ハンダラの観てきた!クチコミ一覧

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「4…」

「4…」

四分乃参企画

JOY JOY THEATRE(東京都)

2023/05/18 (木) ~ 2023/05/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 原作はつかこうへい、今作の脚本・演出は劇団四分ノ三の清水みき枝さん。部長刑事役に鈴木克彦氏、婦人警官役に谷菜々恵さん、速水刑事役に山城直人氏そして容疑者・大山役に斉名高志氏の4名。ご存知の方もいらっしゃるであろうが社会人劇団ThreeQuarterは2024年12月を以て解散が決まっている。今回の公演はカウントダウン公演の4。

ネタバレBOX

スリクオの後継組織となるのは四分乃参企画、本拠地は長野県の小諸に移るが演劇活動は続ける。
 げに儚きは、何ら命の痕跡すら残さず移ろい流れ、常住するものなど何一つ無く変わり果てその痕跡すら残さず流れ去る、我ら生きとし生けるもの総てがこの条理から逃れること能わぬ。何より其の理を知りその意味する所を問わざるを得ぬ、ヒトという我らの存在と思惟。唯受け身でいる限りその耐え難い重圧に圧し潰されそうになる我らヒトに許された数少ない救いが芸術である。
 言うまでも無くつかこうへいの作品は舞台化することはできるが、成功させることは極めて難しい作品群である。つか存命中に残されたフィルム等を観ると、台詞は機関銃の弾のような勢いで発出され、全体に漲るテンションの高さとエネルギーの発する熱量は半端なものではないのだ。当時、リアルタイムでつか作品を観ていた観客たちが熱狂したのも頷ける。
 今回、清水さんの台本では、劇団員の加齢やCovid-19に対する政治の理科学的音痴というよりハッキリ無定見・無能が余すところなく失策に繋がり、矛盾だらけの政策に反映してパンデミックそのものの脅威をより増幅させ、人々を精神的・社会的に疲弊させたこともありつか作品の本質である被差別者の生きる状況そのものへの言及・表現と登場する4名個々の人物の持つ、被差別者が差別される自分を抱えながら人間として生きることを選んだ時のダンディズムが見事に対峙されることで作品に強い訴求力と深みを齎した。前半は、平凡な作りに見えるが、この陳腐に近いような定型表現が中・後半に際立って生きてくる。観客の生活者としての凡庸さに襲い掛かった、パンデミックと社会的不合理が負わせた深い不条理感に見事に呼応するような形を成したと言えよう。社会人劇団であるからこそ、解決不能な不条理に対する防波堤としての芸術の姿を描いてみせたと言えるのではないか。
原色★歌謡曲図鑑

原色★歌謡曲図鑑

株式会社ビーウィズミュージック

CBGKシブゲキ!!(東京都)

2023/05/11 (木) ~ 2023/05/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

 一所懸命に演じていることには好感を持ったが、華3つ☆

ネタバレBOX

「サザエさん」「ドラえもん」と並ぶTV界の長寿番組“原色★歌謡曲図鑑”は、独自のリサーチで歌手ランキングを発表、多くのスターを輩出してきたことで知られる。ベスト10入りした新人歌手は必ず局のサイン帳に自分の名前、記帳の日付、ランキング曲名を記すことが義務付けられ基本的にはスタジオで、無理な場合はスタッフが歌手の下に出向き生放送をするスタイルで放映されてきた。
 今作で主人公となるのは、坂口シン。元浅草の寿司職人である。偶々、この寿司屋に入った作曲家・筒井太平(後、シンの恩師となる)は、シンの呼び込みの声を聴き、その声音に歌手としての才能を見出し「歌ってみないか」と声を掛けた。これがきっかけとなり、シンは作曲家・筒井のやっている音楽レーベルに所属し歌のレッスンに励んだ。結果“原色★歌謡曲図鑑”のトップ10にランキングされることとなった。初ランキングの日、シンは師と共にスタジオ入り、生放送が開始されたが、直後大地震に襲われた。大混乱の中、数々のスターがスタジオ入りする際に通って来たミラーゲートを逆走した。1987年のことであった。するとシンは時空を飛ぶことに。時空の狭間でシンは“原色★歌謡曲図鑑”を差配するロボットに出会った。ロボットの説明するところによると、シンが時空を彷徨うことになった原因は、地震の被害を避ける為、シンが咄嗟にミラーゲートを逆走したことが原因だという。というのも数々のスターがデビュー以来ランキングされる度に通って来たこのゲートは不思議な力を持ち、その力によって時空を歪めタイムスリップが起こったのだという。彼がロボットと出会った時空は何処へ行くか未だ定まらない時空の狭間である。丁度ギリシャ神話の中で冥界が生界と死界の狭間に想定されているようにこの発想は自然発生的で安定感を齎す想定である。同時に真のアーティスト達が目指すべき表現では独自性が求められるのであれば、その意味で今作は最初から本質的エンタメであることを免れない。タイムパラドクスの扱いも突っ込み所満載であるが、まあ許すとしよう。
 さて、シンが飛んだ時空は36年後、場所は所属していた筒井の事務所であった。恩師は3年前に他界、現社長は恩師の娘・ルナ。世の中は完全に様変わりしていた。1987年当時には思いもよらなかったパーソナルコンピューターが世界を席巻したばかりではない。一般人にとってはSFの中にしか登場しなかったTV電話は、掌に収まるサイズになり誰もが持ち歩き日常の具と化しているばかりではなく、ITと称される技術の進歩によりメディア状況そのものが大きく変化していたのだ。このような状況の大変革は、業界の経営戦略にも大きな相違を齎していた。一方、父亡きあと新社長となったルナは、歌手は個々に時間と金を掛けて育ててゆくもの、との信念を持ち、大学で同期だった而も大手業界企業に内定が決まっていたのを蹴って筒井事務所に就職し販売促進部長を務める染谷の、数値が総てとの経営戦略とはことあるごとに対立していた。パンデミックの影響もあり、中小企業の倒産は掃いて捨てる程もある。社の存続の危機の中、対立ばかりで進展のなかったこの音楽レーベルの未来や如何に? 
 ところで、シンがロボットと別れた後、ロボットが無くなったと大騒ぎしていた物は一体何で、どんなことが起こると予想してロボットが慌てていたか? が観劇の楽しみとなろう。また、趣味で作曲しているコウのその後は? 太平が、社に関わる個々のスタッフに訓示していたことと、激変する状況との関わりは? などに注目して観ると良い。
糸地獄

糸地獄

劇団うつり座

上野ストアハウス(東京都)

2023/05/11 (木) ~ 2023/05/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 初日を拝見。旗揚げにしてこの完成度。観るべし! さて、今公演も14日マチネで楽であるから、物語のキーワードを1つだけ挙げておく。以下追記
 三月桜亡きあと、新入りが1人入った。新入りは他の11人とは異なり、無戸籍ではない。
 あと1つとても大切な点があるが、それが何であるかは観てのお楽しみ。観て何であるかをご自分で考えてみて欲しい。自分は14日、研究会があるので研究会終了後の14日夜遅くかその翌日頃種明かしをするつもりである。

ネタバレBOX

 岸田 理生作1984年初演の今作、時代設定は1939年、所は、表(昼)は「女工哀史」に代表される製糸工場の世界、裏(夜)は吉原などに代表される娼婦の世界に変貌する糸屋。この2つの世界を綯交ぜた世界が失った記憶を徐々に取り戻すヒロイン・繭を通して描かれる。岸田理生の描く世界は今流に言えばジェンダーギャップということになるかも知れぬ。今作はその中でも殊に男社会で生きる女の被差別状況を、最も彼女らしい言葉の魔術と土俗的で猥雑で暴力的とすら言える言の葉と演劇という表現形態で象徴的に示した作品ということができよう。劇団の旗揚げに相応しい極めて内容の濃い、文学として最も本質的な問題提起という使命を果たし続けている作品と言える。台詞は原作に忠実である。演出・舞台美術を篠本 賢一氏、演出助手に渡会 りえさん。登場する役者は18名。舞台美術のセンスが抜群である。観た瞬間、自分は江戸時代の歌舞伎小屋がベースになっているのではないか? と感じた。というのも篠本氏は能を長くやってきた人物であり、歌舞伎にも詳しいことを知っているからでもある。全体の構造が、能の橋掛かりや歌舞伎の花道のような印象を与える大きな掘り炬燵の四囲を囲むかのように設えられた構造に囲まれているばかりではなく、その手前観客席側には明らかに桟敷席を思わせる構造が拵えてあったからである。大きな掘り炬燵のような一段低いエリアは、女工や娼婦たちの抱える地獄を象徴し一段高い地獄を囲む周囲は、地獄を世間と永久に隔てる壁を象徴しているのは無論であろう。而も世間とこの地獄を繋ぐのは、四囲を囲む構造の随所に天井から下げられた紅い糸と風、個的レベルでは繭の持つ瘤だらけの結縄。「現実」とやらを重んじている振りをする世間の価値観からすれば取るに足りぬ象徴に過ぎない。然し、これら総てが男社会の中で生きる女性たちの苦悩を、差別の何たるかを伝え、男社会を前提とし延々と続くこの国の社会体制の中の母と娘の系譜をも炙り出してゆくとしたら? この象徴の意味する所は極めて大きく本質的だと言わねばなるまい。何となれば、生物学的に性差を持つ生き物の生物としてのプロトタイプは♀だからであり、つい最近発見された京大等も関わった国際的研究でジェンダーギャップの大きい社会程大脳皮質の厚みが女性で薄くなるという結果が出ている。興味深いのは、ジェンダーギャップの無い社会では女性の方が大脳皮質の厚みが大きくなるという報告も出ていることだ。自分個人の想像では、脳の個体差では女性の脳の方が男の脳より優秀であることに気付いた男達が、力では女性に勝る男の特性を用いて女性を支配する社会体制を築き、維持してきたのではないか? ということである。Covid-19に対する矛盾だらけの施策もこの国の政治が科学的・合理的な判断に従うことのできない愚か者が社会を仕切っていることの証左だということができよう。
 ところで板上の小道具でとりわけ大きな意味を為すのが糸車であることは容易に納得できよう。ホリゾントやや上手の壁には満月型や四角に場面によって変わる赤い布が見え、四囲の壁を構成する一段高い構造は、繭の通る様々な意味を持つ(記憶を辿る、糸屋へ通じる、或いは系譜を辿るなど)道にもなる。また照明の加減で赤と闇が殆ど見分けのつかない状態になるシーンもある。これなどは所謂忍び(忍者)が新月の晩に用いた忍び装束が赤であったこととも符合する。(白・黒・グレイは明暗の度合いであるから新月の晩のように暗い夜は、明度の差で見分けがつき、隠れることが困難になる。それを避ける為、闇に溶け込む赤装束が用いられたのである)
 役者陣の演技も旗揚げとしては上出来。スタニスラフスキー演劇が目指す最高レベルの演技、役者の身体から滲み出すようなレベル(そんなレベルの役者は、日本全体で手の指の数程も居ないのではないか)には、まだまだ時間と鍛錬も掛かるにせよ、褒めて良いレベルに達しているのは、日本の劇団の稽古日数としては極めて長い5か月に渡って稽古してきた結果であるのは明らかだ。今後も楽しみな劇団である。
福子、福ちゃんの夜明けに飛べ

福子、福ちゃんの夜明けに飛べ

enji

吉祥寺シアター(東京都)

2023/04/27 (木) ~ 2023/04/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 作品は観て頂くとして、当時を生きていた者の1人としてネタバレでは時代背景を主に書いておいた。作品中、自分の最も気に入ったキャラは生物学大好き少女。

ネタバレBOX

 時代設定は1969年、場所は日本、米軍基地が近くにある安アパート“福ちゃん荘”。住人、マリに吸い寄せられるように出入りする諸々おじさん、新管理人となった地方出身大学生、一応、マッポにマークされている医学部の学生活動家、近所のおばさんたち、在日米軍軍医中佐、警官等々が登場する、色々な意味で沸騰していた時代を描いた作品。
 日本の大学生の多くが海外を流離い、どんどん世界から日本を見るようになっていた時代でもあり、ヒッピーやアングラ、ベトナム反戦運動、公害問題や学生運動の盛り上がりもあり東大の入試が行われなかった年でもあった。新宿にはフォークゲリラや休日ヒッピー等が至る所に見受けられLSDやマリファナ、サイケデリックな紋様を体中に化粧した若者も多く見られた。大江健三郎の「見るまえに跳べ」初版本出版から11年後、小田実「何でも見てやろう」初版から8年だった。フランスヌーベルバーグの影響を受けたATG作品の傑作も多々上映されていたし、天井桟敷の寺山修司、赤テントの唐十郎、黒テントの佐藤信らアングラ演劇も大変な人気を博していた。文化的にも新たな地平へ旅立つ気風が横溢していた時代であった。
 今作では、ドクターと呼ばれる学生運動の活動家がチャラいキャラとして描かれているし、社会経験を積んでいない若者が既成の価値観と対峙するに当たってその体験不足を補完する為に理論に走るのは必然ではある。この若者の必然的な事情には頓着せず、実際に今作で描かれる形は、軽薄なプロパガンダの域を出ていない連中が居たにせよ、こんなにレベルの低い連中ばかりだった訳では無論ない。貧困を抱える地域や被差別民にキチンと寄り添い活動していた活動家も居たし、公害被害者の側に立って地道な支援を継続していた者たちも居た。また公安の行動・言動を予め予測しシナリオに書き上げた上でシナリオに書かれた行動を態と目につく形で実践、公安の出方が元々書かれたシナリオ通りだったことを発表して揶揄し頭脳戦で戦った者も居た。
 中佐が米兵たちの抱えていたアンビヴァレンツを吐露するシーンは、確かに説得力がある。然しベトナム戦争で最終的に米兵の死者数は戦死・その他の死を含め58220名。それに対してベトナム人死者数は正確な数が分からない程国土も荒らされ民衆も虐殺されて実数は確定できていないが約300万人。ソンミ村虐殺事件も表に出た有名な事件というだけの話で他にも多くあったと想像されるというのが、当時多くの人々が感じていたことでもあろう。70年代初頭に明らかにされたトンキン湾事件の真相をみればアメリカが如何に汚い手を使ってベトナム戦争拡大を図ったかは明白である。また、今作でも言及されているダイオキシン汚染は、未だに悪影響が続いている。
 付言しておくなら、公安は、スパイを大学に送り込んだり、未成年活動家に何人もの監視を付けて追い回したりを散々やっていたし、少なくとも米べったりの日本保守勢力が当時統一教会、国際勝共連合と歩調を合わせ組織的に左翼弾圧に走ることには目を瞑っていたことも疑われる。
第76回「a・la・ALA・Live」

第76回「a・la・ALA・Live」

a・la・ALA・Live

座・高円寺2(東京都)

2023/04/19 (水) ~ 2023/04/19 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「a・la・ALA・Live」は今年16周年。芝居・マジック・生演奏・腹話術等様々なジャンルのパフォーマンスが一堂に会し演じられるアラカルト寄席。華4つ☆

ネタバレBOX

 板上はフラット。出演者は、独り芝居を荒山 昌子さん、笑太夢さん&キラリンさんがコンビを組む笑太夢マジックのパフォーマンスとマジック、吟遊詩人たちに用いられたという三日月の両端から音を増幅する為の管状部分と板部分の間に弦を張り底部に接地部を付けた小型の中世ハープを用いた生演奏を村上 栄子さん、“ゴローちゃん”と名付けられた人形を用いたしろたに まもるさんの腹話術。因みに“ゴローちゃん”の年齢設定は小学校1年生である。
 独り芝居は、日本語の乱れについてゆけない中年を過ぎた独り暮らしのキャラクターを登場させることで各短編に繋がりを付け、現代日本の社会情勢を中年から初老を迎えた様々な女性たちの日常をジェンダーの視座から描くことでコミカルでありつつ、批評性のある作品に仕上げた。台詞の下敷きになっているのがシェイクスピア諸作品へのしっかりした理解と実践であることが分る作品群である。
 笑太夢マジックはハンカチから鳩を出す、カードマジックなどの定番から大型のボックスの中にキラリンさんが入り其処に鋸状の金属板を差し込む手の込んだマジック。各々4つのフープを操り乍ら様々な形を作り動作を演じる大道芸を思わせる離れ業等を披露。何といっても様々な形を構成するに当たって各フープの接点の摩擦力を用いて形を維持、操る技術が凄い。
 村上さんの中世ハープ演奏は、現代ハープに比べると随分素朴な音色の中世ハープではあるものの、もっと様々な技法が試せるのではないかとの印象を持った。まあ、音楽に関しては自分も若い頃からたくさんの一流・超一流の音楽家の生演奏を聴いてきたのでちょっと厳しすぎるかも知れないが。
 しろたに まもるさんの腹話術は、適度なジョークと小国民世代等が殊に被害を被った戦前日本の露骨極まるプロパガンダや標語に表された社会に対する戯評が込められ、昔を知る世代の現代日本への懸念が現れたコント作品群として評価する。
白夜

白夜

劇団演奏舞台

演奏舞台アトリエ/九段下GEKIBA(東京都)

2023/04/14 (金) ~ 2023/04/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 今作は劇団創立50周年記念公演の第二弾であり、寺山没後40年公演でもある。寺山20代後半の作品だが、彼の後”虚人”と評されることもあった独特の歪みやその底の無い虚を何とか人間の持つ能力で描こうと苦闘する様も見えてグー。

ネタバレBOX

 今作は1962年に文学座アトリエで初演。戯曲は寺山修司が書いた。従って寺山27歳頃の作ということになる。演出は、演奏・美術も手掛ける浅井星太郎さん。舞台設定は北の地にある旅館の一室。正面中ほどにドア、その下手壁にはエゴン・シーレ風の絵画が飾られ上手壁には海の見える窓。旅館から海を渡ると人気のある島へ行くことができる。やって来たのは1人の若い男。既に5年、100か所以上の旅館を回って旅を続けている。目的は女性を探すことだ。然し目的を達するどころか、手掛かりさえ未だ見付けることができずにいた。
 男がお上に案内されて入室し勧められるままにテーブルに着くと、テーブルには埃が溜まっている。余り使われていないのか? その理由は何なのかと疑問を持つもののお上は明確には答えずメイドを直ぐ呼び掃除をさせますと言いおいて部屋を出てしまった。入って来たメイドは、脚が悪い。おまけに客を揶揄うような所のある一風変わった女。客は、探している女の名を告げ、その特徴もお上にもメイドにも告げて宿帳にその名が無かったか、そのような特徴の女が来なかったかを訊ねたが手掛かりは掴めなかった。メイドも出て行った後、女たちの手が空かないからと男からの電話に応じ部屋へ用向きを尋ねに来たのは宿の主人であった。
 ところで、男が電話を掛けたのは、メイドが掃除の合間に客の遺失物があることを教え、それらを取り出して見せた物の中に探している女の持ち物が入っていたからである。この手掛かりをもとに件の女を見付けることができるのではないかと考えた訳だ。主人と男は、あれやこれやの話をするが、男の語る話に深い事情を察した主人は、酒を持って来て肝胆を照らしつつ相手をする。宿の主人とお上、男と探している女の事情の位相差に今作の深刻なテーマが在る。その内実については観てのお楽しみだが、オープニングでお上が男を部屋に案内してきた時のファーストインプレッションは、カミユの「誤解」(原題Le Malentendu)をイメージした。旅館の主人とお上の関係は、般若心経の唱える所に近かろうが、男と探されている女の関係は、絶え間なく生成流転し変容してゆく宇宙の余りの巨きさの前で成す術もなく凍り付いている、我ら人間の誤魔化しようのない無意味だと言ったら言い過ぎだろうか?
星レト短編集 『plumaje』

星レト短編集 『plumaje』

縁劇ユニット 流星レトリック

サンモールスタジオ(東京都)

2023/04/14 (金) ~ 2023/04/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 舞チームを拝見。場転・換気休憩5分を挟み100分で4本を演じる。各作品趣もテーマも異なるが中々良い脚本である。華4つ☆追記後送

播磨谷ムーンショット

播磨谷ムーンショット

ホチキス

あうるすぽっと(東京都)

2023/04/07 (金) ~ 2023/04/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 おおよその流れや今作の結末を予想する為のヒントはネタバレで書いたが、結論まで明かしてしまっては観る楽しみが失われよう。実際に観た場合、イマジネーションで結末迄の大筋は正確に予測でしるし楽しめる。
 気になったのは、時間を短縮する為とコミカルな味を出す為ではあろうが、飲み物を飲む時の仕草や乾杯のシーンでキチンと間をおかず、ぞんざいな演技に見えるシーンがあることだ。華4つ☆

ネタバレBOX

 物語冒頭は、ホリゾント2階部分に設けられた踊り場を小部屋に見立て、母が幼い子に御伽噺を聴かせるシーンから始める。内容はこうだ。太陽と月は昼も夜も交代で地球を照らし悪を監視している。彼らのお陰で悪者たちは普段地下に潜み悪さをすることは基本的にできない。太陽は一所懸命に働いていて問題は無いが、体の弱い月は身が細り遂には休む日も出てくる。そうなると悪者たちの出番だ。闇夜を利用して地上に表れ盛んに悪事を行う。
 これに対抗する為、人間は悪を狩る殺し屋集団・ナンバーを創設した。組織は孤児たちの中から才能のある者を選び徹底的に鍛錬、殺し屋のノウハウを教え込んだ。そして月の無い夜多くの悪人を狩ってきたのである。組織の名はナンバー。構成員は個々独自のナンバーを持ちナンバーで呼ばれる。
 ところで、物語は御伽噺から、実際ミッションを帯びたナンバーのメンバーの仕事に移って展開してゆく。この辺りの繋ぎ方が上手い。
 主人公は、453。現ナンバー中、組織ナンバー1の実力を持つ。453に憧れる後輩803はナイフの使い方、戦略・戦術の立て方等が453に劣るものの、453が承けた新たなミッションは、敵陣に千日潜り込む中で実行され、任務遂行中は持ち場を離れることが許されない為、この約3年の間に453に代わる組織ナンバー1に成ることを目指す。
 453の潜入先は、地方のドライブイン・播磨谷。そば、ラーメン、油揚げで地域起こしに成功しこれらのメニューの味が余りに素晴らしいことから今では遠方からの客も多い。そして453のミッションとはこの播磨谷のボスを始末すること、そして先に既に送り込まれ現在音信不通になっている2人のナンバーの捜索、可能であれば奪還であったが。
ナイゲン(にーらぼ版)

ナイゲン(にーらぼ版)

24/7lavo

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2023/04/06 (木) ~ 2023/04/11 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 エネルギッシュな舞台。

ネタバレBOX

 理想を喪って既に長い時間を経過した現代日本に在って、鴻陵高校では文化祭・鴻陵祭に参加する各団体の発表内容を審議する内容限定会議(ナイゲン)が開かれる。ナイゲンの精神とは“自主自立”に基づき文化祭に関しては生徒自らが責任を持ち相互の自由活発な議論によって皆が納得する合意を創出すること、目指すことである。
 会議劇コメディーの傑作・「ナイゲン」。今バージョンは、役者全員が、恰も高校生に戻ったような熱い演技が際立った。上演回数も多い作品だから細かい内容については述べないが、クールを装いその実、何ら内容を持たない多くの現代日本人の現状を見るにつけ、魯迅や竹内好が懸念していた賢者、愚者、奴隷の諸関係についての寓話「賢人と馬鹿と奴隷」1925が思い起こされる。そして「賢人と馬鹿と奴隷」という寓話が何を意味しているのかを考え、その思考をベースに今作を考える時、今作の描く問題の真の深さもまた見えてくるように思う。 
紙は人に染まらない

紙は人に染まらない

藤一色

OFF OFFシアター(東京都)

2023/04/06 (木) ~ 2023/04/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 べし観る、華5つ☆
 板上は必要最小限の舞台美術。劇場自前の板上に大きな平台を設えこの平台の上に畳を二畳分載せた方形の平台を二段重ねて部屋に見立ててある。観客席から見やすいように板中央奥に斜めにこの部屋部分はセットされており、卓袱台が真ん中に置かれている。下手側壁前には茶箱。部屋の上手には大きな平台の上に屏風を立て袖を拵え唯一の出捌けとして用いる。尚余ったスペースに背凭れの無い椅子が数脚。場転に応じて必要な個所に置かれるべく置かれている。他に玄関等を示すコの字の開口部に脚を付けた造作(これも必要に応じて位置を移動して使用)

ネタバレBOX


 小国民世代を作り出し遂には太平洋戦争開戦から敗戦に至った帝国臣民の生き様を淡々と描く脚本は、客観性を観客に感じさせて素晴らしい。役者陣の演技は皆上手いが、さりげない演出も見事だ。同時に“三界に家なし”と蔑まれてきた女性とのジェンダーギャップが、主人公の母の立ち居振る舞いや一歩も二歩も引いた息子達への対応から見て取れる演技も素晴らしい。
 淡々と描かれている分、観客は大日本帝国時代の日本に対する正確な知識と日本社会に対する率直な視座も要求される作品である。例えば直接話に出てこないこの一家の父も戦死したと観て良かろう。太平洋戦争以前にもずっと日本は戦争をしていたのだから。他にも甲種合格で入隊して以降の態度も良く兵士としての評価も高い夫の妻が「夫の居ない今が最も幸せな女も居る」と事情を明かすシーン等もキチンとシナリオ化しDVの問題迄提起している点も高く評価したい。何故なら大日本帝国憲法で唯一の主権者であった天皇が、主権者としてではなく現人神として敬意を表される場面他、随所で疑似家族構造を以て専制主義国家体制を維持すると同時に現人神を父とし神の子として男子を、殊に長男男子を主として家父長制を構築、女子を下にみて一元管理しようとする構造が随所に描かれているからである。無論、以上のことを実際に機能させる為に特高が目を光らせており、人々は密告される恐怖や、実際に警察、特高等に見つかり嫌疑を掛けられることも恐れていた。「蟹工船」を書いた小林多喜二がどのように惨い殺され方をしたか。知らぬ者は居まい。(現在なら無数に居ようが)
Blue Bird

Blue Bird

TKmeets

ステージカフェ下北沢亭(東京都)

2023/03/29 (水) ~ 2023/04/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

 タイトルは往年の名車の名から。華3つ☆

ネタバレBOX

 突っ込み所満載の今作だが、出演陣は4名総て女性である。男性から見て好みは色々あろうし、女優さんから見て男の評価もそれは同様。出演の皆さん若く可愛らしい。然し、女優という肩書を背負う以上そんなことでは済まない。小劇場演劇と雖も“女優”という立場に立つ以上、若く可愛い女性は掃いて捨てる程いるというのが現実である。こんなことを言えるのも、生の舞台を生まれてから3500本以上は拝見してきたからである。その体験の中で本当に評価している女優は、五指に満たない。と言うのすら言い過ぎである。実際には、これだけ拝見してきた舞台で4名だけである。今日拝見した4名の女優は先の4名には含まれない。
 幾つか理由を上げておく。先ずオープニング早々、リボルバーの説明シーンで弾倉に弾を込めるシーンがあるのだが、このシーンは本編と直接的な関連は薄い。であればこそ、説明に徹した弾込めが要求されるはずである。にも関わらず、女優の稽古が足りないことが明らかなギコチナサが目立ち、ただ白けた。
脚本にも矛盾がある。青森へ向かう途中で拾った女の子・19歳がヤクザの娘であり、父は今作冒頭で流れたニュースの犯人で敵対組織の人物を撃ったことが報じられていた。その後の展開で自首したことも分かるのだが、自首したヤクザが犯行に用いた銃をどうしたかは警察で最重要項目の1つとして追及されることが分からない訳がない。コインロッカーならいざ知らず娘も一緒に暮らす自宅の布団に隠す等という馬鹿げた真似も決してしない。にも拘らず、娘の話では父が布団に隠していたことになっている。脚本として甘すぎよう。
「リトルGK~THE LAST~」

「リトルGK~THE LAST~」

演劇制作体V-NET

演劇制作体V-NETアトリエ【柴崎道場】(東京都)

2023/03/25 (土) ~ 2023/03/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 演劇制作体V-NETのアトリエ公演だが、ここ柴崎では最後の公演となる。リトルGK~THE LAST~と銘打たれた今公演、テーマは“会議室”だ。長めの前説と30分程の作品2本(「黒須会議」、「因と縁とがあるものそ」)を間に10分の休憩を挟んで上演した。尚観客は2本の作品を観て優劣を投票で評価する。2作品共に5つ☆

ネタバレBOX

「黒須会議」
世界征服を企む怪人たちの組織、黒須VS人々を護る組織、ジャスティスの闘いはずっと続いてきたが、3月の戦闘で怪人組織・黒須の総帥が破れ、命を落とした為組織は新たな総帥を選ぶべく会議を開いている。物語は、この会議室で展開する。新総帥候補は2名。どちらもその候補たるに充分な実力を具えた人物であるが、問題が1つある。互いにそれぞれの派閥の長であり且つ犬猿の仲であることだ。どちらが新たな総帥になっても黒須自体が分裂し力が半減することになれば怪人組織そのものが存亡の危機を迎えかねない。対するジャスティスのメンバーは極めて手強い。亡き総帥の幼馴染でもあったNo.2は新総帥になる気が無い。然し彼は、秘策を用意していた。第3の新総帥候補である。会議は進行するにつれて混迷の度を増し建設的であるというより泥仕合となりかけた刹那、No.2は第3の候補を招き入れた。観た所、若造で体も小さく大きな戦闘力を具えているようには見えない。直ぐに査問が始まった。
結果は観て頂くとして、二転、三転、四転と思いがけない展開が続き、結末のどんでん返しも見事な展開、笑わせる工夫も随所に仕込み随所に知恵を散りばめた脚本が良いこと。2作品共通で用いられる舞台美術の構造は良く考えられており、その使い方が上手いので実に良く機能していること、役者陣の演技、演出の良さ、照明・音響の上手さも相俟って流石にラビ番とも繋がりの深いV-NET作品に仕上がった。
「因と縁とがあるものそ」
 こちらは別の意味で知恵を感じる作品であった。物語は新作の制作現場である。脚本家、プロデューサー、ディレクターが侃々諤々の討議をしているが、互いの罵り合いになってしまって一向に話が煮詰まらない。毎度のことなのであるが、どういう訳か、この3名が組んだ作品は必ずヒットする。今回は、アシスタントディレクターが不思議な人物を連れてきた。極めて優秀は催眠術師である。他の番組にレギュラー出演している人物であったが、会議中の3名は、この女性催眠術師の実力を信じることができなかった。そこでアシスタントディレクターは、彼女に頼んで各々に術を掛けてもらう。忽ち彼女の実力が本物であることが判明し、3名がこれほど相容れない原因として前世に原因があるのではないかということが考えられた、果たしてそれが正しいか否か、彼女の催眠術を用いて3名各々の前世を探ってみると。予測通り前世の確執が現世の不仲に影響を与えていた。然るに前世に於いてこのような因縁が現れるということは前々世に於いても悪縁があったと考えられる。そこで更に前世を遡ってみると予想通りであった。詰まりこのままでは永遠にその前に遡らねばならないことになる。完全なトートロジーの罠に嵌ってしまう訳だ。
 一般に論理の展開というものは、そのオーダーを決めて仕舞えば、その後の展開は先鋭化する他に無い。これがトートロジーの罠に嵌った原因である。ここから抜け出る為には発想を転換する知恵が必要となるのだ。その転換を今作の脚本家は見事にやってのけた。その鮮やかな手並みに応え、役者陣の演技も良く演出もグー。こちらも流石V-NET作品と感心し、自分の評価はドロー。イーブンとした。
手のひらに、春

手のひらに、春

ツイノ棲ミ家

新宿眼科画廊(東京都)

2023/03/24 (金) ~ 2023/03/28 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 繊細で上質、観るべし!

ネタバレBOX

 鰻の寝床のような空間であるが、ホリゾント手前に白い幕を天井から床まで垂らして袖を作り、開演時は画廊という設定なので板上はフラット、両側壁には絵の描かれたパネルが3点づつ掛けられている。場面に応じて袖の幕の手前に立方体を並べてカウンターを拵え、コンビニのレジとして用いたりもするが、袖を構成する幕自体が、開演時画廊としての設定では個展の出展者が一番描きたいと望んでいた作品を据える場所として選ばれた場所という設定になっており、今作の中心的なテーマと関わる非常に重要な場所である。今作が優れている点の中でも出色だと思われるのは、最後迄此処には実際の作品が展示されず、観客のイマージュの中にその姿が想像される点にある。極めてセンシブルな作品なので内容の詳細は差し控えるが、表現する者の抱える絶対的な孤独と社会参加を何とかし続けることで自らを確認し生きてゆく人々との微妙で精緻なずれや内面的齟齬を、連れ子を持つ親同士の再婚という形で二卵性双子姉妹という具合に見られ乍ら育った姉妹の物語として編んだ秀作である。因みに出捌けは観客席裏と袖を利用。演技、演出、スタッフの対応も良い。
少女の魂は謳う

少女の魂は謳う

シアターX(カイ)

シアターX(東京都)

2023/03/20 (月) ~ 2023/03/21 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 長い人生を生き抜いてきた4人の女性の人生を歌とドキュメンタリー仕立ての表現で構成し、観客に活力をくれる舞台。本日まで。べし観る!

ネタバレBOX

 シアターXルナ・パーティーの第12回公演は丈夫ならぬ「ますら女」4人による歌とドラマの実験的作品。伴奏は無論、生ピアノ。奏者は志村 百子さん。歌うは今回脚本・構成も担当した渡邊 嘉子さん他総勢4名だが、以下順次紹介してゆこう。渡邊さんは毎年銀座某所でたくさんのお仲間とシャンソンコンサートを催し、季刊誌・OPINION♀を編集なさっているキャリアウーマンだ。因みに今回歌ってくださる女性は、総ての方がキャリアウーマンとして男性優位社会のガラスの天井を砕き女性の社会進出や権利拡大に貢献してきた方々ばかりである。無論、お子さん、お孫さんもいらっしゃる。日本でもつい最近実現した育休や、遡ると零歳児保育等への先鞭をつけたパイオニアでもあるから、サブタイトルに“ますら女”と入っている訳だ。
 歌い手紹介は、脚本・構成も担当なさった渡邊さんから始めたので逆あいうえお順で紹介してゆく。
宮崎 絢子さんは、アナウンサーを続けてこられた。ラジオ・TVどちらも放送している放送局から民放に移りずっとこの仕事をなさってきたが、現在はボイストレーナーなどもこなしていらっしゃるようだ。
 次に黒田 恵子さん、宝塚出身だ。男役希望であったが、身長が届かなかった為、脚本家が少年役を作ってくれたこともあったが遂に宝塚を退団。その後は歌や演技で活躍、若手育成も続けている。一度、癌で活動を休止せざるを得ない時期もあったが、復帰後現在に至るまで活躍なさっている。
 最後に紹介するのは、父はドイツ系ロシア人、母はウクライナ人のエカテリーナさん。現在はボニージャックスと共演することが多いというが、来日28年。ソ連崩壊後の1990年代に息子さんと一緒に日本に来て暮らしてきた、子供の頃から歌などで舞台に立っていた方だから歌の上手さは勿論、ちょっとした仕草も茶目っ気も、とてもチャーミングな方である。
 舞台は、紹介した4名の女性の人生それぞれを描くと共に、歌を挟む形で進められたので、シャンソンの本質をキチンと捉えた上で地に足のついた自然で深いものになった。4名の歌い手それぞれの歌の上手さは無論のこと、生き抜いてきた人生の侘び寂も表現されているばかりではない、当に今を力いっぱい生きている姿を見せて活力を観客に与える舞台であった。
丹青の水屋の富

丹青の水屋の富

深川とっくり座

江東区深川江戸資料館小劇場(東京都)

2023/03/17 (金) ~ 2023/03/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 落語の「芝浜」を下敷きにしたのかと思ったが、「水屋の富」という噺があるそうで、そちらが下敷きになっているようだ。

ネタバレBOX

 江戸下町の長屋での暮らしは、至って暮らしやすいものであった。長屋の住人といえば、金の無いのは当たり前、自分も2~3歳当時(1953~4年)深川の長屋で暮らしていたのだが、皆住人は貧しくて亭主は朝仕事に出掛ける、女房は内職するか、仕事がある時は仕事に出るから結構昼の間は長屋のお兄ちゃん、お姉ちゃんが我々幼児の面倒を見てくれた。だから長屋全体が本当に大きな家族のような感じで、どの子が、どの部屋に上がり込んで遊んでいても問題は無かった。それどころか時には鍋釜まで貸し借りするほど貧乏だったから、マッチ(大箱)などもどの時点でどの部屋にあるのか、働きに出たお母さんが戻ってきた時、分からないことが多い。そうすると子供が、困っているそのお母さんに「今日は誰々ちゃんちにあるよ」などと教える。そんな生活であった。長屋の作りは、一部屋四畳半の部屋を繋いだ何棟かを通路を挟んで平行に建て通路の端に井戸があってそこで煮炊きの下準備をしたり、盥と洗濯板を使って洗濯をしたりできるようになっていたから、お母さんたちはそこで皆日々顔を合わせていた。(井戸端会議などという言葉もこんな所から生じたのではないかと思っている)四畳半の部屋は通路側が障子、鍵等無論無い。従って鍵代わりになるのは心張棒のみである。まあ、泥棒が仮に入っても盗むべき物なぞ何も無いというのが通例であった。
 こんな思い出を書いたのは、下町の人々の人情というものが、実は今に始まったものでは
なく江戸時代には既にあったという資料を読んだことがあるからである。江戸幕府は、人別帳を結構しっかり機能させていたから何時、何処に、誰が居るかもそれなりにキチンと把握していた。今作でも新たな住人となった“おてる”の請負人の話題が出てくるが(そしてそれを同心が確認している)公式には大家が承認していると住人が証言する形で同心からの信任を承けている。貧しい暮らしから生じる苦労や苦悩を人と人との繋がりを創ることで乗り越えてきた人々は他人の苦しみを自分ごととして捉える力を持つから、人別帳から訳あって除外されているような階層の人々をも包み込むような優しさを持つのである。承知の通り、太閤検地以来、各農家の収穫量は為政者である武士に筒抜けである。また人別帳がキチンと制度化されていたから為政者はこの2つを組み合わせることによって誰にどれだけの年貢を課すか計算できる。日本では長らく人口の大多数を占める農民の長男男子が親の遺産を相続するというのが歴史的に続いてきた相続の形式であった。身分制も士農工商で基本的に自らの意思に従って職業選択ができた訳でもない。従って人口の大部分を占めていた長男以外の次男、三男等は幕府の政策次第で下働きに甘んじるか何とか雑役に就くか或いは渡世人になるか等の他生きる術を失っていた(女性の立場は更に厳しかったのは言うまでもない)のである。長屋は、このような階層の人々が暮らす空間であった。
 以上のような情況が今作の拠って立つ社会形態である。このような社会で“おてる”は、序盤から一人だけ垢抜けている。つまりトウシロウではないことが一目で分かる。それが分かった上で観客は、何でもかんでも犯罪と結び付けて考えがちな同心即ちお上を或る意味おちょくってみせる長屋の住人を目撃するのである。と同時に長屋住人のお人好しの側面を見せて笑わせもするのだ。その見せ方が場毎に上手に纏めてあり、それぞれの場をこれも自然に観えるように構成している。流石に長い間地元で公演を続ける劇団の力を感じる。最後の落ちも深い。
果てのない 物語のない 旅にでる

果てのない 物語のない 旅にでる

精華高校演劇部・芸術総合高校演劇部合同東京公演実行委員会

シアター風姿花伝(東京都)

2023/03/11 (土) ~ 2023/03/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

「ファウスト-大阪、ミナミの高校生5-」2023.3.12 17時 風姿花伝
 素舞台、上手に階段を設え登場しない生徒たちが座って待機する。タイトルに入っている5という数字は、ミナミの高校生がシリーズ化されており、今作が5作目であることを表していよう。
ところで今作を拝見し既発表作品も脚本を読みたくなった。何より最も本質的な問題に真正面から挑んでいるからである。この勇気を高く評価したい。

ネタバレBOX


 ミナミと関西人が聞けば、その雰囲気は誰でも知っているが少し説明しておこう。自分は最初に入った大学が京都にあったせいで夏休みにミナミでアルバイトをした経験があり、いきなり度肝を抜かれた。キタが東京でいえば銀座辺りの高級イメージだとすれば、ミナミはその真反対、現在の情況は知らないが当時は真昼間からタチンボが道頓堀にもうようよ居た。その姿に驚いたのである。ガキの頃から渋谷、新宿等を中心に遊んでいたからタチンボの存在は当然知っていたが、真昼間から公然と仕事をしていることに驚かされたのである。
 で、この話である。恋バナだ。どんな学校でも若い男女の恋は頗る大切な問題であり、誰しもが経験することでもあるが、実際問題の最たるものは、妊娠ということであろう。自分たちの時代にもスケバングループやグループに入っていなくとも我々、不良と付き合いのあった女生徒からは時々その深刻な話題は伝わってきていたこともあり全くヒトゴトでは済ますことのできない作品として拝見した。恋をして最終的に最も大きなリスクを負う女性が、経済的自立の覚束ない年齢で妊娠をしてしまうという状況で、人間として、女性として、母となる身として、恋する乙女でありながら余りにも若すぎる己の未来へ向けてはリスクしか無いと判断する大人に対し、母の心配も理解しつつウザイと蹴って彼の下へ走りたい純な念は、現代学歴社会に於いては現実社会的には下層へ落ちるしかない中卒乃至高校中退というレッテルに甘んじ乍ら生きてゆくか、悲観して自殺するか或いは心ならずも堕胎するか、最悪大きな悩みを抱えながら隠れて出産し自ら我が子を殺害するか迄を含めて悩まねばならぬ問題を同じ女子高生の助けで最善の方向に持ってゆく内容も実に温かく人間的で心を打った。ゲーテの「ファウスト」が外延として絡んでいる点もグー。
果てのない 物語のない 旅にでる

果てのない 物語のない 旅にでる

精華高校演劇部・芸術総合高校演劇部合同東京公演実行委員会

シアター風姿花伝(東京都)

2023/03/11 (土) ~ 2023/03/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「Twinkle Night」 2023.3.12 17時 風姿花伝 埼玉県立芸術総合高校演劇部
 某侯爵邸が舞台の作品である。板上は下手奥に侯爵令嬢の肖像画を懸けたイーゼル。上手奥に絨毯を敷いた応接セット。ソファの豪華さでその富を偲ばせる。

ネタバレBOX

時は錬金術師が未だ残っていた時代のイースターの時期。肖像画に描かれた女性は宝石を収集していることで著名であった。ところで侯爵令嬢は張り紙を街に張らせた。「求む、錬金術師」とあった。屋敷を訪れる数多の自称・錬金術師。然し大半は既に亡くなった侯爵の遺産を高価な宝石に換えて所有しているという令嬢の富を狙った詐欺師、盗人などであったが、本物の錬金術師も交じっていた。
 全く同じセットの中に登場人物が入れ替わり立ち代わり現れる。新たに現れた二人組は未婚のまま生涯を終え寂れて居た侯爵邸を購入し謎だった隠し場所から令嬢の集めた宝石を見つけたらしかった。彼らもまた張り紙を出した。「求む、超能力者」張り紙にはそう記されていた。成功報酬は、豪華な旧侯爵邸であった。令嬢が張り紙を出した約200年後の矢張りイースターの頃であった。無論、今回も集まった連中の殆どは碌な者ではなく、単なる手品師だの人語を話し二足歩行できる兎等であったが本当に特殊な超能力を持った者もいた。
 さて美しく富に恵まれた侯爵令嬢は、何故か独身を通して世を去った。原因は彼女が恋した同じ貴族が、ある日訪れていた侯爵邸から突然消えてしまったことにあった。理由はこの屋敷の建っているエリアはかつて錬金術師が用いた特殊な力を秘めた石が多く採掘された場所であり、そこに別の何らかの石か宝石が持ち込まれたことで相互作用を起こし一時的に時空に歪みを生み、その歪みに呑まれ彼はタイムスリップしたということが分かった。
 即ち不可思議な力を持つ石と照応した宝石が、今再び出会い互いの力が衰えて居なければ再び時空の歪みを生みタイムスリップができる可能性は零ではない。寂れていた屋敷を購入した紳士は、この可能性に賭け成功した。200年の時を遡り、彼は彼女の下に還り夫婦となった。肖像画は睦まじい二人を描いた物に替わっている。


レプリカ

レプリカ

ハツビロコウ

シアター711(東京都)

2023/03/14 (火) ~ 2023/03/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 この内容は当然5つ☆
尺は休憩なしの2時間15分を超える程度。然し一瞬たりとも気の抜けない舞台だ。観る者は、普段自分が拠って立っている存在感の基盤を揺すられ極めて濃厚な時間を過ごすことができよう。良く考えられた照明、音響、舞台美術効果も体験すべし。いつも通り、スタッフの対応も素晴らしい。

ネタバレBOX


 物語の内容そのものは、知らずに観た方がインパクトがあって良かろうし、原作は鐘下辰男さんと発表されているから興味のある方は原作も読んで比較してみると良いかも知れない。役者陣の誰しもが優れた演技を見せ、上演台本、演出、演技と三面六臂の活躍を見せる松本光生さんの底力をも見せる力作である。
 舞台美術はちょっと変わった作りになっている。板上に下手から上手迄両側に狭い通路スぺースをとった平台を置き、平台のやや奥に物語が進行する山奥の部屋が再現されているからである。板上は、窓やカーテンを夏でも締め切るという物語内容の設定もあり上演中殆どの場面で落とした照明である。室内のメイン照明は天井から下がる電灯だが、上演中はランプや大型懐中電灯を用いる場面も結構長く、いやがうえにも緊張感を高めて効果的な演出だ。出捌けは下手側壁及び上手側壁、劇場入口に設えられ、下手は玄関を通して外に繋がり上手は奥の部屋に繋がる構造を示す。更に始終仄暗い空間の正面、ホリゾントの中央には壁掛けの鏡が掛かっており、四転、五転する緊迫した物語の中で出演者の隠れた表情まで映し出される効果が抜群だ。下手奥のコーナーには冷蔵庫その上手にはポットやコーヒーを飲む為のマグカップやシュガー、スプーン等の載った収納家具、その更に上手にも収納家具やイーゼルに掛けた楽譜等が並び、上手側壁には壁に沿うように奥から小型の机、間にスツールの入った化粧台が置かれ、上手客席側コーナーには扇風機、下手客席側コーナーには電話台に置かれた受話器がある。また、部屋の真ん中辺りにダイニングテーブルとイス。尚平台客席側残余の板空間は家屋の外のシーンで用いられる。この辺りの工夫も決して広いとは言えない劇場空間を利用している今回の公演で演出の知恵であろう。
The Reed

The Reed

犬猫会

川崎市アートセンター アルテリオ小劇場(神奈川県)

2023/03/03 (金) ~ 2023/03/08 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 板手前やや上手に葦を模した細工物。似たような物が板上に適度距離をおいて置かれている。物語はこれら葦の生命力に依拠する集団と葦の生命力の源であるその地下茎が吸いあげる命の水、そして不思議な存在・ソ。ソを射る者たちとその長、葦の管理等をする長、そして葦の世界とソの世界を結ぶ世界を差配する長らとのコラボレーションによって成り立っている。

ネタバレBOX


 ところで、このソという「存在」少し厄介である。恐らく今作の劇作家は量子論に興味があるに違いない。一般に膾炙されている量子論では量子は観察者によって初めてその存在を明らかにしうるものの観察された瞬間に何処かへ行ってしまう。つまり観察者の観察するという行為そのものの影響を受けて質量が余りに小さい量子は変化を受けるのである。また、量子の振る舞いは古典的な物理学では理解できない。この辺りの物理学が理解できていないと観客はこの時点で本質的に物語の埒外に置かれてしまう。その懸念から、今作は神話展開を図ったのだろうが、その展開の仕方が量子としてのソとそれを射ることによって地上に生命を齎し実りや生産物を齎すことと直接繋がりようがないことが作家に分かっておらず、葦が吸い上げる命の水の齎す生命サイクル神話であるかのように組み立ててしまった点に今作の弱点が存する。論理的に明快な繋がりが無いからである。
 役者陣は可成り頑張っているし、懸命にこのギャップを何とか埋めようと頑張っているのだが、その溝は埋まり切る訳がない。
 作家は、量子物理をもう少し勉強して、この弱点を克服すると同時に、生きることの意味を明らかにする為にももう一度我々ヒトは何処から来て何処へ行くのか? ヒトとは何か? を問い直し更に先へ進んで貰いたい。
Dramatic Jam 5

Dramatic Jam 5

feblaboプロデュース

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2023/03/10 (金) ~ 2023/03/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 珍しくコントのような作品がかなり多い。全9作の内、短編の劇作は2本。コントと捉えた作品が5本、曖昧なのが1本。何れにせよ全体の作品を拝見した印象は、舞台から客席へのメッセージが送られているということであった。(追記3.12)

ネタバレBOX

 脚本は、ラストの短編・「殺し屋」を除き、総てfebLaboの作品ではないが、基本的には素舞台の板上に必要な小道具総てを準備し極めて短時間で場転を為してゆく。手際の良さは当然のこととしても、各作品の上演順をも含めて見事なものである。
 ところで、電車に乗ればどんな時間帯でも殆ど総ての人が四六時中スマホ画面に顔を埋め、自分好みにカスタマイズされた情報群によって「アイデンティファイ」してでもいるかのように見える。然しホントだろうか? 自ら進んでお1人様情報のみを選択したということになっているのではないか? 街中を歩いていても同様である。歩きスマホ、チャリスマホ、運転スマホを見掛けることは年中である。チャリスマホの自転車に後ろからぶつかられた経験をお持ちの方々もおられよう。こういった危険以外に案外気付かれないのが、先に挙げた自分で選んでいるように思わされているが、実はあからさまな現代資本主義によって選ばされているということに気付かない危険である。これはぶつかられることより自分にとっては恐ろしい。何れの作品の発するメッセージも我々の生きる現代日本に於ける普通の人々の、地に足を下ろし根を張って衣食住総て。即ち生きることの本質が己と社会、世界観の内的一致を同時に満たすことでアイデンティティーを確立し、ポジションを得ているような生き方とは正反対の、殆ど当事者性を喪失し、恰も生きながら幽霊と化したような非当事者性、即ち己が位置喪失及び自主性と自由喪失の危険性を描いているように感じられたのである。無論、その方法は歌舞伎術とでも名付ける他ない演劇独自の形を通して為されている。

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