ハンダラの観てきた!クチコミ一覧

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マジョギター 〜焦がす火花と魔女の指〜

マジョギター 〜焦がす火花と魔女の指〜

バカバッドギター

上野ストアハウス(東京都)

2019/10/12 (土) ~ 2019/10/13 (日)公演終了

満足度★★★★

 一見馬鹿げた外観を提示し露悪的? (追記後送)華4つ☆

ネタバレBOX

にト書きを読み上げる等に関わる狂言回し風のキャラも登場するがこれでメタ化を図っているという感じはない。寧ろ、ケレンではないか? との思いの方が強い。これに対してキッチリ構成されているのが、魔女の国VS帝国の敵対関係と戦争することを、戦争遂行という名目で無駄に大量生産、大量破壊を繰り返すことで経済を回し、環境を破壊するという三つ巴関係のうち最後の環境破壊に目を瞑り、経済を回すことだけに特化して恰もゲームのように恒常的な殺し合いをし続ける軍産複合国家同士の二項対立をドラゴンという鋼も炎も跳ね返す鱗を持ち知的レベルも非常に高い、生物界の王者と戦わせることによって互いの殺し合いを止めさせようと図るのは、今作のヒロインQuatre。-以下はちょっと専門的な話も入るので飛ばして頂いても構わない。この名が仏語から採られているとすると4という意味だから、直ぐ思い浮かぶのがギリシャ等で唱えられた4元素{(土、水、気、火)であり、現代で言えば素粒子物理学レベルをも前提とする宇宙物理全般に関わる物理学最前線の知である。}無論魔女は魔女狩りが行われた時代にあっては、超自然な力を持つとされ、悪魔と関わりを持ち、超自然を操ることにより現世に禍を齎すとして断罪され火炙りの刑に処されたことは日本でも知られている。そして、猫が魔女に使役されたとして魔物として扱われ、たくさんの猫が虐殺された事実も猫に飼われる身の自分にとっては余りに悲痛な事実である。自分は手元に大した資料は持っていないのが残念であるが、興味のある方はモンテーニュの「エセー」に“びっこについて”という章があるからホントに16世紀フランス語が読めるなら原文で、ジャン・ボダンの“魔女の悪魔憑き”と比較しながら読むことがベストである。自分の仏語力は其処までラテン系知識が無いので孫引きであるが、モンテーニュの主張は魔女とされた者達が実は精神を病んだ者達であることと彼女らの側にモンテーニュは立つということの表明と彼の論理的根拠及び覚悟を背にせぬならばその論理を守れぬが故の覚悟を示唆していることが着目すべき点であると自分は信じる。一方ボダンは事実を事実として評価せず、当時絶対的と評価されていた所(例えばキリスト教的価値観)から始め、その内側で総ての彼の論理を打ち立てる事によりイタリアのマキャベリ、イギリスのホッブスと並び称される政治学者・インテリ・権威であった。-
Sound Of Scenes

Sound Of Scenes

企画室磁場

北千住BUoY(東京都)

2019/10/11 (金) ~ 2019/10/14 (月)上演中

満足度★★★★

 高校を卒業後、地方から東京へ出てきた男が不動産会社に勤め、(華4つ☆)

ネタバレBOX

ドンドン素朴な価値観を失って金を神と崇める亡者に成り果てるのと軌を一にしたのと反比例するかのように彼の視力は衰え、遂には失明するに至るが、その失明前と後を描いた作品。登場する役者は1人であるが、友達との会話や彼女とのやりとり、外の雑音などが様々な位置に置かれたスピーカーから流れてくるので実際に多くの役者が共演しているような錯覚に捉えられる。(それほど音響オペも上手い)実に珍しい演出手法でこの技術力と発想の面白さには感心したが、更なる高みを目指すならば、方法的制覇のみならず、哲学的、人間的な深みも追及して欲しい。無論、今作でやや暗めの照明の中で演じられる今作の内容が健全な視力を持つ者とそれを失った者の対比としても描かれている中で、視覚と聴覚の対比をも狙っていることは、無論である。そういう基本的な部分をしっかり構成している点でも整合性を感じるが、清水に魚は棲まず、ということもある。
 膨大な科白をキチンとこなし、実に当事者にとって大きな変化を、そして時には他者が捉え難い当事者の心象を演じた神保良介さんという役者の演技も気に入った。
私家版 孤島の鬼

私家版 孤島の鬼

K'srutan produce

新中野ワニズホール ( Waniz Hall )(東京都)

2019/10/09 (水) ~ 2019/10/13 (日)公演終了

満足度★★★

 原作は江戸川 乱歩、脚本は柳井氏と豪華な顔ぶれだし役者陣の演技も悪く無い。(少し追記10月14日:0:08更に少しだけ追記)

ネタバレBOX

 然しイマイチしっくり来ないのは、父親の妄想が、いくら孤島という設定でその地の名家を乗っ取った権力者という表層レベルでの為政者という設定ではあっても矢張りリアリティーが薄く合点は行かないと感じたからである。著作権が切れているのか否か調べていないので、変更できない部分があるという事かも知れないが、ゴシックロマン調の作品の常とはいえ、ホントに不気味を出すのなら「なにもおこらない」という今の日本の為政者共の大嘘と隠蔽、プロパガンダの途方もない悪辣を通底音として響かせるような仕掛けが欲しい。そういう事実との断絶の恐ろしさを示すのであれば、その断絶そのものを何らかの工夫で示唆して欲しかった。同じ乱歩の作品「芋虫」の一節をどこかで対比させるとか。これも著作権が許せばであるが。何も起こらない、フリをしている件を少し足しておこう。関電の不祥事も税絡みでの摘発が無ければ返済もしなかったのであろう。それは、第三者機関が検証した訳でもないし返済時期を見れば誰しも疑う点である。以下に記すのは台風19号が何故こんなに勢力を保ち続けることができるのかについてだ。専門家も指摘するように海水温の上昇が大きな原因とみてよいのだろう。では何故こんなに海水温が上がってしまったのか? 1つには原発の冷却水問題があるのではないか? 100万キロワット級原発1基が稼働すると冷却水として用いられる海水や河川の水70tが1秒に7℃温度を上げる。1秒に70tという水量がどれほどかというと、通常の河川の流れる状態で多摩川と荒川の流量を合わせた程の量だ。こんな勢いで水を温めればどういう結果を齎すか? 如何に想像力の乏しい政治屋共にも分かっているハズ、分かっているからこそ、何も起っていない振りをし続けているのではないか? どう思う? こういうぞっとする話を背景に流すとか、現在MMTなんて茶番で茶を濁している奥の奥の話をそれとなく背景化すれば迫力が増すようには思う。
 それとも、島嶼部という場所、この時代設定で情報過疎社会を通して以上のことを流しても観客は、その意味する所を想像できないほどイマジネーションが欠如しているのであろうか? だとすれば、この先彼らが体験する現実は95%までミエミエだな。
リリスの憂鬱

リリスの憂鬱

有機事務所 / 劇団有機座

阿佐ヶ谷アートスペース・プロット(東京都)

2019/10/11 (金) ~ 2019/10/13 (日)公演終了

満足度★★★★★

 秀作である。べシミル!!(少し追記2019.10.12)

ネタバレBOX

 旧約聖書の楽園追放を描いた絵には、1匹の蛇が描かれており、悪魔の化身だという話が人口に膾炙しているし、イブが知恵の実を食べたのは「悪魔」に唆されたのが原因とされ、為にヒトは善悪を知り楽園を追われたことになっているが、旧約の別の部分には神が己が姿に似せてヒトを創った時、男と女を創った(旧約聖書創世記6日目)とされており、アダムの最初の妻はこの時創られた女であったと考えられる。一方、イブはアダムの肋骨から創られたと言われ楽園で追放されたのはアダムとイブであった。ところで、楽園追放の絵に描かれた蛇が実は蛇に姿を変えられたリリスであった、という解釈が今作の最も大切な点だ。この辺りの事情の細目は無論、作品上で述べられ、聖書がヘブライ語からラテン語に翻訳された時の翻訳ミスが原因でカソリックでは、リリスが悪魔視されたとするが、今作の解釈では、リリスは自立心に富む女性で性行為の際、女性は男性の下の位置に体を横たえるべきだとされていたことに反発した為、蛇に姿を変えられ、悪魔と看做されもしたというのだ。(閑話休題 日本神話には、これと似た話がある。言うまでもない。伊耶那岐と伊耶那美との間に生まれた最初の子・蛭子にまつわる話で「古事記」に収められた有名な話だから誰でも知っていよう。一応内容を記しておくと、子作りの際に女神である伊耶那美から先に男神の伊耶那岐に声をかけタブーを破ったのが原因で不具の子・蛭子が生まれた為、眼も鼻も口も耳も無い蛭子は、葦の舟に乗せられ流されてしまい、神々は儀式をやり直したという話だ。)
 話を元に戻そう。リリスは自立心の強い女性であったという点から彼女は現代の何処かに実在し得る男女同権論者として現在も脈々と生き続けているキャラとして描かれている。一応、話はチトー亡き後大混乱に陥り内戦迄経験したユーゴ辺りを彷彿とさせ、極めて現代的な緊張感ある社会で生活するブルジョア家庭を舞台に展開する。(この辺りの設定も実際の紛争中にバイオリンを弾き映画にもなった作品があるので、増々身近に感じられる作品でもある。)
 無論、現在の日本の社会状況が、戦前のそれにそっくりだと、多くの知識人、お年寄りが表現する通り、現代日本の社会表層のみならず、産業構造、産業体制、そして高度経済成長を支えてきた製造業の空洞化があり、金融破綻があることも見逃していないのは、貨幣についての言及があることからも明らかである。これはグローバル経済の根幹にある大問題、貨幣とは何か? に通じ、信用創造をどう解釈するかにも通じるばかりではなく、資本主義の長期停滞傾向から、欧州では既にスペイン、イタリア等の国内で現実化している協同組合による企業経営(全企業の1割程度)や社会性を持つ産業の起業を援助する金融システム構築の試み等、MMTのような一時凌ぎの非本質的な理屈では無い議論が巻き起こっていることも考慮するなら、極めて本質的な問い掛けが為されていると言っても良いであろう。この辺りの情報については近い内に更に詳しい情報が某所からリーフレットになるから、追って追記する。
 ところで、今作にも登場するパルチザンの内部分裂に関する自分の意見を述べておく。普通の人が自己規定をし、其処から論理を発展させてゆく場合、先ず殆どの人は、己の規定した論理の基底に戻って再検証を繰り返すという作業をしない。その結果、あるオーダーを規定の物としてしまうことでその論理は尖鋭化以外の道を失ってしまう。論理の性質とは、そのようなもので他の道は無い。だからこそ、対論・討論が大切なのだが多くの人はその点を見失い、尖鋭化すればするほど、最初はほんの1mmの差に過ぎなかったものが無限の差になって現れ、遂には力にものを言わせて決着を付ける他無くなるのである。(特に日本は、議論や討論をすること自体が和を乱すとされて敬遠されるから、煮詰まった後は基本的に力による対立しかなくなる。これには無論集団差別である村八分的なもの総てが含まれる)この点に気付いて議論や討論の方向に舵を切ることができるか否か、ここが、分かれ目・分水嶺である。これができない者は、結局愚かの誹りを免れまいが、では、例えば今作のような具体的な事件に巻き込まれた人物の心情は、これで収まるのか? という実に難しい問題が矢張りいつでも鎌首を擡げてくる所に、単に愚か者と呼ぶことを躊躇させる心の問題があるのだ。今作は、そのような極めて実存的な問題をも提起している。
 おっと、書き忘れる所であったが、リリスが憂鬱を抱えるのが、この男の闘争の論理であることは言を俟たない。彼女は、何とか争いの無い世界を実現したいのだ。そしてその為には、皆が互いを尊重し合い、対立が在る場合には、議論を尽くして妥協点を見出す知恵を実践する他やはり無いのだ、ということをも表しているのは、今作のタイトルからも明らかである。
ホテル・ミラクル7

ホテル・ミラクル7

feblaboプロデュース

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2019/10/04 (金) ~ 2019/10/14 (月)上演中

満足度★★★★★

 第七の罪は“色欲”ぞな! 総じて役者陣の演技がグー。小道具の数々もラブホらしい雰囲気をさりげなく・過不足なく醸し出している。

ネタバレBOX

 例によって「ホンバンの前に」が入るが、今回は7回目、池田さんの脚本らしくこなれていながら意表を突き、センスの良さが光る。さて、今回の執筆陣は4名敬称略、上演順に「Pの終活」byハセガワアユム 「光に集まった虫たち」by本橋龍 「48 MASTER KAZUYA」by目崎剛 「よるをこめて」by笠浦静花
「Pの終活」:
 3Pの話。中年男・黒田は既婚ではあるが孤独を抱えている。妻はもう一つの孤立と言う訳だ。彼は恐らくその優しさ故に、孤独の齎す懊悩に耐えきれず、既に疲れ果てているにも関わらず流浪し、世界屈指の大都会の不夜城とも言われる風俗界を漂っているのだ。ちょっとセンチな言い方をすれば彷徨(即ち生きながらの死)を生きている。
一方、世界は風俗界と雖も活気に満ちているから、彼のような生きながらの死を生きる者には必敗の個人史しか刻まれない。掛かるが故に彼の人生は本質的に受け身であり、それは自ら流されゆく憂き身をマゾヒズムの更新に当てる他無いので、取り敢えず金にあかして3Pというスタイルを選び、ユキを指名し続けた。ユキは中々美しいが、バツイチ、子持ちである。初期の目的貫徹の為、黒田はアシスタントに奨学金返済の為この世界に足を突っ込んだ理樹を呼んでいるのであるが、黒田の懊悩は、この3人の関係を徐々に変えて行き、遂には彼自身自死を図るに至る、だが。

「光に集まった虫たち」
 既婚の中年女とそのツバメ。ラブホにしけこんだが、虫嫌いの彼女の前にホトケノウマが現れ、コガネムシが現れ、玉虫が現れと次々に奇怪なことが出来する。而も深夜のラブホに正体不明の老女が出現、それまで宇宙の話等もしていたカップルの前に突然現れたこの老女は己の生まれた時の記憶を思い出し情景を語るが、宇宙人? 将又虫の精!? 夢のような時間の中で老女は蜘蛛に変身し、地上に出たら1週間程しか生きられない蝉となった中年女を巣に絡め取って今襲おうとしている。♀は子を産みたい。然し蜘蛛の毒牙が目前だ。

「48 MASTER KAZUYA」
 珍しく勧善懲悪物。衣装は「ドラゴンボール」に登場する悟空のものと似ている気がするが。自分はもう漫画を読まなくなって長いので詳しいことは分からない。何れにせよ、4話の中で最もコミカルな作品である。というのもKAZUYAなる若者は四十八手の奥義を極め、向かう所敵なしの性豪としてその名を馳せていたのだが、男性にレイプされたトラウマから一切の性技に反応しなくなった女性グループに快楽を取り戻させる過程で幹部の一人に完敗を喫してしまった。死に損なう程のダメージを負った彼の下へ師匠が現れ、初心を思い出させる。激烈な死闘の果てに漸くKAZUYAは雪辱を果たしたが。その根底にあったのは、好きになった相手のことを心底知りたいと願う心であった。幹部のうち1人は救ったものの、未だ組織には未知の強者が何人いるか分からない。KAZUYAの愛の喜びを回復させる戦いは続く。

「よるをこめて」
 四作の中で最も大人びた内容の作品。一見すると、無論男女の関係を実に抜き差しならぬ正解等何処にも無いような形で提起した秀作だが、その有様を今作は、自我と本能のぶつかり合いに悩む互いに惹かれ合い、互いにこれ以上合うカップルは将来も現れないであろうと思うからこそ、妥協できない点が出てくることが自己自身の内的整合性を保つ上で許せないのだが、現実には同時に、互いの相手への思いやりもあって引き裂かれアンヴィヴァレンツな己を自覚するが故に答えの無い問いを繰り返す徒労感とインポテンツに増々出口の無さを自覚せざるを得ないが、自我の葛藤を創出する以上のような要素の複雑な絡み合いの中に抗い様も無く湧く本能と世間体やら習慣、常識という思い込みも作用して解決不能に陥り悩んでいる。ここに、金さえ払えば依頼者の秘密はキチンと守り、具体的解決策を齎すと評判の社の後輩が呼ばれ、二人の問題解決の為に第三者として関与しアプローチもするという話だ。
 ところで今作が現代日本社会の縮図とも解釈できる点についてだが、他人の悩みや弱み、必要や不幸に付け込んで、ちょっと知恵や頭を使うことで殆ど労せず、最大限の利益を確保するというのが、資本主義社会に於ける「正しい」生き方であるから、カップルより若い資本主義イデオロギーの申し子たる後輩はこの鉄則に従って行動し、まんまとかなりの額の現金を僅かな時間で稼ぐのだ。が、この有様が、当しく現代日本の経済構造そのものである所に作家の並々ならぬ才能を見る。無論、後輩が金を得た後、ラブホに来る前に呑んでいた店で散財し「“宵越しの金は持たねえ”主義なので」と嘯くことで、要領の良いこの後輩もチンピラの貧乏人に過ぎないことが表されている。何故なら宵越しの云々は江戸の貧乏長屋の住人が虚勢を張って言ったフレーズであることは、誰しもの知る所だから、ちょっと頭が回るようにみえても所詮、後輩もチンピラなのである。大人の苦い、苦い作品である所がグー。
糸瓜咲け

糸瓜咲け

URAZARU

上野ストアハウス(東京都)

2019/10/02 (水) ~ 2019/10/08 (火)公演終了

満足度★★★★★

 板上下手手前に糸瓜棚奥の出捌けから客席方向へ延びる通路を挟み和室をL字形に囲む濡れ縁、正面には沓脱石、和室下手奥のコーナーに小机、一輪挿しを活けるような小さな花瓶も置かれているのは、花を愛でた子規の心根を表しているかのようだ。和室奥の桟を通して出入り口が覗く。客人、友人等は主にここから入ってくる。和室とこの玄関の間に廊下、この上手にも出捌け、妹・律や母・八重はこちらから出てくるから奥は台所と考えられる。上手側面壁に戸があり、原稿用紙・執筆原稿等に関連した物が入っている。この舞台美術も実に丁寧に作られ、無論無駄は一切ない。(華5つ☆ スタンディングオベーション! 追記2019.10.8)

ネタバレBOX

 オープニング早々、闇鍋を囲み、闇から生まれた宇宙談義を始めとする、恰も現代になって漸く存在が予測されるようになったダークマターを予見するかのように深く本質的な、而も人類史に冠たるギリシャ・ローマ時代の哲学、科学知を前提とし、更に地元の食べ物という日々我らの命を養う食物に着地する人間活動そのものの神髄を話題に始まる所、天才の臨む限りない碧空にかっ飛ばされた白球の吸い込まれる様は、当に天才たちが集う子規の部屋(=宇宙)に相応しい。序盤で鷲掴みされた子規の特徴をど真ん中の直球で決める手際も見事である。更に幸田露伴に初の小説作品を送り評価を願った件に絡んで後の夏目漱石から評され、小説を断念する下りに実によく詩人と散文家としての小説家の本質的差異が描かれている。ここでは子規の天才詩人としての特性である本質を直感し掴み取る卓越した能力と漱石の知的・論理的で精密な散文家としての天才が対比されており、背筋がゾクゾクするような素晴らしいシーンである。このシーン以外にも序盤には、オッペケペ節を皆で歌い踊るシーンがあるが、この時代自由民権運動の時代でもあったハズでこのオッペケペで現れた体制批判には、無論ルソーの「社会契約論」の中の民主主義思想があったハズだ。勘違いしてはいけない。社会契約論に書かれた民主主義の目指したものは、間接民主主義などという茶番ではない。即ちかつて竹内芳郎が「社会契約論」第3部15章を引いて指摘した通り“人民主権の集中する立法権にあっては、人民は決して代表されない、人民は代表者を持つや否や、最早自由ではなくなる。最早人民は存在しなくなるのだ!”とのルソーの叫び通りのことを基礎にしている。一方、これを馬鹿騒ぎと捉えた妹・律は知能が低いのではない。真逆である。生活者として人間生活全般を仕切り設計してゆく謂わばSE(System Engineer)としての女性の位置と賢さが対置されていると見るべきである。或る意味、男は何時まで経っても子供で生活という地道で苦労の多い而もちまちましているように見える世界に対応するように育てられない。そんな事情もあって生活には疎いのである。際立った女性の賢さが端的に表されたシーンがもう1箇所ある。病床の子規を漱石が見舞うシーンだったと思うが、母・八重が律を促して席を外す的確さは、流石に天才の母と妹の賢さを印象ずけるに充分である。
 また臨終の際、あのような苦しみに耐えた子規が糸瓜の葉の揺れから、他の誰もが指摘できなかった露が一滴垂れたという微小を指摘して息絶える今作の美しさ、写生句を提唱し完成した子規の偉業と、花を愛でる細やかなふるえる神経の蒙り・耐えた痛みの痛切と深みを捉え・定着した天才の宇宙を描き切って見事である。
9.807

9.807

ぺぺぺの会

SCOOL(東京都)

2019/10/04 (金) ~ 2019/10/13 (日)公演終了

満足度★★★★

 打ちっぱなしの床の表面は黒っぽい。長方形の空間だが、壁は白、板中央辺りに、簡易テーブル一応クロスが掛かっておりテーブル中央には水槽、中にはトマト等が入っており、エアが送られて居る為、中でプランクトンのように浮遊している。水槽の周囲には花。(追記後送 華4つ☆)

ネタバレBOX

客席は各長辺に沿った1列ずつ、短辺の一方には丸椅子が8脚、出演者は全員黒い衣装を着て、演じる時以外には、この場所に座っている。作・演、役者陣総てが若い人達のグループなので、脚本はちょっと詩的な言語表現になっており、体内にエネルギーを溜めて、表現する際にも可也圧を掛けて内圧を高め、その有様を観客に感じさせるような演技なので役者陣は相当大変な負荷を負うが、それが現代日本を生きる若者の体験している深い社会矛盾からの圧に対抗し必死に悩み、耐えているように感じられて、今のような日本を結果的に赦してしまった自分達先達としては申し訳ないようにも思うが、若者は今後自分達の力で何とか生きる道を掴んでゆかなければならないから、サジェッションだけは後程することにしよう。
瘋癲老人日記

瘋癲老人日記

劇団印象-indian elephant-

小劇場B1(東京都)

2019/10/02 (水) ~ 2019/10/06 (日)公演終了

満足度★★★★★

 男と女の間にある深い暗渠を乗り越えようとする果敢な挑戦が、一老人によって為されるお話、と解釈すると極めて味のある作品として楽しむことができよう。老人を演じた弐吉さんの演技、力演である。

ネタバレBOX

 無論、谷崎潤一郎原作の著名本が原作である。颯子と一老人との最早不能であるが故の性談義。不能であるが故にアブノーマルであり、それ故本来肉欲でしか無い筈のモノ・コトがメタ性を帯び、好事家からはマゾヒズムという色眼鏡を掛けて眺められる作品になってくるのだろう。然し、寧ろここに描かれているのは、男というもの、と女という存在の本質的な差異ではなかろうか? それは個々の身体性のみならずジェンダーとしてのそれである。肉体や肉欲は寧ろ従で本質は、男というものが、女性の玩具に過ぎない、という生の実質なのではないだろうか? 有体に言ってしまえば、男は幾つになっても甘えん坊で極楽蜻蛉、男の側からみれば、これぞ大往生の奥義。「梁塵秘抄」の編まれた昔から「遊びをせむとや生まれけむ」である。
更に興味深いのは、老人の妻たる婆さんには名が無く、母性として顕現することが多く、別様の現れでは当に伴侶の名に相応しい長い人生の道ずれ、仲間として現前するのに引き替え、颯子は幾人もの女優によって演じられ、その年齢や男女関係の千変万化によって如何にも目まぐるしい謎として顕現するかのような幻よろしき変容ぶりとによって対比され、女性が男にとって如何様に見られるかをも示して面白い。更に寄る年波に幾度も倒れ、時には生死の境を彷徨いながらも甦り、遂には己の入る墓の手配に颯子を伴って京都を漫遊する際にも哲学の小道脇の法然院を墓所と決め、極めつけは颯子の姿を菩薩像に刻み、墓石として自らの骨を永遠に踏ませ、骨の軋み、傷み、呻きを以て歌にし、これまた己亡き後も、颯子の踏みつける石像の足を通して彼女の精神に何らかの思い出を喚起しようと、できるハズだと望む下りなど妄想というには余りに生々しい葛藤であり、死して尚甘えていたいという男という存在の極楽蜻蛉ぶりを仮借無いまでに描いている。無論、この念は、朱墨を摺り颯子の足型をとり、それで仏足を刻んで自らの骨の上に置くという発想とも同置されていることは今更指摘する必要もあるまい。
 老人を演じた近童 弐吉さんが、単に人生の上澄みに終わらぬ老いを演じていい味を出している。
なにもおきない

なにもおきない

燐光群

梅ヶ丘BOX(東京都)

2019/10/02 (水) ~ 2019/10/16 (水)上演中

満足度★★★★★

 フォーディズムが機能しなくなって長い時が経ち既に人々の生活は殆ど余裕を失ってしまったのに、(ベシ観る)

ネタバレBOX

日本の多くの人々が自分の置かれた隷属状態の原因すら認識しては居ないように見える。(タイトルの「なにもおきない」がひらかなのみなのは、無論、自公やマス塵が我らの生活の隅々まで例えばオリンピックだとか、スポーツだとか、ほんわりアットホームとかをイメージさせるだけの情報で溢れ返らせることで我らを洗脳するプロパガンダへの揶揄であろう)今作はオムニバス形式を採っているのでたくさんの挿話が演じられるのだが、その共通項は庶民の置かれた奴隷の姿である。
 板上には上手から下手際迄の坂が作られているのみで、他の舞台装置は何一つ無い。然しながら、この下り坂人生を象徴するような舞台美術が提起するものは、永遠の庶民生活の下降である。或る時は、どこにでもある家の主人がDIYに自宅の倉庫の地下を掘り進み失踪する話、その話と被るように“失踪さん”と仇名される男と邂逅するが、邂逅場所はパラレルワールドかも知れないという話、ある時は、先の大戦時、信州某所に大本営を移す計画に従って掘られた地下施設、沖縄のガマを想起させる迷路のような地下施設(ここでは多くの中国人、朝鮮族らが日本軍の命ずる無謀で危険極まる坑道掘削作業の為落命している。ガマについては知っていて当然だから書かないが、知らないヤマトンチューは恥を知るべきである。無論、シェルターとして作られた話や無縁仏処理用の秘密施設、炭鉱、社会の害悪の捨て場等々)多くの挿話が演じられる。
 唸らせるのは、オープニングのシーンだ。こんなに狭い空間で、こんなにハッさせられ、いきなり劇空間に引きずり込まれる経験をするとは考えもしなかった。内容は観てのお楽しみだが、流石に燐光群、坂手氏の作・演と感心することしきりであった。
 ところで、今作で描かれる世界に通底する事象を自分はピケティーが呈示した社会・経済モデルに近いと解釈した。上記のように民衆は、訳も分からぬ奴隷状態であり、フォーディズムが機能していない経済モデルである。即ち資本主義の長期停滞モデルと言っても良い。そんな長期停滞が何故出来したか? 無論、資本主義の生産システムそのものがほぼ限界に達してしまったからだ。以前、コリッチの別の所(https://stage.corich.jp/stage/100850/done)で書いた通り、資本が収益を上げる為には最早労賃を抑える他ないのである。企業収益はそこから上げ、資本家・富裕層は利息や投資で儲ける一方、雇われることでしか就業できない庶民は、労賃の低下で増々その生活の質を劣化させる他にない。訳も分からずに! 従って必然的に自分の力で立ち上がる力もなければ、立ち上がる為のノウハウも紡ぎ出すことができない。永遠という表現を用いたのは、そのような一方通行しか現行の状況には無いことがハッキリしているからである。無論、脱出することはできる。但し脱出する為には個々人が本質を摘出し、己の頭を用いで本質から演繹・帰納したり、日々生活の中から正確な情報を取り出し、分析し、統合し判断すると同時に、他の人々と自由に討議してコモンセンスを磨きあげなければならない。例えば、現行の選挙システムを小選挙区制から大選挙区制に改める。その上で党や人に投票するのではなく、議員候補に政策を出させ、できれば政策実現のロードマップ提出を義務付けた上で政策に対して投票行動をとる。また、現在は法で禁じられている直接民主制を導入する。司法の見直しも必要である等。マス塵対策やBDSも必要だろう。マスゴミ叩きには、ピープルパワーTV等の配信番組は大いに参考になる。以下ちょっとURLを上げておく。https://www.youtube.com/watch?v=4CpF_pj1MZI 他にも興味深い放送https://www.youtube.com/watch?v=gssezF1qY2Qなど
『GUNMAN JILL 』&『GUNMAN JILL 2』

『GUNMAN JILL 』&『GUNMAN JILL 2』

チームまん○(まんまる)

萬劇場(東京都)

2019/10/03 (木) ~ 2019/10/20 (日)上演中

満足度★★★★★

  劇団初の公開ゲネを拝見。(華5つ☆)
 単に面白いのみならず伝説の兵士を作り上げる薬などはその効用をみるとシャブによく似ている。シャブ程後遺症は無さそうだが、世相批評もチクリ、更には、Mの哲学を通して中々深い哲学談義が展開されるなど深く温かく苦味も効いた作品であると同時に役者陣の演技や演出の良さ、舞台美術もしっかり作り込まれてグー。(ここから先、観劇を更に愉しみたい方は終演後に読むことをお勧めする)

ネタバレBOX


 役者陣の奮闘も良い。脚本の持つ深みや格好良さをジル役の浜野さんが見事に演じ、ライバルクリトス役を土屋さんがダンディズムが崩れてゆくような感じで好演している他、町の英雄、バーのマスターを演じた金子さんの格闘シーンもグー。軍事科学者の発明品は銃器の発達を見るようで興味深いし、シャブの様な効果を持つ薬を発明しそれを実戦で使用した歴史が語られることなど、また様々な科学的説明などもネグッたり、デフォルメしたり、或いは話の次元を変えたりして簡略化し分かり易くイメージで追い易いように工夫しているものの、根本的にしっかりした認識の下に書かれているし、何より科学者という人種が持つ特異性、発明・発見の喜びの為なら何でもやってしまう好奇心と探究心の持つ長所・短所どちらの可能性も示している点、全体としてみると、発明された技術は、人々の考え方や利害関係によって用いられ良い事も悪い事も生むが、技術それ自体は実は無色であることまで深読みできる。また町の裏ボス、ゴールドマン・ボールと襲撃犯のリーダー、ペネロペが実はツルンデいたり、更に念の入ったことに市長の執事、アナベラの御守役のスカリーも実はボールの手の内の者なのだ。而も本当の悪人ではないクリトスを従わせることが出来るのは、育ての親だからだったりと個々のキャラの今の人生の背景をさらりと披瀝して見せている点にも脚本の上手さが出ている。他にカメラマン役の横瀬さんの身軽な身体表現がグー。無論、様々なシモネタは、役名や、他の単語との組み合わせ方、ストーリー展開の中での銃と如意棒(想像したまえ、作中ではこの用い方はしていないが)の比較表現等々で存分に楽しむことができるのは無論のこと。而も今回は10周年特別企画ということもあるのだろう。舞台美術、小道具に至る迄凝っているから、これらを見るのも楽しいし、ヒロイン役のアナベラを演じる横山さんのウェディングドレス姿も愛くるしい。
Court Gort(コートゴート)

Court Gort(コートゴート)

PLAYunitむめむめ

アトリエファンファーレ東池袋(東京都)

2019/10/02 (水) ~ 2019/10/14 (月)上演中

満足度★★★★★

 模擬裁判という形を採った推理劇でもある。

ネタバレBOX

途中、無駄と感じるチャラケも入るが、基本的に良く書けた脚本であり、模擬裁判中の座席配置も内容に沿った合理的で見易い配置である。人間というモノの様々な局面が描かれ、作品は巧みにメタ化されていると同時に、重層化され、単なる知的推理劇に終わらない点もグー。ところで、ヒトが他人を裁くという行為が裁判に代表されるなら、正義という概念を今作が扱うように裁判員個々が考えねばならない状況下に於いてはかなり真面目に考えておく必要があろう。作品の具体的詳細については推理要素が多いので観てもらうことにして、我々の日常生活の中にある異常と思える事柄を先ずは観ておきたい。
 悲惨な事件が絶えない。その背景にあるのは何だろう? と小学生のような疑問を敢えてぶつけてみる必要がありそうだ。だって立派とか社会的地位が高いとか言われている連中が実は下司ばかりという事例が後を絶たず、而もこういう下司共に限って罪を負わない。加計学園ってのがあったが、面白い番組をネット上で見ることができる。https://www.youtube.com/watch?v=PO2RSP3Gr6M 他にも面白いのが一杯あるのが、ここにゃのだ。https://www.youtube.com/watch?v=wp1dKRsrUoM。正義とは何であり、我々はどんな社会を生きているのか? 自問し続ける必要がある。裁判でも日本は上級裁判所になればなるほど、正義とはかけ離れた判断に傾く傾向にあるように見えるのは、自分の眼がおかしいからなのだろうか? とこれも矢張り自問し続ける必要があろう。東電の最高幹部だった3人に対するつい先日の無罪判決は何だ! 明らかな人災に対し何をやっているのか? 田中耕太郎の統治行為論が大手を振って日本の主権が侵害され続けていることをどう見る? 吉田茂の日米行政協定(現地位協定)締結をどう見る? 彼は国賊ではないのか? 現在安倍晋三のやっていることも当に国賊行為以外の何かで在り得るのか? 指揮権密約を見ればそれは明らかではないのか? 北の発射したミサイルを多弾頭と解析できなかったことは、絶対に迎撃できないことの証拠である。唯でさえ攻撃されたらひとたまりもない日本の安全保障を危険に晒し続ける経済界・国内政界に対し民衆は何をしているのか? 等々枚挙に暇が無い。これが現実であり、MMT等が主張する経済政策も所詮、茶番。小手先の誤魔化しで現状維持そのものである。寧ろ現在日本の経済をリードしているモデルは、竹中平蔵路線の実践である。即ち長期停滞傾向を抜け出すことができない現代資本主義の停滞傾向が、フォーディズムを既に食い尽くした所から始まり、資本は互いの持つパイの争奪戦に入って長い。即ち全体の潮流はゼロサム社会であるから、富を占有する者は増々寡占体制を強めることによって富を蓄積し、その豊富な富を原資に利息で増々貧富の差を拡大しつつある。結果、残る大多数の貧者は、生きるにカスカスの生活を強いられることで、最早抗う力さえ削がれているのが現実だ。(ピケティーの指摘した通りである)このような貧困の中で幼児虐待等が頻発しているとしたら? 悪者は誰だ!? このように問うことはおかしいか? 犯罪はいけないことだろう。然し犯罪の温床たる貧困を放置するどころか積極的に拡大している現在の政治・経済はこれで良い、と言えるのだろうか? 消費税値上げは、このような生活破壊(=生命の破壊)に抗う力を削ぐ為であることは明白! 今こそ知恵を絞り、生産システムそのものの変革を実現し貨幣の本質を変えるべき時である。
人口密度

人口密度

シアターX(カイ)

シアターX(カイ)(東京都)

2019/09/27 (金) ~ 2019/09/29 (日)公演終了

満足度★★★★

 放射能(正確には放射性核種だが人口に膾炙した表現を用いている)による被害というものは、我々人間の持つ五感では一切感じることができない。例えそれが死に至る被ばくであってもだ! 五感で感じることができない事象を表現するといこと自体に難しさがあるのは無論のことで、ポーランドでは既に40公演をうっているという今作だが、海外公演は今回が初だ。構成・演出を担当しているポピオレク氏は29歳という若手である。元になった書物はノーベル文学賞を受賞したアレクシェーヴィッチさんの「チェルノブイリの祈り」。(追記後送委)

蛍咲く杜で刻まれぬ時を

蛍咲く杜で刻まれぬ時を

法政大学Ⅰ部演劇研究会

法政大学(市ヶ谷キャンパス)(東京都)

2019/09/28 (土) ~ 2019/10/01 (火)公演終了

満足度★★★★★

 もっと早くから観るんだった!(華5つ☆)必見作品であった!!

ネタバレBOX

 ヒトと同じ姿だが、幻術を用いることのできる蛍達は謂わば忍びの社会に於ける下忍のように、闇に乗じて依頼された殺人、暗殺などに携わっていた。無論、忍びの里が隠れ里に在ったように彼らの住処も人里離れた場所にあった。彼らが通常用いる武器はクナイである。刀を用いる者が無い訳ではないが、少数派だ。
 物語りは、ヒトと蛍の、そして蛍の心臓とヒトの死体を基にヒトに創られた人造人間と蛍との、或いは蛍相互の恋を軸に描かれる。ただ主要な登場人物や蛍の面々が抱える宿痾のような宿命からは誰一人逃れることが出来ず、その宿命に、命と念が引き裂かれ、鬩ぎ合い、縺れ、悲痛な哀切の奔流となって観客の胸を抉る。途中10分の休憩を挟んで約3時間の大作だが、一瞬たりとも緩みが無い。脚本は本質的で深く、而もドラマツルギーに満ち、象徴的に用いられる色彩のイマージュや個々の物(桜の古木、桃色、心臓と血、死と生と恋、永遠と瞬間、生の温かみと暖色、更に少し異色だが極めて気懸りな憧れへの強く直向きな傾斜等。これらの形象の相互連関とこれらのイマージュ総体が表す全体としての共通イマージュへの誘い等も見事である)同時に作家は、これらのイマージュと物語の過不足のない連携も成就させている。
 役者陣の演技、殺陣、演出、照明、音響効果も良い。殺陣の多い舞台なので、舞台美術はシンプルだが、出捌け口も多く而も平台を重ねた正面奥が障子になっているので、ヒロイン・彩の哀しい宿命としての座敷牢的空間を際立たせたり、二幕ではどんな願いも叶えてはくれるが、大きな犠牲も要求する桜の古木をあしらうなど物語内容と美術効果が実に上手くマッチしている。このマッチングの良さは音響・照明にも各効果相互の的確な連携にも見事な照応をみせた。見事である。
純愛協想曲

純愛協想曲

劇団ヨロタミ

萬劇場(東京都)

2019/09/26 (木) ~ 2019/09/30 (月)公演終了

満足度★★★★

 協奏曲でなく協想曲である所が味噌。(華4つ星、力のある劇団故、敢えて少し厳しい評価をした、然し芝居はホントに役者さんだにゃ)ベシ観る!

ネタバレBOX

ヨロタミらしく温かい内容だが、矢張りE.マクロン大統領と奥さんみたいな所もある作品。マクロン夫人のブリジットさんは、元教師、エマニュエルは教え子であった。面白いのは、エマニュエルが高校時代に彼女にプロポーズしていたのだが、彼女は既婚で子供もあった。だが…。という大恋愛の末の結婚だ。ブリジットさん自身も非常に優秀な人で、夫が大統領になった直後、夫人がなった方が相応しいのではないか? と揶揄する向きもあった程。まあ、仏大統領として史上最も若い大統領の誕生であったからヤッカミもあったであろう。閑話休題。
 自分としては、脚本に少し難があると申し上げたい。特に前半部分、早とちりを利用して物語がドンドンずれてあらぬ方向へ展開するのだが、これを面白いとか、イルイルと観ることができなかったのだ。というのも実に味のある良い演技をした父・幸一役の勝又さんのキャラ設定に若干矛盾を感じたからだ。というのは、可也頭の良い人でフレキシビリティーを持ち実際の子育てでは娘の麻里子の羞恥心{(これもホントは日本の女の子特有のポーズだろうが)参観日にねじり鉢巻き姿で出席など)}に応えられなかったなど、はあっても本質的に母親を早く亡くしてしまった子供達(孝雄・麻里子)に対し深い愛情を注ぎ殆ど理想的な親として振る舞ってきたことで、子供達がぐれなかったことをみても、孝雄が早千子の年上としてまた大人の女性としてそして真に孝雄を想う愛故に一度は断ろうとした孝雄からのプロポーズに対し、孝雄が最後の選択をする際に、矢張り父として大人として深い愛に基づいた助言をするのを観ても。(こんな早とちりをするミムメモ(間抜け、と読む)でないことは明らか)このシーンを拝見しながら、自分は“ゴルディアスの結び目”の話を思い出していた。この話は、結び目をほどいた者がアジアの王になると予言された結び目で多くの者がチャレンジしたが誰もほどくことができなかった。これを“解決”したのがアレクサンドロス大王であったという話で、彼は結び目を断ち切った。この話を思い出しながら今作のハイライトを観たのだ。孝雄を演じた中澤さんの苦悶の表情もすばらしかったし、麻里子の亭主、伊佐男を演じた坂本さん、麻里子役、南井さん、LGBT役を演じたお2人、仁村役、大橋さん、山田役、河嶋さん、ラッシーを演じた大矢さんの軽さ、松岡社長を演じた、寺林さん、早千子を演じた家塚さんら大切な役柄を演じる役者陣の演技が良い。
三十と十五の私

三十と十五の私

神保町花月

神保町花月(東京都)

2019/09/26 (木) ~ 2019/09/30 (月)公演終了

満足度★★★★★

 脚本でヒロインの年齢設定が絶妙。

ネタバレBOX


 十五歳、確かに女の子は充分妊娠可能、而も彼女を妊娠させた彼は、男子たちのゲームに負けて罰ゲームとして彼女と懇ろになったという。残酷だが、チューボーには、在りそうな設定。そうだよな早い連中は十二・三歳で初体験は済ませてしまうから、ホントに間違って出来ちまえば野郎は真っ青! 女の子だって現実に、殺す訳だから、そりゃ傷つく。その辺りの凄まじい傷の深さを、嫌が上にも見せつけてくるのは、作家が女性だからということもあろう。演技も良い。そういう過去を背負ったヒロインが婚期を逃し、いくら昨今婚期が遅くなったとはいえ、口の悪い男の中には25歳過ぎれば女性は薹が立って云々などと口さがないのも居るのが世の中。嫁ぎ先がある最後のチャンスというのが一般的だろう。
 自分の周りはキャリア・ウーマンや研究者の女性も多かったから、仕事や研究を取るか、それとも…と悩む女性が多かったのが実際である。子供を産むのも高齢出産はリスクが高くなるし。女性の実存の最も本質的な問題を、その自然な人間関係の中でかなりリアルに描き成功しているのは、演出も今作の作家が手掛けているからであろう。何れにせよ、最後に救いが在るのは、観ていて嬉しい。そんな共感を抱かせる作品に仕上がっている。
ネイキッド・キング

ネイキッド・キング

劇団照れ隠し

メルシアーク神楽坂(東京都)

2019/09/27 (金) ~ 2019/09/29 (日)公演終了

満足度★★★

 若い人達ばかりのグループなので、未だ経験も浅く後程追記するが、様々な難はある。但し他人の意見をちゃんと聞く姿勢が良い。伸びシロに期待(追記後送)

ネタバレBOX

 舞台美術が面白い。丁度、板の中央に通じるように客席のど真ん中を通って通路が通っており、板に近づくとスロープになって最初の平台に繋がっている(因みに平台は更に奥に一つあって一段たかくなっている)。丁度、橋掛かりのような按配だ。能の橋掛かりは下手から上手へ向かって延びるが、夢幻能では、異界と現世との通路という意味もあるのかと手元にある辞書を調べてみたが、キチンとした辞書でないせいか、そのような意味を載せていなかった。自分なら、今作のようなシチュエイションであれば、この橋掛かりをそのように意味づける。だって当然ではないか? 舞台は基本的に編集できないからそこに在る物には意味を付与した方が厚みが出る。脚本内容、効果音や、美術、照明、演技とこれら総てを有機的に関連付ける演出によって様々な意味やイリュージョンを作り、観客の想像力に訴えてその総合をキチンと統合し強烈なイマージュとして魂を燃え上がらせることが出来た時、演劇は、演劇として独自の作品世界を立ち上げるのである。それは、観客の身体総てを震わせ、戦かせ、時に凍りつかせて身じろぎひとつできなくさせもする。自分は今迄2011年から2500舞台ほど拝見しているが、凍りついた舞台が1本、身体総てを戦かせた舞台が2本、感動に震えた舞台が数本ある。これらの舞台だけが矢張り本物という感じだ。
ラッキーガール、ノッキングループ

ラッキーガール、ノッキングループ

ソラカメ

中野スタジオあくとれ(東京都)

2019/09/21 (土) ~ 2019/09/29 (日)公演終了

満足度★★★★★

 小学生の頃からの女友達7人の変遷を描く。(追記後送)

ネタバレBOX

まあ、恋バナも無論出てくるし、ベシャリやお泊りごっこ等如何にも女子たちらしい身近な世話物ということになろうが、其処に実に見事に日本という地域と其処に住む日本人の厭らしさ、その厭らしさが齎す地獄が描かれて見事である。無論、ジェンダーや虐待、苛めや無視、無責任に親疎がまとわりつきながら、鵺のような日本の厭らしさが描かれる。
国粋主義者のための戦争寓話

国粋主義者のための戦争寓話

演劇ユニット ハツビロコウ

小劇場 楽園(東京都)

2019/09/24 (火) ~ 2019/09/29 (日)公演終了

満足度★★★★★

 いくつも大事な視座が構造的に組み込まれている。(追記後送 華5つ☆)

ネタバレBOX

平家の落人を自認する人々(タイラ一族)の住む集落、山奥の洞窟から出土した縄文時代の出土品(土器、鏃、人骨等)更に奥にある蔓で編まれた吊り橋とタイラ一族に伝わる魔物伝説と入山タブー。少し実証精神を発揮するなら、蔓の吊り橋の状態から、その奥に知的生物(即ちヒト)が現存しているか否かは直ぐ推察できる等。この時空設定自体が、今作の構造性を実に立体的に示しているのだ。(それは、今作が問う、人間とは何か? という本質的な問いに対して、過去、現在、未来の時空総てを示唆しているのであるから)
 ファーストシーンは、龍巳少尉が腕にシャブを打つシーンからというのが良い。実際、確か昭和25年迄、つまり1950年までシャブ(薬品名:ヒロポン)は薬局で買うことができた。今作で少尉が打っているように、軍は、特攻隊の兵士たちに死の恐怖を逃れさせる為にシャブを用いていたのだ。当たり前だろう。誰だって死ぬのは怖い。まして大学から引っこ抜かれた連中は、世代や知的環境・個々人のタイプにもよるが、かなり多くの人間が戦争の行く末を知っていたと思われる。少なくとも事実を見極めることができ、自分の頭で考える力を持つ者は、当然のことながらホントの事に気付いていた。(ただ、多くの者が死地へ黙ったまま赴いたのは、家族や大切な人々が、寄らば大樹の陰と権力者に迎合することしかできない日本人の奴隷体質を恐れたからに過ぎない)
 ハッキリ描かれている訳では無いが、少尉は少国民世代、兄の大尉はひょっとすると辛うじて少国民世代の前かも知れぬ。何れにせよ、少尉は、所謂優等生ではあるものの、兄程己を確立した者で無いことは確かだ。学校で出来が良いだけの奴は別に頭が良いという訳ではあるまい。唯、大人から見て、扱い易い従順で良い子であるに過ぎない。弟はそういうタイプである。だから天皇教などという馬鹿げたフィクションにかぶれたのだ。それは彼の弱さをも同時に表していよう。妹・月子殺しは序盤、直ぐにそれと分かる。彼が空に飛ぼうとするのも、単に逃避に過ぎない。タイラ一族の男を銃殺するのも、丸腰でホントのことを軍人である彼にキッパリ言ってのけたからである。男としての格の違いを見せつけられたから殺したのだ。これは彼の性格が臆病者であることを表している。シャブを打って迄犬死したがるのは己の卑怯から逃げようが為だ。無論、バカでは無い。それは彼の論理構築の一貫性からも見て取れる。然しホントに頭が良いと言える訳でも無いのは例えば物理学の示す絶対的事実のみから演繹・帰納する思考を根底に置いていないことからも明らかであろう。思考は、この点だけ守っていれば後はかなりフレキシブルに論理展開をしてもさほど大きな過ちは犯さずに済む。この程度のことがこの年(二十歳を過ぎていよう)で分かっていなければホントに賢いとは言い難い。
インドの神の物語 三部作連続上演!

インドの神の物語 三部作連続上演!

カプセル兵団

ワーサルシアター(東京都)

2019/09/18 (水) ~ 2019/09/29 (日)公演終了

満足度★★★★

 ヴェーダ聖典の神々を拝見。

ネタバレBOX

 インドについては完全な門外漢なのでヴェーダについても初めて知った。劇の語り部によるとインドのヒンドゥー教というのは教祖の存在しない宗教だそうでこのヴェーダについても十万通りの神話が存在する由。その分、今日拝見した所では、案外自然科学的な発想だと感じた。自然現象の脅威や驚異を素直に物語化しているように感じられるのだ。それはあくまで自然の中で自然と共に歩んできた人類の自然と向き合う姿である。流石に零を発見した国(地域の人々)だという気がする。それだからこそ、性もこのように歪められない本能の発露として描かれているのであろう。性が抑圧されると非常に歪んだ形で現れる(インクブスやスクブスを見よ!)。
 大きな帝国が成立して広大な地域の部族を支配下に置いた時、それぞれの地域の諸部族の間に伝えられて来た神話を、なるべく矛盾なく而もできるだけ公平に統括する為に元の神話を残しながら併存させてゆくという総べ方をしたものと考えられる。そういう意味でも非西洋的なのは興味深い。言葉はかなり近い筈だが。(インドヨーロピアン語属と言われる位なのだから)何れにせよ、原作の翻訳を読んでみたいと思えた公演であった。
リタ・ジョーのよろこび

リタ・ジョーのよろこび

劇団俳小

d-倉庫(東京都)

2019/09/21 (土) ~ 2019/09/29 (日)公演終了

満足度★★★★★

 根深い対立を見事に形象化。日本人作家では此処まで書けまい。原作者はウクライナ系ということであった。(追記2019.9.25 02;41)

ネタバレBOX

 北米のインディアン居留地に住むリタは、車で2日ほど掛かる所にある街へ出た。父は酋長で沈着冷静な判断とその穏やかな性格で白人と門題を起こすことも無く過ごしてきたが、無論街へ出れば白人の天下。陰湿な差別と差別を根底に作られ機能する白人優位社会の構造的暴力によってネイティブ的価値、文化は否定され個々のインディオたちは己の名すら呼ばれることがない。無論差別している側は自分達が差別しているということの根底を意識できないから、例えば就学時にネイティブの文化に根差した価値判断や文化的事象に絡む質問を児童たちから受けても、その質問の意味する所を捉えることができないのみならず、自分達が習慣化してきた宗教や文化を唯、押し付け、それが拒まれるや無能で野蛮だから理解できないのだ、と結論付けて問題視するのみである。本来、先住民の「もの」であった土地を奪い、個々の白人個人の私有地として分捕って自分達の作った法によってその所有を正当化し、其処から多大な利益を上げ、更にネイティブに対する支配力と収奪力を強化している。ネイティブ達の伝統的社会に金や金融に関するシステムが在ったか否か、(恐らく100%ない。あったのは、恐らく交換価値に対するイマジナリーマネーのようなものである)また土地の私有制に関して明確に描かれていないが、ネイティブアメリカンには、土地を私有するなどという愚かな観念は無かった。言って置くが今作では描かれて居ない資本主義体制そのものの矛盾が、また近代国家の問題点がホントは提起されていると見ることさえできるのだ。描かれているレベルへ戻ろう。
街へ出れば無論其処は金融が支配する世界である。と同時にネイティブとは異なる価値観、世界観に裏打ちされた法体系、更には植民の尖兵として機能してきた宗教勢力による道徳律の改変が押し付けられている。様々な相への徹底した階層化は無論、収奪をより功利的にまた誤魔化しやすくする為に機能しているに過ぎない。現在を生きる我々に引き付けて言えば、ネイティブの位置は物理的暴力装置、即ち軍や警察、国民に向けられる戦車、装甲車、催涙弾、銃器、警棒、不当逮捕と拷問、拷問後の獄死、更にはアメリカが後ろ盾となって中南米諸国で行ってきた、飛行機からの落下傘無しでの突き落とし等々の虐殺行為という力に、その高い精神的文化によって勝てなかったことのみである。
而もこのような社会分析や構造分析、自分達の立ち位置と白人社会との正確な関係評価をする力、それを為さしめる高度な教育を殆どのネイティブは受けておらず、このことが、彼らに無効な反抗のみを促すという悲喜劇を、そして徹底的な社会の分断構造を描き出している。それは、ネイティブが、これだけ不利な状況にも拘わらず支配層と決定的に対立する姿勢として描かれている。このレベルが日本の作家には描けないと言っているのだ。日本人よ、括目して世界を見よ、その上で己の進むべき道を選べ。こんな基本的なことすらできなければ、我々日本人に未来は確実に無い。             

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