第二十六楽章
第二十六楽章
実演鑑賞
浅草九劇(東京都)
2018/09/26 (水) ~ 2018/09/30 (日) 公演終了
上演時間: 約2時間0分(休憩なし)を予定
公式サイト:
http://hakoniwa-e.com/26_chichi/
| 期間 | 2018/09/26 (水) ~ 2018/09/30 (日) |
|---|---|
| 劇場 | 浅草九劇 |
| 出演 | 白勢未生(箱庭円舞曲)、相馬圭祐、林和義(VAICE★)、小暮智美(青年座)、安川まり、片桐はづき、井上裕朗(DULL-COLOREDPOP)、小山貴司、秋本雄基(アナログスイッチ)、古川貴義(箱庭円舞曲) |
| 脚本 | 古川貴義 |
| 演出 | 古川貴義 |
| 料金(1枚あたり) |
4,000円 ~ 4,500円 【発売日】2018/09/02 日時指定・整理番号付き自由席 前売 4,000円 当日 4,500円 |
| 公式/劇場サイト | ※正式な公演情報は公式サイトでご確認ください。 |
| タイムテーブル | 9月26日(水) 19:30 9月27日(木) 14:00 / 19:30 9月28日(金) 19:30 9月29日(土) 14:00 / 19:00 9月30日(日) 13:00 / 17:00 |
| 説明 | 【Introduction】 自分のことを書こうと思ったら、他人の話ばかりになってしまう。 毎回そうなのだ。 箱庭円舞曲の台本を書くときは、自分の内側にある、 現代社会の中で生きていくために発生する、切実なわだかまりを描こうとする。 誰かとの軋轢、誰かとの齟齬、誰かとの不和、摩擦、確執、対立、葛藤。 自分を描くためには、常に誰かが必要になる。 それは、そうなのだ。 自分が自分であるということは、自分だけでは担保できない。 あなたがあなたであることを認めてくれるのは、あなた以外の誰かなのである。 回りに誰かがいるから、あなたはあなたでいられる。 だから、必死で自分のことを書こうと思っても、他人の話にばかりなってしまっていた。 そういうことなのだろう。 ならば。 私を、私として最初に認めてくれたのは、誰なのだろう? 両親のどちらかである可能性が高い。 生まれてきた瞬間を見た、ということであれば、母よりも助産師や医師が先になってしまう。それでは味気ない。 では命名してくれた瞬間だとしたらどうだろう。 私の名前を付けてくれたのは、父だ。 あの父のことだから、私がまだ母の胎内にいるうちに、考えに考えて決めてくれていたはずだ。 祖父の名前から一文字受け継いでいた父は、同じ一文字を私にも受け継がせた。 私も子を持つことになったら、その一文字を引き継ごうと思ったこともあったが、やめた。 一文字あろうがなかろうが、家族は家族、血縁は血縁だ。 そんな風にして、父の話になった。 父は、福島県耶麻郡磐梯町大字更科字大曲で生まれ育った。 1950年8月4日に生まれ、2017年12月29日に死んだ。享年68歳。 友人も多く親戚づきあいもまめだった父の葬儀には、たくさんの人が訪れ、香をあげてくれた。一介の地方公務員の葬式にしては、盛大だったと思う。 長くはないかもしれないが、濃い生涯だったのではないだろうか。 若かりし頃は宮沢賢治に憧れ、詩作を志し、芝居にも片足突っ込んでいたらしい。 自分が演劇なんぞを始めてから、叔父から聞かされた。驚いた。 我がことを我が子に語らない父だった。 戒名は「堅峰直英清居士」になった。 私に引き継がれた一文字は、含まれていない。 一度、父の話を書いたことがある。 2011年9月に、日本劇団協議会主催で上演していただいた『父が燃える日』という作品である。還暦を迎える父を労おうと、子供たち三人で家族旅行を計画し訪れた旅館での、数日間の物語だ。 もちろんフィクションだが、前年の夏、父を実際に還暦旅行に連れ出しており、「もしもあの時、実はこうだったら?」「もしもあの時、こうなっていたら?」と妄想を膨らませながら書き上げた記憶がある。 この公演は、あまり私の芝居を観に来なかった父が、珍しく観に来てくれた。 自作を観てもらったのは、10年ぶりくらいだったと思う。 観終わっての感想は、ほとんどなかった。 こちらも恥ずかしくて照れ臭くて、ちゃんと聞こうとしなかった。 聞きたくても聞けない今となっては、後悔するほかない。 父は、あの作品のことをどう思っていたのだろうか。 父は、私のことをどう思っていたのだろうか。 私を人間として最初に認めてくれた彼を燃やしながら、 こんなことばかり考えている。 人間は、なかなか燃えてくれないものだ。 原作・脚本・演出:古川貴義 【Outline(あらすじ)】 現代、会津若松市の火葬場、待合室。 市営の火葬場は市街地から離れた辺鄙な場所にあり、訪れる人が居なければ職員も出てこない。 よく言えば静謐な空間である。 人の出す音よりも、虫や風の音の方が姦しい。 遺体が燃え尽きるのを待つ人々は、故人の思い出を問わず語りに語り合う。一体どんな人間だったのか、何をして、何をしなかったのか。父母や親族との関係、友人との交流、家族との珍事。故人がどういう人間だったかを、それぞれが勝手に語り尽くす。 語っても語っても出てくる、出てくる、また戻る、同じ話が繰り返される、捉え方が人によって微妙に違っている、でも答えは分からない、故人しか分からない。 同じとき、同じ場所で、同じ時空を共有していたはずなのに。 あの人はあの日、何を考えていたんだろう。 遺された私たちには、想像することしかできない。 |
| その他注意事項 | 受付開始・当日券の販売は開演時間の45分前、開場は開演時間の30分前です。 開場と同時に、整理番号順にご入場いただきます。 座席には限りがございます。お早目にお越しください。 |
| スタッフ | 舞台美術:稲田美智子 照明:南香織(LICHT-ER) 音響:岡田 悠 舞台監督:鳥養友美 衣装:中西瑞美 音楽:百瀬悠介 記録写真:鏡田伸幸 制作:松本悠(青春事情) 企画製作:箱庭円舞曲 協力:ウィーズカンパニー écru EFFECT クリオネ チーズfilm 東宝芸能 有限会社is リベラス 助成:芸術文化振興基金 |
自分のことを書こうと思ったら、他人の話ばかりになってしまう。
毎回そうなのだ。
箱庭円舞曲の台本を書くときは、自分の内側にある、
現代社会の中で生きていくために発生する、切実なわだかまりを描こうとする。
誰かとの軋轢、誰かとの齟齬、誰かとの不和、摩擦、確...
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