ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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炎の人

炎の人

劇団文化座

俳優座劇場(東京都)

2023/01/11 (水) ~ 2023/01/18 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

三好十郎の1951年の作品。タイトルだけは知っていた。思えばゴッホ自体、知った気になっていただけでよくは知らない。有名な人が誉めるので偉い人なんだろう的な位置。ちょこちょこエピソードは聞いているし、絵のド迫力は黒澤明調(展覧会を観に行ったこともあった)。アレクサンドル・ドヴジェンコの映画の冒頭、大写しの向日葵が爆撃で吹っ飛ぶ。この判り易さがゴッホ=黒澤明だな、と思ったことがある。黒澤明は『少年ジャンプ』的な大衆を熱狂させる“表現”で天下を取った男。伝えたいものをどこまで判り易く伝えられるか?ゴッホも太陽のような情熱で身を滅ぼしてまで絵の具を塗りたくった。

陰鬱な話の中、アルルの娼婦ラシェル役の原田琴音さん(佐々木愛さんの孫娘!)が明るく踊り出すシーンが美しい。ゴーガン(白幡大介氏)はジョニー・デップ調でカッコイイ。ゴッホ(藤原章寛氏)と同棲する子持ちの娼婦で絵のモデル・シィヌ(小川沙織さん)も印象的。

ネタバレBOX

ある意味壮大なコントのようにも見えた作品。大真面目に狂った言動行動を繰り返すヴィンセント・ヴァン・ゴッホ役の藤原章寛氏はインパルスの板倉俊之のようにも見えた。(逆にこの系の作品を元にして出来たコントもあるだろう)。彼の度の超えた狂いっぷりは泣き上戸の酔っ払いにひたすらしつこく絡まれてうんざりする気分に観客をさせてくれる。しかもこれを観て、ゴッホに憧れる人もいないだろう。

そう思うと不思議な作品だ。日本人の国民性として芸術家が発狂、もしくは自殺すると敬う流れがある。島田清次郎や太宰治、ニーチェに大江慎也。何か突き抜けて向こうの世界にまで辿り着いた天才職人として。
但し、ゴッホを評価されなかった者として観ると、地獄のような話。劇団やバンド、お笑いや自主映画、高等(?)遊民として日々を送る多数の者達は皆背中合わせの暗欝を抱え込んでいる。

三好十郎自身が本気で画家を目指していたこともあり、ラストはゴッホに花束を捧げて終わる。不思議な構成。

第一場、ベルギーの炭鉱地帯、ボリナージュ地方プティ=ヴァムの村。伝道師として働くヴィンセント・ヴァン・ゴッホ。貧しい人達への共感からキリスト教に否定的になり共産主義的な方向へシフト。伝道委員会から解雇される。このプロレタリア文学のような描写が素晴らしい。ゴッホはキリストのように生きようと努めている。

第二場、オランダの首都ハーグにて子持ちの娼婦と同棲しているゴッホ。彼女をモデルに絵を描いている。弟からの仕送りに頼った貧しく惨めな暮らし。娼婦は「集団便所」となじられる自身を卑下する。

第三場、パリの画材屋タンギーの店。写実主義を否定した印象派絵画、更にその先を目指したポスト印象派の画家達の溜り場。明るい鮮やかな原色の色使い(暗示的色彩)を始めるゴッホ。

第四場、フランスの南、地中海に面したアルル。絵を描きながら意識を失うゴッホ。

第五場、アルルの黄色い家でゴーガンと共同生活を送る。二ヶ月しか持たなかった。水色のアブサンを二人でガブ飲みするのだが、本当にガブガブ飲んでいる。水にしてもかなりの量。ゴッホにひたすら絡まれるゴーガンが実に気の毒。
ほおずきの家

ほおずきの家

HOTSKY

座・高円寺1(東京都)

2023/01/11 (水) ~ 2023/01/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

開演15分前より場内に流れる『新浜(にいはま)ぐんぐんサテライト』、前説のラジオ風録音かと思いつつ、ジェフ・ベックの逝去の話題などいつ録った?と訝しむ。実はガチの生放送だったらしい。(七味まゆ味さんと友部康志氏?)
そのまんま舞台は開演、北九州の海沿いの架空の町にある居酒屋食堂なぎ。女将(みょんふぁさん)が常連客相手に見事に切り盛り。この居酒屋がかなり魅力的で自分なら何から注文するか、思案する程。最後までずっとこの店で飲みたい気分で一杯だった。ビールが飲みたくなる舞台は良い舞台。
常連のタクシー運転手役の巨漢・友部康志氏がコメディ・リリーフとして大活躍。お笑い芸人並みに大暴れ。

テーマは「差別(心の痛み)」、そして「それから顔を背けて生きてきた自分自身」。
女将の亡き恋人、松本旭平(あきひら)氏が映画青年だった大学生のままの姿で今も脳裏に鮮やかに焼き付いている。ナルシシスティックで向こう見ず、誇大妄想的で夢に酔っ払っていた。まだ現実に打ちのめされて目が醒める前の、かつての自分達自身の残像。
36年前に亡くなった彼の墓を訪ねて東京からやって来るかつての映画仲間(木下政治氏)。
女将の一人娘、真波(七味まゆ味さん)は一度も会ったことがない父について思いを馳せる。

ベトナム人留学生役の佐々木このみさんがガチ過ぎて本物だと思っていた。(足首のタトゥー)。婚約者役の牛木望氏、彼の妹役の菊地歩さんも凄いリアル。(菊地歩さんは女将の学生時代も兼ねた)。
ただ好きな女の尻を追っ掛け回すだけの役回り、豊田陸人氏は知り合いに似ていて好感。

鉄鋼業の衰退と共に活気を失っていった町、今では洋上風力発電の巨大な風車が建ち並ぶ。クリーン・エネルギーによるSDGsの時代に合致した新たなヴィジョンを見据え、町に人や活力が戻って来るような追い風を予感させる。

死者の魂への目印としてお盆に飾られるほおずき。だが海で死んだ者達は海底に沈み、それを見ることが出来ない。海ほおずき(巻貝の卵の袋)を吹いて鳴らす音を道しるべに死者の魂を導く。

凄く印象的な名シーンがある。常連客で賑わう居酒屋の一席に腰を下ろし喧騒を眺めているような夜。皆が笑顔の裏側に隠し通してきた痛みの数々が垣間見え、はっとする。
在日三世のみょんふぁさんが最初から最後まで目を惹きつけて離さない。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

『昔、日本と朝鮮とは地続きで、その中間に鉄で栄えた街があった。その街は二つの国の争いに巻き込まれ、戦場と化す。日本の王の祈りが神に届き、一夜にして海に沈んで消えたという。街が沈んだとされる海底から今も海ほおずきが沢山取れる。』
そんな話を夜の海辺で恋人に語るのは映画監督を夢見る青年(松本旭平氏)。
学生映画で賞を取り話題になった青年は、本名であるキム・シニョンを名乗り在日朝鮮人であることを公表。40年近く前、今より差別が根強い時代と地域、想像を絶する拒絶反応を浴びる。彼の子供を宿した凪(みょんふぁさん)は堕胎を迫られ、独り私生児として育てることを決意。

木下政治氏はみょんふぁさんに想いを寄せており、大学を中退し、独り娘を産んで育てる彼女を口説いた過去が。36年振りに再会した彼に呼び出されるみょんふぁさん。白いワンピースに口紅、若々しくオシャレをする様が女の色香を漂わす。

一番好きなシーンは伴美奈子さんが不意に在日であることをカミングアウト。
外国人への排他的な発言を無意識に口にしていた倉品淳子さんは慌て出す。「私にはそんな差別意識はないのよ」と。
みょんふぁさんは「そんなこと分かっているわよ。子供を抱えた私が貴女にどれだけ助けて貰ったことか。」
“差別”とは言葉や字面のことではなく、日々の日常の生活から滲み出るもの。その当たり前のことが見事に伝わった。

「彼の死を受け止めないことは彼の存在をなかったことにしてしまうことだった。」とキム・シニョンの初盆を迎えるラスト。自分の心の痛みと正直に向き合うことにした木下政治氏はもう一度映画を撮ることを心に決める。

みょんふぁさんが大学の映画研究会に入った理由、映画愛をもっと語って欲しかった。キム・シニョンの映画『海鬼灯』の内容をだぶらせて語っても良かった。
恥ずかしくない人生

恥ずかしくない人生

艶∞ポリス

新宿シアタートップス(東京都)

2023/01/07 (土) ~ 2023/01/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

主演の今藤陽子さんが初日前日の稽古で舞台から転落。後ろ向きに落ちた為、後頭部を強打し脳震盪で絶対安静。初日と二日目のマチネを中止。二日目のソワレと三日目を異儀田夏葉さんが代役、それ以降千秋楽までを関絵里子さんが代役することとなった。前説で異儀田夏葉さんは台本を持って演じることの断り。見掛けが調書風に細工された台本の為、特に違和感なく進行。異儀田夏葉さんの素晴らしい主演振りに詰め掛けた超満員の観客は文句なしの大拍手。作・演出の岸本鮎佳さんも何とも言えない表情でカーテンコールに立った。

物語は女性留置所での人間模様。留置担当官達と収容されている被疑者達、面会に訪れる家族達。副署長との不倫に悩む主任・異儀田夏葉さんは高校の同級生・小林きな子さんと思わぬ再会をすることに。姑を包丁で切りつけた傷害事件の被疑者として。

新人担当官役の里内伽奈さんは永野芽郁似で可愛らしい。
副署長役の板垣雄亮 (ゆうすけ)氏のインパクトは強力。
マザコンキモ夫役の近江谷太朗氏は出演を知らなければ彼だと気付かなかった。
おっさんとおばちゃんのギリギリのラインをつく33番、加藤美佐江さん。

岸本鮎佳さんの独特の笑いが場内を揺らす、まさにリアル『ショウ・マスト・ゴー・オン』。無理して観る価値は充分ある。

ネタバレBOX

笑いよりシリアスな人間ドラマに重点が置かれているような。亡き父との約束に縛られた主人公、クズ夫と姑に心をズタズタにされた小林きな子さん。二人の心は出口を求めて彷徨っている。

仄めかされるだけで語られないエピソードも多い。
加藤美佐江さんはゴードン・マウスという名で近代アート画家をやっている。人の歯を素描して高い値がつく。

敢えてこのような作劇をしている。竹中直人の『119』みたいな感じか。(思わせ振りな配置をするだけで踏み込まない)。高野ゆらこさん的な一人強力な笑いをぶん回すキャラがいたら最高だった。
『アメリカン・ラプソディ』 『ジョルジュ』

『アメリカン・ラプソディ』 『ジョルジュ』

座・高円寺

座・高円寺1(東京都)

2022/12/21 (水) ~ 2022/12/26 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

『ジョルジュ』
ジョルジュ・サンド(本名オーロール・デュパン)、男装の早過ぎたフェミニスト。1832年フランスで初めて商業的に成功した女性作家。その美貌と聡明な知性で当時のありとあらゆる芸術家と浮き名を流した。18歳で男爵と結婚し2児の母となるも、旦那を捨て27歳でパリに出て文壇デビュー。当時はまだ離婚は許されなかったが裁判で別居を成立させる。それを請け負った敏腕弁護人がミッシェル(ルイ・クリゾストム・ミシェル)。既婚者の彼とも不倫関係にあった。
1836年秋、ポーランド人の天才作曲家ピアニスト、フレデリック・ショパンと出逢う。サンドに不快なイメージを抱いたショパン。逆にサンドは熱烈に恋をする。猛アピールで2年後には彼の心を射止める。ショパンは肺結核を患っており、常に健康状態が悪かった。サンドはリウマチの息子とショパンの療養の為、スペイン領地中海のマヨルカ島での滞在を決める。

ジョルジュ・サンド役は永遠の清純派女優、竹下景子さん69歳!しかも普通に可愛い。八千草薫さんもそうだったがDNAがバグっているとしか思えない。
ミッシェル役、シライケイタ氏はパンチ佐藤とトータス松本を足した印象。高級ウイスキー、ザ・マッカランを片手に観衆を酔わす。
ショパンの名曲をひたすら弾きまくる関本昌平氏、かなり熱狂的ファンが詰め掛けていた。

ショパンは余り好みじゃなく、ヴィジュアル系バンドの感触、俗っぽく甘ったるいイメージだった。
「別れの曲」は『さびしんぼう』。「バラード第1番ト短調」の印象的なリフ、羽生結弦の曲。
何と言っても第一幕のラスト、「雨だれ」に尽きる。マヨルカ島バルデモサ村の修道院僧房での暮らし。ジョルジュ・サンドと息子モーリスは島最大の町パルマに買い出しに出る。集中豪雨になり川が氾濫、馬車に置き去りにされ、真っ暗闇の山道を裸足で6時間かけて帰る。やっと深夜に帰宅するとショパンは出来たばかりのこの曲を涙を流しながら弾いている。「誰も帰って来ない、きっと死んでしまったのだろう、そして自分ももう死んでいるのだろう。」と泣きながらピアノを弾き続けていた。有名な逸話。
クラクラする程の才能。

サンドとミッシェルの往復書簡の形をとって、天才作曲家・フレデリック・ショパンのピアノの旋律が時代を彩る。サンドは1848年フランスで起きる二月革命に身を投じていく。

アンコールで関本昌平氏が弾いた曲が素晴らしかった。多分「夜想曲集」か「24の前奏曲集」では?「練習曲集10―2」だったかも。こういう試みをもっとやって欲しい。ただ演奏を聴くだけでなく、その曲の逸話なんかが分かると更に興味深い。
目の不自由な方が沢山いらっしゃっていた。ショパンの旋律は最上の娯楽なのだろう。

HOURGLASS

HOURGLASS

カンパニーデラシネラ

北とぴあ 飛鳥ホール(東京都)

2022/12/23 (金) ~ 2022/12/23 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

本編40分、トーク20分。もっと長かったような。広々としたホールの二面に客を入れる。ステージ後方にスクリーンがあり、日本語以外の台詞に字幕が出る。中国人か台湾人のような観客も多く、皆ダンスを志しているかのような身体付き。

“ポーランドのカフカ”と呼ばれたユダヤ人作家ブルーノ・シュルツ。1942年ゲットーにてゲシュタポに射殺される。彼のテーマは幼年期への復帰、二度目の幼年期に向けて“成熟”すること。今作は代表作「砂時計サナトリウム」をモチーフに制作。鉄道に乗ってサナトリウムで療養中の父に会いに行く男。サナトリウムの中では砂時計が引っ繰り返され時間が正常に流れていかない。

演出の小野寺修二氏のテーマは『重力と時間』ではないか。どちらも絶対的なもので生きて在る全ては完全に支配され従属している。当たり前のように。その支配への隙を見ての反撃と脱走、じっとその機会を伺っている息遣い。

人間は人生の大半を眠って過ごす。突然眠りに落ちる人々のマイムが繰り返される。亡霊達のようにも見える。一人だけ懐中電灯を持っている。
小さな鉄道模型が煙を吐き出しながらステージの外周を回る。鉄道にアタッシュケース片手に乗り込むチョン・ヨンド氏(韓国)。しかし何度入っても時間が巻き戻され乗車出来ない。列車内は混沌としていて眠る亡霊達がひしめき合っている。
リウ・ジュイチョーさん(台湾)はサナトリウムまでやって来る。雰囲気や暗い照明が「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」を思わせる。迷宮のようなサナトリウムを父の病室を求めて彷徨う。光と影の効果。医師か看護婦のリー・レンシンさん(マレーシア)に尋ねるが彼女は猿のような動作。脇の臭いを嗅いできたり、自分の爪の臭いに執着している。完全に気が違っている。
やっと辿り着いた病室。寝たきりの父親と元気に動き回る父親(小野寺修二氏)。どちらが本物なのか?どちらも本物なのか?
彼女はジェンガのような積み木のような木材を使って麻雀のようなゲームに行ずる。ルールはあるようでなく、夢中になってそれを続ける三人。謎のゲームに崎山莉奈さんも加わる。次々に並べられる木片の上を歩いていくリウ・ジュイチョーさん。望遠鏡のようなものの先端に家や樹の切り抜きが装着、光が発射されると影が町の一角を映す。
矢張り物語は冒頭のリフレイン、揺れる列車の車内へと戻る。おかっぱ頭の藤田桃子さんの存在感。梶原暁子さんはラスト近くにアクロバティックな爆発的舞踏の見せ場。

狂った時間軸を彷徨う複数の自分、この世界の謎を解くのではなく、謎を遊ぶ感覚。唯一無二の独特な語り口、しかもメチャクチャ面白い。

ネタバレBOX

小野寺修二氏は渡嘉敷勝男と川崎徹を足したような感じで矢鱈人当たりのいい自然なキャラクター。この人がこんな天才的な舞踏のイマジネーションを仕切っていくことに軽いカルチャー・ショック。根本敬の原作をわたせせいぞうが筆を入れたかのような、アングラだがお洒落な作風。谷賢一の裏面で皆さんげんなりしている今、この業界そんな奴ばかりじゃないんだと示して欲しいもの。(百花亜希さんのnote、『注文の多い百花店』の投稿、「祈りとメッセージ」が凄まじい)。
『アメリカン・ラプソディ』 『ジョルジュ』

『アメリカン・ラプソディ』 『ジョルジュ』

座・高円寺

座・高円寺1(東京都)

2022/12/21 (水) ~ 2022/12/26 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『アメリカン・ラプソディ』
ユダヤ系ロシア移民の一家、ニューヨークで生まれたジョージ・ガーシュイン。後に20世紀のアメリカ音楽の父とも呼ばれる。ピアノを独学で学んだ天才少年は兄の作詞家アイラと組んで大ヒット作を連発。ラグタイム、ジャズ、シンフォニック・ジャズ、クラシック、オペラ、ミュージカル、映画音楽と大衆を熱狂させた。38歳で脳腫瘍で急逝するも今も伝説。一度も結婚をすることはなく、数々の女性と浮き名を流した。そのうちの一人でもある作曲家ケイ・スウィフトを島田歌穂さんが演じる。
島田歌穂さんと言えば、幾つになっても『がんばれ!!ロボコン』のロビンちゃんなわけで何か嬉しい。後半、胸元のざっくり割れたドレスが妖艶。
天才ヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツはロシア生まれのユダヤ人、ロシア革命を避けてアメリカ在住を選んだ。この「ヴァイオリニストの王」を演ずるは下総源太朗氏。
味のある下総源太朗氏はワイン片手にトーク。ケンドーコバヤシや佐藤二朗のようなユニークさと洒落た紳士姿。

舞台はケイとヤッシャの往復書簡の形をとって進行。年代と共にジョージ・ガーシュインの光芒が曲となって焼きつく。
ジャズ・ピアニストの佐藤允彦(まさひこ)氏がひたすら演奏しまくるのだが、御歳81歳!このピアノを聴くだけで充分価値がある。名演。島田歌穂さんの歌もたっぷり。

出世作、「スワニー」は今でも通用するポップス。
代表作、「ラプソディ・イン・ブルー」はウディ・アレン映画で御馴染み。
「パリのアメリカ人」は劇団四季のミュージカルで知られる。
名曲、「サマータイム」はジャニス・ジョプリンがブルース調にカバー、椎名林檎の「罪と罰」の元ネタでもある。レッド・ツェッペリンの「Dazed and Confused」っぽい気怠いアレンジで歌われた。

当時の批評家からはボロクソに叩かれ傷付き打ちのめされたガーシュイン。彼の最後の恋人はチャップリンの妻、ポーレット・ゴダード!アメリカという新しく出来た国で大衆に提示したのは、「これがアメリカだ!」という時代との即興性に充ちた新しい風景。常に活動的で希望に溢れた精神。

時代絵巻AsH 其ノ拾六『赤雪~せきせつ~』

時代絵巻AsH 其ノ拾六『赤雪~せきせつ~』

時代絵巻 AsH

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2022/12/14 (水) ~ 2022/12/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

前半はイマイチ面白くなかった。全ての駒が揃った後半から盛り上がる。武田信玄から家督を継ぐことになる勝頼が甲斐武田氏最後の「お屋形様」となり滅んでいく姿。

冒頭、異母兄弟の兄、武田義信が泣きじゃくっている幼き勝頼を励ます。「悲しい時辛い時苦しい時には顔を空に向けて大きく息を吸うのだ。どうしても守りたい大切なもののことをじっと思い浮かべろ。」
その言葉を胸に生き抜いてきた勝頼、尊敬する兄は謀反の疑いを受け自害に追い込まれた。空に顔を向けて生きてゆかねばならぬ。勇猛果敢な武将として名を馳せていく。

織田信長が天下統一の真っ最中。最後の室町幕府第15代征夷大将軍・足利義昭は信長打倒の為、武田家に味方する。(官位〈貴族の序列〉の叙位と偏諱〈へんき〉=〈一字拝領〉の運用)。
公家の最高位、関白まで登り詰めた近衛前久(さきひさ)は織田信長への協力を選ぶ。権謀術数渦まく京の都。
信長の嫡男、信忠はライバルである武田勝頼に不思議な感情を覚える。
戦に次ぐ戦の中、武田信玄が病没、到頭勝頼が跡を継ぐことになるのだが。

中村錦之助の『反逆児』を思い出した。時代背景は『影武者』と同じ。この長丁場(2時間20分)を男性俳優だけで持たせた濃厚な脚本。殆どがヤクザ映画を思わせる各陣営の会議シーンで物語を進める。流石に合戦は描けないか、と思ったが演ってみせた。脚本の書き方が理知的で緻密な詰将棋のような展開、知的快楽が刺激される。これは次作も観ざるを得ない。
もの凄い作品や新しいジャンルを産み出す可能性を秘めている、この作家の方法論は興味深い。笠原和夫っぽい知的好奇心。誰もが知っている『太閤記』みたいな話を独自の語り口で綴ってみて欲しい。

ネタバレBOX

音楽が気にくわない。『隠し砦の三悪人』や『乱』、そして『影武者』のような強力なメロディーがいる。悲壮感、時代を引いて全景で眺めている感覚が。武田勝頼の空を見上げるテーマ曲。そのリフレインでラストと幼年時代をリンクさせたい。

「長篠の戦い」の敗因が、捕まった間者が偽の密書を武田軍に届けたせいというのも興醒める。(鳥居強右衛門〈とりいすねえもん〉の逸話がモチーフか?)

地図でもいいから地理的な説明は欲しかった。勝頼が武名を轟かすエピソード、如何に軍事戦略に長けていたかを序盤に示した方が良い。

織田信長、徳川家康、武田信玄は存在として欲しいところ。特に信玄との数少なき邂逅が、一族を率いる勝頼の胸の底流に流れていて欲しい。

後に織田信忠は「本能寺の変」の救援に駆け付けるが、明智軍に二条新御所を取り囲まれ自刃することとなる。

武田勝頼役、黒崎翔晴氏はGLAYのTERU似。
二人の子役を兼任する春日馨仁君は利発そうな美少年。
織田信忠役、松井翔吾氏はトータルテンボスの藤田似。
山縣昌景役、濱田和幸氏は本田博太郎っぽい。
小山田信茂役、垣内あきら氏はディック東郷系。
役者陣は骨太で豪華、魅力に溢れている。

山田風太郎の『首の座』みたいな作品を期待。
踊り部 田中泯 「外は、良寛。」

踊り部 田中泯 「外は、良寛。」

東京芸術劇場

東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)

2022/12/16 (金) ~ 2022/12/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

田中泯77歳。2002年、山田洋次監督、真田広之、宮沢りえ主演の『たそがれ清兵衛』にて俳優デビュー。クライマックス、真田広之と果たし合いをする敵役なのだが総毛立つ凄まじい存在感。「何だこの人は・・・」「この人の舞踊を見てみたい」と強く思った。それから20年、その日が来た。

客席通路に三人の男達(甫木元空〈ほきもとそら〉氏・三嶋健太氏・緒形敦氏)が赤い着物の女(石原淋さん)を担いで登場。さらってきた女を森の奥深くに捨てて立ち去る。石原淋さんは一人、舞台へと歩みを始める。樋口可南子っぽい印象。紅花の着物は幕末期の物らしい。この彼女の動きが強烈なインパクト。映画のワンシーン。田中泯氏が唯一認めた弟子とのこと。

ステージ・バックには杉本博司氏のアートが巨大スクリーンに投影される。日の出前の海が時と共にじんわりと姿を現す。絵のような写真のような水平線。じっと目を凝らしてしまう。(毎回変えているらしい)。他にも良寛の筆運び(「秋の日に光りかがやくすすきの穂 これのお庭に立たして見れば この人や背中に踊りできるかな」)や動きを止めない星々の大群が降り注ぐ。「雪は天からの手紙である」と中谷宇吉郎は言った。時折ぱらぱらと天から雪が舞い落ちてくる。

舞台中央、天井から一本の透明なパイプのような綱が垂れ下がっている。それを揺らし手繰り寄せまた揺らすのは作曲家本條秀太郎氏。三味線で奏でられる曲がリフが効いていて心地良い。キュアーっぽいゴシック・ロック。

田中泯氏は童のようにはしゃぎ回る。猿と兎と狐が集まる。幟を掲げ振り回して走る。ステージ中央に巨大な奈落があり、柵で囲まれたその周囲を駆け回る。はしゃぐ爺さん。
時折、上手に座り眼鏡を掛けると、良寛についてナレーション的に本を読む。

奈落が迫り上がり幾何学的な枠組みだけの家と寝床が現れる。
70歳の良寛と30歳の貞心尼(ていしんに)が出逢い、純愛が始まる。貞心尼の詠んだ「鳶(とび)は鳶 雀は雀 鷺(さぎ)は鷺 烏(からす)は烏 なにか怪しき」が曲として歌われる。これが名曲。世間の人に二人の関係が変に思われないだろうか?と心配する良寛に返した句。
手毬が始まり、夢中になって遊ぶ。

松岡正剛氏が「良寛の“書”」について書き下ろした本、『外は、良寛。』。書道専門誌の出版社からの依頼。
「淡雪(あわゆき)の中に顕(た)ちたる三千大千世界(みちおうち)またその中に沫雪(あわゆき)ぞ降る」
松岡正剛氏は「一沫の良寛が一千の雪となり、三千の良寛が一泡の雪となる。そのように雪と良寛がしきりに降りつづけているわけなのだ。」と解いた。
「雪は天からの消息である」。
「ただただ良寛の淡雪が降っていたのです。気がつけば、外は良寛━━、良寛だらけです」。

ネタバレBOX

中村達也が観に来ていたそうで興奮。

カーテン・コールの田中泯氏の言葉が強烈。
「私の師匠は一億総踊り手であると言いました。踊りとは虫や鳥や花も生来宿しているもの。寝たきりの老人だってベッドの上で手だけで踊れる。高度な技術、鍛錬した肉体を必要とするものだけが踊りだとしたら・・・、そんなものは糞ったれだ!」
もう踊りとは生命そのものなのだろう。生命の無意識の歓喜。
凪の果て

凪の果て

動物自殺倶楽部

雑遊(東京都)

2022/12/14 (水) ~ 2022/12/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

傑作。高木登の本気を見た。出演者全員にとって代表作になるのでは。
夫婦の協議離婚、互いの弁護士同伴での話し合いから開幕。函波窓(かんなみまど)氏演ずる弁護士は三浦葵さん演ずるヒステリックな妻が依頼人。函南氏は松田龍平と松重豊を足したような非人間的な冷酷さ。三浦葵さんは常に目をひん剝いて威嚇している。
赤猫座ちこさん演ずる弁護士は橋本恵一郎氏演ずる、愛人を作った夫が依頼人。赤猫座さんは流石の美貌。橋本氏は常に神経質に爪を弄っていて、何本かの指にバンドエイドが巻かれている。この演技プランが秀逸。文句なしに第一場のMVP。

演出の小泉愛美理さんに「あなたのその音が絶対必要なので」と説得された、サウンドアーティスト・北島とわさんのSEが凄まじい。真夜中の沼からひたひたと水を滴らせながら上がってくる何か異形の物の音。巨大なアンプの重低音、ブツブツと走るノイズ。無意識に人を不安にさせる環境音。これらの使い方も絶妙。これと絞る照明だけで、後は役者の力に託される。無論役者陣は期待を遥かに超えた怪演で応えてみせた。ほんの些細な動き一つにもビクッとして圧倒される。
高木登は黒沢清系ではなく、岩井俊二系。岩井俊二の『undo』のように、マニアックな世界でも大衆に開かれている。見事な作品だった。

妻と別れて愛人と一緒になりたい夫と、夫を苦しめることだけを生き甲斐に決めた妻。全く進展しない協議離婚。キチガイのように喚き散らす妻、幼児のように駄々をこねる夫。二人の弁護士も苛立ち、殺気立ち、暴言を吐く。だが、この話には更に裏があり・・・。

ネタバレBOX

第二場は前日譚。赤猫座ちこさん演ずる弁護士が夫の愛人から話を聞いている。
この愛人を演じるのがハマカワフミエさん。第二場のMVP。ただ座って話を聞いているだけなのに妙な違和感にゾワゾワする。異空間に取り込まれていくような不安感。そこに無理矢理押し入る妻、三浦葵さん。三人の女性が椅子に腰掛け、客席を向いて話す。この内容が文学。弁護士はある決断をする。

子供を墮胎してまで人生を捧げた弁護士という聖職。それを自ら裏切る決断、一筋の涙。
老いた蛙は海を目指す

老いた蛙は海を目指す

劇団桟敷童子

すみだパークシアター倉(東京都)

2022/12/15 (木) ~ 2022/12/27 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

これだけの熱量の新作を描き下ろすサジキドウジ(東憲司)氏にリスペクト。まさに桟敷童子版「どん底」、役者博覧会の様相。関東大震災後なので時代背景は昭和初期であろう。田舎の汚らしい掃き溜め長屋。水道が引けず、腐った雨水を貯めて飲んでいる。立ち込める悪臭、行き止まりの貧民窟。
「乞食会社残飯屋」を率いる青山勝氏はまるで王様。上田吉二郎のような悪の魅力に振りかけたたっぷりの色気。『座頭市』の奥村雄大(鴈龍)のような妖気。体躯は先代二子山親方、大河内傳次郎のように見得を切る。好き放題にステージ上を我が物としてみせた。
長屋の大家の女房役、藤吉久美子さんがまた凄い。ふてぶてしい魔性の色気、存在そのものが匂い立つ。
酒で身を滅ぼした医師、佐藤誓氏はまさに“酔いどれ天使”。震える手。
「どん底」の巡礼ルカにあたる、迷い老婆は鈴木めぐみさん。まるで何かを見通したかのような含蓄のある言葉。掃き溜めの暮らしに魔法の粉を振り掛けてみせる。
知的障害児の吉田知生氏は老婆の言葉、「お前にも行ける学校がある」の言葉に希望を抱き、ここではないどこかを夢想し続ける。
もりちえさんの乞食キャラも新鮮。

劇場中には「死を間近にした者にしか見えない」白い花が無数に咲き誇る。今、新作でこれを演れる劇団の生命力の若さ。ゴーリキー、「どん底」をこんなふうに換骨奪胎し甦らせる腕は流石。
新感覚の「どん底」、是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

工場の労働争議を煽動した容疑で手配され、逃げ込んできた三人組の活動家。一人(稲葉能敬氏)は脚を折り切断寸前の大怪我。一人(三村晃弘氏)は大家の妻に言い寄られる。(黒澤明版の三船敏郎が演った役が魅力的なのだが、今作の役どころでは主体性がなく、イマイチ盛り上がりに欠ける)。板垣桃子さんは持病の若年性認知症が悪化、子供返りを起こす。(彼女の十八番、寄り目で口元を歪ませる表現の多用)。

水道を引くことによって全てが変わる“希望”のイメージ。そこを強調する為、臭いと病が蔓延している強烈な描写が欲しかった。

ゴーリキーと違う最大の特徴は、諦念に満ちてなく、逆に希望に溢れているところ。悲惨な結末が続くのだが、何故かそれも悪くないような心持ちに。白い花が咲き乱れる様が祝福にも感じる。ラストの晴れ晴れとした解放感。黒澤明なら「どですかでん」っぽい。
女中たち

女中たち

CEDAR

シアターブラッツ(東京都)

2022/12/14 (水) ~ 2022/12/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ジャン・ジュネの『女中たち』、タイトルだけで敬遠しそうな難解なイメージ。ジュネといえばAUTO-MODを連想するが。
いざ始まると現れる黒河内りくさんが驚く程綺麗。気品のあるアイドル顔。一気に世界に没入させられる。山口淑子のような古き良き日本映画のヒロインの趣き。
演劇ユニットdéfi(デフィ)の主催者、円地晶子さんはどこか”男装の麗人”川島芳子を思わせる。内面と外面が時折引っ繰り返るようなテクニック。
満を持して現れる月船さららさんは二人の醸成した空気に切り込んでいく。目鼻の凝ったメイク、発声や話法に実験的な過渡期の挑戦。異常なハイヒール。
セットや美術、衣装が見事、本格的な雰囲気。
年の瀬、どっぷりと文学の退廃美に首まで浸かる快楽にお薦め。

女中の姉妹、ソランジュとクレールは奥様の留守中に「“奥様と女中”ごっこ」をしている。旦那様は逮捕され、奥様はまだ帰らない。嘘と本当のごっこ遊び。目覚まし時計がジリリと鳴れば全てはおしまい。

ネタバレBOX

サイコドラマと呼ばれる心理療法がある。患者達に演じさせることによって内面を解放させていくもの。例えば自分が被害に遭った事件の加害者役を演じ、他人が自分役を演じていく。誰かを演じることにより、自分のままでは言い出せなかった本音が表現されていく。自己啓発セミナーでもよく使われる。

モデルになったものは『パパン姉妹事件』。住み込みの女中姉妹が屋敷の夫人と娘を襲い生きたまま両眼をくり抜いて惨殺したもの。二人は近親相姦の関係であった。

観ていて思ったのは、これは喜劇なんじゃないかということ。話の展開、構造が笑いの要素を宿している。致死量の睡眠薬を混ぜた煎じ薬を飲ませようと用意しても、勿論奥様は飲んでくれない。二人の女中の企みは何一つ成功しない。妄想とごっこ遊び、無力感と空虚な長文台詞。多分、チャップリンに演出させた方が正解が出るのでは。
千年とハッ

千年とハッ

公益財団法人武蔵野文化事業団 吉祥寺シアター

吉祥寺シアター(東京都)

2022/12/08 (木) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

前衛。涌田悠(わくたはるか)さんがステージに現れてストレッチのようなものを始める。ダンサーにしては矢鱈女性的な肉体。“短歌を詠むダンサー”らしいが、今回は短歌はなかった。ギターを抱えた田上碧(たがみあおい)さんが登場すると歌い出す。ジブリっぽい優しい曲調、コトリンゴのような透き通った声。それにのって涌田さんの舞踏が始まる。ステージを出て舞台裏を出入りしながら歌は続く。2階に上がり高い所へと。ギターを置いてマイクを持ち、即興のように会場中の目に映るもの全てを描写し始める。(即興だと思っていたが、どうやら完成された作品らしい)。涌田さんもそれに応じて言葉を奏でる。「ハッ」という言葉が響く。右半身の端っこから身体の中心へと。ポエトリー・リーディングのようなものがずっと続き、この辺は退屈。矢庭にギターを掴むと歌い出す。矢張り、音が要る作品。感情がないと全てが無機質。田上さんの歌は力がある。全てが真っ暗闇になるまで舞踏し続ける涌田さん。照明が練られている。

チラシのキャッチコピー、『言の葉に月の刃に皮膚の端の切れて一〇〇〇年後から手を振っていた』がカッコイイ。

サブマリン

サブマリン

マチルダアパルトマン

北千住BUoY(東京都)

2022/12/08 (木) ~ 2022/12/14 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

〈黄色いサブマリン〉

超満員の会場。いつの間にこんな人気劇団になったのか?多分、元うしろシティの金子学氏のファンが詰めかけたようだ。

古いアパートの4階で同棲する、自分の店を出したい男(金子学氏)とちょっと病んだ女(冨岡英香〈はなこ〉さん)。冨岡さんは日の当たらないこの部屋を海の底のように感じている。二人の仕事の時間帯が合わない為、なかなか噛み合わない暮らし。近くに住む専門学校生の妹(梶川七海さん)も少し情緒不安定。冨岡さんは妹に、ずっと駅前で寝ているホームレスの老人が「子供の頃に離婚した父親ではないか?」と言い出す。

ホームレス役の坂本七秋氏がガチ系の役作り。この人、役者バカだな。最高。
梶川七海さんの内面が全く読めないキャラは面白かった。
冨岡さんの佇まい、生活感がリアル。本当に周囲にいる感じ。

ネタバレBOX

普通に面白いのだが、胸に痛切に迫るものがない。二人が実は互いのことを心の底から必要としているのに、どうしても上手くいかない歯痒い無力さなんかが欲しい。

偶然さえも二人を呪い、全てが上手くいかなくなった
布袋寅泰『WILD LOVE』

小久音さんは出演しないのかと思う程出ない。ただクライマックスに投入するにしてはイマイチのアイテム。

金子氏が本物のお笑い芸人なだけに、皆の変なボケに受け身を取れず立ち尽くすツッコミに見えてしまう。ツッコミのない笑いが狙いの作風にズレが生じているように感じた。

海底にあぶくを吐き出しながらゆっくりと沈んでいく夢を何度も見る冨岡さん。クリストファー・ドイルな気分だよね。
時代はサーカスの象にのって

時代はサーカスの象にのって

劇団☆A・P・B-Tokyo

新宿村LIVE(東京都)

2022/12/07 (水) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

A(avant garde)・P(performance)・B(brothers) ・Tokyo。
寺山修司の代表作の一つ、勿論訳が分からない。
1969年(昭和44年)初演のベトナム戦争時代を背景にした8つのオムニバス。
マメ山田さんが突然「アメリカに行く」と言い出す。同棲していた筋肉質のゲイのアメフト選手、樋口裕司氏は「行かないで」とすがりつく。樋口氏のキャラはDDTのプロレスラー並み。無駄にエネルギッシュ。
話はあってないようなもので、切り取った「時代の気分」を味わう感覚。けれど客席はやたらそれに飢えている感じ。訳の分からないエネルギーを頭から浴びたいのでは。
男装の学生服姿、乾らいむさんが印象的。たんぽぽおさむ氏との父子対決は見もの。

客席上手側の真横で生演奏のSAXは真部健一氏、フリー・ジャズのように象の鳴き声のように。劇中に挿入されるギター弾き語りのミカカ氏の歌も強烈。
寺山修司一周忌公演として盟友・萩原朔美が「時代はサーカスの象にのって’84」を制作。鈴木慶一(ムーンライダーズ)が音楽プロデュース。多分その楽曲を使用している。
「戦争に行きたい」と歌う『I Want You』が印象的。
『地獄めがけて』は「地獄めがけてドロップキック そして5ヤード後退だ」の歌詞が秀逸。

萩原朔美氏は特別ゲストとして登場、場末の映画館の便所に身を潜める強姦魔として見事な独白。
頭脳警察の『時代はサーカスの象にのって』は使われなかった。

クリスマス・キャロル

クリスマス・キャロル

劇団昴

座・高円寺1(東京都)

2022/12/01 (木) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第一幕50分休憩15分第二幕60分。

小道具や衣装、美術が素晴らしい。まさにディケンズの世界。チャールズ・ディケンズは学校教育を4年間しか受けられなかった。父の破産の為、12歳から家を出て工場で働くことに。少年時代の痛みと苦しみに満ちた日々はそのままスクルージの過去として描写される。独学で勉強し作家と認められるまでに這い上がる。英国の夏目漱石、大衆の支持する国民的作家へと。彼の最盛期の英国は貧富の差が激しく、「空腹の40年代」と呼ばれた。ディケンズの出世作『オリヴァー・ツイスト』(1838年)は子供を主人公とした世界的に初めての小説。救貧院で育った孤児の物語をリアルに描き、大ベストセラーに。社会を揺るがし児童虐待を禁止する法律まで生み出した。今作は1843年に発表。「この世に生きる価値のない人などいない。人は誰でも誰かの重荷を軽くしてあげることが出来るからだ」、「誰もが沢山持っている今の幸せにこそ目を向けるのです。誰もが沢山持っている過去の不幸せのことは忘れなさい」。

宮本充氏演ずるスクルージは三國連太郎風味で納得。
ボブの妻役他の米倉紀之子(きしこ)さんは黒木瞳似で綺麗。
フレッド役他の加賀谷崇文(たかふみ)氏は布袋寅泰とラフィンノーズのPONを足したようなチャーミングさ。
大活躍のティム役他の子役、張适(ちょうし)君の透き通った歌声。
進行役と聖霊役を兼ねた三人のベテラン。林佳代子さん、牛山茂氏、伊藤和晃氏。客席に向けて語りかけ、この世界の境目をじんわりと地続きにしていく手腕。

クリスマスの一夜の奇跡を大人から子供までたっぷりと堪能させる決定版『クリスマス・キャロル』。
徹底的な現実主義者のエベニーザー・スクルージ(多分貸金業者)が自分のものの見方や人との向き合い方を自ら悔い改めるに至る奇跡。今作を毎年観に行く人の気持ちが分かる。
悩み苦しみ足掻いている人にこそ今作は突き刺さる。

ネタバレBOX

「未来は変えられないのか?せめてティムだけでも!」

マーレイの幽霊の鎖が軽そう。その辺からちょっとコミカルな遣り取りが始まる。

三人目の聖霊を青い照明だけで表現。観客の想像力に委ねられた淡い光はゆらゆらと指し示す。

スクルージを北野武、マーレイを西田敏行、ボブを大杉漣(亡くなっているが)、フレッドを大森南朋で映画化して欲しい。

リアルな死を前にしないと人は気付かない。何もかもが消え去っていくことを。消え去っていかないものは何か?果たしてそんなものがあるのだろうか?

スクルージは金持ちだし、『生きる』の志村喬は市役所務め。死ぬ前に人の為にしてやれることがある。だが殆どの人間は今更後悔しても何もしてやれることはないだろう。ただ無力さに打ちのめされて安い酒を飲む。
建築家とアッシリア皇帝

建築家とアッシリア皇帝

世田谷パブリックシアター

シアタートラム(東京都)

2022/11/21 (月) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

第一幕85分休憩15分第二幕70分。
但し休憩の間に成河(ソンハ)氏が役のまま、ステージ上の小道具を片付ける。ファン必見。

飛行機が墜ち、無人島に流れ着いた岡本健一氏、そこには先客の土人、成河氏がいた。二年掛けて言葉を覚えさせた岡本氏、自身をアッシリアの皇帝と信じ込ませている。成河氏は何故か建築家に憧れて、建築学をねだる。言葉によってやっと意思の疎通が図れる筈が逆に難解になる二人の会話。この辺は『アルジャーノンに花束を』的。「早く幸せになる方法を教えてよ」。

岡本氏の衣装がナチスの高官っぽい。
成河氏は野生動物みたいな動き。次に何をするか目を離せない。ファンの気持ちが分かる。人間ではなく“役者”という生物。
この長丁場、時には一人芝居で全く退屈させないのは凄い。

不条理劇の大家とされるフェルナンド・アラバールの代表作。1967年パリで初演。1974年日本初演では山崎努氏が皇帝役を演った。余りにも肉体的に激しすぎる為、相手役は二人降りたという。山崎努氏も幕間で医者に注射を打って貰っていたそうだ。

岡本健一氏と成河氏の魅力で成立させている世界。裸や女装のシーンも多く、華奢でか細く美しい肉体。グロテスクなシーンもコミカルでポップに味付けされており、不快感は沸かない。成河氏の要求に度々応える裏方。(『できるかな』っぽい)。壮大な「ごっこ遊び」に皆が付き合わされていく。
逆に女優二人でこの作品を観たいと思った。どう映るだろうか?

ネタバレBOX

映画向きのネタだと思う。マーロン・ブランドとジョニー・デップでどうだろう。訳の分からない独白に必死に付き合う建築家。フランシス・フォード・コッポラかベルナルド・ベルトルッチ。莫大な製作費を掛けた思わせ振りなシーンの連続で中身は空っぽ。そんな空虚な映画を観たい。

背景にビラビラした黒いビニールシートの海。海の上では戦車が流れ戦闘機が飛ぶ。どこかで戦争が行われているようだ。
建築家は動物や自然を自在に操るシャーマン、太陽を沈ませ山を動かす。2000年近く生きている超自然的存在。
皇帝はエディプス(オイディプス)・コンプレックス〈父を憎み母を我がものとせんとする無意識の欲望〉の権化。第二幕、手作りの仮面を使った裁判ごっこで己の罪を暴かれる。母親をハンマーで叩き殺し、犬に食わせたことを告白する。建築家からの死刑宣告に対し、同じくハンマーで殺されることを希望。建築家は「これはただの裁判ごっこだ」と拒むが皇帝の本気に押し切られる。
建築家は彼の遺言通り、母の形見のコルセットと服を着て皇帝の死体を食べていく。脳味噌をストローで吸い取る。どんどん失われていく建築家の超自然的な力。最後まで食べ尽くすと建築家の姿は皇帝になってしまう。そこに飛行機が墜ち、皇帝の格好をした建築家が助けを求めて現れる。劇の冒頭のシーンが配役を入れ替えて繰り返し。

自分の好みではなかった。やっぱり演劇の本質と生来的に肌が合わないことを実感。多分人間が嫌いなんだろう。演劇とは本来「ごっこ遊び」で、それを観客が夢中になって観ることによって成立。観客も「観客ごっこ」役として参加する。「ごっこ遊び」の昂揚、宗教的祭祀、燔祭。神に捧げるのか、神を喚び起こすのか、神を実感するのか。この空虚さの共有。
火消しの辰と瓦版屋の娘【一部公演中止】

火消しの辰と瓦版屋の娘【一部公演中止】

劇団6番シード

ブディストホール(東京都)

2022/11/30 (水) ~ 2022/12/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

初日前日、高宗歩未さんが体調不良の為、降板。初日を潰して代役のエリザベス・マリーさんに一日で全台詞と動きを覚えて貰った。それだけでゾッとするシチュエーションだが、観ればエリザベス・マリーさんの役どころはかなりの出番。複雑な構成の為、覚える展開と掛け合いが多過ぎる。エリザベス・マリーさんは今回のことを「走馬灯に出てくる」と表現。言われなければ気付かない程、自然に舞台に存在していた。凄え役者がいるものだ。Respect。

椎名亜音さんと鵜飼主水氏が主演の大江戸コメディ。二人はハイテンションで飛ばしまくる。役者陣が魅力的で贅沢。
那海さん演ずる蟋蟀(こおろぎ)が巧い。作品を彩る風流さ、声の使い方が絶品。
真野未華さん、近石日奈さんが可愛かった。
千歳ゆうさん、若林倫香さんの笑いの味付け。
藤沼美昇(みのり)さんのスパイスも効いている。

高宗歩未さんバージョンも観たかった。

ネタバレBOX

『カメラを止めるな!』という大ヒットコメディ映画があった。始めは安っぽいゾンビ映画。それが終わるとメイキング宜しく舞台裏を紐解いてみせる。そこでありとあらゆるトラブルが巻き起こり、生放送の中、スタッフと役者はありとあらゆる対応で解決していく。観客の頭の中で先程のゾンビ映画の違和感が解けていく快感。
この手の、作者の構想の執念に感嘆するジャンルは知的快楽に充ちている。今作の作家、松本陽一氏は『同時刻同時進行コメディ』と名付けた。

今関あきよしの『タイム・リープ』、クリストファー・ノーランの『メメント』、アシュトン・カッチャー主演の『バタフライ・エフェクト』なんかは観終わった後、確認の為再生し直す喜びがある。古くはハインライン、広瀬正のSF小説の系譜。この手の作品が大好きな人にお勧め。

欲を言えば巻き起こる事件にもう少し文学性が欲しかった。
瞬きと閃光

瞬きと閃光

ムシラセ

シアター風姿花伝(東京都)

2022/11/30 (水) ~ 2022/12/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

小口(おぐち)ふみかさんはコメディの方が水が合う。ルックスで損をしているのかも。
渡辺実希(みき)さんはヴァンパイラ風、もろアニメキャラ。
輝蕗(きろ)さんは篠原ともえを思い出した。
元水颯香(はやか)さんはHKT48顔。
加藤彩さんは楽園王のイメージが強いが、オールマイティ。
土本燈子さんの佇まい、空気感はリアル。
中野亜美さんはもっと複雑な役が似合う。ちょっと物足りない。
土橋銘菓さんについての「野生の地下アイドル」という論評が絶品。

『がっこうぐらし!』みたいなちょっとSFな日常系アニメの感覚。

ネタバレBOX

学校で度々目撃される眼鏡を掛けた男の幽霊。一眼レフのカメラを持って校内をうろつき、女子高なのに何故か「懐かしいなあ。変わってないなあ。」と卒業生のような口振りで大声ではしゃぐ。パシャリとシャッター音が光り、跡形もなく消え去る。お菓子やピザの差し入れもする。
何の回収もない妙な話なのだが、彼が松尾太稀氏だということで公演後腑に落ちる。

松尾太稀氏は所属していた劇団を退団したのち、今年5月主催者によるパワハラが原因でPTSDを発症したことを告発、話題になった。今作の出演を9月1日に発表し、9月14日に自死。脚本・演出の保坂萌さんは代役は立てず方法を変えて表現することを言明。
成程、合点がいった。また作品の違う観方が可能。
今年4月、劇団競泳水着の『グレーな十人の娘』で彼を観ただけだが妙に印象に残っている。

正直、話も演出も好きじゃない。妙に長く引き延ばしている感じ。でも配役が凄い。これは同性だから出来る女性のキャスティング・センス。男じゃ絶対に無理だ。話のテーマは友達との仲違い、大好きだった人を傷付けてしまった後悔。どうにかもつれた糸を解きほぐして許して貰いたい、でも出来ない。自分の意固地なつまらぬプライドが何もかもを台無しにしてしまう。どうしたらいいのか分からない。そんな心を抱えたまま、皆大人になって素知らぬ振りで遣り過していく。そんな昔の話、とっくに忘れてしまったと。

痛みを抱えたまま死んだカメラマンの女が、痛みを抱えて暮らす旧友の無意識の呼び掛けに応えて現れる。互いに思い知った真実は、「こんな痛みを抱える意味などなかった」。それを今生きる連中に伝えて仲直りさせる。「人生において本当に好きになれる奴とはそう何人も出逢えないんだ。大事にしろ!」と。

カメラを通じて、世界と自分との関係性が変わる様を描写すべき。自分が失くなる瞬間。世界が失くなる瞬間。そこに生き死にのボーダーを絡ませるべき。
テアトリアンナイト

テアトリアンナイト

演劇実験室◎万有引力

座・高円寺2(東京都)

2022/11/30 (水) ~ 2022/12/02 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第三夜《わたしはあらんとしてあるもので あるとはすべてであり わたしはあらんとしてあるもの》

1983年寺山修司が亡くなり、『演劇実験室◎天井桟敷』は解散。それを引き継いだJ・A・シーザー氏によってその翌日、『演劇実験室◎万有引力』が旗揚げ。この40年余りの怒涛の日々をLIVEで語る。
皆が待ち望んだウテナの世界。「絶対運命黙示録」の迫力。
小林桂太氏は岸田森みたいでカッコイイ。
木下瑞穂さんも印象に残る。
内山日奈加さんは坂道グループ系清涼感、「寺山坂46」。

ネタバレBOX

大ヒットアニメ、『美少女戦士セーラームーン』シリーズで名を上げた幾原邦彦。エヴァンゲリオン・ブームの中、1997年テレビ東京系列で水曜18時放送の『少女革命ウテナ』を制作。劇中で万有引力の『カスパー・ハウザー―人間の謎への序章、あるいはわたしのモーシェのために―』で使用された「絶対運命黙示録」他を使用。全国のお茶の間の子供達にJ・A・シーザーの楽曲が刷り込まれた。
自分はアニメは観ていないのだが、サントラを借りてMDに落として聴いていた。その辺の曲は憶えているもので、聴くとハッとする。子供のロックとの出会いは意外なものから。榊原郁恵の「夏のお嬢さん」の元ネタはスージー・クアトロの「The Wild One」だし、『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』に流れる「ビギニング」の原曲はキング・クリムゾン「ルーパート王子のめざめ」。後で原曲を知ってハッとなる。アブドーラ・ザ・ブッチャーの入場テーマ曲はピンク・フロイド 『吹けよ風、呼べよ嵐』、ブルーザー・ブロディはレッド・ツェッペリン『移民の歌』。種子を撒かれた子供達が長の年月を経て暗い劇場を探し当てるオデッセイ。
テアトリアンナイト

テアトリアンナイト

演劇実験室◎万有引力

座・高円寺2(東京都)

2022/11/30 (水) ~ 2022/12/02 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第二夜《地下水道をいま走り行く暗き水のなかにまぎれて叫ぶ種子あり》

昨夜も観るべきだったと痛切に後悔。どうでもいい舞台を選んだ自分を責めた。これぞ自分が観るべき世界。

髙田恵篤氏が現れ、挨拶をするとステージを降り、無人の一列目センターに腰を下ろす。そこから始まるJ・A・シーザー氏(歌&ギター)のLIVEと寺山修司作品の名場面の切り抜き。ピンク・フロイドの初期衝動。背景に映し出される天井桟敷の鮮烈な日々。小山由梨子さんのソプラノのコーラスが効いている。個人的にはパーカッションではなく、強いドラムのリズムが欲しかった。ゲストの根本豊氏が語る『奴婢訓』世界ツアーの思い出。伊野尾理枝さん(世界中誰もが知っているTVから這い出してくる貞子役!)の貫禄。髙橋優太氏と三俣遥河(みつまたはるか)氏の定番の掛け合い〈寺山問答〉。毛皮のマリー役の飛田大輔氏の美しさ。下男役にステージに上がる髙田恵篤氏。森ようこさんのコミカルな舞踏、よくもあんなに動けるものだ。

『巴里寒身(スーザン・フェリア、サジャよ永遠に)』が今回の核。『奴婢訓』世界ツアー、貧乏旅行。電熱器と鉄板だけを命綱に食材を炒めては口にする日々。小銭稼ぎに大道芸宜しくジャパニーズ・アングラで盛り上げるも、成果は電話を掛けるコイン一枚。芸術も糞もなく、皆ただただ腹が減っていた。シーザー氏の異国の女との仄かなロマンス。蚤の市で仕入れた仔犬が鳴いている。
「パリさみ パリさみ パリさみさみさみさみさみ」

キング・クリムゾン、筋肉少女帯、言葉と想像力だけを武器に新たな世界を創造していくルサンチマンの系譜。
J・A・シーザー氏と高田恵篤氏の間に“世界”は存在す。

ネタバレBOX

筋肉少女帯に『風車男ルリヲ』という名曲がある。ホスピタルの上で観覧車みたいに巨大な風車をぐるぐると回し続ける一人の男、ルリヲ。回しているのは“時間”である。ギリシア神話の天空を支える巨人アトラースの如く。この世の条理である“時間”の支配から逃れる為に主人公はルリヲを殺す旅に出る。だが、ルリヲは殺せない。彼にはそもそも首がないのだから。
そんな事を思い出させるかのように役者陣は何かを引っ張り続けるマイムを繰り返す。目に見えぬ何かを手繰り寄せようとして足掻く。

開演前と終演後の「らりるれり」みたいな曲が良かった。

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