Takashi Kitamuraの観てきた!クチコミ一覧

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ざくろのような

ざくろのような

JACROW

座・高円寺1(東京都)

2019/05/29 (水) ~ 2019/06/02 (日)公演終了

満足度★★★★

組織の中で生きることと、自己を生かすことは両立するのか。業績不振でリストラが始まった電機メーカー・サントー(三洋ー電機がモデル)の開発職場を舞台に、どの会社、どの組織にも通じる問題を、問いかけるように描いて見事だった。

職場、特に大手企業の職場の人間関係を描く演劇は珍しいのではないか。おもに6人(プラス人事担当2人)の登場人物の、上司と部下という立場の違い、能力の違い、性格・生き方の違いが引き起こす軋轢が、見ごたえあるドラマになっていた。職場空間をいくつかのユニットの組み合わせで作った美術もよかった。中央の塔はなんだろうと思っていたら、最後は、日中の企業の勢いの違いを象徴的に示していた。

ネタバレBOX

ラストで、主人公の開発リーダーが「おれはいままで、この会社の自由に研究できる環境が好きなんだと思っていた。でも違った。おれはおれを必要としている人のために働くのが好きなんだ」と語る。そして、サントーはもう俺を必要としていないから辞めると。この言葉には、組織の中の働きがいの核心があると思った。

二年前の「テアトル」4月号掲載の受賞作を見ると、このシーンで会社を辞める理由はただ「上司と喧嘩したから」だった。これが完全に書き換えられて、くだんのセリフに新たに発展していた。再演の大きく向上したところだと思う。
オフシアター歌舞伎「女殺油地獄」

オフシアター歌舞伎「女殺油地獄」

松竹

新宿FACE(東京都)

2019/05/22 (水) ~ 2019/05/29 (水)公演終了

満足度★★★

中村獅童のギラギラした若さと、一線を超えてしまうあやうさが見ごたえがあった。大人計画の荒川良々が殺される女の夫役など二役をしていて、歌舞伎とは異質のユーモアが、舞台を新鮮にして面白かった。ただ、特設舞台の四方をパイプいすを並べて囲むので、観劇条件はあまりよくない。5列目の私の席からは前の人が邪魔で見えないところが多かった。とくに舞台の上をのたうち回る殺しの場面に身切れが多かった。これは残念だった。
油まみれの凄惨な殺しの場面が有名だというが、予想していたほど血なまぐさくなかった。あまりむごたらしい演出は流行らないということだろう。

それにしても、中村獅童の主人公・与兵衛は遊び人だが根は素直で、悪い人には見えない。しかしいったん殺しに手を染めた後は、虫も殺さぬ顔で相手の家に線香をあげに行くふてぶてしい人物になる。この人間の心理は測りかねた。ラスコーリニコフとは対照的。人格の一貫性を重視する近代的な人間理解とは違うということだろうか。

骨ノ憂鬱

骨ノ憂鬱

劇団桟敷童子

すみだパークスタジオ倉(そう) | THEATER-SO(東京都)

2019/05/21 (火) ~ 2019/06/02 (日)公演終了

満足度★★★

冒頭は東京、荒川沿い。一平が妻を殺したという告白から始まり、「僕の少年時代は7歳で終わった」と、50年前の東京五輪のころ、九州の山村の旧家の大家族の話に飛ぶ。殺された妻も常に舞台の隅にいて、夫の7歳の時の体験を見ることになる。

そこは、祖父の大旦那が林業で成功して人財産を築いたが、今は長男が後を継ぎ、林業も斜陽が始まり、家族関係もギクシャクし始めていた。一平の父は次男で家業を手伝い、、三男は中学校教師である。隠居しても精力的で圧倒的な存在感のある1代目と、善良だが小人物の2代目の三兄弟。そして、いつも母親の陰に隠れている3代目の幼い一平。代が下るほど生活力を失っていく構図は「ブッデンブローグ家」のようだと、これは後で気づいたことである。

原田大二郎が破天荒な1代目を生き生き演じていた。客演の斉藤とも子が祖父の後妻として、この崩れそうな旧家を支える気丈な女性を演じて貫禄があった。個人的感想としては「黄色い叫び」よりよかった。一平役の稲葉能敬は、少年時代はずっと、黄色い帽子を目深にかぶり、感情を見せないナレーター役で影のような存在だったが、このナレーターがメリハリがあってよかった。

旧家の素朴な人たちのズレと諍いが、時にユーモラスに時に力強く演じられる。どこに感情移入してみるか、多焦点のドラマでモヤモヤした。ただ、愛していながら、愛がうまく伝わらない、自分の思いとは全く違うことをしてしまう、人間の切なさ、悲しさが最後には残った。

ネタバレBOX

一平の父が起こした決定てきな事件(ひき逃げ)がもとで、一家は財産を失い、バラバラになる。でも、この事件が一平の妻殺しの原因というのは無理があるし、作者もそう書いてはいない。結局、平成の夫婦のもつれと、昭和の家族の軋轢が結びつくようで繋がらない。そこは物足りないし、見ていても不完全燃焼の思いが残った。
ドン・ジョヴァンニ

ドン・ジョヴァンニ

新国立劇場

新国立劇場 オペラ劇場(東京都)

2019/05/17 (金) ~ 2019/05/26 (日)公演終了

満足度★★★★

ドン・ジョヴァンニとツェルリーナの誘惑の二重唱から、ソプラノのアリア、地獄落ちの迫力ある音楽まで、間然することのないよい舞台だった。聞かせ処の曲曲を聞くという点では、コンサートのように考えると良いかも。タイトルロールがソプラノでもテノールでもなく、バスというところがこの作品のユニークなところ。そこいくと、テノールのオッタービオの歌は優等生的な愛の歌でつまらないな~と思ったのだが、それは素人の浅はかさ。テノール歌手の出来は最高だったらしく、カーテンコールではテノールのガテルが一番拍手が大きかった。

また、その伝でいえば、筆頭ソプラノのドンナ・アンナよりも、二番手のはずのドンナ・エルヴィーラに女心の複雑さと奥深さを魅力的に感じた。捨てられても捨てられてもドン・ジョヴァンニへの愛を大切に持ち続け、最後もジョヴァンニを救うために駆け付けるのは、行動的で、ただの馬鹿な女とは言えない。

獣の柱

獣の柱

イキウメ

シアタートラム(東京都)

2019/05/14 (火) ~ 2019/06/09 (日)公演終了

満足度★★★★★

ありえない超常現象を、リアリティーをもって舞台に引き起こすという点で、前川知大のイキウメは抜群のセンスと力量を持つ。今回も、高知の片田舎の隕石拾いの話でしっかり足固めしたうえで、人々に幸福感を与える巨大な柱が空から次々降ってくるという超大風呂敷を現出させてしまう。あっぱれというしかない。その転調の頂点ともいえるのが、主人公の二階堂進が消える場面。そこでは観客の時間さえも恍惚感のなかで盗まれていた事が分かり、我々も舞台の異常現象の当事者になってしまうのだ。

柱は人が増え過ぎた都会を壊滅させ、人々は田舎に分散して暮らすようになる。作中でも言及されるバベルの塔の暗喩につながるものがある。2051年の世界では、新しい暮らしを始めた人々の間で、昔と同じように有力者の身勝手が始まり、それにへつらうおべっか使いが増え始める。決して前面に押し立てるわけではないが、現代文明批評の要素もあることはこの劇団の強みである。

山の声 ― ある登山者の追想 ― オリジナルバージョン

山の声 ― ある登山者の追想 ― オリジナルバージョン

オフィスコットーネ

Geki地下Liberty(東京都)

2019/05/17 (金) ~ 2019/05/19 (日)公演終了

満足度★★★★

「山の声」は昨年10月に見たが、今回は大阪のオリジナルキャスト(二人)による初の東京公演。初めて見た時の「冬山体験」が再び味わえた。今回は、加藤文太郎が愛妻と愛娘の写真を相棒に見せて「どや?」「どや?」と、相手が「かわいいなあ」というまで、しつこく迫るのがおかしかった。遭難死する最後の、妻子の夢と同様、妻子への愛が前回以上にくっきり見えた。

作者大竹野正則の評伝劇「埒もなく汚れなく」では、天才・大竹野と凡人の妻の軋轢や、大竹野に対する妻の不審と嫉妬が強烈だった。しかし、遺作「山の声」で、大竹野は妻恋歌をうたっていたのだとわかった。

ネタバレBOX

「埒もなく」のアフタートークで話していたが、舞台には2人しか出ていないのに、猛吹雪のために裏で6人の役者が紙吹雪を散らしているそうだ。今回の舞台は、その吹雪の陣頭指揮を大竹野の奥さん小寿枝さんがとっていたそうだ。プロデューサーの綿貫凜さんは「愛情をもって雪を降らしていて、とてもかなわない」と、今回のトークで話していた。吹雪の降り方もこの芝居の見どころなのだろう。
佐倉義民伝

佐倉義民伝

劇団前進座

国立劇場 大劇場(東京都)

2019/05/11 (土) ~ 2019/05/22 (水)公演終了

満足度★★★

重い年貢にあえぐ佐倉389村の農民たちを救うため、将軍への直訴を決意した木内宗五郎。身を捨てて宗五郎を助けた甚兵衛の渡しの場と、死罪を覚悟して妻子と別れる「子別れの場面」が見どころと言われている。今回初めて見たが、渡しの場の甚兵衛の活躍はあまりに一瞬で、感動する暇がなかった。「子別れの場」はセリフとしては簡単至極、いわばとんとん拍子に心が通じていき、「あれっ」と思ったが、家を宗五郎が出た後、追いすがる子供と、それを振り離す宗五郎の「所作」がみどころとわかった。
今回、一番の物語の肝になったのは、51年ぶりに演じたという「光然祈念の場」。いたいけな子供たちが、宗五郎夫妻の前で首を切られた様子を語るセリフに、客席でも一番忍び泣きが聞かれた。

現代劇のように親子のつらい別れに感情移入することはできなかったが、いいものを見たという心地よさは長く残った。それはなぜかと考えると、日常生活とは別世界の体験に、心が浄化されたのではないかと思う。あるいは様式的な舞台の「美」にふれた効果だろう。加藤周一が「見るなら古典劇。伝統なき現代劇は見てもつまらない」という趣旨のことを言っていたのは、この「美」があるかどうかの違いではなかったろうか。

ネタバレBOX

子別れは大雪の冬。その後の将軍への直訴は紅葉の寛永寺。1年近くたったことになるが、つらい別れの後、年貢問題を脇においたまま1年潜伏か何かしたとは考えにくい。しかも、最後の場面はサクラサク春で、子別れから1年半たったことになるが、乳飲み子だった三之助は乳飲み子のまま。(季節の通りならもう2歳だろう)直訴場面をもみじの美で華やかに見せるための季節の設定と思うが、ストーリーとはずれる。季節のちぐはぐについて、製作側はどう考えているのだろうか?
いずれおとらぬトトントトン

いずれおとらぬトトントトン

文学座

文学座アトリエ(東京都)

2019/05/09 (木) ~ 2019/05/21 (火)公演終了

満足度★★★

1964年の東京五輪直前の精神病院を舞台にしたナンセンスコメディー。舞台は病室を模し、6人の患者がいるところに、7人目の男が刑務所から回されてくる。この男が、規律・規則・禁止で骨がらみにされた患者たちの心に、再度自由な精神を取り戻させていく。騒動を起こす男は、そのたびに治療と称して電気ショックで痛めつけられ、最後は骨抜きになったように見えたが…。最後のシーンに、夢を追うことのすばらしさを感じた。小さな別世界での寓話である。
1時間40分と短めの芝居なのだが、途中、精神病患者たちの妄想や強迫観念に付き合わされるのはくたびれた。

1001

1001

少年王者舘

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2019/05/14 (火) ~ 2019/05/26 (日)公演終了

満足度★★★★★

とにかくすごい。妙に心地よい言葉遊びと、悪夢のような反復と、戦争の罪の歴史さえも記憶の断片が元に戻るギャグにしてしまう。物語のカギを握る少年は分裂し増殖し、向かい合わせの二枚の鏡の間に立った時のような、無限に続く自分の鏡像をのぞき込むような体験。現実と演劇の境界さえ崩れ、終わるようで終わらない、果てしない物語に身を任せる2時間15分。
総勢38人が登場する少しずつずれた群舞と、見事にそろった群舞の、それぞれが対比して醸し出す美と調和もすばらしい。
いろいろ演劇は見てきたが、今まで見たこともない唯一無二の時空間の舞台。舞台のセリフと同じく、「終わりたい」(「終わらない」「終りない」…)と口では言いつつ、無意識ではいつまでも続いてほしいと願っていた。

木の上の軍隊

木の上の軍隊

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2019/05/11 (土) ~ 2019/05/19 (日)公演終了

満足度★★★

沖縄戦が終わってから2年間も木の上に隠れ続けたふたりの兵士。村人たちが島に帰ってきたのを知って、若い現地兵が「戦争は終わったんじゃないかな」というのに、上官は「こんなでかい敵軍の宿営地があって、終わったわけがないじゃないか」という。そのとき、ぱっと、今の沖縄の米軍基地のことが思い浮かんだ。そうか、米軍基地が沖縄に居座り続けて、日本の戦争はまだ終わっていないのだと。
芝居では若い兵士が「日本は戦争に負けたとうことですよ」と、続くのだが。

再再演で私も3回目の観劇。上官が出征前に駆け込み結婚した醜女の妻を、初夜に抱こうとしなかったら、妻から「私にも選ぶ権利があるわ」と逆肘を食う場面は今回も笑ってしまった。

WILD

WILD

東京グローブ座

東京グローブ座(東京都)

2019/04/28 (日) ~ 2019/05/25 (土)公演終了

満足度★★★★

スノーデンをモチーフにした社会派戯曲ということで見に行った。3人の登場人物の、いったりきたりの、わかりにくい会話が延々と続くので、「これ、社会派なの?」と、いい加減じれてくると、最後に意外な結末が待っている。ジャニーズのイケメン・中島裕翔目当ての若い女性客で客席はいっぱい。

米国の追及を逃れてロシアのホテルに隠れ住む主人公のもとに、謎の女が現れ、「仲間になれば支援する」と持ちかける。女がいなくなったかと思うと、別の男が現れてやはり「仲間になれ」と。謎の二人の正体は? 主人公の選択は? と思わせられるが、会話は堂々巡りやすれ違いで、ほとんど話は進まない。
ネットの監視や、権力の介入の話もほのめかされる程度で、具体的に新味のある話はでてこない。

この戯曲の社会派たる所以は、個々のセリフや(スノーデンが暴露した)政府による監視・検閲活動への批判にあるのではない。最後の最後になって、私たちの足元の大地がぐらりと揺らぐように、周囲の現実がすべて不確かであることが明らかになる。観客も今まで見てきたことが全て崩れるような不安とめまいに襲われる。セリフではなく「舞台」そのものを通じて、現代の情報化社会がいかに不確かで不安定であるかを体験させる。


改訂版「埒もなく汚れなく」

改訂版「埒もなく汚れなく」

オフィスコットーネ

シアター711(東京都)

2019/05/09 (木) ~ 2019/05/19 (日)公演終了

満足度★★★★★

孤高の劇作家・大竹野正則の評伝劇。天才は寡黙で正体がつかめないところが、天才だ。それを支える妻は、凡人ゆえに、身勝手が天才に振り回される悲哀を免れない。西尾友樹、占部房子の主演のお二人がよかった。とくに、夫婦げんかの場面。占部さんの悲痛な叫びは胸に刺さった。

ネタバレBOX

去年からオフィスコットーネの大竹野の芝居をいくつか見たが、いずれも大変ユニークで、面白い。趣向が破格で、人間を深く探っている。
終演後のトークで聞いたが、大竹野は存命中、全く無名だったそうだ。平日は仕事があるから、芝居は週末三日間の5ステージくらい、動員数は150-300人だったそうだ。この戯曲の水準から見て、信じられない数字だ。それが死後、戯曲集が出版され、ぐんぐん評価を高め、東京でも上演され、評伝劇さえ作られた。

大竹野は寡黙で一人になりたがったが、なぜかいつも周りに人が集まってきて、彼を支えていたそうだ。突然の海での遭難後も、その延長で、遺された人たちが大竹野の芝居を世に広めた。現代の石川啄木、宮沢賢治ではないだろうか。
ハムレット

ハムレット

Bunkamura

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2019/05/09 (木) ~ 2019/06/02 (日)公演終了

満足度★★★★★

岡田将生のハムレットは、従来の憂鬱な悩めるハムレットではなく、活気あふれる行動的ハムレットであった。オフィーリアも、狂気にすごみがあった。回り舞台と、塔を配して高低差のある装置もすばらしい。オフィーリアとハムレットの衣装がどんどん変わっていくのも新鮮だった。その衣装はだんだん崩れていくもので、物語の進展をビジュアル化していた。有名な「生きるべきか、死ぬべきか」の独白場面を、塔の上で首を吊るかどうかという仕草で見せるなど、演出も見事だった。

王妃ガートルードは悪女なのか、事情を知らない罪のない女なのか、評価が分かれるところだが、今回は、罪のない浮気な女だった。それが無理がないように思う。

ノルウェーの王子フォーティンブラスの話は、最期以外カットされることが多いが、今回は冒頭と中盤でも出てくる。おかげで復讐のための軍拡という物語の背景がうかびあがり、そこに現代性を感じさせた。

休憩は別にして2時間半。通常の上演より短い。それでいて、カットを感じさせない。(でも、オフィーリアの死を報告するガートルードのセリフはカットされていると感じた。本来は凝った情景描写のある長いものだから。でも、カットしたほうがよかった。)上演台本もよくねられたもので、よかった。

名セリフをひとつ。「この世のタガが外れてしまった。それをただすために生まれてきたのだ。俺は」。故北条元一さんが論じたように、この「Time is out of joint. Set it right」(大要)に、この芝居の核心があると思った。そのためには、自分も含めた多くの犠牲が必要だったわけだが。

拳KEN ~土門拳とその弟子たち

拳KEN ~土門拳とその弟子たち

平石耕一事務所

シアターX(東京都)

2019/04/23 (火) ~ 2019/04/26 (金)公演終了

満足度★★★★

舞台の最前列に腰までの高さの黒い板(台幕?)をおき、人形劇のような出入りで俳優たちが動く、変わった演出だった。しかも音楽劇。いつもとは一味も二味も違う舞台経験だった。土門拳役の俳優・根岸光太郎は、平石耕一事務所の看板俳優で、今回も舞台の中心にどっしり構えて全体をよく引き締めていた。

ネタバレBOX

ラストの、死んだ親友が降らせてくれたかのように、室生寺に待ちに待った雪が降ってくる場面はぐっと来た。
ブロードウェイミュージカル「キンキーブーツ」

ブロードウェイミュージカル「キンキーブーツ」

アミューズ/フジテレビジョン/サンライズプロモーション東京

東急シアターオーブ(東京都)

2019/04/16 (火) ~ 2019/05/12 (日)公演終了

満足度★★★★

三浦春馬(とエンジェルス)の歌とダンスが抜群によい。小池徹平の歌も素晴らしく、とにかく日常を忘れてノリノリに楽しめる舞台だった。
イギリス製造業の倒産・失業の危機を、アブナイ(ショー)ビジネスに活路を見出すというのは「フル・モンティ」を連想した。パンフをみると、キンキ―ブーツの演出家はフル・モンティの演出もしていたそうで、なるほど!と納得した。第2次産業から第3次産業(サービス産業、特に娯楽ビジネス)へという歴史観は三谷幸喜の「日本の歴史」とも共通している。

人生問題の一つ一つの掘り下げをもう少し深めたら、去年の「メアリー・ポピンズ」に並ぶ、さらに感動を増す舞台になると思う。

良い子はみんなご褒美がもらえる

良い子はみんなご褒美がもらえる

パルコ・プロデュース

赤坂ACTシアター(東京都)

2019/04/20 (土) ~ 2019/05/07 (火)公演終了

満足度★★★

演劇を見たというより、コンサートに行ったという感じの舞台だった。音楽は、不安と憂鬱の現代音楽、オーケストラを認められた喜びの曲、大佐の登場に合わせた滑稽なほど大げさで荘厳な祝典曲、など意外とバラエティーのある音楽だった。それぞれに劇の内容を観客に伝える大きな役割を音楽が持っていた。

ただ台本は少々抽象的すぎて、ぴんと来ない。70年代のソ連での自由はく奪が、今の日本にどれだけ意味があるのか。もちろん大事な問題だと頭ではわかるのだが、体と心がついていかなかった。

ネタバレBOX

最後に、二人は大佐の勘違い(機転?)によって釈放される。政治犯のアレクサンドルが、楽器は何もできないんだと劇の始まりでは言っていたのに、最後に、オーケストラの指揮台に昇って、タクトを振る。そして調和の和音をオーケストラが奏でて大団円(ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」のように)となる。

冒頭の「楽器は出来ない」という発言を、「音楽は出来ない」ととると、自らに枠・限界を設けていた最初の状態から、その枠を破って精神の自由を得たラストととる事も出来る。
作者は当時のソ連批判を強く意識して書いたらしいから、私の解釈が作者の意図と沿うのかどうかはわからない。ソ連的統制社会はそのままでも、考え方次第で自由は得られるとなってしまうから。
背中から四十分

背中から四十分

渡辺源四郎商店

ザ・スズナリ(東京都)

2019/05/01 (水) ~ 2019/05/06 (月)公演終了

満足度★★★★

笑いあり、人生の影と光あり、思いがけない趣向あり、たいへんいい舞台だった。ホテルの男性客と女性マッサージ師のふたりが軸であるが、マッサージをネタに、こんな面白くて深い芝居が作れるのかと、発想の妙に感心した。
深夜のホテルの部屋に男がやってくる。やけに態度がでかくて、時間外に豪華な食事のルームサービスを要求し、マッサージも要求するかと思うと、遅れているツレと頻繁に携帯で連絡を取る。ホテルで待つツレというと、ちょっと危ない関係を考えてしまうが、マッサージの女性が現れることで、話は意外な展開に……。
畑澤聖吾さんの作・演出と、男性客の斎藤歩とマッサージ師の三上晴佳の、コミカルさと説得力のある演技に大きく拍手したい。1時間35分。

ヒトハミナ、ヒトナミノ

ヒトハミナ、ヒトナミノ

企画集団マッチポイント

駅前劇場(東京都)

2019/04/10 (水) ~ 2019/04/21 (日)公演終了

満足度★★★★★

障害者の入所施設を舞台に、障害者の「性」の問題、福祉・介護の現場が出会う矛盾を描く。シリアスになりやすい題材だが、あけっぴろげなおばさん主任(竹内都子)、出入りの太った金持ち社長(辰巳智秋)が、絶妙のツッコミをいれて、終始笑いが絶えない。出演者に合わせた当て書き(あるいは台本に合わせたキャスティング)が非常にはまっていたし、出演者も、それにこたえて、実に生き生きとしていた。
ほかの人も書いているが、インゲン豆の細かい胚芽とりという、膨大な単純作業の繰り返しが、会話劇の最中、ずっと続けられているわけだが、これは苦労が多くて報われることの少ない障害者介護の見事な隠喩としてみえた。
昨年9月の「逢いにいくの雨だけど」につづく、横山拓也作品の二回目の観劇。前作も、ジーンと考えさせられるものが後を引いた(今も続いている)が、今回も、障害者の性というだけでない、仕事と人生、夫婦の絆の問題、社会の不寛容の問題、地方と都会と、多面的な問題を映し出す舞台だった。全6場(多分)。100分休憩なし、割とコンパクトな芝居

障害者役の尾身美詞も、一途な雰囲気が良く出ていた。ロシアのチェチェンの中学校人質テロ事件を描いた「US/THEM わたしたちと彼ら」の、疲れを知らずに動き回る中学生役も圧倒されたが、今回は車いすに乗って時々出るだけなのに、存在感があった。

ネタバレBOX

自堕落で闇を抱えていると思えた男性職員(加藤虎ノ介)が、実は最も真摯に障害者の人生に寄り添っていたという、どんでん返し的なストーリーは、まったく予想外の展開だった。障害者の性の問題という第一段階から、障害者に限らない、性に限らない「愛」の問題、発達障害の人が直面する社会の壁という第二段階に、主題がグッと高まる。二重構造で、作品の奥行がさらに深まっていた。

若い職員役の税所ひかりも、初々しい新人職員を好演していた。あとで今回が初舞台とあって驚いた。
彼女の両親の交通事故が、実は母親の不倫絡みという、打明話は全く思いもしない話だった。舞台の背面に小さいけれど、目立つ陰影を加えた。隅々にも手を抜かないこうした細部も光っている。かつての同級生の男女が、別の相手と結婚後も付き合っているという設定は「逢いにいくの雨だけど」では核心部分だった。今回も少しそれに似ている。少しドキリとさせられた。
春のめざめ

春のめざめ

KAAT神奈川芸術劇場

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2019/04/13 (土) ~ 2019/04/29 (月)公演終了

満足度★★★★

14歳の少女と、中学校(ギムナジウム)の少年たちの性の目覚めを描く。官能的にリアルに性が感じられる。しかしオトナたちの怯懦と無理解が悲劇をもたらす。何もない簡素な美術と、ホイップクリーム(?)を精液に見立てて壁に塗りたくるなど、シンボリックで無機的な演出だが、俳優たちの肉体と演技は生々しく、自慰シーンでは思いがけずこちらも熱くなってしまった。

思春期の純真さが規律と因習で潰されるのは、ヘッセの「車輪の下」を思わせる。ドイツ的主題なのだろうか。
いっぽう、この舞台をもっと微笑ましくロマンチックにしたのが「小さな恋のメロディー」。いずれも昔流行った作品だ。小学校で性教育が取り入れられ、多少は性意識がひらけてきた現代では、この芝居がこのまま青少年に訴えるというわけにはいかないだろう。
伊藤健太郎君目当ての女性客で会場はいっぱいだったが、どういう感想を持ったんだろうか。男目線の演劇だと思ったが。休憩なし2時間10分

ネタバレBOX

友人が落第を苦に自殺し、身ごもった少女も堕胎がもとで死ぬ。最後、感化院から逃亡した主人公も死ぬかと思うと、メフィストフェレス(らしき謎の男)に導かれ、社会へと旅立っていく。演出はうまかったが、超自然的存在を登場させないと、救いをしめせないのは弱点ではある。リアルを通せば悲観主義しかない、そこにせめてもの光を示したかった、作者の願望であり、妥協である。
新・正午浅草

新・正午浅草

劇団民藝

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2019/04/17 (水) ~ 2019/04/28 (日)公演終了

満足度★★★

淡々と死を待つ老人を見事に現前させた枯れた芝居。89歳の吉永仁郎の作・演出と、85歳の水谷貞雄が、79歳の死去直前の永井荷風を描いたのだから、枯れた老人芝居であることは、狙い通りの成功と言えるだろう。70分休憩15分65分の計2時間半
若いカメラマンが、かつての反骨の精神も加齢とともに弱まった荷風を批判するところで、活気付く。戦時中に菊池寛の挨拶絵お断り、芸術院会員も蹴った反骨ぶりも良かった。
同時に、昔の恋人のウタにも、濹東綺譚のモデルのユキにも、荷風が結局は冷たく去っていくところに、荷風の根っこにある冷淡さを感じた。その人生態度は、戦争にも反戦にも熱くならず、世を冷笑して過ごした覚めた姿勢と共通するだろう。

水谷の、スローな動作と、しわがれた台詞回しの、枯れぶりがうまかった。しかも、永井荷風によく似ていた。背広に下駄履きの冒頭から、似てると実感。それにしても、なぜ背広に下駄だったんだろうか。

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