
頭痛肩こり樋口一葉
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2022/08/05 (金) ~ 2022/08/28 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/08/10 (水) 13:00
座席1階
こまつ座旗揚げ公演で井上ひさしが書き上げた作品。以前から見たいと思っていたが、今回の再演でようやくチャンスが巡ってきた。
父や兄を失い、若くして戸主となって母や妹たちを赤貧の中で支えた作家・樋口一葉の物語。今年は生誕150年だ。一葉は生前、自分に戒名をつけていたというが、井上ひさしの着想は「生きながら死んでいる。だからこそ世の中がよく見えた」というところから始まったという。死者の魂が戻ってくる毎年のお盆を繰り返しながら物語は進む。舞台にどの場面でも仏壇があり、お盆の会話劇が舞台を盛り上げた。
まず、花蛍という幽霊を演じた若村麻由美がすばらしい。この幽霊、自分を身請けして夫婦になるためのお金をネコババした老女を呪って出るのだが、実はその老女にも事情があり、その事情を作った「悪党」にもまた事情ありということで、世の中、人と人とのつながりの連鎖でできているということを舞台を通して提示する。一葉役は貫地谷しほり。彼女らしいメリハリのついた演技で、ピシッと筋が通った一葉の生き方を見せてくれた。
女性6人による舞台だが、それぞれが個性があっていい。男性の身勝手なふるまいにたてつくこともせず耐え忍んだ明治の女性たち。「女が地獄に落ちるには三日もあれば十分さ」という熊谷真実のセリフは強烈。そんな社会を筆の力で変えたいと歯を食いしばる一葉の姿は印象的だ。
劇中歌もいい曲だった。死者が還ってくる「お盆」らしく抑え気味の舞台セットと演出も奏功している。

あつい胸さわぎ
iaku
ザ・スズナリ(東京都)
2022/08/04 (木) ~ 2022/08/14 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/08/08 (月) 13:00
座席1階
けしてハッピーエンドではないが、見終わって前向きになれる、少しの希望を分けてもらえるようないい舞台だった。
大阪で会社勤めをこなしながら、一人娘を育てたシングルマザー。入学金などは家計に響いたが娘は大学に入学し、とりあえずホッと一息。そんな中、東京から上司が転勤してくる。大阪トークにほんろうされながらも誠実な受け答えに、この母はすこしだけ好意を持つ。一方、娘はこれまで恋愛経験なしという人生だったが、中学のころからの幼馴染が偶然同じ大学に入り、急に意識しだす。これがなんだか初恋となりそうだ。イケメンに成長した彼との会話も増えていい感じになってきたが、大学で受けた健康診断で再検査の通知が来てしまう。
iakuのヒット作となったこの作品を、今回の再演でようやく見ることができた。映画化も決まっており、さらなるブレークとなるかもしれない。
回転ドアのように出演者が出入りして場面転換を重ね、テンポのいい会話で物語が進む。舞台が大阪で、東京から(正確に言うと千葉から)転勤してきた男を飛び込ませるという設定は、大阪と東京で活躍する横山拓也のうまいところかもしれない。
それよりも何よりも、この親子のそれぞれ恋の行方が今一つ暗くても、娘の健康に影を差す出来事が起きていても、舞台が閉じた後は「自分も、明日は少し頑張ってみようか」という気持ちになる会話劇がとても、さわやかに思える。
演劇でこのような気持ちを受け取りたいなら、この舞台、見ないと損するかも。

ブレスレス【7月15日~25日公演中止】
燐光群
ザ・スズナリ(東京都)
2022/07/15 (金) ~ 2022/07/31 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/07/27 (水) 14:00
座席1階
1990年初演。その後3回の再演を経て、2020年代にまた再演である。とはいえ、前回の再演が2001年だから実に20余年ぶり。私が見るのは初めて。燐光群の源流を探る旅である。
千石イエス、坂本弁護士事件、東京のゴミ問題。昭和の事件や社会問題をモチーフにしているが、当時の香りがするというより令和の時代の物語として新鮮なイメージで受け止めることができる。
中防、すなわち中央防波堤外側埋立地。東京湾をゴミで埋め尽くして新たな土地を作った。青島幸男知事が公約で中止すると言った臨海副都心開発でできた土地だ。土地さえ作れば右肩上がりでその価値が上がっていくというバブル経済の象徴とも言えるその埋め立て地は、この舞台を埋め尽くしている黒いごみ袋でできている。自分にとっては、東京の埋め立て地のイメージは今ではほとんど見かけないこの真っ黒なごみ袋なのだ。
物語は、中防へ運ぶために総武線が近くを走るビルの谷間でごみ処理に携わる都職員が、燃えるごみの日に出された不燃物の瀬戸物で指を負傷するところから始まる。
舞台の脇に裸電球を付けた電柱が立っているが、これを見て自分は別役実の不条理劇を思い出してしまった。事実、この舞台は別役が描いた不条理劇を地で行くような物語の展開を見せる。捨てられた冷蔵庫からきらめく後光を背に現れた白髪の老人は都市の暗部に君臨するイエスキリストのようだ。最初にごみ袋の中に入って登場する男は物語を経て記憶を取り戻していくのだが、この人のそばを通りかかった女性も次第に重要な地位を占めてくる。この女性は、絡んできた男を線路に突き飛ばして刑事裁判にかけられた過去があり、ごみ袋の男が女性を助ける役回りを果たしていたことが分かるなど、登場する人間たちの複雑な模様に客席はぐいぐいと引き込まれていく。
世の中で起きていることを多彩な角度で切り取るのが演劇だとすれば、まさにこのブレスレスは演劇中の演劇だし、演劇でしか描けないような物語・構成を見せてくれる。さらにパンフレットを手に取って初めて得心したのだが、冷蔵庫から出現した老人は千石イエスというよりは、リア王だ。だから、末娘がキーパーソンになっている。
東京でしか描けない、東京の演劇である。今回、コロナ禍で最初の数日が中止になり、昨日からの上演という。自分は見ることができてとてもラッキーだった。
パンフレットによると、別役実はこう述べたという。
「久しぶりに、文字どおりの力作と言えるものであり、今後演劇はこのようにしか動いていかないであろうと考える」
至言だ。もしかしたら、舞台脇の電柱は、別役実へのオマージュだったのか。

鎌塚氏、羽を伸ばす
森崎事務所M&Oplays
本多劇場(東京都)
2022/07/17 (日) ~ 2022/08/07 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/07/26 (火) 18:00
座席1階
「完璧なる執事」鎌塚氏シリーズ。今回が第6弾だが自分は初めての鑑賞。第6弾は鎌塚氏(三宅弘城)が初めてお暇をもらって豪華列車の旅に出るという設定だが、その豪華列車の中でかつて仕えた綿小路チタル(二階堂ふみ)らに遭遇し、いつものように難事件に挑むという設定だ。
今回は別の令嬢役として西田尚美が出演。鎌塚氏シリーズの座組に溶け込んだ。疾走する豪華列車という舞台だが、倉持裕の定評のある舞台転換が奏功している。豪華列車のコンパートメントから別のコンパートメントへの移動、はたまた列車外の乱闘など、客席を飽きさせない演出が続いていく。
ただ、少し気になったのは、二階堂ふみのかすれがかった甲高い発声。以前を見ていないのでそういう演出なのかもしれないが、ちょっとエキセントリックすぎる感じがした。つられてかどうか、西田尚美も強烈な甲高い声で応じたり。まあ、そういうものかもしれないが。

『The Pride』【7月23日(土)公演中止】
PLAY/GROUND Creation
赤坂RED/THEATER(東京都)
2022/07/23 (土) ~ 2022/07/31 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/07/26 (火) 14:00
座席1階
sideAを鑑賞。セクシュアリティがテーマの舞台だが、結局のところ、問われているのは人間としての生き方なのだろう。激しい会話劇の末に、自分なりに得た結論だ。
登場するゲイカップルのうち、オリバーは真っすぐだ。フィリップは女性と結婚していてバイセクシュアルなのだろうが、激しく揺れ動く胸の内をオリバーの前で吐露する場面が出てくる。その二人の間を取り持つような形になっている女性、フィリップの妻であるシルビアが、物語のカギを握るような形で舞台は進行する。
sideAのシルビアは、元宝塚星組トップスターの陽月華。これがsideBの福田麻由子が演じるとどうなるだろうかと想像したが、まったく違う雰囲気になるような気がする。陽月の演技は切れ味鋭いナイフのようなイメージで、それは出演者だけでなく客席にも向けられた刃のようでもある。
セクシュアリティを語るとき、やはり決め手になるのはその人らしさ、ある意味で人間の尊厳である。舞台でも出てくるが、LGBTQは倒錯者という認識を持たれ、それは今でも変わらない。人間としての生き方、尊厳を勝ち得なければならないというマイノリティーの苦悩は、せりふの端々にあふれ出ている。
役者たちは皆、この難しい舞台を見事に演じきっている。この舞台から何を感じるかは、おそらく千差万別なのだろう。

出鱈目
TRASHMASTERS
駅前劇場(東京都)
2022/07/14 (木) ~ 2022/07/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/07/22 (金) 14:00
座席1階
地方都市の市長が地域活性化にと企画した芸術祭。その最優秀賞の作品をめぐって表現の自由と役場の論理としての公益性の大激論が交わされた2時間半。トラッシュマスターズらしい見ごたえのある作品に仕上がっている。
主宰の中津留章仁は「表現の不自由展」もモチーフにしたと言っていたが、客席から見れば直接の関係はないと思う。むしろ、市長の妻が地元の有名企業の娘で、その企業が戦闘機の部品?を作っているとしていわゆる軍需産業として描かれ、その企業が最優秀賞の授与を取り下げるよう圧力をかけてくるという展開が興味深い。
会話劇の中で受賞作品の作者と選考委員長の記者会見がある。少し違和感があったのは、会見でとうとうと公益を主張して怒鳴り散らす県職員(広報課員)だ。通常の記者会見では補助金を出している県側が会見で記者席に座ることはあり得ないし、仮にあったとしても、手を挙げて発言を求め、県の立場(自説)を激しい口調で述べることなどさらにあり得ないからだ。会話劇としては面白いが、設定が間違っている。主催者が主催者に論戦を挑んでいるようなものだからだ。
もう一人質問に立った記者はたぶん、地元紙の記者なのだろうが、どうも話の後半になって気づいたのだが、この新聞社も実行委員会に入っているようなのだ。ということは県職員と立場は同じで、公平な報道をする立場の人間とは言えない。
こうした突っ込みどころもあるにはあるが、表現の自由がいとも簡単に覆るというありさまを見せつけられたのは、さすが演劇の力だ。一度は最優秀に選んだ作品を取り下げるという展開はとてもリアリティーがあるが、さらに最終段階ではもう一波乱ある。家族の物語として描いたところが安易という批判もあったが、自分としては、この市長夫婦の葛藤は心に染み入るところがあった。
最優秀賞を取った画家の記者会見での態度は横柄であったが、言っていることは正しい。「これでは記事になりません」と会見の場で泣きつくような質問をしている新聞社の記者は、修行が足りなさすぎる。昨日入社した新人みたいで、新聞記者が押しなべてこのようなへなちょこばかりと客席に思われては困る。
コリッチでも議論沸騰のこの作品だが、それだけインパクトがあり、問題提起を行った優れた戯曲だということだ。あえて注文を付ければ、SNSなどインターネット言論の無責任さをもう少し丁寧に描いてほしかった。私に言わせれば、この最優秀作よりもネット言論の方が出鱈目なのだから。

紙屋町さくらホテル【7月17日~18日公演中止、山形公演中止】
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2022/07/03 (日) ~ 2022/07/18 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/07/07 (木) 13:00
座席1階
先の戦争で、特高に監視されながらも当時の新劇の舞台をやり遂げようと奮闘する役者たちの物語。自由に表現できる喜びを痛感させてくれる。
身分を隠して高位の軍人が劇団に参加しているのがポイント。冒頭に、その軍人たちによる核心となるシーンが展開する。陸軍と海軍の確執は知られているが、お互いを尾行したり、自分たちの主張を通すためなら同じ帝国軍人なのに切り捨てる道も取るという、組織としては崩壊している姿も劇中で描かれる。
印象的なのは、テーマソングとでも言うべき「すみれの花咲く頃」だ。この曲をピアノをバックに合唱するシーンは強く印象に残る。これこそが失われてしまってはならない大切な平和なのだろう。
宝塚をやめて新劇に移った実在の女優が描かれ、演じる松岡依都美が宝塚方式の演技を披露する場面がおもしろい。座組みに参加している俳優たちがしっかり自分の持ち味をそれぞれ発揮していることで、この舞台が輝くのを目の当たりにする。
台詞の中に「人間の中でも宝石のような人達が俳優になるんです」という場面があった。ホントにそうかもね、と思ってカーテンコールがやまない劇場を後にした。

梶山太郎氏の憂鬱と微笑
劇団道学先生
新宿シアタートップス(東京都)
2022/06/29 (水) ~ 2022/07/10 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/07/04 (月) 14:00
座席1階
2017年に劇団創立20年記念公演として上演された演目という。座付き作家の中島淳彦さんは当時まだ、ご存命。主宰の青山勝氏が1年勘違いしたために、あらためて記念公演の本を書かねばならなくなった中島さんは「20年記念のネタは去年全部使ってしまった」とぼやきながら書いたのだという。そうパンフレットにしるしてあるのだが、これが事実なら、いったい中島さんの懐にはどれだけのネタが入っているのかと感心する。
ネタに行き詰まっている主人公の小説家・梶山太郎をめぐる人たちの人間味あふれる笑いと涙の物語は、「ネタがない」なんてうそでしょ、と言いたくなる出色の出来なのだ。
梶山太郎は自分が行き詰まっていることを素直に認められず威張り散らしたり、怒鳴ったりという男なのだが、生活費を稼ぐために書いている児童書の連載も打ち切りを宣告される。また、これもアルバイト的にやっていた文化センターの文章教室も、自慢話ばかりする授業のため生徒数が激減、打ち切り通告に担当者が訪れていた。そんな小説家の妻は実は資産家なのだが、梶山のわがままを受け止め、ご主人を立てて付き従っている。妻の支えがあるのに文章教室の生徒である女性にちょっかいを出す梶山。物語は梶山の書斎に客人としてやってくるさまざまな人たちとの微妙な人間関係を浮き彫りにしながら進んでいく。
中島さんの本は、それぞれの登場人物の立場、シチュエーションやお互いの関係が絶妙で、その人間関係が縦横に走って物語に幅を持たせて飽きさせないというところがすごい。さらに、会話劇の中で言わなくてもいい「余計な一言」をそれぞれのキャラクターに言わせるなど、せりふを聞いているだけでも面白さ抜群なのだ。
出版社の編集者で「西城秀樹」という歌手と同姓同名のキャラクターを設定したのはご愛敬だと思いきや、ご愛敬だけでなく、携帯の着メロなどさまざまな小道具を駆使して笑いを取っていく。ラストシーンの大合唱はもちろん客席も参加し、あの名曲を歌ったのだ。満席の客席のあちこちから「あーおもしろかった」の声が聞こえてきそうな、そんな幕切れなのだ。
とにかく、自分が見てきた小劇場の作品で、これほどまでに脇役の登場人物たちに多彩な物語を持たせて存在感を示している作家は、見たことがない。
演出もテンポがよくて、すっかり魅了されてしまう舞台。「あーおもしろかった」と劇場を後にしたいなら、今はこの作品が一押しだと言いたい。

JACROW#28『鶏口牛後(けいこうぎゅうご)』
JACROW
座・高円寺1(東京都)
2022/06/23 (木) ~ 2022/06/30 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/06/27 (月) 14:00
座席1階
今回のJACROWは政治ではなく、アパレル業界の企業もの。しかもSDGsをネタに、新旧世代や老舗・ベンチャーを対比させ、さらにこれをパラレルワールドで描くという離れ業をやって見せた。
ファストファッションは、これまでのトレンドだった。着たいものを、より安く消費者の元に届けるのはビジネスとしての常道で、老舗アパレルの上層部はそうやって生きてきた。しかし、このところの環境重視で買い物をする若い世代のニーズを取り込まざるを得ない。海洋ごみを素材に再生させ、それを新作ファッションに取り込むという若手のアイデアはいい、と会社の上層部は考えるが、100%新素材ではコストがかさむ。「いくらサスティナブルなコンセプトでも高ければ買わない」と切り捨てる会社の論理に黙らされる若手のプロジェクトチーム。「こんな会社、やめて起業したら」の声が出る。パラレルワールドというのは、「会社に残る」「起業する」の両方の人生をこの舞台で呈示するということだ。中村ノブアキ氏、なかなかの策士である。そうくるとは思わなかった。
というわけでこの舞台は、単なる昭和世代と平成時代の世代対立という単純な切り口でなく、多彩な側面を見せながら客席を飽きさせない。主人公の実家の父母の来し方に触れながら、大企業の中で安定した生活を送るのか(牛後)、小さいながらも自分が興した会社のトップになってリスクを覚悟しながら人生を切り開いていくか(鶏口)。今回の舞台の発想の原点はここにあるのだが、中国のことわざにあるように「鶏口となるも牛後となるなかれ」とは説かない。パラレルワールドを用いた台本は、こうして新鮮な世界観を見せてくれるのだ。
人生の分岐点の先を両方体験できることはできないが、客席もそれぞれの人生に今回の舞台を重ね合わせながら、鶏口か牛後かという切り口だけでない、自分のパラレルワールドを想像しながら舞台に没頭することができる。
文句なしに、おもしろい。

バロック【再演】
鵺的(ぬえてき)
ザ・スズナリ(東京都)
2022/06/09 (木) ~ 2022/06/19 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
鑑賞日2022/06/13 (月) 14:00
座席1階
呪われた洋館を舞台としたホラー。冒頭から大音響の雷鳴、絶叫でスタートする。音響と照明でおどろおどろしさを具現化。「うるさい」との感想もあったが、あれぐらいの音じゃないと雰囲気が出ないかも。
下界とは閉ざされた、という感じだが、洋館は長野県のどこかにあるらしい。携帯が通じないはずなのに、その洋館の固定電話の番号から電話がかかってくる。その電話、取ってはだめ!との叫びもむなしく、応答すると舞台が暗転して時空が変転する。近親相姦あり、放火事件あり、殺人事件あり。会場は下北沢のスズナリだが、これだけの迫力ある演出、テント演劇で再現されたものを見てみたい。
奇想天外なストーリーかつ迫力舞台でよかったと思う。ただ、自分的には映画も含めてホラーは「ごめんなさい」なので、☆は三つです。

朗読劇月光の夏
チーム・クレセント
ザムザ阿佐谷(東京都)
2022/06/09 (木) ~ 2022/06/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/06/11 (土) 13:00
映画化もされた著名な物語。先の戦争で、出撃直前の二人の神風特攻隊員が「ピアノを弾かせてください」と国民学校に突然訪れ、一人がベートーベンの「月光」を弾く。二人に応対した女性教師が戦後、この話を小学校で語って話題になったが、名前を聞いていなかったためその特攻隊員が誰なのかが分からない。地元の記者たちが探り当てた元隊員は、かたくなに語ることを拒む-。
この話を知っていれば、もう、月光のメロディーを聞いただけで目が潤んでくる。音楽の教師になりたいと言っていた青年は、自ら特攻に志願して散っていった。しかし、「熱望する」と書いて志願したのは、ほかの回答が許されない空気が支配していたためだろう。お国のために死ぬという「崇高さ」は、自分の将来の夢よりもはるかに重要なものだった。出撃前夜、外に出て「俺は死にたくない」と吐露する隊員に心を打たれる。日本人はこのような歴史を経験したからこそ、軍隊とはどういうものかをきちんと胸に刻まねばならないのだ。軍隊、すなわち自衛隊を増強することに現政府が熱を入れ、それに少なくない人たちが賛成している。その先に何が待っているのかを、この舞台を見て知るべきだ。歴史の教訓は、国家や国民の将来を左右するのだから。
朗読劇だがストレートプレイの要素も盛り込まれ、さらにピアニストによる演奏が効果的に使われている。チームクレセント主宰の片山美穂が女性教師役とナレーターを務め、舞台を引っ張る。その片山と、元隊員を取材するテレビ局のディレクター役の落合明日香は、その役柄とは別に目を潤ませていた。まるで客席と呼応したようだった。舞台と客席が一つになって、拍手が長く続いた。
振武寮という、出撃したものの戦闘機のエンジン不調などで戻ってきた兵士をねぎらうどころか隔離した恥知らず扱いをした旧日本軍の非道な部分が、この小説「月光の夏」で世に知られることになる。軍人の役割は国家のために死ぬことだ、という空気がこの地球から取り払われない限り、戦争は果てしなく続くのだろう。
あえて一言いうのであれば、朗読劇よりストレートプレイで見たい。

しゃぼん玉
劇団文化座
俳優座劇場(東京都)
2022/06/08 (水) ~ 2022/06/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/06/09 (木) 14:00
座席1階
乃南アサの小説の舞台化。初演は2017年で、劇団代表の佐々木愛は、映画もあるけど舞台化するのに躊躇はなかったとパンフレットで書いている。文化座としては三度目の上演となる。
父親のDVもあって両親が離婚し、何をやってもうまくいかず自暴自棄になって、ひったくりなどを繰り返して各地を流れていく青年が主人公。運転手に刃物を突き付け無理やりヒッチハイクをしたものの、うっかりウトウトした隙にトラックから蹴落とされ、山深い奥地をさまよう。ここでたまたま遭遇した、バイクの単独事故を起こした老女を助けたことで、この老女の家にしばらく居つくことになる。三度のうまい飯と、高齢者ばかりの村で頼りにされる体験などが、少しずつこの青年を変えていく。
小説を読んでいないと、この物語の結末、つまりこの青年の行く末がどうなるかを舞台を見ながら思いめぐらすことができる。自分としては、ハッピーエンドでよかったと胸をなでおろした。この青年が負っているそれまでの人生での自己肯定感の低さは、相当に深い。だから、また元の「しゃぼん玉のように漂って消えてしまう」人生に戻ってしまうのではないかとハラハラするのだ。そんな思いで舞台に見入っていると、休憩含めた3時間も余り長く感じない。
劇中、佐々木愛がさっそうとスーパーカブにまたがる場面を見た時は本当にびっくりした。もうすぐ80歳の女優さんのこの姿に勇気づけられた客席の高齢者も多かったはずだ。やっぱり文化座の佐々木愛だ。人生100年時代というけれど、いくら経験と鍛錬を積んだ女優とてなかなかできることではない。山村の村では90歳を過ぎても元気に畑を耕し、近所の人に助けられながらも独居で生きる人(特に女性)は少なくないと言われるが、こうした役柄を演じさせたらこの佐々木愛という女優の右に出る者はいないだろう。
ただ、演出には少し難が。まず、この主人公の青年に語らせるモノローグが長いのが気になった。むしろ、ナレーションを別につけた方がよかったような気がする。もう一つ、舞台転換では可動壁に平家落人の村、椎葉村のお祭りなどの映像が映し出されるが、この壁を動かすときのゴーっという音が少し、気が散る。村のおばちゃんたちなどを含め、役者たちの輝きは本当によかったのに、少し残念ではある。

夏至の侍
劇団桟敷童子
すみだパークシアター倉(東京都)
2022/06/07 (火) ~ 2022/06/19 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/06/08 (水) 14:00
座席1階
東憲司が以前からずっと練り上げていたという九州の金魚問屋の物語。桟敷童子がこれまで演じてきた炭鉱三部作などのように、時代の流れとともに滅びゆく産業への悲しくも優しいまなざしに包まれた秀作である。
客席を毎回驚かす舞台美術。今回は派手さはないものの、やはり最終局面で登場するセットは、それまで物語に没頭してきた客席の心をわしづかみにする。詳細は見てのお楽しみだが、今作もやはり、期待を裏切らない。
冒頭は風雨が吹き荒れる台風の場面から始まる。天井から激しく滴り落ちる水は、アングラ劇団がテント公演で見せるシーンをほうふつとさせる。この台風で跡取りの息子を失った老舗金魚店「鍋島養魚」は、母親(客演の音無美紀子)と息子の嫁(板垣桃子)が必死になって切り盛りをしていくが、やがて水路がよどむほど没落してしまう。新興の金魚店が買収するため老舗の設備などを値踏みしているところに、厳しい母や金魚問屋の生活が嫌でかつて家を飛び出してしまった姉妹が戻ってくるところから物語が展開していく。
夏至の侍とは、どこに隠れていたのか泥水のような水路の中で生き続けていた幻の金魚。これが、売り物になる金魚がいないため金魚鉢に浮かべられたブリキのおもちゃの金魚と対比するように、物語を盛り上げていく。生きるためには町の一時代を築いた伝統産業から身を引き、すべてを売り払ってスーパーのレジ打ちをして暮らさなければならない母と義理の娘の苦悩と、それでも夢(夏至の侍)をどこかであきらめきれない母の心の叫びが交錯する後段が、客席の心を揺さぶった。終盤では周囲に静かなすすり泣きの声も漏れていた。
音無美紀子のストイックな演技と、義理の母親と老舗を陰に日向に懸命に支えてきた嫁の一歩下がったスタンスを表現した板垣桃子の姿は印象に残る。
炭鉱三部作などで見事な子役を務めた大手忍が、今作でも実力を発揮し存在感を示している。

夫婦レコード
劇団青年座
俳優座劇場(東京都)
2022/05/27 (金) ~ 2022/06/05 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/06/02 (木) 14:00
思わずもらい泣きしてしまうような場面が幾度と訪れる。笑える場面もたくさんある。自分が昭和世代だからではないと思う。ホームドラマがとりわけ好きだからでもないと思う。それゆえ、間違いなく秀作だ。22年ぶりの再演ということだから、見逃すと損するかも。
劇団道学先生の作家、故中島淳彦さんの作品だ。道学先生の舞台は最近、見たことがあって、やはり中島さんのDNAが受け継がれているんだな、と今思い返して痛感する。そのDNAの源流を探る作品を、青年座が演じてくれたというわけだ。
舞台はいかにも昭和の一軒家というしつらえで、温泉旅行に出かけて心臓発作で死亡した妻の葬儀後という場面から始まる。残された一家は夫と5人娘。この5人の娘はそれぞれ性格が違っていて、それが家族の中で補完しあっている感じもしておもしろい。さらに、その娘一人一人と父親との人間関係が絶妙だ。この人間関係が少しずつ解き明かされていくのがこの舞台の真骨頂なのだろう。
時代は、王貞治がベーブルースの記録を抜く、という1977年。今ならAEDなどがあって救命され、違う展開の物語になるのかもしれないが、当時は救命される可能性は低く、そのあまりにも早い突然死を夫は受け止められずにいる。これからゆっくりと夫婦の時間を楽しもうといろいろ考えていただろう。日ごろはいて当たり前という感じだったとは思うが、大切なパートナーを失って「もっと一緒に話したかった」と号泣する夫は本当に痛々しい。
その父を、5人の娘がそれぞれの性格を前面に支える。家族の一員に男性もいるが、それは次女の夫、三女の婚約者である。この男性二人もそれぞれの立ち位置で家族の一人として頑張ってふるまおうとする。ここも大きな見どころだ。
実はもう一人男性が後段に登場するのだが、ここで書くのはやめよう。登場人物一人一人がある意味で主人公となり、全体の物語を紡いでいく。
昭和という上向きの時代背景だから輝く物語なのかもしれない。だが、世の中の仕組みや世情が違う今の時代でも、ホームドラマが受けないと言われている今でも同じように輝く物語があると思う。そんな物語を紡いでくれる作家の舞台を見たい。

任侠サーカス ~キズナたちの挽歌~
熱海五郎一座
新橋演舞場(東京都)
2022/05/29 (日) ~ 2022/06/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/06/01 (水) 13:30
座席1階
高齢化が進むヤクザの「任俠熱海組」と、その抗争相手の「沼津一家」。これに静岡県警のヤクザ担当刑事たちが絡んで繰り広げられる「義理と人情のアクション劇」。スーパーエキセントリックシアターの舞台から見るとかなり落ち着いたイメージの舞台だが、休憩をはさんで3時間余りのステージはコロナ禍の中で久々に大笑いができる仕上がりだ。
新橋演舞場は今回から、花道の使用を許可したという。ここが使えると使えないとではかなり大きな違いがあるだろう。ゲストのA・B・C-Zの塚田僚一がバク宙で登場するシーンなど、おもしろさが増している。
設定が「高齢化に苦しむ暴力団」なので、三宅裕司やラサール石井、小倉久寛ら座組の主力たちはその老化ぶりを競って表現することになるが、本人たちも結構高齢化といっていい実年齢だけに、その演技もあいまって何だか哀れを誘う。客席もかなり高齢者の人が多かった。もちろん、年に1度のこの舞台を楽しみに来ているつえを突いたおじいちゃん、おばあちゃんにとって、新橋演舞場のこの時間は、替え難いものなのだが。
浅野ゆう子はさすがに貫禄があった。その妖艶さは際立っていた。W浅野という懐かしい言葉も聞けて満足。休憩時間のバックミュージックは幅広く昭和の歌が流れていて、自分を含めたおじさん・おばさんたちも大満足だ。
ただ、刑事役で登場する春風亭昇太はどうなのだろうか。この人、落語家だけにカーテンコールの時の小話は強烈に面白かったが、役者には向いていない。台本もそれを見越してせりふをかむというのをギャグにしていたのだが、ちょっとかわいそうで見ていられない感じだった。
自分としては、スーパーエキセントリックシアターの舞台の方がギャグに切れがあって「あー、おもしろかった」と劇場をあとにできる。切れが今ひとつだったのは、役者さんが年を取ったためとは思いたくないなあ。

眞理の勇氣
秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2022/05/13 (金) ~ 2022/05/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/05/13 (金) 19:00
座席1階
戦前の唯物論の哲学者戸坂潤が主宰した唯物論研究会が特高警察の弾圧で解体され、戸坂自身は終戦直前に獄死する。その生涯をたどる物語。
戸坂という人は「忘れられた思想家」なんだそうだ。それに光を当てて戯曲化するというのはさすが歴史に造詣のある劇団チョコレートケーキの古川健氏である。古川氏が青年劇場に書き下ろしをするのは初めて。演出にはこまつ座の舞台で力作を重ねている鵜山仁氏。この二人の戯曲を、青年劇場の俳優たちがしっかりと演じきった。
ただ、この舞台に驚きはない。戸坂が長野刑務所で獄死したという連絡が家族に入る場面から始まり、研究会の設立から弾圧による獄死までを淡々と描くという筋書きはぶれることはない。特高警察による思想弾圧、言論弾圧を取り上げた舞台は多く、この舞台もそういう意味では何が起きるか、どんな結末になるのかというワクワク感はない。
しかし、淡々と描かれる戸坂たちの会話劇、そして研究会の事務所に居座って監視を続ける特高警察の刑事たちとの会話は見どころだ。担当刑事が「今のはどういう意味だ。報告をしなければならないから教えてくれ」という場面が数回出てくる。戸坂が大学の学生たちに教える場面でも学生たちが分かったような、分からないような顔をしているというセリフが出てくる。セリフの中には戸坂が唯物論を説明する場面もあるのだが、やはり難解である。分からないものに政治権力が恐怖感を抱き、「あいつらは何をするか分からないから、事前に取り締まっておく」という思考回路であることが提示される。
政治権力が、理解をするのが難しい学問を排除しようとすることは、今の世の中ではあまりないかもしれない。むしろ政治権力が防衛や外交の本当の中身を機密として市民から遠ざけるというやり方で言論統制は進んでいる。今回の舞台で演じられる言論統制は、検閲が進行して自由にモノが言えなくなった段階での話だ。自由に発言したりモノを書いたりする自由が失われると、次に来るのは「わけのわからいものは取り締まっておく」ということになる。
ウクライナ戦争でロシアが言論統制を強化しているが、ロシアの国内はまさに、戸坂たちが弾圧された時代の日本と同じなのだろう。ロシア政府は、少しでも政府に都合の悪い言論を行う者は「外国の代理人(スパイ)」としてその集団を解散させ、メンバーを投獄している。
この舞台で自分が感じたのは、ロシアの言論統制を笑うことなどできず、真理を語るのに勇気が必要という時代の再来を何とか、防がなきゃ、という恐怖なのであった。
もう一つ、戸坂が妻がありながら研究会の同志の女性と深い関係になり、こどもができるという場面も描かれる。当時は妾の子というのは珍しくなかったと思うが、研究会の場で女性のメンバーに「嫌悪する気持ちはある」と言わせている。こういう場面も今回の戯曲の特徴の一つだと思う。

『焔 〜おとなのおんなはどこへゆく〜』
下北澤姉妹社
駅前劇場(東京都)
2022/05/11 (水) ~ 2022/05/15 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/05/12 (木) 14:00
座席1階
価格4,500円
息をもつかせぬ会話劇。東京湾岸の高級タワーマンションのパーティールームに同窓生の女性たちが集まるという設定だ。一見「女の幸せ」の争いとも見えるが、実はもっと複雑だ。見終わってストンと落ちるところがない。だが、これがこの舞台のいいところなのだろう。
「携帯の電源を切って」というお約束の前口上の演出家を排して登場するのが、タワマンの女性コンシェルジェだ。この若い女性が終盤、重要な役割を果たすのだが、それは見てのお楽しみ。主人公は続いて登場する仲のいい3人の同窓生だ。
結婚して主婦となり、大学に合格した一人娘がいる女性。親子3人でパーティーに参加する「円満な家族」だ。続いて、事実婚で形成外科医のパートナーを持つ自らも医師の女性。有名大学を出て医師となり、子どもを持つこともなく仕事に邁進し高級マンション暮らしという経済的な成功を遂げている。さらに、結婚と離婚を繰り返し4人の男の子を産んだ、都営住宅に住む美容師の女性。今の彼氏はウーバーイーツのような配達員で生活は苦しい。
かつて「負け犬論争」というのがあった。結婚して子供を産まない女性は「負け犬」という扱いだ。会話劇が進行する中で、低所得をさげすむようなニュアンスの言葉や、子どもを産まない女は幸せでない、みたいなせりふが出たりして、聞いているだけでハラハラする。仲がいい同窓生と言っても、本音では友人を下に見て少しの幸せや安全を感じようとする。男にもそういうところがあるが、女性の会話劇でそういう本音炸裂の場面を見ると、なんだがため息が出てしまう。
切れ味鋭いナイフのような言葉で切りつけ、その直後に返り血を浴びる。時折客席を笑いに巻き込みながらも、観客は心から笑えない。そういうところが「ストンと落ちない」という感想につながるのだが、お互いの化けの皮がはがれて本音の戦いになるという展開はおもしろい。これはもう、このような戯曲にのめりこんでいけるかどうかという、好みの問題だ。評価は分かれるかもしれない。

愛に関するいくつかの断片
五反田団
アトリエヘリコプター(東京都)
2022/04/25 (月) ~ 2022/05/05 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/04/25 (月) 15:00
座席1階
若者らしい軽快な会話劇。ソファやクッションなど舞台上の小物をうまく活用した場面転換。そして何よりも影の主人公である「愛」とはどんな女性で、誰なのかという謎解き。完成度が高い舞台を堪能するに価値ある90分だった。
五反田団を主宰する前田司郎氏は岸田國士賞も取った実力派である。今作は2年前の4月に上演予定だったものがコロナ禍で延期された作品だ。本人も語っているようにいつもの倍の時間をかけることができたそうで、細やかなところまで磨き上げられていたという感じがする。タイトルである「愛に関するいくつかの断片」を、客席は一つ一つ拾い上げながらパズルのようにはめ込んでいく。そんな作業をしているような楽しさがあった。
愛するとはどういうことなのか。恋の続きとして愛が出てくるとよく言われるが、本作でもそんなせりふが出てくる。しかし、ここに登場する一人の男は「愛するとはどういうことか分からない」と心の底から分からないという表情で苦悩するのだ。二股をかけるとか、不倫は許せないとか、結婚してお互いが空気のような存在になったとか。客席は七変化のように姿を変える愛を面前にして、前田マジックにかかったように最後まで深く考え込まされてしまう。
あっさり訪れるラストシーンが何だが心地よい。いつまでも浸っていたいような不思議な気持ちで元工場だったというアトリエヘリコプターを後にした。もう一度書くが、この90分は買う価値がある。

秘密
劇団普通
インディペンデントシアターOji(東京都)
2022/04/20 (水) ~ 2022/04/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/04/24 (日) 13:00
座席1階
千秋楽。王子小劇場は満席だった。前作の「病室」に続いて拝見。かなりきつく聞こえる茨城弁にはまだ、慣れないのだが。
さて、今作も丁寧な会話劇が繰り広げられる。家事など家のことはまったくやってこず、一方的に妻を怒鳴りつける昭和の親父。妻が入院したため長女が実家にやってきて手伝う、という状況からスタートする。
長男もその妻と実家にやってくるが、実際に毎日父を支えるのは長女である。食事作りなど家事全般がその長女にのしかかる。腱鞘炎にもなるわけだ。だが、そんな長女に父はどのように接してよいのかわからないのか、不遜な態度を取ったりする。
このお父さん、軽度の認知症ではないかと感じた。ただ感じただけだが、自分の一方的な思いをぶつけたり、何度も同じ言葉を繰り返したり。もし、認知症だからといってそれがどういうことでもないのだが、とにかくその会話の一つ一つが痛々しい。
妻は退院してくるが、入院時のリハビリがあっても足腰が弱り、支えがないと歩行が安定しない状態だ。それが何とも悲しく、現実感あふれる場面だ。そんな妻に手の一つ貸そうとしない夫。そんな弱った妻にどう対応していいか分からないのだろう。もう、見ていられないほどの悲しさを覚える。それは本当にありそうな物語で、自分の老親を思い出したりするとさらに胸が苦しくなってくる。
先人のコメントで「慣れていない人は退屈かも」と書いてあったこの会話劇。だがやはり、自分もそうだが、観客の中にはその会話が胸に刺さる人がいるのだ。前に座った女性はハンカチを握りしめて泣いていた。誰かが亡くなるなど悲しい場面があるわけではないが、このリアリティーあふれる会話のキャッチボールに胸が震えるのだ。もし、自分にとって慣れない茨城弁でなかったら、その思いはもっと強くなっていたかもしれない。
劇団普通の真骨頂はここにあるのだろう。何気ない、一見つまらないとも感じる会話劇が、実は演劇がテーマにすべき日常の機微を思う存分に描き出しているのだ。笑うところがあまりない分(笑っている人がいたが、これは老いを揶揄するセリフであった)、前作の「病室」よりシビアな2時間であった。

5月35日
Pカンパニー
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2022/04/20 (水) ~ 2022/04/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/04/21 (木) 14:00
座席1階
5月35日とは、6月4日に起きた中国の天安門事件の隠語なのだそうだ。独裁的政府がいかに住民を蹂躙するか、ウクライナへの侵攻を続ける独裁国家ロシアのことが世界中の人の頭から離れない今、天安門事件の芝居は非常に胸を打つ舞台である。
国家は国民を守らない。守らないどころか抹殺もするし、殺害もする。民主国家になったはずの日本も関係ない話ではない。太平洋戦争当時は政府に都合の悪い情報は報道されなかったし、国家に逆らうものは非国民として断罪され、刑務所で非業の死を遂げた。戦後の日本も、政府を批判する人は排除されている。安倍元首相の演説にやじを飛ばして拘束された事件がいい例だ。
この舞台でも、ラストに近いところで天安門被害者の父に「(命日の6月4日が過ぎるまで)旅行に行ってもらう」と公安が言い放つ場面が出てくる。為政者に都合の悪い国民には消えてもらうという発想は日本だって無縁じゃないのだ。ゼロコロナ対策で強制的に封鎖された上海を日本国民は笑えない。今回の舞台は、そうした類似性を否応なく客席に突きつけてくる。
Pカンパニーの「罪と罰」シリーズは本当に面白い。今回、脳腫瘍で数か月の命と宣告されながら、国家に殺害された息子の命日に天安門で弔いたいという母親を演じた竹下景子、その妻に当初は振り回されながらも、最後は日付も理解できなくなった妻の代わりに決死の覚悟で天安門に向かう夫を演じた林次樹。二人の力のこもった姿は強く印象に残った。権力を振りかざす警察官で身内にいて、家族が引き裂かれていくという筋書きも非情な世界を際立たせた。