満足度★★★★
小劇団の舞台裏
小劇団、灯の車は、3.11と続く人災3.12で公演を中止せざるを得なかった。
ネタバレBOX
その後、3年10カ月を経て再演を果たすが、本番初日、主演の蓮司は足首を捻挫。何とか歩くことはできるものの、楽屋と舞台を結ぶ梯子の上り下りが出来ない。
開演迄の時間は30分。シーンの入れ替えなどでデハケの調整をし、段取りの再確認を行っていざ、暗転。ところが、明展した舞台には、ヒロインが居ない! 辻褄合わせをして行くうちに、ストーリーは、完全にシナリオから外れてしまった。
3年10か月前同様、途中で、中止するという方向に動き出したかに見えた舞台であったが、舞台監督の森島は、続行を強く主張、このシーンの演技の熱さが、今作のハイライトである。数々の破綻を必死に取り繕う内容と、原作を芥川作品として、それを翻案したオリジナル脚本にしていたことのみを観客にインフォメーションでながしていた、という設定になっている点が、大きな流れとしては、楽しめる作品にしている。
満足度★★★★
因果律も
1970年代のブルックリン。この街の郊外に住むブルースター姉妹は近所で評判のお人好しおばあちゃんである。何しろ、身よりがなく困った人が訪ねてくれば、部屋を無償で提供するばかりか、食事の世話迄してくれる。
ネタバレBOX
おまけに小さい頃に両親を失くしたテディー、アメリの兄妹を引き取り育てているが、彼らは、彼女らの甥と姪にあたる。テディーは自らをヒトラーと信じているが、周囲は、彼に合わせている。アメリは、新進劇評家であるが、隣家の息子、ブライアンの恋人で、プロポーズされているのだが、仕事を取るか、恋を取るかで悩んでいる。
というのも、彼女は、ブルースター姉妹の秘密を発見してしまったからであった。その上、10年間も失踪していた兄のジェラルドが、いきなり死体を連れて戻って来たのだ。
(追記するかも)
満足度★★★★★
三位一体
心技体其々のレベルの高さが、中国の武術を含む身体の用い方、エネルギーの物理的・合理的な移動の仕方など節々迄現れている。つくづく演劇とは身体性であると感じさせる作りである。全体として芝居としてのバランスの良さ、椅子を身体の延長として様々な物に変じて見せるとき、観客のイマジネーションを自然に、目的の所迄誘う技術等、長い中国の歴史的遺産をキチンと受け継ぎ、キチンと身体言語化するという難度の高いことをさらりとやって見せている辺り、また、これだけの動きをしながら、誰ひとり、息が上がっていなかったのも見事だ。間の取り方等も見事である。何れも学生とは思えない質の高さを示している。原作は小説だというが、シナリオを起こしているのは、矢張り若い女性である。中国語での上演(字幕なし)なので、早目に行ってパンフレットに書かれている粗筋をキチンと読んでおくことをお勧めする。
満足度★★★
夢の甘さ
基本的にはかなりベタなシナリオ。
ネタバレBOX
自殺未遂を図ったアイだが、心を寄せていたヒビキがすんでの所で延ばした手によって、最悪の事態は免れたものの、意識不明の重体である。24時間以内に意識が戻らなければ、万事休すだというのだ。ところで母手作りの人形、ジョージには、魂が宿っていた。24時間ギリギリでアイは心肺停止状態に陥る。このシーンを入れることで捻りが加わっているのはグー。ここから奇跡が起こる。ジョージが彼の魂をアイに与えることで、アイは蘇る。
満足度★★★
全体的な印象は、学芸会
だが、出演陣のポテンシャルは高い。今後、良い出会いに満ち、益々、可能性を伸ばして欲しいが、今回は、未だ、芸としては、マズマズのレベルなので、査定はそれほど高く無いが、これからに期待している。
ネタバレBOX
☆鈴木 太一郎、猪俣 桃絵のデュオ。アコースティックギターの演奏と歌は、猪俣 桃絵が。太一郎は、MCと補助サウンドを担当。猪俣 桃絵の声は、人を安心させるような微妙な音域を持ち優しくたおやかに人々の心を揺する。
☆天下統一プロジェクトという企画を立ち上げ、現在、全国をチャリで回り乍ら、信長の顔をGPS機能を用いて各都道府県に1つずつ描くという作業をしつつ、勝手にその地域の歌を作って歌っている北海道 信長。今回披露されたのは、茨城県、群馬県、秋田県。実際に武者のいでたちで歌い、ギターを奏でる。声も良く、顔も信長に似ている。会場では用意したパネルにGPSで描かれた其々の信長の顔を見せるパフォーマンスを行い乍ら、ブルースハーモニカとアコースティックギターに歌で会場を沸かせた。因みに信長23歳の折には、政略結婚した妻の父、斉藤道三が亡くなり、弟が反旗を翻そうとしていた、と、これは演者の説明にあった。
☆猪俣 桃絵、吉田 弓季葉によるダンス。猪俣 桃絵の声の良さは、身体パフォーマンスによって鍛えられている、身体全体が基礎になっていると考えられそうだ。
☆ダンスの終演部分に被るように登場したのが、ズンマチャンゴ。ひめだ まなぶ、さらしな まりこ、かねこ としき、こうもと さきこ4人の子供向け番組に登場するようなお兄さん、お姉さん。意味不明であるが故に楽しい、歌詞の歌と跳んだり跳ねたりの踊り。NHKのおかあさんといっしょの雰囲気だ。
☆ラストが宗教劇団・ピャーの作家、塚田 朋来氏のシナリオ「尿も明日も明後日も元気」の上演だ。今迄も彼の作品は、人間の根源的欲求である、性、食、眠り等に関わる作品であったが、これまで拝見した彼の作品には、此処までドライなタッチはなかった。今回も失踪危機はあったようなので、それを乗り越えて行く過程で、自らに掛けた圧力が、このようにドライなスカトロ作品を産んだのであろう。再び、潤いのある場所へ回帰した上で、次作に挑んで貰いたい。
満足度★★★
ベタに過ぎた
徹底的駄目男に尽くす女。どういうわけかいるんだよな、この手のカップルが。
ネタバレBOX
優生思想などを持ち出す気はないが、見ていて腹立たしい。それに、駄目男くん、結構、図太い所があったりするから、実際には。余計腹立たしいんだよね。かといって処置してしまう訳にもゆかないから、厄介なんだよね。実際。それに、今作の主人公のように、自分がホントに駄目ってことに気付いていない奴が多いのも困りもの。誰とも関わりなく生きていって貰うってのが、現実的かもしれにゃい。
演出にメリハリをつけ、オーバー気味に演じさせたり、しんみりえんじさせたりしたら、もっと面白くなろう。折角、神社にもなる舞台美術を創っているのだから、不可思議を演出しても良いかもしれない。
満足度★★
某研究おちょくり はアリマス
一応、STAP細胞騒動を彷彿とさせる場面展開でのナンセンスという雰囲気の作品であるが、シナリオは、ナンセンスを作るには、箍の外し方を知らない。感覚レベルの稚拙なもの。ナンセンスは、知の最高レベルの技術が前提になっていることを忘れてはなるまい。少なくとも、数学的にセンスが無ければならない。即ち、あるオーダーの論理的絶対を作家は持っていなければならない。それでなければナンセンスが作れる訳はないのだ。まあ、ラスト部分だけは、感覚的ナンセンスでも到達し得る不条理に満ちていたから、許容できるにしても。
満足度★★★★
嘘オンパレードの感があった2014年
であったが、植民地トップが、嘘を吐き続けているにも拘わらず、それをホントと「勘違い」する下司な連中の嘘の何と被害甚大なことか? そんな嘘の庶民版は、為政者共の嘘に比べれば、被害はとても小さい。それでも、ここに描かれた嘘は、それぞれ、個性的で示唆に富む。フルタ流のタッチで描かれた作品群に注目。(追記2014.12.29)
ネタバレBOX
5本の短編で形作られたオムニバスだが、どの逸話も当事者になってみれば、かなりリアリティーのある話として感じられる辺り、流石にフルタが関わる芝居である。また、登場人物の背景にある人の顔のようなオブジェの使い方、照明や音響と上手く絡めて極めて効果的な背景を作っていること。この技術力の高さにも感心した。ただ、観客の多くが、未だちょっとついて来れない、という点があるかも知れない。自分は、このドライで知的で
ちょっとエキセントリックな所がとても好みなのだが。何構う事は無い。時々、振り返り乍ら、突っ走ることだ。それが、できる劇団である。
今回、最高点をつけなかった理由は嘘というコンセプトよりは、人生そのものの有象無象が描かれていると感じた作品が半分近く入っていたと感じたからである。無論、この判断は、嘘をどのように定義しているかで異なってくる。だから、評者の個人的見解であるに過ぎないのだが、自分にはリアリティーの方が先に立つ作品が、少なくとも2つ。漫画家の話と店長の話にあった。
劇団というか演出の才能を示すシーンがあったことも指摘しておきたい。件のオブジェについてである。オープニングの段階では、目に当たる部分は入っていない。これを黒子風のスタッフがつけるのである。画竜点睛を観客の目の前で、昏目の照明で行う。これは見事であった。言う迄も無いが、この後始まる劇を象徴しているからである。
満足度★★★★
心に沁みる
シナリオが良い。
ネタバレBOX
とても自然に感じさせながら、構造はメタを保ち、現代の社会構造を照らすに相応しい。今、現在、作家の立ち位置が正しいことを証している。演出、演技も、スタニスラフスキーの目指した自然で豊饒なメッセージ性への可能性を大いに感じさせるものであった。自分は今迄、この小屋で10作品位は拝見していると思うのだが、その中でベストの作品である。音楽の使い方も良い。衣裳などについては、金さえ掛ければ相当どうにでもなることなので、本質的なことだけ評価しておく。シナリオ、演出、演技とも、レベルが高い。基本はこれで良かろう。噛んだりした部分は、演じた者個々人が分かっているだろうから、更に磨きを掛けて欲しい。上がる必要はない。若いのだから、上がることもあるだろうが、一所懸命にチャレンジして欲しい。失敗したら直してゆけば良いのだ。心に沁みる良い舞台であった。更に高い評価を目指す為には、最後に説明するのでなく、観客に悟らせる作りに移行する必要があるだろう。
満足度★★★★★
とりあえず、お疲れさまでした。
(未だ、鋼鉄村松にちょこっと出るわけですが)新たな世界でも皆に好かれ、活躍されるよう。そしていつか、芝居に復帰できるような状況になったら、戻ってきて欲しい。
ネタバレBOX
村松ママンスキーことオイウチケンジが、所属劇団、鋼鉄村松を脱け、芝居を止める、という。善意と優しさの塊のような人物が存在していたのだが、これは、皆が寂しがってしまった。そこで、今回の企画が決まった訳である。
メニューは以下の通り
1:演劇
「Yankee Go Home」
2:コント
「ロード・トゥ・オイウチ」
3:スライドショー
「オイタチケンジ」
4:トークショー
5:演劇
「仕事とアタシと不老不死」
満足度★★★
渡世
上州の侠客と言われた火渡 安治郎には、三人の娘があった。隠居することにし、長女、お壱、二女、お継、三女お結に家督を継がせようとするが、お結はこれを辞退。旅に出て仕舞う。旅先で危うい所をおりんという壺振りに助けられたお結であったが、この女たち、妙な因縁で繋がっていた。
ネタバレBOX
お結は出帆から2年。故郷へ舞い戻ったが、お壱、お継は、其々が一家を構え、事あるごとに対立していた。お壱の現在の連れ合いは、元お継の色、左馬介。お継の連れ合いは、浪人あがりの元用心棒、与左衛門だが、彼女は他の男とできている。家督は継いだものの、安治郎には、他に莫大な隠し財産があると言われ、その宝の隠し場所は、三枚の花札に分けて隠されていると言う。
一方、この宿には、おりんも十五年ぶりに戻っていた。亡き母の仇を討つ為である。彼女の母、お竜は、矢張り博徒であったが、色であった安治朗に裏切られ、二人で見付けた宝を横取りされた上、惨殺された。その怨みを晴らす為、おりんは一族郎党苦しめ、根絶やしにしようと復讐を誓っていたのである。(上演中故、ネタバレは此処まで)
財産贈与と老後の父の暮らしについて、リア王と三人の娘を下敷きにした科白が続くシーンでは、換骨奪胎が充分機能しているとは言い難い。シェイクスピアが未消化なまま使われているという感覚を拭えないのだ。演劇は、状況が、避けようもなく、個々人に襲いかかって来る中で、個々の登場人物達が、それでも立ち向かう姿に対して、宿命がその人物をこれでもかという具合に襲いかかることで、人物を立体化する所に成り立つ。集約の芸術でもある。従って、背景にある事情を良く練ってから用いないと、浮いてしまう。まして、世界演劇の中でも最も優れた劇作家であるシェイクスピアの悲劇を、唯援用しても、他の部分との整合性も欠く為、尚更わざとらしさが際立つ。この劇団の作家もまだ若いのだから、自分の中にある不定形なものを、もっとぶつけてみても良かろう。
満足度★★★★★
納得
通常の、歯が浮くような安っぽいサンタ話ではない。「幸せ」てんこ盛り風の欺瞞しか感じられないようなサンタ話ばかりが隆盛だが、今作は、ホントに心に沁みる、観客へのメッセージを持っている。フライヤーの魅力も、このような作り方ができる創作サイドの普段のものの見方、世界への対応の仕方がもとになっていることが納得できる内容であった。
ネタバレBOX
まりあは、酒癖が余り良くない。のに、飲む。それも毎日。酒無しでは眠れない、と本人は言う。26歳彼氏無しの保育士である。仕事は結構楽しい。子供は好きだし。でも帰宅しては飲む。それで片付ける時間が無い。そんな訳で、2DKの部屋は、足の踏み場もない有り様。そこへXmasのサンタがやって来た。偶々、この日は彼女の誕生日でもある。父は、彼女が母のお腹の中に居た時に事故で亡くなっている。そんな母は、女手一つで彼女を育ててくれたが、先日、亡くなった。彼女は携帯を部屋に忘れていた為、病院からの至急電話に出ることが出来ず、母の死に目に会えなかった。
独り住まいのXmas&誕生日、彼女はケーキと酒を買って帰って来ると風呂を浴びにバスルームへ。そこへ訪ねて来たのは、サンタクロースであった。
だが、帽子は確かにサンタなのだが、シャツもズボンも黒。おかしなサンタとあって、当初、まりあは彼をサンタと信じない。然し、話をしているうちに非常に良い人だと分かってきて、徐々に彼女は心を開いてゆく。二人は様々な話をする。その中で、サンタは、まりあが、寂しさを抱えていることを見抜く。何とかしてやりたい、と思う。というのもサンタは陽太と書くのだが、陽は英語でsun。ちょっと変わっていた両親はこう書いてサンタと読ませたのである。何れにせよ、見付かった母の日記で夫以外の男性とプラトニックラブの関係にあったのが、実は陽太であったことが知れる。而も、まりあの父が亡くなった交通事故の対向車に乗っていたのが、陽太であった。彼もその事故で亡くなり、今は、地獄に居る。彼は、彼女の孤独な心性を慰め、彼女の父を奪ってしまったことを詫びる為にやってきたのだった。地獄へ行ったのは、閻魔の前で其処へ行くことを選んだからである。彼によれば、何処へ行くかは自己申告制なのだという。彼は、自らが、他者の幸福を奪ったと判断して地獄を選んだのである。
ことほど左様に律義な陽太にも、無論、まりあの母に会いたい想いは、断ち切れず、地獄中を探し歩いたのだが、見付けることはできなかった。たった一つ、生前の関わりを示す証拠があれば、会うことは可能になるのだが。彼は、日記を持ち帰りはしなかった。ただ、まりあが一度も会うことの無かった父の役割を、彼女を抱きとめてやることで示した。まりあは、酒が無くても眠ることができた。陽太はまりあのサンタであった。
満足度★★★★
二部だけ独立させた方が
二部構成の作品になっている。一部は比較的、オスカーワイルドの原作に近い内容であるが、二部は、本質的に主題は、繋がり乍らも、より現代的に、脱寓話というより、現実の寓意という形を取って表現されていて、遥かにインパクトがある。
タイトルで言ったことについては、自分だけではなく、たくさんの作品を観てきた方もおっしゃっていた。
ネタバレBOX
原作は充分に知っているという観客だけを相手にする公演ならば、一部の内容は、前口上を言わせるような形をとって二部だけを演じた方が、作劇的には締まった作品になったことは請け合いだろう。実際、我らが生きている、この植民地で、行われていることは、弟の絶対的な優しさと善意が総て、誰かを幸せにし、富ませたのとはことなり、単に、アメリカ一国を延命させているに過ぎないのだが、弟が総てを失ったように、日本はアメリカの所為で総てを失おうとしている。その尖兵が、安倍を主犯とする自民・公明の連立政権であり、それに尻尾を振る輩とアメリカに忠誠を誓う、糞官僚である。
満足度★★★
ひげ拝見
まあ、サンタが居るか居ないか。それが、誰なのか?
ネタバレBOX
歴史にも宗教にも関係の無い所で成り立っているXマスの日本版なのだが、アメリカの完全な植民地なのに、そんなことにも気付かず、浮かれて騒ぐだけの日本人は、海外から見れば、なるほど ? か。馬鹿として内心軽蔑するかのどちらか、というのは、良く分かる。
自分も小学校1年迄サンタの実在を信じていて、近所に住んでいた上級生の友人の更に兄の6年生が、サンタの存在を否定したので、彼と喧嘩をして泣かされた経験を持つが、それは、ガキの微笑ましい話というだけである。無論、大人も一緒になって、サンタからの手紙を子供に返すヨーロッパ流もある。然し、社会全体が、その程度のことで、トラウマを心配するようなことではない。
作劇としても、まずまず。余りにもかむことの多かった役者は猛省すべきだろう。そんなに他の役者に比べて科白が多い訳でもなければ、難しい役でもない。が、大事なキャラであるのだから。
日本の社会がこれだけへたって居る中で、後半、メンタルなレベルで盛り上げたのは、劇団の力だろう。この点は評価しておきたい。だが、できればもう一歩先のラディカルなレベルも目指して欲しいものである。
満足度★★★★
孤独と孤立の差
想像した通り対立の構造を持った作品だった。
ネタバレBOX
が、それが、同一人物という所が味噌だろう。何れにせよ、SF的に捉えるか、存在哲学として捉えるか、或いは心理学的に捉えるかで評価は異なってこよう。作者の立ち位置が、定まっていないということだけは確かなように思われるが、他者との関係をキチンと築いてゆくことによって、それは解決されよう。孤独というより孤立していることが、アイデンティファイできない理由である。
満足度★★★★★
黒の舟歌
男は男の、女は女のアプローチをしている点が対比されていて、グー。
ネタバレBOX
生まれながらに総てを持っているように見える奴に対して、強烈なコンプレックスを持っている男。彼は、自身のコンプレックスをバネに、何とか逆転を図りたいのだが、現実には差があり過ぎて逆転迄派望めない。そこで、せめてしっぺ返し位はしてやりたい、と自らもディレッタントを気取って作家を目指し、基本的に彼に合わせてくれる女も手に入れたが、女の方が、精神的に上でフォローされてしまうことが気に入らない。そこで、自分勝手を演じてみたりして、逆の甘えに逃げているのだが、矢鱈、自己防衛の為に理屈を捏ねる男に対して女は、感覚でくるみ込む。
女はフルフルやブルブルが好きだ。例えば注射器に入った液体はフルフルしていて好きだし、興奮したり、何かで気が高ぶった時などに血管がブルブル強い脈を打つのが好きなのだ。
二人は、今、高級ホテルの上階が見える安ホテルに泊まっている。男Aの言によれば、彼が監視している部屋に居る男Bは、彼の同級生で、高校時代はトップを競った間柄、とか。然し、Aは大学に落ち、Bは特待生待遇で入学。現在はIT企業の社長であり、取引先企業の娘と結婚しているのだが、イケ面でお坊っちゃん育ちということもあり、美しい女房を持ちながら浮気をしている。浮気相手は、Aの憧れだった女性である。総てを得た者と貧乏くじを引いた者という対比をAはしているのだが、そんなAにも、成功願望はあり、東京へ出て来た訳であった。だが、敗者は、負けを少なく見積もりたがる。ここに女がつけ込む余地が広がっているだが、負けるべくして負けたAには、このことが分かっていない。
ところで、何故、Aと彼女が、安ホテルに泊まっているかといえば、Bの浮気現場を押さえて証拠になる写真を撮り、それをネタに脅迫する為である。無論、対価は金だ。証拠写真は撮った。AはBに電話を掛ける。然し、たった300万の金を脅し取ることにもAは成功しなかった。女は、予め結果を予測していた為、自らの欲求を果たす。男の大好きな女の太腿を舐めることをせがみ、更に効果的になるよう演出しながら、己の真の欲望を成就する。赤ワインのフルフルに注射器に吸入した青い液体のフルフルが交感する中、エクスタシーに似たAへの注射。甘美な死へのダイブと、ブルブル震える痩せた瀕死状態の彼の皮膚を裂いて味わう血管のブルブル。
更に、一つの仕掛けとして、彼らがBを監視していた窓は、実は鏡である、という仕掛け!! これは退廃の美でなくて何であり得ようか?
出演する役者は2名。熱演であった。女優は“うで もげる”Aは“裕本 恭”。ホントにお疲れさまでした。この熱演に最高点をつけた。
満足度★★★★
Xmas card
各グループ20分程のショートストーリーやパフォーマンスのオムニバス。
ネタバレBOX
“おぼんろ”から、わかばやし めぐみ、今イベント主催の小宮 凛子とで綴る、シャンソン歌手と女店員のショートストーリー。ジョーク仕掛けるなら、徹底せよ、との哲学迄踏み込んだ意欲作。わかばやしさんの歌も聴き所。
映像制作団体イナズマ社による、ムービー。
クリスマス間近、アラサーOLにゴッホでもあるまいに、自ら耳を切ったと思われる変質者がハサミを手に迫る。逃げ回っていた彼女だったが、彼が、他の女とデートしている現場をイブの夜見掛けた。その夜も迫って来た変質者を退治すると、翌朝、枕元にプレゼントが。
TOKOJYO-ZUによる歌と踊りにコントを交えたパフォーマンス。ロジック発、アイドルユニットのふれ込みだ。需要の無いキャラクター3人が活発な活動を展開中というキャッチーなフレーズが笑える。
はちみつシアターによる番外地公演。2014年のはちみつの活動をフィーチャリング。花やしき公演の話題や、映画の話など、またこの劇団の特徴、観客巻き込み術なども披露しつつ、歌と踊り、巧みな進行で元気な姿を見せた。
月刊少年ワンダーによる、ショウ―トストーリー。探偵事務所にサンタクロースを探して欲しい、との依頼が舞い込んだ。自分の子の所にサンタがやって来ないことに悩んだ母親からの依頼である。事務所では経緯を訊くが、この母親、サンタが親だと言うことを知らなかった。そこで、所員の一人が、サンタの起源を話す。それは、離れた実の娘に親が、クリスマスプレゼントを贈る話だった。それで漸く、彼女は納得がいったのだが、捻りが一つあって、所長もサンタが親であることを知らなかったことが、示される。
満足度★★★★★
ヒトというカオスに夢はまだあるのか
多くの男たちにレイプされ水底に沈められた母から生まれた待夢。彼は復讐を誓うが、レイプ犯は全員、既に自殺してしまっていた。
ネタバレBOX
人口を激減させたパンデミックに罹るよりは、死を選ぶ者達の圧倒的多数の中で、彼らの自殺が特段意識されることもなかった。だが、ムッソリーニ政権下での黒シャツ隊、東氏が、今作を書くに当たって触発されたというギュンター・グラスの「ブリキの太鼓」の背景にあったナチズムの影を、矢張り見逃すわけには行くまい。無論、現在、この植民地で行われている宗主国一体化(集団的自衛権行使)なども射程に入っているのは明確であろう。ナチズム勃興当時、ドイツのインテリ層はヒトラーを愚か者と見做し、あんな人間に政権奪取や維持は不可能だと笑っていた。丁度、今、我々が、ホントに無脳(能と書かないのは、間違いではないぞ!)な安倍を無脳だと言っているのと同じことだ。車の両輪のように、情報隠蔽をその本質とする特定秘密保護法も施行されている。この悪法が、戦前の治安維持法より性質が悪いこともまた明白。この先、政権が狙ってくるのは、共謀罪であろう。これらは、情報公開法と公文書管理法に対するあからさまなアンチテーゼであることは言うまでも無い。
今作で問題となるパンデミックをこと政治に掛けて読み込むならば、こんな具合にも読めるのだ。作中、このパンデミックは、ウィルスによるのでもないことが強調される。接触、空気感染等の心配もない。而も、罹ったら最後、あらゆる欲望を喪失する。そして、掛かり易い状態とは、パニックに陥ったような時である。冷静を保つことが唯一罹り難い方法なのだ。だが、病理学的な対処は一切できていないし、既に人口の大部分が失われている。
無論、今作は、そんなに限定的に読み込むだけでは、埒があかないし、待夢が、9歳、24歳、そして初老の形で現れるのも、作品内だけで読み込めないことを前提としている。何故なら、同一人物が、3世代に亘って同時に存在している物理的次元に対する表現が入っていないからである。合理的な考え方として出てくるものは、背景にある創造者の問題である。そして、創造者は、タイムを自由に行き来しているのだ。恰も夢の中の出来事のように、説明し難い、それでいて、酷く懐かしく魅惑的で非合理な当にカオティックな状態を、その子供時代の混沌として表した作品と言えよう。
没入できるかできないかで評価が分かれるとは思うが、いくらでも深読み可能な作品であり、ヒトという生き物が、今後、食物連鎖の最上位として、存在して良いのか否か迄も問う内容であるとも読み込める作品なのである。
満足度★★★★
バックパッカー流、世界の愉しみ方。
といった内容だろうか。アザーンが背景に流れる宿の宿泊者たちに何が起こるかは、観てのお楽しみ。
ネタバレBOX
まあ、国によってガイド本の代表的なものはあるのだが、日本の場合は「地球の歩き方」だろう。日本人と旅先で迄一緒に居たくない人には「ロンリープラネット」などもある。自分が良く旅した頃には、日本語版は無かったが、新聞が読める程度の語学力で読める。今は日本語版もあるらしいが。何れにせよ、旅先では、様々な経験をする。日本に居るだけでは決して味わうことのできないような経験も多い。それを楽しめる者と乗り切ることが出来る者だけが、旅人なのであろう。今作には、そのような旅人と初心者、素人等様々なキャラクターが出てくるのだが、宿泊先の日本人宿で繰り広げられる、様々な事象が、言葉の余り出来ない人々ばかりの集団にどのような影響を与えるかが描かれていて興味深い。同時に、日本の閉鎖性を嫌い、自由に振る舞うことのできない社会を心底嫌って戻らない人々の呟きには、この「国」に対する本質的な忌避感と諦念にも似たアイロニーが含まれていて、自分などは、完全に同意してしまった。旅は死であり、風であるから。そして、その上での遊びであるから。
満足度★★★★
幕引きもあり
2014年度の実演は「三人吉三巴白浪」から「大川端庚申塚の場」である。
「濡れてに泡の 百両云々」という有名な科白のある場面だが、実に面白い。歌舞伎を観るチャンスは滅多にないのだが、緞帳も伝統的な色のものが使われ、拍子木も無論入る。何より、次から次へ件の百両が移ってゆく面白さや、親切を仇で返す悪党ぶりを見せるお嬢吉三に絡むは、お坊吉三。これが、カツアゲ、たかりの風情だが、実は浪人。この辺り取り潰された大名の家臣の問題等、武士の貧窮振りは、社会批判があったのかも知れぬ。閑話休題。その諍いを止めたのが、和尚吉三である。何れも掛け合いが実に面白い。その面白さと同時に、白浪者達の兄妹杯は、血で行われる。その場に酒が無かったからそうなったのか、兄妹杯の習わしとしてそうなのかを自分は知らないが。何れにせよ、互いの腕を切って流した血を瓦筍に注いで、血を飲み干した後の瓦筍は叩きつけて割る。悪党共の所作がカッコいい。学生さん達の学んで来た内実が見えるようであった為か、実に面白く拝見した。