ハンダラの観てきた!クチコミ一覧

1-20件 / 3463件中
この海をあげるから

この海をあげるから

劇団ファミリア

上野ストアハウス(東京都)

2026/09/04 (金) ~ 2026/09/06 (日)上演中

実演鑑賞

満足度★★★★★

 海そのものへの憧憬と、海に象徴される自然を蔑ろにするヒトという生き物の業をカルマレベルで昇華した作品と言えようか。タイトルになっている言葉が台詞にも表れるが切ない。

ネタバレBOX

 板上の舞台美術は極めてシンプル。板中央に客席側からは上り階段をその最上段から対照的に下り階段を組んである。板の三方、天井からは間隔を開けて天井から布が下げられている。開演前には海から聞こえる波音。尺は90分弱。
 物語は伊豆諸島の一角を占める新島。旨いクサヤの産地としても、サーファーに人気のある島としても知られる。受験を迎える高3の生徒たちが体験した不可思議な経験を描く。
 ミツキは、高飛び込みの選手、然し怪我で暫く飛び込みは休んでいる。そんなミツキの仲良し、ナホ。そしてナホがずっと憧れてきたユウジ、ミツキを好きらしいトキヒトらと高3最後の夏休みを過ごしている。周りは太平洋に囲まれた島だから自ずと海に出掛けることが多い。また、島で取れない農産物や酪農製品、畜産品等は本土から船で運ばれてくる。海が時化れば欠航である。無論、海水は澄んで東京湾内の海水などドブ同様に感じられるのは、自分自身大島で暮らしていた経験を持つことからも明らかだ。そんな海で起こった不思議な物語。因みに4人が良く行く海辺の近くには、小さいながら図書館があり、この図書館には地元新聞がストックされており、島の歴史探索には恰好の資料となっている。
 ところで、最近異様な物を見た。4人が海岸に集まっていた時である。夕暮れで昏くなりかけて居た為ハッキリ見えた訳ではないが、随分大きな魚らしい物が波間に見えたのだ。毎日海を見、海に囲まれて暮らしている彼らも初めて経験する「魚影」であった。こんな魚が現れるのは何らかの異変の前兆か? と気にもなる。実際、近年は特に海水温の上昇や気候の温暖化は異常なレベルで推移している。こんな中で初めて見た「魚影」は皆の心に強い印象を残した。そんな折、東京から矢張り高3の女子がやってきた。歳が同年齢であり渋谷に住んでいるということで、青学に入りカフェでバイトして矢張り大学に進学した憧れのユウジと・・・を夢見ているナホは、進学しないと明言しているユウジへの憧れからこの女子高生とも話すようになり、彼女は他の3人とも友達になる。
 一方、ミツキはあの「魚影」の本体と出会う。而もその「魚影」の実体はミツキにしか見えない。何故か? それが人魚であったからだ。八百比丘尼を始めとして日本には人魚の肉を喰らうと永世を得るという話が伝わる。あの人魚である。人魚は様々な予言をする。而もその予言は総て的中する。何故、人魚が予言をするのか? それは大変なことが起きるのを防ぐ為だという。それを防げるのはミツキだけだとも。
 この謎の顛末は実際に観て確認して欲しいが、地球温暖化が科学的に立証されていると多くの人々も信じざるを得ない昨今の状況を想起させつつ展開するこの謎解きは、中々の奇譚でもあり楽しめる。
ギンノベースボール

ギンノベースボール

ラビット番長

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2026/09/02 (水) ~ 2026/09/06 (日)上演中

実演鑑賞

満足度★★★★

 尺は約110分。

ネタバレBOX

 古希野球というのがあるという。メンバーは古希を越えた者達だ。当然、体にはガタが来ている。殆どの者が病と同居しているわけだ。然しそれでもガタの来た体を使って野球がやりたい人々だ、それだけ野球好きなメンバーの目標は無論、最終的には、制覇である。然し、老いは容赦ない。メンバーたちが本戦に臨む際ベストコンディションで臨める保証はないのである。而も、その連れ合いも皆元気だとは限らない。認知症を患ってでもいれば介護の為、練習すらままならないといった状況も起こり得る。こんな、不確実性を常態とする古希野球の世界を描く。
 当然の事ながら、ここまで野球に凝る参加選手たちには、甲子園経験者や、プロ予備軍であった者らがいるから、現在の連れ合いも野球絡みでゲットしたりする者がいる。そんなコイバナのあれこれとその顛末も含めラビ番らしい創りだ。
 開演前には甲子園での熱闘を伝える放送が流され、舞台美術も板センターにホームベースを模した真四角の平台が頂角を観客席に向けて置かれ上演中はピッチャーマウントともなる他、この平台を中心に斜め上方奥上手、下手には三段の観客席、上手奥には、古希野球メンバーが通う飲み屋のデシャップが配されている他、正面奥センターの天井近くにはスコアボードが配されて実に上手く用いられている。
 難を言えば、世界の状況が第三次世界大戦危機乃至は世界秩序再編の只中にある現在に暮らすヒリヒリするような我らの日常は一切反映されていないので、どこかよそ事に見えてしまう人々も存在しているであろうということだ。
舞台「キリシマサトル、青春の蹉跌」

舞台「キリシマサトル、青春の蹉跌」

株式会社GEトラスト

新宿シアタートップス(東京都)

2026/09/02 (水) ~ 2026/09/06 (日)上演中

実演鑑賞

満足度★★★★★

 物語は、1974年の三菱重工ビル爆破事件を起こした、東アジア反日武装戦線“狼”の メンバーであったキリシマが、50年間の逃走後、名乗り出僅か4日後に亡くなったことを契機に、脚本を書いた久保田誠二さんがかねてより関心を持っていた“狼”の実態と彼らの活動をキリシマ自身が更に長く生きていたなら如何に総括したか? という物語として描く為に、逃亡中の彼に密着しドキュメンタリーとして映画化するという目的で女流監督が撮影を敢行する設定の今作を書き上げ上演の運びとなった。尺は105分。(追記後送)

ネタバレBOX


 何とも言えぬ味があり特に気に入った役者は年老いたキリシマを演じたダンカンさん、キリシマが働く土木建築会社社長の息子役、厚を演じた小早川俊輔くん、爽やかさがグー。また、若い頃のキリシマの恋人、沙良を演じた土路生優里さんの若い娘らしい純粋さがグー。また、若い頃のキリシマを演じた大野瑞生くんの少しナイーブで優しいが、差別に対しては極めて敏感で正義感の強いキャラの味を出してグー。
縁がたけなわ

縁がたけなわ

劇団ヨロタミ

萬劇場(東京都)

2026/09/02 (水) ~ 2026/09/06 (日)上演中

実演鑑賞

満足度★★★★

 上演形態がちょっと変わっている、シャッフルキャスト、Wキャストと2つのキャスティングがあるので観る回によってキャストが異なっているからだ。今回は初日、TeamCYANを拝見。尺は約100分。華4つ☆

ネタバレBOX


 物語は、朝鮮戦争特需で財を成した吉田家の8LDKの屋敷の客間で展開する。この客間のセンターホリゾントの窓からは外部から邸内に入る道に植えられた木々の有様が見える。室内は下手側壁に出入りの扉、対面上手側側壁には食堂や調理室等々へ通じるドアがあるが、面白いのはドアを開けて入った辺りに下駄箱が据え付けられていること、即ちそこから先は土足厳禁であるという発想だ。客間は洋室の和用折衷と言えなくは無いが、下駄箱のレイアウトが如何にも奇異な「和洋折衷」のコンセプトを象徴しており、茶化すかのようである点に今作の喜劇的要素が早くも見て取れる。客室内は現当主の妻が他界した後、水道局を辞任して推理小説家を目指す長女の婿が「画策」して家具、絵画等を売り払い換金して安物のソファーセット等に買い換えた為、そのソファーセットばかりが目につき、デコラティブであった頃と正反対にさっぱりした印象を呈している。(これは無論、演技空間を確保する為の脚本の基本を守っていることも意味する)
 現当主は3年前に妻を亡くし現在はこの広い屋敷で独り暮らし。偶に元オリンピックのスキー選手だった義弟で現在はかつてのつてを通じて依頼されるコーチやオフシーズンの配達業等で生計を立てている松元が料理や庭の手入れ掃除などをしてくれている。娘2人は既に別居、下の娘は小劇場演劇の劇団に属し芝居をやっている。
 また、屋敷が広いのと独り暮らしを良いことに近隣の老人たちが作っているグループの気の置けない集会場所としても利用されている実態がある。まあ、特需で潤った家系でもありこういった“老人会”の代表を務めている関係もあってこのような状態が続いている訳だ。(この辺りの状況設定も喜劇的である)前半は、概ねこのような喜劇的展開が中心で推移するが、中盤から内容がドラスティックに変貌する。
 実をいうとオープニングでは、当主、敬一郎は足の骨を折って入院していた。その時、看護してくれていた看護師、瑞希が退院時に一緒にこの家に来ていたのである。無論、63歳の当主より二回りも年下の恋人としてではない。この家にあったハズの絵を見たいとのたっての希望から同行してきていたのであった。ところが、それを松元が見て恋人と勘違い。而も、長女夫妻、妹、老人会の婦人たちまでが一堂に会することとなり、てんやわんやの事態に発展するのが、前場。打って変わってピアフの曲を背景に内容はグッと真剣味を帯びた後場に入る。実は長女の夫、明は推理小説家を目指していると書いておいたが実際に遺産相続を巡る殺人事件をテーマとした作品を書いていた。その小説の内容、遺産相続を巡る骨肉の争い、明自身が相続に関して異様な程の知識を持ち、ことあるごとにその話を持ち出し、具体的にこの家の相続権問題につるんできていること、看護師、瑞希の、実は・・・。老人会女性たちの恋の行方等々が絡み、大団円に流れ込んでゆく。あとは観てのお愉しみだ。シリアスな展開中心の後場にもかつて声優として名を為し、現在も現役で芝居に関わる熟年役者の活躍と彼の年齢で相変わらずスターであることへのやっかみ半分の模様等をも織り込み、喜劇的要素も配分しつつの大団円、楽しめる。
Blue moment 2026

Blue moment 2026

Theater Company 夜明け

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2026/08/27 (木) ~ 2026/08/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 下手側、上手側に階段状の構造を作り、手前観客席側が広い踊り場のようになって、演技、ダンスなどが繰り広げられる。基本的に等身大の人生の生き様が描かれてグー。尺は2時間半、休憩なしとちと長いが一切長さは感じず没入できる。吹奏楽部の演奏シーンの音響効果は抜群。

ネタバレBOX

 兎に角、ダンサーを含めて総勢35名が出演する迫力は、大スタジオを使うにもってこい。箱の大きな小屋で上手い劇団が少人数で演じても観客に届けられるエネルギーが小さい為、中々役者及び演者の発するエネルギーの力で観客を圧倒できないものだが(その分、大抵は装置の圧倒的な迫力や美しさ、照明、音響等の極めて高度な用い方と迫力、脚本・演出の素晴らしさ等で補完しつつ観客に役者陣のエネルギーを伝える訳だが、成功することは稀である。
 今作は我々の生活と同じ時系列、即ち過去から未来へのみ流れる時系列に沿って展開してゆくから観る側もこの点に関しては素で居られる。当然、メインストリームは子供時代から各々の成長年代に従って描かれてゆく。観客はこの流れに従って自らの生涯を重ね合わせながら追体験をするという構造だ。つまり、虚構を自らのことと感じてでもいるように観入るのである。この辺り、脚本の上手さが光る。尺は休憩無しの2時間半だが、終始、自分事として没入できるので長さは一切苦にならない。登場人物たち各々が、天才とか英雄、偉いさんではなく何処にでも居る普通の人々であるという設定も観客の生活体験と重なり、単なる物語というより、普通の人々が日々体験しているこうもしたい、ああもしてみたいが、思うように実現できない、上手くゆかない等々で苦しみ、絶望の淵に追い込まれ、時には思い余って・・・等々、どうにもならない状況を何とか生き延びている生き様が、目の前にごろっと提示されているような効果を齎してくる。
 バイクが風を切り、自由を謳歌する精神そのもののように兎に角走り続けようともがく我々を先導するかのように象徴的に用いられている点で、ともすれば自分を見失い、絶望の余り自暴自棄に陥って自滅しかねない起き上がり小法師のような我々を牽引してゆくのもグー。妻との間に生まれるハズであった子が、水子の形で現れ深く洞察的な科白で物語の世俗性を締める脚本の鋭さも相俟ってラストをどう解釈するかは観客の判断に委ねられているが、心に残る良い作品である。
 スタッフさん達の対応も親切、丁寧。お礼申し上げる。
東京ブギウギと鈴木大拙

東京ブギウギと鈴木大拙

名取事務所

本多劇場(東京都)

2026/08/26 (水) ~ 2026/08/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 尺115分、休憩無し。舞台美術が美しい。華4つ☆

ネタバレBOX

 登場する人物は総て実在した人間である。(即ちモデルが存在した)描かれる住居(京都・鎌倉)の建物も現存している。殊に重要なことは、敗戦直後の日本で大流行した笠置シヅ子の唄った「東京ブギウギ」の歌詞を書いたのが「息子」のアランであったということだ。そして大拙は二番の二行目に記された歌詞の一節を大変に嫌った。アランの見解とは真っ向から対立したのである。
 因みに何故、禅の哲学の大家として知られる大拙の息子の名が外国人名・アランであるのかを不思議に思う読者も居るだろうから、一応説明しておく。大拙の妻は彼がアメリカに渡って出版社に勤務し禅の思想を英訳していた頃、恋に落ち結婚したビアトリスがアメリカ人であったことに関りがある。といっても父と息子の決定的な断裂は、第一段落で書いた二人の対立に表されている通り決定的で、ある意味避けられなかった断裂でもあった。アランは2人の実子ではなかったのである。アランは本当の母が誰であるかを生涯知ることも無かった。而も時代は太平洋戦争前夜、ハーフが極めて少なかった時代の日本である。父・大拙は禅の思想を英訳し英文読者を獲得したことで世界的権威としてもてはやされる大哲学者、妻もその大拙と理想を共に追い掛け夢を結んだ外国人として一般日本民衆には高嶺の花。然るにその息子は間子であり、而も実子に非ず、子供時代から問題行動を起こしてばかりの、顰蹙を買いこそすれ、評価するに足りないとされたのは、dépaysementの苦悩を知らぬ人間、大拙・ビアトリスのように純粋で理想を追求することを自らの天命とし邁進できるラッキーフューと大多数の海外の実情を知らぬ日本人にとっては当然の成り行きであったかもしれない。 因みに自分がここで用いているdépaysementという単語は、その存在の根底が毀損されていることでアイデンティファイしようにも自らの核を自らの存在そのものの歴史性に求めることが出来ずに違和感と居心地の悪さに常時苛まれる者の在り様を指す。これが「東京ブギウギ」二番の二行目の歌詞で歌われていることに大拙が猛反対した理由となった訳である。つまり、この歌詞がこのようであったのは、アランが往時世界の強国の租界があった上海で暮らし、生まれて初めて間子である自分がdépaysementの苦界を気に病まずに済んだことがあったであろうことは確実だ。
 この辺りの微妙な心理表現をこの大きさの箱で充分観客に伝えることは至難の業。この点が今回上演の難しさに在るように思う。何となれば、演劇の舞台という物は、役者の身体・台詞の全量と観客の想像力の交感関係に掛かっているからである。
GOOD NEIGHBORS

GOOD NEIGHBORS

ハイワイヤ

OFF・OFFシアター(東京都)

2026/08/19 (水) ~ 2026/08/25 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 尺がちょっと長いし、休憩が無い。而もOffoffは手洗いが1カ所しかないから、事前に行っておくべし。傑作、断固観るべし。華5つ☆

ネタバレBOX

 今回拝見したハイワイヤは今年旗揚げ5年目という劇団、3回目の公演だという。公演回数が少ないが、それだけ内容のある作品を創ってきたのだろう。今回、初観劇であったが、拝見した内容からそう思う。
 主宰が、作・演・主役迄務め三面六臂の大活躍。無論、他の出演者たちもこれに呼応して熱量の高い舞台を作り上げている。何より、日本という地域が持つ生活習慣の特異性をこれほど見事に映し出した作品は、決して多く無い。尺は約140分、途中休憩無し。
 板上は、可成りごちゃごちゃしている。殊に目につくのは下手に舞台を斜めに切るように設えられたバーから下がる1枚のカーテン。この仕切り手前の客席側はゴミ捨て場。空き缶やら廃棄された生活用品、衣類等の塵袋が終始この一角を占領している。板中央辺りの奥にこの界隈の地主の家へ通じるドア、更に上手に隣家があるが、ごちゃごちゃしたこの一角の手前の壁には止まったままの掛け時計が見え、更に上手には電話や消化器迄見える。
 物語の表層では、地主の家長(覗見 明)がこの辺りの自治会の会長として登場する。自治会会長は回り持ちなので、現在は会長を務めているということだ。彼の妻(万里)は癌を患っており、深刻な状態なので彼自身は、公務員を辞め、妻の世話と自治会に寄せられる諸問題に振り回される日々を送っている。中でも問題は自治会内で持ち上がっている近隣住民による、大声や奇声による騒音被害とその問題に対する対処の問題である。奇声を発したり、大声で抗議の言葉を喚き散らしたり、時には襲い掛かってくる人物は、地主の隣家に住む方だ。統合失調症を患う患者で発症するまでは極めて優秀で近所でも評判の良かった女性(裏井戸 鏡子)である。彼女のファーストネームに鏡の文字が入っていることも、今作を象徴している。
 他にクリーニング屋を営んでいる主婦(小河原 春)子供も何人かいるので仕事がらみもあり近隣界隈の噂話の中継点的役割を果たし極めて重要な役。また、専門学校生のタカトは明からも春からも可愛がられている四国出身の若者だが、鏡子、明、春の何れからもニュートラルな位置を辛うじて保ち今作の荒れ狂う海に浮かぶブイのような奇妙な安定感、バランスを為す。更にSDF(住居不定者)乃至は底辺生活者代表として鏡子の家の2階を占拠し寝泊りしている佐藤は、窮民代表としての生活感覚を代弁することによって現代日本政治の限りなき失態であるアメリカ隷従の結果を目の当たりに示してグー。
 創り方としては、町内会放送という形式を借りた前説で、安心・安全に気を付けるよう放送されるのが象徴的であり、その直後に登場する明は暫くの間一切の台詞を吐かないのだがこの演出は震える程衝撃的だ。
 結果的に今作で統合失調症に罹患するのは2名だが、この2名共に統合失調症を発症する前段階で離人症を経験しているであろうことは、間違いないと思われる。発症者2人にそのような共通項が在ると考える理由は明白である。それまで無意識に自分自身が回りの人々と共有していたハズの結(元々は、殊に農山村に於いて盛んであった住民相互の労働、生活諸般に渡る互助組織)の齎した共有概念、共有感覚が法や宗教・哲学などが基となった秩序感・倫理観より古い記憶領域に畳み込まれ現在では殆ど意識されない。集合無意識とまではゆかないまでも意識的人間以外には思考対象にすらならない旧いが根底的に個々人を支配している記憶古層に在ると考えられる記憶)的なもの・ことが、自分達とは「異質なもの・こと」と出会って発動されるのだ。発動の形は、差別・排除等結に属さぬと判断したマジョリティーが、属さぬと判断したマイノリティーに対してその生活や人間関係そのものを簒奪し、排除、差別という形で社会の圏外へ追いやる。いつもの陳腐極まる而も効果的な術である。
 このような不安要因は、排除されかねない人々にはより敏感に察知され、この察知能力によって自衛とも言えない自衛手段が形を取るのが“離人症”という形態であると考えられるのだ。
 この程度の推理さえできない日本人が余りに増えすぎた。日本の没落は火を見るより明らかだと残念乍ら断じざるを得まい。
 開演中だしこれ以上のことは書かずに置く。然し今作は、最低限、このような問題を提起し得た傑作である。断固、観ておくべし。
 
AFTERALL

AFTERALL

東京MT

参宮橋TRANCE MISSION(東京都)

2026/08/21 (金) ~ 2026/08/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 タイトルを深読みすると、コンセプトを裏切られる。ある意味、喜劇の王道を踏まえた作品。

ネタバレBOX

 今作を上演した劇団は今年で20周年ということだが、初めて拝見した。何でも特に主張したいことは無いとのこと。その言葉通り徹頭徹尾馬鹿らしい、それが徹底されているが故に天晴な作風である。
 学生時代、新築のタワマンに住みたいという夢を持った者達が作ったタワマン部に初のタワマン購入カップルが誕生した。物語は彼らカップルの購入したタワマンの一室で展開する。というのもこの日、この憧れ実現を果たしたカップルを囲んでパーティーが当のパワマンを会場として開催されるのである。次々に集まったメンバーたちは、そのスペースが西洋の居住空間のように高い天井を持ち居室自体も広々としていること、居室が高い位置にあることから近隣の景色を一望でき、建築の原則通り南向きに建てられている贅沢等を実地に検分して我がことのようにはしゃいでいるのである。無論、部の先輩・後輩が一堂に会しているから先輩・後輩の関係があり、カップルの年齢差も同級生の物件の所有カップルを含め同級生同士のケースが今作の場合は2組、他はカップルという訳ではない。
 面白いのは、順風満帆の若い成功者を囲んで和気藹々に進むと思わせる大前提が、例えばホリゾント正面に墨で大書された“祝意”の文字がアカラサマに素人の筆であること。それによって書そのものが恰もこのパーティーを台無しにするような効果を持ってしまっていること。他にも下手側壁に貼られた墨書に書かれた“真面目が一番”の文句が格言であるとか、見識を感じさせる賛などの文句では無く、唯、トウシロウの用いるダサい文句に過ぎないことで品格を欠いているなど総てが場違いで調子っぱずれなことだ。見晴らしが良いと後輩が盛んに褒めていた南面の窓硝子も透明な高強度硝子ではない。これで景色がそんなに美しく見えるハズがない代物なのである。一から十まで総てがこの調子なのは、無論、今作が徹頭徹尾ズッコケで構築されているからである。(ズッコケで構成できるハズも無いのは分かっているが、この作品を形容するには相応しいと思われる表現を選んでいる)
 ズッコケの方法は様々に用意されているがいちいちの説明は控えておく。ただ、本当に徹頭徹尾余りにバカバカしいから楽しい。その内実は自分の目で確かめて頂きたい。
お気に召すまま

お気に召すまま

劇団つばめ組

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2026/08/20 (木) ~ 2026/08/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 楽しい作品に仕上げている。華4つ☆

ネタバレBOX

 今作の面白さは、特権階級であった貴族(今作では公爵兄弟間での領地簒奪など他のシェイクスピア作品でも扱われているテーゼ)がそのような問題そのものから解き放たれているアーデンの森と対置され前者の人工的で陰謀、裏切り、謀略に満ちた社会を糊塗する為、権威主義的、表層的な例えば法解釈を自らに都合よくするなど強権を以て実行する世界に対し、追われた正当な継承者が暮らす自然の持つ荒々しさや寒暖の厳しさ、自らの労働によって生きる糧を購う生き物としてのヒトが享受する自由が見事に対峙されていることだ。(どちらが本当の自由で在り得るか? 、どちらの生き方がより真っ当であるかについても現代ならエリザベス朝とは異なる解釈も可能であろう。)
 当然の事ながら、後者が正義に近く、前者が権力を握っていることをシェイクスピアは喜劇作品に仕立てることで批判しているから、貴族たちの恋愛が表向きの主役。然し真の主役は道化であろう。その証拠に作中一番気の利いた台詞の殆どはタッチストーンのものである。また、同じ恋愛でも羊飼い同士フィービーを追い掛けるシルヴィアスの関係は、シルヴィアスが袖にされ続ける姿が執拗に描かれることで女性と男性の根本的な立ち位置の問題を提起しても居そうである。フィービーの台詞に含まれるペーソスは、何とも言えぬ味を持ち、役者さんの演技も道化役同様気に入った。
はねやすめ第2回公演『cocktail』

はねやすめ第2回公演『cocktail』

はねやすめ

中板橋 新生館スタジオ(東京都)

2026/08/15 (土) ~ 2026/08/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 まだ、若い劇団今後に期待。

ネタバレBOX

 2回目公演と経験の浅い劇団のようだが、当パンの説明を読むと矢張り幼さが感じられる。板上は開演後も後景はずっと照明を抑えはっきり見えない。板手前客席側の下手、上手コーナーに工事現場に置かれているコーンが1つずつ置かれ立ち入り禁止にされている。この奥上手には若い女が寝そべっている。体の下には自分の荷物を敷いて居る模様。下手には何やら袋が転がっている。
 一場の登場人物は2名、若い女は可成り酔っぱらって新宿・歌舞伎町の一角で寝込んでしまった模様、そこへ全身黒ずくめの矢張り若い女が現れる、酔っぱらった女が首につけているネックレスに強く惹かれ、欲しいと思い、取り外そうとするが上手くゆかない。その内、女が目を醒ます。酔っぱらっているので呂律が回らない。そんな酔っ払い相手の2人の会話が続く。一場はこの対話が主となるが、酔っ払いを演じることは極めて難しい。自分が実際に拝見した舞台役者でこれをリアルに演じることのできる役者はたった1人。それほど難しい。トライする勇気は認めたいが、基本が全くできていないのも明らかであった。呂律が回らない役を演じながらその表現に全くリアリティーがない。発音、調子、息継ぎの仕方、目の表情、姿勢等々、何れも失格である。酔っ払いのシーンが長いだけに呂律の回らない台詞を喋っていたのが酒の覚める間も置かず素面の発声、発音になってしまったり、目が終始尋常なことも含めて、若い役者がこんな難しい役を長時間演じなければならない脚本をやらせることには無理がある。黒ずくめの女が実は烏であることは、無論想像がつくが、夢幻劇と解するにはリアルに過ぎる。また、役者の身体と演技についてももっとずっと深く真摯な考察が必要であることは言うまでもない。
 二場は、短い場転で奥に隠されていたバーカウンタや椅子、テーブル等が明るくなった板上に明らかになる。矢張り歌舞伎町の場末のバーである。こちらの方が役者たちの演技にリアリティーがあったのは通常のバーでの会話劇として自然だったからである。一場で登場した2名以外にバーの女将が登場、一場で烏と取れる役を演じた女優はより烏色を濃くして人間の台詞としての表現は無い。
 余り褒めることが出来なっかったが、演劇は総合芸術であり、様々な要素が複合的に絡み合って成立しているのみならず、観客に届けて初めて成立する。このような複雑性を抱える表現形式であるから、何を中心に据えて舞台に掛けるかはとても大事で迷う処でもある。然し発表の場となる上演で向き合うのは役者と観客である。従って最も重視すべきはこの上演の場での完成度の高さだということになろう。如何なる戯曲を選び、それをどのように魅せるのか? に向かって総ての関係者が真に向き合わねばならない。経験の浅いことが今回は指摘したような部分に現れたが、裏方スタッフの親切な心遣いや、シナリオの工夫などでは笑いを取るシーンも埋め込まれ悪く無かった。今後の進展を期待している。
卓

風雷紡

小劇場B1(東京都)

2026/08/12 (水) ~ 2026/08/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 舞台美術は至ってシンプル。八畳の間の中ほどに木製の大きなテーブルがでんと据えられている他はコーナーの一角に神棚が設けられており、側壁中央、部屋の奥中央、廊下の壁それぞれに大きな掛け時計が掛けられている。劇空間入口の客席側にこの家の当主の趣味であろう、植木の鉢が幾鉢か置かれている。この家はこの当主が養蚕農家から発展させた絹織物の工場或いは絹糸を生産している模様。尺は休憩無しの125分。一瞬たりとも目の離せない舞台だ。観ておくと良い。ネタバレは途中まで上げておく。
 開演前には太平洋戦争時の大きな作戦に関する大本営発表のラジオでの戦果報告(敵損害情報、我が国被害状況等が日時、作戦名と共に流されている。オープニング直前に流されるのは、国防婦人会によるとされる前説、中々工夫が凝らされているのがグー。(いかようにも深読みできるという意味で華5つ☆追記後送)

ネタバレBOX


 さて、オープニングで流されるのは所謂玉音放送である。裕仁のこの有名な放送が全国レベルで流されたことは(沖縄でどうであったか? 恥ずかしながら小生は存じかねるが)聞いた方々も多かろう。裕仁が戦争責任をキチンと負わなかったことは一応、肝に銘じておいて欲しい。
 この家には現在でいえば家政婦さんや使用人が何人もいるが、何せ、文明開化以降大日本帝国が経験した大きな戦争で完敗したと国民総てが認めざるを得なかった太平洋戦争は、日本国民の大多数にとって驚天動地の事態であったことはある程度想像できなくはあるまい。例えば現在進行形のウクライナVSロシアの戦争についてもウクライナ人は兎も角、ロシア人の多く(チェチェンの人々、コサック、ウラジオストック周辺等周辺地域や少数民族の多い地域・人々等リスクの多いことを担わされてきた、即ち外れくじばかり押し付けられる人々を除けばサンクトペテルブルグ、モスクワ等ロシア人中心の地域、ロシアの光の当たる部分に住む住民にとってはつい最近、自分達の集住地域が実際にウクライナのドローン等の攻撃に晒される迄戦争を実際に行っているという意識が弱かったことをみれば案外「遠いこと」だったに違いない。少なくとも極めて意識的に世界情勢を見、知り、分析し、統合して思考する合理的精神を持つ者を除いては、戦争の実態は見えていなかったという証言は嘘ばかりとは限らないのかも知れぬ。何れにせよ、戦争が始まれば当事国のみならず関係諸国、諸団体、諸人物は基本的に嘘を吐く。これが戦争の実態である。自分はかつて赴任していた任国で起きたクーデタの際、一緒に行動を共にしていた或る省の局長と共に、日夜それらの諸情報を入手していたから改めてその実態が、正しく事実でしかないことに愕然とせざるを得なかった。時代も場所も異なるが戦争が起こってしまえば起こることの本質に殆ど変わりはない。今作の背景にあるのは、このような個々人の力では抗うことの極めて困難な事実の実態が至る処、否、全面的に我らの足元を掬っているのであるという事実だ。
幸せの方程式

幸せの方程式

A.R.P

小劇場B1(東京都)

2026/07/29 (水) ~ 2026/08/03 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 断固、観るべし! 華5つ☆。

ネタバレBOX

 物語はズージャの自由やフレキシビリティーを支える強烈なヴァイタリティーと生き様、その根底に流れる押し留めることのできないパッション! と、プロミュージッシャンとして当然の矜りをA面に、実際にそれらを創り出している各々の生き様をB面に収録したLPとでも例えよう。生演奏が入る。処は都内から僅か1時間の離島、三国島のライブハウス/コミュニティーラジオブースを兼ねる一角。オーナーは、業務内実に口を挟まぬ理想的な人物。
 作・演は、A.ロックマン氏。タイトルを見て多くの人が、「・・・んなもん、在る訳ネエジャン!」とソッコーで否定しソウなタイトルで、先ず惹きつけ、小屋に足を運んで暮れた観客に対しては気の利くディレクター役がパーソナリティーに指示を出し、カウントダウンが始まる。Qが入ると流れてくるのは前説である。ありそうで無い、この導入、実に上手い。観客の日常的時空を殆ど重力も掛けなければ、桁外しもせずスルりとずらすだけで戯曲時空間に取り込んでしまう。脚本の良さは無論、この演出の上手さとこの演出に見事に応える役者の技量も大したものである。
 一応、物語の流れを大掴みに記しておこう。近くこの三国コミュニティーラジオは開局10周年を迎えるが、これを記念して何か記念イヴェントをやろうという声が上がり、では島出身のアーティストに出演して貰って盛り上げようということになった。無論、ギャラは跳ね上がり、そもそも、そんな著名人が居るのか? という話が出た際、1人だけ居るということが明らかになった。ベテランジャズ歌手が居たのである。ダメ元で当ってみる価値はある、とトライすると快諾された。但し10周年当日はベースメンバーが入れないと告げられた依頼者側は内部スタッフが欠員の代替をすることになった。本番前に実際に放送する局の舞台でリハを行いたいと当然の要求が歌手マネージャから入った。準備を整えいざリハ開始・・・。だがアクシデントが起こった。彼女がいきなり倒れたのだ。これは大騒動になった。引退か? とメディアはこぞって報じた。こんなことがあったある日、スタジオを訪ねてきた人物がいた。何と彼女の息子であった。息子は誠実な男で母と己との決裂の原因を話すと同時に訳あって絶縁状態にあったものの、このように母が倒れたことで放っておけない、駈け付けたのだった。本番迄の日数も限られる中、恋多きジャズシンガーの実態と、矢張りリハ中の突然の転倒シーンが上演される。1回目のそれは、仕組まれたものであったが、今回のそれは実際の生命の危機、余命宣告迄受ける深刻なものであった。息子と母の長い別離も本を正せば、彼女のアーティストらしい恋の強熱の為せる業であった。息子も齢を重ねるにつけ不完全故にこそ、人を愛する術を知った、というべきであろう。
 かくて物語は大団円を迎える。三国島で行われる今回のライブコンサートが彼女の引退公演となるのであった。メインストリームは、このような状態で進行してゆくが、サブストリームが待ったをかける。何とオーナーの借金の廉で、機材から楽器迄総てが差し押さえされてしまったのである。然し既に全国キー局での配信も決まり後は本番を待つだけ、ということになっていた。ファンからの期待も熱い。ライブ決行なるか? 瓦解するか? 
 By the way,人は不完全であるから、生きている価値がある。例えば、子供は親が一から十まで面倒を見て育てるように考えられているが、逆である。子供こそ、親を育てる育ての親なのである。こんな逆転が真であるような恰好良さが今作の果実として稔っている。脚本、キャスティング、演出、演技の素晴らしさ、また演奏の見事さ、何れをとっても水準を見事に超える秀作。観るべし!
15 Minutes Made 東京/福岡 東京公演

15 Minutes Made 東京/福岡 東京公演

Mrs.fictions

テアトルBONBON(東京都)

2026/07/29 (水) ~ 2026/08/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 前回2023年に本多劇場で開催された公演以来3年ぶりの開催である。今回は中野のテアトルBONBON(7/29 ~8/2迄)と福岡市民ホール小ホール(8/8~8/11迄)の二都市公演だ。1団体が15分の作品を公演、参加団体は6団体である。本日東京公演初日は途中10分の休憩を挟んで熱の入った公演が続き若干尺が延び、トータル2時間。各参加団体名称は以下の通り..
 尚、各グループの説明については当パンの説明をベースにさせて頂いた。

ネタバレBOX


「The day 1041」:melomys(我ら存在の個的出現を契機として、出現する全世界(宇宙を含む)との可能的関係を現時点での田崎 小春さんの認証世界観として映像表現なども利用し巧みに提示した)母胎中に在った時期の個体発生が系統発生を繰り返す事実をベースに、離脱を経て辿った過程を()内で記したような全関係の萌芽状態を表すきっかけとして示した。
「ちょっと良いタオルとか」:システム個人(林 泰製氏が作・演を務める演劇ユニット、個々人の自由が縛られるのは如何か? との視座からその生き方をコミカルに描きつつ同調社会に疑義を呈する)今作では、姉の住む一軒家に纏わる幸運が、どうやらオカルト的な理由にあるのではないか? との疑義を巡って展開される。
「女ビルの一生」:ギンギラ太陽‘s(普段、福岡で活躍する劇団。主宰の大塚ムネト氏が脚本・演出・被り物製作迄手掛け役者としても登場する、作品の特徴はその被り物を用いた地元ネタ。今回は博多のデパート競合合戦を地元色を巧みに出しつつ、歴史までも取り入れてコミカルに表現、大いに笑いを誘った。)
「ベビーカー」:コンプソンズ(2016年金子鈴幸氏、星野 花菜里さんを中心とした明治大学実験劇場を母体に発足。現実に起こった事件や虚構を取り交ぜ縦横無尽に渡り歩く作風が売り。今作では、街中でよく見掛けるベビーカーの扱いがメインテーマとなって笑いを誘うが、ちょっと深読みすると親は初の子に育てられるとでもいうべき逆転迄観ることができる。
「真夏に崩れる」:ザ・クズレルズ(役者、入江 雅人氏が主宰。日常のある瞬間に訪れ心揺るがす事象をスローモーション化した身体表現によって表現する、コンテンポラリーダンスでもコントでも無い唯一無二のパフォーマンスを目指す)今作でも夏らしいテーマを適度に混ぜ入れつつ一瞬の現実をスローモーション演技にし立て直して面白おかしく提供してくれている。
「ミセスフィクションズの恋しくて」:Mrs.fictions(今村 圭佑氏を中心に2007年に結成、観客との関係、表現者同士との関係、社会との関係性をより豊かにする為の活動を模索・実行中であり、今回の企画もMrs.fictionsの音頭取りで実現している。
 今作は、1人の若い女性と2人の若い男性の物語。男性の内1人はステディ、もう1人は仲良し、つまりオマケである。この3人の微妙な関りについての悲喜交々。
『コインランドリーカタルシス』

『コインランドリーカタルシス』

πTokyo

πTOKYO(東京都)

2026/07/25 (土) ~ 2026/07/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 楽を拝見。
 座った席がエアコンの吹き出し口だったのか音が煩くて同棲カップルの男を演じた役者の声が殆ど聞こえないシーンがかなりあった。前席に座って居た観客が大きかったのでうつむき加減で発声していたのか否かは確認できなかったが、もしそうだったとすればそのような癖は直すべきである。役者本人が自覚していなかったのであれば演出がダメダシをして直しておくべきであった。はっきりした原因は分からないが参考までに。

ネタバレBOX

 えのもとぐりむ作の朗読劇である。登場人物は4人、コインランドリーオーナー兼作家(女)、閉店間際にやってくる不思議な客(男)、3年間同棲を続けている男と女。台詞を朗読する番が来ると座席が朗読の対になる相手と共に移動し隣り合わせになる。
 物語は、同棲カップルの男が女の何度も結婚を持ち出すことに返事を延ばし延ばしにしている情況とそれでも中々別れは切り出せなかった日々の互いの侘しさや寂しさ、報われたいという念と共に放たれた多くの矢が悉くはじかれ徐々に精彩を欠いてゆく彼女の魂を苛む虚ろなどの心模様が描かれる。殊に女の場合、切なさや自分が好きな彼に合わせて変わり切れていないのが悪いのではないか? などと悩み続けること等が細やかな感性で紡がれ改めて言葉の持つ力に感心させられる。
 この彼女に対して男は、仕事がカフェバーの店員でしかなく結婚すれば妻と子の面倒迄見る為の稼ぎが必要になることから不安ばかりが募り、その責任の重さに押し潰されそうになっているが、それでもエイヤっと飛んで彼女を強く求めるということができない。カップルの暮らす住いに洗濯機はあるが、彼女がコインランドリーの匂いが好きなため、時々このコインランドリーに一緒に来て洗濯と乾燥を行うのである。
 そんな暮らしを続けてきたある日、彼は不思議な男と出会う。この男もこのコインランドリーの常連であったがいつも終了間際に来て洗濯し始めるのでオーナーは通常の終了時刻を数十分過ぎなければ閉店できない。にも拘わらずオーナーはこの客と気が合い、自分の本職である小説家としての仕事の結果の著作を貸したりもしていたのである。而も彼女自身がこの不思議な男の才能を高く評価していた。実は彼も作家だったのだ。
 一方、彼女と別れることになった男が独り身となってコインランドリーを訪れ洗濯を始め、乾燥機に掛けているうちに隣に座っていた不思議な男はあれやこれやと話し掛けて来ていた。その内、友達のような言葉遣いをし始め、そうなったことの理由を上げたりもする。独り身となった男も徐々に彼のペースに巻き込まれ遂には別れた彼女との因縁話から寂しさ、辛さ迄語り出し遂には激しく泣き出してしまった。不思議な男は優しく寄り添い、何くれとなく彼を慰めいたわる。
 場転が在ってコインランドリーのオーナーと独り身になった男がコインランドリーで出会った。その際に彼は不思議な男と会って話した内実をオーナーに告げた。然しオーナーの口からは信じられない答えが返ってきた。彼は亡くなったというのだ。何でも彼は病を抱えていて歳を経る毎に体内の毒素が増し遂にその毒素が彼を天上に召したのだと。オーナーは彼の母との電話でこの事実を知った。
 更なる場転。久しぶりに不思議な男が住んでいたエリアの近くへ来た独り身の男は、同棲していた彼女を見つける。小さな赤んぼを抱いていた。彼女は結婚し子を産み母となっていたのである。こんな変化を天上に召された不思議な男は、きっと星になって見つめていてくれるに違いない。彼を知っている者達が皆そう思っている。
太鼓

太鼓

劇団演奏舞台

演奏舞台アトリエ/九段下GEKIBA(東京都)

2026/07/23 (木) ~ 2026/07/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 本日26日14時開演の公演が楽である。観るべし! 華5つ☆

ネタバレBOX

 今作は演奏舞台が本公演を試演と名付けて上演していた頃を含め今回で6回目の公演である。浅井さんが作詞・作曲・編曲まで手掛けた曲を歌ってくれるシーンもあるが心に沁みる良い曲であり心に沁みる歌詞である。
 因みに今作の原作者は1923年生まれの木谷 茂生氏1943年に立教大学予科在学中に海軍に入隊、予備役を経て少尉で終戦を迎えた方である。戦後は編集者としての業務にあたり乍ら劇作をした。実際の戦争を体験しているだけに台詞の一々が生々しく生き、戦争の惨たらしさ人間性の喪失なしには生き残れない醜さ、大多数の者が抗い切れない圧倒的な世の中の趨勢の恐ろしさと、それら非人間性に慣れてしまう人間の性(さが)の救い難さのリアルが痛切なまでに描かれ、初年兵の初心な心や魂が無惨に切り苛まれていっぱしの生き残る為に兵士になってゆくことの救い難さが、育ってきた故郷の土の質感や匂い、粘度、特異性と共に人の生きる大地に生んでくれた母への痛切な思慕が綯交ぜになり、故郷で恋した女性との淡く切ない思い出と共に痛烈に胸を抉る。たった一度しか生きられない人生をこんな不条理の為に捧げなければならなかった兵士たちの苦悩を見事に抉り出した傑作。
 ところで、現在の世界は今当に我々自身が兵士として出征しなければならないかも知れないという不安を抱えざるを得ないような状況に陥っている。為政者共にとって民は使い捨ての駒に過ぎない。この事実をよくよく考えておくべきであろう。残念なことではあるが。
血の婚礼 【劇団うつり座】

血の婚礼 【劇団うつり座】

劇団うつり座

上野ストアハウス(東京都)

2026/07/22 (水) ~ 2026/07/26 (日)公演終了

実演鑑賞

 流石、篠本賢一氏による上演台本、演出、美術である。華5つ☆。必見。

ネタバレBOX


 板上は壁三方を黒布で覆いその内側に白布を重ねる。凡そ各コーナーに当たる辺りに灰白色の箱馬が1つずつ置かれ、演技空間手前に緋色の台、下手は尺八、横笛などの楽器と演奏者、設楽瞬山さん。上手に太鼓、鐘などと演奏者、藤田 佐知子さんが座す。板中ほどには墓石のように見える灰白色の箱馬がやや奥と手前に置かれ巨大な葉巻のような茶色っぽいものがその足下から伸びている。いつもながら舞台美術は篠本 賢一氏、流石にセンスの良さを感じさせる。尺は125分、休憩はないが緊張感の途切れぬ舞台をラテン系らしい情熱の為には命を賭けるのが当たり前という固定観念の支配するロルカの原作から日本の因習的な農村の、目にはさやかならぬ因襲性や相互監視の窮屈な社会へ見事に転移させ、衣装も駆け落ちする者ら若干の例外を除いてくすんだ色合いに統一し、悲劇を齎す刃物の光る衝撃を通してクライマックスを当に頂点化、こういった場面で横笛の時空を切り裂くような鋭い演奏、各場面に応じた尺八の音や打楽器の演奏が場の雰囲気更に盛り上げる。回を追う毎に質が向上しているうつり座の面々の演技もグー。逃亡する新婦と恋人の描かれ方は~尽くしという手法は取らないものの、当に人形浄瑠璃や歌舞伎などの道行そのもの、観客の練度によっていくらでも深読みのできる作品である。
「水平線の歩き方」【Mura.画】

「水平線の歩き方」【Mura.画】

Mura.画

北池袋 新生館シアター(東京都)

2026/07/24 (金) ~ 2026/07/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 尺は70分、実力集団。ベシミル、華5つ☆

ネタバレBOX

 AB2つのチームがあるが、Aチームを拝見。脚本は成井 豊氏、演出は爽口 穂夏さん。
 Mura.画(ムラエ)演劇研究会は2024年にスタートしたグループで今回が2回目の公演という。今作は観客の想像力を験すかのような公演であると感じた。登場人物たちも様々な経歴を持ち役者だけではないが、各々の経歴が生きて在ることの様々な表情と微妙な表現に深みと味をつけ極めて質の高い舞台に仕上げている。舞台美術も象徴的に創られ、余計な寄り道をせずに内容の豊かさを紡ぎ出すので尺は70分だが内容的には2時間以上掛かってもおかしくないだけの内実を持つ。
 更にオープニング直後にダンスシーンがあるが、良くある単なるパフォーマンスに終わらずキチンと脚本の内実に溶け込むようなダンスシーンであることに驚かされた。
 観劇の際気付いておくべきは主人公、幸一の感受性の鋭さとラグビー選手としては小柄だが名選手として活躍してきたこと、だがさしもの名選手もハードなスポーツであるラグビーを35歳迄やっていると故障が多いのは必然である。だがラグビーだけが母と自分を捨て出帆してしまった父、幸一を育てる為に無理を重ねて死に、その後叔父一家の養子として育った彼の鋭い感受性が実子と分け隔てなく育ててくれた叔父夫婦の優しさ故に彼のトラウマをより複雑なものにしていたことまで表現されていることに気付く。
 ラグビー時代からの友が何くれとなく幸一をサポートする情、幸一の膝の胡椒に真摯に向き合う優秀な女医、亡くなった母が何故突然彼の部屋に現れたのか? の解に関しても終盤で明らかになる。多くの観客が涙していた作品。
あきらめて明日

あきらめて明日

青春事情

新宿眼科画廊(東京都)

2026/07/17 (金) ~ 2026/07/21 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 タイゼツベシミル! 華5つ☆。前説から凄い。この劇団の力を見せつける。尺は80分。

ネタバレBOX


 板を挟んで鰻の寝床の両サイドが客席。床の色と対照的な白い箱馬が適当な間隔を開け9~10個ほど置かれている。ファーストシーンに登場するのは20歳くらいの息子とその父。父は息子の寝坊を詰るが、“あんたにそんなこと言えた義理か?” という態度を取る息子、グレて問題行動を取っているというより、父が迷惑を掛けてきたことに対する反発のような感じである。あれやこれや細々と息子を心配する父に対しバイト先で人出が足りない為あてにされている息子にとっては兎に角バイト先に迷惑を掛けられないという事情がある。実際バイト先ではバイトの女子大生が、ゼミが忙しいだの何だので年中、シフトを変わって暮れだの急な休みを取って自分のシフト以外の仕事を引き受けさせられる。或いは遅刻で迷惑を掛けられる等の事態が発生してクタクタにされていたのである。彼のバイト先はコンビニ、従業員は店長、彼、女子大世の3名。店長は年中夜間も人出不足で勤務せざるを得ず単に精神のみならず殆ど肉体的にも限界状態だ。こんな状況の中、奇妙な女性が現れた。彼女は棚からパンを2つ取り、これを食べようとしていた。店長が気付いて「買っても居ない物を食べてしまっては万引きだ」と注意するが、彼女は「私はこれを食べないと死ぬ」と主張、然し店長は万引きを認める訳に行かない為押し問答、そこへ若者が来る、日本語が分かるようだし仕事をして貰えば万引きしなくてもバイト代でペイできるとあって、彼女はこのコンビニで働くこととなった。然し彼女が述べるディスクールは論理的に正しいものの、余りに正当で本質的即ち哲学的なので日常生活で用いられる対話表現としては難があった。無論、これには尤もな理由があった。彼女は宇宙人だった。
 一方父の霊は息子の前に何度も現れ父が自死するに至った経緯、その事情にある男が相談役として関与していたことが分かって来る。息子は父に上手いことを言って金を巻き上げ遂には己が利益の為に自死に迄追いやったこの男を追求したいと願った。そんな折、バイト先の女子大生が見て貰っていた占い師に、自分も占われることとなった。この占い師、可成り当たると評判で彼ら以外にも偶々見て貰った女性が居た。彼女は自分の彼の件で訪れていたのである。ある日息子がシフトに入ろうとするとカウンタ上に宅配便が置かれており、何気なく依頼人の名を見た息子は父の手帳に書かれた相談者と苗字が同じことに気付き記されていた依頼人の住いを訪ねた。チャイムに応えて出てきたのは若い女性であった。怪訝な表情で息子の訪問に対する彼女に、息子は彼女の彼が息子のバイト先に宅配便を頼みに来、住所を宅配物の住所欄に書き込んでいたこと、父が世話になった人物と同じ苗字であったためその住いを訊ねた結果であったことを説明して誤解を解いた。彼女自身が体調の異変から病院で診察を受け妊娠していることを初めて知ったが、同棲相手が一体何を生業としているかについて一切を知らされていなかったことに懸念を持っていた彼女は彼との直接対決に及んだ。
 一方この不思議な同棲カップルの子の誕生に連なる本質的な命の命脈問題を梃子に、様々な縁が日本のコンビニで働く人々と宇宙人とを繋ぎ日常のちまちました生活に宇宙の壮大な時空を繋げることで観客の知の領域、想像力の広がりを検見してでもいるかのような展開を見せる。日本人の悪習である余りにちまちまとしたことにかまけて自らの知的想像の時空迄狭める傾向に対する極めてラディカルな視座を提示する傑作だ。
喫茶ポローニア

喫茶ポローニア

こぬかーめ

阿佐ヶ谷アルシェ(東京都)

2026/07/17 (金) ~ 2026/07/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

 初日を拝見。華3つ☆

ネタバレBOX

 尺は2時間弱。下手奥にカフェバーカウンター。タイトルには喫茶と入っているが実際はカフェバーなので棚には酒のボトルも見える。カウンター手前に丸椅子2脚。上手ホリゾント手前にも棚風の家具が見えるが殆ど機能せず。出捌けは黒幕で袖を拵えて上手奥の側壁から、1か所のみ。場面が喫茶、バーの場合のみ上手奥に小テーブルと椅子、板ほぼ中央にやや大きなテーブルと椅子を配置する。
 肝心の物語はポローニアに出入りする常連客の若いカップルの内の一組(カイリ&カナデ)の彼女、カナデが道端に倒れた男を気遣い近付いて歩道に連れて行こうとした際、刺殺されてしまったことに起因する幽体離脱を起し過去に戻り生霊として他者に取付くことによってこの事件を阻止しようと図った顛末を描く。このメインストリームに目に見えない何者かと話しているように見える謎の老人や、父と共に心中したカナデの友人、アイス。カイリ、カナデの友人リオとリナ兄妹ら若者達同士の付き合いからくる自然な人間関係の齎す連帯感から生まれた互いへの共感や思いやりが現実には実を結ばない事実に打ちのめされる姿を通して事象のあらましを伝える。
 一方、謎の老人は略称:超常管理局(正式:防衛省直轄超常的隠匿指定事象並びに誘因因子及び関連人物統括管理局)に調査された過去があった。この老人がカイリに憑依のイロハを仕込んだのである。他に心中した父子の事情や父、娘の対話、カナデ刺殺犯の在り様などもポローニアでのマスターらとの対話を通じて明らかにされているが。様々な要素が収斂されてゆく中、結論はどうなるのか? それは観て後。想像にお任せしよう。
 脚本は少々荒い。初日を拝見したが、役を生きていない役者が居たのは残念。役者自身の性向や癖も在るのかも知れないが役者は最低でも役を生きなければ意味がない。脚本が粗ければ稽古中に侃々諤々の議論を経て修正しておくべきである、こういった基本的な作業が出来ていない点で演出にもっと気を配って欲しい。
フランケンシュタイン対地底童子(クラボッコ)

フランケンシュタイン対地底童子(クラボッコ)

劇団 枕返し

小劇場 楽園(東京都)

2026/07/16 (木) ~ 2026/07/20 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 初日を拝見、面白い。華5つ☆ベシミル! なお尺は約110分。

ネタバレBOX

 尺が、当初の予定より20分程伸びて110分になっているが、様々な要素を入れ込み複雑化したからである。
 実際ホムンキュロスの話まで登場する。ホムンキュロスに自分が初めて出会ったのはゲーテの「ファウスト」に於いてであった。無論、ファウスト博士は人知の限りを学習した碩学として登場しているから、今作に登場するパラケルススのホムンキュロス製造法についての知識も持っていたであろうことは容易に推測し得る。これに加え、今作のタイトルにも含まれる人造人間であるフランケンシュタインは、詩人パーシー・シェリーと駆け落ち後、バイロンが借りていたレマン湖畔の別荘で降り続く雨に閉じ込められていた折には様々な哲学論議や生命伝達、死者蘇生、ガルヴァーニ電気等々についても話し合われていたという環境があった。そんな折、バイロンが集まった5人各々が怪奇作品を書こうという提案をしたのがきっかけでメアリーは後「フランケンシュタイン」として紡がれることになる作品の最初の構想を練ることになり。約1年を掛けて執筆した経緯がある。
 この西洋に於ける成果と我が日本に於ける座敷童、座敷ぼっこ、倉ぼっこ等々の怪異が疑似科学と怪異の個別差、更には新院長、他の医師の研究領域や思惑、実際の行動によって分化される世界を各々の世界に持ち機能する以外にも、枢要な登場人物たちの存在状況そのものが異なる世界を出現させるから、本質的に極めて複雑怪奇な物語としての輻輳性と面白さを持つ、お勧め作品。これ迄拝見した枕返しの最高傑作。
 以上構造そのものが可成り複雑だから分かり難いか? といえばそんなことは無い。オープニング時点で淡いグリーンのライトと更に淡い赤色系のライトが一方のホリゾントを照らし西欧的知の開発した人造人間的世界観を表象するのに対し、赤色系、即ち暖色系の灯りで東洋系を示すのと同様、洋の東西差を示すのに西洋系にはエリック・サティーの曲を背景に流すなど上手く観客の心理を誘導しても居るから理屈より感覚ですっと入って行ける。この意味で演出も見事であり、登場する役者陣の演技も各々が全体と絡み、同時にワンシーンで表現されていたことの意味そのものが変わる難題を優れた脚本を良く演じてグー。

このページのQRコードです。

拡大