ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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スクールバス

スクールバス

ホチキス

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2024/08/15 (木) ~ 2024/08/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

先行でチケットを買ったら、追加キャストに大井川皐月さんと小林れいさん(元夢みるアドレセンス)という至れり尽くせり。

劇団ホチキスは結構観てきた気がしていたが今回でまだ6回目らしい。小玉久仁子さんを観る度にホチキスの気分だったのだろう。

主演の雷太氏は松岡昌宏などの物真似芸人、むらせのようなキャラクター。最初から最後まで観客のハートを鷲掴み。凄腕。
山﨑雅志氏はキャラも宮迫似。
里中将道氏は踊る大捜査線の青島コートがよく似合う。大人気。

話は近未来の小学校のスクールバス。自動運転で3DホログラムのAIがBJとして搭載されている。バス内でも授業が受けられることが売り。教育への過剰な理想を持つ理事長(大井川皐月さん)や父兄等に導入前の試験運転を体験させる日、一人の教師(雷太氏)にはある目論見があった。

観客大満足。凄く良いLIVEだった。

ネタバレBOX

話は仕組んだバスジャック計画に本物のバスジャックが関わり、『スピード』や『ダイ・ハード3』のような展開に。一件落着の後のエピローグ的クライマックスが見せ場。パトカーやヘリコプターの追跡とスクールバスとの猛烈なカーチェイス。激しく揺れる車内を役者達が見事に表現。そこまでしてどうしても辿り着きたかったラストとは···、映画的に決めてみせた。劇団49回目の公演を飾る。

個人的にREBECCAの大宮ソニックシティ公演を昨日観て驚いた。9年前の再結成の時よりNOKKO(60歳)が若返っている。ショートパンツに脚丸出し。踊りまくり歌いまくる。iPS細胞か?時間軸が狂っているのか?これを観てしまうともう人間には年齢なんて関係ないのかもな。情熱年齢みたいなものが全てなのかも知れない。
雑種 小夜の月

雑種 小夜の月

あやめ十八番

座・高円寺1(東京都)

2024/08/10 (土) ~ 2024/08/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

2回目。
台風直撃土砂降りの東京、散々な目に遭った。
Life is dream. Life is but a dream.
人生は夢、人生は夢に過ぎないよ。

この作品は一つの楽曲のように作り込まれている。そのセンスを高評価。岡本喜八や深作欣二には秘密があった。それはフィルムを編集する際、ジャズのリズムで細かくカットを繋ぐこと。テンポと気持ちよく刻んだ繋ぎに観客はノっていく。挟み込まれるメロディー、リフレイン、快楽原則。それは曲の構造そのもの。だがセンスは歳と共に落ちていく。黒澤明も卓越した反射神経でカットを繋いで大衆を熱狂させたが、やはり衰えていった。アカデミー名誉賞を受賞した時の有名なスピーチ。「私にはまだ“映画”というものがよく解っていない。」大家の謙遜のように捉えられたが、実は晩年に語っている。「最近、ちょっと見えてきたんだよね。“映画”はカットとカットの間に垣間見える。」
“映画”というものを一瞬だけでも見せる為のカットの連なり。

この作品の演出は一つの曲を構成する為のもの。話自体は定番の人情物かも知れない。かつて山田洋次は大ヒット作となった『男はつらいよ』を会社からシリーズ化するよう要求されて悩んでいた。おんなじ話を再生産していくことに果たして意味があるのか?作る方にとってもキツい。高名な落語家に相談したところ、「私は古典落語をやる時は来ているお客さんがそれを初めて聴くものだと思ってやっています。何度やったものでも初めてそれに触れるお客さんはいる。その人の為に新作としてやるのです。」
そこで何かを掴んだ山田洋次は『男はつらいよ』を続けることにした。

ゲストは活動弁士の片岡一郎氏。サイレント映画こそ映画の構造の真髄を知る機会。何が伝わって何が伝わらないのか。
佐原囃子(千葉県香取市、佐原の大祭の祭囃子)を演奏する囃子方を下座連(げざれん)と呼ぶ。
福圓(ふくえん)美里さんはちょっと見た目が若すぎると思っていたが今回細かく観て納得。配役にも演出家の意志を感じた。
小口ふみかさんの漫画的に誇張した表現は見事。中野亜美さんと共にジェスチャーが秀逸。
川田希さんの気の強い古風な女の啖呵、極妻だ。

ネタバレBOX

「貫太郎、見てみろ。月が綺麗だぞ。まるで猫の鳴き声のように尖ってやがる。」

冒頭の長女がお爺ちゃんにするお願い事。きっと、「子供が欲しい」だったのだろう。お爺ちゃんは「まあ焦らずにその内な。」

認知症の母親(福圓美里さん)を施設に預ける蓮見のりこさん。車椅子に乗せられて去って行く母親の姿とスーパーでショッピングカートを押している自分の姿がだぶる。スーパーで流れる呑気なBGMによる対位法。

一回じゃ分からなかった仕掛けが随所に散りばめられている。成程。

どんなに必死に思い詰めても、その全ては手から零れ落ちていく。どうしたってとどめ置けないこの虚しさ。生きて在ることの無意味さ。多分昔の人は死んだ人間がまだここにいることにしてその虚しさを回避しようとした。死んでいなくなった訳じゃない。今もあのときのまんま、その辺でニヤニヤ見ている。死んだからって消えて無くなる訳じゃない。生きていたとき以上に優しく世界を許してくれている。そうとでもしておかないことにはやり切れなかった。

子猫のときから可愛がっていた野良猫がいて、凄く優しい子だった。夜のグラウンド横の自販機の前で独り飲んでいる時なんかいつの間にか現われて脚に身体を擦り付けてきて何度もびっくりした。自分が寂しそうにみえたのか?老猫になって車に撥ねられて亡くなってしまったそうだ。何か何処からか自分を眺めているような気がする不思議な猫。その猫のことをずっと想い出していた。

※南極ゴジラの人気女優が観に来てた。
※千葉の方言が音として耳触りが良い。
※舞台を近くで感じさせる為の両面客席。
歩かなくても棒に当たる

歩かなくても棒に当たる

劇団アンパサンド

新宿シアタートップス(東京都)

2024/08/07 (水) ~ 2024/08/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

女ジャック・ニコルソン、川上友里さんは三好栄子っぽい。この人はヤバイな。もう作家性がどうのこうの全て吹っ飛んでしまった。『めちゃイケ」以前の江頭2:50を投入してしまった感じ。作品はもう全部乗っ取られた。観客は唖然として見守るのみ。「ハ〜~~~イ。」

『悪魔のしたたり』(1974年)というカルト映画がある。サルドゥという見世物小屋のオーナーがさらってきた人々を延々拷問して殺す話。世間的には黙殺されたがその筋の人には好評で監督のジョエル・M・リードはカリスマ的な敬愛を集めた。だが後年インタビューに答えた監督によると、サルドゥ役の俳優に映画を乗っ取られてしまいあんな作品になってしまったそうだ。「自分にこんな趣味はない。こんな映画を撮るつもりはなかった。」

やっぱり山内ケンジ氏っぽさを何となく感じた。下らない細かいところと真剣に向き合い、そのディティールにこそとことん拘る笑い。強迫神経症的。
シアタートップスは相変わらず冷房の効きが悪い。ステージ上も汗だくで客席もキツかった。ケチってんのか?

マンションの共用のゴミ置き場。普通この規模だと管理人を雇うのだが団地のように住民の自主管理に任せている。
新しく引っ越して来た西出結さん、8時50分位にゴミを出しに来たが収集車はもう行ってしまったっぽい。
下の階の永井若葉さんも冷蔵庫の電源が落ちてしまい腐った生ゴミを出しに来る。
(主催・脚本・演出も兼ねている)安藤奎(けい)さんもゴミを出しに来る。
3人はまだ収集車は来ていないと踏んでゴミを置いて行こうとするのだが・・・。

ネタバレBOX

駅前のベローチェの店長、生真面目な安藤輪子(わこ)さんがやって来て置かれたゴミに憤慨。3人は話を合わせて憤慨する。
声の小さいマイルール満載の鄭亜美さんも遅れてゴミ出しにやって来る。

挨拶と自己紹介とゴミ出しのルールを巡る気まずさが妙な空気感を作って面白い。皆ゴミを置いてさっさと帰りたいのだが、共同体のルールとモラル、体面とに板挟み。そして頻発するサナエさんの話。このゴミ置き場に腰を据え、自主的に住民のルール違反を監視していた女性。一年前に事故死し、その空室に西出結さんが越して来たらしい。

(彼女とは気付かなかったが)鄭亜美さんはカリカの家城啓之を思わせる強烈なキャラ。一人ボソボソ喋る為、それを聴き取る為に客席がシーンとなった。
永井若葉さんは原由子っぽくて、じっと人の行動を無言でチェックしているような感覚。近所にいたら嫌だろうなあ。

原作スティーブン・キング、監督ジョン・カーペンターのB級映画が狙い。西出結さんの左肩に人面瘡が出来、無理矢理剥がしたところ、サナエさん(川上友里さん)となって受肉する。死後の世界から甦ったサナエさんは合理的な考えを持たない。彼女にプログラミングされている思考はルールを守るか守らないかだけ。「ルールを守らない悪い子ちゃんには御仕置しちゃうぞ!」と徹底した残虐な暴力を振るう。荒れ狂う化け物に為す術がない女達。西出結さんがサナエさんの存在に対する自己矛盾を突くラストはまさにキング節。

観客大受け、大成功だろう。
個人的にはサナエさんが現れてからが長過ぎる。『エクソシスト2』や『地獄の門』のように無駄に聖書なんかを絡めて欲しい。
マリア・ルーズ号の夏

マリア・ルーズ号の夏

劇団横濱にゅうくりあ

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2024/08/10 (土) ~ 2024/08/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

チケットには整理番号順に入場と書いてあるのだが、並んだ順の入場だった。まあそれでこそKAAT。
演者も観客も年齢層高め。市民劇団、社会人劇団の背負うカルマだが、一人若い綺麗な女優がいて驚いた。ブラジル人会社員の役、守倉紡(つむぐ)さん。

主演の大江卓役は坂下優一氏。小比類巻貴之と島田秀平を足したような長身。
盟友・林道三郎役はなっきー氏。デヴィッド・ラム似。
山東一郎役は吉浜直樹氏。ドスを効かせるとハマコーっぽい。
ヒールの船長へレイロ役は宮本悠我氏。土屋公平っぽい。
船長の弁護人ディケンズ役は斉藤れいこさん。森口博子っぽい。この弁護人軍団(優木かおるさん、Kiccoさん)を女性にした点が冴えている。ガルマ・ザビみたいな制服姿。

1872年(明治5年)7月、ポルトガル領マカオからペルーに向かっていたマリア・ルーズ号が暴風雨に遭い帆先を破損、修理の為横浜港に入港。積み荷は騙されて奴隷として売り飛ばされた清国(現・中国)人231名。救けを求める彼等の為に神奈川県副知事・大江卓は日本初の国際裁判で争うことに。

MVPは非人役の勝碕若⼦さん。流石。

ネタバレBOX

前半はちょっとキツかった。コントみたいな稚拙な表現。子供向けか?中盤、女郎(櫻井マリアさん)の独り語りのエピソードから風向きが変わった。女郎屋に売られて好きな男と別れる最後の日の思い出。大切な場面なのに藪蚊にお尻を刺されて痒くて痒くてたまらない。抱擁もそこそこにさっさと離れて独り尻を掻くみっともなさ。その後尻を掻く度にあの人のことを想い出す、妙にリアルな述懐。
そして大江卓が三人の人間と対峙するシーン。フェリス女学院を創立したキダー女史(市麻充子さん)、非人の老婆(勝碕若⼦さん)、立ち退きを迫られて怒声を上げる漁師(大西真愛さん)。神の道を滔々と説く美しさ、徹底した差別を浴びて生きてきた業苦、町の開発の為に郷里を埋め立てられる不条理。無言でひたすら頭を下げ続ける大江卓。非人の老婆と相対する時は余りの悪臭で鼻を摘み、終いには耐え切れず反吐を吐いてしまう。凄く印象的なシーン。綺麗事ではない、現実との向き合い方。

ラスト、裁判に勝利し清国人を解放することに成功した大江卓。ディケンズはお祝いにと、横浜の未来を見せてやる。このエピローグで現在の横浜が抱える外国人差別問題を一つ一つ見せ付ける。自分的には蛇足に感じたが、作家にとって重要なパーツなのだろう。人間は自由で平等でなくてはならない。如何なる差別とも戦ってゆかなければならない。矛盾と不合理に絡め取られ、両論併記の罠に迷い込む。それでも構わない。絵空事、綺麗事でも妄想でも構わない。人間は自由で平等でなくてはならない。そんなメッセージ。

※稲川角二(聖城)を扱ったらどうだろうか?ヤクザとしてではなく人間として。非常に扱い辛い存在だが、この人を無視して横浜の歴史は語れない。
雑種 小夜の月

雑種 小夜の月

あやめ十八番

座・高円寺1(東京都)

2024/08/10 (土) ~ 2024/08/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

自分の死期が近いのか?と思う程泣いた。ああだこうだつべこべ色々与太れるけれどそのことだけは間違いなく事実。心が弱っているのかも知れない。今作を自分の好きな連中、皆に観て貰いたい。つまんなくてもいい。イマイチでもいい。何か皆これを観て欲しい。そんな作品。

凄く猫が好きで、猫に救けられて生きてきたような気分の自分にはこういう作品はヤバイ。
昔、利害関係のないよく知らない人に何故か親身になって助けて貰った記憶が甦る。生き長らえて今残るものはそんな無名の優しさだけ。何の興味もない田舎町の夏祭り。知らぬ素振りで素通りした筈なのに心が震える程焼き付いている景色。それは一体何故なんだろう?

千葉県香取市にある香取神宮の参道沿いにある団子屋、梅乃家本店がモデル。
日替わりゲストは木原実氏、実優さん親子だった。

物語は団子屋「小堀屋」を切り盛りする井上啓子さんが主軸。彼女の娘達、長女金子侑加さん、次女大森茉利子さん、三女小口ふみかさん。そして近所の神社の神主である原川浩明氏、その息子の松浦康太氏。

何十年も神社の境内にいるようなヨボヨボの猫、小夜。心が弱っている人を見付けるとそっと近寄っていってニャアと鳴く。

東京、神田からこの田舎町を気に入って越してきた中野亜美さん。流石だねえ。どんどん女優として力を付けている。

下手に吉田能氏率いる生演奏の楽団。東京節(パイノパイノパイ)をアレンジしたような歌もいい。ヴァイオリンの中條(ちゅうじょう)日菜子さんは松井珠理奈系。

MVPは3人。次女大森茉利子さんの娘役の佐藤つむぎちゃん。子役の使い方が見事。演出家の腕の見せ所。
主人公でもある井上啓子さんの飄々とした味。時間軸を越えても何も変わらずにそのまんま成立させるキャラの強さ。
そして原川浩明氏の優しさ。安田忠夫みたいなとぼけた不器用さで弱って怯えた野良猫の心を時間を掛けて解きほぐすような。優しさは伝播していく。何処かの誰かに届いていく。

シリーズ3作目らしいが全く知らない自分でも充分に楽しめた。このクラスの作品でも空席があり、当日券を売っていた。何の予定もないんなら絶対観た方がいい。これが日本の演劇の最高峰。話はまず観てからだ。

ネタバレBOX

BUCK-TICKの『禁じられた遊び』という曲がある。ヴォーカルの櫻井敦司の父は酒を飲んでは暴れ妻や子供を容赦無く殴った。殴られている兄の後ろで幼い櫻井敦司はずっと震えていた。

いつも怯えていたね いつも震えていたよ
Life is dream. Life is but a dream.
夢を見ていた

叫び声を殺して 僕は僕を殺した
Life is dream. Life is but a dream.
悪い夢だね

曲自体は一風堂の『すみれ September Love』の流れなのだが何故か今作にこの曲の感触を憶えた。どうしようもない痛みと顔を持たない誰かの温かさ。『異人たちとの夏』。
朗読劇『風が吹くとき』

朗読劇『風が吹くとき』

新国立劇場演劇研修所

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2024/08/09 (金) ~ 2024/08/12 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ロシア(原作ではソ連)と西側諸国が開戦間近。イギリスの新聞には「予防戦争」という字句が踊る。政府の配布した核戦争への備えのパンフレット。それを頼りに老夫婦は家の中にシェルターを作ってみる。どうも核爆弾が落とされたようだ。TVもラジオも繋がらない。電気ガス水道も止まった。貯蔵した食料を頼りに政府の救援が来るまで何とか生き延びなくては。

5人のジムと5人のヒルダ。シーンシーンで入れ替わって朗読劇は続いていく。メインは石井瞭一氏と山本毬愛さんのようだ。役者は文句なし、魅力的。

一番ビビったのは19時57分頃、緊急地震速報が場内に鳴り響く。切り忘れた何人かのスマホから大音量で。観ている舞台と連動した緊迫感に「凝った演出だな、やるな。」と思ったが全く関係なかった。神奈川県で最大震度5弱を観測する地震が発生。南海トラフに散々脅かされている今、舞台の中も外も不安が満ち満ちていく。ウクライナも逆にロシアに侵攻してガスパイプライン施設を制圧中。

ネタバレBOX

1982年にイギリスで発表された漫画。1986年にアニメ映画化。昔、TVで観た記憶があるが詳細は全く覚えていない。1984年にアメリカのテレビ映画『ザ・デイ・アフター』を日本で劇場公開。ぬるい描写ながら日本以外の国で核兵器、放射能の恐怖を作品化したことが話題に。今作もその流れで評価された印象。だが散々幼少期より原爆映画を観せられてきた被爆国国民からするとやはり生ぬるい。去年観た朗読劇『ひめゆり』が秀逸な出来だったので過度に期待したが今回はイマイチ。実話の重みと比べると弱い。朗読劇にするならばメインの二人をサイレントで置いて、周囲のコロスが朗読するとかちょっと捻った方が良い。
音楽を入れて、外の描写を過剰に表現し(原作では一切見せないが)室内の二人の行き場のない閉塞感に観客を閉じ込めたい。

ちなみにアニメ映画の主題歌はデヴィッド・ボウイの「When The Wind Blows(風が吹くとき)」。
日本語吹替演出の大島渚は森繁久彌と加藤治子に吹替させた。ごく普通の老夫婦の日常が残酷な終末に呑み込まれてゆく異和感が狙い。多分、舞台化してもそこが狙い所の作品になるだろう。

逆に今回は全く違う手を使ってみるべきだった。観客に本能的な恐怖感をじわじわ感じさせるべき作品。集合的無意識が嗅ぎ取っている終末の匂いを刺激させて。
鴉よ、おれたちは弾丸をこめる

鴉よ、おれたちは弾丸をこめる

劇団うつり座

上野ストアハウス(東京都)

2024/08/07 (水) ~ 2024/08/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

チャリティーショーが行われている。歌手(yokoさん)が「鴉よ!」と聴衆に呼び掛けると皆が「鴉よ!」と呼応する。今現在の自分達を「恥で身を黒く染めた惨めな鴉」だと自認しているようだ。そこに乱入して来る二人の青年(加藤亮佑氏と徳田雄一郎氏)、手製の爆弾を投げ付ける。
逮捕され裁判に掛けられる二人。加藤亮佑氏の祖母の鴉婆(宇沙木はこさん)、徳田雄一郎氏の祖母の虎婆(青木恵さん)
率いる武装した婆集団が裁判所を占拠。婆による裁判官、検事、弁護士等を裁く民衆法廷が開廷する。

当時の批評では「三里塚闘争」を重ねて観たようだ。若き活動家共の不甲斐のなさに千年以上もの恨みを抱えた老婆姿の怨霊達が大地から這い出て猛り狂う。

プロのサックス奏者でもある徳田雄一郎氏がサックスを吹き鳴らす。
加藤亮佑氏はつまみ枝豆と勝村政信を足したよう。
宇沙木はこさんは岸田今日子みたいな貫禄。
一升瓶片手の青木恵さんはドスが効く。

ネタバレBOX

アジプロ〈agitation (扇動)とpropaganda(宣伝)〉演劇に見せかけて、徹底して意味を持たない。きっと何かのメタファーだろうと思惟させつつも、そんなものは全く何も有りはしない。あるのは純粋な狂気だけ。何一つ教訓もなく、ただ老婆軍団の暴力の発散を眺めるのみ。

面白いとは思わなかった。根本的にこの戯曲が好きじゃない。初演の1971年はちょうどアメリカン・ニューシネマの全盛期。『真夜中のカーボーイ』、『ワイルドバンチ』、『明日に向って撃て!』、『イージー・ライダー』と連発されるバッド・エンドの美学。何か逆にこの頃の影響を受けた日本の作品は気恥ずかしい。妙に空っぽ。頭でっかちで知ったふうな口を利き何一つ信じるものなど見つからないくせに、気分だけは他人よりも高みに立っている。今作も「時代の気分」なんだろうが、スカしている感覚。そうじゃないんだ、人の心を打つのは頭良さそうな言説ではない。もっとみっともない純情なんだ(···なんて言うとそれもどうにも嘘臭いが)。

超満員の客席、客層が読めなかった。演劇が武器に成り得ていた時代への憧れなのか?今じゃもう体制への憎しみすら持てやしない。全ての価値が薄っぺらくなった。自分も世界も同様に大事に思えなくなった。今作を流山児★事務所なんかが手掛けたらどうなるのか?興味はある。
AKUTAGAWA

AKUTAGAWA

八王子車人形西川古柳座、Yara Arts Group

座・高円寺1(東京都)

2024/08/03 (土) ~ 2024/08/06 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

人形浄瑠璃=文楽では頭(かしら)と右手を操る主(おも)遣い、左手を操る左遣い、足を操る足遣いの三人遣いで人形を動かす。160年前、山岸柳吉がろくろ車(前に二つ、後ろに一つの車輪が付いた箱)に腰掛けたまま、一人で操る車人形を考案。自分の足の甲の上に片足ずつ人形の足を乗せ、両手で人形を操作しつつ腰を使って自由自在に移動が可能な車人形。これの利点は一人で一体を動かせつつ舞台上を自由に動き回れる点。ずっとこの体勢は腰がきつそうだが実に面白いアイディア。現在これを受け継ぐのは五代目家元西川古柳氏。20年前、彼に師事した米国のパペット・アーティスト、トム・リー氏とのタッグで芥川龍之介に挑む。

上手にニューヨーク在住の音楽家、辻幸生(ゆきお)氏が鎮座。太鼓尺八キーボード、インド民謡のような歌まで披露。下手には執筆中の芥川龍之介人形を操作するトム・リー氏。講談師や活弁士を思わせるウィットに富んだ口上で英語のべらんめえ口調。(正面スクリーン上部に日本語字幕が入る)。登場する何人もの車人形の声を独りで演じ分けていく。
スクリーンに映し出される影絵アニメが秀逸で車人形の動作とシンクロ。センシティヴな心の奥底を繊細に分け入っていく光と影のあわいが観客の想像力を掻き立てる。
『羅生門』『地獄変』『竜』『杜子春』『河童』に『歯車』のフランベ。特に『河童』をキーにしており、何処からかやって来る河童に悩まされる芥川のスケッチが数度挿まれる。影絵調の河童が紙を飛び出してスクリーンの中を動き回り、瓶の中に封じられる様は見事。古典芸能と最先端技術が違和感なく融合。結局何の技術を使っていようが受け取る側にきちんと伝わっていれさえすれば、それが正解。
オチのない芥川龍之介節にきょとんとするが、やはり『杜子春』の美しさ。真面目に一日一日を大切に積み重ねる尊さを今更ながら感じた。架空の世界は何処までいってもやはり架空の世界。「日々のつまらない生活こそを愛せ」みたいな格言。
ジョナサン・スウィフトのようなラディカルな『河童』にも驚いた。自殺前の代表作。これ故芥川の命日を「河童忌」と呼ぶようになったと云う。自殺する為のアリバイ作りのような。
古典と最先端の取っ組み合いはすこぶる興味深い。車人形なんか全く知らなかっただけに衝撃。

MVPはアフタートークの通訳の女性。これだけ優れた通訳を久方振りに見た。マジで評価されるべき才能。言語感覚がずば抜けている。

ネタバレBOX

何かアメリカ人から見た日本文化みたいなぬるいコラボだと思っていたら大間違い。凄く勉強になった。アフタートークでトム・リー氏が語っていた「人形というモノを通しての感情表現こそが文化言語を越えた最良の意思疎通になり得る」と云う発言が腑に落ちる。一つ間を置くことによってうまれる想像力。互いを阻害するフィルターを通してこそ互いの嘘偽りない真意が本当に伝わるのかも。

筒井康隆の『残像に口紅を』を思い出す。時間と共に一語ずつ日本語の音(おん)が消えていく世界。五十音の内のかなりが消えてしまい、残った使える言語を手繰って何とか文章を綴ろうとする作家。その時、今までどうしても自分の手で書けなかったトラウマを綴り出す。誰にも言えなかった、どうしても書けなかったどうしようもない個人的苦しみ。もしかしたら、この不足した音の中でなら書けなかった心の傷をどうにか表現出来るのかも知れない。幼児のような辿々しい言葉の連なりで無理矢理吐き出す痛みの数々。読者は打ち震える。黒沢清にこれを映画化させたかった。
ムーミン谷の夏まつり

ムーミン谷の夏まつり

日生劇場

日生劇場(東京都)

2024/08/03 (土) ~ 2024/08/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

全てちっちゃな動物は尻尾にリボンを着けなくちゃ!
そうリボンをね、尻尾にさ!

スナフキンの吹くこのハーモニカの歌の詩だけで感性がずば抜けていることがよく分かる。原作者トーベ・ヤンソンのこのセンス。

子供の頃、アニメ(多分1972年版)に夢中だった訳だが、原作も少し読んだ記憶がある。アニメと全然違っていて驚いた。何か妙に深層心理に引っ掛かってくる世界。日本だと『冒険コロボックル』や『ゲゲゲの鬼太郎』になるのか。幼年期の虚構世界の記憶は永らく人間に影響力を持つのだろう。

原作は『ムーミン谷の夏まつり』。火山が噴火して大洪水が起こり、ムーミン谷は水没してしまう。一家と仲間達はムーミン屋敷が水没する前に流れて来た化け物屋敷に移り住む。

人形劇団ひとみ座、出遣いにて上演。人形美術は勿論小川ちひろさん、看板女優の松本美里さんはちびのミイ役。

ムーミン人形を持っている子供達が多くて嬉しい気分。上演後の客席へのサーヴィスは皆大喜び。

ネタバレBOX

化け物屋敷の正体は劇場だった。エンマと云う鼠(フィリフヨンカ族)婆さんが一人で管理をしている。後半はムーミンパパが書いた『ライオンの花嫁達ー血の繋がりー』を皆で上演することに。この辺が上手くまとまっていかないのが残念。子供に観せる舞台の中で「舞台」というものの素晴らしさを説明するメタ的展開なのだが、面白いまで辿り着かなかった。
らんぼうものめ

らんぼうものめ

KAAT神奈川芸術劇場

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2024/07/20 (土) ~ 2024/07/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

一度だけモーニング娘。を観に行った事があり、それが2015年12月の日本武道館、絶対的エース鞘師里保卒業ツアーだった。それ以来となる鞘師里保さん。やはり人気は健在で、客席は鞘師ファン達の歓談会。何回観に来たとかの会話に流石の集客力を感じた。女性ファンの心をガッチリ掴んでいるのが強い。
タイトルから昔観た『あの子と遊んじゃいけません』みたいな感じを想像していたら全く違った。

異形の者達が神として登場する。
モコモコした埃取りのモップみたいな色取り取りの奴等が天井から吊り下げられた顔のある太陽を捕まえる。その手足を引き千切ってバラバラにするオープニング。神様達と神様の神として君臨する江川(近藤隼氏)。
野菜の神様、大月(秋元龍太朗氏)は食べると何でも望んだものを産み落とせる野菜を持っている。無数に生えた大根をぶら下げた姿は宇宙怪獣バイラスやイカデビルを彷彿とさせる。
虫の神様、守屋(中山求一郎氏)はネットでの目撃談で広まったシシノケを思わせる姿。多足類のように地を這う。
守屋が分身として産み落とした要(かなめ)〈高田静流さん〉はノミやミジンコ、サナギマン、『ベルセルク』の幼魔(異形の胎児)のイメージでカッコイイ。

主人公、8歳の鞘師里保さんは癇癪を起こして地団駄を踏むムーヴがまさに生粋のダンサー。
お母さん、掃除機を掛ける安藤聖さんは可愛らしい。
お父さん、金子岳憲氏はコピーとして異界に呼び出される。その姿が泥で捏ねくり回したレザーフェイスで今作のMVP。一番良かった。

神社の木材が重量感のある軽量のバルサ材を使用しており、いろんな場面に活躍。

逃げ出してバラバラにされた太陽の神の身代わりとしてさらわれてしまったお母さん。主人公はお母さんを救い出す為、太陽の神のパーツを集める旅に出ることに。

ネタバレBOX

基本は『千と千尋の神隠し』なんだろうけどテンポが悪い。90分の話ではない。60分ものだろう。かったるい描写が延々と続き、眠気との戦いとなった。天井からの落下物と要(かなめ)のゲロは良かったが。子供を夢中にさせる為に必要な何かが欠けている。深層心理に訴え掛ける物語としての気持ち悪さか。
日曜日のクジラ

日曜日のクジラ

ももちの世界

雑遊(東京都)

2024/07/25 (木) ~ 2024/07/30 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

シルエットを使って影絵調に演出するプロローグが雰囲気を出す。激しい雨が打ち付ける中、ハンドルを握って車を走らせる。ある男がこの町にある目的をもって向かっている。その男が誰なのか、目的が何なのかが作品の主題となる。

物語が綴られる場所は映画のポスターやらフイギュアやらが賑やかに飾ってある地方のモーテルのラウンジ。『サイコ』や『猿の惑星』なのは何かの伏線だろうか?

三井田明日香さんはチンピラ役のステレオタイプを元気よく演じた。
二瓶正也似の内田健介氏の出演を知らず、いきなりの大物役者の登場にびっくりした。
鈴木美緒さん、谷川清夏(きよか)さんも雰囲気がある。
喜田裕也氏は高畑裕太の不穏な雰囲気を感じさせた。
青海(あおみ)衣央里さんから見えるこの世界は一体どんなものなのだろうか?
ずっと波の音、雨の音。

ネタバレBOX

面白いとは思わなかった。多分ラストに何かとんでもないことが起こるだろうという期待感だけが漂っていたが、『サイコ』ネタだけ。ノーマン・ベイツのように母親と息子は一人二役の二重人格って訳でもなく。何でも願いを叶える鯨が現れて息子を甦らせるのかと思っていた。

大物ヤクザの組長の妾が地元で裏社会の権力を振るっていたという設定もどうかと思う。漫画っぽく安っぽい。話や設定が妙なルールに縛られている。年齢設定がややこしくパッと見で判り辛い。

大物ヤクザの組長の妾として地元に顔を利かせてきた女(青海衣央里さん)。海の見える国道沿いのモーテルを家族で経営している。近くに住みここで働いている青海さんの幼馴染み(青柳糸さん)。料理を担当している二男(喜田裕也氏)。女子高生の長女(鈴木美緒さん)は描いた漫画を友達(谷川清夏さん)に読ませている。

3年前、航空自衛隊のアクロバット飛行を披露するブルーインパルスを誘致。地元凱旋の展示飛行中、一機が忽然と姿を消す。そのパイロットが青海さんの自慢の息子、長男のひかるだった。
青海さんはひかるがいつか帰って来ることを信じ、教会に通い神に祈りを捧げる毎日。地元の都市伝説である、神の遣いの「願いを叶える鯨」が現われてひかるを戻してくれる妄想に取り憑かれている。その為に若いヤクザ3人(谷本ちひろ氏、内田健介氏、三井田明日香さん)を呼んで鯨の捜索を依頼。

実は5年前にも市長の失踪事件が起きており、この地には神隠しがあるのか噂されていた。
その市長の娘(桜まゆみさん)はひかると結婚。ひかるの失踪後、3年振りの帰郷。子鯨が海岸に座礁と偶然が重なっていく。

5年前失踪した市長は日記を残していた。ひかるの親友でもあった息子(平吹敦史氏)は父親を殺した者は青海さんの命を受けたヤクザであることを知る。昔の汚職事件の証拠を握られブルーインパルス誘致に賛成するよう脅されていたのだ。一度はそれを呑んだものの政治的な信念から反対に回ろうとして殺された。青海さんに自首を迫るが平吹氏は突然のアナフィラキシー・ショックで倒れてしまう。

ブルーインパルス反対運動には戦闘機を国内で飛ばすことへの懸念、日本の再軍備、軍事化の流れを阻止する意図がある。国粋主義者的に描かれる青海さんとヤクザ達。息子を英雄として地元に迎え入れたい思い。(実は元妻の証言ではひかるはそれを嫌がっていたようだ)。この物語で作家が描こうと狙ったものはもっと政治的な寓話だったのかも知れない。エピローグで自衛官の制服を着た谷川清夏さんが青海さんに自衛官の子供を持つ気持ちを聞く。東日本大震災で災害救援活動に命を救われた感謝の念から自衛官を志したのだ。問うのは国との関係性?愛するものとの関係性?

ラストのセピア照明は何度か観たが凄い効果。
ラフヘスト~残されたもの

ラフヘスト~残されたもの

ミュージカル『ミュージカル~残されたもの』製作委員会

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2024/07/18 (木) ~ 2024/07/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

人は去っても芸術は残る
Les gens partent mais l’art reste

日本の植民地時代に生まれた韓国の中原中也的な詩人、イ・サン。韓国語で「異常」とも「理想」とも音読み出来る為、このペンネームにしたらしい。1934年、彼が韓国の新聞に連載した『烏瞰図』は難解でシュールレアリスム的で抗議が殺到し打ち切りとなった。ただ横光利一や安部公房っぽく暗号めいていて強烈な印象が残る。ピョン・トンリムと4ヶ月だけの結婚生活。東京に一人旅立ったイ・サンは7ヶ月後、1937年肺結核で逝去、享年26歳。
数年前観た、彼を主人公にした韓国ミュージカル『SMOKE』で興味を持った。韓国人は詩への評価が高く、日本でいう文学の位置を占めているそうだ。当時気になって『空と風と星の詩人~尹東柱(ユン・ドンジュ)の生涯~』までチェックした。

2004年2月29日、キム・ヒャンアン(ソニンさん)88歳は生涯を終えようとしている。手帳をめくって自分の人生を思い返す。

二十歳の時(1936年)、詩人イ・サン(相葉裕樹氏)と楽浪(らくろう)パーラーで出逢ったピョン・トンリム(山口乃々華さん)。防風林を歩きながら詩について語り合う毎日。理解されない天才詩人を励ます。
「凡人の言う事なんか相手にしないで」
まるで三点リーダーのような気持ち。
「一緒に死んでくれませんか」

2つの時系列が交差する物語の面白さ。イ・サンとピョン・トンリムは戦前から順行。キム・ファンギとキム・ヒャンアンは現代から逆行。戦前と戦後、この2組のカップルが重なる時間軸。ソニンさんは最高。理想的ミュージカル女優。
生演奏のピアノ(落合崇史氏)とヴァイオリン(廣田碧さんと森麻祐子さん)も素晴らしい。

貴方の感嘆符を信じて!

ネタバレBOX

1943年、随筆家になっていたピョン・トンリム(ソニンさん)はキム・ファンギ(古屋敬多氏)と出逢う。キム・ファンギは後に韓国を代表する抽象画家の先駆者となる天才。手紙の遣り取りで惹かれ合った二人は結婚する。トンリムはファンギの雅号「ヒャンアン」を貰う。ファンギは雅号を「スファ」に変える。
「貴方の名前を私に下さい」

1956年、当時の最先端の芸術の中心地はパリ。美術評論家で名声を得たキム・ヒャンアン(ソニンさん)は先にパリで暮らし、ファンギが活動する為の全てを整えた。ファンギは現代美術の国際展覧会で韓国代表に選ばれ受賞するまでになる。

1974年、ファンギが亡くなるとヒャンアンは絵を描き始め、画家としても成功を収めた。

明洞にあった三越百貨店京城支店(現在は5階を増築して新世界百貨店に)。「三越の屋上」という台詞はここのこと。

予算の問題なのだろうが舞台美術がしょぼい。韓国版のそれとは雲泥の差。こういう話だからこそ、背景には凝りまくって欲しかった。ソニンさんや山口乃々華さんがイントネーションを韓国人っぽく喋る箇所に違和感。歌詞が難解ですぐ頭に入って来ないので、字幕を投影して欲しい。詩人だけあって表現が独特。曲は良い。『いいのかな』なんか頭に残るメロディー。韓国ミュージカルは題材が面白いのだが、日本人には取っ付きにくい印象。もっと面白く感じる観せ方があるのでは。
『口車ダブルス』

『口車ダブルス』

劇団フルタ丸

小劇場B1(東京都)

2024/07/10 (水) ~ 2024/07/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

劇団俳小の『ゴールデン・エイジ』が急遽公演中止。折角なのでこちらに伺った。

脚本が抜群。頭一つ図抜けている。一人ひとりの人間の魅力を余す所なく書き連ねている。ちょっと単調な展開もあったが、「悪そうな奴とは大体契約」の笑いで帳消し。

二つの可動式の高座、二つの釈台、各々に張り扇(おうぎ)と扇子。釈台に叩き付ける張り扇がリズムとなり客席を煽る。シーンによって演者が二人一組で高座を色々な角度に移動していき、その都度舞台デザインのフォルムが変わる。

二人の講談師(真帆さんと篠原友紀さん)が語り始めるのは生命保険会社「第三生命」の人間模様。突如、外部から営業部長として送り込まれた二人。徹底してデータと数字で理詰めの管理をする真帆さん。一見ド素人ながら人の好さでフォローする篠原友紀さん。二人は部長でありつつ、講談の中で様々な役に化けていく。

成績No.1で叩き上げの大勝かおりさんは自分が部長に選ばれなかったことに少々不満顔。
にしやま由きひろ氏は多趣味で、変わった石を拾う楽しみを覚えた。
優秀なキザ野郎、松尾英太郎氏の決め台詞「夢を見てしまえよ!」は最高。
幼稚舎からの慶應ボーイのキタラタカシ氏は刺激に飢えている。
色恋営業で契約を取りまくる神咲妃奈(ひな)さん。
新卒の涼田麗乃さんの教育係に大野朱美さんが命じられる。大野朱美さんは落語家を目指していた時期があり、今でもそれを引きずっている。

セールスマンの営業心理学テクニックが炸裂する。
ラポール(信頼関係)形成、ミラーリング(相手に合わせる)、ペーシング(自身を調節する)、などなど。

神咲妃奈さんは板野友美のアヒル口に多部未華子の目力みたいな美人。こういう女に男はことごとく騙される。それはDNAに刻印された本能で、そう創った造物主が悪い。ホストに騙されて立ちん坊をしている女達も同様。自分の意思を超えたところで惹き付けられてしまうのだからお手上げだ。

大勝かおりさんはナンノっぽい。
にしやま由きひろ氏は渡辺いっけい似。
作・演出を兼ねるフルタジュン氏はタカアンドトシのタカとFUJIWARAの原西を足したような味。

あやめ十八番を観ている時の感覚に近い。
講談師の篠原友紀さんが他の人の熱演を真剣に見ていて、うんうん頷いたり笑いを必死にこらえたりする様がこの劇団の強みだろう。嘘偽りなく演者が本当に面白いと思って演っている。理想的空間。才能が溢れ返っている。

ネタバレBOX

肺がんを宣告されたにしやま由きひろ氏は昔プロでバンドをやっていた。路傍の石を拾った時の気持ちを思い出す。あれは辞めたバンドを客として観に行った帰り道にふと拾ったんだっけ。神咲妃奈さんに石拾いを勧める。いつの日にか子供と今日拾った石を見せ合うことが楽しみになっていった彼女。大野朱美さんはセールストークの繋ぎは落語の枕と変わらないことに気付く。森田芳光のデビュー作、『の・ようなもの』を感じさせるエピソード。何でも出来る有能な上司・大勝かおりさんに抱えたアンビバレントな感情。滔々と流れ落ちる言葉の水滴が川となり全てが澄み渡っていく。涼田麗乃さんは亡くした父親の遺した生命保険に暮らしを守られた。新興宗教団体に捕まるも中から契約を取りまくる荒業のエピローグ。

散々なことをやっておきながら、マルチ商法の過去や色恋営業をバラされることに怯える姿にちょっと違和感。どうだって言い包められる筈。 

更に先を目指すならば必要なのは爆発するエモーションだろう。観客に「ああこの為に全てのエピソードが紡がれてきたのか」と感嘆の溜息をつかせたい。ショーン・ペン監督の『クロッシング・ガード』。娘を車に撥ねられて殺された男は加害者の出所をずっと待つ。そして到頭復讐の時が来た。いよいよぶち殺そうと逃げる加害者を追う。気が付くとそこは娘の眠る墓石の前。立ち尽くしてしまう。
流れんな

流れんな

iaku

ザ・スズナリ(東京都)

2024/07/11 (木) ~ 2024/07/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ここ最近ずっと陰陰滅滅たる日々で、天野天街氏も逝去とは···。ここらで流れを変えようと横山拓也氏の公演に足を運んでみたところ···。

舞台は全篇広島弁、小さな漁港にある定食屋。お品書きを見ていると滅茶苦茶安い。架空の帆立に似た貝、ガッピギ料理のメニューが並べられていて何を注文するか計算しながら観ていた。この値段なら一通り頼んでみたい。

プロローグ、中一の娘がトイレで鼾をかく母親に声をかけている。何度呼んでも母親は目覚めない。醜い鼾をフゴーフゴー鳴らすだけ。まだ赤ん坊の妹が泣き出した。何度も繰り返し見てきたそんな遠い記憶の光景。

父と共に定食屋を切り盛りしてきた異儀田夏葉さんももう40目前。未婚のまま、ここまで来てしまった。貝毒(人体に中毒症状を起こす毒素を蓄積した貝)の発生で採貝業は出荷停止中。幼馴染みの漁師・今村裕次郎氏は彼女の面倒を見るのは自分しかいないと思っている。町の経済を支えるのは水産加工業の大手企業。役場と連携して町興しの為、特産品のガッピギを使った料理のメニューを集めている近藤フク氏。異儀田夏葉さんの、町を出た妹(宮地綾さん)が婚約者(松尾敢太郎氏)と共に顔を見せる。それは隠し続けてきた全ての本音が白日の下に曝される日だった。

異儀田夏葉さんが痩せたのか女の色香を漂わせて美しい。一人の女の抱えた半生の傷がまるで晒し者にされるように痛み出す。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

近藤フク氏は辰巳琢郎っぽかった。

これが横山拓也氏の作家としての核なのだろう。誰にも救えない人間がいる。ずっと苦しみ続けている。無論誰か別の人のことを救ってやることも出来ない。ただそんな人は現実に確かに存在している。それは何処かの誰かかも知れないし、他人から見た自分なのかも知れない。存在する厳然たる事実。その事実に立脚した作劇。一生苦しみから逃れられない者の慟哭。

これだけではとても観衆に受け入れられないので能天気なツッコミを入れる軽薄キャラを混ぜて笑いを足す。今作では松尾敢太郎氏が担った。寅さん的役回りの純情な道化、今村裕次郎氏も奮闘。だが異儀田夏葉さんの苦しみも観客の鬱も癒すに至らない。笑いが殆ど起きない重苦しい空間。

※気に入らない点。キャラ設定が凝り過ぎ。妹の婚約者の仕事、fMRI(機能的磁気共鳴画像)とAIを使って脳内の記憶を映像化する実験は現実に行われている。脳内の微弱な電気信号と血流変化の違いを分析し反応の変化の特徴から類似した映像を作成するもの。妹が母親の記憶を父や姉から取り出してどうしても見たいと願うことに無理矢理感がある。何か話の為の話になってしまっている。妹の妊娠を知った婚約者は出生前診断を勧める。これは胎児の染色体異常(ダウン症の有無)と先天性の病気を調べる為のもの。親族に思い当たる症例でもあったのかも知れない。その遣り取りを聞いていた水産加工業会社の男は勘違いから会社が汚染された産業廃棄物を海洋投棄していた事実を洩らしてしまう。
無駄にSF的要素がまぶされているが本筋とは全く関わらない。どうも話が見えて来ない。話と話が空回りしている。

経済的な話を持ち出すくだりは凄く好き。

店のトイレは用を足す音が洩れるので、音消しの為に水を流す描写がある。ラストは絶対に入りたくなかった母親が惨めに亡くなった場所で慟哭する異儀田さん。妹がその声に向かって叫ぶ。「流さんね!」
神話、夜の果ての

神話、夜の果ての

serial number(風琴工房改め)

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2024/07/05 (金) ~ 2024/07/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

開演前、舞台上空のピンスポットライトが球状歯車のように幾何学的に回転している。ピカッと一点だけを照らすリズムが催眠効果を生む。

とある兇悪な事件を犯した被疑者(坂本慶介氏)が拘置所に鑑定留置されている。国選弁護人(田中亨氏)は心神喪失の為、責任能力なしのラインで弁護しようと面会を希望する。担当している精神科医(廣川三憲氏)はそれに難色を示す。被疑者はずっと夢の中を彷徨っていた。
僕は三日に一度、母を殺す。
僕は三日に一度、母を犯す。
僕は三日に一度、母から産み落とされる。
10歳の時、母親に連れられて遠い田舎の山奥にある教団施設まで延々と歩いたあの日の記憶。

オウム真理教や統一教会、カルト教団の絡んだ様々な事件を連想させる。村上龍が一気に書き殴ったような筆遣い。流れる旋律は『コインロッカー・ベイビーズ』っぽい。

紅一点、川島鈴遥(りりか)さんはベッキー的明るさと壇蜜系の憂いのある整った顔立ちで場を彩る。

ネタバレBOX

服装や施設、システムはオウム真理教、教義は統一教会を匂わせているが実質はカンボジアのポル・ポト政権、クメール・ルージュの遣り口。

ポル・ポト(Political Potentiality〈政治的可能性〉の略らしい)率いるクメール・ルージュが1975年4月にプノンペンを陥落、政権を握ってから原始共産主義を掲げた壮大な社会実験が始まる。国ごと原始社会に戻すべく既存の殆どの文明を破壊した。学校病院工場寺院市場、貨幣制度を廃止。私有財産を全て没収。都市部に住む者達全てを農村に強制的に移住させ、休日も与えず労働奉仕を強要。知識や教養は害悪という思想で少しでも学識のある者は徹底的に粛清。信仰者ジャーナリスト知識人文化人学者医師教師学生芸術家外国人···、その全てが殺戮された。図書館は破壊、書物は全て燃やされ、過去の歴史と記憶である伝統そのものをリセットする為に写真やフィルム、レコードやテープなど記録媒体全ては灰に。家族の概念を解体する為に全ての子供達を親から隔離して集団共同生活に。オンカー(組織)への忠誠だけを生きる価値と植え込む徹底した洗脳。勿論恋愛や結婚も禁止された。

1979年1月、反ポル・ポト派を後押しする形でベトナム軍がプノンペンに侵攻。カンプチア人民共和国成立を宣言。敗退したクメール・ルージュはタイ国境付近のジャングルに長く潜むこととなる。約4年のクメール・ルージュ時代の大量虐殺犠牲者数は100〜200万人以上。カンボジアの全人口の四分の一。

このSF小説のような壮大な実験で判ったことは、ここまでしても理想の国家なんて成立し得ないという事実。気に入らない奴等全て虐殺して無垢な子供達を一から洗脳して育てたところで到底楽園には成り得ない。人間と云う動物には理想的思想が本質的にそぐわない。そもそも動物(生命)と理性とは矛盾している概念。頭では理解していても肉体が本能が拒む。“人間”について皆が根本的に勘違いしている。ここは知能の低い猿共が“理想”や“正義”を御旗に石を投げ合っている猿山だ。いつしか本来の目的を忘れ、自己正当化の為だけに石を投げ続ける。

前半は流石に前のめりで観たが、刑務官(杉木隆幸氏)が妻に逃げられたエピソード位から失速。山上徹也をだぶらせたありきたりの話で終わってしまった。施設を脱走して特殊清掃人として働き、教団発行物の表紙に教祖と母の姿を見て嘔吐する。一年後、教団の集会に侵入し二人を刺殺して逮捕。何かその辺の事件の上っ面をなぞって撫で回しただけに感じた。

宗教について通り一遍の知識で撫で回すからこうなってしまう。こんな下らない教団に何処の誰が騙されるのか?所詮自分達よりも頭の悪い連中が引っ掛かるインチキと見下しているから本質を掴めていない。宗教の実体とは催眠と暗示。それを否定すると人間社会の殆どを否定することとなる。自分よりも知性も教養も高いまともな連中がやっているものだという出発点から切り込んでいかないといつまで経ってもワイドショー止まり。ナチスにしたってそう。低能が騙されると皆信じているが本当はそうではない。統一教会も右翼も左翼もやってる事は皆同じ。自己達成感ゲーム。蓮舫がどうだの靖国がどうだの、全部同じ。興味のない奴等からすると等しく皆カルト。演劇も同様。その虚しさをこそ表現するべき。
逃奔政走

逃奔政走

フジテレビジョン

三越劇場(東京都)

2024/07/05 (金) ~ 2024/07/16 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鈴木保奈美さんは綺麗だな。遠くからでも立ち姿が神々しい。こういう作品に向いていると思う。
NPO団体代表からニュースのコメンテーターに、人気を見込まれ県知事選に担ぎ上げられた鈴木保奈美さん。教育無償化、待機児童問題早期解消、介護離職ゼロを掲げ、しがらみのないクリーンな政治を標榜。見事当選。
2期目の選挙を来年に控え、出馬予定の県議会議員・寺西拓人氏が執拗に知事の公費私物化疑惑を追求する。のらりくらりと躱す鈴木保奈美さんだったが実はそれには言うに言われぬ理由があった。

副知事の相島一之氏が手堅い。名助演。
県議会を束ねる顔役、闘魂マフラーの佐藤B作氏は流石。
寺西拓人氏のキザでナルシシスティックなポーズは会場大受け、一番の笑いを取った。ウーマンラッシュアワーの村本大輔っぽい。
娘の婚約者で検事の斉藤コータ氏もいいキャラ。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

モデルにした事件。
シャワー室設置は千葉県市川市市長・村越祐民。
子供の公邸忘年会は岸田文雄首相。
官製談合事件は宮崎県知事の安藤忠恕だろうか。
ドリル事件は小渕優子。

コメディーとしては失敗作だと思う。笑えはしなかった。周りで早いうちから二三人寝ていたし、途中で帰る人も一人見た。何か有りがちなネタばかりで驚きがない。フジテレビの上層部から審査を受けている為、襟を正して臨んでいるようなかしこまった内容。詰め掛けた観客を爆笑させてくれ。そうでないと世に出る意味がない。笑いにつながる突拍子もないアイディアが欲しかった。(「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」に右翼の大物が激怒して乗り込む的な。日本の問題全部が降り掛かるような)。

ただ後半の鈴木保奈美さんが議案を通す為に汚職に手を染めた心情吐露からぐっと引き締まった。これが多数決社会の限界だ。正しくても通らない。ラスト、何処で道を見誤ったかを考える。正しさを遵守して負けていった方が良かったのか?そこからの畳み方が実に見事。前半を暴走気味に笑いで押していく力強さがあれば。
【延期公演開催】エアスイミング

【延期公演開催】エアスイミング

演劇企画イロトリドリノハナ

小劇場B1(東京都)

2024/07/04 (木) ~ 2024/07/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

いろいろと手を加えてサーヴィスしている。戯曲の判り辛い点にメスを入れて。森下知香さんの幼い笑みなんかにゾクッときた。背景の壁に埋め込まれたBOXが色とりどりに光ってそこからアイテムが現れるアイディアは面白い。現実の二人と虚構化した二人を背景含め世界丸ごと変えた方が良かったかも。ただのカツラの遣り取りになってしまった。

ネタバレBOX

演出とテキレジが的外れ。何か違和感が最後まで拭えなかった。この戯曲自体、自分は好きじゃないんだろう。ZASSOBUの公演で驚いたのは好きではない戯曲をここまで肉迫して伝える技術、その熟考された方法論。圧倒されてひれ伏した。枝葉末節ではなく幹がぶれていない。
今回は全てが茫洋として核を掴めなかった。演出を第三者に託した方が良かったと思う。この戯曲は役者と演出家の狙いがかけ離れている方が成功する。役者の思惑とは別な部分に見所が発生するたぐい。

居眠り客が多かったのは事実。何故か?それはよく解らなくてつまらないから。これは戯曲の問題で仕方のないことだが、そこと向き合う必要があった。演り手としての面白さと観客としての面白さの接点の工夫。

ただこれは勿論自分個人の感想であって他の方々の意見を読むと全く違う評価になっている。自分はこの戯曲三度目ということもあり、斜めに観た部分もあるだろう。初見として観たならば全く違う感想になった可能性もある。判り易くしようと工夫している点は高評価。ただ実際の水を使わないのはかなり残念なポイント。『エアスイミング』と対になっているのに。
デカローグ7~10

デカローグ7~10

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2024/06/22 (土) ~ 2024/07/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

E ⑩⑨ 演出:小川絵梨子

⑩「ある希望に関する物語」
⑧に出て来た切手コレクターの男が亡くなっている。彼の子供である兄(石母田史朗氏)とパンク・バンド(?)のヴォーカルをやっている弟(竪山隼太氏)が遺品を整理する。
弟は何故かGuns N' Rosesの1991年発売『Use Your Illusion』Tシャツ。歌の内容はデス・メタルっぽい。彼の音楽性に疑問符。
父親のコレクションの価値など全く判らなかったが、実は国内有数のマニアで世界的にも知られた存在。とんでもない莫大な資産であることを知って二人の目の色が変わる。

MVPはドーベルマンのセシルちゃん(湘南動物プロダクション)。可愛い。動物と子供を出しておけば皆優しい気持ちになれる。
凄くポップな話で観客受けが良い作品。

⑨「ある孤独に関する物語」
性的不能の為、性行為はもう一生出来ないと診断された外科医(伊達暁氏)。それを妻(万里紗さん)に告げると「離婚はしない。SEXなしでも夫婦として暮らしていきましょう。」との温かい言葉。だがその裏で若い大学生(宮崎秋人〈しゅうと〉氏)と不倫を重ねていることを外科医は知ってしまう。

伊達暁氏天性の喜劇調の明るさ。堺正章や柴田恭平に通ずるこのキャラがコメディーリリーフとして機能し、陰陰滅滅たる物語を軽やかに奏でてくれる。自転車のシーンが爽快。
心臓の手術を受ける声楽家志望の少女(笠井日向さん)のエピソードが印象的。

面白かった。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

亀田佳明氏演ずる“天使”は原作とは別な役回りを与えた方が良かったかも知れない。パンドラの匣から最後に出て来たエルピスのように。自分がこの人間世界で何を為すべきか模索しているような。

⑩全部コレクションを盗まれて途方に暮れる二人。互いを疑って仲違い。兄が腎臓と引き換えに手に入れた「赤のメルクリウス」の3枚セットだけ残る。だが二人は何故か切手蒐集の魅力に取り憑かれてしまったようだ。これから価値の出そうなシリーズ切手を郵便局で買う。久し振りに再会して見せ合うと兄弟とも買った物は同じ奴。二人で大笑い。
※仮眠室に誘った看護婦も実はグルだったようだ。

希望はいつも空っぽの自分の胸の底に転がっている。自分を許し、他人を許せ。

⑨万里紗さんのキャラクターが謎。不能な夫と離婚はしたくないが若い男とのSEXは望む。全部バレても、ある種平然として自分を肯定している。養子を貰ってやり直そうと言う。この矛盾した人間像がリアル。ずっと他人を使って自分の心の中を探っているような生き方。
伊達暁氏は妻を愛しているのか別れたいのかもう判らない。自殺を選ぶが結局は死に切れない。一本の電話線で遠く離れた二人の心がか細く繋がるラスト。

人は皆孤独で誰もが生きる意味など見出せない。世間にはやってはならないこと(『十戒』)ばかりが掲げられて罪と罰とが溢れている。まるで我慢比べのような人生。誰が一番我慢強いのか競い合う耐久レース。勝者を誰が判定するのか?そこには誰もいないだろう。そして人間は“愛”を発明した。“愛”とは大事に思う気持ち。それがあれば他人と繋がれるかも知れない。他人に触れられるかも知れない。受話器越しに互いの存在を確認し合えるかも知れない。誰かを大事に思う気持ちがまだあればもう少し生きていける。

SION『街は今日も雨さ』

久し振りにお袋に電話を掛ける
雨降る街の赤茶けた公衆電話から
お袋は静かな声でたった一言
「生きてなさい」そう言った
ANGERSWING

ANGERSWING

劇団Q+

駅前劇場(東京都)

2024/07/03 (水) ~ 2024/07/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

WINGチーム

オープニングは柳本璃音さんが袖に立ち、ギター片手に一曲。家族の紹介から入る。幕に映像を投影して映画+演劇の趣き。その幕が開くと広がるのは本気の舞台美術。アメリカかイギリスか、外国の屋敷の居間と庭が眼前に見事に広がる。

屋敷の主人が亡くなった。家を出たアレルギー過敏症の長男(中西良介氏)は会社を経営していて忙しい。実家に暮らす長女(はらみかさん)は出版会社に勤めている。家を出た次男(林新太氏)は船乗りになって遠くへ。連絡を絶っている末っ子の次女(柳本璃音さん)は高校を中退してシンガー・ソングライターとして奮闘中。知らせを受けた家族が久し振りに集う。そこに数十年振りに姿を現したのは家族を捨てて家を出た大女優の母親(佐乃美千子さん)だった。

大女優役の佐乃美千子さんが美しい。岸恵子と阿川佐和子を足したような美人。この役は井上薫さんにもやってみて貰いたい。世間知らずの常識のない女を装いながら、実は誰にも言えない苦しみを抱えてきた。

そして葬儀屋の今井勝法氏。作品を喰ってしまう強さ。『ヨコハマ・ヤタロウ』シリーズで圧倒的な主演振りを見せつけた化物。コメディーリリーフじゃ勿体無い。こっちのストーリーもSWINGさせるべき。

くしゃみばかりの中西良介氏の奥さんに佳乃香澄さん。おっとりとした天然。
はらみかさんの旦那に布施勇弥氏。堺雅人っぽい。
林新太氏の恋人に北澤小夜子さん。ネイティヴ・アメリカン衣装。

亡くなった主人役の益田恭平氏は星野源っぽい。
物語のキーとなる森本遼氏は朝倉海っぽい。

オーディションで選んだだけあって、配役が見事。女優陣に華がある。演出家は役者一人ひとりのキャラを見事に引き出している。
タイトルの意味は『怒りの揺れ』、もしくは『怒りの翼』。母親に黙って棄てられた怨みと価値観の違いからどうしても判り合えない兄妹の怒りと苛立ち。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

亡くなった主人(益田恭平氏)と演劇仲間だった森本遼氏の関係性が肝。二人は胸に秘めた同性愛者でずっと互いに惹かれ合っていた。益田恭平氏が佐乃美千子さんと結婚したことで姿を消した森本遼氏、偶然数十年振りに再会する。二人は堪え切れぬ欲望に呑まれ本能の赴くまま貪り合う。その光景を目の当たりにした佐乃美千子さんはショックで家族を捨てて遠くへ逃げた。自分の為したことに責任を感じた森本遼氏は自殺。子供達と家に残された益田恭平氏は世捨て人のように生きた。

二場の大学時代の『ロミオとジュリエット』のシーンが退屈。情報量が多い割に内容がない。佐乃さんは益田氏と森本氏の仲を裂こうとするべき。詩は結婚を知った森本氏が別れの時に残すべき。隠れてその詩をずっと大事に読み続けていた益田氏が再会と共に告白するべき。はらみかさんの借用書(詩の出版)のくだりはいらない。益田氏から別れを打ち明けられて、傷ついた佐乃さんは去っていく。(子供達を捨てて自分から去っていくのはおかしい)。森本さんは耐え切れなくなって自殺、の流れか。

同性愛の描写が下手。ただの性欲の発散になっている。

両親の青春時代は韓国映画っぽいセピア色。現在は皆スマホなのにインターネットが普及した世界に見えずあやふやな時代感覚。
デカローグ7~10

デカローグ7~10

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2024/06/22 (土) ~ 2024/07/15 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

D ⑦⑧ 演出:上村聡史

⑦「ある告白に関する物語」
夜中にうなされている小さな娘(三井絢月ちゃん)。それを見ながら何もしてやれずまごまごする姉(吉田美月喜さん)。やって来た母親(津田真澄さん)が娘を抱きしめて、姉を叱り付ける。「ほら、あんたは何も出来ないんだから!」娘に「また狼の夢を見たのね。ほら狼なんていやしないのよ。」とあやす。
その後、姉はふと母親に訊く。「何で狼だと思ったの?」母親は何も答えない。
数日後、姉は妹を連れ去ってしまう。

娘役の三井絢月(あづき)ちゃん7歳がMVP。一流。彼女一人の誕生で関係者全員の人生が良くも悪くも振り回されていく。本人は我関せず真っ直ぐな瞳でこの世界を見つめ続ける。純粋なものこそがこの世界の中心であるべき、という思想。

⑧「ある過去に関する物語」
倫理学の大学教授(高田聖子さん)、彼女の全著作を英訳しているアメリカの大学教員(岡本玲さん)が来訪。彼女の授業を聴講することに。一人の学生が②のエピソードを提議する。不倫で妊娠した妻、闘病中の夫が死ぬのなら産むし、快癒するのなら堕ろすと。医師は生まれてくる子供の生命こそ大切だと考えて「夫は死ぬ」と嘘をつく。大学教授がこの話に対して「子供の生命こそが一番に優先されるべきだ。」と講評したことで、岡本玲さんに火が点く。手を挙げて彼女が語り出した課題は、1943年ナチス占領下のポーランド、6歳のユダヤ人少女のエピソードだった。

オープニングがカッコイイ。壁越しに罪を刻印された男の影。
岡本玲さんとは判らなかった。ちょっと配役的に若すぎる気も。
MVPは高田聖子さんだろう。何かリアリティーがある。良くも悪くも人間は生活し続けなくてはならない。頭の中で生きている訳ではない。何を考えていようと動物として生き続けなければならない。思想を抱えた動物のリアリティー。

素晴らしい作品だと思う。キェシロフスキ抜きで立派に成立する舞台だった。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

⑦演出が凄く好き。夢の中、イメージの中を彷徨い歩く夢遊病者の群れのよう。同じシーンを二度繰返す仕掛けなんか効いている。(原作では今作だけ亀田佳明氏演ずる男の登場はない。その為、オリジナルに作ったのだろうがズバリ嵌っている)。
吉田美月喜さんのゆらゆら揺れる不安気な存在感。章平氏は山本KIDみたいな格闘家のオーラ。

⑧前半は最高。後半が引き延ばし過ぎてつまらない。見せるべきは若夫婦に拒絶されて何処にも行き場のなくなった少女と青年の絶望感だろう。その時の気持ちを核に生きてきた少女。そこの描写が薄っぺらいとその後の話にも興味が持てない。仕立て屋の男との再会もそこがない為胸に迫らない。神父になって家を出て行った息子や祈りを捧げる岡本玲さん。カトリックにおける神への祈りの意味を日本人に伝える必要がある。余りにも理不尽な現実世界で運を頼りに生きていく。確かなものが何もないのならば自身で作っていくしかない。その代替行為が神への祈り。

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