ハンダラの観てきた!クチコミ一覧

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川ひとつ向こうの、はるか遠い街。

川ひとつ向こうの、はるか遠い街。

乙戯社

スタジオ「HIKARI」(神奈川県)

2026/05/08 (金) ~ 2026/05/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 開演前には中国風の音楽がずっと流れ板手前には段ボール箱を積み重ねた正面にタイトルが一行ずつ映写されている。尺は70分。観るべし華5つ☆

ネタバレBOX

 明転すると舞台全体が見えるが舞台美術は極めてシンプルで奥が嵩上げされて観易くなっている以外、ホリゾントに様々な映像が浮かび上がる他は余計なものが一切ない極めて合理的でシンプルな舞台である。奥の嵩上げされている部分が所謂スラムと一般に表現されるエリアであるが深さ150㎝程しかない日用廃棄品や犬猫の遺体及び人間の遺体が廃棄され異臭を放つどぶ川の手前には裕福な街が広がっており、手前の住民にとって奥の塵溜のような町もその住民も在って無きが如しの存在であり、そうみられている町の住人の意識にも、こんな小さな腐臭を放つ川に越えることのできない絶望の象徴を観る日々への強制が昨日も今日も当然明日以降の総ての日々も予め決定されその生命体の避け難い滓の様に堆積させられている。だから生まれてから物心つく迄は、キラキラしていた幼児たちの目はその後どんより曇り生涯再び光を放ってキラキラすることが無い。それが住民の実態であった。
 然し、無論こんな逆境にあっても脱出したい。そう切に願う者が例外的に存在する。今作はこの脱出に自らの総てを賭けた幼馴染の生き様を描く。背景にあるのは、この川向うに住む住人達の日常的な生活である麻薬、酒、売春、娼婦から稼ぎを撥ねるヤクザ者らの陰惨な生活である。冒頭に書いたどぶ川に捨てられた遺体は、このような状況下で殺された人間であることが容易に想像でき、このような町で警察権力が機能するハズも無いことも自明である。ここにこのような奇蹟が起きた唯一の解があったことも。
 余談ではあるが、現在世界中で進行するグローバリゼーション(globalization)は極端な貧富の差を拡大し続けている。一例を挙げればつい最近公表された世界初のトリリオネア候補は断トツでテスラやスペースX等でのして来た人物である。他の企業有名人ではLVMHのトップ、アマゾンのトップ等で殊にアマゾンのトップはその傲岸不遜と露骨な収奪を恬として恥じない態度で知られるが、流石にトリリオネア世界初を予見される人物は扱う物が違う、世界中の環境を懸念する人々が目指すCO2削減を目指すEV,また人々の夢見やすい宇宙開発や衛星通信網を提供する株式会社を立ち上げ拡張してきた。無論、資本主義をベースであるから収奪の構造は変わらない。ところで、この資本主義の根本的原理である収奪を基にして蓄財した莫大な資産を彼らは何に用いようと考えているのか? それを我々庶民も考えるべき時期を迎えているであろう。1つだけ誰でも簡単に思いつく予想事例を挙げておこう。近未来に現実化する地球環境悪化に対し何とか生き延びる為の手段として、ということであると。飛躍しているとみる向きが多いかもしれないが、今の内に考えておいた方が良かろう。
わたしは、タイタス・アンドロニカス

わたしは、タイタス・アンドロニカス

演劇ユニットキングスメン

LIVE HOUSE 曼荼羅(東京都)

2026/05/05 (火) ~ 2026/05/06 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 本日6日は17時開演、曼荼羅は手洗いが1か所しかないし、尺が長く途中休憩が無いから小屋に入る前に用はたしておく方が良い。サックスの生演奏が入り、役者陣の熱量も高い。

ネタバレBOX

 余り上演されることの多い作品ではないが、その理由の一端はその内容が余りにも凄惨なことが上げられよう。而も今作、その台詞内容も未だシェイクスピアとしては未熟な時期に書かれたと解釈する向きもあるように所謂シェイクスピア四大悲劇同様台詞で展開される論理の整合性が熟年期の作品に比べて粗いと感じる者も多かろう。だがこの理由として今作は他の観方もできる作品であると考えることも可能ではある。例えばアーロン、ゴート族の女王であったタモーラの愛人であり、今作で “悪”の要を自認する彼の画策をとうとうと自白するシーンが終盤にあるが、何故彼がそのような人物に成長してしまったのかについては一切語られていない。これは、ムーア人のアーロンこそ、今作の真の主人公だからだと考えてみたらどうだろう。実際シェイクスピアの書いた作品の中の四大悲劇の主人公となっていくオセローの前駆的存在こそ、アーロンではなかったか? と考えてみたとすれば。最終盤でアーロンが捉えられ我が子をも捕縛された挙句、己の犯した犯罪を只息子を助ける為だけに縷々述べるに及んで自らの悪に染まった真の原因については何一つ語らなかったことの意味するもの・ことこそ唯肌の色が黒いというだけで加えられた差別だったのではないか? この不条理は本人の責任では在り得ない。而も恰も本人の責任が当然だと己の属する社会から扱われる。こんな経験が朝から晩まで毎日当たり前のこととして繰り返されるのだとしたら・・・。拗ねないことの方がよほど不自然ではあるまいか? 今作に登場する人物たちはこんな視点から眺めてみると皆、このように己の置かれた社会的位置から自由ではない。主人公であるタイタス・アンドロニカスも名将軍という社会的地位の奴隷であり、サターナイナスとて先帝の第一皇子という位置の僕に過ぎまい。知恵に長け狡猾なゴート族の女王とされるタモーラとて捕虜としてゴート族の支配地からローマへ連れて来られた際、戦闘で亡くなったタイタスの息子たちの霊を弔う為生贄として選ばれたタモーラの長男、アラーバスは、母タモーラの切実極まる助命歎願にも関わらずタイタスの命令で惨殺された。タモーラがその後、アーロンと組んでタイタス一族に祟ったのは我が子惨殺に対する母として当然の復讐からだった。要は、何れの登場人物も皆例外なく己の抑え切れない欲動によってその人生の最も肝要な選択の動機づけが為されており、少し俯瞰して己自身を眺めることができたならば滑稽とすら自分自身で気付くことができる程に今作で描かれている総ての事態を回避できたであろうに。シェイクスピアが実際に書いたのはそれができなかった人間というものの愚かさであった。この点に深い意味があることをキチンと捉え、可成り錯綜している今作原書からの小田島雄志氏の訳をその本質を捉えた上で分かり易く上演台本化した篁さんの力に拠るところが大きい。また、殆どの人間が、自らの行動を真に決定しているものが、自らの存在の原点と信じ込んでいる情動によって動かされているに過ぎないことの愚かしさをも照らし出している。
 無論、上演される演劇は他者の書いたものを役者が演じ、観客はそれを観て他人事とするのが常である。然し、もう一歩踏み込んで想像力を働かせ自分事として体験し直してみるという観方は更に深く作品を味わう為の良い方法の一つであろう。今作のタイトルに原作には無い“わたしは”が付いているのは、この意味で、日々我々が見聞きしている世知辛い世の中の報道なども、発信する者各々の社会的位置や利害迄正確に見極めなければ見誤るというメッセージとして受け取っても良かろう。今作上演にはそれだけの深さがある。
劇的

劇的

ポッキリくれよんズ

浅草九劇(東京都)

2026/05/01 (金) ~ 2026/05/05 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 尺は約103分。

ネタバレBOX


 物語は信州にある一軒家で展開する。直前にこの家から車で少し行った山間にある神社へ久しぶりに参詣した吉村家の父子3名が滑落に巻き込まれ亡くなった後の葬式に集まった関係者の立ち位置の相違から巻き起こされる諸問題を巡るあれやこれやを大学で演劇をやっていた千秋のつてを頼って脚本家が取材に訪れているという設定の下進行してゆく。
 この脚本家はそれ迄自分の周囲、半径5mを描く脚本を書き続けてきたが、今回初めてもっと広範囲な社会をドキュメンタリー作品として描きたいと千秋に相談、内諾を得ておりやって来たのであるが、無論親族が3名も同時に滑落事故に巻き込まれて亡くなるなどという事態は織り込んでいるハズもなかった。然し、葬儀に纏わるてんやわんやの中でも親族の許しが出てこの計画は実行されることになった。それが上演される内容である。
 どこにでもあるように地方のそれなりの旧家は、地元寺院や地域住民との関係が密接である。その分、人間関係も密で当人同士しか共有していない情報が多い。今作では、偶々を装って劇作家が新作創作の為の取材をするという形式を通して当事者間に留められていた情報を暴く糸口をこじ開ける取っ掛かりを「自然」に見せている訳だ。ラスト寸前には舞台美術の屋台骨である柱を取り外すことを始め解体が演じられるのも、ドキュメンタリーの本質である「真実」を露呈させたという演技であるのは言うまでもない。然し乍ら、ドキュメンタリー作品を撮り続けてきた映画監督や彼ら彼女らを支えてきた人々を実際に知り合いとして持ち話もしてきた自分にとって、今作の劇中脚本家に託されたドキュメンタリー認識には可成りの齟齬があることも事実だ。劇中の台詞の中でも千秋との関りの関係で「フィクションとして描く」という台詞が出てくるので今作自体がフィクションであるとの認識を否定する訳ではないが。本当のドキュメンタリー作家、脚本家、監督等は実際に亡くなった方もいらっしゃるし、命賭けの取材をしていることも事実であるから、違和感を覚えるのである。そういった現実の中で自分も友人であった監督の1人を失くしている。まあ、そんな経験の無いであろう人が書いた作品としては可成りノンフィクションとフィクションの境目ギリギリの線上をゆく作品ではあろう。
パズル2026

パズル2026

A.R.P

ウッディシアター中目黒(東京都)

2026/04/22 (水) ~ 2026/04/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 完成度の高さが抜群! 脚本、演出、演技、キャスティング、舞台美術、照明、音響、下手のデベソ舞台の使い方など実に上手い。

ネタバレBOX

 脚本は極めて論理的に纏められており、観客は観劇中に提出されるパズルの断片を如何に組み立てててゆくかを脚本家との競争を楽しみながら観劇できるから飽きてしまう時間は全くない。而も物語が進めば進む程パズルピースは増え、ピースが1つ増える度組み合わせは格段に増えてゆく訳だから、観劇し乍ら総てを解くことのできた頭脳を持つ者はかなり知的能力が高いと言えるだろう。何れにせよ、このような形でも娯しめる作品である。
 最終盤に突入すると様々なピースに鏤められていた伏線が一気に収斂する訳で様々な引っかけ、両用に解することのできる伏線、曖昧化されたそれ等が一挙に押し寄せてくると同時に笑いの要素迄まぶしてあるから判断を正確に行う為の冷静さを観客は失う。こんな観劇情況の中に現れるキーマンとなる役者が板に着くタイミングも見事だ。描き方によっては相当シリアスな作品になり得た今作を上質なエンタメの枠内に留めおく喜劇的手腕の見事なこと。役者陣の演技、キャスティングの妙と各々に特異な性格、傾向を持たせて場面場面でクスリと笑わせる上手さ、舞台美術の完成度の高さ、謎解きに必要最小限の情報をホリゾントに飾られた灰白色の絵画に映写して知らせる点もグー。丁寧に作られた作品である。唯一、敢えて難点が在るとすれば脚本家は多くの表現者がその根底に抱えている育ちの中や社会的位置の為に体験せざるを得なかった不条理の体験からくる人生に対する苦い認識が弱いかも知れない点だけである。余りにも理知的なのだ。まあ、それがこの作家の強みでもあろうが。
裏切りのリング

裏切りのリング

アクト計画(株式会社バランス企画)

アトリエ三軒茶屋(東京都)

2026/04/25 (土) ~ 2026/04/29 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

 初めて行った小空間。

ネタバレBOX

 板上には下手側壁にパイプ椅子2脚。上手側壁には脚立、丸椅子、鍛錬用の器具2つ。ロープは張られていないがプロレスリングの設定なので皆ロープを跨いで出入りする。小さなスペースということもあり出捌けは劇空間入口と設定上事務所空間となっている袖のみ。登場人物は、ジム会長、所属レスラー4名及び女性。他登場はしないが既に60歳を超えた在籍レスラー1名。練習がきつ過ぎる、とプロレスラーをやめたがっている最年少レスラーをはじめ事務所移転希望者だの横領している者等、事務所内はてんやわんやであるが、実は天変地異まで襲ってきたか? と疑われるほど空模様も怪しいらしい。それは最年長の彼の為に特別に組まれた本日の特訓に現れない唯一のレスラーの様子を探る為に外出したメンバーらが戻ってくる度に口にする異様な情報から推測できるものであった。内にはプロレス事務所崩壊危機、外には故知らぬ不気味な災害⁉ かも知れぬ何か・・・が迫る。癇癪持ちでスパルタ式の鍛え方一辺倒の会長の機嫌を損ねまいと悪戦苦闘する面々とどうやら崩壊してしまった街全体の真っただ中で、唯一取り残されてしまった、彼らの選択は? を描く60分。外で起こっていたことは環境崩壊に伴う都市の完全崩壊であるが、その伏線が最年長レスラーの様子を確認しに出た者の報告である。然し彼らの口頭の報告だけが演じられるのでインパクトが弱い。ラジオの音声が時折途切れ途切れで聞こえ、それが臨時ニュースのキレッパシで天候の異常な急変を告げているとか、信じられない異常事態が起こったといったことが観客に何となく分かるようにしておいた方がラストを際立たせるだろう。
 THRESHOLD

THRESHOLD

神奈川県演劇連盟

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2026/04/23 (木) ~ 2026/04/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 各劇団30分の作品を上演。場転はスピーディーで1~2分程。トータル130分休憩なし。各々の劇団の個性が良く出た作品群だ。各作品については後送。全体評価では☆4つ、。追記2026.4.27 15:04

ネタバレBOX

「鹿」平塚直隆氏作の短編戯曲、演出は中山朋文氏
演ずるはtheater 045 syndicateである。尚中山氏は、役者としてもバス運転手を演じている。
 物語は修学両行で訪れた奈良春日大社のバス停留場で起こった極めて奇妙でシュールレアリスティックな変身譚に纏わる。明転するとバス運転手と車内にたった1人残った男子生徒が浮かび上がる。男子はどうやら車内から出たくないらしい。何時迄経っても出ようとしないので運転手が外へ出て鹿と遊んでくればというような声掛けをするが、生徒は出ようとしない。それで運転手と生徒があれやこれや話をしている内に、友達付き合いができないこの生徒の憧れの女性らしい人の名や、今迄に関わりのあったクラスメイトの名等が想起される度に、鹿春日大社内の鹿と戯れていたクラスメイトらが鹿に噛まれたと助けを求める声が届き遂にはバスの真下にまで来て救助を求める。生徒は窓を開けて車内に引っ張り上げようとするが失敗、そのまま被害者は完全な鹿へと姿を変えてしまう・・・。といったシュールな展開が面白い作品だ。このシュールな展開が何を契機として生じたか? が今作の提起する問いであろう。評価☆5つ

「物語の書き方」劇団820製作所
間違いなく20世紀最大の哲学者の1人であったマルティン・ハイデガーと彼の教える学生の内最も優秀な学生であったアンナ・ハーレントは、互いの類稀な才能故の運命的な出遭いに遭遇し惹かれ合う。それは単なる師弟の関係であるというより哲学者としての、知的最大のライバルとしての互いの存亡を賭けての遭遇であった。時代の遷移はナチズムの隆盛を招きハイデガーは大学の学長とされ、吹き荒れるナチズムの最中、ナチ党員となった。一方、ユダヤ人アーレントは亡命を余儀なくされアメリカへ渡った。ドイツ敗戦後、旧師弟は再び会い生涯を通じて交流を続けた。類稀な才能に恵まれた両雄の知的でのっぴきならない関りをその見解の相違を活写して描いた傑作。華5つ☆

「presentation」劇団スクランブル/クエル・ペッパー
 何から何までなってない、作品を観た段階で☆2つ、当パンの言い訳を読んで論外。結果☆1つ

「明日、また、明日」演劇プロデュース螺旋階段
 この劇団は脚本の流れや展開の上手さが光り、台詞のここかしこが立って独特の情緒を醸し出したり感慨を呼ぶ味のあるまた深みのある作品を創るし、役者陣もこの勘所を上手く表現していぶし銀のようにセンスの良さを光らせるが、今作でも短編ならではの形にこれらを凝縮して魅せてくれた。流石である。☆5つ

リバースデイ騎士

リバースデイ騎士

無頼組合

オメガ東京(東京都)

2026/04/23 (木) ~ 2026/04/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 この劇団らしい人間性と細やかな人情の機微を良く台詞化した脚本が鮮やかだ。尺は約110分。アクション場面も可成り多く特に柊と始末屋・辻の格闘シーンはみもの。殺伐とした世の中、心安らぐ秀作である。未だ席も確保できるようだ、必見! 華5つ☆ 脚本の良さは無論のこと、作品の細部迄出演する役者さん全員で見事に創り上げている。追記25日20時45分

ネタバレBOX

ところで現在の世間は衆知の如く暴走する資本主義の収奪構造に完全に呑み込まれ1%未満の富裕層に囲い込まれ、起業する才も必要な知も学も発想も意欲も環境も無い人々は唯必死に日々の糧を得るべく、毎日同じ環境に置かれた被収奪者との競争を強いられ心身を擦り減らし他者を思いやる力を失って益々無益な競争に駆り立てられていると同時に目先にぶら下がる煌びやかなイメージや宣伝文句に載せられて大して必要でもない商品を買わされ続け、唯でさえ余裕の無い生活を益々貧しくさせられている。結果は更に殺伐とした世界だ。
その結末が、既に地球上の年平均気温は産業革命以前より1.5℃以上高くなり気候変動による異変の齎す影響は風水害等の大規模化、常態化、低地の水没と同時に別地域での砂漠化も留まることを知らない、豪雨や砂漠化による農業の危機、天候異変による農林水産業の衰退、要は食物生産量の劇的減少と食料の高騰、木材の不足は喫緊の大問題だ。またこのまま気温の上昇が続けば南北両極に残っている氷山の氷や高山の氷河も総て溶ける結果水面上昇は全地球規模で起こる。その時水辺に建てられた多くの原発は水没するだろう。それまでに総ての原発の廃炉作業を行える訳ではあるまい。一部のビリオネイヤーが考えている宇宙開発は、そのようなことを考え準備しておけばごく僅かの金持ちだけが変化した地球上に残っても生き残れると考えての上だろう。ということに既に多少回転の速い人々は気付いている。
まあ、我らは一部の大金持ちが以上のような考えの基に考え行動している時代に、彼らの途方もない夢を実現に近付ける為にあくせく他の自分達と同様の人々を出し抜こうと日々を過ごしている者が殆どだ。こんな世知辛い世界で人が人として生き抜こうとし、人の心の温かさ、靭さをややはにかみ乍ら生きている人間が居たとしたらどうだろう? そんな人物が描かれているのが今作ではあるまいか? 殊にリバース探偵事務所長・柊の表向きはザックバランで気の置けない態度の裏に隠された本音を表す台詞の何とも繊細で優しい心遣いが見える点は秀逸だ。柊の気遣いは新入りの五代銀次と鶴田紅を本人達が「名前(ファーストネーム)で呼んで下さい」と言い出す迄は苗字で呼んでいた点にも表れている。アクション場面も始末屋の辻と柊の格闘シーンはみものだと既に書いたが何故、彼らは命懸けの戦をする羽目に陥ったのかなど。無論、物語を観れば、以上述べたような堅っ苦しい内容だけではなくれっきとした活劇であることが、良く判る。だがそれは観てのお愉しみだ。観て十二分に楽しみ、心豊かに劇場を出て欲しい。
それはいつも♂♀から始まるetc.

それはいつも♂♀から始まるetc.

劇団ノーティーボーイズ

ウッディシアター中目黒(東京都)

2026/04/15 (水) ~ 2026/04/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 役者では専務役が気に入った。終盤に登場する元経理女性の娘の独白の持つリアリティーがグー。尺は約105分。お勧め。華4つ☆

ネタバレBOX

 物語は、20年ほど前に現社長と専務が共同で立ち上げた会社の社員や関係者で賑わう小料理屋で展開する。この舞台美術が中々粋ですわりも良い。色調もそれらしく落ち着きホリゾント下手にある和風丸窓にもセンスの良さを感じる。上手側壁前にカウンター。板上には2つのテーブルと周囲の椅子。下手側壁中ほどに大きな暖簾の掛かった出入口、その対面の側壁に矢張りカウンターへ入るに都合の良い出入り口。ホリゾント中ほどにも出捌け。何れも暖簾がつけられている。
 物語はタイトル通り、♂と♀とのetc.という他ない男と女のあのねのねだが、起承転辺りまでは、下世話なギャグが多用される展開だ。然し結に入ると全く印象の変わるシリアスで緊張感のあるものに変わる。一方、コメディーに良く用いられる手法であるが、各登場人物たちが吐いた嘘が、利害を異にする者達から矛盾を突かれとんでもない言い訳を思いついてのドタバタが演じられつつ、極めてシリアスな男女関係の縺れが齎した結果が演じられ、更にそれが二転、三転して終盤に至る。この流れと結末を舞台を観ながらどこまで解けるか? を愉しむことができる舞台だ。
春に思い出す、夏の君はもう遠く

春に思い出す、夏の君はもう遠く

劇団皇帝ケチャップ

シアター風姿花伝(東京都)

2026/04/15 (水) ~ 2026/04/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 春チームを拝見。尺は約115分。華4つ☆

ネタバレBOX


 物語は12年前高校生であった2人由香里と美佳子を中心とした女子高生活と12年後に小説家&女優として脚光を浴びる由香里と編集長として活躍する美佳子の現在を対比させつつ展開する。
 由香里と美佳子はレインツリーという名の芸能事務所から現役女子高生コンビとして売り出されていた。由香里のキャラはどちらかというと合理的で理知的な優等生タイプ、美佳子は独特の感性と発想を持ち特異な発想で物事を見るユニークな女子。コンビは、若さと組み合わせの妙、面白さなどから人気も出、注目を集めるようになっていた。当然、2人のファンは各々タイプが異なっていたし、評価される点も異なっていた。だが人の世の定めは不思議なもの。その2人は、仕事の関係で知り合った年上のカメラマンに心を惹かれていた。
 結果、恋のライバルとして互いに意識し合うようになる。こんな状況の中、或る事件が起こった。写真誌に件のカメラマンと由佳里の某マンション前でのツーショットが報じられたのである。高校生の人気デュオの片割れがこともあろうに大人のカメラマンと連れ添って2人だけで・・・。と取られたのである。カメラマンと由香里の間に何が実際にあったか? などということはゴシップには関係ない。話題になること自体が致命的であった。結果、決まっていたレインツリーでの仕事は総てキャンセルされ由香里は謹慎を命じられて暫く干されることとなった。偶々、この事件の起こる前から美佳子は大学に入りたいとの思いもあり、コンビを抜けたいと事務所に申し出ていたこともあり、コンビは消滅した。
 こんな経緯から互いに一生会うこともあるまいと思っていたが、12年後2人は、小説家兼女優となった由香里と某出版社編集長となった美佳子として偶然再会することとなった。美佳子の夫は件のカメラマン、この12年間各々の生きた道程が今作の肝となる。
賢治の風

賢治の風

劇団演奏舞台

演奏舞台アトリエ/九段下GEKIBA(東京都)

2026/04/10 (金) ~ 2026/04/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

dododo dodo dodonqdo gionn (追記2026.4.11)尺は約75分。お勧めである。

ネタバレBOX

 オープニングは演奏の開始と同時にホリゾントに宇宙を思わせるイマージュとどどどどど、どどどど、どどどどどなどと表記された文字が躍る中、役者陣が登場、どどどどど、どどどど、どどどどどと発声、続いて「春と修羅」の序が朗読形式で綴られる。100年以上前にこんなに正確な宇宙のイマージュと我らヒトの裸形を言語化し得た賢治の天才に改めて驚嘆した。次に「雨ニモマケズ」寺山は欺瞞的と嘲笑した作品だが自分は寺山の持っていた歪が言わしめたことだと思っている。というのも賢治自身家業に対する複雑な感情を抱えていたこと、大学での専攻、旱魃や山崩れ、大水被害等の天災に襲われる度、我が娘を人買いに売らねばならぬ東北農民の厳しい生活を重々知っていたからである。次には結核で亡くなった賢治の才能の最も良き理解者であった妹・としへの痛切な詩「松の針」続いて「林の中の柴小屋に」「北いっぱいの星ぞらに」「小作調停官」等が続き賢治の生きた世界を示した後としの亡くなった瞬を詠んだ余りにも痛切な詩「永訣の朝」続いて「風がおもてで呼んでゐる」を挟んで「どんぐりと山猫」で滑稽な様を描いて観客を自分達が普段暮らしている俯瞰すれば喜劇の世界へ解き放っている。この間いつものようにシンセサイザーとギターの生演奏が入るが、今回は場面によってフルートの生演奏も入っているのが新鮮。役者陣の演技と相俟った朗読も質が高い。而も朗読作品群の選定及び上演順の工夫も極めて効果的だ。
おくらいり

おくらいり

ゼータクチク&ACTACTION by TEAM HANDY

新宿眼科画廊スペース地下(東京都)

2026/03/27 (金) ~ 2026/03/31 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 これは面白い。タイゼツベシミル。華5つ☆ 尺は95分。10年活動している劇団というが8作目。初の警察モノだという。

ネタバレBOX

 板奥に段ボール箱を積み重ねた山が 二山。上手の山は下手の山より奥に在り前後にずらしてあるので下手の山の奥が袖の役割を果たす。場面によって上手の山の観客向きの部分がスクリーンとして用いられる。この段ボール山の手前に蓋の空いた段ボール箱が1つ。
下手観客席近くの側壁に沿って机と椅子が前後に並べられている。手前の机上には電気スタンドが載っている。
 基本的設定ではこの空間は新宿警察署の資料保管室である。無論、場面によって街の張り込み場所になったり、演じられるプロットに相応しい空間になったりする。オープニングでは、作品解説に在る通り、新宿の街角で発砲音がしたとの通報が複数あり誰かが誰かを撃ったとの通報もあった為、現場に急遽駆け付けた所轄警察官らは現場捜索をしたが何ら怪しい物証も形跡も発見できなかった。と、雲を掴むような話から始まる。この後の展開が上手い。更にこの展開の中で所轄の刑事2人がこの事件を追い続けることになる。徐々に明らかになってゆく部分はあるものの肝心の犯人に辿り着くことはできず、犯人と関わった可能性のある参考人は中々見付からない。時効迄二月となった頃、雑誌等でこの事件が蒸し返された。事件の核心を掴み何とか解決に導きたいという念に駆られる人情厚く、正義感の強い刑事は、偶々事件当日逃げる犯人とぶつかって階段を転げ落ち半身不随になってしまった当時22歳だった女性にプレゼントを送ったり何かとケアしたりしていたから猶更であった。然し時効1か月前に現れたのは本庁の監察(警察の中の警察と称される部門)からやって来た監査官である。彼女は至急この段ボールの山の中から一月後に時効になる件の件についての書類を探していた。時間は無い。監察のルールではこの仕事は監察官である彼女独りで遂行せねばならない。然し膨大な量の書類を一人っきりで処理するのは難しい。結果、所轄刑事2人にも手伝って貰うことになった。この過程で世の中で実際に起こっている不条理な出来事や、組織と個々人の諸関係に在る普段隠されている諸問題やその隠蔽の不条理など、国民が常々感じている諸組織の嘘、嘘を糊塗する上書きの嘘・・・、圧殺され踏み潰されて粉微塵にされ人々の意識から抹殺された真実等々数え挙げればキリがないという嘘ッパチの上塗り構造はここでも健在だ。更に物語が進みラストでは謎に包まれていた事件の真相が露わになるが、このシーンでは現実と演劇創作との関係がメタモルフォーゼであるより、寧ろメタ化であるということ、少なくとも今作にとってはそうだと解釈したが、一旦メタ化され劇として表象されている脚本は一見した観客から不条理劇として観られることを拒否し更なるメタ化を目指していると捉えた。実に面白い。
Once more,

Once more,

VOGA

北千住BUoY(東京都)

2026/03/27 (金) ~ 2026/03/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 不思議な感覚を味わいたいムキには特にお勧め。尺は約2時間。

ネタバレBOX

 VOGAはちょっと変わった表現集団である。結成は1997年12月、囲いや屋根の無いスペースでの野外公演を関西で上演してきたが2025年拠点を関東に移し現在に至っている。今回はBUoYでの公演だから屋外では無いがこの表現集団の境界という曖昧な領域を効果的に表現する意図であろう。屋内の照明は昏めに設定され奥行や天井高が意識できないような境界領域の雰囲気を濃厚に漂わせている。これはこの表現集団の作品創造コンセプトがまさしく“境界”にあることの現実的舞台表現に他なるまい。
 例示すれば内側と外側、海と陸、空と海等々いくらでも例示できる何かと何かの間である。然し乍らこの境界領域をキチンと定義することはことほど左様に単純ではない。海と陸の間には潮の満ち引きがあるから時間軸によって海になる領域と陸になる領域とは異なるという日常見慣れた景色によってもこの事実は単純に事実として知っていよう。こんな具合なのである。
 そして我々はこのように曖昧な領域で生きている。物語は海へ延びる岬と岬の奥にある森や大地に囲まれた港町に住む者達のケとハレ、若者同士の恋や生活等と同時に森の神への厚い信仰、自然に根差した地域産業(漁労や海産物加工等)や産婆以外には医療制度が存在しない暮らしなど自然の影響を受け易い状態をホリゾントに映写される島宇宙の映像や大正琴に似た音色を出す弦楽器によって紡ぎ出されたであろう音響、あくまで昏めの照明などの相乗効果によって醸し出された不思議な時空間の中に立ち現れた森の神の台詞「総ては震動している、一見硬く形を保っているように見える物も総てが震動している」という内容の台詞は恰も現代物理学の素粒子論の如きである。開演直後からずっと演じられていた身体パフォーマンスに合わせて繰り返し発語された文言の意味する処は物質の生々流転、変容などの仏教思想と現代物理学の論理とを重ね合わせたような感覚を呼び覚ますに充分である。此処にも境界が設定されているとみるべきであろう。動作は極めて美しくスタイリッシュだ。
 こういった作品構造の中に2026年と40年後が一組の若い男女の恋愛譚兼或る重大事件の顛末として嵌入され、通常の物語に近いテイストを醸し出している。極めてユニークな作品である。
かいそう

かいそう

KAEDEN

ひつじ座(東京都)

2026/03/26 (木) ~ 2026/03/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 2回目の公演ということのようだが、脚本は中々しっかりしている。演技の上手い役者も2人いる。尺が60分の作品なのに開演が7分遅れた際何もエクスキューズが無かったのはちょっと気になった。

ネタバレBOX

 劇団名には3つの意味が含まれているという。主宰者名、EDEN、DENの3つだ。今作のタイトルが漢字表記でなく、表音文字表記である理由も同様である。漢字で表現すれば回想、会葬、回送、海藻、階層等々かなり多くの解が得られよう。言い換えれば人生に必要な選択から逃げている発想だと断じることができる。まあ、それが可能なうちは繭に籠っているのも良かろう。何れ嫌でも選択せざるを得ぬ局面が現れる。この事実を脚本家が理解しているのは明らかである。ヒトという生き物が関係性の網目から決して逃れることができない存在である事実も。単にヒトのみならず総て存在は諸関係の中に在る。劇団名に端的に示されているようにその時迄のmoratorium或いは自死という解が待っている訳だが、今作はこの辺りの各登場人物の在り様をKAISOU行き及びTENBOU行きの列車の行き先で示している。その行く先は同名であっても個々人に定められた下車駅は各々たった1つしかない。車掌兼運転手によればこれらは総て運命で定められているのだという。それら個々の事例がオムニバス形式で展開する。尺は60分。
 演出で気になったのは、小道具として用いられる吊革が、スマホに成ったり、数珠になったりと他の様々なアイテムになって用いられるのだが列車に乗車後、最初に吊革がスマホに変じる際、ちゃんと一旦吊革を隠し持つ役者がいる反面、ぼんゃり観客に晒したままの役者が居た点に演出家がダメだしをしていなかった模様が見て取れる。これはマイナス点だ。ラストシーンは解釈が分かれようが自分の解釈は、演劇セオリー通り、気の利いたものとした。
うみおと

うみおと

アップスシアター

すみだパークシアター倉(東京都)

2026/03/20 (金) ~ 2026/03/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 メリハリの効いた脚本で、演技、演出もグー。お勧め!

ネタバレBOX

 板上やや特異な舞台美術、多角的な台の上にこちらもペンタかヘクサの上物が載り、この上物は最下段の多角形の上部に載った人間が押して回転させることができる。中段の可動部分上部には4本の柱が建ち各柱の天辺から足元迄それぞれ1枚づつ布が取り付けられており、ある種の密閉空間にもなる。(照明の加減で海中になるなど)場面によって表される物は異なる。最下段の台は不動だが上手に箱馬が接するように置かれ、下手には階段等も設えられている。ホリゾントには矢張りブルーを基調とし濃淡を染め分けた布がホリゾント一杯に広がっている。
 更に下手側壁に接する観客席側には小さな平台が側壁手前に立て掛けるように置かれている。何れの造作にも陽光によって変化する海面の色や深度により変化する海水の色を暗示するかのようなグラデーションが施されているのは、今作で大切な役割を果たす鯨が海生の知的哺乳類であることや我らヒトに進化するに至った最初の生命が海で生まれたこと等の意味が込められていよう。尺は休憩無しの約2時間。
 脚本はメリハリの利いた極めてヴィヴィッドな創り。実際に在った事象を基に創作された作品だという。役者陣の演技も良い。而も主役・タモツを演じる役者が、タッパも在りマスクもグーというだけでなく存在感もある。良い役者だ。初の主演作ということだが今後を期待したい。また、タモツの実兄でAIの天才的技術者3つ年上のミナトはホメ―ロス以前最大のギリシャ詩人・オルペウスの如く動物の対話を信じ、IT技術を駆使してデータを集積、解析した後ヒトと自然との交感や対話を通して知の領域を変化させる希望を叶えようとしていた。このミナトの感性は当に天才詩人の感性と一致し夢見がち乍ら極めて本質的で持続可能な地球環境を実現する為の夢であった。ミナトの思考は、食物連鎖最上位のヒトという生き物の最上位生物としての責任を果たすものでもある。だが、弟タモツは神経の細い遠慮がちな兄とは正反対のリアリスト。そうならざるを得なかったのは天才に対する非天才の弟の本能的な対抗意識が深層の複合意識に影響されていたからだ。つまり現実生活を堅牢なものとする為にその有能性を活かすタイプであった。この兄弟の角逐が今作のメインストリームを為す。現実には兄弟2人が共同経営者として“キュンマッチ”という名のSNS会社を立ち上げた訳だが、会員が50万を超えた頃、癌で入院していた父の容態が更に悪化し失踪したミナトの死亡届を出したいと言い出した。悪い時には悪いことが重なる。ネット上でキュンマッチの悪評が流れると瞬く間にメディアの報道が追い掛け会員の離脱、社員の辞職が相次いで社は崩壊した。これが、前半で描かれるタモツが清掃会社でバイトをやることになったそもそもの原因である。そして、7年前失踪した兄に横領の疑いが掛けられていた。その内実や真実に迫るタモツと経理リンの調査から横領された金の用途と実現された結果、金の流れ等が描かれる。サブストリームではミナトとタモツの妹で看護婦のユカリと恋人で商社マンのタカシとの笑いを誘う交流譚、清掃会社のバイトカップルマコトとメグのお目出度等や、清掃会社を継がないか? とタモツに声掛けをする社長日暮の人間性等が描かれる。
 大団円が如何様に紡がれるかは、観てのお愉しみだ。


楽園にピス

楽園にピス

無限のネコ定理

小劇場 楽園(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/23 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 面白い、お勧め。

ネタバレBOX

 舞台美術が極めてユニークだ。この小屋の太い柱は観劇の際かなり目障りになるのだがその難点をも上手く利用して脇にスロープを作って車椅子が楽に行き来できるようにしてある他、鏡を取り付けて必要なシーンで通常の用い方をするのみならず、対面での動きが反映することも巧みに利用できることを利用するので描かれている世界のどことなく不安定な感じもそれとなく映り込んで面白い。柱の足元からスペース中央方向にはベッドが置かれている。この部屋は渋谷道玄坂から百軒だな方向に入ったラブホ・マグリットの一室という設定で出捌け側壁の中ほどにある上半分にカーテンの掛かった扉の奥は隣室にもなれば、地域ラジオ放送のスタジオにも、或いはホテル外壁の外にもなる。太い柱の対角線上のコーナーに始点から延びたタクシーのハンドル(着脱可)があり座席用の椅子が適宜用意される。また先に述べておいたドアの観客席側には劇作家が仕事で用いる机と椅子、資料の入った箱も見える。
 物語は集団の中に必ず存在する異質な存在達が紡ぎ出すアートという名の表現が出来する諸条件とその生き方を生成して来た個人史が齎した各々の個人史とその類似性及び差異、そのような個人史が紡ぎ出す作品の独自性と類似性、近縁性とこのような表現者を駒として用いることに因って利潤を追求する企業と経済性の論理がぶつかり合いヒートアップする様を描く。表現する者達が独自に抱える魂の闇と生い立ちの中で負わされた深い魂の傷。トラウマから生ずる作品こそ、表現そのものの源泉であるという事実。従って才能ある者とは、トラウマと闘っている人間であるという事実が、表現者を表現者たらしめるし、そのことだけが彼ら・彼女らに作者という地位を与えるのだから、表現する者達は、其処から逸脱することを精神的自殺と考える。然し、そのような人々を商品を生み出す手段としか捉えない資本家と企業は、飽くまで儲けだ。この相反する利害に係わる者達の凌ぎを削る争闘の模様を描く。
「ミカンの花が咲く頃に」2026

「ミカンの花が咲く頃に」2026

HOTSKY

座・高円寺1(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 基本的には三里塚闘争と同じだ。何時迄経っても日本という国は自らの民を大切にし得ない。矢鱈騒がれる熊の「害」も人間が彼らの棲み処を荒らした結果であり、対応の仕方も殺害が前面に出ている。もう少し知恵を絞ったらどうか? カナダのように。

ネタバレBOX

 ト明天直前「強制執行を行います」のアナウンスと共にブルドーザーらしき音と共に建物が壊される音を伴い・・・、三里塚での思い出が即座に蘇って幕が開いた。このシーンに重なるように子供たちが歌う、村に伝わる伝承歌と共に下手手前で踊るシーンが輻輳的に演じられる。物語は実際に起こった高速道路建設で立ち退きを強制され、賛成派反対派が対立するよう仕向けられ村を出る者らが相次ぎ唯でさえ過疎傾向を示していた村の人口減少を理由に小学校、中学校(今作で描かれるのは小学校のみ)も廃止され遂には強制執行で故郷を失った歴史をベースに作られた作品である。
 明転直後正面センターに広い濡れ縁を持つ農家の一室と蜜柑の木が浮かび上がる。場転で件の農家に人が訪ねてきた。母(美羽)と娘(拓未)で下手玄関の方から幾度も声を掛けている。返事が無いので正面に見える広い濡れ縁のある部屋の方へ回り込んだ美羽が更に声を上げると上手奥から、この家の妻(実果)が漸く出てくる。
この後、場転で出てくるのは学校帰りの子供たち、と子供たちにお握りを振舞うこの家の妻(野枝:実果・美羽の母、拓未の祖母)である。
 可成り特殊な時系列で構成されているのが今作の特徴のようだ。我々の過ごす生活空間の中に流れる時間は、必ず不可逆だからこの点に気付くことが遅れると可成り分かり難い作品になろう。この後に続く物語の構成も時系列が幾度も組み替えられ輻輳してゆくのに、その度に服装が変わることは殆ど無いばかりではなく、化粧とて同様であるから視覚的に時系列を普段の生活同様に受け取ることが出来ない以上、その構造をキチンと腑分けし認識せねばならぬが観客の認識に合点がいく迄にコンマ何秒かタイムラグが生ずる。自分は基本、作品を観て初めて解釈するという観劇方法を採っているので予め当パンを読む率は0.08%程だ。観もしないで判断することを避ける為である。要は先入観で事象を歪めることを避けたいのだ。(帰宅してこの文章を書く為、当パンを開いてみたが時系列に関する説明などは載っていないから、他の観客もこの解釈には苦労したに違いない、上に挙げたような方法での示し方は時間的に無理である以上、映写文字で示す等の配慮は欲しい。
 さて、物語は、この館に住みそれ迄の開発という仕事に疑問を感じ大手ゼネコンを自主退職し近所の山を買い農民となった夫婦(源爺とその妻野枝)が、この地に根を下ろし元々の村民と持ちつ持たれつの暮らしをするようになって地域に本当に溶け込み、子供たちから大変好かれ、当然子供たちの親からも好かれて、自然豊かで村に在る小さな神社の祭りと、催事、伝承が今なお残り旨い水にも恵まれ山からの渓流に蛍の舞うこの地を本当に愛していたが、7年前村の領域を双方から挟み込むように既に高速道路工事が為された為に山の一部が削られてしまった結果大雨の時に起きた山崩れで村人、村の子供が亡くなった。神社も崩れた山の土砂に流され完全崩壊の憂き目を見たのであった。その縁(よすが)を辛うじて残すのが、この物語の紡がれる広い濡れ縁の家、そして神社の神木であった初めの樹の種から育ったこのみかんの木だった。野枝の亡くなった12年前、その葬式にも表れなかった次女の美羽が娘を連れて訪れたのは十三回忌法要の為であった。初めの樹直系の種が根付き小さな芽をつけこのように木として成長するまでには人々の念とたゆまざる世話が必要であったのは、栽培の難しさもあった。然し木はこのように成長し、近いうちに実をつけると思われる。
 時系列が輻輳する今作は以上で説明したように十年以上前の村の生活と反対闘争を始めて以降、子供たちも大きくなって各々が社会人となり在る者は役場に勤めて高速道路建設の為の折衝役を振られて交渉の直接担当者として子供の頃から世話になり恩のある最愛の妻を亡くした源爺と敵対的交渉の矢面に立たされて苦悩せざるを得ず、貧しい近隣農家の人々は切迫する経済事情から村を捨てることでしか生きてゆけぬ状況に追い込まれて苦汁の決断をせざるを得ない。一方、源爺は、上訴し続けても敗訴の確立は圧倒的に高いが、山崩れの理不尽や地域の人々がただ幸せに助け合いつつ暮らしてゆける豊かな自然を破壊して保証金を受け取り今迄縁もゆかりも無い地へ実質的には強制移住させられることが意味する処をキチンと診切って反対した住民が居たという事実を残す為に戦う。例え負けると分かっていても筋を通す。そんな“信”が描かれた作品だ。この源爺の念は孫で大学への推薦入学が決まっていたが、自分が本当にやりたいこと、やるべきことが何か分からず迷っていた祖母の十三回忌にこの地を訪れ、村民たちと祖父らとの軋みを直に体験したことでジャーナリストの道を自ら選びこの強制執行の有様を撮影に放映する道を選んだ。
牡丹の花は匂えども

牡丹の花は匂えども

遊戯空間

上野ストアハウス(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 初日を拝見、食い入るように観た! 断固、観るべし!! 華5つ☆(追記、3.20 )先ずは観て貰いたい。

ネタバレBOX

 先ずは履物を脱いで小屋入り。足が解放され気持ちがゆったりすると同時に直に床に接することで地球の深部へ身体が通じてゆく感覚に包まれる。板上、舞台美術は極めてシンプルだが、寄席の雰囲気が色濃く漂い、粋そのものである。ホリゾントには襖、襖の上部欄干には“無情迅速”と書かれた額が収まり、恰も時代と場を生きる人、またその哀れや滑稽、哀しみを道連れに生きる人々を、睥睨してでも居るかのようである。下手・上手の側壁には見出し(?)、下手客席側にはめくりが設えられ、板センターやや奥に平台。この平台は高座にもなれば引っ越しの多かった圓朝の屋敷の部屋にもなり、また息子、朝太郎の生母の部屋などになったりもする。基本的に物語に必要な場総てになるので場転での途切れが全くない。食い入るように観ている観客が集中力を削がれるなどという野暮が一切無いのがこの舞台美術の優れた特徴である。
 無論、寄席にも化けるから観客席側の天井部分から黄・赤、黄・赤・・・の順に灯った提灯が下がり、時折噺に合わせる桂 小すみさんの素晴らしい三味の音がいやが上にも感興を添える。尺は途中10分の休憩を挟み2時間半強。 
 物語は江戸の粋を残しつつも、文明開化の波が押し寄せ幕末の安政期に結ばれた米英仏蘭露との不平等条約、清がアヘン戦争で被った重大な領土割譲・被植民地化を目の当たりにしての新国家建設を如何様に成し遂げるか? の難題を抱えつつ先ずは先進国の進んだ技術、社会のノウハウを入手し我が国の近代国家化をどのように成し遂げるか? との争闘の中で明治を迎えた直後の上野のお山での戦、更にその後には征韓論を巡っての内戦が近代国家に曲がりなりにも突進する大日本帝国の政治的状況であった。一方、都市庶民の多くは長屋で相も変らぬその日暮らし、難しい政治や国際情勢なんぞは爪の先程もわかりゃしねえ! そんなことより、今夜の飯は食えるか? 布団は未だあるか? ガキは元気でいるか? ねえねえ尽くしで明日もねえ! のは当たりめいてえ世界だ。下級氏族は慣れぬ商いに活路を見出そうとしたものの、客への応対に言葉の使え方、仕草のイロハすらわかっちゃいねえ、結果商いは失敗。不平旧氏族はあちこちで自由民権運動の活動家として活動した時期があったものの、喰っては行けず、その結果いいように資本家共の汚れ仕事でこき使われた。その勢力の末裔が現在の総会屋にも多い。総会屋の持つ力の源泉は彼らの先祖が握った過去の汚れ仕事の内実を事細かに知っていて、いつでもそれを持ち出して企業を脅せるからだとの話を聞いたことがある。現在迄その資料が有効か否かは知らぬが、基本的ノウハウは共通するであろうから現在でもこういった手合いが相場の裏で動いて居るのかも知れぬ。
 By the way,今作は、こんな裏街道の話ではない。裏街道の話を少しだけ書いたのは朝太郎の生母・里が武士の子で、酒浸りのシーンが出てくるが、その背景は細かく描かれていなかったから、自分が今迄に聞き知った時代に適応できなかった士族出身者の事情を記したまでである。
 今作の本筋は飽くまで落ち目であった名跡・三遊亭を再興した天才落語家、天才創作者、圓朝とその実子・朝太郎の親子関係を中核とし朝太郎の生母、里。義母、幸との確執、圓朝と付き合いの在った政治家井上 馨に落語という芸の持つ社会的意義を認めさせ社会的地位を向上させる算段に尽力したことや著名な山岡 鉄舟との哲学的交流で芸道に対する心得を真摯に語らい(無舌の舌について)、席亭との仲違いでは努力が実って27名もの真打を抱える名跡のトップとして儲けばかりに走る席亭との勝負に出た。即ち圓朝の矜持と芸に拘る姿勢VS寄席経営に重きを置く席亭との対立から対決へと至ったのであった。この争闘の結末以降の引退表明。引退以降の有様が描かれる。
 一方余りに立派な父を持ち、生母・里からの愛情をその幼少期に充分受けることのできなかった朝太郎の、思い切り生母に甘えることができなかったことで心と魂に開いた空虚で底なしの穴は本人にも恐らく充分に意識しきれなかったであろう心と魂の深い傷を拵えていた。一方父圓朝も偉大であり続ける為に自ら選び取っていた自己を律する為の根底的思考の頑なさが、幼い子の柔らかな心と魂の揺らぎを見えなくさせ息子の魂の傷に気付かせなかった。更に天才の天才たる所以、悪に傾く息子を、その原因を深く探り解決することをではなくそのまま放置することで悪の及ぼす善への乱行・苦行を自らの表現という目的の為に本能的に利用する天才故の深い深い業として顕現させてしまう。芸というもの・ことが持つ非人間的な側面の苛烈な責め。恐らく圓朝はこのことを自らの魂の奥で問うことは無意識に避けていただろう。それが天才の宿命でもあり片端性でもあれば、創造力の源泉でもあったに違いない。天才故の悲劇だ。
 天才の生涯は結構不幸なケースが多い。圓朝も華々しい活躍の影に不幸を抱えていた。晩年には血を分けた唯一の息子と絶縁せざるを得なかったからである。義母・幸との経緯、朝太郎が父から絶縁されるに至った経緯は観て確かめて欲しい。一筋縄では行かぬ親子という関係の深さ、念が沁みるであろう。


完熟華火

完熟華火

中央大学第二演劇研究会

シアター風姿花伝(東京都)

2026/03/12 (木) ~ 2026/03/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

 メインストリームは、波乱万丈。抒情性も高くグッとくるシーンが幾つもあって楽しめた。長尺(途中10分の休憩を挟み約145分)はちょっと長すぎるように感じた。メインストリームだけで充分良い作品になったと思う。

ネタバレBOX

 伝説の桃娘の体液入りの飲料がオークションに一瓶だけ出品されたという。この小瓶が本物なら、それは以下の条件を満たしていることになる。
桃娘とは幼少時から桃だけを食べさせられて育った娘のことで、その身体から採られた体液(唾液などを含む)を呑むと身体壮健、果ては不死の力迄得るという。伝説に従い、香港の大富豪(王)が実際に一人っ子政策で遺棄された女児を引き取り自らの実験室で科学者らと共に研究を重ね、遂に伝承の桃娘を作り上げることに成功した。名をランという。
 さて、無論物語は桃娘だけでは成立しない。他の登場人物たちは、五島列島南部の或る島に住む花火職人で気性は激しいがその激しさを内面に秘め、極めて真面目に仕事をし而も筋の良い若者(カナメ)であるが、才能の劣る兄弟子はそのコンプレックス故に少年院出の彼をことあるごとに前科者と罵り差別している。島の住人の殆ども前科者、と彼を差別し続けているが、親方だけは彼の才能と賢さ、純粋性と感性の鋭さ、優しさを認め一切の差別をしないので彼はこの島で生きていられる。然し、こんな生活も終わりを迎える時が来た。大学に入って島を離れていた親方の息子(ヤスイチ)が戻って来た時に、トンデモない借金を背負い、払えなければ契約書に記されている通りにこの島の港の漁業権を譲渡するよう取立人が乗り込んで来たのである。親方とて大金を肩代わりしてやれる財力は無い。すると取立人は借金返済の代わりに息子のできる2つの案件を提示した。1つは蟹漁に従事すること、もう1つは生きる為に障害を起こさない臓器を摘出したうえで伝説とされる桃娘を見つけ利権を漁る為の手立てを入手することであった。かくしてヤスイチとカナメは密航し香港に渡ることとなった。こちらがメインストリームである。
 サブストリームはメインストリームが可成りシリアスな内容であることを踏まえ、これと対比させて相乗効果を生むように設計されたと思われるが、爺になってより深く、より醒めてしまった自分の視座からは、無用と思えた。余りにおチャラケて観えたからである。而もサブストリームを加えることで相乗効果を上げる為にはサブストリームがしっかりメインストリームに食い込んでいる必要があろう。これは戯曲家にとって可成り難易度の高いことであるが、それが出来ないのであれば割愛した方が良かったと感じる。科学的にも男女の成長過程に於ける差異が徐々に明らかになってきている現在、単なるジェンダー論やそれ以前のフェミニズム論だけで或いはもっと軟弱な男女論を下地にして描くのは如何か? と思う。
鹿鳴館異聞

鹿鳴館異聞

名取事務所

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2026/03/11 (水) ~ 2026/03/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 驚嘆! 流石名取事務所、タイゼツ、ベシミル!! 華5つ☆。3月15日が楽日。尺は約115分。開演前に往時の説明が入るから早目に行くと良い。手話通訳も入る。

ネタバレBOX

 名取事務所がこのような収容人数の劇場で上演するのを拝見したのは初であったが、驚嘆した。見事である。これ迄拝見して来た舞台も総て極めてグレードの高い作品群であったが、今回は脚本の素晴らしさのみならず演出、役者陣の演技と舞台美術、衣装、音響や照明、様々な仕掛けの効果、総てが実に見事に作品の深みや高みに収斂してゆく。
 無論、その前提として実在した森 有礼と、その最初の妻・常及び千代(看護婦兼侍女)が女二人だけで何故今作の舞台となる築地にあった外国人居留地内の館に住んでいるのか? 鋭敏な観客にはこのような自問があったであろう。
 鹿鳴館が建てられたのは1883年、その寿命は短く1894年には華族会館として払い下げられたと当パンに記されている。して、今作で描かれるのは1889年2月10日の夜、即ち明治憲法発布の前日という設定だ。この夜、岩倉具視の娘・寛子と1887年に再婚していた有礼が居留地の館を訪れるという設定になっている。そして、常との離婚に関する噂が広まり明日ある大変大切な行事に差し障りがあってはいけないから、執事の勝又以外の人間は決して通してはならぬ、と言い置き、自身はその行事に出席する為帰宅してしまった。   
 だが有礼退出後、しつこくドアを叩く音がした。入って来たのは以前親しくしていた男爵夫妻…。ところが・・・なのだ! ここから先クライマックスは観て確かめるベシ。
ある人の本当と遠吠え

ある人の本当と遠吠え

上演集団ヒコ座

新宿眼科画廊(東京都)

2026/03/07 (土) ~ 2026/03/09 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 観るべし! 華5つ☆ おっと、危うく書き忘れる処だった。自分の拝見した回では、2人が各々異なるシーンでギターの生演奏をしてくれたが、腕は確かだ。彼らのギターを生で味わう楽しみもある。

ネタバレBOX

 タイトルの付け方が上手い。上演内容を見てそう思った。コンセプチュアルなレベルでも良く考えられている、という意味だ。出演者は2名。開演回によって尺の延びる回が多かろう。それだけ思考が観客との関係で深まるからである。自分の拝見した回は87分であった。(因みに予定では60分ほど)観客の様子がクリティックであるとか、何か新たなことをやってみろ! というようなアグレッシブなものであれば、より鋭角的な而も本質的な作品が成立し得る場を形成する上演である。舞台美術もユニークだから好みは分かれるかも知れぬが楽しめる人は楽しんで欲しい。紙飛行機も3機登場するが飛び方が各々異なる、その意味する処を考えるのも一興だ。無論、2人の登場人物が何を喋り、どんな行動を取ることによって真と偽というテーゼを料理するか? が最大の見所となろう。自分は、極めて論理的でありながら、えっ! と驚嘆し得るような形でそれを為した荒業を高く評価した。今後も楽しみな上演集団である。

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