有限無限に君に恋するインフィニティ∞アンリミテッドラブ!
アカルプロジェクト
アカルスタジオ(大阪府)
2025/06/14 (土) ~ 2025/06/15 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
5プロット作品 輪廻転生のファンタジー作品
5人のりんごさんの恋愛模様を過去現在未来に想定しながら、話は進む
演技はまだまだ感はあるが、内容は良く、勉強になりました✨
笑ってゆるして
明治大学演劇研究部
アートスタジオ(明治大学猿楽町第2校舎1F) (東京都)
2025/04/25 (金) ~ 2025/04/27 (日)公演終了
『Up!!』
明治大学実験劇場
明治大学和泉キャンパス・第一校舎005教室(東京都)
2025/04/24 (木) ~ 2025/04/26 (土)公演終了
共宴
早稲田大学舞台美術研究会
早稲田大学学生会館(東京都)
2025/05/03 (土) ~ 2025/05/04 (日)公演終了
丸丸企画旗揚げ試演会『うつつつう』
早稲田大学演劇研究会
早稲田大学大隈講堂裏劇研アトリエ(東京都)
2025/05/01 (木) ~ 2025/05/06 (火)公演終了
ガマ
劇団チョコレートケーキ
吉祥寺シアター(東京都)
2025/05/31 (土) ~ 2025/06/08 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
沖縄戦の話。チケットは早々にsold out
野ざらしの懺悔
早稲田大学演劇研究会
早稲田大学大隈講堂裏劇研アトリエ(東京都)
2025/06/05 (木) ~ 2025/06/09 (月)公演終了
産声が聴こえない。
“STRAYDOG”
サンモールスタジオ(東京都)
2025/06/11 (水) ~ 2025/06/15 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
重たい主題に正面から取り組んだ意欲的な劇。見応えがあった。
『シーチキンサンライズ』 『心のかけら』 『HEART OF THE DESERT』
T1project
小劇場B1(東京都)
2025/06/15 (日) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
めっちゃ熱量があって面白かった!話が進むにつれどんどん面白くなる。元気をもらえた!
産声が聴こえない。
“STRAYDOG”
サンモールスタジオ(東京都)
2025/06/11 (水) ~ 2025/06/15 (日)公演終了
実演鑑賞
痛みのある劇。
3人の女性の妊娠とそれに関わる人々の話が展開していきます。
ネタバレBOX
1人分だけでも十分すぎるくらいに重たい問題が3つ。それだけに盛り込みすぎな感はありました。
1人づつの話をもっと深く見てみたかったかなとは思った。
演技はすごい熱演。
だけどいわゆる気持ちデッカチになっちゃった感は否めないかも。
開演前にはビートルズの曲がかかっていたけど(カバーもあり)、劇中ではカバーばかりだったのは著作権使用料の問題?ちょと気になりました。
カバーでも全然問題無く、劇にフィットしていたと思います。
六道追分(ろくどうおいわけ)~第五期~
片肌☆倶利伽羅紋紋一座「ざ☆くりもん」
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2025/06/11 (水) ~ 2025/06/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
第一期も観劇。演者が変わるとこんなに雰囲気が変わって新鮮に観られるなんてびっくり!素晴らしかった!
昭和から騒ぎ
シス・カンパニー
世田谷パブリックシアター(東京都)
2025/05/25 (日) ~ 2025/06/16 (月)公演終了
映像鑑賞
満足度★★★★★
感恩惟莎翁
困ってる人の力になろうよ
DVD化しないかなあ
ベッジパートンとかも何回でも観てみたい
続・時をかける少女
2018「続・時をかける少女」製作委員会
東京グローブ座(東京都)
2018/02/07 (水) ~ 2018/02/14 (水)公演終了
映像鑑賞
満足度★★★★
時かけオマージュありという上田誠脚本の新作『リライト』の予習もかねて、DVDにて観劇。
かつて未来人"ケン・ソゴル"の力を借り、時をかけた女子高生・芳山和子。
記憶を抹消された彼女の前に彼が再び現れた……。
ある依頼で、平成初期、バブル、学生運動の時代と、過去の日本へタイムスリップすることになった和子は、かけがえのない青春の日々を駆けめぐることに。
王道の青春恋愛SFかと思いきや、平成あるあるネタが満載のドタバタコメディで驚いたが、面白かった。
なんといっても、上田誠×オールナイトニッポン コラボの初回として、のちの舞台にも通ずる「淡い青春ラブコメ要素」が確立されているのも良い。
切ないラストでは終わらず、しっかり娯楽作として、コミカルなオチをつける辺りに、上田誠さんの作家性を感じた。
また、時代あるあるで笑いをとる辺りには上田誠節が炸裂。
2010年代(スタバ・インスタ・スノウ)、90年代(コギャル、たまごっち、バブリーダンス)、80年代(暴走族・ローラー族、たけのこ族)、60年代(機動隊、フォークゲリラ)で、様々な固有名詞を詰め込んだ脚本もさすがで、この辺りには創作にあたり、資料のリサーチは欠かせないという上田さんの生真面目さが光っていた。
そして、何といっても、主演・上白石萌歌によるED曲が至高だった。
まなみさん
謎の女ーーー《まなみ》。
in→dependent theatre 1st(大阪府)
2025/06/13 (金) ~ 2025/06/15 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
みんなお互い気がつかないうちに、きっかけや元気をもらっている。
優しいというか、見守っている所が泣けてくる。
思いや愛をもって生きたいと思いました。
誰かがどこかで思っている
お芝居観られてありがとう💕
夢ならなおさら覚めてくれ
中央大学第二演劇研究会
高田馬場ラビネスト(東京都)
2025/06/13 (金) ~ 2025/06/15 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
公演で描きたかったことが暈けた印象だ。
物語は、或る男の 過去と現在を行き来し、その間の意識・対応の違いを描いた成長譚。説明にある通り、中学2年生と教師2年目という10年間、子供と大人という違いを描いている。しかし「大人」とは?という抽象的な問い掛けが前提にある。時間の経過の中で人間的な成長を描きたかったのでは?
少しネタバレするが、過去も現在も同じように 家庭内の問題(毒親)に起因している。その描きが強調されるあまり、本来のテーマが翳んでしまったのが残念。当日パンフに、脚本・演出の大森ケイ 氏が「大人って色々な定義がある」そして「社会性」だと記している。物語は中学時代(一応 子供の頃)に出来なかったことが、大人になったら出来るようになるのか?精神(経験)的なことは勿論、年齢・立場や経済的といった諸々の条件はあるだろう。それらを ひっくるめて「社会性」というのであれば、子供と大人の間にある意識の違い、その成長を もう少し丁寧に描いてほしかった。
(上演時間1時間35分 休憩なし)
ネタバレBOX
舞台美術…板は 黒床で周りを暗幕で囲い、所々に白い衝立の壁。上手奥に事務机にホワイトボード、客席寄りに楕円形のテーブル。下手は 学校にあるスチール机2つ。全体が鯨幕といった光景だ。内容から、死の淵ぎりぎりの 切羽詰まった状況を表しているようだ。いや 自死している。
現在、主人公の沖田拓夢は 有名女子中学の新米教師(副担任)。このクラスに福原萌という問題児がいて、教師達を悩ませていた。夜の繁華街をうろつき、問題を起こし学校の信用に傷がつくことを恐れている。彼女の問題行動の原因は 家庭事情にある。両親は離婚し 母親に育てられているが、度が過ぎた教育と執着に 萌は悩まされていた。その過干渉に対する鬱憤晴らしが非行の理由。
10年前(中学2年)の拓夢、不登校の米谷大志にプリントを届けたことから、親しくなる。大志は映画(DVD)が好きで 毎日家で鑑賞している。ひょんなことから2人で夏休みに映画を撮ろうとするが…。大志の母は 精神を病んでいる(依存症?)ようで、家事を大志にやらせているため学校へ行けない。母は若い男と同棲を始めたが、彼は薬物中毒で ますます家の中は荒む。結局、大志は2学期に転校してしまい、同級生から自殺したことを聞くまでは、思い出しもしなかった。
10年前の米谷大志と現在の福原萌の家庭問題をオーバーラップさせ、居場所がない子供たちを描く。毒親による支配と服従、それに対する反抗と自我の目覚めを強調して描いている。中学生の時は、無力で 結果として大志を助けることが出来なかったが、今なら生徒(萌)に寄り添える、といった違いは何か?子供の時に思いもつかない考えや行動、それが大人になるまでの間(経験)で身につく。翻って、それは我が身を守る術(すべ)として重い鎧となって自由を奪う。
公演は、子供と大人の意識の変遷・変遍をどう描き伝えるかが狙いだったのでは? でなければ、時制を用いる必要がない。それとも自分の勘違い、解釈違いか? それが 毒親ー虐待描写に重きが移り、感情移入させているよう。さらに教師の盗撮等という低俗的な問題を絡めたことによって、興味本位のドラマになったのが残念。
次回公演も楽しみにしております。
ある星空と君へ
サテライト教室
北千住BUoY(東京都)
2025/06/13 (金) ~ 2025/06/15 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/06/13 (金) 19:00
価格3,000円
06月13日〈金〉19時鑑賞
開演前に、すでに舞台上には役者さんが居ました。
お二人は、衛星だったんですね。
母の葬儀の直後、2人の兄弟(次男と末っ子の女子)のもとに、
失踪した兄が突然戻ってくる。
しかも、男ではなく女性の姿形で……
というストーリーです。
しかもこの人間ドラマに、星(衛星)が関わっています。
日大芸術学部の方々が中心の劇団だとHPで知りました。
それもそのはず。
とても芸術性の高い劇だと思いました。
地下1階の、もともとは銭湯だったという舞台でしたが、
その広い、奥行きのある空間を上手に使っていました。
役者さんの衣装にも、それぞれキラキラの装飾が…。
紙チラシ(フライヤー)も素敵です。
飾っておきたいくらい…
ありがとうございました。
哲学的なサル
squ@re
北池袋 新生館シアター(東京都)
2025/06/14 (土) ~ 2025/06/15 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
治験が背景のストーリーでしたが、どんな治験なのか、どんな展開になるのか、どんどん惹き込まれました。
ツッコミ所はありますが、ラストは様々な伏線が回収されていました。
心の病は、治ったかどうか数値では測れないので、新薬の開発は本当に困難だと思います。
面白かったです。
湿ったインテリア
ウンゲツィーファ
早稲田小劇場どらま館(東京都)
2025/05/19 (月) ~ 2025/05/27 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
結婚を巡るある男女の三角関係と、育児を巡るある夫婦の日常。そして、結婚、出産、育児というテーマに終始せず、そのさらに上の世代である親と子の関係や、その生い立ちから受ける影響にも眼差しを向けた快作、いくつもの手触りの「生きづらさ」や他者と生きる「ままならなさ」が濃密に紡がれた演劇であった。
ネタバレBOX
出産を控えるひと組のカップルジュウタ(黒澤多生)とチア(豊島晴香)が不動産屋の男(藤家矢麻刀)に新居の内見を案内されるところから物語は始まる。そこから結婚・家族生活が描かれると思いきや、早々に不動産屋の男がチアの元恋人・タクであったことが明かされる。さらにはジュウタの急死を機に、タクがチアとともに暮らし、ジュウタとの間に生まれたソラの父親になることを決意し、3人の新生活の様子が描かれていく。そこに訪れるのが、両家の母親。両家と言ってもチアとタクの母ではなく、タクの母・タナコ(根本江理)とジュウタの母・カキエ(松田弘子)であるからして、その鉢合わせを巡って状況はますます混沌を極めていく。ジュウタの死を受け入れられず、その喪失によってソラの存在が拠り所となっているカキエはやがて、ソラをジュウタとしてあやすようになる。そうこうしているうちにソラの体に亡きジュウタの魂が転移し、言葉を発し始める。一方で、タナコもまた「ソラは本当はタクとの間にできた子どもなのではないか」という想像に駆られる。さらにはチアとその親との不和も詳らかになり始め、3人の男女の三角関係から、それぞれが生い立ちによって背負った傷や葛藤、それがその後の人生に与えた影響が浮かび上がってくる…。
来る日も来る日も続く夜泣きからの疲弊、「子どもを宿し、産んだ」という実感を経て親になる母と、そうではない状況で親になる父との埋まらぬ価値観…。そういった、出産や育児という出来事がもたらす精神のバグや他者との不和や軋轢が(子どもを生み、育てている当事者としては)思わず「あるある」、「わかる」と言ってしまいそうな日常の一コマとして、リアリティを以て舞台上で展開される。さりげなくも綿密に練られたその会話と演出に作家・本橋龍の確かな技量を改めて見る思いであった。中でもポータブルスピーカーを赤子に見立てる演出は、その斬新さもさることながら、「家電に泣き声が宿る」といった点でまさに「湿ったインテリア」というタイトルを具現化していた点にも感銘を覚えた。(余談だが、私自身もかつて何をしても泣き止まない赤子の泣き声に狼狽え、スピーカーのようにその音が調整できたらと思った経験があった)
しかしながら、私が本作で最も素晴らしいと感じたのは、そういった「子どもを持ち、育てることの大変さ」がこの物語と演劇の核心ではなかった点である。
複雑に絡み合う人間関係の中でありありと浮かび上がってきたのは、「人をどう育てるのか」ではなく、「人にどう育てられたか」であったように私は思う。つまり、ジュウタとチアとタクの3人の親やその子育てをもに焦点を当てることで、本作は観客、ひいては社会に対してよりひらけたテーマを問おうとしていた気がしてならない。中でも印象的だったのが、カキエの愛情を存分に受け、手づくりの洋服を着せられて育ったジュウタが「愛されること、大切にされることの怖さ」を語るシーンである。親が育児に没頭できないことの罪深さだけでなく、親が育児に過度に没頭し、その愛と期待の重さによって子をがんじがらめにしてしまう様子には、一人の親として思わず背中が冷える思いであった。ソラを自分の孫であると信じたい二人の祖母の姿には、それ以前にタクやジュウタをどう見つめてきたか、どう見つめてこなかったかという母から子への関わり方や育児の履歴が忍ばされていたように思うのだ。家族や夫婦といったコミュニティにとどまらず、登場人物一人ひとりが背負うものへも視野を広げることで、「人間がいかに複雑な生き物であるか」という想像が観客へと手渡されていくようでもあり、シーンが変わるたびに、そこに生きるあらゆる人の背景に想いを馳せるような観劇体験だった。
wowの熱
南極
新宿シアタートップス(東京都)
2025/03/26 (水) ~ 2025/03/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
メンバー全員が本人役として出演、オール劇団員キャストで送るSFメタフィクション。
ネタバレBOX
一人ずつがその名を呼ばれ、客席後方より舞台へと上がっていく冒頭の“登板”から、本作の役や物語が現実に侵食していく様を描いたクライマックス、そして、劇団や演劇、俳優そのものの当事者性を問うラストに至るまで、一貫して現実と虚構の横断を生々しい“熱”を以て描き切った意欲作。それらを全員野球ならぬ全員演劇によって力強く叶えた作品であった。
一人ひとりの粒立った個性と存在感を明示するかのような連作コントを経てから『wowの熱』といった物語(すなわち本題)に突入する、という構成も会場の“熱”を高める上で効果的に機能しており、さらにはその連作コントで散りばめられたあらゆる伏線が後々本題の中で回収される、という鮮やかな連結にも作家、俳優、そして劇団そのものの表現力が光っていたように思う。
また、当日パンフレットの文字の大きさが非常に見やすく、かつひと目でキャストの名前、配役、そして顔写真によってそれらが一次情報のみで照合できるように作られている点も素晴らしい。
「スマホで調べたらわかる」と言われたらそこでおしまいだが、それが困難な観客も中にはいる。また、「素敵な俳優やスタッフに出会った時にその名前を覚えて帰りたい」という観客の気持ちやライブ性に寄り添った工夫も評価の一つに値する。
平熱が45度を越える中学生・ワオ(端栞里)を中心に繰り広げられるSF青春劇のパートでは、SF超大作を下敷きにテクノロジーの暴走を描いた『(あたらしい)ジュラシックパーク』や、恐竜の絶滅をテーマに青春の終焉と世界の終末をともに立ち上げた『バード・バーダー・バーデスト』などの過去作で確立した手法や見せ方が首尾良く活用されており、一つの作品として遜色のない独自の世界観に仕上がっていた。
しかし、私が最も心を打たれたのは、その終着点の見えかけているファンタジーにあえて切り込みを入れ、そこから先のまだ見ぬ冒険と挑戦に乗り出した点であった。
人と違う特性を持つワオやチャーミングなキャラクターたちの関わりや寄り添いを通じ、多様性や他者理解といった今日性を忍ばせながら、愛らしく切ない青春群像劇として完結させることもできたであろうところに「待った!」をかけ、文字通りその上演を舞台上で一度中止させることで本作はメタ演劇へと舵を切っていく。
そこから描かれるのは、『wowの熱』という公演がワオ役の端栞里の発熱によって中止となった後の世界線。スタッフをも舞台に上がる演出や劇団が赤字回収に悩む様子、メンバー同士のやりとりなどの“バックヤード”のリアルな側面を見せつつも、「だから劇団って大変なんです」といったある種のナルシズムな展開や結末を辿るのではなく、突然変異的に登場人物に俳優が、演劇に日常が侵食されるといったもう一つのSF展開を用意することで、物語や演劇を未知の領域へと飛躍させていた。そんないくつもの入れ子構造によって観客を鮮やかに裏切り、想像以上の世界へと誘っていた点に私は劇団の発展力を確認したのである。
そして、何よりその複雑な劇世界を劇団員フルキャストだからこそ叶えられる一体感と連携を以てして実現させていたこと。それでいて「身内ネタ」や「身内ノリ」に終始せず、そのマジカルなまでのグルーヴに観客をも取り込み、舞台と客席を越境し、相乗した熱気を生んでいたこと。それこそが本作の最たる個性と魅力であったのではないだろうか。それらは演出や演技といった劇の内側だけでなく、手づくり感の溢れる美術や小道具などの外側にも発揮され、細部に渡って抜かりがなかった。南極の持ち味である、群を抜いたデザイン力の高さを以てハード・ソフト面ともにますますの磨きをかけた力作。今後、南極という劇団がどう変化していくのか。本作に立ち会った観客がそんな待望を抱くに十分な作品であったと思う。
ハッピーケーキ・イン・ザ・スカイ
あまい洋々
インディペンデントシアターOji(東京都)
2025/03/13 (木) ~ 2025/03/16 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
高校時代に行方不明になり、その数年後に白骨死体で見つかった「ちぃちゃん」を巡って、卒業後はそれぞれの道を歩んでいる同級生や友人などが各々の立場から「ちぃちゃん」とその人生に起きた虐待の被害や凄惨な結末、そして、されども彼女が生きていた「生」とそんな彼女と過ごした「時間」を見つめる、見つめようとする群像劇。
ネタバレBOX
「見つめようとする」とわざわざ言い換えたのは、本作の伝えたいことがそこにこそ詰まっている気がしたからである。その点においてキーとなっているのは、「ちぃちゃん」と彼女を巡る事件を取り巻いているのが直接的に関わりのある知人や友人のみではない点にある。
「ちいちゃん」の事件は一部マスコミにも注目され、ライターの高務(櫻井竜)が読者の好奇心をそそるような文体で記事化しており、その取材活動をきっかけに散らばったかつての同級生が数年ぶりに繋がる、という流れがあった。さらに、時を同じくして同級生の一人で映像作家として活動する乙倉(松村ひらり)は、「ちぃちゃん」を題材に自身の監督作品を撮ろうとしており、同級生たちに聞き取りを行っていた。
この二つの出来事を巡って、“取材”に協力的である人間と反発を覚える人間に分かれ、それがそのまま「ちぃちゃん」との関係の深さを意味するところとなっている。
こうした場合、上記に挙げた2名のような人物は分かりやすく悪人のように扱われることが多いように思うが、私が本作で心を打たれたのは、その存在が複雑ながらも一つの希望や祈りとして描かれていたことである。無論、当初はその取材や映像化に異論や反発が飛び交い、「当事者でない人間が当事者の人生を消費すること」についての会話や議論が交わされていた。しかし、結果的に本作は「当事者でなくてもできること」に手先を伸ばし、やがて「当事者でないからこそできること」までを手繰り寄せようとしていたように思う。その過程の時間は、不在である/不在とならざるを得なかった「ちぃちゃん」という一人の人間を、人生を、そしてその消費を見つめようとする行為に他ならないのではないだろうか
作・演出、そして、ちぃちゃん役として出演した主宰の結城真央さんはご自身が虐待サバイバー当事者であることを開示した上で本作の創作に取り組んでいる。この事実が作品に与える、それこそある種のインパクトのようなものは大きいかもしれない。しかし本作はその経験をただ生々しく描くのではなく、もう一歩先の景色を掴もうとされていたように思う。
あらゆる作品の題材として、虐待やその被害が時に“甘いケーキ”のように“おいしく”消費されてしまうこと。その暴力性に抵抗を示すと同時に、虐待サバイバー当事者でありながら同時に表現者の一人でもある自身が今見つめるべきことに手を伸ばされているように感じた。
「当事者じゃないからわからない」と言って黙ることで傷つけずに済む人がいることも確かだろう。しかし、「当事者じゃないからわかりたい」と声を重ねることに救われる人もいるかもしれない。そういった物語や人物の眼差しに観客として気付かされることも多かった。
ちぃちゃんと同じ境遇であった仁子(チカナガチサト)の痛みが同期したかのような表情、同じくらいちぃちゃんと交流が深く、現在は児童養護施設で働く綾瀬(松﨑義邦)の戸惑いを隠せぬ振る舞い、そしてちぃちゃんが夢中になったアイドル、レモンキャンディ(前田晴香)の極めて解像度の高いアイドルパフォーマンスなど、俳優陣の表現力も高く、かつ随所に散りばめられたギャグや小ネタも観客がシリアスな題材を受け取る上で効果的に機能していた。一方で、全員が一堂に会すシーンでは観客を引き込むのにやや苦戦している印象を受け、個人としての技術が高い一方で、集合した際の場の説得力のようなものにもう一歩不足が感じられた。そのあたりに今後飛躍する可能性と期待を寄せつつ、開示と思考の痛みを伴う創作にカンパニー一丸となって乗り出されたことに、一人の観客として敬意を示したいと思った。