最新の観てきた!クチコミ一覧

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SPACE一休

SPACE一休

カプセル兵団

ワーサルシアター(東京都)

2013/11/20 (水) ~ 2013/11/24 (日)公演終了

満足度★★★★

入り乱れ
何もない舞台に、キャストよりも登場人物がはるかに多いステージ。 状況・人物説明、ト書きなどを台詞に交えての演出、敵がいきなり味方になったり、なんでもアリなところ等、結構好きです! 最後まで飽きない展開も良かったのですが、ちょっとだけ長かった印象も持ちました!?

Crossing,Christmas,Clearance.クロッシング クリスマス クリアランス

Crossing,Christmas,Clearance.クロッシング クリスマス クリアランス

バンタムクラスステージ

シアターKASSAI【閉館】(東京都)

2013/12/06 (金) ~ 2013/12/09 (月)公演終了

満足度★★★★

薬莢…「C.C.C.」本編
大切な家族を守ろうとして男がとった行動は、思いがけない真実に辿り着く。
1960年代、移民が生き抜くための知恵とはいえ
イタリアンギャングとアイリッシュギャングの抗争が続くボストンを舞台に
あるユダヤ人一家の歴史を紐解いていく緻密な脚本が見事。
バンタムらしい豪快な銃声が響く一方、家族への情愛や仲間への信頼が
細やかに描かれて切ないストーリーになっている。
銃声の後、薬莢が転がる乾いた音がたまらない。
“やっちまった”感と何とも言えない“撃つ者の痛み”が残る音だ。

ネタバレBOX

玩具屋から身を起してビデオゲームメーカーCEOになったアルフレッドが
廃墟となった倉庫で自分の半生をルポライターに語るところから始まる。
虐げられたユダヤ移民の一家を守るために自分の父がやったこと
それを許せなくて兄がとった行動、それを見ていた子どもだった自分。
全ては、一家を取り巻く容赦ない“歴史の日陰”で起こった出来事だった・・・。

サスペンスだから詳細は語らないが
登場人物がとても上手く整理されていて洋物特有の(名前とか)わかりにくさがない。
客席には人物相関図が配られているから良く分かるが、
それが無くても充分把握できる。
暗転せずに整然と行われる場転(と言ってもパイプ椅子と折りたたみテーブル)
のおかげで複数の場所・過去と未来が自在に切り替わる。
このスピーディーさも“映画のよう”と評される所以だろうか。

登場人物がとても魅力的。
ある決意を持ってギャングの世界に足を踏み入れて行く
兄レナード(福地教光)の、明るい屈託のなさと悲壮な決意が同居する人物像が立体的。
レナードのキャラが、事の明暗とリンクして結末の救いにもなっている。
この人が泣く場面は説得力があって、追いつめられた人間の苦悩が浮かび上がる。

弟のアルフレッド役の栞菜さん、兄に憧れ誇りに思う少年らしさが素晴らしい。
小柄なせいかいっそうリアルで可愛らしい。
イタリアンギャングのボス、スタイリッシュで冷静なカルロを演じた
松木賢三さん、一瞬見せた狂気が弾けていて素晴らしかった。
その手下の殺し屋カレンダー役斉藤厚さんのたたずまい、立ち姿、帽子の被り方、
舞台上いつどこにいてもきれいな姿勢にはほれぼれした。
アイリッシュギャングの酒場を仕切るヒューズのキャラも素晴らしい。
演じるドヰタイジさんの声と、度胸の良いキャラがぴったり。
殺陣師でもあるというドヰタイジさんの別の顔も観てみたくなった。

おもちゃが喋るという設定は、クリスマスファンタジーらしい展開で
暗くハードな世界とセットになって一層切なさが増すのかもしれないが、
私の好みからすると少し緩くなって物足りなさも感じる。
あの、もっと死ねばいいとかバンバン撃てとかそういうことじゃなくて…。
例えば「ルルドの森」の(これしか観てないので比較対象はこれのみ)
犯罪心理に迫る分析とか、わかっていながら傾いていく人間の弱さとか
そういう展開に息詰る“暗い緊迫感”があった。
あれが他に無い新鮮さだった。
基本あの感じを突き詰めて欲しいというのが個人的な好み。

レナードが持つ少し細身のあの銃は
コルト○○とかワルサー○○とか名前があるんだろうか?
ガンマニアじゃないのでよく分からないが、そんな情報も
史実に沿って教えてもらえたら面白いと思う。

個性的で完成度の高い劇団が東京に来てくれて、楽しみが増えた。
次に暗闇で薬莢の音が響くのは来年3月、待遠しいなぁ。

くろいの×しろいの

くろいの×しろいの

COMBO×COMBO

アトリエ・カノン(東京都)

2013/12/06 (金) ~ 2013/12/08 (日)公演終了

満足度★★★★

無題924(13-363)
19:00の回(晴)。住宅街の中、正面に来ないとわからないかも…18:20会場着、受付け、1階のカフエで待ち、18:30開場、地下のフロアへ、スタッフの応対はとてもよい、客席は対面式、桟敷(大きなザブトン)と椅子の2列、入り口側にアップライトピアノ、譜面があります。床はフローリング、壁はコンクリート、天井は低く、ひんやりした雰囲気。ダンサーのお二人が桜美林ということでみに来ました。お客さんも桜美林の方が多いのでしょうか顔なじみのようす。

19:02前説(60分)、19:05開演~20:04終演。前半、判治さん(コミカル、リズミカルな動き、小道具)、後半、井草さん(この大きな動きは、セッションハウス公演「SQUAREは待っていた(2013/9)」でみていました)。

作風が異なるお二人、判治さんはもう少し照明を明るくしても良かったかなと思いました(サングラスが似あうくらいに)。

ソロなのでシーンごとに「間」があり、どうしても流れが途切れたように感じてしまうので、何か工夫があってもよかったかなと思いました。

余談:桜美林関係では、「ピュア魂2(2013/7)」、木村愛子さん(6〜7公演)、芝居では「劇団はへっ」…「白米少女」のやないさんもそうだったか…。

ショッキングなほど煮えたぎれ美しく×アイロニーの夜

ショッキングなほど煮えたぎれ美しく×アイロニーの夜

KAKUTA

すみだパークスタジオ倉(そう) | THEATER-SO(東京都)

2013/12/02 (月) ~ 2013/12/15 (日)公演終了

満足度★★★★★

初KAKUTA/アイロニーの夜
 KAKUTA初体験は『アイロニーの夜』から。
 フライヤーに記載のあった4つの短編小説を、朗読とそれに同期した演技によって表現する試み。
 各話の読み手のチョイス、配役、演出…あらゆる点で申し分なかった。
 4話とも、セリフやエピソードの付け足しもなければ割愛もなく、過剰なショーアップも控えられ、ほぼ、というか、完全に原作通り。
 にもかかわらず、原作の世界が朗読と演技によってとても豊かに表現されていた。
 原作を全て読んでから観た私が、展開が分かるにもかかわらず楽しめたのは、演出家、さらには読み手と演者の技量の賜物と言っていいだろう。
 とりわけ感心させられたのは演出の桑原裕子によるキャラクター造形。
『神様 2011』のクマは一体どう表現されるのか? 
 これが観劇前からの一番の懸念事項だったが、人間界に暮らし、人と会話もできる擬人化されたこのクマは人間にもクマにも見えるよう見事にスタイリングされていたし、『テンガロンハット』のキーパーソンと言うべき青年・山田はその掴み所のなさが配役の妙も手伝って巧みに表現されていたし、『炎上する君』のブ女子コンビはメイクさんと衣裳さんが演出家の注文に応え原作で示されている通りのルックスを完璧に具現化している上、演じ手の桑原裕子と異儀田夏葉がブ女子コンビの無愛想さ、ぶっきらぼうさを適切な役作りで上手く醸し出し原作通りの滑稽味を漂わせていて、キャラ造形については文句のつけようがなかった。
 各作品の持ち味を顧慮して選ばれた役者たちによる朗読も素晴らしい。
 不気味なところもあるものの、どこか微笑ましく温かい『テンガロンハット』は柔和な雰囲気を持つ四條久美子が笑顔を絶やさず優しい声音でやわらかく読み上げ、容姿に恵まれない女子2人が自分たちだけを信じて力強く生きるお話『炎上する君』はよく通るハスキーな低音ヴォイスが魅力的な高山奈央子が「男なんて!」と突っ張って生きる女子2人の物語を作品に相応しい落ち着いた語り口で迫力を伴って読み聞かせる。他2作品も読み手のチョイス、読み方ともに適切だと感じたが、私は特に上記2作品の朗読に心惹かれた。
 そして忘れてならないのが、“アイロニー=皮肉”というテーマと4作品の相性。『神様 2011』だけが人間と国家の間に生まれる皮肉を描き、人間と運命の間に生じる皮肉を描いた他の3編と趣を異にしていて、その点だけが少し惜しまれるが、どれも皮肉の利いた話であることに間違いはなく、お陰で、個々の作品だけでなく、全体としてもとても楽しめる一作に仕上がっていた。
 各作品の合間合間に断片的に演じられるオリジナルストーリーもテーマに即しているうえ上々の出来。
『神様 2011』を除く3編とこのオリジナルストーリーは間合いに重きを置く桑原演出によりクスクスと笑える仕上がりになっていて、その辺も見所。

ネタバレBOX

 原作では容姿についての記述がない『テンガロンハット』の地味で内気な女主人公を大枝佳織という清楚で美しい女優さんが演じていたのはめっけもの! 原作を読みながら十人並みの女性を想像していただけに、とっても得した気分に。
Be My Baby いとしのベイビー

Be My Baby いとしのベイビー

加藤健一事務所

本多劇場(東京都)

2013/11/27 (水) ~ 2013/12/08 (日)公演終了

満足度★★★★

ほんわか楽しいけれども、
それだけではない、裏に、人間の業や性も垣間見れる、ちょっとシビアな部分もあるのが、なかなか洒落た戯曲でした。

加藤義宗さんは、10代の初舞台の時から、拝見していますが、このところ、舞台経験を積まれて、安定した演技のできる俳優さんに成長されたなあと、嬉しく思いました。それに、声がとても素敵!

NLTでのご出演が最近滅多にない阿知波さんは、やはりこういう役は、安心して拝見できます。東宝ミュージカルでは、度々拝見していますが、こういうコメディのストレートプレイでのご活躍も、もっと観たいと思いました。

お父様の加藤さんも、伸び伸び楽しげに演じていらして、その楽しさが、客席にまで伝染するような雰囲気でした。

世の中、暗いニュースだらけで、将来への不安も増大している折、こういう心がほっこりとなれる芝居は、気持ちが救われます。

ネタバレBOX

阿知波さんの花嫁姿が、とても可愛くて、印象的でした。

若い二人が、安易に里子を希望して、親代わりの、ジョンとモードに、その子を迎えに行かせる間、最初、気が合わなかったジョンとモードは、赤ちゃんへの愛情を介して、心が急接近するのに、反対に、新婚夫婦のクリスティとグロリアには、隙間風が吹き始める。

その二組のカップルの心の移ろいが、好対照に描かれて、なかなか味わい深い戯曲でした。

自分達の都合で、子供の行く末を、まるで、物のように気軽に考える若夫婦の言動には、最近の日本の幼児虐待や、子育て放棄などを連想し、ちょっと背筋が寒くなる瞬間もありました。

単なるハートフルコメディではない、シニカルな視点もあってのライトコメディなんだと理解しました。

最初、反りが合わなかった、ジョンとグロリアが、プレゼントをお互いにする度に、距離が近づいて行く様子は、本当に、心が温まる素敵なシーンでした。
トリコロールバッドエンド

トリコロールバッドエンド

劇団MAHOROBA+α

ギャラリーLE DECO(東京都)

2013/12/04 (水) ~ 2013/12/08 (日)公演終了

満足度★★★

日本的
 幽けきもの・ことの息吹を感じたが、そのことが、どれほどの意味を持ち得るかについては、社会性をもっと持たせて描いて欲しい。Bキャストを拝見。

ネタバレBOX

 赤 レスラーの墓と名付けられた作品だが、赤は無論、血の赤で、真っ暗な中、一戦を終えた後の男と女の痴話噺から始まる。真っ暗な中で、二戦目に挑もうとする男、一度着替えてシャワーを浴びたい女。でもその前に下着をつけたいのだが、真っ暗な中で中々見付からない。男は灯りを点けて探せばいい、と言うが、女は恥ずかしい、と暗い中で探しているが、男は女を求める。そうこうしているうちに、女は、痛いと言いだす。自分の腹に刃物を突き立てたのだ。真っ赤な血が流れ、シーツも床も血で覆われてゆく。女が自殺する原因として考えられるのは、男が、この女以外にも、過去関係を持っていた、ことを男の言葉の端に見付けたからだが、今時、その程度のことで死に急ぐ女など居る訳が無い。ましてや、其処迄他人を信じ、惚れる女も居まい。
 男はその後、改めて自分は殺人を犯していないと言う。但し、遺体遺棄は認めている。真っ赤なキャリーバックに遺体を詰め、ダムに捨てた、と言うのである。地獄からの審問官か、警察は、彼の罪或いは証言を立証しようとするが。
 いつの間にか、彼は、血の池地獄に落ちる。そこには、女が居て、男は女の遺体以外に男の死体も発見されたと告げられるが、その話が脈絡を持って完結するわけではない。総てがこのように曖昧模糊とした状態で、脈絡なく繋がれてゆく。これも闇のせいだとでも言うかのように。まあ、その後、邯鄲の話に通じる蜘蛛の糸の話に似せた話が出てきて、女は、男に自分の指を選ばせるが、それは、誘導されていて、結局は小指と決まっているのだ。例の赤い糸である。男が小指を掴むと、それは捥げて、女は小指を追い掛けて血の池の底深く潜ってゆき、いつの間にか二人は胎児になっている。それも双子で、どうやら良い所の子という設定である。双子のうち1人は死ななければならない、ということになっている。意識のよりはっきりした方が、先に世に出ることを選ぶが、逆にこの子が殺されることになる。
 白 見知らぬ、花が第2話だ。蜘蛛と病人のダイアローグだが、病人は蜘蛛を花に見立てて、美しいとおだて恋愛感情の如きものを芽生えさせた上で花弁占いを始める。八枚の花弁を好きから始めれば、最後は嫌いになるのは理の当然。然も実際に抜かれるのは、花弁ではなく、蜘蛛の足である。が、蜘蛛は、おだてられ、恋愛感情に似たものまで背負わされてすっかり病人の虜である。そうしておいて、蜘蛛の感情がマックスに達した所で、病人は、保養所を去るが、捨て台詞を残してゆく。曰く、蜘蛛は嫌い、と。厭らしいサディズムだ。
青 クドリャフカ 第3話は宇宙飛行に出掛ける実験動物の話だ。様々なシチュウエイションが設えられている。火災発生、酸素途絶、Gの変動による不可測の事態等々、また無重力状態で食事を摂る実験なども。ヒトが実際に宇宙へ出て行く前に多くの動物たちの命で試されてきたのである。人々はこの事実について考えたことがあっただろうか? このようにとれば無論、レクイエムと読めないことはない。然し、作家の傾向から言えば、サディスム、マゾヒズムの傾向と見た方がより実像に近いかも知れない。だが、こんなことを書いたらサドに失礼だろうか? 少なくともマルキ・ド・サドには、アンチクリストとして自らを措定し、悪を以て神と対峙しようとした一種の爽快感さえ漂うが、今作に現れるサディスティックな傾向は、苛めの陰湿さと矮小さだけではある。その点が、如何にも日本的と言えようが。
『ギア-GEAR-』Ver.3.70

『ギア-GEAR-』Ver.3.70

ギア公演事務局

ギア専用劇場(京都府)

2013/11/01 (金) ~ 2015/08/30 (日)公演終了

満足度★★★★★

感動しました。
初めて観に行ったのですが、期待以上に素敵な舞台でした!

マッピングがすごく綺麗で、それぞれのパフォーマンスもすごく際立っていて、どんどんギアの世界に惹き込まれていきました!
そして何より、ドールとロボロイドたちの楽しく、可愛い、心通わせていく姿を見ていて、心が暖かくなりました。
気が付くと泣いてしまっていたのですが、すごく優しい気持ちになれる世界。
とても楽しませて頂きました^^

誕生月のマッピングもすごく可愛かったです。
実は今日が誕生日だった私(笑)とても心に残る誕生日になりました!
ありがとうございました!!

マクベス Macbeth

マクベス Macbeth

Bunkamura

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2013/12/08 (日) ~ 2013/12/29 (日)公演終了

満足度★★★

演出の力技。
マクベスを舞台化したもの自体初見でしたが、これは全体的にほんと作演の力技かと。

ネタバレBOX

このキャストとチケ代であれば舞台芸術にこだわれるだけの余裕は十分あるだろうに、それにあえて頼らず、中央ステージを観客席で取り囲む形で、演者の演技と台詞だけに重点を置いたお芝居。
よって、観客の想像力に委ねる部分も多く、原作を知らないと想像しにくい部分も少なからずあった。
しかし、逆に、まさしくシェイクスピアがいただろうその時代では、凝った舞台美術などなく、それこそ板一枚で演者達が演じる舞台だったのだろうなぁ、と感じながら、観客参加型の舞台を楽しみました。
あと、初日だからなのか、役者陣の台詞噛みの多さには集中力を欠けさせられましたが、、初日なのでご愛嬌ですかね。

星の数は、対コスパも加味してなので厳しめにはなっていますが、観る価値ありの舞台です!
石のような水

石のような水

フェスティバル/トーキョー実行委員会

にしすがも創造舎 【閉館】(東京都)

2013/12/05 (木) ~ 2013/12/08 (日)公演終了

満足度★★★

多面な筋を追いかけ描いた話、と思った
日本というより地球の何処か=ゾーン?で、展開している一人称の私と別人のような私達。話を聞いているうちにそれが生身の人間なのか、死人なのかわからなくなってくる。
乾いた土地に水一滴垂らし、枝葉の様に拡る景色を見ているような不条理とはまた違う非日常的な話だったが、ここに挙げられる「水」はどうしても昨今の原発の汚染水とかも想像してしまう。

役者さん良かった、石切場のような舞台と暗闇を際立たせる照明が綺麗。
約2時間。

ネタバレBOX

基になる映画の存在を知らない。
チラシから未来都市風景とか空想していたが、そうでもなかった。
冒頭から抑揚なく台詞を喋りまくる、漫画だったら1ページに登場人物全員が描かれた中、各自吹き出しの中に大量の台詞が入り込み、こちらはそれを一心不乱に読み込んでいるかのような始まり。
支離滅裂な事を喋っているわけではなく、話が進むにつれ、それが後に繋がるが、時折繰り返しの場面が見られたり、舞台上でいろんな場面が同時進行で描かれた構成に、喋り方も含め、役者さんの切り替えの巧みさが見入ってしまった。

隕石落下して立ち入り禁止区域になった場所をゾーンと言うになった。
ゾーンの水を飲んだ事により、死者と出会えた者、その別れ方に切なくなった。不倫と我が子への愛情、姉妹の緊張関係とそれぞれの愛情の示し方、とか。今思い返せば凄く単純な事なのに、時折見られた霧に宗教聖域の出来事のように見られ、舞台マジックにかかっていたのかも。
嫌悪感はない。考えないで、感じる舞台という世界だった。大変興味深い舞台だった。
トリコロールバッドエンド

トリコロールバッドエンド

劇団MAHOROBA+α

ギャラリーLE DECO(東京都)

2013/12/04 (水) ~ 2013/12/08 (日)公演終了

満足度★★★

想像力という究極のスパイス
90%ぐらい、完全暗転の中進む三部作。
声とその声の奥行きしか感じ取れず、あとは観客の耳と想像にゆだねられた舞台。むしろ、その最後のスパイスが最大のスパイスになる舞台。
ラジオドラマのようで、それ以上で、妄想力をフル回転させられてゾクゾクしました。

ただ、内容はわりとアート寄りだったので、もう少し現実味があるほうが好みではありましが。暗闇→妄想させる演出、は好きでした。

ナイス・コントロール

ナイス・コントロール

万能グローブ ガラパゴスダイナモス

こまばアゴラ劇場(東京都)

2013/12/05 (木) ~ 2013/12/08 (日)公演終了

満足度★★★★★

おもしろすぎて地団駄ふんじゃう。
最初から最後まで、肩の力を抜いて観られて、何度笑わされたことか。
この面白さ、なんと表現すればいいんだろう。
ほんと面白すぎて地団駄ふんじゃう感じかも。通じるだろうか?

脚本も演者も音響も舞台美術もほんと全てが素晴らしく、これで前売り2,800円っていいんですか?っていう。

いやーもっかい観たいです。
また絶対来年も東京来てほしいです!

ネタバレBOX

最後って、全員やり直したいっていう気持ちでBボタン(あの世にいく)を選んだ結果、この世でのやり直し、リスタートへの道に導かれたという解釈であってますか??
それともみんな現世に戻りたいと思ってAボタンを選んだの??
最後の解釈の答え合わせがしたいです。

あと、インストとエンディングに流れてた曲めっちゃよかったです!
あれはどなたのなんていう曲なんでしょうか?
教えていただけると嬉しいです。よろしくお願い致します。
スクルージ

スクルージ

ホリプロ

赤坂ACTシアター(東京都)

2013/12/08 (日) ~ 2013/12/17 (火)公演終了

満足度★★★★

さすがに名作!
何度見てもよいなぁとは思ったが・・・

自分スレテしまったのか(-_-;)人に暖かくあろうとするスクルージが、
町の人の借金を帳消しにするクリスマスプレゼントには違和感を感じました。

そりゃまぁ~契約期限内に返済できなかった分、抵当の差し押さえ待つ代わりに利息の上乗せとかしてましたが。その阿漕な分を帳消しにするぐらいで抑えないと、毎年のクリスマスまで返済延ばせば皆チャラになるのでは・・・? 大半の人間はそれ実行しそうな感じするし。
(個人的な偏った意見です(^^)

まおゆうの魔王さまではないが、経済はまわす事が重要で。
そんな借金チャラにするよりスクルージが人々から品物などを購入して、
施すことメインにする方が(実際やってましたが)良いと思いましたねぇ。
お子様も多く観に来ていましたし、
啓蒙的な寓話としても教育的な要素はリアルにあった方が良いのでは?
と感じました。 契約の重要性と等価交換はお子様でも理解出来ると思うし・・・・。

15分の休憩入れた2幕で約2時間半です

ネタバレBOX

ちなみに未来の精霊の配役が無いのは、
ジャンボマックス(知らないよね・・・)のような3m近いのっぽの骸骨だからです。
けっこう気に入りました(カーテンコールに出て欲しかった(^^)

当日は母上の誕生日であり、連れて行って楽しんでくれてよかったです。
→作品の出来に感謝であります

でも前列の6人家族は未就学児が飽きてしまい、1幕で総員撤退されてました。
→終演が20時と判明して覚悟を決めたようです・・・・
似たような年齢の子供もチラホラ見かけましたが、
見たところ帰るような家族は他にいませんでしたねぇ。
情操教育に良いと思うんだが・・・。
(けっこう吊り使って役者さん空中飛んだりしてくれたのになぁ)


虹色の涙 鋼色の月

虹色の涙 鋼色の月

企画演劇集団ボクラ団義

SPACE107(東京都)

2013/12/04 (水) ~ 2013/12/08 (日)公演終了

満足度★★★★

久保田マジック、炸裂
東京公演の千秋楽を観てきました。

「色」をキーワードに、ボクラ団義が得意とする、虚構と現実のちょうど境目を巧みに操る世界観。そんな無茶な…という設定が、観ている内に違和感なく腑に落ちてしまうのが、まさしく久保田マジック!
今作でも、ぐっと惹き込まれました。

必然、偶然、虚偽の殺人が織り交ぜられる中、頑なに盲信していた古の教えから解き放たれていく登場人物たちの複雑かつ繊細な心の動きが丁寧に描かれていて、僕も、すっかり感情移入…。
あっという間の175分でした。

サスペンスファンタジーとは、面白い試み。ボクラ団義の方向性に、よくマッチしていたと思います。
客演の皆さんも、適材適所に配されて、この世界観に説得力を与えてくれていました。特に、ルナ役の前田希美ちゃん、うん、可愛かったです。

ショッキングなほど煮えたぎれ美しく×アイロニーの夜

ショッキングなほど煮えたぎれ美しく×アイロニーの夜

KAKUTA

すみだパークスタジオ倉(そう) | THEATER-SO(東京都)

2013/12/02 (月) ~ 2013/12/15 (日)公演終了

懐かしき夏の日の青春後に訪れた清々しい旅立ち


その小旅行に、スーツケースは要らない。どこか懐かしい町だ。スマートフォンこそ出てくるが、その雀荘やパブ、工場の臭いは五丁目の夕日である。




今回のKAKUTAは、「ロック」と「朗読」という二つのジャンルを取り揃え、喫茶のコーヒーと一緒に提供してしまう試みだ。私が観劇した「ロック」の方はフリサトを招き、さながらライヴ会場である。冒頭のプロジェクター・パフォーマンスは本家「ロック系ライヴ」等で引っ張りだこ。特に こうした技術を使い知名度が高いのがA氏だろう。彼のライヴを○月、代々木公園隣接のライブ会場Bが取り壊される前に開催した合同ライブCで観ている。風景を映す作業とは違い、役者がドアを開ければ、映像も同じく「パカッと開く」必要がある。それは、「本番の中の本番」だから、たとえスクリーン映像だとしても、「生」なのだ。


緻密に人間ドラマを築き上げた後、「ライヴ」とともに全てをぶっ壊すシーンは是非観なければならない。これが本当の 積み木崩し だ。決して淡い青春の一頁ではなく、大人の世界に浸った快感を味わえる。舞台リアリズムと「ロック」の融合が これほどまで成立しえるなんて…


デンギョー!

デンギョー!

小松台東

高田馬場ラビネスト(東京都)

2013/12/04 (水) ~ 2013/12/10 (火)公演終了

満足度★★★★★

驚異の完成度。
折り込みチラシを見てこれは絶対に観に行くべきと、初小松台東。
タイトルにも書いた様に驚異の完成度。これこそ、ま・さ・に、THE演劇。

しかしながら、半面観劇後に何か自分にとって響くものがあったかというと正直ない。むしろ、掴もうとしても掴めない何かがあって、掴もうとした手が空を切る。

何でだろうと考えていたのだが、そのヒントはこりっちの「説明」にあった。
すなわち、

「これまでもそうですが、これからも、ぼくが体験してきたことを基本的には作品にしていくつもりでいます。だからと言って、とても劇的な人生を歩んでいる訳ではありません。普通の人生です。なので、小松台東の作品は、奇抜だったりロマンに溢れていたりはしないと思います。普通の日常、人間の機微を丁寧に、ユーモアも忘れず描いていけたらいいなと思っています。」

という松本さん自身の体験性に基盤があったからだ(ろう)。
故に、観劇後に、ある種の救われを感じるわけでも、なければ明日から頑張ろう、とかそういう気持ちになるわけではない。

そこが完成度の高さを「リアル」という点でおさえていると同時に、「リアル」であるが故にどこにも行けない/行かないという閉塞性で止まっている。どちらを強く受けとるかは人それぞれで、その意味で受取手である観客に余白を残している。

虹色の涙 鋼色の月

虹色の涙 鋼色の月

企画演劇集団ボクラ団義

SPACE107(東京都)

2013/12/04 (水) ~ 2013/12/08 (日)公演終了

勧善懲悪の卓越した政治劇





私が今、規模拡大中の劇団を一つ挙げるとすれば、それは『企画演劇集団ボクラ団義』である。推理ものとファンタジーを組み合わせた、難儀なストーリー展開が持ち味だ。ロジックで形成しないから、推理ものとして評価できない観客も多い。ただ、ファンタジーという孫の手を借りた『ボクラ団義』は、稚拙な 種明かしすら「 どうだっていいではないか」という気にさせてくれる。


大海に浮かぶ「イーストムーン」に、ある日「部外者」が漂流したところから物語は始まった。客演の前田希美が演じるルナと、劇団エースの竹石が演じる○は、『ロミオとジュリエット』のごとく、階級を越えた〈愛〉を描くための駒ではないかと思った。もし、それが事実だとすれば、「恋愛ファンタジー」になる。だが、むしろ「卓越した政治劇」を全篇柔らかいスタンスで描いており、「恋愛」ではなかった。


上演時間が3時間20分(休憩なし)だった。当然、「休憩入れて欲しい!」という意見もあるが、少なくとも上演時間に異を唱えるのは違う。「イーストムーン」という王国の興亡を描く「卓越した政治劇」なら、相応の時間は掛かる。それでも、一部の戦争期をカットしたのだ。


つまり、これは一種の『シェイクスピア』に他ならない。一見するとファンタジー色が強いため、政治劇だとは解りづらいが、「恋愛」を排したのは その証だ。『マクベス』にしろ、『リア王』にしろ、シェイクスピアの真髄である作品達に「恋愛悲劇」はない。全てを削ぎ落としたリアリズムが政治劇だろう。

ホモフィクタス舞踏オペラ『HEL・GABAL』

ホモフィクタス舞踏オペラ『HEL・GABAL』

ホモフィクタス“オデッセイ”クルーズ

草月ホール(東京都)

2013/12/07 (土) ~ 2013/12/08 (日)公演終了

・・・
アヴァンギャルドという名の古典芸能。

エロ・グロ・シロヌリ、折り込み済みの破綻。
すべてが予定調和だった。

グッバイ、マザー

グッバイ、マザー

劇団ズッキュン娘

ライブハウス Shibuya Milkyway(東京都)

2013/12/07 (土) ~ 2013/12/15 (日)公演終了

満足度★★★

キャピキャピばかりではないぞ
 シナリオは基本を押さえてしっかりしている。思春期の高校生女子が、己に目覚め、母との葛藤を通し自立して行く物語。
 興味深いのは、女性の作品らしく徹底的に敵対することは避けて通っていることである。良いか悪いかの判断は兎も角、現実では、決定的な衝突は避けようとする多くの女性の現実処理方法を反映していると言えよう。
 コラボということで、ミュージッシャンの生ステージも見ることが出来る。もともと、Milkywayは、ライブハウスなのだ。

あなた、どこにいますか?

あなた、どこにいますか?

THEATRE ATMAN

東京アポロシアター(東京都)

2013/12/05 (木) ~ 2013/12/08 (日)公演終了

満足度★★★★

幸せですか?
 どこの国でもそうだよな〜っていう印象。周囲の人間のあたたかい支援があっての回復。日本では期待できるかどうか…。あなたは幸せですか?という問いに対する私の答えは、まあ、そこそこ。

バック・トゥ・バック・シアター「ガネーシャ VS. 第三帝国」

バック・トゥ・バック・シアター「ガネーシャ VS. 第三帝国」

フェスティバル/トーキョー実行委員会

東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)

2013/12/06 (金) ~ 2013/12/08 (日)公演終了

満足度★★★★★

かつて観たことが無い位、美しい舞台。そしてエッジ
この舞台に登場する俳優たちが、それぞれの中に
全く異なる美しい宇宙を持っていることには、疑いの余地がないように
自分には思われます。

かつて近江八幡の古い蔵を使った美術館で、
いわゆる「アウトサイダー」と呼ばれる人々が、
それぞれの中に全く異なる宇宙を内包していると
勉強させていただいて以降、
自分は自分なりに、
この種の名称で呼びならわせられることがある人々に、
自分を超越する宇宙の広がりを湛える人々として、
特別な敬意を払ってきたつもりです。

彼らが一種の天才であることを自分は確信しています。

ただ、この舞台は美しいだけではない。

舞台裏の制作風景をフィクションとして(ドキュメンタリーではなく)上演しながら、
観客の自分たちにも鋭い問いを投げつけます。

「果たして自分はフリーク・ショーを見に来た変態ではないのか?」

自分は考える・・・なんで見に来たのか?
ここに来るまでの道を思い出す。

自分なりの答えとしては、「見たことがないから」

アウトサイダーと呼ばれる人々の美術、演劇、音楽は、
それぞれまったく別の次元の宇宙ではないかと思われるほど
共通点がない。

誰かを見たからと言って、それと同じものが別の団体にあるわけではない。

そもそも、美術作品を見ればわかるように、
この世界には、ひとりでピカソをしのぐのではないかというような
巨大な世界を持った人間が市井に多数存在している。

それぞれがまったく別の星なのだ。

アインシュタインやモーツァルトが同じ舞台上にいる姿を想像してみると良いと思う。

最終的にどんな舞台になるか想像できないハズだと思う。

劇団ノートに、演出家が、彼らがオーストラリアで最も優れた役者、と言っているのは
本気でそう感じていたのだと思う。

先入観抜きにしても、彼らが演技で叫んでいるのか本気なのか全くわからない。

それは、自分たちの目が偏見で塗れているというよりか、
単純に演技が迫真に迫っていて区別できないのだ。

たぶん、ヨーロッパの人々は自信をもってそう言い切れるから、
高い評価につながったのだと思う。

憐憫の心でヨーロッパの人々が高い評価を与えるようなことはないと思う。

「アウトサイダー・アート」の歴史が日本より遥かに長いヨーロッパの人びとは、
彼らの宇宙の深さを良く知っているのだと思う。

ネタバレBOX

演技があまりに真に迫っているから、自分も戸惑う。

どこまでがリアルで、どこまでがフィクションなのか?

アフタートークを見てみるとよくわかる。

すべてがフィクションなのだ。

ただ、舞台上でのその時その時の役者の感情はフィクションではない。

見ていて、痛みは痛みとして感じられる。

健常者と呼ばれる人びとが巧みに上演しているのを見ても、
この役者たちのように、銃で撃たれる真似をされて死ぬふりをすることの痛みを
これだけズキズキと伝えることはできないだろう。

あるいは暗闇の中の孤独を。

その時自分はマーロン・ブランドが舞台上にひしめいていたことを実感する(笑

別にアウトサイダー云々は関係ない。

それぞれが演技に関して全く別の天才であったのだ。

そして、ヒトラーと同じ権力の濫用による暴力が今も行われているということは、
迫真の描写によって描かれる劇団内での内紛騒ぎによってよく表されている。

ヒトラーと同じことが、細かく見ると現在も多数起こっている。

それは、直接的な暴力だけとは限らない。

「アウトサイダー」という名称そのもの。

彼らのどこがアウトサイドなのか?

どこからアウトサイドなのか?

彼らの居場所が、より限定されつつあるのは、
世界・国家の組織化や権力の集中と無関係ではないように思われる。

彼らが舞台を行う。お金を稼ぐ。

それは美術作品の販売などと同様、市場の中に彼らが居場所を見つけることでもある。

この舞台はそれだけではなく、
自分たちに彼らがフリークではなく、
ひとりひとりがただの天才であることを感じ、
世界に多様な価値観が渦巻いていることを実感させる教育の場でもあるのだと思う。

なお、ヒトラーとアウトサイダーについてはいくらでも本がありそうなので、
ここでの言及は避けます・・♨

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