最新の観てきた!クチコミ一覧

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鉾久奈緒美「死者の書」

鉾久奈緒美「死者の書」

大駱駝艦

座・高円寺1(東京都)

2026/07/02 (木) ~ 2026/07/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

開演前、下手に置かれたガラス鉢に天井から一筋の水が滴り落ちている。ぴん、ぴん、ぴん、ぴん···。劇中、綺麗な水を探す物語だと老婆は語る。

鉾久(むく)奈緒美さんが振鋳(振付)・演出・美術・鋳態(出演)。原作は折原信夫の『死者の書』。長身の鉾久奈緒美さんの肉体は手塚治虫のキャラクターのように美しい。鶴が沢山描かれた紅い着物で写経。今まで観てきた大駱駝艦の舞踏は男性作家の作品ばかりだったと思う。女性がやると全く違うもので美しさ、色気、気品がある。原作を理解した上でもう一度観たいと思った。(全く予備知識なく観たので『チベット死者の書』を勝手にイメージしていた)。

滋賀津彦(しがつひこ)を演じた小田直哉氏は薄皮一枚隔てて筋肉一つ一つの動きが透けて見えるような圧倒的な肉体美。鍛え抜かれた人体模型。

語り部の老婆が急に喋り出すことに驚いた。バレエのようにシーンごとの筋立てをあらかじめ提示してもいいと思う。

左脚が骨になっている骸。男達が首を奪い、左胸に槍を突き刺す。神隠しにあった郎女(いらつめ)が首を拾い、もう一度付けようとする神話。

この美しさは何だ?
人をこの世を救うことの出来るものがあると仮定して、それを舞踏で表現しようとしている。とんでもないことだ。

ネタバレBOX

滋賀津彦(しがつひこ)=大津皇子(おおつのみこ)は飛鳥時代、天武天皇の第三皇子であったが686年、謀反の疑いで捕らえられ24歳で自害に追い込まれた。50年経ち、彼は目覚める。

藤原南家の一の姫である郎女(いらつめ)。郎女=上流階級の女性の尊称。称讃浄土経の千部写経に明け暮れる。郎女の肉体から魂が脱け出て、魂を呼び戻す為に九人の杖人が魂乞いを行なう。その魂乞いにより、滋賀津彦が目覚める。尊い俤人(おもかげびと)に着せる衣を織り始める郎女。それは曼荼羅となる。

郎女=中将姫(ちゅうじょうひめ)。奈良時代、中将姫の当麻(たいま)曼荼羅伝説。蓮の糸を使い、一晩で極楽浄土の曼荼羅を織り上げ、775年入滅。
 杏仁豆腐のココロ

杏仁豆腐のココロ

演劇ユニット「みそじん」

阿佐ヶ谷アルシェ(東京都)

2026/06/30 (火) ~ 2026/07/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

緑チームを観劇しました。面白かったです!
仲良さそうに見える夫婦がなぜ別れるのか?と考えながら観ましたが、どんどんシビアな内容になり、気付くと食い入るように観てました。
役者さん2人の、自然な演技でありながらの熱演が素晴らしかったです。
余韻の残る良い舞台でした。

豪華客船タイクツニック号沈没

豪華客船タイクツニック号沈没

フライングシアター自由劇場

吉祥寺シアター(東京都)

2026/06/14 (日) ~ 2026/06/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

串田一美の芝居の最初は20年以上前、NHK劇場への招待で放映された「幽霊はここにいる」(新国立劇場)の演出・出演としてで、何度も見返した一つだ。初見だった小日向文世の記者役が味を出してて何て良い役者だと思った。音楽の時々自動、無機的な音に合わせたアルゴリズムっぽいムーブ、正面奥一杯の壁の手前を廊下として建てた二階高の骨組、中央を出入りにし、手前のだだっ広い空間を自由気ままに場面転換する様が、記憶にある。
観劇御宅となって一度は生で観ようと串田演出(作もだったか?)舞台を観たが、期待外れ。以来なかなか手が出なかった。
今回はノゾエ氏との共作、また駄洒落っぽいタイトルに惹かれて観に出かけた(直前までタイタニックと読んでいた。そういう人が多いらしく、前説でネタにしていた。気づいたのが遅かったので、観劇を決めたのも直前だった)。
(続きはまた後程)

ネタバレBOX

前に観た舞台というのは、題名を忘れたが(調べれば判るが省略)、松たか子等知名度でチケットを売る部類かな、とその時は総括した。
が、多分串田氏の得意とする歌、音楽の舞台での活用及びその表現が、狙いを狙い切れてないで世に出した未完成な作品ではなかったか。歌を主に担った松の上手さが突出するも演技が当たってない感じ?(脚本自体の問題だったかもだが、それに何とか答えを与えるのも役者だとすれば、彼女はやれてなかった)
可動式階段を何台か、ダイナミックに動かしての舞台効果も、肝心の「表現したいもの」が空振りでは意味がないな、という印象。
とにかく歌を大して歌えない役者と松との落差、そしてその松の的を外して見える演技を見ていただけが記憶。(涙)
HUG!!!

HUG!!!

ギギ

早稲田小劇場どらま館(東京都)

2026/07/02 (木) ~ 2026/07/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

めっっっちゃ大好き最高!!!
圧倒的なことしてやるぜー!!!って感じ!!!
想いに力が追いついてるぜー!!!みたいな
必見必見必見

爆音/重低音の振動/スモーク/強い光の舞など
激しい面が多々あるので苦手な方は各々ご注意を...
受付で言えば耳栓貰えます

ラーメンロック!!

ラーメンロック!!

KENプロデュース

シアターシャイン(東京都)

2026/06/30 (火) ~ 2026/07/07 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ロックに例え、自分の(心の)中で音が響かなくなった。その虚無感を乗り越え成長していく姿を描いたヒューマンドラマ。KENプロデュースは「チューボー」(第十三回公演)で池袋演劇祭優秀賞を受賞しており、料理関係を描いたら実に味わい深い。本作もラーメンという庶民の味、それを一般的な人々に準えているよう。

ラーメン修行=物事に打ち込むことによって得られる充実感、それを反目し競い合いながら技量を高め信頼も深めていく。店内という狭い空間が人間模様という大きな器をもって展開していく。ロック(音楽)は自分を表現する方法、今はラーメン(料理)を作る音が聞こえる。それは幼い時から聞き慣れた父の(寡黙な)後ろ姿でもある。なによりラーメンは自分を映す鏡で、味がそのまま出る怖さ。

冒頭のダンスや生歌で観客の興味を惹き付ける上手さ。物語は、ラーメン チェーン店の社長の社訓が心に響く。味の旨さは勿論、経営としての採算性も大切。何より客に喜んでもらえるような店であること。
(上演時間2時間 休憩なし)【醤油班】追記予定

ディアマイドクター

ディアマイドクター

演劇ユニット「暇つぶしチェルトン」

萬劇場(東京都)

2026/07/01 (水) ~ 2026/07/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

A班観劇。初演も観ましたが、やはり高密度の見事な作品ですね。感銘を新たにしました。

シャープさんフラットさん

シャープさんフラットさん

キューブ

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2026/06/19 (金) ~ 2026/07/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

とある知人から昔、ケラリーノサンドロヴィチなる御仁(ケラって言ってるけどね)がいると教わって「何それ」と突っ込みながら頭にメモし、帰宅してwebを開いたらこの題名があった、# &♭と音楽の記号を擬人化して親近感を持つも公演終了間際、観に行けず。
その知人からは大人計画(二大人気演劇人と)やらポツドールやら五反田団、青年団と一気に視界を広げてもらったが、あれから18年。そんな感慨に押され、二度目になるKERA CROSS(Nylon作品を別の演出キャストで)へ。
さて感想。ケラ作品にある幾つかの特色の中で、ナンセンス・ギャグを盛り込む、辛辣な人間描写も最後は抒情性の中にくるみ込む、という所。今作で目に止まったのはカラフルメリーの続きか、亡き父(主人公の琴線に届く事が許される存在)との対話、グランドホテル形式というのか、(ホテルでないが)豪奢なサナトリウムを舞台にバブルが弾ける頃合に三々五々の別れが訪れるまでの入所者らそれぞれの物語。無論主人公(柄本時生)を中心軸にだが(前に観たやつもそんなだった。山の上ホテルか何かが舞台で山崎一主役の)。
で、何が言いたいかと言えば、最後は丸く収めるのがケラであり、ここまで落としといてハッピー顔をさせるんかい、と思われてもあくまでハッピーエンド。私的には、如何に辛辣描写の対象を安易な救済に流さず「終劇=大団円」に辿り着けるか、という点を多分凝視している。世の中甘くないぞ、と言わせたい訳である。これでいい、という結論を持つ資格(パス)を持って正しくゴールを切ってもらいたい。そういう事なんだろう。
この作品については、辛辣の土俵で最後まで相撲をとっていたと見えた事で、納得点の作品とした。満腔の合格判子を捺せない何かを残しているが、自分でもよく分からない。
趣向やギャグやどんでん返しや伏線回収を「盛り込めるか」という点では、本作も豊穣と言えるのだろうと思う。
3時間の行程を飽きずに観る事ができたのは確か。

ラーメンロック!!

ラーメンロック!!

KENプロデュース

シアターシャイン(東京都)

2026/06/30 (火) ~ 2026/07/07 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

醤油班観劇。よくわかんないけど、こういうのをロックっていうのかな(ストーリーはわかりやすかったです)。結構トッピング一杯の内容で、2時間飽きずに楽しめました。歌もイイですね。

ディアマイドクター

ディアマイドクター

演劇ユニット「暇つぶしチェルトン」

萬劇場(東京都)

2026/07/01 (水) ~ 2026/07/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

〈A班〉

明治27年(1894年)3月、日本橋の元大工町の高水病院。医師の高水せい(梅本あき乃さん)のもとに運ばれてきた路上に倒れていた少女(小林音花さん)。遠い昔に病でこの世を去った妹ちかにどこか面影が似ている。「からたちの花が咲いたよ」と二人で歌った幼き日々。若き自分(後藤ひまわりさん)とちか(小林音花さん)の姿が瞼に蘇る。

ざんばら先生、歌唱指導も兼ねている主演の梅本あき乃さん。皆文句なしの歌唱力でキャスティングに誠実さがある。
個人的MVPは高水せいの若き日々を担ったもう一人の主演・後藤ひまわりさん。何か不思議な魅力がある。
共に戦った学友である萩原ぎん子役の神田亜由子さん、吉沢クノ役の山川莉恩さんも美声。
驚く程、演技レヴェルが高い大西達之介氏。少女の働かない父親役と衛生局長役を兼ねた。野太い声と台詞回しから舞台の空気感が変わる。衛生局長は外波山文明調。
本多一生氏の学長もユーモラスで良かった。

ネタバレBOX

三河国(現・愛知県)、幼きせい(小林音花〈おとか〉さん)に高名な漢学者だった父(本多一生〈かずお〉氏)は学問の道を指し示す。「志しを持て」と。激動の時代、幕府は潰え明治維新が成る。父は早世し、没落した家は家督を継いだ兄(齋藤蓮氏)、母(行橋〈ゆくはし〉安美さん)、せい(後藤ひまわりさん)、妹のちか(小林音花さん)。寺子屋で読み書きを習う幼きちかに付き添うせい。「女に学問は不要」との兄の言葉に反し、学問に焦がれていた。教師である坂田伊織(蘭丸氏)はそんな彼女に好感を持ち二人は密かに恋に落ちる。伊織に許婚がいることを知り、身分の違いから身を引くせい。東京の吝嗇家の伯母(白川りらさん)の家に嫁に入り、夫(阿久津城〈しろ〉氏)との間に子を身籠る。故郷では妹が病に倒れ、里帰りも許されないせいも昏倒。夢の中でちかが逢いに来て、産まれた赤ん坊に「さき」と名を付けてくれる。長い眠りを経て目を覚ますと母が上京して看病してくれていた。妹が死んだこと、赤ん坊は死産だったことを知らされる。そのまま伯母に焚き付けられた夫に離縁され、家を出るせい。吉原の花魁・駒太夫(七海真帆さん)の下働きをしている時に出会った助産婦・津久井磯子(岩崎紗也加さん)に弟子入りを直訴。自分が目指すべき医学への道がうっすらと見える。

第一幕は女『赤ひげ』の正統派物語。ちょっと直球すぎるとも思った。もう少し観せ方を捻った方が面白くなる題材。『赤ひげ』は三船敏郎に反感を持つ若き加山雄三が段々と考え方を変えていく過程と観客の心とが重なり教育劇として秀逸。高水せいの内面をそう易々とは明かさずに後半まで引っ張った方がいいかも。(飛び飛びに垣間見せる)。無力故に散々踏み躙られてきた明治の一人の女性が世界を変えていく物語。世界は変えられる。本当にそう信じられたなら。

主人公、高水せいのモデルは高橋瑞子(戸籍名は高橋瑞〈みず〉)。明治21年(1888年)、36歳にして日本で三人目の公許女医(国に認められた女医)となる。
明治18年(1885年)、34歳で初の公許女医となったのが荻野吟子。
明治20年(1887年)、23歳で二人目の公許女医が生沢クノ。
古来、無資格だった産婆から助産婦(現・助産師)への橋渡し的存在になったのが津久井磯。明治21年(1888年)、私立産婆学校を設立し人々に医学を啓蒙した。
長谷川泰の創立した私立医学校・済生学舎は後の日本医科大学。高橋瑞子の入学を許可する英断。
その苦学ぶりを順天堂医院の院長・佐藤進と妻の佐藤志津が支援。偶然、高橋瑞子の隣家に佐藤進の甥が住んでいた縁から。
高橋瑞子は明治23年(1890年)、38歳の時に単身ドイツに渡航。何のつてもなく片言のドイツ語でベルリン大学への入学を望む。当時、女性の入学さえ許されていない状況。命懸けの彼女の覚悟に打たれた周囲の尽力により聴講生として受講が許された。

第二幕は明治32年(1899年)のペスト襲来を上手く組み込んでいる。パニックを起こした群衆が暴徒化して患者をペスト菌ごと殺戮しようと殺気立つ。手の打ちようのない現実を前に絶望する高水せい。ふと「からたちの花が咲いたよ」のメロディが聴こえる。生きたくても生きられなかった妹のちかと産まれることの出来なかった娘のさき。「生きている私が挫けてる訳にはいかない」と奮い立つ。このシーンが一番良かった。
ディアマイドクター

ディアマイドクター

演劇ユニット「暇つぶしチェルトン」

萬劇場(東京都)

2026/07/01 (水) ~ 2026/07/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 尺は途中10分の休憩を挟み長尺だが、長さは全く感じない。ベシミル、華5つ☆

ネタバレBOX

 ところで我々は何時何処でどのように死を迎えるか? について自死を選び実行しない限り全く知らない。そんな当たり前のことを改めて考えさせる程に本質に迫る作品である。
 今作は実在した草創期の女性医師たちをモデルに創作された通常の演劇とミュージカルを綯交ぜた作品だ。一般的なミュージカルは、その形式からある種の型に嵌った作風に縛られ様式的に過ぎるように感じて自分は好みでないが、今作脚本では一般的な芝居のように各登場人物たちの個性や彼女らの置かれた社会的位置の不条理な理不尽に対する根源的問い掛けが埋め込まれ、キチンと演じられているから、根源性とヒトがヒトとして生きる為の当然の権利として認められるべき正当性及び各当事者の切実極まる実体験の齎した深い傷から何としても在るべき未来を獲得する為に戦い続ける姿を通して描かれている。為に、一般的ミュージカルより遥かに物語性に富み、細部の描写のリアリティーも増して効果的に訴えかけてくる。無論、歌う時の歌唱力も極めて高い。
時は明治中頃、未だ女性だというだけで学問への窓すら閉ざされているのが当たり前の時代であった。
 こういった常識が、社会に迷信やまじない、非科学的で不合理な産婆術などを蔓延させる原因となっていたこと、それが社会的弱者である女性の働く場所で時には命や妊娠した際の子を奪う原因となっていたことなども描かれ女性医師誕生までの受難の時期を端的に描いている。今作で描かれる医師となった女性は3名。彼女たちの独立した各々の個性を活かしたまま共闘する姿はまぶしいばかりに恰好良い。
Days Of Grey Sunlight

Days Of Grey Sunlight

空想実現集団TOY'sBOX

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2026/06/26 (金) ~ 2026/06/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

ダンス楽しく見せて頂きました

かいころく

かいころく

安住の地

WAKABACHO WHARF 若葉町ウォーフ(神奈川県)

2026/05/14 (木) ~ 2026/05/17 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

3都市ツアー、3演目公演。うちCoRich芸術まつり!2029の審査対象は「工女編」は、「養蚕農家編」との2作同時上演です。この同時上演は、養蚕の環境をめぐる変化を感じられる良い設定でした。

ネタバレBOX

3都市ツアー、3演目公演。うちCoRich芸術まつり!2029の審査対象は「工女編」は、「養蚕農家編」との2作同時上演です。この同時上演は、養蚕の環境をめぐる変化を感じられる良い設定でした。
かつて今ほど交通も情報網も発展していなかった頃、土地にはそれぞれの伝統的な産業があり、村ひとつがまるまるその産業で栄えていたということが各地にありました。いまや、文明の発達と平行して少子高齢化の影響を受け、多くの伝統産業がおかれる状況は危機的と言えます。

安住の地が「養蚕」をテーマに創作することになったのは、2023年に長野県大桑村で行われた地域芸術祭に参加した際、会場が過去に養蚕を行っていた民家だったことだそうです。長野、群馬、埼玉、兵庫、神奈川などでのリサーチを経て、作品が生まれていったそうです。
伝統産業とパフォーミングアーツが手を取ることはままありますが、『かいころく』もまた、互いへのリスペクトを持った創作・上演であるように感じました。開場前に私道かぴさんによるイラストでの蚕の説明など、作家が題材を丁寧にあつかう姿勢が好ましかったです。とくに、本編が(工女編・養蚕農家編の2作とも)一人芝居で個人の目線や人生が描かれていたため、その背景となる養蚕・蚕についてを先に観客に提示してくれたことは、作品の背景への広がりを感じ安心できるものでした。蚕のイラストも可愛かったです。

横浜で観劇しましたが、客席は約30ほどで、演劇関係者が多かったような雰囲気でした。CoRich芸術まつり!は「※優れた作品を、より多くの観客と分かち合うことを目指すフェスティバル」なので、今回のまつり参加をきっかけに観劇する観客が増えると嬉しいです。
何処へ行くギルガメシュ

何処へ行くギルガメシュ

パスプア

カタリナスタジオ(北海道)

2026/05/21 (木) ~ 2026/05/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

札幌の住宅街にあるカタリナスタジオで上演。
「移動」をテーマにし、世界最古の文学と言われる『ギルガメシュ叙事詩』の要素を取り入れているそう。「ギル(ギルガメシュ)」と名乗るひとりの女性(ともか)が家を出てからの様子と並行し、いくつもの要素が、多様な手法で表現されます。

ネタバレBOX

会話劇として結婚の許しを得るまで一歩も動かない男をめぐる物語や、咄家が桃太郎をベースにした語り、ラップバトル、リズム体操のような絡み合い、台詞による独白など、様々な表現がパッチワークのように細切れに展開されます。一つひとつの表現も勢いがあるので、刺激的なスピード感は心地よいほどです。
それらを表現する俳優たちには圧倒されました。台詞の歯切れの良さや、動き続ける身体など、そのパフォーマンスを見ているだけでも興奮しました。

対面舞台であることは、距離を認識し、空間全体としての平行感もあって面白かったです。シンプルかつビビッドな美術と照明はともに空間を変化させ、疾走感をうんでいました。一方で、客席からは向かい席に対して垂直感覚も強く、また作品の構成が短いシーンを組んでいくものだったのでそれと合わせると客席で受け取る情報量が多くてすこし雑多な印象にもなりました。かといって一面の方がいいかというとそうとも言い切れないので、くの字型やハの字型などだとどういう印象だったのかが気になります。

「移動」をテーマにしているため、どのエピソードにも様々な「距離」が登場します。食卓を囲む家族や、上演地である札幌の地理などの身近なもの。そして、どこを目指すともわからないギルの旅路や、パレスチナやメキシコなどをイメージさせる要素、鬼が島と桃太郎といったファンタジー内での移動や、月を目指す疾走といった、私たちの今いる場所(札幌)から遠い場所まで。近くのものと、遠くのものは、上演の間中その距離を行き来します。
様々な「移動」の感覚を投げかけられる心地よい刺激と同時に、今この時に現実で起きている問題・課題を、あと一歩で作品の材料にしかけている危うさも感じました。おそらく作品を通して「移動することが良いこと」「移動しないことが窮屈なこと」という価値づけが、明言されないまま生まれていた構成だったからではないでしょうか。
もし「移動すること」と「移動しないこと」がもっとフラットであれば、または、明確に「移動は良いだ/悪いものだ」という評価や主張があれば、もっと力強く作品を受け止められたように思います。
ネザー(Su)ポット

ネザー(Su)ポット

劇団しようよ

シアター・バビロンの流れのほとりにて(東京都)

2026/05/28 (木) ~ 2026/05/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

開演前、当日パンフレットの作家の文で「ほっておいてほしい。うれしいけれど、私の苦しみを今私が清算しようとしているだけだから」という言葉がありました。そのことに共感したのも束の間、その後の客席で「演劇におけるほっておくことの難しさ」を痛感することになります。

ネタバレBOX

舞台は、始発の地下鉄車内とホーム。酔っ払って飲み物を投げたり、カバンの中身を落としたり、ハンバーガーを食べたり……そんな行為も基本的には交わらないのですが、時々様子を伺ったり、距離をとったり、落とし物を拾ってうまく渡せなかったりする。それぞれがそれぞれの判断でそれぞれにとって適度な距離をとる日常が繰り広げられます。

けれども観客は見るもの関わるものを選択することはできず、すべてを目撃します。目撃せざるをえません。ここは劇場だから、退場しない限り、目をそらしても音は聞こえてくるし、同じスピードで刻まれ続ける時間を過ごしきるしかない。現実だと好きにほっておくことができるのに。

そんな環境のうえで観客に何を見せるか、何を見せないかは脚本と演出が提示します。同じ朝の時間(シチュエーション)を何度も繰り返し、その繰り返しにあたっては台詞が抽出され、動きが変わります。なにを観客に提示するかという作り手の選択により、焦点があたる言葉や人物が選ばれる。「もうすこしあそこが見たいな」「もっとこの人物を知りたいな」と思ってしまう。その構造は、私には「ほっておきたい人」と「ほっておきたくない人」がいるんだな、そして演劇ではそれを選ぶことができないんだなと気づかせました。
さらに観客は、「見られること」も問われます。車内に配置された客席に座った2名(私の観劇時)は私たちに見られると同時に、彼らだけは私たち観客を見ることができます。
見ること、見られること、見なければいけないこと……「見る」についての不自由さに強くさらされたことで、あらためて「他者」や「自分」を問い直すビビッドな体験でした。

「見る/見られる」「認知/自覚」を観客に問いかける仕掛けが随所に施されているなど、演劇の影響について意欲的でもありました。とくに入場後のインパクト。観客も、後の俳優と同じく、改札を通って電車に乗り込み客席につきます。その美術は好奇心を刺激し、劇場の広さに対して電車の閉塞感を感じさせる照明は目線を引き込み、空間を充実させていました。
音楽演劇「光かもしれない」

音楽演劇「光かもしれない」

エリア51

スタジオ空洞(東京都)

2026/05/20 (水) ~ 2026/05/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

飲食OK、アルコールとおつまみあり、途中入退場OK、開場時からスタッフや来場者が談笑することもあり、席につく前からライブハウスにいる感覚に。その雰囲気のなかで、自然と演劇を観に来たという身体ではなくなっていきました。

ネタバレBOX

それは最後まで変わりませんでした。結局、途中退場する人はなくみんな客席に座ってステージを観ていて、その光景はやっぱりいわゆる観劇なのですが、なぜか身体のなかは音楽ライブのままなのです。
ミュージカルやライブ公演を模したものなど音楽×演劇の作品は数ありますが、今まで経験したどれよりも音楽ライブでした(演劇でもありました)。ミュージシャンは全員が団体メンバーだということに加え、作・音楽・演出である神保治暉さんの中に様々な文脈が並列で入っているんだろうかと想像します。

ひとりの旧人類(徐永行)は、かつて友情を結んだアンドロイド(堀春菜)と再び出会うため、ロボットY-3PO(原雄次郎)とともに長い長い宇宙の旅に出ます。3つの種それぞれの関係と、そこで繰り返される「友情」という言葉はいったい何を表すのでしょう。あまりにも長い年月が過ぎ去るなか、思いが変わらないことと変化すること、友達という価値観についてはもうすこし多層的であるといいなと感じました。その方がより多くの観客に自分事として手渡せるし、演劇性が高まるかなと。
多彩な表現の個々がストレートであるぶん、価値観に共感できないと、自分のなかで演劇よりも音楽の比重がどんどん大きくなってしまい、物語がただの筋になってしまうからです。

それらライブ性の強さもあり、今、上演することの意義が色濃い公演だと思います。台詞だけではなく、過ぎ去るスピードやリズムなどが今の世の中に流れる感覚に対してビビッドだと感じました。たとえるなら、音楽を流してなにかを飲みながらスマホのSNSアプリを同時に立ち上げまくってショート動画やタイムラインを渡り歩きながら同時進行している感じ。たまには投稿もするし、突然BeRealの通知がきたりもする。そんな心地よさがありました。
そんな身体感覚は、あと2年くらいたてば「遅いな」あるいは「速いな」になるかもしれません。それでもこの数年、社会と表現の距離感が変化していく中で、今この題材をどう扱うか、上演に対して何がリアルなのかという感度が高かったと感じました。

エリア51は「音楽演劇をより多くの方に届けていくことを目指しています」とのこと。ジャンルに縛られず、独自のムーブメントを起こす未来を期待してしまいます。
優しい劇団の大恋愛 Volume11『もっと愛してくれよ節』

優しい劇団の大恋愛 Volume11『もっと愛してくれよ節』

優しい劇団

吉祥寺シアター(東京都)

2026/05/10 (日) ~ 2026/05/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「優しい劇団の武蔵野演劇祭2026」最終日の『もっと愛してくれよ節』。優しい劇団の大恋愛シリーズはいずれもですが、俳優の身体だけで舞台上にあるこの企画の魅力が強く発揮されていました。

ネタバレBOX

舞台奥に閉まるシャッターや、2階席と地続きのバルコニーなどを俳優が使用し、吉祥寺シアターの縦に高い空間を、がらんと空洞にすることなく上に伸ばしていました。黒い空間に人が、下から、上へ、行き来し、空を見上げる。そこに打ち上げられる花火は高く、その先には真っ暗な宇宙が広がっていて、きらりと星が光る……そんな、劇場が宇宙に繋がっているような感覚。とくに新しい吉祥寺シアターの使い方ではないのに、人間の身体で宇宙を作りだすカタルシスをうんだ劇場での表現に、驚きながらも心地よく吸い込まれました。

総勢20名の登場人物はいずれも力強く見ごたえがあり、俳優皆さんの力量の高さを実感しました。
基本的には誰もが優しい劇団の演技スタイルを用いているため、出会ったばかりとはいえバラバラ感はなく、役者の「個を出そう」という力に引っ張られすぎることなく、作品としてまとまっていて充実感があります。一方で、数日~数か月かけて擦り合わせた作品ではないにも関わらず、俳優それぞれの個性がそこまで出ているわけではありません。それが大恋愛シリーズの特徴とも言えますが、続けた先にどう発展してくのだろう…という疑問もよぎりました。
けれどその変わらなさが「優しい劇団的」であり、今回の「演劇祭」という設定と合っているのかもしれません。またCoRich舞台芸術まつり!応募文の「将来のビジョン」にある〝名古屋旅行の目的になる〟という目標にも合致していると思いました。
1日で異なる地域の俳優が集まり作る創作方法・上演形態は、作り手にとって希望を打ち出せています。出会うこと、向き合うこと、立ち会うことで生まれる本シリーズの魅力を思えば、客席には演劇関係者(俳優)が多いように感じられたことも納得です。

それらが観客にとっても希望になるかは強く断言できません。が、ひとつ作品として大きな発展の希望を感じたのは、1年前の同シリーズと比べて尾﨑優人さんの脚本の言葉が洗練されていたことと、劇団メンバーたちの佇まいが座組のなかで安定感を見せたことでした。
とくに、複数のペアが愛を交わす設定のなかで、ストレートな表現ではなく、「きっとそれは愛なのだ」と感じられる一人語りに自然と引き込まれはっとする場面がいくつかありました。

この大恋愛シリーズにしかできない貴重な試みのほか、優しい劇団としてほかにどういう企画をどういうバランスで打ち出していくかで、団体の今後が大きく変わるだろうなとわくわくしています。
京王

京王

D地区

SCOOL(東京都)

2026/05/08 (金) ~ 2026/05/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

会話劇として、言葉や、人と人のあいだに流れる空気を味わえる舞台でした。
開場時に案内の方が、最前列の席の観客の足ギリギリまで「ここまで俳優が来るかもしれないので」というような案内をされていて、その時は「ひえっ、ちかっ!」と思ったのですが、それがどうして、その近さが良かったです。

ネタバレBOX

SCOOLの白い空間がまた、引っ越しの解放感や窓からの景色の良さなど新生活を感じさせ、会話の内容とあいまって、その清潔感が取り繕ったようでもありました。色づかいや音などの効果もあり、のぞき見しているというより、自分も部屋に存在する一部であるような距離感でいられたことが、作品の空気を自分事として感じやすい空間でした。

配役とその衣装が心地よく、7Aさん(リリー)の醸す空気と佇まい、織内傑作さん(ブラック)の重さと軽さが同居する受け答えは、空気の機微を楽しみ、ふたりの関係性の変化を想像させます。木村建太(ヘドウィグ)さんの登場で変化ががらりと起こるけれど、そこでのブラックの過剰過ぎない右往左往感が身につまされました。

人がうみだす変化を感じられるからこそ、上演回によって印象がかなり異なっていたと知って驚きました。「笑いが多い舞台だった」という声も聞きましたが、私の観た回は笑いは無く終始落ち着いた雰囲気でした。 リリーとブラックは初めから互いに腹に一物あるような、そもそも愛情ではない繋がりで同棲しているように見えたため、二人の未来にとくに宗教観が影響しているようには思えず、最後のブラックの台詞に大きな納得感がありました。と同時に、前半と後半に落差があればよりそれぞれの背景の対比や時間の流れが際立っただろうと思い、笑いがあった公演を観たくなりました。
観客やその日のコンディションにより、台詞のもたらす意味や作品の解釈が変わることはありますし、それは演劇の面白さのひとつでもありますが、変化によって物語の芯や密度にも差がうまれているようでした。

そんなわけで、私の観た回を振り返ると宗教二世という人物背景は作品における意味づけが薄く物語の設定としては少し浮いているようにも感じましたが、そのことは私個人の宗教二世としての経験もあり、好ましくもありました。あくまで各家庭の持つ背景であり、その差異が「新しい家庭・コミュニティ」を作る時に浮彫になったという、誰もがいつか直面する生き方の再構成についての物語として心強く感じました。
ベガスペガサス

ベガスペガサス

やみ・あがりシアター

北とぴあ ペガサスホール(東京都)

2026/04/25 (土) ~ 2026/05/06 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

いまだに耳からとれないです「べーガス、ペガサス!」の歌。何度も繰り返し聞かされたのに、もう聞きたくないやとならずに、なんなら陽気に口ずさんでいて、たぶん私もあのカジノに囚われてしまっているんでしょうね…

ネタバレBOX

シンプルな舞台ながら、ルーレットをまわす時に開かれる布とゴールドの球のインパクトたるや。焦点を絞った舞台美術によってこの作品に通された一本の線が、天井から床に突き立っていました。こんなにも美術の力が強いのに、けして作品を食わずに芯を通している。もしCoRich舞台芸術まつり!にスタッフ賞があるならこの美術に送りたいです。

北区のペガサスホールを舞台に、イマーシブシアターとはなにかという問いかけとともに、カジノをテーマに人間の欲望や幸福に切り込んでいく充実のエンターテイメント戯曲。そもそも北区の王子には劇場の所在や取り組みをベースにした演劇や劇団や観客の繋がりがあり、多くの観客の反応からも(※客席に挙手や発言を促すシーンがある)、やみ・あがりシアターを何度も観ている、王子によく観劇に来る、という人の多さが伺えました。そのうえでの物語や、日替わりゲストの設定や紹介の仕方など、「どこで」「だれに」観せるかという土台のしっかりとある公演でした。

15人もの登場人物のそれぞれに葛藤があり、変化がある。演じるどの俳優も個性的で、作品において対等でした。今回の観劇で心惹かれて、過去の出演歴や今後の予定を調べてしまった俳優が何名もいました。全員大切ゆえに全員分の背景を描くことで、すこし中だるみしたきらいもありましたが、全体の印象として好ましく、まるでルーレットに並ぶ数字のように誰もが輝いて見えました。

この人数の座組と上演形態を実現する力と積み重ねに対する敬意でいっぱいです。楽しかった!
ガラパゴス

ガラパゴス

キルハトッテ

水性(東京都)

2026/03/10 (火) ~ 2026/03/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「イグアナ」はこれまで女性のさまざまな象徴として創作物に登場してきましたが、今回は、中絶手術をおこなったサチコ(吉沢菜央)の身体がイグアナになるところから始まります。ほかの生物に変身する設定や、どこかしらが過剰な登場人物たちにより、女性の仕事や出産や生活についての壁や葛藤が語られます。

ネタバレBOX

この社会で、女性はどう生きるか。どう働くのか、子どもを産むのか、そのタイミング、そもそも自分で選び取っていくのかさえ、人それぞれの人生と背景があります。それらは生まれ育った環境と経験によっても価値観が異なるものです。おそらく客席にいる人たちの考え方はバラバラで、だからこそサチコを中心にあれよあれよと進んでいく展開は抽象度が高く、人によって作品の解釈に大きな相違はなくとも、感想や意見などの受け取り方が異なるシーンが多いだろうと想像しました。

題材やその描き方は深く鋭い一方で、もっと力強い方向づけがあってもいいかもしれないなと感じました。けれどもひとつの作品ではなく劇団公演だとして考えると、観客がともに悩める上演だと肯定的に感じ受け取りました。「作り手の疑問」からはじまり、戯曲を書くことで悩み、演劇を創ることで考えるなら、観客はただ作品の受け手ではなく、同じ時代をともに歩む、演劇を媒介にした同志たりえます。
ただその場合は、身近な体感だけでなくもっと現代の社会的なことがらを組み込むと作品としての強度は増すかなと思いました(たとえば中絶薬の話題を出すなど)。

また4名の女性たちがそれぞれ抱える苦しさが描かれる一方、男性はどこか現実離れしており、1役ずつに多くのものを背負わされています。女性が女性というだけでさらされる苦難はデフォルメされつつも切実でしたが、そこに該当しない存在として、奥山樹生さんと村田天翔さんが作品におけるバランスをよく背負ったなと思いました。

それでも、軽やかに覚悟を感じる演劇でした。
奇抜な展開を受け入れさせる筆力・俳優の佇まいはともに、安定した場をつくれる劇団としてのさらなるポテンシャルを感じました。全体を通してコミカルなまま、疾走感を持ってラストシーンへと向かっていきます。最後の台詞は、夏の日に人々が騒ぎ去ったあとの荒涼としたグラウンドに水が落とされたような、渇きに染み込む心地よさでした。たとえその水がすぐに乾いたとしても、一瞬でも潤った安堵は生きる力になります。この次、さらにその先を、期待をもって追いたくなる劇団です。
一万円おじさん

一万円おじさん

株式劇団マエカブ

絵本の劇場カメレオン(香川県)

2026/03/07 (土) ~ 2026/03/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

愛媛県松山市の田町商店街のなかにうまれた「絵本の劇場カメレオン」のこけら落とし公演。カラフルで目を惹くグッズや内装に心躍らせ、客席について、受け取った当日パンフレットを開いたら、工事開始前の劇場内のがらんとした白黒写真が大きく目に飛び込んできて、「これが、この姿になったのか」と、演劇を祝福するような気持ちになりました。いろんな方の手をかけて、地道に作られてきたところに座っているんだと、感謝でいっぱいです。

ネタバレBOX

劇場の経営は、想いだけでは続けられない大変なことだと思います。こけら落としとなる本作については、その「想い」と「経営・経済」を両立する思想の込められた題材として、渋沢栄一がモチーフとなっています。一般チケット2,500円のほかに「経営者チケット」10,000円の設定も作品や劇場の在り方に沿っていて良かったです。

カナコ(宮本はるか)とハル(小川晴菜)というタイプは違うけれども自立心の強い女性ふたりと、「自分は渋沢栄一だ」と言い張る男(三嶋孝弥)。公園の片隅で、社会や働くことといった世の中のあり方を考える会話が続きます。一見、男性が若い女性に社会を説くマンスプレイニングのようなやりとりも、男がホームレスであるという設定と三嶋さんによるダメダメな人物造形で、3人が対等に人として意見を交わしているように感じられました。それにより語られている内容に意識がいき、バランスの練られた戯曲でした。
3人のキャラクターがはっきり活き活きと演じられており好ましかったです。どうしても物理的な奥行きがないので、空間が平たく、目的のために俳優が出てくるように感じられるところもありましたが、3名の俳優が物理的に限られたなかでもバラエティをもたらしていました。
できれば照明や音響などテクニカルスタッフの情報がどこかに掲載されていると嬉しいです。

マエカブさんは演劇でさまざまな取り組みをされていて、秋に全国の劇団が集まるカブフェスはいちファンとして足を運び楽しんでいますが、またあらたな拠点が、人の行き交う商店街のなかに「まちを変えていく最初の灯り」としてうまれたこと、場をつくるという取り組み、たくさんの人の「好き」が集まることが眩しいです。私は「演劇は営みだ」と思っていますが、まさに日々の営みとともに立つ小劇場。今後はここでワークショップなどいろんな企画がおこなわれるそうで、心から応援しています。

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