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狂人よ、何処へ ~俳諧亭句楽ノ生ト死~

狂人よ、何処へ ~俳諧亭句楽ノ生ト死~

遊戯空間

上野ストアハウス(東京都)

2025/03/19 (水) ~ 2025/03/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/03/21 (金) 19:00

大正・昭和の歌人であり劇作家であり小説家だった吉井勇(1886-1960 )は、大女優・松井須磨子が唄い大流行させた「ゴンドラの歌」の作詞家としても知られている。「いのち短し恋せよ乙女~」という歌詞で有名なのは知っていた。
 しかし吉井勇が「句楽もの」と呼ばれる作品群があり、「俳諧亭句楽」という落語家と、その仲間たちの騒動を描いたもので、九本の戯曲のほかに「句楽の日記」「句楽の手紙」などの日記体小説もある。それらを通じて描かれているのは芸人たちのもの悲しく、そして微笑ましい生きざまが描かれた句楽ものを連作していた事は知らず、吉井勇の新たな、良い意味で意外な一面を覗けた気がして良かった。
 
 吉井勇作の俳諧亭句楽を主人公にした群像劇の句楽シリーズから九本の戯曲と複数の小説から面白い、不思議な、下らない、物悲しくも笑える話を選んでバランスよく組み合わせて一本の話にまとめられていて、時に笑えて、時に悲哀に満ちながらも、全体としてはあまりに馬鹿馬鹿しいが、それをあまりに真剣になり、何やら魂を作る機会だの、魂の病院だのと句楽は最終的に狂ったかに見えるが、意外と、もしかしたら実現不可能では無いんじゃないかと思わせてくる、妙な説得力があり、圧倒されているうちに終わっていた。
 もはや、今の時代、不穏で先行きが見えない社会の中で、魂の病院だの、魂を作る機会だの魂の墓場だのといった一見馬鹿馬鹿しいまでの話であっても、その話にほっこりさせられ、気持ちも晴れ晴れとするんだったら、それが本当に実現可能かどうかはおいといて、その発想は良いことだと感じた。

 句楽と仲間たちの基本取り留めもなく、しょうもない話が浅草喜劇のドタバタで話の筋があってないようなハチャメチャ喜劇や、エノケン映画の笑い、落語に出てくる人情的だが、涙に訴え過ぎない長屋連中の笑いといったような笑いが組み合わさったような感じで、登場人物たちもとても個性的で、癖が強くて、日々の嫌なことや、ストレスがたちどころに消えて大いに笑えて、解消できて良かった。

あゝ大津島 碧き海

あゝ大津島 碧き海

若林哲行プロデュース

座・高円寺2(東京都)

2025/04/02 (水) ~ 2025/04/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 タイゼツベシミル!! 傑作。回チーム初日観劇。華5つ☆

ネタバレBOX


 余りに当たり前で今更問い返すことなどナンセンス! と思い勝ちなのがヒトは死ねば二度と生き返らないという事実である。このことの意味する処をどれだけの日本人が今、自分事としてリアルに受け止めているだろう? そして戦争とは否応なしにこの事実が日常化することだという事実を。一旦戦争を始めてしまえば国家や高級軍人にとって兵は単なる消耗品に過ぎないという苛酷な実情認識を変えるもの・ことなど存在し得ないという現実認識を。
 上に挙げたことが今着々と進行している。問題だらけのマイナンバーカード推進の現実的理由は、徴兵制と考えるのが最も合理的な判断だろうし。
 閑話休題、今作が綿密な取材と能う限りの検証によって練りに練った脚本となり、勘所を弁えた巧みで本質的な演出によって動き出し、総てを破壊してゆく戦争の肝即ち日常生活そのものを木っ端微塵にしてゆく戦争の意味する処を実に本質的に而も分かり易く自然な会話とダイアローグに落とし込んで演じた役者陣の力量。これらを効果的な表現たらしめる照明・音響・スクリーン描写の上手さ、見事である。
 きちんと取材をしていることが端的に分かる例を一つだけ挙げておく。敬礼の形に注目してみたまえ。潜水艦乗り組み員達の敬礼の仕方・形cf.飛行機乗りの敬礼。ラストシーンで回天で特攻を行った者たちの敬礼の形が変化していることの意味する処。(こちらは観る者の想像力の問題だ)
メリーさんの羊

メリーさんの羊

山の羊舍

小劇場 楽園(東京都)

2025/04/01 (火) ~ 2025/04/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

途中まではいつもの別役劇だが、後半で一気に物語の核心に入っていく。何ともノスタルジックな味わいを残す作品。小さい劇場での上演ということもプラスになっていて、過剰にならない演技や演出によりこの作品の魅力がうまく出されている。

いいから早く助けてく

いいから早く助けてく

匿名劇壇

in→dependent theatre 2nd(大阪府)

2025/03/13 (木) ~ 2025/03/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

全体的にテンポのいい会話が騒がしく感じる展開でしたが終盤からみんなが病気になっている様に見えてくる。
どの人が正解なのかよく分からない。
今の社会で誰しもが起こる様な事象の表現は
匿名らしさの着眼点の面白い作品。

ちょっと騒がしさが会話の面白さを邪魔してた様な感じがしたので、
もう少し落ち着いたクールな会話で展開すると、より狂気に感じたのかなぁと思える作品。

あゝ大津島 碧き海

あゝ大津島 碧き海

若林哲行プロデュース

座・高円寺2(東京都)

2025/04/02 (水) ~ 2025/04/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

オーソドックスな劇作の反戦劇。国や大切な人を守るために戦う、それを人間魚雷「回天」乗組員の視点から骨太に描く。当時の状況等を分かり易く観せるが、一方 既視感があることは否めない。本作でも登場するが、(航空)特攻隊の話は戦争を早く終わらせるため といった今から考えれば、詭弁の公演も観たことがある。この内容に、演劇的な奇知を求めることは難しいかもしれない。しかし、戦争を語れる人が少なくなる中、このような演劇(公演)を続けることは意義あること。

今年は 昭和100年、戦後80年になるため、このような内容の公演は 多く上演されるだろう。しかし、決して忘れてはならないこと。当時の大義の下による特攻志願、その純粋な思い、そして同調圧力といった目に見えない怖さ。現代のようなSNS等といった誹謗中傷と違って国家が絡んだ、一種の洗脳と言っても過言ではないだろう。戦争は天災ではない、そして歴史は変えられない。今後 二度と同じ過ちを繰り返さないよう、1人ひとり 自分で賢く考え行動することが大切、そんなことを訴えている公演。今、世界を見れば紛争・戦争はどこかで起きている、ワールドワイドの現代において他人事ではないのだ。

舞台は、同じ地域で野球を愛する青年たちが戦況を憂い、彼らの家族や愛する人たちを守るため 特攻に志願する、それまでの心情を情感豊かに紡ぐ。その情景を照明や音響・音楽で効果的に表す。勿論、俳優陣の演技も熱く力が入っている。場内のあちらこちらで嗚咽や啜り泣きが聞こえる。それだけ丁寧に描き 感情移入させる公演。
(上演時間2時間10分 休憩なし)【 回チーム】

ネタバレBOX

舞台美術はシンメトリー。二重の板、場面によって潜水艦に見立て、上部のハッチ(上げぶたのついた昇降口)を開けて階段を降りると、そこは「人間魚雷(回天)」内。上と下の間を平板で部分的に隠し奥行きを感じさせる。同時に上り下りといった動作が躍動感を生む。また潜水艦以外に、別場所といった空間的な広がりをイメージさせる。客席側に3つの台、その中央だけが少し小さい。その わずかな段差の上り下りも生きているといった息遣いを感じさせる。衣裳等…男性は軍服や軍刀、そして敬礼等の動作も凛々しい。女性は もんぺや割烹着で当時の雰囲気をだす。

公演は、特攻隊員(「回天」乗務員)の生き残りが、雑誌の取材に応じる形で戦争の悲惨さを語る。時は昭和19年 太平洋戦争末期。物語は 同じ地域にいる野球少年、台詞に甲子園を目指すことや職業野球人になりたいといった夢が語られる。一方 少女たちは歌(合唱)の練習 そのハーモニーが美しい。上演前に「夏の思い出」といった、郷愁を誘う歌が流れている。そこには平和な日々が何気なく描かれている。しかし戦況の悪化、1人の少年が志願すると言い出し、仲間はそれを止めることが出来ない。当時の正義=大儀は お国のために役に立つこと。

そして1人また1人と志願していく。また少女たちにも勤労動員の命令が下る。家族や愛しい人との別れ、生きて帰ってくることが叶わないと解っていても、必ず帰ると約束する。特に家族…父は傷病兵として家にいるが、息子に向かって自分の人生は自分で決めろ。母は人殺しを生み育てた覚えはないと言いつつ 食事の用意をする。両親の心中は、察するに余りあるもの。そして愛しい人からの手紙や手作りのお守り といった心情表現が泣かせる。

志願先…空中特攻隊と海中特攻隊へ分かれたが、どちらにしても自己犠牲を前提とした特別攻撃隊。タイトルから後者をメインに、その訓練と心境を丁寧に綴る。上下関係にある者との会話(敬語)と仲間内の親し気な話し方で、物語に硬軟もしくは緩急をつける。また軍における上官への謹厳な接し方(敬礼や言葉遣い等)、外出時の愛しい人(恋人であり妹)との微笑ましい会話が交差して展開していく。「回天」搭乗する訓練で多くの(事故)死者を出した。それは人間魚雷への乗務がいかに難しいか物語っている。

若林哲行さんが演じる、回天乗務員の生き残りの慟哭。戦後一度も大津島を訪れることはなかった。仲間は皆 戦死した。自分は、幸か不幸か生き残ってしまった。自分が搭乗する予定だった回天が敵の攻撃の影響で損傷、出撃出来なくなった。仲間に顔向けできないといった忸怩たる思い。生きることも地獄、戦争に生き残った者が生涯負うことになる悲しみ。その心に<戦後>という思いはないのだろう。だからこそ語り継ぐのだ。
次回公演も楽しみにしております。
なんかの味

なんかの味

ムシラセ

OFF OFFシアター(東京都)

2025/04/02 (水) ~ 2025/04/09 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

初日に親族として列席。とてもよかった。結婚を控えた娘と父親とバーのママとバイトの物語。わずか90分の作品でこの親子が生きてきた二十数年間が凝縮され、終盤、まんまと保坂さんに泣かされた。
キャスト4人とも素晴らしく、特に有馬自由さんは観た人全員がファンになってしまうのではと思うほど。橘花梨さんは複雑な思いを抱える娘を好演。カウンターで父と娘の会話を聞いているときの松永玲子さんの表情がこれまた泣けてねぇ。『アンサンブルデイズ』からわずかな日数で別人のような演技を見せる中野亜美さんにも刮目せよ!

なんかの味

なんかの味

ムシラセ

OFF OFFシアター(東京都)

2025/04/02 (水) ~ 2025/04/09 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/04/02 (水) 19:00

観終わって思った。
題名、絶妙。
人間関係。その中でどうしても一番身近な「家族」というもの。
なんかだるくて、なんかよくて、なんか遠ざけたくて、なんか大事で。形が一つに定まらない。分かりやすい定型があれば、取る態度も一つに決められるけど、そうじゃない。
苦々しさとかほろ甘さとか、懐かしさとか青さとか、何味とも言い難い何かとか。
たくさんの味がする。観ながらどんどん変化する、「なんかの味」がたくさんする。

ネタバレBOX

客席でなんだかもぞもぞと居心地が悪くなるのは、この親子の会話と空気に覚えがあるから。話の通じなさとか、お互いの勝手さとか、勝手さと背中合わせの思いやりとか。
言葉を投げつけ合って、諦めで情を引き剥がそうとして、ちぐはぐでバラバラで、このバーでのいっときの邂逅はまとまることなどなくまた散り散りになっていくように見えた四人なのに、そこから新たに編まれていくものがある。
噛み合わずに飛び交う言葉が、いつしか、ひとつのところに向かう。理屈とか利害じゃなくて、脊髄反射みたいに反論して、怒って、味方になってくれたりする。気づいたら、そこで生まれているリアクション一つ一つに打たれて、胸がいっぱいになっていた。
相槌ひとつの空気感、声の温度とかやわらかさ、を肌で感じて噛みしめられるのは、生の舞台ならではのもの。
あまりにも四人四様に役者陣が魅力的で、表情もリアクションもすべて取りこぼしたくなくて目が足りない。

観ながら家族ってめんどくさいな、って思うのに、こういう本気で相手を思って感情も言動も振り切れる関係ってすごいな、って思ってしまう。「家族」という名前であってもなくても、括りがなんであっても、何かに向かう共同体ってどうしてこうも心強いんだろう。

璃と迪子二人の場面で、璃が迪子の話に打つ相槌が、「うん」の二文字の繰り返しなのにあまりにも表情豊かで、あの相槌を聞くためだけにもう一度観たいほど、好きな場面だった。

ココアとシチュー。どツボだった。
薄まった味だけ知っていたことを損してたと判断したくはないから、ただただ「うまっ」と思える味に出会えたことを喜びたいな、そういうのがどんどん増えてほしいな、と迪子のリアクションを観ていた思った。
悲円 -pi-yen-

悲円 -pi-yen-

ぺぺぺの会

ギャラリー南製作所(東京都)

2025/03/26 (水) ~ 2025/03/31 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

悲しき日本円への投資の先に労働者の未来はあるのか

ネタバレBOX

チェーホフの『ワーニャ伯父さん』を下敷きに、現代日本の投資の在り方に疑義を唱える本作。ギャラリー南製作所の無機質なコンクリートの床と、地方にある保管倉庫内の情景が重なる。生演奏の音響が空間に響く中、奇妙でありふれた家族の視線が交差していく。開演の前には詩の朗読があり、観客は会場に足を踏み入れた瞬間から劇世界との関係性を主体的に作っていくことを求められる。ガレージを開けて車に乗り込み走り去る演出やユニゾンのダンス、劇中の異化など、演出面での山場の作り方も巧妙であった。

岸本昌也さん演じる良夫ちゃんの過剰に力んだ背中に、チェーホフ作品のコミカルさが宿っていて印象的。対象の定まらない、独り言ともつかない台詞が中空に次々と舞う。それを一向に拾わずに漂わせたまま演技を続ける様子には、独特な様式美があった。台詞の行先から半端なタイミングで目を離す演技は、俳優にかかる負荷も高いように思うが集中切らさず一貫していた点は特筆に値する。

日経平均価格に連動するチケット価格の設定を含む鑑賞デザイン、おすそわけチケット、事前のSNS広報にも力をいれており、制作面が盤石かつ革新的な点は評価されるべきである。戯曲・演出面では、テーマの着眼点は秀逸ながら、今一歩作品として踏み込めていない未消化の感覚が拭えなかった。終始、優等生的なひとつの正解としての現代版チェーホフを見せている。例えば『ワーニャ伯父さん』ではワーニャは死ねずに生を耐え続ける絶望を抱えるわけだが、それはアーストロフの存在が彼の実存に大きく影を落とすからである。本作の良夫ちゃんに対してそこまでの絶望を抱かせる必然性を描けているだろうか。地方の葡萄農家とはいえ外部との接触はあり、それによる人間関係の密度の薄まりを放置してはいないだろうか。投資をめぐる問題を多角的に取材した上で取捨選択の上、もう一度この家族に戻ってきてほしい。体制批判をするなら躊躇せずにやり抜いてほしい。チェーホフと完全に相似で捉えられないからこそ、もう一歩踏み込んだドラマトゥルギーに期待したい。

(以下、ゆるいつぶやき)
「投資をするにはまずは種金を集めましょう」と専業投資家は簡単に言いますけど、私だって増やせる理屈はわかってるんだ、まずは口座に100万円振り込んでくださいよという気持ちになりますよね。新NISAが始まって「投資の機会はみな平等」と論点ずらされてますが、当たり前ながら投資はスタート地点で資本を多く持っている資本家の一人勝ちです。労働者のための投資なんてない。そこにきて貿易摩擦不安からの米国株大暴落。手放そうとすれば「握力が足りない」と揶揄される。「一体どうしろと?」と心で叫ぶ多くの市民を代弁してくれたような気がします。そして現実はもっと邪悪で、悪い投資家は情報弱者(高齢者など)から容赦なくお金をむしり取ります。怖いです。
おかえりなさせませんなさい

おかえりなさせませんなさい

コトリ会議

なみきスクエア 大練習室(福岡県)

2025/03/14 (金) ~ 2025/03/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

人類は種の弱さと個体の弱さの両方を背負えるか

ネタバレBOX

繰り返し強調される「メモリー」、親には徹底して敬語を使う子どもたち、歪な感情が見え隠れする兄妹、なぜかいつも店主のいない空っぽの喫茶店。言いようのない不気味さがたちこめる。客席から見えている上演と聞こえている台詞の意味内容の乖離の演出がコトリ会議の利き手であるが、本作は劇中劇のツバメのパペットがそれらの乖離を有機的に繋ぎ、一層多面的かつ力強く鑑賞者の想像力を組み換えていたのではないだろうか。隣の人は笑っているのに、私は笑えない(その逆も然り)状況が生み出されている客席には鑑賞の緊張感があった。

「山生水」を演じる花屋敷鴨さんの、狂気を目にたたえた母親の演技が印象に残った。台詞を発する少し前に感情が少しだけ先走り、かつそれを飲み込んで揺らぐあの表情は、表出する感情は穏やかだが振る舞いに違和を生じさせる母親である山生水の人格を的確に捉えた演技だったように感じた。

戦禍を生き延びる強い身体を手に入れたたヒューマンツバメが、命を賭して集めるのがポイントカードなのが皮肉。不死の身体の快楽は生殖にも自己実現にもない。「寂しい」「置いて行かれたくない」という人間の根源的な個体としての弱さに対して、ヒューマンツバメは記憶を消すことで抗い続ける。空を飛ぶツバメにとって最も遠い存在が、死んだ母が跡形なく消えていった地面なのだとしたら、既に戦闘機を手に入れた人間にとって最も遠い存在はどこにあるのだろうか。とりとめなく去来する家族という他者の記憶が、最も触れられず遠い存在なのだと感じた。
客席の高さと客席数、客電照明の暗さ、舞台面との近さの問題だと思うのだが、第四の壁が強く意識されてしまった点は少し残念に感じた。戦禍の日常に触れているからこそ、SFとはいえ、身体感覚として客席と滑らかに地続きであってほしかったと思う。


(以下、ゆるいつぶやき)
コトリ会議の上演には、ヨルゴス・ランティモス監督の作品を想起させる喜劇性を感じます。作画や画作りがどうなったっておかしいのに、そのおかしさが明確に言語化できないまま、揺蕩うままに時間が過ぎてしまう。気付いた時には引き返せない。没入と突き放しのバランス感覚が見事だなと思います。
悲円 -pi-yen-

悲円 -pi-yen-

ぺぺぺの会

ギャラリー南製作所(東京都)

2025/03/26 (水) ~ 2025/03/31 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

倉庫・ガレージのような会場を活かした演出が新鮮だった。また、会場の端でBGMが生演奏されており、会場内に反響して四方から包まれるように感じたのが心地良かった。原作の雰囲気を残しつつ現代チックな問題に落とし込んでおり、行き先に微かな光を残した終わり方が好みだった。

ネタバレBOX

原作を読まず、あらすじもたいして読まず、とにかく初見で見に行ったのだが、最初から世界観に早く入り込むことが出来た。
シャッターが開き、薄暗かった会場に慣れていた所に眩しい外界の光と珍客が来場。胡散臭い投資家先生と謎の麗しい美女は、衰退しつつある田舎に差した希望の光…では無く、ただただ弱者から金をむさぼっていくだけの悪者だった。正直、そんなこんなでこの珍客たちは成敗され退散し、欠けていた田舎者たちの絆が結び直され、明るい未来が待っていると思っていた。完全なバッドエンドでもなく、最後にほんの少しだけ現実を見て前に進む…かもしれないという希望の可能性を見せられたのがまた、(あの後皆はどうやって生きているのだろう)と想像を膨らますことができ、結末がやけに現代に有り得そうな感じがして私は好みだった。
今度の会場では恐らく倉庫で使えたギミックが使えないので、その部分がどういう形で変更されるのかが楽しみだ。
あゝ大津島 碧き海

あゝ大津島 碧き海

若林哲行プロデュース

座・高円寺2(東京都)

2025/04/02 (水) ~ 2025/04/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

すごい!これはマジで観て損はない。オープニングの映像から涙腺崩壊。劇が始まってから嗚咽しっぱなし。周りの観客からもすすり泣く声しきりなし。最後は号泣。マスクしていたから泣いていたの隣の人にギリばれなかったかと… 演出も最高だし演技はピカイチ。脚本ももちろんいいが、もう、ほんと、どれをとっても満点。これだけ完成度の高い舞台はそうない。久しぶりにたくさん涙を流させてもらった。この舞台にかかわったすべての人に感謝!マジで観てそんはない。

あゝ大津島 碧き海

あゝ大津島 碧き海

若林哲行プロデュース

座・高円寺2(東京都)

2025/04/02 (水) ~ 2025/04/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度

4月2日観劇。

ネタバレBOX

全然時間通り終わらないので、バス使用の方は注意して下さい。
悲円 -pi-yen-

悲円 -pi-yen-

ぺぺぺの会

ギャラリー南製作所(東京都)

2025/03/26 (水) ~ 2025/03/31 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

ワーニャ伯父さんのオマージュが良かったです。
聞き取りやすい台詞と独特の作風で、舞台ならではの絶妙な滑稽さを作り出していました。
また、音響の生演奏や、スタジオの空間そのものが作品に錯覚させられる演出が不思議な没入感を生み出していました。
とても面白かったです。

メリーさんの羊

メリーさんの羊

山の羊舍

小劇場 楽園(東京都)

2025/04/01 (火) ~ 2025/04/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/04/02 (水) 15:00

座席1階

「メリーさんの羊を上演する会」が前身の山の羊舎。初演に出た中村伸郎が別役実に書き下ろし、1984 年1月から1989年まで渋谷の「ジァンジァン10時劇場」で繰り返し上演されたという。テーブルにミニ機関車が走るジオラマを配置した演出は当時のままという。

別役作品はPカンパニーのシリーズでたくさん見てきたが、この作品は初見。いわゆる定番の不条理劇とは趣が違っていて興味深い。しかも、夫婦愛を描いている。ただ、せりふの応酬は別役作品ならではで、最初に登場する信号夫の男のせりふなどはいかにも別役作品という空気をまとっていて楽しい。
冒頭、線路を走っているミニ機関車を、信号夫が信号灯を手に号令をかけ止める。これが大きな伏線になっているのを、劇の後半で知る。しっかり作り込まれた戯曲だなあと感心する。
もう一つの主役は、ジオラマの中に立っている小さなメリーさんだ。スポットを浴びる場面もあるが、何せ小さな人形なので、小劇場楽園のような客席が近い舞台でも遠い席だとよく分からないだろう。自分は一番前に陣取って正解だった。

 wowの熱

wowの熱

南極

新宿シアタートップス(東京都)

2025/03/26 (水) ~ 2025/03/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

(笑えた度)3(今感)4(完成度)3

シアタートップスで行われる南極の公演に関する演劇。メタシアター。
しっかりした作りで、好感度は高く、人気も頷けます。
今後の一層の活躍に期待です。

ネタバレBOX

メタシアター。
シェークスピアの時代からある古典的な形式。
作り手の意図にはないかもだが、演劇の興行と劇団の深化について深く考えさせられた。
かつて前衛と思われた形式に後続者が現れていつしかジャンルを形成し、
正統といわれる存在も現出する。そういう意味では、この作品は正統
の系譜だと思うし、作りはしっかりしていて飽きさせない。
ゆるい世界線も岡崎体育のMVか、というくらい作り込んであって
しっかりPOPである。
話の構造も複雑に層を重ね、美味しい具材を全部盛り状態。
評価される理由はわかるし、異論はない。が、何かが足りない。
良く言えば伝統的だろうし、悪く言えばありふれている、という感じか。
誰がやっても、どんなストーリーを持ってきても似たようなものに
見えてしまうのがこの形式の宿命だと思うので、これは致し方ない。
個々の、オマージュを多用した映画的とも言えるショット、モチーフはセンスがあるから
形式自体はありふれたもので仕上げれば、もっと細部の個性が際立ったと思うと勿体無い。
小さな小屋で自由にのびのびとやっていた時代から
あれこれ考えて一段階成長した時に、何を得て、何を失うのか。
劇団への問いでもあるし、我々観客一人一人に対する問いでもある。
きっと、客層を入れ替えつつ、劇団は大きくなるものなのだろう。

この作品を支持する人はたぶん、たくさんいる。
客席は笑い声が絶えず、伸び盛りの劇団の熱気を感じた。
(解釈するとは対象を貧困化させること,世界を萎縮させること)
ソンタグはそんなことを言ったが、このレビューもまた然り。
作品は常にあらゆる解釈から自由である。
が同時に、
個々の観客に委ねられているとも言える。
煙に巻かれて百舌鳥の早贄

煙に巻かれて百舌鳥の早贄

劇団肋骨蜜柑同好会

中野スタジオあくとれ(東京都)

2025/03/26 (水) ~ 2025/03/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2025/03/30 (日) 16:00

価格4,800円

とても見応えがあった
もっと深ぼって欲しいところ、謎なところはありながらも(もしかしたら背景があったのかもしれないが、、)、泥々した時勢をわりとキレイに描いていていたなって
見ていて勝手に妄想したのが書き手の理想、こんな人物でありたい、心の奥で抱いているという漢字を受けたけれど、それはどうなんでしょう
あの主人の背景は想像することしかできないのだけれど、ネタバレへ

ネタバレBOX

血のシーンでいえば、幼少期のフラッシュバックなのか、幼少期というと何人かそういう動作あるのかな
個人的に好きなのは酒を酌み交わす
幼少期怖かった、恐怖、あの目はもしかしたら、色々妄想できるものの、そんな中でも憧れがあって、いわゆる盃としたかったのかな
でも彼には意図するところは伝わらずなのかな
そんなあたりも恐れの一端なのかもしれない
いや、おもしろかった(妄想ですけど)

その後の展開についての一部妄想は、〇〇をとしてしまうととてもチープな作品になってしまうので胸のうちにしまっておこう
ここは住むとこではありません

ここは住むとこではありません

TEAM FLY FLAT

雑遊(東京都)

2025/03/19 (水) ~ 2025/03/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2025/03/20 (木) 14:00

部屋に霊が憑いていると思い込んだ住人から除霊と偽って金をせしめようとする男と協力を頼まれた霊能力者を狂言回しとした「オカルトアウトローコメディ~」。
その謳い文句ならびに冒頭の設定通り屋代作品にしては笑いが多く、そこに気を取られたためか終盤で明かされるまで霊系でおなじみの「あのパターン」に気付かず(ヤラれたぁ!(笑)。そしてそこに切なさが加わるのが巧み。
あと、下手手前の出ハケ口を「成仏への道」として使ったことにも感心。

悲円 -pi-yen-

悲円 -pi-yen-

ぺぺぺの会

ギャラリー南製作所(東京都)

2025/03/26 (水) ~ 2025/03/31 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

金融中心主義に走る日本の社会を、19世紀ロシアの名作戯曲に借りて、批判して、生きることを考えさせられた舞台だった。
工業主義の象徴とも言える廃工場のコンクリに囲まれた空間での、とっても人間らしい舞台だった。

悲円 -pi-yen-

悲円 -pi-yen-

ぺぺぺの会

ギャラリー南製作所(東京都)

2025/03/26 (水) ~ 2025/03/31 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「心を通わせられない人々の末路」

 チェーホフの『ワーニャ伯父さん』を土台に新NISAについて描くという異色の作品である。

ネタバレBOX

 田舎の葡萄農園で働く小池さん(石塚晴日)が農園をやめ役所で働く足立さん(佐藤鈴奈)とこの界隈の変遷について話していると、上の階から小池さんの息子の良夫ちゃん(岸本昌也)が不機嫌な様子で降りてくる。良夫ちゃんは、妹で今は亡きキョウちゃんと結婚した瀬戸先生(村田活彦)に対して不満を抱いているようだ。瀬戸先生は投資方面で著名なユーチューバーなのだが、周囲から褒めそやされてすっかり天狗になっている様や、恋人に女優のエリナ(熊野乃妃)を連れるなど俗人的に振る舞い、良夫ちゃんはかつての先生への尊敬を失ってしまったらしい。瀬戸先生とエリナはこの家と葡萄畑を売却してはと足立家の人々に提案し、良夫ちゃんの我慢は限界に達してしまいーー

 衰退する古き良き産業と経済の新潮流という対立軸のなか、心を通わせられない本作の登場人物たちは目を合わせて対話することを極端に避けているように見える。心の葛藤は身体にまで及び、棒読みのような台詞や鋭角的な体の動きばかりが目に入る。こうした肉体の造形に心理描写を重ねた俳優の身体性がまず本作の見どころである。少しずつ心の距離を縮めてようやく目と目を合わせて対話するかというところで幕切れとなる演出も、戯曲の要請と合致しているように思えた。対話の場面でのボディービルダーや野球を模した動きも、心を開示できない登場人物たちの恥じらいの動作のように見えた。

 収穫した葡萄は長い年月をかけて熟成させることでワインにできる。他方で投資は短いスパンで儲けを得られるかもしれないが、その分気忙しい日常に心が休まらない。日夜配信に株価の値動きのチェックにと気忙しい瀬戸先生が象徴している投資家へ冷めた視線や、投資大国アメリカを揶揄するかのように「MAGA」の被り物をした登場人物たちが一斉にDA PUMPの「U.S.A.」を見事な振り付けで踊り歌う場面など、本作の「投資」に対する視座はある程度汲み取ることができた。ただし『ワーニャ伯父さん』の骨格が強すぎるためか、テーマとして前面に押し出した割には、全体的にふんわりとした描き方にとどまっていたように思う。中盤で劇中劇として挟み込まれた、本作の稽古中に俳優が仮想通貨の値動きをネットで確認する描写は皮肉に映り印象深かったが、サラッと流す程度で淡泊である。本作のハイライトである良夫ちゃんと瀬戸先生の対決も、幾分淡々として肩透かしを食らってしまった。静謐ながら激情がトグロを巻いている台詞と独特の身体性は他に得難いだけに残念である。
 wowの熱

wowの熱

南極

新宿シアタートップス(東京都)

2025/03/26 (水) ~ 2025/03/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「虚構に取り憑かれる実演家たち」

 作・演出のこんにち博士が腕によりを振るった戯曲を、劇団員たちが絶妙のチームワークで立体化した力作である。

ネタバレBOX

 開幕すると冒頭から数本の寸劇が続く。ハンマーでブラウン管を壊そうとする俳優とダメ出しする演出家とのやりとりがまず笑いを誘う。つぎにその二人がお笑いコンビとなり、ビジネスマンからいかがわしいカバンを売りつけられそうになる。この場面を描いた絵画を飾った先史時代のゾウの一家が食卓を囲む様子になったかと思えば、そのゾウをイメージした毛皮をまとったモデルにデザイナーが文句をつける。前の場面を連想させるような奇妙な寸劇の連続がまず面白い。

 ようやくはじまった本編では中学生の主人公ワオ(端栞里)と仲間たちとの青春模様が描かれる。彼らは教員の海パン(井上耕輔)に水泳の補修を受けさせられたとき誤ってプールに落ちてしまうのだが、そのときプールが急に沸騰してしまう。ワオが45℃と高い平熱を持っていたからである。プールの温度はしばらく高いままだったので、彼らは「ワオ熱湯」なる銭湯を開こうとするのだった。

 このあたりになると戯作者で演出家のこんにち博士による指示出しが始まり、やがて一旦芝居が止まる。すべては虚構のなかの話であり、現実同様に劇団南極が『WOWの熱』という芝居の稽古を進めている最中だったことがここで分かる。ワオを演じる端栞里は役に入れ込み過ぎてしまい、役の設定よろしく自身の平熱がグングンと上がってしまい、ついにはその場に倒れ病院に運ばれてしまうのだった。病院を抜け出したワオは、呪術に詳しい共演者の九條えり花の助けで映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』よろしく、同じく共演者のユガミノーマルとともに車に乗り込み、こんにち博士の虚構の世界へと旅立つ。そこで起きた空間のねじれにより、冒頭の寸劇にも出てきた温室でしか生きられないホットハウスマン(瀬安勇志)ら虚構のキャラクターたちを現実へ招き入れてしまう。公演を打とうとしていたが端の降板により中止を余儀なくされた南極の劇団員たちの悪戦苦闘ぶりを描きつつ、現実と虚構が次第に混在して摩訶不思議な世界が展開していく。

 戯作者による創作と劇団員たちの奮闘を並行に描く本作は、虚構が入れ子構造で何重にも層を成している。ただ新作の芝居を作ったというよりも、その新作に取り組もうとしている劇団を、そして創作の過程で生まれた副産物としての虚構を描くという、ナマモノとしての舞台芸術の魅力と危険な魅惑に満ちた作品である。手の込んだギャグや先行作品のパロディなど、作者が腕を振るった台詞は客席を沸かせており、それに応えた劇団のチームワークと鮮やかな展開は特筆に値する。先史時代のゾウや体を乗っ取られたボクサーなどが立ちはだかるなか、ワオがホットハウスマンと対峙する場面のいかがわしい禍々しさ、バカバカしくもキラキラとした輝きは忘れがたい。

 ただし本作の設定が満場の客席の理解を得るものだったのかは疑問が残る。冒頭に置かれた一連の寸劇は、戯作者が劇団員たちに、見ず知らずの他人のフリをして新作を作るためのワークショップの成果だったということが中盤で明かされる。こうした手の込んだ設定によって劇団員たちが混乱した結果虚構と現実が乱れだしたという企図なのかもしれないが、少なくとも私はその設定に馴染むことはできなかった。混乱の元凶たるこんにち博士の戯作者としての葛藤や錯乱を描く場面もあったが、端とワオに入れ込みすぎた場面の思わず胸のつかえるような絶叫以外は狂言回しの役割が強かったため、自然作中での存在が薄まってしまった。そのため端の芝居も熱演であるがどこか一本調子で振れ幅が小さいように見えた。終盤でワオがこれまでの来し方を振り返りながら他の登場人物たちの過去のやり取りを絡ませつつ、最後にこんにち博士と同時にクラップするところなど鮮やかな展開だっただけに悔やまれる。手数は多くアイデアは豊富なだけに、他の登場人物を含めた心の動きをもっと感じたいと思った。

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