実演鑑賞
満足度★★★★
ネタばれ
ネタバレBOX
コクーン歌舞伎の『夏祭浪花鑑』を観劇。
喧嘩っ早いが義理人情に厚い団七は喧嘩が原因で牢に入れられるが、国主・浜田家の諸士頭・玉島兵太夫の尽力で解放され、女房と息子に再会する。だが玉島兵太夫の息子・磯之助と恋人・琴浦の仲を悪人によって引き裂かれようとするのを団七、徳兵衛と妻、そして釣船の三婦と協力して助けようとうするが、団七の義父・義兵次が邪魔をし、日頃の悪行への鬱憤から彼を殺めてしまい、追ってから逃げ惑うのであった…。
中村勘三郎と串田和美による『渋谷で歌舞伎を!』を合言葉に始めた芝居。
あまりにも面白すぎたのか、再演、再演の連続、海外での公演と伝説化した舞台である。今回は息子たちが父親の役を演じている。
ここからネタばれ
何が伝説化したか?
義父を殺めて、追っ手から逃げて逃げて逃げ回る団七が観客席を縦横無尽に走り、遂に逃げ切ったかと思いきや、劇場の突き当たりの大扉が開いて、渋谷のネオンを背景に本物のパトカーは劇場内に突っ込んで来て、「団七、無念!」という終わり方に観客全員が唖然としたのである。
当時は紅テントを中心に舞台壊しというのがよくあったが、「まさかシアターコクーンではあり得ないでしょう?」という観客の固定観念を打ち破ったのだ。だから伝説化したのだ。今回も再演なので同じ事を期待していたが、「どうやら違うらしい?」という声が出始めていた。
義父を殺した後、逃げてまわっている団七が庶民に混じり、そのまま大扉が開き渋谷の街並みに逃げて行くので、
『伝説になった大扉の開閉がこんなにも簡単に開いちゃうの?』
『こりゃ、蜷川幸雄の近松心中物語と同じラストシーンではないか!』
と文句を言っていたら、そんなことをしないのが串田和美の美学である。
そこから新たに話が続くのであった。
団七は己が犯罪者だと認識の下、妻と離縁して徳兵衛に預けて逃げる決意をする。徳兵衛の手助けにより追っ手から逃げ回り、遂に大扉まで追い詰められ開くどころか開きやしない。「きっと何かがあるぞ?」と初演を観た観客は期待するが、決してそうはいかない。「団七、もはや無念!」と思いきや彼らのとった行動は…?
初演を観た観客は伝説の大扉の扱いを知っているからか、今作を何倍にも楽しめるようになっているが、それ以上に初演と違うラストシーンにまたもや唖然とさせられるのである。
『伝説の舞台の再演!』と謳っているが、別作品に仕上げてきた串田和美のアングラ精神にはただただ感服させられるのである。
たがシアターコクーンはなくなるので、伝説の舞台を観ることは永遠に叶わないかもしれない…。
実演鑑賞
満足度★★★★
ネタばれ
ネタバレBOX
まつ座の『父と暮らせば』を観劇。
広島原発で父を失い、途方に暮れる娘。
後遺症を患い、絶望している娘を元気づけようと父親が亡霊になって現れ、世話を焼くのであった…。
テーマの重さを微塵も感じさせない軽い感じの笑いや会話の節々から、被害を受けた人びと、被爆国の我々を少しづつ恐怖に陥れいく。
原発の恐怖をいかに世に知らしめるか?と問いかける父親に対して、娘は国家に対して恐怖に慄き、生き
残ってしまった己に懺悔に慄きながらも進んでいく。
原発の恐怖を知らない世代は、いかに彼女と同じように向き合っていけるかを考えなければいけない。
井上ひさしの戯曲は、演出家が変わろうが変わるまいが同じ描き方になってしまうのが特徴であり難点でもあるが、作品の見応えと何かを背負わされて劇場を後にさせてくれるのは間違いない。
こまつ座の公演は、一生に一度ぐらいは観なければいけないだろう。
注:こまつ座は、井上ひさしの戯曲のみ公演する劇団。
実演鑑賞
満足度★★
ネタばれ
ネタバレBOX
ゆうめいの『姿』を観劇。
一昨年の三鷹市の期待の若手劇団の公演で絶賛の嵐だったらしい。
その再演。
父、母、息子の三人の家族の話し。
両親が離婚するらしい。息子も母親の行動にはゲンナリしているので納得している様子だ。そこから父と母の出会い、更なる過去から現在に至るまでが描かれている。
今作の最大の魅力は父親役を本当の父親が演じているのだ。勿論、素人だ。今までの経験したことのない「ポツドール」を超えるリアリティーで攻め込んでくるのかと期待したが、以外や以外、構成力の巧みさ、舞台美術の扱い、小道具の見立、多数の俳優たちが同時進行で同じ役を演じたりと演劇の面白さを味わえる作りにはなっている。
ただそれは過去に観たことのある有名な劇団の特徴的な箇所とそっくりで、目新しいものではない。
特に「チェルフィッチュ」の身体表現をそっくり真似した箇所にはウンザリ。
文句は言いつつも、完成度自体は悪くないが絶賛はしない。
実演鑑賞
満足度★★★★★
ネタばれ
ネタバレBOX
長塚圭史の『王将・三部作』の第一部を観劇。
大阪・天王寺の素人将棋士・坂田三吉は三度の飯より将棋が好きで、家族は迷惑を被っている。
そんな三吉が将棋大会で関根七段に惨敗したことをきっかけに本気で将棋の世界に身を投じ、関根七段に屈辱を晴らそうと躍起になる。八年後、その機会に巡り会い関根七段に勝利するが、その手は決して喜ばしいものではなく、苦し紛れに放った手であった。妻・小春は喜ぶが、長女・玉江は父親の実力の無さと将棋に対する品の無さに激怒する。
娘の叱咤激励に三吉はこれまで以上に将棋に真摯に取り組み、一流の将棋士になっていくのである…。
庶民が感じる不安や矛盾を描くのが長塚圭史の演劇での使命かと思っていたが、北條秀司の傑作戯曲『王将』を選んだことに驚きを隠せないのが正直なところだ。
三吉の波乱万丈の人生をひとりよがりにはせず、家族と仲間たちによって支えられ、群像劇にしているのが特徴だ。更に妻・小春と長女・玉江を陰と陽の関係に当てはめているからか、三吉の成功と妻・小春の悲劇が物語を最高潮に盛り上げる。
まさか長塚圭史に泣かされるとは…。
第一部は人生の始まりだが、第二部、第三部では更に続いていく。
今回は一部だけの観劇だと思っていたが、どうやら残りの三吉の残りの人生の生き様を見たいがゆえ、終演後、チケット売り場に駆け込み散財してしまったのは言うまでもない。
これは演劇史に残る傑作である。
実演鑑賞
満足度★★★★
ネタばれ
ネタバレBOX
iaku の『逢いにいくの、雨だけど』を観劇。
絵画教室に通う仲良しの君子と潤がふざけている最中、潤が失明してしまう。
責任問題に発展し、君子と潤の付き合い、家族間同士の付き合いも途絶えてしまう。
27年後、君子は絵本作家になり名声を浴びるが、君子の作風が潤の描いた絵に似ている為、盗作疑惑が生じてしまう…。
不可抗力の事故によって、加害者と被害者の苦悩とその家族を描いている。
責任問題と周りの気遣いにより、当人同士が会うことすら、謝ることすら出来ない事が傷を深くしてしまう。社会は許す?許される?という定義で考えがちだが、先ずは対話が第一だ。
あらゆることの出来事の傷口を広げるのも狭めるのも、お互いが素直に話し合う事で前進も後退もする。世界で騒がれている社会の分断と比較すると個人の問題は過小に見えるが、問題の根本は一緒である。
実演鑑賞
満足度★★★
ネタバレ
ネタバレBOX
『斬られの仙太』を観劇。
江戸時代末期、厳しい年貢の取り立てにお上からの仕打ちで兄が死に目にあい、
手を差し伸べてくれた天狗党という武士集団に仙太は入る決意をする。
天狗党とは水戸藩の下級藩士を主体に結成された改革派グループだ。
一流の剣術士になった仙太だが、己は農民だという意識を失わず、金品を盗んでは貧しい人達に分け与えている。
そんな最中、世の中は尊皇攘夷で盛り上がり、水戸藩での天狗党は重要な位置を占めていくが、党内でも開国か尊皇攘夷で内紛が起こり、破滅に向かって行くのである…。
仙太が世の中の不平等を感じ取り、農民から武士のカリスマリーダーとして活躍する展開を予想していた、いや期待していたが、市井の目線で、世間をじっと観察しているのが仙太の考えだ。彼とは対照的に天狗党は脇目を振りかえらず、時代の波に急いで乗ろうとしているからか危険極まりない。
思想の対立が物語の軸になっていて、生き急ぐ天狗党と立ち止まる仙太、
ワーグナーを彷彿させる音楽が彼らの人生を刺激的にする。
時代が違えども、普遍的なテーマとして、三好十郎の戯曲はいつの時代にも呼吸することが出来る。
休憩が2回入っても4時間20分はあっという間だ。
満足度★★
ネタばれ
ネタバレBOX
うさぎストライプの『熱海殺人事件』を観劇。
「小劇場の最高傑作を再演するなんて馬鹿げた行為だ」と思う前に、小劇場ファンは必ず
「やるじゃん!」と言いたくなるのが常である。
故・蜷川幸雄がシェイクスピアに惚れていたのかは甚だ疑問だが、アイドルタレントと演劇のダイナミズムだけで台詞満載のシェイクスピア劇をやってのけてしまい、駄作の連発ながら世界のニナガワなんて言われたのはご愛嬌どころでなく、大問題であった。だが蜷川幸雄は傑作戯曲の再演をどのようにしたら成功するかの秘訣を見出したのは間違いない。
じゃ、平田オリザの門下生の大池容子はどうするのだろう?
演劇はちょっとしたはずみや取っ掛かりで、演出家の世界観を観客に没入する事が出来る素晴らしい芸術だ。その没入させる道具を台詞に求めてしまった為か、つかこうへいが平田オリザのお膝元(駒場アゴラ劇場)に闊歩していたようだ。
つかこうへい作品の再演を観る時は、つかこうへいの亡霊は観たくないのである。
鳴呼、失敗作である!
満足度★★★★
ネタばれ
ネタバレBOX
『真冬のバーレスク〜ボードビル3部作』を観劇。
短編集ながら、昔に書かれた戯曲を串田和美流にアレンジしている。
描かれる作中の登場人物たちは、戦時中、暗黒街のシカゴと時代が危険を要している傍ら己の人生を謳歌しているが、世間は決して許そうとはしない。
重い粗筋ながら、串田和美が描くとそこには歌や踊りが交わり、一瞬ながらも人生の華やかさが感じられる。だがそんな眩しい人生も瞬間で終わってしまうが、その先には一体何があるのだろうか?
その答えをクライマックスに持ってくるのがアングラ演劇人・串田和美の真骨頂なのである。
派手で眩しい様に見えるが、何とも言えない気分をラストシーンに感じてしまう観客は私だけではないと思うのだが…。
バーレスクとはボードビル、バリエテ、キャバレーそして寄席芸などとほとんど同義語の19世紀末から20世紀初頭にヨーロッパに広まった大衆芸能でありながら、当時の既成の権威的芸術をぶち壊そうとした大勢の芸術家たちが参加した運動(ホームページにて)
満足度★★★★
ネタばれ
ネタバレBOX
劇団チョコレートケーキの『帰還不能点』を観劇。
戦時中、優秀な若手閣僚が集められ、インドネシアに石油奪回に向けて検討している。果たしてそれが米との関係を含め、吉と出るか凶と出るか?
結果として日米開戦が始まり、敗戦に到ってしまう。
そして戦後、仲間の三回忌で集まった若手官僚たちは、あの時の開戦を何故回避出来なかったのか?議論し始めるのである…。
我々が知り得なかった歴史に焦点を当てている。
負けると分かっていながら米との開戦中止を上層部に提言出来なかった若手官僚たちの苦悩とジレンマ。
上層部の開戦へ向けての密談の模様を、若手官僚たちが当時の首相や大臣を演じながら判断が正しかったかどうか検討していく。
回想形式と錯覚しそうだがそうではなく、若手官僚たちが上層部を演じることによって、知り得なかった細部が見え始めてくる。
そして「絶対に開戦は止められた!」と結果を出したが今では後の祭りだ。そんな彼らも上層部の判断とはいえ敗戦の責任を感じつつ、どの様に落とし前をつけてくるのか?
彼らが取った決して逃げない過去への決着の仕方は見事であり、新しい未来が見えてくるである。
既に今年のベストワンかも?
大傑作である。
満足度★★★★
ネタバレ
ネタバレBOX
青年団『眠れない夜なんてない』を観劇。
昭和天皇が生死を彷徨っている最中、遠い南のマレーシアでは老後の余生を過ごしている日本人達がいる。そこは日本人村と言われ、残りの人生を全うするようだ。
南の島独特の空気が流れていて、時が止まっているようである…。
1980年代に「老後を海外でロングステイ」というライフスタイルが流行り始めた頃の物語だ。戦争経験者世代が余生を楽に暮らすというのが主な理由だが、そこには何かがあるようだが、物語として決して語らない。たわいもない会話の節々で登場人物の心情を読み取るしかないのが平田オリザの世界観だ。
だが今作は実に分かりやすい終わり方になっているので、平田オリザを罵倒した八王子の住職にも勧められる。
満足度★★★★
ネタバレ
ネタバレBOX
二兎社の『ザ・空気 ver.3』を観劇。
国家に批判的だった新聞記者の横松は、今では政治家御用達の評論家に成り下がっている。そんな横松を起用するTVプロデューサー星野は、後輩の自殺について嘘の話を投げかけてみると使命を思い出したかのように隠し持っていた日本学術会議のスクープを生放送で暴露しようとするのだが…。
日本特有の場の空気を読むことによって、意見が言えないもどかしさとジレンマを話しの中心に添えてテーマを明確にしていたのが前二作までだが、今作は直接的に問題の核心をついてきている。
総理大臣を辞任に追い込める最大のスクープを手にしたジャーナリスト、テレビ局が政治圧力がないのに一歩手前で躊躇してしまうのは、空気を読む云々どころでなく「マスコミには勇気すらない!」と嘆いている。終わり方も希望すらなく、ただただ呆然と眺めるしかないのだ。
「頑張れニッポン!」ではなく「どうするマスコミ?」のようだ。
政治問題を正面から捉えて、見応え十分な芝居を作れる演劇人は永井愛だけかも知れない。
お勧めである。
満足度★★★★
ネタバレ
ネタバレBOX
イッセー尾形の『妄ソー劇場・すぺしゃる』を観劇。
80年代の『都市生活カタログ』のシリーズは伝説化して何本も観ていたが、形を変えて未だに演っているとは驚きであった。
各登場人物の癖や仕草が短にいる人物にそっくりで、「いるいるそんな人!」と思う事が面白さの秘訣だと思っていたがそれは大きな間違いで、創作で作られたキャラクターを実際に存在するかのように演じているから面白いのである。
誰もが一度ぐらいは観ておくべき芝居である。
満足度★★★
ネタバレ
ネタバレBOX
『ミセス・クライン』を観劇。
ユダヤ人で実在した著名な精神分析家のメラニー・クラインの物語である。
自殺で息子を失ったメラニー夫人は悲しみに打ち拉がれているようだが、娘のメリッタ(精神分析医)から見るとそのようには思えない。それは娘と息子を常に幼少期からコントロールし、研究対象にしていたぐらいだからだ。そこに同じユダヤ人の精神分析家・ポーラが介入してきて、メラニークラインと娘のメリッタ、そしてポーラとの精神分析の対立が始まるのである。
精神分析家が己の悲しみをどのような論理で解決していくのか?
が物語の流れになっていて、その葛藤が互いに火花を散らしていく様が見所である。
息子の自殺は自分が原因ではないと認めようとしない母親、
幼少期から精神的に束縛られてきた母親への憎しみを持つ娘、
肉親の憎しみ合いを第三者の視点でみるポーラ、
曰く我々観客が親子の愛憎劇を客観的に目撃するのである。
彼の解決方法は常に言葉であり、空気やその場の雰囲気でない。
ナチスの恐怖がユダヤ人に迫ろうが、我々の問題は我々で解決する。
彼らの論理は「外の世界を待たせておく」のである。
満足度★★★
ネタバレ
ネタバレBOX
マームとジプシーの『かがみ まど とびら』を観劇。
ある日、大事にしているぬいぐるみを親が捨てようとしているのを知った女の子は、それをどうにか阻止しようと鏡から窓、そして扉を超えて外の世界に向かおうとしている。そこで一体何を見つけたのか?
今作は小さな子供も観劇出来るような作りになってはいるが、これが意外や意外に侮れない作品になっていて、未知の世界へ行く為の境界線とそこに必ずある鏡と窓と扉。それが大きなテーマになっていて己の捉え方によっては世界の隅々まで観えてくる仕掛けになっている。
「子供のイマジネーションに負けてたまるか!」という勢いで大人も能動的に観劇に立ち向かわないと観客失格になってしまうようだ。
満足度★★★★★
ネタバレ
ネタバレBOX
木ノ下歌舞伎の『糸井版・摂州合邦辻』を観劇。
昨年冬に初演を迎え、今回は再演。
ここ十年の演劇史の中では最高傑作である。
大名・高安家の跡取りの俊徳丸は許嫁・浅香姫がいて将来が約束されているが、家督を継ぐことが出来ない異母兄からは妬まれている。
厄介なことに年が殆ど違わない継母・玉手からは求愛をされている。
そんな折、俊徳丸は癩病に侵されてしまい父への不幸を詫び、許嫁を捨てて家を出てしまう。
俊徳丸は西へ向かうのだが、病気の為に目が見えなくなり身体もボロボロだ。許嫁・浅香姫は彼をどうにか探し当て、偶然にも玉手の父母に助けられ匿われることになる。
その玉手も世間の噂も顧みず愛する俊徳丸を探しに出て、実家に立ち寄るが父になじられしまう。
遂に玉手が俊徳丸を見つけ出すが、娘の行為に堪りかねた父は娘に手をかけるが、玉手の命を賭けた無償の愛の告白を聞いた瞬間、茫然してしまうのであった…。
上演時間が25分も長くなり、前作でやりの残したことを加えて時間が伸びたようだ。その分、幕間が入り玉手の直球の愛がやや断ち切られた感じが否めないが、作品のテーマを明確出してきたようだ。
ただ今作の見所は玉手の俊徳丸への愛の告白が最大のクライマックスになっており、それを聞いた瞬間、観客全員の魂が震えてしまうのは約束する。
お勧めである。
満足度★★★
ネタバレ
ネタバレBOX
Pityman(ピティーマン)の『みどりの山』を観劇。
違法ながらも代理出産が出来る産婦人科医があるようだ。
今では男性も出産が出来、好意や借金の返済の為に行っていたりと様々な人達が滞在している。
当然、誰が親なのかは知る由もないが知りたくなるのは本望だ。
そんな問題も抱えつつ皆が仲良く出産まで過ごしている最中、三人の患者が一度に出産をするが、産まれてきたのは人間と魚の半魚人ようだ…。
日本で禁止されている代理出産を海外で行っている人がいる事は知っていたが、ダウン症の子供が産まれ受け取りの拒否した親がいたという事は知らなかった。
今作は代理出産の是非を問う展開に行くのか?と思わせつつ、最後の最後に親が子を拒否するという事を問題提起しているようだ。
ただ直接的ではなく、恐ろしいほど寓話的に。
満足度★★★
ネタバレ
ネタバレBOX
Qの『バッコスの信女・ホルスタインの雌』を観劇。
日本一理解出来ない三大劇団は『ワワフラミンゴ』『鳥公園』『Q』だ。
だがその『Q』が岸田戯曲賞を取るという快挙を成し遂げたようだ。
今作はギリシャ悲劇『バッコスの信女』をベースにしていて、それに基づいた展開に近いのかもしれないが、観たこともないので全く分からず。
バッコスの信女で登場するコロス(合唱隊)の登場もあり、顔が人間で身体が牛の半獣、犬、主婦らでテーマの人間の性の営みをR指定–18というぐらいに大胆に描いている。テーマは理解出来なくもないが、これが生の舞台で観劇をしながら捉えられるか?というと甚だ疑問である。
ただ「岸田戯曲賞を取ったのだから必ず面白いはず!」と無理矢理に思い込んで観ていても駄目だったようだ。
岸田戯曲賞は戯曲の出来不出来の判断で決まり、舞台を鑑賞しての結果ではないので審査員は今作を生の舞台で観たらどうなのだろうか?
数々の岸田戯曲賞受賞作品を観たが、初めて撃沈されてしまったようだ。
満足度★★
ネタバレ
ネタバレBOX
劇団献身『知ランアンドガン』を観劇。
日の目を見る事がない演劇青年・浅見が彼女との別居を決めて、クリエイターが集まるシェアハウス(トキワ荘)みたいな所に引っ越す。
そこは才能があるものしか入れず、浅見も提出した戯曲が認められて入所したようだ。
そこは寄付金で賄っているが、コロナの影響で金が集まらなくなり住まいも取り壊しになるのだが、クリエイター達は演劇作品を作って金を得ようとするが、コロナが収束する気配もなく上演する場所がなくなり窮地に追い込まれてしまう…。
コロナで表現する場所がなくなり、苦境に追い込まれた己の才能を信じる者たちの物語である。
前回に観た作品もそうだが、どうやら30歳というのが演劇青年の人生の分かれ目のようだ。演劇人の目標である岸田戯曲賞を勝ち得た人たちは、概ね20代で受賞しているからだろう。
演劇は新聞で大々的に広告を打とうが、偉い方からお褒めの言葉を得ようが、観客を満足させなければあっという間に落ちていく日本の文化シーンで一番厳しい世界かもしれない。つまらなくても大ヒットしてしまう映画とは大きな違いだ。
そんなことを考えさせる作品でもあったが、『才能』というテーマ主義が災いし物語をおざなりにしてしまったからか、語るに値しない演劇作品になってしまったようだ。
満足度★★★★
ネタバレ
ネタバレBOX
東京夜行の『BLACK OUT』を観劇。
演劇界の演出助手の話し。
小劇場で何度か公演を行なっている作・演出の真野は、30歳を目前に今後の生き方を模索している。
「このまま鳴かず飛ばずのままで終わるのか?」
昔の演劇仲間から商業演劇の演出助手の依頼がきて、嫌々ながらも待遇の良さに引き受ける事になる。
戯曲がコロナを扱っていて主演のアイドルとヒロインが病原菌の拡大と共に拒絶し始めるが、内容の変更などで乗り切っていき、もう直ぐ初日だという時に都からの要請により公演中止になってしまう…。
舞台が公演を迎えるまでのスタッフと役者たちのドタバタを描きつつ、コロナで公演も打てない、仕事すらない演劇人はどのようにすべきなのかを問いかけている内容だ。
演劇人が志しを高く持とうとするが、それに立ち向かえない無念さが嫌がでも伝わってくる。
それは創作をしている人たち全員に共通している事だ。
ここで描かれている演劇人の苦悩が、「今作のBLACK OUTが本当に初日を迎えられるか?」と同時進行させているリアリティは抜群だ。だからか社会背景とドタバタ感の融合が面白い作りになっている。
コロナを扱ったのはこの劇団が最初だと思うが、危険が大きいながらも初日を迎える事が出来た「東京夜光」には拍手を送りたい。
タイムリーな内容ながらも、今作の面白さは保証する。
満足度★★★★
ネタバレ
ネタバレBOX
野田秀樹の『赤鬼』を観劇。
一流の映像、舞台俳優を簡単に集められる野田秀樹だが、無名な若手俳優を集めての公演。
過去にイギリス、タイ、日本バージョンがあり、それぞれの国の俳優を使って何度なく公演していたものの再演である。
周りを海に囲まれた島で暮らす島民。
海の向こうに何があるのか?すら知らない島民は、浜辺に流れてくるゴミが唯一の情報源だ。
そんな最中、同じ言語を話さない『赤鬼』が流れつくが、島民は得体が知れない為か恐怖におののいてしまう。そこで村八分にされている『ある女』『とんび』『ミズカネ』がコミュニケーションを取り始めると少しづつではあるが交流が始まっていく。だが島民は『赤鬼』に興味は示すが排除しようとする気運が高まって行く。
そして『赤鬼』と『ある女』たちは生命の危機を感じ島から脱出をしたのだが…。
排除する側とされる側を明確にした内容だ。いまの時期を狙っての公演かというと偶然だったらしいが、初演は1996年というから驚きだ。
自分は他人に対して差別は一切しないと思い込んでいながらも、生活圏に相入れない他者が入り込んでくるといとも簡単に拒んでしまう。差別意識を寓話にしているからか、己に食い込んでくるメッセージが重くのしかかる。普段から差別という事を心しておかないと、無意識のままに他者を追いやってしまうから厄介なものだ。
テーマは強烈ではあるが、そこまでして描かないと観客には決して届かないという野田秀樹の叫びが大きく木霊する。
大人数の若手俳優が狭い四角い舞台を走って、走って、走り回り、人間スローモーション、見立てなど『夢の遊眠社』時代を彷彿される舞台であったが、イギリス留学以降の野田秀樹の戯曲には希望が全くないのである。