じている。自分なんかにしてみれば「日本人なんだからこんなこと当然するだろうな」。見ている世界がまるで違う。日本人の美化に自我を重ねているのか?美しいものだけを見せて醜いものを覆い隠す暴力。そんなに美しい偉大な国が何故アメリカに無条件降伏して占領されたのか?醜さがあってこその美しさだろ。
左翼も右翼も度し難き酷さ。知性のない人気取りゲーム。選挙権を放棄することこそが唯一の政治的表明、そんな時代。無関心無関係を装ってみてもいつの間にかに囚われていく。気が付けばもう手には負えない。

マルティン・ニーメラー

ナチスが共産主義者を連れ去ったとき、私は声を上げなかった。私は共産主義者ではなかったから。

彼等が社会民主主義者を牢獄に入れたとき、私は声を上げなかった。社会民主主義者ではなかったから。

彼等が労働組合員等を連れ去ったとき、私は声を上げなかった。労働組合員ではなかったから。

そして彼等が私を連れ去るとき、私の為に声を上げる者は誰一人残っていなかった。
ウルトラマリンたち

ウルトラマリンたち

排気口

OFF OFFシアター(東京都)

2025/08/07 (木) ~ 2025/08/11 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

開演前のエンドレスで掛かる客入れSE曲が良かった。美しく静かに滅んでいく感じ。どうせ滅ぶんなら穏やかにいこう。
目茶苦茶に暑い夏、求めるものはクーラーの冷風だけ。
主演の椀(わん)ちゃん役・中村ボリさんは発声が藤子キャラ。ボリボリ先生名義でイラストも。このやたら見かけるイラストはこの方発だったか。

都営団地に暮らす母子。パートと年金でやり繰りする母親(わかまどかさん)と27になっても働けない娘(中村ボリさん)。娘には長年の大切なぬいぐるみの友達(佐藤暉〈あきら〉氏&安藤るいさん)がいて、ROCKを語る謎のおっさん(坂本ヤマト氏)とも最近知り合った。
うっすら焚かれたスモークのようにぼんやりとした四年間が綴られる。ふと訪れる中村ボリさんと水元琴美さん二人による必見の名シーン。誰の心にも届く狙いすました美しい痛み。ここだけで観に行く価値は十分ある。

The ピーズ 「このままでいよう」

夢でも見ているような 煙突の中にいるような
まるで気持ちがいいから このままでいよう
嫌われてくのは辛い 忘れられてくのは辛い
でも僕は何もできない このままでいよう

作演出の菊地穂波氏のことを実はずっと女性だと思っていた。
忘れてたいろんな記憶が痛み出す。大人になる、社会人になるということはアリバイ(肩書)を手にすることなんだ。アリバイ(言い訳)さえあれば普通の人間の振りが出来る。中身は全く何も変わっちゃいなくても。ただそれだけのことなんだ。
今回一回くらい観とくか的な軽い気持ちで観たが次作も普通に気になっている。どんな心象風景の中に誘い込まれてゆくのか?
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

前半1/3は「ああ、この系か。常連客相手の長尺コントか。」と高を括っていたが、母親のパートの同僚でヨガを教えに来た女子大生・水元琴美さんの来訪から不穏な空気が充満し出す。この人はヤバイ。足が妙に小さい。チェックのワンピースから斜め掛けバッグから不穏。更に訪れるのはひきこもり相談支援員の松井瑞季氏。NON STYLE石田明とナイツ土屋伸之を足したようなマルチ商法顔。クスリをキメて一人ニヤニヤ、まるでこの世はBAD TRIPじゃないか。

筋肉少女帯 「悲しきダメ人間」

駄目な僕と駄目な君が御主人様と犬になって
お散歩に行くにしても行くあてはないのだから
海にロケットを見に行く人の混雑にまぎれはぐれちゃうよ
それきり逢えない

個人的好みとしてはイルカ(安藤るいさん)、シロクマ(佐藤暉氏)、大将(坂本ヤマト氏)の笑いの感じが好きじゃない。大将のキャラはガチガチの参政党支持者とかセカイ系陰謀論者とかリアルな病みが欲しいところ。(とは言え会場ではどっかんどっかん受けていた)。

就職活動に追われるレミコちゃん(水元琴美さん)、久し振りに椀ちゃん(中村ボリさん)の家に顔を出す。小遣い稼ぎに母(わかまどかさん)にヨガを教える名目。椀ちゃんはレミコちゃんと花火大会に行きたいのだがなかなかそれを伝えられずにいる。古いiPodにイヤホンを繋げて片耳ずつ二人で聴くことに。流れるのはビートルズの「 I Want to Hold Your Hand」(邦題「抱きしめたい」)。ふと何かを思うレミコちゃんは「私もうここには二度と来れないけれど、椀ちゃんは今日の事を絶対に忘れないでね」と言う。「私はきっとすぐに忘れてしまうのだろうけれど、椀ちゃんは絶対にずっと覚えていてね」と。

BJCの「fifteen」を初めて聴いたあの日の事を想い出す。
水星とレトログラード

水星とレトログラード

劇団道学先生

ザ・スズナリ(東京都)

2025/08/02 (土) ~ 2025/08/11 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

かんのひとみさん恐るべし。そのまんまの存在で見事に作品を成立させる不思議。知ってる婆ちゃん家に寄って2時間弱ごろごろ時間潰してきたような気楽さ。だがとてつもなく面白い。とある老女の等身大の生活とSFとが鮮やかに融合。どんな作品に出ても正解を叩き出す化け物女優。今回はホームの劇団において悠然と決めてみせた。

お向かいさん・田中真弓さんは声は死ぬ程聴いてきたが役者としては初めて観た。何かプレミアム。パンクブーブーの黒瀬純風味。

良い役者ばっか揃えてる。駄目息子・青山勝氏はイジリー岡田テイスト。真面目な娘・みょんふぁさんも素敵。孫娘のリケジョ・中野亜美さんはスタイル抜群。
娘婿の保険屋・宮地大介氏、お向かいさんの旦那・藤崎卓也氏はキャスティングするだけで作品密度が上がる。

売れない漫画家・川合耀祐氏はかなり腕があると思う。

中野亜美さんの親友リケジョ・鎌宮彩羽さんに見覚えがあって何だったかずっと考えていたが、3月にやった劇団員自主企画公演の『ぶた草の庭』だった。覚えてるもんだ。

祖父(藤原啓児氏)の一周忌も近く、一人暮らしの祖母(かんのひとみさん)の様子を心配する娘夫婦(みょんふぁさんと宮地大介氏)。小説家志望のニートの孫(前田隆成氏)を送り込む。孫にある相談をする祖母。「実は私、同じ一週間をずっと繰り返しているの。どうにか脱け出す方法を見付けて頂戴。」

ずば抜けて面白いSFコメディ。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

テイ・トウワが1996年にプロデュースしたKOJI1200(a.k.a今田耕司)「ブロウ ヤ マインド〜アメリカ大好き(Blow Ya Mind - I LOVE AMERICA)」。これをサンプリングした楽曲を2011年、tofubeats feat.オノマトペ大臣が『水星』として発表。多数のアーティストがカバーし、2010年代のアンセム(象徴)に。
「めくるめくミラーボール乗って水星にでも旅に出ようか」

レトログラードとはフランス語で「逆行」。通常の時計は針が円状に回転するが、これは針が扇状の目盛りの終点まで行くとバネにより始点に一瞬で飛ばされる機構。視覚的な面白さから生み出された。

保坂萌さんの作品は二作観て合わなかった。多分居心地がいいと思う感覚の違い。だが演出が有馬自由氏だからなのか今作ははなっから面白かった。押井守の藤子・F・不二雄寄りというか。大林宣彦の『ねらわれた学園』テイストも許せてしまえる優しさ。『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』の感覚。根源的なものに突き動かされるみょんふぁさんにやられた。かんのひとみさんの台詞、「子供に泣きつかれちゃしょうがないわね」。

二つマジで笑えた台詞。かんのひとみさんがタイムリープの謎を解く為、Netflixでその手の作品を観まくる。だが気付くと韓国ドラマを観てしまう。「どうしても観ちゃうのよね。」
邪魔にはならないが役にも立たない、いてもいなくても変わらないような、と酷い言われ方をする娘の旦那(宮地大介氏)。ふと手に持つ鞄をじっと見て「この鞄、俺のじゃない」と呟く。

このページのQRコードです。

拡大