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サザン・アイランズ

サザン・アイランズ

燐光群

イワト劇場(東京都)

2008/08/30 (土) ~ 2008/09/09 (火)公演終了

満足度★★

大音量の「国際交流」
「フィリピン国際交流プログラム」とある。燐光群の役者と、長い付き合いのあるフィリピンの役者とが、共同で、演劇を、3本、やる。

さすがに、長い実績のある燐光群。演劇としては、3本でたっぷり3時間の大ボリュームも、ベテランたちの手堅い演技で、緊張感を持って観ることができる。

ただし、僕は、この「国際交流」作品に、疑問がある。この、僕らの知らない情報を、ただ上から提出する、ジャーナリズムのような作品を、芸術作品と呼べるのだろうか。

ネタバレBOX

どの作品も、テーマが非常にはっきりしている。

「虎の杖」は、フィリピンの、米軍基地問題を、沖縄のそれと並べて、比較検討。「雪を知らない」は、沖縄の米軍基地周辺で、多数はたらくフィリピーナたちの現状を報告。最後の大作「コレヒドール」は、日本と米国の戦闘の舞台となったフィリピンの、板挟みの感情と、現在の彼らが戦争をどのように捉えているのかを報告するもの。

全ての作品は、共通して、「なにも知らない無知な日本人」が登場して、フィリピン人の現状を、情報としてやりとりする、という構造を持っている。一応すべてに、ちょっとした感情のやりとりがあるけれど、それは、「国際交流」のために伝えたい「情報」に、おまけとして添えられているような印象。確かに、これらの僕らの知らない情報は、おおいにためになるかもしれない。

当然、劇中に登場する「無知な日本人」たちは、情報を持っている「国際人」であろう作者たちからみた、僕ら市井の一般市民だ。これらの作品の目的は、僕ら無知な人々に「情報」を与え、啓蒙することにあるようだ。

ここには、情報を持つことが、力を持つという、権威主義がみえる。そして、非常に高いところから、上からの目線で、ものをみている、政治家のような目線を感じる。

作品中には、ものを良く知る日本人も登場。彼らも、フィリピン人のことをつい失念して、やりこめられる。例えば、「日本では○○なのに、ここではなんでこうなんだ」と日本人が言い、「フィリピン人は○○だったということを日本人はすぐに忘れる!」と怒られる。すると、日本人は、即座に「それはそのとおりだ、すまなかった」とあやまって、「でも……」と、自分の持つ新しい情報を披露するのである。

これは、情報を持つ作者たちの姿かもしれない。僕には、この反応のすばやさが、信用できない。この舞台は、時間が長いせいかもしれないが、やりとりの反応が、とてもすばやい。みんな、即座に、あやまる。そんなにすばやい謝罪を、人は、信用できるだろうか、と思っていると、その直後に、とても大きな声で、自分の持つ、相手の知らない立場が、新たに情報として示される。なんだ、彼らは、とりあえずあやまった後で、情報を使って、自分の優位性を保つのだな、とわかる。謝る前の発言は、これにより、検証されることなく見逃されるのだ。とにかく、「情報」としての世界を持つことが、「国際人」であることを、信じて疑わない姿勢が、ここにはあると思う。欺瞞が、あると感じる。

舞台芸術には、社会を批評的にみる視点が必要だと思う。声を大にして「国際交流」などを叫ぶ場合には特に。でも、情報を持つことが権威につながる社会そのものを疑わない姿勢こそが、まずは疑われるべきだと、僕は思う。自国の、市井の市民の目線が、大声で叫ばれる、一方的な「国際交流」の前に、忘れられている。そう感じる(そういう意味では、今をあらわす作品かもしれないが)。
怪談 牡丹燈籠

怪談 牡丹燈籠

花組芝居

あうるすぽっと(東京都)

2008/09/03 (水) ~ 2008/09/15 (月)公演終了

満足度★★★

怪談物
舞台が広く感じてしまった。

トカゲを釣る-改-

トカゲを釣る-改-

スロウライダー

新宿シアタートップス(東京都)

2008/09/02 (火) ~ 2008/09/07 (日)公演終了

満足度★★★

とかげ
チラシに惹かれ見ました。

私の回はマチネだったせいか、残念ながら劇場の隅までは恐怖やそれからくる面白さは伝わってきませんでした。
結構真剣に見てたんですが・・・。

場面を見せないでセリフで表現しているところが多いと感じ、
説明的なセリフが多くみられ、もうわかったよ!と思う場面がちらほら。
(研究室の助手のカギュウを見たことがないから今度見せてくれ、等々)


初めの緑色の扉から食べられる前の女性が出てくる場面は緊張感があって見ごたえ十分。それ以降は暗転中の音楽がノイズ音など、一風変わったサウンドが気になりました。


日下部そうは初めて見る陰湿系なお芝居だったのですが、成り立っていたけど正直毒が薄いなぁと。
やっぱりさわやか物静かな日下部さんが好きです。

ネタバレBOX

シーンのところどころ、会話をしている2人の登場人物の”立場の逆転”がいくつかありましたが、ただ段取りを追っているようでなぜそうなるのか科白上で理解できても、お芝居的に理解できないことがちらほら。

連日で疲れていたのかな??

たとえば一番初めの所長と研究者のシーンなど。

劇場もある程度広いせいか科白が聞き取れなかったせいもありますが。

祝/弔[祝─駅前劇場側]15日本日千秋楽

祝/弔[祝─駅前劇場側]15日本日千秋楽

クロカミショウネン18 (2012年に解散致しました。応援して下さった方々、本当にありがとうございました。)

駅前劇場(東京都)

2008/09/04 (木) ~ 2008/09/15 (月)公演終了

満足度★★★

「祝」から。
劇団初見。

もう本当にイギリス風のウエルメイドなドタバタコメディー。
マイケルフレインの「NOISES OFF」や
三谷幸喜の「Show must go on」なんかに通じる感じ。
もしくは中期のチャップリンの映画とか。
しかし良くも悪くもこちらだけ観ただけではすっきり家に帰れない感じ。

「弔」の方のメインキャストなんだろうけど
前半にちょいちょい出てくる人々が多すぎて、
しかもその後物語に絡まないから
序盤で人間関係を見失う。

これだけの作品を書ける作家さんなのだから
よほどクレバーな方だろうし、
今回のような仕掛け(2館同時公演)が無ければ
すっきり腑に落ちる良い作品を作ってることに違いない。
だとしたら観ているこちら側が
いかにおおらかにこの仕掛けと企画を楽しめるかな気がする。

「弔」も何とかして観たい。

ドラえもん「のび太とアニマル惑星」

ドラえもん「のび太とアニマル惑星」

サードステージ

東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)

2008/09/04 (木) ~ 2008/09/14 (日)公演終了

満足度★★★

立ち止まれない流れ
とにかく、楽しい舞台だった。あまりに楽しすぎて、時間を忘れた。そして、観終わったいま、楽しさしか、残っていないことに気づいた。

ドラえもんって、こんなに、気が狂いそうなくらいに「楽しい」だけの作品だったっけ?

ネタバレBOX

ドラえもんが、舞台になる。とにかく、どのように舞台化するのか、鴻上さんの演出に注目が集まる。そして、結果、演出としては、満点だった。

とにかく、楽しい。タケコプターひとつとっても、ワイヤーで本当に飛んでみたり、不気味なほどにそっくりの、自分の飛んでいる人形がくっついている棒を、各自が持って飛ばしてみたり。空気砲も、でんじろう先生が良くやっている、段ボールで出来た、たたくことで煙のボールを打ち出すものを持ち出したり。実に多彩。次は、どんな演出が飛び出すのか、それだけを楽しむだけで、お腹いっぱい。鴻上演出の集大成が、ここにはある。

ダンスと音楽が随所に盛り込まれて、まるでミュージカル。最後の歌では、ついついこちらも手拍子。僕の席のまわりは大人ばかりだったのだけれど、いつの間にか、最初は腕組みしていたスーツ姿のおじさんたちも、一緒に、ぎこちなくだけど、笑顔で手拍子していて、嬉しくなった。本当に楽しい舞台だった。

でも、なんだか、不思議と疑問が残る。これでいいのだろうか。なんだか、子供向けの作品は、楽しければいいと考えられているみたいな気がする。この舞台、「楽しさ」以外のものが存在しないのだ。

原作の「アニマル惑星」では、「敵」である「悪魔=二ムゲ」が、もっとしっかりと細かく描かれていた。だからこそ、実は「二ムゲ」が、惑星を科学で滅ぼした人間だったということが、重みを持って明かされたとき、とても怖い思いがしたのだった。原作のラスト、捕まった二ムゲのリーダーがマスクを取って、支配がかなわなかった、憧れのアニマル惑星の風をうけて、「いい風だ……」とつぶやく。こういう「細部」こそが、感想を生んだ。

ところが、舞台版は、こうした、物語の細部を、ことごとく省略する。物語の細部は、演出の細部によって、取って代わられてしまっているのだ。すると、残る物語は、非常に淡白で薄っぺらいものになってしまう。

これは、もしかすると、鴻上作品の本質かもしれない。軽快な演出をベースにした大きな流れが、物語を飲み込んで、全てを、狂躁的な楽しさが支配する。だが、ともすれば、情報の生み出す「大きな流れ」が全てを押し流してしまう現代にあっては、楽しさだけに向かって走るという方法は、危険であるだろう。

前回の鴻上作品『グローブジャングル』では、走り出しても、その都度、きちんと立ち止まって、足下を確かめていたと思うのだけれど、今回は、楽しさという流れを疑う様子は全くない。それは、もしかすると、「子供向け」への甘えかもしれない。

現在鴻上さんは、虚構の劇団で、若い俳優たちに、舞台の「楽しさ」を徹底的に教え込んでいるところ。僕は、とても楽しそうに演劇をする彼らのファン。でも、今回の舞台にも出ていた彼らは、「楽しさ」が前に出過ぎて、みな同じ笑顔。みんなが同じ人のようにも観えて、そこには、確かに、意図されていない、怖さすらあった。
森の奥

森の奥

王立フランドル劇場(KVS)&トランスカンカナル

こまばアゴラ劇場(東京都)

2008/09/09 (火) ~ 2008/09/13 (土)公演終了

満足度★★★★★

猿の地平で考える
現代の演劇界で、僕ら一般人の目線をもって、世界を表現できる人は、平田オリザさんだけかもしれない。

「森の奥」は、ベルギー王立劇場の依頼で、オリザさんが書き下ろした作品。完全な「乱交型」コミュニティを作ることで知られる、もっとも人間に近いと言われる類人猿、ボノボについて語る研究者たちの姿の向こうに、僕らをとりまく、地球規模の、人の世界がみえてくる。

「他者」をめぐる、ともすれば、高いところから見下ろす形になってしまいそうな題材が、オリザさんの、どこまでも自然な言葉と、ベルギーの俳優たちの、演技を忘れたような演技に、僕ら市井の人々の目線が込められて、ごくごく当たり前にしみ込んでくる。

感情が大きく揺れ動いたり、全く新しいものに触れたりということのない、地味な舞台。でも、ここは、喜怒哀楽から始まる、深い思索への、とても自然な入り口。僕は、この貴重な公演を、心から楽しんだ(できれば、もう一度観たい)。

ネタバレBOX

劇作家にとって、他国の劇場から、劇作のオファーがくるというのは、どういう気持ちのものなのだろう。オリザさんのこの作品には、そういうときに想像される、気負いのようなものが、全くない。それでいて、多文化と、自然と渡り合う、作家の姿が、はっきりと映る。

プログラムの言葉を引用してみよう。「結局、ベルギー本国を舞台にするとぼろが出やすいので、旧植民地であるコンゴを舞台にして、しかも私の得意分野である霊長類研究の話題を書くことになりました。日本のお客様には、分かりにくいかも知れませんが、人間と猿の違いを描くことで、ベルギーの中にある人種間対立の問題が透けて見えるような構造にしたつもりです。」とある。

自分の知らない国からの依頼を受けて、まず、その国について調べる。問題点を、テーマに据える。ここまでなら、なんとかなるかもしれないけれど、それを、自分の「得意分野」の話に紛れ込ませるとなると、相当の自信が必要だろうと思う。「霊長類研究」というような、国際的な得意分野をひとつ持っているかどうかが、これからの国際人には問われているのかもしれない。

なにより、この「霊長類研究」の部分が、楽しい。ボノボは、完全に乱交型のコミュニティを形成。全てのコミュニケーションは、同性、異性を問わず、セックスに依存している。そんな世界では、例えば、特定の異性とのみセックスすることが「不倫」となる、とか。ボノボの社会のような、乱交型のため、誰の子供なのかが全くわからない親子関係の世界では、子殺しが起こらない、とか。物語は、こういう、類人猿の世界に関するコミュニケーションを通じて、世界各国から集った、心理学や言語学といった、立場も様々な科学者たちの、ぎこちないやりとりを、とても丁寧に描いて行く。

僕は、同時に、舞台上の白人たちと、観客席の僕ら日本人の間に、無言のやりとりのようなものが生じたと、感じた。それは、もちろん、舞台から、客席にはたらきかけがあるというわけでは全くない。

僕は、恥ずかしい話だけれど、舞台上に白人の役者さんたちがいる舞台に、最初、萎縮してしまった。僕らと、全く違う人たちだと感じて、狭いアゴラの、舞台と客席の間に、どうしようもない見えない壁があるみたいに、感じた。

でも、それが、次第に、消えて行ったのだ。というか、消えてはいないかもしれないけれど、それを、意識しなくなったような気がした。「日本人」と「白人」というような、雑な区別が、「猿」と「人間」という、さらに雑な感じの、でもより根源的な区別を通して、個人間の差異に着地するような、そんな気がして、いつの間にか、舞台上の人々と、自分が、同じ地平(猿の地平というべきものかもしれない)に立っているような気がしたのだった。

それは、多分、コンゴのジャングルを表現するための、冷房を切るという演出に助けられてのことかもしれない。舞台上の人々と同じように、僕らも、暑くて、服をはだけて、次第にだらしない身体を獲得していたから。また、オリザさんのオリジナルな言葉の、つまり自然な日本語の字幕にも助けられたのだろう(おおげさな言葉のない、とても親しみ易い言葉の字幕は、めずらしい)。

このように、大きな気負いではなくて、細かいところに気を配るところから、アゴラの、「国際演劇月刊」は始まった。僕は、この姿勢を、信じる。ここには、巷に溢れる、自己満足の「国際交流」ではない、もっと自然なものが生まれると思った。そして、次の演目が、楽しみになった。
祝/弔[祝─駅前劇場側]15日本日千秋楽

祝/弔[祝─駅前劇場側]15日本日千秋楽

クロカミショウネン18 (2012年に解散致しました。応援して下さった方々、本当にありがとうございました。)

駅前劇場(東京都)

2008/09/04 (木) ~ 2008/09/15 (月)公演終了

満足度★★★

見えない綱の向こう側。
野坂実の魅力は、曲乗りのような話の転がし方だ。
約束された最後を感じさせず、ギリギリの綱渡りに目を見張る。
それを見出せたのが、『NINPU妊xxx婦SANJO』であった。

今回思うのは、見えない綱渡りをいかに楽しむのか、である。
二劇場同時公演で登場人物が行き来するという状況下において、
「祝」で行為A、「弔」で行為Bが行われたとする。
A・Bともにそれぞれの主体性を帯びることもあろうが、
AがBのために行われたり、その逆のことが行われることもあるだろう。
結果として、多少の粗が見えてしまったりもする。
粗が見えることにより、逆に綱渡りの安全さ(結末)が見えたりもして。
誤った推論かもしれないが、一つの作品としてのクオリティは、
結果として低くなっているのではないか、と残念に思うのである。
端的に言えば、ちょっと強引な設定が多かったかな、と。

ああ。長々と書いてしまった。
要するに二劇場同時公演は、お祭り的要素が強い。
「祝」から「弔」を想像させるのは、興行的に言えば魅力はあるが、
作品的な魅力に直結するとは限らないのではないか。
それは、野坂実の力量の問題ではなく、興行スタイルの問題だ。
一つの問題として提起したい。
(そして、「弔」が見たくなったことも付け加えておきたい。
 やっぱり、いろいろ気になるじゃんか)

ネガティブな印象ばかり書いているが、作品として納得はできている。
納得できたのは、観客の感情を一身に集める人間がいたからだ。
「祝」の巧さは、この人のキャラクタでカバーしている点にある。
脚本的に巻き込まれ役として、上手く味付けしているだけでなく、
それを素材のよさが、さらに引き立てているように思えた。
それが誰なのかは、ネタバレにて。

ネタバレBOX

場をうまい具合に成立させた、関根信一。
中性的で稀有な存在感は、観客の注目を集めやすかったと思う。
割と強引な設定も、ごまかしきれる強さも感服した。
「祝」は彼/彼女のためにあった。
トカゲを釣る-改-

トカゲを釣る-改-

スロウライダー

新宿シアタートップス(東京都)

2008/09/02 (火) ~ 2008/09/07 (日)公演終了

満足度★★★★★

Invitation.
スロウライダーには、何度も戦慄させられてきた。
一見まともに会話ができる変態たち。荒唐無稽さを説得するロジックの強さ。
笑えない瞬間でのくすぐりの数々。背筋を寒くさせる抜群の音響センス。
前回とは一転し、本道に戻ってきた感もあり、軽い震えを覚えた。

ホラーというカテゴリーで語られることが多いスロウライダーだが、
“人間の面白み”という点から見ても、群を抜いている。
ふとした自己顕示欲とか、切実さとか、それらの表し方がたまらなくよい。
今回は、特に役者が素晴らしかった、と付け加えておきたい。

日常から少しズレた世界への招待。
喜んでお受けしたい、と、「トカゲを釣る」は思わせる力があった。

ネタバレBOX

金子岳憲と日下部そうのやり合いは、なげぇって思うくらい密である。
それぞれの切実さがガチっとぶつかり合っていて、見応えあった。

切実さと言えば、中川智明。彼の小気味よさがくすぐったい。
真剣が故に行動が異常になる、というのをさらっとこなすあたり怪優。

遠藤留奈の仕事ぶりも特筆に価する。
カギュウとして出てきた場面、ではなくて、最初の食べられる前の女性の方。
顔なんか見えなかったけど、最初の場面をぎゅっと締めたのは彼女だった。
脇の脇まで仕事のできる役者がいると本当に安心できる。

怪談 牡丹燈籠

怪談 牡丹燈籠

花組芝居

あうるすぽっと(東京都)

2008/09/03 (水) ~ 2008/09/15 (月)公演終了

満足度★★★

落語をききたい。
怪談牡丹燈籠と言えば、六代目三遊亭圓生である。
特に「お峰殺し」。あのじわじわくる人間の怖さ。
小学生の時分でも「女の嫉妬は怖いなー」とか思っていた。

それにしても、加納幸和は要約の巧さは一品である。
記憶をおぼろげに辿ってみても、要所要所は押さえてある。
これほどに長い話をざらっと舐めるのは本当に大変な苦労である。

だがしかし、知る者に言わせれば、味わいたい部分が流れてしまう。
そして、長い長い上演時間150分。
帯に短し襷に長し。まことにじれったい。
何と言うか、薄味で美味しいコンソメスープをずっと飲んでいる気分。

とにもかくにも。
これを観劇したら、ぜひ圓生のCDを聞いていただきたい。
耳だけで聞く、というのが、また別の怖さを呼ぶことでしょう。

ネタバレBOX

小林大介の伴蔵が、惚れ惚れするくらい素晴らしかった。
小物から大物、悪党への変換が、徐々に魅力を引き立たせる。
若手出世頭の風格さえ漂う。

加納幸和のお峰をもっとじっくり見たかった。
実にぴったりな役だと思うだけに、ちょい出しはもったいない。

丸川敬之の伴蔵は、その軽さが爽快であった。
クライマックスの仇討ちまで少しふわふわしているのが微笑ましい。
が、もっとカッコつけてもいいんだぜ、とも思うのである。
[EKKKYO-!]  冨士山アネット・快快・劇団山縣家・ピンク・夙川アトム・FUKAIPRODUCE羽衣参加!

[EKKKYO-!] 冨士山アネット・快快・劇団山縣家・ピンク・夙川アトム・FUKAIPRODUCE羽衣参加!

冨士山アネット

ザ・スズナリ(東京都)

2008/09/02 (火) ~ 2008/09/03 (水)公演終了

満足度★★★

お望みの……。
ショーケースは観る方も演る方も諸刃の剣である。
端的に言えば、「意外な幸福」と「お望みの不幸」といったところか。
そして、大概が「不幸寄りの普通」くらいで、終わってしまう。
相乗効果を生んだところを一度も見たことがない。

そういう意味で言うと、今回もやはり同じことであったと思う。
はっきり言って、『EKKYO-!』の参加メンバーの面白さの時点で、
ある程度の成功は約束されたものだと思っていい。
しかしながら、作品間での何らかの化学反応は皆無であった。
まあ、いつものことだと言ってしまえば、それまでのことだけど。

劇団山縣家とFUKAIPRODUCE羽衣との出会いは収穫であった。

ネタバレBOX

・夙川アトム
(TVで観るように)まったくブレない芸風は、安心感すら覚える。
もっとドキドキさせてほしいくらい安心でいっぱいであった。

・ピンク
コミカルを取り込んだダンスって、少し恥ずかしい。

・劇団山縣家
3人いるだけで、場の空気がゆるゆるになる。家になる。
「家族で劇団をやる」というだけでネタなのに、妥協がない。
亀取りのエピソードは、秀逸の一言。

・快快
テクストと身体と映像が、単体で存在してしまった居心地の悪さ。
いつもなら高まってくる部分がすっと落ち着いて終了。

・FUKAIPURODUCE羽衣
バカバカしさに妥協がない。テクスト・歌・身体。もうバカ!
誰一人愛せないキャラクタを取り揃えたことに震えた。

・冨士山アネット
相変わらず、ダンスだけでも見ごたえがあるなぁと思うのだけれど、
物語が感じられてこそのテアタータンツ。
ホストとしての最低責任は果たしているだろうが、全く物足りなかった。
真剣恋愛

真剣恋愛

劇団競泳水着

インディペンデントシアターOji(東京都)

2008/08/28 (木) ~ 2008/09/03 (水)公演終了

満足度★★★★

本物の作り物
“トレンディードラマ”という言葉から想像される、台詞・行動・出来事。
なるほど、その枠の当てはめ方というか使い方というか、ブレがない。
観る側も、その流れに乗ってしまえばしめたものだ。
あとは清涼感のあるエンディングまで確実に運んでくれる。

これだけエンタテイメントに終始してくれると、肩の力が抜いて観られる。
フィクションを描き続けることで、意外なリアルが立ち上るような感覚もあり、
実に王道的な物語の作り方をしてるなぁと、思わされた。

設定や物語の粗も散見されるが、もはや問題にすべきではないだろう。
そこは十二分に、役者が(時に強引な)説得力をもって世界を構築している。
役者の強度も、この芝居をカラフルなものにしてくれている。

ネタバレBOX

各所くすぐったくて笑ったり、本当におかしくて笑ったり。
ちなみに、いちばん可笑しかったのは石油王と結婚した女優の話。
家族の肖像

家族の肖像

サンプル

アトリエヘリコプター(東京都)

2008/08/22 (金) ~ 2008/08/31 (日)公演終了

サンプルのサンプル。
「サンプルは、本当に“サンプル”なのだな」と思いながら時間を過ごした。

非理想的で、歪んでいて、しかしどこか現実的な現代家族の姿。
作品には、それっぽい暗喩が散りばめられている。

と同時に、サンプル自身のサンプル化が際立った作品だったとも思う。
松井周の得意とする台詞回しやくすぐりどころがふんだんに使われており、
ほとんどネタ見せのような状況だったといってもいい。
物語が見たいな、と舞台を見下ろしながら、少し思わされた。

ネタバレBOX


人間の外見は入れ物で、中身は入れ替え可能という話は、興味深い。
興味深いが、どこか手垢がついている感はぬぐえない。
手垢がついているなりの提示の仕方もあったろうが、
最終結論として持ってこられたので、逃げ場なし、の状況であった。

個人的に、“家族”は特に興味のあるテーマとして捉えている。
が。サンプルの提示に終わった今回は、「なるほど」の一言に集約される。
青に帰る日

青に帰る日

演劇ユニット LOVE SESSION

「劇」小劇場(東京都)

2008/09/02 (火) ~ 2008/09/07 (日)公演終了

満足度★★★★

た・楽しい!(^0^)
愛に満ちたおともだちパンチをくらったよう・・。
観客を楽しく帰らせる。という点は素晴らしいです。

以下はネタばれBOXに。。

ネタバレBOX

北海道の田舎町の農家を舞台に かつての高校の同級生の通夜に参列した30代とその同級生の家族と母校の後輩が繰り広げる 温かい物語です。

まず、セットがアートっぽくて素敵です。

長谷川直樹の通夜に集まった37期生は高校生の頃、完全自殺マニュアルなるものが話題になって、その影響を受けて集団自殺しようとした仲間だった。

集団自殺の決行の日に、葬儀屋の島崎が察知して皆を止めて今に至っている。

彼らはそんなかつての心の闇を背負っていて、同級生の直樹がなぜ、今になって自殺してしまったのかを考える時、気持ちが重くなるのだった。

一方、直樹の兄の大輔は葬式の時には気丈にも明るく対応していたが、たった一人の肉親を失った事の重みは計り知れなく、葬儀が滞りなく終わった後、軽い鬱に陥り、農業をする気持ちが萎えてしまう。

そんなおり、妻の智子は直樹の同級生達に農業の応援を頼み、またまた、この長谷川家に皆が集まる事となった。

皆と関わっているうちに大輔は症状が回復し、やる気がでてくる。農業を手伝いに来ていた母校の後輩が学校でいじめに遭ってる事や、学園祭に「チャモロダンス」を踊りたい。という意思を知り、37期生達もその学園祭に参加しダンスを踊る事になる。



会場入りすると、ごっつい男達が前列に陣取っていて、「なんか、やばいなー。」と思ったら、たぶん、この露出度85%のチャモロダンスが目当てのようだ!
まあ、本能的に前列でプリプリを観たいのは分かるけれど・・・観えないっつーの!デカイ男が壁のように立ちはだかってちゃ!
自分でデカイと感じたら後ろに行けよ。観えないじゃん!(・・)



身近な人に自殺され、残されちゃった者たちが織り成す葛藤と再生の物語です。

このチャモロダンスは人は死んでも魂は生き続ける。という意味のダンスらしく、残された者達は直樹の最後の心の中に居た。と思い、直樹の上に私達が生かされてる。と感じる事で、これからの人生を有意義に生きようと決心します。


まるで栄光ある門出を全身全霊で祝しているように楽しくチャモロダンスを踊りながら幕は閉じます。


いあいあ、本当ににんまりしました。優しげで温かみがあって日向でうずくまる猫を思い起こさせる芝居でした。


さて、気になってたタイトルの「青に帰る日」ですが、ここでの『青』はどうやら、心の闇の『青』、未熟の『青』、心の傷の『青』のようだ。


自分にとっての幸せとは何か。それを問う事こそが前向きな悩み方だ。そしてそれを常に問い続けるのさえ忘れなければ人生は有意義なものになる。


そんな事を考えながら、むん!と胸をはって霊験あらたかな気持ちでずんずん歩いたのでした。


不毛会議

不毛会議

1970 PROJECT

「劇」小劇場(東京都)

2008/08/12 (火) ~ 2008/08/20 (水)公演終了

満足度★★★

一粒で二度オイしい
あらすじからカタめなのかと思いきや、上官には弱く下位の者には威張り散らす典型的な帝国軍人的な伍長がいる一方、エラく弱気というか弱虫な少尉もいて、前半は予想外にコメディタッチ。
 
が、後半で「戦争で一番怖いのは、武器や破壊ではなく、人の心がむしばまれること」(大意)という台詞の後に様々なむしばまれた心を示すのは上手い。
その意味ではこれも「一粒で二度オイしい」タイプと言えるか?

『Symphony#09・罪と罰、マジで大迷惑!』

『Symphony#09・罪と罰、マジで大迷惑!』

劇団再生

Asagaya / Loft A(東京都)

2008/08/09 (土) ~ 2008/08/10 (日)公演終了

満足度★★★★

多分に前衛的で斬新
ドストエフスキーのアレをベースとしているのは共通ながら、野田秀樹の『贋作・罪と罰』が原典のアレンジないしバリエーションであるのに対して、こちらはリミックス…どころかサンプリングの素材に使った、的な再構築具合。(…なんて知った風に書いているけれど、実は原典は未読(爆))
 
多分に前衛的で斬新だし、「罪と罰」を執筆中のドストエフスキーからこの舞台の作家(を演ずる人物)まで登場するというメタフィクション的な構造は好み。
 
また、終盤でドストエフスキーが登場人物たちに「作者に対して叛乱せよ」と煽るあたりは倉多江美の「一万十秒物語」中の一編「物語をコントロールできなくなった漫画家の悲劇」を連想。

嵐になるまで待って

嵐になるまで待って

演劇集団キャラメルボックス

サンシャイン劇場(東京都)

2008/08/06 (水) ~ 2008/08/31 (日)公演終了

満足度★★★★

キャスト一新で新鮮
初演をTV放映、再演(97年)・再々演(02年)をナマで観てつごう4度目でストーリーはかなり覚えているものの、一部を除いてキャスト一新なので新鮮な感覚。…でありながら、終盤でユーリが声を取り戻すシーンは前回同様ホロリ。
 
また、観ながら歴代の配役を思い出したり思い出せなかったりするのも楽しからずや。「そうそう、あの人だった」とか「あれぇ、誰が演じていたんだっけ?」とか差があったりもして。
 
配役と言えば渡邊安理が主役をはるようになったかと思うとキャラメルを観続けている身として感慨深いものアリ。抜けるメンバーもいるし残っているメンバーも(当然のことながら)年齢を重ねていく一方でちゃんと後進を育成しているのはエラい。

しあわせの支度

しあわせの支度

演劇ユニットand so on

ウッディシアター中目黒(東京都)

2008/08/07 (木) ~ 2008/08/10 (日)公演終了

満足度★★★★★

「家族って何?」
とある地方で旅館を経営している大人数家族系のコメディで、前半の「二十歳の儀式」に関する謎と「ウチの常識はヨソの非常識」的なネタによる笑いのパートと後半の特殊(特異?)な状況を通じて「家族って何?」と問いかけるパートの切り返しが実に鮮やか。
 
また当日パンフにあり、劇中でもしばしば登場する「家族の憲法」が笑いのネタでありベタな家族もの的な予測までさせて、事実それに近いのだが、後半で「ある事実」が明かされると、その憲法もあながちムチャなものではないというか、それなりの正当な(?)理由があるのも上手い。
 
さらに、会話のテンポもイイし、ちりばめられたマンガ・アニメ系トリビアも楽しく、どうやら作・演出の佐藤秀一とは波長が合う模様。
 
しかし終盤、四女の言動で泣かせた後に暗転が配してあって安心かつ油断していたら、3年後を描いたエピローグ、最後の一言で泣かせて幕なんて減点モノの反則!(笑)

阿片と拳銃

阿片と拳銃

劇団M.O.P.

紀伊國屋ホール(東京都)

2008/08/06 (水) ~ 2008/08/18 (月)公演終了

満足度★★★★★

円熟味のあるオトナのドラマ
第一幕(70分)は、1979年、浜松の老人ホームで幕を開け、ホームにいる1人の人物の過去である1939年の上海に遡り、さらにそこで登場した2人の人物のその後も語る1959年・京都の場を経て再び1979年に戻るという構成で、まずは概略説明と言おうか下地作りと言おうか、な感じ。
 
この1939年上海で、三上市朗、小市慢太郎、キムラ緑子、木下政治が揃っている場面を観ると「あと3回なのか…」とシミジミ。
 
10分の休憩を挟んでの第二幕(70分:カーテンコール含む)は、始まって間もなく「ある事実」が明かされることによって40年の歳月のギャップが一気に埋まり、その隠された部分を見せて行くのでダイナミック。
 
中でも終盤のキムラ緑子と小市慢太郎の会話シーンは40年の間にたまった互いの想いががっぷり四つに組み合う力相撲のよう(演技、物語としての内容とも)で白眉。涙を拭っているお客さんも少なからずいて、σ(^-^) もホロリ。
また、泣かせつつも笑いも含ませているのが上手い。
 
さらにその後、エピローグ的にすべての始まりであった「1931年 東京」のシーンを、セピア色の照明に弁士付きで見せるのもイイし、その弁士の締めくくりの言葉が何とも粋。
 
結成24周年、第43回公演というだけに円熟味があり、しっとりとしたオトナのドラマを堪能。

ガンまげ

ガンまげ

TV TOKYO

紀伊國屋ホール(東京都)

2008/05/21 (水) ~ 2008/05/28 (水)公演終了

満足度★★★

正統派。ベタ。
笑いあり涙ありの正当派でベタな展開。
ベタに弱い私はまんまと芝居のテンションに乗せられ割と楽しめたが、乗れないとちと辛いかも。
毒の無い完全にエンターテイメントな展開だけに、物足りなさは残るか。

怪談 牡丹燈籠

怪談 牡丹燈籠

花組芝居

あうるすぽっと(東京都)

2008/09/03 (水) ~ 2008/09/15 (月)公演終了

満足度★★★

よく整理されているとは思うのですが、
詰め込みすぎのような気もしました。
「まるごと見せる」のが演出の加納さんの意図だというのは分かっているのですが。

八代さんの色仕掛けの悪女役は、待ってました! という感じ。各務さんとのコンビも見てみたいと思っていたから嬉しい。

小林君もすごいなあ…。もっともっと大きくなって欲しいと期待が膨らみます。

あとは神戸で待ってますね。

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