実演鑑賞
満足度★★★★★
断固、観るべし! 華5つ☆。
ネタバレBOX
物語はズージャの自由やフレキシビリティーを支える強烈なヴァイタリティーと生き様、その根底に流れる押し留めることのできないパッション! と、プロミュージッシャンとして当然の矜りをA面に、実際にそれらを創り出している各々の生き様をB面に収録したLPとでも例えよう。生演奏が入る。処は都内から僅か1時間の離島、三国島のライブハウス/コミュニティーラジオブースを兼ねる一角。オーナーは、業務内実に口を挟まぬ理想的な人物。
作・演は、A.ロックマン氏。タイトルを見て多くの人が、「・・・んなもん、在る訳ネエジャン!」とソッコーで否定しソウなタイトルで、先ず惹きつけ、小屋に足を運んで暮れた観客に対しては気の利くディレクター役がパーソナリティーに指示を出し、カウントダウンが始まる。Qが入ると流れてくるのは前説である。ありそうで無い、この導入、実に上手い。観客の日常的時空を殆ど重力も掛けなければ、桁外しもせずスルりとずらすだけで戯曲時空間に取り込んでしまう。脚本の良さは無論、この演出の上手さとこの演出に見事に応える役者の技量も大したものである。
一応、物語の流れを大掴みに記しておこう。近くこの三国コミュニティーラジオは開局10周年を迎えるが、これを記念して何か記念イヴェントをやろうという声が上がり、では島出身のアーティストに出演して貰って盛り上げようということになった。無論、ギャラは跳ね上がり、そもそも、そんな著名人が居るのか? という話が出た際、1人だけ居るということが明らかになった。ベテランジャズ歌手が居たのである。ダメ元で当ってみる価値はある、とトライすると快諾された。但し10周年当日はベースメンバーが入れないと告げられた依頼者側は内部スタッフが欠員の代替をすることになった。本番前に実際に放送する局の舞台でリハを行いたいと当然の要求が歌手マネージャから入った。準備を整えいざリハ開始・・・。だがアクシデントが起こった。彼女がいきなり倒れたのだ。これは大騒動になった。引退か? とメディアはこぞって報じた。こんなことがあったある日、スタジオを訪ねてきた人物がいた。何と彼女の息子であった。息子は誠実な男で母と己との決裂の原因を話すと同時に訳あって絶縁状態にあったものの、このように母が倒れたことで放っておけない、駈け付けたのだった。本番迄の日数も限られる中、恋多きジャズシンガーの実態と、矢張りリハ中の突然の転倒シーンが上演される。1回目のそれは、仕組まれたものであったが、今回のそれは実際の生命の危機、余命宣告迄受ける深刻なものであった。息子と母の長い別離も本を正せば、彼女のアーティストらしい恋の強熱の為せる業であった。息子も齢を重ねるにつけ不完全故にこそ、人を愛する術を知った、というべきであろう。
かくて物語は大団円を迎える。三国島で行われる今回のライブコンサートが彼女の引退公演となるのであった。メインストリームは、このような状態で進行してゆくが、サブストリームが待ったをかける。何とオーナーの借金の廉で、機材から楽器迄総てが差し押さえされてしまったのである。然し既に全国キー局での配信も決まり後は本番を待つだけ、ということになっていた。ファンからの期待も熱い。ライブ決行なるか? 瓦解するか?
By the way,人は不完全であるから、生きている価値がある。例えば、子供は親が一から十まで面倒を見て育てるように考えられているが、逆である。子供こそ、親を育てる育ての親なのである。こんな逆転が真であるような恰好良さが今作の果実として稔っている。脚本、キャスティング、演出、演技の素晴らしさ、また演奏の見事さ、何れをとっても水準を見事に超える秀作。観るべし!
実演鑑賞
満足度★★★★★
前回2023年に本多劇場で開催された公演以来3年ぶりの開催である。今回は中野のテアトルBONBON(7/29 ~8/2迄)と福岡市民ホール小ホール(8/8~8/11迄)の二都市公演だ。1団体が15分の作品を公演、参加団体は6団体である。本日東京公演初日は途中10分の休憩を挟んで熱の入った公演が続き若干尺が延び、トータル2時間。各参加団体名称は以下の通り..
尚、各グループの説明については当パンの説明をベースにさせて頂いた。
ネタバレBOX
「The day 1041」:melomys(我ら存在の個的出現を契機として、出現する全世界(宇宙を含む)との可能的関係を現時点での田崎 小春さんの認証世界観として映像表現なども利用し巧みに提示した)母胎中に在った時期の個体発生が系統発生を繰り返す事実をベースに、離脱を経て辿った過程を()内で記したような全関係の萌芽状態を表すきっかけとして示した。
「ちょっと良いタオルとか」:システム個人(林 泰製氏が作・演を務める演劇ユニット、個々人の自由が縛られるのは如何か? との視座からその生き方をコミカルに描きつつ同調社会に疑義を呈する)今作では、姉の住む一軒家に纏わる幸運が、どうやらオカルト的な理由にあるのではないか? との疑義を巡って展開される。
「女ビルの一生」:ギンギラ太陽‘s(普段、福岡で活躍する劇団。主宰の大塚ムネト氏が脚本・演出・被り物製作迄手掛け役者としても登場する、作品の特徴はその被り物を用いた地元ネタ。今回は博多のデパート競合合戦を地元色を巧みに出しつつ、歴史までも取り入れてコミカルに表現、大いに笑いを誘った。)
「ベビーカー」:コンプソンズ(2016年金子鈴幸氏、星野 花菜里さんを中心とした明治大学実験劇場を母体に発足。現実に起こった事件や虚構を取り交ぜ縦横無尽に渡り歩く作風が売り。今作では、街中でよく見掛けるベビーカーの扱いがメインテーマとなって笑いを誘うが、ちょっと深読みすると親は初の子に育てられるとでもいうべき逆転迄観ることができる。
「真夏に崩れる」:ザ・クズレルズ(役者、入江 雅人氏が主宰。日常のある瞬間に訪れ心揺るがす事象をスローモーション化した身体表現によって表現する、コンテンポラリーダンスでもコントでも無い唯一無二のパフォーマンスを目指す)今作でも夏らしいテーマを適度に混ぜ入れつつ一瞬の現実をスローモーション演技にし立て直して面白おかしく提供してくれている。
「ミセスフィクションズの恋しくて」:Mrs.fictions(今村 圭佑氏を中心に2007年に結成、観客との関係、表現者同士との関係、社会との関係性をより豊かにする為の活動を模索・実行中であり、今回の企画もMrs.fictionsの音頭取りで実現している。
今作は、1人の若い女性と2人の若い男性の物語。男性の内1人はステディ、もう1人は仲良し、つまりオマケである。この3人の微妙な関りについての悲喜交々。
実演鑑賞
満足度★★★★
楽を拝見。
座った席がエアコンの吹き出し口だったのか音が煩くて同棲カップルの男を演じた役者の声が殆ど聞こえないシーンがかなりあった。前席に座って居た観客が大きかったのでうつむき加減で発声していたのか否かは確認できなかったが、もしそうだったとすればそのような癖は直すべきである。役者本人が自覚していなかったのであれば演出がダメダシをして直しておくべきであった。はっきりした原因は分からないが参考までに。
ネタバレBOX
えのもとぐりむ作の朗読劇である。登場人物は4人、コインランドリーオーナー兼作家(女)、閉店間際にやってくる不思議な客(男)、3年間同棲を続けている男と女。台詞を朗読する番が来ると座席が朗読の対になる相手と共に移動し隣り合わせになる。
物語は、同棲カップルの男が女の何度も結婚を持ち出すことに返事を延ばし延ばしにしている情況とそれでも中々別れは切り出せなかった日々の互いの侘しさや寂しさ、報われたいという念と共に放たれた多くの矢が悉くはじかれ徐々に精彩を欠いてゆく彼女の魂を苛む虚ろなどの心模様が描かれる。殊に女の場合、切なさや自分が好きな彼に合わせて変わり切れていないのが悪いのではないか? などと悩み続けること等が細やかな感性で紡がれ改めて言葉の持つ力に感心させられる。
この彼女に対して男は、仕事がカフェバーの店員でしかなく結婚すれば妻と子の面倒迄見る為の稼ぎが必要になることから不安ばかりが募り、その責任の重さに押し潰されそうになっているが、それでもエイヤっと飛んで彼女を強く求めるということができない。カップルの暮らす住いに洗濯機はあるが、彼女がコインランドリーの匂いが好きなため、時々このコインランドリーに一緒に来て洗濯と乾燥を行うのである。
そんな暮らしを続けてきたある日、彼は不思議な男と出会う。この男もこのコインランドリーの常連であったがいつも終了間際に来て洗濯し始めるのでオーナーは通常の終了時刻を数十分過ぎなければ閉店できない。にも拘わらずオーナーはこの客と気が合い、自分の本職である小説家としての仕事の結果の著作を貸したりもしていたのである。而も彼女自身がこの不思議な男の才能を高く評価していた。実は彼も作家だったのだ。
一方、彼女と別れることになった男が独り身となってコインランドリーを訪れ洗濯を始め、乾燥機に掛けているうちに隣に座っていた不思議な男はあれやこれやと話し掛けて来ていた。その内、友達のような言葉遣いをし始め、そうなったことの理由を上げたりもする。独り身となった男も徐々に彼のペースに巻き込まれ遂には別れた彼女との因縁話から寂しさ、辛さ迄語り出し遂には激しく泣き出してしまった。不思議な男は優しく寄り添い、何くれとなく彼を慰めいたわる。
場転が在ってコインランドリーのオーナーと独り身になった男がコインランドリーで出会った。その際に彼は不思議な男と会って話した内実をオーナーに告げた。然しオーナーの口からは信じられない答えが返ってきた。彼は亡くなったというのだ。何でも彼は病を抱えていて歳を経る毎に体内の毒素が増し遂にその毒素が彼を天上に召したのだと。オーナーは彼の母との電話でこの事実を知った。
更なる場転。久しぶりに不思議な男が住んでいたエリアの近くへ来た独り身の男は、同棲していた彼女を見つける。小さな赤んぼを抱いていた。彼女は結婚し子を産み母となっていたのである。こんな変化を天上に召された不思議な男は、きっと星になって見つめていてくれるに違いない。彼を知っている者達が皆そう思っている。
実演鑑賞
満足度★★★★★
本日26日14時開演の公演が楽である。観るべし! 華5つ☆
ネタバレBOX
今作は演奏舞台が本公演を試演と名付けて上演していた頃を含め今回で6回目の公演である。浅井さんが作詞・作曲・編曲まで手掛けた曲を歌ってくれるシーンもあるが心に沁みる良い曲であり心に沁みる歌詞である。
因みに今作の原作者は1923年生まれの木谷 茂生氏1943年に立教大学予科在学中に海軍に入隊、予備役を経て少尉で終戦を迎えた方である。戦後は編集者としての業務にあたり乍ら劇作をした。実際の戦争を体験しているだけに台詞の一々が生々しく生き、戦争の惨たらしさ人間性の喪失なしには生き残れない醜さ、大多数の者が抗い切れない圧倒的な世の中の趨勢の恐ろしさと、それら非人間性に慣れてしまう人間の性(さが)の救い難さのリアルが痛切なまでに描かれ、初年兵の初心な心や魂が無惨に切り苛まれていっぱしの生き残る為に兵士になってゆくことの救い難さが、育ってきた故郷の土の質感や匂い、粘度、特異性と共に人の生きる大地に生んでくれた母への痛切な思慕が綯交ぜになり、故郷で恋した女性との淡く切ない思い出と共に痛烈に胸を抉る。たった一度しか生きられない人生をこんな不条理の為に捧げなければならなかった兵士たちの苦悩を見事に抉り出した傑作。
ところで、現在の世界は今当に我々自身が兵士として出征しなければならないかも知れないという不安を抱えざるを得ないような状況に陥っている。為政者共にとって民は使い捨ての駒に過ぎない。この事実をよくよく考えておくべきであろう。残念なことではあるが。
実演鑑賞
流石、篠本賢一氏による上演台本、演出、美術である。華5つ☆。必見。
ネタバレBOX
板上は壁三方を黒布で覆いその内側に白布を重ねる。凡そ各コーナーに当たる辺りに灰白色の箱馬が1つずつ置かれ、演技空間手前に緋色の台、下手は尺八、横笛などの楽器と演奏者、設楽瞬山さん。上手に太鼓、鐘などと演奏者、藤田 佐知子さんが座す。板中ほどには墓石のように見える灰白色の箱馬がやや奥と手前に置かれ巨大な葉巻のような茶色っぽいものがその足下から伸びている。いつもながら舞台美術は篠本 賢一氏、流石にセンスの良さを感じさせる。尺は125分、休憩はないが緊張感の途切れぬ舞台をラテン系らしい情熱の為には命を賭けるのが当たり前という固定観念の支配するロルカの原作から日本の因習的な農村の、目にはさやかならぬ因襲性や相互監視の窮屈な社会へ見事に転移させ、衣装も駆け落ちする者ら若干の例外を除いてくすんだ色合いに統一し、悲劇を齎す刃物の光る衝撃を通してクライマックスを当に頂点化、こういった場面で横笛の時空を切り裂くような鋭い演奏、各場面に応じた尺八の音や打楽器の演奏が場の雰囲気更に盛り上げる。回を追う毎に質が向上しているうつり座の面々の演技もグー。逃亡する新婦と恋人の描かれ方は~尽くしという手法は取らないものの、当に人形浄瑠璃や歌舞伎などの道行そのもの、観客の練度によっていくらでも深読みのできる作品である。
実演鑑賞
満足度★★★★★
尺は70分、実力集団。ベシミル、華5つ☆
ネタバレBOX
AB2つのチームがあるが、Aチームを拝見。脚本は成井 豊氏、演出は爽口 穂夏さん。
Mura.画(ムラエ)演劇研究会は2024年にスタートしたグループで今回が2回目の公演という。今作は観客の想像力を験すかのような公演であると感じた。登場人物たちも様々な経歴を持ち役者だけではないが、各々の経歴が生きて在ることの様々な表情と微妙な表現に深みと味をつけ極めて質の高い舞台に仕上げている。舞台美術も象徴的に創られ、余計な寄り道をせずに内容の豊かさを紡ぎ出すので尺は70分だが内容的には2時間以上掛かってもおかしくないだけの内実を持つ。
更にオープニング直後にダンスシーンがあるが、良くある単なるパフォーマンスに終わらずキチンと脚本の内実に溶け込むようなダンスシーンであることに驚かされた。
観劇の際気付いておくべきは主人公、幸一の感受性の鋭さとラグビー選手としては小柄だが名選手として活躍してきたこと、だがさしもの名選手もハードなスポーツであるラグビーを35歳迄やっていると故障が多いのは必然である。だがラグビーだけが母と自分を捨て出帆してしまった父、幸一を育てる為に無理を重ねて死に、その後叔父一家の養子として育った彼の鋭い感受性が実子と分け隔てなく育ててくれた叔父夫婦の優しさ故に彼のトラウマをより複雑なものにしていたことまで表現されていることに気付く。
ラグビー時代からの友が何くれとなく幸一をサポートする情、幸一の膝の胡椒に真摯に向き合う優秀な女医、亡くなった母が何故突然彼の部屋に現れたのか? の解に関しても終盤で明らかになる。多くの観客が涙していた作品。
実演鑑賞
満足度★★★★★
タイゼツベシミル! 華5つ☆。前説から凄い。この劇団の力を見せつける。尺は80分。
ネタバレBOX
板を挟んで鰻の寝床の両サイドが客席。床の色と対照的な白い箱馬が適当な間隔を開け9~10個ほど置かれている。ファーストシーンに登場するのは20歳くらいの息子とその父。父は息子の寝坊を詰るが、“あんたにそんなこと言えた義理か?” という態度を取る息子、グレて問題行動を取っているというより、父が迷惑を掛けてきたことに対する反発のような感じである。あれやこれや細々と息子を心配する父に対しバイト先で人出が足りない為あてにされている息子にとっては兎に角バイト先に迷惑を掛けられないという事情がある。実際バイト先ではバイトの女子大生が、ゼミが忙しいだの何だので年中、シフトを変わって暮れだの急な休みを取って自分のシフト以外の仕事を引き受けさせられる。或いは遅刻で迷惑を掛けられる等の事態が発生してクタクタにされていたのである。彼のバイト先はコンビニ、従業員は店長、彼、女子大世の3名。店長は年中夜間も人出不足で勤務せざるを得ず単に精神のみならず殆ど肉体的にも限界状態だ。こんな状況の中、奇妙な女性が現れた。彼女は棚からパンを2つ取り、これを食べようとしていた。店長が気付いて「買っても居ない物を食べてしまっては万引きだ」と注意するが、彼女は「私はこれを食べないと死ぬ」と主張、然し店長は万引きを認める訳に行かない為押し問答、そこへ若者が来る、日本語が分かるようだし仕事をして貰えば万引きしなくてもバイト代でペイできるとあって、彼女はこのコンビニで働くこととなった。然し彼女が述べるディスクールは論理的に正しいものの、余りに正当で本質的即ち哲学的なので日常生活で用いられる対話表現としては難があった。無論、これには尤もな理由があった。彼女は宇宙人だった。
一方父の霊は息子の前に何度も現れ父が自死するに至った経緯、その事情にある男が相談役として関与していたことが分かって来る。息子は父に上手いことを言って金を巻き上げ遂には己が利益の為に自死に迄追いやったこの男を追求したいと願った。そんな折、バイト先の女子大生が見て貰っていた占い師に、自分も占われることとなった。この占い師、可成り当たると評判で彼ら以外にも偶々見て貰った女性が居た。彼女は自分の彼の件で訪れていたのである。ある日息子がシフトに入ろうとするとカウンタ上に宅配便が置かれており、何気なく依頼人の名を見た息子は父の手帳に書かれた相談者と苗字が同じことに気付き記されていた依頼人の住いを訪ねた。チャイムに応えて出てきたのは若い女性であった。怪訝な表情で息子の訪問に対する彼女に、息子は彼女の彼が息子のバイト先に宅配便を頼みに来、住所を宅配物の住所欄に書き込んでいたこと、父が世話になった人物と同じ苗字であったためその住いを訊ねた結果であったことを説明して誤解を解いた。彼女自身が体調の異変から病院で診察を受け妊娠していることを初めて知ったが、同棲相手が一体何を生業としているかについて一切を知らされていなかったことに懸念を持っていた彼女は彼との直接対決に及んだ。
一方この不思議な同棲カップルの子の誕生に連なる本質的な命の命脈問題を梃子に、様々な縁が日本のコンビニで働く人々と宇宙人とを繋ぎ日常のちまちました生活に宇宙の壮大な時空を繋げることで観客の知の領域、想像力の広がりを検見してでもいるかのような展開を見せる。日本人の悪習である余りにちまちまとしたことにかまけて自らの知的想像の時空迄狭める傾向に対する極めてラディカルな視座を提示する傑作だ。
実演鑑賞
満足度★★★
初日を拝見。華3つ☆
ネタバレBOX
尺は2時間弱。下手奥にカフェバーカウンター。タイトルには喫茶と入っているが実際はカフェバーなので棚には酒のボトルも見える。カウンター手前に丸椅子2脚。上手ホリゾント手前にも棚風の家具が見えるが殆ど機能せず。出捌けは黒幕で袖を拵えて上手奥の側壁から、1か所のみ。場面が喫茶、バーの場合のみ上手奥に小テーブルと椅子、板ほぼ中央にやや大きなテーブルと椅子を配置する。
肝心の物語はポローニアに出入りする常連客の若いカップルの内の一組(カイリ&カナデ)の彼女、カナデが道端に倒れた男を気遣い近付いて歩道に連れて行こうとした際、刺殺されてしまったことに起因する幽体離脱を起し過去に戻り生霊として他者に取付くことによってこの事件を阻止しようと図った顛末を描く。このメインストリームに目に見えない何者かと話しているように見える謎の老人や、父と共に心中したカナデの友人、アイス。カイリ、カナデの友人リオとリナ兄妹ら若者達同士の付き合いからくる自然な人間関係の齎す連帯感から生まれた互いへの共感や思いやりが現実には実を結ばない事実に打ちのめされる姿を通して事象のあらましを伝える。
一方、謎の老人は略称:超常管理局(正式:防衛省直轄超常的隠匿指定事象並びに誘因因子及び関連人物統括管理局)に調査された過去があった。この老人がカイリに憑依のイロハを仕込んだのである。他に心中した父子の事情や父、娘の対話、カナデ刺殺犯の在り様などもポローニアでのマスターらとの対話を通じて明らかにされているが。様々な要素が収斂されてゆく中、結論はどうなるのか? それは観て後。想像にお任せしよう。
脚本は少々荒い。初日を拝見したが、役を生きていない役者が居たのは残念。役者自身の性向や癖も在るのかも知れないが役者は最低でも役を生きなければ意味がない。脚本が粗ければ稽古中に侃々諤々の議論を経て修正しておくべきである、こういった基本的な作業が出来ていない点で演出にもっと気を配って欲しい。
実演鑑賞
満足度★★★★★
初日を拝見、面白い。華5つ☆ベシミル! なお尺は約110分。
ネタバレBOX
尺が、当初の予定より20分程伸びて110分になっているが、様々な要素を入れ込み複雑化したからである。
実際ホムンキュロスの話まで登場する。ホムンキュロスに自分が初めて出会ったのはゲーテの「ファウスト」に於いてであった。無論、ファウスト博士は人知の限りを学習した碩学として登場しているから、今作に登場するパラケルススのホムンキュロス製造法についての知識も持っていたであろうことは容易に推測し得る。これに加え、今作のタイトルにも含まれる人造人間であるフランケンシュタインは、詩人パーシー・シェリーと駆け落ち後、バイロンが借りていたレマン湖畔の別荘で降り続く雨に閉じ込められていた折には様々な哲学論議や生命伝達、死者蘇生、ガルヴァーニ電気等々についても話し合われていたという環境があった。そんな折、バイロンが集まった5人各々が怪奇作品を書こうという提案をしたのがきっかけでメアリーは後「フランケンシュタイン」として紡がれることになる作品の最初の構想を練ることになり。約1年を掛けて執筆した経緯がある。
この西洋に於ける成果と我が日本に於ける座敷童、座敷ぼっこ、倉ぼっこ等々の怪異が疑似科学と怪異の個別差、更には新院長、他の医師の研究領域や思惑、実際の行動によって分化される世界を各々の世界に持ち機能する以外にも、枢要な登場人物たちの存在状況そのものが異なる世界を出現させるから、本質的に極めて複雑怪奇な物語としての輻輳性と面白さを持つ、お勧め作品。これ迄拝見した枕返しの最高傑作。
以上構造そのものが可成り複雑だから分かり難いか? といえばそんなことは無い。オープニング時点で淡いグリーンのライトと更に淡い赤色系のライトが一方のホリゾントを照らし西欧的知の開発した人造人間的世界観を表象するのに対し、赤色系、即ち暖色系の灯りで東洋系を示すのと同様、洋の東西差を示すのに西洋系にはエリック・サティーの曲を背景に流すなど上手く観客の心理を誘導しても居るから理屈より感覚ですっと入って行ける。この意味で演出も見事であり、登場する役者陣の演技も各々が全体と絡み、同時にワンシーンで表現されていたことの意味そのものが変わる難題を優れた脚本を良く演じてグー。
実演鑑賞
満足度★★★★★
楽日の楽公演を拝見、尺は110分。AIとSNSが生活に組み込まれた現在日本の生活感覚にマッチした底の無い空虚の上に構築された世界の「実相」を描いて見事。
ネタバレBOX
箱チーム観劇。若者の書いた脚本らしくラディカルで尖鋭的な視座と疾走感が終盤迄物語をグングン引っ張ってゆき、その疾走感と凍るような世界を切り裂く烈度は「時計仕掛けのオレンジ」のシーンを彷彿とさせるが最終盤での失速が無念。これは主要な登場人物2人を死なせてしまう結末にしたことが大きいとみる。理想的には裏地を残し自死した雪子の代わりに親友を名乗っていたが裏切りを犯した頼子を雪音と組ませて稼いでいた資金と共に国外へ脱出、新機軸の創作を発表させる等。性格も行動も真反対の2人が雪音を介してどのような作品を作り上げるか? 基本的に人生を肯定する頼子と否定的に観る裏地との関係もこれまでの雪子との関係とは違ってくるハズで双方の差をより明確にする為に雪子との回想シーンを挿入して対比させるシーンを(何か所か)設けても良い。その上で新作品で大儲けをした彼らは行方不明となる結末で如何か?
実際に拝見した作品では現代日本の人間性そのものを喪失した世界の甚だしい虚ろ感覚が提起されてハイになっていたテンションが砕けるのだが、作品としての作り、演出、演技、舞台美術の合理性に優れ、スタッフの親切丁寧な対応も有難かった。
実演鑑賞
満足度★★★
尺は80分、劣化日本の現状を或る意味映しているかも知れないが、その点に関する説明は終演後に追記する、
実演鑑賞
満足度★★★★★
少し長尺だが全く気を逸らすことは出来ない。面白い作品だ。(追記7.1110時半)
ネタバレBOX
板上は廻り舞台上の下手上手各々に階段を付け踊り場を設えたセット。このセットの下に(場面、場面で様々に機能する動輪の付いた鉄骨を組み合わせた枠が2つ。板観客席側上方には2か所にスクリーンが設えてある。
オープニングでは、中年の研究者らしき男と主人公、トリフネ。研究者は腹を空かせているトリフネにパンを与える。食べている途中でトリフネは地べたへ落ちたパンを拾って食べようとするが、研究者が「直ぐ作ってやるから」と言って手を洗ってくるように促す。このファーストシーンだけでトリフネが孤児らしいことは一目瞭然だ。この辺りの導入が上手い。
ところでトリフネは手を洗う為に水道のある上の階に上がり掛けた、その瞬間、敵国からの空襲があった。トリフネは生き延びることができたが建物が崩壊したとみえ、研究者の所在は分からなくなってしまった。
場面は約10年後に飛ぶ、トリフネは17歳になっていた。あの空襲で折角親身になって面倒をみてくれる大人に出会ったのに別れ別れとなってしまったトリフネは志願兵とバイト兵のみによって構成されている軍に入隊することにした。動機は? 無論、世話になった研究者が一体どうなったかを知ることにあった。そんな折、志願兵とバイト兵しか居ない軍で敵軍を撃破していると評されているのは大日本が誇るテクノロジーの進歩が原因であった。大日本は、敵国出身のITエンジニアによって開発されたAIを用い総ての戦況を把握して各戦闘員に最適解を指示、戦闘員はこれを実行すれば勝てる、という仕組みを拵え上げていたのである。無論、戦争の継続中である。敵軍、自軍何れも戦士の戦意高揚の為様々なプロパガンダを行う。更に大日本国では反政府ゲリラの活動もあり決して挙国一致では無かった。
一方、敵国から密入国し偽名を用いてこの大日本で暮らしている少女ミナカタは自分達を捨て失踪した父を探していた。父失踪後、母は既に亡くなっている。亡くなる前に裏切った父殺傷用の銃を残して。
ところでミナカタはバイト先の縁で反政府組織のメンバーと知り合いオルグされる。
この歳の近い2人の偶然の邂逅を通して深まる関係が、今作のメインストリームを為す。
一応大日本国とその軍事を司る複合型AIヤマト様、ヤマト様と兵士の間の関係を概略すると報酬はポイントで支払われ百万ポイント獲得した者は3分間ヤマト様に質問する権利が付与される。トリフネの望みは百万ポイントをゲットして言葉は余り通じなかったものの命の恩人である研究者がどうなったか? を知ることであった。トリフネは命じられた敵艦体当たりの特攻攻撃で赫々たる戦果を収め而も生き残って英雄となり、その後もポイントを積み上げ遂に特務機関専従となるが。受けたミッションはミナカタに関わるものであった。然し彼は彼女の所持していた銃で撃たれ命令を遂行できずにポイントは没収されランクは最下層に。そして自らの目標の為最下層から再チャレンジする羽目になる。
一方AIヤマトを用いて戦争を遂行し続けるヤマト国首脳の悩みの種は、初期型であれ最新型であれAIの本質である徹底した合理性が戦術レベルで作動する場合には結果を出し続けてきたものの、AIが本当に目指しているもの、即ち目的が何かを理解することは出来ないというパラドクスであった。(今作では実際何が目的なのかは示される)このような新技術の齎す結果を予想することは或る程度迄可能であるにせよ、不確定要素が残ることは無論、不安要因であるから、大日本国政治屋の常として国民の生命財産等を護るという本来の義務を忘れ己の権益拡大とその為の施策遂行に全力を注いでいた。こんな政治実践の中、大多数の国民は正しい情報を得る手段もあるのに、唯コントロールされ、戦争に負けた際の言い訳ばかりを考えているのか自ら独自の思考を自らの責任の為に構築する術を端から放棄していた。これこそ当に今作のタイトルに凝縮されている内容である。ラストまでにミナカタの父が実は拉致されていたこと、等も明らかになる中、初めて自分の頭で思考することを覚えたトリフネが因縁のミナカタと共に敵機の襲来を予測させる状況の央(さなか)世界に繋がる海の見える場所で事実と邂逅する場面は美しく哀しい。
実演鑑賞
満足度★★★★★
必見! タイゼツべし観る。華5つ☆
板上は下手にキッチン、中央にダイニングテーブルと椅子。上手に玄関。場面によってカーテンで仕切られた空間が開かれホリゾントには漫画家の仕事場が拵えられている。尺は110分予定。
ネタバレBOX
認知症を患った母と娘の半生を伯母の起こした会社と、その企業の実態とを売れない漫画家が描く一種の伝記的作品として描いた秀作。
凄いのは、設定が在り得ないような要素を組んだ処から始まり、中段迄は入念な仕込みでその設定を敷衍してゆき、これをどのように収斂させてゆくのか? いけるのか? との問いが観客自身の真剣な問いとして自問されつつ進行するように練られている点、而もその内容は姉が起こした企業の内実が実際に我々の暮らしてきた社会で起こった事件の内実を映し出している点、今後も起こり得るタイプの事件であることの本質を実に的確に暴き出している点、その深刻さを見事に描きつつ、同時に泥沼にまるで夢のように浮かぶシャボン玉が奇蹟の迷彩を放つようにひととひとの深く静かで微妙な繋がりを持つ終盤に繋げてゆくことのできる創造力の凄さ。
実演鑑賞
満足度★★★★★
初日を拝見(追記後送)
ネタバレBOX
名前だけは聞き及んでいた叙事詩「ギルガメッシュ」に初めて出会った。驚いたのは明らかに“ノアの箱舟”の原型がこの叙事詩に既に描かれていることだ。聖書が諸研究者の指摘通り様々な時代の文明が築いた文化的遺産から多くの者が長い間継承したり、創作した物を矢張り多くの者たちが編纂して作られたという主張を証立てている。その極めて重大な証拠であると考えられることだ。また、希代の英雄ギルガメッシュと同等の力を持つ勇者エンキムドゥとの死闘を通して獲得された友情の深さ、厚さ、美しさも流石数千年の時を渡り我らの時代にあって尚人々に感動を与える優れた物語として、今後もまた人類が存在する限り残り続ける傑作であると言えよう。
実演鑑賞
満足度★★★★★
尺は途中10分の休憩を挟み長尺だが、長さは全く感じない。ベシミル、華5つ☆
ネタバレBOX
ところで我々は何時何処でどのように死を迎えるか? について自死を選び実行しない限り全く知らない。そんな当たり前のことを改めて考えさせる程に本質に迫る作品である。
今作は実在した草創期の女性医師たちをモデルに創作された通常の演劇とミュージカルを綯交ぜた作品だ。一般的なミュージカルは、その形式からある種の型に嵌った作風に縛られ様式的に過ぎるように感じて自分は好みでないが、今作脚本では一般的な芝居のように各登場人物たちの個性や彼女らの置かれた社会的位置の不条理な理不尽に対する根源的問い掛けが埋め込まれ、キチンと演じられているから、根源性とヒトがヒトとして生きる為の当然の権利として認められるべき正当性及び各当事者の切実極まる実体験の齎した深い傷から何としても在るべき未来を獲得する為に戦い続ける姿を通して描かれている。為に、一般的ミュージカルより遥かに物語性に富み、細部の描写のリアリティーも増して効果的に訴えかけてくる。無論、歌う時の歌唱力も極めて高い。
時は明治中頃、未だ女性だというだけで学問への窓すら閉ざされているのが当たり前の時代であった。
こういった常識が、社会に迷信やまじない、非科学的で不合理な産婆術などを蔓延させる原因となっていたこと、それが社会的弱者である女性の働く場所で時には命や妊娠した際の子を奪う原因となっていたことなども描かれ女性医師誕生までの受難の時期を端的に描いている。今作で描かれる医師となった女性は3名。彼女たちの独立した各々の個性を活かしたまま共闘する姿はまぶしいばかりに恰好良い。
実演鑑賞
満足度★★★★
人間は自分達の言葉を動物達が理解できないと思っているようだが、そんなことは無い。そう動物たちは考えていることが前提の物語。
ネタバレBOX
ダンスを多用し、視覚的な華やかさと余り深みに陥らないように構成された内容で作品化している点が上手いが、現実の鏡としては余りにも浅く感じる。
主人公レトは、おっちょこちょいで寝坊な主人の飼い犬、遅刻の言い訳に上司に電話連絡をする際に「産気づいたお婆さんを助けた」などと宣うトンデモ女子だが極めて優しい主人では在る。その女主人は慌てて仕事先に出掛けた。
一方差し迫った引っ越しの為レトは荷物を纏めなければならないが、隣家の猫サリーがやって来た。彼女は折角レトが纏めた荷物をひっくり返して滅茶滅茶にしては別れの寂しさを紛らわす。そしてひっくり返った荷物の中にあった赤いネッカチーフの由来を尋ねることとなった。物語は、このネッカチーフの由来を説明する形で進められて行く。それは以下のような話であった。
ある日、レトの棲む部屋に旅する猫、シッシが現れた。彼は3日間何も食っておらず、空腹に苛まれていてレトのドッグフードをせがんだ。レトは分けてやろうとしたが、シッシは全部食べてしまった。そしてその恩を返す為に飼われているレトには思いもつかなかった見知らぬ場所を案内すると言い出した。“旅する猫”のシッシは生まれてから暫くは飼い猫であった。そして捨てられた。それ以降彷徨の身である。そして彷徨とは生き乍らの死だ。当然深刻なトラウマを抱えている。そんな彼だから、レトには思いもつかなかった隠れた世界を知っていて、その拠点となっている廃劇場に案内した。この隠れ家には鼠、雀、白鳥、狸、アライグマ、亀、犬等様々な生き物が身を寄せ合い、人目に付かないように暮らしていた。何故、人目に付かないように暮らしているのか? は明らかである。人間は不潔だとか塵を撒き散らすだとか、繁殖して迷惑を掛けるとか様々な理由を付けて人の暮らす地域に居る生き物を掴まえて排除する。偶々拾った新聞にも“野良猫零作戦”なる記事が載っており、捕獲された後、最終的に処分されるとあって、唯でさえ警戒を怠ることのできない動物たちはこの棲み処を捨て何処か新たな隠れ場所を探さねばならぬと戦々恐々の有様。そんな折、この廃劇場を見つけた人間が入って来た。
実演鑑賞
満足度★★★★★
初日を拝見、絶対観るべし! 華5つ☆ 尺は約100分。
ネタバレBOX
板上はセンターに木製ベンチその下手にブルーシートで作られたホームレスの住い。この住いの手前観客席側にはどうした訳か赤い花中心の花束、白い花を中心の花束が1つずつ、在る。上手にはシートを被せた三輪車と思しき物、雑多な拾得物、生活の要を為す空き缶等が積まれた一角。場所は東京下町のドヤにある空間。
自分の観た龍門作品の最高峰、素晴らしい作品であった。村手氏の直球勝負がこれほど深く嫋やかに世界を表象して魅せたことに只感嘆するばかりである。脚本の素晴らしさ、演出の良さもさることながら役者陣の演技が素晴らしい。何れの役者もその役を生きていることは当然のこととしてその上のプラスαがあるのである。その存在の全体から滲み出てくる各々の個性が脚本に描かれたビビッドな科白に存在そのものの持つ深みと測り難い広がりと奥行きを載せて観客に届けてくる。これぞ、演劇の醍醐味、必見の作品だ。ラストに被る中島みゆきの曲もグー。
実演鑑賞
満足度★★★★★
朗読形式、尺は約2時間。朗読も、ナレーションを担当する役者さんの明確な発語と声の素晴らしさを始め各担当者の役による発声法の工夫やアドリブが効いて楽しい。
ネタバレBOX
ゾロアスターについては初めて可成り詳しいことを知る契機となった。その壮大なヴィジョンと善神VS悪神をベースに神々が人間にどのように関与するかによって実際にどのような世界が現れ、どのような結果を齎すか? 二元論の対立の妙がつぶさに描かれる面白さは類稀なレベルに達する。流石にその後世界を席巻したキリスト教や仏教、ヒンドゥー教、イスラム教に地獄、極楽(天国)、善、悪、天使(天女)と悪魔(鬼)等々のイマージュとして継承されていった概念のプトトタイプ総てを内包していた宗教である。火についてもプロメテウス神話の原型が既にゾロアスターには存在していた。一神教に於ける二元論の原点がこの辺りにあったことに現代科学の原点の1つがあり殊に電子工学の原点さえ辿ることができることも示唆的であろう。
実演鑑賞
満足度★★★★★
如何にも表現する者の集まる芸大生中心の劇団らしい創り。扱われているのは1789年のフランス革命前後の時代だ。登場人物は1名を除き総て実在した人物達である。尺は約2時間。
上演会場は青梅線の羽村にある崇禅寺駐車場。本日最終日、ベシミル。華5つ菱(追記後送)昨夜、終演後のクラファン達成率は目標の50.4%できれば協力してやって欲しい。追記後送
ネタバレBOX
用いられているテントは前回芸祭での公演で用いられたテント。身体ゲンゴロウとしては2度目のテント公演である。芸祭の時より周囲が広い分、思い切った空間構成が為され、テントならではの演出が効果的に用いられている。
実演鑑賞
満足度★★★★★
板上はセンターに木製ベンチ。尺は80分。各エピソード毎に両側にベンチ形式の椅子が付いたテーブルが持ち込まれて場転を行うが照明を最低限にしスピーディーなので気にならない。不思議テイストの物語。
ネタバレBOX
タイトルが“隕石”而もーあるいは、主よ人の望みの喜びよー、と繋がっているので直ぐにバッハを思い浮かべる向きも多かろう。この曲をイメージする限りパニック物と解釈することはほぼ無かろうがタイトルのみから想像するのは矢張りパニックではあるまいか? 我々の多くが流星雨を見たがり平均0.2秒の流れ星の見える間に願いを叶えようとチャレンジしたことの無い者は少なかろう。ことほど左様に宇宙の神秘は我らの遠い記憶に根差し我らを惹きつけて止まない。無論、流れ星の正体は殆どが氷であり隕石ではない。然し宇宙の構成要素の1つ、1つであることに変わりはなく我らヒトは我ら自身を構成している総ての物質が宇宙由来であることを何処かで知っているのだろう。それ故にこれほど懐かしく親しく惹きつけられるのである。
少し天文学に興味のある方々の中にはチェリャビンスクに2013年2月に落下し大きな被害を齎した推定17mの小天体が大気圏突入時に爆発して隕石の集団となって降り注いだことを覚えていよう。約6600万年前にユカタン半島に落下し恐竜絶滅の引き金となった小惑星のサイズは約10㎞とされている。この影響で地球上の環境は極めて大きな変化を被り、我ら哺乳類の先祖は酷寒を生き延びる為の体毛を得、常温生物としての優位性の下現在の繁栄の基礎を築いた。因みに鳥類が恐竜の進化系であることは常識である。羽毛を彼らが獲得していることが体温保持に貢献したことも明らかであろう。
余談はこれ迄としよう。今作は、以上挙げたような科学的知とはほぼ無縁である。然し、掛かるが故に不思議に満ち、宇宙の持つ本質的特徴である広大無辺とその対極を為す無との中間にあるヒトの性(さが)を浮き彫りにして如何にもspiral moonらしい作品に仕上げている。
ファーストシーンで木製ベンチが板のど真ん中に据えてあるのも無論偶然ではない。ここはこの地域唯一の駅なのである。板上はプラットフォームという訳だ。而もこの駅には各駅停車のみが停車する。時効表は無い。経費節減の為、駅舎内にあるQRコードを読み取る必要がある。従ってスマホを持っていなければ時刻表を見ることさえできないし電池が切れていても見ることはできない。そんな駅に生まれて初めてこの地を出る榎本がやって来た。ベンチには1人の先客が居た。彼はもう3日も各駅停車を待っているという。話している内に彼は駅員であることが分かる。而も彼は旅立つ者を許さない、否、阻止する為にこそ此処に居た。理由は榎本1人が居なくなることによって限界集落であるこの地の補助金が減額され今あるスーパーやコンビニすら維持できなくなることであった。そうこうしている内に、鈍行が到着するという。鈍行には榎本が遺産相続人に選ばれたことを告げる人物が乘っていた。彼女が受諾するか否かの判断は鈍行が出発する迄に決断せねばならぬという。
この物語の幕が開いた。