
梅雨のむらさき
劇団ウルトラマンション
ワーサルシアター(東京都)
2019/05/22 (水) ~ 2019/05/26 (日)公演終了
満足度★★★★★
たった今観終わりました、まだ目頭が熱いままです!
かなり驚きの展開で進んで行くストーリー。なんとなくは予想してきたのですが全然違うんです、今までのウルマンとはひと味もふた味も違う!見たことのないチャレンジとも思えるシーンに全開過ぎる振り幅がハンパないんです。引き込まれるっていうより引きずり込まれたんです、そして気がついたら何度も泣いてました。やっぱりウルマンです、ハートフルコメディに新たな世界が増えました。あっという間の2時間はとっても楽しかったです!千秋楽まで突っ走れー毎日観に行きます!

慶應不思議草子
真紅組
近鉄アート館(大阪府)
2019/05/10 (金) ~ 2019/05/12 (日)公演終了
満足度★★★★
しっかりとした時代設定の脚本がいいでね♪
猫から観た激動の幕末の時代を描いたファンタジー要素もある作品
殺陣が少なめで会話が中心のお芝居でしたが
幕府が竜馬を暗殺する緊迫したシーンを会話で創造させてくれる
猫ちゃんもそれぞれのキャラがあって可愛い^_^
その他の役者陣も堂々とした演技で見応えありました
この作品を観てから、もっと時代劇モノが観たい気持ちになりました

向井坂良い子と長い呪いの歌
少女都市
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2019/05/21 (火) ~ 2019/05/26 (日)公演終了
満足度★★★
人間関係を幾重にも重ね交錯させ、その謎めいた中に人の懊悩を描いた野心作のようだ。
登場人物は、作・演出の葭本未織女史も含め6人だが、葭本未織女史は道化として場面転換の役割を担っているようだ。同時にこの公演は彼女の演劇に対する思(重)いのような物語でもある。実質5人という狭い人間関係の中で次々に明らかになる出来事、何となくご都合主義のような気もするが、逆に当初から仕組まれた出会いであったかも...。独自の演劇論を物語の中で激白する、それは葭本未織女史の演劇に対する考えを劇中劇として描いている。説明文は”青春群像劇”であるが、それは表層的なことで、真は心象劇といった印象を受ける。観せようとする熱意、意気込みは感じられる。同時に、悪くはないが青臭さも感じる。
ちなみに、5人全員に関係する重要な人物は、ある邦画を契機に流行りのような演出スタイルとなり、その観方、捉え方は観客次第といったところ。
(上演時間1時間45分)後日追記

YELL!
TEAM 6g
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2019/05/22 (水) ~ 2019/05/26 (日)公演終了
満足度★★★★★
いやあ、笑いました。中盤のコミカルな場面。映像で見たら普通のことなのに、舞台で役者が演じるとこんなにも面白くなるとは!舞台上のすべての役者に敬礼です。
いやあ、泣きました。全力で生きるって全力で死に向かうってことだよな、とシニカルにつぶやいていた学生時代を思い出してしまいました。人が死ぬ間際に叶えたい願い事ってどんなことだろうか?
6年目のリベンジ公演。劇団の想いしっかりと受け止めました。6年前、大雪の影響で泣く泣くキャンセルの電話をした方へ…当時予約したことは間違いではありません。今回迷っているならば、リベンジを決断した劇団にYELLを贈りに、そして6年越しのYELLを受け取りに劇場に足を運んでみてはと思います。

コントラクト
BASEプロデュース
BAR BASE(東京都)
2019/05/11 (土) ~ 2019/05/23 (木)公演終了
満足度★★★★
#コントラクト
55分間の異空間体験。
ほのぼのと言うわけでは無いけれど、家族・親子っていいよねぇと言いたく作品。
再演・再見ですが、やっぱり良いデス!
#米内山陽子 さんの名作

1001
少年王者舘
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2019/05/14 (火) ~ 2019/05/26 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2019/05/19 (日) 13:00
座席1階C2列13番
少年王者館初見。井村昂さん、寺十吾さんを除くとほとんど知らない顔ぶれ。
言うまでもなく、新国立劇場初登場。小劇場と言っても、七ツ寺共同スタジオやザ・スズナリとは違う大きさ、ザ・高円寺よりも大きいのかな。
この尺での舞台は、初めてではないかしら。それにしても、細かい芝居に終始せず、群舞や舞台装置の使い方で、奥行を魅せる空間の使い方はうまい。
確かに、かなり特徴的な芝居作りで、パンフレットを読むと、その独特のスタイルが強く慕われていることがよくわかる。でも、他の方もおっしゃっているように、観客を選ぶ舞台であることは確か。
特にループする会話と演技、挟まれる舞台アナウンス(芝居と劇場の狭間の消去)、セリフの末尾と語頭の連続する言葉遊び、こうしたものは嫌いな人は嫌いだろうと思う。
ただ、何にしても驚愕なのは、大きなループの中にまたいくつものループがあり、それぞれで微妙なズレを生じさせ、ただただ役柄の固定を回避するようなストーリー展開、こうした脚本と演出を、30名を超える役者の方々が淀みなくこなしてしまうことだ。群舞にしても、あの奇妙な振り付けを、今にも手足がぶつかりそうな微妙な距離で踊り尽くすさまは、圧巻。
うん、よいものを観た、というのが素直な感想。では、これから常連として観続けるかと言うと、ちょっと判らない。たまに観るからよいのかとも思いながら、中毒性も強そう。次のタイミングで、体が欲するのかなあ。
ザ・スズナリや、七ツ寺共同スタジオに戻った時に、同じ感動は得られるのか?
その時になってみないと、本当に判らない。でも夢のような時間をありがとうございます。

向井坂良い子と長い呪いの歌
少女都市
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2019/05/21 (火) ~ 2019/05/26 (日)公演終了

ナツヤスミ語辞典
演劇集団キャラメルボックス
俳優座劇場(東京都)
2019/05/18 (土) ~ 2019/05/26 (日)公演終了
満足度★★★★
とても楽しい舞台でした。ナナコの思いが切なくて泣けました。
皆さん中学生と言うことで若い声を出そうとしてか声を張っている感じで聞きにくかったです。

殿はいつも殿(しんがりはいつもとの)
ポップンマッシュルームチキン野郎
インディペンデントシアターOji(東京都)
2019/05/16 (木) ~ 2019/05/26 (日)公演終了
満足度★★★★★
本編前の寸劇も面白かったし、もちろん本編も良かったです。いろんなところに仕掛けが散りばめられていて、笑えました。やかんさん、頑張ってくださいね。
しかし、タイトルに引きずられて本筋を見誤ってしまいました(涙)
殿になぐさめてもらえたからいいか。

向井坂良い子と長い呪いの歌
少女都市
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2019/05/21 (火) ~ 2019/05/26 (日)公演終了
満足度★★★
本題ではないんだけど、“チェルフィッチュのパロディー”とか“アゴラに出ている劇団が言いそうな台詞”とか、全然それっぽくないんだよなぁ。あと、小関さんは全てがネタフリに思えてくるのは、シベ少の印象が強いからよね。

慶應不思議草子
真紅組
近鉄アート館(大阪府)
2019/05/10 (金) ~ 2019/05/12 (日)公演終了
満足度★★★★★
新元号初公演 慶應不思議草子 上手い殺陣と演技
出演者の魅力で、あふれていた。
お芝居の最期に、令和の平和を願っているように歌が続く 良かった。
令和が、良い時代に成ります様に。

恐るべき子供たち
KAAT神奈川芸術劇場
KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)
2019/05/18 (土) ~ 2019/06/02 (日)公演終了
満足度★★★★
初日(プレビュー)観劇。大昔の遊機械◎全自動シアター公演(TVで視た)は別にして・・白井晃演出舞台(=新国立劇場中劇場)には「金の無駄遣い」位の感想しか持たなかったのだが、今回は題材に惹かれて観た。至極真っ当にしっかりと作られた舞台で、奇想天外な装置で勝負、な印象は以前と変わらずだが今回は悪くなかった。度肝を抜く装置以外に何~~んにもない新国立中劇場での2作(「天守物語」「テンペスト」)の詰まらなさはプロデュースの問題だったかも知れないと考え始めたこたびの観劇であった。
原作を知らず映画も観ずにいたジャン・コクトーの「恐るべき子供たち」の話の筋は、明らかにこの系譜の芸術的古典として完成度を持ち、判り易い。悪魔的本性を見せる子供たちの存在は、現在もはや物語世界でも現実でも珍しいキャラクターでなくなったが、ホラーでなく文学作品である事の節度は、子供らの行動に何がしかの理由を与えている点だろうか。
5人の子供たちを男女2名ずつの若い俳優が演じ、他の面々(大人)はコロスとしてほぼ背景に退いている。彼らの年齢は不詳だが、(経済的制約がない分)逃げ場のない純粋な苦悩に支配された身体をよく表現していた。

あさどらさん
十七戦地
座・高円寺2(東京都)
2019/05/16 (木) ~ 2019/05/17 (金)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/05/17 (金) 13:00
座席H列15番
価格4,000円
ながら見も多いが毎日朝ドラを見る生活が長い身として「あのドラマにあったパターンか」と感じたり「朝ドラであれば誰が演じる役どころだろう?」と思ったりもしつつ観て頬が弛みっ放し。
また、母娘の二代記的にすることで朝ドラの例えば「あさが来た」「わろてんか」的なパートと「とと姉ちゃん」「まんぷく」的なパート(描かれている正確な年代ではなく、あくまでイメージ)を同居させたのも妙案。
オープニングとエンディング(あるいはプロローグとエピローグ)で「対をなす」ものというのは「安定した」印象。
この少し前に観たものはエンディングがオープニングの後日譚的なもので、本作はオープニングと同じ人物が同じ動作をするがエンディングでは1人増えているという…
冒頭で客電が落ちないうちから舞台に登場して茶を淹れる蘭子。終盤でそれが再現されるが、その傍らには娘の楽子も(その風景は現実ではなくおそらく楽子の心象風景)。母娘の絆・継承を表すとともに本編の始まりと終わりを飾って安定感を生み出す美しさ。
ところで、劇団鋼鉄村松「息つぎがうまくできない。」は恋愛もの、ズッキュン娘「たいへんよく生きました」は余命限定もの、十七戦地「あさどらさん」は老舗の女主人もの、と悪く言えばベタで既視感ありまくり、良く言えば基本に忠実で王道な作品が4月以降相次いでいる。「温故知新」がトレンドか?
補足すれば敢えてベタな素材や展開を選んで、それを自分流に仕立てて見せることで新たな価値を附加する、的な?
観る側も「それな」とか「そうなると思った」みたいな共感(?)や優越感(?)を得ることができてwinwin、みたいな。

向井坂良い子と長い呪いの歌
少女都市
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2019/05/21 (火) ~ 2019/05/26 (日)公演終了
演劇好きだったはずなのに、呪いの言葉に苦しんでいて、心が固くなって…。続けていく苦しさ、比較してしまう苦しさに共感しました。希望としては、もっとスコーンと気持ちよく勝ち切って欲しかったなぁと思いました。でも、見に行けて良かったです。

殿はいつも殿(しんがりはいつもとの)
ポップンマッシュルームチキン野郎
インディペンデントシアターOji(東京都)
2019/05/16 (木) ~ 2019/05/26 (日)公演終了

「芸術家入門の件」
ブルドッキングヘッドロック
吉祥寺シアター(東京都)
2019/05/18 (土) ~ 2019/05/26 (日)公演終了

ねこのはこにわ
teamキーチェーン
ウエストエンドスタジオ(東京都)
2019/05/17 (金) ~ 2019/05/21 (火)公演終了

5月文楽公演「通し狂言 妹背山婦女庭訓」
国立劇場
国立劇場 小劇場(東京都)
2019/05/11 (土) ~ 2019/05/27 (月)公演終了

赤魚島(あこうじま)
メガネニカナウ
大阪市立芸術創造館(大阪府)
2019/05/16 (木) ~ 2019/05/20 (月)公演終了
満足度★★★★★
誰かが呟いていましたが
まさしく離島サバイバルホラー群像劇
野村さんをはじめ、一人一人の役者さんが鬼気迫る演技で
緊張感のある世界観が表現されている
印象的な役者さんは存在感のある演技の田米カツヒロさん(舞夢プロ)、初舞台とは思えない熱演の秋月美穂さん、目がイッてました田代圭佑さん
名前を挙げて言ったら全員になりそうなぐらい熱演でした
そして、何より脚本/二朗松田さん(カヨコの大発明)、演出/泉寛介さん(baghdad café)が2人のいい意味での変態性が発揮されていました
久しぶりに観た色々な意味でインパクトのある作品、面白かった!
はじめて舞台を観る人には刺激が強すぎる作品

新浄瑠璃 百鬼丸~手塚治虫『どろろ』より~
劇団扉座
座・高円寺1(東京都)
2019/05/11 (土) ~ 2019/05/19 (日)公演終了
満足度★★★★
3月末のひとみ座70周年公演「どろろ」とはどうしても比べてしまう。もっとも自分的にはヒット率の低い扉座を今回は「どろろ」だから足を運んだ。ひとみ座の原作の魅力を見事に舞台上に迸らせた人形劇舞台がやはり完璧すぎた。「どろろ」を扉座が初めて舞台化した2004年の舞台を観たならまた違った感想もあったかも知れぬが。
人形劇との表現形態の違いが、漫画(アニメ)作品の翻案に際しての制約に繋がっていそうだが、好みで言うと「どろろ」の世界の基調は、あの秀逸なアニメ版主題歌(どろろの歌)に尽き、ひとみ座による原作理解は、ラストに総員顔出しでこれを歌った事に表れている。
この作品とこの歌を生み出した戦後の熱い時代は、マス・ストーリーからこぼれ落ちた個のささやかな主張に視線を向ける時代に座を渡すが、2010年代の今日は「権力者も一人の人間」といった個の視点が如何にも陳腐で、むしろさび付いたマスの正論を立て直す時だとすれば、「どろろ」はどう読みたいか。
49のパーツを魔物に奪われた百鬼丸を生んだ張本人・景光の権力欲は、その正当化の論=「乱世を終らせる為」も虚しく今度は民を縛り民から搾り取る権力維持再生産(平和をもたらすためでなく自らの権力のための権力行使)に走る。幾多の先人の轍を踏む景光に対し、やがてマス(=農民ら)が鍬を手に立ち上がっていくラストは、ドラマ構造としても百鬼丸という存在の由来に直結する素直で自然なありようだ。
扉座のそれは、浄瑠璃の型を導入し、太棹三味線に義太夫の謡いが流れる愁嘆の場面が部分的に挿入される。これがあまりうまく行っているように見えないのは、例えば心中物ならば惹かれ合う男女と世のしきたり(大人の事情?ロミジュリ的な)との葛藤というテーマは人間の本性に即し普遍的であり得る、つまり「抗い難さ」がある。愁嘆に相応しいのは抗い難さだ。「どろろ」の登場人物は抗い難さを嘆く姿など見せない。百鬼丸が自棄になってもそこに留まらせぬためにこそどろろは彼に付きまとっていると言っても良い。或いは仇討ち物ならば忠義よりは復讐心、情に全身を委ねるカタルシスが想起されるが、この類型にもそぐわない。
「どろろ」は魔物の類が登場するという360度どこから見てもフィクションな話。権力欲にかられた男が(既にその時点で魔物の存在に幻惑されていたとも)生まれ来る自分の子の体の部分を魔物に与える約束を結ぶ。そして生まれた百鬼丸は手足目鼻耳舌内臓などなど49箇所のパーツを奪われており、父景光の手で殺されようとするが命ある子を生かそうと母の手引きでたらいに入れて川に流される。彼を拾った医師は彼がまだ生きており、心の声を発する事に気付き、手当を与え義足その他を作り、心の声を通じて会話し人並みに暮らせるよう育て上げる。そしてある日、魔物に奪われた体を取り戻せという何者かの声を聴いて旅立つのだ。そして出会うのがどろろというコソ泥。孤児の彼は百鬼丸が危機に及んで使う武器(腕にはめ込まれている刀)に惹かれ、付いていく。そして魔物たちに出会い、戦い、体を取り戻していく。この二人の関係がドラマとして大変魅力的で、どろろは百鬼丸の「刀欲しさ」に付いていく、と説明するがその実は怖い物見たさではないか、いやもっと、人間的に惹かれているのではないか、そして突き詰めれば幼い頃両親に非業の死を遂げられた過去と、響き合うものを感じているのではないか・・決定的なのはどろろが女の子である事。この関係に多義的な、しかし何か必然を認めさせる所が手塚治虫という芸術家の凄みでこの作品の人気の源に思われる。
これを扉座は、「どろろ」を一つの古典として据え、浄瑠璃の型に収めようとした。そして変形を施し、どろろを男のおっさんに変え、百鬼丸を心の声の存在と、身体を(ある程度)取り戻した状態の二体に分離し、心の声には若い女優を当てた。一言で言えば、まだまだ味わう余地のある原作を古典化するのは早い、というより勿体ない。