かずの観てきた!クチコミ一覧

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マクベスに告げよー森の女たちの名前を

マクベスに告げよー森の女たちの名前を

MyrtleArts

劇場MOMO(東京都)

2025/10/09 (木) ~ 2025/10/13 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/10/12 (日) 14:00

座席1階

現役精神科医のくるみざわしんによる渾身の一作。身体拘束、虐待、薬漬け、そして死亡退院(院内で死亡した患者のこと。退院したわけではない)。これらの現実が強烈なリアリティーをもって描かれる。もちろん、このような精神病院ばかりではないとは思う。しかし、昨今の精神病院での不祥事連発の状況を見ると、これが現実なのかと思えてくる。

冒頭に出てくるのは、死亡退院した女性患者3人。医療によって生命を絶たれた怨念が充満する。古くからこの病院を経営する「創業家」の院長は、ベッドを埋めて診療報酬を稼ごうという指示を事務長や現場に露骨に言い放つ。ベッドに縛りつけて自由を奪う「身体拘束」について、院長は「拘束しないで、患者さんが逆に自殺したとか、転倒骨折したとかの方が怖い」「治療の一環で拘束しているわけで。心が痛むなんてない」繰り返す。これらのセリフは、日本精神科病院協会の現職会長山崎学氏が新聞記者の取材に応じて答えた言葉がそのまま引用されている。客席を戦慄させる緊迫した会話劇だ。

演出は、劇団桟敷童子の東憲司。見ていて、桟敷童子の舞台かと錯覚するような音響、演出がなされている。しかも、桟敷童子のエース大手忍が、病院を変えていく患者という重要な役どころで本領を発揮している。院長役も桟敷童子で、原口健太郎。マートルアーツと桟敷童子のコラボだからこそ実現した迫真の舞台であることは間違いない。

院長の言葉で、「法律に基づいて拘束している」と何度も出てくる。精神保健福祉法のことだが、舞台後のアフタートークで、くるみざわはこの法律を廃止すべきと主張した。障害者権利条約の真逆を行くような法律で、患者の尊厳をまったく考慮せず利益追求だけで行われている精神科医療の現実を見せつけられた後では、確かにその通りかなとも思う。だが、身体拘束は精神科病院だけでなく、高齢者の医療現場でも普通に行われている。そのお題目は「患者さんの安全確保」で家族などから承諾書をとって行われている。治療のため、安全のためとはいえ、患者を人間扱いしない拘束は珍しくない。厚労省は拘束ゼロをうたっているが、現実はかけ離れている。診療報酬の問題、人手不足。理由はさまざまあるが、これを仕方がないと放置している社会でいいのかと思う。

精神科病院に勤めるくるみさわが、この日のアフタートークで興味深いことを言っていた。患者との対話が治療となる精神科医療の現場で、患者の診療時間が増えると多くの患者をこなせないから診療報酬が減って経営にダメージとなるが、「僕はそうなって病院がつぶれてもいいと思っている」。病院がつぶれたら患者さんは困るのだが、3分診療では病気を治すことはできないということだ。精神保健福祉法の在り方も含め、当事者の意見・経験をじっくり聞いて精神科医療を抜本的に変えなければ。この舞台から一般市民が学べることは多い。見るべし。
 

I, Daniel Blake ―わたしは、ダニエル・ブレイク

I, Daniel Blake ―わたしは、ダニエル・ブレイク

秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場

紀伊國屋ホール(東京都)

2025/09/26 (金) ~ 2025/10/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/09/28 (日) 14:00

座席1階

イギリスと言えば「ゆりかごから墓場まで」の言葉に称される福祉先進国だが、サッチャー政権などを経てとんでもない状態になっているようだ。自己責任を掲げる新自由主義、それに伴う福祉予算削減。貧困対策としてのセーフティネットは形としてはあるものの、そこに容易に到達させない複雑な仕組み、さまざまなバリアを今作では嫌というほど見せつけられる。

だが、これは我が国だってある。先刻最高裁が違法と断じた生活保護政策は、役人が恣意的に調査項目を扱って保護費を削減する根拠に仕立てあげた。役所の窓口が「まだ働けるはずだ。怠けている」などと申請者を追い返す水際作戦はあちこちである。それどこか、保護申請をあたかも税金の食いつぶしのようにはやし立てる世間の空気。これらは舞台でも描かれ、英国も日本も同じ状況だと分かる。
原作者の執筆動機は怒りだという。そのやるせなさ、怒りのパワーが舞台からひしひしと伝わってくる。
映画化はされていたが、これを日本初演で舞台化した青年劇場はまさに、面目躍如。この怒りを、自分は関係ないと通り過ぎようとする一人一人に見てほしい。深刻化する格差社会。誰もが転落する可能性はあり、けして人ごとではないはずだ。

いい舞台だった。きびきびとした役者の動き、キレのいい演出もよかった。

風のやむとき

風のやむとき

演劇集団円

吉祥寺シアター(東京都)

2025/09/27 (土) ~ 2025/10/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/09/27 (土) 14:00

座席1階

演劇集団円の創設者の一人、芥川比呂志の演劇への情熱を後輩たちが戯曲化。劇団創設半世紀の記念企画であり、パンフレットにもある通り若手劇団員たちに創設者の思いを引き継いでいくことが狙いだ。劇団の歴史を伝承する舞台で、どちらかというと劇団員自身に向けたやや内向きの舞台であるが、若手俳優たちも多数出演。芥川の実像を伝える舞台としては興味深い。

芥川は病を抱えながら演劇人生を生きた。泉鏡花の「夜叉ヶ池」は劇団で唯一の演出作品であり、池袋のサンシャイン劇場のこけら落とし演目だったという。今作では、病を押して無理を重ねながら、上演に至るまでのさまざまな出来事が明らかにされる。蜷川幸雄など著名な演出家らが実名で登場するのもおもしろい。

蜷川もそうだったが、舞台制作では演出家は一大権力者だ。しかも、芥川は劇団創設者。昭和という時代背景もあって、そのワンマンぶりは控えめな表現だったとは思うが十分に伝わってくる。蜷川は瞬間湯沸かし器のように怒りを爆発させることもあったが、芥川もそうだったのかもしれない。
今回の舞台は芥川3兄弟ら家族や劇団員たちの姿が描かれ、群像劇に仕上がっている。だが、芥川の演出ぶりがどうであったかを詳しく知ることはできない。それは本筋ではないのかもしれないが、彼の演出のどこがすごいのか、どんなところが客席の魂を揺さぶったのか、もう少し表現されていてもよかったのではないか。「夜叉ヶ池」にしても、仮に蜷川がやっていたらどんな舞台になったのか、興味をひかれるところだ。

ザ・ポルターガイスト

ザ・ポルターガイスト

石井光三オフィス

本多劇場(東京都)

2025/09/14 (日) ~ 2025/09/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/09/21 (日) 14:00

座席1階

見事な一人芝居だった。パンフレットによると、初めての一人芝居だったという。十数人に及ぶ登場人物を声色、視線、身振り、体の動きなど役者として使えるすべてを動員して明確に演じ分けていた。先人も書いていた通り、本来はかなりの人数で演じられる舞台を、村井良太独り占めで楽しめる、ファンとしてはたまらない舞台だったろう。ミュージカルなどで名を上げ名優として数えられるようになったと思うが、村井はまた一つ、役者としてのステップを上がったのではないか。ラストのスタンディングオベーションはそれへの賛辞だったと思うし、彼が去り際に見せた柔らかな笑顔は大きな達成感を表現していたと思う。村井を抜擢したプロモーションは慧眼だった。

主人公は画家のサーシャ。姪の誕生日パーティーに呼ばれたのだが、その出席メンバーが彼女の心をかき乱すような連中なので本当は出席したくない。だが、パートナーに促されて車に乗る。そのあたりからサーシャの心の叫びを、さらに会話も同時に演じ出し、観客を巻き込んでいった。
村井の芝居にくぎ付けになっている客席からは大きな笑いが何度も起きる。心の叫びは怒りや憤りがメーンだが、圧巻なのは最終版。ここでのサーシャの姿は感動的である。

「バリモア」を演じた仲代達也がこんな趣旨のことを言っていた。一人芝居は役者の人生がすべて盛り込まれ、その力が舞台を支えるのだと。まさに、村井もこんな心境だったのだろうかと、最後の笑顔を見て思った。

The Breath of Life

The Breath of Life

serial number(風琴工房改め)

OFF OFFシアター(東京都)

2025/09/10 (水) ~ 2025/09/17 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/08/26 (火) 14:00

座席1階

詩森ろばが今後3年間にわたって女性の2人芝居をやっていくという。今作はその第一弾。舞台には登場しない男性の元妻、元恋人の2人による会話劇だ。2時間を超える長丁場で迫真の会話をし続けた俳優二人にまずは拍手。第三弾は書下ろしを予定しているという。

イギリスの小さな島にある海が見える家に訪ねてくる女性。この家の住人がやや年上の元恋人、訪ねてくるのが元妻だ。最初はとてもつっけんどんな元恋人だが、話が進行していくと、やり手弁護士の男性は今、新たな若い恋人と新たな人生を歩もうとしていることが分かる。弾き飛ばされた形の二人の女性。それぞれの男性との生活、出会いの経緯や胸の内などが語られていく。元妻は小説家、元恋人は研究者というキャリアで、会話のスタイルがとても知的であるせいか、最後までとげとげしい印象が抜けきれない感じ。感情を抑え、理屈でそれぞれの生活や恋を語っているようにも感じる。

この戯曲の魅力は、女性俳優二人による会話が寄せたり引いたりする波のように、さまざまなトーンを織り交ぜた展開されるところだ。知的な会話で語られる物語は振り返ってみればとても分かりやすいのだが、会話劇にどっぷりつかっている劇中は、難解な香りが漂い、どう展開するのか読めなくなったりする。ここは、舞台上の二人のキャッチボールを素直に味わうのがベストなのだと思う。
女性しか持ち得ないであろうという感覚で書かれていると思いきや、原作者は男性。普段は味わうことがなかなかない、驚きの会話劇である。

わたしのこえがきこえますか

わたしのこえがきこえますか

チーム・クレセント

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2025/09/04 (木) ~ 2025/09/08 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/09/07 (日) 12:30

座席1階

かつて、ろう学校では手話は禁止されていた。口の形を見て相手の言葉を理解する「口話」が推奨されていて、口話習得の妨げになるとされていたからだ。それでも生徒たちの一部には、学校の外で手話を習得しようと努力した。今年6月に手話施策推進法が施行されたが、この舞台はそれから数十年前、優生思想が幅を利かせていた時代の物語だ。

人に優しい物語を紡いできたチームクレセントの自信作だと思う。主人公はろう者の娘なのだが、直接は登場しない。当時は激しい差別やいじめを避けようと、多くの家庭が障害者がいることを隠していた。この舞台でも語られるが、身内の結婚式という晴れ舞台でも「お留守番」で、家族写真に写ることもできないことがあった。この娘の父親は、ろう者同士の夫婦からはろう者が生まれて不幸が連鎖すると信じていて、娘が男性と交際したりましてや結婚など論外だと怒っている。その父親に娘が結婚を認めてもらおうと必死で訴える場面は圧巻だ。客席のあちこちからすすり泣きの声が聞こえた。

今秋にはデフリンピックもあり、聴覚障害への理解・関心が高まる中でのタイムリーな舞台だった。自分が見た日曜午後の回は舞台袖での手話通訳付きで、お客さんの中には耳の不自由な人がたくさんいた。開演前はとても静かで、手話で話す姿があちこちに。カーテンコールでの舞台への賛美も手話で伝える人がたくさんいた。こうした状況が演劇鑑賞では一般的になることを願いたい。
目や耳の不自由な人が一般の人と一緒に楽しめるバリアフリー演劇は少しずつ広まっている。舞台の袖で手話通訳をするのではなく、役者と同じように舞台に上がって行う「舞台手話通訳」もある。実は今作でもそれを期待したのだが、次回はぜひ、舞台手話通訳で見てみたい。

月から抜け出したくて

月から抜け出したくて

劇団銅鑼

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2025/08/23 (土) ~ 2025/08/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/08/24 (日) 14:00

座席1階

劇団銅鑼が東京ハンバーグと初めて組んで行った舞台。罪を背負った人に寄り添って更生を助ける保護司がテーマで、保護司の高齢化や減少が問題になっている実情や、ニセ電話詐欺の闇バイトなど最近の状況を踏まえて丁寧に構成されている。

物語では、高齢のため引退を決意した保護司がかつて自分が担当した男に保護司の職を引き継ごうとする。保護司の仕事を引き受けるかどうかを考えるために、男は保護処分の若者の面接に同席する。現在は小さいながらも工務店の社長を務めす男だが。かつては暴走族の番長。過去の自分を思いながら話を聞き、引き受けるのに前向きかなと思ったが、「自分のような者が人の人生の転換に踏み込むなんて」と葛藤する様子がとてもリアルだった。
リアルと言えば、ニセ電話詐欺の闇バイト勧誘もさもありなんと思う感じで現実味があった。こうした社会派劇に取り組んでいる東京ハンバーグのち密さと、どこか優しいエンディングが特徴の銅鑼が融合すると、こういう舞台になるのだと思う。
保護司と言えば近年、逆恨みをした保護観察処分の男に保護司が殺害された事件が記憶に新しい。今作で登場する保護観察処分の人たちは概して、素直な若者たちだ。保護司ときちんと向き合い、支援を受けることで一歩ずつ前に進んでいく物語だから、あえて事件に触れる必要はないと思う。

劇中、客席のあちこちで涙をふく場面があった。脚本の力強さのなせる業だと思う。かつての銅鑼の舞台では、同じ感動場面でも少し説教じみているかのように受け取られかねないところがあったが、今作は物語がシャープになってそんな感じが全くしなかった。今回の両劇団のタッグは成功したと思う。

糸洲の壕 (ウッカーガマ)

糸洲の壕 (ウッカーガマ)

風雷紡

座・高円寺1(東京都)

2025/08/16 (土) ~ 2025/08/19 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/08/17 (日) 14:00

座席1階

先の戦争でも凄惨極まる沖縄戦を描いた。舞台は糸満市のウッカーガマ。陸軍の野戦病院となり、ここで看護師として働いた「ふじ学徒隊」の女学校生徒たちの群像劇だ。

野戦病院を率いた小池軍医が、米軍上陸舞台が迫り病院を放棄した際、「君たちには生き延びてここであったことを伝えてほしい」と自決を強いなかったことで働いた女学生の大半が生き残ったことで知られている。日本軍は国民を守らないどころか盾にもしたという沖縄戦の中で、こうした異例と言える上官の振る舞いが舞台のメーンとなっているのは当然だろう。だが、ウッカーガマは元々、付近の住民が先に避難していた場所で、軍は彼らを追い出して野戦病院にしたということなどを忘れてはなるまい。そうした点で、命を賭して軍に協力するのは当然と学徒隊への志願を迫る教師の存在など、国民への同調圧力もしっかり描かれていたのはよかった。
なぜ、長野県佐久市が後援になっているか不思議だったが、小池軍医は同市の出身なのだそうだ。彼の故郷の話も描かれていたのだが、舞台の一貫性からみると浮いている感じがした。小池軍医の振る舞いが立派なのは、佐久市とは特に関係がないと思うからだ。仮に後援を取り付けるためにこうした構成にしたならば、そこは蛇足だったかなと思う。

客席は満員で、小学生など多くの子どもたちがいた。学校で沖縄戦を習う前からこのような舞台を見て日本が約80年前に経験した戦争を考えるのは、大変意義がある。アフタートークは客席も参加して行われたようで、こうした劇団の取り組みには敬意を表したい。

5月35日

5月35日

Pカンパニー

吉祥寺シアター(東京都)

2025/08/13 (水) ~ 2025/08/18 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/08/16 (土) 14:00

座席1階

Pカンパニーがこの作品を最初に演じたのは2022年。それから3年で再演が決まり、前売りチケットは売り切れているという。どれだけこの作品が支持されているのかが分かる。中国政府の言論統制はどんどん進み、比較的自由だった香港も中国政府の抑圧が強まるばかり。この作品は今、日本でしか見られないのだ。初演の熱量は鮮明に覚えている。あの感動をもう一度味わいたくて、吉祥寺に出かけた。

やはり、劇団代表の林次樹と竹下景子の熱演に尽きる。竹下が演じた「天安門の母」は脳腫瘍で幾何の命もない。彼女の魂に引っ張られ、林演じる夫は、5月35日、すなわち天安門事件があった6月4日に母国の軍隊に殺害された息子の弔いを事件現場の天安門広場で行うという計画を実行しようとする。
中国では今も、この事件に関する報道はおろか、ネット検索もできず完全に歴史から抹消されている。30年以上たち、事件のことを知る国民は圧倒的に少ないと思われる。劇中でも余すところなく描かれる政府による言論弾圧、歴史の抹消が中国では今も進行している。
だが、これは中国だけのことなのか。2022年の初演の口コミでも書いたが、自由な言論が保証されているはずの日本はもはや対岸の火事ではない。「南京事件などなかった」「沖縄・ひめゆりの資料館の記述は歪曲されている」などの発言は今や国会議員レベルでも横行し、それを真に受けたひとたちの投票行動が選挙に反映され政治を動かしているのだ。政府に都合のよい方向で。中国とどこが違うのだろうか。
だから、今Pカンパニーがこの演目を再演し、それが連日満席になっているという姿に少し勇気づけられる。政府にとって都合の悪いことでも、「日本人ファースト」に都合の悪いことでも歴史的事実を忘れてはいけないのだ。
主人公2人の演技の熱量は、初演より大きくなっている。戦後80年の夏に目撃したい。

穿つ泡(うがつあわ)

穿つ泡(うがつあわ)

LiveUpCapsules

小劇場 楽園(東京都)

2025/08/06 (水) ~ 2025/08/11 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/08/10 (日) 13:00

座席1階

人気漫画「のらくろ」の作者、田河水泡の一代記。手塚治虫ややなせたかし、長谷川町子など戦後の人気漫画家が作品に夢中になったというエピソードを皮切りに舞台が展開する。

出生直後に母親が死亡し、父親が再婚して叔父夫婦に育てられ赤貧の子ども時代を送ったこと、近所に住んでいた評論家小林秀雄の妹を見初めて結婚した時のエピソードなどが時代を追って丁寧に描かれる。「私はお酒飲みは嫌い」と妻から禁酒を結婚の条件とされたのに、義兄となる小林秀雄と意気投合して痛飲した話など、舞台を見なければ知らないことばかり。とても興味不快。
今のNHK朝ドラはアンパンマンのやなせたかし夫婦の物語だが、戦争が嫌いで軍隊には行きたくなかったという本音は田河水泡も共通する。だが、アンパンマンが自らの頬を食べさせて弱きものの味方をするというヒーローを描いたのに対し、軍隊の中で自由奔放に生きながらも軍隊で出世していくのらくろはまた、趣が違う。戦意高揚に使われたという指摘もある。それぞれの原作者の人生や生き方を対比して考えることができ、今この舞台を見られたことは意義深いと思う。

水泡の妻を演じた紅一点の出演者、中村真知子がよかった。小劇場楽園というひときわ狭い空間を縦横無尽に動き、舞台を引っ張った。ガンガン冷房が効いていた空間で汗だくだったから、その熱量はすごいと思う。
のらくろが描かれた小道具、のれんなど舞台美術はシンプルだがよく練られている。のらくろはキャラクターグッズの元祖とも言われているが、これも小道具の一つになっていた。

小劇場楽園は入ってすぐのところに大きな柱があり、各劇団の演出家たちはこの柱をどう生かすかに頭を悩ませる。今作はこの柱を利用するという発想はなかったようで、左右の客席で演者の様子が見えない「見切れ」がしばし発生していた。ここが惜しい。

帰還の虹

帰還の虹

タカハ劇団

座・高円寺1(東京都)

2025/08/07 (木) ~ 2025/08/13 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/08/09 (土) 14:00

座席1階

よく練られた戯曲だった。セリフの一つ一つがシャープで、戦時に生きた画家たちの無念が突き刺さってくるようだった。高羽彩自身はパンフレットで「戦争の話を書きたくないんです」と述べているが、劇作家として書かねばならないと強く感じていたのだろう。登場人物のそれぞれに物語があり、胸に秘めた思いがあり、スポットが当たる場面が丁寧に作られていた。

冒頭、渡仏していた画家の妻の問わず語りから始まる。この人自身にも葛藤の物語があるのだが、狂言回しの役も与えられている。これが一連の流れをぐっと引き締めている。登場するのは3人の画家、書生として入った画家見習い。お手伝いさんとその弟、画家に戦争鼓舞の作品を書かせる役の陸軍中佐。おそらくどの画家も軍部に押し付けられた戦意高揚の絵など描きたくないと思っているが、舞台の前半では皆、その思いをストレートに外には出さない。
舞台上には大小さまざまなキャンバスがしつらえられているのだが、その中でもひときわ大きく、布がかけられている対策が物語のカギを握る。舞台後段でそのなぞ解きがなされるのだが、こうした構成はタカハ劇団の過去作「美談殺人」でもあったように記憶する。客席を惹きつける仕掛けは今回も奏功している。
絵画や文学、演劇など文化作品まで戦時体制一色に染められたこの時代。どうしたら繰り返すことがないようにできるのか。今作などを仕上げるために歴史を勉強しているという高羽がパンフレットで述べている一言に注目したい。

ぜひ、目撃したい快作だ。舞台上の手話通訳や客席で使うモニターなど、耳が不自由な人も楽しめる配慮がなされている。


水星とレトログラード

水星とレトログラード

劇団道学先生

ザ・スズナリ(東京都)

2025/08/02 (土) ~ 2025/08/11 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/08/02 (土) 14:00

座席1階

劇団道学先生が、保坂萌という気鋭の劇作家の作品を選んだ。主宰の青山勝の目は確かだ。きわめて緻密に組み立てられた戯曲であり、母親の介護問題や配偶者に先立たれた女性の生き方、そして微妙な親子・兄弟関係という社会性をまぶした秀逸な作品。ラップを出演者全員に歌わせるなどの演出、昭和の居間・台所を中心に据えて両サイドから階段で登る踊り場のようなスペースを設けた舞台美術もいい。そして何よりも、道学先生を支える俳優・かんのひとみの演技が実に素晴らしい。涙あり、笑いあり。今回の道学先生の舞台も見逃せない。見ないと損するかも。

タイトルのレトログラードとは、腕時計などで使われている針の反復運動を指す。主人公の祖母(かんのひとみ)の言動に、「ついに認知症になってしまった」と思い込む息子や娘たち。しかし、祖母が言うにはレトログラードのようにタイムリープをしている、つまり水曜日を起点として1週間を何度も繰り返しているという。舞台は、亡き夫の一周忌を控えた1週間の設定で、本当にタイムリープしているのか、直前のことを忘れてしまっている認知症ではないのか、という思いをひきずって最後に驚天動地の答え合わせがなされる。
祖母の息子は妻に食わせてもらっているぐうたらぶりで、一人娘にも愛想をつかされ離婚を突き付けられている。祖母の娘は共働きで、認知症の疑いが出た母の面倒を押し付けられるのではと予防線を張っている。そうした家族の問題から「跳躍」したような部分で祖母のタイムリープが続いている。なぜ、そうなっているのか。誰かが仕組んでいるのか。こうしたなぞ解きのなかで、秀逸だったのはこの家などに営業にきている「ヤクルトおばさん」の存在だ。笑いを誘うせりふとやり取りを満載した、舞台から目を離せない会話劇が進行する。

道学先生は家族の悲喜こもごもを描いたら右に出るものはいない(と思われる)中島淳彦作品をやるために結成された劇団だ。今回は中島作品ではないが、タイムリープという斬新な切り口で家族の群像劇を構成した力作だ。道学先生は中島作品だけではないぞ、とファンの一人として肝に銘じたい。

vol.41 「廃墟」、vol.42 「そぞろの民」

vol.41 「廃墟」、vol.42 「そぞろの民」

TRASHMASTERS

駅前劇場(東京都)

2025/07/25 (金) ~ 2025/08/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/07/28 (月) 13:30

座席1階

「そぞろの民」との2本立て。自分は「廃墟」を鑑賞した。
原作者・三好十郎を演じてきた劇団では文化座が思い浮かぶ。「廃墟」は数年前に上演されたはずだが、今回はトラッシュの中津留章仁演出で、しかも下北沢・駅前劇場という濃厚なスペース。あの激しいバトルがどのように眼前に現れるのか、わくわく感いっぱいで猛暑日のシモキタヘでかけた。

終戦直後、配給はストップし闇市で食料を得るしかない毎日で、焼け野原のバラックに大学教員の一家が身を寄せている。主人公の歴史学者は、日本がなぜ破滅的な道を選んだのか、明治維新以降の歴史を再勉強するとして大学を休んでいる。そこに、彼の教え子の学生が「ぜひ、講義を再開してほしい」と貴重品の芋を抱えて訪ねてくるところから物語は始まる。会話の中で、この先生は闇市で食料などを調達することを良しとせず、やせ細っている。この来訪を皮切りに、彼の息子や娘たちが次々に登場する。
場面は夕食のだんらんとなるはずだが、食卓に出るのは菜っ葉が少々、塩で味付けしたおつゆだけだ。学生が持ってきた芋は先生の家を建てた建築屋のおかみにかっさらわれ、畑に植えていた野菜も実をつける前に盗まれる有様。左翼の編集者の長男、元特攻隊員の次男などが登場し、そこから先は簡単に言うと「こんな国民生活に誰がした」という会話、バトルとなる。
10分の休憩をはさんで後段は、この圧巻のバトルで客席はくぎ付けになる。やはり小劇場。その迫力はものすごい。特に栄養失調気味の先生を演じた北直樹の鬼気迫る演技に客席は静まり返った。文化座の舞台よりも激しかったように思う。

日本人にとっての戦争責任(戦争に巻き込まれた責任とも言ってよい)を強烈に描いたものは、三好十郎の「廃墟」が最もインパクトが強いのではないか。軍部が独走して国民はただ巻き込まれただけという歴史感覚が多数だと思うが、三好はこれに強烈な異議申し立てをしている。オリジナル作品で通してきたトラッシュマスターズがなぜ、この作品を取り上げたか。客席に座った一員として十分に反芻し、考えてみたい。

宮澤賢治・宛名のない手紙

宮澤賢治・宛名のない手紙

劇団昴

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2025/07/24 (木) ~ 2025/07/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

座席1階

宮沢賢治の名作をオムニバスのようにつないで作り上げた舞台。注文の多い料理店、銀河鉄道の夜、セロ弾きのゴーシュ、よだかの星……。宮沢少年と妹を主人公に、なぞ解きをするがごとくの列車の旅が舞台で展開する。

パンフレットによると、脚本・演出を担当した菊池准の今作は四半世紀ぶりの登場という。こんなふうに宮沢賢治を読む経験はなかなか得難い。今作自体が一つの叙事詩のような舞台に仕上がっていて、宮沢賢治の新作のような趣もある。特に、登場した一つ一つの作品の心がうまく合わさってつながっていて、印象深い物語を構成しているのがとてもいい。
夏休みの土曜日、子ども連れの来場者も目立った。小さい子には少し難しいかなと思ったが、この舞台を見て宮沢賢治の世界に足を踏み入れるきっかけになったら、それはとても素晴らしいことだ。約2時間の舞台だが、小さな観劇者のために15分の休憩をはさんで2幕にした心遣いもよかったと思う。

始まりの終わり

始まりの終わり

ムニ

アトリエ春風舎(東京都)

2025/07/20 (日) ~ 2025/07/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/07/24 (木) 14:00

座席1階

転校生で、病気か経済的理由か「忘れた」が修学旅行に行ったことがなかった主人公・グミが、2026年に友人5人と東京に2泊3日の「ニセ修学旅行」に出かける。舞台はこの3日間を10年後に振り返る形で、主にモノローグのようなセリフをつないで構成する。どこにでもいそうな若者たちの心のブレを、ムニ主宰の宮崎玲奈がまるでマジックのような手法で展開する。ほかの劇作家では見られないような異次元の舞台を楽しめる。

今作はまず、舞台美術がおもしろい。排煙ダクトのような銀色の管がうねうねと渦巻いているのを開演前に見て、これは宮崎の脳内風景かと連想したりする。そして、主人公であるはずのグミを登場した全員が名乗り、実はそこにはいないのだという最初のマジックが明かされる。すなわち、グミは観客一人ひとりなのだ。
居酒屋での思い出話場面からスタートする。が、観客の脳内は、そこから観客自らの体験に呼応するようにさまざまな方向に飛んでいく。未来設定の物語としてはとても単純というかありふれたエピソードなのだが、それだけにこの展開が身近に感じる。客席には舞台上の彼らと同年代の人はあまりいなくて若くてもほとんどが上の世代だから、自分の高校時代とくっつけたりしながら楽しめる仕掛けではないか。
休憩をはさんだ後段の物語が、やや意外で面白かった。まるで悪い夢を見ているような展開だと思うが、それにしてもリアリティーを感じる。社会派のネタを扱った過去作とは趣の異なるファンタジーというか。明らかにリピーターと思われるファンがいたのも納得できる。

父と暮せば

父と暮せば

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2025/07/05 (土) ~ 2025/07/21 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/07/14 (月) 14:00

座席1階

前回の山崎一と伊勢佳代をはるかにしのぐ出来栄えだったと思う。特に、瀬戸さおりの成長が著しい。こまつ座への出演が定着しつつある彼女が、演出の鵜山仁に鍛えられたのだろうか。どちらかというと兄の存在がある中で一歩引いていたような印象があった瀬戸さおりが脱皮を遂げたように見えた。
今回は舞台セットもチェンジし、新作並みの対応で臨んだという。瞬間の差で生死を分けた父と娘。父は最初から登場するがけして幽霊などではなく、主人公の娘・美津江が勤め先の図書館で偶然会った男性に思いを寄せるその心の動きが、現生に帰ってきた父の手足、心臓を形作ったとセリフの中に盛り込まれている。その思いが弱まっていけば父は娘のそばに存在することはできない。娘の恋愛応援団が存在理由である父だ。
だが、美津江は一瞬にして命を奪われた友人らを思い「自分だけ幸せになることはできない」と恋愛を拒んでいる。舞台は4幕あるが、再終幕で美津江の本当の胸の内が語られる。これが圧巻だ。
瀬戸さおりと身長差がかなりある松角洋平が、少しだらしないところもあるが包容力のある父親を、瀬戸を全面的に受け止めるような形でうまく演じている。松角の包容力が瀬戸の才能を引き出したのではないかと思えてくる。

先人も書いていたが、サザンシアターという広い客席だけに空きが目立ったのは残念だ。再演であるということも影響しているのかもしれないがもったいない。この親子は自らの生死も含めて運命を「解決した話」と言っている。だが、どうしてこのような結果を招いたのか、どこかで止められるところはなかったのか。この芝居を何度も見て考えたい。戦争は国と国との戦いであり、各国の国民に勝者はいない。自国民の優越性を掲げて戦った歴史を、今こそ胸に刻むべきだ。

はぐらかしたり、もてなしたり

はぐらかしたり、もてなしたり

iaku

シアタートラム(東京都)

2025/06/27 (金) ~ 2025/07/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/07/05 (土) 13:00

座席1階

iakuの横山拓也らしい、一つ一つのプロットがきれいに結ばれた会話劇だった。こういう緻密な戯曲がiakuの魅力の一つで、それがいかんなく発揮された力作だった。

出だしはオムライスだ。夫は妻が作るウインナーがたくさん入ったオムライスが好きなのだが、なぜか今回は入っていなった。妻にそれを告げると「絶対に入れた」という返事で雰囲気は険悪になる。夫はそんなことでけんかするつもりはなく「ただ事実を言っただけ」なのだが、妻はそうは受け取っていない。
物語はオムライスを起点として、この夫婦の娘や、コンビニの駐車場で車にぶつけられた男と「ひき逃げだ」と世話を焼いた女性など、登場人物の人間関係がクモの糸を広げるように少しずつ拡大していく。客席ではそれを「こういうことなのか」と確認しながら、それぞれの人物に展開されていく予想外の物語に見入っていく。
男女のすれ違いや思いもかけぬ展開、有名コーヒー店でのちょっとしたアイテムなど、とても気の利いた戯曲だ。ちょっとしゃれたラブストーリーということもあるのだろうか、関西弁は出ず舞台は東京っぽい。笑いのポイントはたくさんあるが、登場人物のキャラクターのぶつかり合いで引き出されるものが多く、よく工夫されていた。ただ、これだけのナイスな戯曲なのだから、タイトルはもう一工夫あってもいい。

最初に登場する夫婦は夫が小松台東の瓜生和成、妻がばぶれるりぐるの竹田モモコというなかなかの豪華メンバーだ。客席はほぼいっぱいだったが、端の方には空席も。人気のiaku、さらに出演メンバーもいいのになぜなんだろうと思った。まだ見ていない人は上演は明日まで、一見の価値あり。

滝沢家の内乱

滝沢家の内乱

加藤健一事務所

かめありリリオホール(東京都)

2025/07/01 (火) ~ 2025/07/04 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/07/03 (木) 14:00

座席1階

南総里見八犬伝を著した滝沢馬琴一家の物語。カトケン事務所で4演目となる舞台だが、自分は初めて拝見する。今作は、加藤健一自らが演出した。出演は滝沢馬琴を演じる加藤健一と、馬琴の息子の嫁・お路を演じる加藤忍の二人だけ。「師弟関係」と称される二人の息がぴったり合った演技の細部が見どころだ。

名作を書いた著名戯作者だが、生活は苦しい。馬琴の妻・お百や息子の宗伯は病気がち。薬づくりをするお路の稼ぎが頼り。日々の暮らしから逃れるように屋根に上って星空を眺める馬琴。寄り添うように自分も屋根に上るお路がけなげだ。
馬琴はしだいに視力を失い、執筆が不可能になる。「武士にしたかった」という長男の宗伯も死んでしまう。「まだ若いから自由に生きなさい」と滝沢家を出るように言う馬琴だが、お路は馬琴の申し出を拒み、まともに字も書けないのに馬琴の指導で口述筆記にのめり込む。

15分の休憩をはさんで2時間半。2人は舞台の上でも固い絆に結ばれた師弟関係となって二人三脚で大作を完成させる。難しい人名の漢字を筆を後ろから握って教える場面など、この2人ならではの美しい演技が続く。加藤忍の澄んだ声、今や老境を演じさせたら右に出るものはいないと思われる加藤健一の名演技が舞台の感動を高めていく。

ただ、今作でお百の声を担当した高畑淳子、宗伯の声を演じた風間杜夫が舞台に登場しないのはいかにも惜しい。せめて、病気ではあるものの馬琴に絡みつくような生活を続けるお百を演じた高畑淳子は、声だけではもったいない。確実に馬琴とお路を浮かび上がらせる名バイプレーヤーの役割を果たしただろうと思う。

今作は長野県や島根県などの地方公演が8月まで続く。加藤忍と加藤健一が出るカトケン事務所のお芝居ではトップレベルの秀作だ。見ないと損するかも。

KYOTO

KYOTO

燐光群

ザ・スズナリ(東京都)

2025/06/27 (金) ~ 2025/07/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2025/07/02 (水) 14:00

座席1階

エクソン・モービルなど石油メジャーが雇ったロビイスト(弁護士)の視点で描かれる、京都議定書の舞台裏。ロビイスト、ドン・パールマンを演じた円城寺あやの開幕から終演までの膨大なセリフ量には感服する。燐光群を代表する役者だが、2時間40分の独り舞台といっても過言ではない。わずかにセリフが飛んだりしたところもあったが、その熱演を汚すものではない。ただ、男性をなぜ彼女に演じさせたのか、最後まで違和感が残った。男性の俳優陣に適任はいなかったのか。

国際会議の舞台裏を垣間見せるという会話劇としては面白い。ただ、描かれた各国の駆け引きは今一つ臨場感に欠けたというのが素直な感想だ。利害が対立する多国による国際会議の場で出てくる取引材料は多彩で複雑。見せ方が難しいのは理解できるのだが。
また、京都議定書に至る地球温暖化問題の推移はIPCC(気候変動に関する政府間パネル)設立から説明されるのだが、たぶん、事前の知識がないと一連の流れを理解するのはとても難しい。パンフレットの「気候変動問題の基礎知識」を一読してから、あるいは事前に調べてからスズナリに行くことをお勧めしたい。

京都議定書の最大の価値は、温室効果ガスの削減量と達成期限について締約国に法的に義務付けたところにある。劇の最終盤でこの一番大切な交渉の状況が描かれるのだが、議長の専横的ともいえる指揮で議定書採択にこぎ着けたというのは本当なのだろうか。初めて知って驚いた。
また、石油ロビーの視点で描かれると書いたが、そもそも米政府(共和党)とつながりがあるロビイストが、正式な国際会議の室内に堂々と入れるものなのだろうか。こんなこと(ロビイストが会議場で暗躍して議定書をつぶそうとする)が事実なら、会議の運営自体がかなり不公正だということになる。これも勉強不足で知らなかったのだが、COP(締約国会議)のセキュリティーは相当緩いんじゃないかと勘繰ってしまう。
もちろん、会場の外から当時はまだあまり普及していなかった高級な携帯電話でサウジなどに指示するという場面もあったのだが。ちなみに、当時の米国製携帯電話の着信音はリアルだった。

演劇として、地球温暖化の国際会議という基礎的な部分を客席に伝えなければならないところに多大な苦労があったと思うが、説明部分だけでなく、せりふも全体的にとっちらかっている印象だ。もっとクリアにしてもらわないと、客席はおいてけぼりになる。このあたりを少し簡潔明瞭にしてもらえば、2時間40分という長尺にはならなかったのではないか。

コラボレーターズ

コラボレーターズ

劇団青年座

吉祥寺シアター(東京都)

2025/06/19 (木) ~ 2025/06/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/06/19 (木) 14:00

座席1階

権力がメディアや文化活動を飲み込んでしまうという物語。今後、日本でも強い者への礼賛の空気が今よりも蔓延していけば起こりえるだろうという恐ろしさを感じる。この戯曲を今取り上げた青年座の視点は鋭いと思う。

旧ソ連の反体制の小説家、ミハイル・ブルガーコフは、作家としての実力や気骨から尊敬を集め、人気の戯曲も世に出している。ところが、当局から最新作の上演を禁止される。ある時、突然自宅に二人の秘密警察が現れた。彼らの要求は、最新作の上演許可と引き換えにした独裁者スターリンの半生の戯曲化。ブルガーコフは断ったものの、スターリン本人からの電話が入って局面は大きく動く。

戦前の日本でも、演劇人は国策演劇の上演を強いられた。反抗すれば作品を世に出せず、解散命令だ。今作では、まるでアリジゴクのように権力者が作家を取り込んでいく様子が克明に描かれ、この作家も権力と一体化して死屍累々の結果を招く状況に背筋が寒くなる。よその国の出来事ではない、こういうことが自国でも起きるんだと肝に銘じなければならない。

休憩をはさんで3時間。なかなかの迫力だ。立体的に舞台を使って恐怖が表現され、客席は息をのんで見守るという感じだった。

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