Obtain~over the horizon~
風凛華斬
シアター風姿花伝(東京都)
2015/10/22 (木) ~ 2015/10/25 (日)公演終了
満足度★★★
エンターテイメントのようだが…。
海洋冒険ロマン...そのイメージは映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」(2003年公開から)のようでもあった。映画はその映像に訴えたが、本公演はほぼ素舞台で、その演出・演技で観客(自分)の想像を膨らませてくれた。
登場人物は多いが、大別すれば3グループ(当日パンフに顔写真と役柄あり)で、前半の登場時はだいたいグループ単位で現れるので混乱することはないだろう。
この公演は海賊船の描写が中心になり、その大海原の場面をどう描き出せるかがカギとなっていた。それは架空の世界であり、自由に時間軸を操作し大胆な発想が楽しめる。それをどう役者が体現し観(魅)せるか。その芝居は無風ではなく、心地良い風(テンポ)を感じた。
しかし気になるところも...。
ネタバレBOX
梗概は、説明から引用「少年クルシュとトレジャーハンターの一行は伝説の秘宝を求め、 海底をさまよう大海賊ディルハムの船へと乗り込む。 その海賊船で一行を待っていたのは、とんでもない事実だった」となる。
いくつか挿話があるが、回収しきれたのか疑問が残った。
まず、お嬢様(イェン)が執事(セン)に言った、新製品(兵器?)とは何か。追跡する際の重要物に思った。この航海で試用するとのことであり、物語の展開にどう関係していたのか。
次に地の果て(地球の先)で見つけた”糸(紙コップに巻き付け)”は本来の目的ではないとの説明であったが、その本来の使用とは何か。敢えて場面を区切っての会話など...。まだ些細なことはあるが、物語に影響しそうな事柄は気になる(観逃したかもしれないが)。
大海原の帆船イメージ...二海賊団が幽霊船と交戦するシーンは、上手・下手から挟むのは右舷・左舷から乗り移るイメージであり、その臨場感をよく表していた。ほぼ素舞台ではあるが、上手・下手に段差のある台を設けてある。その高低差を利用しマスト、甲板、船倉など船の部位を表現している。その立体感は物語の壮大さとあいまって冒険活劇として動いている。そこに120年前に幽霊船になった悲しい恋愛話が絡む。愛しい人に死なれ、「秘宝」で死人を生き返らせ...。限りある「命」だからこそ、愛しく大切にしたいと思う。この時代を経て伝説化した話と、今に伝わる「秘宝」がしっかり繋がり観応えがあった。
次回公演を楽しみにしております。
無心
劇団 東京フェスティバル
小劇場B1(東京都)
2015/10/23 (金) ~ 2015/10/28 (水)公演終了
満足度★★★★
今日の問題を分かりやすく 【長谷部優 版】
沖縄県における米軍基地反対運動の話。
その問題意識は分かりやすく、誠実な捉え(観せ)方をしていると思う。実際に起きている事柄をいくつかの視点から検証させるような描き方である。
公演として、登場人物はみな善人でその場所...米軍基地反対小屋での立場の違いはあるが、本音としての思いは同じである、とのようだ。
次の点に興味を持ち、同時に気になるところも...。
ネタバレBOX
興味深く観たところは...
第一、沖縄県民による基地反対派と基地(容認)移転派の鬩ぎあい。そこには治安・環境と経済依存という対立面があることは周知のこと。それを日米地位協定を絡め、東京(羽田)と沖縄(那覇)の民間航空運賃・飛行時間を例にとり分かりやすく説明する。
第二、沖縄県以外の人が基地反対運動の応援することに対する、県民の考え、思いが語られる。ここでは、東京(立川)から来た反対運動者の視点を通じて問題提起をしていた。
第三、基地反対派のリーダーの娘と米兵との恋愛。その国籍・立場を超えた人間(本能)的感情の素晴らしさ、父親としての心情が覗く。その例として基地の兵による暴行などが悲惨な事件として語られる。
この物語の舞台セットは、中央に「基地反対違法工作物」としての小屋が建つ。そして反対プラカード。音響に米軍機の爆音が...。
気になるところは...
沖縄県以外の人(自分も含め)は日常的に現実を見ていないが、逆に沖縄県民が自分たちの直面している問題を疾病(痛風)の身体症状の比喩表現として...”小指”ほどという認識・同調?であるとすれば残念である。
さて、日本には第二次世界大戦後に制定発布した「日本国憲法」があるが、それとは別に新日米安保条約に基づき日米で締結した「(日米)地位協定」がある。この協定により在日米軍の取り扱い(治外法権、特に裁判権)は、日本国内であっても日本の法律より優先され、駐在公館(兵は外交官扱い)のようである。1995年に起きた沖縄米兵少女暴行事件等、また、それ以外にニュースにならない痛ましい事件があるかもしれない。日本の中にあってその主権が及ばないという不思議さ。日本国憲法との関係は整理できるのか等々、自分で思考することの重要性を投げかけてくる。
芝居としては、重要な問題提起をしているが、重くならず客観的な描写に徹していたようだ。一人ひとりの立場、考え方の違いがある中で、それでも敢えて沖縄県米軍基地問題を今日的テーマとして取り上げた意義は大きいと思う。
次回公演を楽しみにしております。
家を出た
ことのはbox
d-倉庫(東京都)
2015/10/21 (水) ~ 2015/10/26 (月)公演終了
満足度★★★★
格闘している演出と演技【Team葉】
その場...非現実な関係性の中でどう表現するか、極めて難しい演出・演技だと思う。それに果敢に挑み体現しようと格闘しているようであった。
その舞台空間はオフホワイトを基調にした浮揚感あるもの。そして物語は回想録でも自伝でもなく、強制的にその場に連れて...いや出現させられた。その形容し難いものを体現する演技...役者は自然体で「その場を表現」しなければならない。
本公演では、主役は「その場という舞台空間」であり、それを立体し概形するのが役者の役割だと思う。その雰囲気は出ていたが、少し気になるところも...。
ネタバレBOX
舞台セットは上手に踊り場のある階段、中央はテーブルを四方から囲むようにソファー、下手は受付カウンター、キッチン(?)。舞台中央奥と上手に通路。そのイメージはシェアハウスのようである。その場は無念の空間(時の経過や天候もあった)であろう。予期しない「死」、これをどのように受け止め、現世への思いを断ち切れるのか。この形容しがたい世界は非現実であり、もはや自己顕示とは無縁の所である。一方、その場にいる(死)人は、まだ現世への未練と残してきた家族や周りに人々が気になる。この一見矛盾した不条理とも思えるような事象の不思議さ。役者たちは脇役の位置に身を退かせ、むしろこの空間が自分達に似つかわしくないという、世界観を丸ごと描き出してほしかった。
本公演では、”その場の登場人物”は自己主張をし、現世への「未練」と「恨み言」が騒がしいゆえに、その場は現世と来世の挟間で彷徨っている、死しても成仏できないという憐憫が観てとれない。慎ましやかな台詞回しによって、逆に非業(情)な死に対する慟哭のようなものが聞こえるのではないか。
さらに、”消える”に至った心境の変化が分かり難い。突然に4人が消える、管理人さんが消える、という部分を描くことによって、先の場面がイメージできる。その消える思い...それが何であるか、もしかしたら”その場”が無(消)になる。思いがあるから、その・この場が存在するのであれば、その消える気持を十分伝え(観せ)ることが大切だと思う。
次回公演を楽しみにしております。
オバケの太陽
劇団桟敷童子
すみだパークスタジオ倉(そう) | THEATER-SO(東京都)
2015/10/23 (金) ~ 2015/10/30 (金)公演終了
満足度★★★★★
黒い涙が…
場内は、一面ひまわり畑で、それは実に美しい。同じように戦後復興期における労働者、特に炭坑労働者の資本(会社)に対するいくつかの檄文も掲げられている。
その炭坑街をイメージする風景...一瞬の舞台転換で栄枯盛衰を表現する演出の巧みさ。
その後、廃炭坑街で暮らす人々のあり様と人情味は心に沁みる。そしてラストシーンは滂沱する。
ネタバレBOX
戦後の復興期に鉱工業生産が間に合わず、鉄道敷設等が出来なかった。その後、政府の石炭優先の傾斜生産、炭坑治安が功を奏し経済再建に貢献した。
しかし、1970年代オイルショックを契機にエネルギー政策も影響し、炭坑衰退の一途を辿り、1997年の三井三池炭鉱閉山をもって炭坑の灯が消えた。本公演は衰退後の炭坑街を背景にした人情劇であり、鉱産業ノンフィクションのような公演でもあった。その底流にある人間讃歌は観る者の魂に響く。
冒頭はとにかく”熱い!”石炭という黒いダイヤを採掘する人々のエネルギーが場面ごとに観てとれる。国策、企業発展のために酷使された人々、その労働者たちの労働歌「がんばろう」から始まる。仕事へのなりふり構わない情熱、それに伴う街の賑わい。暗い地底で危険との隣り合わせの中から仕事や世相を歌った炭坑節。その音楽選定なども見事であった。
一転、炭鉱閉山...炭坑での事故(爆発、CO中毒等)によって家族離散・孤児になった人々も多くいるという。経済成長の陰で泣いた人。公演ではそんな人(子)に焦点を当て温かい眼差しで見守る。
ラストは、石炭を燃料として走る機関車(OBAKE62号)が疾走する。それは遥か昔のことのようだ。”オバケの太陽”というタイトル、その意味する慈愛にあふれ前向きな言葉(その太陽は沈まない、その太陽は夢を見る)が印象的である。機関車の前部に座っているのが、今はいない2人の姉と当時の僕...松尾元(池下重大サン)。
さて、梁瀬範一(大手忍サン)が、帽子を目深に被り、涙を見せず両肘張って歩く姿...その虚勢のようにも見えるが、まっすぐ前(客席)に向かって歩く姿、そこに(紙)吹雪が、それは向日葵の花弁が舞っているようでもある。本当に余韻があり感動した。
次回(第二部、第三部)の公演も楽しみにしております。
Le Lien Perpetuel~ル・リヤン・ペルペチュエル~
劇団SANsukai
萬劇場(東京都)
2015/10/21 (水) ~ 2015/10/25 (日)公演終了
満足度★★★★
大いに笑って楽しめる
シチュエーション・コメディ...本当に心温まる公演である。そして色々なサプライズがあり、そのプロデュースは藤田あつこ女史(主宰)、作・演出は夢麻呂氏である。
心温まるのは、単に芝居の内容だけではなく、公演全体の印象として「人に優しい」からである。人にフォーカスした内容で、社会性云々はあまり感じられない。表層的には観て面白い、楽しいという明快なコンセプトがある。しかし、裏テーマとしては、人の幸せは嫉妬もあるが、頑な人の心を氷解させ、拗れた問題解決への糸口になるような会話が生まれる、そんな人間がもっている善...愛情・信頼・人情の部分をしっかり観せる。きれいごと、という感じではあるが、そこはコメディなのだから目を三角にしない。
この芝居の展開について、好悪があるか分からないが、自分の好みは...。
ネタバレBOX
次のことが気になった。
結婚式場におけるドタバタ騒動、それ自体はコメディなので細かいことはなしにして、話を散らかしてもよいと思うが、それを回収(全ピースの収納)していく過程があまりに偶然の重なり、ご都合的に思えてしまう。
また、この偽結婚をしなければならないという動機...両親(母は亡く遺影)へのサプライズ プレゼントにしては騒動が大きく理由付が弱い。これが、先生役(福田らんサン)が経験した部活動(女子バスケット部)のエピソードであれば納得できそうである(レギュラー部員が控え部員を試合に出場させるための仮病。嘘は良くないという前提、それでもその部員の父親が末期癌のため娘の勇姿を見せたいという思い遣り)。この余命に絡んだ話は定番のようであるが、時限的であることから信憑性が得やすい。
一方、話を重くしないで軽妙なタッチでという観せ方もある。好みの分かれるところ。
さて、本公演の舞台セットは、披露宴会場...新郎新婦席、丸テーブル3席、上手には従業員出入口、エレクトーン。下手には司会演台と卓上マイク、スタンドマイク。丸テーブル上の装飾品は本物(劇団関係者に結婚プランナーがいるとのこと)。このセットを利用し、観客に結婚式をしてもらうという企画(チラシに掲載)もある。自分が観た回は、なんと劇団員の中で挙式をしていないカップルの結婚式を行った(司会:夢麻呂、来賓挨拶:藤田女史、そしてケーキに入刀のイベント 等々)。芝居より盛り上がったとの感想もあった(実はこの奥様が結婚プランナーという落ち)。
手作り感があり、それが人の温もりとなって親近感を持たせる。
なお、イベントは知人等には好評かも知れないが、関係ない観客には面白くないかも…。そのことにも配慮した対応をすべきであろう。
最後に披露宴会場ということもあり、観客を出席者と見立て夢麻呂 氏をはじめキャストがホールスタッフのように客席(全席指定)に案内誘導する。また主宰自ら もぎりを行い、イベント挨拶、劇場外で客を見送る。その姿が実に好ましい(全体を見ているという前提であるが)。
芝居★3、イベント★1、公演全体として★4つ
次回公演を楽しみにしております。
舞台版天誅-2015
ACRAFT
六行会ホール(東京都)
2015/10/21 (水) ~ 2015/10/25 (日)公演終了
満足度★★★★
魅力...エンターテインメント・アクション
第一印象は魅せる芝居であった。冒頭シーン...演技としての奇抜なアクロバット、常道な殺陣はどちらも迫力があった。特にアクロバット・アンサンブルは印象付としての演出効果が見受けられた。主役級の殺陣は千(本)を超える数で、戦闘シーンを牽引していた。どちらにしても視覚に訴え観客の心を掴んだと思う。
また、舞台美術・技術が面白い。戦国時代という設定であるが、リアル(歴史)戦国ではない。あくまでゲームという仮想世界でのこと。登場人物が多いだけに、その衣装による識別は大切だと思われた。そして照明による演出は、全体的に薄暗く重々しい雰囲気を醸し出している。それが戦国時代(忍者群)という殺戮、強・奪略という負の側面を感じさせる。史実ではない分、自由に発想し大胆に構築しているところに魅力を覚える。
この公演は、忍者ゲーム「天誅」シリーズの劇場版で、再演とのことである。初見は観ていないが、この公演はなかなか観応えがあった。
こんなにもお茶が美味い
ニットキャップシアター
インディペンデントシアターOji(東京都)
2015/10/16 (金) ~ 2015/10/19 (月)公演終了
満足度★★★★
ねじれた歪が面白い
文章のような起承転結の話が何となく繋がる。しかし、必ずし筋道立てて観やすくするという意図は感じられない。
オムニバスではなく、或る家族...姉弟たちの日常を少し誇張して描いている。それは少し捩れて歪んで観える。そのズレが何とも可笑しい。
少しずつズレる会話、すり替わる話題、緩いテンポながら妙に心に入って笑い、架空と現実の混沌とした世界観。
ネタバレBOX
4つの話
第一話...亡父の三回忌で集まった姉弟の茶の間での話。色々あって父の遺影の前で、弟は姉におチンチンを見せるが、姉はチンチンをながめ理由なく涙を流す。
第二話...場面は横断歩道に変わり三回忌の夜の出来事。妹は兄と再会する。 兄は17年前に交通事故で死んだ。 事故があった電信柱のそばで、妹は兄と再会する。 妹は33歳になっていた。兄はあの頃のままだ。
第三話...日本を離れてヒマラヤをのぞむネパール山中での話。弟は性的に淡白で、その妻との間に子はなかった。場面変わり、弟の妻はネパール...ヒマラヤをのぞむ深い山々での話。
第四話...第一話から1年たった姉弟たちの様子。
三回忌という「起」から始まり、「承・転」を経て1年後の「結」になる。
テーブル 和室畳 ロープの吊り、生演奏(キャストによる)仮面(その動きがコミカル、愛嬌、表情の凡特徴)が逆に印象に残る。
この何とも奇妙な展開をさりげなく繋ぐのが、”お茶どう”という台詞。そしてパントマイムでお茶を淹れる。父親が亡くなった以降、姉弟は記憶とうまく向き合えていないかもしれない。過去にあったことが回想録のようにも感じられ、記憶の蓋が少しずつ開いていくようだ。三回忌で集まることで溢れ出す父との思い出、それまで抱えていた悩みなど、その傷をなめ合うだけの家族。滞積していた日常から少し希望の光が射すようだ。しかし1年後...弟の妻が妊娠しており、新たな「生命」の誕生とともに「苦悩」も生まれそうである。人間の業の深さのようなものが垣間見える。よき思い出の記憶、忘れたい記憶、過去とうまく向き合うことが出来ず、流されるようである。
そんな歪でズレた芝居は面白かった。
次回公演も楽しみにしております。
四谷怪談
ジェイ.クリップ
俳優座劇場(東京都)
2015/10/18 (日) ~ 2015/10/20 (火)公演終了
満足度★★★★
情念豊かに...
東海道四谷怪談...お顔岩の顔が変わり果てというイメージが強いが、本公演は男女の悲恋を群像劇として描いたというもの。台詞は原作に沿った歌舞伎調が謳い文句である。
さて、歌舞伎の見巧者ではなく、ましてや生半可な付け焼刃的な知識も持ち合わせていない。歌舞伎的云々の台詞回しについては割愛(というか書けない)する。
全体的な印象は謳い文句のとおり男女の恋愛物語であるが、そこに描かれたものは、個人レベルの恋愛と封建時代(武家社会)における「家制度」のあり方という二面性があったと思う。
人間(個人)の欲望のひとつかもしれない情念を「本能」、一方、現代的に言えば貞操の「倫理」という対立を封建(武家)社会という軸の中で描こうとしていたようだ。
歌舞伎が容色本位の見世物から演技を観せる劇へ進歩したと考えた時、この芝居はその観(魅)せるを追求したようだ。
ネタバレBOX
始めは2話の関連性の触り、それから個別に展開し終盤に収斂。独立しつつも魅力的。男のエゴ、侍の意地、武家社会の理不尽、仇討ちの不合理・無情。時代に翻弄されるも、男・女の愛憎、妖しく儚く幽魂。 美しく官能的であるが、一方不安や疑念を巻き込んで展開する濃密で極悪なサスペンス。
当日パンフによれば、これは忠臣蔵の裏物語だという。舞台登場人物も相関図があり、四谷家、伊藤家、売春宿の3つの括りで示される。主人公は民谷伊右衛門(鯨井康介サン)で、四谷家のお岩と夫婦。お岩の妹にお袖、その夫が佐藤興茂七、このお袖に横恋慕するのが直助である。この夫婦二組の愛憎を中心に描かれる。そこに忠臣蔵の浅野家家臣(民谷・佐藤両名)、吉良家家臣(伊藤家)が絡み、武家社会の理不尽な様相が見え隠れする。大きく二組の男女の物語がそれぞれ独立して描かれているようであるが、仇討ちという時代軸を通して繋がる。その紡がれ方が情感たっぷり。ラストの殺陣や印象付ける余韻は秀逸であった。
この時代の倫理観、道徳観と現代は違うと思う。敢えてこの人物(主人公)像は、社会の秩序や規範に抵触するが、個人の行動(反倫理)を社会の矛盾に苦しむ姿として投影することによって魅力あるものにしていたと思う。葛藤が深刻に掘り下げるほど「運命」への抗いが観えて面白い。
俳優座の舞台が、エレクトロニックな光(照明)と歌謡曲(音楽)に包まれ、物語としての江戸時代(過去)と歌謡曲(現代)、そしてエキセントリックな感じの照明(未来)の融合...少し暗い照明に現代の歌謡曲と一瞬ギャップを感じせるが実は微妙にマッチしこの公演のオリジナリティを感じせる。そこに大きな世界観を感じた。
次回公演を楽しみにしております。
MAD非正規雇用X
岡本塾・ペーチカトライブ
Route Theater/ルートシアター(東京都)
2015/10/17 (土) ~ 2015/10/18 (日)公演終了
満足度★★★
シュールな...【Bチーム】
近未来の労働環境における管理社会(形態)のあり方を問うもの。特に雇用形態の弾力化・流動化によって管理層と非管理層の二分化が明確になる社会システムの弊害...現実の社会においても顕在化しているといえるだろう。それは正規雇用か否かという単なる雇用形態だけではなく、貧富差の拡大という「財貨」、同時に働き甲斐・生きがいという「気持」にも影響している。
近未来...その描き方が突飛な設定のように捉えかねないという遠慮、牽制の意味があるのかもしれないが、観客(少なくとも自分)はラジカルに思う。どのシーンも決して感情的ではなく、醒めたコメディを観ているようだ。国も地域も架空で特定しない寓話風に観せることによって悲惨な現実・現場を想像させない。しかし、ドタバタという騒動の中にしっかり問題提起を行っている。
この脚本の狙いは十分伝わるが、それを体現する役者陣の演技が弱い。一生懸命であることは分かるが、上辺だけで内面感情が覗けない。演技力のバランスも欠いたようで残念に思った。
ネタバレBOX
産業ロボットの出現している現在において、人間の労働力は特定分野にのみ発揮している、という設定である。いわゆる対人間関係を重要視するサービス産業において必要だとしている。各業種に出進している巨大企業「ブラックサバスホールディングス」、その多くは非正規社員で構成されwている。正社員への登用を夢としている姿は、雇用調整を心配する派遣労働者を想起する。
梗概...主人公・猪狩大は、非正規雇用労働者の勤務環境の改善を本社に訴え、逆に辺境のコンビニエンスストアに左遷される。そこは人口減少により荒廃し、スラム化した砂漠の町であった。そこで「ある計画」について知らされる。それは、全国の非正規雇用労働者たちが一斉にボイコットすること。
企業名からブラック企業のイメージ。経営トップ(CEO)は責任を負わない、どこかの国の企業体質のようだ。
この公演で気になる事が...
第一に、辺境に左遷された時、首枷(鎖)を付けられたが、それは自由を奪う比喩として観ていたが、辺境も管理社会か?また、本社で正規社員(シャイン)となっても、自分で首枷をした理由は何か?
第二に、交渉人となった主人公の今後である。雇われるより雇う側、管理する側として起業したのか?人の痛みを知った上での交渉人なのか、ラストのイメージは交渉・ネゴシエーションではなく、総会屋・エゴティズムのように感じてしまう。
次回公演も楽しみにしております。
底ん処をよろしく
東京ストーリーテラー
高田馬場ラビネスト(東京都)
2015/10/19 (月) ~ 2015/10/25 (日)公演終了
満足度★★★★
創業70年の優しき食堂【Aチーム】
この公演...普通の人の人生にこそドラマがある。そして市井に暮らす人々の物語として見事に結実していた。平凡であっても抱えた苦悩・悔悟があり、その逆境に向き合い克服しようとしているひたむきな姿に感動する。
舞台は戦後間もなく開店した「底ん処」...創業70年という老舗、いや古いだけの大衆食堂である。戦後の食うことに困る、それこそどん底の人たちに食事を...。この食堂に集う人々と店の主人、娘(独身)の交流を描いた泣き笑いの人情劇である。
ネタバレBOX
その描き方は「庶民の腹の味方...安くて旨い食事」といったところ。その精神は先代が書き残した「底ん処 生業の心得」という冊子にある。戦後からの復興、高度成長期を支えた勤労者への讃歌も聞こえるようだ。それは当今のエリート層や損得勘定だけで生きている人々への静かな抵抗のようでもある。「好きな道を生きる」「他人のために生きる」「あきらめずに生きる」人々であり、挫折や悔恨をバネに生きる、どこにでも居そうな日本人である。
舞台は、食堂内、テーブル席4つ、上手には自宅への出入口、中央奥にはレジ台、厨房への入口、下手には店玄関(暖簾)が丁寧に作られている。献立は和食中心に「つくねハンバーグ定食」「豚生姜焼き定食」など550~650円である(劇中で配布されるチラシより抜粋)。
シャッター商店街と揶揄されるような場所にある店。客は常連ばかりで売上げが伸びず生活はギリギリ。店主の父親は跡継ぎもいないことから廃業を考えている。そんなところに元弁護士が...訳ありなのは一目瞭然である。この謎めいた人物の目的とは...。
そして廃業を考えている店主が語る”店の歴史”が心魂に響く。70年を刻んだ店「底ん処(をよろしく)」物語の自主出版、そして店の将来はどうなるのか。謎の女性も登場するが、こちらも気になる~。
戦後70年間で日本人が得たものと、失ったものを思い起こさせる。得たものは間違いなく経済的な繁栄であり、生活の利便性であろう。失ったものは、人生には貧乏や不便から抜け出すこと以上に大切なこと、何かを知る、聞く、助けることで輝くことができるという感覚(人情に近い?)ではないか。
ちなみにラストはハッピーエンドである。
次回公演を楽しみにしております。
2015生命のコンサート 音楽劇「赤毛のアン」
DGC/NGO 国連クラシックライブ協会
東京国際フォーラム ホールC(東京都)
2015/10/16 (金) ~ 2015/10/18 (日)公演終了
満足度★★★
明るく元気な物語
東京国際フォーラムという大きな舞台にしっかりとセットが作り出される。それは「赤毛のアン」という小説に表現されている風景のイメージである。もっとも小説は自分で想像し、イメージを膨らませる。一方、公演は視覚で観せているので、自然とその情景を受け入れることになるが違和感はなかった。物語は、原作のエピソードやエポックとなるようなシーンを紡ぎ、大きな物語を観せてくれた。世界的に有名な小説...アンが孤児院からクスバート家に引き取られ、そこで起こす騒動の数々。
そこでは常識と思われていた「偏見」や「不平等」について、子供の目を通して明るく悟されるようだ。そしてアン自身は、外見を気にしつつも無邪気な子供から恋する大人へ成長する姿が愛らしい。そこに本質の重要性を訴える意図が感じられる。
この公演では、小説にある未来に向かって、というメッセージのようなものが感じられた。
少し気になるところは...。
ネタバレBOX
2つ気になった。
第一、この大舞台で、子役(4人いる)が地声ソロで歌うが、掠れ聴き取りにくいシーンがあったこと(練習過の影響か)。
第二、韓国からの招聘アーティストの歌うところ。やはり芝居とは切り離したラストか、せめて途中休憩の前後ではないか。
せっかく「日韓国交正常化50周年記念」であれば、メリハリのある演出・構成をすべきではないか。
次回公演を楽しみにしております。
耳障りなシンフォニー
劇団 レディース&ジェントルメン
パフォーミングギャラリー&カフェ『絵空箱』(東京都)
2015/10/17 (土) ~ 2015/10/18 (日)公演終了
満足度★★★★
洒落た内容
絵空箱という小さい空間を最大限に利用した演出が素晴らしい。そして舞台は、父親の生命維持装置を外す日に集まった5人兄弟姉妹の想い。始めはゆっくりと、しかし次第に激しい感情が胸中に渦巻き...。
このBar併設の空間を象徴するかのようなラストシーンは実に洒落ていて、余韻を残す見事な演出であった。
さて、生命維持装置を外すという倫理の是非を問うと、考えがまとまらず難しい。この公演では父の遺言ということを起点としたい。
さて、自分の好みとしては...。
ネタバレBOX
舞台設営は、病院の家族控え室(待合室)のような場所をL字型ひな壇(2段)で、この店のBarも利用する。出入口は病院の出入口としている(チラシには、演出の都合上、途中入場は難しいとの注書あり)。中央にはテーブルと椅子、飲食物等、その後ろにピアノ。場面転換のための紗幕で喫煙所(屋上か)が見える。大きな空間演出は見事であった。
5人兄弟姉妹の現況と思い出話が交錯し、胸のうちにあった蟠りの渦がジワジワ溢れ出し...兄弟姉妹だから理解しつつも遠慮していた感情が爆発する。その過程が実に上手く表現している。そして、次女の婿の微妙に距離のある立場も上手く描く。
この兄弟姉妹の思い出話が母親の亡くなった時のキャンプしか出てこない。自分では、5人兄弟姉妹それぞれが父親との思い出もあると思っている。そのエピソード(時間的制約もあるだろう)を披瀝し、父との別れの悲しさとこれから力強く生きていく心情として観せてほしかった。父は20年以上一人で5人の子供たちを育ててきた苦労人である。
そのラストシーンは感動を誘う。そして家族の調和(シンフォニー)のタクトは紛れもなく父であろう。子供たちの背後から包み込むようにピアノを奏でるのは父親なのだから...。その優しい眼差しは、一瞬の照明に照らされる。
次回公演を楽しみにしております。
パンクジェリーフィッシュフロー4AM
あなピグモ捕獲団
シアター711(東京都)
2015/10/16 (金) ~ 2015/10/18 (日)公演終了
満足度★★★
寄木細工のような…
初見の劇団である。そして東京公演は2年振りという。その物語は、ペールを取るようにして次第に真が見えてくる。
本公演は、多重構成、複数視点で描いているため、その錯綜するような展開に戸惑う。それは寄木細工のように次第に鮮やかな模様が出来上がるが、その過程において観客の心を繋ぎ止めておくことが出来るか。ラスト近くになって物語の輪郭が観えてくる。ラストは、それまで抽象的で浮揚感ばかりであったものが、しっかり立脚できる場所にいる。
少女の記憶...その形無いものに触ろう、観よう、聞こうとする愚行。その行為を嘲るように別の記憶が...本来一人称である私が、3人の私という視点から観察しつつ、時に自分に話しかけてくる。
ネタバレBOX
私は手術中であり、その術台の上で感じる記憶...なぜ病院にいるのかその手繰り寄せて紡がれる自分探し。理屈の世界では語り明かせない(文章化が難しい)。少なくとも一つ一つの記憶というピースがその少女の生命の源泉になっているようだ。
ラジカルに感じる実験的な作風だと思う。感情に纏わる台詞を追うよりも、その独特の雰囲気を味わいたい。シーンごとには決して感傷的ではないが、観終わった後に重い澱(おり)のようなものが胸に沈んでくる。しかし、それはこの文章ほど重く暗いものではなく、わりあい淡々とした複数の眼差し...そこには掴めそうで掴めない乙女心があったような...。
自分はこの公演の雰囲気、けっして嫌いではない。
次回公演に期待しております。
The sky is the limit
makaniまにまにlani
APOCシアター(東京都)
2015/10/15 (木) ~ 2015/10/18 (日)公演終了
満足度★★
インパクトが弱い
物語は坦々と展開するが、その描き方が淡々としている。写真の連写のようであり、その場面ごとは静止画像のようで、人物像が立ち上がってこない。美しく切り取ったもので、その印象は弱い。
また初日ということもあって、緊張か滑舌・声量の問題なのか、台詞が聞き取りにくい(特に前半部分)。また生演奏と被りよけい聞こえないシーンがある。
シーンへの思い入れ(大切にする気持)は分かるが、きれいにまとめ過ぎたようだ。もっと人間的な感情を露骨に出して、その胸中を吐露させてもよかった。
ネタバレBOX
実のところ、何を訴えたいのかという、本質的なところが分からなかった。その部分を書き込みたかったが理解不足のため、表面的なところを書くことにした。
梗概は、姉・旭、妹・夕のうち、姉が見知らぬ男に殺害された。通りすがりの犯行で、突然のことで殺された本人も自覚できないという設定。そのため生前の思いを果たせないままいる。その姉が職場(保育園)の友達の体を借りて思いを伝える、という理不尽で悲しい物語である。そのシチュエーションは珍しくもなく...想いを伝えると言っても好きだった男に告白し、約束していた映画に行くという他愛のないもの。
ほぼ素舞台、中央上手側に黒椅子4脚、下手は演奏者2名(ギター、パーカッション)。登場している役者は舞台上にいるが、それ以外の役者も上・下手の袖にいる(所在なげに立っており気になる)。
また、演出・構成として回想シーンが何か所かある。確認または強調するシーンでもないため、その描いている意味が分からなかった。少しテンポも緩く繰り返しをすると冗長に感じてしまう。
公演全体としては、どうして友達に憑依してまで想いを伝えたいか、その理由が弱い。その動機付も含め物語に深みを持たせ、テンポよく観せてほしかった。
また兄弟の自由に生きている旅人・兄と、親の期待に沿う・弟の確執はこの物語の展開上、どのように関係していたのか、また被憑依はなぜ友達なのか、などいくつか疑問が...。衣装にも若干違和感あり。
自分には少し物足りなく、疑問・違和感が多く合わなかったのが残念である。
次回公演を楽しみにしております。
それなら生きるかそれでも死ぬか!?
演劇ユニット・言葉の動物
北池袋 新生館シアター(東京都)
2015/09/14 (月) ~ 2015/09/16 (水)公演終了
満足度★★★
演出に難が…
過去にあった不合理な制度が、さらに悪質を増して近未来に制定される不条理な話。
テーマとしては分かり易い。その描き方は小(章)節を紡ぎ、それが織り込まれることで鮮やかな物語(柄)が浮かび上がる。その章立(場面転換)はすべて暗転しており集中力が保てない。
ネタバレBOX
冒頭、迷宮のような場所に集まってきた人々、その腕には番号が書かれた腕章がつけられている。0~9番は、その階級(ヒエラルヒーか)を示す...つまり最下層は9番ということ。不平等の世界、しかし現実には存在する。そのアイロニーが描ききれていない。
梗概は、上層民(0番地)の男が不治の病に罹り、当時の医学では治癒不可能。治療法が確認できるまで生命維持装置の力を借り、病の進行を遅らせる。その間も少しずつ進行し、壊死した体の部位を下農民から金で買い取る。下層民はその金で自分の家族を養い潤す。その果てにあるのが迷宮...冒頭シーンへ回帰する。この上層民・男と下層民・女が偶然知り合い愛し合う。しかし階級という壁(男の母親)に阻まれ、逃避行を...という話が絡んでくる。
テーマとしては面白いが、その演出(暗転の多さ)に難がある。金で買える「人間の部位」と金で買えない「時間の経過」という、人間の尊厳を金銭という毒花で彩るようであった。
次回公演を楽しみにしております。
UN-TAN
流世☆ロケット
北池袋 新生館シアター(東京都)
2015/10/07 (水) ~ 2015/10/12 (月)公演終了
満足度★★★
今後が楽しみ
虚構という世界の中に描いた重厚な話、その場面ごとに緊密な繋がりを持っているようであるが、それが上手く結びついているのか、そして観客に伝えきれているかは疑問。しかし、面白い設定であり、演出にも工夫を凝らしている。
ネタバレBOX
優れた作家であるが少し変わり者、そして有名でもない...その筆は、第一次世界大戦から世界大恐慌までのアメリカ1920年代の混沌とした時代と、某富豪屋敷にある或る書(手帳?)を入手する、という多重構成で物語が展開する。登場人物は大勢いるが、基本的には会話劇(作家と編集者)のようである。前段の話は、米ソ冷戦時代からソビエト連邦崩壊までという後日談も描かれる。時代に翻弄される人間と、時代に関係なく人から人に手交されてきた書、その存在(記載内容)は何か、20世紀における闇に関わる謎が書かれているのか、この推理小説を読み解くようなミステリー、サスペンスの雰囲気は良かった。
一方、小説なのか、空想話なのか、その複雑に絡み合う現実との切り結び(書の奪取までの「挿話」との関係)が不明確である。それゆえ公演全体が難しく感じられた。
この舞台セットは、少し高い段差を設け床一面に英字新聞のようなものが敷かれている。上手にはモザイク柄の木椅子6脚、中央には机/タイプライター。薄暗い照明の下、重厚な空間は激動の時代をよく反映しているようであった。
なお、この時代は現代または次時代にどう繋がっていくのだろう。この続きが観たいと思わせるような...
次回公演も楽しみにしております。
暗闇演劇 「The Light of Darkness」
大川興業
ザ・スズナリ(東京都)
2015/10/10 (土) ~ 2015/10/12 (月)公演終了
満足度★★★★
気配を楽しむ!
前回本公演(第38回)は完全な暗闇劇であったが、今回は薄光で舞台の様子が何となく観える。芝居は観るもの…確かにそうだが暗闇劇も素晴らしい。観えないがゆえに、神経を研ぎ澄まし集中する。その緊張感が心地良い。
ネタバレBOX
3つの話がしだいに修練し、最後には心温まるような大輪を咲かせるような物語。そして観えないがゆえに、台詞の一言一言が印象に残る。たとえば「楽しいことは拡散し(印象)薄まるが、悲しみは集中し暗闇に引き込まれるようだ」は正鵠を射るようだ。なにより素晴らしく感じることは、公演底流にある観客(目の不自由な方も含め)に感じて貰いたいというサービス精神に溢れているところ。その対応力の高さと同時に作品固有が持つ物語の魅力であろう。その個々の味わいを掬い取る繊細さも見逃せない。これをDVD化にしても面白味は伝わらない。実際劇場で体験するしかないのが残念であるが...。
さて、3つの話と全体としてまとまる梗概
第一話。バブル期にあった温泉付マンションは、売れ残り住居者も疎ら。そのゴーストタウンのようなマンションにいる売れない芸人の不安と焦燥。
第二話。学校でイジメられ、屋上から自殺しようとしている学生と担任教師。校長は、学校はもちろん担任教師にも問題はなかったと(管理)責任回避。
第三話。既婚男性の妻と愛人との間で心が揺れ動く、というよりは優柔不断な態度が招く悲劇。愛人が癌になり妻が身を引くことにしたが、実は妻も末期癌で他界...その心情を知った男の号泣。
これらの3つの話は交錯し一つの話を紡いでいく。途中に男全裸の電光映像が紗幕(暗くてわかりにくいが)に映し出されるなど、大川興業らしい笑いも挿入されるが、全体を通じたテーマは「命と人の優しさ」といったことが感じられる。
次回公演も楽しみにしております。
reflection of 灰色天使
劇団芝居屋かいとうらんま
OFF・OFFシアター(東京都)
2015/10/10 (土) ~ 2015/10/11 (日)公演終了
満足度★★★★★
観応えがあった
衝撃な冒頭シーン。
謎の男の謎の事務所に来る人々。なぜ男のところに来るのか。底知れない知性を秘めているのか、穏和な人柄に癒やされたいのか。
多少癖はあるが、普通の人たちが曖昧な会話や行為を通じ、次第に心が病んでいく様が怖い。この男の正体は…。
ネタバレBOX
紳士然とした振るまい、穏やかな口調…その外見から予想出来ない真実。
圧巻の冒頭シーン。
そのシーンは、一人の女性が血が付いたナイフを持ち、白いブラウスは返り血で染まる。そして母、父、友人、そして周りの人々を次々と殺害した、と衝撃の告白をする。
暗転後は、ほのぼのとした雰囲気の某事務所。この事務所は何を行うところか分からないが、相談事で人の出入りが多い。
大金を手に入れ幸福感に浸るところであるが、そこに不安も感じる。完全な姿の中に不完全な幻影を求める。人は満足の中にある不安という感情よりは、不満の中に安心と求める夢を見るのかもしれない。
この事務所の男との会話は、穏やかで安心感を与えるようであるが、その応答に解はない。しだいにイライラが生じ、歪な関係になって行く。男の深奥に閉じ込めた思い...。無関心、不作為という一見人に迷惑をかけないような態度・行動は、時として自分に跳ね返る。深奥の扉がジワジワと開き、心を解き放った先に娘との邂逅が...。人に翼(肩甲骨は翼の退化?)があって空を飛べるの?という娘の問いに「飛べない」と現実的な答え。しかし、心の中では空よりも広いところを飛んでいる、と思う。
脚本・演出はもちろん、役者の演技力も素晴らしく、そのバランスも良かった。
次回公演も楽しみにしております。
芸祭
WATARoom
ザ・ポケット(東京都)
2015/10/07 (水) ~ 2015/10/12 (月)公演終了
満足度★★★
教訓のような…
座席指定であったが、受付に手間取っていたので対応に工夫が必要だと思う。
公演は、大学・学園祭までのサークル活動に絡む問題等を乗り越えて…そんな青春群像劇といったところ。色々な問題が生じるが、大学職員が大人の対応をし解決またはまとめるが、それが教訓臭いと感じる。学生自身または学生間の課題として観せてほしかった。
ネタバレBOX
公演を敢えて芝居とパフォーマンス(ダンスと剣舞)に分けた場合、芝居は説教じみており、山場のある内容ではなかった。そして完全な予定調和である。
梗概は、大学学園祭に向けて、それぞれの立場で活動しているが、その行動によって衝突するが、課題・問題を一つずつ解決し乗り越えて成功裡に導く青春ドラマ。そこに同級生の就職活動に焦燥を感じる留年確定学生、学園祭実行委員の学生、学園際というイベントの楽しさが忘れられない(現実社会からの逃避)卒業生、そして大学(学生課)職員の調整型人間が現れ...いろいろな場面で、一見正論のような理屈を述べるが、まとも過ぎて教訓のようだ。
一方、パフォーマンスは2団体の各々の演技は観せ場があった。ダンスは女性だけで、キレのあるフォーメイションが良かった。剣舞は、その太刀裁きが力強く優雅でもあった。そして、両団体合同パフォーマンス が一番の見所であったと思う。この劇中のパフォーマンスを活かしきれていないのが残念であった。
次回公演を楽しみにしております。
光を浴びたい者たち
劇団SwanLake
シアター風姿花伝(東京都)
2015/09/17 (木) ~ 2015/09/23 (水)公演終了
満足度★★★★
心の深淵
クラシックバレエにおいて、多くの女性がプリマを夢見るだろう。その選考を1971年 スタンフォード大学にて行われた監獄実験を参考に行う。その過程で浮かび上がる人間の醜悪な面の本性。実際の実験に沿うような展開...単に看守と囚人に分類し 2週間生活をさせるだけだったが...。
ネタバレBOX
人間の心の奥底には誰にも見せたことがない、また見せたくもない闇の部分がある。その閉じ込められた心の扉がジワジワと開かれ、閉じ込めていた醜悪な部分が露悪していく。語りたくない言葉が溢れ出し、もはや「常識」や「理性」という箍(たが)は外ずれ、嫉妬、羨望、陥穽などの感情が芽吹く。しかし、その醜悪な面も含め人間であり、歪んでいるがそこにも生の源泉があると思う。
この深奥をスタンフォード大学監獄実験事件」をモチーフにして抉り出すように描く。そのドロドロとした人間模様は人の闇をクローズアップすると同時に、「人」と「人」との関係の重要性も浮き彫りにするような二面性を持たせている。人間が持っている表裏の感情を上手く表現しており観応えがあった。
その演出は、エキセントリックな光と音の中で、体は踊り、心は狂い、その先にある魂には祈りを捧げているようだ。クラシックバレエという優美な世界に渦巻く人間ドラマは、強烈なパンチとして印象に残った。
演技は冒頭ダンスシーンがあるが、そのダンス経験の差が歴然として現れる。ここで演技力(ダンス)の差を印象付てしまったのが残念である。
次回公演を楽しみにしております。