ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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せかいいちのねこ

せかいいちのねこ

日生劇場

日生劇場(東京都)

2023/08/19 (土) ~ 2023/08/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ヒグチユウコさんの絵本の世界。舞台中に描かれた花やキノコや胞子は、グロテスクな深海の風景にも見える不思議。原生林の生い茂る樹海深く、美しく怖ろしい無意識の底。宙を飛ぶトビウオ、艶めかしい陰葉植物。この美的感覚はテレーサ・ルドヴィコの『ピノッキオ』とだぶり、やはりサントリーのウイスキー・ローヤルCM「ランボー編」を思い出す。こういう無意識内を旅する世界観は小川ちひろさんの人形美術、人形劇団ひとみ座とすこぶる相性がいい。美術の松生紘子さんによる絵本をめくると背景が飛び出してくるような工夫の効いたセット。
被り物の猫達を演ずる山田うんさん率いるダンスカンパニー「Co.山田うん」。バレエのような軽快で派手な振り付けが印象に残る。後ろ脚をクイッと宙空に蹴る。

主人公ニャンコ役は松本美里さん。往年の大山のぶ代風味で子供達を夢中にさせる。
子供部屋のぬいぐるみ達が夜中になって動き出すというのは『トイ・ストーリー』の世界観。驚くのはぼっちゃんの趣味。へびにたこ、そして謎の生物アノマロ。蝉の幼虫だと思っていたが、5億年前に生息したアノマロカリスのことだった。勿論、化石でしか存在しない。このマニアックな陣容がニャンコに忠告。ぼっちゃんの成長と共に薄れていくであろうぬいぐるみへの愛情。不安を掻き立てられたニャンコは本物の猫になる為にアノマロに跨がり、「ねこのヒゲ」を集める冒険の旅へ。

曲はQUEENや久石譲っぽかった。「こうしてこうしてこうなって〜」と、これまでの展開をダイジェストで説明するブリッジ曲が最高。その度に物凄いスピードで何度もコミカルに全登場人物が踊りまくる。この演出は見事。

何とも言えない不思議な後味。やたら脳裏に引っ掛かる世界観。大人の絵本。

2020ネンマツ?

2020ネンマツ?

劇団ダブルデック

シアター風姿花伝(東京都)

2023/08/11 (金) ~ 2023/08/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

開場すぐにガチガチの集客と熱気。何だこりゃ、異様なムード。客のノリもさっぱり理解不能。アウェイの感覚で覗き見た。ドリフターズ&志村けんRespect。「シェー」なんかもあった。笑いの種類的には全く好みじゃない。上京大学生のコンパのノリ。「うわ、こりゃ失敗した」と思いつつ、凄く練られている構成、繰り返されるブリッジ曲とドリフ・ダンスに段々と嵌っていく。90分のリズムネタとして秀逸。台詞から合いの手から表情から全て完成された一本の作品。この系の笑いが嫌いな自分でも面白かったのだから、好みの観客には絶品だろう。
「この人、好きだな」と思っていた女優が終演後調べたらマタハルさんだった。何か良いよね。

ネットの大型番組、5人の挑戦者が賞金一億円を掛けて夢を追う。馬術選手(吉川瑛紀〈ひでき〉氏)、ピン芸人(ワタナ・ベリヨさん)、料理人(マタハルさん)、モテたい男(加藤将隆氏)、歌手になりたい女(小山ごろーさん)。コロナで番組が中断され、3年後まさかの再開。

ネタバレBOX

アフタートークで謎が解けた。FM NACK5のパーソナリティ、斉藤百香さんがゲスト出演の回。熱狂的なリスナー・ファンが集結していたのだった。異様なノリの納得がいった。今の時代にもこれだけ濃いファンを獲得できるのなら、ラジオというコンテンツも面白い。小劇場を根城とする劇団と相性がいいのかも。
メルセデス・アイス MERCEDES ICE

メルセデス・アイス MERCEDES ICE

世田谷パブリックシアター

世田谷パブリックシアター(東京都)

2023/08/11 (金) ~ 2023/08/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

凄い好きな話。ティム・バートンは即映画化すべき。こういう話を創作出来る才能に憧れる。子供の頃、夜布団で読み始めたら面白過ぎて読み終わるまで眠れなかった系の物語。雰囲気は『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』。舞台美術も凝りに凝っている。こういうのこそが真の子供向け。子供はメチャクチャ好きな筈。チケットが高すぎるのが残念。

今泉舞さん目当てで何の情報も入れずに観た。知らない役者ばかりだったが全員最高の座組。(松尾諭〈さとる〉氏だけ『シン・ゴジラ』で知ってた)。

ある街に巨大な高層タワーが数十年掛けて建設され始める。巨大な影を落とす為、Shadow Pointと呼ばれた。皆がそれを嫌ったが、一人の女の子だけはその工事を愛した。
ロージー役東野絢香さん、この人の表情が魅力的。いい配役。ずっと観ていられる。
彼女のお母さんドール役は大場みなみさん、偉く綺麗だった。
魚屋の一家の息子、ティモシー(斉藤悠氏)も“影のタワー”を好きだった為、いつしか二人は付き合い始める。
その母親サンドラ役は今泉舞さん。二役を演じて間違いない存在感。

タイトルロールの細田佳央太(かなた)氏は「影のタワーの王子」として君臨する。
ハーフっぽい美人がいるな、と思っていたらヒロイン・豊原江理佳さん。ラッパ屋の『2.8次元』を観ていた。華がある。

客席通路を駆けずり回って子供達を喜ばせる演出。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

蜘蛛の巣のマント、鼠の毛皮のマント、センスがいい。トルテが美味そう。タワーもカッコイイ。
朗読劇『ひめゆり』

朗読劇『ひめゆり』

新国立劇場演劇研修所

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2023/08/10 (木) ~ 2023/08/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

実話実名だけに逃げが効かない。これを実体験した人間がこの世に実在することに打ちのめされる。きちんと時系列で「ひめゆり学徒隊」を説明してくれるので理解がし易い。たった三ヶ月の話なのか。嘘みたいだ。
石垣島出身の原作者の宮良ルリさん(飯田桃子さん)の視点から、彼女達が何を体験したのかを克明に描く。島から共に沖縄県立女子師範学校一部に合格した根岸美利さん、小林未来さん、松村こりささん。皆学校の先生になる筈だった。
極限の状況でも人間は人間であろうとする。教師は生徒一人ひとりを守ろうとし、生徒は教師を信じ抜く。死ぬことよりも怖いことが非国民にされること。地獄の不条理の中、気高く在ろうとする。

演出も一流。太田博少尉作詞、音楽教師・東風平恵位(こちんだけいい)作曲の「別れの曲」が名曲。
是非観に行って頂きたい。

ノストラダムス、ミレニアムベイビーズ。

ノストラダムス、ミレニアムベイビーズ。

劇団身体ゲンゴロウ

シアターバビロンの流れのほとりにて(東京都)

2023/08/06 (日) ~ 2023/08/11 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

痛み痛み痛み。ノストラダムスの大予言を生き延びた2000年生まれのミレニアム・ベイビーズ。2012年小学六年生、あるクラスのささやかな青春。前年には東日本大震災で地獄を見せ付けられた被災地が舞台。
痛み痛み痛み。虐めでしか安心出来ない人間関係。やられたくなければやるしかない。誰もが誰かを憎んでいる。惨めな劣等感を癒す為には更なる弱者を踏み躙るしかない。痛みの連鎖。惨めな連鎖。
勿論誰一人幸せにはなれない。誰もが心の底の憂鬱を引き受けて生きるしかない。

男子と主人公の母親役をやった柳町明里さんは雰囲気がある。

ネタバレBOX

amazarashiの「夏を待っていました」みたいな鮮烈な絵が欲しい。何度も聴き直したくなるのはその力。こういう作品には『リリイ・シュシュのすべて』もそうだけれど圧倒的な美しさが必須。醜さの説明は簡単で、でもそれだけでは人の心を打たない。陰惨な事件は求めずとも連日世界中に撒き散らされているだろう。藤子不二雄Ⓐの漫画、『少年時代』なんか今思い返しても素晴らしかった。
ソフトボールの試合のシーンなど演出がずば抜けている部分もあるが、全体的に無駄が多い。要らない情報ばかり。絶対に裏切らない親友に裏切られてこそ映画。「まあそうだろうな」の連発では安い。作家のやりたいことが判るだけに歯痒い。
主人公とりょうの関係性を軸に少年の視点から見えたちっぽけな世界から綴っていくべき。全員のドラマを公平に語ろうとするから物語があやふやになってしまった。(匂わせる程度でいい)。

母親の恋愛が相手の息子の訴えで消えるのはドラマとしておかしい。りょうの行動が突発的で発達障害っぽい。視点が混線、混乱、何を見せたいのか作家の肚が決まっていない。もう一手踏み込んで欲しい。
桜の園

桜の園

パルコ・プロデュース

PARCO劇場(東京都)

2023/08/07 (月) ~ 2023/08/29 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

原田美枝子さんは生で観れるだけで有り難い存在。八嶋智人(やしまのりと)氏は今作の主人公でもある。松尾貴史氏は凄い存在感。成河氏は足が速い。川島海荷さんだとはなかなか気付かなかった。世界一不幸な駄目男、前原滉(こう)氏。村井國夫氏は久保酎吉テイスト。竪山隼太氏はカッコイイ。安藤玉恵さんは味がある。川上友里さんは好き放題。チェーンソー片手の不穏な永島敬三氏。中上サツキさんの役がよく分からなかった。

ネタバレBOX

第二幕、天野はなさんがメイド服姿でトランスでノリノリに踊る。そこが今作一番の見せ場。市川しんぺー氏は「8.6秒バズーカー」のはまやねんのコスプレに見えた。
終わり方を見付けられぬままずるずるずるずるエピローグが続いていくよくあるあの感じ。自分にとっては喜劇でも悲劇でもなく、ただの失敗作。外人を有難がるのはもうやめにしよう。
ガチガチに日本映画の本流で滅びゆく者達の侘び寂びにこだわったほうがいい。徹底してうんざりした悲劇が過ぎて、どこか笑えてくるような喜劇が望ましい。

これが古典のリライトではなく、完全な新作だった場合、訳が分からないホン。誰もが知る古典の現代風解釈という視点だけで成立している。
原田美枝子さんの役は大竹しのぶさんに見えた。演出家の好み?
六英花 朽葉

六英花 朽葉

あやめ十八番

座・高円寺1(東京都)

2023/08/05 (土) ~ 2023/08/09 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

〈大正ロマン〉
こちらの配役も甲乙付け難い傑作。2回目だけに今回の方が面白く感じた。もう一度観てみたい程。
中野亜美さんのジェスチャーは本当に絵になる。無声映画のカリカチュアライズした動きがピッタリ。この人は凄い。

こんな作品を観せられるとただただ参る。2つのヴァージョンを観ないと勿体ない。まだ観るべき余地があるのでは。広瀬正の小説みたいに読めば読む程、世界が広がっていく。2つの異なる役を当たり前のように演じる役者達。恐ろしい。

ネタバレBOX

クライマックスの火事の絵が弱かった。(東京大空襲に繋げるにはもっと火勢が欲しい)。

説明が欲しかった部分。

昭和2年(1927年)「口話教育の父」と呼ばれた西川吉之助が手話を一切認めない口話法教育を推進。読唇術で相手の言葉を読み取り、口の形を真似ることで発声を覚えさせた。昭和8年(1933年)鳩山一郎文部大臣が手話を明確に否定。ろう学校でも手話は全面的に禁止された。1996年「ろう文化宣言」等により「聴文化」に対して、手話や視覚を基本とした「ろう文化」という考え方が広まる。国が手話を公式に認めたのは2009年。

筆談は恥ずべきことという考え方が広まり、悲観した苗は自殺に至る。(「昭和モダン」の中野亜美さんの持つ悲劇性がこの役にぴったり)。

作家の書く小説にだぶって聾唖者の娼婦、苗の物語が綴られる。玉の井の私娼街、「この先、道は狭いですが抜けられます」の看板に、ここから決して抜けられない娼婦達への皮肉を思う。
この話こそ小説内なのではないかと思える仕掛けが随所に見られる。苗の死の走馬灯に朽葉が語る『散り行く花』の活弁が重なる。何処からが虚構で何処までが虚構なのか、全てを観客の解釈に委ねている。

ラストの台詞も凄い。「人生が一本の無声映画なら、私達活弁士はその作品が出来うる限り魅力的であるよう熱弁を振るわないといけない。せめてそれだけは約束しような。」
朗読劇『この子たちの夏』1945・ヒロシマ ナガサキ

朗読劇『この子たちの夏』1945・ヒロシマ ナガサキ

公益社団法人 国際演劇協会(ITI/UNESCO)日本センター/地人会新社

シアタートラム(東京都)

2023/08/05 (土) ~ 2023/08/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

全員号泣。アメリカで大ヒット中の『バービー』と『オッペンハイマー』。「Barbenheimer(バーベンハイマー)」なんて造語が生まれSNS上で二作の合成画像がバズり、ミーム(ネットの流行り)となっている。バービーの髪型にキノコ雲を合成してアフロヘアーにしたものや原爆投下を背景にオッペンハイマー博士の肩に乗った笑顔のバービー。それに「忘れられない夏になりそう」なんてワーナー公式アカウントが好意的にコメント。こうなると世界唯一の被爆国日本は黙っていられない。署名運動にまで発展した。自分は「たかがパロディじゃないか」と冷ややかに思っていたが、今作を観て考えを改めた。日本人だけはこの十字架を何処までも背負っていかないといけない。逆に日本人が忘れてしまえば一つの不幸話に消費されてしまう。これは日本人が民族として語り継ぐべき民話であり、神話だ。この口承文学は永遠のもの。

1985年初演の被爆した母子の手記の朗読劇。一度は足を運ぶ価値は十分にある。誰もが皆知っている話なのに初めて聞くような痛みと衝撃。地獄とこの世の終わり。何故自分がこんな目に遭わないといけないのか?そしてこの体験に意味はあるのか?外国人の感想を聞きたい。

「今までの悪かったところを許してね。母さん、よか場所ばとっとくけんね」

「女夜叉になって
 おまえたちを殺したものを
 憎んで 憎んで 憎み殺してやりたいが
 今は
 母さんは空になって
 おまえたちのために鳩をとばそう
 まめつぶになって消えてゆくまで
 とばしつづけよう」

ネタバレBOX

やはり胸を打つのは母と子の物語なのだろう。原爆を抜きにしても悲痛な別れに心が張り裂ける。ただ思うのは家族なしで死んでいった無数の人達。誰にも思い返して貰うこともなく歴史の闇に消え去った。想って貰えるだけ幸せなのかも知れない。
六英花 朽葉

六英花 朽葉

あやめ十八番

座・高円寺1(東京都)

2023/08/05 (土) ~ 2023/08/09 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

〈昭和モダン〉
周防正行の失敗作、『カツベン!』にガッカリした映画ファンに贈る無声映画の活動弁士もの。「映画の父」と呼ばれるD・W・グリフィス監督、リリアン・ギッシュ主演の『散り行く花』が印象的に使われる。昔何故か自分もこの作品に嵌っていてサントラまで買ったことがある。スタンリー・キューブリックが『シャイニング』でカットごと引用してオマージュを捧げた。そしてやはりウディ・アレン『ギター弾きの恋』だろう。とにかく演劇と映画の境目に生じる一瞬のきらめきがこの劇団の強み。痛みと慈しみ。昔どうしようもなく好きだったバンドの曲が不意に流れてきたような、あの気持ち。ずっと可愛がっていたけれどいなくなってしまった野良猫、似たような猫を久し振りに見掛けたような感慨。いつも不思議な気持ちにさせてくれる。

六英花(6枚の花弁を持つ肥後系の花菖蒲)。

主演の金子侑加さんは観る度に美しくなっていく。今作ではもう全盛期の森下愛子だった。文句なしの看板女優。声色が化物。
中野亜美さんは泣かせてくれる。今作が代表作になるのでは。モブの役の身振り手振りも最高。ファンは絶対観逃してはならない。間違いなく泣ける。
鈴木彩愛さんも最高だった。
田久保柚香さんの発する痛み。

何重にも仕組まれた映画の構造。その人生ですら映写してしまう。映像と音の組み合わせのモンタージュ。貪るように喰らいつく観客。彼等は何を求めているのか?自分等は何を観せたいのか?

是非観に行って頂きたい。

朗読音楽劇 ひめゆりの唄 2023

朗読音楽劇 ひめゆりの唄 2023

ひめゆりの唄2023上演実行委員会

ウエストエンドスタジオ(東京都)

2023/08/04 (金) ~ 2023/08/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

オープニングは上石神井琉球エイサー会。大太鼓のリズムが美しく勇ましい。締太鼓、パーランクーがリズムで絡み合う複雑な構造。大したもの。
脚本構成とピアノ演奏の野崎倫央氏、カーテンの袖に隠れてしまっているのが勿体無い。ステージでずっとピアノを弾き続けて欲しかった。
出演者は台本片手に朗読と歌、楽曲のレベルが高く歌も本物。実力派で揃えた。
現代の日本、大嶋奈緒美さんは沖縄から上京して家庭を持っている。沖縄のお婆ちゃんがぽつりぽつりと重い口を開いて語り出したのは、遠き少女時代の話。十六歳で「ひめゆり学徒隊」に動員させられた、あの日々のこと。
先生になるのが夢だった谷口あかりさんは林耕太郎氏との仄かな恋心を冷やかされる普通の少女。弟(上原麻夢さん)にからかわれ、優しい母(桑野結女凛さん)に励まされ。当たり前のような日々が地獄に変わる悪夢。少女の一人、仁科ありささんに見覚えがあったような。

凄く丁寧に作られているので好印象。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

シナリオをもう少し捻った方がいいかも。直球すぎる。朗読劇はラジオドラマと同じくト書きが武器になる。観客の想像力を巧く刺激すれば無限の情景を無料で見せることだって出来る。お婆ちゃんが私と娘に語る額縁を作る方法もあった。話したことと話せなかったこと。話したかったことと話したくなかったこと。
エルマーとりゅう

エルマーとりゅう

人形劇団プーク

紀伊國屋ホール(東京都)

2023/07/27 (木) ~ 2023/07/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ずっと気になっていた人形劇団プーク。やっと観ることが出来た。林由未さん造形の人形、人間は正面の顔に比べ横顔はぐっと押し潰されている。不思議な造形だった。2.5次元?
『エルマーのぼうけん』シリーズも有名な割に一度も読んだことがなかった。
話は2作目。どうぶつ島に囚われていたりゅうの子供ボリスを野良猫ミミと一緒に救い出した9歳のエルマー。さて、がれき町の家に帰ろうとりゅうの背に乗って飛び立つも嵐に遭ってカナリヤ島に墜落。そこのカナリヤ王国は狂気に満ち溢れていた。

音楽の富貴(ふうき)晴美さんはケルト音楽っぽい曲調で唸らせる。
出遣い(役者が顔出しで人形を動かすスタイル)で行われる為、役者の表情も見えて盛り上がる。皆声がアニメ声で歌える。会場を埋めた子供達を如何に楽しませるか?子供に受けるシーンが想像もつかない場面なので驚いた。(「志村、うしろ!」が一番受けていた)。
嵐の表現で灰色のビニール製の無数のフリンジを靡かせて二人の役者がぐるぐる廻る。印象的。

何か皆楽しそうに演っていて、昔田舎町で観た場末のサーカス団みたいにいい感じ。

ネタバレBOX

楽譜が暗号で、その曲に付けられた王家に代々伝わる歌が宝のありか。「歌の内容そのまんまじゃねえか、気付けよ!」と思いつつ。
バナナの花は食べられる

バナナの花は食べられる

範宙遊泳

KAAT神奈川芸術劇場・中スタジオ(神奈川県)

2023/07/28 (金) ~ 2023/08/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

入手杏奈さんのファンは必見。
この劇団はかつて『心の声など聞こえるか』を観たことがあり、もう二度と観ることはないと思っていた。(つまらない訳ではなく、この方法論に興味が湧かなかった。LIVEでいいじゃん)。
だが入手杏奈さん出演で即チケットを購入。イメージ的には役者の生演奏をバックにダンサーとして踊るんだろうな、と。
劇場に着いて愕然。二幕3時間休憩5分のガチガチのストレート・プレイ。嘘だろ。入手杏奈さんは全く踊ることがなく、途轍もなく憂鬱な役を見事に女優としてこなした。滅茶苦茶鬱になった。素晴らしい。

埜本幸良(のもとさちろう)氏演ずる「穴ちゃん」。アル中詐欺師だった彼は一念発起してこの世界の苦しんでいる人間を救おうと決める。まずはマッチングアプリに登録。出会い系のサクラメール131通一通一通に心のこもった返信をする。
そのメールは全通、福原冠氏演ずる男が送ったものだった。「穴ちゃん」に興味を持ったサクラ男は実際に会ってみることに。何となく互いのことを気に入った二人は探偵的な仕事を始める。「穴ちゃん」は男に「百三一(ひゃくさい)君」という仇名を付ける。この二人が甲乙つけ難い魅力でMVP。

頭のおかしい人が作った『探偵物語』、『傷だらけの天使』、『紳士同盟』みたいな。スビード感があり、「穴ちゃん」と「百三一君」の怒涛の喋りを聴いているだけで酔ってくる。岸田國士戯曲賞を取ったのも殆ど意味のない言葉の洪水のうねりの中に、巻き込まれた審査員がヘロヘロにされたんだと思う。そのうち観客はこの物語は凄くシンプルな事しか言っていないことに気付き始める。「全ては必然だ」。

全く難解な作品ではない。落ち込んでいる人が少し元気になれるような物語。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

声帯を切られ記憶喪失のまま病院で意識を取り戻した謎の男。スマホの音声読み上げ機能にスピーカーを付けた物を首から下げている。死の淵から甦った際に、『DEATH NOTE』の「死神の目」と同じ能力を手に入れる。死ぬことが確定している人間の死ぬ日付と時刻が見えてしまう。「クビちゃん」と名付けられたその男が物語のキーマン。演じるは細谷貴宏氏。

「百三一君」と付き合うことになる巨乳、「レナちゃん」役は井神沙恵さん。舞台の中で心の声を入れていく手法は面白い。

アル中のヒロイン、アリサ役は入手杏奈さん。本来は健康的なガチガチのダンサーなのだが、酒に浮腫んだ女を役作り。今作しか知らない人は本来の姿を想像出来ない筈。

アリサを金で買う労務者役は植田崇幸氏。

良かれと思ったことが人の心をズタズタに切り刻んでしまう、善意の誤ち。アルコールに逃げてゆっくりとした自殺を図る者達。そこら中に乱反射する痛みだけが人から人へと弾き、弾き返される繰り返し。

「クビちゃん」の音声読み上げはアイディアとしては抜群だが、話のテンポがかなりスローダウン。そこから何か流れが悪くなった。
後半もちょっと話がまとまらない。アリサのエピソードが自然に流れたらもっと盛り上がった。
犬と独裁者

犬と独裁者

劇団印象-indian elephant-

駅前劇場(東京都)

2023/07/21 (金) ~ 2023/07/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

本当にこの作家は天才だと思う。このレベルの新作を毎回書き下ろしていたら本来はもっと評価されないとおかしい。こういう作品こそ新国立劇場で掛けるべきだろう。
劇団名は「印象」と書いて「印度の象」の意味だったりする。

ロシア帝国キエフ(現ウクライナのキーウ)出身の作家ミハイル・ブルガーコフは1891年に生まれる。1917年3月、ロシア革命(二月革命)によりロシア帝国は崩壊。臨時政府と労働者・兵士の代表機関「ソビエト(評議会)」の二重政権状態に。1917年11月、「ソビエト」内の派閥「ボリシェヴィキ(多数派)」を率いたウラジーミル・レーニンが武装蜂起。臨時政府を打倒し新政府「ソビエト」を樹立(十月革命)。1918年からロシア内戦が本格化。ソビエト軍(赤軍)とそれに反旗を翻した白軍(はくぐん)=白衛軍。(反革命軍と呼ばれたが、彼等が反対したのはレーニンが権力奪取した十月革命に対して)。1922年に赤軍が勝利。1924年レーニンが病死。その後を継いだヨシフ・スターリンは自身の権力を絶対的なものにする為、人類史上最大級の虐殺を行なった。スターリン政権時代の犠牲者は約30年間で死者2000万人とも4000万人とも言われる。(虐殺者数トップは中国の毛沢東、ヒトラーは3位)。遠藤ミチロウは自身のバンドに世界で最も憎まれた男の名前を冠した。

この激動の時代をスターリンと同時期に生きたミハイル・ブルガーコフ。医師から作家へと転身、劇作家としても多くの戯曲を残した。白軍に従軍した経験をもとに書いた処女長編『白衛軍』など。作風は社会風刺、体制批判、ソビエト連邦への痛烈な皮肉。かつての下層階級の屑が支配階級になって慌てふためくドタバタを笑った。勿論、発禁と上演禁止で追い詰められ、どんどん生計を立てられなくなっていく。

物語は追い詰められたブルガーコフにスターリンの評伝劇の依頼が。かつてスターリンはブルガーコフのファンであり、『トゥルビン家の日々』や『ゾーイカのアパート』を15回観たとも言われる。特別に上演禁止から守ったとさえも。
憎むべき独裁者を讃美する作品の依頼に葛藤するブルガーコフと、その周辺の芸術家達。

こう聞くと敷居が高く難解そうな芸術作品だと身構えるだろう。だが全くのエンターテインメント。何でこんな話をメチャクチャ面白く味あわせられるのか?そこが才能、何か手塚治虫っぽさを感じる。登場人物一人ひとりのキャラが立っていて、それぞれの立ち位置と目的を観客に手早く理解させてくれる。スターリンだのソ連だの全く興味無くても存分に楽しめるように作られている。(勿論、知っていたら更に楽しめる)。才能とはここのセンスの違いなんだろう。本当に凄い。

この作品では三つの物語が奏でられる。第一は前妻と妻がブルガーコフという天才に愛されることを願う話。彼の作品に関われることへの無上の喜び。第二はブルガーコフが自分が本当は何を描きたいのか自身の無意識の中にダイヴしてそれを探す話。第三はグルジア(現ジョージア)の田舎者、ソソの話。彼はロシア語が苦手でロシア人から犬のように扱われる貧しい青年。

こういう作品を新作として味わえる幸福。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

6年前に別れた前妻、リュボフィ・ベロゼルスカヤ役は金井由妃さん。彼女のキャラの面白さが観客をぐっと掴み、初期黒澤明映画の常連女優・中北千枝子を思わせる。
現在の奥さん、エレーナ・ブルガーコフ役は佐乃美千子さん。阿川佐和子や香川京子を彷彿とさせるスラリとした美人。綺麗な人だった。個人的MVP。
天才作家ミハイル・ブルガーコフ役は玉置祐也氏。どんどん太田光に見えてくる。
舞台美術家の友人、ウラジーミル・ドミートリエフ役は二條正士氏。加瀬亮を美形にした感じ。
モスクワ芸術座の女優、ワルワーラ・マルコワ役は矢代朝子さん。松島トモ子を思わせる強い目力。
謎の幻覚の男、ソソ役は武田知久氏。若き柄本明と嶋田久作を足したような異形さ。彼が無学で愛らしい野良犬から、手に負えない悪夢のような巨大な化け物に変貌する様が今作の肝。戸棚から飛び出すシーンは興奮した。クローネンバーグのような日常から非日常が転がり出すシーンが巧い。

会場は蒸し暑く、そのせいか居眠り客も多かった。具材を無理矢理鍋に詰め込み過ぎて、後半は生煮えの料理になってしまったようにも。
もっと女性視点の話をメインにするべきだったとも思う。本筋とは一見関係ない女達の話の方が興味深かった。

『ファウスト』のように想像力の限界に悩むブルガーコフをメフィストフェレス(代表作『巨匠とマルガリータ』を使うならヴォランド)が案内するスタイルも有り得た。時を遡りグルジアの貧しき詩人、ソソに乗り移ったブルガーコフ。赤いインクの代わりに人間の血を使い、紙の上ではなく世界に詩を刻んでいく。“鉄の男”と一体化し世界に向かって高らかに謳い上げる、己の鉄の意志を。そして自分が為したことにハッと我に返り現実に目が覚める。スターリンの昂揚とブルガーコフが一体化する必要があったと思う。その上での否定。

ラストのスターリンとブルガーコフの対峙はカッコ良かった。失明したブルガーコフは「俺はこの暗闇をインクに詩を綴ってやる!」と宣言。殺戮の赤い詩を暗闇で呑み込んでやる、と。

ちなみにブルガーコフの代表作、『巨匠とマルガリータ』はローリング・ストーンズの『悪魔を憐れむ歌』の元ネタと言われている。
これが戦争だ

これが戦争だ

劇団俳小

ザ・ポケット(東京都)

2023/07/22 (土) ~ 2023/07/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

アフガニスタン戦争に2002年から2014年まで参加したカナダ軍。タリバンを支援しているパキスタンとの国境に近い南部カンダハール州に派遣された。そこでは子供を使った自爆テロが連日起こり、兵隊の精神は壊れていく。

部下思いだが女癖の悪いスティーブン・ヒューズ軍曹は北郷(ほんごう)良氏。KENTA風味の保阪尚希っぽい色男。
作家が自身を投影しているような女兵士、ターニャ・ヤングは蜂谷眞未さん。何となく吉野公佳っぼい妖艶さ。
直情的なガキ、田舎者の新兵・ジョニー・ヘンダーソンは遊佐明史(あきふみ)氏。ジャルジャルの後藤淳平っぽい。彼の起伏の激しい感情表現が今作の肝。MVP。
軍医クリス・アンダースは大川原直太氏。西田良と泉谷しげるを足したような渋味。

帰国してインタビューを受ける軍人達。あの日アフガニスタンのカンダハールで何が起きたのか?皆がその日をその前夜を現地に到着した日のことを思い出す。口にはしない個人的な出来事の数々。煙草とポーカー、やたらキスシーンがある。

ネタバレBOX

正直、良い作品とは思わない。
アフガニスタン政府軍が水攻めでカンダハールのタリバン塹壕を攻撃、100人以上溺死させた。
この非人道的な作戦を止められなかったカナダ軍兵士達の葛藤。モデルになった事件があったのかも知れない。

その日、ターニャはジョニーとの喧嘩で基地に待機させられる。連れて来られた腹を裂かれた地元の少年を救急ヘリに乗せようと基地と交渉。何とか成功させる。
ジョニーは少年兵の自爆テロに遭って大怪我。
軍曹は救急ヘリを待つがターニャがヘリを使用してしまった為か、全然やって来ない。アフガニスタン軍の軍事行動を横目で見ながらもそれどころじゃない。
軍医は数日後、その現場で腐った死体の山を見ただけ。

登場人物とこの事件はほぼ関係していない。この事件についてのインタビューを重ねる内に封印された真実が暴かれる訳でもない。酷く残酷な事件について聞かれながら、彼等が思い出すのは刹那的な男女関係や不安や焦燥、心の奥底で求めていた安らぎについて。(多分それが作家の狙いだろう。彼等の共有していた“ある種の感覚”を作品化すること。その為のキス)。『これが戦争だ』とは思わない。せめて隠していた心の暗部を、どうしても隠さなければならなかった心の闇を、物語に込めて欲しかった。

戦争を皆勘違いしている。日本の歴史では、勝った戦争(日清日露)は良い戦争で、負けた戦争(日中、大東亜)は悪い戦争。敗戦後すぐに朝鮮戦争で大儲けして国を建て直した事実。(唯一、原爆だけは想像を絶する破壊力で人間の憎悪すら吹っ飛ばしてしまった。人間対人間を超えて神の意志、啓示すら感じさせるもの。この先はもうこれ以上ないと実感させた)。

戦争はいけないが戦争に至るまでの暴力は肯定するのか?紛争ならいいのか、事変なら?日本が中国に攻め入った流れも、ほぼ今回のロシア・ウクライナと同じ。正当化正当化正当化。現地の日本租界を守る為。中国軍によるテロを鎮圧する為。自作自演の偽旗作戦。アジアを欧米支配から解放させる為。今のロシアは核兵器を持った大日本帝国だ。どんなオチになるかは日本人なら分かっている。

家に強盗が入って力尽くで追い出そうとする。それが戦争。警察(国連)に助けを呼んでも静観され、「遺憾の意を表する」だけ。やらなければやられる。負ければ家は乗っ取られる。暴力に暴力で立ち向かえば「戦争はいけない」なんてなじられる。一体どうすればいいのか?

“警察”として介入する戦争もいけないのか?ホロコーストを行なっている国への介入も?ノルマンディー上陸作戦も?日本のように金だけ出して他の国の連中にやらせればいいのか?
PILLOW VELVETTIE

PILLOW VELVETTIE

流山児★事務所

スペース早稲田(東京都)

2023/07/21 (金) ~ 2023/07/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「お前も沈むのね。そして夜が来る。」
太陽に向かってそう語り掛けた女は毒を呷る。

チケットにワンドリンク付いていて、BARトワイライトのマスターはアダムスファミリー調の甲津拓平氏。前説も担当。

登場するのはピロウ・ヴェルヴェッティ(ヴェルベット〈光沢のある柔らかな肌触りの生地〉の枕)を名乗る女優。どうやらここは警察署の取調室。彼女は事情聴取をする刑事のことを大好きな俳優から取って、ジョルジオと呼ぶことにする。語り出すのは母親が好きだった歌。昔の映画のワンシーンで印象的だったハミング。そしてシャルル・ペローの童話『青髭』について。次々と娶った妻が行方不明になってしまう恐怖の権力者の言い伝え。彼女は天才演出家、サイモンこそが現代の青髭だと告げる。そして自分が彼を殺したことを。

伊藤弘子さんデビュー37年、出演作155本目の記念公演は初の一人芝居。客席後方でキーボードとエレキ・ギターのa_kira氏、コントラバスの伊藤啓太氏が生演奏。何曲も歌い上げる。『When a Man Loves a Woman』の間奏のギター・ソロが布袋っぽかった。a_kira氏は小室哲哉っぽい。

電気スタンド(デスクライト)をハンドマイクのように握り締めて歌い、自らの顔を下から照らす。上から垂れ下がる7本の首吊りロープのダンス。流山児事務所名物の背景への投影。線描画のアニメみたいな奴が凄かった。退屈させない工夫に充ちている。デイヴィッド・リンチ作品を連想させる世界観。
伊藤弘子さんのファンならずとも、是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

脚本がイマイチ。親友マリアの復讐の為に、サイモンに取り入ったピロウ。映画界を追放された彼と共に舞台の世界で活躍する。どんどんどんどん彼の才能に夢中になっていくピロウ。この辺の詳細を端折ってしまっているので話が盛り上がらない。復讐相手を本当に愛してしまう女の性。そしてコスモ(コロナ)ウイルスが蔓延して演劇界も興行を打てなくなる。失意の彼の死と共に精神を病んでしまって入院。自室で一人芝居を公演している。(字幕で篠井という名前が出るが、看護婦の声だとタカイではなかったか?)。その一人芝居が今回の作品だという枠組なのだが中途半端。『ユージュアル・サスペクツ』ぐらいぶっ飛んで欲しかった。

愛情も憎しみも人に対する強いエネルギーであることに変わりはない。
クレイジー・フォー・ユー【5月18日~21日公演中止】

クレイジー・フォー・ユー【5月18日~21日公演中止】

劇団四季

KAAT神奈川芸術劇場・ホール(神奈川県)

2023/04/25 (火) ~ 2023/07/22 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

流石に完成度が高い。これはリピートするべき作品。古典的な物語をまるでパロディのように構築し直したクラシックで現代的なミュージカル。文句なしに面白い。

1930年初演のジョージ&アイラ・ガーシュウィン兄弟のミュージカル作品『ガール・クレイジー』。女癖の悪い主人公を心配した金持ちの父親は、西部の田舎町にある男子専門大学に通わせる。その大学の経営者の孫、郵便局員の娘に恋をする主人公。経営危機で閉校が決まった大学を救う為、ロデオの女王コンテストを企画、州知事も巻き込んでの大盛り上がり。
1992年、この作品を基にリブート、『クレイジー・フォー・ユー』が誕生。大ヒット作となる。設定から何から全て弄ってある。

明るくハッピーなシェイクスピア喜劇を思わせる入り組んだラブコメ。ドリフや志村けんのコントを思わせる連発ギャグ。シーンごとダンスごとに詰め込みまくった細かいネタは何度も観ないと消化し切れない。贅沢なアイディアを惜しげもなく大盤振る舞い。『フル・モンティ』や『フラガール』など、どうしようもない素人労務者が見様見真似で何かにチャレンジしていく物語はいつの時代も人の心を刺激し興奮させる。

主人公のボビー・チャイルド役、萩原隆匡氏はとにかく華がある。見ているだけで楽しい。タップダンスをたっぷり味わえる。
ダンサーに憧れているが母親の跡を継いで銀行家にならなくてはいけない。渋々、西部の峡谷と砂漠の町にある劇場を差し押さえに出発。

ヒロイン、ポリー・ベーカー役・町真理子さんが最高。自分の席からだとトリンドル玲奈や村重杏奈みたいに見えた。ガサツな田舎娘の乱暴な仕草やつっけんどんな態度、足を広げてどっかと椅子に座る男勝りな無作法さ、優雅の欠片もないダンスのステップ。それがまた魅力的で主人公が夢中になる気持ちがよく分かる。心を奪われた主人公が“彼女の為”になりふり構わず頑張ろうと決める。その物語に観客を巧く乗っけてしまえば後はそのまま突っ走るだけ。
閉業状態の劇場は今では町の郵便局になっている。亡き母親がこの劇場でどれ程美しく歌い踊ったことか、父親は何度も何度も遠い目で語る。

主人公の婚約者、赤毛のアイリーン・ロス役・ 岡村美南さん。主人公を追い掛けて遥か西部の田舎町まで。
ブロードウェイの大物プロデューサー、ベラ・ザングラー役・ 荒川務氏。妻と上手く行っておらず、テスのことを口説き続けている。
ザングラーのショーの踊り子、テス役・宮田愛さん。主人公の友人で彼の為に協力を惜しまない優しい人。
他の出演者も一人ひとり魅力的で語り倒したい。

曲もダンスも超一流、一度は必ず観るべき。

ネタバレBOX

誰一人、悪人がいない世界。後半の御都合主義的展開はやり過ぎなのだが、それを良しとさせるだけの作品世界の魅力。踊れない大男を仕方なくコントラバスにあてがうとバッチリ嵌って見事な名演を繰り広げる。町中の工具や農具、ノコギリやトタン屋根、全てがミュージカルのセット、小道具に変わっていく魔法。
終演後、玄人衆が「今日のは凄かったね。」と語り合っていたので、当たり興行だったのだろう。
新・明暗

新・明暗

劇団しゃれこうべ

シアター風姿花伝(東京都)

2023/07/14 (金) ~ 2023/07/17 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

『明暗』は朝日新聞に連載中、夏目漱石が亡くなってしまい未完の絶筆に。丁度クライマックスの所で終わった為、作家の構想について100年以上論議されてきた。今作は永井愛さんによる現代に置き換えられた『明暗』の世界。2002年初演。
滅茶苦茶面白い。まさに今の自分が観たかった作品、ラストのカタルシスには震えた。この劇団の強み、今回観に来た人は必ず次回も足を運ぶであろう磁力。客席通路もステージと利用し、アイディアと創意工夫に満ち溢れた空間。こういう作品に打ちのめされたいもの。観客が受け取った強烈な刺激は小説音楽演劇映画、全てに飛び火していく。夏目漱石の再評価にも繋がる。灼熱地獄の中、観に来て本当に良かった。

演出・主演の木田博喜氏は体調が悪そうで心配だったが見事にこの長丁場をこなしてみせた。
劇団の二枚看板女優、和泉美春さんと原島千佳さん。今作は共に二役をこなしどちらも強烈な印象。
MVPは吉川夫人役の鈴木佳さん。凄まじいキャラの発現。瞬きを極力しない演技。かつて『魔界転生』で若山富三郎が化け物を演じた際、一切瞬きをしなかった。「化け物は人間じゃないんだから」が理由。兎に角与えるインパクトがテンパった日本刀。不用意に近付くと大怪我をする。彼女の強烈な存在感がいびつな作品世界を力尽くで観客に納得させる。
主人公のシャドウのようなネガティヴな心の声、スキンヘッドの首藤生実(いくみ)氏も効く。こんな嫌な奴も自身の世界の一つなんだと主人公は受け入れる。逆に己の心の安定の為にも。
金井賢一氏はどの役も矢鱈と格好良かった。宍戸錠みたい。
田村祐子さんの一挙手一投足に客席のおばちゃんが熱狂的に興奮(知り合い?)。
高野圭祐氏は安定した助演ぶり、どの役もきちんと捻ってある。
上野賢一氏の重み。労務者の臭い。
矢鱈笑う女中、一歳(ひととせ)ナンギさん。

原島千佳さんが魅力的。表情が多彩。熱演で涙。
和泉美春さんは難儀な役をよくこなした。松丸友紀と久本雅美を足したような美人。

コミカルでリズム感たっぷりの食事のシーンも良い。演出の細かい工夫が効いている。
このままガチガチの文学路線で攻めていって欲しい。既に次作が楽しみ。演劇の持つ意味合いすら考えてしまった。関わる者全ての“救い”なのかも。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

主人公が結婚する前に長く愛し合っていた清子、突然の心変わりで振られてしまう。そして自分の友人とさっさと結婚してしまった。何故、彼女は自分を捨てたのか?結婚して家庭を持った今もその暗く深い心の傷とずっと向き合って日々を過ごす。吉川夫人から流産した清子が湯河原の温泉宿で療養中だと聞かされる。そこに向かい再会する二人。たわいもない会話を交わす所で絶筆してしまう。

その後は永井愛さんのオリジナル。到頭主人公は清子に人生最大の謎、自分に架せられた十字架を問い質す。「何故、急に心変わりしてしまったのか?」その答えは「関さんのことが好きになってしまったから。」その呆気ない真実に主人公は救われる。文学的命題でも何でもない、ただ気が変わっただけのこと。これが自分が必死に追い求めていた真実の正体。その下らなさに全身から解放感を覚える。

この後、二転三転あるのだが夏目漱石の調理法として一つの正解だと思う。
韓国新人劇作家シリーズ第7弾

韓国新人劇作家シリーズ第7弾

韓国新人劇作家シリーズ実行委員会

北とぴあ ペガサスホール(東京都)

2023/07/13 (木) ~ 2023/07/17 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

何故か開演前SEはRed Hot Chili PeppersのBEST。
「Californication」なんか良い曲だった。

①A『罠』ホ・ジンウォン作
閉店間際のカメラ屋に滑り込んだ奇妙な客(小林エレキ氏)。昨日購入したカメラの交換を希望。どうにも気味の悪い客で対応する女性店員(生井みづきさん)はイライライライラ。偶然店に戻った店長(大月秀幸氏)に任せるもなかなか話は前に進まない。遂には警官(厚木拓郎氏)まで巻き込んで・・・。別役実系の不条理ネタ。

やたら細い生井みづきさんが狂ったように絶叫。
小林エレキ氏はもっと評価されるべき存在感。

②C『変身』イ・シウォン作
突然、中高年の男性が『変身』する事件が続発。突発的にマグカップやら時計やら無機物になってしまう。しばらくしたら戻ったり戻らなかったり。法則性や規則性が把握出来ない。政府は対策本部を設け、何とか事態を収拾しようとする。変身から人間に戻った男(今津知也氏)が訪れ、家族の捜索を依頼。それを聞く役人(カズ祥〈よし〉氏)。

紙屑塗れの美術。文字文字文字。手書きの文字が散乱している。書道教室のように至る所に文字が貼られている。そこら中に散らばった文字を器用に拾い集めて、物語に継ぎ合わせる。

小野寺マリーさんが印象に残る。
開幕時、とみィ氏がガチガチに緊張していて観ているこちらも緊張した。

やっぱり何処の国の人間も考えることは同じ。
難解ではなく気楽なコメディー。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

もっときつい作品を觀たいものだが、コンクールでふるいにかけられると、平均的なものが選ばれるのは世の常。

①はもっとスピーディーに畳み掛けないと観客に先を予測されてしまう。観客の想像力との勝負。法律と正義のあやふやな概念にどじょうすくいのように踊らされる人々。

②はゆうきまさみのギャグ漫画っぽくてぬるい。何かを連想させるには至らない。演出が凝っていて面白いだけに肩透かし。
正義の人びと

正義の人びと

オフィス再生

六本木ストライプスペース(東京都)

2023/07/13 (木) ~ 2023/07/17 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

1905年2月17日、セルゲイ・アレクサンドロヴィチ、モスクワ総督暗殺事件。エス=エル(社会革命党)のテロリスト、イヴァン・カリャーエフが馬車に向かって爆弾を投擲。セルゲイ大公は当時のロシア皇帝ニコライ2世の叔父にあたる。
1917年のロシア革命に至る布石となったテロ事件。
日露戦争の最中であり、エス=エルへの資金援助は明石元二郎大佐による諜報活動の一つでもあった。
1881年父親であるロシア皇帝アレクサンドル2世も馬車による移動中、爆弾テロによって暗殺されている。

ボリス・サヴィンコフの回想録『或るテロリストの回想』を下敷きにしたほぼ実話。
舞台は帝政ロシアの反体制地下組織のアジト。セルゲイ大公暗殺計画の実行前夜。

詩人でもある優しいカリャーエフ(岩澤繭さん)
複雑な内面を吐露する恋人ドーラ(あべあゆみさん)
組織のリーダーであるアネンコフ〈モデルはボリス・サヴィンコフ〉(磯崎いなほさん)
投獄されて酷い拷問を受け、復讐に燃えているステパン(加藤翠さん)
パーマ的に髪を盛り上げているヴォワノフ(嶋木美羽さん)

後方にタイプライターを叩くカミュ的存在の長堀博士氏。メタフィクション的に現在行なわれている芝居の戯曲を書いている。

アネンコフとステパンは編み込んだ髪の毛を妙に一房だけ立たせている。

実行犯に選ばれたカリャーエフは決行の日、爆弾を投げられず帰って来る。理由は馬車に大公だけでなく甥や姪の子供達もいたから。自分の中の「正義」との葛藤。

議論議論議論、思考の闇にひたすら畝り嵌まり込む。とにかく考えざるを得ない。「革命」とは一体何なのか?人を殺す者の自己正当化に至る免罪符。他人を糾弾する者の自己に対する不安。死ぬに至る意味と価値。他人を納得させる「言葉」を見付けられなければ、自分達の軽蔑する「奴等」と同じになってしまう。

ステージ中央の折り返し階段を効果的に使用。スリムミラーを複数配置する工夫。(見えない表情が映る)。
加藤翠さんのシャープな表情が良かった。
館内に響き渡る、合図である独特なリズムのノック。

開演前、シオンのメジャーデビューシングル『俺の声』がフルで掛かる。滅茶苦茶昂揚した。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

最前列でずっとスマホを弄っている観客もいた。関係者多めの客層はきつい。(皆なめている)。

社会主義者達は分別のあるテロリズムを標榜する為に、関係のない者を殺すことを極端に恐れた。その思想は人民を敵に回すことに滑稽なまで神経質であった連合赤軍までも続いていく。(実際やったことは滅茶苦茶なのだが)。頭でっかちの正当化ごっこ。逆に大義名分さえ手に入ればどんな残酷なことも平気で出来てしまう。結局手を汚す奴は身を捨てて捨て石になるしかない。綺麗事は事が済んだ後で無垢ないい子ちゃん達にやって貰うべき。聖人君子のテロリストなんて童話だ。泥を引っ被る殺戮者がいないと時代は何も動かない。(戦国時代、天下統一を成し遂げる前段階として大量虐殺が必須だった)。

大公妃がカリャーエフに面会に来る。「一人の人間を殺した事実を認めてくれれば、あなたの罪を許したい」と。カリャーエフは拒む。「自分が犯したのは殺人ではなく、革命である」と。
そこを手放すと自分にはもう何も残らないことを知っている。

テロといって今日本人が一番連想するのは、安倍晋三元首相を暗殺した山上徹也。統一教会の洗脳で家庭をボロボロにされた逆恨み、広告塔的役回りを担っていた安倍晋三を狙った。悪徳商法企業のCMに出ていたタレントを殺すような発想。しかしそれが大当たり、自民党と統一教会のズブズブの関係に光を当てた。今や山上徹也は国士の英雄。ジョーカー(世間への恨みから無理心中的な無差別大量殺人を実行する犯罪者)や闇バイト強盗が蔓延する社会ではましな部類だろう。悪い奴を殺せば世の中は良くなるのか?社会の構造が変わらないのであれば空席に誰かが転がり込むだけ。では何をしたって意味がないのか?いや、確実に何かをする行動には意味が生まれる。妄想上のシミュレーションではなく行動には。だがそれは一体どんな意味なんだ?

死んでもなりたくなかった奴に生きたまま近付いちまってる
怠けてる優しさをそこら中にばら撒いて
シオン『お前だけ見られたら』
或る女

或る女

演劇企画集団THE・ガジラ

シアター風姿花伝(東京都)

2023/06/30 (金) ~ 2023/07/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

チラシになっている海を沖に向かって歩く女の後ろ姿の写真(?)が美しい。空は朝焼けにも夕焼けにも見える。宣伝美術の岩野未知さんの作品だろうか。強い生命力に満ち溢れているようにももう何処にも辿り着きたくないようにも受け取れる。宗教画みたい。

『太陽があなたを見放さないうちは、私もあなたを見放し  にはしない、水があなたのために輝くのを拒み、そうして木の葉があなたのためにひらめくのを拒まない間は、私の言葉もあなたのために輝きひらめくことを拒みはしない。』
冒頭に飾られるホイットマンの詩。

キリスト教を熱烈に信仰した末、棄教に至った有島武郎の実体験を元にした原作。日本のキリスト教思想の第一人者である内村鑑三。有島武郎のことを自らの後継者だと期待してさえもいた。
今作のテーマは『神の道』と『人の道』。登場人物の誰もが心の中の神と常に向き合っている。神に己を見せつけているかの如く。
重い鉄の扉の床ハッチ。この下は地獄に続いているのか。扉を閉めるごとに轟音が鳴り響く。ヒロイン早月葉子は吐瀉物を吐き、煙草を捨て、酒を捨て、自らもそこに堕ちてゆく。

主演の守屋百子さんは中江有里の奥山佳恵風味の美人。多彩な表情が目まぐるしく変わり、観客の視線を捉えて離さない。少し細過ぎるか。
MVPは勿論千葉哲也氏、それはもう仕方がない。三國連太郎緒形拳ラインのカルマを背負った邪悪な雄。こういう男の存在が日本人の原風景にどっかと在るのだろう。常にこんな男に女は抱かれていく。それが日本人の歴史。
女中役の大嶽典子さんも存在のバランスが絶妙に良かった。

極厚3時間、大正日本文学とがっちり組み合ってみせた。その心意気にRespect。こういう作品と真剣に向き合ったことは必ず役者達の財産になる。勿論観客にとっても。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

明治11年に生まれた佐々城信子は十代の頃、作家の国木田独歩と駆け落ち同然に結婚するも5か月で別れる。離婚後に出産した浦子は里子に。父がキリスト教系の日本の女性団体の幹事だった為、内村鑑三夫妻とも交流があった。
明治34年米国留学中の森広と結婚が決まり、鎌倉丸に乗り込むも、船の事務長・武井勘三郎と不倫関係に。シアトルに到着するも、下船せずそのまま帰国。報知新聞が「鎌倉丸の艶聞」とした記事を連載。日本中に知られることとなる。長崎県佐世保で武井と旅館を経営する。
明治44年、森広の友人だった有島武郎が佐々城信子をモデルにした小説を「或る女のグリンプス」という題名で連載開始。グリンプスとは一瞥した印象のこと。
大正8年、後半を書き下ろし『或る女』と改題して刊行。鎌倉丸下船以降はほぼ創作。ヒロインの惨めな死に佐々城信子は抗議に行こうと考えたが、大正12年に有島武郎は愛人と縊死してしまった。

有島武郎役の勝沼優氏と、その友人でありヒロインを熱烈に崇拝する婚約者役の岡田隆成氏。ここの描き込みが足りず第一幕の思惑が分かり辛かったのが残念。

神への信仰のようにヒロインを信じ、なけなしの金を毟られていく男。彼の存在が無意味な書き割りの為、ヒロインをなじる有島武郎にも全く感情移入出来ず、同様にヒロインの良心の呵責も伝わらない。

更に言うと演出と脚本とキャスティングと演技がどうにもちぐはぐ。所々見せ場はあるが全体を通底する音がない。原作をどう味わって戯曲化しようとしたのかもよく解らない。狙いはスカーレット・オハラか?第二幕の話自体は犯罪者の再現ドラマに過ぎず、淡々と破滅する様を見せるだけ。
赤ん坊の泣き声やずっと隅に立ち続ける、産んですぐ里子に出した娘(桃可さん)の姿。主人公の心象風景なのだろうが効果を上げていない。思わせ振りなだけで何もないのならば逆効果。

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