最新の観てきた!クチコミ一覧

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【T OF N】

【T OF N】

エビス駅前バープロデュース

エビス駅前バー(東京都)

2015/02/05 (木) ~ 2015/02/19 (木)公演終了

満足度★★★★★

素敵な短編集
3つの短編集で70分のお芝居、どのお話も素敵でした。
役者さんも間近で観ることでき、また観たくなる本当に楽しいお芝居でした。

u-you,company 14th STAGE『UTSUKE』三部作

u-you,company 14th STAGE『UTSUKE』三部作

u-you.company

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2015/02/11 (水) ~ 2015/02/15 (日)公演終了

満足度★★★★★

面白かった!
現代編を観ました。まず、登場人物がいちいち面白くて沢山笑いました。内容もとても面白く、見入ってしまいました。過去編・未来編も観たいくらいです!再演される理由がわかった気がします。

青ひげ公の城

青ひげ公の城

非シス人-Narcissist-

サンモールスタジオ(東京都)

2015/02/05 (木) ~ 2015/02/09 (月)公演終了

満足度★★★★

完成度の高い舞台でした
6日夜、新宿のサンモールスタジオで上演中の非シス人公演『青ひげ公の城』を観てきた。非シス人を観るのは今回で3回め。いずれも知人である若林美保の出演舞台という関係からである。

さて、今回上演の寺山修司原作『青ひげ公の城』、今回で3回めの上演ということで、全体として演出の完成度が今まで観てきた中で一番しっかりしていて、混沌とした内容を理路整然的確に役者を動かし観ていて気持ちのよいものだった。
話としては、前提としてバルトークの作曲したオペラ『青ひげ公の城』の粗筋を知っていたほうがわかりやすいだろう。オペラの台本は、ハンガリー生まれのユダヤ人作家バラージュ・バーラ(本名バウエル・ヘルベルト)が書いたもので、ある城の主・青ひげ公の7人目の妻となる女性と公との2人の会話からなるもの。これを知らないと、非シス人の舞台で竹下優子の演じる山本百合子がなぜ青ひげ公の7人目の妻なのかが釈然としないかもしれない。寺山は、この青ひげ公の話を舞台公演の楽屋話に置き換えた。7人目の妻役を演じるために劇場にやってきた山本百合子であるが、監督から6番目の妻たちの演じる場面が終わるまで楽屋での待機を命じられる。しかし、楽屋を抜け出して劇場にいる他の役者たちの演じるシーンやプライベートを覗き見し、その混沌とした有り様に困惑する。しかし、彼女には青ひげ公の7人目の妻役を演じるためにだけにこの劇場にやってきたのではない事情もあった。ここで行方不明になった兄の消息を尋ねるということが。これは劇場の衣装係から兄は演劇の中で殺された事を教えられるわけだが、その死いやこの劇場で起こっていることすべてが現実か非現実かその境界線が崩れていく。
この境界線の崩れも、実は原作の元となっているオペラでも提示されるわけで、本舞台と合わせてオペラも鑑賞することをお勧めしたい。
で、粗筋はとにかく、舞台としては洗練されていましたなぁ。特に際立ったのは、第1の夫人役・憩居かなみと第3の夫人役・岡田静。それに、演出を手がけ第2の夫人役も演じた間天憑の魅せる妖しげな存在感。また、竹下をはじめ複数の役者が挿入歌を歌ったわけだが、歌という面では四人の楽屋番のアンサンブルが見事。ただ、毎回言うようだが洗練せれているとはいえダンスシーンの必然性には、今回も疑問を持った。というより、ダンスを入れるならちょっと違った形で劇進行に合わせた内容にしてほしいのだ。どうもそこのところは自分との感性の違いだろうね。観客席から出演者が舞台に出て行くという使い古された手法、今回は生きていたように思う。何だかんだ言って、この劇のキーパーソンは小川知子演じる衣装係なのかもしれない。彼女が、この舞台で提示される現実と非現実の門番だったりするのかも。
若林美保は第4の夫人役で出演。歌と踊り、それに自吊りパーフォーマンス(第4夫人の運命を暗示する狙い)で存在感を示していた。
とにもかくにも、今まで観た非シス人公演の中では一番気に入った。これは、また数年後再演して欲しい演目である。

u-you,company 14th STAGE『UTSUKE』三部作

u-you,company 14th STAGE『UTSUKE』三部作

u-you.company

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2015/02/11 (水) ~ 2015/02/15 (日)公演終了

満足度★★★

うつけを拝見
 少女5人アイドルユニットは、解散寸前。マネージャーが社長に直談判して、もう1公演打たせて貰えることになったが、失敗すればオシマイ。で、少し勉強することになった。テーマは信長の居た戦国時代だ。ところが、出掛けて行った山梨の樹海で彼女らは、(以下追記)

丘の上、ただひとつの家(全公演終了・ご来場ありがとうございました)

丘の上、ただひとつの家(全公演終了・ご来場ありがとうございました)

鵺的(ぬえてき)

【閉館】SPACE 雑遊(東京都)

2015/02/11 (水) ~ 2015/02/16 (月)公演終了

満足度★★★★

こどもは皆可愛い
自分の産んだ子供たちは。。。そこに泣けちゃって…。だって本当にそうだもの。子供が何を考えていようが、親を拒絶してようが兎に角自分の産んだ子はかわいいんです。たとえ憎らしく思っていても可愛いんです。ん~すごいなぁ。それぞれの登場人物のそれぞれの思いがストレートに伝わって来て、みんな正論!みたいに思えたり。舞台ならではの緊迫がたまらなく良かった。キャスティングがなるほど!と唸りました。舞台美術も良かったです。椅子の足とか、柱の黒いところとか……。でも…

ネタバレBOX

あの小劇場の中、鼾がうるさく集中できませんでした。しかもその方お酒臭かったとか。一度入ったら退出できる環境じゃないから、劇団側からも退出を促すことも出来ないだろうけど、もう…我慢するしかない。同じ回を観ていた方は、みなさんイライラしてたみたい。特に前半セリフを聞き逃してしまったりで悔しい思いをしました。もう一度観直したいが時間がない。
三人姉妹

三人姉妹

シス・カンパニー

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2015/02/07 (土) ~ 2015/03/01 (日)公演終了

満足度★★★

仕事しなきゃっ!
ソ連前のロシア時代、没落家庭と軍人さん「働かざるもの〜」な言葉を思い出す話。
作り手が違うと印象も変わるけど、ケラさん舞台は各人物の思惑の基準がわかりやすく見えて面白かった。
チェーホフ初心者にオススメかもしんない。
以前、ケラさんの手がけた舞台の「カメレオンズリップ」では三人姉妹に関する茶化したセリフを発していた余さんの役もちょっと頭によぎったがw、当たり前だが全くの別物。最後の毅然とした力強さは凄みを感じました。
メリハリの効いた衣装の色使いも印象に残った。

ユメオイビトの航海日誌

ユメオイビトの航海日誌

LIVEDOG

シアターサンモール(東京都)

2015/02/11 (水) ~ 2015/02/15 (日)公演終了

がんばれ~
シアターサンモールは以外と小さいので
背の高い俳優が揃うと、劇場とのバランスが悪い

舞台セットやヒロインの衣装がチープで
それに照明があたるとイマイチ世界観に入りこめない。

発声の訓練が足りなく声がつぶれていた、唯一のセリフが良く聞こえたのは
ベテランの俳優、経験値が違うのね。
ストーリーラインが、だれてくると殺陣がはじまりシーンの転換は良かったです、この作品の一番よい所はパワーと勢いを感じられる所かな、今後への期待をこめてエールをおくります。


いろいろと辛口になってしまったが、スタッフや俳優が業界を盛り上げて
ほしい客は正直なので良い作品を作れば必ず結果がついて来ると思います。個人的には金曜の夜にいい気分転換になりました。

期期期鱗

期期期鱗

0 LIMIT

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2015/02/13 (金) ~ 2015/02/16 (月)公演終了

満足度★★★★★

笑った
いろいろ腑に落ちない事は有りましたが、面白かった。チラシや説明文からは想像できない展開でした。ツッコミどころは満載で、いっぱい笑えました。全員とは言いませんが、イケメンと、カワイイ女の子が、目に美味しい!

ゼブラ(再演)

ゼブラ(再演)

ONEOR8

新宿シアタートップス(東京都)

2007/11/02 (金) ~ 2007/11/11 (日)公演終了

満足度★★★★★

今更ですが・・・
自分の中で演劇好きが加速することになった作品。
今年再演されるので楽しみです。

deprived

deprived

shelf

さくらWORKS<関内>(神奈川県)

2015/02/13 (金) ~ 2015/02/14 (土)公演終了

満足度★★★★★

ゆったりした空間で考える 必見の舞台
 depriveは“奪う”ということだから、その形容詞形の今タイトルはpoorの婉曲表現である。我ら日本人が、現在置かれた被植民地の状況を以下のテキストの中から選ばれた言葉で重層的・多面的に描いた今作は、役者の「語り」を眼目とした作品だが、テキストのセレクトが、実に的確で緊張感のある構成になっており、役者達の存在感によって肉化された言葉が、永い歴史を秘めた旧オフィスビルをリノベーションした空間に響く。この響きは観客を深い思索に誘う。思索を行為する稀有で濃密な時間を過ごせる。
日本国憲法前文、太宰 治『おさん』・『人間失格』、1977年10月の岩手県東山町公民館「丸山 真男先生と語る会」公演記録から『デモクラシーとは』、『君が代』、武者小路 実篤『ますます賢く』、『星条旗よ永遠なれ』、武田 泰淳『ひかりごけ』、ベルナルド・ブレヒト『セツアンの善人』、ウィルフレッド・エドワード・ソールター・オーエン『たたかいの記憶』

こうして二人は幸せになりました、とさ

こうして二人は幸せになりました、とさ

MacGuffins

シアターKASSAI【閉館】(東京都)

2015/02/10 (火) ~ 2015/02/15 (日)公演終了

満足度★★★★★

今までの公演の中で
一番好きかもしれないです。

ネタバレBOX

「喪失」を受け入れるお話だと思いました。

中盤からだんだん物語の全貌が明らかになってきて、先が気になって仕方ありませんでした。劇中の「レベル25」のとき今後を左右する大きな出来事が起こりますが、そこで胸がいっぱいになりました。
すごく高いテンションの部分と、自然なテンションの部分のメリハリがしっかりついていて、見やすく話に引き込まれ……特に最後の高校時代の友達全員集合から「魔王があらわれた」に至るまでは鳥肌がたちました。
一平さんはすごくサチ思いで、前に進むことの大変さをよく知ってるひとなんですね。「前に進まないとダメだよ」とか「ちゃんとやりなよ」とか「がんばれ」とかいう言葉を一言も言わずに、サチに前を向いてほしくてたくさんいろんな言葉をかけたのかなあと思います。

そしてサチには人間らしさのすべてが含まれていたと思います。逃げたくなる気持ちや弱さ、やさしさ、そして最後にはぜんぶを受け止めて乗り越えてしまう強さも。失った人や物はもう帰ってこないけれど、それをどうにか受け入れてなんとか前に進もうとするすごく人間らしくて素敵なお話だと思いました。
丘の上、ただひとつの家(全公演終了・ご来場ありがとうございました)

丘の上、ただひとつの家(全公演終了・ご来場ありがとうございました)

鵺的(ぬえてき)

【閉館】SPACE 雑遊(東京都)

2015/02/11 (水) ~ 2015/02/16 (月)公演終了

満足度★★★★

丘の上にある「家(家族)」は下から眺めていたほうがいいのか
「家族」は見た目より「丈夫」なのだろうか。

そして、「母」の重さ。

ネタバレBOX

客入れに音楽なく、きついな、と思っていたら、作品自体がそこから始まっていたようだ。
なかなかキツイ。
身じろぎもできないほどの緊張感。
惹き付けられるので、身じろぎすることもないのだが。
暗転に救われた。
シーンの長さと暗転のタイミングが抜群なのだ。

普通、110分程度の舞台で、これだけの暗転があると、苛つくこともあるのだが、暗転で今、舞台で起きたことを反芻できたりするのだ。
それによって、物語が観客の中で広がっていくようだ。

帰宅してフライヤーの裏を、あらためて読んだら、作・演の高木登さんの体験が書いてあった。この作品とは違う出来事なのだが、高木登さんは「自由を取って」「会わなかった」らしい。そして、「自分のしなかったことをする人々を書いてみたいと思う」と記していた。

そこで少しだけ合点がいった。

劇中、最初から最後まで思っていたのは「なぜ、この姉(愛)は、こんなに脳天気なのだろうか」ということだ。
結局自分のことだけを考えて、母に会うことにして、周囲を嫌な思いにしていくのだ。

彼女が母に会いたい本当の理由は最後にわかった。
しかし、それにいろいろな人を巻き込むことはないだろう、と思ったのだ。

高木登さんにとって、こんな「迷惑な家族(兄弟姉妹)」がいたら、彼の考えている「自由」を手にすることはできなかっただろう。
それが彼の考えた「しなかったことをした人々」なのであろう。

姉・愛には、「母」という存在が、自分にとって大きくなりつつあった。
つまり、結婚して「母になる」という可能性が出てきたからだ。
だから、「母」に会って、「ホントはいい人だった」と思い込みたかったのだろう。それは、「母となる自分」が、記憶にある「最低な母」と重なってしまうから、それを払拭したかったのだろう。

幼いときに別れたきりであり、母は想像の中にしかいなかったので、「実は母はいい人」で「自分を愛してくれ」、さらに「母となる自分を励ましてくれる」のではないかと、どこか(甘い気持ち)望んでいたのだろう。そこをもう1人の妹・遙(はるか)に見透かされてしまうのだが。

この作品は、「母」の話である。「女性」の話と言ってもいい。
「命」と直接的に向き合う性だからこその「恐怖」があるのかもしれない。

この舞台では、一体何人の子どもが殺されていったのだろうか。
置き去りにされて殺された乳児が1人、堕胎され殺された赤子が3人。
恐ろしい話だ。

これらは大切なエピソードなのだろうが、後から後から「実は」と出てくるところが、物語として残念ではある。
さすがに「弁護士まで?」となってしまった。

「血」の話から少しそれてしまった気分だ。
女性弁護士にしたのはそういう意味だったと思うのだが、姉の夫のような立場、しかも「女性」としての立場に徹したほうが、しっくりしたと思うのだが。弁護士の堕胎エピソードまで出てきてしまい、やや話が作り物めいてしまったのは、残念。

彼女のかかわり方は、最初のほうから、深くかかわりずきていたことが、それの伏線にはなっているのだが、あくまでも「他人」の「視線」がほしかったと思うのだ。

この物語には、ひょっとしたら「母」は登場しないのではないか、と思っていた。
なぜならば、ハードルが上がりすぎていたからだ。

しかし、安元遊香さん演じる母は出てきた。
化け物でもなく、いい人でもない、丁度良い塩梅の佇まいだ。

その曖昧さに、母に会いたかった姉妹は少し戸惑ったのだろう。
徹底的に糾弾することも安心することもできない。

その不安定さがラストまでいく。

舞台の上や下にあったイスは、脚がまちまちであった。
座ることはできるのだが、脚がバラバラなデザインや素材であったり、背もたれが切り詰められていたりと。
イスの4つの脚は、まるで4人の子どもたち、バラパラのようであって、イスという「家族」のようなものを形作っている。

見た目よりも「丈夫」である。

それがこの舞台からのメッセージではなかったのだろうか。

この物語では誰も得をしない。
母に会って、なにがしかの結論を欲していた姉も、結局は満足できる答えを見つけられないまま。

しかし、言えるのは「会ったから」「一区切り付けられた」ということ。

遙(はるか)姉弟は、自分たちの過ちを、きちんと「言葉」にすることで悔やむこともできたし、「恨みだけ」で生きてきたような、姉も憑きものが落ちたのではないか。彼らの今後の関係についても道筋が見えてきた。
妹の遙(よう)も、面と向かって母に言うことで、気持ちの整理がついていく端緒を見つけたのではないか。おまけに誰も知らずに抱えていたことまで吐露できてしまった。
弁護士も、自分をさらけ出し、自らの「過ち」として、「言葉」にすることで、先に進むことができるのではないか。

それらは、あまりにも「痛み」が伴う作業だったが、それを通り抜けるには、それ相応の苦悩が必要だったからだろう。

会わなければよかったと後悔する。
会わなければ、「丘の上にある家」のように、見上げているだけで想像できる「家族」であったのに、と。

そして、ラストシーンにあった、さり気ない台詞にすべてが示されていた。彼らが「家族か否か」が。

すなわち、「次、会うとしたら」「母が死んだときだろう」。
つまり、「葬儀」には「集まる」ということなのだ。それは「家族」として。
それには、誰からも異論は挟まず、当然のことと受け止めていた。

「もう会いたくない」という関係であったとしても、「家族ではある」ということは、ここで確認されたと言っていい。
つまり、「家族になった」ということなのだ。

父が母に渡してほしいと願った指輪は、ちょっとよさげなエピソードっぽいが、実は、父の恨みの想いが込められているように感じてしまった。
それは、愛と遙(よう)姉妹が母と別れたのは幼い頃であった(聞き間違いでなければ長女が3歳)。なので、「悪い母」のエピソードのほとんどは、一緒に暮らした「父」からのものだろう。それを幼い姉妹は、自分たちの記憶と勘違いしてしまうことは、幼児だからこそあり得る。
したがって、父は母を良く思っていない。

指輪を姉妹に持たせて、母に会わせるということは、父の母への最後の 意趣返しではなかったかと思うのだ。
それは果たすことはできなかった。
母はそれを感じることができない人だったから。父は、そんなことは知っていたはずなのに。

姉・愛を演じた高橋恭子さんは、この舞台にあって、1人だけ育ちが良いように見えてしまうほど、脳天気に見えた。しかし芯の強さも感じる。一番イライラさせてくれた(笑)。そこがうまい。

弁護士を演じた生見司織さんは、前半クールでありながら、時折見せる「ビジネスを外れた」言動とのバランスがとてもいい。激高しているようで、少しクールなところも。
母の愛人を演じた井上幸太郎さんは、なんともゲスい感じがいい。
弟・太一を演じた古屋敷悠さんは、とてもナイーヴな引いた演技が好印象。

そして、フライヤーである。
「母の葬儀に集まった家族と関係者たち」である。
帰宅してフライヤー見て、「おっ」と思った。
夏目漱石とねこ

夏目漱石とねこ

DULL-COLORED POP

座・高円寺1(東京都)

2015/02/05 (木) ~ 2015/02/15 (日)公演終了

満足度★★★★

初日と金曜マチネで観劇
観終わってしばらくいろいろ考えがまとまんなかったんだけど、ちょうど、こうピンと張りつめた寒さのなか、雨上がりの夜空にぼんやりと浮かぶ月を眺めてる、ような芝居だったなあ、と。

夜の真っ黒な水面を思わせる美術、シックながら鮮やかなコントラストの照明がなんとも印象的。
そこに「すっ」と立って見せる役者陣も、これまた美しく、一つ一つの所作に登場人物の日常生活が見えてくるようで。

一番印象的だったのは、漱石の妻・鏡子。
「俗」の人間として、漱石の「孤独」とずっと平行線を描く、そのさみしさとつよさ。
演じる木下裕子さんも、冒頭シルエットから素敵だった。

幸福な死に際

幸福な死に際

劇譚*華羽織

阿佐ヶ谷アルシェ(東京都)

2015/02/11 (水) ~ 2015/02/15 (日)公演終了

満足度★★★

湧き上がる思い出
阿佐ヶ谷アルシェが一味違った空間になっています。
惜しむらくはその空間の長所が上手く発揮されていないように感じたことです。
良いセリフを言っているのにキャストの顔が見えないというのはやっぱり勿体ないと思ってしまうのです。

丘の上、ただひとつの家(全公演終了・ご来場ありがとうございました)

丘の上、ただひとつの家(全公演終了・ご来場ありがとうございました)

鵺的(ぬえてき)

【閉館】SPACE 雑遊(東京都)

2015/02/11 (水) ~ 2015/02/16 (月)公演終了

満足度★★★★★

「鵺的」。
生きているだけでその血を呪うような暗鬱を背負う人間と、血の繋がりを何の疑いもなく温かなものだと信じている人間。ごく普通に後者として生きてきた身としては、果てしなく堕ちていく前者の生が恐ろしくて直視できない。鬱屈とした重々しさ。この感覚が「鵺的」。観終わる頃には「家族」という言葉でさえも恐ろしく感じる。自分の生が「幸せ」だということと直面することがこんなに怖いことだと思わなかった。多分、私もいろいろなことに目を塞ぎ、耳を塞いで逃げているんだろう。一皮剥けばあの母親と同じかもしれない。(明日以降、ネタバレBOXに追記します)

ヴォイツェク

ヴォイツェク

演劇ユニットハイブリッド

ART THEATER かもめ座(東京都)

2014/11/11 (火) ~ 2014/11/16 (日)公演終了

かなたから

かなたから

アンティークス

「劇」小劇場(東京都)

2014/11/06 (木) ~ 2014/11/09 (日)公演終了

PANGEA

PANGEA

ソラリネ。

ウエストエンドスタジオ(東京都)

2014/10/29 (水) ~ 2014/11/03 (月)公演終了

【【全ステージ終了しました。ご観劇頂いた皆様ありがとうございました。】だいすき3つごちゃん。

【【全ステージ終了しました。ご観劇頂いた皆様ありがとうございました。】だいすき3つごちゃん。

なかないで、毒きのこちゃん

@南阿佐ヶ谷(南阿佐ヶ谷駅出口1集合)(東京都)

2014/11/01 (土) ~ 2014/11/03 (月)公演終了

【全日程終了】葉桜/ぶらんこ 【ご来場ありがとうございました】

【全日程終了】葉桜/ぶらんこ 【ご来場ありがとうございました】

7度

シアター・バビロンの流れのほとりにて(東京都)

2014/10/24 (金) ~ 2014/10/26 (日)公演終了

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