ワンダフルムーン
トツゲキ倶楽部
d-倉庫(東京都)
2016/12/07 (水) ~ 2016/12/11 (日)公演終了
満足度★★★★★
人の棘と温かさの両面
時代設定の妙、ミステリアスな物語で興味を持たせ、トツゲキ流ミュージカルで観せるという、いろいろな工夫が好ましい。
「人」という漢字は、背を向けているのに、その一方で支えあっている。昭和時代の団地の人間関係、そこで起こる奇妙な出来事を面白可笑しく、ちょっぴり切なく描いた秀作。
(上演時間1時間45分)
ネタバレBOX
昭和44年の希望が丘ニュータウンという団地が舞台。そのセットは、高さの違う台座2つが前後(都合4つ)に設置されている。上手側(1)と下手側(3)にスタンドマイクが用意されている。シンプルな造作であるが、その上下の動きが躍動感とテンポ感を生み出している。
梗概...2つの話を従えて本筋が展開する。まず、この団地に越してきた母・立花帆凪(杉村理加サン)、娘・芽里(前田綾香サン)のミステリアスな行動。外出は夜だけ、娘は声が出ない。父親は既に亡くなっている。2つ目は、団地内で自転車による交通事故が発生した。この事故が事件かもしれないと刑事が団地内で聞き取りを始める。事故死した男の尻に咬まれた痕が...。団地の住人によるよからぬ噂話...それが新しく入居してきた母・娘に向けられ...。
昭和44年といえば、乗用車とトラック等の事故件数が拮抗してきた頃。それだけ乗用車による事故が多くなってきた。本公演ではさすがに団地内で乗用車という訳にもいかず、自転車での事故死として描いている。そこは芝居としての”笑い”と現代の自転車事故という状況の両方を意識しているようだ。コーラス主婦(松井由起子サン、高島素子サン、金井恵理花サン)の衣装は赤・黄・青という信号機(並び含め)をイメージさせている。
サスペンス仕立では、後方壁幕に月を映し出し...劇中では民俗学として、月の不思議な”力”として「竹取物語(かぐや姫)」「人狼」の話を紹介していた。しかし、アポロが月に行ったのは半世紀ほど前。ウサギも棲んでいない。そういえば、この物語では不思議な薬(実は「整腸薬」)が出てくるが、竹取物語でも不老不死の薬が出てくる。昭和45年には大坂万博で「月の石」も展示された。そういった、いくつもの小ネタ、演出が面白い。
しかし、本公演の最大の魅力は、初「トツゲキ流ミュージカル!」の謳い文句にある歌であろう。この劇団の公演は下北沢が多い(d-倉庫もある)が、この劇場の天井の高さが聴かせる効果を果たしていたようだ。もちろん出演者(専門家もいる)のボイストレーニングの賜ものであろう。
物語は、団地の人々の小さな悪意が込められた噂話であるが、底流にあるのは大きな思いやりと優しさ。年末に相応しい”トツゲキ倶楽部”らしい公演であった。
次回公演を楽しみにしております。
組曲『遭遇』
空想組曲
サンモールスタジオ(東京都)
2016/12/07 (水) ~ 2016/12/14 (水)公演終了
満足度★★★★
楽しさとの遭遇...印象付も好し
独立した14短編集(日替わり短編含む)が織り重なり、寄木細工の小箱・大箱が組み立てられるようだ。その箱には想像したことが収ま(入)っているが、箱の大小は観客の思い描き方によって異なる。
一見オムニバスのようだが、短編が収束(収斂)していくかのようだ。やはりタイトル通り「組曲」という方が相応しい。物語は宇宙-その未知な世界を不可思議な出来事を絡めて描いている。
組曲・宇宙というイメージから、ホルスト作曲「惑星」をイメージした。こちらも本公演の半分7つの楽章に分かれておりテーマで聴かせる。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
ファンタジー的な観せ方であるが、内容は残虐・非道...飼い猫を殺し、その飼い主の少女の心を傷つける。少女はショックで不登校(自宅から外に出ない)になってしまった。彼女が好きな主人公(小西成弥サン)は、自称宇宙人(中田顕史郎サン)から願い事を叶えてあげると言われる。当初は金持ちになどというありふれた願いを言っていたが...。
物語の展開は、僕の願い事のたび、宇宙人から「願い」に対する懐疑的な質問をされ戸惑う。その質疑の繰り返しを通して、本当の願いを知ることになる。人の感情(この場合は本当の願い)を正確に(言葉)に表すことは難しい。そのあやふやな気持を突き詰めた結果、僕がとった行動...その意外さ。
すべては夢物語か、現実の出来事だったのか。それは観客の想像に委ねられたように思う。宇宙はフラット...暗闇なのか、そこで描かれるものは色彩がないのか。公演チラシにも、「そして『色のない世界のスペースオペラ』…」だと。そして「形を変え姿を変え、終わりを迎えることなく繰り返される果てのない物語」、と結んでいる。しかしこの物語は14短編を統率し、全体が意思を持って流れていく。本公演は、枝分かれしている「語る」という仕組みを乗り越えた面白さがある。
舞台セットは、中央にブース、上手側に直方体の椅子。下手側に衝立状のドア(出入り口)。ブース内に照明が当たると宇宙空間が広がるような美しさ。作りは簡素であるが、その空間とそこに広がるイマジネーションが世界観を豊かにする。その意味で舞台美術の妙、舞台技術(照明)は印象的であった。
また、キャスト全員の演技力は確か。その観せる魅力は素晴らしい、そしてそのバランスも良い。個人的には 岡田あがさサンの独特の雰囲気が印象的であった。
少し気になったのが、「僕と君との二人芝居」(鍛治本大樹サン)の一人芝居。客いじりのようなことをしつつ、その役柄の人間性を吐露(弟を見殺し)する場面に違和感を覚えた。確かに終盤シーンへ繋ぐためには人物像を描いておく必要があるが、その観せ方が他の挿話と違い、時(流れ)が足踏みしていたような...。
次回公演を楽しみにしております。
『TERU TERU!』『焦土』
APAF-アジア舞台芸術人材育成部門
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2016/11/19 (土) ~ 2016/11/20 (日)公演終了
満足度★★★★
対を成すようなイメージ...その妙が好い
「TERU TERU」と「焦土」は、2015年の「国際共同制作ワークショップ」で創られた15分の「種芋」をフルサイズに発展させたもの。
この両作品のテーマは「雨」であるが、その捉え方は対照的である「TERU TERU」は雨が降り続けることへの祈り「テルテル坊主」、一方「焦土」はその読みの通り焦げた大地への降水の祈り。
(上演時間 各70分 途中休憩30分)
ネタバレBOX
「TERU TERU」
冒頭、自転車に乗って男が登場する。この男の父は息子に僧侶になってほしいと願う。男には好きな女がいるが、女の母はこの地の領主に娘を嫁がせたい。この男女は運命のような柵(しがらみ)に囚われ、強く愛を確認する。雨が洪水のように降り、禁断(愛)という洞窟の中に囚われる。雨をやませるためにテルテル坊主を作る。この坊主と父の僧侶という繋がりが見える。
舞台美術は上部から水(雨)が降るイメージ。その下で愛を閉じ込め循環させている。娘は掃除しているが、それは雲を掃くが、なかなか掃ききれない。一方、男は垂れ幕のようなものから頭だけを出し、首から下を覆い隠す。その姿がテルテル坊主そのもの。その演出は面白く、そして切ない。
「焦土」
焼け野原といった風景...舞台美術は墓場(塔婆が立っている?)のような大地。上手側奥は別空間をイメージ、手前客席側に祈祷場。下手側はベッドが置かれ生ナマしい。
冒頭は、ロボットダンスまたは群舞にして全キャストが登場する。和服(袴)男、軍服男、みすぼらしい男、洗濯女、着物の異国女といった人たちが、乾ききった大地に苛立つ。焦土...煉獄の中、自分が助かり生きることへの執着、他人を犠牲にしてもというエゴ、そこに見る人間の本質が厭らしい。
舞台技術(照明)は、白い壁に妖しげな陰影を映し、とても印象的であった。受難の地へ誘い込むような...。
両作品とも「雨」であるが、先に記したように捉え方は対照的であり、その組み合わせの妙は感心した。
国際共同制作ワークショップ上演会 テーマ「化粧」
APAF-アジア舞台芸術人材育成部門
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2016/11/18 (金) ~ 2016/11/19 (土)公演終了
満足度★★★
テーマを身体表現で...
マレーシア、日本、中国の演出家が、「化粧」をテーマにした小作品...その「種芋」が上演された。
2002年に始まったアジア舞台芸術際は、今年(2016年)からアジア舞台芸術人材育成部門」(APAF)と改めた。そのプロデューサー・宮城聰 氏によればテーマについて次のように書いている「化粧について考えることは、人間とは何かを考えること、演劇とはどういうものでどう変化してきたかを考えることにつながります」と。少し観念的と思えるような芝居(演出)であるが、その主張は「言葉」が無くても伝わる。
ネタバレBOX
上演タイトル(上演順)
「a」 (島貴之 日本)
単語に沿ったパフォーマンスであるが、そのイメージは表現遊びといった感じがした。観た目は、軽快なラジオ体操イメージから後半は演劇性ある重厚なものへ変化。将来の小さな夢が描かれているような...。
「en TRANCED」(アイーダ・レザ マレーシア)
まっすぐでエネルギッシュな話。全身白い衣装の4人(女3、男1)。自分の体の胸・肩・腕などを叩くサマンダンス。リズム、動き、パフォーマンスに「エントランス」の意味を持たせる。儀式としての身体表現との違いが化粧(メイク・アップ)ということだろう。
「Kiss Kiss Bang Bang 2.0」(ワン・チョン 中国)
キスのオンパレード。キスの形態は、ジェンダーを乗り越えたようなパフォーマンスのように思える。演者は男4人、女1人、犬1匹、その組み合わせが変化しながらキスを繰り返す。日本では、あまり見かけない光景に他国性を感じる。
それぞれに「化粧」を描いているのだろうが、その(国際的)演出の違いによって印象も異なる。一方、観客の観る感性によっても異なることを考えれば、この「国際共同制作ワークショップ上演会」は面白い試みである。
「みどりのおばさん現る メランコリー白書」 「マイセブン」
グワィニャオン
萬劇場(東京都)
2016/11/30 (水) ~ 2016/12/04 (日)公演終了
満足度★★★★
面白い! 【みどりのおばさん現るメランコリー白書】
グワィニャオン15周年...それを記念して2本立て公演「みどりのおばさん現るメランコリー白書」と「マイセブン」である。この2作品は物語がリンクしており、一つの事件と、その事件のその後が描かれ、双方の登場人物達が絡み合い、事の深層が顕わになるという。自分は前者のみ観たが、それだけでも面白かった。後者も観れたら...残念に思う。
物語は、緩いミステリーといった描き方。みどりのおばさん=交通安全という言葉が結びつくほど一般的になっている。この制度(学童擁護員)は、児童を交通事故から守るためスタートしたという。自分が小学生の頃は、学校で交通安全に関する映画を上映していたが、今はどうなのだろうか。
この学童擁護員の組織は全国規模で、各支部が存在するという。物語は東京都八王子市が舞台になっている。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
昭和34年(1959年)11月19日、通学する児童を 交通事故から守るための学童擁護員(愛称:緑のおばさん)の制度がスタートしたという。物語りは、このみどりのおばさんと無軌道な若者という分かり易い対立構図で展開する。
舞台セットは、中央奥に八王子市街の模型が作られているが、劇中に「ウルトラの母」が登場し、その大きを示すためTV撮影用のセットが組まれているようだ。上手側にますだ商店(たばこ屋?)、下手側に2階建ての学童擁護員八王子支部詰所の看板が掲げられている。両側に電柱も立ち街の一角を作り出している。
昭和の懐かしい雰囲気を感じる。1役2名(大人と子供時代)を往還させ、その中で地域の繋がり(子供がみどりのおばさん一人ひとりの性格分析をして親しみ)を見せる。この公演では、子供が抱くヒーローとしてウルトラの母が街を守る。(安全)守るをみどりのおばさんに準(なぞ)らえていると思われる。
梗概...警察取調室であろうか、中央に机・椅子が置かれている。主人公・津田みどり(渡辺利江子サン)と刑事・笹岡(尾形雅宏サン)との激しいやり取りから物語は始まる。その台詞回しは、つかこうへい 「熱海殺人事件」もしくは「売春捜査官」のパロディ。自動車、バイクの衝突事故、それに巻き込まれた通行人(みどりのおばさん)に関わる事情聴取のようだ。実は本名を名乗らず、のらりくらりの返答。そして事故から49日目にしてようやく真実を語り出したが...。
交通事故を再現する演出は、コメディタッチであるが、リアル感もある。若者の狂気と車の凶器が見て取れる。一方みどりのおばさんの侠気が子供を守る。しっかり見せ場(クライマックス)へ導く展開と観(魅)せる 力 が素晴らしい。この公演では交通事故というよりは「事件」に近いような取り扱いであるが、その悪意を教訓臭く観せることはしない。そのエンターテイメント性重視が心地よかった。
次回公演を楽しみにしております。
空の箱庭
「空の箱庭」舞台化プロジェクト
新宿眼科画廊(東京都)
2016/12/02 (金) ~ 2016/12/06 (火)公演終了
満足度★★★★
抒情的な...
失恋した女性の心の彷徨を描いたような物語である。情景は目に浮かぶようであるが、その風景・景色はのっぺりとした静止画のようである。額縁の中で人物だけが動き、その感情だけが伝わるようだ。枠がない空に箱庭を作るという絵空事、そのぽっかりと穴が開いたような心内が少し切ない。
(上演時間1時間25分)
ネタバレBOX
テーブルに相向かいに座る、または海を眺める、いずれにしても組み合わせの違う2人芝居に近い。
梗概...主人公の女性・駒場(篠原彩サン)は7年間同棲をしていた「渋谷くん」(登場しない)から突然の別れを告げられ傷心、友人チャコ(三澤さきサン)に電話し、その家に住まわせてもらうことになった 。江ノ電沿線、海が見える青壁の家である。その家には保育士・池ノ上(花戸祐介サン)が住んでおり、チャコの従兄弟と言っていたが、後日、夫であることがわかる。チャコは売れっ子絵本作家、実は浮気をしており相手の男・北沢(森田陽祐サン)の子を宿した。場面は浜辺の散策で知り合った男・浜田山(武井駿サン)とのぎこちない会話。登場人物5人の淡々とした日常会話が瑞々しい。
駒場は、別れた現実を何とか受け止めようとする、そんな時、渋谷くんが自分より若い女性と結婚することを聞く。私の7年間は何だったの?口惜しさ、苛立ちからの痛飲する姿がいじらしくも切ない。一方、池ノ上は飄々とした物腰、チャコの浮気を容認しているようだ。そのチャコは、不毛な関係をも楽しんでいる様子だ。そして浜田山は駒場の大学の後輩で在学当時から慕っていたような...。
それぞれの関係は交錯した人間関係ではなく、あくまで2人の関係の中で揺れ動く感情を表している。肉感的というよりは精神的な気持の変化に心を重ねて観るような、そんな等身大の物語である。
役者5人のキャラクター(感情表現のヘタな男-池ノ上、一見楽天家-チャコ、身勝手でずるい男-北沢、透明感の浜田山)はしっかり立ち上がっている。特に、花戸さんの飄々とした態度が、篠原さんの喜怒哀楽という感情を浮き上がらせ、人物描写が生き生きとしていた。
この物語は、結婚を意識した女性が、自分の胸の内に抱え込んだ気持ちに折り合いをつけるような、そして現実に立ち向かおうとする過程が緩やかに、透明感溢れる描写で演出されているところが好い。
絵本というファンタジックな浮揚感は、この物語のゆったりとしたテンポそのもの。そして波の音が聞こえ抒情豊か...余韻のある公演であった。
次回公演を楽しみにしております。
「ヴルルの島 」
おぼんろ
ラゾーナ川崎プラザソル(神奈川県)
2016/11/30 (水) ~ 2016/12/11 (日)公演終了
満足度★★★★
おぼんろ らしさ
寓話は記憶に残りやすい。神話や諺が長年人の心に残るのは、教訓的な要素が人々の経験・体験を通じて共感できるからではないだろうか。しかしそれは後知恵で追加されてくるもの。寓話はその神秘性も含め、律しきれない”もの”を植えつけるから時代を超えて残るという。
おぼんろは、大人のための寓話を物語り続けている。本公演には色々な寓話...教訓的要素がちりばめられているが、すべてを救い上げることは難しい。この公演も例外ではなく、観念的要素が...それでも観客に訴えてくる力は見事。
さて観劇したのは公演2日目であるが、語り部・末原拓馬氏が場内を見渡し、参加者(観客)が少ないのに驚いていた。自分も意外な気がしたが...。
ネタバレBOX
舞台セットは、昔々か若しくは遠い未来か、今現在か定かではない。もちろん場所も特定できない、一種の仮想世界である。その不可思議な情景をしっかり観せる。中央に花道、四方八方に小スペース。参加者の後方で演技をすることもあり、それによって物語は不可思議であり変幻自在に紡がれる。
孤独な盗人は港に泊まっていた船に乗り込み、積み荷ごと船を奪おうとした。しかし、その船はゴミの島ヴルルへ向かう。島で盗人は、誰かに何かを贈りたいと願う怪物...壊れかけた軍用ロボットに出会う。そして、島にまつわる悲しく残酷な過去が...。盗人はこのロボットを”アゲタガリ”と呼び出した。
この盗人が、この島に来るのは宿命であった。親との邂逅するような、しかしその真実は悲しい。
おぼんろ の公演は、語り部の独特にして繊細な言葉(台詞)が瞬時のきらめきで表現される。その物語(セットも含め)は、観えるものだけではなく、底に幾つもの豊饒な層があり、その内にある力が参加者(観客)の心へ訴えてくる。夢・現実の区別なく儚い世界に漂う、その心地よさが魅力であろう。
語り部は、毎公演とも熱演である。場内をところ狭しと駆け回り、時に参加者の後ろへ回り情景を紡ぐ。この走る動作は、当然息が上がるが、その結果”語る”が自然と離れ、(声なき)身体表現へ移行していく。そのダイナミックさが、今度は物語に意志を持たせて自走するようだ。
次回公演も楽しみにしております。
位置について
かわいいコンビニ店員 飯田さん
シアターノルン(東京都)
2016/11/30 (水) ~ 2016/12/04 (日)公演終了
満足度★★★★
台詞から気持が伝わる
保育園の物語であるが、その展開は大人事情による目線で、保育園児との関わりはあまり見えてこない。ここでは保育園を取り巻く環境の厳しさ、そこで働く人々の悲喜こもごもが少しドタバタしたコメディ...とても面白く、長時間であるが飽きることはない。
当日パンフに主宰の池内風 氏が「言葉とは、気持ちを伝えるための手段の1つに過ぎない」そして「複雑化させた言葉を巧みに操り、間接的に気持ちを伝える」と書いている。同感であるが、その延長線として、言葉を巧みに操れない、それゆえ純粋な園児と保育士(先生)の関係、その拙い言葉に気持が観えるような物語であってもよかったと...個人的には園児と先生の交流、それぞれの成長と旅立ちを観てみたかった。
(上演時間2時間10分)
ネタバレBOX
舞台セットは、中央奥に中二階のようなスペースを作り、別場面を演出する。主な場所は、保育士の執務室兼休憩室のようなイメージである。上手側にピアノ、園児教室へ通じる出入り口、下手側は古びた木製事務机と椅子。事務用品やボードに留めたカード・写真が保育園らしさを出している。
シチュエーションは、私立星和保育園の各保育士が抱えた喜びと苦悩を労働環境(条件)などのシステムと絡めて描く。特に主人公・安西春(笠井里美サン)が実母の浪費癖で金策工面等で休みが多く、交代シフトで他の先生に負担が掛かる。また、彼女のクラス(5歳児ゆり組)には仲の良くない園児がいるが、それは母親同士の確執のようだ。それが子供へ影響する。子を思う気持ちが高じてモンスターペアレンツへ。厳しい労働事情を前面に押し出しているが、その緩衝として女性が多い職場を反映して恋愛話を盛り込む。ラストは、大人事情が優先し園児たちの気持が置き去りにされたように思えたが...。
保育現場の状況は、新聞やTVニュースで見聞きすることがあるが、それは何らかの事故があった時のこと。その都度喧伝される保育事情(待機保育も含め)は推測できるかもしれない(実態は正確に把握できない)。それを物語にしている。
個人的には、保育園児と先生の関わりを中心に描いてほしかった。その場面は安西先生が子供に話しかける、その子になって喜び回るという一人芝居で見せてくれたが、そのシーンはとても印象的であった。親離れする一歩が保育園または幼稚園であろう。不安に思う子の手を離し先生に託す。そして子供は小さな保育園という社会(世界)の生活を経験する。
一年を通じて、入園式・母の日・父の日・夏休みを経て、運動会・お遊戯会 そしてお別れ会など、さまざまなイベントがある。それだけ先生は大変な仕事、目に見えない苦労があろう。それを園児との関わりを通じて先生自身も成長していく。そんな有り触れた物語でも良かったと思う。
安西先生の恋人・塩崎望(池内風サン)も会社を辞め、退職金を安西先生の母親の借金返済に充てる。そして安西先生の保育園での苦労を察して園を辞めることも選択肢であると...。タイトル「位置について」は、今までの生活(保育士)を見直しスタートラインに立つこと、物語のクライマックスの運動会にかけてのネーミングであろう。そこには自分達(大人事情)のスタートは見えるが、子供たちの気持ちはどうなったのか、気になるところ。
この公演は役者陣の演技が素晴らしい。その先生のキャラクターと立場が鮮明で、物語をグイグイ引っ張る。唯一、新人男性保育士の野田洋平(堀雄貴サン)が優しいが優柔不断さで、濃い女優陣の演技をより際立たせていた。
次回公演を楽しみにしております。
償い
teamキーチェーン
d-倉庫(東京都)
2016/12/01 (木) ~ 2016/12/04 (日)公演終了
満足度★★★★
観る前からの
チラシが物語の発端という手の込んだ公演。
物語は「償い」なのか「復讐」という表現が相応しいのか。償いという語感は、当事者に主体的に何かをさせる、というイメージを持っていたが...。それゆえラストシーンの尻切れトンボの感が気になるところ。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
舞台セットは左右対称で、高さのある舳先のような三角形をしており、客席側にあるブロックを取り外しをしていく。また上部は客席側に傾斜しており、そこでの演技は不安定なようだ。また上部には2つの出入り口があるが、その違いは場所の違いを表している。
梗概..中学時代の同級生が自殺したようだ。そして仲の良かった仲間が久しぶりに再会するところから物語が始まる。集まったクラスメイトには次々と不幸な出来事が...。このメンバーがいつも集まっている店は元教師が経営しているが、魔の手はこの店をも標的にしていた。集まっているのは中学時代にある生徒を苛めていた。もっとも会話からは苛めという意識はあまり持っていなかったようである。
この苛めのシーンがチラシの表。裏山で黒子を苛めて喜んでいる様子。裏はその逆で家族などの悲観した様子。そこには喪服の姿も映っている。物語の発端は当時の彼ら彼女らとっては些細ないたずらであったかもしれないが、その対象になった生徒にしてみれば苛め...そのトラウマが引き篭もり、家庭内暴力へとエスカレートしていった。
苛められていた生徒は家庭内暴力を始め、それに耐えかねた父親が...冒頭シーンへ繋がる。この生徒には姉がおり苛めを行っていたグループの一人と付き合っており、その偽装?恋愛によって色々な情報を入手していた。
序盤...演劇の定番の如く登場人物が全員登場し、不規則にブロックを外していく。いったん人的なものが破壊(解体)されたら、構築物のように補修して元に戻すことが出来ない。ラストシーンは廃墟のようになった場所の上(いつも集まっていた店)で犯人と思しき姉が召喚されるイメージのところで終わる。最近のteamキーチェーンの公演に比べて救いがないと思う。
舞台美術の傾斜、その不安定な構造、新聞・紙幣・徳利・TVリモコンなどの小物はすべて白。不気味な様相を様々な演出で表現しており、細部に拘りが見られる。
一方、ラストシーンは犯人と思しき人物と対峙することなく尻きれトンボのような感じである。愚行による孤独、さらには家庭内での蛮行。実はその部分が描かれておらず、この償いもしくは復讐に至る過程の描きが弱いと思う。諦観に向かうところへの思いは観客が想像するということか。それともその先の説明は無用と切って棄てたのか。
観客(自分)にしてみれば、この諦観を託されただけでは物足りないし、この余韻は残酷のようにも思うのだが...。
次回公演も楽しみにしております。
出張診療所
劇団芝居屋
ザ・ポケット(東京都)
2016/11/30 (水) ~ 2016/12/04 (日)公演終了
満足度★★★★★
芝居の王道
時代劇「水戸黄門」は、印籠を見せて一見落着という定番でありながら、長寿番組になっていた。劇団芝居屋は、「現代の世話物」の創造を目指し「覗かれる人生芝居」というコンセプトの下に役者中心の表現を模索している。
本公演「出張診療所」は、僻地医療に焦点を当ているが、その物語はもう少し広範囲な問題提起をしており飽きさせない。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
舞台セットは、場面によって転換するが、中心は診療所待合室と外道のような所。診療所は診察室もあるが紗幕で遮られており、もっぱら待合室での展開である。
梗概は、町医者である父が病に倒れ、大学病院に勤務している娘・柴田光江(増田恵美サン)が、父の代理として僻地の出張診療所に務めることにした。 大学病院に帰りたいと願い、三ヶ月の期限を切る光江であったが、僻地医療の実態を目の前にして、その心境に変化が見られる。
公演では過疎化・高齢化に伴う世代交代、地域の活性化(資源開発)などの社会的な問題と、嫁姑、父と息子という人の関係とを描く。その「社会」と「個人」という問題を僻地医療という問題にうまく織り交ぜて内容を豊かにしている。
過疎化・高齢化は、その地域に医療施設が在るか否かは重要な問題。そのポイントをしっかり中心に据えている、その視点が人情話としても観せる。
この娘が医者を志したのは、映画「赤ひげ」(黒澤明 監督)の影響だという。江戸時代の貧しき人々の医療に当たった小石川養生所が舞台になっている。そこは市井の人々、そしてこの公演では僻地の人々という繋がりも見える。娘にとっての赤ひげは”父”であったという。
物語の演出は、娘自身の気持ちはボイスレコーダーを利用し吐露する、何ら芝居で説明することなく、素直な気持を語らせる。一方、人間関係の表現は伏線を巡らせじっくり観させるという違い見せる。そして3カ月期限、その更新という時(季節)の移り変わりは衣装や妊婦の姿として自然に分からせる。実に見事な演出。さらに人の生死を長老・磐田源蔵(増田再起サン)の病死と息子嫁・磐田美由紀(神崎あやかサン)の(孫)出産シーンをシンクロさせるという印象付けも良かった。
細かい演出だが、海まつり(地域情景)に出かける浴衣姿、柱時計の時刻音、花火の音など心に残る。この物語に登場する人々は、日本のどこかにいるであろう人の姿...その情感がしっかり伝わるような「覗かれる人生芝居」、その真骨頂を観た。全ての役者名を記していないが、とても素晴らしい演技でバランスも良かった。
次回公演を楽しみにしております。
15 Minutes Made Volume15
Mrs.fictions
インディペンデントシアターOji(東京都)
2016/11/26 (土) ~ 2016/12/04 (日)公演終了
満足度★★★★
劇団の特長が...
この公演は15分という短い時間の中でどのように観せるか、劇団の特長が表れる企画である。この贅肉を削ぎ落としたような作業の結果、上演された全6作品はどれも面白かった。もちろん、各劇団とも長い(通常の上演時間)作品も制作できることは分かっている。この企画を通じて、各劇団の特長なりを感じることができれば...観に行こうとさせる、そんなCM的な意味合いが見て取れる。
(上演時間2時間 途中休憩10分)
ネタバレBOX
①「イングリッシュ・スクール」【劇団ヤリナゲ】
英語に囲まれた世界でもがき苦しむ私をコメディに...どうやら実話に近い。
②「天使なんかじゃないもんで」【Mrs.fictions】
廃墟のような場所へ来たヤクザ風の男、そこへシスターが現れ...実は偽者。
③「ともちゃんの、メモ」【mizhen】
大事なことは何でもメモする。その可愛らしい仕草だが...なかなか怖い。
④「卒業日和」【feblabo】
高校の卒業式、憧れの先生に告白しようとするが、何故か友人が見ている。
⑤「このまま」【トリコロールケーキ】
4人の男女が包丁を砥いでいる。時にそれが他の人に向く...シュールだ。
⑥「彼女が旅行に出た理由」【劇団競泳水着】
某宿で住込みで働きだした女性...そこへ女子高生とその母が現れ、ドタバタ。
全体的に平易で大人しい観せ方で、奇抜さは感じられなかった。その分丁寧に作り込んでいるという印象を持った。荒唐滑稽な芝居は、短い時間でオチをつけ収束させるのが難しいのだろうか。時間的制約の影響であれば、その演劇傾向は一定の方向を向いてしまうのだろうか。
次回公演を楽しみにしております。
僕たちは他人の祈りについてどれだけ誠実でいられるか(仮)
Ammo
Space早稲田(東京都)
2016/11/23 (水) ~ 2016/11/27 (日)公演終了
満足度★★★★
挑戦・試みに拍手
まず、当日パンフの脚本・演出の南慎介 氏の挨拶文...「イスラームの演劇を創ろうと決めたとき、誰もが『やめたほうがいい』と言いました(中略)あまりにも僕たちの文化は違い過ぎており、彼らの大事にしているものを傷つけてしまう可能性があるから、と」...その逡巡する気持は解るような気がする。
【女たちの祈り】編(上演順)
「六月の長い夜」「私の兄はイスラム原理主義者になった」とも日本以外の国の出来事。日本における”宗教観”を見据えつつ、それでも解りやすい様に「個人」と「宗教/世界観」の仲立ちをするのが家庭であり家族という普遍的な視座を意識している。この2作品の間に直接的な繋がりはないが、テーマはもちろん宗教ということ。一概に宗教といっても、その違いが紛争の火種になるほど重要なものである。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
「六月の長い夜」
舞台セットは、中央にテーブルと椅子、リビングルームといった感じである。奥には映写幕が張られている。テーブルの上にはコーランが...。
梗概...場所・時はエジプト・カイロ、夫婦だけの濃密な会話劇。1967年6月から始まった第三次中東戦争(アラブ側では6月戦争)の某夜。物語は夫婦の離婚話、そこには第三者である長老の承諾が必要らしい。その長老が現れるまでの数時間、夫婦という男・女における信仰における本質(相違)を巡る議論が興味深い。同じ宗教であっても、男と女という性別によって異なる、そこには宗教をも超える生(性)が見える。
「私の兄はイスラム原理主義者になった」
舞台セットは、基本的に先の物語と同じ。ただし、テーブルは上手側奥へ移動し、下手側には新たにテーブル・椅子が置かれる。この二つのテーブル(位置関係)が宗教の違いを表している。こちらはドキュメンタリー風に観せるため、カメラワークが入っている。
梗概...場所・時はイングランド・ポーツマス、ほぼ現在における実話。引きこもりだった兄がロンドンに出掛けるようになった。そしていつの間にかイスラム原理主義者になっており、家族は彼をキリスト教に戻そうと話し合いをする。その教義の話し合いの過程で宗教を中心に色々な問題が浮き彫りになってくる。
舞台セットは、基本的に変わらないが、その薄暗い中のランプの灯りは神秘的な雰囲気を醸し出す。その暈けた感覚が(個人的には)宗教という概観を暗示していると思う。この感覚は宗教への信心の度合いによって異なるだろう。それを一定の距離感を保ち客観的に観(魅)せることで押し付けではなく観客へ問いかけるような...。その意味で懐が広く深い感じのする公演であった。
なお、「私の兄はイスラム原理主義者になった」は心象形成というよりは、映像で視覚的に観せる、ドキュメンタリーというインタビューという介在という直観・客観的という異なる手法を用いているのも巧い。
役者の演技力は緊密であり、距離感・臨場感の体現も見事であった。そのバランスも良く物語に引き込まれた。特にエマ役(前園あかりサン)のインタビュアーとしての冷静さ、家族の一員(長女)としての苛立ち、その熱演は観応えがあった。
次回公演を楽しみにしております。
第17回公演 『モラルハザード』 第18回公演 『Ctrl+z ダイアリー』
劇団天然ポリエステル
キーノートシアター(東京都)
2016/11/24 (木) ~ 2016/11/27 (日)公演終了
満足度★★★★
面白い!【Ctrl+z ダイアリー】
現代社会の深刻な問題を取り上げた内容であるが、どちらかと言えばそこからの再生・再起といった描き方になっていた。その裏返しの人生で切なくなる感動シーンに泣ける。もちろんテーマをしっかり捉え問題の所在も確かに観える。
当日パンフの相関図は分かりやすく、物語に集中できるのが良い。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
素舞台...物語は中学時代の思い出したくもない出来事に立ち向かい、未来を変えるもの。もっとも自分の過去を直接変えられないが、他(愛しい)人の過去を刺激し自分の未来へ影響させる。
梗概...2036年の主人公・芥頼道(中澤隆範サン)は仕事も恋愛も順風満帆。ところが突然彼女(社長令嬢)から別れ話が出され逆上してしまい、清掃部署へ異動になってしまう。彼女には上辺だけの男のように思われた。意気消沈しているところへ科学者2人が現れ、過去(2016年)の中学時代の自分(ラフティ中山サン)に邂逅する。当時、見た目も存在感もパッとせずベンチーズという非モテグループに属していた。クラスにはいじめっ子・氷室晶(やんえみサン)等がいたが、一方正義感溢れる学級委員・御園葉子(碧さやかサン)が牽制していた。ひょんなことから頼道は葉子と親しくなるが...。正義感の強さは孤高によるものであったが、他人との関わる楽しさを知ったことで弱みも出来た。晶は頼道を苛めることで葉子を追い詰める。親しくなった仲間が自分を無視し、心の痛み淋しさを知らされ不登校になる。その後、転校し図書館経営(勤務)の中で科学者を育て上げる。
過去の自分の情けない姿と、現在の自分の姿が重なり上辺だけの努力をしていたことを知る。そこには人に影響を与える力・魅力が伴わない、という教訓臭さも感じられた。
素舞台であることから情景描写は弱くなるが、それを上回る印象付け...役者は登場人物のキャラクターをデフォルメする表現で、しっかりヒューマンドラマとして仕上ていた。ブラック・コメディとしての苛めの典型的な場面(親しい友人が無視・見ぬふり、教師による苛めの存在否定・屁理屈など)も挿入することで、物語に厚みを持たせているところが良い。
2036年(35歳)の自分、2016年(15歳)の自分を同時に登場させるという力技、20年後の自分が愛しい女性・葉子(15歳)を励ま(逃が)すような会話はご都合主義かも。そんなことは卑小とも思うが、この直接的な収束ではなく、もっと間接的な方法、その工夫があれば...その過程にもっと興味が持てたと思うが...。愛しい女性の過去を変え未来も変わる。その結果、自分の未来にも影響・変化しているリンケージが面白い。同時に別の世界で創られた科学者2人が存在しなくなるという切なさ。それを承知で手助けしたのも科学者である。
次回公演を楽しみにしております。
vol.18<DADDY WHO?>
天才劇団バカバッカ
サンモールスタジオ(東京都)
2016/11/16 (水) ~ 2016/11/27 (日)公演終了
満足度★★★★
面白い! 【木村昴バージョン】
父の通夜に集まった人々、単なる知り合いではなさそう。そもそも面識もなく、これから一波乱起きそうな雰囲気が漂っている。父は亡くなっているから登場しないが、ここにいる人たちの話を通して生前の人柄なりが明らかになって行く。その不思議な半生の悲喜交交(こもごも)が観る人の心を温かくする。
(上演時間2時間 途中休憩1分程)
ネタバレBOX
生前を回想するようなシチュエーションは、演劇に限らず映画(例えば「生きる」黒澤明 監督など)でもあり、珍しくはない。その多くが回想シーンを実際描き視覚化させているが、この公演では携帯電話による通話やメールといった手段を利用し、外部と交信することによってリアルタイムに思い出を掘り起こしてくる。それゆえ、時間の経過は現在を刻んでおり、物語の展開が分かりやすい。そしてテンポも軽快で観ていて心地よい。
舞台セットは、リビングルームといったところ。中央に白ソファー、その後方にガラス窓がある。上手側には外に通じるドアやダンボール箱、下手側には括り付けの棚が2つ並ぶ。そこには本、小箱など色々な雑貨のようなものが収納されている。後々この小物が重要な役割を持つ。
当初、亡父には遺産がありその相続で揉めるのか、といった定番のような始まり方である。また部屋にいるのは全員兄弟姉妹の関係にあることが、段々と明らかになっていく。何故こんなに子供が多いのか、父が職業を転々とする、血(血液型が不一致)のつながらないなどのミステリアスさが物語を牽引する。その謎が明らかになる過程を通して、登場しない父の人物像の輪郭が見えてくる。父は”ゲイ”...集まっている子供たちは、それぞれの母の連れ子である。その母が父と結婚(援助的意味合いが強い)したことで親子の縁ができた。それぞれの家庭事情(前夫の暴力・経済的困窮など)を承知で...いわば人助けというオチである。
役者は、登場人物のキャラクターを作り上げ、物語がうまく漂流するかのような演技が素晴らしく、全体のバランスも良かった。公演は、同じ脚本だが演出の違いで上演時間が120分(木村昴バージョン)と90分(白倉裕二バージョン)の2つを上演している。この長さが異なった物語をそれぞれのキャストがシャッフルしたバージョンもあった。この変形バージョンも観てみたかった。
次回公演も楽しみにしております。
荒野ではない
SPIRAL MOON
「劇」小劇場(東京都)
2016/11/23 (水) ~ 2016/11/27 (日)公演終了
満足度★★★★★
社会と個人を描く
「青鞜」...今から約100年前に女性だけによる文芸誌が創刊された。そこに著された主張は現代にも通じる課題・問題でもある。それだけに、プロパガンダと受け取られそうであるが、当時の社会情勢・状況の中に巧く溶け込ませていた。
(上演時間1時間35分)
ネタバレBOX
「青鞜」の発刊は検閲とのたたかい、断続的に発禁処分になるなど、今にしてみれば理不尽な行いを受けたようだが、それに黙る(発表しない)ことによる危惧を訴える。公演は、当時の「情勢・状況」と雑誌に関わった「人物描写」の両方の視座から観せている。その意味で「骨太」でありながら「繊細」な感じもする。そこがこの公演の魅力のように思う。
舞台セットは、和室に座卓、その向こうに障子というシンプルなもの。座卓の鳥籠は女性の比喩か。青鞜の発行悪化から寺の一部を借り事務所代わりにしている。脚本は史実と虚構を綯い交ぜにすることで物語に厚みを持たせたようだ。その社会状況という史実に青鞜代表の平塚らいてうと、彼女を取り巻く人々の生き活きとした社会活動、その群像劇は観応えがあった。同時に彼女の”女性”という生身の人間臭さ、その断片が垣間見えるところに情感を覚える。
さらに公演では、女性の問題に止まらず、反戦・平和、(部落民)差別など、一種普遍的なテーマを取り上げており、現代に通じるところがある。ここに100年前の文芸誌を取り上げ、彼女を突き動かした時代背景と現代を重ね合わせ描き出したところが興味深い。特に女性の地位向上に関して、世界経済フォーラムが毎年、世界男女平等ランキングの結果を発表(統計手法の正否は別)しており、日本は100位前後であり、まだまだ改善が必要だと...。
物語は らいてうが映画「智恵子抄」を観て、帰宅したところから始まる。この冒頭シーンが秀逸である。電灯が点かず、月明かりの中で観てきた映画の感想...「あんなに美人ではなかった」と呟く。このモノクロの中に佇む構図は静謐といった感じである。
ちなみに記録映画「元始、女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯」(羽田澄子監督)として彼女自身が取り上げられたものがある。
登場人物は9人であるが、それぞれのキャラクターと立場・役割をしっかり表現しており物語の世界に浸れた。公演は叙情的な台詞回しが多く、難しいと思うが、見事に演じきっており観応え十分であった。
次回公演を楽しみにしております。
量子的な彼女
NICE STALKER
インディペンデントシアターOji(東京都)
2016/11/19 (土) ~ 2016/11/23 (水)公演終了
満足度★★★★
観測したら輝いていた!
真の意味で「死」が怖いのは、その人の存在が忘れ去られてしまうこと。劇中のこの台詞が物語の構成のもとになっている。素朴でキュンとするような女子高生が登場するが、そんな彼女たちのミステリアスな経験を、タイトル「量子的」なことに絡めて描く。雰囲気は浮揚感に溢れているが、内容は地に足がついていた
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
客席はコの字型で、舞台を三方から囲む。シーンによっては客席左右のコーナーを利用して出入りする。コミカルな演技で魅せること、世界観の広がりを観せることを意識したようだ。舞台は中央奥に十字架の形をした間接照明の装置(BOX)が置かれている。天井には惑星をイメージした飾りが吊るされており、スペース・ファンタジーといった感じである。
梗概...未来から過去を回想、もしくは過去から未来に訪れたといった展開である。高校入学した時、少し変わった性格の池田萌子から話しかけられ友達になった私・藤本紗也香。その萌子が発起人になりオカルト研究部を創部したが、いつの間にか恋愛など青春期の出来事を通過しているうちに部には誰も来なくなる。この萌子は卒業アルバムの写真なども載せず「存在」していた形跡を残さない。
同窓(級)会などで、そんな「彼」や「彼女」がいたか?という記憶から抜け落ちてしまう「友達」を想う。記憶にある認識は時の経過とともに曖昧になる。文系としては「量子的」という専門用語と格闘しないため、手元にある国語辞典を利用する。そこには「それ以上に分割できない物理量の最小単位」とあった。「人」はそれぞれ個体であってそれ以上分割できない「存在」であり、その「存在」を誰かの記憶の片隅に置かれ(生かし)ていれば死んでも寂しくないかも…。
ミステリアスはオカルト研究部、ファンタジーはSF研究部、(力強く)足を地につけた屋上の先輩たち、その場面ごとに雰囲気が異なるシーンを演出し、登場人物が生き活きと描かれていた。色々な意味で濃い女優陣に、緩(淡)い男優陣が絡んで実に観(魅)せる公演であった。
次回公演を楽しみにしております。
お願いだから殴らないで
MacGuffins
シアターKASSAI【閉館】(東京都)
2016/11/16 (水) ~ 2016/11/27 (日)公演終了
満足度★★★
熱演だが...
物語は分かり易いが、心に響くものが少なかった。演技は熱演のようでもあり、単に声が大きいだけだったのかもしれない。当日パンフに演出・古田島啓介 氏が、この作品は「家族の話」だと書かれており、子供への「愛情」に満ちた挨拶文が記載されている。そのテーマの感動が伝わらなかったようで残念だ。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
舞台セットは素舞台、中央奥に箱があり、時々そこに上がり宣言または俯瞰するような演技がある。
梗概...主人公・相沢譲治(夢麻呂サン)は50代会社員。妻と息子の三人家族である。突然 リストラされ、出た退職金(2000万円)も帰り道でひったくられて無くなる。激怒する息子、呆れる妻...。そんな危機的な状況下、怪しげな人物から、どん底人生からの一発逆転ゲームへ誘われる。優勝賞金は何と7億円。
人生は苦難の時ほど前を向いて「ヤッター!」と叫ぶと良いらしい。このゲームは漫画「賭博黙示録カイジ」を想起させる。もちろん設定等は違うが、どん底にいる男の逆転人生。本公演での賞金は宝くじ並みの高額。
トーナメント制ゲーム(参加者はリングネームのような名前=譲治は「愛情仮面」と名乗る)を通して、その大金に見合うもの、そしてスポンサーの目的は何か、という直裁的に描かれないところが気になる。不幸を愉悦するTV放映、そこに見え隠れする加虐性を刺激するのであれば、「愛情」というテーマとは逆に「残忍」というイメージを持ってしまう。参加者の中には親しくなった人、そして最後に対戦する相手は...。
演技は熱演であるが、その多くは譲治役によるもの。先に記した他人の不幸を喜ぶような感じが纏(まと)わりつくこと、譲治(または「愛情仮面」)の独壇場のようなブラック・コメディ?に終始していたようで勿体無い。
次回公演を楽しみにしております。
荒地に立つ
富岡英里子プロデュース公演
プロト・シアター(東京都)
2016/11/18 (金) ~ 2016/11/20 (日)公演終了
満足度★★★
想像力豊かにさせる
プロデュース公演ということが気になって観劇した。観客によって好き嫌いが分かれそうな描き方である。物語性や設定を重視する方にはどうか?個人的には好きな方であるが、気になるところも...。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
舞台はコーナーを利用するため、客席は斜め(対角線上のような)にしている。最前列は桟敷(座布団あり)、2列目は丸椅子、3列目以降はひな壇に背凭れ椅子。自分が観た回はほぼ満席で盛況のようであった。
芝居は暗転なしで、劇場出入り口方向(客席後方)から たまこ(富岡英里子サン、本公演のプロデューサー)が下着姿で歩いてくる。舞台を半周し、置い(脱ぎ捨)てある衣服を身に着ける。その際、風船を膨らませ腹あたりに抱え服(上・下黒色と割烹着)で被う。見た目は妊婦姿である。小物としては炬燵、鍋ぐらい。
何度か繰り返される「東京オリンピック前夜」という台詞...現在を指し示すのだろうか。
梗概...自分には物語というよりも感覚的、観念的な描き方のようであった。それでも主張したい内容は何となく分かる。
”私”が生まれたこの世界、荒地(東京か)に立って見れば、そこは不条理に満ちたところ。例えば外国人労働者の増加に伴い就労先が少なくなっている、家族に(精神)疾病者がいれば隠匿(いんとく)する、という偏見。花火と称しながら砲声のような轟音、核(シェルター)・平和という言葉が断続的に聞かれる。壁に映し出される映像は雑踏中を歩く姿。それが早送りされノイズ状態で聞き取れなくなる。現代人の早い口調、それに追い付けなくなる。都会(人)へのアイロニーであろうか、東京砂漠(荒地)は掘っても何もない=漂流者はさすらうから未来がないと...。
気になるのは、演出が少し観念的で分かり難いこと。演技は、役者の登場シーンの多い・少ないも影響しているかもしれないが、力量差...富岡サンの圧倒的な存在感が凄い。このバランスが良くなかった。やはりプロデュース公演は難しい。
最後に風船を飛ばすシーンの意味は...生命の誕生、生きていくことの比喩であろうか、男優演じる路上生活者は刹那的に観えるが、それでも逞しく生きている。
次回公演を楽しみにしております。
Birthdays
演劇制作体V-NET
TACCS1179(東京都)
2016/11/16 (水) ~ 2016/11/20 (日)公演終了
満足度★★★★
テーマは同じだが、その描き方は違う面白さ【Aチーム】
本公演はテーマ「Birthdays」である。2作品との人の誕生を描いているが、その物語(脚本)、設定・雰囲気(演出)は対照的だったように思う。
どちらの作品にも気になるところが...。
この公演は演劇制作体V-NET創立15周年記念公演第2弾!という。この2作品を観てどちらのチームが面白かったかを投票し、2017年5月の「GK最強リーグ戦2017」への出場チームが決まるという。
1作品目「ららら」(内海伯太氏 作・演出)は平凡な日常に異常(異例)なことを描く。
2作品目「HAL」(マホロバ氏 作・演出)は特異な状況を作り出し、その中で平凡な暮らしを描く。
日常に非日常(またはその逆)を描くことで、その対比の面白さを出そうとしていたように感じた。
(55分×2作品 途中休憩10分)
ネタバレBOX
舞台はどちらも同じようにホテルのロビー。上手側に横長ソファーとテーブル、下手側に受付カウンター、傘たて、マガジンラックが置かれている。
「ららら」
オーソドックスな観せ方...時間の流れが順方向という現在の世界の物語。嵐の夜という閉じた状況下、冒頭、台風情報が流れてくる。ホテルはオーナー・堤(江崎香澄サン)含め3人で運営している。宿泊客は商社マン1人、若い夫婦と夫の母親の3人家族の2組。その妻は妊娠しており臨月である。夫はマザコンで母親の言いなりである。嫁姑バトルというよりは姑に仕えている。客室(2階)にあるが、台風の影響で停電気味。そこで客を1階ロビーへ避難させる際、母親が嫁を落そうとしたと...。もちろん誤解である。勘違いで面白可笑しく見せるのはコメディの常套手法。ちなみに母親(門地ジル子サン)の嘆き、早く親を超えてほしいと呟く。一方、商社マンは同僚女性を妊娠させたが、結婚の意志がないため別れた。そのショックで女性は流産してしまう。この元彼女も現れて...。
気になったのは、宿泊客の人物像なりは描かれていたが、それに比べてホテルの人々の人物像の描きが弱い。3人がどういう経緯で知り合い、このホテルで働くことになったのか、その関係性が見えてこない。タイトル「Birthdays」であるが、生きるへ繋がるのであれば、生きてきた過去にも触れてもよかった(55分では短いのだろうか)。
「HAL」
近未来に向けたロボット工学・開発チームの学会発表前夜、ホテルロビーでの不思議な出来事。人工知能ハルの叛乱を描いた「2001年宇宙の旅」を想起する。究極にカスタマイズされた人工知能は人間のよき理解者であり交歓者にもなり得る。そこに量子コンピューターも登場させ最先端科学(技術)の議論が展開し出す。もちろん要約すると...そういう形で簡易説明も忘れない。さて、主人公夫妻には子がいない。妻の妊娠しにくい体質というのが原因である。夫・秋山丈太郎(西川智宏サン)は結婚する前に付き合っていた彼女との間に子供が生まれていたことを知る。この最先端の技術を利用し、生まれた子との関わりを見るが...。自分の都合の良い(夜泣きなど子育ての苦労は見たくない)ようにシュミレーションを変えるパラレルワールドのようだ。
気になったのは、妻が妊娠したと知った時、それまでシュミレーションしていた子(彼女)が新たな生命の出現によって上書きされたように感じる。そこには無かったこと、という虚の世界が観てとれて悲しかった。
救いはカーテンコール後、舞台の両袖で父と子が見つめ合う姿があったこと。
2作品はどちらかと言えば対極...常(王)道的な物語と斬新な作風のぶつかり合いが興味深かった。それだけ演劇制作体V-NETの層が厚いということ。
次回公演を楽しみにしております。
旅立ちの人
アンティークス
OFF・OFFシアター(東京都)
2016/11/16 (水) ~ 2016/11/20 (日)公演終了
満足度★★★★
色々盛り込まれているような
人間ドラマをサスペンス・ミステリー風な展開で描く。主人公の少年時代のトラウマ、それを乗り越えた先の恐るべき反動、後々それに絡んでくる脇筋をともないながら歪な正義が物語の発端となる。
ミステリーとしては、伏線の張り巡らせ方は弱いように感じるが、サスペンスという点では迫力・緊張感があり楽しめた。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
舞台セットは、段差があるだけのほぼ素舞台。正面は白い壁、両側には衝立のようなもの。置かれているのはいくつかの椅子。シーンによって椅子を動かし情景や状況を作り出す。それだけに役者の演技力が重要になってくる。全体的なバランスも良かったが、主人公・栗原真司(五島龍之介サン)の少年時代を女性キャスト(三品万麻紗サン)が演じているところに多少の違和感。
梗概...真司は元刑事で、強引(暴力的)な捜査、取調べで犯人やその家族から恨みをかい、妻が殺害された。その犯人と思しきグループに復讐し刑務所で服役している。そして元同僚から娘が難病で入院していることを聞く。囚人仲間1人と脱獄して会いに行く。その途中で不思議な青年・トモ(隆辺耕作サン-記憶喪失のよう)と出会い行動を共にすることになる。実は、真司の少年時代の親友という設定だ(ミステリアスにして異界感)。また妻を殺害した真犯人は、一緒に脱獄した男であることが明かされる(唐突感)など、ミステリーとしてはリアリティのなさ、ご都合的なところがある。
しかし、人間のドラマの観せ方としてミステリーという手法を用いていると思えば、その核となる人物(人生)の描き方はドラマチックであった。苛めというトラウマの反動は、その後の人生を狂わすほどの影響があった。一方、我が娘への愛しさ、会っても真実を打ち明けられない切なさ。
公演は、得体の知れない憎しみをぶつけ合い、愛を求め合うような物語。全体的に不穏・不安な雰囲気に包まれているが、随所に挟み込まれる病院(室)や青年トモとの出合いと触れ合い場面が心を和ませてくれるのが救いであった。
次回公演を楽しみにしております。