★★★★★可能性のかたまり!

築100年にもなろうかという古い長屋の台所と玄関先で演じられる、賑やかな不条理風演劇。同居男との関係に倦み、台所に引きこもる女のもとに、突如として現れた「パーティーの客」たち。その賑やかで自由なふるまいに、彼女の心は徐々にほぐされていきます。

どうにかしてかつての仲を取り戻したい(でも相手の気持は読めてない)男と、生活に倦み、苛々を止められない女のすれ違いには、大いに引きつけられるものがありました。女のいるキッチンと男のいる部屋を隔てているのは見るからに薄い壁1枚。それなのにどうしても分かり合えないということが、せりふはもちろん、それぞれの部屋で起こる出来事、その対比を通して巧みに伝わってきました。

★★★★古屋の空間を知り尽くした、欲深でやんちゃな演出

 会場は築100年以上の長屋でした。作・演出の益山貴司さんのお住まいでもあり、普段はカフェ・バーとしての営業もされています。益山さんが使い慣れた、知り尽くした空間なんですね。
 『キッチンドライブ』では、台所と、玄関に面した踊り場の2つを舞台として使用していました。描かれるのは倦怠期の若い男女と、見知らぬ客人たちとの不思議などんちゃん騒ぎ。限定20人の観客は、壁で仕切られた2つの部屋を至近距離から覗くように鑑賞します。

 2階へと続く今にも壊れそうな木造の階段を、男性が全力疾走で駆け上がると、階段が大きく音を立てて軋み、本当の意味で生々しくスリリングでした(笑)。台所で所狭しと激しく踊る場面で、陶器の割れた音が響いた時もドキッとしました。破片を踏んで役者さんが怪我をしないかと心配になったのですが、舞台からドバドバと溢れて、飛び出てしまいそうなほど勢いのある演技に引き込まれ、ハラハラしながらも目が離せませんでした。

 ずっと台所にいる聡里役のキキ花香さんがとてもエロティックで、関西の女性ならではの大らかでしっとりした色気を感じました。シャツの首周りがよれっとしてるのもセクシー。無論、○○○エプロンは私にもツボでした(笑)。

★★★★ここでしか観られない芝居に出会えた。

ポコペンと呼ばれる彼らの拠点は築100年の趣ある民家。そこを見事に使って、劇場では味わえないリアリティと不思議な空間を生み出している。

物語は同棲数年の男女の住む部屋を軸に展開する。その男女を演じた影山徹とキキ花香がとてもいい。すれ違っていく男女の哀しさを見事に表現している。

そこへ乱入してくるさまざまな人々。時にシュールであったり、時にドタバタであったりしながら、物語は不思議な世界を描き出す。

ここでしか観られない芝居に出会うことはとても楽しいことだ。

★★★★★アイデアとガジェット溢れる豊かな世界

 大阪の若き雄・子供鉅人の『キッチンドライブ』は、フレッシュなパワーと、築100年の古民家ポコペンという時空間的スペックとが融合して素晴らしく面白い舞台になっていた。同居するある貧しい男女の気持ちのすれ違い。その、色を失ってしまった寂しい世界に、愉快な乱入者たちが現れ、世界を豊かで華々しいものに変えていく。これは、一種の魔法ですね。日常がいかようにも変幻自在であることを証明した。個体として生まれた以上は原理的に孤独でしかありえない人間の、しかし「どう生きてもいいのだ!」という自由を感じさせてくれた。
 左右の2つの部屋で展開される同時多発会話も、近しいはずの部屋同士の「遠さ」を感じさせる演出として効いていた。他にも、モールス信号、ラザニア、クリオネ、チープなフランス映画、ごま油の匂い、ロールキャベツ、シャンパンとワンカップ酒、両開きの冷蔵庫、押し入れ(笑)、電子レンジの音……様々なアイデアとガジェットが『キッチンドライブ』の世界を豊かなものにしている。築100年のポコペンは床が抜けそうなボロい家屋で、役者が歩くたびに軋む。階段を駆け上っていくシーンは底が抜けるのではないかと思った(それはあの家の長い歴史を感じさせた)。
 何より、リリー役の益山寛司の身体能力の高さは類を見ない傑出ぶり。あのバイセクシャル感はちょっと真似できるものではない。また乱入者たちに共感した女(キキ花香)の表情がパッと明るくなるのも、この物語世界の渇きと潤いとを表現していて良かった。
 開演前にはドリンクのサービスがあり、友達の家にお邪魔しているようなアットホームな雰囲気をつくりあげていた。寒い夜に観たので、ブランケットの貸し出しなどのサポートも有り難い。芝居の最中、あんまり面白くてつい手を叩いて笑ってしまった場面があったけれども、それもこのアットホームな雰囲気があったからこそだと思う。例えばもしデートで観に行ったら、帰り道のご飯がいつもより美味しくなりそう。
 今回は築100年の長屋という特殊な場所での上演だけれども、次回作『バーニングスキン』(再演。2012年6月末@原宿VACANT)はもう少し広い場所になるし、わたしは大阪の芸術創造館で観たけど、もっと幻想的なイメージの世界がひろがっていた。秋にはなぜかチャンバラ劇もやるらしい……(笑)。とにかくまだまだ底が見えない人たちだなと思います。

★★★★★匂い(「キッチンドライブ」)

劇場では味わえない臨場感。
キッチンにただようご飯の湯気だとか、ガスの火の熱さだとか、人の住まう生活の匂いに浸って眺めていると、他人の(恋人同士の)生活を覗き見しているようなイケない気分にさせられます。
もう向き合うことすらできない恋人同士の家に次々と現れる珍客たちは、ちょっとどこかダメで、一生懸命で、とても愛らしい。
深夜のバカ騒ぎの後に訪れる突然の静けさがリアルで、淋しくて、やっぱり何も変わっていないどうしようもない現実を突きつけてきます。私の人生にもきっとあった、誰の人生にもきっとあった、空しい夜明け。
お芝居が終わって外へ一歩出たときに、私も一歩踏み出せたような気持ちになったのは、築100年を超える長屋のパワーかしら。

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