ハンダラの観てきた!クチコミ一覧

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記憶観覧車

記憶観覧車

πTokyo

πTOKYO(東京都)

2026/09/22 (火) ~ 2026/09/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

 尺は55分。華3つ☆

ネタバレBOX

 えのもとぐりむさんの作品だが、4名の登場者の内1人は死者である。
 物語は今は老い認知症を患う父と2人の娘が、子供の頃から父母によく連れていって貰った遊園地に出掛け乗った、今は古びた観覧車に乗りながら
過ごして来た各々の在り様、数々の思い出話や悩み、至り着いた現在の種々相を亡くなった母の視座から、今を生きる各々の視座からと時間軸そのものを微妙に重層化させつつ展開させてゆく構造が作家の力を示す。
 一方、その表現方法は一般的な朗読手法の域を出ず、先般サブテレニア
ンで上演された遊戯空間「妖話会」による語り「鏡ヶ池操松影‐江島屋騒動‐」遊戯空間公演『妖話会stage-6 鏡ヶ池操松影―江島屋騒動―』に立ち会った身としては次元の違いを感じざるを得なかったのも事実。
Letter2026

Letter2026

FREE(S)

ウッディシアター中目黒(東京都)

2026/09/23 (水) ~ 2026/10/11 (日)上演中

実演鑑賞

満足度★★★★★

 導入部はちょっとチャラけたシーンから始まるが、直ぐに本質的なシーンに入るのは、太平洋戦時とは余りに違ってしまった現代の観客を引き込む為には仕方あるまい。素直に良い作品である。

ネタバレBOX

 実際の手記を基に書かれた脚本は、太平洋戦争末期に学徒動員され敗戦は確実であることを重々知っており、今後の日本を心底立て直す為には敗戦の憂き目を見るしかないと自ら内省し得た学生上がりの士官と客観的情勢としては劣勢を認めつつ軍士官学校出の皇国士官としては軍の方針を曲げる訳に行かず泣き乍ら殴り合っていたと吉田満が「戦艦大和の最後」で書いているような状況であったのだろう。今作では、大尉、中尉共に学徒出身者に対して寛容でに人間的に描かれている点がグー。
 物語は飛行機事故で2026年から1945年にタイムスリップしてしまった若者が、2026年にオペを受ける為にその飛行機に同乗していた恋人に当てた手紙が、届く奇蹟を描いた作品だが、その経緯には、その想念を81年後の彼女に届ける為の壮大な魂の物語が描かれている。尺は150分、休憩無し。のめり込んで観られる作品だ。
 観劇後、往時悩みに悩んだ特攻隊員達が我ら未来の日本人に託し彼らが死を賭して願った未来を我ら自身が築き得ているのか? と自問する自分が居た。
皮膜

皮膜

明治大学実験劇場

明治大学和泉キャンパス・第一校舎005教室(東京都)

2026/09/24 (木) ~ 2026/09/26 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 尺は約105分。華4つ☆ 恋人の存非についての台詞が曖昧である。寧ろ日時を端的に示した方が表現としてはスッキリするのではないか? 回り舞台には感心!

ネタバレBOX

 板上には大小の円の円周上に歯を並べた木造歯車(回り舞台になっている)。居住空間内を描く際はテーブルや椅子等が配置され、その際ホリゾントに接す下手奥袖が出捌けとして用いられるが、客席側からの入退場もシーンによって用いられるのは、今作が3.11大震災と大津波に纏わる話だからである。
 登場人物は3名、男、男が愛し得た世界中でたった一人の恋人、そして男の実家から世間並に所帯を持って何れ孫の顔も見せて欲しいと願う実家の母からの電話と男同様親からせっつかれて結婚を望む女の3人。
 恋人と男は一緒に暮らしていたが、あの日2人は別々の行動をしており、明
暗が分かれた。以来恋人は行方不明、男は毎夜夢の中で行方知れずになった恋
人を探し彷徨っている。恋人は、その有様をつぶさに霊となっても見ていた。
 因みに男は生まれつきの欠陥から他者をその顔形から判別できない。判別するにはヘアスタイルやファッション等から判別しており世界で唯一愛することのできる女性がこの恋人であることも其処からきている。
 もう1人登場する女は、男の親同様年頃になったのだから普通に所帯を持ち孫の顔も何れ見せて欲しいと望む親の事情も慮って契約結婚を申し込んで来た女である。これら3者が各々の位相から不確実な世界の中で互いに結び合いたいと希求し合う物語である。一応、終盤では恋人の遺体も発見され男と契約婚していた女とのその後の件も折り合いがついての終演になっているから、少しほっとして観客は劇空間から立ち上がることができる。
 ところで3.11の地震の規模は甚大であった。その後の津波被害も並大抵のものではなかったことは遍く知られる処である。而も東電の原発被害は、これらの大災害に更に大きな困難を今に続く迄突きつけていた。今作ではこの最後の問題は描かれていないが史的にはこのエリアの地政学から大地震が起きれば大津波が起こりその被害規模が甚大であることはリアス式海岸の形状、海底からの深浅構造からも自明の事実であったし、郷土史にも記され地域の遺跡等にも記されていたがこの事実は国家のプロパガンダにより曖昧化されたのみならず殆ど振り返る者が無くなるほど無意識化されていたことも事実ではなかったか? 問題は未だ全然片付いてなどいない。
鏡ヶ池操松影―江島屋騒動-

鏡ヶ池操松影―江島屋騒動-

遊戯空間

サブテレニアン(東京都)

2026/09/18 (金) ~ 2026/09/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 今年拝見した舞台の最高峰! 尺は約110分。必見の作品だ。華5つ☆

ネタバレBOX


 レイアウトが一風変わっている。Subterraneanには既に20回以上は伺っていると思うが今回のような会場の使い方は初めてであった。分かり易く言えば映画館のような趣である。つまり劇場に入って入口正面のスクリーンの位置に語り手たちが椅子に座っており、その上手隅に音響担当者が居る。出演者全員が高く組まれた台座上に居るという構図だ。語りと銘打たれた独自の表現方法にうってつけのレイアウトである。物語の原作は江戸末期から明治にかけてその天才を遺憾なく発揮し近代落語の祖と称される三遊亭圓朝。今回上演されるのは「鏡ヶ池操松影」という長編だが、通常の公演では膨大な登場人物がおり様々なエピソードが錯綜して居る為、余りに長い上演時間となるので「偽物買い」の「江島屋騒動」だけが切り取られて上演されるケースが殆どだという。
 だが、演技空間の上演では、現代を生きる人々の心にキチンとヴィヴィッドに作品の内実が届くよう、長編をコンパクトに纏めると同時に、何処に焦点を当て過去に書かれた作品の本質を現代に蘇らせるかに絞って演出し、結末部分には独自の解釈とアレンジを施して上演している。
 結論から言えば、演出の狙い通り、作品は語り手個々人(中村ひろみさん、加藤翠さん、篠本賢一さん)が独立しつつ他の語り手と交響し、そこに鋭く
呼応する設楽瞬山さんの音響が冴えわたる。プロの鍛錬の見事な成果を実体験できる稀有の舞台でる。

ストレートコメディ「ラン・フォー・ユア・ワイフ」

ストレートコメディ「ラン・フォー・ユア・ワイフ」

ことほぎ堂

中野スタジオあくとれ(東京都)

2026/09/17 (木) ~ 2026/09/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 初日を拝見。華4つ☆ 途中休憩15分を挟み約125分。

ネタバレBOX

 板上はシンメトリックな創り。下手の部屋壁の色はブルー、上手はイエロー。何れのホリゾントにもカーテンの掛かった窓があるが窓外が異なる。上手の外には樹木が立ち並び、下手の外には他の家々が立ち並ぶ。各々のドアの横には花台が置かれ花が置かれているが色が異なる。板センター辺りにソファ。ソファの両側に電話の受話器と椅子が各1脚。ソファ手前客席側にカーペット。出捌けほぼ対角線の頂点に1カ所ずつ都合4か所。上手の部屋に塵箱1つ。シンプルだが壁色の違いで主人公スミスの重婚相手各々を識別すると同時に妻のキャミソールの色も赤と黒に識別し対比させている。
 ところで、事態がくんずほぐれつトンデモない喜劇になって仕舞ったのには或るきっかけがあった。スミスのファーストネ―ムはジョン。タクシー運転手である。彼は走行中に暴漢に絡まれていた老婆を救っていた。偶々、地元紙の記者がそれをスクープし翌日の新聞トップに掲載した。この事件が綿密に時間調整をし2人の妻との重婚を問題無く送っていたジョンの生活サイクルを狂わせたのである。何となれば事件の際パニ食った老婆は手持ちのバッグでジョンの側頭部を強打しジョンは病院へ運ばれた為、綿密なスケジュールに狂いが生じたのだ。帰宅しない夫の安否を確認する為、2人の妻は所轄の警察へ連絡を取った。結果管轄の異なる警察署の警部が各々捜査を開始した。苦し紛れにジョンが各々に吐いた嘘がきっかけで一軒の家
の2階住人、スタンリーを巻き込みてんやわんやの大騒動に発展してしまった訳だ。
 翻訳が単に日英の語学上の換骨奪胎の上手さに留まらぬ優れたものだと感じたのは無論、その自由闊達な訳文に単に2つの言語に関する深い理解と知恵を感じたからばかりではない。文化の位相にもキチンと棹さしているのを感じたからである。そこで訳者名を確認してみると小田島雄志、小田島 恒志さんではないか。上手いハズである。
 ことほぎ堂は初めて拝見したが、体調の関係で痛恨の遅刻をし、序盤を拝見できなかった。終演後座長さんと思しき方や役者さんらと話をさせて頂いた際、不明部分を伺ってこのレビュを仕上げることができた。お礼申し上げる。中々の実力劇団と観た、今後も注目してゆきたい。



ハナイトナデシコ Vol.15

ハナイトナデシコ Vol.15

ハナイトナデシコ

ギャラリーサイズ(東京都)

2025/12/12 (金) ~ 2025/12/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 キャッチライトの脚本は実に繊細で然も創意に満ちキラリと光るものを感じさせる。この作品は華5つ☆、他の2作は4つ☆トータル華4つ☆の評価。

ネタバレBOX

「キャッチライト」「愛のあーる記憶2」「遠隔操作は未知の味」
ハナイトナデシコ公演
 タイプの全くことなる3作品のオムニバス公演である。3作何れもが
全く異なる作風だから同一人物のペンネーム使い分けではなく作家自身
が異なることは間違いあるまいと思える程各作品から受ける印象は異な
るが、実際は2人。先ずは「キャッチライト」の概説から
登場人物は2人、目が不自由な男性と出展するはずだった女性画家。
 目の不自由があるが故の物の観方、感じ方の差は健常者からみると極
めて斬新で鋭くそのような座標軸からの問に応える女の解答は、時に躓き勝ちとなり乍ら、その心の揺蕩いを微妙な間や、日常会話では不自然な断絶によって見事に表現した脚本。これらの台詞を板上では生きた役
者が命を吹き込んで表現。脚本は高橋 志帆さん。
「愛のあーる記憶2」作 脚本は長田 智美さん
今回上演される作品のタイトルに2は入っていないので、内容は異なる可能性があるが被ってネタバレになると不味いので詳細は書かない。思い出を再現できる特殊なドリンクを提供する喫茶店で起こる不思議体験
に纏わる話である。
「遠隔操作は未知の味」脚本は長田 智美さん。
 セレブの集まるパーティーに部外者が3人居た。芸人と強盗容疑者の強盗犯情報を受けとって潜入した女性刑事、新進起業家の親友である。
芸人の名は美香、女性刑事の名はセレナ、新進起業家の親友の名は裕也。
 裕也の目的は親友、孝太郎が大切な客との会談で出席できないので彼に成り代わってセレブたちに名刺を撒き縁故関係の足掛かりを築くこと。その際、孝太郎の仕事内容が分からないようなことはイヤホンで聴きとれるようにし、偽装眼鏡に仕込んだ超小型カメラで周囲の状況は孝太郎に分かるという装備をしてパーティー会場に参加している。
 美香はバイト先の客からこのパーティーの入場券を貰ったので美味しい物をたらふく食べようとブランド物のバッグを友人から借りて来ている。
 刑事のことは言うまでもあるまい。ミッションである。
 何事もなく時間は過ぎて行ったが、美香のバッグとセレブ明子のバッグが近くに置かれていて取り違えられてしまった。それに強盗犯の情報
が絡み、更に孝太郎が会談していた商談相手が喋った映画の台詞が強盗の脅し文句と重なって・・・、と事態は急展開してゆく。

Transit 〜an echo chamber without noticing

Transit 〜an echo chamber without noticing

劇団art box

シアター・バビロンの流れのほとりにて(東京都)

2026/09/04 (金) ~ 2026/09/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 旗揚げ公演おめでとうございます。

ネタバレBOX


 物語は当パン説明にある通り、善意からではあるものの、兎に角自分の
主張を押し通してきた傍迷惑の塊、佐野みやこの葬儀会場で巻き起こる
彼女の生前生活への評価のあれやれやの内容と皆がその様に評価するに
至った経緯。
どういうわけか棺桶から抜け出し「自分は集まった人物たちのうちの誰
かに殺された」と主張するみやこの死因探求を死後の行く先案内者が手
伝って解明してゆく物語だ。案内人の説明によれば死者の記憶はその死
の瞬間に飛び散ってしまい彼女の主張する殺害者を特定できないのは、
飛び散った記憶が関わりのあった各人の中に入ってしまっているからで
あった。従って彼らの記憶領域を精査すれば答えは自ずと明らかとなる。
 葬儀中にいきなり棺桶を飛び出した彼女は案内人の的確なサポートを
受けて遂に真実に到達したが、ラストは思いがけない展開を見せる。
 或る意味極めて独り善がりで強引極まりなく迷惑を絵に描いて壁
に貼り付けでもしたようなみやこの主張の背景には強い念と皆に笑って
いて欲しいとの愛情がある為、場違いで常識外れで通常のルール無視と
いう破天荒はあるものの、主張自体にはそれなりに大切な視座が含まれ
ていることも事実。表現する者、したい者達同士の表現することに対す
る畏怖やそれらの難題を乗り越えて表現することに関わろうとする意志
も見えてグー。
踏み台の3段目/クロスロード

踏み台の3段目/クロスロード

中央大学第二演劇研究会

ステージカフェ下北沢亭(東京都)

2026/09/11 (金) ~ 2026/09/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★


 中々、深い。尺は約85分

ネタバレBOX

 全体的なレイアウトはホリゾント壁に縦・横様々に掛けられた
大小様々な矩形の板に特徴があるがテロップや種々の効果画面が
映写される。ホリゾント手前に白いソファ。上手奥には手洗いが、
下手奥には洗面所があり、「踏み台」では上手壁の一角が収納式の
仏壇になっている。またシーンによってソファの上にラジオが置か
れることもあれば、電車のシートになることもある。又「踏み台」
では父の認知症シ-ンで車椅子が登場することもある。そして蝉の
鳴き声や風鈴の音も挿入され父の故郷佐賀の地方生活も示される。
この点で妄想癖のある「クロスロード」の主人公・快晴とは異なるが世の中の有為転変に翻弄されている点では極めて近く、その根底で蝕まれてし
まった思考とは人間性に関する思考であると思われる。例えばフラン
ソワ・ラブレーが書いた「ガルガンチュアとパンタグリュエル物
語」に於ける先進的教育論。時代を下ってヴォルテールの「カン
ディド」に書かれている“スリナムの黒人奴隷”では砂糖のプラン
テーションで行われていたサトウキビの石臼に巻き込まれ指を
失った奴隷の罪を問い腕を切り落としたり、逃亡を図った者達
の足を切断したりといった情況が書かれているし、そのような
目に遭った奴隷の言葉「ヨーロッパでは私たちのこのような犠
牲の上に砂糖を召し上がっているのです」という言葉が記され
ている。また同じ18世紀のルソーが書いた「社会契約論」には
“自由を放棄することは、人間という資格を断念することだ。
人間の諸権利を放棄することである。人間の本性と両立しない。
倫理の一切を奪うと同義である(からだ)”と言った強い主張が
述べられていた。彼のこの主張は、カント、マルクス、ハイデガ
ー、サルトルなどにも継承され大きな力を持っていた。この良識
が徹底的に破壊されるに至ったのはソ連崩壊後、アメリカが世界
で唯一の超大国として振舞い始めたことが大きかろう。総てが利
潤に奉仕するよう全世界の人間的秩序が崩され始めたのである。
今作の提起した諸問題にメスを入れるにはこの辺りのことから
考え鵺的社会そのものの我が国を根本から再構築する他あるまい。
以下に今作のアウトラインを記しておこう。
 2つの作品名をテロップで示すだけで一幕ずつ上演。
このような上演形態を採るのは、一見異なる事象と映るこれら2つ
の作品で描かれる状況が、当に現代日本の昏い世相とその底に蜷局を
巻いている資本の企み、それをアカラサマにし得ない人々の
間で起こっている“事実”をほぼ同じ舞台美術、レイアウトで
上演されるのは2作品ともに現代日本の昏い常態を示す為と言
えよう。このように狡猾な資本主義が日本社会の特性、鵺的社会
を用いて大々的に実行され余裕と人間性を生活空間の中に失った
現代日本人の在り様を描いているように思う。
 「踏み台」の方は認知症を患った父の介護をずっと独りで担ってき
た息子が父の「殺してくれ」という望に応えて縊死させてしまう物語。
ところで発症前「人間関係で一番深いのは何だ」との父の問いに息子
は「家族」と答えたが父の答えは「共犯関係」であった。情状酌量の
余地があると裁判官が判断したのもこの辺りの事情を斟酌したからで
あろう。
「クロスロード」の方は主人公の快晴が女性なので恋絡みの妄想が多
い。妄想だから素直に解釈すれば深層心理の闇ということにはなるか
も知れぬが、資本はこんな彼女らに化粧品やブランド商品、整形や、
ファッション何でも売りつけてくるのも事実だろう。そんな資本の
攻勢の中で彼女らは宙吊りである。


センチメンタル・ジャーニーズ

センチメンタル・ジャーニーズ

guizillen

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2026/09/09 (水) ~ 2026/09/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 尺は約135分、休憩無しだが、最後迄集中は途切れない。ネグレクト被害の
子供と赤ちゃんを保護し疑似家族を形成するオカマさんたちと子供らの織りなす
名作、必見。華5つ☆

ネタバレBOX


 板上は基本的にフラットだが、集団でのダンスシーンやアクションシーンが多い
為、これは実に合理的なレイアウト。舞台美術のセンスもけれんみ溢れるオカマさんたちが多数出演する舞台とあって奇抜で華やかであるが、一方で彼らの女装の象徴となるような真っ赤な唇がホリゾント天井近くに表現されホリゾント自体はグレーの布に覆われている。また、唇のやや下にハの字にリップと思われる物が見える。更に手前には天井から吊るされた黒のハイヒール、その手前には矢張り天井から青、緑、オレンジ等に彩色された布が下がっている。更に手前には、トーテムポールのような形状の柱に唇などの図案を取り入れたオブジェさえ上手・下手にシンメトリックに突っ立って、伝統的で人類がかつて持っていた遠い記憶を彷彿とさせるような雰囲気とシュールな感覚が混ざり合った不思議な魅力を湛えている。
 冒頭で述べたように今作はネグレクトされた子供と赤ちゃん、オカマさんたちが
疑似家族を形成する話であるが、世の中には法というものがあって親権を振りかざ
されると疑似家族は弱い。官憲は親の非が立証されない限り親の側につく。実際に
はネグレクトされ行き倒れになっていた子らを助け成り行き上面倒を見ることに
なっている訳だから、客観的には親が悪いのが観客には分かっている。その中で
子供らは親の管理下に置かれることになるが、その実態は必然的に悲惨なものだ。
 社会の偏見や差別に散々苦しみアイデンティファイできない苦悩に苛まれ続けた
オカマさんたちは、ネグレクトされた子供の心細さ、寂しさ、痛みが身に沁みる。
そしてこのような仕打ちをする母に対してさえ庇おうとする子供の塵芥の中に輝く
宝石のような純粋に手を差し伸べるのだ。例え、それがどれだけの困難を伴おうと。
 今作はその道程を実に繊細な細部に於いて巧みに描いているのみならず、自然な
トーンで終始表現した名作、脚本・演出・演技、ダンス・パフォーマンス、衣装・
照明・音響、舞台美術何れも素晴らしい。スタッフの対応もグー。
 
今時な運命のシンデレラ

今時な運命のシンデレラ

SFIDA ENTERTAINMENT

テアトルBONBON(東京都)

2026/09/09 (水) ~ 2026/09/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

 板上の舞台美術は実にシンプル、板中ほどから舞台を高くしそのセンターに
出捌け用の空間を設け降りた辺りの下手、上手にも矢張りシンメトリックに出捌
け用の空間を設けてある。色彩は全体としてパステルカラー調。尺は127分、休
憩無し。愛チームを拝見。華3つ☆

ネタバレBOX


 物語は2026年から始まるという“独身税”に何とか対抗しようと婚活を通して結
婚に漕ぎつけた化粧品会社主任を務める小春と親友の花、婚活中に仲良くなった
怜奈3人が各々の夫を得て税を軽減できると思っていたが・・・。国税はそれほ
ど甘くは無かった! トドノツマリ子供を持たなければ税は削減されないという
現実に出会う。小春と夫、奏一はVチューバーだが、互いの仕事が忙しい為結婚
後も暫くは別居し仕事中心の生活を送るとの契約をしていた。独身税を払いたく
無いが故の結婚だったハズが妊娠・出産迄(即ち少子化対策に対応しなければ)
いかなければ目的は叶えられないという状況に陥ってしまった。Vチューバー
の恋と愛に頼りっきりの小春はいつものように彼女らにサジェッションを求めた。
然し、解答が常に正鵠を射るとは限らない。実は未来からも助っ人の幸(ゆき)
が来ていて彼女も影になり日向になって小春・花・怜奈トリオをサポートしている
が、それでも上手く行かないような気配が漂うことがある。そんな時には幸の兄
が力を貸してくれる。(余りに都合主義だが)
 だが、女性陣の恋愛模様はことほど左様に単純ではない。小春の部下、彩がト
リオの夫と“浮気”をしているという懸念が持ち上がったのである。あとは観ての
お愉しみ。
拝読、致します。

拝読、致します。

演劇企画アクタージュ

Route Theater/ルートシアター(東京都)

2026/09/09 (水) ~ 2026/09/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 第20回公演おめでとうございます。なかなか入り組んだ作品で、推理好きの人には本当に楽しめそうな仕上がりでやんす。(追記後送)

ネタバレBOX

 Aチームを拝見。今作は “雨読堂”という喫茶店で定期的に行われている一種の
読書会を契機に展開する。だが、ここでの読書会はテキストを決めて皆で読み
各々の解釈や感想、作品構造解析や評を述べ合うといった類のものでは無い。
雨読堂の店員、四季 楓が客の読んで貰いたい本を代読するという形式で
行われ、その際に四季が筆者の略歴や件の作品についての概要をも説明しつ
つ朗読形式で代読するという形を採っている。
従って舞台レイアウトは上手に喫茶“雨読堂”の入り口、店内に入ると右手に
本棚、本棚のある壁に沿って下手にカウンタ。本棚の観客席側に喫茶来客用の
テーブル、椅子が配置されている。また観客席寄りの下手壁に接するように小
さな机と椅子が置かれ、机の引き出しには四季の書きかけ原稿が入っている。
 さて、何気なく雨読堂の営業が始まるが、代読後特異なリクエストが入った。
“読んで貰いたい”という点では同じだったが依頼品は書籍では無かった。手帳だ
ったのである。依頼者は母、手帳は息子の物であった。即ち、息子は自死してい
たのだ。警察の鑑定でも自殺と断定されていた。依頼は三七日、即ち21日目のこと
であった。四季は暫く熟考した後引き受けたのだが。店が閉まった後も独り残って
手帳を読んだ四季の前に見知らぬ男が現れた。男は俺は殺されたと主張した。然し
彼に犯人は思い出せなかった。そこで、自分の書いた日記を代読することを引き受
けた四季の前に幽体として顕れ犯人特定をせがんだのだ。犯人は今回集まっていた
者たちの中に居り犯人は嘘を吐いているという。
この海をあげるから

この海をあげるから

劇団ファミリア

上野ストアハウス(東京都)

2026/09/04 (金) ~ 2026/09/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 海そのものへの憧憬と、海に象徴される自然を蔑ろにするヒトという生き物の業をカルマレベルで昇華した作品と言えようか。タイトルになっている言葉が台詞にも表れるが切ない。

ネタバレBOX

 板上の舞台美術は極めてシンプル。板中央に客席側からは上り階段をその最上段から対照的に下り階段を組んである。板の三方、天井からは間隔を開けて天井から布が下げられている。開演前には海から聞こえる波音。尺は90分弱。
 物語は伊豆諸島の一角を占める新島。旨いクサヤの産地としても、サーファーに人気のある島としても知られる。受験を迎える高3の生徒たちが体験した不可思議な経験を描く。
 ミツキは、高飛び込みの選手、然し怪我で暫く飛び込みは休んでいる。そんなミツキの仲良し、ナホ。そしてナホがずっと憧れてきたユウジ、ミツキを好きらしいトキヒトらと高3最後の夏休みを過ごしている。周りは太平洋に囲まれた島だから自ずと海に出掛けることが多い。また、島で取れない農産物や酪農製品、畜産品等は本土から船で運ばれてくる。海が時化れば欠航である。無論、海水は澄んで東京湾内の海水などドブ同様に感じられるのは、自分自身大島で暮らしていた経験を持つことからも明らかだ。そんな海で起こった不思議な物語。因みに4人が良く行く海辺の近くには、小さいながら図書館があり、この図書館には地元新聞がストックされており、島の歴史探索には恰好の資料となっている。
 ところで、最近異様な物を見た。4人が海岸に集まっていた時である。夕暮れで昏くなりかけて居た為ハッキリ見えた訳ではないが、随分大きな魚らしい物が波間に見えたのだ。毎日海を見、海に囲まれて暮らしている彼らも初めて経験する「魚影」であった。こんな魚が現れるのは何らかの異変の前兆か? と気にもなる。実際、近年は特に海水温の上昇や気候の温暖化は異常なレベルで推移している。こんな中で初めて見た「魚影」は皆の心に強い印象を残した。そんな折、東京から矢張り高3の女子がやってきた。歳が同年齢であり渋谷に住んでいるということで、青学に入りカフェでバイトして矢張り大学に進学した憧れのユウジと・・・を夢見ているナホは、進学しないと明言しているユウジへの憧れからこの女子高生とも話すようになり、彼女は他の3人とも友達になる。
 一方、ミツキはあの「魚影」の本体と出会う。而もその「魚影」の実体はミツキにしか見えない。何故か? それが人魚であったからだ。八百比丘尼を始めとして日本には人魚の肉を喰らうと永世を得るという話が伝わる。あの人魚である。人魚は様々な予言をする。而もその予言は総て的中する。何故、人魚が予言をするのか? それは大変なことが起きるのを防ぐ為だという。それを防げるのはミツキだけだとも。
 この謎の顛末は実際に観て確認して欲しいが、地球温暖化が科学的に立証されていると多くの人々も信じざるを得ない昨今の状況を想起させつつ展開するこの謎解きは、中々の奇譚でもあり楽しめる。
ギンノベースボール

ギンノベースボール

ラビット番長

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2026/09/02 (水) ~ 2026/09/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 尺は約110分。

ネタバレBOX

 古希野球というのがあるという。メンバーは古希を越えた者達だ。当然、体にはガタが来ている。殆どの者が病と同居しているわけだ。然しそれでもガタの来た体を使って野球がやりたい人々だ、それだけ野球好きなメンバーの目標は無論、最終的には、制覇である。然し、老いは容赦ない。メンバーたちが本戦に臨む際ベストコンディションで臨める保証はないのである。而も、その連れ合いも皆元気だとは限らない。認知症を患ってでもいれば介護の為、練習すらままならないといった状況も起こり得る。こんな、不確実性を常態とする古希野球の世界を描く。
 当然の事ながら、ここまで野球に凝る参加選手たちには、甲子園経験者や、プロ予備軍であった者らがいるから、現在の連れ合いも野球絡みでゲットしたりする者がいる。そんなコイバナのあれこれとその顛末も含めラビ番らしい創りだ。
 開演前には甲子園での熱闘を伝える放送が流され、舞台美術も板センターにホームベースを模した真四角の平台が頂角を観客席に向けて置かれ上演中はピッチャーマウントともなる他、この平台を中心に斜め上方奥上手、下手には三段の観客席、上手奥には、古希野球メンバーが通う飲み屋のデシャップが配されている他、正面奥センターの天井近くにはスコアボードが配されて実に上手く用いられている。
 難を言えば、世界の状況が第三次世界大戦危機乃至は世界秩序再編の只中にある現在に暮らすヒリヒリするような我らの日常は一切反映されていないので、どこかよそ事に見えてしまう人々も存在しているであろうということだ。
舞台「キリシマサトル、青春の蹉跌」

舞台「キリシマサトル、青春の蹉跌」

株式会社GEトラスト

新宿シアタートップス(東京都)

2026/09/02 (水) ~ 2026/09/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 物語は、1974年の三菱重工ビル爆破事件を起こした、東アジア反日武装戦線“狼”の メンバーであったキリシマが、50年間の逃走後、名乗り出僅か4日後に亡くなったことを契機に、脚本を書いた久保田誠二さんがかねてより関心を持っていた“狼”の実態と彼らの活動をキリシマ自身が更に長く生きていたなら如何に総括したか? という物語として描く為に、逃亡中の彼に密着しドキュメンタリーとして映画化するという目的で女流監督が撮影を敢行する設定の今作を書き上げ上演の運びとなった。尺は105分。(追記後送)

ネタバレBOX


 何とも言えぬ味があり特に気に入った役者は年老いたキリシマを演じたダンカンさん、キリシマが働く土木建築会社社長の息子役、厚を演じた小早川俊輔くん、爽やかさがグー。また、若い頃のキリシマの恋人、沙良を演じた土路生優里さんの若い娘らしい純粋さがグー。また、若い頃のキリシマを演じた大野瑞生くんの少しナイーブで優しいが、差別に対しては極めて敏感で正義感の強いキャラの味を出してグー。
縁がたけなわ

縁がたけなわ

劇団ヨロタミ

萬劇場(東京都)

2026/09/02 (水) ~ 2026/09/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 上演形態がちょっと変わっている、シャッフルキャスト、Wキャストと2つのキャスティングがあるので観る回によってキャストが異なっているからだ。今回は初日、TeamCYANを拝見。尺は約100分。華4つ☆

ネタバレBOX


 物語は、朝鮮戦争特需で財を成した吉田家の8LDKの屋敷の客間で展開する。この客間のセンターホリゾントの窓からは外部から邸内に入る道に植えられた木々の有様が見える。室内は下手側壁に出入りの扉、対面上手側側壁には食堂や調理室等々へ通じるドアがあるが、面白いのはドアを開けて入った辺りに下駄箱が据え付けられていること、即ちそこから先は土足厳禁であるという発想だ。客間は洋室の和用折衷と言えなくは無いが、下駄箱のレイアウトが如何にも奇異な「和洋折衷」のコンセプトを象徴しており、茶化すかのようである点に今作の喜劇的要素が早くも見て取れる。客室内は現当主の妻が他界した後、水道局を辞任して推理小説家を目指す長女の婿が「画策」して家具、絵画等を売り払い換金して安物のソファーセット等に買い換えた為、そのソファーセットばかりが目につき、デコラティブであった頃と正反対にさっぱりした印象を呈している。(これは無論、演技空間を確保する為の脚本の基本を守っていることも意味する)
 現当主は3年前に妻を亡くし現在はこの広い屋敷で独り暮らし。偶に元オリンピックのスキー選手だった義弟で現在はかつてのつてを通じて依頼されるコーチやオフシーズンの配達業等で生計を立てている松元が料理や庭の手入れ掃除などをしてくれている。娘2人は既に別居、下の娘は小劇場演劇の劇団に属し芝居をやっている。
 また、屋敷が広いのと独り暮らしを良いことに近隣の老人たちが作っているグループの気の置けない集会場所としても利用されている実態がある。まあ、特需で潤った家系でもありこういった“老人会”の代表を務めている関係もあってこのような状態が続いている訳だ。(この辺りの状況設定も喜劇的である)前半は、概ねこのような喜劇的展開が中心で推移するが、中盤から内容がドラスティックに変貌する。
 実をいうとオープニングでは、当主、敬一郎は足の骨を折って入院していた。その時、看護してくれていた看護師、瑞希が退院時に一緒にこの家に来ていたのである。無論、63歳の当主より二回りも年下の恋人としてではない。この家にあったハズの絵を見たいとのたっての希望から同行してきていたのであった。ところが、それを松元が見て恋人と勘違い。而も、長女夫妻、妹、老人会の婦人たちまでが一堂に会することとなり、てんやわんやの事態に発展するのが、前場。打って変わってピアフの曲を背景に内容はグッと真剣味を帯びた後場に入る。実は長女の夫、明は推理小説家を目指していると書いておいたが実際に遺産相続を巡る殺人事件をテーマとした作品を書いていた。その小説の内容、遺産相続を巡る骨肉の争い、明自身が相続に関して異様な程の知識を持ち、ことあるごとにその話を持ち出し、具体的にこの家の相続権問題につるんできていること、看護師、瑞希の、実は・・・。老人会女性たちの恋の行方等々が絡み、大団円に流れ込んでゆく。あとは観てのお愉しみだ。シリアスな展開中心の後場にもかつて声優として名を為し、現在も現役で芝居に関わる熟年役者の活躍と彼の年齢で相変わらずスターであることへのやっかみ半分の模様等をも織り込み、喜劇的要素も配分しつつの大団円、楽しめる。
Blue moment 2026

Blue moment 2026

Theater Company 夜明け

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2026/08/27 (木) ~ 2026/08/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 下手側、上手側に階段状の構造を作り、手前観客席側が広い踊り場のようになって、演技、ダンスなどが繰り広げられる。基本的に等身大の人生の生き様が描かれてグー。尺は2時間半、休憩なしとちと長いが一切長さは感じず没入できる。吹奏楽部の演奏シーンの音響効果は抜群。

ネタバレBOX

 兎に角、ダンサーを含めて総勢35名が出演する迫力は、大スタジオを使うにもってこい。箱の大きな小屋で上手い劇団が少人数で演じても観客に届けられるエネルギーが小さい為、中々役者及び演者の発するエネルギーの力で観客を圧倒できないものだが(その分、大抵は装置の圧倒的な迫力や美しさ、照明、音響等の極めて高度な用い方と迫力、脚本・演出の素晴らしさ等で補完しつつ観客に役者陣のエネルギーを伝える訳だが、成功することは稀である。
 今作は我々の生活と同じ時系列、即ち過去から未来へのみ流れる時系列に沿って展開してゆくから観る側もこの点に関しては素で居られる。当然、メインストリームは子供時代から各々の成長年代に従って描かれてゆく。観客はこの流れに従って自らの生涯を重ね合わせながら追体験をするという構造だ。つまり、虚構を自らのことと感じてでもいるように観入るのである。この辺り、脚本の上手さが光る。尺は休憩無しの2時間半だが、終始、自分事として没入できるので長さは一切苦にならない。登場人物たち各々が、天才とか英雄、偉いさんではなく何処にでも居る普通の人々であるという設定も観客の生活体験と重なり、単なる物語というより、普通の人々が日々体験しているこうもしたい、ああもしてみたいが、思うように実現できない、上手くゆかない等々で苦しみ、絶望の淵に追い込まれ、時には思い余って・・・等々、どうにもならない状況を何とか生き延びている生き様が、目の前にごろっと提示されているような効果を齎してくる。
 バイクが風を切り、自由を謳歌する精神そのもののように兎に角走り続けようともがく我々を先導するかのように象徴的に用いられている点で、ともすれば自分を見失い、絶望の余り自暴自棄に陥って自滅しかねない起き上がり小法師のような我々を牽引してゆくのもグー。妻との間に生まれるハズであった子が、水子の形で現れ深く洞察的な科白で物語の世俗性を締める脚本の鋭さも相俟ってラストをどう解釈するかは観客の判断に委ねられているが、心に残る良い作品である。
 スタッフさん達の対応も親切、丁寧。お礼申し上げる。
東京ブギウギと鈴木大拙

東京ブギウギと鈴木大拙

名取事務所

本多劇場(東京都)

2026/08/26 (水) ~ 2026/08/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 尺115分、休憩無し。舞台美術が美しい。華4つ☆

ネタバレBOX

 登場する人物は総て実在した人間である。(即ちモデルが存在した)描かれる住居(京都・鎌倉)の建物も現存している。殊に重要なことは、敗戦直後の日本で大流行した笠置シヅ子の唄った「東京ブギウギ」の歌詞を書いたのが「息子」のアランであったということだ。そして大拙は二番の二行目に記された歌詞の一節を大変に嫌った。アランの見解とは真っ向から対立したのである。
 因みに何故、禅の哲学の大家として知られる大拙の息子の名が外国人名・アランであるのかを不思議に思う読者も居るだろうから、一応説明しておく。大拙の妻は彼がアメリカに渡って出版社に勤務し禅の思想を英訳していた頃、恋に落ち結婚したビアトリスがアメリカ人であったことに関りがある。といっても父と息子の決定的な断裂は、第一段落で書いた二人の対立に表されている通り決定的で、ある意味避けられなかった断裂でもあった。アランは2人の実子ではなかったのである。アランは本当の母が誰であるかを生涯知ることも無かった。而も時代は太平洋戦争前夜、ハーフが極めて少なかった時代の日本である。父・大拙は禅の思想を英訳し英文読者を獲得したことで世界的権威としてもてはやされる大哲学者、妻もその大拙と理想を共に追い掛け夢を結んだ外国人として一般日本民衆には高嶺の花。然るにその息子は間子であり、而も実子に非ず、子供時代から問題行動を起こしてばかりの、顰蹙を買いこそすれ、評価するに足りないとされたのは、dépaysementの苦悩を知らぬ人間、大拙・ビアトリスのように純粋で理想を追求することを自らの天命とし邁進できるラッキーフューと大多数の海外の実情を知らぬ日本人にとっては当然の成り行きであったかもしれない。 因みに自分がここで用いているdépaysementという単語は、その存在の根底が毀損されていることでアイデンティファイしようにも自らの核を自らの存在そのものの歴史性に求めることが出来ずに違和感と居心地の悪さに常時苛まれる者の在り様を指す。これが「東京ブギウギ」二番の二行目の歌詞で歌われていることに大拙が猛反対した理由となった訳である。つまり、この歌詞がこのようであったのは、アランが往時世界の強国の租界があった上海で暮らし、生まれて初めて間子である自分がdépaysementの苦界を気に病まずに済んだことがあったであろうことは確実だ。
 この辺りの微妙な心理表現をこの大きさの箱で充分観客に伝えることは至難の業。この点が今回上演の難しさに在るように思う。何となれば、演劇の舞台という物は、役者の身体・台詞の全量と観客の想像力の交感関係に掛かっているからである。
GOOD NEIGHBORS

GOOD NEIGHBORS

ハイワイヤ

OFF・OFFシアター(東京都)

2026/08/19 (水) ~ 2026/08/25 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 尺がちょっと長いし、休憩が無い。而もOffoffは手洗いが1カ所しかないから、事前に行っておくべし。傑作、断固観るべし。華5つ☆

ネタバレBOX

 今回拝見したハイワイヤは今年旗揚げ5年目という劇団、3回目の公演だという。公演回数が少ないが、それだけ内容のある作品を創ってきたのだろう。今回、初観劇であったが、拝見した内容からそう思う。
 主宰が、作・演・主役迄務め三面六臂の大活躍。無論、他の出演者たちもこれに呼応して熱量の高い舞台を作り上げている。何より、日本という地域が持つ生活習慣の特異性をこれほど見事に映し出した作品は、決して多く無い。尺は約140分、途中休憩無し。
 板上は、可成りごちゃごちゃしている。殊に目につくのは下手に舞台を斜めに切るように設えられたバーから下がる1枚のカーテン。この仕切り手前の客席側はゴミ捨て場。空き缶やら廃棄された生活用品、衣類等の塵袋が終始この一角を占領している。板中央辺りの奥にこの界隈の地主の家へ通じるドア、更に上手に隣家があるが、ごちゃごちゃしたこの一角の手前の壁には止まったままの掛け時計が見え、更に上手には電話や消化器迄見える。
 物語の表層では、地主の家長(覗見 明)がこの辺りの自治会の会長として登場する。自治会会長は回り持ちなので、現在は会長を務めているということだ。彼の妻(万里)は癌を患っており、深刻な状態なので彼自身は、公務員を辞め、妻の世話と自治会に寄せられる諸問題に振り回される日々を送っている。中でも問題は自治会内で持ち上がっている近隣住民による、大声や奇声による騒音被害とその問題に対する対処の問題である。奇声を発したり、大声で抗議の言葉を喚き散らしたり、時には襲い掛かってくる人物は、地主の隣家に住む方だ。統合失調症を患う患者で発症するまでは極めて優秀で近所でも評判の良かった女性(裏井戸 鏡子)である。彼女のファーストネームに鏡の文字が入っていることも、今作を象徴している。
 他にクリーニング屋を営んでいる主婦(小河原 春)子供も何人かいるので仕事がらみもあり近隣界隈の噂話の中継点的役割を果たし極めて重要な役。また、専門学校生のタカトは明からも春からも可愛がられている四国出身の若者だが、鏡子、明、春の何れからもニュートラルな位置を辛うじて保ち今作の荒れ狂う海に浮かぶブイのような奇妙な安定感、バランスを為す。更にSDF(住居不定者)乃至は底辺生活者代表として鏡子の家の2階を占拠し寝泊りしている佐藤は、窮民代表としての生活感覚を代弁することによって現代日本政治の限りなき失態であるアメリカ隷従の結果を目の当たりに示してグー。
 創り方としては、町内会放送という形式を借りた前説で、安心・安全に気を付けるよう放送されるのが象徴的であり、その直後に登場する明は暫くの間一切の台詞を吐かないのだがこの演出は震える程衝撃的だ。
 結果的に今作で統合失調症に罹患するのは2名だが、この2名共に統合失調症を発症する前段階で離人症を経験しているであろうことは、間違いないと思われる。発症者2人にそのような共通項が在ると考える理由は明白である。それまで無意識に自分自身が回りの人々と共有していたハズの結(元々は、殊に農山村に於いて盛んであった住民相互の労働、生活諸般に渡る互助組織)の齎した共有概念、共有感覚が法や宗教・哲学などが基となった秩序感・倫理観より古い記憶領域に畳み込まれ現在では殆ど意識されない。集合無意識とまではゆかないまでも意識的人間以外には思考対象にすらならない旧いが根底的に個々人を支配している記憶古層に在ると考えられる記憶)的なもの・ことが、自分達とは「異質なもの・こと」と出会って発動されるのだ。発動の形は、差別・排除等結に属さぬと判断したマジョリティーが、属さぬと判断したマイノリティーに対してその生活や人間関係そのものを簒奪し、排除、差別という形で社会の圏外へ追いやる。いつもの陳腐極まる而も効果的な術である。
 このような不安要因は、排除されかねない人々にはより敏感に察知され、この察知能力によって自衛とも言えない自衛手段が形を取るのが“離人症”という形態であると考えられるのだ。
 この程度の推理さえできない日本人が余りに増えすぎた。日本の没落は火を見るより明らかだと残念乍ら断じざるを得まい。
 開演中だしこれ以上のことは書かずに置く。然し今作は、最低限、このような問題を提起し得た傑作である。断固、観ておくべし。
 
AFTERALL

AFTERALL

東京MT

参宮橋TRANCE MISSION(東京都)

2026/08/21 (金) ~ 2026/08/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 タイトルを深読みすると、コンセプトを裏切られる。ある意味、喜劇の王道を踏まえた作品。

ネタバレBOX

 今作を上演した劇団は今年で20周年ということだが、初めて拝見した。何でも特に主張したいことは無いとのこと。その言葉通り徹頭徹尾馬鹿らしい、それが徹底されているが故に天晴な作風である。
 学生時代、新築のタワマンに住みたいという夢を持った者達が作ったタワマン部に初のタワマン購入カップルが誕生した。物語は彼らカップルの購入したタワマンの一室で展開する。というのもこの日、この憧れ実現を果たしたカップルを囲んでパーティーが当のパワマンを会場として開催されるのである。次々に集まったメンバーたちは、そのスペースが西洋の居住空間のように高い天井を持ち居室自体も広々としていること、居室が高い位置にあることから近隣の景色を一望でき、建築の原則通り南向きに建てられている贅沢等を実地に検分して我がことのようにはしゃいでいるのである。無論、部の先輩・後輩が一堂に会しているから先輩・後輩の関係があり、カップルの年齢差も同級生の物件の所有カップルを含め同級生同士のケースが今作の場合は2組、他はカップルという訳ではない。
 面白いのは、順風満帆の若い成功者を囲んで和気藹々に進むと思わせる大前提が、例えばホリゾント正面に墨で大書された“祝意”の文字がアカラサマに素人の筆であること。それによって書そのものが恰もこのパーティーを台無しにするような効果を持ってしまっていること。他にも下手側壁に貼られた墨書に書かれた“真面目が一番”の文句が格言であるとか、見識を感じさせる賛などの文句では無く、唯、トウシロウの用いるダサい文句に過ぎないことで品格を欠いているなど総てが場違いで調子っぱずれなことだ。見晴らしが良いと後輩が盛んに褒めていた南面の窓硝子も透明な高強度硝子ではない。これで景色がそんなに美しく見えるハズがない代物なのである。一から十まで総てがこの調子なのは、無論、今作が徹頭徹尾ズッコケで構築されているからである。(ズッコケで構成できるハズも無いのは分かっているが、この作品を形容するには相応しいと思われる表現を選んでいる)
 ズッコケの方法は様々に用意されているがいちいちの説明は控えておく。ただ、本当に徹頭徹尾余りにバカバカしいから楽しい。その内実は自分の目で確かめて頂きたい。
お気に召すまま

お気に召すまま

劇団つばめ組

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2026/08/20 (木) ~ 2026/08/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 楽しい作品に仕上げている。華4つ☆

ネタバレBOX

 今作の面白さは、特権階級であった貴族(今作では公爵兄弟間での領地簒奪など他のシェイクスピア作品でも扱われているテーゼ)がそのような問題そのものから解き放たれているアーデンの森と対置され前者の人工的で陰謀、裏切り、謀略に満ちた社会を糊塗する為、権威主義的、表層的な例えば法解釈を自らに都合よくするなど強権を以て実行する世界に対し、追われた正当な継承者が暮らす自然の持つ荒々しさや寒暖の厳しさ、自らの労働によって生きる糧を購う生き物としてのヒトが享受する自由が見事に対峙されていることだ。(どちらが本当の自由で在り得るか? 、どちらの生き方がより真っ当であるかについても現代ならエリザベス朝とは異なる解釈も可能であろう。)
 当然の事ながら、後者が正義に近く、前者が権力を握っていることをシェイクスピアは喜劇作品に仕立てることで批判しているから、貴族たちの恋愛が表向きの主役。然し真の主役は道化であろう。その証拠に作中一番気の利いた台詞の殆どはタッチストーンのものである。また、同じ恋愛でも羊飼い同士フィービーを追い掛けるシルヴィアスの関係は、シルヴィアスが袖にされ続ける姿が執拗に描かれることで女性と男性の根本的な立ち位置の問題を提起しても居そうである。フィービーの台詞に含まれるペーソスは、何とも言えぬ味を持ち、役者さんの演技も道化役同様気に入った。

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