ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

221-240件 / 688件中
朗読音楽劇 ひめゆりの唄 2023

朗読音楽劇 ひめゆりの唄 2023

ひめゆりの唄2023上演実行委員会

ウエストエンドスタジオ(東京都)

2023/08/04 (金) ~ 2023/08/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

オープニングは上石神井琉球エイサー会。大太鼓のリズムが美しく勇ましい。締太鼓、パーランクーがリズムで絡み合う複雑な構造。大したもの。
脚本構成とピアノ演奏の野崎倫央氏、カーテンの袖に隠れてしまっているのが勿体無い。ステージでずっとピアノを弾き続けて欲しかった。
出演者は台本片手に朗読と歌、楽曲のレベルが高く歌も本物。実力派で揃えた。
現代の日本、大嶋奈緒美さんは沖縄から上京して家庭を持っている。沖縄のお婆ちゃんがぽつりぽつりと重い口を開いて語り出したのは、遠き少女時代の話。十六歳で「ひめゆり学徒隊」に動員させられた、あの日々のこと。
先生になるのが夢だった谷口あかりさんは林耕太郎氏との仄かな恋心を冷やかされる普通の少女。弟(上原麻夢さん)にからかわれ、優しい母(桑野結女凛さん)に励まされ。当たり前のような日々が地獄に変わる悪夢。少女の一人、仁科ありささんに見覚えがあったような。

凄く丁寧に作られているので好印象。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

シナリオをもう少し捻った方がいいかも。直球すぎる。朗読劇はラジオドラマと同じくト書きが武器になる。観客の想像力を巧く刺激すれば無限の情景を無料で見せることだって出来る。お婆ちゃんが私と娘に語る額縁を作る方法もあった。話したことと話せなかったこと。話したかったことと話したくなかったこと。
エルマーとりゅう

エルマーとりゅう

人形劇団プーク

紀伊國屋ホール(東京都)

2023/07/27 (木) ~ 2023/07/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ずっと気になっていた人形劇団プーク。やっと観ることが出来た。林由未さん造形の人形、人間は正面の顔に比べ横顔はぐっと押し潰されている。不思議な造形だった。2.5次元?
『エルマーのぼうけん』シリーズも有名な割に一度も読んだことがなかった。
話は2作目。どうぶつ島に囚われていたりゅうの子供ボリスを野良猫ミミと一緒に救い出した9歳のエルマー。さて、がれき町の家に帰ろうとりゅうの背に乗って飛び立つも嵐に遭ってカナリヤ島に墜落。そこのカナリヤ王国は狂気に満ち溢れていた。

音楽の富貴(ふうき)晴美さんはケルト音楽っぽい曲調で唸らせる。
出遣い(役者が顔出しで人形を動かすスタイル)で行われる為、役者の表情も見えて盛り上がる。皆声がアニメ声で歌える。会場を埋めた子供達を如何に楽しませるか?子供に受けるシーンが想像もつかない場面なので驚いた。(「志村、うしろ!」が一番受けていた)。
嵐の表現で灰色のビニール製の無数のフリンジを靡かせて二人の役者がぐるぐる廻る。印象的。

何か皆楽しそうに演っていて、昔田舎町で観た場末のサーカス団みたいにいい感じ。

ネタバレBOX

楽譜が暗号で、その曲に付けられた王家に代々伝わる歌が宝のありか。「歌の内容そのまんまじゃねえか、気付けよ!」と思いつつ。
バナナの花は食べられる

バナナの花は食べられる

範宙遊泳

KAAT神奈川芸術劇場・中スタジオ(神奈川県)

2023/07/28 (金) ~ 2023/08/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

入手杏奈さんのファンは必見。
この劇団はかつて『心の声など聞こえるか』を観たことがあり、もう二度と観ることはないと思っていた。(つまらない訳ではなく、この方法論に興味が湧かなかった。LIVEでいいじゃん)。
だが入手杏奈さん出演で即チケットを購入。イメージ的には役者の生演奏をバックにダンサーとして踊るんだろうな、と。
劇場に着いて愕然。二幕3時間休憩5分のガチガチのストレート・プレイ。嘘だろ。入手杏奈さんは全く踊ることがなく、途轍もなく憂鬱な役を見事に女優としてこなした。滅茶苦茶鬱になった。素晴らしい。

埜本幸良(のもとさちろう)氏演ずる「穴ちゃん」。アル中詐欺師だった彼は一念発起してこの世界の苦しんでいる人間を救おうと決める。まずはマッチングアプリに登録。出会い系のサクラメール131通一通一通に心のこもった返信をする。
そのメールは全通、福原冠氏演ずる男が送ったものだった。「穴ちゃん」に興味を持ったサクラ男は実際に会ってみることに。何となく互いのことを気に入った二人は探偵的な仕事を始める。「穴ちゃん」は男に「百三一(ひゃくさい)君」という仇名を付ける。この二人が甲乙つけ難い魅力でMVP。

頭のおかしい人が作った『探偵物語』、『傷だらけの天使』、『紳士同盟』みたいな。スビード感があり、「穴ちゃん」と「百三一君」の怒涛の喋りを聴いているだけで酔ってくる。岸田國士戯曲賞を取ったのも殆ど意味のない言葉の洪水のうねりの中に、巻き込まれた審査員がヘロヘロにされたんだと思う。そのうち観客はこの物語は凄くシンプルな事しか言っていないことに気付き始める。「全ては必然だ」。

全く難解な作品ではない。落ち込んでいる人が少し元気になれるような物語。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

声帯を切られ記憶喪失のまま病院で意識を取り戻した謎の男。スマホの音声読み上げ機能にスピーカーを付けた物を首から下げている。死の淵から甦った際に、『DEATH NOTE』の「死神の目」と同じ能力を手に入れる。死ぬことが確定している人間の死ぬ日付と時刻が見えてしまう。「クビちゃん」と名付けられたその男が物語のキーマン。演じるは細谷貴宏氏。

「百三一君」と付き合うことになる巨乳、「レナちゃん」役は井神沙恵さん。舞台の中で心の声を入れていく手法は面白い。

アル中のヒロイン、アリサ役は入手杏奈さん。本来は健康的なガチガチのダンサーなのだが、酒に浮腫んだ女を役作り。今作しか知らない人は本来の姿を想像出来ない筈。

アリサを金で買う労務者役は植田崇幸氏。

良かれと思ったことが人の心をズタズタに切り刻んでしまう、善意の誤ち。アルコールに逃げてゆっくりとした自殺を図る者達。そこら中に乱反射する痛みだけが人から人へと弾き、弾き返される繰り返し。

「クビちゃん」の音声読み上げはアイディアとしては抜群だが、話のテンポがかなりスローダウン。そこから何か流れが悪くなった。
後半もちょっと話がまとまらない。アリサのエピソードが自然に流れたらもっと盛り上がった。
犬と独裁者

犬と独裁者

劇団印象-indian elephant-

駅前劇場(東京都)

2023/07/21 (金) ~ 2023/07/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

本当にこの作家は天才だと思う。このレベルの新作を毎回書き下ろしていたら本来はもっと評価されないとおかしい。こういう作品こそ新国立劇場で掛けるべきだろう。
劇団名は「印象」と書いて「印度の象」の意味だったりする。

ロシア帝国キエフ(現ウクライナのキーウ)出身の作家ミハイル・ブルガーコフは1891年に生まれる。1917年3月、ロシア革命(二月革命)によりロシア帝国は崩壊。臨時政府と労働者・兵士の代表機関「ソビエト(評議会)」の二重政権状態に。1917年11月、「ソビエト」内の派閥「ボリシェヴィキ(多数派)」を率いたウラジーミル・レーニンが武装蜂起。臨時政府を打倒し新政府「ソビエト」を樹立(十月革命)。1918年からロシア内戦が本格化。ソビエト軍(赤軍)とそれに反旗を翻した白軍(はくぐん)=白衛軍。(反革命軍と呼ばれたが、彼等が反対したのはレーニンが権力奪取した十月革命に対して)。1922年に赤軍が勝利。1924年レーニンが病死。その後を継いだヨシフ・スターリンは自身の権力を絶対的なものにする為、人類史上最大級の虐殺を行なった。スターリン政権時代の犠牲者は約30年間で死者2000万人とも4000万人とも言われる。(虐殺者数トップは中国の毛沢東、ヒトラーは3位)。遠藤ミチロウは自身のバンドに世界で最も憎まれた男の名前を冠した。

この激動の時代をスターリンと同時期に生きたミハイル・ブルガーコフ。医師から作家へと転身、劇作家としても多くの戯曲を残した。白軍に従軍した経験をもとに書いた処女長編『白衛軍』など。作風は社会風刺、体制批判、ソビエト連邦への痛烈な皮肉。かつての下層階級の屑が支配階級になって慌てふためくドタバタを笑った。勿論、発禁と上演禁止で追い詰められ、どんどん生計を立てられなくなっていく。

物語は追い詰められたブルガーコフにスターリンの評伝劇の依頼が。かつてスターリンはブルガーコフのファンであり、『トゥルビン家の日々』や『ゾーイカのアパート』を15回観たとも言われる。特別に上演禁止から守ったとさえも。
憎むべき独裁者を讃美する作品の依頼に葛藤するブルガーコフと、その周辺の芸術家達。

こう聞くと敷居が高く難解そうな芸術作品だと身構えるだろう。だが全くのエンターテインメント。何でこんな話をメチャクチャ面白く味あわせられるのか?そこが才能、何か手塚治虫っぽさを感じる。登場人物一人ひとりのキャラが立っていて、それぞれの立ち位置と目的を観客に手早く理解させてくれる。スターリンだのソ連だの全く興味無くても存分に楽しめるように作られている。(勿論、知っていたら更に楽しめる)。才能とはここのセンスの違いなんだろう。本当に凄い。

この作品では三つの物語が奏でられる。第一は前妻と妻がブルガーコフという天才に愛されることを願う話。彼の作品に関われることへの無上の喜び。第二はブルガーコフが自分が本当は何を描きたいのか自身の無意識の中にダイヴしてそれを探す話。第三はグルジア(現ジョージア)の田舎者、ソソの話。彼はロシア語が苦手でロシア人から犬のように扱われる貧しい青年。

こういう作品を新作として味わえる幸福。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

6年前に別れた前妻、リュボフィ・ベロゼルスカヤ役は金井由妃さん。彼女のキャラの面白さが観客をぐっと掴み、初期黒澤明映画の常連女優・中北千枝子を思わせる。
現在の奥さん、エレーナ・ブルガーコフ役は佐乃美千子さん。阿川佐和子や香川京子を彷彿とさせるスラリとした美人。綺麗な人だった。個人的MVP。
天才作家ミハイル・ブルガーコフ役は玉置祐也氏。どんどん太田光に見えてくる。
舞台美術家の友人、ウラジーミル・ドミートリエフ役は二條正士氏。加瀬亮を美形にした感じ。
モスクワ芸術座の女優、ワルワーラ・マルコワ役は矢代朝子さん。松島トモ子を思わせる強い目力。
謎の幻覚の男、ソソ役は武田知久氏。若き柄本明と嶋田久作を足したような異形さ。彼が無学で愛らしい野良犬から、手に負えない悪夢のような巨大な化け物に変貌する様が今作の肝。戸棚から飛び出すシーンは興奮した。クローネンバーグのような日常から非日常が転がり出すシーンが巧い。

会場は蒸し暑く、そのせいか居眠り客も多かった。具材を無理矢理鍋に詰め込み過ぎて、後半は生煮えの料理になってしまったようにも。
もっと女性視点の話をメインにするべきだったとも思う。本筋とは一見関係ない女達の話の方が興味深かった。

『ファウスト』のように想像力の限界に悩むブルガーコフをメフィストフェレス(代表作『巨匠とマルガリータ』を使うならヴォランド)が案内するスタイルも有り得た。時を遡りグルジアの貧しき詩人、ソソに乗り移ったブルガーコフ。赤いインクの代わりに人間の血を使い、紙の上ではなく世界に詩を刻んでいく。“鉄の男”と一体化し世界に向かって高らかに謳い上げる、己の鉄の意志を。そして自分が為したことにハッと我に返り現実に目が覚める。スターリンの昂揚とブルガーコフが一体化する必要があったと思う。その上での否定。

ラストのスターリンとブルガーコフの対峙はカッコ良かった。失明したブルガーコフは「俺はこの暗闇をインクに詩を綴ってやる!」と宣言。殺戮の赤い詩を暗闇で呑み込んでやる、と。

ちなみにブルガーコフの代表作、『巨匠とマルガリータ』はローリング・ストーンズの『悪魔を憐れむ歌』の元ネタと言われている。
これが戦争だ

これが戦争だ

劇団俳小

ザ・ポケット(東京都)

2023/07/22 (土) ~ 2023/07/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

アフガニスタン戦争に2002年から2014年まで参加したカナダ軍。タリバンを支援しているパキスタンとの国境に近い南部カンダハール州に派遣された。そこでは子供を使った自爆テロが連日起こり、兵隊の精神は壊れていく。

部下思いだが女癖の悪いスティーブン・ヒューズ軍曹は北郷(ほんごう)良氏。KENTA風味の保阪尚希っぽい色男。
作家が自身を投影しているような女兵士、ターニャ・ヤングは蜂谷眞未さん。何となく吉野公佳っぼい妖艶さ。
直情的なガキ、田舎者の新兵・ジョニー・ヘンダーソンは遊佐明史(あきふみ)氏。ジャルジャルの後藤淳平っぽい。彼の起伏の激しい感情表現が今作の肝。MVP。
軍医クリス・アンダースは大川原直太氏。西田良と泉谷しげるを足したような渋味。

帰国してインタビューを受ける軍人達。あの日アフガニスタンのカンダハールで何が起きたのか?皆がその日をその前夜を現地に到着した日のことを思い出す。口にはしない個人的な出来事の数々。煙草とポーカー、やたらキスシーンがある。

ネタバレBOX

正直、良い作品とは思わない。
アフガニスタン政府軍が水攻めでカンダハールのタリバン塹壕を攻撃、100人以上溺死させた。
この非人道的な作戦を止められなかったカナダ軍兵士達の葛藤。モデルになった事件があったのかも知れない。

その日、ターニャはジョニーとの喧嘩で基地に待機させられる。連れて来られた腹を裂かれた地元の少年を救急ヘリに乗せようと基地と交渉。何とか成功させる。
ジョニーは少年兵の自爆テロに遭って大怪我。
軍曹は救急ヘリを待つがターニャがヘリを使用してしまった為か、全然やって来ない。アフガニスタン軍の軍事行動を横目で見ながらもそれどころじゃない。
軍医は数日後、その現場で腐った死体の山を見ただけ。

登場人物とこの事件はほぼ関係していない。この事件についてのインタビューを重ねる内に封印された真実が暴かれる訳でもない。酷く残酷な事件について聞かれながら、彼等が思い出すのは刹那的な男女関係や不安や焦燥、心の奥底で求めていた安らぎについて。(多分それが作家の狙いだろう。彼等の共有していた“ある種の感覚”を作品化すること。その為のキス)。『これが戦争だ』とは思わない。せめて隠していた心の暗部を、どうしても隠さなければならなかった心の闇を、物語に込めて欲しかった。

戦争を皆勘違いしている。日本の歴史では、勝った戦争(日清日露)は良い戦争で、負けた戦争(日中、大東亜)は悪い戦争。敗戦後すぐに朝鮮戦争で大儲けして国を建て直した事実。(唯一、原爆だけは想像を絶する破壊力で人間の憎悪すら吹っ飛ばしてしまった。人間対人間を超えて神の意志、啓示すら感じさせるもの。この先はもうこれ以上ないと実感させた)。

戦争はいけないが戦争に至るまでの暴力は肯定するのか?紛争ならいいのか、事変なら?日本が中国に攻め入った流れも、ほぼ今回のロシア・ウクライナと同じ。正当化正当化正当化。現地の日本租界を守る為。中国軍によるテロを鎮圧する為。自作自演の偽旗作戦。アジアを欧米支配から解放させる為。今のロシアは核兵器を持った大日本帝国だ。どんなオチになるかは日本人なら分かっている。

家に強盗が入って力尽くで追い出そうとする。それが戦争。警察(国連)に助けを呼んでも静観され、「遺憾の意を表する」だけ。やらなければやられる。負ければ家は乗っ取られる。暴力に暴力で立ち向かえば「戦争はいけない」なんてなじられる。一体どうすればいいのか?

“警察”として介入する戦争もいけないのか?ホロコーストを行なっている国への介入も?ノルマンディー上陸作戦も?日本のように金だけ出して他の国の連中にやらせればいいのか?
PILLOW VELVETTIE

PILLOW VELVETTIE

流山児★事務所

スペース早稲田(東京都)

2023/07/21 (金) ~ 2023/07/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「お前も沈むのね。そして夜が来る。」
太陽に向かってそう語り掛けた女は毒を呷る。

チケットにワンドリンク付いていて、BARトワイライトのマスターはアダムスファミリー調の甲津拓平氏。前説も担当。

登場するのはピロウ・ヴェルヴェッティ(ヴェルベット〈光沢のある柔らかな肌触りの生地〉の枕)を名乗る女優。どうやらここは警察署の取調室。彼女は事情聴取をする刑事のことを大好きな俳優から取って、ジョルジオと呼ぶことにする。語り出すのは母親が好きだった歌。昔の映画のワンシーンで印象的だったハミング。そしてシャルル・ペローの童話『青髭』について。次々と娶った妻が行方不明になってしまう恐怖の権力者の言い伝え。彼女は天才演出家、サイモンこそが現代の青髭だと告げる。そして自分が彼を殺したことを。

伊藤弘子さんデビュー37年、出演作155本目の記念公演は初の一人芝居。客席後方でキーボードとエレキ・ギターのa_kira氏、コントラバスの伊藤啓太氏が生演奏。何曲も歌い上げる。『When a Man Loves a Woman』の間奏のギター・ソロが布袋っぽかった。a_kira氏は小室哲哉っぽい。

電気スタンド(デスクライト)をハンドマイクのように握り締めて歌い、自らの顔を下から照らす。上から垂れ下がる7本の首吊りロープのダンス。流山児事務所名物の背景への投影。線描画のアニメみたいな奴が凄かった。退屈させない工夫に充ちている。デイヴィッド・リンチ作品を連想させる世界観。
伊藤弘子さんのファンならずとも、是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

脚本がイマイチ。親友マリアの復讐の為に、サイモンに取り入ったピロウ。映画界を追放された彼と共に舞台の世界で活躍する。どんどんどんどん彼の才能に夢中になっていくピロウ。この辺の詳細を端折ってしまっているので話が盛り上がらない。復讐相手を本当に愛してしまう女の性。そしてコスモ(コロナ)ウイルスが蔓延して演劇界も興行を打てなくなる。失意の彼の死と共に精神を病んでしまって入院。自室で一人芝居を公演している。(字幕で篠井という名前が出るが、看護婦の声だとタカイではなかったか?)。その一人芝居が今回の作品だという枠組なのだが中途半端。『ユージュアル・サスペクツ』ぐらいぶっ飛んで欲しかった。

愛情も憎しみも人に対する強いエネルギーであることに変わりはない。
クレイジー・フォー・ユー【5月18日~21日公演中止】

クレイジー・フォー・ユー【5月18日~21日公演中止】

劇団四季

KAAT神奈川芸術劇場・ホール(神奈川県)

2023/04/25 (火) ~ 2023/07/22 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

流石に完成度が高い。これはリピートするべき作品。古典的な物語をまるでパロディのように構築し直したクラシックで現代的なミュージカル。文句なしに面白い。

1930年初演のジョージ&アイラ・ガーシュウィン兄弟のミュージカル作品『ガール・クレイジー』。女癖の悪い主人公を心配した金持ちの父親は、西部の田舎町にある男子専門大学に通わせる。その大学の経営者の孫、郵便局員の娘に恋をする主人公。経営危機で閉校が決まった大学を救う為、ロデオの女王コンテストを企画、州知事も巻き込んでの大盛り上がり。
1992年、この作品を基にリブート、『クレイジー・フォー・ユー』が誕生。大ヒット作となる。設定から何から全て弄ってある。

明るくハッピーなシェイクスピア喜劇を思わせる入り組んだラブコメ。ドリフや志村けんのコントを思わせる連発ギャグ。シーンごとダンスごとに詰め込みまくった細かいネタは何度も観ないと消化し切れない。贅沢なアイディアを惜しげもなく大盤振る舞い。『フル・モンティ』や『フラガール』など、どうしようもない素人労務者が見様見真似で何かにチャレンジしていく物語はいつの時代も人の心を刺激し興奮させる。

主人公のボビー・チャイルド役、萩原隆匡氏はとにかく華がある。見ているだけで楽しい。タップダンスをたっぷり味わえる。
ダンサーに憧れているが母親の跡を継いで銀行家にならなくてはいけない。渋々、西部の峡谷と砂漠の町にある劇場を差し押さえに出発。

ヒロイン、ポリー・ベーカー役・町真理子さんが最高。自分の席からだとトリンドル玲奈や村重杏奈みたいに見えた。ガサツな田舎娘の乱暴な仕草やつっけんどんな態度、足を広げてどっかと椅子に座る男勝りな無作法さ、優雅の欠片もないダンスのステップ。それがまた魅力的で主人公が夢中になる気持ちがよく分かる。心を奪われた主人公が“彼女の為”になりふり構わず頑張ろうと決める。その物語に観客を巧く乗っけてしまえば後はそのまま突っ走るだけ。
閉業状態の劇場は今では町の郵便局になっている。亡き母親がこの劇場でどれ程美しく歌い踊ったことか、父親は何度も何度も遠い目で語る。

主人公の婚約者、赤毛のアイリーン・ロス役・ 岡村美南さん。主人公を追い掛けて遥か西部の田舎町まで。
ブロードウェイの大物プロデューサー、ベラ・ザングラー役・ 荒川務氏。妻と上手く行っておらず、テスのことを口説き続けている。
ザングラーのショーの踊り子、テス役・宮田愛さん。主人公の友人で彼の為に協力を惜しまない優しい人。
他の出演者も一人ひとり魅力的で語り倒したい。

曲もダンスも超一流、一度は必ず観るべき。

ネタバレBOX

誰一人、悪人がいない世界。後半の御都合主義的展開はやり過ぎなのだが、それを良しとさせるだけの作品世界の魅力。踊れない大男を仕方なくコントラバスにあてがうとバッチリ嵌って見事な名演を繰り広げる。町中の工具や農具、ノコギリやトタン屋根、全てがミュージカルのセット、小道具に変わっていく魔法。
終演後、玄人衆が「今日のは凄かったね。」と語り合っていたので、当たり興行だったのだろう。
新・明暗

新・明暗

劇団しゃれこうべ

シアター風姿花伝(東京都)

2023/07/14 (金) ~ 2023/07/17 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

『明暗』は朝日新聞に連載中、夏目漱石が亡くなってしまい未完の絶筆に。丁度クライマックスの所で終わった為、作家の構想について100年以上論議されてきた。今作は永井愛さんによる現代に置き換えられた『明暗』の世界。2002年初演。
滅茶苦茶面白い。まさに今の自分が観たかった作品、ラストのカタルシスには震えた。この劇団の強み、今回観に来た人は必ず次回も足を運ぶであろう磁力。客席通路もステージと利用し、アイディアと創意工夫に満ち溢れた空間。こういう作品に打ちのめされたいもの。観客が受け取った強烈な刺激は小説音楽演劇映画、全てに飛び火していく。夏目漱石の再評価にも繋がる。灼熱地獄の中、観に来て本当に良かった。

演出・主演の木田博喜氏は体調が悪そうで心配だったが見事にこの長丁場をこなしてみせた。
劇団の二枚看板女優、和泉美春さんと原島千佳さん。今作は共に二役をこなしどちらも強烈な印象。
MVPは吉川夫人役の鈴木佳さん。凄まじいキャラの発現。瞬きを極力しない演技。かつて『魔界転生』で若山富三郎が化け物を演じた際、一切瞬きをしなかった。「化け物は人間じゃないんだから」が理由。兎に角与えるインパクトがテンパった日本刀。不用意に近付くと大怪我をする。彼女の強烈な存在感がいびつな作品世界を力尽くで観客に納得させる。
主人公のシャドウのようなネガティヴな心の声、スキンヘッドの首藤生実(いくみ)氏も効く。こんな嫌な奴も自身の世界の一つなんだと主人公は受け入れる。逆に己の心の安定の為にも。
金井賢一氏はどの役も矢鱈と格好良かった。宍戸錠みたい。
田村祐子さんの一挙手一投足に客席のおばちゃんが熱狂的に興奮(知り合い?)。
高野圭祐氏は安定した助演ぶり、どの役もきちんと捻ってある。
上野賢一氏の重み。労務者の臭い。
矢鱈笑う女中、一歳(ひととせ)ナンギさん。

原島千佳さんが魅力的。表情が多彩。熱演で涙。
和泉美春さんは難儀な役をよくこなした。松丸友紀と久本雅美を足したような美人。

コミカルでリズム感たっぷりの食事のシーンも良い。演出の細かい工夫が効いている。
このままガチガチの文学路線で攻めていって欲しい。既に次作が楽しみ。演劇の持つ意味合いすら考えてしまった。関わる者全ての“救い”なのかも。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

主人公が結婚する前に長く愛し合っていた清子、突然の心変わりで振られてしまう。そして自分の友人とさっさと結婚してしまった。何故、彼女は自分を捨てたのか?結婚して家庭を持った今もその暗く深い心の傷とずっと向き合って日々を過ごす。吉川夫人から流産した清子が湯河原の温泉宿で療養中だと聞かされる。そこに向かい再会する二人。たわいもない会話を交わす所で絶筆してしまう。

その後は永井愛さんのオリジナル。到頭主人公は清子に人生最大の謎、自分に架せられた十字架を問い質す。「何故、急に心変わりしてしまったのか?」その答えは「関さんのことが好きになってしまったから。」その呆気ない真実に主人公は救われる。文学的命題でも何でもない、ただ気が変わっただけのこと。これが自分が必死に追い求めていた真実の正体。その下らなさに全身から解放感を覚える。

この後、二転三転あるのだが夏目漱石の調理法として一つの正解だと思う。
韓国新人劇作家シリーズ第7弾

韓国新人劇作家シリーズ第7弾

韓国新人劇作家シリーズ実行委員会

北とぴあ ペガサスホール(東京都)

2023/07/13 (木) ~ 2023/07/17 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

何故か開演前SEはRed Hot Chili PeppersのBEST。
「Californication」なんか良い曲だった。

①A『罠』ホ・ジンウォン作
閉店間際のカメラ屋に滑り込んだ奇妙な客(小林エレキ氏)。昨日購入したカメラの交換を希望。どうにも気味の悪い客で対応する女性店員(生井みづきさん)はイライライライラ。偶然店に戻った店長(大月秀幸氏)に任せるもなかなか話は前に進まない。遂には警官(厚木拓郎氏)まで巻き込んで・・・。別役実系の不条理ネタ。

やたら細い生井みづきさんが狂ったように絶叫。
小林エレキ氏はもっと評価されるべき存在感。

②C『変身』イ・シウォン作
突然、中高年の男性が『変身』する事件が続発。突発的にマグカップやら時計やら無機物になってしまう。しばらくしたら戻ったり戻らなかったり。法則性や規則性が把握出来ない。政府は対策本部を設け、何とか事態を収拾しようとする。変身から人間に戻った男(今津知也氏)が訪れ、家族の捜索を依頼。それを聞く役人(カズ祥〈よし〉氏)。

紙屑塗れの美術。文字文字文字。手書きの文字が散乱している。書道教室のように至る所に文字が貼られている。そこら中に散らばった文字を器用に拾い集めて、物語に継ぎ合わせる。

小野寺マリーさんが印象に残る。
開幕時、とみィ氏がガチガチに緊張していて観ているこちらも緊張した。

やっぱり何処の国の人間も考えることは同じ。
難解ではなく気楽なコメディー。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

もっときつい作品を觀たいものだが、コンクールでふるいにかけられると、平均的なものが選ばれるのは世の常。

①はもっとスピーディーに畳み掛けないと観客に先を予測されてしまう。観客の想像力との勝負。法律と正義のあやふやな概念にどじょうすくいのように踊らされる人々。

②はゆうきまさみのギャグ漫画っぽくてぬるい。何かを連想させるには至らない。演出が凝っていて面白いだけに肩透かし。
正義の人びと

正義の人びと

オフィス再生

六本木ストライプスペース(東京都)

2023/07/13 (木) ~ 2023/07/17 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

1905年2月17日、セルゲイ・アレクサンドロヴィチ、モスクワ総督暗殺事件。エス=エル(社会革命党)のテロリスト、イヴァン・カリャーエフが馬車に向かって爆弾を投擲。セルゲイ大公は当時のロシア皇帝ニコライ2世の叔父にあたる。
1917年のロシア革命に至る布石となったテロ事件。
日露戦争の最中であり、エス=エルへの資金援助は明石元二郎大佐による諜報活動の一つでもあった。
1881年父親であるロシア皇帝アレクサンドル2世も馬車による移動中、爆弾テロによって暗殺されている。

ボリス・サヴィンコフの回想録『或るテロリストの回想』を下敷きにしたほぼ実話。
舞台は帝政ロシアの反体制地下組織のアジト。セルゲイ大公暗殺計画の実行前夜。

詩人でもある優しいカリャーエフ(岩澤繭さん)
複雑な内面を吐露する恋人ドーラ(あべあゆみさん)
組織のリーダーであるアネンコフ〈モデルはボリス・サヴィンコフ〉(磯崎いなほさん)
投獄されて酷い拷問を受け、復讐に燃えているステパン(加藤翠さん)
パーマ的に髪を盛り上げているヴォワノフ(嶋木美羽さん)

後方にタイプライターを叩くカミュ的存在の長堀博士氏。メタフィクション的に現在行なわれている芝居の戯曲を書いている。

アネンコフとステパンは編み込んだ髪の毛を妙に一房だけ立たせている。

実行犯に選ばれたカリャーエフは決行の日、爆弾を投げられず帰って来る。理由は馬車に大公だけでなく甥や姪の子供達もいたから。自分の中の「正義」との葛藤。

議論議論議論、思考の闇にひたすら畝り嵌まり込む。とにかく考えざるを得ない。「革命」とは一体何なのか?人を殺す者の自己正当化に至る免罪符。他人を糾弾する者の自己に対する不安。死ぬに至る意味と価値。他人を納得させる「言葉」を見付けられなければ、自分達の軽蔑する「奴等」と同じになってしまう。

ステージ中央の折り返し階段を効果的に使用。スリムミラーを複数配置する工夫。(見えない表情が映る)。
加藤翠さんのシャープな表情が良かった。
館内に響き渡る、合図である独特なリズムのノック。

開演前、シオンのメジャーデビューシングル『俺の声』がフルで掛かる。滅茶苦茶昂揚した。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

最前列でずっとスマホを弄っている観客もいた。関係者多めの客層はきつい。(皆なめている)。

社会主義者達は分別のあるテロリズムを標榜する為に、関係のない者を殺すことを極端に恐れた。その思想は人民を敵に回すことに滑稽なまで神経質であった連合赤軍までも続いていく。(実際やったことは滅茶苦茶なのだが)。頭でっかちの正当化ごっこ。逆に大義名分さえ手に入ればどんな残酷なことも平気で出来てしまう。結局手を汚す奴は身を捨てて捨て石になるしかない。綺麗事は事が済んだ後で無垢ないい子ちゃん達にやって貰うべき。聖人君子のテロリストなんて童話だ。泥を引っ被る殺戮者がいないと時代は何も動かない。(戦国時代、天下統一を成し遂げる前段階として大量虐殺が必須だった)。

大公妃がカリャーエフに面会に来る。「一人の人間を殺した事実を認めてくれれば、あなたの罪を許したい」と。カリャーエフは拒む。「自分が犯したのは殺人ではなく、革命である」と。
そこを手放すと自分にはもう何も残らないことを知っている。

テロといって今日本人が一番連想するのは、安倍晋三元首相を暗殺した山上徹也。統一教会の洗脳で家庭をボロボロにされた逆恨み、広告塔的役回りを担っていた安倍晋三を狙った。悪徳商法企業のCMに出ていたタレントを殺すような発想。しかしそれが大当たり、自民党と統一教会のズブズブの関係に光を当てた。今や山上徹也は国士の英雄。ジョーカー(世間への恨みから無理心中的な無差別大量殺人を実行する犯罪者)や闇バイト強盗が蔓延する社会ではましな部類だろう。悪い奴を殺せば世の中は良くなるのか?社会の構造が変わらないのであれば空席に誰かが転がり込むだけ。では何をしたって意味がないのか?いや、確実に何かをする行動には意味が生まれる。妄想上のシミュレーションではなく行動には。だがそれは一体どんな意味なんだ?

死んでもなりたくなかった奴に生きたまま近付いちまってる
怠けてる優しさをそこら中にばら撒いて
シオン『お前だけ見られたら』
或る女

或る女

演劇企画集団THE・ガジラ

シアター風姿花伝(東京都)

2023/06/30 (金) ~ 2023/07/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

チラシになっている海を沖に向かって歩く女の後ろ姿の写真(?)が美しい。空は朝焼けにも夕焼けにも見える。宣伝美術の岩野未知さんの作品だろうか。強い生命力に満ち溢れているようにももう何処にも辿り着きたくないようにも受け取れる。宗教画みたい。

『太陽があなたを見放さないうちは、私もあなたを見放し  にはしない、水があなたのために輝くのを拒み、そうして木の葉があなたのためにひらめくのを拒まない間は、私の言葉もあなたのために輝きひらめくことを拒みはしない。』
冒頭に飾られるホイットマンの詩。

キリスト教を熱烈に信仰した末、棄教に至った有島武郎の実体験を元にした原作。日本のキリスト教思想の第一人者である内村鑑三。有島武郎のことを自らの後継者だと期待してさえもいた。
今作のテーマは『神の道』と『人の道』。登場人物の誰もが心の中の神と常に向き合っている。神に己を見せつけているかの如く。
重い鉄の扉の床ハッチ。この下は地獄に続いているのか。扉を閉めるごとに轟音が鳴り響く。ヒロイン早月葉子は吐瀉物を吐き、煙草を捨て、酒を捨て、自らもそこに堕ちてゆく。

主演の守屋百子さんは中江有里の奥山佳恵風味の美人。多彩な表情が目まぐるしく変わり、観客の視線を捉えて離さない。少し細過ぎるか。
MVPは勿論千葉哲也氏、それはもう仕方がない。三國連太郎緒形拳ラインのカルマを背負った邪悪な雄。こういう男の存在が日本人の原風景にどっかと在るのだろう。常にこんな男に女は抱かれていく。それが日本人の歴史。
女中役の大嶽典子さんも存在のバランスが絶妙に良かった。

極厚3時間、大正日本文学とがっちり組み合ってみせた。その心意気にRespect。こういう作品と真剣に向き合ったことは必ず役者達の財産になる。勿論観客にとっても。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

明治11年に生まれた佐々城信子は十代の頃、作家の国木田独歩と駆け落ち同然に結婚するも5か月で別れる。離婚後に出産した浦子は里子に。父がキリスト教系の日本の女性団体の幹事だった為、内村鑑三夫妻とも交流があった。
明治34年米国留学中の森広と結婚が決まり、鎌倉丸に乗り込むも、船の事務長・武井勘三郎と不倫関係に。シアトルに到着するも、下船せずそのまま帰国。報知新聞が「鎌倉丸の艶聞」とした記事を連載。日本中に知られることとなる。長崎県佐世保で武井と旅館を経営する。
明治44年、森広の友人だった有島武郎が佐々城信子をモデルにした小説を「或る女のグリンプス」という題名で連載開始。グリンプスとは一瞥した印象のこと。
大正8年、後半を書き下ろし『或る女』と改題して刊行。鎌倉丸下船以降はほぼ創作。ヒロインの惨めな死に佐々城信子は抗議に行こうと考えたが、大正12年に有島武郎は愛人と縊死してしまった。

有島武郎役の勝沼優氏と、その友人でありヒロインを熱烈に崇拝する婚約者役の岡田隆成氏。ここの描き込みが足りず第一幕の思惑が分かり辛かったのが残念。

神への信仰のようにヒロインを信じ、なけなしの金を毟られていく男。彼の存在が無意味な書き割りの為、ヒロインをなじる有島武郎にも全く感情移入出来ず、同様にヒロインの良心の呵責も伝わらない。

更に言うと演出と脚本とキャスティングと演技がどうにもちぐはぐ。所々見せ場はあるが全体を通底する音がない。原作をどう味わって戯曲化しようとしたのかもよく解らない。狙いはスカーレット・オハラか?第二幕の話自体は犯罪者の再現ドラマに過ぎず、淡々と破滅する様を見せるだけ。
赤ん坊の泣き声やずっと隅に立ち続ける、産んですぐ里子に出した娘(桃可さん)の姿。主人公の心象風景なのだろうが効果を上げていない。思わせ振りなだけで何もないのならば逆効果。

チョビ

チョビ

ここ風

シアター711(東京都)

2023/07/05 (水) ~ 2023/07/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

超満員の上、通路や先頭のスペースにまで増席。会場を間違えているとしか思えない。サンモールスタジオがいいのでは。そこを本拠地にしている東京AZARASHI団と今作のテイストは重なる。

主演は天野弘愛さん、通称チョビ。
児童養護施設出身者の同窓会。会場の浅草近辺の民家はやたら駅から遠く、蛙の鳴き声がうるさく感じる程田舎。久し振りに顔を合わせる面々。天野さんは例年の隅田川のとうろう流しに参加するも勢い余って川に落下。はぎこさんの竹竿に救われる。服はビショビショで仕方なくジャージ姿。

虐待で右胸の二つのホクロの下に煙草を押し当てられた火傷の跡。それをずっと隠していた天野さんだったが火傷の跡がチョビ髭に見えると、施設の悪ガキのノブ(吉岡大輔氏)にチョビという仇名をつけられる。自分の心の傷を鼻で笑って生きていく生物の強さ。国からの措置費と寄付で運営されている養護施設だったが、資金難で先行き不安。8歳のチョビは自ら金持ちの養子に入ることで金を引っ張って来ようと企んだ。

当時13歳だった里沙(藤木蜜さん)は滅茶苦茶頭が良く将来は弁護士になると決めていた。
当時7歳だった亜矢(はぎこさん)はノブを密かに恋してた。
当時10歳だった弘信(香月健志氏)は弱いくせに将棋に命を懸けていた。
同い年のノブは喧嘩相手のチョビのことを・・・。

冒頭からちょこちょことした伏線、一体何の話なのか不審に思わせる。そこを綺麗に回収してみせるラスト、成程!

ネタバレBOX

天野弘愛さんの足の指が一本一本細く長い。
はぎこさんは山本彩を思わせる強キャラ。
藤木蜜さんはミッツ・マングローブのようなキャラの奥深さ。

チョビを里親として迎えた夫婦。元スリの高橋亮次氏と大企業のお嬢様、星出紗希奈さん。
貧乏夫婦を同居させてやるのは陰を背負った植木屋、牧野耕治氏。もう井川比佐志だ。
顔を出す幼馴染のヤクザ、斉藤太一氏。

『サザエさん』に心の何処かで憧れる、『サザエさん』とは似ても似つかぬ家族達の物語。

里親の家が貧乏なのを知ったチョビは帰ろうとする。だが養護施設は火事で焼け落ち、皆亡くなっていた。帰る場所なんかもう何処にもありはしない。チョビは彼等がもし生きていたならどう成長していったかをずっと妄想しながら暮らしていく。そして今年のとうろう流し、岸に引っ掛かった灯籠を取ろうと手を伸ばして川に落ちてしまう。実はここは死後の世界であり、皆はチョビを励まして生者の世界に送り返す。

物足りないのは笑い。キャラ設定が弱い。いつもの狂ったセンスが足りない。ヤクザ・ギャグだけでは普通のコメディ。『異人たちとの夏』に至るまでに激しい笑いの空間が欲しい。施設の連中とのエピソードと養父母のエピソードが交差するのだが上手く行っていない。施設の連中のことを一生忘れず想い続けるだけの強烈な出来事が欲しい。(その前の虐待の日々の描写か?)

ワンシチュエーションに拘らない方がいいと思う。作品の表現出来る幅が狭まる。背景は観客の想像力に委ねてもっと自由に作った方が面白くなる。

三谷健秀氏は一体どうしてしまったのか?彼が必要だ。
ジーザス・クライスト=スーパースター

ジーザス・クライスト=スーパースター

劇団四季

自由劇場(東京都)

2023/06/22 (木) ~ 2023/07/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

[ジャポネスク・バージョン]

1970年、コンセプト・アルバム『ジーザス・クライスト・スーパースター 』が発売される。若きアンドリュー・ロイド・ウェバーが作曲、ティム・ライスが作詞したロック・オペラ。ジーザス役を歌うのはイアン・ギラン(当時ディープ・パープル)。1971年にブロードウェイで舞台化。1973年に映画化。ノーマン・ジュイソン監督は舞台版は観ずに、アルバムから触発されたイメージだけでイスラエル・ロケを敢行して撮影。アンドリュー・ロイド・ウェバーの意図とは違った作品になり、彼は酷く嫌った。実は自分は映画しか観ていないので、舞台版の方に逆に違和感。
劇団四季の日本版は1973年初演。白塗りに歌舞伎の隈取り、白い大八車、楽曲の和楽器アレンジ、竹の矢来垣。のちにジャポネスク・バージョンと名付けられた。
1976年、よりオリジナルに近いエルサレム・バージョンも上演。

イスカリオテのユダ役、佐久間仁氏は堀内孝雄と谷村新司を思わせる声色。全体的に今作の曲調はどこかアリスを思わせる。
ジーザス・クライスト役、神永東吾氏は突然「キャー」と奇声を上げる様がどおくまんのキャラっぽい。
ヘロデ王役、大森瑞樹氏の格好はアメコミ・キャラのカブキマンか、採用されなかったデヴィッド・ボウイのコスチュームか。ジャンプのギャグ漫画に出て来そうなルックスが大インパクト。

結局のところ、何故ユダはジーザスを裏切ったのか?がテーマ。同じテーマである太宰治の『駈込み訴え』も必読。そして『神の計画』というものも関係してくる。聖書を全て事実だと受け止めて読むと、謎だらけ。未だにずっと考え続けている。

ネタバレBOX

〈背景〉
当時エルサレムはローマ帝国の属国として「ユダヤ人の王」を任命されたヘロデ大王が治めていた。
それとは別に属州総督としてポンテオ・ピラトが赴任。二人は互いの立場、権力を巡って緊張関係にあった。
ユダヤ教は三派に分かれて対立していた。パリサイ派(現ユダヤ教の基となる)、サドカイ派(富裕な貴族祭司階級、今は消滅)、エッセネ派(俗世間から離れて共同生活を送った厳格な集団)。エッセネ派のクムラン教団にジーザス・クライストは属していたとする学説が現在は有力。アンナス、カヤパはサドカイ派。

①カヤパの義父・元大祭司アンナス(日浦眞矩〈まく〉氏)による予備審問。
②大祭司カヤパ(高井治氏)による裁判。
③ローマの総督ピラト(山田充人〈あつと〉氏)の尋問。無罪。
④ヘロデ王(大森瑞樹氏)の尋問。無罪。
⑤ピラトのもとに送り返される。無罪。
⑥暴動寸前の群衆がジーザスの死刑を要求した為、ピラトの手に負えなくなり引き渡す。

〈神〉
天地創造し人間を作り出した造物主。古代ヘブライ文字4文字でYHWH(或いはYHVH)と記されており、ヤハウェ、エホバと呼ばれる。

①預言者モーセ(紀元前16世紀または紀元前13世紀と意見が分かれる)。
ヤハウェの声に導かれ、エジプトの奴隷階級だったヘブライ人(イスラエル人)を率いて約束の地カナン(地中海とヨルダン川、死海に挟まれた地域一帯=現イスラエル)へと旅立つ。
モーセはシナイ山(エジプト)でヤハウェと契約をする。それが『十戒』。それを基にしたものがユダヤ教。

②預言者ジーザス・クライスト
そもそも西暦のBC(紀元前)の意味は〈Before Christ=クライスト以前〉、AD(紀元後)の意味は〈Anno Domini(ラテン語)=私達の主の年に〉。人類の歴史上、最大のスーパースターであることは間違いない。彼が磔刑に処せられ死んだ後に、弟子達はずっと彼の素晴らしさを説いて回った。迫害と虐殺が300年近く続いたが、313年ローマ皇帝コンスタンティヌス1世が神による夢のお告げ(諸説ある)で戦いに勝利。ミラノ勅令を発布してキリスト教を公認し、自らもキリスト教に改宗。392年ローマ皇帝テオドシウス1世が国教に定めた。ジーザスと結んだ新しい契約から、新約聖書と呼ばれる。タルソスのパウロが父なる神(ヤハウェ)、神の子(ジーザス)、聖霊(マリアを処女懐胎させた力)は三位一体だと唱え、アウレリウス・アウグスティヌスが理論的に完成させた。

③預言者ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ
610年頃、アラビア(現サウジアラビア)のマッカ(メッカ)の郊外にあるヒラー山の洞窟に大天使聖ガブリエル(ジブリール)が現れ、ムハンマドにクルアーン(コーラン)を啓示。当時のアラビアは部族社会で国家は形成されていなかった。マッカで布教活動を開始するも迫害を受ける。
622年7月15日、迫害から逃れる為、ムハンマドは70人余りの信徒と共にヤスリブ(後にメディナと呼ばれる、マッカの北方約350kmの農村)へと移住〈『ヒジュラ』(聖遷)〉。イスラム暦(ヒジュラ暦)元年とする。
630年マッカに攻め入り征服。アラビアの諸部族を帰順させ、アラビア半島を統一する。
ガブリエル(ジブリール)を派遣した神アッラーはヤハウェと同じ存在。

〈『神の計画』〉

聖書にはジーザスの逡巡が詳細に描写されている。驢馬に乗ってエルサレムにやって来たジーザスは最後の七日間をここで過ごす。父の計画に気付きゾッとする。「我が父よ、もし出来ることでしたらどうか、この杯を私から過ぎ去らせて下さい。しかし私の思いのままにではなく、御心のままになさって下さい。」全人類の背負った原罪を贖罪する為に、最も残酷で最も惨めな、苦痛に充ちた拷問死を受けなければならない己の宿命に気が付いてしまう。永遠に人類の代表として苦しみ続けなければいけない。「父よ、彼等をお赦しください。自分が何をしているのか分からないのです。」
刑場で天を見上げ「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのですか?)」と旧約聖書の詩篇22篇に記されているダビデの賛歌を唱える。
「成し遂げられた」

ユダも自身の存在意義が、『神の計画』によって書かれた安っぽい学芸会の役でしかないことを知って首を縊る。

〈個人的意見〉

麻原彰晃をモチーフに『ジーザス・クライスト・スーパースター』と筒井康隆の『ジーザス・クライスト・トリックスター』を叩き台にして作品化して欲しい。いつの日が観れると思っている。

現代のパレスチナ自治区にジーザス・クライストが誕生してしまった、なんてのはどうだろう?
おわたり

おわたり

タカハ劇団

新宿シアタートップス(東京都)

2023/07/01 (土) ~ 2023/07/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

滅茶苦茶蒸し暑くて地獄。シアタートップスは空調がしょぼい。
西尾友樹氏の名前で何も情報を入れずにチケットを買ったのだが・・・。
鵺的の『バロック』にかなり影響を受けている。

1995年、静岡県の伊豆半島にある海沿いの古い屋敷が舞台。(方言は富山弁っぽかった)。

主演の早織さんは池上季実子、香坂みゆき系の美人。
田中亨氏が若き神木隆之介っぽくてカッコ良かった。
かんのひとみさんは流石。出しておけば何とかしてくれる。

ネタバレBOX

大変申し訳ないが脚本も演出も酷かった。これだったらコメディに振った方が客も気が楽。悲惨な連中の不幸を笑って観る系にした方が良い。アメリカの馬鹿ホラーテイストで。

大学時代に自殺した親友。彼を愛していた主人公(早織さん)は彼の遺した原稿を使って文壇デビュー、芥川賞受賞。彼ならどう書くかずっとそればかり考えて作家活動を続けてきた。一度彼の霊とコンタクトしたくて本物の霊能力者に会いに行く。その婆さん(かんのひとみさん)の孫(田中亨氏)は彼にそっくり。

田中亨氏がかんのひとみさんを絞め殺すシーン、僧帽筋の窪みが驚く程発達していてそっちにばかり気を取られた。

登場人物全員、頭が悪すぎ。
アダムとイヴ、私の犯罪学

アダムとイヴ、私の犯罪学

演劇実験室◎万有引力

ザ・スズナリ(東京都)

2023/06/30 (金) ~ 2023/07/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

何か軽く鬱気味で観ていたのだが、観劇の途中で急に気が晴れた。理由をあれこれと考えてみたが、多分時間の経過の作用だろう。時間がこの世の全てを解決する。時間というものの持つ面白さ。
凄く楽しかった。終演後の物販に長蛇の列。詰め掛けるマニア。客層は若い女性が多い。何周も回って寺山アングラは今オシャレなのか。1966年上演の天井桟敷設立前の戯曲。

林檎が5つ置かれてある。『トルコ風呂エデン』の看板。ここはトルコ風呂(=現ソープランド)の上のスペースを間借りした一家が住む部屋。父・髙田恵篤氏、母・森ようこさん、長男・髙橋優太氏、次男・三俣遥河氏。背中に愛すものの絵が貼り付けられている。それぞれ、宝くじ、林檎の木、汽車、切手。

DIY感溢れる木材剝き出しの建方美術。中央にほっぽらかされた金槌を、暗転時踏まないか心配になる。梯子も手作り。大量に制作された林檎の小物が良い出来。

内山日奈加さんがエロエロ。フルート。シーツ越しの舞い。
森ようこさんは女・麿赤兒。コミカルでエロい。

主人公は髙橋優太氏演ずる寺山修司。家出を試みるも一家全員付いてきてしまい、ただの引っ越しに。30過ぎても家を出て他者と出逢うことに憧れている。彼は汽車の汽笛を「ポーッ!」と叫び続ける。その線路は体内の血管だ。血液が汽車となって全身を隈なく駆け巡る。それが心臓を通過するごとに覚醒剤のような快感がどっと押し寄せる。亡国の徒、亡人。

下の階のトルコ嬢見習い(山田桜子さん)は『ロビンソン・クルーソー漂流記』を愛読する。いつか無人島で一人生活することを夢想して。そこにやって来る自称ロビンソン・クルーソー(小林桂太氏)、風呂を借りる。

ラストの曲はリフがもろ『移民の歌』。カッコイイ。
この劇団はまだまだ先に行ける。

ネタバレBOX

狂ったように林檎好きな森ようこさん。後払いで数百個の林檎を購入しては部屋に隠す。それがバレそうになると慌てて、床板を剝がしてトルコ風呂に捨てる。

髙橋優太氏は到頭“あの方”と一体化することが出来る。これでもうずっと独りではない。天国より高い地獄に似た場所で。
ブラウン管より愛をこめて-宇宙人と異邦人-(7/29、30 愛知公演)

ブラウン管より愛をこめて-宇宙人と異邦人-(7/29、30 愛知公演)

劇団チョコレートケーキ

シアタートラム(東京都)

2023/06/29 (木) ~ 2023/07/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

アンジーの『天井裏から愛を込めて』を彷彿とさせるタイトル。アンジーはメルダックでデビューしたのだが、先に同事務所でデビューし大ブレイクしていたブルーハーツを踏襲させられた。本来は「頑張れロック」路線ではなかっただけに非常に不運。実際は『たま』系の独自世界のアーティストだった筈。

小学生の頃、再放送の『帰ってきたウルトラマン』で観た『怪獣使いと少年』。滅茶苦茶衝撃を受けた。灰色の工業地帯で繰り広げられる全く救いのない物語。プロレタリア文学のような目線。『帰ってきたウルトラマン』はスモッグのどんよりとしたイメージで、ディストピアの日本の姿を突き付ける(ただそれ以後観ていないので記憶による美化はあると思う)。後年、切通理作氏のデビュー作『怪獣使いと少年』を読んだ時、凄く腑に落ちた。

巨大変身ヒーローモノが1990年に作られている世界線。(実際は『ウルトラマン80』放送終了の1981年から1996年の『ウルトラマンティガ』までは空白)。
テーマは『差別』。誰にも正解の見えない永遠の難問。TV番組『ワンダーマン』にて、伝説の『怪獣使いと少年』に挑もうという若き脚本家の心意気。子供向けTVドラマで一体何処まで本質を描けるのだろうか?

主人公の脚本家は伊藤白馬氏。特撮モノに初挑戦。
大学時代の先輩で『ワンダーマン』のメイン監督は岡本篤氏。木下惠介っぽい清潔感。
特撮監督は青木柳葉魚氏。
助監督は清水緑さん。
主演のワンダーマン役は浅井伸治氏。ペナルティのワッキーを思わせる役作り。
大物ゲスト枠は橋本マナミさん。気負い過ぎて少し固かった。
宇宙人(コクト星人?)役の足立英(すぐる)氏の振り幅が素晴らしい。
MVPは東特プロのプロデューサーの林竜三氏とTV局から出向しているプロデューサーの緒方晋(すすむ)氏。ここのリアリティがドラマの厚み。社会で生活している人間の重みがあってこそ、ただの絵空事のファンタジーにはしない。
是非、観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

ネタ元
①ウルトラマン『故郷は地球』
事故により遠い惑星で見捨てられた宇宙飛行士ジャミラは棲星怪獣ジャミラと变化、復讐の一念で地球に舞い戻る。
②ウルトラセブン『超兵器R1号』
惑星攻撃用超兵器R1号を無生物のギエロン星にて実験。成功に終わり惑星は粉々に。しかし実はそこに居住していたギエロン星獣は復讐の為、地球を襲う。
③ウルトラセブン『ノンマルトの使者』
古代、人類より先に地球で繁栄していた先住民ノンマルトは人類の侵略に地上を追われ、海底都市を築いて静かに暮らしてきた。海底開発が進む中、抵抗してきた海底都市を地球人は全滅させる。
④帰ってきたウルトラマン『怪獣使いと少年』
川崎の工業地帯、河川敷の廃工場で暮らす老人(メイツ星人)とアイヌの少年。かつて地球の気象調査にやって来たメイツ星人だったが、汚染された地球の環境に耐え切れず重病を患っている。強大な念動力を持ち、公害で畸形化した怪物ムルチを地底に封印している。気味の悪い余所者がのさばっていることに不快感を感じた地元民は暴力で排除に出る。群衆にリンチされる少年を庇ったメイツ星人は惨殺される。それと共に封印の解けた怪物ムルチが暴れ出す。人々は泣き喚いてウルトラマンに助けを求めた。
モデルになった史実は関東大震災後に起きた朝鮮人大虐殺。判明しているだけで、2613名の朝鮮人が虐殺されている。

〈今作の展開〉
暴徒と化した群衆は宇宙人(足立英氏)を襲撃する。心優しいパン屋の店員、橋本マナミさんは誤解を解こうと必死に止めに入る。だがどうにもならない。橋本マナミさんは惨殺されるも、死の間際に想いを伝える。「(他者を)怖がらないで。私も怖がらないから。」
差別の本質は恐怖であることを告げる。恐怖を乗り越えた先に解り合える未来が生まれることを。
(舞台上をセピア色一色に染めた照明が効果的)。

この後の展開をどうするかで二転三転する。

〈最終的に作品化されたもの〉
一人自らの寿命が尽きるまでただただ生き続けた宇宙人は死の訪れと共に彼女との再会を果たす。

もし自分が小学生でこのTV放送を観ていたとしたら腑に落ちない気がする。人間が衝撃を受けるのは顔を背けたくなる程のリアル。綺麗な作り話ではない。『デビルマン』の牧村美樹邸の魔女狩り、『カムイ伝』の正助への残酷なる私刑、『ブッダ』のタッタの蜂起。理屈や綺麗事では納得出来ない人間の動物としての本能。『デビルマン』では怒りに狂った不動明が人間達を皆殺しにした。「俺は悪魔の体を手に入れたが人間の心を失わなかった。お前達は人間の体を持ちながら悪魔になったんだぞ!これが俺が命懸けで守ろうとした人間の正体か!?」
実はここが重要な点。人間の“何”を守ろうとしているのか?

監督が同性愛者であることはすぐに気が付いた。差別を受けることに敏感な弱者である少数派がこの手の話題に大声を出せない事。

何が正解なのか、未だに解らない。多分、正解は時間の経過。時間が経って何もかもが消えて無くなるだろう。どんな結末を自分は求めていたのか?
ヴィクトリア

ヴィクトリア

シス・カンパニー

スパイラルホール(東京都)

2023/06/24 (土) ~ 2023/06/30 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

今更褒めるも何もないのだが、大竹しのぶさんは凄い女優だ。もう一度観たい演目。北島マヤ(『ガラスの仮面』)だよなあ。『ガラスの仮面』の最終回は大竹しのぶさんの独り芝居でどうだろう?何か皆を納得させるものになりそう。ヴィヴィアン・リーのような、精神を患った美しい女の独白は古今東西の女優魂を刺激し興奮させる永遠の題材なのだろう。

イングマール・ベルイマンの幻の映画企画『ある魂の物語』。脚本は1972年に書かれた。女優のクローズ・アップのみ全編ワンカットを狙った実験的な意欲作。どの映画会社にも受け入れられず、主演予定だった女優の降板で企画は流れた。1990年スウェーデンでラジオドラマとして日の目を見る。
フランスで2011年、ソフィー・マルソーの一人芝居として舞台化。その舞台をそのまま2015年TVドラマ化(『A Spiritual Matter』)。
成瀬巳喜男も高峰秀子に背景なしで撮影する映画の構想を語っていた。役者以外何も存在せず、逃げ道のない世界。

ステージングは小野寺修二氏。空間設計なのか、シーンとシーンの繋ぎのアイディアなのか。照明の日下靖順(やすゆき)氏と共に幻想的な世界を味あわせてくれる。揺れるカーテン、漏れる光、何処からか聴こえる音、一人芝居を名アシスト。ヴィクトリアの脳の中、心の中、記憶の中を『ミクロの決死圏』のように彷徨い歩く観客達。巨大な薄手の白いカーテン、柔らかなたゆたいに目眩を覚える。

ベルイマンの女性論のようにも感じた。普遍的な脚本。必見。

ネタバレBOX

43歳のヴィクトリアは大学教授の夫に問い詰める。「何故、私とSEXしないのか?」「手でだってしてくれない。」「何故あの女のもとに通うのか?」

パーティー会場での尊敬するリヒャルト・シュトラウス。

いじめられっ子だった少女は突然周囲にちやほやされるようになり、世界に違和感を覚える。画家に憧れて芸術に全てを捧げ。

チャリティー・イベントでのレセプション。グランド・ピアノ。

追い詰められた夫は拳銃自殺を遂げる。

葬式では死体の腐敗臭に吐き気をもよおす。

侍女と列車で旅行。隣の個室の紳士二人組に興味。

公園で声を掛けられた見知らぬ男とモーテルへ。実は私は下層階級の男の観察に来た女優、いや金さえ出せば何でもしてあげるすれっからしの売女。

やっと見付けたこの世の真理。『現実なんてものは存在しない』。

精神病院の閉鎖病棟に監禁された老女。久方振りに鏡を見せられて声を上げる。そこには人間ではない別のナニカが映っていた。

食中毒が蔓延して吐瀉物にまみれた院内。運良く無事だった私は別の部屋に案内される。そこに現れた8歳位の少女。血の色をした涙のような赤いメノウ。
ある馬の物語

ある馬の物語

世田谷パブリックシアター

世田谷パブリックシアター(東京都)

2023/06/21 (水) ~ 2023/07/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第一幕75分休憩20分第二幕50分。

最前列はF列。
ステージを大きく使っていて俳優は通路にもどんどん現れる。建築現場の作業員達がおもむろにトルストイの古典を始めるのは『ジーザス・クライスト・スーパースター』、その後の展開は馬版『キャッツ』を思わせる。
サックス4人組が奥でジャズり続ける。ソプラノ小森慶子さん、アルト、ハラナツコさん、テナー村上大輔氏、バリトン上原弘子さん。

小宮孝泰氏がこんなに歌が上手いとは。
小西遼生氏はリアル「紫のバラの人」、若き川崎麻世の風格。黒がよく似合う。
元宝塚雪組トップスター、音月桂さんは流石のヒロイン。細かいフランス語の演技で会場を笑わせる。
『さらば箱舟』で主演だった小林風花さんはターン連発、ぱるるっぽかった。

長く伸ばした髪を盛り上げて馬のたてがみを表現。顔のペイントで模様を表現。ハーネスとワイヤーを素早く装着してのフライング・ワイヤー・アクションを多用。あっと驚く程のスピード。

主演の成河(ソンハ)氏の凄まじさ。高額チケットを購入する価値がある役者。観れば観る程に評価が上がる。プロレスラーのような運動量。野生動物か。余りに凄すぎて言葉が出て来ない。彼の代役をやれと言われたら、殆どの俳優は震え上がると思う。化け物。

老いた馬から若い馬へと時は遡る。囲んだ演者達が髪型を整え、服を脱がすと成河氏は精悍な若馬に。纏っている空気がガラリと変わる。

ある老いぼれた馬、ホルストメール(成河氏)が子供時代に仲が良かった牝馬(音月桂さん)と再会して、半生を語り出す。血統書付きの名馬として生まれたが、まだら模様(ブチ)だった為に嫌われた。ある時、公爵(別所哲也氏)が馬を買いに来て、一目で彼の素質を見抜く。

岡田真澄ばりの貴族、別所哲也氏の登場からどーんと面白くなる。それまではちょっと停滞気味。そこからラストまでは一直線。第一部のラストなんて鮮烈。
成河氏の馬を見逃してはならない。

ネタバレBOX

クレーンの重心を真ん中にしてシーソー状に設置。両端に成河氏と御者(小柳友〈ゆう〉氏)が乗る。疾走する橇をダイナミックに上下するクレーンで表現。相当危険なんだろう、本物の特機のスタッフが押さえている。何処までも何処までも走り続けるホルストメール。御者は興奮し、伯爵は上機嫌。町の人達も上下回転し続ける重機を慌ててすり抜ける。素晴らしい演出、第一部の終わり。

始めの方は作品の意図が掴めずに、余り面白くなかった。もっと時代背景など無視してニューオーリンズ・ジャズを陽気にかき鳴らして欲しい気分。(暗い曲調が多かった)。ホルストメールが人間を風刺的に観察し、その異常なる所有欲を分析する。「馬から見た人間社会」がテーマかと思ったらそれも違った。伯爵に所有されていることに誇りと生きる喜びを感じていく。だが伯爵もホルストメールも等しく老いさらばえていく。全ての生物に共通する「生老病死」、その無常感。それだからこそ、ホルストメールが人生最高の日々だったと述懐する伯爵との二年間が眩しく煌めき胸に焼き付く。誰の心の中にも封印されている“あの頃”を。

スキャンダルの飛び火でとばっちりを受ける不運もあったが日本演劇界を代表する俳優。
瀬戸内の小さな蟲使い

瀬戸内の小さな蟲使い

桃尻犬

OFF OFFシアター(東京都)

2023/06/21 (水) ~ 2023/06/28 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

開演前SEはホールの『ノーバディーズ・ドーター』(多分)、コートニー・ラヴのソロ、『アメリカズ・スウィートハート』。1995年、ホールの新宿リキッドルーム公演を観に行った記憶が甦った。ぎゅうぎゅう詰め酸欠の会場、ドラッグをヤりまくっていた外人女が何人もぶっ倒れていった。暴れる外人男をコートニーがステージに上げてヒールで蹴りを入れていた。

中崎タツヤ作品に通ずる笑いのセンス。これは面白い。「キング・オブ・コント」クラスの出来。笑いにうるさい方は是非一度チェックしておくべき。関西弁のテンポのよさ。

主演の鈴鹿通儀(みちよし)氏、かなりの厚底メガネは役作りか。ゆうめいの『ハートランド』でも強烈なキャラだった。
MVPはその彼女、片桐美穂さん。ドランクドラゴンの塚地を彷彿とさせるデフォルメの効いた顔芸。表情だけで会場がどっかんどっかん沸く。
橋爪未萠里 (いゆり)さんは尼神インターの渚っぽい痛快な喋り。iakuの『あつい胸さわぎ』も見事だった。
中尾ちひろさんは実弾生活アナザーの『クレープ・オリベ』の妹役だった。内面が全く読めない。

何かがズレている伊与勢我無(いよせがむ)氏と主催・野田慈伸(しげのぶ)氏の掛け合いもスウィング。

そして皆が待ちに待ったてっぺい右利き氏が満を持して登場。期待で客席の空気がどよめいた。

キャラ設定、配役、演出が完璧。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

兵庫県の寂れた遊園地のアトラクション、フリーフォールが頂上で停止。海辺の寒風吹きすさぶ中、取り残された乗客達それぞれの会話。東京での同棲生活から実家に帰り、家業の『蟲使い』を継ぐ鈴鹿通儀氏。恋人の片桐美穂さんを帰郷に誘うも「結婚する気はまだない」と告げる。混乱する片桐さん。

第2部は『ガロ』系のテイストで、根本敬や蛭子能収っぽい。海辺の再会が蛇足に感じた。何の説明もなく、絵だけで終わった方が好き。
舞台「下町のショーガール」

舞台「下町のショーガール」

URAZARU

萬劇場(東京都)

2023/06/21 (水) ~ 2023/06/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

〈空チーム〉

長谷川伸の股旅モノのようにこの手の昭和スター誕生モノも古典として残っていくと思う。松竹の木下惠介、山田洋次ラインの懐かしき喜劇映画の残像。併映向きの見事な小品。戦後の貧乏長屋からSKD(松竹歌劇団)に憧れる鳩の街(赤線地帯=売春区域)の少女達。若き倍賞千恵子の姿がうっすら見えた。
かつて木の実ナナの運転手を務めた手島昭一氏がプロデューサー。木の実ナナのエッセイから創作しているが、かなり脚本家のオリジナルらしい。

木の実ナナ、本名・池田鞠子。作中ではマリーなんて呼ばれている。演ずるは空みれいさん。観月ありさに百田夏菜子を掛け合わせたような圧倒的なスター性。素材はパーフェクト、あとは周囲の才覚と運。小劇場からスーパースターを送り出して欲しい。

心を打たれたのは親友役の大淵心実(おおぶちここみ)さん、13歳!流石の劇団ひまわり、作品の血肉と化す。助演女優賞モノ。

父親役の小磯勝弥氏は長塚圭史っぽい。
母親役の富山智帆さんの痛い台詞。
遊び人の叔父役は小笠原游大(ゆうだい)氏。阿部サダヲっぽい憎めないキャラでこの作品世界の手触りを肉付ける。彼の存在感のリアルさが今作の一つのくさび。
遊女達の艶やかな美しさ。でく田ともみさん、大和田紗希さん、橘芳奈(かんな)さん。
学習院ひろせ氏は独り飛龍革命を披露。ユリオカ超特Qか?
高橋ひろし氏のエスパニョール・キャラも重要。
いじめっ子、相星功生(あいぼしこうき)氏のエピソードも胸を打つ。

退屈させないようにシーン繋ぎを工夫したリズミカルな演出が心地良い。複雑に交差した時間軸も悪くない。
ダンス・シーンがかなりハッピーなので、これぞ木の実ナナっぽい。全ての痛みと苦しみを抱えて笑顔で踊る。
テーマはエンターテインメントの孤独と見えない絆。
現実逃避の夢で現実から逃げられた者と逃げられなかった者。

大屋海さんヴァージョンも気になる。

ネタバレBOX

トランペット奏者のジャズマンだった父親、ダンサーだった母親、共に子供の為に自らの夢を諦めた。
母親の台詞、「輝くんなら私達から遠い所で輝いて!」

ラストの無理矢理ハッピーエンドに違和感。事実に即した方が味わい深いもの。父親とは互いに解り合えない関係だった方が余韻が残る。しっかりしたパッケージ作品だったので、繰り返しに耐えうる古典にするべき。雑な落とし込みが残念。

このページのQRコードです。

拡大