夜の初めの数分間 公演情報 劇団牧羊犬「夜の初めの数分間」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    フェルナンド・メイレレス監督の『ブラインドネス』を彷彿とさせる設定。
    ある時突然、世界中のガラスやレンズや鏡に人間が映らなくなった。鏡の原理とは反射した光を網膜が電気信号に変えて脳が認識する訳だが、人間の姿だけを脳が認識しなくなったのか?とにかく認識出来ないので自分の姿を自分で見ることは不可能。鏡も水面もショーウィンドウも写真も映画も人間だけは写らなくなる。テレビ番組もセットに声だけになり、アニメや人形劇がメイン、エンターテインメントの主流はラジオに戻ることに。
    いわゆる「現象」が始まって24年経った。
    人々は自分の姿を確認する為に、似顔絵を描く絵描きを「カガミ」と呼び重宝することに。言葉の表現で姿を実況解説する者を「声カガミ」と呼ぶ。

    美貌の大人気女優、神戸(ごうど)ひまわりは極秘出産の為、長期休養に入る。ちょうどそのタイミングで「現象」が始まった。産まれた娘、画子を自分専属の「カガミ」として育てるひまわり。毎日毎日母の顔を写生させられる画子。天才的な画力とセンスを兼ね備えた画子は少女にして「ミラー・グランプリ」で優勝。出自を隠して人気「カガミ」となる。

    神戸ひまわりに井上薫さん。最早、今作は井上薫オン・ステージ。プライドの高いナルシシスト、嫌味な大女優を素のように演じてみせる。彼女の出ているシーンは全て面白い。ファンは必見。元は間違いなく取れる。

    娘の画子に平体まひろさん。全く彼女のイメージとかけ離れたひねくれてすさんだ毒舌家。ボサボサの髪は「た組。」の加藤拓也に寄せているように見えた。

    凄い発想をする作家、ワンポイントSFとして面白い。井上薫さんは恐ろしい。
    是非観に行って頂きたい。

    ネタバレBOX

    大友達人氏はひまわりの元マネージャー、後にプロデューサーとして大成。口癖通り、「OK」と名乗る。
    渡部瑞貴さんは女優業に挫折したが「現象」を逆手に取って声優として大ブレイク。Gu-Guガンモみたいな声が必殺。

    熊野仁氏は東山紀之っぽい美形、「声カガミ」としてひまわりに仕える。
    山田梨佳さんは彼の妹、事故で盲目に。触診師として働く。

    川口茂人氏は交通誘導員だったが、大ファンだったひまわりに「いつも皆の安全を守ってくれて有難うございます」と声を掛けられて人生が変わる。
    小駒ゆかさんは彼の娘。人の遺影を描く「カガミ」になりたいと画子に教えを請う。人の心の中の風景を読み取る才能に長けている。

    田名瀬偉年(たつとし)氏はカメラマン。この時代に道行く気になる人に声をかけ被写体になって貰っている。そして誰も写っていない背景だけの個展を開く。目には見えないがその空間に人の存在をきっと感じられる筈だと。

    徳岡温朗(あつろう)氏とセキュリティ木村氏は公園の公衆トイレの前で「カガミ」をやっている売れない絵描き。

    復帰を画策する神戸ひまわり、だがもう時代が違う。今じゃ誰も知らない老いさらばえた老女。その現実を受け入れざるを得なくなるクライマックス。画子とひまわりが見つめ合い、泣きながら嫌な真実を伝える。夢に逃避して生きていたひまわりは受け入れ難い現実に狂いそうになる。だが必死の画子の瞳の中に自分が見える。互いの瞳の中に自分が映っている。その時、世界中で「現象」が変化したのだ。日が暮れて『夜の初めの数分間』だけ、人間の瞳の中に姿が映るように。

    透明人間の原理と同じで服だけは見える筈だが、どうも脳の問題なので人間の存在全体を認識出来ない設定。広瀬正なら何とかそれっぽい理屈を付けそうだが。ミラーやモニターに人が映らない為、交通事故が多発。赤外線センサーと警報を組み合わせた商品の発明で大金持ちになった男が描かれるが、赤外線なら脳は認識するのか?設定を突き詰めると粗が出る。

    昔、BOØWY時代の布袋寅泰が語っていた言葉。「ギター・ソロになると、皆速弾きで音数を一つでも増やそうとするが、自分は逆に音数を減らすようにしている。それがセンス。」
    全くその通りでどれだけ要らないものを削除するかがセンス。今作は作家の優しさが全面に出てしまい、出演者全員それなりに見せ場が与えられる。ただ全体を通して観ると主旋律を邪魔するノイズになってしまっている。善人ばかりの織り成す人間ドラマが互いの色を打ち消し合って、作品の印象を茫洋としてしまう。寓話としての力が弱い。
    ラストに辿り着くエピソードが詩的で美しいだけに勿体無い。

    『ブラインドネス』では原因不明の失明病が流行り出す。未知の伝染病だと怖れた政府は患者を病院に隔離する。主人公のジュリアン・ムーアだけは何故かその病に罹らない。失明した夫を補佐する為、目の見えない振りをして病院に入る。患者に溢れていく病院は無法地帯の収容所と化し、元々盲人だった連中が支配者となって仕切り出す。地獄のような殺し合いの中、やっと逃げ出した主人公達は外界で絶望的な現実を知る。世界中の人が失明して、何処もかしこも獣のように争う人間の群れ。そしてその中でも優しさと美しさが人間の中に確かに在ること。盲目の世界でこそ、人間の真の姿がはっきりと見えることを知る。
    ただ、映画の出来はイマイチなのでお薦めはしない。

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    2023/12/15 06:34

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