ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

1-20件 / 852件中
くちづけ

くちづけ

タクフェス

サンシャイン劇場(東京都)

2025/11/28 (金) ~ 2025/12/07 (日)上演中

実演鑑賞

満足度★★★

冒頭、ワイドショーでのニュース映像が流れる。宮根誠司氏がキャスター。漫画家、愛情いっぽんさんの娘が遺体で発見。警察は自殺と事故の両面で捜査中。

埼玉県本庄市、開業医の浜谷健司氏は自腹で知的障害者自立支援の為のグループホーム「ひまわり荘」を運営している。妻の鈴木紗理奈さん、娘の宮城弥生さんは家族ぐるみで協力。世話人(家政婦)として働く小川菜摘さん。新たに住み込みのボランティアとして金田明夫氏がやって来る。障害のある娘のマコ=石田亜佑美さんを連れて。金田明夫氏は30年前、愛情いっぽんという名で売れっ子漫画家。ヒット作「長万部くん」は未だに根強い人気。「ひまわり荘」で暮らすうーやん=宅間孝行氏、下川恭平氏、久井正樹氏、町田萌香さん(軽度の知的障害がある181cmの長身モデル。今作はオーディションに訪れた彼女との出会いに運命を感じ、役を新たに作ったそうだ)。
うーやんと人見知りだったマコは次第に妙に打ち解けて仲良くなる。いつしか結婚の約束まで。

うーやん役の宅間孝行氏はつぶやきシローとチョコプラ松尾を足したみたい。「〜なんですか?」が口癖。
うーやんの妹、智ちゃんは加藤里保菜さん。可愛い。
金田明夫氏は原口あきまさとヨネスケを足したような感じ。
石田亜佑美さんは元モー娘。。
ギャルの神月(こうづき)柚莉愛さんは憎まれ役を一手に担う大変な役回り。
タウン誌の編集者は松本幸大氏。
優しい警察官は上田堪大(かんだい)氏。見せ場あり。

映画化もされた宅間孝行氏の代表作。金田明夫氏&宅間孝行氏オリジナル・キャストでやるのは今回が最後とのこと。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

開演前の客いじり。会場の小学生の子にインタビューをする。「タクフェス何回目?」「出演者の中に好きな役者はいる?」一人の子供が「梅沢富美男」と答えどっと受ける。ハマカーンの浜谷健司氏が「いやあ、今日は出ない日なんだ」と弄る。子供が出演者でもない、しかも高齢の渋いタレントの名前を挙げる面白さ。
本編、突如アドリブで浜谷健司氏が梅沢富美男のモノマネをぶっ込む。その唐突さに面食らう役者陣。浜谷健司氏は会場の一人の小学生の為に無理矢理やり通した。
カーテンコール、「好き放題やりやがって」と突っ込む宅間孝行氏。申し訳なさそうに小川菜摘さんが口を挟む。「実は梅沢富美男さんとは何度も共演して親しくさせて頂いていて、今日奥様来られています。」騒然とする壇上と会場。慌てふためく浜谷健司氏。梅沢富美男の奥さんは「似てました。面白かったです。」とコメント。大盛り上がり。

小川菜摘さんは「結果発表〜!!」からの浜田雅功ネタを出し惜しみなく炸裂。ゴリラの縫いぐるみを持って来てゴリラの好きな所を聞かれると「たまにサッポロ一番とか作ってくれるの」とのろける。
終演後、日本語ペラペラの外人集団が大興奮。「ナマ菜摘だよ!」知らない友人に彼女の旦那がダウンタウンの浜田雅功で日本で如何に凄い人なのかをスマホを駆使し熱弁を振るって説明。余りにも感覚が日本人なので驚いた。

正直、知的障害者の描き方が余り好きなものでなく、距離を置いて観ていた。幼い子供達みたいな描き方が好きじゃない。だがその裏に隠された余りにもシリアスなテーマには驚く。「京都認知症母殺害心中未遂事件」等と同じ今では珍しくない介護疲れと生活苦による尊属殺人。自分の死期が迫り、障害のある子供を残していけず無理心中的に殺してしまう。超高齢社会と社会経済的不安により、今後似たような事案はもっと増えていくことだろう。弱者は生まれて来ない方が良かったのか?この問い掛けは永遠に続く人間のテーマ。会場は涙を拭う人が多く、自分が守ってやるべき人間を力不足で守ってやれない哀しみが充満。自分にもっと力があったなら。もっと財力があったなら。もっと強い心があったなら。大好きな人間を死なせたりしないのに。見捨てたりしないのに。だが力がない。自分自身さえ守れない。自分の弱さを憎みぐっと手を伸ばす。自分自身を殺すようにぐっと。
あたらしいエクスプロージョン

あたらしいエクスプロージョン

CoRich舞台芸術!プロデュース

新宿シアタートップス(東京都)

2025/11/28 (金) ~ 2025/12/02 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

久我美子の『また逢う日まで』ネタだと何故か勝手に思っていた。(実際には日本初のキスシーン映画は『はたちの青春』だそうだ)。
舞台上はドレッシングルーム。幾つもある可動式クローゼットには沢山の服が掛けられている。役者がやって来てそれぞれメイクや着替えを始める。金子侑加さんは噛んでいたガムを捨て口紅を塗る。浜崎香帆さんがルームウェア風ミニスカートを履こうとして客席に目を遣り、舞台前の白い幕を閉めてスタート。演出家得意の見立てが炸裂するステージ。全てが見立て、物はない。舌をコッコッと皆が鳴らす。それがいつしか雨音となる。

生演奏の島田大翼(だいすけ)氏は凄腕。CDかと思った歌声が生だった。
浜崎香帆さんは元女子プロレスラーの愛川ゆず季っぽい。

撮れない映画を気持ちだけでも撮ろうとする話。撮ることが決して叶わないことは解っているのにその行けるギリギリにまで近付きたい、みたいな。叶わぬ夢が叶わないことを知っていて尚夢見る人間の性。無理を承知で夢想する。その気持ちに意味が生まれる。人間はその物でなく、それを欲しがる人々の感情に突き動かされる生き物。

ネタバレBOX

①杵山康茂の映画作りメンバー
杵山康茂(鈴木裕樹氏) 映画監督。戦時中は戦意高揚映画を撮っていた。情熱はあるが才能はない。
今岡昇太(秋本雄基氏) 助監督。戦争から唯一生き残って帰国。
野田富美子(浜崎香帆さん) パンパンの振りして客を後ろから殴りつけて身ぐるみ剝がす美人局強盗。主演女優をお願いされる。頭で考えることを信じず人の発する臭いで物事を判断する。
カスミ(金子侑加さん) 富美子のパンパン仲間。左目に眼帯。
アザミ(段隆作氏) 男娼。
貞野寛一(段隆作氏) 食べ残しの生ゴミを煮て煮ぼうとう屋をやっている。富美子に惚れている。
石王時子(金子侑加さん) この御時世に35ミリ?16ミリ?の映画用カメラを所持する。闇屋。

②月島右蔵の映画作りメンバー
月島右蔵(猪俣三四郎氏) 剣戟(けんげき)映画の主演兼監督で人気を集めた。
近藤金剛地(鈴木裕樹氏) 月島の片腕的存在。プロデューサー?
柚木灘子(金子侑加さん) 女優。
坊やの哲(段隆作氏) 月島組の下っ端。

③GHQ
デヴィッド・コンデ(秋本雄基氏) GHQ民間情報教育局に属し映画の製作禁止条項を審査。日本の映画会社に労働組合の結成を奨励。実はアメリカ共産党員であり、後に更迭され国外退去処分に。
マイク・サカタ(猪俣三四郎氏氏) コンデの通訳。
裁判長(金子侑加さん)
弁護士(浜崎香帆さん)

6人で服を取っ替え引っ替え帽子に眼鏡につけ髭に···とキャラを替えて突き進むドタバタが見もの。着替えが間に合わない場合は服の後ろに立ったり、最悪服だけ動かす。罰ゲームみたいにキャラをやり繰りするが何故か話は伝わる。

演出が天才的で感心するのだが脚本があんまり好きじゃない。つかこうへい節なのかな。これは自分の好みの問題なのでしょうがない。映画と演劇、どちらに興奮するかなんだと思う。自分と作品との距離感。個人的にずっと考え続けるべき問題。ただ役者は魅力的。演劇偏差値の高い場。段隆作氏が作品の肝。
カタブイ、2025

カタブイ、2025

名取事務所

紀伊國屋ホール(東京都)

2025/11/28 (金) ~ 2025/12/07 (日)上演中

予約受付中

実演鑑賞

満足度★★★★

素晴らしい傑作。現在の沖縄を舞台にどんなドラマが展開できるのか予想もつかなかったが納得の脚本。三上智恵監督のドキュメンタリー映画『戦雲(いくさふむ)』にも通じる内容。

升毅(ますたけし)氏がシリーズを通じる主人公、杉浦孝史75歳を演じる。大学時代の恋人、石嶺恵75歳は佐藤直子さん。娘の石嶺智子は古謝(こじゃ)渚さん。孫の石嶺葵は宮城はるのさん。その恋人の陸上自衛隊員、中村悠太に山下瑛司氏。彼の母親、中村敏江に馬渡亜樹さん。町の名士(?)、池原実に当銘由亮(とうめよしあき)氏。

自衛隊員と反基地運動の活動家との邂逅。
『戦雲』でも自衛官と県民との対話がある。県民の根強い不信感に自衛官は答える。「軍が県民を守らなかった前の戦争の過ちを教訓として我々は県民の為に行動します!」

馬渡亜樹さんは体育会系女子。動きや受け答えがハッキリしている。
古謝渚さんと宮城はるのさんは何となく顔立ちが似ていて母娘にふさわしい。
古謝渚さんはどことなく鈴木紗理奈みたいにくっきりした顔立ち。
宮城はるのさんはある種の天才だろう。全く演技を感じさせず自然に素の感覚を出せる。ちょっと松田聖子っぽくも見えた。

三線(さんしん)による演奏と琉球舞踊の優雅さ。「ヒヤミカチ節」が始まると、カチャーシー(祝宴の最後に皆で手を振り上げて自由に踊ること)が外にまで出て延々と続く。『焼肉ドラゴン』を彷彿とさせる名シーン。「ヒヤ ヒヤ ヒヤヒヤヒヤ ヒヤミカチウキリ」(「えい」と言って奮い立とう)。ヒヤ=えいやっ!

ジーマミー(落花生)豆腐=芋餅に近い。
オスプレイが頭上を通る轟音が凄まじい。これが日常か。
戦後の人々の再生に歌と踊りがどれだけ力になったことか。ただの現実逃避だけではない。人の心の再生に力を貸す。
こうなるとカタブイ全3作一挙上演なんかを期待する。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

ラスト、琉装を着て「かせかけ」を舞う宮城はるのさん。恋人に蜻蛉の羽のような薄い着物を作る為、綛(かせ)に巻いた糸をはやまい(筒状の枠)で巻き取っていく。桑野みゆきの『野を駈ける少女 』のラストを思い出した。

当銘由亮氏のキャラが良い。「綺麗事、綺麗事。何も変わらないし何の意味もない。」
デモや座り込み、抗議活動に何の未来もなく、地域住民の無駄な対立を煽るだけ。長年の暮らしから全てを馬鹿馬鹿しく感じてしまっている。そんなことよりもっと沖縄の為になることに力を注ぐべきだ、と。こういう本音を言う登場人物がいるお陰で観客は楽になる。

いや、結果を生む事だけが意味ではない。あの時の気持ちを確認する為の儀式でもいい。戦争で地獄の煮え湯を飲まされた沖縄県民。あの時の気持ちを決して忘れてはならない。どんなに時間が経っても大切なことは何も変わらない。二度とこの地に戦争を持ち込ませないこと。その為に戦う。平和とは戦いのことだ。

正解なんか何処にもない世界。いつかその日は来るのだろう。その時、悔いるのか?あの時、ああしておけばと。沖縄の問題を考えることは実は日本の未来に直結しているのかも知れない。興味深い観点。「試してみないと分からないじゃない。」
彼方の島たちの話

彼方の島たちの話

ヌトミック

シアタートラム(東京都)

2025/11/22 (土) ~ 2025/11/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『ガラスの動物園』が衝撃的だったのでヌトミックにも興味を持った。観ていてNOKKOみたいに派手に踊る女優(原田つむぎさん)がローラだったことに気付いて驚く。東野良平氏の登場で盛り上がったが作品をぶち壊すまでにはいかず。凄く伝え辛い感覚をいろんな方法を模索して無理矢理表現しようとした作品。自問自答しながら途中で打ち消したり話をやめたり、ギターを爪弾いたりディストーション・ノイズを起こしたりやめたり、親子の関係性を謝ったりやめたり、忘れていたことを思い出したりやっぱり否定したり。Public Image Ltdの「Fodderstompf」を聴いた時の感覚。

ネタバレBOX

実験作なのか失敗作なのか。楽器演奏抜きで演ったらどう見えたのか?ただのつまらない繰り返しか。範宙遊泳の『心の声など聞こえるか』でも思ったが曲が中途半端。効果音と劇伴の扱い。もう曲で勝負して欲しい。PiLの「METAL BOX」のようにやってくれたら文句なし。曲がメインで演劇は彩るエピソード位で丁度いい。

15年前、離婚した父親(金沢青児氏)から携帯に電話が掛かってくる。友達と3人で海に遊びに来ていた稲継美保さんは出なかった。かき氷を食べていたから。その後すぐ、父親は日本海に面した自殺の名所の崖で飛び降り自殺。父が大好きだった新作缶ビールを買ってその崖にお供えに行く。夜の9時、そこに片桐はいりさんが飛び降りようと立つ。「待って!」と止める。一度はとどまったものの結局飛び降りてしまったようだ。片桐はいりさんの娘(原田つむぎさん)は海外にいて、メールで自殺することを知らされたがどうにも出来なかった。1万年前にここで飛び降り自殺したムー(東野良平氏)が現れる。ムー大陸とかアトランティス大陸をイメージしたような服装。ムーは寝ている父親(長沼航〈わたる〉氏)の左腕を刺し、逃げ出して自殺した。父親への異常な恐怖心。父親トキサカは黒人ハーフのような風貌で崖を彷徨って自殺志願者に「待て!」と言い続けている。原田つむぎさんが弾き語りで歌う「彼方の島たちの話」が良い曲。父親が船を呼び皆を乗せて島に向かう。着いたのは家、誰の胸の心にも残されているそれぞれの家。稲継美保さんは思い出す。昔、フェリーでラムネを父親に買って貰ったが転んで海に落としてしまった。怒った父親は母親を殴打する。娘をきちんと見ておかなかったお前の管理不行き届きだと。アル中でDV癖の父親はいつも母親を泣かせた。その夜、稲継美保さんは父親を殺そうと思う。だが出来なかった。結局両親は離婚してアル中の父親はどうしようもなくなって自殺した。ここは死者達の意見交換会。ずっと同じ所、同じ気持ちをぐるぐる回っているだけ。どれだけ時間を掛けても執着は剝がれない。死んでいない者達が演奏を続ける。ギターの細井徳太郎氏、ベースの石垣陽菜さん、ドラムの渡健人氏。石垣陽菜さんがキャッチーなベースラインを繰り返す曲が良かった。こういう話にはベースが合う。ジャー・ウォブルのように世界を低音で支配して欲しい。渡健人氏は昔の知り合いに似ていた。

台本とバンドへの指示が文字で全て背後に表示されるのだが逆効果では。役者は丸暗記した台詞を言っているだけだし、バンドの演奏は全く指示と合っていない。
フルモデルチェンジ

フルモデルチェンジ

劇団フルタ丸

STスポット(神奈川県)

2025/11/28 (金) ~ 2025/11/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

客入れSE、N'夙川BOYS「プラネットマジック 」がBARBEE BOYSみたいで良かった。中山うりカヴァーの「月の爆撃機」も。

政府の関与する自己変革プログラム、治験モニターとして3人が参加。十日間、マンションのような施設に閉じ込められて暮らす。演者各々キャスター付きの演台と張扇のような物を持つ。一日一つのお題が出され、それぞれ音読し考える。各人、他の二人の観察日記を付けなくてはいけない。
篠原友紀さんは学校の教師、いつも他人と自分を比べて回る。
山田伊久磨氏はTVのプロデューサー、バラエティ担当。自己啓発本マニア。パエリア好き。
真帆さんは「絶対に変わらなくては」と強い決意。流されやすい弱い性格を変えなくては。

後ろに英語字幕がずっと流れる。

精神的な話の為、流れるのはアンビエントな曲。これに弱い人は居眠りしそうな雰囲気。自己啓発系の面白さは自分の価値観を変えられるんじゃないか?との期待。世界や人の見え方が変われば面白い。

真帆さんの表情がBARBEE BOYSの杏子っぽい感じがして好感。

ネタバレBOX

真帆さんは結婚出産、ファミレスでパートを始める。そこで若い男に口説かれて流されてゆく。浮気がバレ離婚。息子も取られた。男にも捨てられた。どうしたらいいか途方に暮れている夜道、交通誘導員の男が道を指し示してくれる。

①ポケットに手を入れて「ここには何もない」と言う。
②鏡を見て「誰?」と訊く。
③ため息をついたら2回深く息を吸う。
④捨てたゴミを自分だと思う。
⑤嘘で自分を褒める。
⑥怒るとお金が貰える。
⑦自分はもうここにはいない。
⑧否定と肯定を繰り返す。
⑨カッコイイ程、カッコ悪いことはない。
⑩0は100、100は0。

最終日に見る夢。
篠原友紀さんは卒業式の日に生徒達に自分の本心を打ち明ける。他人と自分を比べる生き方のつまらなさ。
山田伊久磨氏はライバル視していた社長のスキャンダルを自分のアイディアで救おうとする。
真帆さんは交通誘導員をしていると別れた夫と息子と見知らぬ女が歩いて来るのに出くわす。息子への複雑な想い。誘導灯をヲタ芸のように高速で振り回す。

この作家の特徴は登場人物の心境の変化。何だかどうしてか心境が変わっている。駄目な自分を受け入れることが出来るように。駄目な世界を受け入れることが出来るように。
一九一四大非常

一九一四大非常

劇団桟敷童子

すみだパークシアター倉(東京都)

2025/11/25 (火) ~ 2025/12/07 (日)上演中

実演鑑賞

満足度★★★★

流れるのはベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章。どうしようもない宿命のレールの上、粛々とそれを受け入れるしかない人間の群れ。もう変えようのない過去の人々。今それを振り返っている自分も先の世界から見れば同じ存在。逃れようのないレールの上をただ黙々と歩んでいく恐怖。どんどんどろろ、どんどろろ。

1950年代に中東やアフリカで巨大油田が発見、石油の低価格での提供が可能となり、1962年に日本でも石炭から石油へとエネルギー政策が転換。(第三次エネルギー革命)。「黒いダイヤモンド」と称された石炭の時代は終焉。用が失くなれば邪魔なゴミ。それが時代の宿命。

福岡県田川郡にある三菱方城炭鉱は三菱鉱業の主力鉱として栄えた。昇降機で地下270mまで縦坑を降り、そこから横に延びた坑道を掘り進めていく。270mは50階建て高層ビルの高さ。その深さの地底に推定1249人が働いていたと言われる。1914年(大正3年)12月15日午前9時40分、方城大非常(三菱方城炭坑ガス大爆発)。抗内用のトーマス式安全灯に気密不充分の物があり、侵入した石炭粉が引火したものとされる。生存者は僅か18名。

炭鉱夫は身体中を黒く汚す為、何役も兼ねる人は脚にあらかじめ汚してあるシアータイツを着用。顔を汚したり洗ったり大変な現場だ。

小学校の教師役板垣桃子さん。梁瀬農園の娘!チャーミングな眼鏡にのんのような髪型、学校の人気者の可愛らしい先生。

余所者の稲葉能敬氏と妊婦の長嶺安奈さん夫婦。
長嶺さんの妹の大手忍さんと許婚の藤澤壮嗣氏。
瀬戸純哉氏ともりちえさん(実際の夫婦!)は籍は入れていない。二人共腕が立つ。
柴田林太郎氏と川原洋子さん夫婦と姪の井上莉沙さん。

鈴木めぐみさんも流石。夏蜜柑を掻き集める。

炭鉱会社の救助隊中野英樹氏は佐藤允とRINGSの成瀬昌由を足したような苦味。三人の息子が炭鉱に降りている山本あさみさん。半狂乱の母親を収める為、「自分が必ず息子さん達を救出します。」と約束してしまう。気持ちには気持ちで応えるしかない。一酸化炭素の充満する地獄に夏蜜柑の皮を咥えて降りて行く。最早理屈じゃ何も出来ない。神頼みだ。

MVPは中野英樹氏、山本あさみさん、もりちえさん。無論、集団芸術として皆で成立させているのは承知。
中野英樹氏の抱え込んだ無数の痛みと山本あさみさんの無理を承知の足掻き、骨噛み、もりちえさんのいぶし銀の生きる術。

この劇団は皆にどうにか観て貰いたいが、表現しようとするものが文学の地平の為、人によっては消化し辛いだろう。熊井啓映画の貫禄。伝えようと試むものがデカ過ぎる。今こんな劇団があってこんな役者達がこんなことを訴え続けている事実。これは黒澤映画と同じできちんと評価し後世に残さないといけない。こんなもん再現不可能。今、観るしかない。後の世にこんな劇団があったなんて聞かされてもしょうがない。
「ご安全に。」

ネタバレBOX

初めて坑道に降りた井上莉沙さんが地獄でおかしくなる。真っ暗闇の坑内で「星が見える!」と繰り返す。皆、ガスを吸って頭がおかしくなったといなす。だがその死の瞬間、坑内は星空でまみれる。余りにも美しい光がそこらここらで発光。この為だけの舞台美術が尊い。富野由悠季ISM。無数の星空に囲まれて死んでいく。

自分がこの作家の作品にのめり込むのは白土三平の血が流れているからだと思った。人間は皆平等、生命に貴賤などはない。生きることはそもそもが素晴らしい。現実には色々な物事に阻害されてその素晴らしさを見失ってしまう。汚れで覆われてしまう。だが生命の本質は何一つ変わりはしない。生きていることを素晴らしいと感じ取れる毎日こそが幸福。どうにか創意工夫してその毎日を獲得して欲しい。その生命への真っ直ぐな姿勢こそが正しさ。塗りたくられた泥を剥がし、洗い落とし、輝かせないと。

※『カムイ伝』にて百姓の正助と非人のナナは恋人同士だった。百姓と非人の分断を謀る支配層の企みによってナナは百姓により輪姦され自殺しようとする。裸になってナナを説得する正助。正助は村人の前で人間は皆平等であることを宣言する。身分なんて本当は何処にも存在しない。そして非人のナナを愛していることを。
これを当時「ガロ」の連載で読んだ宮崎駿は東映動画の社内にこのページを貼り出す程感動した。自分達がやるべき仕事とはこれである、と。
新版 小栗判官・照手姫

新版 小栗判官・照手姫

横浜ボートシアター

座・高円寺1(東京都)

2025/11/26 (水) ~ 2025/11/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

客層は分からないがガッチリ詰め掛けていた。当日パンフに英訳も付いていたので外人も多いのかも知れない。伝統芸能を観る感覚なのか?前回観た『犬』の時と全く別の劇団のようだ。個人的に『小栗判官』の物語に妙に惹かれるものがあるので決定版的なものを観たかった。室町時代に成立した『説経節 小栗判官』は1423年に亡くなった小栗満重がモデルとされている。文字の読めない大衆に対し「唱導」は音韻抑揚や節を用いて比喩や因縁話を物語に込め仏教の教理を大衆に説いたもの。更にささらや三味線を伴奏に「説経節」として文芸化された。今作は説経『をぐり』をほぼ原文そのままに使っている。社会の底辺の者達に仏教を説いた人間の声。それを聴いていた幾千幾万もの魂。何百年も語り継がれる声。癩病患者が熊野本宮湯の峰にて再生を果たす物語。この説経節が世間に流布して大勢の癩病患者が奇跡を求めて湯の峰温泉を詣でた。1931年(昭和6年)に癩予防法が施行され強制的に隔離されるまで、湯の峰温泉には癩病患者が利用出来る入浴施設があり、癩病患者専用の宿屋もあった。

「えーいーさーらーえーいー」
仮面劇で皆舞台に立つ時は基本、仮面を付ける。仮面も口が出るもの、鼻と口が出るもの、完全に隠れたものと3種類。インドネシアの仮面舞踊劇ワヤン・トペンを思わせる。見たこともない楽器が上手下手に並び、出番のない役者陣は演奏に回る。スティールパン、ハンドパン、シンギングボウル、複数のボウルが重なっているような奴とかとんでもない種類。赤ん坊の泣き声はあかご笛。マニアには堪らない世界。

作曲と小栗役の松本利洋氏、ちょっと三上博史っぽい。ありとあらゆる楽器を奏でる。
ヒロイン照手、柿澤あゆみさん。ドラムもバンバン叩く。スタイルが良い。
桐山日登美さんの姥の仮面とコミカルな動きは客席から笑いが起きた。姥はバリ面(伝統面)だった。
かわらじゅん氏の甲高い声が効果的。
人食い馬の鬼鹿毛(おにかげ)。
「一引き引いたは、千僧供養、二引き引いたは、万僧供養」。

客席通路を縦横無尽に歩く。劇場に風穴を開け、時空を超えて魂を迎え交流す。あの時のあの時代のあの連中と心が通じ合うその刹那。
次回も観に行く。

新宿八犬伝  第一巻 ー犬の誕生ー

新宿八犬伝 第一巻 ー犬の誕生ー

流山児★事務所

Space早稲田(東京都)

2025/11/21 (金) ~ 2025/11/25 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

2回目。
騒!乱!情!痴!遊!戯!性!愛!
平井和正(『幻魔大戦』や『アダルト・ウルフガイ』)の原作を唐十郎が戯曲化し、更に石川賢がメチャクチャにコミカライズしたような作品、しかも未完。(雑誌は廃刊)。

リーディングであることを足枷のようにしてみせた演出。台詞を覚えていても敢えてリーディングであることに拘らないといけない。逆説的。

去年の冬の新宿を襲った大火、風俗嬢が何人も犠牲に遭った。傴僂のV・銀太氏がピンサロ嬢(真田雪さん)とプレイ前、たぬき蕎麦の出前を取る。突然化物に変身し(犬の口吻を付けて)子宮を噛み千切る。死体は窓から下界へと落ちてゆく。

山丸莉菜さんは失踪した獣医の旦那の捜索を探偵フィリップ・マーロウ(上田和弘氏)に依頼。事務所には秘書のシャロン(荒木理恵さん)。警部(木下藤次郎氏)は連続子宮切り裂き男を追っている。上田和弘氏は内藤大助似。

ホスト軍団(兼焼肉屋経営)・バイキングと手コキ風俗嬢・深海魚の軍団がいつものように喧嘩。横断幕のようなカンペを皆で向かい合って読みながら怒鳴り合う。ホストの親玉は男装の麗人・皇帝ルドルフ(伊藤弘子さん)。テーマ曲は『風と共に去りぬ』、イメージはレット・バトラー。風俗嬢の親玉はモモコ姫(神原弘之氏)、アンドロジナス(両性具有)。

ヒロイン山丸莉菜さんが適役。失踪した夫を捜す、左目に眼帯をした若奥様、これだけでほぼ満足。劇中歌も良い。グラスに入ったバーボンの中で赤犬が何かを探し続けて彷徨っている。自分の尻尾をその何かと間違えてくるくるくるくる回り続ける。遠吠え。

雲子役橘杏奈さんが体調不良で降板、代役は演出の小林七緒さん。前回観た橘杏奈さんはド迫力だった。
珍子役向後絵梨香さんはホスト共の話を枝毛のチェックでガン無視。
安子役高信(たかのぶ)すみれさんは妙にエロい。
ヴァギ菜役山川美優さんは星井七瀬とだぶる。

レバ刺し役里美和彦氏は色気がある。
ユッケ役本間隆斗氏は万有引力に似合いそう。
ビビンバ役の達(徳永達哉)氏はユライア・フェイバーみたい。
クッパ(山下直哉氏)とヴァギ菜(山川美優さん)は『ロミオとジュリエット』のよう。
キリシマ役V・銀太氏は存在が映画的。
伊藤弘子さんと神原弘之氏が登場すると常連客がどっと沸いた。

面白いんだか面白くないんだかさっぱり判らないが観に行って良かった。山丸莉菜さんの復帰により、流山児★事務所の八犬士は出揃った。誰も顧みない場末の小劇場から世界を変革する狼煙が上がる。

ネタバレBOX

この戯曲を書いている影の滝沢馬琴(甲津拓平氏)と彼に仕える二十九時の姫君(春はるかさん)。新宿で起きた全ての物語は彼の手によるもの。

犬の出前蕎麦。本物の子宮を使わないと物語を孕めない影の滝沢馬琴。犬殺し?の青酸コーラ。夢魔。

誰にも相手にされない陰気な乞食、伏子。フィリピン人の連続殺人鬼、通称イヌを匿う。イヌは警官の銃弾を受け血塗れ。瀕死のイヌは伏子を無理矢理抱いて死ぬ。伏子はイヌの死体から8発の弾丸を抜いてやり、拳銃に込める。ルドルフとモモコ姫がその8発を新宿のアスファルトに撃ち込む。その弾は空に浮かんでバラバラに飛んで行った。新宿八犬士の誕生。

実は『正義』がテーマ。火事の中、ピンサロ嬢(真田雪さん)が口で抜いてやった客の大学生を置いて逃げ出したことにキリシマ(V・銀太氏)は激怒する。「じゃあ正義は何処にある⁉」「正義?そんなもん何処にもありゃしないよ。」

昔、バイオレンス・ジャックは自分の命を担保に復讐を依頼した少年に言った。「これからのお前の人生は俺のものだ。」「心、正しく生きよ」と。少年はこれからずっと自分の中の『正しさ』と向き合って生きていかなくてはならない。

かつて、三池崇史の映画は曼荼羅だと思った。普通、曼荼羅は美しいもの価値のあるもの黄金や絹、高貴なものを使って表現する。逆に三池崇史は血や反吐や糞や死体、拷問、醜くて汚くて目を逸らしたくなる不快なものを使って描く。方法論は違ってもやろうとしていることは同じ。今作も新宿歌舞伎町の曼荼羅だろう。糸を引いた精液と尿の混じった愛液、くしゃくしゃの垢にまみれた千円札と何度洗っても落ちない手に染み付いた生臭い匂い。恥知らずの暴力的なふるまい、人の心を踏み躙って得る快楽。まるで弱い立場の存在を見下して優越感に浸る惨めで醜悪な自分自身を見ているようじゃないか。そこに風が吹く。そこで『正義』が問われる。

悪に染まった八犬士により窮地に陥る山丸莉菜さん。この戯曲の作者である影の滝沢馬琴から八犬士を自由にしようと説得する。「優れた作品は作家の手を離れて既に読者のものである!」と。登場人物が作者を裏切り自由の身に。自分が自分自身を裏切るのだ。

ラスト、レバ刺し(里美和彦氏)とクッパ(山下直哉氏)の殺し合い。「正義とは何だ?」「悪とは何だ?」との答なき問答。結論は「俺達は正義でも悪でもない、ただ吹きすさぶ風だ。」
新宿に風が吹いて、その場で為すべきことをするのみ。
山丸莉菜さんはその名前を伏子だと明かすエピローグ。
真夜中に挽歌

真夜中に挽歌

Y.T.connection

上野ストアハウス(東京都)

2025/11/20 (木) ~ 2025/11/24 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

文学座から『太陽にほえろ!』の主人公に抜擢されてブレイクした若き松田優作。多忙な裏で同期を集めて劇団F企画を作演出で主宰。劇団解散後も、3本の舞台を個人プロデュース。朴李蘭名義だった為知る人ぞ知る話。文学座付属演劇研究所12期生の同期であった野瀬哲男氏とは一生を通じて付き合う兄弟のような関係。1978年11月初演の今作は唯一脚本が残っているものだそうだ。当時主演、とおる役を務めた野瀬哲男氏が演出に回る。

松田美由紀さんのビデオメッセージからスタート。松田優作の唯一無二の魅力はエネルギーだと話す。彼よりも演技が巧い人、ルックスが良い人は幾らでもいるが、彼のようなエネルギー、人に何かを伝えようとするエネルギーが溢れているような人はいないと。自分が松田優作に夢中になったのもそれかも知れない。作品以上のものを提供しようとする有り余るエネルギー。勝新もそうだけれど100で充分の作品に無理矢理1億ぶっ込もうとする。その溢れ返った余剰なエネルギーに心酔するのかも。

冒頭、松田優作っぽい男(上西雄大氏)が無言でステージから客席へと通り過ぎる。

青森から上京して一ヶ月、自動車整備工場で働く青年
とおる(船津祐太氏)。殺風景な倉庫を改装して暮らしている。鎮座したピカピカのバイク。何処からか船の運航する音が聴こえる。やって来た関東狂走連合京浜支部リーダーのジョージ(徳田皓己〈こうき〉氏)とその情婦ハクラン(世森響〈よもりひびき〉さん)。ディスコで知り合った都会に憧れる田舎もんを食い物にしようと企んでいる。ダセえ世間知らずの素朴な田舎もん、東北訛りの腰抜けに現実分からせてやる。

ジョージ186cm、とおる182cm、モデルの世森響さんと、手脚が長いスタイリッシュなダンスが映える。必殺シリーズを現代に置き換え漫画化した「ブラック・エンジェルズ」みたいなルックス。

映画を判ってる人間の作る舞台。しょぼい嘘がない。安っぽい誤魔化しがない。
場内に流れる松田優作の歌がかなり良かった。これは一度ちゃんと聴いた方がいいかも。

船津祐太氏は魅力的な役者。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

前半は退屈な遣り取り。不良が真面目な田舎もんをからかう描写が延々続く。だが時折のダンスシーンやフォトセッションなんかは魅力的。後半、一転してとおるのキャラが変わりいよいよ本筋に。そこに乱入する謎の男(上西雄大氏)、無言で全員ぶっ殺す。発砲音がリアルで良かった。北野武映画に通ずる暴力の無意味性。暴力とは意味不明で圧倒的で全ての人間性を踏み躙る戦車のキャタピラだ。終わった後にいろいろ類推するしか手はないが、今更どうしたってそこに意味などない。松田優作と北野武に通ずるものがある。

松田優作は在日朝鮮人であったことを非常に気にしていた。それがバレると全てはおしまいだと。そんな松田優作が書いた戯曲では不良の出自に拘る。名字が李や知念の奴が日本文化を語るなと。

修学旅行で上京した際、暴走族に轢き殺された弟。弟の復讐の為、とおるは関東狂走連合に所属する連中を地道に一人ずつ殺してきた。謎の男(上西雄大氏)はそんなことお構いなしに皆殺す。その不条理性が作品の味。

アフタートークとして演出の野瀬哲男氏と上西雄大氏(映像劇団テンアンツ主宰)がトーク。松田優作の人気テレビドラマ『探偵物語』の話題。当時、兄貴と心酔する松田優作の運転手兼付き人だった野瀬哲男氏。新宿のロケ現場で松田優作と監督が揉めている。用意された20人のエキストラを帰し、急遽野瀬哲男氏一人にやらせることに。ロケバスに戻った野瀬哲男氏は裸になって背中にマジックで「イレズミ者」と書く。現場に入ると松田優作は大受け。レギュラー化が決まる。そのまま撮影の日々が続いていたがある時居眠り運転で改造したハイエースが大破。電柱が助手席に食い込む程。後部座席で寝ていた松田優作は足を怪我。事務所社長は激怒し野瀬哲男氏は降板。「イレズミ者」は前田哲朗氏に。
「増える部屋」神奈川公演

「増える部屋」神奈川公演

Quno(旧:projecttiyo)

STスポット(神奈川県)

2025/11/20 (木) ~ 2025/11/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

開演前は客席に強いライトが当てられていて舞台がよく見えない。始まると色とりどりのシーツや布が天井から何枚も垂れ下がっている。どうやらこれが沢山の部屋を表現しているようだ。レイヤー(階層)が奥行きとして積み重なっていることをカーテンで表現。雑然と枕やらクッションやらタオルやら洋服やらがそこらここらに散らばっている。時折、突然シーツに投影される「うたビデオ」。ウクタ(北みれいさん)が自撮りしたその時々の気持ちを切り取ったもの。ウクタの瞬間のその気持ちが脈絡なく呟かれる。

西奥瑠菜さんと薮田凜氏の二人芝居。北みれいさん演じるウクタが自分の住んでいるシェアハウスに二人を呼ぶ。三人は大学時代の友人。
西奥瑠菜さんはイベントコーディネーターだが自分の言葉や思いがどうも上手く伝えられず企画はなかなか通らない。
薮田凜氏はコンサル会社勤務でタワマンを買うのが夢。会社の不正の証拠である書類の処分を頼まれて何処かに隠さないといけない。今日が28歳の誕生日。

ウクタの頼みはどっかに行っちゃったシベリアンハスキーの縫いぐるみを見つけて欲しい。増設されていった奇妙な作りの家の為、迷宮のようになっていて何処が何処だか分からない。二人はここが本当にウクタの部屋なのかも分からず住民に確認しようと辺りをうろつく。部屋なのか廊下なのか仕切りも曖昧なラビリンス。いつのまにか誰かの部屋にいて謝罪し、いつのまにか誰もいない部屋で取り残されている。

いろんな人間に出会うのだが互いによく分からないまんま。西奥瑠菜さんと薮田凜氏がひたすら別人役をやり続ける。変装もせずにそのまんま。それが不自然じゃないのが面白い。

妙な面白さ。感触の世界。二人が魅力的。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

生き辛い世界に悩んでいたウクタが人と上手くやれないで悩んでいる連中を呼び集めたシェアハウス。NPO法人のひきこもり支援のような場所。ずっとここに居てもいいし嫌ならここを出て行ってもいい。沢山の人間が自由に共存するシステム。虚構なら理想郷だが現実なら地獄かも。それでも観てる間だけほんの少しでも気分が楽になれればいいんじゃないか。ふっと気が逸らせればいいんじゃないか。そんな演劇。一生懸命引っ越しの準備をしている女性。捨てられなかった物達との別れの区切りが付いた。自分の中で自分の経験を消化すること。今ならここを出て行ける気がする。そんな気持ちを手に入れる為にモラトリアムがあるんだな。最強の武器はその気持ちだ。
THIS HOUSE

THIS HOUSE

JACROW

新宿シアタートップス(東京都)

2025/11/19 (水) ~ 2025/11/25 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

T.REXの「Get It On」の合唱からスタート。
Get it on, bang a gong, get it on
ヤろうぜ、ゴングを鳴らせ、ヤろうぜ。

よっぽどグラム・ロックが好きなんだな、と思っていたがデヴィッド・ボウイの「Rock ‘n’ Roll Suicide」も「Five Years」も戯曲の指定だそうだ。

1974年2月イギリス総選挙にて労働党が政権を握る。全635議席(過半数318議席)中、労働党301議席、保守党297議席、その他36議席。法案を通すには常に少数政党の協力を仰がねばならないギリギリの事態。院内幹事=執行部はあの手この手で政権の維持を図る。

谷仲恵輔氏から幹事長の後継者に指名された熊野善啓氏は労働党政権を維持する為に試行錯誤し苦しみ抜く。自分の器に余りある仕事、だが泣き言を言っても誰も助けてはくれない。次から次へと造反、スキャンダル、病気···、トラブルの雨あられ。

保守党(俗称・トーリー党)、党のカラーは青。中流階級出身が多数。
佐藤貴也氏、今里真氏、小平伸一郎氏。

労働党、党のカラーは赤。労働者階級、労働組合出身が大多数。
谷仲恵輔氏、狩野和馬氏、熊野善啓氏、芦原健介氏、福田真夕さん。

ユージュアル・チャネル(Usual channels)=「通常の経路」と隠語で呼ばれる非公式の取り引き。与党と野党の院内幹事が議会前にするオフレコの打ち合わせ。これがあることで最低限の信頼関係が得られた。

ペアリング(Pairing)=重要な採決に参加出来ない議員がいた場合、ユージュアル・チャネルで互いの欠員数を揃えるように調整する非公式の取り引き。

奇矯な発言と突飛な行動で世間を混乱させる三原一太氏。山里亮太や鈴木もぐらっぽいか。
病身を押し老体に鞭打ち、党に身を捧げる大竹周作氏は大泉滉や本田博太郎っぽい。

どこの国でもやってることは一緒。所詮人間。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

1979年5月の総選挙でマーガレット・サッチャー率いる保守党が政権奪取、初の女性首相に。1990年11月まで11年君臨した。

「Rock ‘n’ Roll Suicide」
Rock ‘n’ Rollの美しい高揚は現実生活との折り合いが付かず自死へと向かう。惨めでナルシシスティックな自己完結。だがボウイはこの歌で必死にそれを阻止しようとする。  

聞いてくれ、苦しんでいるのはお前だけじゃない
お前がどう生きて、何処の誰であって
どんな人生を経てきようがそんなの構わない
この世の全てのナイフにズタズタに切り裂かれる痛み
それは俺も同じなんだ、痛みなら分かち合える
それはお前だけじゃないんだ 

「Five Years」
滅亡まであと5年と宣告された地球。ニュースでそれを知らされた者達が町中でそれぞれの反応を示す。泣いても笑ってもあと5年。5年経ったら皆消えて失くなってしまう。

これを谷仲恵輔氏が真っ赤なスーツで熱唱、美声で聴かせる。イギリスの政権の最長任期が5年である為、解散総選挙さえ阻止すれば5年間政府を維持出来る。労働党の院内幹事達の意地でも5年乗り切ってやる、という歌になっている。

ブルーハーツの「イメージ」のイントロみたいな曲は何だろう?モット・ザ・フープルか?

※イギリスは二院制を採用しているが庶民院(下院)が貴族院(上院)よりも優位とされている。庶民院は選挙で選ばれるが貴族院は貴族の中からの任命制である。

※The Who「無法の世界」
狩場の悲劇

狩場の悲劇

ニ兎社

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2025/11/07 (金) ~ 2025/11/19 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「妻は夫に殺された。妻を殺したのは夫。」
オウムが呪文のように繰り返す。

1884年、24歳のアントン・チェーホフが書いた唯一の長編推理小説。当時はモスクワ大学医学部を卒業し医師になる頃。戯曲で成功するのは1889年。

1880年のある夜、モスクワの新聞社に不意の来客、居眠りをしていた編集長(亀田佳明氏)は驚く。元予審判事(検察官と裁判官の一部を兼ねるような職業)セリョージャ(溝端淳平氏)は三ヶ月前に渡した自作の小説の採否を聞きに来たと。編集長はそんな事忘れていたしそもそも読んでさえいなかった。原稿を返そうとする編集長にセリョージャは今ここで冒頭部分だけでも読んでくれと迫る。自分の経験をもとに実際にあった事件を題材にした稀に見る物語なのだと熱弁。無理矢理原稿を読み上げ始めてしまう。

田舎の予審判事、セリョージャのもとに伯爵(玉置玲央氏)からの使い(ホリユウキ氏)が。伯爵とは昔からの悪友であったがここ二年間、彼がこの地を離れていた為セリョージャは静かな生活を満喫していた。また伯爵の屋敷に行けば酒池肉林、欲望に任せた暴力的な快楽に溺れ込んでしまう。理性で必死に抵抗するも気が付けば屋敷の中。沈鬱な顔をした有能な執事ウルベーニン(佐藤誓氏)、長年屋敷に仕える伯爵の元乳母(水野あやさん)、伯爵の傍に立つ見知らぬ謎のポーランド人、プシェホーツキー(加治将樹氏)。森の小さな家屋には精神を病んだ森番(石井愃一氏)が暮らす。その娘、赤いワンピースを着た19歳の美しいオーレニカ〈=オリガ〉(原田樹里〈きり〉さん)。「私の好きな五月初めの雷雨!」雷についての不思議な歌を歌っている。母が雷に打たれて亡くなったが落雷死は天国に行けるそうだ。自分もいつか雷に打たれて死にたい。誰をも夢中にさせる森の妖精オーレニカとの出逢いが全ての物語の発端。

セリョージャが原稿を読み始めると舞台上でそのままの芝居が始まってしまう。慌てる編集長。ツッコミを入れながらもセリョージャの小説の世界に立ち会う。

溝端淳平氏と亀田佳明氏コンビは『エロイカより愛を込めて』の伯爵とジェイムズ君の遣り取りみたい。このノリとボケとツッコミが作品を愛すべきものにしている。

玉置玲央氏は使い勝手が良い。どう役柄を振っても成立させてくれる。
原田樹里さんは格闘家のRENAに似てる。
加治将樹氏は見事なキャラ作り。

溝端淳平氏は沢田研二全盛期の色香。これは客を呼べるわ。非の打ち所がなかった。これぞスター。男の自分が観ても夢中になる程なのでその筋の女性には堪らんだろう。溝端氏の歌唱力を知らないが沢田研二役でミュージカルを演るべき。日本の耽美派芸能の歴史を世界に!

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

溝端淳平氏と原田樹里さんのキスシーンは舌を絡み合わせた濃厚なもの。それがギャグのように何度も何度も続く。門脇麦ヴァージョンも観たかった。

伯爵の隠し妻ソージャは水野あやさんが兼役。
愛馬ゾーリカ(椅子〉。
ナージェニカ役大西礼芳(あやか)さんの兼役チーナがどんな役だったか思い出せない。
ナージェニカの父親、カリーニン役の時の石井愃一氏は水野晴郎と片岡千恵蔵を足した感じ。
セリョージャの友達でナージェニカを愛するドクトルは岡田地平氏。

ラスト辺りが勿体なく感じる人も多いだろう。もう一つ仕掛けがあった方が美しかった。それでも今作が好きなのは溝端淳平氏のキャラが愛おしいから。この形式で溝端氏の書いてきた別の新作小説を亀田佳明氏、玉置玲央氏と共に聴いていたい。どうにも自制心が弱くすぐ誘惑に負ける優男のピカレスクロマンを。
寺山修司生誕90年記念・第2弾レミングー四畳半の天文学ー

寺山修司生誕90年記念・第2弾レミングー四畳半の天文学ー

演劇実験室◎万有引力

ザ・スズナリ(東京都)

2025/11/14 (金) ~ 2025/11/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

レミングとは北極圏ツンドラに生息するタビネズミ。レミング現象(死の行進)とは個体数が増え過ぎたレミングが本能的に集団で海や川に飛び込んで自殺する種の個体数調整行為のこと。1958年、ディズニー制作のドキュメンタリー映画『白い荒野』で世界的に広まった。だがこれは映画としての面白さを狙ったヤラセであり、実際にはそんな事実はないそうだ···。

今作は寺山修司の最後の演出作品であり天井棧敷の最終作品。「都市とはそこに住む人々の内面を外在化したものである」。この何重もの壁によって他者と隔絶を図る都市は人間の選別と拒絶の象徴。他者を拒絶しないと手に入らない安心。
現実世界の空間は壁によって隔てられているが、壁を無くしてみたところで人間一人ひとりの自意識が壁となって他者を遮る。そこまでして壁を作り守ってきた自身の内面とは実は空っぽ、無であった。人間は無に固執して自我を保つ。実はその執着こそが人間の形そのもの。個人的妄想を守り安心を得る為に必要な壁。

髙橋優太氏、中華屋コック見習いのワン(王)。
小林桂太氏、中華屋コック見習いのツー(通)。二人はアパートに同居している。
髙田恵篤氏、ワンが床下に隠して住まわせている母親。この時代、要らなくなった高齢者は回収業者に引き取られる。見つかって処分されることを恐れて匿っている。サザエさんカット(=モガヘアー)を頭の上にタワシ3個乗せることで再現。キャラが麿赤兒氏そのもの。(2015年のPARCO制作版ではまさに麿赤兒氏が演じていた)。

ある日、突然部屋の壁が無くなりアパートは筒抜けに。パニックになる二人。

隣室に住むのは望遠鏡を持った𫝆村博氏と顔の右半分に大きな赤い痣がある山田桜子さんの兄妹。だが壁が無くなった事には気付かない。(興味を示さない)。山田桜子さんは金星人と交信していると信じている。眠る彼女を夜な夜な性的に悪戯する兄。

いなくなったアパートの住人、出口氏のエピソードが語られていく。

沢山の妄想が世界を侵食していく。誰の話も自分に都合のいい嘘ばかり。無論、俺の話もそうさ。

セーラー服姿の前田倫さんが大きな本を片手にうろついている。口ずさむ歌が綺麗。

「世界の涯てまで連れてって - Come down Moses」(モーゼよ山から降りて来い)

Come down Moses ろくでなし
Come down Moses ろくでなし

take me to the end
to the end of the word
take me to the end
to the end of the word

ネタバレBOX

壁のないアパートでは映画の撮影が始まり、精神病院の治療が始まる。誰もが誰かの妄想に取り込まれていく。

森ようこさん、永遠にカメラの前で演じ続ける往年の大女優・影山影子。20年もの間、映画『鉄路の情熱』の撮影が続いている。(TV番組での再現撮影になったりもする)。発声法が素晴らしい。この声の出し方はもっと評価されるべき。テーブルの下、ブリッジの体勢で逆さまになり舌をベロベロ伸ばして笑う。「事実は死んだ!」

木下瑞穂さん、SMの女王のボンテージ姿の看守と看護婦を両立させる貫禄。
屋根裏の散歩者、飯塚勝之氏とその声である三俣遥河氏。
内山日奈加さん、小林香々さん、若くて魅力的。
囚人、飛田大輔氏と加藤一馬氏。鉄の扉に絵を描いて脱獄しようとしている。

​​狂人の遊戯治療を行なっている開放病棟。ここにいる連中は皆キチガイで俺達は治療の為に話を合わせてやっているのさ。

太陽黒点の穴に向かってレミング共は行進を始める。集団蒸発して水蒸気と消える。

皆妄想の中で自分だけがマトモだと思っていた。狂っているのは周りの奴等の方で、自分はそれに乗っかって合わせてやっているだけなんだと。
壁をすり抜けて逃げ出せ。俺は全ての壁をすり抜けられる。生も死もすり抜けられる。お前等がどうしても手放せなかった自分自身さえもすり抜けてやる。
「とび出すネズミがたった一匹!」

特撮 「ケテルビー」

あなたが希望と認識している最後のものは、
本当は絶望であるのかもしれない。
あなたは目の前にあるものだけを信じ、
その裏にある本質を見い出そうとしなかった。
だから裏切られ打ちひしがれているのだ。
(中略)
そうだ、喜びに見えるものは悲しみで、
愛に見えるものは実は憎しみなのかもしれない。
しかしこの宇宙は闇ではない。
逆に言えば私達が孤独や苦しみと認識しているものは本当は、あたたかな、あたたかな、午後の陽射しであるのかもしれないのだ。

※終わったと思いきや、ステージに東京都の地図が貼られ髙田恵篤氏が観客を呼び込む。それぞれの住んでいる場所にシールを貼らせていく。沢山の客がステージに上がり次々にシールを。それは暗闇で発光する星空のように。
くまむく~閻魔悪餓鬼温泉騒動記~

くまむく~閻魔悪餓鬼温泉騒動記~

カムカムミニキーナ

座・高円寺1(東京都)

2025/11/13 (木) ~ 2025/11/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

和歌山県の熊野温泉。湯治で長期逗留の松村武氏、吉幾三みたい。
まだ赤ん坊だった頃、猟師の母親(長谷部洋子さん)が目を離している隙に熊に襲われる。泣き出す赤ん坊の声に熊は殺すことをやめた。すかさずその熊を撃ち殺す母親。それからずっと松村武氏は自分を殺さず生かしてくれた熊の恩に報いたかった。ある日、青年オグリ(夕輝壽太〈じゅった〉氏)を見かけ、彼こそがあの時の熊だと確信する。魂の転生。誰も信じてはくれないだろうが間違いない。そして彼の口ずさむ唄はあの日の母の子守唄。彼を守ることに生涯を捧げようと決める。

熊のヴィジュアルが劇団鹿殺しっぽい。手にぽっくりを付ける。

温泉宿の若女将、北久保実佑さんは松井玲奈っぽい。娘の桜木雅さん。東京から来ている客、女優の藤田記子さん、付き人の小宮夏奈子さん。

客席三面、延びた通路が四角を囲むステージ。低くなった四角部分が温泉になったりする。

ネタバレBOX

話の作り方と展開が連想ゲームみたいで鴻上尚史とか野田秀樹(?)なんかのスタイル。後半無理矢理帳尻を合わせる奴。第三世代の小劇場ブームとかの系列なのか?ああこの系か···、と思って観てた。松村武氏は俳優としては観て来たがカムカムミニキーナは初めて。観客参加型バラエティ番組演劇。個人的にはジャンルとして好みじゃない。撮影日だったが空席が目立った。途中、女性客が席を立ったが自分も体調が悪かった為、帰るか観るか葛藤した。(ラスト近くが素晴らしいので観て良かった)。

薬の行商人・照手(八嶋智人〈のりと〉氏)は化粧をすると美人(佐藤佳奈子さん)に化ける。松村武氏はオグリと照手を代筆の恋文によって娶らせる。だが照手の姉の策略により、オグリは毒殺され地獄に堕ちる。松村武氏も自害して後を追い、閻魔(八嶋智人氏)に陳情する。閻魔はオグリを餓鬼阿弥として地上に戻す。餓鬼阿弥とは人の情けを借りて生きるしかない癩(らい)病(=ハンセン病)患者。当時、その無惨な風貌から「餓鬼病み」と呼ばれた患者を時宗(浄土宗の一派)の信徒が「餓鬼阿弥」と称したらしい。遠く熊野の湯で湯治するしか治す方法がない。

ここの描写が素晴らしい。餓鬼阿弥のお面を代わる代わる被って皆が差別し皆が差別される。手塚治虫的世界観。「有難うございます。」蝿のたかった癩病患者など誰も関わりたくはない。だが誰かが手を差し伸べ誰かが力になった。それが人間の歴史。正しいも正しくないもない。自分に出来ることが何かあるのならば。善も偽善もない。真実なんかじゃなくていい。誰もが餓鬼阿弥で同じく誰もが餓鬼阿弥を蔑視した。「有難うございます。」餓鬼阿弥は神奈川県藤沢から和歌山県熊野まで無名の人々の見返りのない力添えによって土車で運ばれた。ここ熊野温泉で皆が待っている。

「好きです付き合って」の恋文が良かった。
再生ミセスフィクションズ3

再生ミセスフィクションズ3

Mrs.fictions

武蔵野芸能劇場 小劇場(東京都)

2025/11/13 (木) ~ 2025/11/17 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

劇団の掲げる「人と人とは出会わなくてはならない」とは強烈な理念。
開場するとステージ上に岡野康弘氏が立っている。右腕は毛皮と巨大な蟹の鋏、長い尻尾が生えている。ゲルショッカーによって生み出された合成怪人か?宮内洋と永野をフュージョンしたような男。撮影可(動画不可)。

①『私があなたを好きなのは、生きてることが理由じゃないし』
初演「15 Minutes Made Anniversary」2017年8月

主人公、川鍋知記氏は冒頭既に死んでいる。臨終に居合わせた恋人の熊野ふみさん、母親の久保瑠衣香さん、父親の長井健一氏(秋元康似)の物語。

②『Yankee Go Home(ヤンキー母星に帰る)』
初演「15 Minutes Made Volume8」2010年4月

ヤンキー中学生、風邪を引いている井澤佳奈さんの家が溜まり場。ヒロシエリさんのヤンキー・キャラには感心した。使えない後輩、みしゃむーそさん。皆に崇拝されているヒカル(亀田梨紗さん)は人間じゃない。紅夜叉っぽい。

③『ミセスフィクションズの祭りの準備』
初演「15 Minutes Made Volume12」2015年7月

急遽代役となった大宮二郎氏と片腹年彦氏による『男たちの挽歌』。自分達が駄目じゃないことを証明してやるよ。

④『ミセスフィクションズのメリークリスマス(仮)』
初演「15みうっちMade」2012年12月

ミセスフィクションズのブルジョワ階級三人組、主宰の今村圭佑氏、俳優の岡野康弘氏、作演出の生駒英徳氏(現在は脱退)による労働者階級への幸せのお裾分け。

⑤『ハネムーン(仮)』
2007年未発表

作演出家の岡野康弘氏が客席に頭を下げる。この舞台は上演出来なくなりました。

5篇の短編集。
何だかこの作家、中嶋康太氏のやろうとしている感覚が伝わった。一つの曲を演奏している。だから長篇が余り好きじゃないんだろう。シチュエーションと登場人物の心象風景がリズム。役者はそれぞれの楽器。遣り取りや展開はメロディーとコード進行。台詞が歌詞で伝えたい内容は『また会えたらいいね』。②の作品内の台詞だと「また会えるといいね」。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

①デヴィッド・ロウリーの『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』を想起。死んでシーツを被ったゴーストになってもずっと存在し続ける男の話。妻が家を出て行っていなくなり遙か未来になってもゴーストはそこに存在し続ける。傑作ではないのだが記憶に残る映画。

亡くなった川鍋知記氏が観客に語り掛ける。「私が指を鳴らせば舞台上の時間を飛ばすことが出来ます。よくある演劇の手法ですよね。」ポール牧のようにどんどん指を鳴らし時間を飛ばして未来に行くのだが熊野ふみさんだけは何も変わることがない。作家として成功し「徹子の部屋」に出演、一人二役で黒柳徹子とトークする。(モノマネの出来が秀逸でこれが彼女を配役した理由か?)どれだけ時間を飛ばしても何も変わることのないもの。ソーントン・ワイルダーの『わが町』っぽい。

②ヤンキーのディティールが素晴らしい。ここをぬるくすると只のコントなのだがガチガチに描き込んでいる為芝居になる。ルールを破って地球に降り立った異星人。いよいよ見つかり連れ戻されようとしている。彼はずっとこの星の者共を観察していた。「彼等の抱えたそれぞれの孤独は破滅へと邁進していく。」亀田梨紗さんが綺麗だった。

③向かいの幼稚園から流れる「オバQ音頭」がsmack。山本直樹の漫画の世界。痛みなら分かち合える。

④叶姉妹のような小見美幸さん、豊田可奈子さん、永田佑衣(ゆうい)さんの楽屋トーク。永田佑衣さんは横山由依っぽかった。

⑤女優と男優の二人芝居を上演する筈が金を持ち逃げして彼等が逃げた。返金する金がない為、劇団主宰・作演出の岡野康弘氏が精一杯ステージ上で作品を説明しようと試みる。女優は恋人だったが寝取られてしまった。その逃げて行く二人の後ろ姿が余りにも美しく、自分の書いた傑作戯曲のラストに相応しいものであったこと。これぞ作家冥利に尽きる。全てを失った自分だがまだ「次回作」がある。誰の胸の底にも「次回作」があるんだ。次こそが勝負だ!

筋肉少女帯 「また会えたらいいね」

いつか二人が遠い異国で会っても
もしも二人が地獄なんかで会っても
ゆき過ぎてゆくでしょう 気付きもせずに
(中略)

それでもいつかカーニバルが来て
僕と君がいて黒い猫もいて

また会えたらいいね また会えたらいいね
また会えたらいいね また会えたら!
トミイのスカートからミシンがとびだした話

トミイのスカートからミシンがとびだした話

新国立劇場演劇研修所

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2025/11/11 (火) ~ 2025/11/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

娼婦の流転記と云えば『にっぽん昆虫記』のような作品を想像するが今作はもっと明るく元気。岡本喜八の初期作みたいにカラッとしている。娼婦じゃなくストリッパーだが、作品の雰囲気は『カルメン故郷に帰る』か。井上ひさしの『日本人のへそ』も想起。戦後、パンパンから足を洗った女性から見える世界。

戦後の混乱期、パンパン(売春婦)で貯めた金で当時高級品だったミシンを購入、足を洗って田舎に帰る富子、通称トミイ(大田真喜乃さん)。パンパン仲間と元締めのヤクザの下っ端、流しのギターや顔馴染の刑事なんかが送別会。股ぐらでせっせと稼いだ金がミシンに化けたのだ。男の一人がからかう。「まるで『トミイのスカートからミシンがとびだした話』だな。」

空襲で両親を失ったトミイと弟(森唯人氏)、妹(田村良葉〈かずは〉さん)は提灯屋の伯父(和田壮礼〈たけのり〉氏)、伯母(向井里穂子さん)の家に世話になっていた。東京で成功して地元で洋裁店を開くトミイを皆が歓迎する。新聞記者が取材に来る。敗戦から落ち込んだままの日本を希望の明るい灯りで照らしたい。女一人で成功したニュースが皆を勇気づけるかも知れない。断るトミイだったが無理矢理記事にされてしまう。

東京でパンパンをやって金を稼いだことが写真付きで週刊誌に載る。陰口嫌がらせ落書き誹謗中傷、真面目な弟はグレ出し妹は精神を病む。伯父はトミイを性的な目で見始め、夜這いを繰り返す。この辺り『どですかでん』っぽい。地元の悪ガキの一人、中島一茶氏はカズレーザー系。

地元に居られなくなったトミイは職を転々とする。衛生博覧会で踊る。優しかったパンパン仲間の律子姉(辻坂優宇さん)の言葉を思い出す。「何処にも居られなくなったらいつでもここに戻っておいでよ。」

大田真喜乃さんは面白い女優。物語が進めば進む程魅力的に。サバサバしたトミイのキャラが立ってくる。信仰もしていないのに教会に通って祈る。『罪と罰』のソーニャなんだろうな。細かいことはどうでもいい。大事なことだけ間違えなければ。

現代ならAV女優が引退して帰郷したらSNSで情報を拡散されるような話。堅気の仕事に就こうとしてもずっとネットストーカーに付きまとわれ身元をバラされてしまう。それでも何とか幸せに向かって生きていこうと思う。真っ直ぐな前向きな心だけが自分の武器だ。

THE STAR CLUB 「THE WORLD IS YOURS」

苦境に瀕した時 頼りは悪運だけ
後戻りは不可能 覚悟してやったぜ 信じる事さ

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

流しのギター、菊川斗希氏。戦争中、船が撃沈し海上を板に掴まって漂う。同じくその板に掴まろうとした戦友を振り払い死なせてしまう。それ以来手に感覚が戻らない。確かなものに触れたくてヤクザを刺して殺してしまう。
ヤクザの若い衆(﨑山新大〈しんた〉氏)。
ずっとトミイを探す男・源造(井神崚太〈りょうた〉氏)。
パンパン仲間の目が見えなくなるベス(野仲咲智花さん)。
赤ん坊を産むスガ(千田碧さん)。

前半が単調で退屈、居眠りもいた。後半、大田真喜乃さんの魅力と共に作品も盛り上がっていく。前半に工夫が必要。衛生博覧会なんかはムードが面白かった。寺山修司の『血は立ったまま眠っている』みたいに東映っぽく荒っぽくやればいい。
『はりこみ』

『はりこみ』

殿様ランチ

駅前劇場(東京都)

2025/11/12 (水) ~ 2025/11/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

強盗殺人容疑の主犯が逃亡中。立ち寄りそうな場所ということで元交際相手(今泉舞さん)のマンションの向かいの空き室を借りて刑事達が張り込む。服部ひろとし氏、こくぼつよし氏、相樂孝仁(さがらこうじん)氏。女性の行動を監視する為、彼女の足繁く通うフィットネス・スポーツジムに潜入する刑事(大井川皐月さん)。ジムのオーナーでトレーナーでもある小笠原佳秀氏は女性会員の憧れの的。彼に夢中のはてなさんは半分ストーカー。更なる新人刑事の応援も入り混沌とする現場。

応援に入る斉藤麻衣子さんは正義感が異常に強い女刑事。父親も刑事だったが殉職。独特なファッションセンス。
発達障害の松田龍平みたいな原住達斗氏は父親が大物のキャリア組。
彼の指導を任された園田裕樹氏の困惑。
小笠原佳秀氏は武田修宏っぽい。
警察病院のカウンセリング・アドバイザー、篠原彩さん。この人が裏のMVP。ソフトな受け答えがプロ。
鶴町憲氏はロバート秋山のようなキャラで『絶対に笑ってはいけない』シリーズを彷彿とさせる。

張り込みを続けるマンションの部屋のセットがよく出来ている。前の住人が出て行ってまだハウスクリーニングも済んでいない。跡がある壁紙や妙な生活感。

テンポの良い笑いで会場が沸く。板垣雄亮氏独特のセンス。人物の内面の掘り下げに興味があるのだろう。着眼点がオリジナル。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

MVPは大井川皐月さん。気が強く口の悪い性格のひねた女を好演。周りの男共はげんなりしながら話を収めようとする。原住達斗氏との対決が観たかった。
はてなさんも見事な助演。
冒頭とエピローグにしか登場しない板垣雄亮氏は流石。

張り込みをするが何も起きない作品を観たか読んだかした記憶があってずっとそれが何だったか考えていた。大友克洋とか山本直樹とか、はたまた小説だったか香港映画だったか。日活ロマンポルノ?

玄人筋に高く評価されるキャラ設定と演出。笑いというものの本質を見据えている。もっと基調は憂鬱な世界観であってこそ跳ねる笑いだとも思う。足を洗う決心をしたこくぼつよし氏の心象風景こそ重要。
陽炎座

陽炎座

花組芝居

博品館劇場(東京都)

2025/11/11 (火) ~ 2025/11/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「あやめ十八番」を観ていると「花組芝居」を観なきゃいけない気になる。一度は観ておこう、でも歌舞伎か···、難しそうだな。

人通りのない静まり返った町の寂し気な横丁、何やら聴こえて来る鳴り物の音。何かやっているみたいだな。その音に誘われた一人の男、里神楽の狂言方(作家)である小林大介氏。同じく背広を着込んだ紳士・丸川敬之氏と着物姿の美しい女(ひと)、品子(永澤洋氏)。こんな所に芝居小屋?義太夫、長唄、囃子が揃い、狐(桂憲一氏)、狸(黒澤風太氏)、猫(髙橋凜氏)が踊る。「迷子の迷子の迷子やあい」。探している迷子の名前を聞くと「迷子の迷子のお稲(いな)さんやあい」。享年19の亡くなった娘らしい。その名に覚えがある小林大介氏、そして品子。死んだ娘をどうやって見つけるというのか?帰りたがる丸川敬之氏、筋の先を知りたがる品子。

鈴木清順の『陽炎座』しか知らなかったが、元はこんな話だったとは。非常に面白い芝居。芸に色気がある。次回作も観たい。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

三つ目入道(神田友博氏)が雪女(加納幸和氏)に酌をさせる。雪女は名前をお稲と名乗る。品子がそれに食い付く。

小林大介氏が回想する。器量好しで地元でも評判だったお稲(武市佳久氏)と法学士(押田健史氏)の潰された恋。気が狂い精神病院で死んだお稲。男達に玩具扱いされる女という境涯を代表して品子が怒りを叩き付ける。ここが地獄だろうが魔界だろうが構うものか!

沢山の魂を甕(かめ)に入れて六道の辻の小屋掛け芝居をやらせている狂言方、原川浩明氏。

この芝居の裏方である黒子(武市佳久氏)、お稲との二役なのか?信じられない。

小林大介氏の回想シーンから客席が沈滞ムード。居眠りが目に付くように。ここをもう一工夫するべき。
さらば黄昏

さらば黄昏

阿佐ヶ谷スパイダース

小劇場 楽園(東京都)

2025/11/08 (土) ~ 2025/11/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

〈Ver.B〉

人口500人程の小さな町、踊田(おどりだ)。駐在所に暮らす定年間近の警察官、中村まこと氏。新たに赴任して来た若手、大久保祥太郎氏。町役場の長塚圭史氏。

背景は水墨画のような山の稜線が壁やブラインドに跨って描かれているもの。

MVPは志甫(しほ)まゆ子さん。オープニングから強烈。どんどん話に熱がこもり、いつしか「楽園」の観客にまで話し掛け同意を求める。圧倒的話術で観客は虜に。
そして中村まこと氏と村岡希美さんのワードがなかなか出て来ない掛け合いトーク。アドリヴのように見えるがきっちり脚本なのだろう。もう芸だな。

観客の想像力を刺激する構成。阪本順治の『トカレフ』みたい。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

昔観たヴィゴ・モーテンセン主演の『ヒストリー・オブ・バイオレンス』の感じで観ていた。クライマックス、西部劇調の曲が掛かると「やっぱり」と思った。

※前半はやたらスローペースで進むので眠気と戦う観客もいた。大物ロックバンドがライブハウス・ツアーをやる感じ?こんな狭い所で俺達が味わえるなんて感謝しろよ、的な?なんて斜に構えていたが駐在所のシーンで作家の本気に気付く。これは狙ってやってるな。(それまでは何かのギャグだと思ってた)。印象的なのが大久保祥太郎氏の連発する「これ映画じゃないですか?今、映画の中にいます?」と辺りをキョロキョロする行動。虚構の中で役割を求められている登場人物の感覚。一体、俺は何の役だ?

25年前、放火殺人事件を起こし刑務所に入っていた男、犬塚が仮出所したらしい。ヤクザなのか半グレなのか町を牛耳っていた悪党。当時通報した中山祐一朗氏、父母を殺され全身火傷で生き延びた李千鶴さん、情婦でお腹に子供を宿していた村岡希美さん、30手前の巡査だった中村まこと氏は鉈で暴れる犬塚を拳銃で撃った。それが問題になり辞職。暫くした後、踊田を自ら希望して再採用、7年間勤めた。住民の中には陰口を叩く奴もいた。

中山祐一朗氏の職場に別の町で飲み屋をやっている犬塚の甥が現れる。この町に犬塚と弟とその息子である自分が戻って来ることを匂わせる。その夜、娘(板崎泰帆さん)が自転車で帰宅途中田んぼ道で背後からの車に撥ねられかかる。これは偶然なのか脅しなのか。現場を見に行った巡査の大久保祥太郎氏は暗闇で石をぶつけられて7針縫う。退職して事実婚の李千鶴さんと苫小牧に移住するつもりだった中村まこと氏は一転、町に残ることを決める。誰かがこの町を守らねば。更にまた中山祐一朗氏の娘(板崎泰帆さん)が連絡付かず行方不明。謎の男すやまあきら氏に酒を飲まされ泥酔させられていた。すやまあきら氏は駐在所で大久保氏を挑発。キレた大久保氏は暴力を振るってしまう。それがSNSで拡散され問題になり帰郷して謹慎。大久保氏と婚約中の内藤ゆきさんは犬塚と村岡希美さんの子供であった。大久保氏の実家にその事実を伝える匿名の手紙が。破談になるかもしれない。どんよりした疑心暗鬼と不安に包まれる町。不信感が町を煙らせる。中村まこと氏は住民を集めて町民による防犯パトロール隊の設立を訴える。自分達の町は自分達で守るべきだと。「トイレに行く」と言ってその場を退席する中山祐一朗氏。そのままいなくなる。

時間がすっ飛び、駐在所。中山祐一朗氏は防犯パトロールをして来た帰り。喪服姿の李千鶴さんは知人の葬儀の為に久方振りに踊田に戻って来たそうだ。苫小牧にて用務員と農作業をする中村まこと氏の近況。駐在所に暮らす大久保祥太郎氏は内藤ゆきさんと結婚して娘が産まれていた。

全て中山祐一朗氏の狂言じゃないのか?と思って観ていた。犬塚絡みの話は全て中山祐一朗氏発信。内藤ゆきさんに会った時の狼狽ぶりもおかしい。だがずっと怯えてきた男が覚悟を決めて犬塚に会いに行き、直接話を付けたということなのだろう。「この町は俺達が守る、あんた(中村まこと氏)は行ってくれ。」
李千鶴さんの喪服姿からエピローグが始まるので観客に不安を抱かせるミスリードは流石。

「言葉の西部劇」として正義を語るまでには至っていない。重要な足りないパーツがある。中村まこと氏の心の闇か?誰にも言えない罪の意識か?人に理解して貰えない孤独感か?それでもやらざるを得ない過去の償いか?西部劇を観客に味わわせる為に必要なパーツ。何の価値もなかった正義が一瞬にして巨大な価値へと燃え上がること。登場人物の心のテーマ曲が観客にまで確かに聴こえること。
存在証明

存在証明

劇団俳優座

シアタートラム(東京都)

2025/11/08 (土) ~ 2025/11/15 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ミステリー好きなら堪らない傑作。海外戯曲だと思っていたが長田育恵さんのオリジナルとは!眞鍋卓嗣氏の演出も冴え渡る。(場面転換のタイミングが決まる)。そして杉山至氏の舞台美術がMVP。背景は直方体で組まれた無機質な壁面。これが収納家具のように引き出されると、忽ち別のセットに早替り。いろんな美術が様々な場所に仕込まれている。トランスフォーマーのような見事さ。黒板にチョークで数式を書き付ける音が響き渡る。

素数について前知識があった方が楽しめる。今作に入りにくい人はそこで躓いていると思う。素数とは自然に存在する数字。その他の数字は素数の合成数である。例えば2、3、5、7は素数であるが4、6、8、9は合成数。4(2×2)、6(2×3)、8(2×2×2)、9(3×3)。素数とはそれ自体で独立しているオリジナルな存在。ドイツの数学者ベルンハルト・リーマンが1859年に立てた仮説「リーマン予想」。素数の出現に規則性があることを予想した。(166年前の仮説が未だに解明されず、証明できた者には100万ドルの賞金が付けられている。更に現在、素数の分布は量子力学における量子カオスのランダムな数値と類似していることが判明。この解明は物理学にまで波及することに)。

主人公は保(たもつ)亜美さん。1977年、精神病院で働く炊事婦。院長(河内浩氏)と理事長(安藤みどりさん)に呼び出され、ある患者(椎名慧都さん)から話を聴き出すことを頼まれる。彼女が選ばれた理由は、父親が高名な数学者ジョン・エデンサー・リトルウッドだった為。

1911年、ケンブリッジ大学のフェロー(研究員)である数学者、ゴッドフレイ・ハロルド・ハーディ(志村史人氏)。人付き合いが悪く頑迷偏屈な男。ある夜、真逆のクリケット選手でもあるスポーツ万能で快活なフェロー、ジョン・エデンサー・リトルウッド(野々山貴之氏)と出会う。クリケットの熱狂的ファンであったハーディはリトルウッドに興味を持つ。二人は共通の課題である「リーマン予想」について夜通し語り合う。この二人だったら世紀の難問も解ける気がした。

二つの年代が同時進行する面白さ。素数の謎を解き明かし、この世界の摂理を我が物とせよ。

雰囲気はショーン・コネリー主演の『薔薇の名前』なんかを思い出した。『イミテーション・ゲーム』というベネディクト・カンバーバッチがアラン・チューリングを演じた作品も思い返していたら、ズバリ、アラン・チューリングも登場する。 

志村史人氏は姜尚中(カン・サンジュン)っぽくカッコイイ。 インテリの色気。
野々山貴之氏は市川猿之助っぽい。

こういうのが観たかった!観ているだけで頭が良くなるような錯覚。数学で世界を宇宙の真理を解き明かし、人間の知性の辿り着ける最果てまで行こう。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

同性愛が秘められたもう一つのテーマ。性行為がなくても好きな奴と一緒に何かをすることは幸せ。

映画にもなった超天才数学者シュリニヴァーサ・ラマヌジャン(山田貢央氏)の登場。独学で数学を極め、余りの天才ぶりに未だに理解不能とされている。「何でこんな事が分かったのか?」と訊かれても「夢の中でナーマギリ女神が教えてくれたのです。」ある種の共感覚(通常は感じられない感覚を生まれつき持ち合わせている知覚現象)とも言われている。

「コンピュータの父」と呼ばれる天才数学者アラン・チューリング(森山智寛氏)。同性愛者だった彼の偽装婚約者ジョーン・クラーク(清水直子さん)。

椎名慧都さんの答える素数は全部本当なのか?暗記したのか?だとしたらそれも狂気。

このページのQRコードです。

拡大