実演鑑賞
満足度★★★★★
今迄と大分上演形態が変わった。ロシア史に足跡を残した様々な(ソ連時代も含む)政治的指導者・支配者等の写真と名、生きた時代を誕生と死の年によって表現したパネルが観客席の下手、上手壁に貼られている点だ。1点だけ観客席最前列に置かれているのが、プーチンのパネル。パネル脇には取り扱い注意と記された赤色の注意書きが見える。
ネタバレBOX
板上は、今迄通りセンター奥に置かれた演台。下手奥に脚立。上手に荷物の置ける台。
基本的には益田 喜晴さんの一人芝居だが、MC等も務める紗モカさん。歌を歌ったりもしてくれる助手である。
今回の趣向はロシアという地域の広大さを示す表示及び歴史を示す人々十数名の写真パネルで囲まれた空間内で紡がれるチェーホフという医師であり天才劇作家でもあった人物が、同時代の一般の人々からどのように評価されていたか、その評価をチェーホフ自身がどのように捉え感じていたか殊に人間が大きな影響を与え破壊してしまう大自然を擁護するチェーホフの見解について、多くの一般人が理解せず絵空事だと感じていたであろう大多数の意見に対してたった独り立ち向かう己の姿を冷徹に観てしまう彼の才能と観察眼がチェーホフ本人に齎した心理的負担は極めて由々しきものだったと思われる。今作の最終盤のワンシーンでキリストの磔刑を模したシーンはその象徴として見事であった。老いたチェーホフの化身たる講演者と若い女性助手の歌と切れのある振り付けが対比されることで強調されている点も効果的だ。
実演鑑賞
満足度★★★★★
初日を拝見。追記後送。お勧め!
ネタバレBOX
板上、ホリゾント手前に衝立を設け隠れた部分を袖として用い、袖の両側を挟む形でやや斜めに置かれたパネル。各々のパネル表面はそれぞれ白い布やシャツ等の衣類、クロス等が貼られている。センターの衝立にもデコレーション。ちょっと変わっているのが板手前の客席側床に幅30㎝程でグレーのカーペットが敷かれ板上同様数センチサイズの人形が恰も捨てられでもしたかのように散らばっていること。板上下手の一角に鉢植えの花が置かれていること。オープン時、下手の花の奥には、背凭れの無いベンチ、ベンチ下手に箱馬を寝かせて座れるように工夫した椅子がある他、上手側壁前にも箱馬が邪魔にならぬよう置かれている。
開幕時、極めて詩的で当に現代日本の切ない精神状況を謳ったような曲が流れる中、主人公のサンチと友人の神山が話をしている。サンチは漫画家を目指しており、神山は彼の描く漫画のファン、神山の家が母子家庭であることをサンチの母は余り良く思っていない。母に対するサンチの態度も一風変わっている。その訳はおいおい分かる仕掛けだ。
さて、サンチは将来プロの漫画家になりたいと思っているが、それで食っていけるのはほんの僅かの者だけであるというデータと日々格闘している。
一方、思春期のサンチや神山にとって彼女がいるいないは喫緊の大問題である。サンチには、彼を思ってくれる少女、愛子がおり、神山は推しの女子がいるが・・・。愛子も神山推しの子も都市伝説研究会に属しており、この都市伝説研究会は新歓で入部する者が無ければ廃部となる処だった部で愛子ら新入生たちの入部で漸く存続しているクラブなのだが、唯一人であった部員が一挙に数倍の規模に膨れ上がった。先輩の言によれば「町には天狗がいるらしい」との伝説がある。
今作のメインストリームは無論、サンチの夢・プロ漫画家になること実現とサンチ、神山らの恋の行方等々だが、更に天狗に纏わる都市伝説、地域の公園に屯するペレと呼ばれるホームレスの発するぶっ飛んだディスクールの意味する処等が、最終的に何をどう明らかにしてゆくのか? タイトルに籠められた意味については後送。
実演鑑賞
満足度★★★★
床の間企画第1回公演のゲネを拝見。尺は85分弱。舞台美術は脚本内容に相応しく白と黒を対比させ象徴性を持たせてお洒落。(追記するかも)華4つ☆
ネタバレBOX
板上、ホリゾント手前には天井から白いスクリーン状の床まで届く幕が真ん中を除く両側に垂れている。その手前上手には踊り場が黒、側面が白の階段が設えられ、更に観客席に近い場所に細長いテーブルと椅子1脚。テーブル上には電話、パソコン、バッグ等サラリーマンが仕事で用いる物は資料、既成のノートを除き総て黒。社畜などと揶揄される日本のサラリーマンの実態を象徴している。天井から下がる幕とホリゾントの合間に少し嵩上げされた狭い空間、中央の幕間からは低い扉のような物が見え、各々の合わせ目の両脇に〇が2つずつ見える。手前の板上やや下手に四角く白い平台が2つ置かれている。下手のコーナー近くに右肩上がりに置かれた白い衝立が見える。
先に挙げたサラリーマンの仕事に用いられる物が基本的に黒で統一されている以外に床面、踊り場は総て黒。
基本的に健全、健康な作品。子供の頃、誰もが憧れ、真似をし夢見た弱い者に味方して助け、弱い者を苦しめたり支配しようとする者達をやっつける優しく強いヒーローの精神を大人になっても忘れない主人公達の苦労や苦悩、家族とのすれ違い等を中心に描くが多用される擽りが観客の笑いを誘い飽きさせない。中々上手い構成の上、役者陣の演技、演出もグー。
実演鑑賞
満足度★★★★★
二度目の観劇、本日21日は楽日。
ネタバレBOX
「世界の果てからこんにちはⅡ」SCOT 202512.20 14時 吉祥寺シアター
板上レイアウトは先日同様。縞模様は照明でサイズを調整していると見える。場面によって板全体に及ぶ。作品構成は昭和から現在に至る迄を時の不可逆性をなぞるように展開するが、一場で徳富蘇峰と唐木順三、長谷川伸、梅崎春雄及び鈴木 忠志さんらの日本及び日本人に対する思考を綯交ぜにした評が表現されて問題提起及び観客への問いが設定される。二場以降は歌謡曲や演歌を背景に日本の民衆の心の奥深くに流れるメンタリティー、即ち言の葉表現に稔った万葉集以降の根底と本居宣長が考えたような心情吐露をベースに第二次世界大戦から当に現在の国際情勢に至る迄の歴史、国際関係迄を日本人のメンタリティーを錘にしつつ、世界の側から逆照射するような形で表象、ラストの所謂『失われた30年』以降、更に覇気を失い、摩滅しつつある日本に於いてそれでも生き抜く社会の底辺を支える人々の逞しさや祈りを表現したかのような場面に収束させる。鈴木氏の作品にしては可成り分かり易い作品になっているが、この構成によって得られる観客の理解は広く深いと思われる。因みに二場以降で演じられるシーンで用いられている曲は、美空ひばり、こまどり姉妹、北島三郎、五木ひろし、ちあきなおみ、杉本まさとらの歌詞から引用され、場面に応じて加工されたりもしている。 板上レイアウトは先日同様。縞模様は照明でサイズを調整していると見える。場面によって板全体に及ぶ。作品構成は昭和から現在に至る迄を時の不可逆性をなぞるように展開するが、一場で徳富蘇峰と唐木順三、長谷川伸、梅崎春雄及び鈴木 忠志さんらの日本及び日本人に対する思考を綯交ぜにした評が表現されて問題提起及び観客への問いが設定される。二場以降は歌謡曲や演歌を背景に日本の民衆の心の奥深くに流れるメンタリティー、即ち言の葉表現に稔った万葉集以降の根底と本居宣長が考えたような心情吐露をベースに第二次世界大戦から当に現在の国際情勢に至る迄の歴史、国際関係迄を日本人のメンタリティーを錘にしつつ、世界の側から逆照射するような形で表象、ラストの所謂『失われた30年』以降、更に覇気を失い、摩滅しつつある日本に於いてそれでも生き抜く社会の底辺を支える人々の逞しさや祈りを表現したかのような場面に収束させる。鈴木氏の作品にしては可成り分かり易い作品になっているが、この構成によって得られる観客の理解は広く深いと思われる。因みに二場以降で演じられるシーンで用いられている曲は、美空ひばり、こまどり姉妹、北島三郎、五木ひろし、ちあきなおみ、杉本まさとらの歌詞から引用され、場面に応じて加工されたりもしている。
実演鑑賞
満足度★★★★
ダンスに始まりダンスに終わる。尺は125分強。場転の際、布を持った裏方たちが舞台を隠して移動し袖を作るが、スピーディーで中々気の利いた演出だ。
ネタバレBOX
物語は、砂漠地帯にある王国で8年前に起きた戦争で勝利したこの王国が敗れた側の刺客に潜入され先王が殺された事件に端を発し、王の娘2人の王位継承を巡る噺である。姉は王家の血筋に現れる極めて強い特殊能力を欠く為2週間後の戴冠式で王位を継ぐ気は無い。然し妹はこの能力に優れ考え方も王たる者は民を守る為に力が必要だと考えており王位は妹が継承すると多くの者が考えていた。然し無論、長子継承が望ましいと考える者達も居た。
こんな状況の中、或る本が、砂漠の村に住む若者達によって発見された。その本はこの王国を含む地域一帯で噂される望みを叶えると言われる魔法の鏡に関する本であった。若者達は自分達も望みを叶えたいと思うと同時に間直に迫った戴冠式にも参列し晴れの催しに参加したいと王国にやって来たが、大切な本を失くしてしまった。この本を偶々入手したのが王家の次女であった。彼女は早速入手した本を読み始め、噂をも聞き及んで居た為、この本がその魔法の鏡の在処を記した案内書であることに気付いた。というのもこの本を読める者はその資質のある者に限られていたからである。資質のある者が読み始めるとその鏡への道程が本に現れるという奇妙な本であったのだ。次女は自由が欲しかった。自由を手に入れ未だ見たことも無い地域に行き自由に生きたいと望んだのであった。
ところで王国にはその権力中枢へ最近になって入ってきたよそ者が居た。彼は特殊な能力を持ちその類稀な心理操作によって長女の心を難なく掴んで操り、王権を簒奪しようと目論んでいたのである。然しその彼にも邪魔者が居た。長女である姫を愛し忠誠を誓う若者であった。他にもこの王国で最強の戦士が次女の警護に当たり簒奪を狙う者の前に立ちはだかっていた。だが簒奪者の側にも協力者が居た。戦争で負けた国出身の若者であったが、飢え死にしそうな処を簒奪者に救われて以降、彼の僕として他人に術を仕掛けると仕掛けられた者が何処に居ようと居場所を感知することのできる能力であった。然しこの男と同じ村の生き残りが奴隷として王家に仕え彼女は姫の身の回りの世話をしていた。この侍女にも特殊な能力があり、彼女のミミズクは、対象の匂いを覚えるとその対象を匂いで追尾できるのであった。これらの登場人物達が王位継承や、自らの希み成就を願い魔法の鏡を追う展開の物語だが結論は観てのお愉しみ。
今作の弱点は、主要な登場人物達(殊に王位簒奪を狙う者)の性格が何故そのようになったか? その背景が描かれて居ないことだ。その為作品に深みが出てこない。ダンスに始まりダンスに終わるより、この点を書き込んだ方が物語として普遍性を持つのは明らかである。
実演鑑賞
満足度★★★★★
観るべし! 華5つ☆。追記12.21
ネタバレBOX
吉祥寺シアターに入って驚いた。空気が凛としている。丁度、神社や仏閣の境内を訪れた時に感じるような空気感なのである。これがSCOTか! 先ずはこの空気感に撃たれた。既にかなりの観客が早目に来場して開演迄の時を過ごしているが鈴木忠志さんの執筆なさった本や、彼について書かれた特集雑誌等の物販を見たり観客からの随意な志によって為されている今公演への志を規定の箱に収めたりと和やかなムード。
開演前にチケットが手渡され劇場内に入る時の手際の良さ、スタッフの対応も極めて凛として良い。
板上には中央に四角い縞模様が見えるが、縞模様中央に場面によって座卓にもステージにもなるテーブル様の台が置かれている他は、フラットな空間が広がる。幾つかの挿話がオムニバス形式で演じられるが、二場やラストを除き登場人物達は、皆車椅子に乗って登場しその状態で演技する。而も皆その演技の基礎に全世界で共通の人間身体の構造分析や各部所をどのように用い演劇表現と為すか? (体幹の鍛錬は言うに及ばず、動作時の重心移動、身体各部所の動さに適い且つ演技に見合う用い方)への絶え間ない訓練が見え而もそれが様式化されて居る為に、世界中の優れた演劇先達者が目指す基礎と共通のメソッドに到達しているように思われる。この共通性故にSCOTは、世界の様々な国々の役者と言葉は十全に通じなくとも優れたコラボレーションを為すことができる。無論、海外の役者で鈴木氏の弟子の多いこともあるだろうが。
実演鑑賞
満足度★★★★★
可成り哲学的に解釈できる作品。面白い。お勧めである。目の具合が良く無いので誤記が多いかももしっれない。追記後送
ネタバレBOX
板中央に大きなラウンド。ラウンド上には女が1人腰掛けている。衣装は白。女の右手の先辺りに低い白い布の掛かった箱馬、その上には包まれた何かが載っている。女の背中側にも矢張り少し高い箱馬が矢張り白い布を掛けてあり、上部には包まれた何かが載っている。女と箱馬を取り囲むようにラウンド上に行儀よく置かれた革製の旅行鞄、おびただしいズボン、シャツ、下着等の衣類。更にラウンド下の床面にも多くの衣類が落ちているかのように置かれている。女が座っている処から観て右側には白い紗のクロスが天井から床まで延び恰も袖の如く見える。
オープニングでは男が探し物をし、それが見付からずに妻に詰られるシーンがあるが、これは妻が夫の出掛けることへの抗議とも取れる行動であろう。袖のように機能している紗幕の奥に鞄を隠したのは妻自身であった。
夫は被差別民の出身。この社会では最下層と思しい。出身階層が低い為予めつける職業は限られている。所謂3K、それも人々が最も嫌う浄穢屋(劇中では国民汚物課下水処理班と呼ばれる組織)であった。40年間愚直に働き漸く60歳で退職、生まれて初めて自由を夢見ることが出来るチャンスが巡ってきたのだった。旅行鞄はそのチャンスにチャレンジする旅に出る為、多くの衣類や包まれた物も鞄に詰め或いは手にもって出掛ける為に準備していた物であった。目指すはサイハテと呼ばれる場所。其処には自由が在るという、その場所だ。
ところで、サイハテへ辿り着く為には国民管理局の許可を受けなければならない。男を被差別民と定め、就ける職業を定めた組織であった。当然選別は極めて厳しい。10年チャレンジし続けて成功せぬ者、それどころか生涯成功せぬ者も居るという。表向きは運次第ということになっているものの無論、勤務時に犯した違反、問題行動等があれば一生パスしない。何となれば国民管理局のレゾンデートルは国民を一つの例外も無く管理することが建前だからである。
実演鑑賞
満足度★★★★
「裏」を拝見。
ネタバレBOX
オープニングは可成りおちゃらけた始まり方をするが、内容はかなりダークで悍ましい。板上には奥に嵩上げされセンターに出捌けを設け出捌け左右に目隠しの板を設えた民家の1階が示され、上手奥は玄関という設定だ。下手・上手側壁にも各々1か所出捌けが設けられている。一風変わっているのが、この屋敷には板中央辺りに奈落があり奈落のスペースを此処での作業場としている点だ。従業員たちの休憩所、風呂場などは1階下手、作業は各グループを3つに分け3交代制で24時間作業が継続されている。無論、物語の展開するのは真ん中の空間でありこの空間は、警察署内にもなれば民家1階にも作業空間脇にもなる。この建物内で行われている作業の管理者専用ルームが上手にあり従業員はみだりに入ることができないよう施錠されている。場面によっては出演者が観客席通路を導線として用いる。かなりダイナナミックな劇場の使い方だ。尺は約120分弱。
さて、物語は突如連絡の途絶えたサラリーマン2人の行方捜査開始で始まるが、行方不明となった2人のうちの1人は捜査を命じられた佐々倉優希刑事の弟、優太であった。捜査開始からの進展は捗々しくない。佐々倉刑事は潜る決断をする。条件は良さそうだ。報酬額が極めて大きいのだ。果たして応募した件は採用になった。佐々倉は鈴木と名乗って所期の目的通り潜入捜査を開始した。無論、署との連携は相棒の鈴音を通じ確保済である。その上で実際にここで行われている作業に関与してゆくことになるが、その内実は実に悍ましいものであった。作品では、この作業を管理する者の素性や行状も描かれるがその内容はグロテスクである。
今作を観て今作の謳い文句通り観客はその価値観を崩壊させられてしまうだろうか?
実演鑑賞
満足度★★★★★
初日を拝見。何の変哲もないありふれた公園で起こる人と人の一期一会を通して描かれる痛切。華5つ☆。必見。。追記後送
ネタバレBOX
板上には凡そセンターに青いベンチが1つ。ベンチの下手奥ホリゾント手前に中々洒落た電灯が1つニョキっと突っ立っている。出捌けは下手・上手の側壁袖から。尺は約105分。
設定が上手い。演劇という表現形式は実に制約の多い表現形式だから今更言うまでも無いこと乍ら設定が良ければ脚本の半ばまで成功と言えるほど大切なことなのだ。どこにでもあり、其処には人々が集い、良く訪れる人々が会話を交わすようになることも実に自然なことだ。こういったことが何の不自然も感じさせない効果を生み、観客を演劇空間に誘い込む。
ちょっと変わっていることは、このベンチをとても大切にし雑巾とバケツを持参しては綺麗にしてくれる初老の男性、佐藤が居ることである。
実演鑑賞
満足度★★★★★
秀逸、観るべし! 華5つ☆
ネタバレBOX
物語は1958年2月8日から1週間に亘って開催された第1回日劇ウェスタンカーニバルの大成功を支え“金の卵”と呼ばれて東京や大阪等大都市に集団就職(1951年頃から始まったとされる)した中学校卒で高度経済成長を支えたティーンエイジャーが成長し所帯を持って子育てもしていた多摩ニュータウンの1974年当時の庶民史とその46年後の2020年の在り様をロカビリーへの愛を繋ぎとして紡がれている。
板は、奥の下手から上手迄延びる踊り場を設え、その下手手前観客席側に生バンドスペース、バンドスペース上手に踊り場よりやや高いデベソを設ける。デベソの上手に踊り場へ上がる階段。踊り場は、多摩ニュータウン内の一室にもなれば、生演奏に乗って踊られるダンススペース等にも変容。デベソは、歌手やロカビリー奏者らが登壇するステージになったりもする。シンプルだが合理的な創りだ。
以上のような設定で庶民の生活史の喜怒哀楽が実に巧みに紡がれてゆくが、歌や踊りも上手く物語に溶け込みつつ物語に情感を注ぎ込む。
演じられる庶民たちのぬくもりのある実に人間的な実生活に追いかぶさるように歌われる曲の歌詞は、健康的な心に裏打ちされ未だ協調や共同が成立し得た最後の時空間として析出され、昨今の日本のヒステリックで狂気と自己防衛のみに依拠する時代の闇を寒さを浮かび上がらせる。
実演鑑賞
満足度★★★★
尺は約120分、
ネタバレBOX
生演奏でのミュージカル。なおミュージシャン3名は客席の一部に陣取る。登場するのは12名の女性と3名の男性。表向きのルールは、女性側に選択の権利があり、男性側は受け身、選ばれなければ・・・という崖っぷちであるが、実際は? 歌われる曲は全10曲ほど。内容的には世相を表したものから、様々な愛の形やジェンダー等も示唆する歌詞があり、恋の駆け引きも演じられる内容とリンクしつつ展開する中々上手な構成だ。
筆者が気に入った歌詞は、現代日本の嘘で覆い尽くされた世相を謳ったもの。実際、電車内で放映されるCMにしろ吊看にしろ、ほんの小さな要素を極大化した利点で印象付けるのが、現在主流の社会操縦方法だ。しらけ切って何も出てこない。こんな社会状況の中で、それでも何とか踏ん張って“自分らしさ”実現という幻影を追い求め続けている女と男。そんな哀しみも彷彿とさせる面も含むエンターテインメント。楽しめる。
実演鑑賞
満足度★★★★
Japanese Versionを拝見。華4つ☆
ネタバレBOX
エディンバラ凱旋公演3作品の1つ。「銀河鉄道の夜」をベースに紡がれているが、目玉は、オープニングシーン以外、男性は総て2shoulderpadsを衣装として纏い演じることだ。銀河鉄道内部は椅子が客席として用いられるものの、基本的にはフラットである。ホリゾントには天井からガラス玉が吊り下げられ諸星を表している。照明の加減で星の煌めきを幻想的に表し歌や音響効果を伴って詩的雰囲気を醸成する。
授業風景等も出てくるが教師役が肩から斜めに掛けた電飾が銀河を表すなど小道具の工夫が可愛らしい。
クライマックスは無論、ジョバンニとカムパネルラが銀河鉄道に乗って旅をする道中にあるが、終盤カムパネルラに助けられたザネリが恰も自分は泳げたんだが云々の言い訳をしている際、クラスメートからカムパネルラが飛び込んで押してくれたから助かった、との突っ込みを入れられるシーンでカムパネルラの父が、川に落ちてから45分が経ちました以下の台詞を淡々と述べる下りは、研究者としての客観的な物言い故に更に深く胸を撃つ。
我ら宇宙の塵に過ぎない存在が銀河を翔け、宇宙の広大無辺と交わりながらその儚い命を燃やす姿と我らの暮らす天の川銀河の対比が感じられる点がグー。
実演鑑賞
満足度★★★★★
バランスよく、飽きさせない。
ネタバレBOX
戦中、敗戦、敗戦後、GHQ占領期迄を含む時代を日本で初のキスシーンを映画人として撮ることになった、未だ製作者に職人の誇りと拘り、兎に角映画に纏わる何かが好きという純な情熱を懐胎していた人々の時代に翻弄されつつも何とか必死に日々を生き、為したいことを追求した姿を描く。バランスの良い舞台。場転が多いから着替えだけでも大変で12月1日マチネで回数が1番多かった役者さんは19回、2番目の方が18回。という凄まじさ。大きなトチリも無くこなしたのは役者陣の力と褒められて良い。
脚本も練られたものでメリハリも良く、退屈させない。アメリカの上から目線は随所に描かれているが、相変わらず今も続いていることには留意しておくべきであろう。
実演鑑賞
満足度★★★★
華4つ☆
ネタバレBOX
三作品何れにも共通するテーマは女性の孤独である。この孤独に女性達は苦悩している。ではこの孤独を彼女らに齎しているものは何か? それは彼女ら独り、孤りを取り囲む社会である。タイトルにある‟透明“は、彼女らの生きて働く実存を温かく抱擁し柔らかに受け止め同じ生きる者として対等に接したり観られたりされていないことから来る孤立によって、生きていることの意味、実感、喜び、実の或る悩み等々が失われ自らの存在意義が透けてしまって最早、自己確認の根拠すらも持たぬ侘しい孤立である。
近年ジェンダー論が、盛んに論じられるが何だか自分には根底に女性達が抱えている上記の如き事態が存在し続けているように思われる。
実際の物語の描き方は、上記の観点から書かれているシナリオには表現されておらず、筆者の如き捉え方をしなければもう一回り外周にある社会性は隠れてしまって観客に届きにくい為、作品が真に訴えたかったことは中々伝わらないと感じる。三話何れの作品でも主人公の女性は社会に貢献しようと一所懸命に生きている。だが彼女が認めて欲しい社会、即ち彼女の人間関係の中で肝心な人々が彼女を第一段落で挙げたような形では彼女を認めてくれない、乃至は認めてくれていた人が亡くなってしまう。三つの作品は各々全く異なった状況下での女性の孤独を扱っているので作品によってややショッキングなラジオニュースなどを音声で背景に流すシーンがあっても良いかも知れない。デリケートな作品故難しい点もあろうが。それが上手く機能すればより多くの観客に作品の趣旨がもっと伝わり易いのではあるまいか?
短編オムニバスミュージカルとあることから分かるように登場する役者全員、歌が上手い。
実演鑑賞
満足度★★★★★
流石北海道から態々乗り込んできただけのことはある。華5つ☆ 尺は約110分、出来が良く発想の面白い脚本を可成りスピーディーな展開で魅せる。序盤、板上に用意されたスクリーン上に事件のあらましが表示されるが目の不自由な方々が読み終えられなかった場合に備え、口頭での説明が作品中で述べられる配慮も気が利いて居る。
ネタバレBOX
今作は実際に起きた事件をベースに脚本が書かれている。2023年7月に札幌すすきので在った猟奇殺人ととれる事件だ。犯人は29歳の女性、被害者は62歳の男性であった。ホテルの1室で男性が殺され首が持ち去られていた。結果犯人は殺人罪等で、両親は死体損壊幇助等で起訴された。
犯罪は世相をその本質を深い処で明らかにする。今作も狂いに狂った現代日本社会そのものを正確に捉えていると言えよう。初見の劇団であるが若い力に溢れ、メンバーの多様性があり多様性故に困難なことも多かろうが、そのような状況に鍛えられることによって益々豊かに、深く、世界を表現することが出来るようになろう。今後を期待できる劇団と観た。
実際に起こった事件をベースに戯曲を書いた作家としては「曽根崎心中」を始め多くの実際に起きた事件を世話物として表現した近松門左衛門、「東海道四谷怪談」を書いた四代目鶴屋南北等が挙げられよう。近松に関しては実際に起こった事件をベースに書かれた作品が多いことは誰でも知っていようが、四谷怪談はどんな事件に関わっていたのか? 気付かない人が居るかも知れない。赤穂事件である。気になる方は四谷怪談を読み返してみると良い。
さて、本題に戻ろう。第一段落で記した事件の概要をベースに脚本を書くことにした劇団員たちは、取材を始める。劇団員4人のうちの殆どが東京に出て来ているが、事件現場は皆の故郷・札幌。それで取材の為取り敢えず札幌へ飛ぶ。可成り異様な事件であり犯人の精神鑑定も行われようとの辺りを付け作家は犯人を診察した医師を割り出し探りを入れることから始め、他のメンバーは犯人が同い年であることから犯人の履歴を割り出す等のサポートをするなどをし始める。その内、メンバーの1人が超能力に目覚める。すると次のメンバーにも異なる超能力が獲得されてゆく。こうして各々のメンバーが異なるん能力に目覚めた。而も能力は各々の訓練によってより強化されていった。各々の能力を幾つか上げるとサイコキネシス(作中ではテレキネシスが用いられている)、対象の思考を読み取る力、記憶を消す力等々の力である。メンバーらはこれらの能力を連携して用い犯人とその二親、医師からも情報を得ていた。
一方、巷ではこの衝撃的事件がもてはやされSNSでの拡散もあって犯罪者と親は晒しものにされるといういつもの苛酷な異常事態が巻き起こっている。劇団員たちはこの事件を脚本化し無事上演することが可能か? との緊迫感が高まる。そんな中、切断された頭部の皮が剥がれ犯人が作ったオブジェに用いられていたシーンも演じられた。インパクトの強烈な作品である。
実演鑑賞
満足度★★★★
言わずと知れた「ロミオとジュリエット」に登場する人物たちの内、ヒロインのジュリエットとロミオに殺されたティボルトが登場し、シェイクスピア原作の骨組みの一部を借りて創作されたシナリオを用いMSPメンバーの父兄らをも招いて他の多くの作品と共に公開される作品の一つ。
まあ、学生さんたちの姿を実際に観て貰おうとの趣旨なので台詞も現代日本の若者用語が頻出するから最初びっくりしてしまった。ティボルト役の学生さんは極めて良い声の持ち主で歌も上手かったが、ジュリエット役の学生さんは声の質は良いものの音程を外す場面があってやや残念であった。基本的には42時間仮死状態になる薬を飲んだジュリエットの仮死状態の夢現にティボルトが登場してロミオに殺された恨みつらみを述べ復讐して欲しいと頼むことに対し、ジュリエットが案外冷ややかに応じたりする内容のものでそれなりに楽しめた。
無論、本番上演時は、シェイクスピアの英語原書から学生さんが翻訳し、稽古期間も長く取って台詞を身体化させる作業を経て上演するから興味のある方は時期が来たら応募すると良い。毎年通うファンも多い学生演劇とは思えない程レベルの高い公演である。
実演鑑賞
満足度★★★★★
今年拝見した作品中、最高傑作の1つ、観るべし。文句なしの華5つ☆
ネタバレBOX
先ずは舞台美術が凄い。演者達が全員で舞台美術を作っている。障子を開けたホリゾントに見える山々は無論のこと、上手に見える仏像は木彫で手作り。オープニングでのダンスも上手いし何より全員の息が見事に合って音楽も良く実に楽しい。物語の設定も都会に住む人々が憧れる豊かな自然に恵まれた地方での悠々自適、晴耕雨読の理想的生活と屋敷を退職金と持ち家等を売った金で購入、屋敷の障子を開ければ眼前に聳える山々が、二階に上がれば山々の向こうに海が広がる。村の人々のサポートを受けながら広々とした邸宅で騒音の無い日々を過ごしている男。男には三人の娘があり、長女はライター。ジャーナリスティックな記事も書く。次女はイベント等の特殊効果の専門家と結ばれ、三女は良く気の付く淑やかな女性である。娘たちが登場するのは、母の七回忌が近々あることと、父が足を骨折してそのケアをする為だが、長女はジェンダー関連の取材がメインである。というのも山一つ越えた処に親に虐待されたり、DV被害に遭ったり、様々な形で傷つけられた女性達をケアし駆け込み寺として有名な尼寺が在ったから、この寺の庵主を取材するのが主目的であった。父とは意見の対立が絶えない。
その他にかつて父が一時家を空け仏門の修行をしていた時に教えを受けた僧侶夫妻が遍路の如き旅の道すがら立ち寄った。この夫妻の旅が長旅であり、舞台となる屋敷に辿り着く迄の行程の長さを象徴する劇場の脇から登場し客席間の通路を上って一旦捌け上手袖を通って屋敷を訪れる演出は見事。ところでこの和尚夫妻、かつて父が師と仰いで仏の道を学んだ縁もあり好意からお泊りになってお寛ぎ下さいと言われたのを契機にいつまで経っても立ち去らない。その訳は自己破産の果ての逃亡行脚であった。而も彼らは評判の駆け込み寺は、大和天法という住職の居る寺の末寺に当たり庵主は兎も角天法は金に汚く、女癖が悪いと言い出し、尼寺では駆け込んだ女性達に接待業をやらせているということを吹き込んだ。更にイタコの口寄せの如く妻に降りてきた予言は七に係る破滅。この予言を巡って様々な解釈が為されるが母の七回忌との関りが疑われ尼寺の庵主にお願いしていた法要はキャンセルしようという流れになった。
さてそうこうしているうちに次女とその連れ合いが父の面倒を見る為と称して家財道具もろとも引っ越してきて二階の部屋を占拠するわ、時折特殊効果に用いる機材の不具合で大きな音を出すわと様々なメッキが剥げてくる。更にこの屋敷の手洗いの便壺の一部が破損しておりキチンと直しておかなければガスが発生して大変なことになると隣家のいつも父に野菜その他をくれるおばさんが何度も忠告してくれていた。然し、この屋敷を観光スポットの1つにしようと中国人が訪ねてくる。大和天法は市会議員に立候補するとやってくる。尼寺は実際は避難女性達をウェイトレスとしてカフェを経営し資金難を凌いでいたが、大和の地域ファースト戦略に父購入の屋敷も尼寺もインバウンド目当ての地域活性策として公約に取り上げられ、あれよあれよという間に屋敷のオーナーたちの静かだった生活は変容させられてゆく。而も尼寺の庵主を盲目的に尊敬している長女は父の承諾も得ずに勝手に屋敷を尼寺が観光スポットとして機能させ記事を書いてSNSでバズるきっかけを作り遂にTV取材迄入るようになって事務局として使う。大変な騒ぎである。このしっちゃかめっちゃかは、当然笑えるシーンがたくさん出てくるが幾ら芝居だからといっても他人の不幸を嘲笑う気にはなれないという気持ちも湧くから笑い自体が複雑な笑いになって作品の深みとして観客に受け取られこれが作品の深さに繋がっている点も見事だ。ここから先、更に思わぬ人間関係が明らかになり、大ドンデン返しがあるが、それは観てのお愉しみ。文句なしの傑作。脚本の深さ、役者各々が台詞を生きていることの妙。本当に様々な要素が恰もごった煮の如く詰め込まれているが、その一つ一つが独立しつつ全体と調和し、分かり難さや不自然は全く無い。全員が協同して一種のハーモニーを奏でるような自然で無駄のない役作りが出来ている。大団円では、親というものの本当に深い愛の姿を感じた。
実演鑑賞
満足度★★★★★
Bチームを拝見。尺は若干長く2時間25分程。然し全く飽きない。オープニング場面こそ、研究所の模様や出演者が、それも所長役が長髪でその髪をポニーテール宜しく後ろで束ねていたり、やや遅れて入って来た研究者たちが何人も白衣を着ていなかったりで聊か調子が狂わされた感を持ったが、各キャラの特徴や好きなことが分かり、可成り早い段階でAI自体がヒトの心を持ったような伏線が敷かれて以降、今作に対する見方が180度変わった。
現在実際にAIの進歩は日進月歩等というトロイものではなく秒進分歩以上のスピードで開発競争が進捗していると考えるべきであろう。そしていつか進歩したAIがヒトの心のような働きを獲得するかも知れないという想像は、SFファンのみならず多くの方々にも共有されているのではないか? 無論、より慎重に考察するなら現時点でAIが獲得できているのは既存の発表データを網羅・集約したり分析・統合・解釈して表示したり音声で伝えたりすること等で、己の“存在”としての体験を自らの原資として今までに無かったものの見方や想像力を新たに付け加えることは出来ないと考えられる。(追記24日12:55)
ネタバレBOX
つまり、AIは情報を収集し処理しているということだ。そこに実存としての存在は関わらない。飽くまで電気によって駆動されCPUのような演算装置によって膨大なデータを処理しているに過ぎないから、人間が例えば事業の失敗や失恋、希望の根絶、病による死への恐怖や苦しみ、人間関係の様々な苦悩によって発狂に至る程の悩みに責め苛まれる経験を通して獲得した今迄思いつくことすらなかった精神的地平に気付き新たなものの見方や新たな価値観の発見等をするようなことは、今の処できていないと考え得る。然しこの思考が正しいと自信をもって言い切れる者は多くはあるまい。それほどの大問題を今作は提起しているのである。ひょっとして、と期待していたことが裏切られなかった。尺の長さは以上のような理由で全く問題にならず、最後迄集中して拝見することができた。場転の際暗転して移動式テーブル上に必要な場合はその都度小道具を置いて対応する手際も良い。集中が途切れることもなく、休憩が無いにも関わらず兎に角夢中になって観ることができた。始め学生っぽく思えた演技もアンドロイド、ミコに心の萌芽が芽生えたことが伏線として表現されて以降全く気にならなくなっていたので問題無し。
板上は観客席対面に大きなぬいぐるみや地球儀、幾多の小さな人形たち、真ん中にポスト型の貯金箱等が置かれた長方形のテーブル。上手に矢張り大きなぬいぐるみ、人形の他にノート、スマホ、タブレット等々の置かれたテーブルがある。出捌けは主として上手ホリゾントの奥から。ホリゾント裏側が袖。下手は場転で用いるテーブル、小道具類の収納場所として機能するので出捌けは上手が殆ど総てを占める。
既に記したように今作の素晴らしさは、アンドロイドが心を持つ事態を想定して脚本が書かれていることだと考える。それは単にヒトが他のヒトを恋する場合に対し単に異種との恋というコンセプトで括り切れる事象ではなく、ヒトの心に極めて良く似た而も情報量や情報処理能力に於いては人間を桁違いに上回るAIのような知的産物VSヒトの倫理的問題を含む社会問題として極めて本質的且つ深刻な大問題でもある。本当に優れた作品がこのような事象を具体性を通して描くように今作もアンドロイドがヒトを恋する物語として紡いでいる点がグー。而もこの具体性が今作を単にSF的なお伽噺ではなく、近未来に実際に起こってもおかしくないようなリアリティーを持った物語として着地させている。
実演鑑賞
満足度★★★★★
ベシミル。本日23日追加公演。(追記24日16:3)
ネタバレBOX
妖話会の5作目公演、桐生市での公演を終え、東京での公演は六本木ストライプハウスで行われている。この会場は上演空間に会場上からの階段がニュッと突き出ている。この階段と四国修善寺にある画家のアトリエに見立て敷物の敷かれた(絨毯と解しても良かろう)空間が今作の上演に係る空間である。階段下の空間には、楽器奏者、設楽 瞬山さんが座り敷物のある空間が主たる演技空間、階段の対面にナレーターが立ち、ナレーション及び画家の台詞を担当する。敷物とナレーターとの間の床部分には画家の作品群が並べられている。この劇空間の対面階段の更に奥が袖。出捌けはこの袖一カ所である。アトリエと袖に挟まれた空間が庭という想定で池がある。このように設定された長方形の劇空間を挟むように観客席。
上演作品は泉 鏡花の「山吹」、構成・演出は篠本 賢一さん。彼は人形師も演ずる。縫子役には加藤 翠さん(和服で出演)。巡礼で有名な四国は空海が往時に関ったとされる場所が多く残り現在も実在している物も在る。舞台となる修善寺もこの一つで空海創建の寺と言われる。
篠本氏の演技は流石に技術の高いもので、人形師の若い頃に侵した罪障が彼の内側から彼を苛み続け荒れ狂う力に心休まる瞬とてない様を、彼の良心と罪の意識との葛藤する様を、鏡花独特の美意識に貫かれた言語表現との鬩ぎ合いに対峙させようと身体化を図っているような演技に結実させている。酒を呑むシーンでは、一気に呷るように呑むが酒量はさほど多くは無い。然し痩せさらばえた身、歳も取っている上に乞食同然の暮らしぶりが伺われるから効くことは確かだろう。而もこのような身体で出会った縫子に頼むのは打ち据えられること、血を流すまでかんぷ無きまで叩きのめされることなのだ。縫子は子爵の妻であったが、舅、子舅らに責められ豊かな実家の財産を奪われる生活に完膚なきまでに叩きのめされ子爵家を出帆したのであった。そして娘の頃初めて恋の焔に焼かれた相手であった画家にここで出会った。娘の頃の心情、己の恋の在り様迄つぶさに語り死を望んでいることさえ告げた。然し画家は、彼女が死ぬことを諫めた。既に通常の生き方では己の罪障に耐えられなくなっていた人形師は、縫子の折檻だけが自らの罪障意識から精神を休ませることを告白した。縫子は漸く自らの生き得る道を見出し死を求めることを止め、池で死に腐りかけていた鯉を肴に人形師と祝言の盃を交わす。
実質、既に挙げた篠本氏の演技と加藤さんの女性らしいたゆたうようなある種自由を湛えた演技が腐りかけた鯉を共に食べる覚悟と絡み、二人の演技にナレーションと画家の台詞を述べる中村 ひろみさんの声が被さる。演奏の設楽さんが作品の流れに応じた極めてセンスの良い演奏で効果を高める。いつもながら完成度の高い作品だ。
実演鑑賞
満足度★★★★★
華5つ☆ 断固観るべし。偶々22日17時開演の回は若干空きがあるとか。
ネタバレBOX
今回はギターとサックスの生演奏(FontanaDue)とのコラボ。シェイクスピアの「冬物語」を高村 絵里さんの上演台本で公演。前回の曼荼羅公演では演奏時のステージが主要な演劇空間として用いられていたが、今回はその手前の前回では客席になっていた部分の中央から曼荼羅入口辺り迄を通路や演劇空間としても用いている。何しろ登場人物は二十人には満たないがその9割近い、それを5人で演じるから役は衣装で基本的に見分けるスタイルだ。役者さん達は大変だが、高村さんの緻密で気の利いた演出で分かり易く、而もシェイクスピアという大天才の何たるか? が極めて良く判る作品に仕上がっている。つまり役者が演ずるという行為はどういうことか? 演劇をどのように上演すればその作品の本質を伝えることができるか? の解であるような公演であった。無論、観客には、シェイクスピアという劇作家の本質も良く判る創りになっており、役者さん達の演技も役を生きるという難度の高いレベルに達している者が中心を占め観やすく分かり易いと同時に質の高い公演になっている。