家畜追いの妻
劇団俳小
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2025/07/20 (日) ~ 2025/07/27 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
オーストラリアの国民的作家、ヘンリー・ローソン。オーストラリア・ドル紙幣の肖像にも選ばれた程。『家畜追いの妻』という9ページの短編小説はオーストラリア人なら誰もが知っている古典。今作の作家、アボリジナルであるリア・パーセルはこの題名を敢えて使用してアボリジナル目線から物語を綴った。闇に封印されてきたもう一つのオーストラリアの物語。
アボリジナル(オーストラリア大陸の先住民)。従来日本ではアボリジニと呼称されていたが、現地ではアボリジニは差別用語扱いらしい。アボリジナル独自の文化、ドリーミング(アボリジナルの人生観、世界観、民族としてのアイデンティティ=自己認識)。アボリジナルの世界観は時間と自然と祖先とが混ざり合った霊的世界で暮らすもの。アボリジナルは今尚精霊達と交流し互いにメッセージを送り合って生きている。
主演モリー・ジョンソン役、月船さららさん。四人の子供を抱えた妊婦。劇団がオファーを掛けた意味が判る。今を必死に生きている存在。息絶え絶えに目をギラつかせて今日をどうにか生き延びる獣。肩に掛けたマルティニ・ヘンリー銃。欲望と暴力だけが支配する土地で女手一つ子供達を一人前に育て上げねばならぬ。口ずさむ歌が最高。皆忘れてるかも知れないが元宝塚女優、辞めなければトップ確実とまで言われていたエリート。
アボリジナルのヤダカ役、筑波竜一氏は千葉真一の弟、千葉治郎(矢吹二朗)っぽいかも。渡瀬恒彦風味も。鎖の付いた首枷をはめられたまま何処かから脱走してきた原住民。生きてゆく方法、生きてゆく意味を知っている。
不在の夫、ジョー・ジョンソン。雇い主から預かった家畜の群れを安全に生活させながら長距離移動させるのが仕事。羊が放牧地の草を食べ尽くしたら次のパドック(屋外の放牧地)に移動させる。長期間、家を空けることになる。
モリーの息子、ダニーは根本浩平氏。ヤダカに憧れる。
浮浪者トマス・マクニーリ役、大久保たかひろ氏は適役。カウボーイハットにスタッズを吊るすセンス。
行商人ドナルド・マーチャント役、佐京翔也氏は水を得た魚。虫歯の抜歯からのいい流れ。
レズリー巡査役、駒形亘昭(のぶあき)氏。
家畜追い仲間、ロバート・パーセン役、岡本高英氏はまさにリアルな荒くれ者。とても話が通じそうにない。お手上げだ。
同じく家畜追い、ジョン・マクファーレン役、井上覚氏。反吐が出るキャラ設定に徹する。
アフタートークで翻訳家であり、早稲田大学教授、オーストラリア演劇研究者の佐和田敬司氏の話が興味深かった。民族のアイデンティティは目に見えない部分にこそある。そここそが重要、核となるのは精神性。
本物の手斧を小道具で使用している。重々しい。
きびきびとしたスタッフの西本さおりさんが印象的。
佐和田敬司氏翻訳のオーストラリア演劇シリーズは必見だと思う。これは鉱脈を掘り当てた。劇団俳小の看板になる。もっと広く世間にアピールすべき。知れば興味ある人は必ずいる筈。何故今これを観るべきなのかを論理的に伝えなければいけない。
是非観に行って頂きたい。
ネタバレBOX
『みんな鳥になって』もアイデンティティの物語だった。自分が自分である根拠、所以。敬虔なユダヤ教徒のユダヤ人一家に生まれた主人公はアラブ人の恋人と結婚したい。家族にそれを許して貰いたいが、拒絶される。宗教だの民族だの歴史だの伝統だの下らない戯れ言。自らのアイデンティティはそこにはないと思う。ユダヤ人であることに誇りを持っていた父は実は赤ん坊の時盗まれたアラブ人だった。ユダヤ人として育てられただけ。そのことを知った父は壊れてしまう。アイデンティティ・クライシス。自分が自分である根拠を失った。自分の拠り所の何という脆弱性。そこで皆アイデンティティを探す。自分が生きていく為の心の地図を。自分という存在のしっくりくる生き方を。自然に在るべき姿を。
今作ではモリーが自分の出自がアボリジナルであったことを知り、いろいろな謎が解ける。孤独だと思っていた自分の生き様は祖先達がずっと見守り共にあったことを。アイデンティティは道しるべ、ずっと精霊達が道を照らしてくれている。自分は独りではなかった。
演出が振り切れていない。シリアスでドロドロなものが観たかったが何処か中途半端。アメリカの90's 西部劇っぽい軽さ。何か時代と地域の閉塞性、重圧やストレスが感じられない。踏みしめる大地の砂埃。日々の生活の苦々しさ。物語が転調する一番重要な場面、家に踏み込んだ巡査を殺してしまうくだりが段取り芝居。これではしらける。
演出の山本隆世氏は今作についてかなり口ごもる。いろんな制約があって自由にやれなかったのだろう。ブラックフェイス(黒人ではないものが黒人風にする舞台化粧)をしなかったこともその一つだろう。自分は敢えて今作こそやるべきだったと思う。この物語を的確に伝えるには必要な効果。高度に差別の概念を弄ると逆効果になる。(精神性の過剰な押し付けは作品を台無しにする)。モリーの母親、二人の赤子を抱くブラックメアリーがタイトルロールで登場する。(演出助手で今作に関わっている諸角真奈美さんか?)彼女だけブラックフェイス。だが作品としての効果はてきめん。作品イメージを司るイコン。物語にとって視覚効果は重要。まず観客に作品を誠心誠意提供すべき。物語にのめり込み興奮高揚したからこそ作品を愛す。全てはその後のこと。その前にぐだぐだやるとフェミニストの演説みたいで味気無い。全ては観客のものだ。肌の色の違いこそ、当時の世界を司る極めて単純なルール。その虚しさ、無意味さをも表現すべき。(トランスジェンダー〈性別と性自認が一致していない人〉を巡る競技についてのトラブルも同様な混乱)。
レズリー巡査役、駒形亘昭氏の場面はコントっぽい。作品世界との違和感。アフタートークの司会は絶妙だっただけに不思議。もっと暴力的で感情的な演出が合ったのかも。
井上覚氏のSEXはもっとリアルな方がいい。観客を心底どんよりとした気持ちにさせるべき。本当、今後顔を見るのも嫌な位トラウマにして欲しい。
※月船さららさんの歌った曲が今も脳裏に流れる。
スコットランド民謡「Black is the color of my true love's hair」。
黒は僕が心から愛する彼女の髪の色
彼女の唇は美しい薔薇の色
誰よりも愛らしい顔と優美な手
彼女が立つこの土地が僕は愛おしい
※The Corrsの『Black Is the Colour』がカッコイイ。
グロリアストラベル
桃尻犬
浅草九劇(東京都)
2025/07/16 (水) ~ 2025/07/20 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
無茶苦茶面白い。笑いとして今年観た中で一番高レヴェル。こういう笑いが好きなんだな。
キャスティングが秀逸。文句なし。
佐野剛氏はウィレム・デフォー系。声が誰か(お笑い芸人?カミナリのたくみ?)に似ていて特徴的で味がある。聴き入ってしまう。
加納和可子さんもズバリ。この人じゃないといけないと思わせる。横澤夏子っぽいキャラ。
小笠原遊香さんは強烈な飛び道具。最初の泣き顔からこの界隈じゃかなり有名な人なのかと勘繰る程。
林竜三氏が出ているとは思わなかった。何か似ているなあ、と思ったが。出演してはいないが劇団チョコレートケーキの名作『帰還不能点』にかこつけたのか「point of no return」の語句が作品内に出る。
海上学彦氏は毎度ルックスに似合わぬ抜けっぷり。実は言っていること考えていること相当意識が高い。
片桐美穂さんはフワちゃん系の破壊力。闇が垣間見える。
堀靖明氏は凄腕。要チェック。
宝保里実さんは今回の役が一番板に付いていた。かなり面白いキャラ。
青山祥子さんは手足が細すぎて驚く。
こういう作品を観れることが演劇の醍醐味。
何も上手く行かない時こそ心を澄ませ。
是非観に行って頂きたい。
ネタバレBOX
東京のパン屋「ニシカワベーカリー」が青森県のイベントに参加する為、車を走らせる。店主(佐野剛氏)、妻(加納和可子さん)、中2の娘(小笠原遊香さん)、店主の父(林竜三氏)、ヒッチハイカー(海上学彦氏、片桐美穂さん)が乗る。もう一台には古株職人(堀靖明氏)、新人(宝保里実さん)、ホールスタッフ(青山祥子さん)が。店主と妻は口論が絶えず、娘は離婚を心配して気が気ではない。店の経営状態も悪く、ムシャクシャする店主は今回の旅行が何かの切っ掛けにならないかと夢想。車は大渋滞に嵌って動かない。
コートニー・ラブのガナリ声の印象が残る。
父と暮せば
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2025/07/05 (土) ~ 2025/07/21 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
2回目。
かなり遣り取りの密度が上がっている。瀬戸さおりさんの表情の変化が凄い。松角洋平氏の台詞一つ一つを受けて瞬時に変えてみせる。『この世界の片隅に』のすずさんのような素直さ。観客は自分の心を隠し切れない生まれついての天真爛漫さに惹かれていく。大きな饅頭にかぶりつく幸福そうな顔。
そして松角洋平氏の原爆への怒り。全ての被爆者の無念を代表して天に向かって怒声を上げる。こんな残酷な苦しみ、人間の歴史には決して必要のないもの。人間はこの地獄を教訓として未来を変えていかないといけない。戦争は憎悪の捌け口、その先に広がる光景は自らをも滅ぼす。
必見。
ネタバレBOX
瀬戸さおりさんは下瞼に赤いアイライナーを引いている。それが最後のシーンでは消えている。心境の変化を表しているのだろう。
松角洋平氏は長南亮に似ている。山本麟一っぽくもある。
他人の不幸は所詮他人の不幸でしかない。同じく自分の不幸も他人からしてみれば他人ごと。だが不幸が主観的なものではなく共通の敵だとしたら。
不幸が病気ならきっと治癒できる。
音楽劇 金鶏 二番花
あやめ十八番
座・高円寺1(東京都)
2025/07/07 (月) ~ 2025/07/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
2回目。
初回よりも面白く感じた。前回は金子侑加さんの老女の台詞がさっぱり聴き取れなかったが、かなり改善されていた。
クリント・イーストウッド監督の硫黄島ニ部作『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』。アメリカ側と日本側に視点を分け「硫黄島の戦い」を映画化。アメリカが奪取後、日本本土空襲の発進基地となる重要な拠点だった為、地獄の激戦に。
今作も『金鶏 二番花』『金鶏 一番花』で全体像が完成するように作られている。その為の伏線であろう台詞も多い。
ここは本当に凄い才能が掛け合わさっていく様を体感できる場。居合わせることの幸運。作家(堀越涼氏)の見ている先はもっととんでもない場所だろう。本当に前人未踏の領域へ。
ネタバレBOX
2025年、NHK放送100周年を記念して黒柳徹子と先輩である宮田恵美(河口恵美子)が思い出を語るトーク番組。宮田恵美は亡くなっており、生きていても百歳を越えている為、1992年位の設定かな?と思ったが現在だった。そりゃ腰も曲がりゃ声もしゃがれる。
ライターは消しゴム?、椅子はNHKと印字された箱馬、花束はメガホン、お菓子は紙テープ?、テーブルは脚立で見立てる。
丸川敬之氏と浜端ヨウヘイ氏が天井から操るマリオネット劇。
念仏を唱える母親(璃音〈りのん〉さん)を家に置きハレー彗星を見に外に駆け出す高柳健次郎(藤江花さん)。曲は「ハレー彗星から生き残れ」。幻想的な夜の丘を何処までも駆けていく宮沢賢治的名シーン。
浜松高等工業学校に助教授として赴任し、学長(内田靖子さん)の訓示に心震わすシーン。その後、藤江花さんと内田靖子さんがタップを踏むのも決まる。
金子侑加さんの姉(高岡由季さん)は帝国放送効果団のアコーディオン。
宮内國郎のウルトラマン調「ピストルと大砲」。
浜端ヨウヘイ氏は声が上田晋也と富澤たけしっぽくもある。左肩を痛めているのか湿布。
サナトリウムで浜端ヨウヘイ氏が起こした騒動、ラジオから流れてきた曲(「僕の可愛い妹よ」)を「この曲好き!」と歌い出して内田靖子さんが治める。この曲が良い曲で、河西美季さんが歌う妹・中野亜美さんへの歌に繋がる。
照明技師の武市佳久氏と田久保柚香さんの悲恋。「恋は日光網膜症」も良かった。
「特効野郎!ストレプトマイシン」は『ゴジラ対ヘドラ』の名曲「かえせ! 太陽を」を思い起こさせる出来。サナトリウム看護婦トリオで決める。織詠(おりえ)さん、藤江花さん、古川和佳奈さん。
ラストの紅白メドレーは前回よりも曲数が増えていたと思う。作品を彩った歌のリフレインは上手い。
神宮外苑で行われた「出陣学徒壮行会」を実況した井上裕朗氏。その中に愛する息子もいた。隠れて酒を飲んでやり切れない思い。ビルマで戦死した息子。戦後も酒に溺れる。彼の存在が作品の柱になっている。
スマトラ島は石油など天然資源が豊富だった為、爆撃されず。そこで見た蜃気楼。
当時のテレビのイメージは街頭テレビに群がる人々と力道山。今作に足りないのはテレビのイメージ。ラジオ番組の印象の方が強くなっている。
井上裕朗氏、内田靖子さん、田久保柚香さんの方が物語の引きが強い。
「遠くまで届ける為にテレビはあるんだ。きっと向こう(あの世)にだって届いてるよ。」
「人生は生放送。」
鴻上尚史でお馴染みのOpus「Live Is Life」を思い出す。
音楽劇 金鶏 二番花
あやめ十八番
座・高円寺1(東京都)
2025/07/07 (月) ~ 2025/07/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
第一幕80分休憩10分第二幕85分。
時代は1992年だろうか?NHK放送劇団一期生の老女がNHKスタジオで後輩の五期生の女性タレントとトーク。日本のテレビ放送の歴史を振り返る特番のようだ。亡くなった旦那は日本を代表する名アナウンサーだった。思い返せば時は1950年(昭和25年)11月、NHKは週1回だけ1日3時間の定期実験放送を開始。それを日本橋三越の会場にて一般に公開。先は何も見えないがあり余る情熱だけはスタジオ中に満ち満ちていた。
織り込まれる戦時中のNHKラジオ局でのエピソード。詩を募集し選ばれたものに曲を付けて歌にする番組。そこに送られてきた「愛おしいもの」。時局柄、反戦歌として検閲される恐れもあった。だが金子侑加さんがその歌を歌うことで人々の運命が動く。
MVPは内田靖子さんだろう。やるな。
浜端ヨウヘイ氏はイケメンの諏訪魔(全日本プロレスのレスラー)みたいでカッコイイ。本職は歌手なので流石の歌声。
中野亜美さんの多彩な表情は昔から『おはよう!スパンク』を連想する。金子侑加さんとの二枚看板までになるとは。
田久保柚香さんは必ず胸に残る存在。巧い。
黒柳徹子の話を思い出す。養成所時代、アメリカからNBCのプロデューサー、テッド・アレグレッティが技術的な指導の為来日し講演。「今後テレビは今世紀最大のメディアになるだろう。いずれ世界中のあらゆるものを見ることができるようになる。使い方次第でテレビは人々を幸せに導き、世界に永遠の平和をもたらすことができる」。その言葉に感銘を受けこの仕事に誇りを持ってやってきたと。
もの凄いボリューム、一回だけじゃ物足りない。
是非観に行って頂きたい。
ネタバレBOX
第一幕が描き込みや仕掛けが多過ぎ、ごちゃごちゃして何か世界に入りづらかった。クリストファー・ノーランの映画みたいな情報量。それが第二幕は嘘のように全てのエピソードが綺麗に澄んでクリアにされる。流石。凄い魔法。成程。
日本のテレビの父、高柳健次郎。今作では桂憲一氏演ずる金原賢三。9月に演る『金鶏 一番花』の主人公でもある。
彼がNHKスタジオでインタビューに答えている。「何故、テレビを発明しようと思ったんですか?」
思い起こすのは11歳の頃、ハレー彗星の接近で地球上の空気が吸えなくなり窒息死するというデマが飛んだ。パニックに陥る民衆。帰宅した高柳少年は母親に死ぬ前に何がしたいのか尋ねる。「そうね、歌舞伎がもう一度観たいかしらね。東京まで観に行くにはお金がかかり過ぎる。歌舞伎の方からこっちに来てくれればいいのに」。
日本中に伝わる金鶏伝説。天上に住む金の鶏は無限に金の卵を産む。それを捕まえた者が国の何処かに埋めたという。国が危機に陥った時こそそれを掘り出せと。工業学校の入学式、胸に残る恩師の言葉。「その金鶏が埋まっている場所は君達自身の胸の中だ。必死になってそれを掘り出して国を救え」。
人形劇でその少年時代を再現するのだが、演じている藤江花さんのパントマイムが凄かった。勿論他の方も。
使う小物をスタジオの道具で見立てる。煙草は白い鉛筆、葉巻はマジック、湯呑みは養生テープ、ベッドは脚立。そして吐く血は赤鉛筆の束。
円谷プロの特撮モノのような曲やヒーロー物の「特効野郎!ストレプトマイシン」の振付にやられた。
高橋圭三、宮田輝、和田信賢、藤倉修一、河口恵美子、黒柳徹子などがモデル。
みんな鳥になって
世田谷パブリックシアター
世田谷パブリックシアター(東京都)
2025/06/28 (土) ~ 2025/07/21 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
第一幕105分休憩20分第二幕85分。
今年No.1の作品かも知れない。間違いなく見逃したら後悔する。今、この世界状況で今作を日本で上演することは偶然ではなく必然。運命的なものを感じた。
ワジディ・ムアワッドが2016年に発表した作品。レバノン・ベイルートに生まれ内戦を逃れて8歳の時、一家でフランスに亡命。元々レバノンはフランスの統治下だった為、フランス語圏。だが15の時、滞在を拒否されカナダのケベック州へ一家で移住。ケベックの公用語もフランス語。カナダ国立演劇学校を卒業後、劇団を設立。2007年、国立劇場の芸術監督に就任。到頭2016年、自分達を追い出したフランス・パリの国立劇場の芸術監督に就任。その一作目である今作は彼にとって最大のヒット作となった。「ふじのくに⇄せかい演劇祭2020」にて『空を飛べたなら』のタイトルで公演予定だったがコロナにより中止。到頭本邦初公開。原題は『tous des oiseaux』(全ての鳥)、英訳では『Birds of a Kind』(ある種の鳥)、今回の日本語タイトルは『みんな鳥になって』。
照明が神懸かっている。ちょっと並のレヴェルではない。
現代の『ロミオとジュリエット』。ニューヨークの大学図書館、遺伝学・量子論・統計学を学ぶドイツ系ユダヤ人エイタン(中島裕翔〈ゆうと〉氏)はイブン・ハリカンによって書かれた「ワファヤット・アル・アヤン」(13世紀イスラムの人物辞典)を座ろうとしたテーブルに見付ける。偶然とは思えない程、この図書館に一冊しかないその本は彼が訪れる度待ち受けている。そしてそれを使って博士論文を書いているアラブ系アメリカ人美女ワヒダ(岡本玲さん)。そのどうしようもない美しさに理性が吹っ飛び思わず話し掛けてしまう。もう自分でも何を言っているのか解らないが本能的に必死になって。それを黙って眺めていたワヒダはくすくす笑い出す。何処か踊れる場所に行かない?
遺伝子の入れ物である46本の染色体、血族から受け継いだDNAに書き込まれている設計図。先祖から受け継ぐ情報は生物学的なものだけ。記憶や経験が遺伝する訳じゃない。最先端の科学を学び、遺伝情報を理解したインテリジェンスな若者達は旧来の迷信や因習など打破できる。民族の歴史など乗り越えられる。もうそんな時代じゃないんだ。
エイタンはワヒダを紹介する為、ドイツから敬虔なユダヤ教一家である家族を呼ぶ。ユダヤ教にとって重要な儀式、「過ぎ越しの祭り」。そこで待っていたのは絶望的なまでの家族からの罵倒。怒りに打ち震えるエイタンは科学的にこの不条理を分析し解明しようと決める。
ワジディ・ムアワッド作品は『森 フォレ』しか観ていないが、その時感じた手塚治虫感を今作でも強く感じた。とにかくストーリーが面白い。
まさに日本を代表する役者陣が世界の芯を握り締めたトップ現代作家の作品と格闘。今こそ観るべき作品。イスラエルとアラブ(パレスチナ)の憎悪の歴史に正しい解答はあるのか?この作品の中にその答があるのか?今作は映画化して世界中の人に観せるべきだと思う。
必見。
ネタバレBOX
世田谷パブリックシアターだと当り前のように前田亜季さんが出ているものだと思っていた。今回いないことに驚く。
第一幕終了時点では最後まで観たらこの問題の解決策に辿り着ける気がして興奮した。一体それはどんな答なのか?
エイタンは家族に対して不信を感じ、密かに全員のDNA鑑定をする。(このあくまでも科学的に分析するスタンスが素晴らしい)。父母との親子関係は証明されたが祖父とは血縁関係がないことが判明。80年代に離婚して一人イスラエルに暮らす会ったこともない祖母に自分のルーツを問い質そうとワヒダとイスラエルに向かう。ヨルダン国境のアレンビー橋(キング・フセイン橋)を越えてイスラエルの国境検問所へ。世界一厳しいとされる入国審査で足止めを食うワヒダ。先に抜けてバスに乗ったエイタンはパレスチナ人による自爆テロに遭い昏睡状態に陥る。遠い異国で一人ワヒダはエイタンの祖母やドイツの家族に連絡を取る。
エイタンの父、ダヴィッド(岡本健一氏)が物語の中心人物。凄まじい役作り。ぐうの音も出ない。
エイタンの母、ノラ(那須佐代子さん)。ユダヤ人メイク、髪型、眉毛、着こなし、徹底している。よく研究しているなあ。「私はただの雌犬よ!!」
イスラエル女兵士エデンが松岡依都美さんだと気付いた時の衝撃。凄い配役。
アル=ワッザーン(ワザーン)は伊達暁氏。「火の鳥」のように時空を超えて人間達の営みを俯瞰しているよう。
エイタンの祖母、レア(麻実れいさん)は『ガラスの仮面』の月影先生。劇薬。
エイタンの祖父、エトガール(相島一之氏)はクライマックスの独白の迫力。口から勝手に言葉が迸るような怒涛の告解。
まるで岡本玲さんの通過儀礼のように化物役者陣との対決が続く。この中で生き抜くのは凄まじい。リアル『ガラスの仮面』だ。ワヒダはファム・ファタール(運命の女)。出逢う者出逢う者の人生に対し劇的に火を点ける。エイタンとの別れのシーンは『もののけ姫』だ。
Hey! Say! JUMPの中島裕翔(ゆうと)氏は『ウェンディ&ピーターパン』が印象深い。このメンバーに組み込まれるのは相当キツかった筈。よくやった。ラストに繰り返される台詞の意味。作家のこの問題に対する決意表明だと思った。「決して慰めたりはしない」。この問題に対して感傷的なものなど必要ない。慰めの言葉も要らないしこちらからかけることもない。有るのはこの地獄と向き合う人間の覚悟だけ。この地獄と自覚的に向き合う強い気持ちだけ。人類は憎悪を乗り越えることができるのか?きっと無理だろう。だがしかし、だがしかし···。
ワヒダが博士論文のテーマに選んだのはアル=ワッザーン(ワザーン)。
ハッサン・アル=ワッザーンはスペインのイスラム教徒の家に生まれモロッコで育ち外交官となる。1518年頃、旅の途中で海賊に襲われ奴隷としてローマに拉致、教皇レオ10世に献上される。洗礼を受けキリスト教に改宗、翻訳や辞書作成、北アフリカ全域を旅した経験を「アフリカ誌」として著した。
ワッザーンの好んだ話に「税を免れる鳥」がある。鳥の王に税を要求された鳥が海に逃げ魚と暮らす。今度は魚の王が税を要求するとまた空に戻っていく。まるでイソップ寓話の「鳥と獣とコウモリ」のような話だ。
レアがエトガールとダヴィッドとの別れを決めた事件。
1982年9月、レバノンで起きたサブラー・シャティーラ事件。イスラエルが隣国レバノンに侵攻し、親イスラエル政権としてバシール・ジェマイエル大統領を誕生させるもすぐに暗殺されてしまう。その報復として民間人しかいないパレスチナ難民キャンプに突入、二日間で三千人以上を無差別に虐殺した。こんな事をやっている国でダヴィッドを育ててはいけない。
「過ぎ越しの祭り」に隠したアフィコーメンを子供達に探させ、見付け出すとプレゼントが貰える儀式がある。マッツァー(小麦で作られたクラッカー)を割り、布で包んで家の何処かに隠す。それをアフィコーメンと呼ぶ。ダヴィッドはどうしてもそれを見付けられなかった。
どれだけ科学が発達し全てをデータで分析することができてもそれだけでは切り離せないカルマのようなものがある。ワヒダもエイタンも理性や知性では否定した筈の“それ”に抗えないことを知る。どれだけ頭で考えても心がついていかないのか。
※ここから余談。
紀元前586年、ユダ王国が新バビロニア帝国によって滅ぼされ、それ以来ユダヤ人が独立した国を持つことはなかった。西暦135年、ローマ帝国の支配下にあったユダヤ属州が大規模な反乱を起こすも本拠地であったエルサレムが陥落し凄惨な敗戦。ユダヤ教の根絶を考えたローマ帝国はユダヤ人をこの地から追放=ディアスポラ(離散)。住む土地を失ったユダヤ人達は地中海世界や中東、欧州各地に散らばり共同体を形成。だがキリスト教社会では「キリストを十字架に掛けた連中」とユダヤ人は差別され続けた。土地を所有することも許されず就く職業にも制限。キリスト教では禁じられ侮蔑されていた金融業(金貸し)を営むことに。各地のユダヤ人同士で築かれた信頼関係から、離れた地の取引でも信用が置け重宝された。ユダヤ人金融ネットワークは外国為替業務や証券の発明など現代の金融業務の礎を築くこととなる。18世紀、フランス革命後、徐々にユダヤ人も欧州各地で一般市民と認められるように。
第一次世界大戦に敗れたドイツは巨額の賠償金を支払わねばならず、経済はハイパーインフレ、世界恐慌と相まって失業率40%、治安は悪化、社会不安は増大。アドルフ・ヒトラー率いるナチス党は戦争に敗れた理由をユダヤ人と社会主義者の裏切りによるものだと喧伝。「背後からの一突き」だと。国民の全ての不満や怒りをユダヤ人への憎悪に転換させた策略は当たり、1933年に政権を握る。
1935年ナチス・ドイツがニュルンベルク人種法を制定。ユダヤ人との結婚を禁止し全ての公職から追放、公民権を奪う。そこから迫害は加速し「ユダヤ人問題の最終的解決」として強制収容所に送り込み大量処刑、ユダヤ人の絶滅を計画。1945年5月連合国に敗れるまでに600万人のユダヤ人を虐殺=ホロコースト。
19世紀末から20世紀初頭にかけてロシア帝国でのユダヤ人虐殺=ポグロム(ロシア語で破滅の意味)が多数発生。自分達を守ってくれない国家体制に絶望したロシア系ユダヤ人達はパレスチナに移住を始める。現在のイスラエル建国の礎に。
当時イギリスが統治していたパレスチナ。1918年の調査ではアラブ人(=パレスチナ人)70万人、ユダヤ人5万6千人が居住。ユダヤ人の大規模な移民が始まるとアラブ人(=パレスチナ人)との間に何度も武力衝突が起きた。
イギリスが統治を終了し新国家を作ることに。1947年国際連合は「パレスチナ分割決議」を採択。パレスチナを二つの民族による二つの国家に分けることに。だがかなりユダヤ人側に有利な土地分割だった為、内戦に突入。1948年イスラエル建国宣言。それを認めない周囲のアラブ連盟5ヶ国は即宣戦布告、第一次中東戦争に。アラブ側15万人、ユダヤ側3万人という圧倒的不利の中、イスラエルは勝利。国連決議より広大な地域を占領した。その後第四次まで戦争が繰り返されるが米英の軍事的援助を受けたイスラエルは全てに勝利、国土を広げ続けた。
イスラエルにはアメリカの利権が絡んでいる。アメリカにとって中東で安定して石油を確保する為にもイスラエルの存在は大きい。かつてアメリカの国務長官は「中東に家を構えたアメリカの分家」とイスラエルを呼んだ。
ユダヤ人の物語はこの世の仕組みが暴力でしかないことを知った者達の話。暴力によってローマ帝国から住む土地を奪われ、暴力によって差別迫害され強制収容所に入れられ虐殺された。絶滅から自分達を救い出したものは連合国側による暴力だけであった。ノルマンディー上陸作戦など現実的な暴力だけがナチス・ドイツを打ち倒した。決して対話や祈りなど平和的なものではない。この世界で生きていくには暴力で勝つ以外に方法はない、と追い込まれたユダヤ人はひたすらその道を突き進む。世界中から嫌われ憎まれ罵られても、もうこの道を引き返すことはできない。ロシアと同じく暴力で敗北するか核爆弾を使用して道連れにするかまで追い詰められている。もう善悪などそこにはない。ここまでやってしまったのだ。世界と和解など不可能だろう。
観劇後、BLANKEY JET CITYの「不良の森」を聴いているような気分。
静かな森の奥で壁にもたれて
揺れる草を見ている少女もいつかは知ってしまう
都会を流れゆく濁った水のように汚れた心があることを
でもそれは美しいことなのか ことなのか
父と暮せば
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2025/07/05 (土) ~ 2025/07/21 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
『父と暮せば』は黒木和雄の映画で観て成程と思った。2018年、山崎一氏&伊勢佳世さんの舞台を俳優座劇場で観て度肝を抜かれた。いや映画の比じゃない、これは舞台で観ないとヤバイ奴だ。2021年紀伊国屋サザンシアターにて同キャストで再演。その時は二回観た。(今思えばもっと無理してでも回数観るべきだった) 。2022年、ゴツプロ!presents 青春の会第二回公演としてシアター711にて佐藤正和氏&中薗菜々子さんで観た。同じ戯曲でもこんなに変わるのか、と奥深さに唸った。
そして今回、松角洋平氏&瀬戸さおりさんの布陣。山崎一氏&伊勢佳世さんではもう観れないのか···、との想いはあるが。こまつ座通ってる連中からすれば瀬戸さおりさんの評価は絶大だろう。一体この名作をどう解釈するのか?
流石の出来。皆泣いていた。超満員じゃないのは残念だが。今日は初日、ここから先は伸び代しかない。何処まで行くのだろう?楽しみ。
ちょうどジェームズ・キャメロンが広島長崎の原爆映画を製作し自ら監督することを発表。「まるで観客が被爆を実体験するかのように徹底的にリアルに描く」と宣言。「この地獄に観客は耐えられるだろうか?」。世界中が初めて原爆の怖ろしさを知る機会になるのかも知れない。それを経験した日本人達が遺した膨大な作品群。『父と暮せば』もまた新たに再評価されることは間違いない。
必見。
ネタバレBOX
やはり井上ひさしの武器は笑い。とにかく観客を笑わせて安心させてからぶち込むのが真骨頂。重要なのは笑いのリズム。
はぐらかしたり、もてなしたり
iaku
シアタートラム(東京都)
2025/06/27 (金) ~ 2025/07/06 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
村上春樹の短編、『レーダーホーゼン』を思い出した。
舞台美術の柴田隆弘氏が構築したエッシャーのだまし絵のようなセット。至る所に増設された階段は今は失き九龍城の違法建築のよう。東急ハンズ渋谷店、ドン・キホーテやヴィレッジヴァンガードなどのスラムの迷宮感。増築を重ねた神経症的な高台建築。(関係ないが終わりが見えず延々続く渋谷駅の工事にはガウディのサグラダ・ファミリア感)。
高校教師の瓜生和成氏は教え子だった竹田モモコさんと結婚、授かった娘は高橋紗良さん。瓜生和成氏の好物はオムライス。竹田モモコさんの作るオムライスは鳥肉の代わりにソーセージを何本も入れるレシピ。ある日、お弁当のオムライスに楽しみにしていたソーセージが一本も入っていなかった。帰ってそのことを妻に告げると「確かに入れた」と不機嫌に。その後、失踪してしまう。
MVPは近藤フク氏か。東京03の飯塚のようでいてプロレスラーの西村修みたいな独特の空気。座間事件の死刑囚のような妙なヤバさも。
彼の上司、小林さやかさんのキャラも愉しい。
高橋紗良さんと井上拓哉氏のストーリーは清々しい。
キャスティングが絶妙で横山拓也氏の人を見る目が超一流。
短編『夜のオシノビ』が挿入されていたり、短編連作集を一つに繋いだ印象。何か無理にまとめた感もあった。だが非常に高度な文学性も感じさせる。妻の帰宅時、家族会議のMCを担当する異儀田夏葉さん、その奮闘ぶりが最高だった。
是非観に行って頂きたい。
ネタバレBOX
タイトルは横山拓也氏の今作を観に来る観客に対してのスタンスだろう。
『レーダーホーゼン』は単身ドイツ旅行をすることになった55歳の女性が夫に頼まれて肩紐付き革製半ズボン、レーダーホーゼンを購入。オーダーメイド専門店の為、体型のよく似た現地のドイツ人に試着して貰い、サイズを合わせる。その折に何かの心境の変化があり、突然離婚を決意する。一方的に一緒に捨てられてショックを受ける大学生の娘。三年後、親族の葬式で顔を合わせた母娘。自分を捨てた理由を問い質し、レーダーホーゼンの話を聞いて何故か納得、母を許すこととなる。この母親に離婚を決意させた“何か”が謎で文学としての余韻となる。
自分も当時この小説を読んで深く共感を覚えたことを思い出す。論理的に人間の思考行動は構築されている訳ではない。それは後付けのアリバイ作りみたいなもので所詮は嘘だ。本当は言語化出来ないある種の“気付き”みたいなものの方が生きていく上では大きい。そのキッカケになるレーダーホーゼンが人によってはオムライスだったりする。
ラストはオムライスを皆で食うしかないだろうと思っていたら成程。
人間のあくた
吉祥寺GORILLA
上野ストアハウス(東京都)
2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
杏奈さんを久し振りに見たがメチャクチャ綺麗になっていて驚いた。平井泰成氏も堅実。長友美聡さん、北川義彦氏は味がある。
舞台は芥川龍之介的ネーミング溢れる架空世界。違法移民達の暮らす被差別地域(岩井俊二の『スワロウテイル』っぽい)、ラショウモン。国民として登録されたナンバーを持たない為、彼等は法律上存在しないとされる。先生と称する奴等がこのスラムにやって来て子供達を教育、テロリストとして育てる為に。それを嫌悪し追い払う老婆。ナンバーを偽造して人間社会に潜り込もうと企む青年。世界の何処かで延々と続く戦争にラショウモンの連中を送り込もうと画策する男。皆世界を憎んでいる。この世界への効果的な復讐を探している。
ネタバレBOX
架空近未来にせずガチガチの現実でやった方がいいと思う。その方が無力さ惨めさが際立つ。過去の話でもいい。事実で構築すべき。逃げ場のあるファンタジーじゃ弱い。実話の上に虚構を塗りたくった方がいい。今作は何処まで行っても作家の自問自答、安全圏でシミュレーション。それじゃ響かない。ハッキリ言って「難民など全員受け入れを拒否したい」「移民、異文化など死んでも認めない」という地域住民の魂の叫びも理解しないことには意味がない。全く別の価値観を持った連中と暮らすのは地獄だ。その地獄を抱え込む度量があるのか?
都議選における参政党の躍進や千代田区で当選した佐藤沙織里は「移民政策への反対」が支持を受けた。欧州も移民難民問題による社会不安が増加、暴力的な排斥を掲げる極右政党が台頭。「人間は皆平等だ」的スタンスでは現実と向き合えない。
コラボレーターズ
劇団青年座
吉祥寺シアター(東京都)
2025/06/19 (木) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
このネタだと劇団印象の『犬と独裁者』が素晴らしかった。1938年モスクワ、反骨の天才劇作家ミハイル・ブルガーコフは独裁者ヨシフ・スターリンの評伝劇の執筆を依頼される。スターリンはブルガーコフの大ファンだった。本来そんな依頼を引き受ける訳はないのだが上演禁止、出版禁止で兵糧攻めに遭い困窮していたブルガーコフ、生活の為に執筆。しかしその作品『バトゥーム』も上演禁止とされる。ブルガーコフはそのすぐ後に亡くなる。
今作はブルガーコフ役に久留飛雄己(くるびゆうき)氏。プロレスラーのMIKAMIみたいな雰囲気。
妻エレーナに松平春香さん。ツイストを踊るシーンがカッコイイ。一番好きな演出。
秘密警察ウラジーミルに小豆畑(あずはた)雅一氏。味がある。
その妻エヴァに清瀬ひかりさん。印象に残る。
秘密警察ステパンに鹿野宗健氏。この人のソヴィエト顔が最高。
そしてスターリンに横堀悦夫氏。メイクが凝っていて本当にそう見える。
冒頭、サイレント映画のようにクローゼットから飛び出てきたスターリンが寝室のブルガーコフを追っ掛け回す。この場面が秀逸。悪夢なのか幻覚なのか妄想なのか。腎硬化症により刻一刻近付く死の足音。
時代はスターリンが「大粛清」を行うソヴィエト地獄の時代。1000万人が一方的な審理で処刑された。密告猜疑心裏切りデマ誹謗中傷、皆が殺されることに怯えて口をつぐんだ。
引き受けたもののブルガーコフはスターリンの評伝劇をどうしても書けない。悩んで悩んで苦しみ抜く。そんなある夜、トンネルの隠し扉からある一室に通される。その秘密部屋の書斎で待っていたのはスターリン自身。劇作に興味があったスターリンはタイプライターで自ら書いてみせる。その代わりブルガーコフはスターリンの仕事、重要書類へのサインを代筆することに。
デイヴィッド・リンチ的な神経症の妄想を思わせる物語。夜な夜なスターリンと密会して一緒に作業をしているなんて誰も信じない話。そのアイディアは面白い。
ネタバレBOX
第一幕80分休憩10分第二幕80分。
皆寝てるかと思いきやきっちり観ていた。作品は元の戯曲がつまらない。余りにも古典的。驚きがなく、その通りに進んでいくだけ。後半は「デビルマン」っぽい空気感。演出と役者陣は最高級なだけに勿体ない。
天井から吊り下げられた人の死体を白いシーツにくるんだものが徐々に降りてくる演出は良かった。だがツラの天井にずっと吊られていた白いシーツは形が人間には見えない。ラスト、何かあるんだなと思っていたが何もなかった。ただ降りてきただけ。多分何かしらの意味合いはあるのだろうが効果としてはイマイチ。
本当に役割を交換して地獄の「大粛清」をブルガーコフが始めるぐらいやって欲しかった。それを必死に止めるスターリンとか。
こういうネタで面白かったのはウディ・アレンの『カメレオンマン』。極度の環境適応能力を持つウディ・アレン演じる気弱なユダヤ人。周囲に溶け込む為、肌の色から何から皆に合わせてしまう特異体質。ある時、アメリカから失踪し数年後ドイツ・ナチ党大会のニュース映画にて発見される。ナチス高官に混じって「ハイル・ヒトラー」を叫んでいた。
骨と肉
JACROW
シアタートラム(東京都)
2025/06/19 (木) ~ 2025/06/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
何となく大塚家具のお家騒動は知っていたが、そこまで興味はなかった。2014年から2015年に掛けて世間を賑わせた創業者一族による骨肉の争い。2017年に舞台化。
メチャクチャ面白い。
開幕からリングアナ(日替わりゲスト)の口上で選手入場。第2次UWFの全選手入場式を思わせる興奮。UWFのテーマ曲が欲しいくらい。プロレスチックなコスチュームで登場する役者陣。プロレスラーのアピールを模したジェスチャーで観客を煽る。新日本プロレス対UWF5対5イリミネーション・マッチの様相。ステージはもろにロープの張られたリング。舞台の端に津軽三味線・楽風(がくふう)の二人が上手下手に分かれて生演奏。リードギターとサイドギターのように音の組み合わせが練られていて見事。
主演の社長・川田希さんは女子プロレスラーっぽく華やか。最初から最後まで光り輝く美人、まさにエース。いい女だな。厚底スニーカーもキュート。
対する父親である会長・谷仲恵輔氏はいつもながらに最高の出来。
銀行マン出身の社外取締役・中村ノブアキ氏は劇団主催で脚本演出も兼任。それでいて持ち味の妙味で笑いもかっさらう凄腕。
実はかなり重要な存在である主人公の妹、専業主婦の福圓美里さん。こういう複雑な立ち位置を演らせると嵌る女優。彼女の存在がこの物語に文学性を与えている。
その旦那である取締役・狩野和馬氏もキーマンに。
会長ベッタリの本部長・芦原健介氏は橋下徹っぽい胡散臭さ。
見事なるエンターテインメント。観劇好きで今作を観れなかった人は不運だろう。
是非観に行って頂きたい。
ネタバレBOX
ラストシーンは印象深い。自分とは違う他人の意見も真摯に聞くことができたなら。自分の中にはなかった意見にこそ生きるヒントがあるのかも知れない。お互い歩み寄れればもっと良い結果があったのかも知れない。だが他人ごとだとそう思えても自分ごととなるとうまくいかないもの。
株主総会で敗れ、会社を辞めた会長は長男と2015年、新会社「匠大塚」を設立。高級路線を突き進むもどうにも先行きが見えない。
大塚家具は業績悪化の為、2022年ヤマダデンキに吸収合併された。
ニトリ、無印良品、IKEAに食われた日本の家具業界。
リチャード三世
義庵
新宿シアタートップス(東京都)
2025/06/15 (日) ~ 2025/06/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
シェイクスピアの初期作でデビュー作とされる『ヘンリー六世』三部作の続編。15世紀にイングランドで起きた薔薇戦争がモチーフ。赤薔薇の紋章・ランカスター家のイングランド王ヘンリー六世に対し、白薔薇の紋章・ヨーク家のヨーク公リチャードが反乱を起こす。30年続く凄惨な内戦の中、ヨーク家のエドワード四世が王位に付く。その弟、リチャード三世は生まれつき傴僂で跛、この世の全てを憎み自分の欲望を満たす為ならどんな残虐非道なことも平気で出来る邪悪の化身。嘘をつき罠に嵌め家族も仲間も簡単に裏切る冷血な人非人。このリチャード三世が地獄の太閤記さながら成り上がった末、惨めに破滅していく姿を描く。
リチャード三世、加藤義宗氏は劇団印象の鈴木アツト氏っぽい。傴僂でも跛でもなく、『ハウス・ジャック・ビルト』のマット・ディロンを思わせる長身細身のナルシシスティックなサイコパス。自分さえ良ければ何だっていい完全に頭のイカれたキチガイ野郎。このキチガイに妙に気品があり、少々間の抜けた人間味さえ感じさせるところが巧い。
MVPはバッキンガム公・津村知与支(のりよし)氏か。邪悪なアシストの汚れ役、屑を神輿に担ぎ天下を取らせる見事な女房役。ガッチリ笑いを取っていた。
イングランド王妃エリザベス、日下由美さんは綺麗だったな。
渡邊りょう氏にはヒース・レジャーを感じるときがあり、ジョーカーのような嵌り役を見付ければ役と共に死ぬような危うさがある。
のぐち和美さんは流石だな。声色だけで只者じゃないと観客を黙らせる。毒々しくキメるスパイス。トリカブト役者。
役者陣は強者揃い。
是非観に行って頂きたい。
ネタバレBOX
悪党三昧の舞台に『仁義なき戦い』を思い出す。広島抗争の中心に立ったヤクザ、美能幸三が刑務所に収監された7年間で書いた獄中手記。自分の見てきた洗いざらいを全て曝け出した。親分であった山村辰雄の金と欲と色に任せた醜態を赤裸々に暴き、任侠道なんてものは内実こんなものだと世間に喧伝した。それを噂に聞き、入手した「週刊サンケイ」が飯干晃一に解説文を付けさせて「仁義なき戦い 広島やくざ流血20年の記録」として連載させる。その面白さに唸った東映の岡田茂社長が映画化を決定。アメリカではジョゼフ・ヴァラキが司法取引によりFBIにマフィア(コーサ・ノストラ)の情報を知る限り供述。世間に謎とされてきた組織の内情が到頭明かされ大衆に衝撃を与える。マリオ・プーゾが事実を元にしてマフィア一家を描いた小説『ゴッドファーザー』がベストセラー、映画化して大ヒット。岡田茂社長は日本でも実話を元にヤクザ映画を作るべきだと睨んだ。登場するモデルになったヤクザ達がまだ存命の時代、身の危険を感じながら取材しまくった笠原和夫の魂がこもった脚本。広島抗争とは大組織であり全国制覇を目指す山口組と本多会が後押しをした代理戦争でもあった。アメリカとソ連に支援されて朝鮮やベトナムで現地の民族同士が延々殺し合いをさせられた時代。広島で生まれ育った者達が神戸の大組織の命令で敵味方に分かれ延々殺し合う姿。実際は書けないことが多過ぎた。(晩年の山村辰雄は痴呆症だったのでは?と言われている)。
話としては美能幸三が親分である山村辰雄に騙され裏切られ使い捨てられひたすら散々な目に遭う物語。主演・菅原文太は組長・金子信雄とその取り巻きの田中邦衛、山城新伍の屑っぷりを憎み罵り怒り狂う。だが映画が大ヒットして全5作製作されていく内に段々と観客に変化が訪れる。悪役である金子信雄、田中邦衛、山城新伍が屑っぷりを見せ付ける度にどっと沸くのだ。待ってました!と。愛すべき屑っぷり、製作陣も思いも寄らぬ妙な魅力の創出。これにより『仁義なき戦い』シリーズは永遠に残る作品となった。
津村知与支氏の演じたキャラクターに似た感触を覚える。リチャード三世もイケメンニヒルではなく、金子信雄的に演ってこそ日本文化ではないか。金子信雄、田中邦衛、山城新伍にこそシェイクスピアを託したい。
隠し芸大会のように次々と何役も兼ねて役者が登場。一つだけのセット、普段着のような衣装も含めそれでも今作を最後までこなすことが目的の舞台なんだろう。そうなると演出が物足りない気も。あの手この手のアイディアで手を変え品を変え笑わしてごまかしてこそだろう。歌に踊りにコントに、遣り口は幾らでもある。一本調子じゃ観てる方も辛い。どういう作品にしたいのかハッキリしていない感じ。居眠り客は開幕から多く、客層もよく判らなかった。
燃える花嫁
名取事務所
吉祥寺シアター(東京都)
2025/06/11 (水) ~ 2025/06/15 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
昨年、この作家の『日曜日のクジラ』を観てイマイチだった。今回も前半はハマらずこの作家とは相性悪いなと感じたが最後まで観ると本物。もっと受け狙いの兄ちゃんかと思っていたがガチガチのマジの人。本気で真剣に世界と取っ組み合おうとしている。今、2025年だぜ。ああ本気なんだな、この人。名取事務所がオファーする訳だ。
実はもの凄く古典的な物語。余りにオールドスクールで驚く程。ポル・ポト、チェ・ゲバラ、毛沢東、金日成、ウラジーミル・レーニンにカール・マルクス···、PUNK ROCKでも構わない。とにかく今の自分の思考回路を支配する鉄の掟のような価値観から自由に導いてくれる風であるならば。
凄いのは構成。『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』の『DEATH』編を思わせる。これはTVシリーズ24話の総集編なのだが初見の人には全く解らない作り。各登場人物が死ぬ間際に見る走馬灯のようなスタンス。解らなくてもいいから感じてくれ、みたいな作風。勿論今作はきちんと解るようにしっかり作られている。逆にこの構成にした作家の意図こそがミステリー、その謎を観客が頭の中で解いていく作品。
MVPは鬼頭典子さん。この人のキャパシティは想像を絶する程大きい。有り得ない役を振れば振る程開花する。
そして森尾舞さん。この役を女性にしたことが大きい。
更に平体まひろさんは流石に凄い。時系列でルックスを変えてみせる。本当に心が生き生きと生命を謳歌し羽根を天空に開いてみせた時の美しさ。
テーマは『移民と差別』。もろクルド人の物語として受け止めた。正解のない世界でせめてもの擦り合わせで作る、よりマシな答。ラストのタイトルロールは鮮烈。
是非観に行って頂きたい。
うず 螺旋とリズム
大駱駝艦
座・高円寺1(東京都)
2025/06/05 (木) ~ 2025/06/08 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
中央に観客に背を向け蹲る田村一行氏。一段上に天井から垂れ下がった鈴緒に似た綱が11本。それぞれ女7人、男4人が立つ。韓国の死装束、寿衣のような格好。地鳴りのように鼓動に合わせ揺れていく。死人を操って踊らせているようにも見える。ブードゥー教の「死者の日」の儀式にも。ゾンビをレイヴ系フェスに解き放ちヘドバンさせる試み。今回は選曲がノリノリで良かった。暗黒舞踏はリズムとリフが重要。綱をぐるぐると回転させていくと新体操のリボンのようにくるくると輪を描く。
魔境に陥った禅僧のように繰り返される五体投地。ヨーガの修行に明け暮れる強迫観念に囚われた統合失調症患者。オウム真理教の道場で自分という概念を自らが壊す修行。暗黒舞踏とは解放である。肉体からも精神からもそのどちらにも含まれない別の何かからもただただ解放されたいのだ。解放の為の必死の足掻き。人間が本能的にずっと望んでいるものは解放なのか。
外人客が熱狂的に観ていた。
山海塾の天児牛大氏も亡くなり、これからの時代を担う田村一行氏への視線は熱い。
是非観に行って頂きたい。
ネタバレBOX
後半は新体操のリボンのように竹に赤いリボンが付いたものをおかめ(おたふく)お面の5人が振り続ける。
高桑晶子さん ギョロっとした眼、瞬きをしない。
坂詰健太氏 妙にダンディな色気。
松田篤史氏 「ミャアー」「おおおおお」掛け声が唸る。
小田直哉氏 反社の面構え。
荒井啓汰氏 小柄で岡村隆史のようにスピーディー。
谷口美咲子さん 美脚。
田村一行氏 ビートたけし風痙攣ダンス。
『流浪樹~The Wanderer Tree~』
ゴツプロ!
本多劇場(東京都)
2025/06/02 (月) ~ 2025/06/08 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
観ていて謎が多い。ゴツプロ!好きなんで頑張って欲しい。
ネタバレBOX
失敗作だと思う。この脚本でOKだとは思えない。中津留章仁氏の脚本の粗筋と全く違う。『戦時下の台湾の志願兵訓練所、日本人と台湾人とが友情を育む。日本人はその台湾人の姉とも関係を結ぶ。そして戦地に赴く二人···。十数年後、もう戦争は遠い昔、突然日本人のもとに台湾人の姉が会いに来る』。
そんな話の名残りすらない。相当揉めたのだろう。中津留章仁氏が体調上の名目で降板、共同脚本名義で沈琬婷(シン・ワンティン)氏が改稿、演出を泉知束氏が。
中津留章仁氏のことだから「台湾有事」に関わる内容だったことは推測できる。80年前に終わった物語ではなく、眼前に差し迫った戦争に対しても毅然とした選択ができるのか突き付けたのだろう。今作は台湾公演も決定している。流石に上演不可な内容だったのでは?(個人的妄想です。全くの思い違いであったならば申し訳ございません)。
近未来の設定にして、中国が台湾包囲・封鎖作戦を発動、海上封鎖によって二週間程で台湾のエネルギー資源は枯渇。日本の助けを信じる台湾人。だが日本人は何とも思わず見捨てるだろう。台湾の為に戦争を始める選択はしない。その現実と台湾人が日本を信じる根拠になった過去の歴史をオーバーラップさせていく。そんな作品が観たい。
佐藤正和氏が他人の台詞の遣り取りの場面で我慢できず咳き込むのは珍しい。
渡邊聡(ただし)氏のキャラこそ本筋に絡めるべき。
話を無理矢理終わらせる為の⻘⼭勝氏の台詞は流石に酷い。名優が可哀想だ。
秘密
劇団普通
三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)
2025/05/30 (金) ~ 2025/06/08 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
用松亮氏と安川まりさんの父娘漫才からスタート。十八番の遣り取りに「待ってました!」と観客がどっと沸く。用松亮氏はずっと誰か架空の人間の物真似をしているようにも見える。
「なに?」(煙草の“ヤニ”のようなイントネーション)。
「ああ、そうなの」
「なあんだろ」
耳が遠いのか何度も聞き返す。同じ話を何度も繰り返す。日常風景の中にカメラをぶち込んで狙っていない笑いを掘り起こすような作風。
初演はコロナ真っ只中の2022年4月。その前に二度中止の憂き目に遭っての上演。
実家、茨城県の母親(坂倉なつこさん)が高熱を出して入院。家事が全く出来ない父親(用松亮氏)の世話の為、東京で結婚している娘(安川まりさん)が帰郷。子供はなく、仕事は在宅テレワークを会社が許してくれた。買物をして食事の準備、掃除と洗濯に庭の手入れまで。腰を痛めた神経質で口うるさい父親(用松亮氏)にイライラしながらも。
母の姉の息子、吉田庸氏は「さらば青春の光」の東ブクロっぽい。隣人の巨体・渡辺裕也氏はインディーレスラーに居そう。
坂倉なつこさんの病院のシーンは必見。もう役者が演じているとは思えない程のリアル。
安川まりさんはこのまま行けばとんでもない女優になる筈。
次作はいよいよ12月にシアタートラム。用松亮氏と安川まりさんも登場。この前に皆観た方がいい。チケット取れる内に小劇場で味わうべき。今なら間に合う。
ネタバレBOX
静かで小声なシチュエーションが多い為か、居眠り客多数。だが笑いの多いサーヴィス散りばめた作品だと思う。
肝となるシーンは、坂倉なつこさんが退院して安川まりさんに庭の手入れの方法を教える。だがそれを見た用松亮氏は怒鳴り散らす。女房が無駄に無理して倒れたと思っていて「余計な事するな!」と叫ぶ。その大声に驚いた隣家の渡辺裕也氏石黒麻衣さん夫婦が何事かと乗り込んで来る。その遣り取りが恥ずかしくなった安川まりさんは頭に来て外出、夜遅く帰る。ずっと帰りを待っていた父母、食事を催促。今から支度するのか、手が痛くてもう嫌だと返す。指の関節が曲がらない程痛んでいるのだと。坂倉なつこさんがその指をさする。「あんたは生まれつき手が小さいから人よりも痛むのかね」。涙ぐむ安川まりさんは食事の支度を始める。
2ヶ月ということは9月10月なのか?
石黒麻衣さんは小説を書くべき。それを本当に才能ある奴が監督して映画化すべき。ホン・サンスかな。
ガマ
劇団チョコレートケーキ
吉祥寺シアター(東京都)
2025/05/31 (土) ~ 2025/06/08 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
初演は2回観ている。
池脇千鶴系の美人、清水緑さん。ガリガリに痩せて役作りに徹している。神々しい。
大和田獏氏が流石。
今回は初演台本の第一稿の設定を作品に戻し再構成。
役者がボロボロ泣きながら必死に訴える。戦争は嘘の塊、命以上に価値のあるものはこの世にないんだと。
ネタバレBOX
やはり違和感は拭えなかった。未来からやって来た者達がガマで死のうとする少女を必死に説得する話に見える。「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」とは「命こそ宝」の意味。全ては生きてその答を見付けないといけないと。悔恨も罪悪感も自責の念も死んで無にせずに生きて苦しむべきだと。少女は白旗を掲げて米軍に投降するラスト。
多分設定の説明に時間が掛かったのだと思う。80年前の沖縄戦を観客に理解して貰わないといけない。その為に語るべきことが多過ぎた。
「こんなもん皆嘘だ」と軍人から教師から清水緑さんを説得する。俺達が命を懸けて殺し合いをしているのは“嘘”の為だ。
「方便」による支配が日本の精神史なのではないか、と昔から考えていた。その最たるものが戦時下の「皇国史観」。大日本帝国が推進した「神国思想」。天皇は地上に降りて来た神の末裔、「現人神」として神格化される。呪術的宗教国家として国民に「国家神道」、「皇国史観」を強要した。神が造り給うたこの国に住まわせて貰っている臣民。その命さえ天皇陛下から預かったものだと。巨大な虚構が国民の思考を支配し、催眠にかけられたように死に向かって猪突猛進していく。皆嘘をつき自分を騙し死んでいく。死にさえすればこの支配から自由になれる。死のみが唯一の救い。
※(ここから余談)。
BC15世紀、現在のイランからアーリア人が現在のインド(とパキスタン)を侵略。ヴェーダ(知識)という世界観、死生観を導入した。それを基にバラモン教が誕生。この世に生きるものは全て、自らが行なった行為、カルマ(業)を因として次の世に生まれ変わる。無限に続く輪廻転生。現世が不幸なのは全て前世の報いである。この思想は不平等な世の中の仕組みを無理矢理納得させる為のものでもあった。厳しいカースト制度が敷かれ、差別が横行した。これは前世の報い、今生では我慢して徳を積み来世で幸せになろうと。支配者にとって都合のいい思想。
バラモン教ではこの世の真理を悟り解脱することで輪廻の輪から解放されるとされていた。BC6世紀、それを目指したのがゴータマ・シッダッタ。
ゴータマ・シッダッタはシャーキヤ族の王子。故に後、釈迦と呼ばれることとなる。
出家し二人の高名な思想家のもとで瞑想を体得したがそれでは悟りに至らないことを知って去り、苦行に身を投じる。修行僧達は快楽はこの世のまやかしで苦しみこそが真実だとしていた。苦痛を耐え抜いて怖れず死ぬことこそ、死への恐怖を乗り越えることだと。6年間、死とギリギリの苦痛と向かい合い苦しみ抜き、この先にも何もないことを知る。快楽に意味がないのと同様にその裏面である苦しみにも意味がない。目指すべき方角は快楽でも苦痛でもなく、また別のベクトル、中道だ。大いなるパラダイムシフト、菩提樹の下で瞑想を続けたゴータマ・シッダッタは到頭悟った。それは簡単に言うと「生きながら死ぬこと、死にながら生きること」だった。欲望の正体が苦しみであるならば欲望を遠ざけることこそ苦しみから離れる方法。世捨て人として生きること。
ブッダ(仏陀)は目覚めた人の意味。仏陀の教え=仏教。ちなみに密教=秘密仏教。
当時のインドの大国、マガダ国王、コーサラ国王に支援されたゴータマ・シッダッタの教団。彼の死後100年経ちインドを統一したマウリヤ朝のアショーカ王も国を挙げて帰依した。
しかしBC1世紀頃には衰退、形を変えたバラモン教であるヒンドゥー教が大衆の支持を集めていく。(最終的にはヒンドゥー教が残りインドで仏教はほぼ絶えた)。その理由は明白で仏教は苦しみから逃れる方法論を説いたもの。「幸せになる」とか「夢が叶う」とか「願いが叶う」等の御利益宗教ではないからだ。
〈19世紀、西洋で仏教が紹介された際、その思想哲学は虚無主義(ニヒリズム)、悲観主義(ペシミズム)と怖れられた。生きることにもっと前向きになるべきだと。賛美称賛したドイツの哲学者、ショーペンハウアーは「神を否定する無神論者」と糾弾される〉。
このままではゴータマ・シッダッタの見つけたこの世の真理が闇に葬られてしまう。そこで当時の僧侶達が作った足掻きが偽教、「法華経」を代表とする大乗仏教となっていく。「如是我聞(にょぜがもん)」とは「このようにゴータマ・シッダッタから私は聞いた」との意味。全ての経典に保証書のようにそれは書かれている。だが勝手に作った経典に「如是我聞」を記すのは許されない行為。「法華経」はAD50年から150年頃に作られたとされる。大まかに前期中期後期と、3グループがそれぞれ作成したのだろう。
「法華経」は自己正当化の為に「方便」という概念を編み出した。まずゴータマ・シッダッタが「法華経」を説くので弟子達を集める。弟子達は最も高位な教え、「法華経」を聞くことに興奮している。(「法華経」の中で既に「法華経」は皆が聞きたがっていたものとしてメタ的に登場)。そこからゴータマ・シッダッタが語り出したのが「方便」について。
①三車火宅
屋敷が火事になり、ごうごうと燃えているのに子供達は遊びに夢中で気が付かない。何を言っても聞く耳を持たない。仕方なく父親は「家の外におもちゃの山を積んできた」と嘘をついておびき出す。「そんなものないじゃないか!」と怒る子供達に背後を指差し燃え落ちる屋敷を見せる。
②長者窮子
若い頃、家出をした息子を探し続ける父親。父親は事業に成功して大金持ちになっていた。数十年後、到頭浮浪者になった息子を見つけるも父親の顔すら忘れてしまっている。話をしようにも恐怖で怯え逃げ出す余り。そこで父親は部下に命じて屋敷の使用人として雇わせる。長い年月を掛けて仕事を教え自信を付けさせる。そして父親は死ぬ直前に実の親子であることを明かし、財産を相続させる。
③化城宝処
莫大な財宝の眠る地を目指す旅団、過酷な砂漠を越える旅。途中で皆が音を上げ引き返そうとへたり込む。案内人は幻の城を作り一同を休ませる。皆の気力体力が回復した頃、案内人は再出発を促す。この城に留まろうと言う声も出るが、案内人は幻の城を消してしまう。
④良医治子喩
医者の子供達が間違えて毒を飲んで苦しんでいる。医者は解毒剤を与えるが、子供達は頭も毒にやられ疑って飲もうとしない。医者は一計を案じ家を出、使いの者に「事故に遭って死んだ」と伝えさせる。子供達はそこで初めて親の有難みに気付いて泣き、形見として解毒剤を飲む。治ったことを知った医者は帰宅する。
大体こんな話を説くのだが、その意味は「例え嘘だとしてもそれが良い結果をもたらすのであれば正しいことではないのか?」という詭弁。嘘の御利益で人を騙して信仰させても、それが最終的にゴータマ・シッダッタの教えを知る切っ掛けになるのならば正しい行為ではないのか?と。これの拡大解釈の繰り返しで仏教は狂った。密教などバラモン教と変わらないオカルト化。(ゴータマ・シッダッタはマールキヤプッタの形而上的な問いに毒矢のたとえで答えた。「オカルト的な問い掛けに答える必要はない。私が説くのは毒矢に打たれて苦しんでいる者の手当の方法だ。」〈「十無記」〉)。
最終的に良い結果を生むならば何をやってもいい、騙してもいい、殺してもいい。そんなもの自己正当化の道具にしか見えない。最終的に素晴らしい未来を実現するのだから、その過程である今現在は目的遂行の為に何をやっても構わないという屁理屈。理想さえ高ければ何をやってもいいのか?
そんなものばかり信じて待っていてもいつまで経ってもゴータマ・シッダッタの思想には辿り着かない。俺達はいつまで経っても「方便」ばっかり聞かされる。そのへんで与太ってる巷の選挙演説なんかも皆「方便」でしかない。いつになったら本当のことを教えてくれるのか?そんな日は永遠に来ないだろう。
本当に苦しみから逃れたいのならば、ゴータマ・シッダッタの言葉を探せ。
『イライラの依頼人とベンベンの弁護人』
コケズンバ
サンモールスタジオ(東京都)
2025/05/27 (火) ~ 2025/06/01 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
穴吹一朗氏代表の弁護士事務所は家賃も払えない赤字経営。そこに古畑任三郎に憧れる新人弁護士の北原芽依さんが就職。初めての担当となった依頼人は石松千明さん。「殺人を犯したが法廷で無罪にしてくれ」と。報酬に一億円、証拠に預金通帳を見せる。まだ警察に捕まっていない犯罪者の弁護をする為、北原芽依さんは調査に入る。
主演の北原芽依さんは華がある。演技もかなりキャパが広がった。LAWSON制服がよく似合う。
迫田けこじ氏、穴吹一朗氏、魚建氏、渡辺シヴヲ氏は助演に回って援護射撃。
もう魚建氏は自分の中では一種のカリスマ、凄い存在。
迫田けこじ氏は汗ダクダク。
飛び道具、事務所の家主、飯島タク氏はザブングル加藤のような表情、スカル・マーフィーやヴァリッジ・イズマイウさえ想起。やたらがなる。
依頼人・石松千明さんは『あの怪物の名は太陽の塔』のヒロインだった。田中みな実に寄せたメイク。
パラリーガル(法律事務員)・高根沢裕貴さん、外出時の謎のコール。
占い師・竹下優子さんは効果的な調味料。アングラ舞踏。前歯一本だけ紅く塗る。
一番観客が沸いたのは魚建氏と飯島タク氏のドツキ漫才。禿げ上がった額をバッチンバッチン叩き合って赤くしながらの熱演。必死に笑いを堪える共演者達のリアクションは必見。
是非観に行って頂きたい。
ネタバレBOX
作家が抱えた問題意識は本来ならシリアスに訴えかけるもの。ただ照れ隠しと劇団のスタンスとしてベタな笑いにまぶさないといけない。今作は贖罪と復讐がテーマ。贖罪にも復讐にももう意味など生まれない。自分の心の安定の為、儀式として強迫的に背負う。昔の人はそれをカルマと呼んだ。否応なしにどうしようもなく背負わされたもの。作家はシリアスな作品を吐き出すべき時期に来ているのかも。答えのない答を。
フィッシュボウル
マチルダアパルトマン
水性(東京都)
2025/05/29 (木) ~ 2025/06/08 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
【赤い金魚】
才能の塊をぶつけられたような作品。これは観た方がいい。やっぱりこの作家は天才だ。
fishbowl=金魚鉢。会場の「水性」は通りに面していてガラス扉一枚の出入口からひっきりなしの通行人達がこちらを眺めていく。何やってんのか?それすら計算に入れた演出に思わせる。
「金鳴町(かねなきまち)観光協会」を名乗る同人サークル。架空の町である金鳴町の情報を毎週「会報」と称してホームページに上げる活動。発起人の久間健裕氏の自宅に毎週末集まって制作。長年の大ファン、高見駿氏が新たにメンバーとして参加することに。古株の早舩聖さん、坂本七秋氏。入るのも辞めるのも自由、ただの趣味、遊びだから。
高見駿氏は発達障害を疑わせるグレーゾーンなキャラで発言の一つ一つに不穏な空気を振り撒く。巧いな。MVP。
久間健裕氏、早舩聖さんも流石だ。本音と立場上の振る舞いとの微妙な表現の違いが笑わせる。
坂本七秋氏はヤバイな。毎度神経症的なまでのキャラの作り込み。クッキーを食べる時の独特の咀嚼に参った。
練りに練ったキャラ設定、もう作品の枠を越えている。
一体こんな遊び、何になるんだろう?虚しく無意味な逃避。楽しい振りをして現実から逃げているだけじゃないか。何かを目指している訳じゃなく、社会的な成功とも無縁。
いや、そんなことはない。きっとそんなことはない。だって俺は楽しいんだ。それでいいじゃないか。
Foo Fighters「Cold Day In the Sun」
君が立つのは晴れ渡った冷え切った日々
それでも熱く脈打つ君の心は決して負けないだろう
君は自分自身でいることに怯えてしまう
自分が独りぼっちだということに
怖れるな 君は独りじゃない
俺は知っている 君は独りぼっちじゃない
ネタバレBOX
この作品はマチルダアパルトマンという劇団の話。岸田國士戯曲賞を取らないと(取っても)食ってけないような歪んだ世界。いわゆる成功への道筋が陳腐で不格好。馬鹿馬鹿しくなって一体俺達は何をやってんだ?と自問自答し始める。決して考えちゃいけないことに足を踏み入れる。どうやったって他人にはなれないんだ。死ぬまで自分でしかない。さあ町民達を楽しませよう。最高の会報をお届けしよう。
amazarashi「命にふさわしい」
失くした何かの埋め合わせを探してばかりいるけど
そうじゃなく喪失も正解と言えるような
逆転劇を期待してる
そしてそれは決して不可能じゃない
途絶えた足跡も旅路と呼べ
朝、私は寝るよ
グッドディスタンス
小劇場 楽園(東京都)
2025/05/28 (水) ~ 2025/06/08 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
4年前の初演も観ている。何かもっと舞台が広かった気がしたが当時は小劇場B1だった。二人芝居で男女の不倫関係の話、女のマンションで他人の情事を盗み見ているような背徳感。馬鹿馬鹿しい程、どうしようもない程に純愛。
前回は立ち込めるどうしようもなさに参った印象。どんなに意気がっても人は現実の前では無力。社会制度の前では黙っておとなしく従うしかない。俺達は自分の心すら革命出来なかった。ましてや社会など。
演出家を変えてかなり作品のスタイルが変わった。今回の方が訴求力が強い。女が妻帯者の男に、何でこんな奴をどうしようもなく自分は必要としているのか自問自答し続けるような内容。
綱島郷太郎氏は若い女を物にする魅力に説得力がある。打算がなく誠実に抜けている。その長所が別れ際では全て短所に反転するのだが。
今泉舞さんは絶好調。今作が代表作なのは間違いない。少女漫画のキャラのような自在な表情。男という鏡に一体自分の何を映しているのか、考える。
役者を目指してる人なんか観たらビリビリすると思う。凄くイカした悲しい詩。しかも馬鹿馬鹿しくて笑える。
是非観に行って頂きたい。
ネタバレBOX
前回よりもホンの良さが際立った。愛人をコンビニで間に合わせで買ったビニール傘に例える。雨が止んだら用無しどころか邪魔になる存在。
深井邦彦氏の脚本は食い物を効果的に扱う。『或る、かぎり』で確信した。観客と共有出来るリアルな生理的感覚を求めている。
永野芽郁と田中圭がこれを演ったら凄いだろうな。時代外れの『愛のコリーダ』。社会規範なんか本当はどうでもいいんだ。
BUCK-TICK「GHOST」
歩き続ける何処へ向かう?死神さえ振り向きゃしない
あなたの夢で私踊る 悪夢の果てきっと出逢う
透明になれる綺麗な夜 月明かりに彷徨うだけ(中略)
「愛して」それが口癖 「見つめていて」忘れ去られる
「愛して」呪文みたいに 「踊っていて」それが悲しい
「愛して」それが口癖 「見つめていて」