かずの観てきた!クチコミ一覧

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旅立つ家族

旅立つ家族

劇団文化座

あうるすぽっと(東京都)

2023/06/27 (火) ~ 2023/07/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/06/28 (水) 14:00

座席1階

文化座と新宿梁山泊・金守珍のタッグに過度の期待をして劇場へ。結論から言うと、梁山泊の迫力ある舞台を彷彿とさせるような盛り上がりと、文化座の緻密な舞台が融合していい演劇に仕上がったと思う。今や文化座のエース・藤原章寛の熱演が今回も舞台を支えた。

日本占領下の元山(現在の北朝鮮の主要都市)出身の画家・イジョンソプが日本に留学中に知り合った女性・山本方子との物語。時に第2次大戦終結間近。展覧会のため朝鮮半島へ渡ったジョンソプが戦況悪化のため戻れなくなり、半島で生きることを決意した方子は空襲の中を汽車に乗って東京から博多へ渡航する。日本占領下で伝統のチマチョゴリを着た結婚式のシーンはとても印象的だ。
だが、朝鮮戦争勃発で幸せな結婚生活も引き裂かれる。「見ていないものは描けない」と芸術家の心をかたくなに守るジョンソプを、藤原が情熱的に演じる。大音響、歌と踊りが随所に挿入されるところなどは、梁山泊の舞台を思わせる。
文化座の佐々木愛が演じる老境の方子の視点で舞台は進む。今作では激しい動きはないものの、やはり存在感は抜群だ。

メリハリがあってとてもいい舞台なのだが、3時間近くの上演時間は少し、長かったか。梁山泊が花園神社でこの演目を上演したらどうなるだろうか、という私の勝手な妄想が膨らんでいく。(そのような機会があったら絶対に見逃さないようにしたい)

『消えなさいローラ』『招待されなかった客』2本立て

『消えなさいローラ』『招待されなかった客』2本立て

Pカンパニー

西池袋・スタジオP(東京都)

2023/06/21 (水) ~ 2023/06/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/06/22 (木) 14:00

毎回とても楽しみにしているPカンパニーの「ベツヤクづくし」第3弾。去年の「いかけしごむ」「トイレはこちら」はいかにも別役実というイメージ(私の勝手な思い込み。裸電球の電柱がその象徴)だったのだが、今作の2作品は少し趣が違う。両作とも登場人物は2人。この2人のかみあわない会話劇、真剣に聞けば聞くほど睡魔に襲われるというとっても危険な不条理劇だ。

10分間の休憩を挟んで演じられる両作は薄汚れた壁に囲まれたほこりだらけの部屋に鎮座するテーブルという共通した舞台セットだ。最初の「招待されなかった客」は、魔女の家に招待状を持ってやってくる神父との会話劇。テーブルの上には汚れたままの食器類、ミニチュアでしつらえた街が置いてある。魔女と神父はこの街でつながっていて、神父は魔女狩りで何人も火あぶりにしたが教会の方針が変わって追放されたという男だ。
一方の「消えなさいローラ」も朽ち果てた部屋にあるテーブルと汚れた食器は共通していて、ローラと母が住んでいる。そこに訪ねてくる葬儀社の男。実はローラの母はもう死んでいるのではないかと疑っている探偵社の男だったりして、突き止めようとする男を絶妙な会話ではぐらかしていくところがおもしろい。ローラと母がクロスオーバーしていて、どっちが死んでいてどっちが生きているのか、そして、砂時計のように落とされる砂に埋もれていく動物のミニチュアに生と死を投影させる。「何だこれは」という、この不条理極まりない展開も、別役ならではの筋書きなのだろう。ここが見どころだ。

自分はこれまでこの二つの別役作品を見ていなかったので、何だか別役の違う顔を見たような気がした。冒頭に書いた私の思い込みが少し、薄れたような感覚が残った。

舞台「キノの旅Ⅱ -the Beautiful World- 」【6月22日~23日公演中止】

舞台「キノの旅Ⅱ -the Beautiful World- 」【6月22日~23日公演中止】

ゴーチ・ブラザーズ

あうるすぽっと(東京都)

2023/06/15 (木) ~ 2023/06/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2023/06/17 (土) 13:00

座席1階

時雨沢恵一のヒット小説の舞台化第2弾。漫画やゲームなどにもなっており、舞台では連作の短編をピックアップする形で構成されている。人気小説の世界観をどこまで舞台で表現できるか、という観点で書きたい。

小説の世界観は、基本的には読み手の主観でつくられるものだから、多くの読者の考える世界観とそれほど離れていなければよいのかもしれない。しかし、自分としてはやはり舞台では無理があったのではないかと思う。主人公のキノの胸の内は短編をつなぎ合わせていく中ではどうしても二の次になってしまうだろうし、オートバイである相棒エルメスは小説で擬人化するのはたやすいが、舞台だとどんな美術や演出を施しても不自然になる。今作で辻凌志朗が両腕につけているホースはオートバイの部品を模しているのだが、最後まで不自然さが抜けなかった。

映写を活用した演出の努力は多としたい。が、例えばロードムービーのような形ならもっとスムーズだったのかも。舞台で諸国を旅する状況を表現するのは苦労したと思う。一方で、さまざまな文化や背景、価値観を持つ国々が登場する物語の面白さは舞台でも味わえる。どの国が登場するかはネタバレに相当するので触れないが、舞台ではその国の描写や人間たちにあまり深入りしている余裕がないためか、ちょっと表層的な感じもした。原作者がパンフレットで語っている「舞台で魅せるための独創的なアイデア」とは何を指しているのだろうかと思った。

比較するのは適当でないかもしれないが、例えばハリーポッターの映画は、原作の世界観を大切にして作ってあったと思う。これはやはり、映画だからできたのではないか。生身の人間が目の前で演じる舞台では、どうなんだろうか。
やはり、舞台では限界がある。それを承知で、どこまで没頭して楽しめるかにかかっている。

点滅する女

点滅する女

ピンク・リバティ

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2023/06/14 (水) ~ 2023/06/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2023/06/16 (金) 14:00

座席1階

「点滅する」とはホタルのことだ。ホタルのようにはかなく点滅しながら、亡くなった家族が生きている家族の間を飛んでいく。そして、家族の間にあった微妙な関係が変化していく。現世と天国がクロスオーバーする異色の会話劇である。

家族は工務店を経営する父に、少し気の強い母、兄と姉妹である。姉は5年前に事故で亡くなっているのだが、この姉がまったく知らない女性に取り憑いて家族のメンバーが持つ秘密を暴いていく。幽霊をストーリーテラーにしたのは非常に面白いし、成功している。
作者は、家族というどこにでもある人間関係に小さな緊張、微妙な擦れ違いやあつれきを見いだして、家族のメンバーが持つエピソードを非常にうまく構成している。幽霊だから(もう死んでいてこの世にはいないから)ズケズケと真実を指摘していくのだ。死んじゃった家族が天国から見ているもの、それは絶対家族には言えない秘密なのに、それをこの世で暴露されては生きている家族はたまらない。そういう意味ではかなり残酷な会話劇でもある。

自分にとっては物語の切り口がとても斬新に思えた。ピンク・リバティはこのようなスタイルで過去作もやってきたのだろう。もっと早く見ておくべきユニットだった。

#33経済3篇

#33経済3篇

JACROW

新宿シアタートップス(東京都)

2023/06/08 (木) ~ 2023/06/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/06/15 (木) 14:00

座席1階

「焔」を鑑賞。EVに積む燃料電池開発をめぐる、自動車メーカーと下請けのバッテリーメーカーが舞台だ。中国のメーカーに押され気味の国産EV。来春の新型EV発売に社運をかけたイチバ自動車は、カワマツエナジーのバッテリーにさらに航続距離を延ばすように要求する。材料を吟味して作り上げたバッテリーだけに、「これ以上の性能向上は困難」と現場は社の上層部に訴えるが、イチバ側が幹部を派遣して伝えたのは、できなければ取引の打ち切りもあり得るという示唆だった。

冒頭場面は記者会見で、数人の記者たちが会見の矢面に立つ会社の幹部を責め立てている場面から始まる。よく聞くと、会社(イチバ自動車)の不正に関する記者会見と分かる。このところメーカー各社で相次いでいる数値不正をテーマとしている。
JACROWの芝居の面白さは、こうした時事ネタをベースに展開される人間ドラマである。今作は、田中角栄役でおなじみの狩野和馬がイチバ自動車の担当社員として重要な役どころを演じるが、彼をめぐるドラマが客席のハートをつかむ。
また、働き方改革としてノー残業デーのアナウンス(これは、役所だけでなく民間企業もやっているのだろうか)や職場不倫、さらに出張申請の不正だとわめきたてる上司(本当は日帰りでいけたのだが、下請けと飲みに行って電車がなくなって宿泊したという経緯)など、いかにも社内のあるあるエピソードが満載で、「これってうちの会社のこと?」みたいな感覚も味わえる。経費節減のため出張でなくリモート会議を命じるのは、どこの会社も同じなんだなあ。

今回は経済3部作を一挙上演ということで、チラシには「経済と書いて『せんそう』と読む」とあった。「経済せんそう」に巻き込まれる社員たちの人間ドラマということだ。当たり前だが政治も経済も人間の思惑がぶつかり合うところにドラマが出てくる。さらなる快作を期待!

熱海五郎一座 幕末ドラゴン【6月1日~6日公演中止】

熱海五郎一座 幕末ドラゴン【6月1日~6日公演中止】

松竹

新橋演舞場(東京都)

2023/05/31 (水) ~ 2023/06/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/06/07 (水) 13:30

座席1階

初日を開けただけで、その後昨日まで「出演者体調不良のため」公演中止となった。松竹のリリースを見ると、誰がどんな体調不良なのかは「プライバシーに関わる」としてけんもほろろの発表だ。チケット代を返してくれるとは言っても、ここまでお客をばかにした対応はないだろう。安くないチケットを買ってもらったお客に対して説明責任がある。歌舞伎界の不祥事も、松竹のこんな隠蔽体質が関係しているのではないかと思われてしまうと言っておきたい。
 
新橋演舞場で9回目という三宅裕司率いるおなじみ熱海五郎一座の公演は、そういうわけで今日が実質2日目。「制作の人にカーテンコールは1回にしてと言われてまして」と述べた三宅の言葉からも、恐らくコロナ感染なのだろう。客席の方は、マスク姿は高齢者が中心。前説で深沢邦之が「ほほ笑むのではなく声を出して思い切り笑って」と言ってはいたが、まだそんな気分にはならない人も多かったのではないか。
ただ、舞台は面白かった。2023年の劇団で新選組をやっていて、これがなぜか本物の近江屋事件の現場にタイムスリップしてしまうという設定だ。お約束のボケとツッコミは少し切れ味が悪かった感じもするが、随所に時事ネタによる笑いもあってよかった。高齢者劇団だという自虐的ギャグも多く、一幕と二幕の間の30分の休憩は殺陣が始まったところで幕が下り、「高齢の出演者を休ませるため」というアナウンスは笑った(本当はあまり笑えない)
意外だが熱海五郎一座では初めての時代劇とか。着物姿もあでやかな檀れいはともかく、ももクロの玉井詩織を持ってきたのは思い切ったゲストだと思った。三宅の説明では「歌って踊れる」が前提でということだったので、正直言えばしおりんの歌と踊りをもっと見たかった。しおりんに殺陣などはちょっと似合わないし、難しかったと思う。だが、若大将と言われるももクロらしさは十分に発揮している。この舞台を見て、15周年記念ツアーに行きたいと思った(ほかに、そんなもののふは新橋演舞場きてないかも)

冒頭のギャグは春風亭昇太がせりふをかむというところだが、これが本当にかんでいるのか、台本通りなのかが微妙なところで、自分としては昇太のギャグが一番面白かった。開幕30分前までラジオ番組に出ていたという人気者。千秋楽までフルパワーで頑張ってほしい。

風景

風景

劇団普通

三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)

2023/06/02 (金) ~ 2023/06/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/06/03 (土) 14:30

座席1階

会場はほぼ満席。全編茨城弁の舞台も定着してきたように思える。今作は実家のおじいちゃんが亡くなり、孫たち(実家の父母の娘と息子)が配偶者を連れて実家に戻ってきたという場面から始まる。劇団普通の真骨頂である、「これは自分の家のことを語っているのではないか」と客席が実感するごく普通のありふれたエピソードが語られる。

一番印象に残るのは、結婚5年たっても子どもをつくらない長女(実家の父母から見て)に母親が「将来二人だけでは寂しいよ」と説教?する場面だ。茨城弁は少々とげがあるというか、厳しい言い方になるらしいが、厳しい口調なのだが説教の仕方が婉曲的なのがいかにもあり得る、という現実感を漂わせる。親は言いにくいことははっきり言わないのだ。特に、自分の娘がいつまでも子どもをつくらないという親にとっては不都合な現実に、なんだかんだと理屈を付けて迫ってくる。
ただ、この長女が自らの意思でつくらないのか、不妊なのかは舞台では明らかにされない。本音で聞いてしまえばいいのに、と客席に欲求不満が募るのも、この劇団普通の会話劇の特長であるのかもしれない。

物語は祖父の葬式の日だけでなく、その後数年たった時点での家族の会話へと続いていく。はっきりとした舞台転換がないため、客席はその「何となく」という雰囲気や役者の衣装などから時間の経緯を知る。今回は舞台の後ろに大きな壁があり、これを若干斜めに動かすという演出がなされるが、この演出が何を意味しているのかも分からなかった。
さらに、長女が子どものころに経験した祖父の兄夫婦の家に連れて行かれたというエピソードも、なぜこうなのかという種明かしもないままに終わる。自分としては、これらの語り方や幕引きの仕方には少し疑問がある。欲求不満もほどほどに、といったところだろうか。

今回もお父さん役を務めた用松亮のとぼけた演技が光る。お父さんがしゃべるたびに笑いが出るというのは、これまでの作品「病室」などの演技の延長として進化を続けているあかしだと思う。

海の木馬

海の木馬

劇団桟敷童子

すみだパークシアター倉(東京都)

2023/05/30 (火) ~ 2023/06/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2023/06/01 (木) 14:00

座席1階

終戦直後に福岡で起きた爆発事故をテーマにした「飛ぶ太陽」。この事故では大手メディアが報じず事故そのものがなかったことにされようとしたというが、今作で扱った海の特攻隊「震洋」の爆発事故もあまり報道がなく、歴史のかなたに葬られたという共通点がある。「飛ぶ太陽」では舞台のイメージは赤色だが、今作はブルーの舞台美術で彩られている。

結論から言うと、これも傑作だ。いつもの桟敷童子に比べれば派手な舞台美術や演出はないが、兵隊たちが「自分たちは死んで真っ白な砂になるんだ」という言葉を象徴するように、天井から幾筋もの白砂が落ち続ける。砂に無言で語らせる悲しみ、涙、怒り、そしてむなしさ。戦争という愚かな行為を告発し続けている。
特攻兵器「震洋」はベニヤ板に車のエンジンを積んだだけというお粗末なもので、これでは敵艦に体当たりするどころか、うまく沖へも出られないというシロモノだった。よしんば特攻が軍事作戦の一つとして認められたとしても、こんなものに兵士を乗せて出撃命令を下した当時の軍部はあまりにも無能で、作戦の指揮に値しない。軍事作戦として成立しない出撃で命を失った当時の若者たちは本当に気の毒で、涙が出る。

軍事機密と言って震洋から村人たちを遠ざけていたが、村人たちはとっくにこの兵器のあほらしさを見抜いていて、海に入っても進むことができない「海の木馬」と揶揄していた。爆発事故は天皇の玉音放送があった翌日、戦争は終わっていたのに、玉音放送が雑音が多くて聞き取れなかったためか、あるいは玉砕まで戦い抜くという狂気の軍幹部の命令か、情報は錯綜して出撃命令が出ては待機ということが繰り返される。そして、震洋の漏れたガソリンに引火したことをきっかけに次々と爆発が起こり、部隊はあっという間に壊滅する。

この物語を、老境を迎えた生き残りの兵士が当時の震洋基地と時代を行き来して語っていく。この兵士を八十歳の小野武彦が演じきった(お見事でした)。脇を固めた桟敷童子の劇団員たちは相変わらずの熱演で客席を満足させた。今回、自分としては、特攻隊員たちを宿泊させたことで交流が生まれた村人たち(主に女性)で、勤労奉仕隊副隊長を演じた板垣桃子が出色の出来だと思う。また、旅館を経営する夫婦の次女を大手忍が演じたが、これまで彼女が見せてきた強烈な演技からするとおとなしい感じもするが、注目度は抜群だ。

チケットは千秋楽までほぼ完売という。桟敷童子に対する客席の期待の大きさを表している。

カストリ・エレジー

カストリ・エレジー

劇団民藝

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2023/05/26 (金) ~ 2023/06/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2023/05/29 (月) 13:30

座席1階

この作品を書いた鐘下辰男は、小劇場ブームだった1987年に「ガジラ」という劇団を立ち上げた。本作は94年の初演。演出のシライケイタは一世代後だが、鐘下の「門下生」だったという。アングラ劇にフィットする物語を、新劇の民藝がどう演じるのかが興味の一つだったが、脚本の面白さを損なうことなく演出しきったこの舞台、派手さはないがとてもよくまとまっていた。

だが、この作品が下北沢の小劇場、例えばスズナリとかで上演されていたらどうだったかな、と妄想する。あるいは、野外のテント劇場だったらどうだろうか。どぶ川の橋の下にあるバラックが舞台で、それこそ台風の豪雨の場面もクライマックスへと続く重要なファクターだから、唐組や新宿梁山泊がやったらすごかっただろうな、とさらに妄想する。民藝もテント劇をやってみたらどうか。

物語は終戦直後、焦土の東京で食うや食わずの底辺を必死で生きる復員兵や老人、そこを取り仕切るヤクザの夫婦ら。その中で主人公の二人はフィリピン戦線から帰ってきた戦友で、一人はやや知的に遅れがあるが優しい心の持ち主のゴローと、その相棒のケン。二人の秘密の夢は、小さな家を買って畑を耕し、動物好きのゴローがウサギを飼うこと。そんな果てなき夢がひょっとしたらかなうかもしれないというところで、物語は思わぬ方向に展開していく。
ケンとゴローのささやかな絆が夢破れていく中で裂かれていく姿に、胸が締め付けられる。欲望むき出しの底辺の世界。そんな人間関係の中でのささやかな絆なのに、と。その破局的な結末を食い入るように見つめるしかない。

やはり、これがテント劇場だったらという妄想に帰ってしまう。紀伊國屋サザンシアターという大きな舞台での演出は難しかっただろうと想像する。シライケイタのいつもの舞台から見ると少しマイルドな感じがしたのはそれも一因だったか。

民藝のお客さんだから、高齢者は多かった。しかし、シライケイタの舞台でもあり、いつもはあまり見られない若い人も目立った。民藝の俳優たちもしっかり対応していたし、新劇も変わろうとしているのを肌で感じる。民藝には、劇団の歴史を大切にしながらもこのような作品をどんどんやってほしい。

おもしろかった。ぜひ見てほしい!

ネタバレBOX

途中休憩15分込みの3時間だが、これはやはり、民藝バージョンだ。もっとコンパクトにして、一気にクライマックスへ行ってほしい。
老いらくの恋

老いらくの恋

秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場

紀伊國屋ホール(東京都)

2023/05/24 (水) ~ 2023/05/31 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/05/25 (木) 14:00

座席1階

どこまでも前向き。青年劇場らしい舞台だった。農業を考え抜いた作家山下惣一の作品が原作で、今風にアレンジしてある。

扱っているのは農業だが、テーマは太陽光発電と農のコラボであるスマート農業や、富裕層向けの付加価値を付けて輸出する農業の未来、飼料の高騰で危機にひんする酪農、これらをめぐる世代間対立。老いらくの恋というタイトルは、主人公のおじいさんが若い女性と恋仲になるのではなかった(当たり前か)。このほかにも、昭和の男は連れ合いに「ありがとう」を言えないとか、ラストシーンに向かって走る世代間協力とか。脚本の高橋さんは盛りだくさんの要素を盛り込んでいる。これも青年劇場らしい舞台と言えるかもしれない。

青年劇場の看板俳優である葛西一雄、藤木久美子、吉村直が舞台を引っ張る。どちらかというと高齢者が頑張っている舞台だ。客席も高齢者が大半を占める。だから、金色夜叉のメロディーが流れるとあちこちで笑いが起きた。葛西と吉村の金色夜叉の村芝居にも、大きな拍手が起きていた。数少ない平成時代以降生まれのお客さんには、どういうことなのか分からなかったかもしれない。

だが、舞台が扱っているのは現代であり、ウクライナ戦争による穀物価格の高騰、飼料価格の高騰や新型コロナ、農地での太陽光発電なども舞台の要素である。冒頭、食料自給率の問答から始まるが、高齢化が進む日本の農業をどうしたらよいのか、考えさせられる舞台でもある。

ネタバレBOX

青年劇場の舞台ではこういうシーンは初めて見た。チケットの余りがあるという告知を俳優さんがカーテンコール後に行ったのだ。「SNSでの告知を」という言葉が出たのには少し驚いた。高齢者もSNSぐらいやっているから当然といえば当然なのだが。これで、「これから撮影タイムにするので、どうぞスマホで撮ってSNSに上げてください」となったらさらに驚くところなのだが。
Spring Grieving

Spring Grieving

PLAY/GROUND Creation

サンモールスタジオ(東京都)

2023/05/19 (金) ~ 2023/05/31 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2023/05/24 (水) 14:00

座席1階

Side Aの「桜川家の四兄弟」を拝見。結論から言うと、とてもいい作品だった。脚本もいいし、なにせ四兄弟の演技が秀逸だ。間違いなく、泣ける。

東北の地方都市に住む母親が死んだ。母親には四人の息子がいた。膵臓がんで、事実上手遅れの状態だったようだ。四人の息子の実家には桜の木があった。母はこの木を残してと話していたらしいが、木が根を張って家の水回りに影響していることもあり、四十九日法要に集まった四兄弟の意見は割れる。さらに、この家を買いたいという業者がいて、実家を売るのはどうかという話まで持ち上がる。
長男は浦和で塾を経営、次男は東京近郊で高校教師、三男は福島市で居酒屋の店長、四男は実家に住み作曲家志望だが若干ひきこもり気味。四人も兄弟がいれば、たいがいはもめるだろう。桜の木を切るのかどうか、さらに家を売却するかどうか。舞台はそんな激論が交わされるところからスタートする。
しかし、物語が進行するにつれ、桜の木も実家の売却の話もかすんでいく。母は膨大なメモを残していた。そのメモに書かれた暗号のような文字と数字。この謎解きが進んでいくと涙腺が決壊する。

故郷が地方にあり、息子や娘が東京や近郊に住んでいる人は多いから、客席にはすぐにこの四兄弟の思いを自分のものとして受け止めていく空気が醸成される。そして、知的な労働についている上の二人に対して、三男は居酒屋、四男は未来が定まらない状態というある意味での「格差」がとてもリアリティーを持つ。学校の仕事のため母親の臨終に間に合わなかった次男を三男が激しく責める場面があるが、それは「居酒屋」の仕事にコンプレックスを持つ三男の意趣返しでもあるし、次男も仕事を言い訳にして臨終に来なかった負い目を表している。次男はそんな負の感情が破裂させ、母親の遺言である桜の木や実家を守るために婚約者の意向も無視して実家に戻って住むと強引に主張してしまう。このように四人の兄弟のそれぞれの成育歴や、現在の状況が絡み合って、いかにもそうだなというリアリティーが増していく。
母親は四人を育てるに当たり公平を旨としたというが、実際にはそうも言ってはいられないのが現実だ。仮に二人兄弟でもそうだと思う。自分の経験でもそうだが、母親はそれぞれの息子にしか言わないことがある。息子たちはお互いにその会話に込められた母親の思いを知ることはない。舞台の展開はこうした人間関係や母親の思いを丁寧に描いていく。結果、母親の隠された思いに客席は涙するのだ。

脚本も見事だが、冒頭にも書いたように四人の俳優は出色の演技を見せる。兄弟たちは、本気で泣いているのだ。小劇場の舞台だから余計に、あふれる感情がダイレクトに直撃する。泣かずにはいられない秀作のエネルギーを味わう価値は大きい。見ないと損するかも。
 

作曲家志望の四男が住み、居酒屋の店長をしている三男が福島市から車で1時間の距離を

宇宙の旅、セミが鳴いて

宇宙の旅、セミが鳴いて

劇団道学先生

新宿シアタートップス(東京都)

2023/05/17 (水) ~ 2023/05/24 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2023/05/23 (火) 14:00

座席1階

道学先生が中島淳彦の戯曲でないものを上演するとのことで、なぜこの戯曲を選んだのかが、開幕前の興味。文化庁演劇大賞を取ったから? いや、賞は関係ない。この本は絶対おもしろい。それを秀逸な出演者たちが支えている。先入観なしで見たほうがいいと思われる。感動的におもしろい。

食糧不足の地球を救うために地球へと航行を続けている宇宙船が舞台。あと数十日で地球へ到達するという時に地球上の母国で異変が起きる。一方の宇宙船でも想定外の緊急事態が発生。この宇宙船は地球を救うことができるのか。
宇宙船のメンバーは選りすぐりのエリートたちという設定だ。女性の方がやや多いが男女比はほぼ半々。中島作品でもそうなのだが、登場人物は普通の人のようで結構個性的だ。そうした人たちの微妙な人間関係を描くのが中島作品だから、青山勝がなぜこの戯曲を選んだかがこれを見れば分かるような気がする。
というわけで、中島作品を堪能するように、今作も楽しめる。しかも長期間の閉鎖空間のコミュニティーである。恋愛はご法度なのに、水面下で結構風紀が乱れているのはいかにもそうなんだろうなという感じがするし、潔癖性の女医さんが恋愛未経験で、キスの経験もなく死にたくないと騒ぎ出すなど、舞台は次から次へと波乱が起きて飽きることはない。極限状態に置かれたエリートたちの個性的な振る舞いがこの舞台の最大の見どころで、笑えるし少し泣けたりもする。
個人的には、やはり演劇ユニットOn7(オンナナ)を率いる青年座の尾身美詞が出色の出来だと感じた。四人きょうだいの長女役。きょうだいの中でも、宇宙船のメンバーの中でも確固たる存在感があり、思わず引き込まれる。

シンプルな演出だけに、役者たちの個性を十分に引き出している。秀作だと思う。残すは千秋楽。見ないと損するかも。

走れメロス

走れメロス

東京演劇アンサンブル

新座市民会館(埼玉県)

2023/05/19 (金) ~ 2023/05/20 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/05/19 (金) 19:00

座席1階

新座市民会館の舞台と客席をフルに使った体育会系舞台。メロス役の俳優はかなり引き締まった身体をしていたが、この舞台を成し遂げるためのけいこがどんな具合であったかは容易に想像がつく。ワンステージ演じるだけで俳優陣は4~5㌔は体重が減るだろう。物語は教科書にも出てくるほど有名なだけに、これをどう見せるかに心を砕いた舞台だった。

メロスが人質になっている友人のために戻ってくるまでに遭遇する数々の困難。これをダンスと効果音、光でうまく演出した。メロスほどではないが、これらのダンスチームの俳優陣の体力消耗度もかなりのものだ。オジサンはただ、あきれて物が言えない状態に追い込まれてしまった。
こうした演出も、いかに地元の子どもたちを喜ばせるかと工夫されたものだろう。東京から新座に移ってきたTEEが、将来を見据えて出血サービスで上演している舞台であると思った。

ネタバレBOX

子どものお客さんもたくさんいるのだから、せりふが聞き取りにくい部分があったのは難点だった。
Wの非劇

Wの非劇

劇団チャリT企画

駅前劇場(東京都)

2023/05/17 (水) ~ 2023/05/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2023/05/19 (金) 15:00

座席1階

今作はチャリT企画の作品でも間違いなくトップレベルに入る面白さだ。茶化した時事ネタが向こうから歩み寄ってきたというか、時代が味方したというか、実にタイムリー。舞台となる「芸能事務所」(どこかはお分かりですね)の性暴力被害だけでなく、チャットGPTとか今話題になっている時事ネタを徹底的に小道具化。笑わずにはいられない。笑いすぎて涙が出てきた。

開幕前に会場に流れる音楽は、よく聞くと薬師丸ひろ子のオンパレードだ。タイトルが「Wの悲劇」だから? ん?よく見ると「悲」劇ではなく「非」劇だ。その理由は舞台上で明かされるのだが、薬師丸ひろ子とタイトルの関係も劇中で種明かしされる。ここが最大の爆笑ポイントか。昭和に歌謡曲を聴いたり映画を見た人たちのツボを直撃する。
しかし、やはり何と言ってもラストシーンか。この替え歌は秀逸だ。秀逸すぎてもうどうしようもない。チャリTの本領発揮とも言えるこのステージを、見逃してはならない。これだけ時事ネタを笑い飛ばしてこのチケット代は安い!

被害者か加害者か。世の中の事件は、見方によって180度転換することがあるのだが、一面的な思考を警告している舞台でもある。ついでにいうと、ダンスも切れがあってよかった。
ほんと、見ないと損するぞ。

金閣炎上

金閣炎上

劇団青年座

紀伊國屋ホール(東京都)

2023/05/12 (金) ~ 2023/05/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/05/16 (火) 14:00

座席1階

青年座と縁の深い水上勉の作品だ。初演は41年前といい、なぜ今この作品を再演したかに思いをはせる。「金ぴか」をこの世から消し去ろうとした鹿苑寺の小僧。幾重にも横たわる世の中の差別構造は終戦直後から今も変わっていない。自分は今回の舞台から、水上が描こうとしたこの変えがたき世の中の暗闇を感じさせられた。

若狭湾に面する寒村の末寺に生まれた息子は重い吃音があった。父は結核患者。貧乏な寺の息子が生き残っていくためには、立派な寺の僧侶になるほかはないと両親は金閣寺に弟子入りさせるが、そこでも吃音に対する差別があり、貧困に対する差別があり、寺の住職をトップとするヒエラルヒーが厳然と横たわっていた。出世するにはトップである住職に気に入られるしかない。清貧を尊ぶ宗派なのに、寺は金ぴかで観光地としての拝観料で潤っている。
住職は金の亡者というわけでなく、小僧に人の道を説く宗教人であった。とはいえ、やはり僧侶の末端に過ぎない小僧にとっては支配者なのである。母の願いはこの歴史ある寺で栄達を果たすことだが、小僧にとってはこうした差別構造の頂点に立とうということ自体が唾棄すべき人生であった。そしてついに、彼は金ぴかの城を灰じんと帰すことを決意する。
決行の直前、彼は京都の茶屋で女郎を買う。やはり寒村出身である彼女と寝ることもなく、「近いうちに自分が新聞に載るから」と犯行をほのめかす。ここにも抜け出しがたい差別の構造がある。
小僧は金閣寺を燃やした後、山中で大量の薬をのんで刃物で自殺を図るが、追っ手に捉えられる。事件を報じる新聞は「狂人の仕業」と書いた。彼は精神的に追い詰められていたかもしれないが、狂人がやったことと簡単に片付けてしまったことが、結局複雑な差別構造をそのまま後世に残していく道筋となったのではないか。
小僧は父から受け継いだ肺病が悪化し、「狂人」のまま命を落とす。今、自分たちが安くない拝観料を払って足利義満の金満趣味を見学する。青空に映える金閣は美しい。そして、紅蓮の炎に包まれた金閣が砂上の楼閣だということをこの舞台は教えてくれる。


母【5月11日~14日公演中止】

母【5月11日~14日公演中止】

劇団文化座

俳優座劇場(東京都)

2023/05/05 (金) ~ 2023/05/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/05/10 (水) 14:00

座席1階

文化座を率いてきた佐々木愛の主演作品。パンフレットによると、「主演作品としては最後にする」という。女優生活60年という記念の舞台。まもなく80歳を迎える佐々木愛にとっては記念碑的な作品なのだと思う。
小林多喜二の母親を描いた物語。三浦綾子の原作をアレンジしてある。母親小林セキが中心ではあるものの、多喜二とその兄弟、そして、多喜二が身請けをしたタキも重要な役割を果たしている。小林セキを取り巻く群像劇になっている。
昨年の舞台「しゃぼん玉」でスーパーカブに乗って舞台を駆け回った佐々木愛には驚かされたが、今回は回り舞台を活用してそれほど派手な動きはない。しかし、主演だけにせりふの量は最も多く、しかもせりふの裏側にある主人公の思いを表現しながらの演技は、さすがというしかない。先日に亡くなった民藝の奈良岡朋子も生涯女優を貫いたが、佐々木愛もきっとこの先ずっと舞台に立ち続けてくれるだろう。そんな思いを込めたカーテンコールの拍手だった。

会場の俳優座の客席はほぼ満員である。年齢層が高いのは仕方がないが、夫婦で見に来ていた高齢男性の大いびきには閉口した。隣の奥さんは止めるべきだ。せっかくの舞台なのに、とても残念な客席だった。

オンディーヌ

オンディーヌ

浅利演出事務所

自由劇場(東京都)

2023/04/29 (土) ~ 2023/05/06 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/04/29 (土) 13:30

座席1階

浅利慶太の生誕90年という。パンフレットによると、浅利はこの演目を節目のたびに演出し、515回もの公演を重ねた。後を継ぐ野村玲子は「この作品があったから今の私があると言っても過言ではない」とも言っている。それだけ思い入れのある舞台の初日に足を運んだ。

三部構成でその間に15分の休憩を挟むのは、舞台セットの大きな転換があるからだろう。第一幕は水の精オンディーヌを育てた漁師夫婦の粗末な小屋。第二幕は宮廷、第三幕はオンディーヌを裁く裁判が行われる城の中庭という具合に、大きく模様替えをする。第二幕で魔術師に化けた水界の王が、タイムマシンのように過去を再現する魔術をやってみせるが、「本当に魔術ができるのか」と言われて披露する魔術は光と音による舞台セットがおどろおどろしいが効果的だ。

婚約者がありながらオンディーヌに一目ぼれする騎士ハンスが「自分は女を見る目がある」と言う場面とか、古典作品だから仕方がないとは言え、ジェンダー重視の今ではギョッとするせりふもある。また、「接吻」という言葉が乱発されるのには少し閉口する。ここはもう、「キス」にしてもいいのではないだろうか。
歌の場面が少なく、もっとミュージカル仕立てにしてもいいように思う。個人的にはオペラ歌手出身の松井美路子の声をもっと聞きたいと思った。ラストシーンは切ない場面だが、さりげなく過ぎていくような感じもした。
一方、気のせいかもしれないが浅利が劇団四季でたたき込んだ明瞭な発声、劇団四季メソッドは、その独特な感じが少し薄まっていたようだ。分かりやすい発声であることには違いないが、より自然な感じになったようだ。このあたりに変化を感じた。

妄想先生

妄想先生

プレオム劇

ザ・スズナリ(東京都)

2023/04/26 (水) ~ 2023/04/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2023/04/27 (木) 14:00

座席1階

個人的な趣向だが「ああ、観てよかった」と劇場を出て思える舞台は、やはり笑いあり涙ありの会話劇だ。期待通りに満足させてくれた中島淳彦作品はやっぱり、そんな力がある。

プレオム劇は女性だけの劇団で、中島主宰のホンキートンクシアターが解散後に分かれてできた。もう一つは中島作品も手掛ける劇団道学先生。道学先生の中島作品もいいが、こちらは女性だけの舞台で果たしてどうか。中学校の職員室は女性の方が多いのかもしれないが、女性しか出てこない不自然さを全く感じさせない。これは、登場する先生たちのキャラクター設定がとてもバラエティーに富んでいるからだと思う。
物語は中学の国語教師を中心に展開する。小学校の時にあこがれた先生を追うようにして教職を得た女性教師だが、いろいろ悩みの尽きない毎日だ。家には少し認知症気味のお母さん、国語教師だからと卒業式のあいさつの起草を押しつけられ、てんてこ舞いの最中に担当するクラスの花壇が荒らされるという事件が起きる。
親にたたかれたことがない女性教師が生徒を初めて殴った件で一発で懲戒免職にされるとか、関係者の話も聞かずに事件の白黒を付けたがる体育教師、校長の顔色ばかりうかがう教頭とか。そうした多彩なキャラクターに加え、タイトルにもあるこの国語教師の「妄想」、胸の内の物語をきっちり描くことで、この教師が子どもだったときの教室の話や、初恋の話など、それこそ多彩な妄想が次々にさく裂する。
ネタバレになるので控えるが、演出もよかった(メメントCの嶽本あゆ美。劇場に出掛けた理由の一つでもある)。少し不自然とも思える左右の壁は何なんだろうとずっと思っていたが、ラストに感動的な展開が待っている。
昭和の色濃い曲の選択も自分のツボにはまった。まさか伊藤咲子の「乙女のワルツ」が美しいハーモニーで聞けるとは思わなかった。他にも名曲が登場する。中島が作った歌も入っている。

悩みというのは一人で抱えることが多いが、そもそも人間は一人では生きていけない。弱音を吐いたときに隣にそっと手を差し伸べる人がいたら世の中、それほど捨てたもんじゃない。これまで何回も演劇を見に行ったが、「やっぱりそうだよね」と心に響く作品はそれほど多くない。今作は胸を打つ舞台として新たに記憶に残るだろう。

ネタバレBOX

キーワードはチューリップ。ここに着目していると、舞台は何倍も楽しくなる。
熱海殺人事件〜売春捜査官

熱海殺人事件〜売春捜査官

9PROJECT

上野ストアハウス(東京都)

2023/04/19 (水) ~ 2023/04/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/04/21 (金) 19:00

座席1階

あちこちの劇団が取り組むつかこうへいの名作。自分が最近見たのはプロジェクト・ニクスのバージョンだった。劇団の個性がダイレクトに反映される作品なのだが、9プロジェクトの魅力は、つか作品へのまっすぐな思いがあふれているところではないか。今作は2年前に続く上演。作品初演時の単行本やゲネプロ映像をベースにしつつも、せりふや演技を俳優と演出家が討論し新たに練り上げたという。

今も変わらぬ差別構造を鮮明に切り取った本作。それは、朝鮮半島から五島列島に渡ってきた大山金太郎の父母に対するものであったり、五島から上京して売春を糧に生きざるを得なかったアイ子たちだったり。敏腕部長刑事木村伝兵衛が上司(警視総監)から酌婦のように扱われる場面もある。
その差別構造は表には出ないところで今もしぶとく生きている。そのあたりを体現するのが木村伝兵衛・アイ子役だ。前回に続けて熱演した高野愛は、今回の舞台でも体当たりの演技で客席の視線をくぎ付けにする。節目で織り込まれる昭和の名曲も、効果的に舞台回しの役割を果たす。
プロジェクト・ニクスのバージョンは女性劇団だけに、あだ花のように咲いたアリランの花たちが印象的だった。これに対し、今回の9プロ版は高野愛の細い腕に思いっきり重圧をかけてひねりだしていくようなイメージがある。こんな舞台の空気を感じるたけでも、今回の上演は見る価値があるのではないか。また、作品の空気を文字で理解できるパンフレットもいい出来だと思う。

9プロはつか作品に取り組む使命を負っている劇団だ。「熱海殺人事件~売春捜査官」は再び取り組んでいくことになる。次の舞台では何が起きるのか。他の劇団の上演にも足を運びながら、継続して見る楽しみがある作品だ。

あたしら葉桜 東京公演

あたしら葉桜 東京公演

iaku

三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)

2023/04/15 (土) ~ 2023/04/23 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/04/19 (水) 14:00

岸田國士の「葉桜」は、近年は劇団民芸などで上演されているようだ。iakuの今回の舞台はこの岸田作を朗読劇という形で母と娘の物語とし、現代版・葉桜というべきオリジナルの物語を本体として上演するスタイルだった。当然ながら、関西弁の軽妙なトークも相まって現代版の方が圧倒的におもしろい。そして、岸田作の朗読劇を見た後だけに、時代の鏡が映し出すものが手に取るように分かって興味深い。
岸田作はお見合いをした娘がどうも煮え切らない態度でいるのを母親が問い詰めていく会話劇。横山作では、娘が付き合っている相手に海外赴任先に付いてきてほしいと言われ、今ひとつもろ手を挙げて前に踏み出せない思いを母娘の会話で描く。ここでは母の恋愛観や長い結婚生活なども語られて、物語の幅は広がっていく。
横山作は、母娘のゴキブリ退治から物語が始まるところが「うまいなあぁ」と感心する切り口である。テンポよく進み、前半のリーディングを入れても上映時間はコンパクトだ。

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