タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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刺毛-シモウ-

刺毛-シモウ-

はぶ談戯

テアトルBONBON(東京都)

2016/10/19 (水) ~ 2016/10/24 (月)公演終了

満足度★★★★

極夜の世界...その観照は見事に描かれた
本公演...人によって好き嫌いが分かれそうな気がするが、この醜悪とも思えるような行為も人の一面(姿)であると自分に言い聞かす。

公演全体は妖しく、シーンによっては妖艶のような。色気と狂気の両方を見事に表現していた。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

人が潜在的に持っているであろう、嗜虐的・暴力性...それを主人公・御園陽一(加藤靖久サン)が一見怪しげながら、心に傷を秘めた男を静かに激しく演じていた。
表面を取り繕った言葉から、もっとドロドロとした本音を聞きたい。その行為は、相手(人間性)を壊し、自らも破滅に追い込む。むしろそれを望んでいるような破滅型人格を描いている。

舞台は、山奥の避暑地。 コテージが2棟並び、狗尾草(エノコログサ)が 別荘の廻りを囲んで生えている。上手側にはベンチが、下手側には壊れかけた物置がある。
主人公夫妻、若いカップル、それに職場の同僚(女性3人組)が宿泊客。そこに珍しい動画配信を目的に男2人。さらに浮気相手などが紛れ込み...。
人間性を壊す行為は、人の心の隙間にソッと入り込み、心と体を弄ぶ。全編そんな危うさと嫌(厭)らしさが漂っている。その表現として、スワッピング、同性愛などの艶(エロ)・性(サガ)の嬌(狂)態が随所に織り込まれる。

主人公の屈折は、子供の頃のトラウマ。隙間から覗いた両親の嬌態を見、また父の母への加虐行為への興奮か。その光景を妹と見ており、何時しか妹と...。その妹もこのコテージ物置の隙間から兄・陽一の行為を見つめていた。陽一が妹・根本恵里菜(佐河ゆいサン)と邂逅した時の慟哭が憐れ。そして妹がそれぞれの登場人物の台詞に沿う語り掛けが印象的である。

登場人物の描きは、生身・肉感的であるが、所々に詩的な表現があり興味深い。例えば兄・妹の母が自殺したであろう表現は、光(陽)の中で吊下がっていたと。役者の体現と台詞のギャップが面白い。

最後に、登場人物(役者)のカラオケシーンは必要であろうか。渡り芸人の楽曲は、嫌悪感に対する緩衝的役割を担っていたかもしれないが、頻繁に挿入されるカラオケは好まない。

次回公演を楽しみにしております。
四則演算

四則演算

sugarless

ART THEATER かもめ座(東京都)

2016/10/20 (木) ~ 2016/10/23 (日)公演終了

満足度★★★★

想い、重い物語...面白い!
人に危害を 加え、相手の気を 引いて、思いを 掛ける、そして友情を 割って...そんなことをして廻り回って心が満ち 足りるのだろうか。

物語は雑然・殺伐とした空間、緊張・緊密な雰囲気、登場人物の息遣い...独特なセンスが汗のように迸(ほとばし)る。大人の色香を漂わせ、カプセル兵団とは違う、新たな魅力を開花させた主人公・彩(中山泰香サン)。その脇を固める役者陣の演技も確かで濃密な物語に仕上がっている。

人によって好みが分かれるかもしれないが、この嫌悪感はけっこう好みである。脚本(物語)はわかり易く、むしろ公演の魅力は演出と演技がしっかり合って、迫力ある展開が見所であろう。

少し気になるところも...。
(上演時間1時間30分)

ネタバレBOX

舞台セットは、地下倉庫という設定で周りの壁際にダンボール箱が積み重ねてある。中央にソファーとテーブルが置かれ、上手側奥に柵のような扉がある。舞台と客席の間を鎖(上演前・後)で仕切る。

梗概...突然地下倉庫に監禁された夫婦。なぜこのような目に遭うのか、その理由が判らない。戸惑う2人だが、この夫婦(特に夫人)の過去が明らかになるに従い、犯人・彩の心情が痛いほど解ってくる。彩は孤児院(希望の里)育ちで、卒院時に院の先生から両親の所在地を知らされる。その所在地には自称小説家の壊れた父がいた。母はそんな父を支えきれず、彩を置き別の男と結婚し、子・鈴夏(清水りさ子サン)まで産んで幸せに暮らしていた。その鈴夏と彩は偶然にも親友関係にあり、自分の不遇を嘆き、愛情が憎悪、復讐(監禁)へ向かう。

その狂気がすさまじく迫力がある。自分を棄てた母、それでも愛情で心の隙間を満たしてほしい。表している嫌悪、その一方、心情は生き生きと輝き美しく観えてくる。求め ねじれた母娘のサスペンスは観応え十分であった。

人は救いや希望がないことを受け入れた時、気持が楽になるという。絶望から立ち上がる微笑みのことをユーモアと呼ぶらしい。翻って本公演の緩いインプロはユーモアにはほど遠いような。序盤と終盤での印象(演出)落差がねらいであろうか。できれば、全編を「想い」と「重い」で一貫して描いてほしかった。たとえそれが嫌悪の極みであろうと...。

最後に、カーテンコールの際、前説での禁止事項(場内飲食禁止など)を言い忘れたと説明していた。当日(20日)の昼間に千葉県北東部を中心に大きな地震があったが、危機管理の点から、留意事項はしっかりとお願いします。

次回公演を楽しみにしております。
100人のタナカ!

100人のタナカ!

PocketSheepS

TACCS1179(東京都)

2016/10/13 (木) ~ 2016/10/16 (日)公演終了

満足度★★★★

観た目より深い内容
「世界がもし100人の村だったら 」という話...世界には60億人強の人がいるが、それを100人の村に縮めるとどうなるか。インターネットを通じて世界的に流布した人々の相互理解、相互受容を訴えかけるもの。世界には人種、性別などいろいろな人がいて、それぞれが認め合いながら生きている。しかし、実態(現実)は色々な意味で差別などがある。

本公演は、現実の世界ではなく、天才科学者である田中士郎の脳内とシンクロする仮想もの。人の感情は時や場所、状況などによって違うし変化もする。その感情表現は100どころではないだろう。人は時として自分自身をも持て余す色々な感情を抱え、その気持にうまく折り合いをつけて生きている。
物語の発端は「愛」であるが、その人間的感情と”AI”が絡むような面白さもあった。
(上演時間2時間10分)

ネタバレBOX

物語は、人間の脳へのアクセスを可能にするコンピューター『QUEEN』 その開発途中、手違いで開発者が意識不明になるという事故が起きる。 そのためには彼の脳に入り込み、原因を取り除くこと。

彼を愛している女性・藤乃杏梨(和泉奈々サン)が彼の脳内へ行く。その世界にはいろいろなキャラクター存在する。その衣装も様々で、一瞬コスプレ行事かと勘違いするような。しかし、その現れる人たちは全てタナカであり、彼の感情のようである。例えば当日パンフによるタイプ別...インディアン(情深い)・女王・魔女(孤高・世話好き)・裁判長(判断力)・将軍(自尊心)があり、物語にも登場する。それぞれの衣装もそれに相応しい。それぞれは田中士郎(崎嶋勇人サン)の感情を担った擬態である。それらが闘いもするが、彼自信の葛藤の表れであろう。

この物語で重要なのは、「愛」という思い。士郎が事故を起こしたのも恋している女性のことを考えていたから。もちろん長時間・過密労働という事情もあろう。そして、この士郎の脳内へ危険も顧みず浸入するのも、彼を愛しているからこそ。
この愛=AI「人工知能」にも通じるようで、人間が知能を使ってすることを機械にさせようとする、その感情操作のような少し怖い面も感じる。

さて、意識が回復しない原因は、田中士郎本人の感情にあるようだ。脳内に現れる田中士郎は「建前」、女王(QUEEN)は「弱さ」...そして「本音」の擬態化は誰か。また、杏梨の恋は成就するのか...。
闘いアクションや笑いネタ、伏線もめぐらせ面白いが、物語を収束させる力や納得度が弱い。なにより余韻が…。
それでも意味深で、面白味のある公演であった。

次回公演も楽しみにしております。
MOLOK

MOLOK

劇団メリケンギョウル

明石スタジオ(東京都)

2016/10/14 (金) ~ 2016/10/16 (日)公演終了

満足度★★★

骨太作品が…
この公演は、史実に基づく「マクベス」と、旧約聖書にある神話・悪魔的なモロクの物語を綯い交ぜにしたもの。劇団の謳い文句である“忠実×虚構“のハイブリッド新生「マクベス」...その脚本は骨太で面白い。

しかし、脚本の力・面白さを演出・演技が削いだようで勿体ない。もしくは脚本の力に演出・演技が追いつかないといった感じで惜しい。
本公演は「マクベス」をベースにしているが、シェイクスピア版における暴君ではなく、どちらかと言えば名君のような描き方である。その試みは良かったが...。

(上演時間:前説では1時間45分、実際は2時間強)


ネタバレBOX

勇猛果敢な将軍マクベス(本公演ではマクベタッド)は、妻(グロウク)に唆されて主君を 暗殺し王位に就くが、内面・外面の重圧に耐えきれず錯乱していく...というのがマクベス。
一方モロクは、古代の中東で崇拝された男神の名で、元来は「王」の意だという。「涙の国の君主」、「母親の 涙と子供達の血に塗れた魔王」とも呼ばれており、人身供犠が行われたことで知られると。王の初男子が炉にくべられ、王家が代々繁栄するという。

本公演で登場するマクベタッド(弟はバンクォ)は双子という設定で、魔女に当たる予言師・レギオンが囁く。そして原作通り前王を殺すが、実は前王(女王・ドナハ)の実息子の仕業である。この実子が無能であり、王位を継承させたくないとの思いが悲劇を招く。
名君マクベタッドは、ドナハの願いとは言え、自分が王位に就いたことを悔いている。眠れなくなり酒に溺れる。その苦悩がしっかり伝わる。人は聖人でもあり狂人にもなる。その心の持ちよう...人間が矛盾を抱えているということを表すため、シェイクスピアはオクシモロン(撞着語法)という手法を用いているが、この芝居でも「きれいは汚い、汚いはきれい」と...。しっかりと面白いところは引用している。
この芝居では、マクベタッド(弟はバンクォ)は移民という設定。その受入れ取り立ててくれた恩・義と偽・贋の狭間での生き苦しさ。その心情をモロクに出てくる王の初男子が炉へ、という犠牲の場面がマクベス物語にしっかり組み込まれている。その“忠実×虚構“の物語は観(魅)せてくれた。

脚本は重厚であるが、演出は多くの箇所で笑いネタを入れ軽量にしてしまった。演技は役者間での力量差が大きくバランスが良くない。できれば笑いネタは控え、全編通して骨太作品として仕上げてほしかった。

次回公演を楽しみにしております。
ゲシュタルト家の崩壊

ゲシュタルト家の崩壊

めがね堂

【閉館】SPACE 梟門(東京都)

2016/10/13 (木) ~ 2016/10/16 (日)公演終了

満足度★★★★

面白い!
極上のサスペンス・ミステリーという印象である。説明にある「難しいことはおきません。ある家族の崩壊を覗くだけ」とあるが、その観せ方が秀逸である。
少しネタバレになるかもしれないが、文章(脚本)倒置法を利用したような展開で、終盤までその謎を引っ張る力は見事であった。
公演全体に不気味な雰囲気が漂い、謎の展開と相まって緊密感が…。
(上演時間1時間45分)

ネタバレBOX

基本的に室内と屋外(路上)という場面構成である。舞台上は室内という設定で、上手側にテーブルと椅子、下手側にソファーとローテーブルが置かれている。屋外は、客席中央通路を路上に見立て、何度か客席後方から登場する。この小空間を最大限に利用し物語の情景・状況を立体化しているようだ。この部屋は高層階にあり、その遠望は素晴らしいと...同じ窓から見える景色が東京タワーであり、スカイツリーでもある。その辻褄が合わない台詞など、ちょっとした状況や言葉に謎が隠されているようで、それを見逃すまいと物語に集中する。

さて、物語は倒置したような展開で始まる。
冒頭、消えた妻を探して雨の夜道をさまよい歩き、 家族を構成する部分が遊離した男(職業・作家)の顛末...実は若かりし頃に遡って話が始まるのだが、今の境遇を強く印象付ける。本公演の場合は、その謎を序盤で展開させ、どうしてそうなって行くのかという過程を順々に観せる。そうすることで、サスペンス・ミステリーの世界に容易に引き込むことが出来る。実に巧みな構成であった。

有名作家の娘と結婚した男、自分は文才があると信じ原稿を書くが締め切りに間に合いそうにない。そのため妻が代わって執筆してしまい、その小説が話題になり賞まで受賞した。以降、男の代わりに妻が執筆する。この妻の父に結婚を申し込んだ際、将来作家になると言っていたが...。父の才能を受け継いでいた妻への嫉妬、自分への嫌悪のような感情の沸々。

義理姉やその夫から消息の手掛かりになる写真(アルバム)を入手。さらに興信所へ妻の捜索を依頼する。その際も(正面)写真の提供を依頼される。本当の妻の顔とは...正面からの写真がない=妻と向き合っていたのか、という暗示のようでもある。消息場面に風俗勤務なども挿入し意味深さを増す。
これらの謎を妻本人が、夫のゴーストライターであることを新人ルポライターに暴露する形で解き明かす。この1人称語りという手法がシンプルかつ説得力があり観応え十分であった。

緊密感の中に小さな笑いも織り込む。例えば、妻の顔写真を卒業アルバムから、それも集合写真から探すなど有り得ないだろう。しかもそのページを客席に見せる。緊密さに適度な弛緩の挿入バランスも巧い。

次回公演も楽しみにしております。
「月見ドロボー物語」

「月見ドロボー物語」

劇団暴創族

上野ストアハウス(東京都)

2016/10/12 (水) ~ 2016/10/16 (日)公演終了

満足度★★★

収束できたのだろうか【Aチーム】
和菓子店「遠月堂」を中心にしたドタバタ騒動物語。主人公は人物というよりは、店そのもののようだ。この店の家族、従業員、近所の人、そして店を訪れた人々の勘違い、思い違いの連鎖が面白おかしく描かれる。
劇団暴創族の謳い文句...2016年「秋」公演 ドタバタゴーストシチュエーションコメディ‼、その物語は収束できたのだろうか。
(上演時間1時間50分)

ネタバレBOX

当日パンフに主宰・大坪雅俊氏が「『お月見泥棒』とは実際に日本に存在する風習のひとつで 月の使いとされる子供たちが近所の家々を回り お菓子やお月見のお供え物を貰い歩く」と書いている。そのファンタジックな雰囲気は感じられつつも、やはり騒動という娯楽重視の観せ方だと思う。その物語に引き込む舞台セットは、上手側に店の家族(遠野家)宅、中央奥は向かいの美容院・沼部、客席側は遠月堂店内(和菓子ケース、テーブル・椅子、暖簾など)で、和風の雰囲気をしっかり漂わす。

梗概...今日は亡き妻の七回忌前日。二人姉妹のうち、長女は引篭もりでインターネットによるマンガ配信。この長女に霊能力(オカルト研究家)がある来訪者。一方妹は東京で仕事をしている。帰省する妹を自称婚約者が追いかけてくる。周囲は、この婚約者の相手(姉妹)の取り違え・勘違いなどてんやわんやの騒動が起きる。他方、和菓子店「遠月堂」 は大手百貨店が主催する和菓子展への出展を目指し忙しい。さらに妻が亡霊として現れ、霊能力者とシンクロし、異次元(幽霊・子役)の世界まで出現させて...。これがお月見泥棒というタイトルの掛け合わせのようだ。

登場人物の中で、この錯綜した騒動を説明できる人がいるのだろうか。
たしかに現実においても全ての状況を掴んでいることは稀で、ほとんどは自分の見聞きした範囲、または自分勝手な思い込みによる辻褄合わせで判断していることが多いかもしれない。

しかし、これは芝居...観客として騒動の一部始終を知っている以上、この騒動をどう収束していくのか、という過程が楽しみになる。本公演では、散らかった騒動(誤解など)を回収しきれず、月に持って行ったようだ。その余韻とも思えないラストが少し残念である。

次回公演を楽しみにしております。
ひずむ月【本日千秋楽!当日券若干あり】

ひずむ月【本日千秋楽!当日券若干あり】

劇26.25団

OFF・OFFシアター(東京都)

2016/10/12 (水) ~ 2016/10/17 (月)公演終了

満足度★★★★

地震学の先駆者
「関東大震災(1923)」の地震の前と後で、評価が大きく変わった学者...今村明恒東京帝国大学教授(博士)。 地震前は「ホラ吹き」と罵(ののし)られていたのが、地震後には「地震の神様」となった。

本公演は、地震やそれに連なる災害を描くというよりは、数奇な運命を辿った男の人生譚といった物語である。その家族や職場である東京帝国大学地震学教室の人物との交流を中心に展開していく。ほぼ年代順に進み、時々の風潮が織り込まれる。

タイトル「ひずむ月」...地震は地球上に起こる現象であるが、それは(歪む)月になぞらえて民衆の心(変わり)を投影しているような...。
(上演時間約2時間)

ネタバレBOX

公演やそれを取り上げた新聞記事等の中で、将来起こりうる関東地方での地震への対策を訴える。「ホラ吹きの今村」と中傷されるも、彼の警告は関東大震災によって現実のものとなる。その後、幅広い震災対策を呼びかける一方で、現在の「地震学会」設立に尽力する。本公演では、関東大震災までの辛苦の時代を中心に描き、地震に対する独自の視点と研究成果へ自信、その信念の強さを窺い知ることが出来る。

物語は、今村明恒が東京帝国大学地震学教室に勤務(無給)しているところから始まる。その後は、彼の家庭と職場、外部での公演とその新聞記事により騒動が交錯するように描かれる。この時代、金銭的に苦労したことにより子供を亡くしている。子(特に長男を通して)への愛情、接し方も明治男の気骨を思わせる。

また、今村の長男・武雄と朝鮮飴売りのアンさんの交流は、関東大震災時に流布された朝鮮人行動に結びつける伏線であることは明らかである。今村教授の職場内での不遇、家庭内の不幸、夫々への苛立ちも垣間見え、けっして聖人君子のような人物でなかったことも描き出す。そこに人間味=この芝居の魅力が表れていると思う。

役者陣の演技力は確かでバランスも良い。その演技をさらに効果的に演出しているのが、舞台セット・衣装(和服)である。上手側に段差のある舞台を設け、今村家や街路に見立てる。舞台中央は職場、そこに机が置かれている。また可動する背もたれの高い椅子、見ようによっては衝立をいくつか用意し、玄関戸、汽車内の座席。その簡易な道具によって見る面白さが加わる。

本公演まで名前さえ知らなかった男の半生...関東大震災以降、阪神淡路大震災、東日本大震災など幾度となく地震災害の痛みを受けている。今村教授の教訓は生かされていたのであろうか。冒頭や中盤でのダンスシーンが、災害対策への啓蒙と大正時代の遊興の対比(皮肉)として描かれているような気がして…。

次回公演を楽しみにしております。
遠い国から来た、良き日

遠い国から来た、良き日

ワンツーワークス

赤坂RED/THEATER(東京都)

2016/10/14 (金) ~ 2016/10/23 (日)公演終了

満足度★★★★★

次代へどう語り継ぐか、それが問題だ
ずばりテーマは「平和」...プロパガンダになりそうな内容を中学3年生の視点から捉えることで、問題を素朴に浮き上がらせている。広島県は第2の故郷であり、夏に何度も行っている。そのたびに感じていること、特に原爆投下された日は、朝から地元TV、新聞はそのニュースが流れ続ける。

本公演は遠い国から来た転校生と、広島県の中学生が「平和」について向き合う場面が印象的である。「平和」が当たり前と思っている中学生、そのありがたさを自ら考える平和学習...。この公演は、観客も自ら考える、そんな投げかけがある。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

広島県の中学生にしても「平和」は空気のようなもので、その状況が当たり前のようである。一方イラクから来た男子転校生は自国での内戦で、平和のありがたさ、戦争の悲惨・痛みを十分すぎるほど体験してきている。しかし、そのギャップを際立った対立点として描かず、恋愛感情を織り込みプロパガンダを巧くコントロールしている。観客にも感性に訴える、または問いかけるという域に止めている。

日本国内の事情として、少し強引であるが大学生の就職活動を絡めている。一見無関係と思われる事柄を、国内の諸々の格差問題への不満を”イスラム国”への興味という形で結びつける。「ママの台所で爆弾を作ろう」...イスラム過激派組織が発行したとされる雑誌記事がインターネットで拡散。簡単に爆弾が出来るらしが、その蜂起を促すため、英語で書かれていたという。本公演でも英語で、という台詞があった。その平和を脅かす事(戦争とテロを同義語にできない)がこんなにも身近にあるという怖さ。

人は自分が見聞きした、その体験の範囲でしか実感できない。その先にある事を想像し我が事のように思いを馳せることは難しい。ましてや中学生では自国の悲劇を直視することは...。文献にあたり人の話を聞き、自分の中へ取り込む。机上学習のしたり顔になる怖さ、しかし現実に戦争を体験していないゆえの「平和」をどう次世代へ語り継ぐか、自分への問いかけでもある。

当日パンフにある作・演出の古城十忍氏の「『取りあえずやり過ごす』この処世術が自分がこれまで、どれほど大事なものを...」という思いは同感である。大きな感情の振幅があれば、と思う。

最後に、舞台セットは教室と山田家ダイニングキッチンがいとも簡単にイメージ転換する巧みさ。役者陣はワンツーワークス劇団員の確かな演技、若手役者の真摯な演技が光る。何より重くなりそうな言葉・台詞は方言(広島弁)という独特な柔らかさが緩衝の役割を果たしていたのも好ましい。
本公演は尻切れトンボ感のするラストシーン...過去の愚行・諦観から何を感じとるか、それを物語として描ききらず切って棄てたようだが、そこは思索と余韻として受け取ることにした。

次回公演を楽しみにしています。



ディギング・あ・ホール

ディギング・あ・ホール

劇団芝居屋かいとうらんま

OFF・OFFシアター(東京都)

2016/10/08 (土) ~ 2016/10/09 (日)公演終了

満足度★★★★

好物な...
物語のシチュエーションは奇抜(妙)であるが、そこに居(入)るのは普通の人々。もっとも説明文では、変人のような紹介...自称ツキのない男、身寄りのない偏屈ババア、 無責任な介護士と 俺様何様な男らが登場することになっているが、それは人が持っている性格を登場人物一人ひとりに役割として担わせるようなもの。
自分では、冒頭シーンが意味深で、これから展開していくストーリーは、現在進行なのか、過去回想なのか判然としなくなった。
しかし、穴の中という土・埃(ほこり)、不衛生という状況・環境にも関わらず、その光景には清々しさを感じた。その不思議空間に集まっている人たちの騒々しくも切なく哀しい物語。
(上演時間1時間30分)

ネタバレBOX

舞台セットは、穴を支える柱・板、コンクリート破片のようなものが乱雑に組み合わされている。
上手は少し広い空間...掘る進行方向のようである。下手にベットが置かれている。
この穴には、銀行強盗(地下金庫を目指)を企む男たちと、閉鎖された老人ホームに入居していた老女が、行き先がなく住みかにしている。この2グループの人たちと、その人たちに関わる人(老人ホームの介護職員など)との交流を通して、小市民の人生を浮き彫りにする。
    
地下金庫(ゴール)まであと10メートル...もう少しで目的達成できるにも関わらず、もたつく男たち。人生もあと少し、小さな幸福を掴みかけているが手に出来ない。そのもどかしい気持を穴掘りに準(なぞら)えた比喩として描く。

物語は、主人公・熊坂長次(ごとうたくやサン)の一人称語りのようだ。登場人物の紹介は、約束事のように冒頭シーン...全員が横たわっているが、亡くなっているような気にもさせる。終盤には爆発・崩落という設定であり、そのループするような展開を想起させる。

芝居では、この穴を寝ぐらにしている偏屈婆さん...梅田タエ子(浅井唯香サン)のお茶目、愛らしく、それでいて切なく哀しい演技が心に響く。実年齢よりはるかに上の年代を演じているが、メイクで老け役にしている。外見の違和感を超越した滋味ある老女の言葉...自分の実娘との確執、それを例にしながら「家族を持つことは山を登るようなもので、簡単には登れない。」、何か事を成し遂げようとすることにも通じる。
教訓のように聞こえる台詞だが、婆ちゃんが言うと...実に魅力的に聞こえる。
役者陣の演技力は確かであり、バランスも良かった。その中で熊坂・梅田役の二人の会話、本当に素晴らしかった。

次回公演を楽しみにしております。
本公演、下北沢上演であったが、穴掘り地図は大垣公演用のもの?                             
「66~ロクロク~」

「66~ロクロク~」

円盤ライダー

シダックス カルチャービレッジ6階(東京都)

2016/10/08 (土) ~ 2016/10/10 (月)公演終了

満足度★★★★

渋谷シダックスで...面白い!
第2回渋谷総合文化祭の一環として参加...だから舞台は渋谷シダックス6階のオフィス。舞台と客席の区別はあるが、役者陣は客席内を動くこともあった。その一体感はドキュメンタリーという感じでもある。

ネタバレBOX

渋谷駅にほど近いシダックスビルに念願のオフィスを構えて喜ぶ男5人、というシチュエーションのようにも思える。仕事の未来を語り、過去を省みつつ、今この場所にいる。
この男たちには10年前に袂を分かち、アメリカンドリームを求めて渡米した仲間がいた。男たちのリーダーが今日の成功を見せたかったのか、相手の近況を知りたかったのか、その理由は定かではないが、いずれにしても音信不通になっている男へ連絡したところ...。
そういう心境になったことは理由が明らかにされないが、そんなことは矮小なことと一笑に付してしまうほど面白い。

この男たちの名前が、なぜか東京-千葉間を走る総武線の駅名のような。リーダーは平井、以下...(下総)中山・船橋・大久保・市川、そして渡米した男が秋葉。台詞呼び名であるから漢字表記は分からないが、偶然か。そして秋葉...正確には秋葉原であり、少し違えるあたりに作為を感じる。

この舞台...本当のオフィスでの芝居は、男たちの熱演で時間の経過を忘れるほどであった。この熱き芝居を観やすくするため、椅子を自在に移動させることも出来た。舞台美術・技術(照明・音響)もない、まさに演技力勝負の芝居であったが観応え十分であった。「少人数、腕のある役者のみのガチ芝居 乞うご期待」という説明、謳い文句は嘘ではない。

この熱き男たちの企業理念...人の夢と希望を与えるような、または手助けしたいような趣旨を標榜する。そっくりそのまま観客(自分)の心を捉え、楽しませてくれた。

次回公演も楽しみにしております。
はい、カット!

はい、カット!

さるしばい

萬劇場(東京都)

2016/10/06 (木) ~ 2016/10/10 (月)公演終了

満足度★★★★

昭和の雰囲気が漂うような...
劇場内に入ると商店街の舞台セットがしっかり作られており、それだけでワクワクし期待が高まる。タイトルから映画にちなんだ物語であることは容易に想像がつくが、描かれた物語は昔ながらの人情ものであった。

フライヤーはA3二つ折り(当日パンフは同様の絵柄でA4二つ折)で、その表裏一体で街風景が印刷されている。風景の中央にしめ縄がある神木、両面に街並み(大空商店街の看板)。そこを路面電車が走る...素朴な味わいの風景である。舞台はその街の一角を切り取って表しているようだ。

(上演時間2時間)

ネタバレBOX

舞台中央に純喫茶店(さぼてん)、上手・下手側の対象するような店が並ぶ。店先には商品陳列棚、秤、黒電話などの小物も置かれちょっとしたリアリティが見られる。最近では地中化が進む電柱も見られる。

梗概...幼馴染で映画好きの女子高生2人が主人公。いつか自分たちの手で映画制作を夢見る乙女が、ある事故をキッカケに気まずい関係になる。それを気遣う周囲の人々、この街を訪れている観光客などを巻き込んで、何とか仲直りさせたい。その契機として映画制作...この自主映画制作の始まるまでのドタバタを面白可笑しく描く。もちろん全編を通してのヒューマンコメディというタッチの描きである。
いろいろなハプニングが起きるが、そこには市井の人々が抱える普遍的な悩み事や心配事が投影されている。それを街という大きな器の温もり、そこに住んでいる家族、近所の人々の見守り、その「地」と「血」の繋がりに、懐かしき日本の原風景を見るようだ。

公演のテーマらしき台詞「(本当の)優しさとは何か」、その人によって表し方が違うことを、それぞれの登場人物の悩みとして担わせ、柔らかく包み込むように(解決・氷解)導く。この劇団の真骨頂の観せ方である。

この公演、いや自分が観た過去公演も含め、会話の合間あいまに早戸裕サン(今回は権田恒二役)の軽妙洒脱なツッコミ発言が面白い。それが物語の展開に心地よいテンポをもたらしている。

次回公演も楽しみにしております。
~50とひとつの蝶結び~

~50とひとつの蝶結び~

Manhattan96

パフォーミングギャラリー&カフェ『絵空箱』(東京都)

2016/10/07 (金) ~ 2016/10/16 (日)公演終了

満足度★★★★

今回テーマは言葉...
観ながら、未知の世界への扉が開くような...いや色とりどりの千代紙で丁寧に包まれた小箱を一つずつ開けるような楽しみが感じられた。

上演時間1時間50分程の中に11本...物語、ダンス、手品という趣向の異なる演技が収められ、それぞれが完結しながら、ひとつの公演を成し綴っていく。しかし、ただの連作ではなく、あるメッセージが籠められているような。

少し気になることが...。

ネタバレBOX

11作は次のとおり。
①Scene1:Opening「ム、と、シ」 ②Scene2:Act「サイトウさんとサイトウさん」③Scene3:Dance「赤ずきんとその後」 ④Scene4:Tap1「14歳の娘と私」 ⑤Scene5:Act「問題と答え」 ⑥Scene6:Act「セミとキリギリス」 ⑦Scene7:Dance「記録と記憶」 ⑧Scene8:Tap2 「15歳の娘と私」 ⑨Scene9:Show 「カミとタブレット」 ⑩Scene10:Act 「ロミオとジュリエット ⑪Scene11:Ending「50とひとつ」

小作品は、白・黒、是・非を明確に線引きするようなものに感じられた。例えば、 「カミとタブレット」などは、それぞれを紙(アナログ)とタブレット(デジタル)の王国に見立て、相手を滅ぼすような描き方のようである。表層的な見方かもしれないが、それぞれの利用価値、用途は並び立つだろう。
「サイトウさんとサイトウさん」では、姉妹の確執が描かれているが、こういう人間でなければ、というステレオタイプ型人間を押し付けてくるようだ。もっとも、ラストは擬人化した蝶によってホッとするが...。

一方「問題と答え」は、夫婦がお互い謎なぞを出し合う、そんな他愛のない穏やかな会話。それは曖昧模糊とした雰囲気が漂い、対立するような光景は見られない。

物語またはダンス毎の演技はレベルが高く観応え十分であるが、公演全体(一貫性)を通じて伝えるべきもの、訴えるものは何か。当日パンフ、脚本・演出の今井夢子 女史は今回テーマについて「言葉」と書いている。Manhattanでは、「現代のレビューショウ」をコンセプトに掲げており、先に記したように夫々の内容は素晴らしい。もちろん 「カミとタブレット」などに観られる棘もあればポップで残酷な面も垣間見えた。

それだけに、もう少しテーマ「言葉」の心象が感じられればと思う。ちなみに、タップダンスは「14歳の娘と私」「15歳の娘と私」に年齢を経て上達した描きがあったのだろうか。細かい点であるが、(蝶)結びつきが気になるところ。ラスト、壁面を囲った布?を取ると...余韻があるのは、チラシの柔らかい雰囲気と相まって好きである。

次回公演を楽しみにしております。
奇テ烈な彼女

奇テ烈な彼女

奇テ烈と彼女

ステージカフェ下北沢亭(東京都)

2016/10/07 (金) ~ 2016/10/09 (日)公演終了

満足度★★★

奇テ烈彼女のようでもなかったけど...面白い!
本公演、常識をはずれた人物や異なる風景、異なる趣向の物語ではなく、女子会でのちょっと変った出来事を話している、そんな日常会話をそっと聞いている気分であった。

オムニバス8本、その物語は繋がっているようで独立した短編。しかし、説明にある「奇妙な女の子達は、臆せず真っ暗闇に飛び込んで、中から灯りを灯してくれます」と。人(女の子)という不思議ちゃん、話の中には、心の闇を苗床に見立てるようなものもあるが、一方それに敢然と立ち向かう可愛らしい姿も見ることが出来る。

旗揚げ公演ということであるが、次回公演も楽しそうだ、と思わせるものであった。
(上演時間1時間15分)

ネタバレBOX

当日パンフ、代表・脚本の小山耕太郎氏によれば、奇テ烈と彼女は「可愛く面白く」をテーマに立ち上げられたガールズコントユニットである。その目標とするような気持が、”何だかよくわからないものに飛び込む不安と、飛び込むワクワクだ”そうである。その思いは、「とぼけた」「誤解・勘違い」「羨望・嫉妬」などを可愛らしく描いているが、底流には人の本質的な感情が見え隠れするコント。単に、可愛く面白い、という表層ばかり観ていると足元をすくわれかねない、そんな淵に立たされそうである。

8短編のタイトル
①「断捨離イン・ザ・ダーク」 ②「ミケランジェロ・ロス」 ③ 「埋没少女」 ④「リメンバー・メンバー」 ⑤ 「目撃談」 ⑥ 「逆に」 ⑦ 「さるかに私たち合戦」 ⑧ 「放課後の教室で、13日の金曜日は」

各々の話に登場する人物は、現代の数寄者かもしれない。押し売りもどきの断捨離女、穴埋め女、13日の金曜日・ジェイソン仮面女など、尋常一筋縄ではくくりきれない謎の女・女・女...実に姦しい。

それでも頭でこねくり回し、ある種の寓話のような物語をイメージさせる。コント...その笑いを得るのは大変なことであろうが、彼女たちは表面の笑顔とは裏腹に苦渋の思いで紡ぎ出している、と想像するだけで楽しい(加虐的かな)。コントという一瞬の切断面に凝縮されるシビアな世界をこれからも堪能させてほしい。

次回公演を楽しみにしております。
アイムオールウェイズバッド

アイムオールウェイズバッド

荒川チョモランマ

高田馬場ラビネスト(東京都)

2016/10/07 (金) ~ 2016/10/10 (月)公演終了

満足度★★★★

平成的下流系純愛物語...昭和金銭的悪意かも...
ブスが主役というのも珍しいが、この主人公の肖像を彫り込みながら、その周りに登場する人物の描き方は表層的である。主人公の回想もしくは妄想した中で、見聞きした話と彼女がそれぞれの相手から受け取る感情から類推して物語は展開していく。
もっとも、全て受身であるが、それには理由が...。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

物語は彼女が病院(精神科)に入院しているところから始まる。なぜ病院に入院しているのか、記憶喪失ゆえに自分の名前すら覚えていない。この彼女の記憶を辿る旅路のような物語である。

舞台セット...段差ある舞台上は、市松模様の床、中央にベットが置かれ、その脇に点滴器具。上手側は病室出入り口がある。その段差下は病院外の道。病室下手側には大きな窓(ガラス)。ぬいぐるみが置かれ、ファンタジックな雰囲気も漂うようである。
物語はサスペンス・ミステリー風であるが、その描き方はコメディ・ポップ調で可笑し味があるもの。

一人芝居ではないが、主人公の一人称のような語りで、周りの人物達の思惑がその視線に入り混じり、彼女の過去、今の暮らしが次々炙り出される。終盤は、入院するまでの過程が怒涛の如く現れる。その謎解きが高揚と胸騒ぎを覚えさせ、観客に複雑な感情の揺さぶりを仕掛けてくるようだ。
ベットの上に横たわる姿は、現実(今)での回想シーン、ベットを下りて床で飛び跳ねる姿(アイドル)は過去の回想シーン、その虚実にも似たような、または綯交ぜにした描きは巧い。段々と現実に近づくにつれて楽しい空想(虚像)が、現在の暮らしに侵食され、哀しさが際立ってくる。それは、経済(金銭)的なことであるが、それは自ら招いたこと。

本公演、昭和テイストが所々に表れる。例えば、歌謡曲「昭和枯れすすき」、キャンディーズの最終公演から、アイドルから普通の女の子へ戻りたい、と言うフレーズ。更に、同情するなら金をくれ...。懐かしさと郷愁を感じる。

終演後、作・演出の長田莉奈 女史と話をした時、雲に隠れた空(素裸)模様を心配していたが、自分は気にならなかった。それよりも再演可能にするには、主人公・美直子役(今回は えみり-ゆうなサン)を確保できるかな。

次回公演を楽しみにしております。
マルカジット、マーカサイト

マルカジット、マーカサイト

やみ・あがりシアター

こった創作空間(東京都)

2016/10/07 (金) ~ 2016/10/10 (月)公演終了

満足度★★★★

近未来の世界と現代人
説明...宇宙飛行士は性欲が強い というイメージ。同時にヒーロー(HERO)でもあるような。その人間性を分析、いや分解すればHEROはH+ERO(エロ)である。そして「英雄、いろを好む」という言葉も聞く。どちらにしてもスケベのような...。

本公演、タイトルは人間の三大欲(性欲)と「石」という硬いを掛け合わせた、または何かに準(なぞら)えるような描き方であった。序盤は少し緩いテンポであったが、火星パワーストーン採掘を決定した以降は、テーマをしっかり意識した内容になっており面白かった。
(上演時間1時間30分)

ネタバレBOX

この劇団は、人間の三大欲をテーマに公演と続けているようで、前作が”睡眠欲と鳥”、次回が”食欲と花”を予定しているという。
さて、三大欲のうち、睡眠と食欲は生命に直結するが、性欲はその危険は少ない。しかし、睡眠(健康)と食欲が確保できれば、性欲はその頭をもたげてくる。

物語は、近未来の私企業による火星での宝石、もしくは新宝石の採掘および火星での生活環境実験といったもの。その火星にあるオパールを採掘し、地球への帰還間際に発見したパワーストーン(マルカジット、マーカサイト)の更なる採掘を行うため、帰還を2年6カ月延長した。その期間にパワーストーンの不思議な力で性欲を感じるようになる。今まで経験せず、思念・観念として捉えていたことを実践し、その現実(結果)として妊娠する。同時にパワーストーンの力は、酸化という現象によって、その輝きは失せる。性欲の抑制またが減退をパワーストーンの輝きを通して表現しており、分かり易い。

物理宇宙と現実宇宙(下半身)の世界を出現させ、そこでは現実(愛)などなく、生殖行為も覚醒しない。精神をコントロールしミッションに集中させる。その現れとして各人に専門分野を負わせている。しかし、それをも乗り越えて押し寄せる(性)欲望を抑えることが出来ず、感情・肉体が支配される。その過程を面白可笑しく描き、知的エレガンスならぬ「痴的」行為をテーブルの上、下で繰り広げる。
Hey Baby...シーン転換の際、テーブルの上で観客に呼び掛ける台詞。暗転などを多用せず、観客の気を逸らさない工夫をしており好感が持てる。また、作庭の際、使用する丸石(色付けあり)を多く用い感情表現するのも巧い。

ラスト...地球への帰還後の記者会見で、AVタイトルの台詞を連呼していたようだが、これには痴性しか感じられず、逆にここは知性を持った締め括りにしてほしいところ。

次回公演を楽しみにしております。
売春捜査官

売春捜査官

稲村梓プロデュース

中野スタジオあくとれ(東京都)

2016/10/07 (金) ~ 2016/10/10 (月)公演終了

満足度★★★★★

濃密な舞台!
上演前には中島みゆき の「ファイト」が流れ、この物語の応援歌のように聞こえる。もちろん冒頭、お馴染みの「白鳥の湖」や黒電話が鳴り響くというシーンは観られる。

この公演、人間の五感を大いに刺激する。舞台セットは中央に古びた大きな机、その上には黒電話、洋酒ボトル・グラス、タバコ・灰皿、そして捜査資料がある。それを目で見、音響は耳で聞き、鼻で匂いを嗅ぎ、舌で食を味わう。その個別化した”感”を全て感じることができるが、さらに「触感」という感覚まで意識させる素晴らしいもの。この作品は多く上演されており、その中でどう観(魅)せるか、それは演技力にかかると思う。

本公演...中野スタジオあくとれ、という小空間が、昨今バーチャルな世界が加速する中、五感すべてを刺激し感動するようなものに仕上がっている。

そして、つかこうへい の思いであり想いの「 い”つか公平”に」がしっかり描かれていた。その最大の要因は、役者陣の熱演であることは間違いない。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

「熱海殺人事件」の女性部長刑事・木村伝兵衛(稲村梓サン)バージョン。全体的には前半・後半といった二部構成のように感じた。前半は登場人物のキャラクター、関係性を重視した説明シーンと、笑いの小ネタ(クレヨンしんちゃんの物真似、鮟鱇に似せた変顔=どちらも稲村梓サン)などを取り入れて後半との違い(落差)を鮮明にする演出のようであった。物語の構図は、つまらないありふれた犯罪・犯人である大山金太郎を、木村伝兵衛が一流の犯人に仕立て、その過程において社会的な問題の投げかけ...登場人物がそれぞれ自立、成長していく。

さて五感であるが、見る、聞くはもちろん、匂いはタバコや大根(もちろん、役者のことではない)、食は駄菓子をほおばり、熊田留吉(篠原功サン)に吐き掛ける。触るは、役者同士はもちろん、観客(客席・自分の隣々席の女性を立たせ、両肩が露出するまで脱がせて口にキスをする。実にセクシーで迫力満点。キスされた女性は劇団員かと思ったが)まで触る(困惑した顔で終演と同時に席を立った)。

後半の事件再現シーン...熱海海岸での大山金太郎(半野雅サン)と山口アイコのシーンから迫力を増す。特に絞殺場面の金太郎がアイコを追いかけて首を締めるところはリアリティがある。このシーン以降、つかこうへい の思いである、人種差別や性少数者・万平(世志男サン)への偏見への批判、人への温かい見守り、郷愁といった滋味溢れる台詞が心に染み入る。
今まで観た公演は、電話の向こうの警視総監しか感じられなかったが、本公演では実際登場した。稲村さんの乳房を揉み、股間を触るというエロう素晴らしい演技であった。

表現は相応しくないかもしれないが、芝居という見世物でありながら、五感全てから現実感を生み、その実感を通して生きているという喜びが感じられる。そんな広がりと深みを感じさせる観応えある公演であった。

次回公演を楽しみにしております。
---黄離取リ線---【ご来場いただき誠にありがとうございました!】

---黄離取リ線---【ご来場いただき誠にありがとうございました!】

劇団えのぐ

シアターKASSAI【閉館】(東京都)

2016/09/29 (木) ~ 2016/10/02 (日)公演終了

満足度★★★★

愛情を管理できるか...
「黄離取り線」という「黄」こそ注意を促す色、今作は現代社会が抱える子育て問題へ「親権免許制度」が導入されたら、という一石を投じる。

親権の捉え方、それは親の持つ権利ではなく、子を守る権利として存在すると...。
愛情という計測できない不確かさは、制度という管理社会よりも計り知れない慈愛に満ちている。その理屈世界では説明出来ない親子関係とは...改めて考えさせる公演である。
この制度の瑕疵を含め、理屈としては物足りないが、「制度」と「愛情」というハードとソフトの両方をバランスよくというには時間が足りないし、散漫になるかもしれない。自分ではこの展開、好きである。

この計り知れない物語は、分かり易く観せる秀作だと思う.。
(上演時間1時間50分)

ネタバレBOX

上演前は、タイトル「「黄離取り線」の文字と点線が書かれた白い布が吊るされている。始まるとその線に沿って切り取られていく。そして現れた舞台セットは、真ん中が出入り口、金網状の衝立2台、上手・下手に段差がある小台。客席に向かってと客席に平行に木道のように長板が置かれている。
今まで観た「劇団えのぐ」公演に比べると、物語を巧く魅せるという点では物足りなかった。高みからは覗く行為のみで、俯瞰でも立場でもないような中途半端な気がする。

冒頭は少年が父親から暴力を受け、倒れているところに姉が帰宅...そんなシーンから始まる。それから2年、両親の元を離れ、母の兄(伯父)の児童養護施設で暮らしている。この施設には、姉弟の他に5人の子供たちがいる。この施設が事例「親権免許教習所」とし、入所子供たちの同意がなければ、親権免許が交付されない。
この5人は、実親からの暴力、期待過多、育児放棄など様々なトラウマを抱えている。「愛情」という表現し難いことを、エピソードを挿入することで外形していく。その構成は、なぜ「親権免許制度」が必要なのか納得度を高めている。
なお、予定調和は分かっているが、もう少しラスト近くまで”何か”思惑がありそうだ、と思わせても良かった。

親子の距離は子の年齢(成長)とともに伸び縮みするが、いずれにしても永遠の難問ではなかろうか。幼き頃の縮んだ距離は愛情、伸びた距離は自立の証として測(計)るのだろうか。その量る制度として「免許」という管理制度が必要か?

本公演での作・演出の松下勇 氏の役であるが、LGBTなどの性的少数者を演じているが、そのキャラを登場させている意味は何か。新聞などでは、その人たちも子供(家族)を持ちたいような記事があったが...「親権免許」を持たない者は親になれない。その意味からの問題批評も内包し、社会派ポップに仕上げたのであれば鋭い。

さて物語は、幼き幸太(さいとう えりなサン)の男と男(父)の約束...おぼろげな記憶(意識)を辿り、その約束を破ることによって現実の世界に目を向けた。おぼろげな記憶と真実の境が明確になり、薄雲の世界の向こうに希望が観えるようだ。そんな期待溢れる物語、松下氏の「絵の具」で描き出したようだ。

次回公演を楽しみにしております。
三人姉妹vol.1

三人姉妹vol.1

テラ・アーツ・ファクトリー

サブテレニアン(東京都)

2016/09/29 (木) ~ 2016/10/02 (日)公演終了

満足度★★★

生きる痛み
愛を捨てた長女、愛を求める次女、愛を諦めた三女...戦争という最悪な不条理を経てもなお痛みを伴う世界。それでも慈しみを肯定して生きる、しかしその生きる痛みから滲み出る膿のような諦念、絶望が伝わるが...。

(上演時間1時間10分)

ネタバレBOX

舞台はほぼ素舞台、上手客席側にストーリーテラー的な役者が座る椅子・テーブルのみ置く。黒を基調にした色彩は守旧のイメージ、効果的な音響が閉塞感を漂わせるようで、間然する所のない舞台のように思えたが...。

舞台全体は抒情的。脚本の故・岸田理生の世界...その詩的な表現をダンスという身体的表現で特徴付けているような公演。それは心象を意識したものであろう。音響は、時計の秒針を刻む音、汽車の走る音、波と海鳥の鳴声など場面を印象付ける。

戦後、疎開先の家にいる三姉妹。その性格や異性関係などを通して人間の不条理をみる。長女は守旧という立場を貫き、妹達を手元から飛び立たせない。いい子を演じ、自分の考えに固執する。次女は出征した恋人(影)の復員を信じ、東京へ行きたいと。三女は恋人を長女に見殺しにされた屈折した思いから精神的な病へ。
戦争が終結しても時間が止まったままで、新しい人生が歩めない姉妹。それはこの時代の多くの人が味わった感覚かもしれない。物語はフラッパーであり長女自身が、自らを見つめる形で展開していく。そして長女の人生を顧み、将来を見る...その暗示的な台詞は、右手に過去、しかし左手の将来は何も見えない。
この大きな時代の変化の中で、これからどう生きていくのかを探る、それを濃密な会話で描き出すだけでよかったと思う。

本公演では、あえて現代、といってもバブル最盛期の東京を描き出す。それを不規則に動く人々(役名)4名で表現している。忙しく、それでいて交わらない人々、そしてディスコミュージックが流れ、合コンという流行(はやり)行為。
しかし、この戦後とバブル期の享楽的な状況の対比は、脚本を陳腐なものにしたように思う。このシーンを描くのであれば、長女と次女、長女と三女だけでなく、次女と三女の関係をもう少し描いてほしかった。

先にも書いたが、身体的表現など独創性があるだけに、勿体無い公演に思えた。
次回公演も楽しみにしております。
かえってきた不死身のお兄さんー赤城写真館編ー

かえってきた不死身のお兄さんー赤城写真館編ー

演劇企画ハッピー圏外

Route Theater/ルートシアター(東京都)

2016/09/26 (月) ~ 2016/10/02 (日)公演終了

満足度★★★★★

余韻ある芝居
昭和25(1950)年の地方都市...本公演は戦後の爪痕を残し、高度成長期はまだ先という、はざ間の時代を背景に、地域に根ざした人々の暮らしを温かく見守るような物語。
この劇団の特長、舞台セットがその時代へタイムスリップしたかのような錯覚になる。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

舞台セットは、上手側に赤木写真館スタヂヲの看板が掛けられた土蔵、中央に物干し竿、植木、下手側に家の廊下、縁台・三和台がある。

登場人物は脱力感溢れる善男善女、ほろ酔い機嫌のような曖昧模糊(あいまいもこ)のような輪郭の虚像。それでいて地べたに足がつき過ぎた生活感、息遣いが伝わる実像。その背景には苛烈な戦場の光景と、目の前の日々淡々とした暮らし。それらをかき回すのが復員してきた、不死身のお兄さん・赤城茂助役(田口大朔サン)という存在である。もっともそう多く登場する訳ではなく、戦中と今(戦後5年)を繋ぐ役どころのようである。戦争の酷さ、それは人の運命を変えるほどの影響、そしてこの時代にも戦死誤報があったということ。何の変哲もない市井の人の日常が温かく描かれているが、その底流には戦後5年経ても誤報が届くなど戦争の傷痕を引きずっていることへの批判が込められているようだ。

キャストの演技はハッピー圏外団員はもちろん、客演陣も人物造形をしっかり体現しており楽しめた。特に赤城みよ役(北ひとみサン)と女学校時代からの友人・野々村千恵役(天野耶依サン)の婚活を巡る騒動が、公娼制度の存在や兄の(恋愛)感情を暴発させる誘因になっている。
また、その昔あった万屋(多種類の物を売る=公演では「三角商店」)、今で言うコンビニの存在も懐かしい。当時あった原風景、さらには戦争の光景を現実の向こうに想像する。街は変わり、今では見かけることが少なくなった光景...舞台セットの風景から、人は現在だけを生きている存在ではなく、時空を超えて過去の人々と心を通わせることができる、その仲立ちしているのが街の風景であることを改めて思った。

一方、当時にしたら高級品であるカメラが、一人一台持つ時代が来る、そして電話と機能一体となった機器が出来るかも...そんな平和な世に自分たちがいるということを思い起こさせる秀作。

気になるところ...
劇場「てあとるらぽう」にしては、全体的に少し大きすぎる声のようで、テンポが単調に思えてしまう。人情、その機微が観えるシーンもあり、そのやわらかくやさしい雰囲気との兼ね合いが大切。それによってメリハリの利いた印象になると思う。

次回公演を楽しみにしております。
ミニチュア

ミニチュア

シアターノーチラス

新宿眼科画廊(東京都)

2016/09/23 (金) ~ 2016/09/27 (火)公演終了

満足度★★★★★

濃密な会話劇
鳥のように高みからの俯瞰と虫が地を這うようにして見る巨視・微細という世界観。それらを舞台セットで表現している。
舞台は女性一人住まいのワンルーム。
公演が始まって明転すると、テーブルの上に白いミニチュアの街模型が置かれている。俯瞰するのがテーブル上の模型(住んでいる街)、虫の目がこの部屋(個人の生活)そのものであり、大・小逆転させている。その心象形成は、公演の不思議さ、不気味さを強くしている。
(上演時間75分)

ネタバレBOX

客席はコの字型。中央の舞台には、ベット、ミニ整理タンス、カラーBOXに本、机に本、テーブルが配置され、それらの上に小物が適度に散らかっている。壁には洋服が...。

この部屋の主・朝倉文枝(登場しない)は、突然出勤しなくなり、仕事で使用する写真データが入ったUSBを持って蒸発もしくは事件・事故に巻き込まれたようだ。この部屋での探し物をしながらの会話...ルーペを近づけて解像度を上げるような生々しさが迫ってくる。姿なき女性の同僚やカメラマン(荒牧、水沢、西原、岡田、池谷)や姉・朝倉和枝、友人・門脇の証言を通して女性の姿=人物像が浮かび上がってくる。この設定の巧みなところは、大手出版社ではなく、地域のミニコミ誌制作プロダクションであること。これによって対人関係が苦手、パソコンの陰に隠れるようにして仕事をする。終業すれば自宅へ直行、そして友人といえば...。

登場する人の人物造形がしっかり描かれ、人間関係がいろいろ見えてくる。友人とはマイノリティという配慮した表現よりは、あえて「同性愛」の関係とする。また姉妹の関係は、姉の気持からすれば、幼少の頃から「お姉ちゃんだから妹の面倒を見るの」という刷り込みに辟易している。何年も会っていなく、他人より疎遠のような存在のようである。
用事に託(かこつ)けて人を出入させ、登場人物を巧みに組み合わせる。職場における立場や恋愛関係も絡めてトゲや悪意ある会話、先に記した同性愛者の誤解による嫉妬、姉の苛立ちなどが痛いほど伝わる。

この比較的小さな劇場に漂う空気...本音の会話がもたらす緊張・緊迫感が息苦しくなるようだ。この逃げ場のない空間において、役者の演技が不穏な雰囲気を作り出している。

白いミニチュア模型はよく見ると歪んで作られている。模型の中心にひときわ高い高層の建物。この公演は現実に似たような事件・出来事を想起させるが、あくまでフィクションであり架空の話であるという。それでも高い所に上がると何か(悪戯)したくなる。

本公演、いつの間にかサスペンスの様相へ変化してくる。登場しない朝倉文枝が模型を作ったという設定であるが、その人物の心の中が見えてくるような、そして心が疲れ病んで消沈いるように思えるのだが...。その一方で、登場人物のドロドロとした感情が溢れ出すようだ。
ラストシーン、模型を見つめ、「こんなところに居たの」とポツリ言うのは誰か。

次回公演を楽しみにしております。

水沢名緒子役の木村香織サンから他劇団の公演「雨夜の月に 石に花咲く」を観に行った際、偶然にも隣席になり、本公演の情報を聞いた。
自分では好きな公演で楽しめた。

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