メロン農家の罠
桃尻犬
OFF・OFFシアター(東京都)
2017/01/12 (木) ~ 2017/01/18 (水)公演終了
満足度★★★★
狭い世界の物語であるが、その向こうに現代都鄙の問題が垣間見えるようだ。日常の生活をデフォルメして奇妙に描いているが、そこには「人」を表出、息をのむような生々しさが…。登場する人物の本音にざわざわし息苦しさを感じる。そぅ、「自分はこういう人間である」という叫び声である。この肉体と性格を持って生まれ、こう思っている、感じているという強烈な主張のぶつかり合いに緊迫感がある。平凡な生活に僻々している、その裏返しにメロン泥棒という刺激を与えることで物語を牽引する。
この物語は東京近郊の農家を舞台にしているが、シチュエーションこそ違うが、1980年代のある映画を想起してしまう。青春群像劇ならぬ猥雑な土着群像劇は見応えあった。
(上演時間1時間35分)
ネタバレBOX
舞台セットは、茨城県にある農家の和室(畳)。上手側に別空間をイメージさせるスペース。和室の下手側に飾り棚があるが、そこに色々な小物。正面は襖であるが、その絵柄はメロン。
梗概…この農家には姉・自分(30歳)・妹(10歳)の3兄弟が住んでいる。10年間に亘ってメロンを盗まれ続けている。毎年防犯対策を講じるが効果がない。表層は、メロン泥棒という日常ありそうな出来事を設定しているが、実のところ変化の乏しい生活、姉妹・自分が置かれている環境の閉塞感にイラついているようだ。10歳の妹が、暴走(万引きの繰返し)・狂気(ラストの行動)のような行為を展開するが、その心底には自分の面倒を見るために姉・兄が犠牲になっているという負い目のようなものを感じている。
この家に出入りしている中国人、姉の婚約者(後に夫)を巻き込んで、お互いの感情が爆発させる。この家族またはその周囲にいる人の思惑が誤解と勘違いでねじれ錯綜する様が面白い。
この公演は、映画「遠雷」(根岸吉太郎監督)を思い出してしまう。都市化の波に呑み込まれていく1980年代初頭の宇都宮を舞台にした青春もの。日々の鬱屈を晴らすかのようにトマト栽培に励む主人公は、お見合いした相手とその日のうちにベットイン。ふたりは結婚することになるが、披露宴の夜、人妻と駆け落ちした友人がひそかに主人公のもとを訪れ…。都会でもなく田舎でもない中途半端な日常への苛立ちや、青春風俗がリアルに描かれる。特にセックスに対してあっけらかんなヒロイン像などが話題になった。ラスト、主人公カップルが歌いながらのエンド(この公演でもラストは歌を…)。
公演では、学歴詐称してでも嫁探し(お見合いパーテイ)をしているが、近郊農家における苛立ちと閉塞感が漂う。また猥語の台詞が並び…そこに鬱積と焦りが見える。本来は坦々な話(生活)であるが、その状況や環境に通底する問題を、住んでいる人間の欲望を借りて表現させているところが巧い。物語を面白くしているのは、登場人物のキャラクターと関係性であるが、それをしっかり体現している役者陣の演技は見事。この個性豊かな登場人物が、脚本の奥深さを一層掘り下げて表現し、面白さを倍加させている。
次回公演を楽しみにしております。
ジャングル人か!
(劇)レインボウ城!
上野ストアハウス(東京都)
2017/01/06 (金) ~ 2017/01/08 (日)公演終了
満足度★★★★
寒風吹く中、街頭でチラシを見せ呼び込む劇団関係者…それとなく見ると無料公演!昼間は用事があったので、夜観させてもらった。2017年松納めの日に劇団レインボー城!第100回記念公演。その勢いある物語、年初幸先よいスタートを切ったと思う。
チラシは登場人物の多彩な姿…そのキャッチフレーズが「太平の眠りを覚ます宝船、四隻そろって上野に来航!襲い掛かる生命力!ボクの、ワタシの人生が、変な所からまた始まりますよ!」という訳の分からないもの。
しかし、そのナンセンスと思えるような物語は、現代人の色々な思いを面白可笑しく描き出していた。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
冒頭、舞台セットは渦を巻いた絵が描かれた衝立が立っている。その後は場面転換に応じてセットも変わる。
梗概…正月初詣している時に時期はずれの台風が来る。その寺が千葉県木更津市にある證誠寺(しょうじょうじ)である 。場面は転換、車で雪中を走っていたが道に迷ったシーンへ。そして更に中学生の部活場面へ転じていく。そして地球温暖化を研究するための部員募集。
さらに飛躍したシーン…衣装を竹のように巻き込んで、その中に女性が立っている。もちろん竹取物語の”かぐや姫”であることは一目瞭然であるが、実は天王星(科学的に、この星は主にガスと多様な氷から成っているらしい)から来た異星人である。この星は零下によって異星人は滅し、かろうじて1星人のみ地球に来た。身近で約束事のように描かれる地球人・異星人の恋愛模様は楽しくもあり哀しさもある。
大宇宙、それに関連した地球温暖化対策の課題、異星(性)人の恋愛という卑近な問題まで多様多彩な張り合わせが、徐々に一つの物語を形成してくる。一見ナンセンス・コメディと思えるが、その奥にはしっかりとしたテーマがあるのだが…。鮮明、明確にせず、あくまで軟らかく包み込み、観客に委ねるような投げかけである。当日パンフにも「南総里見八犬伝や指輪物語のような緻密な嘘ではなく、かなりテキトーこいてます。」とあるが、なかなか強かな公演である。
冒頭に紹介した寺には、『狸囃子』(伝説)が伝えられ日本三大狸伝説の1つになっているという。 この伝説を元に、童謡『証城寺の狸囃子』が作詞作曲されている。この公演全体は狸に化かされているのか?雪中で迷った車内、眠ってみていた夢物語かも…。
役者24名(1人何役か演じ、登場人物は28人)が個性豊かに演じ分ける。それもかなりのハイテンションで足早なテンポも心地よい。これで「完全無料!」だから”得した気分”である。
次回公演も楽しみにしております。
おいしい鍋と愛の話
HitoYasuMi
OFF・OFFシアター(東京都)
2017/01/07 (土) ~ 2017/01/09 (月)公演終了
満足度★★★★
現実にありそうな3姉妹の話。この女三人芝居ユニット、Hito YasuMiはキャストの名前の一字(大村(仁)望サン、飯坂(泰)子サン、川村(美)喜サン)を入れたしゃれたネーミング。3年前に結成し下北沢カフェ公演を経て、今回初めての劇場公演だとか。
本当の姉妹かと思うような息の合った芝居。そこに日替わりゲストが出演して彩り?を加える。姉妹の個性、立場、役割がしっかり描かれ面白い。
2020年の東京オリンピックが間近になって…そんな2017年冬、年末・年始をはさんだ数ヶ月の物語である。
3姉妹と言えば、半世紀(50年)前の1967年1月からのNHK大河ドラマもそうであったような。色々な意味で、姉妹は3人が物語にしやすいのだろうか。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
舞台セットは、上演前から布団が3組敷かれ、そこに姉妹が寝ている。下手側には別空間をイメージさせるスペース。東京・表参道の賃貸マンション(1DK)で共同生活をしている。雑多な空間であるが、それゆえ生々しい暮らしぶりが感じられる。
2020年東京オリンピックを控え、このマンションも新国立競技場建設の関係から立ち退きを迫られている。その期限まであと1カ月程。何となく居心地の良い生活から、またそれぞれの途を歩き始める、そんな過渡期にある適齢期の娘3人。
長女・伊智子(飯坂泰子サン)はしっかり者で看護師。恋愛経験も少なく、処女でいることが重荷だった。そして出会い系サイトを利用して…。
次女・芙実(大村仁望サン)は臨時の学校保健師。恋人と同棲していたが解消し別れた。生徒の悩み相談にも乗っていたが、生徒の一人が自殺を…。
三女・紗苗(川村美喜サン)はバイト(夜はガールズバー勤め)。男友達は多く、生活も場当たり的だ。近所のコンビニ店長を密かに慕い、ある夜泥酔し自宅へ…。
姉妹がそれぞれの出来事を通して傷つき、悲しみ、もがく姿が少し痛く切ない。姉妹だから知られたくない、一方で心配し合うというリアル感に引き込まれる。
鍋料理食べながら、それぞれの悩み、心配事、今後のことを話す。それがタイトルでありチラシ写真である。観ている方(自分)も心温まるよう。
3人の視点からそれぞれの不安・困惑を鮮明に、それも半ばコミカルに描く。人(女性)の内面を覗き見る表現、生活環境の変化に折り合いをつけながら変化していく様、その両方を高揚感あるテンションで絡み合う秀作。この脚本・演出に対して役者陣(ゲストは佐藤正和サン)の演技も上手い。
短い期間であるが、姉妹にとっては貴重な時間…そこに刻印された思い出は、観客である自分もしっかり共有させてもらった。
次回公演を楽しみにしております。
たたかうおとな
演劇企画アクタージュ
荻窪小劇場(東京都)
2017/01/06 (金) ~ 2017/01/09 (月)公演終了
満足度★★★★
「子供の喧嘩」よりも始末が悪い「大人の喧嘩」…【Bチーム】
子供の喧嘩によって話し合うことになった夫婦2組の壮絶な会話劇。当初は大人らしく穏やかな話し合いが続くと思われたが、大人と言えど人間である。その性格が段々と露わになり、自分自身のこと、夫婦間のこと、さらには男女という性差による感情など、錯綜し漂流するような会話が面白く描かれる。
前説であった上演時間を越えて約1時間30分。
ネタバレBOX
舞台セットは、赤い壁のリビングルーム。中央にソファーとローテーブル(その上にチューリップが入った花瓶)が置かれ、壁際に飾り棚やハンガーが配置。上手側は台所や洗面所へ通じる。下手側にソフトクッションのような椅子2つ(白と黒)
梗概…ザッカリー(9歳)がイーサンを殴打し、イーサンは前歯2本を折る怪我を負った。この”こどものけんか”により、加害者男児の両親が、被害者ロングストリート宅へ赴き、話し合いをする。被害者・イーサンの両親は、ホームセンターに勤務する父・マイケルと、アフリカに関する書籍を著す作家の母・ペネロピ。加害者・ザッカリーの両親は、多忙な弁護士の父・アランと投資ブローカーの仕事に就く母・ナンシー。両家の話し合いは、最初は良好なものだったが…。
何故か帰れなく話し合いを続けている。そうした中で、アランは製薬会社の薬品データ偽装の訴訟を抱えており、会話の途中に何度も電話がかかる。一方腹痛を起こしたナンシーは嘔吐し、吐瀉物がアランのズボンとペネロピの蔵書にかかる。
アランとナンシーは互いに無関心。マイケルとアランがスコッチを飲み始め、女性2人も酒が入って口喧嘩もヒートアップ。アランとペネロピが口論となるが、途中に電話が何度もかかりアランの携帯をナンシーが取り上げ、花瓶の中へ…。
ある言葉(台詞)や瞬間(仕草)によって、人の機微に触れ機嫌を損ねるような地雷を踏む。この限定空間(リビング)にはいろいろな所に地雷があるようだ。各人の視点から描かれており、被害者・加害者意識から妄想、感傷、軽視、認識の欠如を思わせるような場面が次々に暴き出される。その批判は相手夫婦のみならず自分の伴侶にも及ぶ。大人としての論理的な対応が必要、そんなことが垣間見えるがまた感情的な言動と行動を繰り返す。そこには子供より始末が悪い人(大人ゆえ)の本質が見えてくる。内面(性格)と外面(職業)を纏った人、その”たたかうおとな”は見応え十分。
この翻訳劇は面白いが、それを体現する役者陣の演技が硬く、その力量差もあったように思う。人物の性格や社会的地位(職業)を醸し出すような、演技に血肉があればもっと面白いかと…。
次回公演を楽しみにしております。
ミュージックドラマ 「あなただけ」
駐日韓国文化院
駐日韓国文化院ハンマダンホール(東京都)
2016/11/29 (火) ~ 2016/11/30 (水)公演終了
満足度★★★★★
本公演は、2016年から2018年までの3ヵ年を「韓国訪問の年」に制定したことを記念し、韓国文化院で特別公演として上演された。ミュージックドラマとは、普通のミュージカルと違い、大衆ヒット曲と演劇を掛け合わせた劇のことを指すそうだ。韓国の90年代のヒット曲が劇中にちりばめてある。
本来、韓国での上演は3時間であるが、それを2時間に短縮している。
公演(台詞)は韓国語であるが、舞台両脇にモニターが設置され日本語訳が出される。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
舞台セットは、上手側に街灯と花壇、下手側は樹木とベンチが置かれている。奥の壁面を幕にし夜空・(三日)月を映し出し、とても綺麗な描写として印象付ける。
梗概…慶尚道に住むとある夫婦の結婚生活を描いた物語。夫婦の新婚で暮らすシーンから、妊娠(娘)、出産、娘の結婚などを経て、老齢していくまで、喧嘩していがみ合いながらも仲睦まじく暮らしていく様子を描いた物語。90年代に韓国で流行した名曲で構成された、全世代の人が楽しむことができる公演になっている。
物語としては、坦々とした夫婦生活に見せ場があまりなく、劇的ではないことから緩慢で飽きられそうな展開になり勝ち。ところが本公演は、本当に何処にでも居るような夫婦の姿を奇を衒(てら)うこともなく普通に描いている。波風があったとすれば、娘の結婚相手が障碍者であったこと。娘の(将来)結婚生活を心配する親心が見えるが、その心配も乗り越え娘は幸せな結婚をする。
芝居を面白く観せるには事件のようなことが必要であろうが、殊更に出来事を起こすことなく日常の暮らしの中に幸せがある。そんな当たり前のことを年齢とともに滋味を醸し出し紡いで行く。世界中の多くの夫婦・家庭の在りよう、普遍的とも思えるような人間讃歌がそこに見える。変化に乏しい堅実な市民生活、だからこそ観客(自分)の生活に同化して安心して観ていられる。その劇中の生活は自分自身のように思えるのだから…。
演者はわずか4人…カン・ボンシク(夫役)、イ・ピルレ(妻役)、カン・ウンジ(娘役)、ハン・ヨンソク(結婚を控えた娘婿役、一人多役)。その登場人物はほぼ同じ人物が年齢を重ねて行く。その老齢化していく姿(変化)も見事である。若い時のダンス、歌唱と高齢になった時の違いもしっかり演じ分ける。その演技を舞台技術がしっかり支える。音響はもちろん音楽を指すが、照明は平凡な生活に色づけし抒情豊かにしている。
次回公演を楽しみにしております。
WHAT A WONDERFUL LIFE!
タクフェス
東京グローブ座(東京都)
2016/12/27 (火) ~ 2016/12/29 (木)公演終了
満足度★★★★★
プロローグと4話オムニバスを紡いだ構成と展開は巧い。脚本はもちろん面白い、そして、それを観せるための演出と印象付けがしっかり意識されている。人生を四季に準(なぞら)えて悲喜こもごもをオムニバス形式にすることでメリハリを付け、笑いと涙で織り成す人生譚。
東京グローブ座の高い空間の特長を活かし、舞台美術は少し高さのあるセットを設え、躍動感と心地よいテンポを持たせる。
映像(デジタル)とは異なり、生身の人間(役者)が”居る”というアナログは、体現する演技が観客(自分)にストレートに伝わる。まさに同じ空間を共有し楽しむという演劇の醍醐味を味わうことが出来た。
(本編:上演時間2時間30分、ライブイベント30分、計約3時間)
ネタバレBOX
舞台セットは、高さと幅のある階段状が2つ、ハの字型に設え話ごとに可動・変形させる。上手側には季節感を表現する花や樹(例えば春は「桜」、秋は「紅葉」)、下手側にはその場面の特徴となる物(夏は「縁台」、冬は「屋台」)が置かれる。
オムニバス4話(春夏秋冬の移ろい)
春-主人公(宅間孝行サン)は29歳の銀行員。集金した金を競馬につぎ込みスッてしまう。何とか最終レース大穴狙いで取り戻そうとするが…。銀行員仲間や予想屋を巻き込んだドタバタ。行員の恋人がいたが、別れたようだ。
夏-銀行を辞めアングラ劇団に入団。上演時間が迫る中、役者同士がゴタゴタする楽屋。役者の矜持・舞台に立つこと、興行の成否を気にする中年ならではの滋味ある話。
秋-ヤクザ組織の若頭に。今日は親分の誕生日。親分を立て若い衆の面倒を見る。親分の娘の気まま・我がまま、若い衆の無鉄砲な行動が面白い。相思相愛と思っていた女性が敵対ヤクザの殺し屋と知り、悲しい結末へ…。
冬-敵対するヤクザ組織から襲撃されるが、その場に居合わせた(新人)刑事の拳銃を奪い組員3人を射殺し逃亡する。あれから15年、時効成立まであとわずかというところ…プロローグの場面がこの4話目に繋がって来る。事件の真相は…。主人公にとっての人生とは何だったのか…。
3話目迄は、面白可笑しく喜劇的な感じである。4話目は初老となった主人公の述懐、今までと一転し泣かせるシーンである。この落差ある構成は見事で、感動に打ち震える。
総勢27名のキャストが登場するが、それぞれの役割・立場をしっかり弁えた演技で、そのバランスも良い。全体的に飄々としたシーンに軽妙な台詞が合わさり、観ていて気持ちが良い。やはりオムニバスというメリハリが利いた構成は分かり易く、観客の心を捉え易いと思う。そして味わいが違う話でありながら、人生という断面を上手く切り取り、それを軽重なく並列性を持った視点で描いているところに安定感を感じる。
本編終演後は、芝居とは打って変わり観客を楽しませる、そんなサービス精神溢れるイベント(歌・ダンス)。本編(芝居)、イベントを通して3時間の長丁場であるが、それでも飽きることはない。
次回公演を楽しみにしております。
十二夜~Shakespeare garden Live
J-Theater
小劇場 楽園(東京都)
2016/12/27 (火) ~ 2016/12/29 (木)公演終了
満足度★★★★
初見の団体・ユニット(J-Theater)によるシェイクスピアの「十二夜」(邦題)は、その戯曲の面白さを十分引き出していた。これは喜劇の類になると思うが、悲劇(例えば、ハムレットの To be,or not to be,that is the question のあれか、これかの選択)の世界とは違って「あれでもあり、これでもある」という矛盾した世界をしっかり観せている。女は(男装して)男になり、いけないことをして楽しむ。
本公演でも、その表現は人が取り違えられる喜劇として見ることが出来る。
魅力的なヒロイン・ヴァイオラが海難に遭って男装することで真実の愛を見つける。一方、オリヴィア伯爵家の執事・マルヴォーリオの愛に悶える苦悩も見える。
(上演時間2時間30分 途中休憩10分)
ネタバレBOX
舞台は、ほぼ素舞台。上手・下手側に当時を思わせる置物があるだけ。この劇場は真ん中に柱があり、それを挟んで二面から観ることになる。その柱面に鉢植えのアクセント。
梗概…舞台はイリリア(本公演では架空の国として描く)。イリリアの公爵・オルシーノーは、伯爵家の女主人・オリヴィアに恋し、仕えているシザーリオを通じて求婚するが、オリヴィアは亡き兄の喪に服するため、オルシーノーからの求婚を拒絶し続けている。そのシザーリオは男ではなく、双子の兄・セバスチャンとの航海中に船が難破し、生き延びた妹・ヴァイオラである。ヴァイオラはオルシーノーに恋をするが、自分は家来(しかも男)・シザーリオ。その思いをオルシーノーに伝えることができず苦悩する。またオリヴィアは、シザーリオに恋をしてしまい、オリヴィアから告白されたシザーリオ(ヴァイオラ)は混乱する。一方、ヴァイオラの双子の兄・セバスチャンも助かっていた。彼を助けたアントーニオと共にイリリアに滞在するが事件が起こる。
オルシーノー、ヴァイオラ、オリヴィアの三角関係、瓜(うり)二つの双子・ヴァイオラとセバスチャンが引き起こす混乱、それぞれの恋の行方は…。
矛盾・混乱、それらが混在する雑多な世界。それが喜劇の面白さと言わんばかりの戯曲。人間は矛盾し訳が分からない行為をするところが面白く、人間臭いところ。機械と違って理屈や論理通りに行かないのが人間であり、恋に落ちることなど反理性的のようであるが、その「おめでたい」ところが喜劇の祝祭性である。人は己の愚かしさを自覚しなければならない。だからシェークスピアの喜劇には道化(フール=愚者)が登場し、登場人物の愚かしさを指摘する。もちろん本公演では、フェステ(伯爵家の道化)がいる。フェステは色々冗談を言いながら駄賃をせしめる。
道化フェステのみ事実をしっかり見ている。
本公演の魅力は、戯曲の面白さをそのまま引き出すのではなく、劇中で歌(7曲)を歌い、そのうち4曲は戯曲の台詞に曲を附して楽しませる。
少し残念なのは、役者の演技が硬く、観客(自分)が感情移入し難いこと。
次回公演を楽しみにしております。
2016 K-Arts 振付集団東京公演
駐日韓国文化院
駐日韓国文化院ハンマダンホール(東京都)
2016/12/15 (木) ~ 2016/12/15 (木)公演終了
満足度★★★★
韓国の4年制国立大学として芸術分野で活躍する人材を輩出している韓国芸術綜合学校。
K-Arts振付集団はK-Arts舞踊団に属する舞踊団で、韓国芸術綜合学校の創作科の教授と卒業生、在校生によって構成されている。
この集団は、振付師と踊り手の両方の役割を果たしながら、個人やグループでの共同作業による創造的、実験的かつ現代性を反映するような活動を目指す舞踊団であるという。
舞踊は言語と民族性を超えた人類の共通性を持っているという。人間が持つ「身体」を介して自分を表現して他者(人)とコミュニケーションする芸術。舞踊を通じて韓国と日本の芸術交流の発展を目指して公演されたもの。
(上演時間1時間強)
ネタバレBOX
演目は5題…「秘めやかな同行」「コンベイトタ」「Doll doll」「Maintain」「パルレ」。
ドラマ性のあるもの、身体表現に特化したもの、舞踏を通じて人物描写したものなど、その表現内容は様々。
特に最後の「パルレ」は、女性が集まり洗濯(パルレ)しながら労働を尊い儀式として昇華させる韓国的な情緒と感受性を現代的に脚色したそうで、一種神秘的であるが、その行為自体の表現はどこかコミカル滑稽のようにも感じる。
まさしく観て感じる公演であり、舞踊の奥深さを思わせるものであった。
舞踊が好きな方は、一見の価値あり。
次回公演も楽しみにしております。
ヘナレイデーアゲイン
AnK
【閉館】SPACE 梟門(東京都)
2016/12/22 (木) ~ 2016/12/26 (月)公演終了
満足度★★★★
孤独を好む女性が愛しくなるような…。
初見の劇団...この公演は、人の心情と少し変わった暮らしという生活感の捉え方がうまい。設定の不思議さはあるが、日々の積み重ねが人生だとすれば、その断片(8カ月)をうまく切り取りアッという間の1時間40分。観応え十分であった。
ネタバレBOX
舞台は勤務先の事務所内。中央に机、上手・下手側に乱雑な書類などが置かれている。殺風景ではなく、逆にその乱れようが心の中を投影しているかのようだ。冒頭の掴みはアッと驚かせるような仕掛けから、物語にグイグイ引き込まれる。その大きな力は、脚本の面白さ、演出の奇抜さ、役者のキャラクターの作り込みとその体現の上手さという総合的な魅力。
物語は、人との関わりを持つのが苦手もしくは嫌いな女性が、夜中に仕事をしている。話し相手はパソコンの画面、バーチャルな世界を自由に浮遊している。話は本人・小野薙(小林夏子サン)とパソコン内の分身・モモ(掘内萌サン)の心身が往還するような展開である。某年4月から12月の8カ月間に亘る妄想・夢想を、ブログで語らせて行く。それゆえ心情はストレートに表現され、展開は時系列で分かり易い。冒頭シーンも含め、観せる手法は巧み。
場所は新宿街、時間は夜中というシチュエーションは、独特ではあるが少なからずリアリティもある。目に見えない心情・仮想の世界と目に見える現実と猥雑な世界の対比のような描き方も面白い。(若い)女性が持っている又は思っている気持の高まりが迸(ほとばし)る。その激した姿が少し痛いが感覚的だが共感を覚えてしまう。
この本人だけが楽しんでいたブログ(非公開)に、ハッカーとして闖入してきたヒロ(金城芙奈サン)との不思議な交流が話を増幅させ物語に多面性を与えている。登場人物のうち、女性は非日常を表現し、男性(昼間働く職場の人)は現実世界そのものを表している。劇中台詞…不安に思う気持の拠り所が、家畜のような仕事に頼る、という自嘲または諦念のような感情に納得してしまいそう。人の生活(暮らし)は波乱万丈だけではない。むしろ変化のない平凡な日々、一葉一葉が舞い、枯れ積み重なるようなものかもしれない。表層はコミカル・コメディという感じであるが、その内容は滋味に満ち溢れたもの。ちなみに、季節は変わるが衣装の変化は…卑小だろう。
素敵なクリスマスプレゼントでした。
次回公演を楽しみにしております。
楽屋―流れ去るものはやがてなつかしき―
オトナの事情≒コドモの二乗
インディペンデントシアターOji(東京都)
2016/12/23 (金) ~ 2016/12/27 (火)公演終了
満足度★★★★
初めて男版「楽屋―流れ去るものはやがてなつかしき」を観た。この劇の設定は「女優」であり、それを「男」が演じるとどうなるかという試みは面白かった。演じるという点では男・女の差異は無いと思っていたが、「男優」「女優」という言葉がある以上、そこにはやはり違いが存在しているようだ。
(上演時間1時間20分)
ネタバレBOX
舞台セットは、上手側、下手側にそれぞれ化粧台(意味合いが違う)が置かれ、その上には様々な化粧道具が並べられている。中央にはハンガーと椅子1脚。照明は低い位置に設置されており、人物造形を観せるためスポットで浮立たたせたかのようだ。
梗概…劇場でチェーホフの『かもめ』が上演されている。その楽屋では2人の女優が出番を待ちながら化粧をし続けている。そしてシーンの合間に主演女優が戻ってくると、彼女のプロンプターを務めていた若き女優が現れる。病院を抜け出してきたかのような枕を抱いた若き女優は「主役を返せ!」と主演女優に迫り…。
何度か「楽屋」を観劇しており、女優の存在・非存在、または時代背景などは知っている。それでも「俳優」という職業というか生き甲斐に魅せられた人の凄まじい業(端的には、他人に役を取られたくない)。それはどの時代にあっても関係ないということ。「女優」は、演じる”女”もさることながら、素というか人の性としての”女”も垣間見えてくる。繊細で婉曲に、それでいて絡みつくようなネチッこさが観客(自分)の心に纏わり付く。本公演「をとこの所為」は、女形・女方のような演技(立ち居振る舞い)で、それ自体は面白かった。
演目の主役が男性だったらどうなるのか?「男優」で思ったのが、仲代達矢と平幹二郎が俳優座の1期先輩・後輩の間柄ということ。似たような風貌のため、平は俳優座にいても自分の出番はないと思い退団したという(平が亡くなった時の新聞記事)。本公演も主演が「女優」ではなく、シェイクスピア戯曲のような主演が「男優」であれば観方も違ったかもしれない。
「楽屋」に話を戻すと、やはり女優Dをどう表現させるかだと思う。自分は演技の巧い女優であると信じ込んだ特異な性格破綻の女を男が演じることで、不思議な感覚を見事に造形していた。この病んだ女優D(辻貴大サン)と主演女優C(塚越健一サン)の一定の距離感(気持の中)を持った丁々発止がうまい。
女優A(大原研二サン)・B(渡邊りょうサン)の2人は生き生きと演じて好感が持てたのだが幽霊のような雰囲気がない。初め女優Cには、亡霊である女優A・Bの姿が見えないという設定だが、Cが幽霊になってもその状況(演技)に違和感がない、という変な感覚に捉われてしまった。
女優を男優という男性目線で描いた「楽屋」、色々な意味で面白かった。
次回公演を楽しみにしております。
痴女を待つ
スマッシュルームズ
シアター711(東京都)
2016/12/21 (水) ~ 2016/12/25 (日)公演終了
満足度★★★★
面白い!…
「痴女」というよりは「恥除」(ちじょ)のようなイメージの物語。非モテ男は、毎日決まった生活の繰り返しに疑問を持たない。何となく惰性で生きてきたような人生を少し省みると…。
その、どこかに居そうな男のもがく姿が少し痛く、切ないように思う。作・演出の中山純平 氏はそんな男を厳しくも優しい眼差しで描いている。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
舞台は盆(回転はしない)、6等分に色分け(対面は同色だから3色)しているが、特に意味があるように思えない。それ以外は小物が少し。演技する役者だけが盆上におり、それ以外は、客席とは反対側に半円のように立っているだけ。演技力が勝負だが、皆見事にキャラクターを立ち上げており、見応え十分であった。
梗概…清掃会社の契約社員として働く男(上松コナンサン)、29歳童貞、趣味はTVゲーム。一念発起し女性と付き合い、童貞を卒業する行動を開始。出会い系サイト、擬似恋愛(レンタル彼女)、特殊浴場など経験するが当初目的は果たせない。そんな時、職場にいる憧れの女性(小林知未サン:東日本大震災で故郷を離れた)が、その同棲相手とうまく行っていないことに気づく。彼女を助けたい、その一心からストーカー紛(まが)いの行為(室内への侵入・盗聴・遠盗撮など)を繰り返すうちに、憧れが強い恋心へ変化していく。相手の男は、職場の女を次々モノにするような駄メンズ(河原雅幸サン:自称ミュージシャン)。この恋の行方はどうなるのか…。
この童貞男に色々アドバイスするのが”神様”。それとなくアドバイスはするが、成就させるような安易なことはしない。主人公は女性にモテたい、そのくせ女性の目線が気になり、声さえ掛けられない気弱な男。できれば女性の方から声を掛けてリードしてほしいタイプ。少し古いかもしれないが「草食系男子」といったところか。この気弱な男が、女性が自殺しようとした場面で発する台詞…自死したら地獄へいく。この地獄は今と同じ、つまらない人生を繰り返していいのか。いくつかの珠玉な台詞を散りばめ、”恥ずかしさ”のような生き方に変化の兆しが見え始めたが…。
この公演、ダメ男という人間の世界を扱ったものであったが、時々登場する神様が”社会の窓”へ開陳するように「今の日本は食って寝て暮らせる場所があり、幸せのはずなんだがな。爆弾抱えて行かなくてもいい」など、社会性を絡め幸せの尺度や考え方は人それぞれだと言う。ちなみに主人公が本当に神様はいたのだろうか?という自問自答が意味深で面白い。
キャストは7人。盆の上で演技するのは多くて4人程度。寸劇の連続のようで心地よいテンポ。設定が清掃会社であるが、盆上以外の役者もハケることはしない。物語から沢山の感情が溢れるが、盆上で熱演する場面とそれを観客同様、客観的に見つめる役者がいる。客席から見れば、盆を通り越してその向こうにいるという不思議感覚。
もし、舞台セットが設え、出入りのある芝居だったらどのような印象になったのだろうか。そんな想像もしたら楽しくなった。
ラスト、痴女には言葉は要らない、舌さえあれば…。
次回公演を楽しみにしております。
当日の配布物に役名が記してあると感想が書きやすいので、次回はお願いしたい。
「ロストマンブルース」
SANETTY Produce
テアトルBONBON(東京都)
2016/12/20 (火) ~ 2016/12/25 (日)公演終了
満足度★★★★
死ぬとはどういうこと、という問いかけから物語は始まる。その人の存在を忘れてしまうこと。このタイトル「ロストマンブルース」は、音楽を忘れたらどうなる。世の中、変わるのだろうか。
謎めいた人物が登場するたびに、話が増幅するようで思わず身を乗り出す。この後、どう展開するのか興味は尽きない。そして全てが明らかになった時、人の思いの深さを知ることになる。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
舞台になるのがシェリーというライブハウスだった場所。上手側奥にドラム・ピアノが並び、下手側はカウンターと棚。中央に2セットの丸テーブルに赤い椅子。床は赤黒の市松模様という、いかにも音楽に所縁がある雰囲気が漂う。
物語の登場人物は、主人公の朝倉一義(夢麻呂サン)を除き、全員が劇中芝居をしているという設定である。朝倉は1992年に交通事故に遭い、記憶障害(喪失)になっている。何故か事故に遭った同じ日、毎年このライブハウスを訪ねてくる。
現在は2016年、事故から24年経つが本人の意識は当時(24年前)のままである。実はこのライブハウスも随分前に倒産(閉店)しており、現在はコンビニになっている。
この事実(朝倉が訪ねてくること)に元店長は、ビルオーナーの承諾を得てコンビニを一時的に元のライブハウスに改装している。店内は張りぼて仕様である。事故当時4歳,2歳だった娘も28歳,26歳に成長した。そして妻の名を忘れ、娘を妻と勘違いし出す。担当医が記憶の認識をさせる診療の一環として考えたのが、今回の芝居(バンド音楽)によって「記憶の覚醒」を図るもの。その結果...。人は張りぼてではなく善人ばかり。羨ましい家族、友人関係である。
1992年、尾崎豊の歌を聞いてきた自分には懐かしい。同時代もさることながら、同じ思い出の地(場所)を共有する人々には、そこはいつまでも在ってほしいものだろう。
冒頭、間もなく無くなるライブハウスに訪れた中年のバンドマン。熱く語る音楽への思い...しかしその言葉とは裏腹に仕事があるのかどうか。今は過去を振り返るのでも、未来を夢見るのでもないような暮らしぶり。それでも何か...好きな音楽であることは間違いない。そのあがく姿が自分(観客)のそれぞれの場であがく姿と変わらないような気がする。あがいた先に安易な希望は見せないが、だからこそ最後にかすかに差す光に胸が熱くなる。
物語は終盤まで「謎」だが、それが段々氷解していく過程に色々な伏線を張り巡らせている。確かにリアリティはないが、自分がその立場になったらどうするか、その問いが投げかけられているようで目が離せない。
キャスト陣の演技、シーンの転換に応じコミカル、シリアルにと変幻自在。やはり親子の分かり合い、夫婦の貧しいながらも理解しあった仲。それが記憶障害で妻の名を呼ばれなくなる寂しさ、切なさ...ラストに小さな奇跡と大きな感動。
次回公演を楽しみにしております。
執事達は沈黙
劇団ピンクメロンパン
シアター風姿花伝(東京都)
2016/12/14 (水) ~ 2016/12/18 (日)公演終了
満足度★★★
もう少し納得性があれば...勿体無い
舞台美術は物語を観やすくするよう工夫して作り込んでいた。しかし内容に謎(疑問)が多く、その展開はまるで霧の中をさ迷うようで手探りだ。
シェイクスピアの「ハムレット」をイメージさせるが、似て非なるものかもしれないが。ハムレットが父の死の真相を知ってもまだ...To be,or not to be: that is the question.と悩み独白するのと違い、本公演のラストには明確な思いが発せられる。その思いを激白する、演技は熱演なのか怒声なのか判然としないが、迫力は感じられる。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
舞台セットは、豪華な執事控え室のような部屋。やや上手側に楕円形のテーブルと椅子、下手側には机、壁には絵画やリースが飾られている。上手側客席側にドアがあるが、執事の仮眠室という設定である。下手側奥に木製ドア。上手側奥、壁の上部にテラスを思わせる空間がある。
ふ
梗概...屋敷の公開見学(観光)に来た婦人たち。それが一転して当時の執事(衣装替え)になる。この屋敷の主人が放蕩息子・コソン(登場しない)に毒殺(噂)され、その息子が父亡きあと、2カ月で結婚式を行う。コソンの結婚披露宴当日の騒動がコミカルに描かれる。執事取りまとめ役・アジン(律人サン)は先代主人の霊を見る。先代は、自分は息子に殺されたとアジンに告白。復讐に燃えるアジンは他の執事たちに協力を求めるが...。
その執事役の女優陣は個性豊かな役柄(キャラ)を立ち上げ、楽しませてくれた。出来れば、その役柄の意味というか、役割がわかると良かった。
最大の疑問は、幽霊の存在を一番否定していた執事を幽霊として登場させ、物語を収束させてしまう。それが現実であることを証するためコソンの溺死した嫁も登場させる。
次の先代主人の霊を見るまでは、温厚であったアジンの態度が一変し、途端に厳しくなる。
それ以外には、コソンの嫁の悩み、相談事は何か、そもそも嫁いできた理由は何か...など多くの謎があるが、それらは卑小なことと割り切る。
物語には同性愛(レズビアン)、民族間抗争、飢饉=食欲、軍靴の音などの問題が散りばめられている。ハムレットでは、主人公の奇妙な性格を描きつつ、物語の展開とは直接結びつかないような事柄の省察が描かれている。この公演でも先の問題は観客への問いかけのような気がする。それが物語にうまく絡んでいれば観応えがあったと思うと勿体無い。
ハムレット同様、この物語では主人公・アジンの内省、その独白が見所であろう。執事の取りまとめ役として「支配」したい、という激白によって幕になる。「執事」は「羊」(家畜)にあらず。その反対の解放、自由を求めているのかもしれない。
公演には先代主人、その息子コソンは登場しない。その人物像は観客に委ねられている。そこで主人とアジンの主従の関係性をどうのように想像するかによって復讐の鬼と化したか。
それでも先の疑問は解けない、それ自体が問題だ!
次回公演を楽しみにしております。
テレビが来るぞ!
劇潜サブマリン
千本桜ホール(東京都)
2016/12/15 (木) ~ 2016/12/18 (日)公演終了
満足度★★★★★
面白い!..ブラック・コメディの秀作
タイトル「テレビが来るぞ!」は、自分勝手にテレビ撮影が来る事によるドタバタ喜劇を思い込んでいたが、もっと深いところを抉り出すような公演であった。
当日パンフに作・演出の ちば悠平 氏は「排他的な田舎にとって、テレビが来るというのはとてつもないイベントなのでした」と書いている。自分も地方出身者だけに何となく分かるような気がする。
ネタバレBOX
舞台セットは、大きな木または鉄製の枠、それが歪んで立てられている。その向こうは白いカーテンで仕切られている。そのイメージはテレビ画面、そしてこれから始まる物語のシュールな展開を思わせるような変形し崩れかけたような枠である。
梗概...母は有名女優であり多忙であったが、娘のために必ず手料理ということを宣伝(売り)文句にしていた。しかし、実際はレトルト食材を使用していることが分かり、TVレポーターに追跡取材されることになる。
娘=女(久山彩サン)は成長し、ある目的を持ってド田舎にやって来た。そこはTV放送される(中継)場所ではなく、したがってTVを持っている村民もいない。彼女はこの村にTV放送できるよう画策を始める。手始めに村での家畜加工場を支配下に置き、テーマパークの建設、村長を誹謗中傷し自分が村長選で勝利する。そして地元の名士・地主を籠絡し村全体を支配する。何事にも話題性を提供するがTV放映されることがない。ついには隣村を接収し、そこにダム建設を推進し湖底に沈めるところまで推し進める。その実現のために武力行使も辞さない。
いつの間にか支配者として君臨している。そんな彼女に反発する勢力(陥れられた人々)が現れ、彼女の思惑が瓦解していく。色々なパロディを盛り込んだ風刺も面白い。例えば、チャップリンが映画「独裁者」で地球儀に見立てた風船を弄ぶ(尻で押し上げる)ような場面を、この芝居では木枠をTVに見立てて弄ぶ(尻場面はそっくり)。
歪んだ木枠の向こうは、TV(放映)の中である。白いカーテンが引かれ画面が映し出され、第三者の姿が映るという巧みさ。都会と田舎の違いを際立たせるため、俚言・方言で喋るが、それも彼女によって標準語に統制される。効率・合理的という名の下に地域文化も中央・標準化という発想も怖い。
反対勢力に追い詰められ、彼女自身がTV取材の対象になる。その放映が実際、白いカーテンに顔のアップ等が実写される。その表情がリアル。
役者は各キャラクターを立ち上げ、敢えて喜怒哀楽をオーバーに表現し、面白可笑しさを増長させており見事。
ブラック・コメディとして観応え十分であった。
次回公演を楽しみにしております。
時代絵巻AsH 其ノ玖 『草乱〜そうらん〜』
時代絵巻 AsH
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2016/12/14 (水) ~ 2016/12/19 (月)公演終了
満足度★★★★
面白い!...争乱ではなく草乱に共感
徳川幕府三代目(家光)、天下泰平になりつつある時代(1637年)に起きた大事件。その史実をどういう視点で描くか、ということに興味を持っていた。時代絵巻AsH・灰衣堂愛彩 女史は弱き者から観た、そして戦った物語をしっかり現代に映し出していた。
タイトルは「草乱」になっており、これは天”草”、島原の乱と、”草”莽(そうもう)=民間、世間をイメージさせる。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
舞台セット、中央は江戸城内または武家屋敷の座敷をイメージさせる。奥に障子、上手側へは廊下、下手側は別場所を思わせる平敷石や立木。冒頭は「灰」の字を菱形に書き込んだ平板を釈台の前に立たせてある。
梗概は、島原藩の過酷な年貢の負担やキリシタンの弾圧が原因で起きた一揆という史実。そこに天草四郎(山本恭平サン)とその幼馴染のような友達(実は真田十勇士のような)との絆を描いた物語。
年貢を納められなかった大矢野村の角蔵の嫁(妊婦)が代官によって殺されたことが直接の原因として、島原と天草の領民たちは次々と蜂起する。彼らの総大将となったのは16歳の少年・天草四郎(設定では豊臣秀頼の子)。
当日パンフに灰衣堂愛彩 女史は「戦いのない平和な時代に満ち溢れた、時代に取り残された者たちの憎しみや恨み、そして哀しみ。為政者からの圧力に抗い、生きることに懸命だった者たち。」という当時の弱き者(農民)や弾圧されたキリシタン教徒という視座で描く。これは史実という世界で描かれているが、一方、人間・四郎(神の子)と友情を育むのが肢体の不自由な者(右腕がない、左足が不自由、右目が見えない)など、鬼っ子のような者を登場させている。こちらはフィクションに近いであろうが、その絡ませ方は巧い。
個人的な好みとしては、知恵伊豆こと、老中松平信綱を総大将として派遣するまでの徹底抗戦、幕府が本腰を入れるまでの過程をもう少し描いてほしかった。あっさり鎮圧されたのではないところに、武士ではなく名もなき民の力を見たのであるから。
また、四郎と子供達の友情を育む時代(幼少の時)が短く、四郎を庇い散っていくという心情が分かるような厚みがほしかった。
演技は好演、もう少し徹底抗戦した場面があれば殺陣シーンも増えたであろう。ラストの戦闘シーン(四郎を逃す)に印象付、余韻を持たせることが出来たと思う。
国家(幕府)は、権力を守ることに専念し、人は歴史の中に消えていく。だから個々人の思いや記憶を大切に残すことが大切になる。時代劇専門に上演している、この劇団(代表・灰衣堂愛彩 女史)は時代を掘り起こし記録することを通じて、目は現代や未来に向けられていると思う。歴史に埋もれるはずの弱き人々の視座から丁寧に掬(救)い上げた芝居は見事であった。
次回公演も楽しみにしております。
【美修羅~misyura~】第四回公演
美修羅~misyura~
中野スタジオあくとれ(東京都)
2016/12/08 (木) ~ 2016/12/12 (月)公演終了
満足度★★★
阿修羅ならぬ美修羅...魅せる芝居【暁】
初見の劇団、本公演は旅芸人シリーズのようで、物語は面白く演技(殺陣)も観せてくれる。登場人物(劇中の旅一座の篠、楓、ヤエ、美山、小春)はすべて女性で華がある。ただ、シリーズ物であれば、これまでの物語の粗筋を冒頭で観せてくれると分かり易い。もちろん、公演ごとに独立しているが...。
第一回から前作(第三回公演)までをyoutubeにて公開しているらしいが、事前にそれを観ておいてほしいとなれば、客層が固定してしまうかも...それでは勿体無い。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
舞台セットは、中央に少し大きな平台(台座)が置いてあるだけで、ほぼ素舞台。上手側壁に旅一座の看板。下手側壁には篠、楓、ヤエ、美山、小春の錦絵が飾られており、情緒ある雰囲気を漂わせている。
梗概..鳥獣戯画という謎の集団が一座に襲い掛かる。親とも言えるヤタガラスを殺され復讐に燃えるミツバ。本作でも暗躍するホウズキなどが登場する。.訪れた町では人や動物を拐い、赤鉄の串で貫ぬくという恐ろしい事件が続発していた。人々はその所業を「ハヤニエ」と呼び、犯人の呼称は「モズ」と呼んでいた。 モズを探す彼女たちは図らずも鴉の生き残りとの邂逅(かいこう)を果たし...。
女性による殺陣シ-ンが多く、その演技もなかなか迫力があり観せる。中央の台座のような所への上下の動きは躍動感を生みテンポも良かった。また客席通路も利用し、現場(所)の移動を演出させているあたりは巧い。ただ中盤以降、暗転が多くなり少し気になる。
全体を通して印象付(照明・音響などの技術はもちろん、桜舞うラストシーンなど)が上手く余韻を意識していたようだ。
先にも書いたが、シリーズ物だけに前作との繋がりが気になる。例えば、本公演では篠(大庭咲子サン)が けらべぇ(小山俊樹サン)に自分の短刀を渡している。ラストはその短刀が次回作に繋がるような終わり方をしている。その理由なり原因をうまく引き継げるのだろうか。
次回公演を楽しみにしております。
夢にかける保険はありますか
劇団サラリーマンチュウニ
上野ストアハウス(東京都)
2016/12/08 (木) ~ 2016/12/11 (日)公演終了
満足度★★★★
面白い発想の保険
この保険に加入するのは本人の意思ではなく、家族などの近しい人が当人を心配して手続きをするのだろう。劇中にもあったが、夢追いに年齢の制限を設けるのは、「生き甲斐」との関係で疑問が残るが、本人の考え方次第といった描き方のようであった。
何となく劇団(員)の等身大の物語のように思う。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
舞台は二分割し、上手側は居酒屋の座敷、下手側はスナックのカウンター・ボトル棚が作られている。物語を分かり易く展開させるセットのようで好感が持てる。
梗概は、劇団ホイップクリームに所属する矢部純二は、両親が加入してくれた保険金で、夢を叶える時間をもらう。ただし、目標を達成出来なければ、強制就職しなければならない。その期限は30歳迄であと1年に迫っていた。一方この保険会社はインターネットでの風評で”夢を諦めさせる”ブラック企業のような書き込みをされ、その悪評の払拭に躍起になっている。企業内での陰謀や利己を絡ませ、企業と個人(劇団員)の再起をかけた戦いが始まる。その戦いこそが、己れ(企業理念と自身の才能)を信じることへ繋がる。
企業の思惑に振り回される保険加入員(ここでは「劇団員」)の甘酸が面白可笑しく描かれている。また終盤には人の心にある嫉妬・羨望を曝け出す、そんな見所も用意している。
本公演、役者は全員サラリー(ウ)マンであるが、しっかり興行を行っている。もちろん演技はしっかり観せてくれるが、2足や3足の草鞋を履いての活動は大変であろうと察せられる。そんなところが本公演の夢追い保険に思いを馳せてしまう。
物語の発想としての保険は面白いが、実際問題としては夢追いに年齢に制限を設けてしまうことに疑問が...。
例えば、将棋界では新進棋士奨励会(通称:奨励会)のようにプロ棋士の養成機関における年齢の制限は規定(例外あり)されている。しかしこの芝居のように夢が30歳までというのは...。反面、いつまでも夢にしがみ付いて、他の道を探せない。その意味で第三者(企業)から見切りを付けられるということも理解出来ない訳ではない。夢と現実は諦めと金銭を天秤にかけている。そんなアイロニーが見える公演であった。
もっとも本公演では、夢の内にある才能が開花したようだが...。
次回公演を楽しみにしております。
裏の泪と表の雨
BuzzFestTheater
ウッディシアター中目黒(東京都)
2016/12/08 (木) ~ 2016/12/18 (日)公演終了
満足度★★★★★
面白い!【表の雨】
劇団uzzFestTheaterの公演は、”てっぱん”のような面白さがある。当日パンフのご挨拶文_代表・藤馬ゆうや氏は「2016年は3回の公演を実現する事ができました」と記している。本公演以外は、「ユーカリ園の桜」「アイバノ☆シナリオ」であるが、どれも面白かった。
本公演、舞台は大阪の西成区あいりん という地区というところ。自分はそこに住んだことがないので、その地区・地域の事情は分からない。しかし、パンフレットによるとションベン臭い街だとか。その街にあるお好み焼き屋で働く人、その周りの人々が生き活きと描かれていた。日常起こりそうな出来事、家族の絆といった人情世界に浸れる。街の情景は見えないが、その雰囲気は十分察することが出来る。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
劇場内の壁際にある板の間に座布団を敷き、急遽 桟敷席にするほど盛況(もっとも自由席は前3列で、うち2列はベンチ席になっているため、壁を背凭れにしたい人が敢えて利用していた)。開演が5分遅れたが、それを知らせるため、キャストの松島えいみサンがラウンドガール(水着姿)のようにボードを持って周知する。出演者情報を見ると本公演直後にラウンドガールを務めるらしいが、これも演出か?
舞台セットは、お好み焼き「お喜代」の座敷。そこに上手側・下手側にテーブルが置かれ、壁にはメニューの貼り紙。下手側奥にガラス窓があり、その向こうに波板塀、蔦が見える。この窓に滴る雨が効果的で余韻を残す。タイトルの雨降りは、心の汗や泪と流すとともに、ションベン(臭さ)をも清める、そんな気持にさせる。
梗概...両親の離婚によって離ればなれになった兄弟が28年ぶりに再会する。その時の長さを表すようなぎこちない態度・そぶりや会話。朴訥な話し方であるが、それゆえに滋味が感じられる。同じ頃、兄は離婚し店も譲り、新たな旅立ちを考えていた。また弟は別の意味で旅(高飛び)をしようとしていた。
コメディであるが、その底流にはこの街独特の人情(在日韓国人の登場など)を絡める。ここに登場する人々は実に魅力的(俚言も含め)で、その街から本当に連れて来たのかと思わせるほどである。特におばちゃん安田邦子(山口智恵サン)は、そこに住んでいる典型的な人物像のようだ。
作・演出のコウ カズヤ氏は、「出てくる人間達は、僕が今まで出会って来た人間がモデルになっている」と書いている。その自身の体験取材のようなことが、しっかり登場人物のキャラクターを書き分け、喜劇仕立てにしている。そして人の出会い別れ、そんな悲喜交々を通じて街を謳いあげた秀作。
そして、人物以外に街という風景に1つの役を担わせたところに、コウ カズヤ氏のこの地区への愛情を窺い知ることができる。
実に見応えのある公演であった。
次回公演を楽しみにしております。
弟の戦争
劇団俳小
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2016/12/07 (水) ~ 2016/12/11 (日)公演終了
満足度★★★★
強いメッセージの骨太作品
強い問題意識(テーマ)を感じる。その観せ方はサスペンス風にして最後まで飽きさせない工夫をしている。多面的な描き方なのであろうか、少し分かり難いシーンもあったが、それでも事実をなぞり虚構の世界を重ね合わせた骨太作品という印象である。
設定は、イギリスの中流家庭であるが、当時の日本の状況に重ね、さらに言えば今日の日本(人)の姿に重ねて合わせているようだ。
(上演時間1時間45分)
ネタバレBOX
舞台セットは、建築現場で見かけるようなパイプ組で、2階部分を作り他(多)空間を創り出している。その1階部はイギリス・ヒギンズ家のリビングルーム。上手側にダイニングテーブル・椅子、下手側にソファーが置かれている。2階部はタイトルにある弟アンディ(=ラティーフ 駒形亘昭サン)の部屋である。
梗概...1990年夏。イギリス・ヒギンズ家は兄弟2人で、兄のトム(町屋圭祐サン)と弟のフィギス。 兄は物分りが良くて、特に父を尊敬しているようだ。弟のフィギスは、物事(興味)に拘るタイプで、両親を困らせることもしばしばあった。 その弟が、ある時奇妙な言葉を喋りだし、 「自分はイラクの少年兵・ラティーフだ」と言い始める。
冒頭、兄が心の友人として大切にするフィギス...その姿は紗幕に映し出された陰影のみで、実体は定かではない。この虚構とも思えるよう男は、不定期に現れ、その出現は何を意味しているのかが分かり難かった。精神科医が登場するが、劇中での描きはアンディとラティーフという分身(ドッペルゲンガー)のような感じもする。
アンディ=ラティーフの体験とアナウンサーの実況中継が事実をなぞり、一方この夫婦の会話は、それぞれの主観や立場などの感情に傾く。事実と感情の衝突に観えるのは、TV画面を通じてもたらされる表面上の情報に基づくもの。人は実際、見聞きした体験の向こうにある出来事を想像することは難しい。そして湾岸戦争など、自分にはほとんど関係ないと...。
物語のラスト、兄と弟の様子が逆転(もともと本当に「弟の戦争」か?)。兄の第三者的な行動の結果だとしたら怖い。対岸の火事をわが事のこととして捉えられない。平和を脅かす毒牙さえも傍観しそう。
ただ描き過ぎて、観客への問い掛けなど余白があっても良かったのでは?
脚本は明確なテーマを提示し、また演出は物語を飽きさせない工夫をしている。問題の所在は、市井(中流家庭)の人々…主に夫婦の会話で紡ぎ出され分かりやすい。それを体現させる役者陣の演技は見事であった。
次回公演を楽しみにしております。
あの雲の向こうは青空だった
劇団FULL HOUSE
シアター風姿花伝(東京都)
2016/12/08 (木) ~ 2016/12/11 (日)公演終了
満足度★★★
感情の盛り上がりが...
本公演は、歌謡界を描いたものではなく、人を思いやるような、そんな心温まる物語である。話としては好いのだが、気になるところも…。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
舞台セットは、上演前は着物が掛けられ華やかな歌謡界というイメージを作ろうとしている。その後は場面に応じて転換させる。主には歌手・川島さくら(加藤まゆ美サン)の自宅兼事務所内。上手側にサイドボード、その上にコーヒーメーカーが置いてある。客席側にミニ応接セット。下手側に事務机と椅子。母が歌手であることは、壁に貼ってあるポスター(「百花繚乱!じょっぱれ!チンパンジー」の曲名が印刷されているが、同曲は劇中挿入歌でもある)で分かる。
梗概...冒頭、ストリートミュージシャン(氏家エイミーサン)の路上ライブを年配のアベックが聞いているところから始まる。場面は変わり先の音楽事務所、そして毎朝決まったような母と息子・勇気(中平成哉サン)、そして母のマネージャーが加わった会話。そんなある日、1人の青年・曽根崎哲(脇野星サン)が(事務所)応募チラシを持って訪ねて来た。それは何年も前のチラシ。そこから断片的な記憶を辿り、曽根崎と歌手・川島さくらの出会い、そんな邂逅するような話。物語に動く感情は、母と子の愛情、青年とその友人の思いと裏切り、そして彼女・吉田真知子(貴雅マリコサン)への切ない恋心が交錯する。
母で歌手の さくらは、息子の運転する車で事故死しているが、息子のことが心配で現世をさまよっている。一方、曽根崎は仮死状態であるが恋人をめぐり友人を裏切ったとの罪の意識下にある。愛情・悔悟などの感情が透けて見えてくる。それらの感情が現世への未練となっている。それらを乗り越えないと(成仏)いけない...それがタイトル「あの雲の向こうは青空だった」になるのだろう。
物語は面白いが、早い段階で母が亡くなっていることが分かってしまい魅力が半減し残念である。朝の会話で、母と息子、マネージャーの視線がわざとらしく外れる、動き(動線)が不自然であった。
また、感情の高まりとしては、母の一方的な愛情、青年の彼女への愛しさは通じる。逆の息子は坦々とした態度、彼女は秘めた(抑えた)感情で、当事者同士の感情の盛り上がりに差があるように思う。いや確かに思いやる心があったことは描いているが、そのシーンが短(少な)い。互いの高まった感情の交差が大きな感動をよぶと思う。観客(自分)は、その感情の差を醒めたように観ていたようで感情移入が...、その意味で勿体無い公演に思った。ラストはプロローグに対するエピローグを観せるが、少し余韻付けがくどいような。
次回公演を楽しみにしております。