タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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カンキの歌

カンキの歌

演劇企画アクタージュ

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2024/09/19 (木) ~ 2024/09/23 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

池袋演劇祭参加作品、典型的なスラップスティックコメディ。
物語は、或るタワーマンションの隣接ビルの半地下で合唱練習をしているところから始まる。タイトル「カンキの歌」の通り、上演前からベートーヴェン交響曲第9番<合唱>第四楽章の音楽が流れ、高揚感を煽るが…。
分かり難いのは、時間の流れと色々な問題を詰め込んで、核となるテーマが暈けたこと。

説明にある親戚知己の合唱は、次第に強烈なテンションで不協和音を響かせ とあるが、そこに潜む問題の数々を怒涛のように収拾していく。なぜ、どうして という謎、取っ散らかったような話を最後にまとめて解決する展開が、少し強引に思える。
(上演時間2時間 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術…全体的にカラフルで 床は市松模様。中央奥は白い壁 棚に本が並んでいるが、その奥には別部屋がある。上手は階段、その傍にソファ。下手はカウンターと腰高スツール、観葉鉢。上演前から女子高生が談笑している。他の住人たちが来るが、そのたびに落ち着かない。既に、この段階で物語は始まっている。

冒頭 合唱練習は、音程が揃わないため 指揮者が「1時間休憩する」と。この台詞が重しに感じられた。物語はこの1時間の中で紡がれたものか(1時間の出来事を2時間かけて上演か)、日を跨いだ数日間のものか 判然としない。後々解ってくるが、テーマは親子愛や会社・地域の人間関係の機微を描いたもの。しかし関係あるのか否か、色々な出来事を詰め込みすぎて その回収が強引のように思えた。

女子高生の1人が、母親の過干渉が煩わしくて3カ月間家出をした。それを探偵を雇って探す。同時にタワーマンションに住んでいる人々、実は同じ会社の上司部下もしくは先輩後輩の関係だったりして、その妻も含めて付き合い方が難しい。タワーマンションの(上)階数が優劣を表す。ちなみに最上階は社長夫妻(登場するのは夫人だけ)が住んでいる。更に住人男性が女子高生を付け回す(ストーカー行為⇒誤解)、不倫を匂わす、毒殺(フェイク)騒動など、何となくの関係性を持たせているが…。理屈で観ては面白くないが、小話が散らばり、肝心のテーマらしきものが暈けた。

母親のどんな過干渉が我慢できずに家出したのか。母親が探偵を雇ってまで という心情は描かれているが、一方 娘の思いが伝わらない。同時に他の女子高生の過去エピソードが描かれている。その意味で、親と子(女子高生達)の情愛をもっと掘り下げて、劇的な歓喜の歌声を聞かせて欲しかった。
次回公演も楽しみにしております。
かげきなデイリープレイス

かげきなデイリープレイス

演劇集団イヌッコロ

ザ・ポケット(東京都)

2024/09/18 (水) ~ 2024/09/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ヤクザが演劇をする、その過程で起きる勘違い、誤魔化し、すれ違いなどを面白可笑しく描いたシチュエーションコメディでありスラップスティックコメディ。
設定は違うが、何となく実践記録を基にした「野球部員 演劇の舞台に立つ」という映画、舞台化もされているを連想した。訳あって 嫌々ながら始めた演劇、しかし成し遂げようとする過程で生まれた感情、仲間意識が…そんな成長譚でもある。

なぜヤクザが演劇をするのか、その突拍子もない理由は任侠の世界らしい。勿論、自分たちがヤクザということを知られてならないのは、他のキャストやスタッフが怖がること、興行に悪影響 というか出来ない。それでも裏稼業の人間ということを隠し、いろんな噓をつき通す。公演の日程・場所は決まっており、もはや逃げられない状況に追い込まれ…。

舞台は犬山町にある犬山集会所の一室。演目は「くれないの お雪」(?)、その主役を演じる<ゆうな>という女優の存在が肝。場面によって爆笑・失笑・苦笑など、笑わせ方が違う。そこに演劇集団イヌッコロの観客への溢れるサービス精神を感じる。それだけに活動休止は残念だ。
(上演時間1時間35分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、奥の壁に犬山集会所まつり(10月5日)のポスターや絵画が飾られ、置台には電話。上手は出入口、下手に黒板。中央の大部分はスペース(素舞台)。

ヤクザが演劇をする、実は親分の行きつけの飲み屋(スナック)で贔屓にしている女 ゆうなを主演にした舞台興行をする。そのため若頭 安藤(佐野瑞樹サン)が選んだのが稲葉と氏家。まったくのド素人、イヤイヤ舞台稽古を始めるが…。そして何故か若輩の原も加わるが、演劇だとは知らない。そこで殺し屋修行(にしては緩慢な動き)と嘘をつくが、さらに本当の役者や集会所の管理人も巻き込んでの大騒ぎ。

始め、台詞覚えの場面では棒読みで、感情も入らず 動きもぎこちない。そして いつの間にかミュージカル仕立ての演劇になり、ハードルがどんどん上がり 歌やダンスも覚えることに。演出家 真田が ゆうなに好意を抱き、個人的に食事等に誘う。ミュージカル振付担当の甘利が、この世界はそんなものと自嘲する。しかし段々と演技らしくなり、という成長を見せる。そして舞台という虚構とは別に、本物の殺し屋が潜み親分を狙って というドタバタが重なる。

コメディとしての面白可笑しさ、それを観(魅)せる歌・ダンス・アクション、更に掃除道具を楽器にしたパフォーマンスなど、全てを舞台上に乗せて楽しませる。勿論、始めの未熟さ、稽古の大切さ、舞台の面白さといった段階がしっかり描かれた成長譚。それは1人ひとりの成長であり、仲間を思いやるといった繋がり、まさに演劇公演のバックヤードを思わせる。
次回公演も楽しみにしております(活動再開を願っております)。
『ミネムラさん』

『ミネムラさん』

劇壇ガルバ

新宿シアタートップス(東京都)

2024/09/13 (金) ~ 2024/09/23 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

3人の劇作家の物語を1人の演出家(西本由香)がまとめ、<ミネムラさん>という1人の女性を紡ぐ。当日パンフ(記載順)によれば、3人の作品は「フメイの家」(作・細川洋平)、「世界一周サークル・ゲーム」(作・笠木泉)、「ねむい」(作・山崎元晴)で、時間軸を10年間隔か もしくは交錯させるという技巧的な構成だ。この公演自体が実験的なもので、その面白さは観客の感性に委ねられている。

作者が違うから劇風も異なるはずだが、そこは上手く調整し統一感は保たれている。と言ってもオムニバスのような紡ぎ方で、時間軸を違えることによって違和感を抱かせない。1人の女性の多面性、それを自らの状況・環境の変化で観せる と同時に、他の者(第三者)の目を通して描き出す。その人間観察を少しコミカルに表現し、内省とか客観的という難い面を和らげている。

少しネタバレするが、舞台美術が秀逸だ。有効ボードを上手く使い<家屋>もしくは<家庭>といった居場所を現す。そのボードには木目があり温もりを感じさせる。勿論 場面に応じた音響・音楽は、不穏や優しさを表現するといった効果的な役割を果たす。全体的に不思議・空想的な感覚の話だが、なぜか観入ってしまう魅力がある。
(上演時間1時間50分 休憩なし) 

ネタバレBOX

有効ボードを可動できるよう 幾つかに切り分けており、そのパーツの組み合わせの違い 変化によって、色々な情景・状況を作り出す。先にも記したが木目がきれい、しかも自分の席からは<龍の頭>のようにも見えた。後ろは暗幕で囲っており、パーツの組み合わせによって窓を作り、照明を当てると不思議な世界が…。それと幾つかの箱馬が置かれている。

物語は、警察に探し物(者)の捜索を依頼し、家の中を動き回る警察官と浮浪者?探しているのは手紙なのか、その差出人本人なのか といったチグハグな会話から始まる。受取人ヤマザキは差出人の名前を思い出せない。「ミ、ミネ・・」と記憶がボケるようで、早くも不条理の様相が見える。場転換しミネムラさんの家。ここにヤスコという女性を住まわせ、彼女が就職できるまで面倒を見ている。ここにはミネムラさんという”普通”の女性が描かれている。尤も”普通”とは を追求しだすと難しい。更に場転換し、結婚し赤ん坊もいるミネムラさん。年の離れた夫の連れ子だ。実は妹が同居しており、精神を病んでいるような。しかし 本当に病んでいるのは 妹なのかミネムラさんなのか、混乱・錯乱そして狂気な世界。

ミネムラさん(心)の旅は、現実なのか空想の中か、その混沌とした不思議世界が公演の魅力。この人は こういう人と特定/断定出来ない。その人には色々な面があり、その多面性によって捉えどころ(人物像)が違う。勿論 他者(相手)との付き合い方や深度によって印象は異なる。もっと言えば自分が知らない自分(第四の窓)的な感じも受ける。

一般的なストレートプレイ公演とは趣が異なり、場面の繋がりが唐突というか歪に感じられるが、そもそも3人の作家の作品を1つにして描いている。その発想にどれだけ順応できるか、見巧者向けとは言わないが 手強い公演ではある。
次回公演も楽しみにしております。
シャイシャイマンションシャンソンショー

シャイシャイマンションシャンソンショー

劇団美辞女

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2024/09/12 (木) ~ 2024/09/16 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

楽しませるを前面に出した公演。マンションの老朽化、居住者の高齢化、子供の減少など、どこかで見聞きしたような状況が観て取れるが、公演は あくまで前向きだ。その演出として、明るく元気な様子をダンスや歌(シャンソン)で観せ聴かせる。

物語は1999年と現在(2024年)を往還し、その時代の特徴を表し 入居者同士の交流、そして地域との関りが大切だと伝えているよう。
ただ、卑小だが気になることが…。
(上演時間20時間 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は段差を設え、上段中央にエレベータードア、左右は壁だが 色は青・赤と補色にし印象的に見せる。上手に窓、下手に高層ビルの張りぼてと椅子2つ。シンプルな作りだが、ダンス・歌を披露するためには ある程度広いスペースが必要。

先に気になることを記す。舞台となるのは日向が丘に建つアパルトマン、そして劇中(当日パンフの用語解説にも記載あり)で「中江戸線」や「なんとか不動産(ホールディングス)」と言っていたが、説明にも そして台詞でも その場所は「東京のはずれの『練馬区』で『埼玉県』との境」と具体的な地名をいう。勿論 笑いネタのシャレで蔑みでないことは分かる。場内も一部の(失)笑だけ。練馬区は豊島区の隣接区、池袋演劇祭は「より多くの人たちに演劇にふれてもらう場」を標榜している地域密着型のイベントだ。物語では、なんとしても地域の祭にシャンソンで参加するのと同じようなもの。そこで多くを暈した地名・鉄道名にしているにも関わらず、敢えて区名や県名を実名で喋らなくても…堅すぎるかな。全部架空でも良かったんじゃないか。

公演の魅力は、ダンスとシャンソン その観せ聴かせ楽しませること。そこには1999年の若く華やかであった頃を懐かしむ、郷愁のような感じもする。しかし2024年の現在も決して落ち込まず、明るく前向きに描く。劇団美辞女(みじめ)が贈る劣化した街であり女を示唆しているが、時を経ても人との関係がうまく築けるか否か。このマンションの管理組合メンバーの活動は、煩わしく苦労も多いが 人間関係は良好のよう。そこに現実とはかけ離れた舞台ならではの面白さがある。

もう一つは、入居者の個性豊かな言動と行動を描き、そこに夢と希望を語らせる。そしてこのマンションに掛かる なんとか不動産(社員)の街づくりへの熱い思い、その内外の人々の喜びと悲しみが伝わる。その意味では遣り甲斐と成長譚を描いた公演とも言える。
次回公演も楽しみにしております。
仮面夫婦の鑑

仮面夫婦の鑑

高円寺K'sスタジオ本館

高円寺K'sスタジオ【本館】(東京都)

2024/09/07 (土) ~ 2024/09/16 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、しかも無料公演。
脚本は 横山拓也(iaku)で、夫婦の心情に切り込んだ珠玉作。劇中の台詞「外見が内面を成長させる」、初めて聞く言葉だと思う 新鮮だった。これが名言なのか迷言なのか、少なくとも物語は迷走していく。様々な価値観が交差する、緩く滑稽な夫婦劇。

物語(説明で)は、夫の長期出張中に無断で美容整形手術(二重)を施した妻。それに腹を立てた夫が自分の顔を「中の下」に整形した。その結果、会社に行けなくなり失職してしまう。顔を変えた夫婦の「見た目」を巡る議論。その かみ合わない会話は、現在の夫婦の有り様を見るようだ。この2人の演技が物語を支え、可笑しみと滋味をしっかり味合わせてくれる。
(上演時間50分) 

ネタバレBOX

舞台美術は、あまり広くない空間に2人が住んでいる家(リビングルーム)をしっかり作り込んでいる。中央にソファ、上手に置台、下手に丸テーブルと椅子。上手と下手に出捌口があり一方に簾状のカーテンが掛かっている。

夫婦というか男女の性差や立場、事情の異なる人間の苦悩や葛藤を、関西弁のテンポと笑いを交え軽快に展開していく。論理的で鋭い観察眼、そして思いもつかない豊かな発想で描く。妻は、容姿に少なからずコンプレックスを持っており引っ込み思案だった。そこで美容整形を行い自分の外見を変えた。それは内面的な満足になり、気持も前向きになれた。一方 夫は何の相談もなく美容整形をしたことに腹を立て、自分も整形をした。その結果 会社に行きに難くなり 失職し家でぶらぶらしている。

妻は 絵画モデルも引き受け、喫茶店に飾られている絵を見て夫は驚いた。なんとヌード、妻は しらばっくれたが身体的な特徴を指摘され開き直った。夫は妻のヌードを衆人に観られたくない、逆に妻は積極的な性格になれたと。2人の意識の違いと同時に、夫は妻は自分だけのモノ、といった所有物的な思いが垣間見えてくる。確かに夫の思いも理解でき、その善し悪しに決着が付けられない。人間や題材を多面的に捉え、登場人物の感情を普遍性をもって立ち上げる巧さ、そこに人間の本質が滲みでる。

日は流れ、妻が妊娠し新たな命を宿す。「外見より内面が大事」と言われるが、それは建前で 本音は外見も内面も両方大事。夫婦の諍いは堂々巡りを繰り返し決着は付かない。しかし子は鎹とはよくいったもので、まだ生まれてもいないのに諍い事はうやむやになり夫婦円満。何処にでも在りそうな日常の揉め事を面白可笑しく紡ぎ、観ている人の感情を擽る。
次回公演も楽しみにしております。
だいたいみんな躍ってる2024

だいたいみんな躍ってる2024

ユトサトリ。

小劇場 楽園(東京都)

2024/09/11 (水) ~ 2024/09/16 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い お薦め。
初めて観た団体だが、これからは注目しておきたい。女優6人によるバトル会話 といった様相の物語。会話が漂流するようで どこに落ち着くのか…言わなくてもいいこと、逆に言わなきゃいけないことを面白可笑しく描く。その光景は実にリアルで、思わず頷いてしまう。

物語は、先輩(or上司)の結婚式で披露する余興の練習をしている女性社員3人。しかし些細なことから諍いになり、余興の練習は中断。そこへ上司(チームリーダー)や会社の顧問税理士が絡み、問題が四方八方に広がり収拾がつかなくなる。壁に時計が掛けてあり、午後7時過ぎ、そして何とか収拾したのが午後8時40分頃。実は上演時間1時間40分、会社の一室/業後の時間という限られた場所と時間で紡いだ会話というか快(適)話。

楽園という狭い空間での大声、怒鳴り声はどうか と思ったが、あの状況になればリアルな光景なのか。それにしても<芸事の道>であそこまで真剣になれるものか。自分には想像もつかないが、突拍子のないコトが次々現れ 暴露する。そして次はどんなコトが という興味を惹く巧さ。
(上演時間1時間45分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、可動できるテーブルと椅子、場内入口の対角奥に横長ソファとハンガー、そして置台。上演前は床に青いビニール紐。場面転換に応じてテーブルや椅子を動かし状況の変化を現す。スペースを空け、余興のダンスシーンを挿入するなど会話だけではなく躍動感も観(魅)せる。

物語は、3人で先輩 藤井ゆかり(石澤希代子サン)の結婚式での余興の練習をしている場面から始まる。3人は相原ほたる(大原富如サン)、川野樹里(佐藤美輝サン)、小浜佳(和愛サン)で、相原・川野は入社5年目、小浜は3か月、にも関わらず率先して練習をしているのは新人だ。時期は12月であろうか、相原が電話で恋人とクリスマスに会う約束のことで揉めている。ハンガーにはコート。冒頭で時期と場所、そして状況をすぐ解らせる その掴みが上手い。

また人物造形が巧みで、相原は恋人との約束の件から真面目で融通が利かない、川野は結婚する相手とは体の相性が大切だと、相手を変え同棲を繰り返す。小浜は何とか穏便に進めたい事なかれのよう。物語は、川野が口を滑らせ相原の恋人のことを話してしまい…。練習をする しないで口論しているところに、帰ったはずの上司 朝霞澄子(宮﨑優里サン)と顧問税理士 北園(菊地奈緒サン)が戻ってくる。

会話が漂流しだすと状況が次々に変わり、新事実が明かされる。実は、相原は藤井の結婚に反対。藤井の相手が相原の元カレ、未練があるのかと匂わせれば違う。そして同性愛(レズビアン)のような雰囲気だが、実は2人の共通の趣味 生き甲斐の<華道>のことが理由。結婚相手も華道を嗜むが流派が違う。その流派=主義を変える(転向する)ことは納得できないと。劇中、実際 相原が花を生け置台に飾る。騒がしい中、朝霞は早く帰りたいが、その理由を誤魔化していた。実は離婚したと言わざるを得ない状況へ。

全体的にコミカルな様相で展開していくが、何処にでもありそうな身近な話題を面白可笑しく膨らませる。物事のバランスは黄金比、しかし華道におけるバランスは白銀比が重要。相原が生けた花に藤井が鋏を入れて整える。真面目で杓子定規な仕事振りから入社当時、営業先と揉めた。それを助けてくれたのが藤井の機転とアドバイス。冒頭のクリスマスの約束に係る電話の場面がしっかり生きてくるラストシーンだ。
次回公演も楽しみにしております。
ヘッダ・ガブラー

ヘッダ・ガブラー

ハツビロコウ

シアター711(東京都)

2024/09/10 (火) ~ 2024/09/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い お薦め。
重苦しい雰囲気の中での濃密な会話劇。1890年に書かれたイプセンの戯曲を約130年後の現在に表す。勿論 タイトルにある女性が主人公であり、台詞にある「(他)人の人生を狂わせてみたい」は、極めて自己中心的で冷酷な性質の女性と言えよう。一言でいえば<悪女>である。そんな女性を描いて と思っていたが、女性に限らず人は誰しも持っている厭らしい面を抽出し、人の本性を抉る。

外国の古典の部類に入るだろうが、現代風にテキレジしており分かり易い。少しネタバレするが、例えばヘッダ・ガブラーの夫で学者のイェルゲン・テスマンのライバルのエイレルトが書いた原稿の件、「コピーを取っていなかった」等、すんなりと会話が入ってくる。退屈を持て余し、その暇つぶし として人を惑わし貶めて愉悦に浸る。まさに他人の不幸は蜜の味、それを見て感じて楽しむ。しかし、観ている我々に そんな気持は微塵もないと言い切れるだろうか(自分が下卑ているだけか)。

心の奥底に蠢くどす黒い感情…ヘッダ(平子亜未サン)の醒めた表情で淡々と事を運ぶ不気味さ。どこまでもお人好しな夫 イェルゲン(箱田暁史サン)、そしてエイレルト(江間直子サン)の情緒不安定だが、芯の強さも感じさせる、3人の人物造形が絶妙のバランス。この3人は勿論、役者陣の好演が物語を支えている。

全体的に薄暗く 重苦しい雰囲気を醸し出し、赤ん坊や銃声、時折 雨の音が聞こえてくる。その音響は必ずシーンと緊密な関係にある。場面転換の時には荒々しいピアノの音が響き、不安と緊張を煽る。観応え十分。
(上演時間2時間 休憩なし) 

アダルト≒チルドレン

アダルト≒チルドレン

表現集団 式日

麻布区民センター 区民ホール (東京都)

2024/09/13 (金) ~ 2024/09/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

問題意識と熱い思いのようなものは感じられるが、もう少し丁寧な説明というか展開があればもっと良かった。タイトル「アダルト≒チルドレン」は 感覚的には分かる気がするが、実は「大人」とは…「子供=劇中では<こどな>」とは…を定義することは難しい。年齢の区分によって形式的に行政が定めることと違い、その実質を問う内容になっている。

説明の「作家が人を操る力を持つ世界」…しかも<国選作家>というところに怪しさと怖さを覚える。何らかの恣意的な思惑や作意ある施策が潜んでいるように思えるが…。作家が書(描)く物語(世界)によって、より良い方向へ導く、そんな<力>が国選作家にはある。その一端を台詞で説明するが、その過程が描かれないため、説明にある「大人になるために 免許証が必要な町」での物語が、その町の人々と国選作家の個人的な話(レベル)へ矮小化したようで惜しい。

説明の「脚本通りに操る苦悩と救済。誰もを救う物語は、存在するのか」という問いは、子供に限らず、何も考えずに国是を鵜吞みにする国民への問い掛けではないか。
(上演時間1時間40分 休憩なし)9月17日追記

ネタバレBOX

舞台美術は、後景全面を張り合わせた抽象画(上手側にチルドレン、下手側にアダルトの文字板)のようにしているが、何故か上空から見た街というか空中地図のようにも思える。その前に台(直方体)、下手にソファが置かれている。

物語は作家が人を操る力を持つ世界。冒頭カンコ(樹サン)とハスミ(佐伯啓サン)が作家として活躍することを目指す、そんな語り合うところから始まる。時は流れ、国選作家として活躍するカンコは、助手と共に閉ざされた町を訪れる。その町は 大人になるために<免許証>が必要。そして大人になれない「こどな」達が多く住んでいる。公演は、脚本通りに操る苦悩と救済、誰もを救う物語は存在するのかを問うている。

作家の脚本によって人生が変わる、もしくは変えられるという妄想劇。この町には、大人になれない こどな達の自立を促す、その救済補助金が国から給付されている。町の為政者は その補助金を行政財源にしており、一方 こどな達は居心地の良い環境(義務も責任もない)で暮らす。どちらにもメリットがあり、状況を改めることには消極的だ。カンコの こどな達の過去を暴く脚本によって少しずつ状況に変化が…。

こどな達の過去、そしてカンコ自身の忘れていた過去、そこには虐め問題が潜んでいた。大人=社会人になる怖さ、そこには行動と責任、権利と義務という<自立>することが待っている。それは利害関係が絡む対人関係の煩わしさ、もっと言えば怖さがある。そのことから逃避したモラトリアム的な世界観が描かれている。その問題意識のようなものは伝わる。

作家が描く物語は、歴史もしくは自分史を紐解くことによって、今に至った現状を再認識する。舞台的には回想シーンとして描く。この町に来る時、助手が今まで脚本で解決してきた問題を列挙していたが、その中の1つに戦争・紛争の終結があった。今 世界中のどこかで起きている最悪の不条理、それを どのような脚本で解決に導いたのか。例えば、その手法(脚本)を観せ この町の問題解決のヒントもしくは繋がりがあれば解り易かった。その意味で もう少し説明シーンが欲しいところ。
次回公演も楽しみにしております。
探偵ハ物語

探偵ハ物語

映像劇団テンアンツ

小劇場B1(東京都)

2024/09/11 (水) ~ 2024/09/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い!前説の熱い語りから本編へ。
観客を笑わせ楽しませること そのサービス精神に溢れた公演。勿論 タイトルからも分かる通り、有名作品のパロディを思わせるが、そこは捻りを利かせ観応えあるオリジナル作品にしている。

物語は笑いの渦に しっかり泣ける場面、その人の感情を揺さぶるのが実に巧い。昭和テイストだから、義理人情といった言葉を連想させるような場面に懐かしさ親しみを感じてしまう。素早い場面転換とアップテンポな展開、そして頻繁に挿入されるコント風の会話が面白可笑しい。そこには観ている人を飽きさせないといった 強い姿勢を感じる。

還暦とは思えない上西雄大氏の熱演・力演、そして多くのキャストに支えられた好公演。このだけ多いキャスト陣だが、1人ひとりの個性がしっかり表現されており、劇中に埋没しない。逆に登場する場面を気分良く盛り上げていく、そんなパワーが感じられる。
(上演時間2時間10分 休憩なし) 【遊戯編】

青色文庫‐其五、夜長月の童話集‐

青色文庫‐其五、夜長月の童話集‐

青☆組

アトリエ春風舎(東京都)

2024/09/11 (水) ~ 2024/09/16 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「プログラムA」 鳥、二編「小夜鳴鳥と赤い薔薇」「幸福の王子」
面白い お薦め。
情感に溢れた朗読劇。朗読といっても役者(女優4人)は動き回り、情況だけではなく状況も現す(「観る」ドラマリーディング の真骨頂)。
読書であれば、自分の想像で物語を膨らませるが、朗読劇はそこに脚本家の意図や役者の感情が入り込む。原作 物語は、空想の世界から離れ 目の前で繰り広げられる世界へ誘われる。空想する曖昧さ から朗読を通して立体的になる話、そこに この公演(朗読劇)の面白さ 味わい深さがある。
(上演時間1時間15分)

ネタバレBOX

舞台美術は、中央奥の紗幕に豆電球が縦横に並んで輝き、その下に蠟燭が横並び。中央に白い丸椅子が4つ。上手 下手にも蝋燭が置かれている。舞台と客席の間に花々。装飾しないことで物語の世界を白紙にしている。シンプルな舞台装置、そして女優4人はデザインは違うが全員 白地の衣裳で統一。ちなみに主宰の吉田小夏女史は上着は黒だが、スカートは白地でメリハリをつける。そして彼女は、開演5分前と上演開始を呼び鈴で合図する、その風情ある演出が好かった。

本公演では、物語の軸=観点を<鳥>にしているところが肝。それによって人間愛と社会風刺というよりは、無償の愛と生命といった深みある作品になっている。
●「小夜鳴鳥と赤い薔薇」
青年が好きな人と踊るため、赤い薔薇を欲するが時期的に咲いていない。その青年の想いを叶えるため、小夜鳴鳥は自らの命(血)と引き換えに赤い薔薇を手に入れる。しかし彼女は別の男から宝石を貰い、それを飾り舞踏会へ。青年の恋愛感情への失望が…。
●「幸福の王子」
広場に立っている像、全身が金箔、両目はサファイア、剣にはルビーが装飾されている。像は動けないから、燕に向かって頼みごとをする。街で困っている人に自分の飾り物を提供し続ける。やがて像はみすぼらしく、そして 燕もその地で亡くなる。

鳥の観点から描くと、人間の思考と行動がより明確になるよう。人間のために命を賭して無償の行動をする、そこに見返りはないにも関わらず である。コロナ禍を経て、ますます不寛容・無関心といった風潮になったような気がするが、物語にある理想と現実、聖なるものと俗物的なこと、その複眼的な思考が大切だと。オスカー・ワイルドの世界観は、産業革命を経て資本主義による労働者の人権や貧富の差といったことを見据えていたのだろうか。そう考えた時、今の時期にぴったりな物語だ。

演出は、全員が白地の衣裳であるから どの役でも対応可能。二編を続けて演じることも出来る。そして紗幕の豆電球は夜空に輝く星、蠟燭の揺らめきは不安定で朧気だが、一方 幻想的で温もりが感じられる。
公演の特徴は、鳥を介して 人間の心情と貧困 厭らしさを鮮明にする。そしてシンプルな舞台美術や衣裳が、視覚に訴えつつも 観客の想像力を逞しくする。勿論、朗読は滑舌がよく 伸びやかで 実に心地良い。
次回公演も楽しみにしております。
楽屋ー流れ去るものはやがてなつかしきー

楽屋ー流れ去るものはやがてなつかしきー

劇団演奏舞台

演奏舞台アトリエ/九段下GEKIBA(東京都)

2024/09/07 (土) ~ 2024/09/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
「楽屋」は数多く観てきたが、その中でも最高だ。
舞台美術は 存在する空間の違いを巧く表し、演技は 劇中劇と楽屋でのリアルな演技(会話)の違い…台詞を借りれば、澱んだ空気感がしっかり表現されている。勿論「女優」という職業、というか「役」への執着、執念が切なく痛く そして怖いほど迫ってくる。

女優が演じる女優の物語。その4人の時代背景と性格を鮮やかに描くことによって、漠然とした「女優」像が浮き彫りになる。時代は変遷しても、人を押し退け、傷つけても「主役」の座は譲らない。案外それが女優「魂」なのかもしれない。この魂に 如何に命を吹き込むか、生への執着・執念に通じるものを観じた。
満席。この公演を観れたことはラッキーだった。
(上演時間1時間40分 休憩なし)

ネタバレBOX

舞台美術は、中央に通路がありその両側に鏡台を思わせる刳り貫き。上手には実の化粧台がありビール瓶などが。壁には多くの衣裳が掛けてあり、中には三度笠もある。勿論 演じる役に応じての衣裳や小道具・小物を配している。舞台奥の上部に照明があるが、後々これが実に効果的な色彩を照らす。

女優による女優の物語であり、その年代や立場、そして想いが異なる女優をどのように演じるかが肝。男優4人ではなく、女優というところに女の情念が痛々しく荒々しく剝き出しになる。この公演では、定番と今まで観たこともないような演出がある。まず年代の違いを表す台詞の違いなどは定番。そして衣裳は女優A(典多麿サン)は絣の上着にもんぺ、女優B(岸聡子サン)は普段着、女優C(美ゆき サン)は舞台衣裳、女優D(池田純美サン)は白地の浮遊感ある(寝)服、そこに夫々の情況を表している。

女優AとBのいつ来るとも分からない出番を待っていた時の心境、それを少しコミカルに描いているよう。勿論、いつまで経っても表だった出番がない悲哀が語られている。しかし、女優Dが現れ女優Cへ役を返すよう迫る。それまでの雰囲気が一変するような狂気が感じられる。敢えて前半のAとBの場面を弛緩するような描き、そうすることで後半のCとDの鬼気迫る場面に緊張感が漲る。諦念と欲望という心情の違いが明確になる、そのメリハリの利いた演出が上手い。AとBの飄々とした惚け味、Cの孤独で峻厳さ、Dの情緒不安定な狂気といった印象付け。他の公演でも似たようなものだが、冒頭のCの劇中劇(演技)から楽屋でのリアルな素振りへの変化は、女優(業)を端的に表しているよう。

演奏舞台らしい生演奏の効果…特にCとDの緊迫した遣り取りの中、不安・不穏を煽るような音楽が流れ心情を露にするようだ。今回は照明効果として女優1人ひとりに配色しているよう。女優Aは青(火傷痕 痣)、女優Bは赤(自傷 血)、女優Cは白銀(独白 空<クウ>)、そして女優Dは…。色に染まっていないDは死して なお女優であり続けたいと願う気持ち。女優は何色にも染まる=どんな役も待ち受けている そんな印象が感じられる。AとBの言い争い時の青×赤の照明点滅は 実に効果的だった。
次回公演も楽しみにしております。
あの瞳に透かされる

あの瞳に透かされる

Pカンパニー

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2024/09/04 (水) ~ 2024/09/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第36回池袋演劇祭参加作品。重厚骨太といった作風で観応え十分。
説明では、「従軍慰安婦」写真展を通して表現の自由と責任を問うとある。しかし、もっと核心に迫るー従軍慰安婦は国家の強制なのか、諸々の条件も含め国のための自発的な行為だったのか を問うている。勿論 問われているのは観客1人ひとりにである。

舞台としての面白さはあるが、説明不足なのか自分の理解不足または台詞の聞き逃しがあったのかもしれないが、分かり難いところがいくつかある。そもそも説明にある過去を蒸し返す無遠慮な男の正体が謎めいている。
物語は大手カメラ会社に勤務する男は、6年前 元「従軍慰安婦」の写真展の企画責任者だった。しかし、インターネット上に従軍慰安婦はデマだと書き込まれ、会社への抗議行動を恐れ写真展を中止した。男は写真家の表現の自由を侵害したとして裁判を起こされ敗訴した。しかし会社を守ったと評価され、取締役に昇進し会社所有の施設に住んで悠々自適の暮らしをしている。そこへ無遠慮な団体職員(配役)がやってきて…。
登場人物は5人、役者はその立場を鮮明にし 緊迫した会話を繰り広げる。その情景を支えている舞台技術が実に効果的だ。重低音の音楽が流れ、モノクロ的な単色照明が緊張感を漂わせる。

この施設(自宅)に出入りしている建築業の女性の存在が妙。会社の人間でもなければ「従軍慰安婦」問題にも直接関わらない。かって医者であったが患者と向き合うことが出来なくなり、今は建築業を行っている。患者という「者」を看ることが出来ず、今では「モノ」を見ている。そこに本来直視しなければいけない問題、核心から目をそむけているといった典型的な人物を配したように思える。

劇中、チラシPhotoにある陶器の天使 と タイトルに係る台詞が繰り返し出てくる。今あるのは過去の残骸の上に成り立っている社会なのか?本作は実際にあった事件(2012年)を元に劇作家くるみざわ しん氏が劇作したもの。その根底にあるのは戦争の悲惨=反戦を語り継ぐことだろう。その断片を表現の自由に絡めて描いている。
(上演時間2時間20分 途中休憩10分含む) 

ネタバレBOX

舞台美術は、中央壁にスクリーン、半円を描くように階段があり上手に出入口2つ。1つは二階へ、もう1つが地下へ通じている。中央から下手側にテーブルとイス。その奥に衝立風の玄関がある。会社 施設(現在は坂中家)の居間。上演前から波の音が聞こえ、海の近くにある建物のよう。

物語は、夜中に大きな音がして、それが何か調べるところから始まる。夫 坂中正孝(内田龍麿サン)と妻 曜子(木村万里サン)とで聞こえた場所が違う。原因を建築業の小竹さなえ(木村愛子サン)に依頼する。そこへ施設管理人 池田千江(藤 夏子サン)が男 高田靖(磯貝誠サン)を伴ってやってくる。高田は6年前に正孝が企画した「従軍慰安婦」の写真展を中止したことを非難し追及してくる。カメラマンの表現の自由を侵害した裁判では決着(敗訴)しているにも関わらず…。

高田は会社の指示で動き回っているようだが、団体職員が なぜ会社幹部(社長)に知り合いがいるのか、何が目的なのか判然としない。「従軍慰安婦」は国家の強制ではなく、亡国を憂いた当時の女性たちが自発的に行った行為、それを写真展を通して公にするようだが…。大手カメラ会社や高田にどんなメリットがあるのか?会社として株主総会を乗り切り、判決から3年も経っている。

この会社施設はかって従軍慰安婦が居た場所、そして戦時(空襲)中 陶器の天使を街の彼方此方に埋めた。なぜそうしたのか千江にしても分からない。ただ風潮だったという曖昧な説明。にも関わらず、後ろを振り向いた天使像に絡めた台詞が繰り返し語られる。過去の残骸の上に成り立っている現在(社会)、それを教訓化するには、もう少し丁寧な説明(理由の回収)が必要ではないか。いくつかの疑問が残るが、現実にあった事を題材に社会的関心度が高いテーマに挑んでいる。Pカンパニーらしい公演<シリーズ罪と罰CASE12>だ。

舞台技術…先にも記したが 音楽は低重音で響かせ、照明はモノクロ的で色のない(死の)世界を連想させる。物語の雰囲気に合わせており実に効果的で印象に残る。
次回公演も楽しみにしております。
琥珀色に酔い夢を見る

琥珀色に酔い夢を見る

劇団えのぐ

萬劇場(東京都)

2024/09/04 (水) ~ 2024/09/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第36回池袋演劇祭参加作品、面白い。
こんなにも優しい人々ばかりがいる街ならば、住んでみたい。そんな街を背景にして、心が傷つき病んだ人に寄り添った三編オムニバス風の物語で、敢えて収斂させていないようだ。かと言って三編がそれぞれ独立して描かれているわけではなく、しっかりストレートプレイとして展開する。心が傷ついた原因・理由を「仕事」「恋愛」「生死」といった 題材を取り上げ一般化させているところが妙。

終演後、作 演出の佐伯さやか女史と話した時、少し ばらけた と言ったが、帰りがけに考えを改めた。説明を読んで、「つばさの 何でも屋さん」をキーワードに物語が収斂していくとの先入観を持っていた。しかし、人の悩みは人それぞれで、一律に取り扱うことが難しい。舞台という虚構の中でドラマを紡ぐことは出来るだろう。しかし多様な悩みに どう寄り添い見守るのか その点を重視したような描き。物語を印象的に観せる舞台技術ー照明はあくまで自然光、音楽は優しい音色の曲が流れる。敢えて技巧を駆使しない、逆に自然な感じが情景を引き立てており巧い。

劇団えのぐ は2人の劇作家(もう1人は松下勇サン)を擁し、違う特色(味わい)の公演をしている。今回は佐伯女史が担当しているが、彼女らしい優しく繊細なタッチで描いている。池袋演劇祭は、本公演で5回目の参加だという。参加作品はすべて…そんな実力劇団が放つ珠玉作。コロナ禍で不寛容・無関心といった風潮が感じられるが、公演は滋味に溢れており 心温まる。ぜひ劇場で。
(上演時間1時間50分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、全面が棚で駄菓子屋のような小物、お菓子類が並んでいる。上手にテーブル・椅子があり家族(家庭)または仲間を暗喩しているよう。中央に「つばさの なんでも屋」という立て看板が置かれている。その駄菓子屋の店主ユキ(松下勇)さんが、チラシにある女装した人物。

先に「仕事」「恋愛」「生死」の三編オムニバス風と記したが、その主たる人物は それぞれ「虫が苦手な青年 誠一郎」「トウマの彼女 あむちゃむ」そして「なんでも屋さんの翼、その母 明日香」である。共通しているのは、心に痛みを受け病んでいること。
誠一郎は、会社員として誠実に勤務していたが、先輩に自分の成果を横取りされ、職場で無視(=虫)されるなどの苛め。あむちゃむは、推しのホストのため借金してまで店に通うが、さらなる無理を要求される。なんでも屋の翼は、中学生の時に事故に遭い既に亡い。母 明日香の心の中では まだ”翼”が生きていると妄想。翼の父がユキ(=ユキオ)さん。事故以降 妻の明日香に受け入れられないため女装し別人物を装っている。

町の人々が 病んでいる人々のために役を演じている。誠一郎のために農家の夫婦として受け入れ、農作業をする。人との関りが少なく実りが得られるという配慮と虫(無視)の克服へ。推しのホストの代わりにトウマがホスト役になり、あみちゃむの我が儘を何でも聞いてあげる。二人を応援をする疑似カップルの兄妹。明日香を見守るユキさん、そして依頼人、全ての事情を知っている郵便屋さんなど、登場人物は皆優しく温かい。

なりきり人物を演じることによって、本当に病んだ人の心に寄り添っていると言えるか?現実には、物語の北暁町に住んでいるような優しい人々ばかりではない。むしろ コロナ禍を経て社会(世間)の不寛容と無関心が深刻になったように思う。この町の人のように無条件に受け容れることはなく、逆に問題(訳アリ)な人々なら排他的になるだろう。公演では表層的な優しさを描きつつ、真の優しさとは?共助・共生だけではなく自主・自立をも問うような強かさを感じる。
次回公演も楽しみにしております。
舞台「やむにやまれぬ蒼~150年後の、君へ」

舞台「やむにやまれぬ蒼~150年後の、君へ」

寺子屋プロジェクト

シアター・アルファ東京(東京都)

2024/08/29 (木) ~ 2024/09/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。
幕末の動乱劇にしては、派手な殺陣等のアクションシーンは少なく <志>を語るように紡いでいく。物語は、長州藩 吉田松陰の志を継いだ若者たちの迸る<思い>と 彼らを巡る女性たちの熱い<想い>、その両方の観点から描いているところが魅力的だ。男性だけ女性だけといった場面を取り入れ、その時代における男女の立場や役割を強調している、そこに心情が浮かび上がる。

時代は幕末、それもペリー来航した1850年頃から1890年の大日本帝国憲法公布までの約40年間を描いた物語。150年程前の話であるが、現代にも通じることー1人ひとりが自ら考え行動するーそこには当然 責任も伴う。そんな覚悟を熱く語るシーンが多い。パンフにも失敗を恐れず進むことを止めず諦めなかった彼らを<志士>と記している。

公演の特長は、踊り手2人が しなやかに舞うことによって場面転換を行い、生演奏で情況・状況の変化や雰囲気を効果的に盛り上げる。踊り手は、劇中の人物たちの衣裳(和装)と違い、現代的な それも華やかな色彩の物。そこに演出のメリハリをつけることによってトピック的な出来事を印象的に描き出す。脚本の山崎愛美さんが前説を担当し、時代劇が好きか嫌いか(端的に言えば明治維新に詳しいか)を観客に問うていたが、たとえ疎くても本公演は楽しめる。
(上演時間2時間50分 途中休憩10分 *カーテンコール含めると3時間超) 

ネタバレBOX

下手から上手にかけて段々と高くなる段差ある横台。その前後ー前(客席側)が演技スペース、横台の後が生演奏(4人)を行うスペース。公演の特徴は、演奏(キーボード、バイオリン、笛 太鼓等の和楽器)と踊りの臨場感、この相乗効果が実に見事。登場人物の衣裳は 和装から洋装、そして踊り手は 色鮮やか 軽やかな浮遊感ある衣裳で舞う。薄布を靡かせ舞うことによって場転換する、それで情況・状況の変化が一目でわかる。ちなみに踊り手衣裳の色彩は赤と青など補色、勿論 色には意味合いを持たせ、例えば赤は血であり絆、青は薄帯布を波打たせることで海などの情景を表現する。

物語は、松下村塾の吉田松陰とその門下生を中心に描いている。そのため幕末、明治維新に関わる有名な人物や組織はあまり登場しない。例えば坂本龍馬や新選組など、魅力的な題材よりは<時代>という変遷(歴史)の中で、松下村塾の若者達がどのような<志>のもとで生きたか を紡ぐ。志士が駆け抜けた幕末・明治維新、それをテンポよく展開し飽きさせない。歴史を通して、未来を自分の意志で切り開くための経験値が示される。偉人の若かりし頃、挫折・苦悩等どう もがいて偉業を成し遂げたか、それを現代に繋げ考えさせる。

演技は、とにかく情熱的な語りと動きが印象的だ。そんな中で高杉晋作の最期、正妻と妾の夫々の立場と実情を情緒的に描いた場面が胸に迫る。女優2人の好演もあり、泣ける場面として印象的だった。熱いと言えば、オープニングアクトの月性の<志>を抱いて生きているか、そんな台詞が全編を貫いている。
次回公演も楽しみにしております。
ニルバナナナノニ

ニルバナナナノニ

発条ロールシアター

中野スタジオあくとれ(東京都)

2024/08/29 (木) ~ 2024/09/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

表層的には、説明通り 河原に立つブルーシートハウスに住む男を中心とした日常劇。しかし物語に隠された劇作家の意図は別のところにあるような気がしてならない。この意図に共感し共鳴できるか否かで評価が分かれそう。観劇した日は台風の影響で大雨、全国各地で被害が出ているとの報道もある。この物語は、そんな自然災害を連想させ、観る者に強く訴えてくるような。

一方、説明通りの解釈ならば、社会生活に疲れた人々が何のしがらみもない 自由気ままに過ごす場所を見つけ ひとときの幸福に浸っている。物質的な富はないが心の安息は得られている、人は何かを得て何かを捨てている、そんな当たり前の光景が描かれている。

不寛容・無関心になってきた今だからこそ、信じ助け合うという共助・共生が大切だと。ただ 演劇の面白さやメッセージがストレートに伝わるかどうかは分からない。
(上演時間1時間35分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術…冒頭はブルーシートで覆った段ボール箱、下手に洗濯物が干してある。場面に応じて段ボール箱を変形させて、ブルーシートハウス内や宮殿風の光景を現す。すべて段ボール箱で作っており、ホームレス(安価 簡易?)という状況を表現している。

説明通りであれば、空腹で行き倒れになりそうな浮浪者、自殺しようとして止められたサラリーマン、浮浪者から荷物をひったくろうとした男、そして 立ちんぼ している若い女性、毎日曜日に慰問にやって来る女性歌手、そんな個性豊かで癖が強い人々が集まってくる。そして何かとブルーシートハウスに来る市役所の職員、当初は立ち退きを巡る攻防かと思っていたが…。それぞれ心に何らかの心配事を抱え、それでも淡々と暮らしている。その光景は<平和平穏>といった当たり前の暮らしを独特の世界観で描いている。

自分の勝手解釈は、ラスト 敢えて波の音を響かせることから、ブルーシートハウスに身を寄せているのは被災者で、そこに行政(市の職員)が絡んだ物語。勿論 東日本大震災を始めとした被災の光景を連想した。劇中 毎日曜日に慰問にやって来る歌手スーパースター、実は八百屋を営んでいる。夫は漁に出たまま何年も帰らず、1人で子供を育て商売を営んでいる。そんな夫から手紙が届くが ずいぶん前に投函されたものが今届く。立ちんぼの少女に親兄弟はいるのか はっきり描かない。何となく被災孤児、人に優しくされるよりは 自分の方から寄り添いたい。そこに寂しいが逞しく生きていくといった気持が見えるよう。更に、作演出の則末チエさん演じる松前数之子が、他の浮浪者の情報を収集し市職員に提供している。それが 被災者の情報・動向を官民一体となって取り組んでいるように思える。

市職員は、生活保護に係る手続など面倒を見てくれるが、その支給される金額の一部を搾取している。小悪党的な役割を担っているが、例えば元・経済産業省のキャリア官僚による“新型コロナ対策”の給付金を騙し取った詐欺罪などを連想する。苦境に喘いでいる人々=庶民の<非常時 不安>が透けて見えるのだが…。
この公演は、観る人の感性に委ねられているように思う。
次回公演も楽しみにしております。
世界 、

世界 、

演劇企画集団Jr.5(ジュニアファイブ)

ウエストエンドスタジオ(東京都)

2024/08/28 (水) ~ 2024/09/03 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
現代社会の暗部を抉り出した観応えあるSF作品。第四次世界大戦以降、厚い雲に覆われ太陽が見えなくなった世界。そんな環境下においても 人間社会の不平等や不寛容は存在する。いや不自由で生活苦だからこそ、その意識は剝き出しになる。そんな人間(個人)と社会(政治)の不都合(暗部)が鮮明に浮かび上がる秀作。
因みに、厚い雲に覆われ太陽が見えなくなった原因は、原爆等 人間に制御不能な新兵器の影響を想像してしまう。

表層的には、骨太で重厚な雰囲気を漂わせているが、随所に笑いの場面を鏤めるなど飽きさせない工夫をしている。舞台美術・技術が見事で、その妖幻といった雰囲気が物語を支えているといっても過言ではないだろう。勿論 内田健介さん、松本紀保さんを始めとした役者陣の演技力は確かで、圧倒的な熱量で物語へ惹き込んでいく。週末、台風の中 出張がなければ もう一度観たかった。
(上演時間2時間 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、気鋭のロープアーティスト・緊縛師である、一(はじめ)鬼のこ氏による赤い縄を天井まで張り巡らせた蜘蛛の巣 状のオブジェ、その中心部に光る球体。そして収納型の箱馬がいくつか置かれている。全員この赤い縄を(スカーフのように)首に締めており、いろいろな(例えば自縄自縛といった)意味を持たせているようだ。

当日パンフに梗概が記されているが、それによると1000年前に第四次世界大戦が勃発し、厚い雲に覆われた国(王制)が舞台。お金以上に光の鉱石が重宝されており、その光石はマリシテン財団が所有する土地でしか採掘されない。国が財団から光を買い取り、国民に配給している。光は暮らしや動植物の成長に不可欠なもの。月に一度、社会的地位や職種、労働の量によって光の分配が決まる、というもの。

規則・規制の順守、その秩序が守られなければ国は崩壊する。その理屈はもっとものようだが、そのルールは誰がどのような手続で決めるのか。王制といっても 光石がなければ暮らしは成り立たず、実質的な生殺与奪権は財団が握っている。財団の思惑は国をも動かす。翻って、企業献金を始め 色々な資金集めに汲々としている政治(家)、利権に群がる富裕層もいれば、生活苦に喘ぐ貧民層もいる。政治はどこを向き、進もうとしているのか。一方、人の心情を覗いてみれば、嘘偽り、甘言を弄し惑わす。そして嫉妬や羨望が渦巻く深淵が透けて見えてくる。

神の存在を信じるか否か。同じ王宮で働く下男のキーチ・カワウチ(内田健介サン)とエタ(奥田務サン)による存在・非存在の議論は、悪魔の証明を思わせる緊張と迫力ある場面。神の存在を信じるエタ曰く、1000年もの間 戦争はなく平和に暮らしてきた。それは神の御加護だと。平和であれば多少の生活苦など…その次元の異なる屁理屈が怖い。法の制定と施行を順次行なう国(王)の施策と早急に制定・実施を迫る財団の思惑。そこに絡む風評やデマを厳しく取り締まり、財団への批判をかわす。インターネットの普及によって情報の真偽を確かめる術が難しくなった状況に重なるようだ。そしてコロナ禍を経て不寛容で無関心といった風潮が…。

舞台は、時代や場所を特定させないためにSF。しかし描かれているのは まさしく現代である。登場するのはカワウチ一家・王と大臣・財団で、そこには国民・為政・企業団体といった姿を重ねる。そして衣裳も それぞれ簡素な貫頭衣・上質な白服・黒スーツといった違いで表す。照明は薄暗い中で球体に光を灯す、そして鐘の音で一人ひとり退場(逝去)するラストシーンが実に印象的だ。
次回公演も楽しみにしております。
おかしな二人 女性版

おかしな二人 女性版

劇団つばめ組

池袋シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2024/08/22 (木) ~ 2024/08/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

20世紀アメリカシチュエーションコメディの金字塔、その表層の面白さは十分伝わったが、少し気になるところも…。

さて、物語は 性格等の違う二人の中年女性が同居したことによって起こる心や生活の変化を可笑しく描きつつ、ちょっぴり悲哀も感じさせる。原作では中年男性が主人公であるが、この公演では女性版として別の「おかしな二人」を立ち上げている。勿論、いくつかの設定を変えることで違和感を抱かせない。

原作はトニー賞(演劇作者賞)を受賞した有名作品、その物語の核となる二人の性格等の違いを強く印象付けるような舞台美術や技術(特に照明)が巧い。少しネタバレするが、ずぼらで時間にもルーズなオリーヴ、一方 清潔好きで潔癖なフローレンス、その二人を青と赤、まさに信号機の進めと止まれの真逆を思わせる照明、また部屋に乱雑に置かれたダンボール箱のテープの色も同様。よく見ると上手 下手の壁の色彩 柄も変えるなど演出に細かい工夫を凝らしている。
(上演時間2時間 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は オリーヴの家(リビング)。中央にテーブル、ソファと椅子。その奥に窓があり外の高層住宅の風景がニューヨークらしい。上手・下手に出捌け口、下手客席寄りに電話。ダンボール箱が雑然と置かれており、住人の性格を表しているよう。ちなみに上手と下手の壁色と柄が違い、そこに物語の肝となるオリーヴとフローレンスの性格の違いを示しているよう。

女性版であるから、原作のポーカー仲間を学生時代の友人へ など、いくつか設定を変えている。同年代、それも中年女性の恋バナをメインに これからの生き方も絡め迷いが出始めた。同時に過去の恋も引きずり、もがいているといった姿を滑稽に描く。そこに性格の違う女性2人が、同居したことによって巻き起こる騒動が可笑しい。ずぼらと潔癖という真逆の性格、それをダンボール箱を用いて一瞬にして分からせる。オリーヴは夫と別れ、少し未練がましいが気ままな1人暮らしをして8か月。フローレンスは夫から別れを言われ…。オリーヴの家に集まっている学生時代の(ボードゲームに興じる)仲間が彼女の自殺を心配し、この家へ同居するよう勧め 仲違いするまで3週間。そんな愚痴ともとれる台詞が印象的だ。

仲直りの術として、同じマンションの住人(スペイン人?の兄弟)との恋愛を画策するが…。気になるのは、この男(兄弟)の登場が、それまでの可笑しさと違った雰囲気を漂わせていること。バックボーン、国籍 言語の違いによるチグハグというよりは、もっと別の違和感・不自然さが残った。強いて言えば女優陣の演技と男優2人の演技、その表現の相違だろう。確かに女優陣もドタバタした演技はあるが、そこに至る理由等が語られる。一方 男優は不必要または不自然と思えるオーバーアクションが気になる。敢えて異なる演出にしたのだろうか。

舞台技術…照明の諧調による変化は時間の経過、オリーヴとフローレンスの夫々の心情 吐露、その光景を印象付けるためのスポットライト(青と赤)は見事な効果。また場面転換をしっかり現すため女優陣は衣裳を頻繁に変える。その観(魅)せ楽しませるといったサービス?も好かった。
次回公演も楽しみにしております。
ファジー「ours」

ファジー「ours」

TeXi’s

STスポット(神奈川県)

2024/08/21 (水) ~ 2024/08/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

第一印象は何を伝えたいのか といったテーマや世界観の暈け 解り難さが手強い。かと言って見巧者向けとも違うような。自分の感性が問われるような感じがする。なお トリガーアラートは、それほど気にならなかった。

説明では、男女二元論が生み出している「加害性」について考える1年間のプロジェクトで、リクリエーションを重ねながら三つの上演作品を発表する。本「OURS」は その二作目、女性(役者は全員女優)も背負っている加害性を表面化し加害性を生み出している社会構造を描くとある。にもかかわらず、劇中で「僕は」「俺は」等 性別に関係なく自分を表していると説明。男女は対立する存在なのか、それを意識させるものが分からないため、肝心の加害性が浮き彫りにならない。現代的に言えばジェンダー論を紐解く内容だろうか。

受付でネタバレに係る紙が用意されているが、読むのは 観劇前でも後でも関係ないように思える。それは 物語をどのように観せ伝えるかに苦慮した末のヒントのようなもの。二つのレイヤーを錯綜させ、物語を敢えて曖昧にさせているように思えた。つまり登場する人物に担わせた役割ー個性の ぶつかり合い と 何をしているのかといった作業を見せている。その二つのレイヤーは、スクラップ&ビルドといったことを連想させる。

何より 戸惑うのが舞台美術。タイトルにあるファジーという浮遊感あるものだが、同時に<死>といった重みを感じる。劇団の特徴として、異なる視点を持つ人間同士の対立や堂々巡りのフラストレーションをうず高く積み上げることで、ストレスフルだが、ワンダフルな作品を生み出すとあるが…う~ん。
(上演時間1時間20分)

ネタバレBOX

舞台美術は、白く塗った平板で大きさが異なる立方体を作り それを4つ置く。周りの壁もオフホワイトで、そこにカラフルな紗幕のような飾り。天井にはミラーボール、ふわふわボールの束、床には おもちゃ や衣装掛け等 雑多であるが、全体的に浮遊感ある空間を演出している。かと思えば、幾本かのコーンバー、上演前から工事現場を思わす破砕音。登場するのは5人、デザインは違うが全員が黒色彩の衣装・靴で統一している。壁際の演技を見ていると鯨幕(死)を連想してしまう。人物の背景・関係性や場所等の設定や世界観を敢えて明確にしていない。それによって 誰もが持つ「加害性」を一般化して描こうとしているようだ。客席はL字型。

複数レイヤーの表現、その同時進行的に発する台詞は、物語の多面性の表れか。舞台は 集中してどう観せるかが重要だが、 現実には、同時多発的に物事は進行している。受付時に貰ったネタバレには、登場する人物が担った役割が記されている。しかし それを意識して観ても 物語の展開や世界観は、容易には理解できないのでは?担わされた役割は、「わかりにくさ」「怒り」「曖昧さ」「苛立ち」「無邪気」ということらしいが…。

終盤になって、音響等も含め「家の解体」の作業、そこの作業員の様子といったことが おぼろげながら分かってくる。立方体は部屋を表し、平板の留め具を外し 解体していく。そう言えば劇中で「休憩にしますか」といった言葉があり、役者が素に戻ったような雰囲気がある。そして家を思わせる家族の諸々の光景ー食事場面等 伏線が鏤められていたことに気付く。それでも宇宙云々といった台詞が飛び出し、混乱・混沌とした世界を持ち込む手ごわさ。

家の解体は 家族の崩壊、もっと言えば自分自身も壊れ 感情のコントロールが出来なくなっていることを表している。深読みすれば 5人に担わせた役割は、実は1人の人間が持っている多面的なこと。そして追い詰められた心は現実逃避するかのように空想の世界へ、それが宇宙の話に繋がるのでは と勝手に解釈。
ラストシーン、逆さにした椅子の脚の中にクマのぬいぐるみが閉じ込められている。それは自分(心)を自縄自縛していること、同時に社会の閉塞感と不寛容さを表しているかのよう。それでも家の解体に待ったをかけることで、救いと希望(再生・再構築)が…。
次回公演も楽しみにしております。
ゴシック

ゴシック

風雷紡

小劇場 楽園(東京都)

2024/08/14 (水) ~ 2024/08/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

面白い、お薦め。
冒頭から 物語へ集中させる雰囲気作りや関心を高める工夫、見応え十分。明治時代の長野県、そこの旧家を舞台にした悍ましい伝承物語。当日パンフに家系図が記載されており、登場する人間関係(立場)を明確にしている。時代背景と土地柄、そして本家・分家という家(家長)制度を絡め、人間の欲望 その深淵を描いている。

「姥捨て」する迄を前半、「御山入り」で自分の欲望と向き合うことを後半とすれば、その展開と観せ方も秀逸。隠された事実、それを解き明かすように七曲り先の六道(りくどう)、人々の欲望が剝き出しになって浮き上がる。各人の欲望に応じてテンポよく場面転換し、欲望の鏡合わせのような存在が繭(吉水雪乃サン)、その妖しい演技が印象的だ。
ちなみに舞台壁、前半と後半とで荒い岩肌から洞窟の中といった変化をみせ それが鈍く妖しく輝いているようだが、これにも伏線が仕込まれており巧い。

物語には、この家系とは別の人物を登場させ、人間の欲望とは この旧家に限ったことではない、そんな闇の広さと深さを鋭く抉っている。獣のような 出で立ちで、今まで「御山入り」した人々の魂の声が聞こえていた鍵屋の又やん(祥野獣一サン)、一方 実直な奉公人風の銭屋の照やん(山村鉄平サン)、後々の変化も含め この2人の存在が妙。
(上演時間1時間50分 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は、劇場入口とは反対の奥に鳥居、その前に岩が2つ。この劇場の特徴である柱には しめ縄と紙垂。前半は崖岩を思わせるような幕。上演前には水が滴り落ちるような音が不気味。物語は御厨家4代に亘る姨捨て、その儀式に隠された因習を おどろおどろしく描く。観客は見巧者ばかりではなく、直截・表層的に見て感じることが大切。その意味で この世界観の好き嫌いはあるだろうが、丁寧な公演にしていると思う。

御厨家の女 まゆをその娘 絹が姨捨てに付き添うところから始まる。60歳になったら御山入りする定めになっているが、まゆ はまだ若々しい。その美貌ゆえに生への未練があるのでは と陰口を言われた。そして娘の絹も御山入りの年齢を迎えるが…。当主の結吉には亡き妻との間に2人の娘 紬と繭がいる。そして後妻に染を娶り、その連れ子。結吉の姉で分家となった糸とその子。多くが血縁関係という閉じられた世界。いや この地域そのものが排他的だ。

絹の御山入り、そこに同行した繭の純真というか特別な存在(力)によって、御厨家の人々の欲望が浮き彫りになっていく。例えば 紬は妹の繭が疎ましい、分家では本家への蟠りと我が子を本家の跡取りへ といった思惑を抱いている。血縁・地縁という閉鎖的な環境下における欲望は陰湿で後々まで祟る。代々の御山入りした多くの屍、その光景が見えなくても その凄惨さが感じられるような迫力。

前半は御厨家の周辺、そして今起こっている出来事を点描している。後半は岩肌の幕を取り、洞窟内を思わせるような鈍い輝きの岩。前半 その鉱物に係る会話があり、物語ー姥捨て では自分の大切なものを捨てないと神になったご先祖様に会えない。繭にとって大切なものの象徴としての鉱物。先にも記したが、夫々が抱いている欲望の鏡合わせとしての存在が繭。御山入りする当人と同行する者は白装束、しかし六道での繭は赤着物で修羅の形相。その観せる演出と鬼気迫る演技が圧巻だ。

御山入りした者が里に戻ってこないように嫁殺しという毒を盛る。そこに絡む 村人の鍵屋の又やんの獣のような荒々しさ図々しさ。一方 銭屋の照やんは実直そうだが、実は金を貰いお山の管理をしている。因習に相応しく口承という台詞まで飛び出し、なぜ記録が無いのか等という詮索をさせない。そもそもが理屈に合う噺ではなく、因習という得体の知れない といった醍醐味を味わわせてくれる。
その怪しい雰囲気(全体的に暗い空間)は、裸電球や鳥居に吊るされている提灯の点滅、狂気と化した白い着物と赤い着物というビジュアルの対比、そして おどろおどろした音楽が実に効果的だ。
次回公演も楽しみにしております。
雑種 小夜の月

雑種 小夜の月

あやめ十八番

座・高円寺1(東京都)

2024/08/10 (土) ~ 2024/08/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い、お薦め。
日本の原風景、良き日本人を見るような公演。
本作は、劇団代表の堀越涼 氏の実家の団子屋をモデルにした雑種シリーズの第三作目。何処か分かるが当日パンフにも明記していないため、敢えて伏せておく。しかし その土地の方言で喋り、この時期に相応しい風習などを盛り込んだ家族劇。家制度や血縁とは といった一筋縄ではいかない問題や思惑を絡め、観客の心を揺さぶる。その情景は心温まるもの。
物語の肝は、<駆け落ち>と<化け猫>か。

この物語は 堀越氏の歩みを切ったり貼ったりしながら作った、人生に限りなく近い話だという。悪人は登場しない、しかし立場や考え方の違い、思惑によって小さな騒動が起きる。その山あり谷ありの人生(物語)は、多かれ少なかれ観客に寄り添い 共感を得ていると思う。課題や問題を乗り越えるには、人の思いやり優しさであると。その滋味をしっかり味わえる秀作。
(上演時間2時間 休憩なし) 

ネタバレBOX

舞台美術は対面客席で 中央に舞台。会場(座・高円寺)入口に近い方に赤い鳥居、その反対側に竹林と演奏スペース。天井には社の屋根骨組み。情景によってテーブル等の道具を搬入搬出する。

物語は団子屋「小堀家」の三代に亘る家族劇。現世で中心になるのは小堀青子、その娘で長女 密、次女 白、三女 綾で、そこに東京 神田から来て従業員になった日下部美穂。すでに亡くなった先代夫婦や青子の夫、近所の裏のおいちゃん等が時代を超えて現れる。勿論 お盆の時期という設定が、日本的な習俗を絡め滋味溢れる話として展開していく。日々のゆったりとした営み、そこに地域の人々との関わりや祭りといった行事でアクセントをつける。

青子は小堀家の一人娘、幼少期から婿養子を迎える と聞かされていた。その夫 忍は長男で実姉は結婚に反対していた。青子と忍は思い余って駆け落ち、その甘美な響きとは違い、実家から徒歩5分の裏のおいちゃん家へ匿われる。典型的な家制度、お盆という風習を通して過去/現在の往還(37年間という時)は そのまま彼岸/此岸の人々の思いを通じさせるもの。裏のおいちゃんの通夜、それから猫-小夜の存在、その姿は見(擬人化)せず 役者の抱きかかえるような演技で表現する。弱っている人がいると傍に行って鳴く、という台詞が物語の底流にある<人の優しさ>。
そして三世代の小堀家と対を表すのが、裏のおいちゃんの息子。実の息子ではない―血縁がない。そこに地縁と同時に血縁という<縁>の綾を落とし込み、日常の暮らしにさりげなく深み(人生模様)を描く。

あやめ十八番らしい生演奏(ピアノ、ファゴット、ヴァイオリン等の洋楽器)、それとは別に劇中でラストシーンに用いる祭囃子(太鼓・笛等の和楽器)を練習する場面や劇中生歌を挿入し、人の地域および行事という切っても切れない情緒を描く。そして和洋楽器を上手く使い音響・音楽の幅広さを楽しませる。勿論 照明の諧調によって時間の流れなどが伝わる。登場人物 18人(日替わりゲスト含め。観劇回は山崎バニラ サン)は、三世代と地域の人々を描くとなると、この人数は相当か。むしろ、人物造形(当て書のようにも思える)がよく出来ていると感心する。縁と言えば、次女 白を演じる大森茉利子さんの娘 佐藤つむぎちゃんまで出演させ親子初共演している。
次回公演も楽しみにしております。

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