ハンダラの観てきた!クチコミ一覧

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屋根裏のマリオネット

屋根裏のマリオネット

飛び込み注意!

サブテレニアン(東京都)

2014/08/16 (土) ~ 2014/08/17 (日)公演終了

満足度★★★

植民地で大人なんかになってやらない
 日本大学芸術学部出身のメンバーが中心になって結成されたグループのようだ。劇場公演は今回が初ということで、まだまだ、素人っぽさが残るが、その分、手作り感もある。シナリオは、無論、自前だし、衣裳なども自分達で作っている。

ネタバレBOX

 だが、表現する者として、独自のものを提出できるほど特異な経験を積んでいるわけでもなければ、特殊な意識のフィルターを持っているわけでもないから、発想は至って普通である。そして、普通であるということのマイナス面を本当にはまだ分かっていない幼さを残す。
 自分は年齢的には既に充分大人であるが、こんな糞ったれの植民地で大人なんぞを演じることは拒否しているので、感じたことは言っておく。発想としては、とても良い。
新しく引越しをして来て人形達と仲良くなったアユミへの誕生日プレゼントの釦やビー玉だが、ビー玉は、様々な色や種類があるから、そのまま様々な種を代表させてこの名詞で良いとして、釦は、木製や貝殻製、その他、独自の価値のある素材を強調して欲しかった。自分達が、特殊な環境に無いことにもっと自覚的であるべきである。その上で、自分達に出来る最も、ラディカルなものが無いか、或いは具体的に何かがないか? と追求して欲しいのである。例えば、貝殻製の釦なら、J.コクトーの“私の耳は貝の殻、海の響きをなつかしむ”(堀口 大學訳)などの詩を添えても良いし、釦と一緒に巻貝をあげても良いだろう。
鞦韆(ブランコ)ーしあわせのおとこー

鞦韆(ブランコ)ーしあわせのおとこー

有視界飛行組合

相鉄本多劇場(神奈川県)

2014/08/15 (金) ~ 2014/08/17 (日)公演終了

満足度★★★★

演劇は、身体レベル、即ち役者の演技レベルで対比がなければ
 恥ずかしながら、大杉 栄と伊藤 野枝の事を詳しく知らないので、史実に即して描かれているのかどうかは分からない。然しここに、描かれている通りだとすれば、実に、粒の大きい傑物達である。自分も今迄、所謂女傑に何人かお会いしている。そういった方々の持つ独特の人間的大きさから、この二人を推し測ってみたのである。その結果、ここに描かれている通りだとしたら、実に大きな人物達であった。
そう言えば、宮武 骸骨のような傑物もかつては、この国に居た。ペリーが、一目も二目も置いたと言われる佐久間 象山然り。因みに象山は、勝 海舟に西洋兵学を学ぶようサジェッションを与えたりもした人物だ。
 脱線してしまった。今作では、大杉の人物を描く為に、野枝、神近 市子、堀 保子との四角関係をかなり派手に扱っている為、革命的な部分や、敵対関係の凄惨な部分は、出て来ない。このことが、作品を一面的なものにしていることが残念である。演劇は、対立を通して観客に考えさせ、己の立場を選ばせる。然るに、今作は、作る側の論理や想いが優先しているように感じられたのである。主張、演技等のレベルの問題ではない。然し、他者の目で自らを抉って居ないように感じるのだ。ランボー流に言えば“生きながらポエジーに手術され”というレベルが無いのである。それは、対比されるべき歴史的背景が単に知識として処理され、ここで描かれた男女関係のように、演技として身体化されていないからである。比重がまるきり違うのだ、残念!それさえあれば、★5つなのだが。

居間 オブ ザ デッド

居間 オブ ザ デッド

ワイアールジャパン

劇場HOPE(東京都)

2014/08/14 (木) ~ 2014/08/17 (日)公演終了

満足度★★★★★

差別とは何か?
 エンターテインメントでありながら、差別の本質を、分かり易く、見事に描いていることに感心した。

ネタバレBOX

 かつて、このエリアにもドワーフ、エルフ、ゴブリン、トロール、魔法使い、ゾンビが居て、其々が互いの違いを尊重し合って仲良く暮らしていた。ところが、人間がやってくると、様相は一変した。人間は自分達と異なる者達を認めようとせず、攻撃し、それ迄保たれて来た平和を壊し、僅かに残ったゾンビと最後の魔法使いを残して総ての異種族を滅ぼしてしまった。無論、現在でもゾンビや魔法使いに対する、偏見・産別は厳しく、それだと分かれば命の保証はなかった。
 因みに物語は基本的にゾンビ一家、鹿羽(かばね)家のリビングで進行する。彼らは滅多に外には出られない。無論、命の危険があるからだ。このように、ゾンビは、ウィルスを持っているというだけで、恐れられ、見付かれば殺されるという恐怖の中で暮らしていたので、鹿羽家の子供達も一切、学校へも行っていない。収入も、殆ど無い。現在、働いているのは、父と長男の藤雄だけで、父は家族の為に懸命とはいえ、大した仕事に就けるわけでも無く、藤雄にした所で口をきかずに済む蒲鉾工場でのバイトである。唯、父は、ゾンビの誇りを失わぬことを、藤雄は、勉強して差別の無い世界を作り、そのような世界に生きることを夢見ている。
 一方、この家には、人間が出入りしていた。小さな頃、迷い込んで来た、この辺り一帯の大地主の一人息子、トオルと宅急便のアンちゃんである。トオルは年の近い鹿羽家の二男、恭弥と友達になる。トオルの父母は離婚しており、父は仕事に追われて、引き取った息子を一切構わずに居た為、トオルは寂しい子であった。愛されるべき時に、愛してくれるべき人に恵まれなかった彼にとって鹿羽家の暖かいもてなしは、命の泉のように彼の心に沁み込み、ゾンビと人間の垣根を越えさせていたのである。
然し、子供達もだんだん長ずるに及んで人間は、人間の、ゾンビはゾンビの社会の目を気にしなければならない年齢に達していた。ゾンビの絶対数は少なく、このエリアには他のゾンビが居なかった為、どんどん、その変化を意識しなければならなかったのは、トオルであった。ゾンビサイドでは、父である。何故か? 父は若い頃、人間の少女に恋をし、彼女も彼を愛した。真剣に愛し合った彼らが、互いの種族を越えようとした時、父の家族は、襲撃され、父を除いた全員が人間に殺された。その経験が、父を人間不信にさせていたのである。父は、息子の為、家族全員の為を思って、久しぶりに遊びに来ていたトオルを遠ざけようとした。若いトオルは敏感にそれと気付き、その時は、そのまま帰っていった。然し、その後、トオルの恋した少女は、恭弥と、より仲良くなってしまった。嫉妬心が、今迄決して、トオルが明かさなかった、鹿羽家の秘密を人間に晒すことになった。而も、トオルは、恭弥を殺そうとする。だが、二人が愛した女の子、リカが、未だ、残っているトオルの人間らしい心を恭弥殺しによって亡くさないで! と叫ぶ心によって、また、同時に彼女が、ゾンビであることを知った恭弥の心が、生き生きと息づいていることを叫んでトオルに知らせることによって、何とか危機を脱することが出来た。
トオルは、自分自身の裸の心を鹿羽一家に晒し、父も疑ったことを謝した。然し、ゾンビと人間の愛という種族を越える愛の問題と同じ女性を友人である、恭弥とトオルが愛してしまったことは、未だ片付いていない。傷ついたトオルを救うために、恭弥は、唯一人生き残っていた、魔法使いに、自分の記憶の一部を消し去ってくれるように頼む。この時、愛したリカを諦め男泣きに泣く恭弥を演じた本多 遼の演技が秀逸である。
愛を譲った恭弥のお陰で、トオルは、リカを射止めた。ところで、この物語にはオチがつく。人間だが、大いに、ゾンビに興味があった、アン君は、鹿羽家の娘、愛子に頼み込んで、噛んで貰い、ゾンビになって、新たな家族に加わったのである。
ひなたのなかのこども

ひなたのなかのこども

風雷紡

d-倉庫(東京都)

2014/08/13 (水) ~ 2014/08/19 (火)公演終了

満足度★★★★★

アプローチの見事
 言う迄もないが、この作品は下山事件を背景としている。1949年7月5日、国鉄総裁が轢死体となって発見された事件である。未だ占領下、ドサクサの日本でGHQの関与も噂される難事件だから、どうやって手をつけたらいいか、多くの者が、途方に暮れる。その難事件を、風雷紡は、“どう亡くなったか?”ではなく“何故、亡くなったか?”と問うことで、独自解釈の糸口を紡ぎ出している。つまり、総裁の人柄に焦点を絞った。そして彼の性格描写に決定的な役割を果たしているのが、宮沢 賢治の「銀河鉄道の夜」今作のタイトルの取られた詩「金策」である。
 設定の上手さ、シナリオ、演出の無駄の無さ、効果的な舞台美術や役者紹介フィルムまで含めて、時代を感じさせる手の込んだ作り、音響、照明の効果的な用い方、変にベタベタさせない冷静さと想像力を刺激し、人間の何たるかを考えさせる深い技法。見事である。(追記後送)

パフ

パフ

劇団しようよ

王子小劇場(東京都)

2014/08/15 (金) ~ 2014/08/18 (月)公演終了

満足度★★★★

パフとゴジラ
 若者らしいリリックな感性で捉えられた作品だが、無論、このタイトルはPPMのヒット曲“パフ”に因んだものである。原曲では、寂しさに孤独をかこつのは、龍のパフであるが、今作では、これが反転している点も見逃せない。だが、今作には、矢張り、子供の遊び相手のような人形が登場するのも事実である。勘の良い型には既に察しがついたかも知れないが、続きはネタバレに回すとしよう。

ネタバレBOX

  メインストリームは、大災害に遭った兄妹が、大切な人を失い故郷の島を離れて喧騒渦巻く都会暮らしを余儀なくされているのだが、未だ、若過ぎる二人には、役所に申請を出して何らかの生活資金を援助して貰う以外、生活の目途は立たない現実が横たわっており、その厳しい現実から逃れる為のアイテムとして故郷の人々に擬した人形が必要とされているのである。このことは、後半になって漸くちらっと明かされるだけなのだが、それ迄は、故郷での暮らしが人形と役者の混交した所作で語られ、形作られてゆく。子供達の宿題には、街の探検が含まれ、その探検と郵便屋さんや歯医者さん、市長、街の名物おばさん、魚屋さんや学校の先生等々の人々、クラスメイト等の逸話が含まれ、災害が来た時の様子が、描かれていたから、それとの対比になるわけだ。災害はひとまず火山の爆発ということになっているが、その災害が人々を襲う時には、黒い龍、ゴジラの形をしているので、3.12を当然示唆してもいよう。一見ファンタスティックで、リリックなおとぎ話に見えて、実は、被災後の長く苦しい避難生活や、一向に先の見えない政府・東電の愚にもつかぬ無策に傷つけられる民衆の姿を描いて鋭利である。
ボンゴレロッソ

ボンゴレロッソ

A.R.P

サンモールスタジオ(東京都)

2014/08/12 (火) ~ 2014/08/17 (日)公演終了

満足度★★★

芸質を高めて欲しい
 笑いのレベルが低い。老け顔だの、お尻が大きいだの、×三だの、TV番組じゃあるまいし、舞台女優なら、間の取り方を外すとか、観客の予想を良い意味で裏切るとか、頭の良さをみせる芸を演じて欲しい。劇場に足を運ぶ観客のレベルは、TV番組なんか馬鹿にして基本的には見ない者も多いのだから。まあ、女子の一途な面を表した最後の部分は、良かったので、星は、三つを差し上げるが、劇場に足を運ぶ観客のレベルにも思いを馳せて欲しい。
 狂言回しとしてボンゴレロッソの店員が、色々、采配を振るう形をとるが、こんなに単純なストーリーに、この役は必要あるまい。もっと、シナリオの流れだけでキチンと分からせる努力をすべきだろう。シナリオライターの手抜きである。

妖怪酒場

妖怪酒場

物の怪エンターテイメント企画 『妖-AYAKASHI-』

タイニイアリス(東京都)

2014/08/13 (水) ~ 2014/08/17 (日)公演終了

満足度★★★★

バランスの取れたシナリオだが
 主人公、信一のエピソードを何処まで、深刻に受け取るかで、作品解釈に大きな差が生まれよう。

ネタバレBOX

 妖怪好きの小説家、佐藤 誠は、人間好きの妖怪、豆腐小僧と知り合い、妖怪と人間の交流の場にと設えられた妖怪酒場の馴染みになる。そして、ここでの取材を基に、連載小説を書き、見事なヒットを飛ばし、大賞を受賞するが、授賞式翌日、交通事故に遭って亡くなってしまった。彼は、小説家として名を為す為、単身東京へ出て暮らしていたのだが、故郷には、息子が一人在った。彼は、受賞後直ぐに、未だ5歳だった息子、信一に初版本に手紙を添えて送っていた。無論、この時点で息子は父の本を読めた訳ではない。然し、明日のわが身がどうなるかなど知らぬ人の子は、将来、息子も、自分と同じように妖怪に明るい人間になって、酒を酌み交わしたい、と書き送っていたのであった。20年の歳月が流れた。信一は、矢張り血だろうか? 父のような妖怪好きの青年に育ち、雑誌に関連記事を書いて生計を立てていた。然し、出版社の代替わりで、経営陣、編集長が変わった途端、いきなり首を切られてしまった。失意のうちに彼女と会い、甘えようとする信一に彼女、ハルミは言い放つ。「小説家の息子だっていうから、何か才能があるかも知れないと思って付き合ってあげただけじゃない。収入も地位も無い、仕事の出来ない男なんかに興味はない」と。踏んだり蹴ったりで、信一は、かつてアルバイトをしたが旬日を俟たずしてバックれた店の従業員休憩室で首を吊ろうとしたが、この部屋の天井は低く、おまけに天井には、ロープを引っ掛けることのできる箇所が無く、失敗する。そこへ店長が現れ、自殺はできないと諭した上、夜、飲みに行こう、と誘いを掛けた。信一は、店長の話に乗るが。
 店長が連れて行ってくれた店は、津軽三味線をポップなアレンジで演奏すると、その伴奏に合わせて、舞姫が舞う、というライブをやっている、ちょっと風変わりだが、魅力的な店であった。酒も頗る旨い。飲み進むに連れ、何故、店長は、この店へ信一を誘ったのかが明らかになる。店長は、人間界で暮らす為に人間の姿を纏った烏天狗であり、美しいママの手は氷のように冷たい。雪女である。アシスタントの可愛い女の子は、座敷童、旨い酒を奢ってくれたのは、河童。ボックスで河童と一緒に飲んでいるのは、ろくろ首、津軽三味線を弾いているのは、古三味線等々。ここは、妖怪酒場だったのだ。20年前、在る事件が起こった。それ以来、オーナーである福の神のエネルギーとネクタルの源泉を確保する為、人の魂を抜き取り、ネクタルの原料と神のエネルギー源にしていたのである。然し、罪も無い人間を連れて来た上、魂を唯、抜き取るというのは、余りにも可哀そうだ、というのが、バーに集まる人間好きの妖怪達の立場であり、神と協議の結果、人間にも生き残りのチャンスを与えることになった。して、その方法とは、アルコール度数108度という在り得ない度数の酒の飲み比べで妖怪チームに勝った場合、人間は魂を抜かれずに、人間界に帰ることが出来る。然し、その場合は、負けた妖怪が魂を抜かれ、死ぬことになるという厳しいもの。然し、人間がこの20年間に妖怪に勝った験は2度のみ。だが、一度、自殺未遂を図ったとはいうものの、死ぬことはできなかった信一は、無論、命に未練を持ち始めていた。死の恐怖を目の前に突きつけられた彼は、死にたくない、とハッキリ意識する。だが、生き残る方法は、飲みっくらに勝つことのみ。上演中故、これ以上のネタバレは控える。後は、観てのお楽しみ。
『穴の中 或は、■の中』ご来場ありがとうございました。

『穴の中 或は、■の中』ご来場ありがとうございました。

演劇ユニットG.com

【閉館】SPACE 雑遊(東京都)

2014/08/13 (水) ~ 2014/08/17 (日)公演終了

満足度★★★★★

生の舞台でしか味わえない妙味
 開演直前、ひょっとこ面をつけた者が、奈落の上に被せてあった蓋を一枚、一枚外しては、舞台袖に隠す。蓋は全部で五枚。スモークが焚かれ、奈落の底からは、青みがかった光が射す。この後、光は、其々の穴で色を変え、或いは暖色系、或いは寒色系の色を湧きあがらせる。暗転後、一つの穴の上部に白色光が上から射すと、人の頭部が迫り上がってくる。丁度、映画「地獄の黙示録」でマーロンブランドの頭部が、水から徐々に迫り上がってきたシーンのように。あの時、マーロンブランドが、ぶつぶつ呟いていたのは、T.S.エリオットの”The Waste Land”だった。April is the cruellest month,で始まる有名な詩である。(追記後送)

ネタバレBOX

 今作では、ピンクフロイドの”The Dark Side of the Moon”が使われているが、このアルバムの中には”Time”も入っている所が憎い。最初と最後に心臓の鼓動音が入る有名なアルバムだが、途中、むせび泣くようなギターの音を含めて楽曲全体が、今作の内容にピッタリだ。
 というのも、ここに穿たれた五つの穴、奈落には、各々、住人が一人づつ住んでいる。四人は人間、もう一つの穴には、天国を失くした神が住んでいる。住人四人は、不老。自称、科学の第一人者たる博士が、最初に登場する人物である。彼は、現在不死の薬の発明に携わっており、既に80年、この研究を続けてきた。とそこへピザを配達に来たアルバイトが。
「真夏の夜のロングフォーム」

「真夏の夜のロングフォーム」

おしるこ座

Studio Do Deux Do(東京都)

2014/08/09 (土) ~ 2014/08/10 (日)公演終了

満足度★★★

ほんとにおしるこ!
 おしるこ座というのは、裏庭巣箱の塩路とインプロモーティブのこざわの名前から命名されたユニットの名である。

ネタバレBOX

ゆるゆる系パフォーマンス、インプロビゼーションを中心に活動しているが、1篇20分を越えるような作品が、ながいお話であり、それより短いのものが、みじかいお話である。作劇法は、観客から、登場人物の持ち物や一人一人の性格を規定してもらい、その指示に従ったキャラを即興で作って物語をその場で紡いでゆく。あるいは、何か思いついたイメージを言ってもらって、そのイメージに従った作品を作ってゆく、という方法だ。今回は、このようにして3つの作品が作られたのだが、かなりスト-リーテリングな内容になっており、物語の作り方についての原則は、かなり的確に捉えていると感じた。然し、小奇麗に纏まった分、突発性や意外性に乏しく感じたのも事実だ。自分の感覚では、インプロビゼイションというより、エチュードという仕上がりになっていたように思う。作者たちは、余りハッチャけたことを避けようとしたようだが。自分の好みだが、意外な程のギャップを繋いでしまうことや爆発のような一瞬の転移にインプロビゼイションの醍醐味があるように思う。
劇作家協会公開講座 2014年夏

劇作家協会公開講座 2014年夏

日本劇作家協会

座・高円寺2(東京都)

2014/08/09 (土) ~ 2014/08/10 (日)公演終了

満足度★★★

第Ⅰ部を拝見
 演劇人インタビューと題された第Ⅰ部では、劇作家の福田 善之さん、女優の渡辺 美佐子さんを迎え、聞き手には、劇作家、渡辺 えりさん、丸尾 聡さんが登壇。

ネタバレBOX

 戦争と演劇について語るということだったのだが、渡辺 美佐子さんの応え方は、観客・聴衆に訴えることを生業として来た女優のそれであるのに対して、福田さんのそれは、江戸っ子のシャイな気質もあるのかも知れないが、彼の作品を可也読み込んでいるとか、映画化された作品を含めて既に見ているなど、コアになる共通項がないと、実際には、何を言いたいのかが曖昧になるような受け答えが多く、焦点が曖昧になった。主に渡辺 えりさんが質問にたったのだが、質問をする側も、ストレートばかりで、変化球で返されると、イマイチかみ合わないような印象を持った。時間設定も第Ⅱ部がⅠ部終了30分後には始まるというタイトなものだった為、余裕が無かった。更に、正味1時間半しか無いのにスタートが押したので、尚更である。  
 こんな場合、5分位のニュース映像(テーマに関わるもの。現代物も可)を会場で観客を含めて一緒に見て、それについてどう考えるかという柱が1本入っていても良かったかも知れない。渡辺 美佐子さんの答えには、極めて共感度が高かったのだが、演劇が戦争を止められるか? との隠れた企てもある以上、また劇作家の多くが演出にも携わる現状がある以上、こういった構成、ゲストのキャスティングなどにも、もっと気を配るべきではないだろうか?
シャッター通り商店街

シャッター通り商店街

演劇集団プラチナネクスト

中目黒キンケロ・シアター(東京都)

2014/08/09 (土) ~ 2014/08/10 (日)公演終了

満足度★★★

政治の貧困
 の結果が全国に多発するシャッター通り商店街である、などという本質的なこともちらりと組み込んだシナリオで、基本的には、コメディータッチnエンタメながら、肝要な点は押さえたシナリオだ。残念だったのは、カム役者が何人か居たこと。同時に、キャラクターの一人に優秀な地方公務員なのだが、芝居大好きなキャラクター寅太が登場し、小劇場のみならず、総ての芝居を志す人々の想と夢見がちなその在り様を温かい目で観ながらも、ちょっと”ナ~ンチッテ”している点が気に入った。寅太を演じた高森 秀之さんの演技も秀逸。

ネタバレBOX

 終演後、謎の女が分からない、と話していた観客が居たが、自分は、神だと解釈した。商店街再興の種を撒いたから彼女(神)の役割は終わったのである。星は、カム役者がいなければ4つ差し上げたい所だが、3つ。全体的に、多くの人に観てもらうエンタメとしてのバランスは良い。
おせっかい母ちゃんリビングデッド

おせっかい母ちゃんリビングデッド

ぬいぐるみハンター

駅前劇場(東京都)

2014/08/08 (金) ~ 2014/08/17 (日)公演終了

満足度★★★

電線のスズメ
 まだ、昭和のある頃、ヘンテコな落ちのジョークが流行った。そのうちの一つが、電線にスズメが4羽とまっていました。誰かが空気銃でそのうちの1羽を撃ちました。確かに当たったのに、スズメは4羽とまったままです。なぜでしょう? というものであった。答えは

ネタバレBOX

 ”根性があったから”というものであった。本作はこのように強い、母の駄目息子を思う気持ちがベースになったゾンビものなのだが、まあ、話の内容、そのシュールな展開については、観て頂くとして、母の心配した息子の内面は、ドラスティックなレベルでは進展していない。この辺り、今後、長く劇団を続けてゆくつもりならば、真剣に検討する必要があろう。その為には、もっと、母的なものから、距離をとる必要も出てこよう。男の子に生まれて、これほど困難なことは、他にないかも知れないが、その困難に敢えて挑んで頂けたらと思う。
殉職の夢を見る

殉職の夢を見る

アフリカン寺越企画

新宿ゴールデン街劇場(東京都)

2014/08/07 (木) ~ 2014/08/10 (日)公演終了

満足度★★★★★

対他存在であるということ
 かつてM.フーコーは「狂気とは純粋な錯誤だ」と言った。つまり健常者の精神世界と精神病者の世界は別物だと解釈したのである。かれの判断が究極的に正しいか否かを判断する立場に自分はいないので、正否の判断は保留するが、この言葉に出会った時、自分が衝撃を受けたのは事実である。このような経緯から、一応、フーコーの判断を正しいものと仮定して、話を進める。その前に、問題を一つ。我々、人間のレゾンデ―トル(存在意義)とは何か? である。(追記第一弾2014.8.9)(最終追記2014.8.12)

ネタバレBOX

 神でも仏でも無い一介の衆生に過ぎない我らヒトのレゾンデ―トル等無い、と為政者は言うであろう。然し、本当だろうか? 自分は、寧ろ、悩むこと、真摯に悩み得ることにこそ、人間のレゾンデ―トルはあるのではないか? そう思っている。
 ここで、上に挙げた問題と我々の存在意義を賭けての問いに戻ろう。人間が真摯に悩むのは、恋に落ちた時とか、大切な人を失って自らを振り返る時、失敗をして、自分が生きていて良いのか否かについて迷う時、仲間・恋人・親友など大切な人を裏切らざるを得ない状況に追い込まれた時などであろう。普通の人は、倫理を抱えている。して良いこと、悪いことの判断の分かれ目を持っているのだ。だから、悩む。そして悩むとは、自らが、社会的な価値・倫理に背いている、或いはそうなのではないかとの疑念から生じるのである。この意味に於いて、人間とはまさしく社会的(対他的)な存在なのだ。
従って、人間的に生きるということは、己に連なる総ての対他的存在と倫理的に径庭ない付き合いをすることに尽きる。そして、そのような付き合いが最も難しいケースこそ、今作が扱っている、コミュニケーション不成立という事例なのである。分かり易く言えば、接点がまるでない、と考えられる人々と如何に関わり得るか? という問いである。
 実際には、完全に共有部分が無いわけではない微妙なケースが扱われているわけだが、扱いを間違えば、命に関わる。(更なる追記は、以下)
 実際、アフリカン寺越扮する、警備員の青田は、自殺を本当にする可能性を唯一持っていた蛭田のメンタルを読み間違え不用意な発言をした結果、何とか上向きかけていた彼女の自殺傾向からの離脱を逆に端的に落ち込ませてしまった。それは、無論、青田の所為で、彼女の自殺願望が和らいでいたからである。彼女は裏切られたと感じたことで、決定的な一線を越えて、屋上から飛び降りた。青田の目の前でである。蛭田の死後、警備員室にやってきたかまってちゃんの一人、瓜生の指摘は、痛烈である。「一番大切なのは、命だろう!」と彼は言ったのだ。自殺を幇助しているという病院の秘密を明かしていた、あやめ病院の精神科医師、星川の追求も、難しい症例を相手に誠心誠意尽くして来た医師の心情を語って雄弁である。
 然し、今作に光が見えない訳ではない。どんなに共有しようとしてもコミュニケーションを共有できない者同士が、命を最上位の価値として如何に良くそれを全うするかについて真剣に追求し続けることの中に、矢張り希望があるからである。青田というネーミングは、未完成や若さをもその中に含んでいるだろう。その青田が、“死ぬ気で生きて行こう”と決意することで、彼の失敗を通しての成長と今作に込めた、作者そしてアフリカン寺越の明日を見ようとする意志を見た。


UNIQUE NESS(ユニークネス)

UNIQUE NESS(ユニークネス)

劇団青年座

青年座劇場(東京都)

2014/08/01 (金) ~ 2014/08/10 (日)公演終了

満足度★★★★

オーソン・ウエルズVS
 科学的と称される解釈では、ネッシーは存在しないとする解釈が有力だが、居てくれた方が面白いに決まっている。そんな人々の念こそ、ネッシー伝説の正体だと思われる。

ネタバレBOX

 但し、こんなにあっさり解釈するお茶漬け人種と異なり、舞台は、英国。肉食人種の国である。そして、グロテスクな或いはナンセンスなユーモアを活かして来た国の話という設定だ。諧謔あり、アイロニーあり、ブラックジョークのオンパレードありで只管、素直さから逸脱する趣向である。だから、笑いは擽りで、演者達は、巧みな間の外し方で、どんどん得点を挙げて行く。複合的なブラックジョークのシーンで、切られたナースコールのコードには、万国旗がぶら下がっているのなど、イギリスの第一次大戦以降の見事な迄の凋落をおちょくっていると解釈すると頗る愉快である。世界で2番目い面白いジョークというのも、万人受けする傑作ジョーク。これも観劇してぜひお確かめ願いたい。
 素直に表現しない文化というものが、どれほど歪み、どれほど人と自らを傷つけるか、そして、その結果として自らはドライになり自らを洒落のめすしかないか、を描いて見せた、大人のコメディーであるが、同時に、総てを個人的レベルに落とし込むことによって、社会の中の個人、翻って個人の社会内アイデンティティーを問う構造になっていない点で、村社会的である。
明日の天使たちへ

明日の天使たちへ

ワイアールジャパン

テアトルBONBON(東京都)

2014/08/06 (水) ~ 2014/08/10 (日)公演終了

満足度★★★

シナリオライターもっと生きることに向き合うべし
 Bチームを拝見。イケ面、可愛い女優さんが多いし、演技も決して下手ではない。然し、何か大切な物が、欠けている。

ネタバレBOX

切実さが欠けているのだ。頭で考えて過不足の無いように組み立ててある。然し、内実がすっぽり抜け落ちている為、訴えかけてこないのである。言い方を変えれば、表だけを率なく演じているとでも言おうか。表が在る以上、裏が在り、背理が在る。それを同時に滲ませなければならないだろう。
 例えばそれは、一つの行為の背景には何があってそうしているかが、表されることだ。人は、自分の意志で生まれる世界を選べない。つまり、生まれおちるということは、登場人物達の想や目標設定には、関わりなく、歴史的必然とか、社会の力学的必然とか、思い通りにならない政治的必然などとの命がけの争闘なのであり、ぶつかり合いである。そして、演劇とは、この争闘のことなのだ。この観点がシナリオから抜け落ちている。折角、若い役者たちが、頑張っているのに、残念だ!
あ・ら・かると岸田國士

あ・ら・かると岸田國士

おででこ

Ito・M・Studio(東京都)

2014/08/06 (水) ~ 2014/08/10 (日)公演終了

満足度★★★★★

岸田 國士の世界を見事に表現
 粋で洒脱、頓知が効き、世界が共鳴している。

ネタバレBOX

 岸田 國士の三つの作品「軌道」「雅俗貧困譜」「是名優哉」を敢えてオムニバス形式とせず、西洋料理のメニュー仕立てで調理して見せた。1st dish 軌道(黙劇1)2nd dish雅俗貧困譜1 3rd dish是名優哉1 4th dish雅俗貧困譜2 5th dish是名優哉2 6th dish雅俗貧困譜3 7th dish軌道2。以上の7皿である。この配合が良い。自分は、今迄様々な劇団やグループの演じた岸田作品を拝見して来たが、今作が、今迄観た中でベストの岸田解釈である。舞台美術や、衣裳、その配置、非常に洒落たセンスのものを、敢えて少しだけ崩す、極めてお洒落な感覚や、矩形の机に対して丸い木製椅子の渦巻き状の文様や、単行本の装丁に使われている龍を連想させる螺旋などの対比を大げさに捉えれば、ミメシスとマニエリスムの対比は直ぐに思い浮かぶ。BGMで流れる数々のシャンソンもフランス語が使われ、ヨーロッパ周遊をしていた岸田の個人的批評も盛られているように感じた。と同時に、日本と西洋の微妙な混交と化学変化を実に良く表現すると同時に大正初旬から、昭和初期迄の、即ち大日本帝国の中国、朝鮮半島支配への歩みが、様々な問題を引き起こして行った時代と、戦後の宰相として、最も愚かな安倍政権とのコレスポンダンスをも感じさせる作りである。岸田自身は、愚か極まるこれらの風潮に対して一種の浮力のようなもので身を処していたのではないかと、そのような空気を感じさせる、豊かなハーモニーの感じられる舞台であった。
1/2

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夢幻舞台

明治大学和泉校舎第二学生会館地下アトリエ(東京都)

2014/08/06 (水) ~ 2014/08/08 (金)公演終了

満足度★★★★

必見、演劇のDNA
 まだ、荒削りではあるものの、演劇とはどういうものか、をDNAレベルで知っている。そんな感想を持たせるポテンシャルの高い舞台。(更なる追記後送)

ネタバレBOX

 演劇とは、対立する項目の鬩ぎ合いなのである。まだまだ発展すると思うので今回は星4つ。だが、ポテンシャルの高さは、初心を忘れずに続けることができるなら、星5つだ。
解散

解散

江古田のガールズ

本多劇場(東京都)

2014/08/05 (火) ~ 2014/08/06 (水)公演終了

満足度★★★★

更に演劇的にするには?
 小劇場劇団が抱えている問題をステージ化した点を、先ずは、評価できる。

ネタバレBOX

 猿の王国の話を演じる劇団の裏方の話。具体的には制作の劇団運営話が中心になることによって、普段、観客の目からは隠れている、役者と制作、演出、プロデュースの関係を含めての舞台裏や公演続行か中止かという判断迄含めて、現在、この国で演劇に携わる小劇団の問題が噴出し、劇団の存廃が問われるという可也シリアスな内容だ。当然、役者個々人の演技論、演技の哲学や内実迄問われるし、バイトに追われ乍ら、本来自分が追い続けて来た夢が最早信じられなくなり掛けているという精神的苦境も語られる。その背景には、人生の多くの時間を自分の夢にでは無く生活にかけざるを得ない事情や、親・親族からの軋轢、恋人との将来設計迄、様々な問題が絡んでくるのであるが、これらのどん詰まり状況をこの劇団の持ち味と思われる一種の暖かさで解決してゆく。
 然し、芝居の作り、即ち、ドラマツルギーの観点からゆくと、二項対立が徹底しない為に、ドラマチックな展開には弱さが感じられたように思う。更に、観客を引き込む為には、矢張り、二項対立をハッキリさせて、エッジを利かせ、人情の機微によってよりは、ドラマの必然性として結末を導く法が効果的であろう、とは思う。
スノードロップ

スノードロップ

みどり人

パフォーミングギャラリー&カフェ『絵空箱』(東京都)

2014/08/01 (金) ~ 2014/08/06 (水)公演終了

満足度★★★

孤独を描くなら哲学を 寂しさ程度なら孤独ではない
 四つの話で完結する作品の第二話までなので、結末が分かるわけではないのだが、孤独レベルの話ではなく、とりあえずは、男女間の噺であった。申し訳ないが、孤独というのは、次元が異なる。まあ、ホームドラマレベルでは、なんとかお勧めなのかも知れないが、孤独という言葉を出してしまった以上、自分的には、お勧めはしない。評価は中間をとる。

ネタバレBOX

 男と女。これはヒトという生き物が始まって以来のテーマだろう。然し、他人の色恋など、他者にとってはどうでも良いもの・ことであることも事実だ。己が、一組のカップルのうちの一人と或いは双方と濃密な関係を持った時にだけ、それは、問題になるのが、現実の男女関係というものだろう。従って、男女関係の問題を演劇という方法を用いて観客に訴えたいならば、其処には、キチンとした戦略・戦術が無ければならない。観客を絡め取るだけの仕掛けがなければならないのである。今作は復讐をテーマとしているそうだ。復讐とか怨念という意味で、自分の頭に直ぐ浮かぶ日本の作品は、四代目鶴屋南北の「東海道四谷怪談」である。伊右衛門、お岩を中心とする物語だが、観客がこの作品に引き込まれるのは、中心主題が、復讐・怨念であるにしても観客にも大いに関係のある赤穂浪士外伝として、この物語が成立しているからである。江戸幕府が為政者として、自らの正当性を大衆に刷り込み続けて、安定した時代、その根本的イデオロギーへの異議申し立てとして、忠臣蔵は在る。その外伝として観客に作品を認識させている点、また、観客は、その普遍的意味を了解した点に於いて、この怨み・復讐は成立するのである。
 然るに、今作では、このような社会的因縁が一切ない。或るどうでも良い女の個人的嫉妬心が生み出した復讐劇に過ぎないのである。これでは、観客は白けるだけだ。だって、他人の恋愛など、自分が三角関係にならない限り、何の意味も持たないのは当然のことだからだ。そんな下らないことに付き合っていられる程、現代人は暇ではない。
祀(MATSURI)

祀(MATSURI)

劇団め組

吉祥寺シアター(東京都)

2014/08/01 (金) ~ 2014/08/03 (日)公演終了

満足度★★★★

吉祥天と福禄寿
 何れにせよ、吉祥寺の起こりとされる明暦の大火を幕府の仕業として描いた物語である。

ネタバレBOX

 リーフレットの説明に在る通り吉祥寺の縁起に関する物語だが、増え続ける江戸住民に手を焼いた幕府は材木商人とも結託して、江戸の町に火を放った。付け火は、死罪で購う重大犯罪であるが、権力者がそれを為す場合は、無論“お咎めなし”は万国共通の事実である。物語は、此処までの深読みはしていない。然し、我ら観客は、ここ迄は最低、推し測るべきである。
 ところで、今日は、このような視点からは、論じない。寧ろ、劇場のサイズや構造と演劇について論じたいのである。
 観客の達ばから、自分は、この吉祥寺シアターは好みである。何といっても、段差を充分とってある客席の何処に座っても、舞台が見やすい。前の観客の頭部などによる観切れが無い。音響や、照明の設備が充実している。サイズの大きさも手頃だし、前後左右の比率が適度で舞台に集中しやすい等々である。今回、演出を担当している演出家は、この辺りの事を良く弁え、実に効果的に、音響(吉祥天の吹く横笛の空気を切り裂く音によって観客に空間を感じさせる方法及びD.J.の作り出す横笛程の緊張感のない音響によって別の空間を醸成する技術)と舞台上の舞いで、劇の視覚的効果を高め、上手に自然に観客に見せてくれた。キャパ100前後の小劇場で観る芝居は、観客がその想像力によって参加できるような演出をすれば、必要充分だろうし、それ以上であれば、作品によっては、過重な演出になってしまう可能性がある。然し、中規模以上の劇場になれば、見せる芝居作りを心掛けなければなるまい。その意味で、舞いと音響を巧みに用い、森を動かしたりすることで摩訶不思議な神々のすまいを表現する等の工夫が凝らされていた他、衣裳、舞台美術なども過不足のない良いできであった。
 無論、この演出に出演した役者達がキチンと応えていた点も評価できる。

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