
猫と針
i-LIMIT
アトリエファンファーレ東新宿(東京都)
2018/09/04 (火) ~ 2018/09/09 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/09/06 (木) 14:00
濃厚な会話劇を堪能した。
細かい表情や所作が素晴らしく感じた。
あと、静寂の間が良かった。

魂殻少女 〜こんがらガール〜
劇団東京都鈴木区
中野スタジオあくとれ(東京都)
2018/08/21 (火) ~ 2018/08/26 (日)公演終了
満足度★★★★
ちょこっとマニアック、オタクっぽいのが得意な感じの鈴木区?これは主宰のカラーかも??そして、心配せずに見れる安心感がやっぱり鈴木区だなって。新作をまた見たいです!頑張って下さい!

二代目なっちゃんの愛人。
なかないで、毒きのこちゃん
OFF・OFFシアター(東京都)
2018/08/21 (火) ~ 2018/08/30 (木)公演終了
満足度★★★★
いろいろアクシデントとかあって、大変だったんだな、という気がしました。最後まで楽しませようという姿勢は大いに買えました。そして、鳥皮ささみ氏の正体見たり!という、なりふり構わない運営に(会沢さんが我関せず、な感じも面白かった)ちなみに会沢さん、翌週もoff-off におられました。次回は、存分に準備して矢を引き絞ってぜひ!!(それと、出来たら平日にやって頂きたい。ちょっと遠くからきてますので、できましたら...)

みのほど
(劇)ヤリナゲ
三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)
2018/08/24 (金) ~ 2018/09/02 (日)公演終了
満足度★★★★
ちょっと若めのメンバーながら、練られているところは分かったし、映像の工夫もありました。目新しいけど、伝統もいきているみたいな。ちょっとテーマが散漫??でも、楽しめました。

「LOVE」Chapter4
シンクロ少女
OFF・OFFシアター(東京都)
2018/08/31 (金) ~ 2018/09/04 (火)公演終了
満足度★★★★
なんだか小さい会場(空洞とか711も確かあった?)で見るシンクロ少女が好きみたいです、自分。そして桜井さんやらおがわさんやら半分MCRだった気も。畳みかけるようなラストのところは、何だかいいかんじ。というかシンクロの主宰のテーマって基本、愛なんだな...みたいなことを考えました(そして、ちょこっと粘着かも??)。

ありがたみをわかりながら死ね
オーストラ・マコンドー
小劇場 楽園(東京都)
2018/08/23 (木) ~ 2018/09/02 (日)公演終了
満足度★★★★
何だか物悲しくなるような3人芝居でした。カトウさんは調べましたら2011年以来なんですが、いい味出されるようになったなあ...って思いました。ちょっと体調が良くないときに見ちゃうと苦しくなる芝居?次作はちっとライトめのようで、こちらも期待しています。

白紙の目次
劇団時間制作
テアトルBONBON(東京都)
2018/09/05 (水) ~ 2018/09/16 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2018/09/05 (水) 19:00
「これは決して泣かせようとしている作品ではない。」
観終わってまずそれを感じました。
久しぶりに気骨なリアル現代劇を拝見しました。
とても難しい題材に挑戦をしたと思います。この作品で一番気に入ったのは「構成」です。こういった現在劇では話の順番やそれに沿った演出力がないと10分で飽きます。
それがこの作品にはありません。
話はリアルではありますが自分には知的障がい者との接点はないため現実味はありません。しかし舞子が死を選んだ理由。これはしっかりと伝わって来ました。
これが冒頭に書いた「泣かせようとしていない」理由です。
殆どの観客は自分に置き換えて雄太郎や由紀と同じ気持ちになることはできません。
しかし舞子の「理由」が解き明かされるとき、もし家族なら友人なら「寄り添いたい」「助けてあげたかった」と気づくのではないでしょうか。そこに私は自分なりの「依存」を感じました。
気になったのは最後の晴菜セリフでしょうか。声が少し細くしっかりと聞き取ることができませんでした。・・・ただその内容は姿から把握はできたのでそういった演出だったのかも知れません。
最後になりましたがチケプレありがとうございました。

さよならサムゴー 再会
サムゴーギャットモンテイプ
インディペンデントシアターOji(東京都)
2018/08/29 (水) ~ 2018/09/02 (日)公演終了
満足度★★★
鑑賞日2018/09/01 (土) 19:00
みっちゃんこと二宮咲さんとのツイートにて次回出演作「さよならサムゴー」を知り観劇してきました。
花まる学習会劇場ですからね・・直球とは思っていませんでしたよ。
直近の観劇は、中野坂上デーモンズの憂鬱「果てっ、」、うんなま「search and destroy 」ですからね・・・。
さて今作品「さよならサムゴー 再会 」もなかなかキレある変化球でした。”かっとび青春群像劇”と言ったところでしょうか。
終わってから気づいたのは決して満足感はないのですが、この飛び具合につきものな「チープ」なものが一切ない。妥協を許さず全て「夏のせいだ!」に集約されていました。
好きか嫌いかと言われたら嫌いの部類。でもこういう作品は演劇界から奪ってはいけないことは確かです。
あとみっちゃん可愛いかったー!

「Dの再審」
かはづ書屋
小劇場 楽園(東京都)
2018/09/04 (火) ~ 2018/09/09 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/09/04 (火) 19:30
一昨年の旗揚げ公演の再演で、初演も観ている。相変わらず面白い。明智小五郎が初めて出てくる「D坂の殺人事件」を題材に、法廷劇の形で改めて検証するというもので、江戸川乱歩の小説が、推理小説というより娯楽小説として書かれていることを確認するような芝居になってる。登場はしないが明智小五郎が実在の人物として描かれているなど、乱歩の世界観を活かしつつも、新たな視点を出すなどフィクションとしてエンターテインメントとして、良質な芝居を提供してくれている。
会場の構造から、見切れるシーンが出てくるのが惜しい。

笑う茶化師と事情女子
匿名劇壇
こまばアゴラ劇場(東京都)
2018/08/31 (金) ~ 2018/09/03 (月)公演終了
満足度★★★★
初お目見えatアゴラの日。この日はかなり幸運な部類の日になった。名は時折目にしていたが全くの未知数。蓋を開ければ言葉のチョイス、会話運び、構成、人物設定、俳優(キャラ演じ分け)、舞台処理・・どれもうまい!とつい讃辞を送りたくなるが、個人的にはとりわけ「ポリティカル」を内実を理解した知的な台詞として各所に織り込む姿勢に共鳴・・その一言で損をしかねない時世だけに。
一度ならず二度三度、お目見えしたい。

「ひかりごけ」三編
三条会
ザ・スズナリ(東京都)
2018/08/30 (木) ~ 2018/09/03 (月)公演終了
満足度★★★★★
3バージョンある内の恐らくオーソドックスな?男生徒編を観劇(教師風の役で女性も登場)。再演が重ねられている演目(2001年利賀コンクール最優秀賞からという)をこのたび漸く。三条会は数年前に違う演目を中途半端に観劇し(前半を見逃し)、ただ「演出が勝っている」印象のみ残す。
『ひかりごけ』は衝撃だ。2018年現在「斬新な」という修飾は当らないにせよ、数々繰り出される演出手法はテキストに即して瞬間瞬間必然性を帯び、小さな驚きと共に胸に落ちる。構造の強さというか、オリジナルの快活さが漲っていた。学ラン姿の夏目慎也とG.K.Masayukiの取り合わせは「ズルく」もあるが、、
「他のも観たい」・・終演後の客席から会話が聞こえた。左に同じ。
原作が持つメッセージ、人肉食という題材も広く知られているが、その知られている作品をわざわざ舞台にしてまで目に入れる価値があるのか・・この問いは、例えば著名な俳優が出演するわけでもなく、著名な演劇人の肝入りでもない、謎解き式のストーリーでもない(要はエンタメ性の対極)、純粋に「ひかりごけ」という作品を鑑賞する事だけがこの観劇の目的だとしたら、どうだという問いだ。ある意味それは普通のことだが、その価値が「ある」事を実感させられる、堂々たる舞台だった。

起承転落×喜怒哀欠
あるかな
ステージカフェ下北沢亭(東京都)
2018/09/04 (火) ~ 2018/09/09 (日)公演終了
満足度★★★★
ふれいやプロジェクトの倉地裕衣がヒロイン
ポンポンペイン湯口智行 出演
as if山田亮 が日替わりゲスト
湯口と山田の前説は安定の面白さ
それだけで金が取れるんじゃないかwww
冒頭とある男の部屋で倉地がくつろいでいる
ソファに寝っ転がりミニスカートで足バタバタやってるから期待してたら
キュロットスカートかよがっかりだよwww
そこからの会話劇が非常にコケティッシュ
一つ間違えたら拘束の強いやな女になるところ芝居が進むにつれ非常に悲しく可憐
日替わりゲストはオマケじゃなくストーリーに密接に絡む役
ここで亮くん全開w
前説でも「上演時間90分を予定してますが・・・もっと延びます」
モノマネを心ゆくまでぶち込んできた
日替わりをはじめとして全体ギャグまみれなんだが
ストーリーそのものはシリアスで愛に対して何を等価交換するかという話
ギャグがなかったら泣いてたねw

地上波 第四波
STスポット
STスポット(神奈川県)
2018/08/24 (金) ~ 2018/08/26 (日)公演終了
満足度★★★★
音響の所に時折名を見る牛川紀政プロデュースの第四弾だという。昨年の第三弾はモメラスが参加。4演目の内、舞踊が3本、1発目がナカゴー・川﨑麻里子の一人芝居で、彼女自身の日常から引っ張ってきたかのようなオーディションエピソードの風変わりな語りに思わず引き込まれた。舞踊も三者三様、皆女性。好感が持てた二人は、身体を通して存在をさらけ出す要素があって、一人はほぼエロで女性の性欲まるごとの日常がテーマか?と。もう一人は動きのユニークさと、どことなく「私こんなだけど、何か」と居直るかのような様子に面白味。もう一人は技量を持っていそうなのだが「動き」からはみ出てくる彼女という「存在」が捉えきれず(型を破ろうとする意志はあったのかも・・だが)。創作は難しきかな・・と勝手に納得。

秀山祭九月大歌舞伎
松竹
歌舞伎座(東京都)
2018/09/02 (日) ~ 2018/09/26 (水)公演終了
満足度★★★★
難しくない、楽に楽しめる演目だった。吉右衛門の悪役はいいなあ。今年に入って大人気の歌舞伎、残念ながら今回も割安な3B席は完売だった。

魂殻少女 〜こんがらガール〜
劇団東京都鈴木区
中野スタジオあくとれ(東京都)
2018/08/21 (火) ~ 2018/08/26 (日)公演終了
満足度★★★
鑑賞日2018/08/25 (土) 13:00
座席1階1列
劇団東京都鈴木区『魂殻少女 〜こんがらガール〜』中野スタジオあくとれ
ネット界隈の最近のネタからアラサー以上推奨のネタまで(笑)盛りだくさんで楽しかったです!
登場人物ではライガーさんが一番のお気に入り。
アスミ役の倉知さんは初舞台とは思えないほど役にはまっていました。
ネットスラングってやっぱり文字として読むものかなぁと思った。
セリフとして発音するのはなんか違う感。

Family3
ヒューマン・マーケット
ウエストエンドスタジオ(東京都)
2018/09/05 (水) ~ 2018/09/09 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2018/09/05 (水) 19:30
家族たちが騒動、笑を引きおこし、最後には、ほろっと。
そんな舞台。
役者さんたちが、それを見事に演じている。
飛び道具?(笑)もある、そんな楽しめる舞台

1/2error〜きみの棲む街〜
Nuts Grooove!
新宿シアター・ミラクル(東京都)
2018/08/31 (金) ~ 2018/09/03 (月)公演終了
満足度★★★★★
セットの配置には多少の違和感があるものの、その雰囲気はまさに懐かしいものを感じさせた(ちょっとばかり明るすぎる気もしたが、舞台だからだろうと納得する)。そして初見なのに、とても近くに感じる人たち。彼らの持つドラマをじんわりと感じさせる作品になっていたと思う。帰りに二丁目に行きたいなとふっと思った私だった。

あの子にあたらしいあさなんて二度とこなきゃいいのに
升味企画
アトリエ春風舎(東京都)
2018/08/22 (水) ~ 2018/08/26 (日)公演終了
満足度★★★★★
合宿所の内部(狭い和室)と外(喫煙所のある庭っぽい四角とそれを取り巻く通路、通路に沿う壁にノブ付の扉)。具体性のある装置がまず目に快く入って来る。人物は高校演劇部部員4名と顧問。静かな演劇範疇の何気に高校生な会話から入り、ある特殊な状況が徐々に、うっすら見えてくる。合宿所での「現在」場面に時折、学校での「過去」が挟まれ、過去から現在に至る関係図が浮かび上る式である。ある一件に直接間接に濃密に関わっていた5名、登場しない重要「実在」人物(「現在」の中心人物と言ってよい)、その彼との関係が取り沙汰された登場しない死者(「過去~現在」の中心人物と言ってよい=女性)。言及されるだけの人物がぼやけて最初分かりづらいが、最後にはしっかりパズルは出来上がる。完成された絵はゴヤの絵の如くか、はたまた・・。現代の人間関係の病巣に踏み入り、誇張した物語にも思えたが、そう思うより前、演者らの細を穿つ演技と台詞とが相まって、演劇部という「閉じた世界」の歪な様相が立ち上がっている。
新しい才能を怖々目の当たりにする、この悦びは替え難い。

罪の滴り
白狐舎
東京おかっぱちゃんハウス(東京都)
2018/08/18 (土) ~ 2018/08/21 (火)公演終了
満足度★★★★
紅王国、白狐舎いずれも未知なる集団。どちらも1テーマを丁寧に掘り起こして劇化し、面白味があった。民家の一室、ダイアローグを交わす俳優の身体のありようを間近に「観察する」自分と、その視線に耐えて身を「さらす」俳優。この非対称性。つくづくえらいと思う。
前半はオウム事件で指名手配された長期逃亡者の男女をモデルとした二人の会話劇、それぞれ別の犯行にどう関与したか、など事件の細部に触れ、実相を探りつつも、そこにいるのはただ二人、その心の行き交いにフォーカスしたいような、そのままにしておきたいような、作者と書く対象の微妙な距離感。後半は主に猟奇殺人と騒がれた実際の事件を題材にミステリー小説を書いていた男と、女性編集者の、ある日の顛末。女の催促にあい、男は書けなくなったと漏らすが、男がどのようにして「書いてきたか」、それゆえ「如何に限界か」が男の口から語られ、協力を申し出た女は口述筆記を始めるものの、それでは済まない猟奇な事態に巻き込まれて行く。
どこかしら既視感のある物語ではあるが、言葉が俳優の体を介して立ち上る新鮮さがあって、それは「この瞬間、新鮮にあろうとする」以外に術のない所に俳優を立たせる「場」の力では、、などとまたテキトーな事を考えた。胡座の足はつらかったが、心地よい「芝居の時間」であった。

ロンギヌスの槍
風雷紡
d-倉庫(東京都)
2018/08/15 (水) ~ 2018/08/19 (日)公演終了
満足度★★★★
(立ち寄ったらえらく難解=意味不明の為推敲せり。)
風雷紡は二年振り二度目の観劇、前回は下北楽園の狭い(というよりせせこましい)空間で、物々しい歴史秘話が展開。d倉庫に移り、水を得たように空間を使い切っていた。役者もそれなりに出来る人達。
浅沼社会党委員長刺殺事件を基にしたフィクションだが、史実とフィクションの境界が不分明な所で、台詞の言葉が仮想世界を構築するためのものか、歴史事実を評したものかが分からず、引っかかる部分もあった。
60年安保の熱気さめやらぬ同年秋に起きた事件が史実、これをモデルに刺殺した少年を少女と設定を変えて主人公に据えている。
性別を変えた事で、一途に物を思う美しい少女、というキャラクターを得た。将棋ならば歩が金になったくらい「使える」。右翼少年も持っていたかも知れないナイーブな「純粋さ」は、男性をイメージするだけで「社会的」には犯罪者だという側面から逃れられないのに対し、女性とする事で「行動した女」の聖性(ジャンヌダルク)が際立ち、犯罪者の姿は背景に遠のく。その彼女に対しドラマの側が「現実」を突きつけていく、という展開になっている。
ただ芝居での主な言及は、彼女の家族関係、そして親の反対を押して入会する事となる右翼団体のこと。学校では左翼が「主流」である中で、右翼の彼女は「浮いて」いたとされるが、政治家刺殺に至る彼女の足跡は、強い意志によるものというより、十代の彼女の心模様の軌跡であった。実際「運動」とは(特に若い時期のそれは)そういった「気分」に左右されるもの。
彼女に大きく影響したものとしてこの芝居で描かれているのは、亡くなった双子の兄の存在。そして病弱な彼と一緒に作って父母に見せた、聖書劇(十字架にかかったイエスキリストの腹を槍でついたロンギヌスのくだり。もしくはそのくだりは二人だけの遊びのネタだったか・・忘れた)である。
ロンギヌスの逸話が語る罪=根源的な罪が、社会的な罪の概念と対置され、主人公が政治家を殺めた罪にも重ねられる。一般に語られる犯罪・罪についての言葉には確かに違和感がある。法を逸脱した者はワイドショーのいじりのネタにされるが、果たしてこの人らは、そして自分は、人を裁けるのだろうか、という・・。人間の本質から「行為」の意味を捉え返して、それは一体どういう「罪」なのかと問う・・「ロンギヌス」の逸話はその視点を与えるものだが、主人公が人間の本質に照らしてどうあったのか、実際よく分からない。
恋愛に似て運動も(時代の空気も手伝って)「熱に浮かされた状態」とされる一方、感性豊かで瞬発力ある若者が変革を為さずして誰が為そうか、という疑問ももたげる。(話は逸れるが..)近代日本は「上」に従順たる人材の育成には成功したが、健全な民主主義を支える自律性の発芽を促さずむしろ摘み取ってきた。戦後経済や技術を発展させた日本が現在負けを喫している遠因には、組織の硬直化・老害、つまりは既得権(前例が重視される)の維持拡大の目的を超えた高次の目的を見いだせない状態があり、「変える事」「変わる事」への恐れが「異論」を排斥する(空気読めないと蔑む)風潮を蔓延させている。
これを踏まえれば(踏まえなくても良いが..)、この芝居の基調には「物事を遂行した者」への肯定的な眼差しがある(たとえ犯罪でも)と言える。その事は批判すべきどころか、演劇がやるべき仕事がそこにあると評価したい。ただし史実としては、「左」派が日本の主流であった事は一度もなく、その「恐れ」を抱かせた現象があったに過ぎない。しかし芝居では当時「左」が世を席巻していたかのような描写があり、主人公の危機感を高め暗殺実行のモチベーションを最大化している。彼女の「歪んだ主観」を描いたと取れなくもないが、いずれにせよ彼女への英雄視の中に「世の危機」が背景として織り込まれる(即ち誤解)。
物語は、最終的に彼女が犯罪者であり「彼」を暗殺する事によっては変革は起きず、ただ一人の個人を抹殺しただけに過ぎない・・そう彼女に宣告するのだが、それでも消えない主人公への英雄視は、彼女の「状況への対応」に向けられる。
時代を現代に置き換え、もし「行動しえた者」を描くとしたら、どうか。非難、または英雄視される存在は、その「病的」あり方を「心」とその来歴に求めるだけで成り立つか。つまり政治的状況への「判断」の正否を問わずに物語化できるだろうか。恐らく、安倍晋三一人殺しても変わらない状況が作られている構造の壁を前にするだろう。
・・この題材を扱うならば、現在あるこの「壁」に引っ掻き傷くらい残したい・・。個人的な願望ではあるが。