ハンダラの観てきた!クチコミ一覧

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マークドイエロー

マークドイエロー

もぴプロジェクト

インディペンデントシアターOji(東京都)

2017/03/29 (水) ~ 2017/04/02 (日)公演終了

満足度★★★★

 狂気が、M.フーコーが定義したように”純粋な錯誤”だとしたら、所謂正常な者は、狂人は苦しまない、と考えがちだが、

ネタバレBOX

事実はその逆であろう。狂人自体その狂気の齎す嵐に苛まれている。
 夢野 久作の奇書「ドグラマグラ」をベースに阿呆陀羅経を上手く使いながら、正常と狂気の境を取り払うかのように、旧帝大の一つである九州大学医学部の精神科教授(即ち理性・知性の象徴)が、その権威とは裏腹に、狂気の嵐に巻き込まれたような様は、ミイラ取りがミイラになる、といった体。終盤、阿呆陀羅経に木魚の甲高い打擲音を絡ませながら、無窮の彼方から世界を嘲笑するかのように響くのが心地よい。
「泣いた紫の花」「43回混ぜても灰色」【ご来場いただきありがとうございました!】

「泣いた紫の花」「43回混ぜても灰色」【ご来場いただきありがとうございました!】

劇団えのぐ

高田馬場ラビネスト(東京都)

2017/03/29 (水) ~ 2017/04/02 (日)公演終了

満足度★★★★

 父の死後、家族の面倒を見ることを任された長男・律は小説家である。

ネタバレBOX

彼の小説の特徴はその作品の優しさにある。それで女性ファンが多いのだが、スマホの時代になっても編集部へは生原稿で入稿している。偶々、彼に高校時代「小説でも書いてみろよ」と勧めた友人・真佐人は、脱稿した原稿を読んでファンになってしまった。それで彼の作品を書籍化する為に編集者になった。将来作家を目指した律は実際に作家になったのだが、字が汚くて真佐人以外彼の文字稿を判読できない。そんなこんなで、担当は真佐人ということになった。
 さて、近く律の新作が発表されることになっているのだが、パソコンの新OS発売戦略のように、発売日の午前0時まではその内容などは発表しない、というのが出版社の戦略であった。こんな訳で新刊の話は、原稿の受け取りや打ち合わせに作家の私宅にくる真佐人からも家族に明かされることは無かったのである。
 然し、7月1日発売の直前作家は不慮の死を遂げる。作家の弟・洸の女友達・亜樹が作家に憧れ、遂には恋に迄達していた。然し、17歳の少女は告白することができない。そのまま、時は過ぎ、作家は永遠に帰らぬ人となったのである。少女はそのショックで引き籠り学校も休むことになった。洸、姉・雛、妹・鈴、妹の親友・奈津美。律を恋い焦がれる亜樹との一期一会を丁寧に描いて泣かせる。偶々、奈津美が、鈴に貸していた漫画は、成仏できずに幽霊となって戻ってきてしまった者の顛末を描いた作品だったが、それを妹の読了後作家も借りていた。そんな伏線が一場で描かれている。
 二場では、この伏線を効かして弟にしか見えない幽霊となって兄が現れる。また、単身赴任している母についてのエピソードも、遂に刊行された作家初の家族作品の内容を通じて明らかになる。今作のタイトルに絡む紫陽花についてもその花言葉と共に語られるのだが、この場面及び姉に出されたミルクティーに纏わる話が肝となって泣かせるのだ。
Musical 素敵な世界

Musical 素敵な世界

T1project

本多劇場(東京都)

2017/03/29 (水) ~ 2017/04/02 (日)公演終了

満足度★★★★★

 実は今作、去年の三月に中野のザ・ポケットで上演されている。但し、その時はストレートプレイとしてである。

ネタバレBOX

今回はミュージカルになっているから、ストレートプレイでの科白は、カットされた部分もあるし、歌詞に書き替えられている部分もあるが、基本的に前世と来世という二つの世界が通底しているという構造で組まれている為、その橋渡し役として、来世には拝み屋の先生が居て両世界を仲立ちしている。
シナリオの基本はドラマツルギーを如何に自然に見えるように紡ぐかであるが、物語の大枠の構造がこのような二項によって成立しているのみならず、其処に仲介役として神秘的な拝み屋が居ることで実は三位一体をも示唆しているであろう。更に、前世では、神を信じる者と無神論者の対立するデュアル構造が二元論の弊害を実に端的に表している点で、現在進められている我が「国」の非理知的な政策とそれを是とする多くの「国民」の嵌っているポピュリズムの行く着く先を示して予言的である。
美術も凝っていて、死までの時を刻む象徴のような歯車のリムの間には、ステンドグラスが嵌め込まれているばかりか、祭壇迄続くレッドカーペットと祭壇の形も日本の神道建築とキリスト教のそれとを合体したような形だし、祭壇背後にはパイプオルガンを模した構造物が設えられ、中央には、照明によって十字架が必要な時に浮き上がるような仕掛けが作られている。拝み屋は御簾の中に居ることもあり、これも実に効果的である。平安時代に書かれた古典等を読んでいる者にとっては、こういう洒落た配慮も実に嬉しい。正面奥に描かれた杜若らしき花や藤も風情充分である。
ミュージカルと言えば、歌唱力は大変大事な要素だが、何れの登場人物も実に上手い。登場人物も多いのだが、コーラスは圧巻である。惜しむらくは、音域がテノールの人が多かったので、互いの主張を同時に歌で表現し合う時に効果音とも一緒になって歌詞が聞き取りにくい所が少しあった点である。花星5つにしなかったのは、この点は改良の余地ありと感じたからであった。
然し、シナリオの科白、音曲の良さ、演出や効果の適確さ、役者陣の熱気と歌の上手さ、美術の粋などスタンディングオベーションに値する。
あるいは友をつどいて

あるいは友をつどいて

ハツビロコウ

【閉館】SPACE 梟門(東京都)

2017/03/28 (火) ~ 2017/04/02 (日)公演終了

満足度★★★★

 所謂学生運動は、1972年の沖縄闘争以降急速にその勢いを弱めていった。

ネタバレBOX

大衆の動員が減りセクトによってはヘゲモニー争いに明け暮れるものも出てきた。大衆との闘争に乖離を生じたセクトの多くはラディカリズムに走った。今作に登場する東アジア反日武装戦線”狼”もラディカルに傾いたグループの一つであった。彼らは、1974年8月30日、丸の内の三菱重工本社ビルに時限爆弾を仕掛け爆発させた。無論、人を殺傷することが彼らの目的だった訳ではないから事前に警告の電話を入れたが、三菱重工側は悪質な悪戯と取ったのだろう。警告の電話を切って対応を取らなかった。警告のタイミングから、爆発までの時間がかなり短かったということはあろうが、例えそれが充分であっても恐らく多くの死傷者を出したことに変わりはあるまい。日本国内での爆弾テロは、それだけ遠いものだったのだ。
死者8名、重軽傷者376名を出したこの事件でメディアは、実行した人々を人間と看做さないという状態であった。だが、本当に彼らはデモーニッシュな何者かで人の心のかけらも無かったのだろうか? 今作で描かれる彼らは優しく、正義感が強いうえに純粋で、非差別的である。そんな彼らが何故これだけの事件を起こしたのか? が問われていると同時に彼ら自身のオトシマエの付け方や悩み、社会的弱者救済という理想の前に立ちはだかる鵺のような普通の人間の差別意識や、変更を迫る者達に対する敵愾心や敵意或いは無視! 等の状況が淡々と紡がれ、考えさせる舞台になっている。

 今、安倍のような偽物が恰も人物であるような振りをして「日本国」首相としてその地位にふんぞり返り、日本会議のメンバーを優遇して己の地位安泰を計り、追及は悉く隠蔽と詭弁、嘘で逃げ回りながら、宗主国、アメリカの意を忖度して植民地経営に当たる愚を鵺達はどう観、これだけの高支持率になっているのか? ミサイル防衛を強化するだのとアホなことばかり言っていないで、原発即時全廃を決め、廃炉作業中にミサイルを撃ち込まれないようにするのが先決だろう。核弾頭を搭載していないミサイルでも原発に命中したら、その被害は甚大なものになるのは、どんなに想像力の乏しい者が考えても当たり前のことである。F1人災の被害を矮小化し帰還を促すプロパガンダに汲々としている推進派だが、日本人の犠牲の上に何を築こうというのか? と言った現在の問題についての疑義を投げかけるだけの問題提起を今作は孕んでいるであろう。
あぁ、自殺生活。

あぁ、自殺生活。

劇団夢現舎

新高円寺アトラクターズ・スタヂオ(東京都)

2016/12/31 (土) ~ 2017/03/26 (日)公演終了

満足度★★★★★

 何と1年間続けるという演目である。無論、シナリオは自然に変わってゆく。(花5つ星)

ネタバレBOX

今日拝見したバージョンも初期形から五分の二ほどは削ったという。舞台美術は最低限必要な物だけで、主として二人の役者によって演じられる作品であるが、我らが生きているのは、単に自殺する蛮勇が無いからだけだ。との誰もが考えたことのある想いがふつふつと観ている我々の内側にも滾る。作家が、物事をちゃんと自分の内側から覘いているのが分かるシナリオであると同時に、深く沈潜しがちな問題の本質を的確に捉え、極めて巧みに言語化した作品である。小屋が小さいので、ここで流れる時間も濃密。決して大きく派手な動きのある作品ではないが、観ている者の人生体験の質であるとか、深みを否応なく気付かせてくれる秀作である。何度も観てみたい。尚、観劇の際は必ず上演の日時を確認のこと。
みな兄弟∞

みな兄弟∞

劇団オンガクヤマ

遊空間がざびぃ(東京都)

2017/03/10 (金) ~ 2017/03/12 (日)公演終了

満足度★★★★★

 シンギュラリティーという概念は現代人なら既に誰でも知っていよう。その内実となると知識のレベル、イマジネーションの差で大分違ってくるだろうが。

ネタバレBOX

何れにせよ、AIの発達によって人間の知は危機的状況にある。人間の現在やっている仕事の何十パーセントがAIに置き換えられるなどという生易しいレベルで済まないことくらい、誰にでも想像できよう。かつてジェノサイドの論拠となった適者生存程度の論理をAIが最も合理的と判断したら知的に劣るヒトは、彼らの下で、モルモットやエネルギー源にされるのみならず、ペットや実験動物として重宝されるかも知れない。何よりヒトほどのサイズの生き物が生活してゆく中で用いる膨大なエネルギーを合理的だとAIが認めるという保障など何処にもない。大した能力もないヒトという生き物をエネルギーを無駄遣いする主体だと彼らが断ずれば、消去やダウンサイジングなどの措置が取られよう。それは、ヒトが己の知によって他の総ての生物をそのような道具として扱ってきた以上ある意味必然だろう。知の劣ったものは知に勝る者に利用される以外に価値はあるまいから。
 今作は、そのような可能性を予測するが故に何とかAIと共存できるプログラムを組み込んでAIを作ろうとしているプロジェクトメンバーと市議会に立候補しようとする商工会議所有力メンバー、プロジェクトメンバーに関与してきたアキという名を持つ”女”、等々が惹き起こすアイロニカルな近未来透視図法である。アキは♂と肉体関係を持つことも一種のコミュニケーションと考えている”女”なのだが、本当に彼女が自然の生み出した産物なら、この発想は種の保存に適し実に合理的な発想と言わねばなるまい。
だが、彼女が、本当にヒトの♀なのか否かは疑われている。ヒトではない、という解釈がタイトルに現れており、一見、実に魅力的な若い女性という形態なのでいくらでも♂はやって来、而も彼女の哲学はセックスはコミュニケーションなのであるから、みな兄弟になる、というアイロニー付きなのだ。と同時に、実はシンギュラリティーが既に実現されてしまっているという、こちらは作家が明らかに狙ったより深刻な落ちが示されているのでもある。
BANRYU<蟠龍>

BANRYU<蟠龍>

世仁下乃一座フェアアート/岡安伸治ユニット

d-倉庫(東京都)

2017/03/22 (水) ~ 2017/03/26 (日)公演終了

満足度★★★

 時は天長、平安時代から説き起こされる。天に昇れない龍を虫偏に番と書いて蟠それに龍を付けて蟠龍と呼ぶと言う。

ネタバレBOX

時折、龍の不満を募らせると雷を呼び風を起こし、大地を揺るがして大きな災害を齎すと伝えられている。その為守敏という偉い坊さんの戒めから逃れた蟠龍が辿り着いた地では龍神として祭り、奉納の歌舞婉曲が催される習わしである。ところで北海道から下北半島、恐山、陸奥、冷水峠、金津山、八郎烏帽子、六ヶ所を通り、小川原湖へ抜ける活断層が存在するのだが、このエネルギー通路を龍脈と称している。御所村の在る辺りは丁度龍の臍辺りに当たる為、龍穴と呼ばれエネルギーポテンシャルが最も高い。
 この地に西の蟠龍と呼ばれた者が神に願って人間の姿に変えて貰い、様々な人間の姿を描くことができる役者、龍之介として登場する。だが、才を与えるという約束は無かった為、芸の道でイマイチうだつが上がらない。偶々、この小屋に東の蟠龍が住んでいた。龍之介は右の膝から下を失う代わりに人気を得る。然し乍ら、足の欠けた役者の芸にも飽きた客をいつまでも同じ芸で引っ張って行けるものではない。それに売れれば増々人気が取りたくなる。それで左足も膝から下を犠牲にして、新たな興味を惹くことにした。そんなこんなで、手も失くし遂には首を残してあとは総てからくりの体になった龍之介であったが、この辺りの描き方は芸道の厳しさと大衆の飽くなき欲求の業を表して興味深い。
更に、この首を龍の追う玉と見立てて、からくり仕掛けを作った弟子の銀三に入れ知恵をした小屋主の悪知恵も絡んで、東の蟠龍は、人の形をした西の蟠龍の首を食らって昇天した。が、神の怒りを受け現実の世界からは消されてしまった。西の蟠龍は功徳を施したと認められこちらも昇天したと言う。
何れにせよ、西の蟠龍が、世に在った時に受けた様々な苦難は充分に報われた訳ではないことを人間どもは覚えており、3.11のような大震災が起きると、西の蟠龍の祟りだと考える者も居る。然るに今作、高濃度核廃棄物貯蔵候補地として応募し調査を受け入れるだけで10億の金が転がり込むという話が地元の懐を潤すという話に6割~6割5分程の比重を掛けたとすれば、各核種の被害については1~2割しか触れていない。これはどうした訳だろう。
 福島人災以降、多くの人々が核難民と化し6年。政府は被ばく受忍限度を極めて高い値に設定し直してから多くの避難民を強制帰還させる為に様々な手段を用いている。人災を起こしたF1原発群のうち漸くデブリらしき物が在ると予想される所まで近づけたのは一部に過ぎない。格納容器から漏れ出たデブリ撤去は愚か、放射性核種によって汚染された極めて危険な汚染水をどのように処理するか、できるかについても未だ殆ど手つかずの状態にある。なまじっかなロボットでは余りに高い放射線量の為、直ぐに故障してしまうことは、今までの失敗で明らかである。まして、200種類以上の放射性核種がベントなどの処置によって放出された人災直後の被ばくから、現在では、政府・東電のまやかしや、被害を矮小化して見せる手法によって拡散された汚染塵、汚染土壌他の影響は、無論更に広範囲に広がり、核汚染食物を食べることによる内部被ばく問題が増々重大な脅威となっていることは論を待たない。この程度のことまでは突っ込んで欲しかった。だって2017年版なのであるから。
 生の三味線演奏が入っているのは、気が利いている。
R・プロジェクトの学園天国!

R・プロジェクトの学園天国!

喜劇団R・プロジェクト

遊空間がざびぃ(東京都)

2017/03/23 (木) ~ 2017/03/26 (日)公演終了

満足度★★

 演劇は、この世で最も手間暇の掛かる伝達手段だ。

ネタバレBOX

であるならそれを観た人々の心に何かを残したいではないか。それを目指さないなど勿体ない話だ。実際、一つの作品を上演する為には、多くの時間と費用そして労苦を費やす。そうして作り出される作品は、血が通って活き活きしているのみならず、人々の日々の生活に再考を迫ったり、潤いを与えたり、生きる力を与えることもあるだろう。そのようにして人々が夢を己の内側から構築する励みにする、或いは夢見る力を湧き出させる。人間の持つ業に対して対抗し得るような心と魂の耕作をする、腹の底から笑わせることによる異次元からの視座を提供するなど、演劇にしかできない訴え方をしてゆきたいものである。それでなければ余りにも勿体ないではないか? 
 今作、高校2年生のあるクラスでの授業風景を描いたものであるが、シナリオ自体に甘さがあって、全体にベタな表現になっている。上に挙げたようなことが実現できていなければ、自分は余り高い評価を与えることができない。
一応、ブルセラのことが、中心テーマになっているのだが、根本的には、倫理観の崩壊がテーマである。日本ではある時期から、このことが社会全体に亘って蔓延しだし現在に及んでいる。森友問題を挙げるまでもない。政治屋から一般の大人子供に至る迄、総ての日本人が大きく道を踏み外してしまったのである。
そこでは金さえ出せば何でもある。無いのは人間として如何に生きるか? という根本的問い掛けだけである。ユマニテが欠如しているのだ。人間性という日本語より、鋭い人間観察を含む人間らしさという概念の欠如或いは理想の欠如である。こういったことを根底に据え、倫理崩壊状況を上澄みとして描いてメタ構造化してゆくなり、論理展開をラディカルにして、ディスクールだけでドラマツルギーを紡ぐなり、或いは完全にはっちゃけ、シュールな演出を施して壊れて来た倫理過程を再現して見せるなりすれば、それなりの面白さを出せただろうが、そのような工夫も感じなかった。残念である
くじらの墓標 2017

くじらの墓標 2017

燐光群

吉祥寺シアター(東京都)

2017/03/18 (土) ~ 2017/03/31 (金)公演終了

満足度★★★★★

 羊水の成分は海水にとてもよく似ている。

ネタバレBOX

我々は、この羊水の中で系統発生を繰り返して生まれてきた。霊長類の長などと粋がってみても、海が我ら生命の母であることは疑えまい。今作は、このような生命としてのDNAに刻まれた深く古い記憶をも覚醒させる。それは、適所に埋め込まれた伏線の巧みな言説や演劇的仕掛けが、物語の進行に応じて見事な演出やピタリと嵌った舞台美術や照明・音響等との相互作用によって観客の常識的な桁を外し、イマジナティブな世界へ飛翔させるからである。
 夢か現か、嘘か真か、我々の仲間であるハズの鯨漁師の言い伝えでは鯨が人になり、裏切れば人が鯨になるという(では鯨漁師でない我々は鯨か人かという問いを内包しているとすれば)が、これらを通して語られるのは、「ドグラマグラ」の如き言説。そして、ドグラマグラより整序された問いは、我らは何者でどこから来て何処へゆくのか? という永遠の問いである。冒頭、自殺する動物として人間と鯨が挙げられるのも、自覚した死を梃にすることによってしか、我らは真剣に己の生について問うことがないからであろう。
 鯨の鳴き声の使い方、舞台美術で捕鯨母船のスリップウェイを中央に設えてあることから一目でそれと分かる作りになっていることも実に効果的である。ロップやメットがキチンと合理的に壁に掛けられ、いつでも取り出せるようになっているのも、ウオッチの為にブリッジに上がる梯子がついているのも、荷物置き場の天板部分をそう使おうと思えば寝ころべるように作ってあるのも素晴らしい。
 初演は1993年、ザ・スズナリであるが、シナリオに変更は殆どないのに、全然古びていない。それだけ時代が変わっても変わらない問いを提起した作品ということができよう。
その先にあるモノ

その先にあるモノ

デッドストックユニオン

ウッディシアター中目黒(東京都)

2017/03/14 (火) ~ 2017/03/20 (月)公演終了

満足度★★★★

舞台はマルボウOBが歌舞伎町で展開する

ネタバレBOX

コスプレデリバリーや、不動産業、探偵業などに携わる従業員詰所。用心棒兼裏社会との仲介役として現役の組幹部も関与している。基本的には、プロである上層部とトーシロウである従業者たちとのボタンの掛け違いから起こるコメディーであるが、時折、キラリと光る科白が入る。その何れもが、モンゴル出身で将来故郷でちゃんこ鍋の店を開き、苦労を掛けた両親をゆっくりさせてやりたいと願っている女性の科白である。シナリオの大枠で目新しいことは無い。マッポが浄化作用と称してヤクザ同士を争わせ全体の勢力を削ごうとすることも含めてである。光る科白は、父を殺された娘が、犯人がその後どうなったかを調べに来る中で、父を殺された娘の抱える闇が明らかになり、犯人の息子は、殺人犯の息子として育つ苦しみを担いヤクザになったことも含め、心に闇を抱えた人を仲間としてどう人間らしく対等に付き合ってゆくかという中に、温かさとして顕れている。
結露

結露

the pillow talk

早稲田小劇場どらま館(東京都)

2017/03/18 (土) ~ 2017/03/19 (日)公演終了

満足度★★★

 面白かったのは、男2人の格闘シーン。

ネタバレBOX

科白の殆どを意味として活かさない作りが特徴的だが、ドラマを解体するというような積極的な主張とも思えない。一応の内容としては、解体後に示されたものが微妙であるということは言えるが、それを如何に解釈するかは、個々の解釈だと居直っている訳でも無さそうである。
羞恥心を持った男2人、女1人の三角関係とも取れるが、何れにせよ、結果は極めて空疎である。タイトルは通常作家の意図を反映して何等かの意味に収束するのが一般的だが、今作のタイトルが何処に収束するのか? 一つしか具体的なイマージュは浮かばない。それは本能に関係する単語に集約できる。
駅の手洗いなどで、他の人が列を為して待っているのをものともせず、鏡に見入って悦に入っているナルシシストを良く見掛けるが、愚にもつかないことを延々とし続けて飽きもせず貴重な時間を浪費するセンスを是とする判断が、今作にも働いているように思われる。そのような事態を苛立つでもなく、かと言ってクールに無意味と切り捨てる積極性も持たず一緒に塵のように流れてゆく。その癖、強く主張するのではなく木霊のようにではあっても押し寄せてくる本能には唯々諾々として従う。そんな生き方を肯定して見せるような、老獪を感じる。若者の持つ本質的な老人性と面と向かい合わないやり方のように思う。
怒りの旅団-アングリー・ブリゲード-

怒りの旅団-アングリー・ブリゲード-

ワンツーワークス

赤坂RED/THEATER(東京都)

2017/03/16 (木) ~ 2017/03/26 (日)公演終了

満足度★★★★★

 怒りの旅団とは1968年頃から71年迄イギリスで活動したアナーキストグループの名であり、今作はこの実話をベースに書き上げられた戯曲である。原題は、The Angry Brigade。今作で極めて面白い特徴は、犯人グループも、犯人を逮捕しようとするロンドン警視庁の特捜チームもほぼ同年輩の若者同士だということである。犯行グループは、資本主義に毒され、毒されていることすら分からなくなってしまった人々の現在までのパラダイムをシフトしようとしている。その為には、破壊も辞さない。(追記2017.3.23:0:51)現代の若者たちの為に当時の時代背景を書いておいた。

ネタバレBOX

 ところで、1968年から始まった世界的な若者の反乱の背景にあったもの・こととは何であったか? トンキン湾事件を口実にドミノ理論に則ったアメリカが資本主義国の「正義」を振りかざし何ら道義的理由なしにベトナムでジェノサイドを展開していたことが大きい。先日ベトナムを訪れた天皇・皇后が面会したドク氏は米軍による枯葉剤の影響でシャム双生児(ベトちゃん、ドクちゃん)として誕生、日本で治療を受けたという経緯がある。
 また、ベトナムの人々を300万人以上虐殺した米側の兵も当然のことながら5万数千の死者を出し、米兵死体の縫合、整形などは日本国内でもたくさん行われていた。文明の発達と武器輸出など軍産複合体の都合による多額の儲けによって潤うアメリカ人の暮らしの中に、死が音もなく忍び込んでアーリントン墓地の墓標がどんどん増えて来、メディアがその事実を喧伝し始めるとアメリカ国内でも反戦のうねりが盛り上がった。
1968年にはフランスの5月革命があり、ドイツ赤軍、今作に登場する怒りの旅団がイギリスで、日本でも各セクト、ノンセクトラディカル、べ兵連などのムーブメントが世界を揺るがした。中国では文革の時代でもあり、毛沢東語録は日本国内でも入手することができた。文革では紅衛兵や四人組が有名であるが紅小兵の存在も忘れてはなるまい。
日本では大学の自治を根拠に大学で学生が講師を招いて自主講座を開いたり、フランスではジャック・デリダらが哲学を推進するグループを結成、各国からの留学生、フランス国内の様々な階層の人々にも門戸を開いて新たな思想の息吹を伝えていった。
 無論コミュニズムとアナーキズムのイデオロギー論争、左翼対右翼の論争も至る所で為された。
左翼・右翼などの政治行動には走らなかった者達の多くはヒッピーとして時代に仇花を咲かせ、サイケデリックと呼ばれたサブカルを作り出し、演劇界でもアングラ演劇が流行り、ダンスには土方巽という天才が出て暗黒舞踏を創始した。こんな時代であった。
うつろな重力

うつろな重力

シアターノーチラス

RAFT(東京都)

2017/03/15 (水) ~ 2017/03/19 (日)公演終了

満足度★★★★★

鵺社会での民衆群像

ネタバレBOX

 呪術という不合理の底には、不条理な世界の底で蠢く民衆の鬱屈、得体の知れぬ鵺社会へのどろどろした復讐の想念が滾って、蜷局を巻いている。これが我々が生きる社会の現状である。
 一方、アニミズムが生活感覚に根差していた時代なら兎も角、現代人の殆どはキツネ憑きなどは信じないし、呪術そのものに関しても、それに効力があると信じる者はあるまい。今作でもその辺りの事情は、ミステリアスな雰囲気を醸し出す為に使われていると同時に、民衆の抱える不如意や世界の不条理に関するやりどころのない怒りを鎮めるバランサーとして働いていると解釈することができる。不合理には不合理を対置させることによってバランスを取ろうとするのだ。これが民衆の知恵というものだろう。別の言い方をすれば、今作が問うているものは、民衆が置かれている不条理な生そのものである。結果、当然答えは無い。ラストシーン近くで救急車のサイレン音のみを響かせ、芽衣の惹き起こした事件の顛末を描かないのも、この点を強調するのに役立っている。
根も葉も漬けて

根も葉も漬けて

やみ・あがりシアター

中野スタジオあくとれ(東京都)

2017/03/09 (木) ~ 2017/03/12 (日)公演終了

満足度★★★★

 言葉の冒険がとてもシュールな感じで実践されると同時に、欲望三部作の第三部として食欲が扱われている。(追記2017.3.25:01:38)花四つ星

ネタバレBOX

 開演前に流れるBGMは沖縄から桜前線の如く北上して日本の亜寒帯最南部で終わる。
 ちょっと気取った言い方をすれば、今作は、シュールレアリズムと実存主義の21世紀ポピュリズムというヴァーチャルに載ったふりをした知性そのものである。ポテンシャルとしては、華五十○の作品なのだが、ポピュリズムの真っただ中に居る大衆には理解できまい。そのギャップ故に四つ星とした。若手劇団の中で最もポテンシャルの高い劇団の一つであることは間違いない。
 その証拠と言ってはなんだが、明転したファーストシーンの佇まいは、若手の役者が演じているとは思えない程、雰囲気を醸成している。
 また、シナリオが進行してゆく中で物語がサスペンスの様相を呈するのだが、その表現は時空をかっとぶと同時に、其処に故郷と迷宮としての東京が立ち現れる点で正確である。その一端を挙げれば、空疎なメディアと生命のやり取りそのものの食の対比がある。この対比を通して、普段このような判断をしない人々に対しても問題の糸口をキチンと投げ掛けている。そして、このことによって我らの生そのものを問い掛けてくる。
 それは、現実の世界で生き、生活し、様々な情報判断をすると言うよりは迷っている多くの人々の姿そのものであると言って良かろう。無論、作家はその辺りの事情は重々承知の上でこのようにシュールな方法を採っているのである。
 だが、同時に「売れてから言え」と現実の芸道で生きる覚悟を盛り込んでいる点でも、つか こうへいの熱海殺人事件の名科白ではないが「今、義理と人情は女がやっております」を彷彿とさせて面白い。「根こっきり 葉こっきり」で華が無い訳だが、その花を食べる故郷によって芸人の生命が再構成される所に欲望三部作第三部としての今作の位置がある。

Rabbit Hole

Rabbit Hole

Rabbit Hole

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2017/03/09 (木) ~ 2017/03/12 (日)公演終了

満足度★★★

 日本初演という作品。

ネタバレBOX

ピューリッツア賞受賞作品という謳い文句で大体の傾向は見える作品だったが、予想の範囲を超えなかった。大体、アメリカのような世界最悪のテロ国家が何故そのようであるか、という問いを立てるとすれば、その答えの一部を示している作品ではある。大方の日本人はアメリカに対して好意的であるように思われるが、アメリカこそ、最も身近で具体的に日本人に対して害悪を齎している張本人達であるというのが自分の認識だ。以前にも何度も自分がアメリカ人と論争をした話やその結果は書いているので繰り返さないが、アメリカを活性化させている一部のとても優れた移民たちは兎も角として、アメリカの大衆というのは愚衆と言い換えて良い。それはアメリカナイズされたことにも気付かぬ日本会議のメンバーや二元論をデカルトレベルに於いてすら考え抜かなかった知的怠惰の実践者たる諸人物達と変わらない。
 レッドカーペットだの、トロフィーだのにどんな意味があるのか? それを今、我々は考え直してみる必要があろう。問題は内実だからである。いつの頃からかアカデミー賞も、ピューリッツア賞も形骸化してしまったように思うのは自分だけではあるまい。
 そんな賞を取ったからということを売りにして公演を打つことは、果たして本当に小劇場演劇にとって意味のあることなのだろうか? 自分は違うのではないかと考える。今作を拝見して思ったのは、殊に夫役は、♂としての男が、♀としての女に対して非在であることの哲学的意味を問う事なしに、アメリカ社会の欠点である自己主張のみを描き出すことに結果的にはなってしまっていたことである。良い演技とは、役を生きている演技だろう。だが、今作で夫が演じていた演技は洋の東西を如何に演じるか? という視座で構築されていたように思う。女性陣はそれなりに自然に見えた。
快楽の谷

快楽の谷

劇団 背傳館

インディペンデントシアターOji(東京都)

2017/03/08 (水) ~ 2017/03/12 (日)公演終了

満足度★★★

 エロゲーというと矢張りサブカルというジャンル分けになるのだろう。今作は、それを制作する立場にある者達についての物語である。

ネタバレBOX


 サブカル発信者の多くが、描かれている人々のようなタイプだろう。というのも自分は若い頃出版社で編集をしていたので初めに担当した劇画作者たちは、いわばサブカルの代表選手のような所があり、その現場をつぶさに見た経験からそう思うのである。多くの作者が人間関係が苦手なので、マイナーで狭い世界で何故自分はこんなにも苦しまなければならないのか? とか、自分の苦しみを何とか解決する為に、或いは狂わずに生きてゆく為に己を少しでも対象化しようと必死であった。中には無論トンデモナイ才能を秘めた連中が確かに居た。天才と称して良いと思うような人々である。然し乍ら、多くの才能が時代を先読みし過ぎていたり、時代との接点が弱かったり、自己アピールが下手だった為に無名に終わった。時には、その孤独が探究した世界が余りにディープに過ぎ、他人には理解されなかった例もある。これも関係そのものを座標軸として捉えられるような視座さえ持っていれば、コミットの仕様もあっただろうが、彼らの多くはそのような視座を持たない。結果、人間関係の円滑な生活も築けず、仕事も中々金にならずに永遠のマイナーというスパイラルに閉じ込められてしまうのである。
 果てはこのような現実から紙一重の差で逃れる為にこそ、今作で描かれているような根性焼きなどに縋ることになる。
 終演後、主催者と話すチャンスがあったので、この辺りのことを訊いてみたのだが、主催は、異化を狙ったのと言う。然し、通常異化は、作品内に単なる二項対立のみならず二項対立に何らかのアウフヘーベンを必然と感じさせる要素を加え、観客が作品を弁証法的に観ることを余儀なくされるような構造を成立させた上で構成しなければなるまい。この点、大いに工夫の余地がある。
第19回公演『隣人』

第19回公演『隣人』

劇団天然ポリエステル

OFF OFFシアター(東京都)

2017/03/08 (水) ~ 2017/03/12 (日)公演終了

満足度★★★★

 前回の約束通り初の下北進出を果たした天然ポリエステル。この後も下北上演が決まっていると聞いているが、先ずはおめでとう、と言いたい。花四つ星

ネタバレBOX

いつもは、原稿が遅れに遅れての劇団員、客演の奮闘をスラップスティックに描く劇団で、そのパワーと何とも言えない温かさが固定ファンを作り、結果下北進出を果たしたものだと考えている。天然ポリエステルの持つはっちゃけた温かさは、観客の支持を受けた、結果下北進出は当然のことと思う。
 さて、今作の話に移ろう。今迄の公演では、先ほども書いたように原稿が遅れに遅れての劇団の右往左往を描いた作品だった訳だが、今作は、一応3日前に原稿は上がっている。常識的には無茶な話であることは重々承知だが、今までのこの劇団の設定の中では原稿が3日前に上がるというのは大したことなのである。奇跡と言って良いかも知れないほどだ。物語は時節に合わせた雛祭りに関わる。だが、主役を張る役者が当日ラインで出演拒否を通告してきた。全員集まって鳩首会議ということになる。下手を打てば公演中止! タダでさえ金欠病漢書の集まりである小劇場演劇関係者にとって公演中止による賠償は半端でなく重い。だが、最悪、このことは覚悟しなければならない。チケット代払い戻し+交通費ということである。公演中故ネタバレはここまで。
ルート67

ルート67

劇団あおきりみかん

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2017/03/10 (金) ~ 2017/03/12 (日)公演終了

満足度★★★★★

 ルート67はどこかの国の国道である。

ネタバレBOX

或る理由で、この国道を守ろうとする勢力があり、経済的な理由から発展を標榜してこの道を壊そうという勢力がある。一方、この道路そのものを愛する人々が居て二つの勢力に紛れ込む。
このルートを愛する人々の間では噂噺が流れている。3日後に始まるルート67消滅計画を阻止できるレースが、国の主催で行われるというのだ。ルート67を走り優勝した者だけが、ルート破壊を阻止できるという噂だ。走り屋達は、これにのった。レース模様が演じられる中、この国道を守ろうとする勢力の動きが適宜挿入される。この道を守る訳は実に個的な理由なのだが、民主主義が個の総体であるならば、これは原点である。この原点に在る存在と政治との現実的関係を描いた上で、原点たる個々人の弱さが対峙する権力なり、権威なりとの相克を、弱い者達の努力、決して諦めないという行為・行動が意味する所で真っ直ぐ描いた秀作。これは観るべし。笑いもふんだんに盛り込まれ笑いながら泣き、泣きながら笑うことができる。
エリちゃんの呪い

エリちゃんの呪い

法政大学Ⅰ部演劇研究会

法政大学市ヶ谷キャンパス 外濠校舎 多目的室1番(東京都)

2017/03/04 (土) ~ 2017/03/07 (火)公演終了

満足度★★★★

 母に良く似た妹の愛くるしく人に好かれる顔立ちとキャラに対し、エリの素顔は醜いとは、母のいつもの言葉。

ネタバレBOX

アイドルユニットとしてモデルとして活躍する姉妹ではあったが、エリは整形した顔がスポットライトの熱でぐじゅぐじゅに溶けて正体がバレてしまうのではないか、との強迫観念に苛まれ続けている。
 ただし、現在は姉妹だけで生活をしているのだが、エリを可愛くないと言い続けると同時に、女の子は可愛くないとね、とも言い募る母の言葉が、エリに突き刺さって離れることはない。その苦しみから逃れる為か、エリはいつしか麻薬を常用するようになっていた。この薬が効いている間だけは、顔が溶け出す恐怖からも、自分が醜いという観念からも逃れることができる。何だか元気が出て心も魂も落ち着いた気分になれるのだった。
 そんな姉の薬物中毒もメディアに知られることとなり、アイドルユニットはスキャンダル騒ぎに巻き込まれるが、メディアの様々な指摘、興味本位の質問に対し、姉を庇い続ける妹の心とメディアの観方のギャップには、今更ながら痛みを覚える。
 80分程の尺だが、描かれているのは、メンタルなレベルで追い込まれた少女の不眠や心の折れそうな状況下での痛み。これはこれで良く理解できるのだが、尺を120分くらい迄延ばして薬の入手経路など裏社会のことを描き込んだ方が更に物語は深刻味を増し、深みを増したハズだ。そこまですると取材などが大変だったり、話がややこしくなって収拾が付けられなくまる懼れもあって割愛したのだろうが、取材者の科白の中にそれを示唆する科白を入れて示唆することも含めて大人を納得させる突っ込みも欲しかった。

ベネトナシュの彼女

ベネトナシュの彼女

システマ・アンジェリカ

早稲田大学学生会館(東京都)

2017/03/03 (金) ~ 2017/03/04 (土)公演終了

満足度★★★★

 約50分の作品。ファーストシーンでは、非常に中性的な感じのキャラクターが登場する。然し、様々なキャラクターを限られた役者が演ずるので、役柄によるメリハリが余り効いておらず、観客の多くがついてゆけないという印象を持った。

ネタバレBOX


作品の時空設定自体が、不分明なのが一因だ。わざと分かり難くして、迷うことそのものの追体験を観客に強いているのだろうか?
精神病患者の見た夢なのか? それとも女学生の制服を除けば黒い衣装ばかりの登場人物の中で、たった独り白の衣装を着けている登場し、短い科白を吐いた後は赤い風船を抱えて最後のシーン迄眠り続ける男の子の見た夢なのか? 或いはベネトナシュという星から地球へやって来た宇宙人の、地球でのミッションも、宇宙人としての自分の名やアイデンティティーも総て失くしてしまった為、強く地球人になりたく思うのだが、擬態を見破られて自分が地球人に襲われる恐怖や、自分自身の不可解を解決できない陥穽に落ち込んで足掻いた果てに観た幻覚なのか? も分からないように構成されていることと、これらの登場人物に序列の差が無いことが、観客の混乱に拍車をかける。
人物名でも「人形の家」のノラの名を使っていたり、RimbaudのUne saison en enfer中の有名な一行、また見付けた? 何を? 永遠を! というフレーズに対応する科白が出てきたり、更には、作品全体が、象徴性や喩に満ち満ちて居る為に、演じられているキャラが一体何を意味しているのか? 或いは不可解そのものを表現したかったのか? など、作家の意図が非常に分かり難い。
役者の数を役柄分だけ揃えられればそれが一番簡単な解決法だが、劇団のメンバーそのものがそんなに居まい。では、どのようにキャラクターのメリハリをつけるかだが、役者に本当に役を生き切るだけの力があればともかく、学生レベルの人達にそれを要求するのは酷だろう。衣装を変える、という方法も考えられるが、予算やこの尺での早替えは無理がありそうだ。そう考えてくると、作家・演出家が目指したもの・ことは世界は不可解だということだという結論を導き出すことができようが、この結論に達する観客は殆ど0に近いのではないか? 演劇は観客にも分かる形で作らなければ、矢張り弱いのではないか? 無論、それは観客に媚びを売るとか、必要以上にコミットせよということではない。然し、演劇は最も手間暇の掛かるコミュにケーション手段である。苦労して上演に持ち込む訳だから、自分達の意が観客に過不足なく伝わる方がベターなのではあるまいか? 
 ところで、音楽の使い方などのセンスは抜群で、舞台美術も気に入った。更に深い領域迄言語化できるようになることを期待している。

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