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燃えひろがる荒野

燃えひろがる荒野

ピープルシアター

シアターX(東京都)

2018/10/03 (水) ~ 2018/10/08 (月)公演終了

満足度★★★★★

 壮大である。この何年かの間に観た作品の中で最もスケールの大きさを感じる舞台であった。(少し追記2018.10.5 絶対お勧め! 文句なしの華5つ☆)

ネタバレBOX

 舞台は大きく3段になっている。手前が最も低く、奥へ行くほど高い。奥の2段に特段箱馬などの設置はないが最上段上手には、仕掛けがあって天井から吊り物が下げられたり、部屋の一室を構成するような仕掛けがある。他は中段上手に平台が置かれやや高い位である。舞台随所にススキがあしらわれており、目隠しや点景として機能している。手前が最も作り込まれた場所だが、それでも下手に平台を1つ、上手には平台で創られた2段の段差を持つ構造物が見える他、ほぼ中央に腰かけに丁度良い高さに切りそろえられた大小3つの切株が適当な間隔を置いて配置されているのみだ。 
 原作は船戸 与一氏の「満州国演義」だが、この長編を3部に分け、今回はその第2部。時代的には、満州国を成立させその経済を安定させると共に北方に於いては武装開拓民を配置して対ロシアの備えとすると共に「漢、満、蒙、朝、日」の五族協和などという茶番を唱導してアジアを植民地化する為、柳条湖事件をはじめ、傀儡として溥儀を立てて満州国独立を強行するのみならず謀議に謀議を重ねて石炭や鉄などの地下資源収奪を目指し単にアジアに於ける覇権のみならず欧州へもその目論見を広げようと夢想していた。己の地歩も定かならぬに、その数十倍もの経済的規模を持つ地域への覇権すら夢想していたのである。その根拠は高々松陰の「幽囚録」にすぎまい。
 百歩譲ってこのような覇権主義が正当性を持ったにせよ、それを実際に実行するに当たっては、その時点時点での徹底的な調査と客観的判断を得る為の矢張り徹底した分析が必要であることは言を俟たない。然るに南洲亡きあと、(薩)長政治を通して培われたのは謀略によって敵対者を討つこと、制圧後そこから長い時間に亘って収奪するシステムを作り上げることではなかったし、明治以降そのような長期的視点に立って日本の為政者は支配して来なかった。それは五族協和というお為ごかしとして政治的に用いられただけである。何と浅墓な知恵であることか! 敵対する者達を人間として扱っていないのだ。これも愚かなことである。反撃を甘くみてしまうことになるからである。無論、西欧に於いても異人種に対してはこのような態度が大航海時代以降取られてきたのは事実だが、翻ってローマ迄遡るならば、奴隷と雖も優秀な者は解放奴隷として豊かでステイタスの高い生活を享受しえたし、皇帝になる者もローマ人ばかりでは無かったことからみても、その能力主義と人間一般を射程に収めたユマニスムの概念が確立していたことは意識しておいて良かろう。オスマントルコの治世が長く続いたのも、その支配が、他の民族をも人間として認めるという姿勢を現実に実践していたからに他なるまい。脱線が過ぎた。
月極セイラ ゴールデン★ベスト

月極セイラ ゴールデン★ベスト

Dr.MaDBOY

スタジオ空洞(東京都)

2018/10/03 (水) ~ 2018/10/08 (月)公演終了

満足度★★★

鑑賞日2018/10/03 (水) 19:30

最初の白黒イラストが入ったコピーのフライヤーが、かなりおどろおどろしくて、観ることを決意。

舞台設定としては、ストレートな密室(この場合は月極セイラの別荘)・外部から遮断された空間(説明はないが、大雨による土砂崩れなどで外部との交流が途絶えた模様)。
ここで、故人月極セイラについて、座談会開かれるために彼女の関係者が集められる。
座談会は、月極セイラのベストアルバム発売を前にした回顧企画であり、いうなれば販売促進企画である。
集まったのは、プロデューサー、マネージャー(女性)、作曲家、作詞家、そしてオブザーバー兼ホスト役であるコアなファン(彼女の支援者?よく立場が判らない)の5名に、座談会を開催した雑誌記者の計6名。

関係者の間で、セイラを巡っていがみ合いが起こり、座談会は不成立に。
その後、別荘は孤立して、1人1人のセイラとの関係が解き明かされていくといった話。
この解き明かされていくプロセスが、この舞台の見どころで、その展開はとても独創的で興味深いものになっている。1人1人の夢とも幻想ともつかないセイラとの交歓シーンは、楽しくもあり、また残酷でもある。

ただ、各人のセイラとの関係性や感情がよく判らない部分がある。
例えば、作曲家とセイラのデビュー前の関係や、マネージャーのセイラへの嫉妬心の根源など。

また、ホラーサスペンス(娯楽作でもあるが)ということを差し引いても、解明されない・観客の想像を喚起させない事象が多いのが残念。
例えば、マネージャーはなぜ電話線を切るような暴挙に出たのか、また彼女がセイラに渡していた喉薬は本物だったのか、失踪した上野記者は生きていたのかなど。
(以降、ネタバレへ)

なお、舞台奥の壁面には、月極セイラのキャンペーンポスターが年代順に並べて貼られているという設定なのだが、それがないのが残念。せっかくベスト盤レコードのケースまで作ったのだから、ポスターが背景に並んでいれば、かなりこの作品の異様さが増幅されて、怪作になったのに。

それと、チェスボクシングの件は、あまりに荒唐無稽すぎてバランスを崩している感じがする。

ネタバレBOX

ちょっと、この物語で起こったことを、自分なりに解釈してみたい。
月極セイラの霊がいた(これが怨霊なのかは問わない)としないと、説明ができないので、一応ホラーとして捉えている。

この物語は、4日間にわたるものだと思われる。
登場人物がセイラと邂逅する時間帯は以下の通り。
1日目:夜・作曲家がセイラと邂逅
2日目:夜・ファンが邂逅
3日目:朝・作詞家が邂逅
   夜・マネージャーが邂逅
4日目:未明・プロデューサーが邂逅
プロデューサー以外は、皆死んでしまうのだけれでも(ただし、彼も自室に戻ってからどうなったか判らないが)、死因は不明。

彼らがセイラに会った時に、リビングからセイラの歌が聞こえてきたことは、他の者たちも証言しているので、音がしたことは間違いないのだろう。実際、音はしたのだ。

まず、座談会後にマネージャーのみが、セイラの霊を見ている。
これは、セイラに対しての悔恨あるいは罪悪感が、彼女にセイラを見させたのではないか。

そして、作曲家、ファン、作詞家、マネージャーの順で、セイラに会うのだけれど、このセイラに会うという現象そのものが、この4人がレコードをかけたということに由来しているように思う。
つまり、各シーンではセイラと会うドラマがあって、セイラの歌謡シーンにつながるのだけれど、セイラと会うシーンそのものがセイラの歌の中で起こっている幻想ではないだろうか。

作曲家は酒で酩酊し、ファンは一日電話線を直すことに疲労困憊し、作詞家は死者の連鎖からセイラとの思い出に浸り、マネージャーはセイラを夢に見て動転し夢遊病者のように、自身の心に深く刻まれた曲を耳にするためにレコードをかけた。(冒頭、ファンがレコードをかけようとすると、各自聞きたくない曲や、聞きたい曲にかなり執着するシーンがある)

さて、ではなぜ彼らは死んだのか?
これは、霊に呼ばれたとしか言いようがないな。セイラは、自分に対して好悪に関わらず強い執着を持ってくれた人々を、呼んでしまっただけなのだと思う。
だから、失踪した上野記者も、関係者はもちろん月極セイラ自身とも接点があったようなので、その因縁次第では、レコードのサンプルを借りてきたのち、自分とセイラを結び付けていた曲を聞いて、セイラに呼ばれたのかも。(彼のデスクにレコードが置かれていたということになっていますが、レコードを聞いてすぐに死ぬというわけでもなさそう)

一方、元彼のプロデューサーは、彼女と会っても(彼はレコードをかけていない。なぜなら、セイラの歌のシーンがないから)、それは回想でしかない(彼は1人でいるわけではなく、後輩記者のインタビュー中に会っている。ただし、この場合、霊はいたわけで、霊と会話しているというのが正解かな)。

そして彼ははっきりと「セイラのことは忘れよう」と言っている。それで、彼女は自分に執着しない彼を認めて、彼に別れを告げて去っていくのである。
セイラの霊が去っていったのは、突如、圏外だった携帯電話が通じることでもわかる。

月極セイラの「ゴールデン★ベスト」は、彼女に執着心を持つ者たちへの踏み絵みたいなものだったのではないかな。それを彼女は確かめに、別荘に戻ってきたと。

セイラ役を5人に割り振った配役は、ダンスや進行も考えると妙案。セイラの多面性も演出できるし。
ミカンの花が咲く頃に

ミカンの花が咲く頃に

HOTSKY

アトリエファンファーレ高円寺(東京都)

2018/10/03 (水) ~ 2018/10/07 (日)公演終了

満足度★★★★

鑑賞日2018/10/03 (水) 19:30

 東九州縦断高速道路の計画地に入った集落の人々の物語で、実話ベースだと言う。公的なものとの対立に軸を置くのではなく、村落の共同体としてのあり方を、広い意味での「家族」ととらえる視点が興味深い。東京から実家に戻る役の本多真弓が「異物」として存在することで、その辺を明らかにする役割を演じた。明樹を客演に得たことで、ジェスト・ダンスという動きと歌という表現に広がりが出た。

やっぱり!おれたちにあすはないっすネ

やっぱり!おれたちにあすはないっすネ

なかないで、毒きのこちゃん

ザ・スズナリ(東京都)

2018/10/01 (月) ~ 2018/10/02 (火)公演終了

満足度★★★★

鑑賞日2018/10/01 (月) 18:00

 再演だが初演は観てない。スズナリの受付の階段に並ぶと、階段の下で大声で話しているのが聞こえ、あ、芝居が始まったのか、と分かる。受け付けてロビーに入ると、そこでも芝居が始まっていて、スズナリ全体を使っての芝居が始まる。メタ演劇にこだわる、毒きのこちゃん、らしく、随所で役者が芝居をしていて、全部を観るのは無理だが、奈落に降りて芝居を観られたのは良かった。試みとしては興味深く、面白くもあるのだが、次から次へメタの手法を考えるのは、なかなか大変だと思う。

ミカンの花が咲く頃に

ミカンの花が咲く頃に

HOTSKY

アトリエファンファーレ高円寺(東京都)

2018/10/03 (水) ~ 2018/10/07 (日)公演終了

満足度★★★★

西山水木演出という事で、一も二もなく劇場へ(なぜ、と問われたら何と答えよう...なんか凄そうだから?)。
昨年上演された作・演出舞台(「月の姉妹」だったか)の「うた」の不思議なニュアンス、ケーキのトッピングではなくパン生地に練り込まれたように芝居と絡まる一見型破りなソレが、今回もその時が待ちきれないかのようにしばしば出て来る。
地方を描いた芝居。台詞を追っているとつい西山水木の作、と思ってしまっている程何か通じるものがある。作者釘本光という名をおぼろに思い出しながら、要所で飛び出す鋭く抉るような台詞、優しく包むような台詞に胸がざわざわとした。予想を超える距離にまで観客を連れて行く言葉が、時を選ばず飛び出てくる。
狭いアトリエファンファーレに組まれた装置は「内」「外」の区別も付きにくいヘンテコな形で、人の出ハケも「それをやるか」と突っ込みたくなる独特な処理だが、リアル一辺倒でない劇世界には不思議と合うところがあった。
ふだん見過ごす隙き間や凹んだ場所にある良きもの、鉱脈が、人間とその関係の中にあるのを作者は見せる、見る角度を教える。それを媒介するのが例えばミカン、畑、自然。自然は人間を照らし、頬を赤く染める。
人が放つ煌めきが、舞台を彩っていた。

空っぽフラレーター

空っぽフラレーター

制作「山口ちはる」プロデュース

シアター711(東京都)

2018/10/03 (水) ~ 2018/10/08 (月)公演終了

満足度★★★

三宅里沙さん演じる少しドジで性格美人の女の子が主役の恋愛コメディです。まったく王道のストーリーで意外性はありませんが安心して観ていられます。若者向けで私のようなジジイは対象外ですが深く考えずに笑いに徹していたのでそれなりに楽しめました。

大道具も小道具もまるでない素の舞台は声が反響しまくって私の鼓膜は悲鳴を上げていました。初回のせいか多くの役者さんが勢いを付けすぎて早口になり聞き取れないところがたくさんありました。まあ聞き取れなくても予想はつくんですけどね(笑)。
→大声に弱い人は、後方の席なら緩和されるかもしれません。

小劇場に限らず美男美女の設定と実際の配役に納得できないことが時々ありますが、本公演の安楽信顕さんと橋本美憂(みゅう)さんは掛け値なしの良い男と良い女でした。特に橋本さんの美しさは別世界でした。今回はマイルドな設定でしたが、次のお芝居では菜々緒の乙姫の「開けちゃダメっつってんだろうが!」のようにドスの効いた声で怒鳴るお姿を観たいものです。
→安楽さんの「くねくね踊り」はでたらめなようで完成度が高く美しいものでした。有名な手本があるのでしょうか。
→橋本さんの歌は短く遠慮気味でした。演出の方針なのでしょうが全体からは浮いてしまうくらいの派手なものも聴きたいと感じました。

絵理子さんの何とも言えない雰囲気が素敵です。出てくるたびに笑ってしまいました。
小林愛里さんの「おばちゃん」の表情と所作は実に良い味を出していました。何て自然なんだ!
大西一希さんのギターは簡単なコードのストロークですがリズムが良く、音の大きさも揃っていました。バンドでもやっていたのでしょうか。
佐藤千夏さんは言葉よりも身体よりも顔で表現する人だと感じました。キャッチコピーは氷上ならぬ「表情のアスリート」なんてのはいかが?
三宅里沙さんは最近「山口ちはる」プロデュースものに連続して出演していますがその理由が良く分かる熱演ぶりでした。この作品も三宅さんまずありきのような感じがしました。

「山口ちはる」プロデュース作品の最大の問題点は宣伝にまったく力が入っていないことです。チラシができるのが遅く、その結果として配布もほとんどされません。そしてホームページへ行ってもあらすじすら分かりません。

おとぎ裁判

おとぎ裁判

CLIE

俳優座劇場(東京都)

2018/09/27 (木) ~ 2018/10/07 (日)公演終了

満足度★★

某新聞のチケプレに当たって行きました。お席は今まで自分では取れたことがないような前方の席でしたし、元少女としては期待して行ったのでしたが、私の好みからするとイケメン度はそう高くなく(意見には個人差があります)、裁判劇は中途半端、お話も中途半端で、これは「おとぎ裁判2」を考えているのかしら?
カーテンコールでゲストをよんでのエチュードもどきが一番面白かったです。
一緒に行った友人が楽しかったと言ってくれて、お隣のパブでおごってくれたのでよしとしましょう。

父が燃えない

父が燃えない

箱庭円舞曲

浅草九劇(東京都)

2018/09/26 (水) ~ 2018/09/30 (日)公演終了

満足度★★★★

鑑賞日2018/09/27 (木) 14:00

価格4,000円

火葬場の親族控室で交わされる故人の親族たちの会話劇。
箱庭円舞曲と言えばかつての職場の微妙な人間関係でギスギスしたり緊張感が漂ったり、という印象が強いが、本作は笑いも交えた親族あるある的なエピソード集がやがて……な物語で、昭和のホームドラマの最終回スペシャル(あるいは「平成の木下恵介アワー」?(笑))のような優しい味わい。家族ができた故の作品かな?とも思う。
ラストシーン(と言うよりラストカット?)も巧かったなぁ。

なお、古川さんがかつて劇団青年座に提供した「父が燃える日」(劇中時間は本作の8年前で同じ親族たちの物語)の断片が挿し挟まれるが、本編部分と境目があまりなくしかも本編と違う役を演ずる方もいるのでやや戸惑った。
当日パンフレットにその旨が記載してあったので事なきを得たが、知らずに観たらまごついたかも?

きつい旅だぜ

きつい旅だぜ

yhs

こまばアゴラ劇場(東京都)

2018/09/29 (土) ~ 2018/10/03 (水)公演終了

満足度★★★

お芝居やりますよーと言われてついて行ったら、お芝居の後に何か変なセミナーが始まってしまい、出るに出られず困惑したって感じの一連の催し物でした。

ネタバレBOX

『きつい旅だぜ』  当時少年だった長男が少女をめった刺しにして殺してしまい、一家離散した家族が、20年後に長男が働く旅館に集まったという話。

加害者の家族として笑ってはいけないと思い込む気持ちは良く理解できました。しかし、劇団や役者の都合なのか、顔の表情筋を動かさなったため親は年を取らなかったというのは如何なものかと思いました。

『駈込み訴え』  イエスを愛するが故に自分の手で役人に売ったユダの気持ちを表した一人芝居。

前の舞台そのままで、畳の上で靴を履いた演技は全く受け入れることができませんでした。せめて、黒幕を使うくらいしてほしかったです。

サラリーマン風いで立ちだったので湯田さんかとは思いましたが、最後の晩餐前後のことだとすぐ分かりました。ラストの商人のユダですは余計でした。大声でのセミナー、聞きたくなかったです。『きつい旅だぜ』だけで良かったです。
やっぱり!おれたちにあすはないっすネ

やっぱり!おれたちにあすはないっすネ

なかないで、毒きのこちゃん

ザ・スズナリ(東京都)

2018/10/01 (月) ~ 2018/10/02 (火)公演終了

満足度★★★★

劇場をこんな使い方をする発想が凄いですね!
3回くらい観ないと全容はわからないのかな〜
地下で、どんなコトがあったのか凄く気になります!

楽屋-流れ去るものはやがてなつかしき-

楽屋-流れ去るものはやがてなつかしき-

演劇集団アクト青山

演劇集団アクト青山・烏山スタジオ(東京都)

2018/10/03 (水) ~ 2018/10/08 (月)公演終了

満足度★★★★★

とても良く上演されるという名作は,熱演もあって楽しく拝見しました。

ハラミ

ハラミ

チームまん○(まんまる)

萬劇場(東京都)

2018/09/26 (水) ~ 2018/09/30 (日)公演終了

満足度★★★

9月28日午後、大塚の萬劇場で上演されたチームまん○第19発目公演『ハラミ』を観た。これは、知人の役者である高坂汐里が出演していた関係からである。開場時間と同時に会場に入ると、既に舞台上で役者による前説が始まっていて、以前この劇団の公演を観たことがあるのを思い出した。
 
さて、肝心の舞台だが、今回の作品は劇団旗揚げ公演のリメイクだそうだ。精子が卵子に到達するまでの様子を擬人化したものを核に、人の優劣は精子の優劣できまるのか?という問題にも触れていて、役者達は人間キャストと精子キャストに分かれての演技。中には一人で役をこなす役者もいて大変そう。
下ネタを得意とする劇団らしい題材を、上手く消化していたところは評価できるだろう。
ただ、総じて安直な演出だなぁと思われたのが残念。これは、たぶん扱うテーマやシーンが多すぎることが原因だと思われる、もう少し的を絞ってドラマが進行していれば、更に面白く、かつ有意義な舞台になるのではないだろうか。

「薔薇に降る雨」「Amour それは・・・」

「薔薇に降る雨」「Amour それは・・・」

宝塚歌劇団

宝塚大劇場(兵庫県)

2009/04/17 (金) ~ 2009/05/18 (月)公演終了

満足度★★★★

スタイルというか姿勢が良いなぁ・・&原色に近いモノトーンの衣装も映えるねぇ

ストーリーは定番というか
予定調和の進行ながら・・というか
その分 安心して観ていられるかなぁ と

動画での視聴ではあったが華美な部分は十二分に伝わりました(^-^)

ゴールド・アーツ・クラブ×ノゾエ征爾  『病は気から』

ゴールド・アーツ・クラブ×ノゾエ征爾 『病は気から』

彩の国さいたま芸術劇場

彩の国さいたま芸術劇場 大ホール(埼玉県)

2018/09/29 (土) ~ 2018/10/08 (月)公演終了

参加高齢者は総勢738人で、2チームの交互上演。こんなこと…やれていることが凄すぎる…!人数(劇場に約350人)に圧倒されどおしで、特に合唱と群舞には泣かされた。一人一人の愛(=欲望)が溢れる祝祭空間。上演時間は約2時間25分、休憩なし。
詳しい目の感想:http://shinobutakano.com/2018/10/03/10822/

ネタバレBOX

パンフレット(1000円)によると70人ごとに分けて稽古したそう。頭がクラクラする…。
原作に忠実な構成で、時おり出演者の生の言葉が紹介される。「一人一人の想いが溢れている」という稽古場レポートの描写に納得の作品だった。
ドキュメンタリー

ドキュメンタリー

劇団チョコレートケーキ

小劇場 楽園(東京都)

2018/09/26 (水) ~ 2018/09/30 (日)公演終了

満足度★★★★★

鑑賞日2018/09/26 (水)

待ってました!!チョコメンバーだけの濃厚公演(笑)。タイトルなるほど。あの見えにくい楽園を面白く効果的に使っていてさすがだな、って。もちろん内容も濃く次の作品への足掛かりになるらしいので楽しみも倍増です。

かのような私

かのような私

文学座

文学座アトリエ(東京都)

2018/09/07 (金) ~ 2018/09/21 (金)公演終了

満足度★★★★

鑑賞日2018/09/19 (水)

チョコの古川さんの作品だから歴史上の人物から描いた壮大なフィクションかと思いきや!!すごく自分に近い感じで面白かった。ちょっと時代をおっかける年齢だからか「あ~あの時は…」と頷くこと多し。家族のことましてや生きるってなんなんだろうねぇ

『US/THEM わたしたちと彼ら』『踊るよ鳥ト少し短く』

『US/THEM わたしたちと彼ら』『踊るよ鳥ト少し短く』

オフィスコットーネ

小劇場B1(東京都)

2018/09/20 (木) ~ 2018/09/27 (木)公演終了

満足度★★★★★

鑑賞日2018/09/21 (金)

すごかった。衝撃でした。特に2本目の『US/THEM わたしたちと彼ら』何も知らない子供たちがテロに巻き込まれるという、舞台全体を隅々まで使って広い空間を創造させてくれた。まさに総合芸術を観ました!!

牛久沼3

牛久沼3

ほりぶん

北とぴあ カナリアホール(東京都)

2018/09/20 (木) ~ 2018/09/24 (月)公演終了

満足度★★★★★

鑑賞日2018/09/20 (木)

もうほんとさいこ~~~何も考えることなく集中させられてただ笑うだけ。あのパワーには女優魂がふんだんに盛り込まれ、こちらは吸い込まれ…。どんな稽古をしているのか気になるところではあります。

秋の超収穫祭

秋の超収穫祭

feblaboプロデュース

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2018/10/01 (月) ~ 2018/10/02 (火)公演終了

満足度★★★

この感想はあくまで、個人の好み的な話。実は今まで短編集を観て、満足したことはめったにない。なんというか、短いものには粗さを感じてしまう。演技にも練り込みの足りなさを感じてしまう。今作も出演者の“やる気”はムンムンと感じるが、造りの甘さにジリジリしてしまった。短いからこそのえぐってくるような感覚が突き刺さってこない。それでも最後の作品の女子高生の存在は秀でていた。飾り気なく、その年頃の女の子の美しさがあったように思えた。

秋の超収穫祭

秋の超収穫祭

feblaboプロデュース

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2018/10/01 (月) ~ 2018/10/02 (火)公演終了

満足度★★★★

  Feblabo、大統領師匠、家のカギ3団体合同のオムニバス公演。基本的に板上はフラット。必要に応じてテーブルや椅子がセットされる。(華4つ☆)

ネタバレBOX

演目は家のカギが「うらみつらみ」:今作は、固定観念に囚われた一人の男が、自分が好きだと思い込んだ女を奪ったとしてその容疑者を殺しに行く話なのだが、殺す為の必然性や、殺人を犯した後の罪の意識、社会的制裁等を抱えて生きてゆくことの重荷と比べ殺される側がそれで御終いというのは如何にも安楽に過ぎる、として堂々巡りに陥り乍ら、通りすがりの女や「恋人」の女を次々に刺し殺し、漸く最初の目的であった容疑者殺害を果たすもそれは単に偶然の結果でしかないというアイロニカルなシニシズムを表現した作品だが、この不条理性は、刺された容疑者が、恰も刺した犯人が伝染病の保菌者であったかのように、この不条理に伝染し新たな犯人になって終うブラックユーモアに終わる。
大統領師匠は2作品。「スイカ割り」:一組のカップルがスイカ割りをしようとしている。スイカを割るのは男、指示を出すのは女である。既に男は鉢巻で視界を遮り、棒を振りかぶってスイカ目指して指示通り動き始めていたが、女の元カノが突然現れ、縒りを戻す
為にくどき始める。男が目隠しをしていてイマイチ状況が読めない中で、男VS恋人の女VS女の元カノとの三角関係が展開する。科白のやりとりの面白さ、結局男が割を食って、元カノに恋人を奪われてしまうというオチ。
もう一作が『ベテラン声優のアテレコ風景』声優同士の熟年カップルの浮気噺。元々は男が20歳程の若い娘と浮気したのが「原因」で妻に財産を持って行かれてしまうのだが、金品以外に男性用シャンプーであるサクセス迄持っていかれたことに腹を立てる夫は、サクセスを返せと迫る。だが、若い娘への嫉妬に狂った妻は、煙草すら買えぬ程貧乏させてやる。「ホープを奪う」と断言、この痴話喧嘩は本番収録中に行われているので、本番の科白と痴話喧嘩のやりとりが重なり合って絶妙のコントラストを為し笑わせる。女も“夫の浮気以降”は自分も若いツバメを抱えてよろしくやっているというのだが、それはあくまで夫の浮気以降と強調、サクセスもツバメに使わせていることを認める。一方自分の浮気は、ベテランで若い者に教えを垂れるような女は皆していること、と居直る辺り男と女の浮気合戦の様相を呈しつつ、社会通念として妻が莫大な慰謝料を手に入れることができる社会への「あてつけ」にもなっていそうで大人の男女の狡さ合戦の様相も呈し実に面白い。戯曲の完成度の高さと役者の上手さ、アイロニーのキレなどでは最もシャープな作品と観た。
Feblaboは矢張り2作。「日曜日よりの使者」:認知症にやられた老人のボケた日常を行きつけだった喫茶店を便として、記憶を呼び起こす為に行われる試行錯誤の辛さ、もどかしさと甦った記憶の入れ子細工で表現、重層的な時間と老人の過ごしてきた人間関係を顕にしてみせる。殊に親友との出会いと、思い出の場所図書館に現れるマドンナを巡っての恋のさや当て、マドンナを射止める為の争闘を通じて親友を亡くし、深更の荒海に友の名(洋の仇名・ハマオ)を叫ぶ若い頃の老人(睦・リクオ)の叫びの痛切は、ふと「銀河鉄道の夜」のジョバンニとカンパネルラを甦らせた。ハマオは、バレンタイン前日、沖合に在る小島に咲くという幻の花(この花を持って愛を告げればその恋は必ず成就するとの言い伝えがある)を求めて小舟で漕ぎだし、帰らぬ人となってしまったのだ。共をしたのはハマオの弟、近隣の船、人々総出の捜索に弟は助かった。明け方も近くなった頃、(入場券代わりに配られた)レーズンチョコが、マドンナからリクオに渡される。どういう訳か彼女の頬には紅が差していた。(2月14日である。)
終盤、親友が現れ、この物語の理を説明するが。それによると主人公も他界しており、あの晩ハマオの魂は、リクオの呼びかけで故郷に戻ることができた。その礼に認知症を患ったリクオを迎えに来てくれたのだという。マドンナも既に来ており、とても美しい女性になっている、と。最後のオチが、睦をどう読むかなのだが、これはちょっと正解できまい。
「いまこそわかれめ」:馴染の喫茶店に来て、卒業式の定番曲「仰げば尊し」の歌詞解釈がキチンと為される導入部で、オーダーされた2つの飲料(オレンジジュースと珈琲)が一人の前に置かれる点に注目。歌詞解釈も見事なもので感心させられた。(自分は、職業高校だったので日本の古典と漢文は余りキチンとやっていないから、教えられる点が在った)何れにせよ、別れに関する解釈の導入部として極めて優れた脚本であり、キャスティングも良い。さて、仰げば尊しの歌詞によって方向づけられた物語が佳境に入ってゆくのだが、
小道具に使われている彼女の持っている文庫本は、19世紀イギリスの詩人テニスンの「イン・メモリアム」(In Memoriam A. H. H.)である。内容は無論今作にかぶる。演劇が因果律を殊に強調せざるを得ないのは、その構成が対立を基本とする以上必然的な結果である。ドラマツルギーは因果律が深ければ深いほど、そのインパクトが増大するからである。作家は当然その効果を狙う。それは観客という残酷な消費者がそれを望むからである。“他人の不幸は蜜の味”とはよく言ったものではないか? にも拘らずこの可憐な少女と彼女と交わした約束を守って、卒業後に馴染の喫茶店を訪れた、少し年を取った彼との切ない魂の邂逅は、矢張り胸を撃つ。
念の為、上演順に作品名を挙げておく。1、うらみつらみ、2、日曜日よりの使者 休憩5分 3、ベテラン声優のアテレコ風景 4、スイカ割り 5、いまこそわかれめ



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