僕たちは他人の祈りについてどれだけ誠実でいられるか(仮) 公演情報 Ammo「僕たちは他人の祈りについてどれだけ誠実でいられるか(仮)」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    挑戦・試みに拍手
    まず、当日パンフの脚本・演出の南慎介 氏の挨拶文...「イスラームの演劇を創ろうと決めたとき、誰もが『やめたほうがいい』と言いました(中略)あまりにも僕たちの文化は違い過ぎており、彼らの大事にしているものを傷つけてしまう可能性があるから、と」...その逡巡する気持は解るような気がする。

    【女たちの祈り】編(上演順)
    「六月の長い夜」「私の兄はイスラム原理主義者になった」とも日本以外の国の出来事。日本における”宗教観”を見据えつつ、それでも解りやすい様に「個人」と「宗教/世界観」の仲立ちをするのが家庭であり家族という普遍的な視座を意識している。この2作品の間に直接的な繋がりはないが、テーマはもちろん宗教ということ。一概に宗教といっても、その違いが紛争の火種になるほど重要なものである。
    (上演時間1時間30分)

    ネタバレBOX

    「六月の長い夜」
    舞台セットは、中央にテーブルと椅子、リビングルームといった感じである。奥には映写幕が張られている。テーブルの上にはコーランが...。
    梗概...場所・時はエジプト・カイロ、夫婦だけの濃密な会話劇。1967年6月から始まった第三次中東戦争(アラブ側では6月戦争)の某夜。物語は夫婦の離婚話、そこには第三者である長老の承諾が必要らしい。その長老が現れるまでの数時間、夫婦という男・女における信仰における本質(相違)を巡る議論が興味深い。同じ宗教であっても、男と女という性別によって異なる、そこには宗教をも超える生(性)が見える。

    「私の兄はイスラム原理主義者になった」
    舞台セットは、基本的に先の物語と同じ。ただし、テーブルは上手側奥へ移動し、下手側には新たにテーブル・椅子が置かれる。この二つのテーブル(位置関係)が宗教の違いを表している。こちらはドキュメンタリー風に観せるため、カメラワークが入っている。
    梗概...場所・時はイングランド・ポーツマス、ほぼ現在における実話。引きこもりだった兄がロンドンに出掛けるようになった。そしていつの間にかイスラム原理主義者になっており、家族は彼をキリスト教に戻そうと話し合いをする。その教義の話し合いの過程で宗教を中心に色々な問題が浮き彫りになってくる。

    舞台セットは、基本的に変わらないが、その薄暗い中のランプの灯りは神秘的な雰囲気を醸し出す。その暈けた感覚が(個人的には)宗教という概観を暗示していると思う。この感覚は宗教への信心の度合いによって異なるだろう。それを一定の距離感を保ち客観的に観(魅)せることで押し付けではなく観客へ問いかけるような...。その意味で懐が広く深い感じのする公演であった。
    なお、「私の兄はイスラム原理主義者になった」は心象形成というよりは、映像で視覚的に観せる、ドキュメンタリーというインタビューという介在という直観・客観的という異なる手法を用いているのも巧い。

    役者の演技力は緊密であり、距離感・臨場感の体現も見事であった。そのバランスも良く物語に引き込まれた。特にエマ役(前園あかりサン)のインタビュアーとしての冷静さ、家族の一員(長女)としての苛立ち、その熱演は観応えがあった。

    次回公演を楽しみにしております。

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    2016/11/30 22:48

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