ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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つきかげ

つきかげ

劇団チョコレートケーキ

駅前劇場(東京都)

2024/11/07 (木) ~ 2024/11/17 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

前篇の『白き山』が斎藤茂吉と二人の息子、一人の弟子との四重奏。後篇である今作は斎藤茂吉と、文学史的には無視された妻と二人の娘との四重奏。見事なアンサンブル。個人的には今作の方が好み。前作が黒澤明なら今作は小津安二郎の世界に挑戦する作家の新境地。だがやはり我慢ならない、本性が出てしまう。達観した死生観では終われない。命ある限り生きて生きて生きまくってこそが生物だ!と黒澤明になってしまう。侘び寂びで慎ましくお茶を啜ってはいられない。醜さこそが同時に人間の美しさであると、人間のその浅ましさこそが生命の本質なんだと。

上手に洋間、下手に和室、真ん中に火鉢。斎藤茂吉(緒方晋氏)は脳出血で倒れ歩くこともおぼつかない。意識がぼやけてくる。創作に集中出来ない。記憶の混乱。全ては老いだ。老いてしまった。やりたい事やらねばならぬ事が山程あった筈なのにそれが何だったのかすら思い出せない。

素晴らしいのは文学史的には意味のない、妻である斎藤輝子(音無美紀子さん)、長女・宮尾百子(帯金ゆかりさん)、次女・斎藤昌子(宇野愛海〈なるみ〉さん)の存在こそをメインに据えた視点。各人それぞれに見せ場はあり、光の当たった人々だけが存在した訳ではないことを強く主張する。

音無美紀子さんは見事としか言いようがない。確かに間違いなくここに生きて在る。金の取れる女優。
驚いたのが宇野愛海(なるみ)さん。メイクもあるのだろうが原節子や轟夕起子を思わせる戦後日本映画のヒロインの貫禄。凄いのが出て来たな、と思ったら既に二作自分は観ていたらしい。しかも元エビ中のバリバリのアイドル出。心底驚いた。この娘は今後ヤバイ。
帯金ゆかりさんの体現する現実感も重厚。生きて在ることのそのリアル。その手触りを感じられた時、共感の度合いがぐっと上がる。

そして緒方晋氏の立つ境地。弱って駄目になった自分のありのままを見てくれ。これが今の俺だ。失望しようが落胆しようが構わない。これが今の老いた俺の姿だ。

浄土宗の開祖である法然が詠んだ和歌、宗歌ともされている。
「月影の 至らぬ里はなけれども 眺むる人の 心にぞ住む」                      
月光は全てを照らしてくれているのに受け手側がそれに気付かなければ届かないのと同じこと。どうか気付いてくれ。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

この作品を村井國夫・音無美紀子夫妻で構想した作家の怖ろしさ。確かに観てみたくはある。

書棚がちょっと古書すぎる気がする。逆に当時ならもっと新しい方がリアルでは。
斎藤茂吉の日記帳、手書きで全ページ、ギッチリ文章が記されている。美術を担当した人間の狂気。細部にこそ神が宿る。こりゃ役者も負けてらんねえな、と気合いが入る訳だ。凄いね。

1933年11月銀座ダンスホールの教師(今のホストのようなもの)・田村一男(24)が検挙される。彼目当てに通い詰める常連の有閑マダム達を手玉に取り金を貢がせ情事に耽けっていたのだ。当時はまだ姦通罪がある時代、新聞雑誌は大々的に書き立てた。彼の相手は華族である伯爵夫人など錚々たる顔ぶれ。その中の一人が「青山某病院長医学博士夫人」こと斎藤輝子。(本人は情事を否定)。激怒した斎藤茂吉は婿養子として入った脳病院を辞め、離縁する意思を示したが周囲の説得により何とか思いとどまる。輝子を弟の家に預け、その後12年間別居状態に。
だがその翌年、52歳の斎藤茂吉は24歳の永井ふさ子と歌会で出逢う。以前より短歌の通信指導をしていたのだが上京した彼女の美貌に一遍で心を奪われてしまった。歌人の師弟の立場を越え熱烈に恋し、秘めた愛人関係に陥る二人。1936年1月18日から1937年暮れまでのSUBROSA(秘密)。周囲の門人達は知っていただろう。(1944年まで会っていた)。
1963年、永井ふさ子は斎藤茂吉の死後十年を待ち『小説中央公論』にて手紙80通を公表。世間の知ることとなる。

ちなみに斎藤輝子は茂吉の死後、65歳から97回海外渡航に。79歳で南極大陸に立ち、81歳でエベレスト登山、85歳でガラパゴス島、89歳で亡くなるまで108ヶ国を訪問。

欲望のパワーが桁違いの一族。『楡家の人びと』が読みたくなる。
慟哭のリア

慟哭のリア

劇団俳優座

俳優座劇場(東京都)

2024/11/01 (金) ~ 2024/11/09 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

狂った風車(かざぐるま)。明治34年(1901年)、北九州の炭鉱町にある屋敷。日清戦争に勝利するもすぐに日露戦争が始まるであろう空気が列島に立ち込めている。時代の宿業。逃れられない流れ。戦争が起きることが必然ならば、せめて勝つべきだ。日本は勝利しなければならない。勝ち続けなければならない。何処までもいつまでも。全てを投げうって尽くすべきだろう。全てを。全てを。

筑豊炭田の炭鉱主の一人、岩崎加根子さん。劇団俳優座の俳優座劇場70年のラストを飾る92歳の主演女優。足腰も台詞回しも全てにおいて現役。これが女優だ。彼女が演るリア王こそ終焉に相応しい。劇団に足を踏み入れた15歳の少女が77年掛けて演劇史上最高齢のリア王になった。
もう一人の主人公とでも言うべき、長男の斉藤淳氏。片脚が不自由でいつでも杖をつく。心優しき妻(瑞木和加子さん)と花を愛す。
出来の悪い粗暴な次男は田中孝宗氏、放蕩の限りを尽くす。夫を憎むその邪悪な妻に荒木真有美さん。
東京の大学に学び社会主義的な思想に傾倒する三男、野々山貴之氏。

岩崎加根子さんに付き従う数十年来の使用人、森一氏。物語の善性。
そして『オセロー』のイアーゴーというよりも『天保十二年のシェイクスピア』の佐渡の三世次を思わせる渡辺聡氏。綾野剛が邪悪な本性だけで歳を食ったらこんなふうになりそう。怪優・上田吉二郎っぽくもあって物語を邪悪に塗り潰す。

影登炭鉱周辺の貧民窟は鉱害で苦しむ。鉱毒ガスや酸性雨により草木は枯れ土砂災害で崩落。川に流れた鉱毒で水は汚染され作物は育たず病が蔓延する。長年粉塵を吸った労働者は肺病に冒され生涯苦しみ続ける。盲目の乞食の集団が呪詛を呟きながら物乞いの行脚。とても人間とは思えない臭気。恨みと呪いと憎しみとそれを反転させた笑顔。そして狂った風車。

首都テヘランを空爆されたイランがイスラエルに報復を宣言。「決定的な報いを受けると知るべきだ」。ずっとおんなじような話がループしている人間の歴史。
「地獄に行くのではなく、地獄の方からこっちに来てくれるそうだ。」
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

屋台崩しがないのが逆に驚いた。
脚本的にはいろいろと不満はある。けれど作家の捕らえようとしている“今”を感ぜしめる。遠い何処かの架空の物語ではなく、“今”ここの話なのだ。

『リア王』といえば黒澤明の『乱』なわけでこの作品は何度も観ている。TVの画面で観ていると傑作に思えるのだが、でかいスクリーンで観ると凡作に思える。晩年の黒澤明は色使いがチープで絵がスカスカ。モノクロで三船敏郎で撮るべきだった。
息子達に裏切られ全てを失った絶望で気がふれ荒野を彷徨う仲代達矢。この世には神も仏もないものか?人の世に人の心などないものか?あばら家に宿を借り、人の優しさに触れ少し正気を取り戻す。だがそこに暮らす盲目の少年(野村萬斎)はかつて自分が滅ぼした城主の嫡男で、殺す代わりに目を潰させたのも自分であった。俺自身がやったことの報いを受けているのだ。俺は何の落ち度もない可哀想な被害者ではなく、これは自らが招いた当然の報いであった。それを思い知った仲代達矢はもう誰も責められない。逃げ場はない。荒野に走り出す。

そんなシーンが観たかった。

※渡辺聡氏の最期は山田風太郎『忍法忠臣蔵』の毛利小平太が元ネタだろう。
式 三部作 第二話「追悼式-まほろ汽船 サンバード号 編-」

式 三部作 第二話「追悼式-まほろ汽船 サンバード号 編-」

studio salt

ラゾーナ川崎プラザソル(神奈川県)

2024/10/31 (木) ~ 2024/11/04 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

2009年10月、まほろ汽船サンバード号が謎の沈没事故を遂げる。15年後の今も引き揚げられることもなく、事故原因も謎のまま。遺族達が集まる追悼式典の会場。
開演前からピアノを弾き続ける根本修幣氏(a.k.a.堂本修一氏)。式典運営の責任者・仲尾玲二氏。
まほろ汽船の社長未亡人・服部妙子さん。
推しの曲の演奏をリクエストする大図愛さん。

全ては厳かに始まり被害者の生前の記憶を思い起こす慰霊の集いの筈だった。
なかなか変わったニュアンスの世界観。
今日の朝食、誰と何を食べましたか?
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

そこに突然刃物で岩﨑理那さんを人質に取った山ノ井史(ふひと)氏が乱入して来る。事故原因を公開しろ、と。
亡くなった筈の船長を名乗る浅生礼史氏がふらりと現れる。
いつしか追悼式と事故当日の船内の様子が重なって語られていく。
もう少し生死の淡い境目を漂うような感傷的な物語の方が自分は好み。

セウォル号沈没事故と日本航空123便墜落事故を足したような設定。経済アナリストの森永卓郎氏は現在末期癌との闘病中。長年日本のメディア業界でタブーとされてきたことを書く肚を決めた。①ジャニーズ事務所②財務省の宗教的メカニズム③日本航空123便墜落事故の真相。
かねてから陰謀論が囁かれ続けてきた日航機墜落事故。自衛隊が訓練中に発射した模擬弾か無人標的機が垂直尾翼に激突、その証拠を隠滅する為に救助が大幅に遅れたと言われている。18時56分に墜落し、現場にすぐに(19時15分)到着した米軍輸送機が救助に入ろうとすると横田基地からの帰還命令。自衛隊の救助開始が翌朝8時半。何故救助を遅らせたのかが最大の謎であると。
(但し元海上自衛官・林祐氏はこれ等の陰謀論を明確に否定)。
歌っておくれよ、マウンテン

歌っておくれよ、マウンテン

優しい劇団

高円寺K'sスタジオ【本館】(東京都)

2024/10/26 (土) ~ 2024/10/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

主宰・演出を兼ねた尾﨑優人(ゆうと)氏がずっと前説し続けている。凄いエネルギーだ。まずそこにビビってたじろぐ。喋り口と才人振りがマッスル坂井を彷彿とさせる。臨機応変なアドリブ力、ふてぶてしさ。何か多摩川の河川敷で無料で公演を打っているのを知って気になった。「只でいいから観てくれ」ってのは随分な自信。只券貰っても行きたくない演劇が溢れている中、一度観たいと思った。

スタイルは古典的。早口で捲し立てるスピード重視。鴻上尚史とか野田秀樹とか沈黙恐怖症の詐欺師のセールスみたいに空白を一切許さない口上。狂ったように膨大な台詞が客席に乱射される。力技で二人姉妹が失くした歌を歌ってくれる山へと旅に出るオープニング。姉の千賀桃子さん、妹の小野寺マリーさん。

特筆すべきは池田豊氏のパワーマイム(講談)。柳生十兵衛(宮﨑奨英氏)が父・但馬守と袂を分かち、刺客として放たれた裏柳生六人菩薩に襲われる。毒蕎麦の円太夫によって窮地に陥ったその時、かつて彼等を裏切った男、風の弦之介が十兵衛を守る為に独り死地に赴く。一人で演るここの場面が凄まじい。神田伯山だよなあ。(令和の柳沢慎吾とも言える)。
漫☆画太郎の『珍遊記』のようにもうこの話をメインにしても良かった。

一番心に響いた台詞は「寂しさから人は家族を作る。それが人類の歴史ならば“寂しさ”もこの世に必要不可欠な気持ちなんだな。」

客層は出来上がっている。どんどんどんどん皆観に来ることだろう。早目に押さえておいて損はない。尾﨑優人氏は一廉の人物。是非チェックして頂きたい。

ネタバレBOX

尾﨑優人氏のFavoriteと語る劇団唐組『ビニールの城』2019年、2021年公演をどちらとも自分も観ていた。妙に嬉しい。

天井天下異聞奇譚

天井天下異聞奇譚

吉野翼企画

赤坂サカス広場 特設紫テント(東京都)

2024/10/26 (土) ~ 2024/10/26 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

客入れに二條正士氏!豪華だ。紫テントは凄く快適で観易かった。テント芝居は腰の痛みで途中から帰ることしか考えられなくなるので足が遠のいてしまったが、これならまた行ける。

『AGAIN〈オール・ザッツ・ニッカツ・シネマ〉』を思わせる。これは日活のアクション映画の総集編、名場面集なのだが、年老いた殺し屋宍戸錠がかつての日活アクション映画の中を彷徨い歩くもの。
アングラ芝居を観に客席に座って開演を待っていた男(吉原シュートさん)。そこに現れた男(高田那由他氏)がその席は俺のだと因縁をつけてくる。御存知寺山修司の『観客席』から開幕。いろんな客席に潜んでいた役者達が吉原さんを舞台の上に引きずり上げる。「やめてくれ!僕はこの劇を観に来ただけなんだ!」『青ひげ公の城』のように虚構世界に投げ込まれた主人公の地獄巡り。昔スタンリー・キューブリックの映画を中原昌也が「時空間を超えて各世界の主人公がただ悲惨な目に遭う映画」と評した。同じく今作もアングラ演劇の虚構空間で訳の解らない散々な目に遭う一観客の悲劇。寺山修司、岸田理生、高取英、昭和精吾。観るだけでもキツイのにこれを演らされるなんて・・・。

舞台上を歩いていたら『糸地獄』の冒頭シーン。吉原さんに台詞が投げ掛けられていく。おどおどまごまご。袖から本来の主人公・小寺絢(あや)さんが飛び蹴りして吹っ飛ばす。「これは私の役だよ!」
『吸血鬼』毒子役の藤田怜さんが目を引く美人。身長が高いのでどの場面でも目立つ。
内海詩野さんの声は武器、今作に絶対に必要なパーツ。
『恋 其之弐』中村天誅氏の帰還兵は絵になる。
ふと通り掛かる黒蜥蜴役の葛(かつら)たか喜代さんも印象的。
『アメリカよ』越前屋由隆氏の独白。ポルノ映画館の便所に逃げ込んだ追われる強姦魔。大久保鷹氏ヴァージョンを観たことがある。
作家は『身毒丸』に思い入れがあるのだろう。
楽曲提供のユニットは「みづうみ」(ギター&歌・那須寛史氏/ピアノ&歌・秋桜子さん )。これが良い曲ばかり。LIVEに行きたくなった。

客席の若い娘達が目を輝かせて楽しんでいた。寺山修司、アングラ、テント芝居・・・。間口が広いのできっかけとして良いイベントだと思う。帰り道の老人達も口々に「楽しかった」と。

ネタバレBOX

自分は全然アングラ演劇に造詣がないので昭和精吾氏がよく判らない。高取英氏も殆ど観てない。岸田理生さんもほんの少し。寺山修司氏でさえも何となく。まあこの筋の素人が森ようこさん見たさに無理して顔を出したテイ。でも観ると結構知っていた。いつの間にかに教育されていたのだな。「ああ、また暗転か・・・。」

森ようこさんの出番がもっと欲しいところ。イルゼ・コッホやイルマ・グレーゼから生み出されたナチスの女収容所長イルザを思わせる役どころ。

※紫テントといえば話題は新宿梁山泊『ジャガーの眼』。唐十郎最後の弟子を自認する丸山厚人(あつんど)氏の酷評ポストから荒れに荒れたX。元高校教師演劇部顧問の賛同から唐十郎イズムとは何か?で揉めに揉める。怒り狂う水嶋カンナさん、紅日毬子さん。だがそれこそ唐十郎の凄さなんだろうとも思う。お前等に本当の彼の凄さは分からない!と叫ばせる純情、その情念。逆に外野は唐十郎への興味が増した。(そもそも自分は唐十郎にも『ジャガーの眼』にも何の思い入れもない)。六平直政氏まで出て来るとは。
でもこれも正しい革命演劇の一つの在り方だと思う。(自分が当事者だったら怒り狂うと思うが)。黙って観ているだけの客を焚き付けるアジテートなんだから揉めて当然。ボロクソに叩く程の熱意すら今の観客は持ち合わせちゃいない。「つまらないから早く終わってくれ」位なもの。この後、飯を何食うかぐらいしか考えちゃいない。そもそもまともに観てさえいない。何も演劇に求めてなどいない。演劇がただの消費嗜好品になった現在、この話題で真剣になれるのは希有。全員Respect。水嶋カンナさんに更にRespect。

※いや、まだ揉めてんのか・・・。
こもれびラジオ

こもれびラジオ

劇団BLUESTAXI

テアトルBONBON(東京都)

2024/10/22 (火) ~ 2024/10/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

(Aキャスト)

東京から少し離れた地域にある架空の町、峰原市。閉鎖した印刷工場を改装してカフェを作り、更にその一角にブースを置いてコミュニティFMラジオ局の放送を行なっている。「こもれびラジオ」は鈴木絵里加さんが局長。場所を提供しているカフェのオーナー・小野健一氏と山口祐子さん夫妻。補助金を負担している市役所の市民自治推進課の担当・鯵坂(あじさか)万智子さん。ヘビーリスナーである菅原琴さんがスタッフ採用の面接に来ている。現役スタッフの木野雄大氏と高根沢裕貴さん。カフェ常連のお喋り好きな介護士・杉山さや香さん。朗読の番組を持つ町内の古本屋の主人・大谷朗氏。

鈴木絵里加さんは多才。いろいろ細かいネタを仕込んでくる。
菅原琴さんは何か男にもてそうな雰囲気がある。歌手でLIVE活動もしているそうだ。
お笑い芸人役の松野翔子さんは松田聖子ライクな昭和アイドルをブースでずっと無音で演っているシーンが強烈。
小野健一氏はひたすら弄られて周囲に柔らかな笑いを提供。何とも掴みようのない憎めない男を好演。
ブースに入った大谷朗氏の語る想い出が映像となって舞台上に見えてくる時こそラジオから魔法がかけられる瞬間。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

市長からラジオ局の梃入れを要求され東京からやって来る水野里香さん。実は彼女はこの町出身でカフェ・オーナー夫妻とは知らぬ仲ではなかった。

鈴木絵里加さんは挙動不審なコミュ障キャラで決める。クライマックス、もうどうしたらいいか分からなくなったが逃げ場を失くし追い詰められた弱者が吐き出す本音。ずっとラジオにしがみついて生きてきた自分。こんな孤独な惨めな自分に話し掛けてくれるのはラジオのDJだけ。あんたの声だけを頼りに生きてきたんだ。さあこれを聴く世界中のたった独りの為にお前の想いを込める時が来た。お前の想いは必ず伝わる。だから全てを信じて吐き出せ。それがラジオだ。
Silent Sky

Silent Sky

アン・ラト(unrato)

俳優座劇場(東京都)

2024/10/18 (金) ~ 2024/10/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

『unrato#10 三人姉妹』も『unrato#11 月の岬』も素晴らしかった。(『月の岬』は席が悪かったのでもっと良い環境で観たかった)。更に今作は朝海ひかるさんが主演。いつもながらキャスティングが絶品。場内を埋める年季の入ったコム・ファン。周囲では「こんな老後になるなんて」と、同じ境遇の者達が全国公演を追っていった話に花を咲かせる。ヅカファンの背負ったカルマは殉教者並みだ。

このラインナップに高橋由美子さんが不思議だったがメチャクチャ良かった。むしろ彼女でなければいけない位。貫禄の保坂知寿さん。竹下景子さんはここ数年で一番輝いて見えた。やはり素晴らしい作品に参加している時の女優が一番生き生きしている。このレヴェルで演れる誉れ。幾ら実力があっても発揮出来る場がなければどうしようもない。松島庄汰氏は松坂桃李に見えた。朝海ひかるさんは男っ気のない仏頂面が八代亜紀っぽくもある。そしてこの作品の持つ気品。『博士と彼女のセオリー』なんかを思い出した。通路を贅沢に使って演劇空間を客席まで広げる。朝海ひかるさんは通路を歩く姿がいつも絵になる。

牧師の娘、ヘンリエッタ・スワン・レヴィット(朝海ひかるさん)はマサチューセッツ州にあるハーバード大学と提携した女子大学で学び、ハーバード大卒と同等の資格を得て卒業。だが髄膜炎により聴覚に障害を負う。1893年エドワード・ピッカリング率いるハーバード大学天文台に職を得て毎日の天体写真を解析しデータを整理する作業に。ピッカリングは分光器の付いた望遠鏡で天体撮影する技術を開発し、宇宙を知る為に膨大なデータを集めていた。職場の上司に恒星の分類法を確立した天才アニー・ジャンプ・キャノン(保坂知寿さん)、家政婦から天文学者にのし上がったウィリアミーナ・フレミング(竹下景子さん)。レヴィットは単調な作業の中、膨大なデータからある法則を読み取る。

死ぬ程面白い。今作をどうしてもやりたかった製作陣の気持ちが伝わる。世界は変わるかも知れないよ。貴方のほんの少しの気付きで。
ちょっと、一分、一世紀。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

高橋由美子さん演ずる妹の奏でるピアノ、そのメロディに抱かれながら心地良く自分の研究データを眺める朝海ひかるさん。ハッとする。「音楽だ!」神様は長い間自分にあるメロディを伝えようとしておられた。これは音楽だ!これで解った。この世界のメロディが!最高の名シーン。

明るい変光星(明るさが変化する星)程、変光周期は長くなる。(周期光度関係)。セファイド(脈動)型変光星は周期的に明るさが変化するタイプの変光星。変光の周期からその星の絶対等級(本来持つ明るさ)を決定することが出来る。絶対等級が特定出来れば見かけの明るさとの差によってそこまでの距離を特定出来る。セファイド型変光星の変光周期と平均光度との間で成り立つ関係を「レヴィット(リービット)の法則」と呼ぶ。この発見は遠く離れた系外銀河までの距離を測るための、史上初の標準光源と認められた。宇宙の距離梯子(地球から見える星までの距離測定方法)として画期的なものとなった。彼女の発見を使って数々の宇宙の謎が解けていく。
ドクターズジレンマ

ドクターズジレンマ

せんがわ劇場

調布市せんがわ劇場(東京都)

2024/10/18 (金) ~ 2024/10/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ジレンマとはどちらも選択肢を選べない板挟みの状態のこと。今作では結核の名医(佐藤誓氏)が邪悪な天才芸術家の夫(石川湖太朗氏)を救うよう美しい妻(大井川皐月さん)に懇願される状況。この心美しい女性の頼みを聞いてやりたいが、夫はクズ中のクズ、死なせた方が良い。でも奴の描く絵は天才的、彼の絵に夢中になってしまう自分がいる。

客席三面でステージを囲む。役者は最強の布陣。これだけの本物をよくキャスティングできたな、と政治的手腕に感心。ここまで名優集めに集めたら凝視する以外に手はない。凄いレヴェルでの対決。
石川湖太朗氏はやるじゃねえか。「芸術に現実生活以上の価値はあるのか?」「いやあるんだよ、そうでなければ人間の存在に意味などない!」
昔、今村昌平の助監に付いていた人が言っていた。「あの人は映画製作以上に価値があるものはこの世にないと本気で信じている。良い映画を作る為にお前等が犠牲になるのは当然なことだと。」常軌を逸したエピソードの羅列にゾッとした。キチガイじゃん。でもそれに興奮する自分もいた。
今作がファム・ファタール、大井川皐月さんの代表作になるだろう。(表情が時折、菅野美穂に見えた)。

個人的MVPは山口雅義氏。場内を爆笑の渦に叩き込む。
是非観に行って頂きたい。普通じゃこのランクの役者は揃わない。

ネタバレBOX

1796年、エドワード・ジェンナーが牛痘(牛の天然痘)から膿を精製して作った種痘を人が接種すると天然痘に罹らないことを発見。これが世界初のワクチンとなった。少量の毒を自ら体内に保持することで強き毒から身を守るという新しい発想。

1906年の今作発表の段階では結核はまだ完全に治療が可能な病気ではなかった。(1943年ストレプトマイシンの発見まで待たなくてはならない)。主人公が画期的な治療法を発明したとするフィクションである。

佐藤誓氏=ワクチンを免疫力が上がるサイクルに投与すると回復に至り、下がるサイクルに投与すると死に至ることを研究。各個人の免疫のサイクルを知らないとそれは毒にも薬にも成りうる。
髙山春夫氏=もう引退した身であるが、誰の医学的発見も既に過去に誰かが見付けたものの模倣に過ぎないと冷ややか。
清水明彦氏=貪食(どんしょく)細胞こそが病原体を食い尽くしてくれる医療の根本だと信じている。全ての医療は貪食細胞の援護であると。
山口雅義氏=この世の全ての病気は敗血症であると固く信じている。病原菌が溜まった核嚢(かくのう)?を手術で切除すれば皆が健康になると。
※口蓋垂(のどちんこ)を除去する手術(全く何の意味もない)で大金を儲けた当時の医師に対する皮肉らしい。
内田龍磨氏=ユダヤ人医師というだけで意味ありげ。欧州のユダヤ人という十字架は日本人には想像もつかないものなのだろう。
佐藤滋氏=『名もなく貧しく美しく』を地で行くプロレタリアート医師。
石川湖太朗氏=三四郎の相田をナルシシスティックに酔わせて大倉忠義ライクにした感じ。往年の石田純一風味の着こなしが判り易い。第二幕の爆発は彼によるもの。人間のクズがその生き様に揺るぎがない為に、逆に周りの連中の理性が揺らいでいく。メタ・ギャグを観客に言うシーンは沸いた。(元々戯曲にある台詞らしい)。

バーナード・ショーの今作に込めた皮肉は医療業界に対しての非難だそうだ。医師達の虚栄心と高額な報酬を払える患者だけを求める傲慢な私利私欲。医師としての崇高な社会的使命、啓蒙思想を見失ってしまった現実。
穏やかな社会主義を標榜するフェビアン協会にて政治活動、大学設立を為した彼はこの社会の最大の問題は構造的な貧富の格差にあると主張した。

最後まで何の話だか分からない。戯曲の意図も伝わり辛く、演出の意図もどうもハッキリしない。そこが狙いなのかも知れないが、「芸術も等しく糞だ!」で良かったんじゃないか。

※呼び鈴が鳴って来客が入って来る通路が毎回違うというギャグは面白かった。第二幕のアトリエの舞台美術は美しかった。
おまえの血は汚れているか

おまえの血は汚れているか

鵺的(ぬえてき)

ザ・スズナリ(東京都)

2024/10/18 (金) ~ 2024/10/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

凄い空間に立ち会える喜び。最高級の役者陣が圧倒的な世界を体感させる場。ここに今居れることの幸運を噛み締める観客達。

古い日本家屋の居間。家の無職の兄(谷仲恵輔氏)は座布団を叩き付けると横に転がって昼寝。妹である中村栄美子さんが起こして追い払う。今日は入り婿に入った旦那(浜谷康幸氏)の家族会議。旦那の呼び集めた親族達が続々とやって来る。三十年振りに顔を合わせる兄弟達。勝手口の軒下の庇に頭をぶつけて流血している今井勝法氏がまず登場。派遣で食いつなぐ労務者だ。集められた疑心暗鬼の面々がこの場の真意を無言で探り合う。

今井勝法氏(この人は演出の寺十吾氏の分身なんだと思う)と谷仲恵輔氏の対決はもう『サンダ対ガイラ』。完全にイカれたキチガイの取っ組み合いが延々と続く。この二人さえ見られればあとの話はどうだってよくなる程の破壊力。これぞ『ジョーカー』日本版に相応しい、無用のプライドだけを持て余した“無敵の人”。この二人をメインにスピン・オフを作るべきだ。はっきり言って作家の訴えたい事なんてみんな霧散、この「モンスター・ヴァース」に取って食われた。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

金の話になった為、一足先に帰っていく今井勝法氏。それ以降、かなり場がパワーダウン。谷仲恵輔氏の独壇場となるが更に彼が去るととてつもなく空虚な空間に。そこに残された浜谷康幸氏と中村栄美子さん夫婦。何という侘しさ。いたたまれない。

西原誠吾氏の奥さんとして堤千穂さんが付いてくるのだが、彼女は作品を観る度に器がデカくなっているように感じる。まるで全てを食い尽くすクリッターのようだ。

途中、階下からギターの音が漏れてくる時間が結構あったのが残念。無音の芝居が狙いだっただけに。
ビッグ虚無

ビッグ虚無

コンプソンズ

駅前劇場(東京都)

2024/10/16 (水) ~ 2024/10/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

タランティーノや『バッファロー'66』を思わせる作劇。軽口な与太話から世界の構造を解き明かす。駄目人間の駄目な人生を駄目駄目に描きつつ最高に笑わせる。これは映画『フォーガットン』の思想を正統的に受け継いだ作品だろう。岩松了みたいな渋い顔で凝視させて貰った。

眠れない夜、何となく誰かに見られているような気がする。主人公の江原パジャマ氏は草薙航基を彷彿とさせる童貞を拗らせて“思想犯”になったような男。ヒロインの浅野千鶴さんはチェ・ジウ顔。

開幕するとハプニングバー。SEX目的で大学生3人組が足を踏み入れる。モグライダー芝のようなツッコミがキレキレの細井じゅん氏。常に挙動不審な大宮二郎氏。江原パジャマ氏は全く盛り上がらないトークを武器に安川まりさんを口説くが無論相手にされない。常に怒り口調の星野花菜里さん。店員の堀靖明氏。次に江原パジャマ氏は浅野千鶴さんを見て中学の時好きだった家庭教師に似ていると思う。「どこかでお会いしましたか?」何とはなしに話していると突如超自然的な現象が勃発、巻き込まれてしまう。

笑いに対するアンテナがパラノイアックで鋭敏。完全に気が違った人が正気を失う寸前に残したスレスレの文学。死ぬ程面白いが死ぬ程危険。まさしく「Folie à Deux」(フォリ・ア・ドゥ)=感応精神病。
超満員の駅前劇場、笑いの声が鳴り止まない地響き。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

今年No.1の笑いだったがやはりハプバー脱出の辺りからどうでもいい描写が続く。好みになるんだろうが既視感のある物語の納め方、唐十郎っぽい語り口。自分はこの水戸黄門の印籠みたいな「演劇あるある」が余り好きではない。思考停止してしまう。

『フォーガットン』とは、ジュリアン・ムーアにゲイリー・シニーズと大物俳優をキャスティングした馬鹿映画。息子を事故で亡くして苦しむ母親が、ある日そんな息子は存在しなかったと言われて怒り狂う。写真や記録が全て消え、夫も精神科医も妄想だと決めつける。国家安全保障局が関与している大規模な陰謀で国中で似たような事案が起こっていた。オチは宇宙人が人間の親子の絆に興味を持ち行なっていた実験だったもの。ジュリアン・ムーアが息子を忘れなかった為、実験は失敗に終わり、担当の宇宙人は空の彼方に吹っ飛ばされる。シリアスな語り口でトンデモなオチ。心に余裕がないと楽しめない映画。
※シャマランの『サイン』もこの系でお薦め。今をときめくホアキン・フェニックスがクライマックスで忘れられない名シーンを!

「この世はすべて性癖だ」という悟り。良いも悪いも善も悪もそもそもない。救いも絶望もない。ブルーハーツも歌っていた。「確かなものは欲望だけさ。100%の確率なのさ」。
ラストが『THE END OF EVANGELION』の「気持ち悪い」を彷彿とさせる「口臭い」。何処まで行っても他人は他人。

「虚構とは何ぞや?」を禅問答的に突き詰めても経つのは時間だけ。筒井康隆は無意識の底に行けるだけ行こうとして発狂しかかった。言葉を使わずに思索した方が良い。言語化すると全てが置き換えられてしまう。
ソーセージ

ソーセージ

クオーレ

博品館劇場(東京都)

2024/10/10 (木) ~ 2024/10/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

シェイクスピアの『間違いの喜劇』をショーアップして仕上げたノリの良い喜劇。歌と踊りとギャグがセンスよく炸裂。かなり面白かった。

シラクサ(イタリアの都市)の貿易商人イジーオン(陰山泰氏)はエフェソス(トルコの都市)で身柄を拘束される。不法入国の罪で罰金を払えねば死刑だと。かつてイジーオンは妻と双子の息子、双子の従者と航海をしていた折り、嵐に呑まれ船が難破してしまう。そこから妻と双子(兄)と従者(兄)と離れ離れに。何十年も探し続けたイジーオン、双子(弟)、従者(弟)。到頭情報を得てエフェソスにやって来たのだったが。

双子のアンティフォラス兄に近藤駿太氏。
双子のアンティフォラス弟に阿久根温世氏。
双子の従者ドローミオ兄に芳賀柊斗氏。
双子の従者ドローミオ弟に八神遼介氏。

EBiDANとはスターダスト・プロモーション所属の新人若手男性俳優集団。
その中のユニットのICEx(アイス)から阿久根温世(はるせ)氏と八神遼介氏。
またグループのLienel(リエネル)から芳賀柊斗氏と近藤駿太氏。
駒田一(はじめ)氏はジュリーの真似をする志村けんと高田純次がフュージョンしたようなふざけっぷり。好き放題。
陰山泰氏は大泉滉のようなシルエット。
加藤夕夏さんは元NMB、加藤綾子とみるきーを足したような可愛らしさ。とにかく芸達者。
しゅはまはるみさんは『カメラを止めるな!』でブレイクしたあの女優!
音楽担当の大嶋吾郎氏はYUKIのツアーでギターを弾いているスタジオ・ミュージシャン。多彩な洋楽のエッセンス。

冒頭の語り口の額縁から捻っている。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

阿久根温世氏が雰囲気あって良かった。accessの貴水博之を彷彿。妻の妹(しゅはまはるみさん)を口説くエピソードは要らなかったと思う。
近藤駿太氏はちょっと早口かな。
へカベ、海を渡る

へカベ、海を渡る

清流劇場

上野ストアハウス(東京都)

2024/10/11 (金) ~ 2024/10/14 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

まずビフォアトークという作家(田中孝弥〈あつや〉氏)が作品の解説をする前説がある。これが超面白い。関西弁で古代ギリシア演劇を好き放題ぶった斬る。これ相当面白そうだなと期待はMAX。生ピアノ(仙波宏文氏)の伴奏なんか贅沢に散らして。役者の質も高い。いろんな表情のお面がそこら中にばら撒かれた八百屋舞台。さあ何を見せるのか?

紀元前13世紀に起こったとされるトロイア戦争。アカイア人(古代ギリシア人)によって古代都市イーリオスは滅ぼされた。古代ギリシアのエウリピデスが紀元前424年頃に発表した『ヘカベ』。彼女は滅ぼされたトロイア(現在のトルコ)の最後の王妃。男は皆殺され、女は皆奴隷に。唯一生き残った息子・ポリュドロスは信頼できるトラキア(現在はギリシャ、ブルガリア、トルコに分割されている)の領主に預けて逃がした。だが息子の持つ黄金欲しさに目が眩んだ領主は裏切って殺してしまう。更にこの戦争で亡くなったギリシアの英雄アキレウスの亡霊が生贄を要求。ヘカベの娘、ポリュクセネが捧げられることに。最後に残った二人の子供でさえこの世で生きさせてあげられなかった。全てを呪い全てを憎みこの世の全てに絶望した女。

ヘカベ(日永貴子さん)、ポリュドロス(泉希衣子さん)、ポリュクセネ(趙清香〈チョウ・チョンヒャン〉さん)、ヘカベに仕える侍女(八田麻住さん)。オリジナル・キャラクターである飯炊き女(峯素子さん)、伝令(森島隆博氏)、トラキア領主(辻登志夫氏)、ギリシア軍の総大将アガメムノン(髙口真吾氏)。

ラストはアガメムノンに短刀を突き刺すヘカベで終わる。

余りにもトークが面白かったので流れをぶった斬って作品内に度々登場させてみても面白かった。難解な世界に解説を入れていく作家が段々と物語の中に取り込まれていくような。

ネタバレBOX

歌も細かいギャグもテンポもいい。コロスも仮面も効いている。それだけに関西弁で古代ギリシアの戯曲を演るだけでは物足りなさが残る。自分も体調のせいか集中力を度々欠いてぼんやりしてしまった。

フェデリコ・フェリーニの『サテリコン』という映画がある。紀元前1世紀頃にペトロニウスによって書かれたとされる『サテュリコン』が原作。だが原作は散逸しその壮大な物語の断片しか残されていない。この映画の凄まじいところはその断片だけを繋げたところ。勿論訳が分からない。だが訳が分かるように解釈を加えていないところが作品の素晴らしさに変わる。何か壮大な大河小説の途中数ページだけを読んだような不思議な感覚。未だにあれは何だったんだ?と思うことがある。古代の物語はその訳の分からなさこそが面白さの本質である。

復讐の連鎖を断ち切る方法論を提示するのかと期待したが、やはり昔も今も人間のやることは何ら変わらないという無常観のみ。ただ生き物は憎しみを恨みを晴らすだけ、他に選択の余地などない。地獄行きの冥府魔道をただ黙々と無表情で行進する。本当にそれだけなのか?

次回、東京で公演を打つならまた観てみたいと思う。イスラエルが最終戦争を覚悟している今、ヘカベの叫びに力がないと。「ああ、無力な存在の不幸な嘆きね」で終わらせてる場合ではない。
売り言葉

売り言葉

平体まひろひとり芝居

雑遊(東京都)

2024/10/10 (木) ~ 2024/10/14 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鮮烈な体験。平体まひろさんのファンなら極上の空間。もう一回観たい気もする程良かった。舞台を挟んで3列ずつの客席。映画のセット並みに作り込まれた部屋。本棚には絵画写真美術演劇の専門書の類がビッシリ並び気分は美大生。開演前SEで流れる洋楽が病んだビートルズみたいな妙なポップさ。細かくいろんな場所に仕込まれた照明がノイズ音と共に明滅する演出が効果的。現実に押し潰されて認識が狂っていく自分。

話は高村智恵子、明治生まれで昭和13年に亡くなる。肩書は一応洋画家だが大成せず。夫である詩人、高村光太郎の書いた『智恵子抄』で彼女を知った人が殆どであろう。精神を病み今肺結核で死んで逝かんとする妻。最期に檸檬を欲した彼女がガリリとそれを噛んだ時、瞬間元の智恵子に戻り微かに笑う。高村光太郎の「レモン哀歌」は宮沢賢治の「永訣の朝」、「あめゆじゆとてちてけんじや」と並び日本人の深層心理に深く刻み込まれた愛する者との美しき別れの元型。誰もがその美しさに涙する···、筈だった。

こういうのを演ってこういうのを観る、というのが原初的演劇体験。間違えてゴダールの『気狂いピエロ』を観てしまった子供みたいな。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

これはガキの頃に観たかったと思った。頭がクラクラしただろう。一人の若い女優が狭いハコで泣き笑い狂い叫んで人を愛す。高村光太郎の封じた美しく重い棺桶の蓋を中から無理矢理こじ開ける高村智恵子。若い時分はこういうのを浴びた方が良い。演劇の初期衝動。トラウマPUNK。

2021年1月公演の『東京原子核クラブ』で平体まひろさんを知ったのだと思う。黒木華のようになりそうだな、と思った。もう好き放題やって欲しい。誰にも何にも捕まるな。「犬だ〜」。
兄妹どんぶり

兄妹どんぶり

劇団道学先生

新宿シアタートップス(東京都)

2024/10/09 (水) ~ 2024/10/15 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

『無頼の女房』を観て、やっぱり青山勝氏の演出力はずば抜けているなと再認識。かんのひとみさんだけを頼りに何となくチケットを購入。これが万馬券。荒み切った心の砂漠を潤してくれる恵みの雨。金を払ってでも観るべき芝居とはこれだ。騙されたと思って観に行って頂きたい。帰りに物販で散財したくなる筈。故・中島淳彦氏にRespect。このクラスの脚本を出されたら文句のつけようがない。ただただ感心。凄い作品だ。

主演の演歌歌手を目指す少女は初舞台!?の宏菜(ひろな)さん。随分歌上手い女優だなあと思っていたが本業は弾き語りのシンガーソングライター。ちょっと度肝を抜かれた。若き日の新垣里沙や高畑充希、蒼井優系の清純派の田舎娘だが歌い始めると観客の心を鷲掴み。よくこんな娘を見付けてきたもんだ。

そのマネージャーで義理の兄でもある佐藤銀平氏は佐藤B作氏の息子!もう見事と言うしかない絶品の話術。圧倒された。つかこうへい節の角番の男を舞台に鮮烈に刻み付ける。

時代は平成元年(1989年)、東京の下町にある居酒屋「歌声」。元音楽プロデューサーだった旦那(佐藤達氏)と店を切り盛りする女将(かんのひとみさん)のもとに兄妹(佐藤銀平氏&宏菜さん)がやって来る。「天才的な歌声を持つ妹をプロの演歌歌手にする為、裸一貫大阪から上京して来た。ついてはしばらくここで働かせてくれ」と。そこに元教師(藤崎卓也氏)率いる商店街のアマチュア・コーラス・グループが稽古にやって来る。昼間は店を稽古場として提供していたのだ。頼まれた妹は彼等に混じり歌声を響かせる。フォーク・ソングにかなり小節(こぶし)を回して・・・。

各役者の役に仕込んだ細かなキャラ設定が抜群に味になる。
佐藤達氏のちょっとゲイっぽい仕草とか巧妙。
芸能プロダクション社長、板垣雄亮(ゆうすけ)氏は何かとボブルヘッド人形のように頭を左右に揺らす癖。
消えた演歌の天才作曲家、ジョージ相原役の宮地大介氏。これがへべれけの志村喬や由利徹のようでヨロヨロ歩くコミカルな動作が場内を爆笑に叩き込む。お見事!
藤崎卓也氏が身にまとう笑いのセンスは自分の大好物。この斉木しげる系の笑いを求めていた。
気田睦(けたむつみ)氏が咥えているのは禁煙パイポだろうか?水道橋博士を思わせる表情。
菅沼岳氏はBEGIN寄せ。
夫の佐藤銀平氏を追って上京して来た妻の山像(やまがた)かおりさんがまた最高。きっちり物語を構えてみせる。
酔ったかんのひとみさんが忘れられない見せ場を作る。

美空ひばりの曲が効果的に使われる。ひばりが亡くなったのはこの年の6月24日。美空ひばりの『みだれ髪』は最早文学の域にまで達している傑作だと思う。
是非観に行って頂きたい。そして宏菜さんのCDを買って欲しい。

ネタバレBOX

何となく『寝取られ宗介』を思い出した。
ビール大が180円とは安すぎだろう。それで煮込みが400円なのは何か高すぎる。

『兄妹(きょうだい)どんぶり』というタイトルがイマイチで、新規の客寄せに弱い。
現代韓国演劇2作品上演「最後の面会」「少年Bが住む家」

現代韓国演劇2作品上演「最後の面会」「少年Bが住む家」

名取事務所

小劇場B1(東京都)

2024/10/04 (金) ~ 2024/10/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『少年Bが住む家』

ある韓国の田舎町、自動車修理店を営む家。母親(鬼頭典子さん)、父親(横山祥二氏)、20歳の息子デファン(八頭司悠友〈やとうじゆうすけ〉氏)が朝食を囲んでいる。変に気遣った妙な雰囲気。向かいの家に引っ越して来た妊婦の奥さん(横幕和美さん)が挨拶に訪れると、慌ててデファンは屋根裏に隠れる。奥さんの職業は講師で父母教育のワークショップの勧誘をする。家族がより良く在る為にはそれぞれの役割を改めて学ぶ教育こそが必要だと。その話に目の色を変えて食いつく母親。胡散臭く思う父親は話を打ち切って帰らせる。ソウルに暮らす28歳の娘ユナ(森川由樹さん)から電話、「サプライズがあるの!」と。帰郷して来るらしい。

韓国のチープな歌謡曲が場面転換ごとに流れる。日本だと昭和50年代位の雰囲気。

少年凶悪犯罪を犯した息子を持つ家庭。地元では白眼視され陰口を叩かれているが父親は意地でも引っ越さなかった。被害者遺族に謝罪したいものの面会を拒否されてそのままに。

鬼頭典子さんは流石の芝居。かんのひとみさんとがっぷり四つで絡ませた芝居なんか観てみたい。
猫背でおどおどした吃りのデファン役、八頭司悠友氏は元弾丸ジャッキーのオラキオっぽい。
横山祥二氏もリアル。生活に疲れ果てた悲愴感。
森川由樹さんは韓国人女性っぽい。パックのシーンが良い。
横幕和美さんは有能なコメディリリーフ。
厳しく冷徹な保護観察官役の藤田一真氏は松岡修造と秋山成勲のブレンド。実にいいムードを作っていた。
少年B役の中田翔真氏は衝撃的なシーンを刻み付ける。デイヴィッド・リンチ作品やラース・フォン・トリアーの『ハウス・ジャック・ビルト』を連想させる狂気。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

作者はイ・ボラム。T-ARAにチョン・ボラムという娘がいて、Bo-Ramという名前は出生当時ヒットしていた『ランボー/怒りの脱出』(Rambo)から父親が名付けたと昔聞いた。他にもボラムという名前はよく見るのでそれか本当だったら凄い話。

14歳、中学生の時に同級生をリンチ殺人したデファン。穴に死体遺棄して少年院に懲役7年。模範囚として一年半早く仮釈放、自動車修理店を営む実家に戻る。毎週保護観察官(藤田一真氏)が面談に来る。父親は自分の仕事を手伝わせて一人前の修理工にしようとする。母親は息子がこんな事件を起こしたのは自分の育て方に責任があったのだとずっと自身を責め続けている。姉は被害者家族が済州(チェジュ)島で暮らすことをFacebookで知り、謝罪の機会を設けようと考える。デファンは事件当時の自分、少年B(中田翔真氏)の幻影に今も悩まされている。少年Bは親友を殺めたデファンを許さない。死んで詫びるしかないと責め立てる。自殺以外に罪を償う方法はない、と。到頭デファンは首を吊る。

詳細がハッキリしないリンチ殺人。仲間達のルールでは家族の話が御法度だった。家族(ヒューマニズム)への愛憎がより残虐な行為を生む。強く在る為には弱い奴を残酷に踏み躙らなくてはならない。ヒューマニズムを克服せねば。

保護観察官の語る、旧約聖書の「ヤコブの相撲」のエピソード。双子の兄を裏切り故郷を捨て社会的成功を収めたヤコブ。数十年後、兄に謝罪して和解する為に故郷へと戻る旅につく。苛まれる罪の意識の恐怖に怯えながら。夜、川の畔で眠っていると突然神の使いに襲われる。夜明けまで一晩中格闘したヤコブは決して諦めず負けなかった。神の使いは「お前の名前は今日からイスラエル(神と闘う者)だ」と天啓を授ける。
ここでの「神」とはどうしようもない「宿命」のことだろう。自分ではどうにも出来ない運命を「これこそが自分の人生である」と受け入れて生きること。それが「神と闘う者」の意味なのだろう。

筋肉少女帯の『戦え!何を!?人生を!』が脳裏に流れ出す。人を殺して服役していた男が出所。絶望の果てにふと灯りが点くように気付く。この全ては自分に与えられた運命だ。何も選びようがなかった。これこそが自分に与えられた役割だ。否も応もなく世界でただ一つ、これが俺の人生だ。自分に割り当てられた宿命を受け入れた時、人は心から自由になる。やるべきことが見える。

デファンは死にきれず病院に担ぎ込まれる。退院後、被害者遺族に謝罪に行きたいと家族に告げる。ただの自己満足か?遺族の心は癒えないよ。それでもデファンは謝罪したいと言う。許されない罪を許して貰おうとは思わない。ただページをめくらなくてはいけない。

いろいろ考えさせられる作品であったことは間違いない。だが作品の完成度としては疑問が残る。それぞれの役に対する役者の作り込みが凄いのだが何か作品全体としてはバラバラに見えてしまう。皆独り芝居で勝手に自分語りをしているような。最高の食材を用意したのだがただ鍋に突っ込んでごった煮にしてしまったような勿体無さ。何か最後までこの家族の物語にのめり込めなかった。一つ一つのエピソードがバラバラにばら撒かれているような。
真空プール

真空プール

劇団フィータル

北とぴあ ペガサスホール(東京都)

2024/10/06 (日) ~ 2024/10/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

タイトルとチラシのイメージでかなり陰々滅々たる作品を想像していた。若松孝二監督・内田裕也主演の『水のないプール』は「仙台クロロホルム連続暴行魔事件」の映画化だった。しかも劇団名フィータルは胎児の意味。現実に窒息しそうな者達の喘ぎ声叫び声過呼吸SOSをイメージ。

コロナ禍の地方病院で実際に勤務していた作家のリアルな体験記。開演前と終演後に挨拶した作家(ジェシカ)さんは惣田紗莉渚っぽい、ほんわかした人。舞台が開幕するとミュージカルのように踊りながら笑顔で役者達が舞台美術をセット。愛知県豊橋市の三河弁が炸裂する。5年一貫看護学校を卒業するニ人、看護師国家試験に合格出来るか不安。二人共見事合格。安齋彩音さんと赤石さくらさん。配属された病院に待ち受ける厳しい新人指導担当の山本蓮さん、主任の宮本順子さん。主任の娘の同期にさとうあかりさん。男性看護師の関秀斗氏は陽キャなパリピ。研修医の坂本七秋氏も同期。これが普通に日常をめくるだけなのだが妙に面白い。特に何の事件も起きない。明るくて好感の持てる作風は東京向き。かるがも団地みたいに支持されそう。多分次来る時はもっと観客が期待大で待ち構えている。

夜、スナックでバイトしている安齋彩音さん、そこのママの渡邉理衣さんがいい味。凄く既視感があったのだが思い出せなかった。
宮本順子さんは宝塚顔。
関秀斗氏はありがちなキャラだがハマリ役。バカっぽさとパチンカスが嫌味にならない。
赤石さくらさんと坂本七秋氏のエピソードも巧い。
私利私欲を感じさせるキャラが全く出てこなかったことが観劇後の爽快感に繋がったのかも知れない。
面白かった。

ネタバレBOX

役者が歌い踊りながら場面転換するのは新しい。脇を固める役者皆楽しそうに演っているのでこの作家は凄腕。パチンコのシーンも良かった。
SKE48のメンバーで名前を決めているんじゃないかと勘繰ったが千恵だけ分からなかった。

まず量子ゆらぎ(不確定性)があった。次にインフレーション(急激な膨張)、そしてビッグバン(超高温の火の玉)。宇宙の誕生、その初めにあったゆらぎ。
ゆらぎの中を歩いていく皆。

開幕と終演の時に流れた曲が印象的だった。「月明かりが楽しいね」みたいな歌。
現代韓国演劇2作品上演「最後の面会」「少年Bが住む家」

現代韓国演劇2作品上演「最後の面会」「少年Bが住む家」

名取事務所

小劇場B1(東京都)

2024/10/04 (金) ~ 2024/10/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

『最後の面会』

流石の傑作。これを日本人ではなく韓国人が記したことが文化の強度を物語る。日本人はこんな話、もう誰も求めてはいない。日本人が欲しいのは手が届く恋愛物語と成功物語だけ。この国の教育はきっと完成されたのだろう。支配層の理想通りに。

刑務所の面会室、机の上に仕切りのアクリル板のみ。死刑囚と面会人はシーンによって位置を入れ替えもする。客席に背を向けて座る手前側の者の表情は板に反射して映る。ステージの角の隅に丸椅子が一つずつ。二人の刑務官はかつての父親になったり、事件を起こす前の自分になったりする。

オウム真理教、死刑囚林泰男(山口眞司氏)。
長文の熱意溢れる手紙を送り面会に漕ぎ着けた女性ルポライター(佐藤あかりさん)。
若き日の林泰男を演ずる奥田一平氏。
国鉄職員だった生真面目な林泰男の父に髙井康行氏。

大学を卒業しバックパッカーとして世界中を放浪。帰国後、「オウム神仙の会」(後のオウム真理教)と出会う。自己の救済の為に解脱を果たし、その上で衆生(全人類)の救済に至ろうと考えた。最終的にはこの道こそがこの世の全ての人間が苦しみから解放される唯一の方法だと信じた。幾多もの事件を重ねたオウム真理教、教団本部への強制捜査が間近に迫り、捜査の撹乱を狙って大きなテロを計画。1995年3月、5人の信者が走る地下鉄車内で神経ガス・サリンを散布。霞ヶ関駅に勤める官僚の通勤ラッシュを狙って午前8時、サリンの入ったビニール袋を床に置き、先端を削った傘で穴を開けて逃亡。死者14名、負傷者6300人。林泰男だけサリンを3袋持ち込んだ為、逃亡指名手配中に「殺人マシン」との呼び名が付く。麻原彰晃奪還の為に手段を選ばない狂信的テロリストのイメージ。

この世を良くしたいと思った。苦しんでいる人達を救いたいと思った。誰もが公平に平等に生きる喜びを享受出来る世界に。その為には自分を犠牲にしようと。

山口眞司氏は今一番旬な役者。出演する作品全て見逃す訳にはいかない問題作ばかり。こんな凄い存在をリアルタイムで味わえる幸福。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

韓国人作家が林泰男に注目したのは彼が在日朝鮮人だったから。高校受験の為、戸籍謄本を取り寄せるまで彼はその事実を知らなかった。

麻原彰晃は自衛隊にいる在日朝鮮人、被差別部落出身者のリストを入手して個別に勧誘したという。その時の殺し文句は「私は盲で朝鮮人の血と部落出身の三重苦を背負って生きてきた。お前の苦しみは一番私が理解してやれる」だった。(『新潮45』で読んだ)。

当時の感覚を伝えたい。
1994年6月、長野県松本市で「松本サリン事件」が発生。謎の毒ガス「サリン」の散布により住宅街で7人死亡。付近で731部隊の展示会があったことからそれとの関連性が指摘された。当時の感覚では何かよく分からない時事ネタ。「魔法使いサリン」なんて普通にネタにされ、忌野清志郎率いるTIMERSは「バラ撒けサリン」と武道館で大合唱させていた。みんなそんな感じ。オウム真理教はふざけた宗教団体のイメージで織田無道とか「こんなん出ました」の泉アツノ・ライン、バラエティー枠だった。
明けて1995年1月、阪神・淡路大震災が発生。それも東京ではリアリティーがなく、どこか遠くの出来事のようにブラウン管を眺めた。3月、地下鉄サリン事件が発生。職場でテレビを見てすぐに『太陽を盗んだ男』を連想。原爆の代わりにサリンを撒いたんだと思った。こんな世の中、ぶっ壊しちまえと皆思っていたので周りはただ面白がった。二日後、ガスマスクを着けカナリアの入った籠を下げた捜査員がオウム真理教の施設を強制捜査。その辺から現実感が失せ、何だか誰かの妄想の中に取り込まれたような感覚。新聞TV週刊誌、プロレスの煽りのような刺激的な惹句が躍る。じゃあ今まで自分達が握り締めていた筈の現実感とはそもそも何だったのか?夢の中で茫洋とする感覚。何が正しくて何が間違っているのか?オウム真理教関連の書物を貪り読み、自分は入信していた可能性があると気付いてゾッとした。

オウム真理教絡みで一番衝撃を受けた作品は山本直樹の漫画『ビリーバーズ』。(映画化されたらしいがそれは観ていない)。今作の作家、キム・ミンジョンさんにも是非読んで貰いたい。

ラストが要らない。こんな話が欲しい訳ではない。他国ではオチが必要なのだろうが、日本ではそんなものは不必要。日本なら麻原彰晃を肯定する話の方がよっぽどショッキング。ラストは観なかったことにした。
広い世界のほとりに

広い世界のほとりに

劇団昴

あうるすぽっと(東京都)

2024/10/02 (水) ~ 2024/10/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「広い世界のほとりに、独り佇みもの思えば、恋も名誉も無に沈む」19世紀のロマン主義詩人ジョン・キーツ。
この世界、実は何も無いと気付いた詩人が吐いた溜息。だが何かあるのでは?無の中にまだ何かあるのでは?足掻いた英国の劇作家サイモン・スティーヴンスの書き殴った戯曲が今作。果たして何か有ったのだろうか?それは観劇した者それぞれの胸の内。
開演前にはモリッシーの曲が流れている。

ホームズ家の三世代家族の人間模様。個人で独立して工務店をやっているピーター(江崎泰介氏)、妻のアリス(落合るみさん)。リタイアしたが時々手伝ってくれるピーターの父親チャーリー(金尾哲夫氏)、妻のエレン(姉崎公美さん)夫妻は近くに住んでいる。ピーターの息子、18のアレックス(笹井達規氏)、15のクリストファー(福田匡伸氏)。
アレックスはドイツ人の彼女、サラ(賀原美空〈みく〉さん)が出来て家に泊まらせる。クリストファーは一目で彼女に夢中になる。アレックスとサラは二人で家を出てロンドンで暮らそうと考える。何気なく家族の生活に落ちた小さな石ころが波紋となり、遂には家族の存在の核にまで届き揺さぶっていく。

休憩10分込みで2時間50分。
ハッキリ言って前半は退屈。だが休憩後の後半がまるで違う作品のように面白い。これを味わわないのは実に勿体ない。落合るみさんがどんどんどんどんイイ女になっていく。恋バナの時の表情なんか少女のよう。どこの国もこの年代の女性がキーパーソンなんだな。
主人公ピーターに家の修繕の依頼をする妊婦スーザン(舞山裕子さん)もいい味。ピーターの誰にも言えない心の痛みをずっと静かに聞いてあげる。
観客も世界もいつしかピーターのどうしようもない心象風景に同期していく。
杉山至氏の舞台美術に照明の田中祐太氏が投げ掛ける光。影の形を練って作った造形なのだろう。伸びる影のフォルムが見事な演出となっている。登場人物達の心情を伝える光と影の演出。
この戯曲の本国での評価は各世代の纏った痛切なリアリティーなんだと思う。それぞれの抱えたやり切れなさ。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

「私の前で汚い言葉を使わないで!」
妻に夫が手を上げた、ただそれだけで大事件になる英国文化。日本人の感覚だと別に大したことではない不思議。逆に英国ではドラッグなんて朝ティーを飲む感覚でガキ共皆やっているのに日本だと社会生命の抹殺。金尾哲夫氏の酒がないとどうにもやり切れない悲哀。

冒頭はバスに乗っている二人、笹井達規氏と賀原美空さん。このシーンのニュアンスがよく伝わらなかった。導入としては失敗。前半は居眠り客が多かった。弟の事故死の後、アレックスは帰郷しなかったのか?そこもよく分からない。

ロンドンの屑ジャンキー、ポール役の赤江隼平氏、家を全焼させてしまい刑務所行き。
ジョン役須々田浩伎(すすたひろき)氏も印象に残る。過失がないとはいえ息子を車で撥ねて殺してしまった男。母親にとってその絶対に相容れない筈の男に惹かれていく不思議。

英国マンチェスターのストックポートが舞台。やはりスミスやOASISの曲を流したい。前半は音楽で賑やかにやるべきだったかも。個人的には曲で空気を醸成した方が良かった。

Oasis 『I'm Outta Time』

もし俺が落ちていくんだとして、君は拍手を送ってくれるだろうか?それとも皆の後ろに隠れてしまうのか?
だって離れなきゃならなくなったとしても、ずっと俺の心の中に君は居続けるんだ
RTA・インマイ・ラヴァー

RTA・インマイ・ラヴァー

東京にこにこちゃん

駅前劇場(東京都)

2024/10/02 (水) ~ 2024/10/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

作家・萩田頌豊与(はぎたつぐとよ)氏の飽くなき姿勢にビンビン来る。(何故かスターダスト・プロモーション所属になった)。ある種の狂気すら感じる。独特の会話ギャグがノンストップで炸裂。初日に集った若い観客等は待ってましたの爆笑の連続。面白かろうがつまらなかろうが思い付いたこと全部ぶち込む姿勢を全面的に支持。とにかく手を伸ばしている。その先に手を伸ばしている。何でだか判らないがひたすら手を。何が正解かなんて誰にも解らない。その手を伸ばす情熱に興奮している。

主演の前田悠雅さんは綺麗すぎて怖ろしくなる程だった。ファンは全公演全通する位で丁度いい。そのぐらいの価値は断然ある舞台。損はさせない。一体全体もう I don't know!

野上篤史氏は独特なキャラ。
木下もくめさんは気が違っている。
藤本美也子さんは長身。
立川がじら氏は設楽統っぽい喋り方。
高畑遊さんはいつも通り。
てっぺい右利き氏の安定感、段々大物っぽい雰囲気に。
加藤美佐江さんは訳が分からない。

やたらスピードを競い合う世の中で何をやるにもノロマで何事も決めかねる主人公。主人公達の小学校の教室の風景から恋や部活の青春模様、成長物語が描かれていく。だが何とは言えぬ違和感が少しずつ覆い始めるとあっという間に世界は一変してしまう。
今作のテーマは「バグ」(プログラム上のミス)。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

RTA(リアルタイムアタック)というゲームをクリアするスピードを競う競技がある。バグ(プログラム上のミス)を使った裏技でチート(不正行為)OKの何でもあり。
1996年、ゲームボーイ用ソフト『ポケットモンスター 赤・緑』が発売。開発会社のプログラマーが販売元の任天堂に無断で入れたプログラムのバグ。151匹目のポケモン、隠しデータ「ミュウ」。この実話エピソードが物語に深く関係する。

個人的に興奮したのが浅草九劇にて『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!』の再演のチラシ。自分的にはイマイチだった作品が故に逆に気になる。観に行こう。「爍綽(しゃくしゃく)と」とは、女優・佐久間麻由さんの企画ソロユニット。

※バグでゲームを攻略するアイディアの流用でこの世の摂理もバグですり抜けようとするラスト。世界もゲームもその本質は変わらないという論理。
グローバル・ベイビー・ファクトリー

グローバル・ベイビー・ファクトリー

劇団印象-indian elephant-

座・高円寺2(東京都)

2024/09/30 (月) ~ 2024/09/30 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

凄まじい傑作。
東京演劇アンサンブルの『彼女たちの断片』と同じ系譜。
どうしたって女性にしか語れない問題、“出産”の核にあるものを掘り起こす。リーディング公演というよりもクラウドファンディング目的の読み合わせのようにも感じた。作品は完璧に完成している。誰か映画化してくれ。ト書きの通りに実際の公演の模様を容易く思い浮かべることが出来る。(実際、2014年3月に調布市せんがわ劇場にて公演済み)。いや、これ観たい。ラストをどう持っていくのかずっと気になっていたが成程!

ギッチリ入った観客。テーマに対しての関心は高い。自分の子供を残す行為、DNAのバトンを未来に託すリレー、生物の本能。だが日本の現状は少子化の止まらない進行による超高齢化社会。2024年現在にて65歳以上の人口の割合は29.3%。間違いなく機能不全に陥る日本社会。未来の話ではなく今の現実だ。

主演・砂子役の佐野美千子さんが最高。(砂子と名付ける親もどうかと思うが)。美人のキャリア・ウーマン、男を必要としない稼ぎ。全てを持っているが37歳という年齢に不安を覚えていく。父親(太田宏氏)、母親(佐野美幸さん)のプレッシャーに負けてお見合いパーティーに。(父親の台詞「ま〜わ〜り〜く〜ど〜く〜」が秀逸)。そこで出会った脚フェチの容器メーカー営業、佐藤滋氏と結婚。腹部に違和感を感じ、産婦人科へ。妊娠五週目だったが子宮頸がんと診断され子宮全摘出へ。これでもう自分の子供を持てなくなった絶望感。そこに現れた最後の希望、代理母出産。

佐藤滋氏はゴン中山似。
親戚の「結婚しないの」合唱団が素晴らしい。メチャクチャ完成されたコーラス。
ト書きから卵子のクジャク、代理母の一人、ラストの赤ん坊まで演じた笹良まゆさんが芸達者。
インド人代理母、ナジマ・ヴァグラを演じた大久保眞希さんも名演。ヒンディー語映画『愛するがゆえに』の主題歌、アリジット・シンの「Tum Hi Ho」を皆で歌うシーンは絶品。

挿入される精子スキヤキ(太田宏氏)と卵子クジャク(笹良まゆさん)のエピソードが作品を多面的なものにしている。善悪ではなく事実の提示。
「子供が欲しい」が「血の繋がった子供が欲しい」になり、今では「自分達のDNAを持った子供が欲しい」に。DNAなんて皆知らない方が良かったのかも。子供の意味合いが変わってしまった。

泣けるシーンが多々ある。妊娠していた自分、胎児ごと殺して子宮を摘出しなければいけない自分。手に入った筈のものを知った時から痛切に迫る欠落感。狂おしい程この欠落感に悩まされる。

今回カットされたシーンは佐藤滋氏の新鮮な精子を採るコミカルな場面。

ネタバレBOX

やはり光通信御曹司、重田光時氏(当時24歳)の騒動を思い出す。2014年、タイのコンドミニアムにて代理母に産ませた9人の赤ん坊が保護された。タイ当局は人身売買や臓器売買の目的を疑って捜査。だが裁判の末、重田光時氏の親権が認められ引き取られていった。他にも7人の赤ん坊、インドで産ませた2人もいるという。皆重田光時氏の精子と白人女性の卵子の受精卵からつくられたハーフ。捜査当時世話をしていた母親を名乗る27歳の日本人女性は性転換をした元男性で重田光時氏のパートナー。代理母一人に100万円以上払い当時で総額6000万円程注ぎ込んでいたという。自分名義の資産が100億円以上あった彼は大量に自分のDNAを持った子供を欲した。毎年子供を可能な限り作ろうと。あれから10年、どうなったのか?
自分が愛し信ずるのは自身のDNAのみ、という宗教にも近い信念。自分のDNAで世界を埋め尽くしていこうという野望。突拍子もないが感心する。

この作家もこの事件に刺激を受けたらしく、男性から描く代理出産ビジネスとして、2015年8月『グローバル・ベイビーファクトリー2〜Global Baby Factory2〜』を公演。これも観たい。

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