骨と肉
JACROW
シアタートラム(東京都)
2025/06/19 (木) ~ 2025/06/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
初演(2017年11月)がSPACE雑遊だったと確認して舞台サイズの違いに驚きつつ臨んだが舞台装置を見て「そう来たか……」とニヤリ。そして開演しての「あのパフォーマンス」と「出演者入場(とその衣装)」に「そこまでやるんだ!」と破顔。
しかもそれが意表を突くようでいながら(初演を観ていた身として)内容を端的に象徴していて大いに納得。
そうして描く家族経営の企業の父娘(会長/社長)の「経営戦略をめぐる対立」、演出の違いによって娯楽性が大幅アップされこういうのも楽しくてイイな、と。
観た回のポストトークで谷仲さんから「(演出の許可を得た上で)初演と変えて娘と対立はするが内心は娘が可愛くて仕方がないという設定で演じた」という発言があり「そういうのもアリか」と感心。
40祭(よんじゅっさい)
劇団きらら
喫茶ギャラリー・キムラ(熊本県)
2025/06/28 (土) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
「40祭」は、劇団きららが歩んだ40年という時間を、ひとつの舞台芸術として編み直す試みだった。
形式はリーディング(6本の冒頭部分)と二人芝居『なまえ』。だがその背後には、単なる回顧ではなく、明確な構成意図があった。
ネタバレBOX
前半:リーディング形式(作品冒頭6本)】
『石炭伝説』(1985年)
20歳の池田美樹が描いた、エネルギーと風刺が混在する会話劇。若さと「夢の遊眠社」的な言語遊戯が随所に見られる。
『楼蘭眩想』(1987年)
中央アジアの幻想世界を舞台に、時代感覚と視覚的イメージがぶつかり合う構成。初期の実験精神が溢れる。
『うそうそ。』(1998年)
二枚舌・嘘をテーマにした社会風刺的作品。演出も台詞回しもどこかシニカル。
『野性の沸点』(2001年)
混乱と衝動が交錯する。ある種の「転換点」に見える作品。
『ぼくの、おばさん』(2014年)・『ガムガムファイター』(2015年)
ここで作風が一変。「障害」や「他者との接続」が主題になっていく。優しさと肯定が物語を包み始める。
【後半:二人芝居『なまえ』(1999年)】
内容は、「言葉を話せなくなった登場人物」と「名前を問う者」の静かな対話劇。
演劇とは何か、人とは何かを問う作品で、言語とアイデンティティ、記憶の継承を描いていた。
物語の最中で、「名前」がその人自身を成すものであると示唆され、舞台上でその名前が失われ、再び取り戻される過程が描かれる。
演じたのは代表の池田美樹と、若手というかどうか迷うの森岡光。
今まさに劇団が歩もうとしている「次の時間」に手渡していく瞬間が、そこにあった。
絵本町のオバケ屋敷 〜愛!いつまでも残るの怪!〜
優しい劇団
高円寺K'sスタジオ【本館】(東京都)
2025/04/19 (土) ~ 2025/04/19 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
名古屋を拠点に活動する優しい劇団による大恋愛シリーズ第8弾。本シリーズは普段は別の土地で活動する俳優が公演当日の朝に初めて顔を合わせ、稽古、そして本番と“1日の限りの演劇”を上演する試みである。今回は名古屋から5名、東京から5名、計10名のキャストが出演した。
ネタバレBOX
物語の舞台は、絵本町という町に古くからある謎のお屋敷。ある住人(土本燈子)の語りから始まる。「絵本町と呼ばれているわりにはドライでシビアなこの町」を「メルヘンがまかり通る町」にしたい。そんな思いから彼女はこの町で唯一メルヘンの匂いを感じるこの屋敷を訪ねる。そして、そこで出会った老婆(尾﨑優人)からありとあらゆる可笑しくも愛おしいオバケたちの話を聞く。
劇中には今は亡き偉大な劇作家である唐十郎や天野天街が築いた作風へのオマージュも散見され、それらがただの模倣ではなく、リスペクトを前提に練り上げられたものであることを感じることもできた。
1日で出会い、別れる俳優への手紙でもあるような台本、そして、その手紙への返事を9名の俳優が心身を以て応答するような熱く、眩しい時間だった。個性豊かなさまざまな「オバケ」が登場するが、オバケたちには当然それぞれが生きていた、それぞれの唯一無二の時間が、出会いが、思い出がある。その魂を一つ残らず抱きしめようとする物語の運びには、生まれた時から永遠の約束を持つことのできない私たちの人生や、ひとたび上演されれば終わってしまう演劇という営みへの深い眼差しが滲んでいたようにも感じた。2人1組のペアの物語をいくつか紡いでいきながら、その心情の集積がやがて全員を同じ場所へ、同じ歌へと誘われていく。その描写には人間を信じ、その生命を祝福する力があった。
別々の場所で別々の日々を生きる私たちが同じ空を見ているということ、同じ季節を生きているということ、同じ歌を歌うということ、同じ物語を読むということ。そして時に世界で起きている同じ出来事に喜んだり、悲しんだりすること。そうして、何かの拍子にあなたとわたしがどこかで出会い、やがて別れるということ。俳優も観客もそのことは同じであるということを、この演劇は力強い言葉と身体、そしてその時限りの瞬間瞬間を以て伝えてくれたように思えてならない。全体のグルーヴ感のみならず、ペアとなる俳優がそれぞれ名古屋と東京の俳優の組み合わせになっている点など、物語と演劇における構成にもその信条が隙間なく差し込まれ、1日限りでありながら、いや、1日限りであるからこそ叶えられる風景の連続がそこにはあったと思う。
そして、何より私が素晴らしいと感じたことは、この試みを通じて優しい劇団という団体が展望する新しい演劇の形、その可能性に触れられたことである。この国において演劇という表現活動を、俳優という生き方を選ぶことは決して容易なことではない。そんな中で、「演劇はいつどこで誰が始めてもいいのだ」と思える瞬間はやはりなかなかない。しかし、この作品は1日限りというパッケージによって、そんな普段は叶えられない、観られない演劇の「場」と「形」を実現していた。それは、「演劇」という営みの価値と可能性を見つめ直し、外へとひらいていくための一つのモデルの発明であると感じる。そのことはやはり希望であるのではないだろうか。普段は別々の土地で生活をしている俳優がエリアや世代を横断して集まり、1日限りの演劇を作りあげる。それは、「演劇がこうでなければならない」、「俳優はこう在らなければいけない」といった固定概念を解体し、新たな創作や場を作る挑戦そのものだと思う。地方出身の超若手劇団が、そんな前例のないことに果敢に挑み、同時に演劇の根本的な魅力を追求し、実現させていること。そのことはやはり今の演劇シーンにおいて貴重な在り方であり、ムーブメントであると思う。1日限りの演劇の終わりに客席から絶えず飛び交った大向こうを聞きながら、私はそんなことを強く感じた。
人間のあくた
吉祥寺GORILLA
上野ストアハウス(東京都)
2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
面白かったです。
生きる為の悪、正義、差別等、考えさせられる内容でした。
重いテーマですが、笑いを誘う部分も多く、暗くなり過ぎず観易いと思いました。
役者さん達の熱演も良く、特に主役アクタを演じた平井泰成さんが素晴らしく、その演技や表情に惹き込まれました。
良い舞台でした!
青い空の真下で 2025 Final
G-フォレスタ
新開地アートひろば(兵庫県)
2025/06/28 (土) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
とても面白かったです。これでファイナル、少し残念ですね。それぞれのエピソードを前向きに明るく表現されていて、心に残るいい作品だと思いました。冒頭の朗読も素晴らしかった。とても心に響きました。普段はミステリー物の上演が多いとのこと、いつか拝見したいですね。
素晴らしい時間ありがとうございました。
おかえりなさせませんなさい
コトリ会議
なみきスクエア 大練習室(福岡県)
2025/03/14 (金) ~ 2025/03/16 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
コトリ会議らしいチャーミングなパペットやその見た目に呼応したコミカルなやりとり。あるいは温かな灯りに照らされた趣深い純喫茶での日常。そうした柔らかな手触りの始まりからは全く想像もできない展開、劇世界へと誘われる、狂気と脅威の物語であり演劇であった。
ネタバレBOX
同時にそれらには「決してこの世界では起こり得ないとは思えない」といった生々しさがあり、終始胸を騒つかせ続けられる作品であった。愛らしい言葉の裏面にあるリアルでグロテスクなディストピア。ファンタジックな印象や情報を与えつつ、ファンタジーを全く描かないというその姿勢に作家の、そして劇団の覚悟を見るような思いに駆られた。タイトルにもまた同じことが言えるのではないだろうか。幼い子ども言い間違いのようなその印象は、観終わった時反転した鋭利さを以て心を襲う。「おかえりなさい」をさせません、と、「おかえりなさい」をなさい。この二つの言葉の組み合わせは、「自己を損なわず兵士になるか、自己を奪われ不死身になるか」という究極の選択を強いられた家族の帰る場所のなさと、されども帰る場所を求めるやるせなさが忍ばされているように感じる。家族というもの、家という場所がもたらす、ある種の「帰巣本能」というものについても、考えさせられる作品だった。
舞台となる近未来の日本は、もう今が何度目かの世界大戦かも定かではないくらい戦争が日常と化している。父・三好(大石丈太郎)、母・水(花屋敷鴨)、長男・椋尾(吉田凪詐)、長女・飛代(三ヶ日晩)、そして次女で末っ子の愛実(川端真奈)。5人家族の山生家が常連である純喫茶「トノモト」で家族会議を展開する。その議題は、飛代とその夫・一永遠(山本正典)が人間とツバメが合体した謎の生物「ヒューマンツバメ」になるという決断についてだった。この世界において、「ヒューマンツバメ」は徴兵を逃れる一つの手段であり、しかもほぼ不死身の身体になることを意味しているが、引き換えに記憶の7割が犠牲になる。その選択を巡って、家族がそれぞれの思いが交錯していく。そのことと同時に、子どもたち3人の間に性愛を巡る三角関係が渦巻いていることがぼんやりと知らされていく。時折カットインする、ツバメたちが口移しで餌を分け合うシーンがその手触りを生々しくさせていく。
戦争に行く立場と行かせる立場、あるいは行かせたくないとする立場。「誰の命を、あるいは記憶を犠牲にすべきか」といった命題を様々な角度から照射していく家族の会話が素晴らしいのだが、その家族を一歩外から見つめる白石(原竹志)の存在感がまた本作の大きなキーとなる。彼は、すでにヒューマンツバメになった側の元人間として、それがいかなるものかを家族たちに、そして観客に訴えていく。ある種のグルーヴから独立した非常に難しい役どころだが、時にコミカルに、しかしそのコミカルの積み重ねが至極シリアスに結びつくような白石の表現力は本作の主題の切実を物語っているようでもあった。
一方で、近親内での性愛の描写に対する消化不良感がやや否めず、生理的嫌悪というのではなく、複雑に交錯する愛情の矢印が一体何であったかを知りたいという気持ちになってしまった。要所要所に入るツバメの兄妹間の咀嚼行為にそのヒントが隠されているとは思いつつも、動物の戯れに回収されてしまうことで肩透かしをくらった感触が残った。愛情と性愛の境目というテーマ自体にはむしろ心を引かれたので、その詳細を追い、それがこの物語の根底でどう繋がっているのかを知りたいという思いに駆られたのだと思う。
しかしながら私は本作の核となっているのはやはり戦争問題。今世界で起きている様々な戦争に明確に意義を唱えた作品であると捉えた。そのことの意義はやはり大きく、それを独自の世界観の中で描き切ったことに本作の強度が示されていると感じた。近未来を舞台に描かれる、すぐそばにある戦禍。人間の身体とその生命に備わっている記憶、その「価値」が揺らぐ世界。「人間が人間でなくなっていく」その様にAIをはじめとするテクノロジーの侵食をもが浮かび上がる一面も興味深かった。
悲円 -pi-yen-
ぺぺぺの会
ギャラリー南製作所(東京都)
2025/03/26 (水) ~ 2025/03/31 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
チェーホフの『ワーニャ伯父さん』を下敷きに、劇作家自身の投資体験をもとに「新NISA」「投資」「FIRE」の3つのテーマによる現代性を掛け合わせた異色の社会批評劇。かねてより、歌舞伎の『毛抜』と三島由紀夫の『太陽と鉄』を掛け合わせた現代劇を上演するなど、斬新なアイデアと思考の深度によって観たことのない、そして同時に今日性を忍ばせた作品に果敢に挑む、ぺぺぺの会らしい新境地であったように感じた。
ネタバレBOX
この題材、この作品を上演するにあたって、最も効果的だったのは会場選びであるのではないかと思う。「ギャラリー南製作所」というその場所は演劇が上演されるスペースとしては決して頻度も知名度も高くない。私は過去に一度コント公演で訪れたことがあったので何とか辿り着け、そう慌てることなく席につけたが、今回の公演を機に本会場を知った観客にとっては驚きや戸惑いも大きかったのではないかと思う。しかし、そういった異質の空間をうまく活用し、視覚的な情報としてのみだけではなく、劇の内外含めて場の共振や反響を巧みに成立させていた。
中でもガレージを使用した車の入庫から始まる冒頭は抜群に鮮烈で、車で人物が登場する珍しさや新しさはさることながら、そのことによって舞台となるブドウ農家やその周辺の閉塞的なムード、車でやっとこ辿り着ける土地感のリアルが、文字通り演劇を“ドライブ”させ、物語への没入を大いに手伝っていた。入庫に始まるだけでなく、出庫に終わるラストもまた、場を乱すアウトサイダーの登場と退場という物語のうねりを示唆的に表現するに打って付けであり、起と結の運びとしてのその鮮やかさに目を奪われた。
ブドウ農家を営む田舎の一族の生活は決して華やかではない。そんな中、投資で一躍有名になったユーチューバーの義兄(亡き娘の夫)が女優の恋人を連れて訪れ、息子の良夫ちゃんは強い反発を覚える。「田舎にある実家に都会風を吹かせる親族の誰かが現れる」という設定や、そのことが生む分断や軋轢自体は物語の汎用性としては高く、そう珍しい展開ではない。しかし、本作ではその振る舞いが単なる「嫌味」ではなく、それを通じて現代における投資そのものの問題点や、「新NISA」の登場によって身近に見えている投資がその実資本主義社会の骨頂である点、そこから感じ取る労働や生活の無力さや皮肉を描いている点にオリジナリティが光っていた。「経済」の話に終始せず、そこから現代社会における孤独や不安、それと表裏一体の野心が忍ばされた社会劇だった。ダンスや劇中劇を多用し、ある種のエンタメとしてそれらを昇華しようとし、同時に消費しようともする様も批評性に富んでおり、興味深かった。
一方で、登場人物一人ひとりの人物造形や、「家族の物語」としての深掘りがやや甘く、時折置いてけぼりをくらった印象も受けた。そうしたぼんやりとした部分を『ワーニャ伯父さん』という物語やその人物相関図、あるいは他での上演の記憶から補填しようとする生理が観劇中に働いてしまったことが個人的にはもったいなく感じた。無論、チェーホフの『ワーニャ伯父さん』を下敷きにしていることを明言した上での上演であるため、観客のそうした作用を想定した上での構成なのかもしれない。しかし、個人のキャラクターやそれをものにしつつ独自の芝居体で表現する俳優陣の魅力が大きかったこともあり、そこから広がりが生まれなかったことで作品が小さくなってしまっている印象を受けてしまった。これはある意味では「もっと背景が知りたい」という人物への興味・関心の強さであるし、その個性や魅力を物語る感触でもあった。ぺぺぺの会的眼差しに期待を込めたい。
しかしながら特筆したいユニークさは他にもある。日経平均株価に連動するチケット価格もその一つで、「演劇」という営みが産業として捉えられづらいこの日本において、この試みは面白いだけでなく、実に批評的で、ある種のエンパワメントでもあるようにも私は感じた。劇中で俳優が株価をチェックするのも面白く、本作の主題が劇の内外を横断するその様でしか得られないリアリティがあったように思う。
なんかの味
ムシラセ
OFF OFFシアター(東京都)
2025/04/02 (水) ~ 2025/04/09 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
昭和の家族風景を活写した小津安二郎の映画『秋刀魚の味』を一つのモチーフに、「父が娘に向ける普遍的な眼差し」と「多様な親子の在り方」を同時に現代から見つめた家族劇。
ネタバレBOX
『秋刀魚の味』よろしく結婚を控える娘と父のやりとりを中心に展開される、ホーム・スイート・ホーム物語。同時に、そのB面に、(結婚式の余興を利用して)「バンドやろうぜ!」に突っ走る父の無茶振りが進行している点が面白い。ある種の「あるある」や「やれやれ」といった感触を緒に、観客をグッと物語の内部に引き込む。
昭和の風情の残るバーの店内で娘の迪子(橘花梨)と父の秋平(有馬自由)が会うところから物語は始まる。挙式を控えている迪子は幸せとは程遠い面持ちをしており、その原因が何であるかが明かされぬまま、しばしの間秋平の「バンドやろうぜ!」談義が続く。父に対する諦観と達観の狭間で揺れる娘と、そのことを微塵も気にもとめず自分の希望や願望ばかりを話す父。敏感と鈍感が同じだけ混ざり合った空間を瞬時に作り出す橘と有馬の舞台での居方が素晴らしいシーンであった。冒頭から見事にすれ違う娘と父の間に現れるのは、このバーのママである薫(松永玲子)だ。明け透けな関西弁で「バンドやろうぜ!」に参戦し、急激に距離を詰めてくる薫を溌剌と表情豊かに演じる松永に客席の温度がグッと上がるのが感じ取れる。そんな自分節をひた走る薫に圧倒されつつ、戸惑う迪子。その一方で、秋平とはやけに親密な間柄に見え、迪子は二人の関係を疑い始める。さらにパンクロック風のファッションに身を包んだバイトスタッフであり、薫の娘でもある璃(中野亜美)も現れ、迪子はますます本題に入れず、苛立ちを覚える。そして、そんな4人を巡る家族の真実が後半にかけて徐々に暴かれていく。
さりげなく思えたA面とB面の接着面が、実は家族の物語のクライマックスに大きく影響を及ぼす。そうした伏線の張り巡らせ方と回収の鮮やかさには物語の展開力、演劇の構成力の本領が光っていたように思う。「少数精鋭」という言葉が相応しい、俳優4名の技量の高さもまた本作の魅力であるが、私がとりわけ心惹かれたのは、本作において1対1の人間の関係が豊かに描かれていた点にあった。中でも、最初はコミュニケーションの交点をうまく見出せなかった迪子と璃が、それぞれの生い立ちやそこで重ねてきた苦労や複雑な葛藤を分け合うように話すシーンにはグッとくるものがあった。周囲に誤解されやすい璃が実は思慮深く心根の優しい人間であることが伝わるような、中野の声色や目つきの微調整も見事であった。
この物語に登場する人物は4人ともみんな、自分の思いや感情を容易には明かさない。その「明かさなさ」に通底しているのは、自分以外の誰かを思う気持ちであり、つまるところ「明かせなさ」という手触りとして観客に届いていく。そしてそれは必然的に家族というものからの逃れられなさ、他者と生きていく上での痛み、ひいては「生きづらさ」に繋がっていく。そうした人物の複雑な心中が、比較的明るい劇風景の中に忍ばされていくことで、「ポップな曲調であればあるほどに歌詞の切なさが身に沁みる」というような情感に私は導かれたのであった。そして最後、タイトルをも総回収するかのように、舞台上にある「家族の味」が出てくる点にも抜かりがなかった。
さりげない会話の連なりに、少しずつ違和感を差し込み、真実へと導く構成は実に清々しい。
しかし同時に、やや綺麗にまとまりすぎている印象を受け取ったのも本当のところであった。家族や夫婦がそれ一つの言葉ではまとめきれないほど多様化を辿る現代において、複雑な背景を持つ家族が描かれる上ではもう一歩「ままならなさ」や「やりきれなさ」、あるいは社会への風刺や皮肉を感じたい思いもあった。「優しさ」という主成分で構成されている劇世界に日頃のくさくさした心が包まれると同時に、わずかに「リアルはそうはいかないだろう」と思ってしまう自分との遭遇があったことも記したいと思う。
零れ落ちて、朝
世界劇団
三重県文化会館(三重県)
2025/04/12 (土) ~ 2025/04/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
グリム童話の『青ひげ』を下敷きに、「戦時中に医学の進歩のために行われた生体解剖」という医者の功罪に着目し、生命倫理と人間の尊厳を問う意欲作。主宰で現役医師である本坊由華子ならではの着眼点や提題が忍ばされた代表作の一つである。
ネタバレBOX
俳優の身体に多くのことが託された本作において、その強度を確かなものにするためには相当な思考と鍛錬が必要であったと想像ができる。リフレインされる台詞やシーンが回を増すごとにより鮮明な風景として立ち上がり、同じ言葉を同じ言葉に聞こえさせぬ、同じ風景を同じ風景として見せぬ俳優の表現力と演出の工夫に引き込まれた。そうしたリフレインはやがて、同じ悲劇を繰り返してしまう人間の愚かさや、今もまさに世界で続いている暴力や戦争、その功罪を握らせていく。同時に、それらメッセージを「再演」というある種のリフレイン的試みを通じて、社会や世界に広く伝えようとする姿勢にも意気込みが感じられる作品だった。
医師としての功績を確かなものにしようと、患者を「人」ではなく「材料」として扱う青山(本田椋)の横顔には人命を救う医師の矜持のかけらも残されておらず、むしろ人命を奪うことで自身の地位や名声を挙げようとする独裁者の執心が色濃く滲む。しかし、それでいて平静を保っていられない彼の振る舞いには(肯定こそできないが)ある種の人間らしさが残る。「罪の意識が皆無ではない」ということが加害の生々しさをより詳らかにしていくように感じたのだ。そうした後ろめたさや不都合な真実を無効化するかのように、青山は妻(小林冴季子)に城の床を清く白く保つようにと命じる。青山のそばに罪をけし掛ける大佐(本坊由華子)という存在がいることもまたリアルな構図であり、こうした罪に手を染めた人間が決して一人ではなかったという医学界の世相、歴史の闇を切々と物語っているようでもあった。
劇中で、俳優の身体よりもその影が舞台側面で大きく映写される演出があり、私はその瞬間に最も引き込まれた。実体の見えないもの、つまり隠された罪をいくらなかったことにしようとしても、それらには必ず影が付き纏う。光の加減によって人物そのものよりも大きなものとして現れる影は、戦争犯罪の罪深さを、ひいてはこの世界に起き、今もまさに隠されているかもしれないあらゆる加害とその大きさを象徴しているように思えてならない。それらが「演劇」でこそ表現できる光と音、そして俳優の身体を駆使した風景として浮かび上がってくる様に私は本作の強度を感じ取った。他にも舞台上に侵食していく水や、頭上から降ってくる砂といった「片付けることの困難なもの」、「痕跡を拭い去ることが容易ではないもの」が多用されていた点も興味深かった。水に濡れた体はすぐには乾かないし、砂のついた身体からその粒子を全て取り除くのは難しい。「見えにくい罪」、そして、「語られにくい罪」を詳らかにするという意味で効果的な演出が随所に忍ばされていたところにも演劇の力を感じた。
一方で、言葉なくして鮮烈な感触を伝える俳優の身体の説得力が長けていただけに、発せられる台詞が時として宙ぶらりんになる瞬間があったようにも感じられた。観客に場や時の緊迫を伝播するフィジカルの力が強まる反面、詩的なモノローグや言葉遊びなどのテキストの魅力がもう一歩届きづらい構図になっている節があった。言葉と身体のバランスが首尾良く整理されていることによって見やすくはなっているのだが、多少ぐちゃっとしていても、言葉の飛距離が想像を越える様を見たかった、という気持ちになったのである。とはいえ、真っ先に言及したように本作の最たる挑戦はおそらく身体表現によって見えないものを浮かび上がらせる点にある。そうしたフィジカルシアターに「言葉の力」を過度に求めること自体が果たして正しいかわからない。その葛藤を前置きした上で、言葉が意味するところをつい追いかけてしまったことを観客の一人の実感として記録しておきたい。
アンネの逆襲
劇団PDW
ウッディシアター中目黒(東京都)
2025/06/25 (水) ~ 2025/07/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
「アンネの日記」は子どもの頃に子ども向けに翻訳されたものを読んだきりなので、アンネがどんな性格だったのかよく覚えていません。明るくて前向きな女の子という印象はありましたが、今回の彼女は赤毛のアンかパレアナかという感じでした。そうなんですか?
ネタバレBOX
ヒトラーが気絶したのを幸いに家族で無事脱出し、デュッセルはヒトラーに成り代わって平和への演説をしてめでたし!で終わるのかと思ったら、別の世界ではヒトラーが画家になれるように導いていて、本当に描きたかったのはこの世界なのかと思いました。
「アンネの逆襲」とは言えないような気もしますが、本当にそうなっていたら「今・この世界」はどんな世界になっていたのでしょう。
骨と肉
JACROW
シアタートラム(東京都)
2025/06/19 (木) ~ 2025/06/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
座高円寺公演に続いての観劇。前作は政治(家)物、今作は企業物で再演とは言え8年を経て随分中身も変わったとの事。
舞台上にリングが出現している。舞台奥行の半ばあたりにロープ2本を渡したリングの2辺から、こちら側が格闘(論争や権力闘争)の場、あちら側には椅子が並べられ、登場しない俳優の控えとなっている(照明は低く落している)。
日替りゲスト出演者による選手入場のアナウンス(「あーーーおーーーコーナー、××××」と矢鱈盛り上げるやつネ)で登場人物の入場。紹介されるのは同社内役職の者たち。それでバトルと来れば、企業の内紛が題材と知れる。で、どこかで聞いたような・・と、ふと大塚家具という単語が頭をよぎる。ほぼ関心は無かったがそれでも聞こえて来てた程であるから世間的に随分話題になったのだろう。
結論的に言えば、ドキュメントではないフィクションとして見るにしても、長年社長を務め大企業に発展させた既に老境の二代目(現会長)と、彼の長女である新社長の果してどちらに理があるかは、実際には具体的な話に立ち入らねば判別できない。そこを伏せて進んで行く話であるので、評価がしづらい、という事がある。
勿論ストーリー展開の面白さはあるのだが、人の行動への評価はどんな状況に対しどう対応したか、であり、具体的言及を回避した物語の進行では、「これは女社長が良い側で会長が悪役?」いや実は「女社長に決定的な欠陥があったりするのでは?」とどっちを軸に観て良いのか迷ってしまう。(それが意図ならその通りになった訳だ。)
割切って見れば面白い、かも知れないが(実際面白いには面白いが)・・といったあたりを書こうとしたが言葉が探せないので後日また加筆することにする。
ネタバレBOX
続きを書いてみようとしているが、だいぶ日にちも経った(何しろ記憶力も悪い)。
芝居のオチはこう。長女が会長体制を転覆して再度社長に返り咲くのだが、元コンサルとして力量を持つ企業改革の側面や、時流に乗った販売戦略といった所では有能だが、売上は今ひとつ伸びない。物を生み出し、売り出す企業の本分の側面では、閃きや創造的営為が重要となる。その才能が突出していた会長との歩み寄りが「会社のために」必要なのでは・・との予感を認めざるを得なく感じている女社長の表情で幕が下りる。
脚本の狙いとしては、両者一歩も譲らず!のバトルから、会社のために何が必要か、という一点で人は協同し得るはず・・というメッセージのように思われる。作劇は権謀術策が火花を散らす「リング上の試合」を主眼に置きつつ、最後は現実に目を向け、収まる所に収まるだろう、と落とす。トップの座を勝ち取っても船を沈没させては何もならない。物事の道理に「戻った」と見えた。
しかし「物事の道理はどこにある?」という問い自体は、劇中から存在している。その問いには(具体的な事に触れない事により)答えず、伏せたまま最後に謎解きとなるのだが、「伏せた」状態でバトルの行方に注目させておく事に、成功した人は居るかも知れないが、自分の感じでは「肝心な事に触れずに権力争奪戦やってるな~」という印象で、そこに若干の(作劇上の)無理を感じた訳であった。
とは言え、長女側も「会社のために」、会長側も「会社のために」行動しているという構図は組織の一つの縮図かも知れない。
しかし手腕のある会長もとあるスキャンダルから一線を退くと言いながら、娘に任せておいたのでは埒があかないと社長復帰を画策。長女とまともに話し合うという事をやらなかった。だから権力の味が忘れられない会長に非があると見えるのだが、実はそうではなく、物作りの会社であるべきだ、なぜなら「それが売上に繋がるから」という考えは真っ当だ。一方長女の側は「悪弊があるから改善しなければ」という改良路線。物を作るという事が「上から降りて来た仕事」のようにこなすものとは違う、という根本を理解していないように見える(結構中盤から)。その危うさと、会長の性格もあっての暴挙で紛れてしまうが、本来なら第三者的目線からでも「会長への評価」「女社長への評価」が語られ(実際は社員の間でその程度のやり取りは交わされてるはず)、そこにある本質的問題は早々に観客の前に提示されていて良く、そこからどう問題解決に至る事ができるか、という所でハラハラドキドキ・・と行きたかった。などと身勝手な希望を書いても仕方ないが、物語的に薄さを感じた理由はその辺りだろう。
そんなこんなの感想ではあるが、中村氏の企業物、政治物はやはり面白い。今後も愉しませて欲しい。
煙が目にしみる【Mura.画】
Mura.画
劇場MOMO(東京都)
2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
千穐楽観劇、面白い。
物語は 説明にあるように、地方都市にある斎場の待合室が舞台。白装束の男二人、彼らはこれから火葬されようとしている死体の幽霊。これまでの人生に思いをはせているが、ボケ始めたおばあちゃんが故人の姿が見え、話が出来るという奇跡の騒動が…。
何回か観たことがある作品。今回のMura.画は、前作「広くてすてきな宇宙じゃないか」(演劇研究会)もそうだったが、丁寧な演出が特徴。場面毎のメリハリを さらに強調することによって印象付けと余韻を残す。おばあちゃん曰く「この世の最期の友達、いや あの世の最初の友達が出来て」、全編ユーモアと情感に満ちた感動作。
(上演時間1時間30分 休憩なし) 【ウミネコチーム】
ネタバレBOX
舞台美術は暗幕で囲い、中央奥に雲か煙のような形をした白布。それが たなびいているようで、あの世を連想させる。中央の空中に白枠(ガラス窓イメージ)。上手/下手にそれぞれソファとテーブル。シンプルなセットだが、全体が鯨幕イメージ。
葬儀という悲しい現実、にも関わらず 随所に散りばめられたユーモア、溢れ出る家族愛が観て取れる。白装束の男二人(野々村浩介と北見栄治)の火葬が始まってから骨上げまでの1時間半をリアルタイムで描く。二人はこの世とあの世の間を さまよっているが、そんな二人の姿が見える浩介の母 桂の奇跡が…。
二人は窓から桜を眺めている。自分たちは あの世に旅立ち、家族などはこの世で見送る。その間には忘れたくない美しい光景が見えている。Mura.画の「これを描きたい」が伝わってくる印象深い公演。美術も演出も控え目。しかし観客の想像力を十分に膨らませ、贅沢な時間が流れる。
音楽と照明を効果的に使ったシーンは2か所、あとは普通の人工光。まず中盤、妻の野々村礼子が背中を向けて ソファに うずくまって夫 浩介を偲ぶ場面、もう1つは、最後 桂が参列者に浩介と栄治の思いを伝える場面である。このメリハリの利いた演出が描きたいことを鮮明にしている。生と死、過去と現在の境界を巡りながら、家族の温かさといった滋味を味わわせてくれる。これが実に巧い。
次回公演も楽しみにしております。
モテない保険2
TOP BANANA
ブディストホール(東京都)
2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
千穐楽観劇、面白い。
場末の大衆食堂に集まってくる常連客の浮世話。そこへ突然現れた、ラブライフ生命外交員の保険に係る蘊蓄(胡散臭い)話。現代に生きる それも女性への痛烈な嫌味⁉。少しネタバレするが、「モテない保険」に加入出来るのは女性だけ、それも50歳代迄という年齢制限付きのもの。それは少子化と密接に絡み、その保険の妙味を感じさせる。彼女らの今をユーモラスに 時にリアルに描く。
一方、食堂の女将の狂言回し的な役割が肝。コロナ禍を経て、不寛容・無関心といった風潮が広がった? いや時代とともに直接 人と接するのが煩わしくなってきたのかもしれない。インタ-ネットを介して繋がっている、という間接的な付き合い。自分が子供の頃は、近所に世話好きというかお節介な おばちゃんが居たが、今の時代には うっとうしがられるかもしれない。
物語は、個性豊かな人たちが集まり、ボケとツッコミのような会話を繰り広げる。場末の食堂とは思えないような活気に溢れ、エネルギッシュな光景が観ていて楽しい。学校の授業以上に保険内容に聞き入る姿に、現代を生きる女性の不安・寂しさが滲み出てくる。そこには、劇中にも出てくる 吊り橋効果が…。
(上演時間1時間50分 休憩なし)
ネタバレBOX
舞台美術は「定食さとちゃん」の店内。中央に厨房とカウンター席、上手に冷蔵庫・エアコンや本棚、下手は店の出入り口。上手/下手の客席寄りにテーブル席。本当の食堂のような造作。
常連の女性客の職業は、タクシードライバー、ヨガインストラクター、キャバクラ嬢、歯科衛生士そして大金持ちの謎の女性(愛称:お嬢)、男性客はIT企業のサラリーマン、不動産屋の社長、中国人、ウーバーイーツの配達員、そしてゲイバーのオーナーママといった普通?の人々。そして女性客はお嬢以外は30歳間近。(結婚)適齢期といった言葉は死語かもしれないが、周りが結婚したり子供が生まれたりすると気になり、焦りも…。彼氏もいなければSEXレス、このまま独身が続き アッという間に60歳(還暦)。その時 頼りになるのがお金、そのための(モテない)保険だという。妙に説得力のあるセールストーク。
保険への加入条件は、①彼氏を作らないこと、②同棲しないこと、③結婚しないこと、④一生独身 という4つ。その満期受取額は1億円超と魅力的。彼氏ができるか、ましてや結婚できるなんて保障はどこにもない。それならば といった気持に傾くのも無理からぬこと。しかし 一生独身は淋しい、そんな揺れる女心を巧みに描く。
登場人物の性格や色々な立場(LGBTQ=ゲイや外国籍=中国人)を巧みに取り入れ、定食屋内に社会の縮図を立ち上げる。お互い辛辣なことを言い合うが、何故か嫌味に聞こえない。最近の風潮である、ハラスメントだ 多様性だ といった表面を取り繕った言葉ではなく本音で言い合う。過激とも思える言動を見事に笑いに転化させたコメディ。
実は、店の女将 聡美の仕組んだ…。意味合いは違うが、”縁は異なもの味なもの”、まさに定食屋らしいオチのよう。結末は ぜひ劇場で。
次回公演も楽しみにしております。
モテない保険2
TOP BANANA
ブディストホール(東京都)
2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
めっちゃおもしろかった〜
煙が目にしみる【Mura.画】
Mura.画
劇場MOMO(東京都)
2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
千秋楽を観劇。火葬場での話なのに火葬されている当事者達の会話がテンポ良くて面白い。
家族の本音も聞けていい人生だったんだなとしんみり。
ストーリーが分かりやすく進むので見やすくてよかったです。
パトリオット
劇団チャリT企画
新宿シアタートップス(東京都)
2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
好きな劇団公演に客演でガンツさんと内海さんが出ていて楽しかったぁ。
仕掛けが凝っていて、前方で見ていたためこんなところから?とびっくり。
最初は面白いのにラストに向けて重くなるが、最後はきれいにまとまっていた。
見終わった後、エレベーターに乗るのにちょっと躊躇してしまいました。
つんで、ゆがんで、はじまって、
劇団108
STスポット(神奈川県)
2025/06/21 (土) ~ 2025/06/22 (日)公演終了
実演鑑賞
劇団108久々の90分演劇
ネタバレBOX
周りの観劇者は複数回観に来たりと評価は上々。
白い劇場に白い舞台。凝った照明。
歪みの能力といういわゆる世界系なお話。
人間のあくた
吉祥寺GORILLA
上野ストアハウス(東京都)
2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
06月29日〈日〉13時観劇。
とてもとても質の高い、いい舞台でした。
ラショウモンという出自を隠して働く主人公:あくた。
ある日、勤務先の会社にカンザキという経営アドバイザーが現れて…というあらすじ。
演出がすばらしいです。
全員で朗読する場面、ラジオのDJ、空襲警報…
劇そのものに奥行きを持たせるような工夫でした。
そして脚本もすばらしい。
ラショウモン地区内での場面。派遣会社の社内場面。
婚約者の実家。あくたが幼い頃の場面。
さまざまなシーンが展開する中で、
やがてストーリーは、あくたとカンザキの生き様の違いへと昇華されていきます。
冗長過ぎず、短絡的過ぎず。
観客を飽きさせず、物語の世界に引き込みます。
最後にひとつ。
何より、役者の皆さんが本物の役者でした。
表現することに対して、誠実だと思います。
意識の高さ、ひたむきな努力。
全ての役者さんが輝いていました。
もちろん声もしっかり出ていたと思います。
最近、声の通らない素人演劇(文化祭の寸劇みたいな)があって困ります。
久しぶりに見応えのある、クオリティーの高い劇を観せて頂きました。
ありがとうございました。
MY TYPE~早乙女琴子の場合
東京夜間飛行
in→dependent theatre 1st(大阪府)
2025/06/28 (土) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
東京の劇団で、一人芝居というより、多少ほかの役者も出て来るし、これは綿密な脚本、演出に支えられたコントを土台にしたショーですなあ。演劇という重ぐるしさがまったくなく、立ち落語ともいえるかなあ。とにかく、楽しい。よくもこんなコント芸を見せてくれたと思う。
話は、東京松の内編、大阪出張編、そして大阪番外編の三つでうまくまとまっている。大阪のことをよくぞ調べて、本に入れているとうなりました。大阪人からはとてもうれしい限り。
ピアノ、二胡の生演奏、そして生演奏と言えば終わってからのバンド演奏もサービスたっぷりで、また大阪に来てほしいと思うのであった。
煙が目にしみる【Mura.画】
Mura.画
劇場MOMO(東京都)
2025/06/25 (水) ~ 2025/06/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
初めて観ましたが、お話もしっかりしてるし、芝居も安定していて良かったです。それぞれ役に合ってるらっしゃるなぁと思いました。
多分30年くらい前の設定なんだと思いますが、それがもう少し早々にわかる方が入り込みやすいかなぁとは思いました。