かずの観てきた!クチコミ一覧

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ひとりでできるもん!

ひとりでできるもん!

うずめ劇場

シアター風姿花伝(東京都)

2022/10/12 (水) ~ 2022/10/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/10/14 (金) 19:00

座席1階

漫画家の内田春菊による書き下ろし。若い女性が男尊女卑激しき落語界に飛び込んでいく物語。内田春菊だけでなく、主宰のペーター・ゲスナーも落語家役で登場する。

ペーターが開演前に劇団員の小さな男の子を抱っこして客席へ案内してくれた。すっかりくつろいでいるので演出家はバックヤードかなと思ったら、しっかりと出演していた。
中心となるのは、高校卒業後「落語女子大学」に入学する「蜜子」役の後藤まなみだ。セーラー服姿で高校生として登場したかと思えば、最後はいっぱしの落語家として高座に上がる。切れのある動き、よく通る声。この力演が舞台を支えている。
落語界だけではないのは、近年の有名歌舞伎役者の狼藉ぶりが示しているが、師匠に弟子入りするという徒弟制度はやはり、セクハラ・パワハラの温床らしい。本来であれば「落語女子大学」の講義で取り上げるべきだと思うが、舞台では学生同士の話の中で語られる。「芸のためなら女房も泣かす」というのはもはや通用しない。こうしたところをビシッと突いているのが内田春菊の台本の切れ味のいいところだろう。
ラストシーンまでどんでん返しなく進んでいく。もうひとひねりあってもよかったような気がする。

精神病院つばき荘

精神病院つばき荘

トレンブルシアター

シアター711(東京都)

2022/10/12 (水) ~ 2022/10/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/10/14 (金) 14:00

座席1階

以前から見たかったこの舞台。ようやく見ることができた。下北沢の小劇場は補助席まで出す満席。小劇場ファンだけでなく、日ごろは下北沢など来ないように思われるお客さんも多かった。日本の精神医療の恐ろしさを感じている人が多いからかもしれない。

舞台は、男性患者に院長が集会での発言を頼む(病院側の意に沿うように強要する)場面から始まる。患者と院長の会話を聞いていると、患者が冷静に答えているのに対して院長は突然主治医を自分に変更したり、めちゃくちゃぶりが最初から際立つ。患者が言うことを聞かないとみるや、院長は強制隔離の書面を作って一方的に読み上げる。看護師が止めようとするが止められるものではない。患者は隔離の部屋に閉じ込められる。

原発事故と絡めた展開になっているところが示唆的だ。東日本大震災では原発が爆発したときに精神科病院の患者らが取り残され、避難中のバスや搬送先で数十人が亡くなるという悲劇が起きた。災害や戦争などの非常時に真っ先に切り捨てられるのがこうした患者たちであり、障害を持つ人々であると世の中に赤裸々に示した。このあたりが、精神科医から劇作家に転じたくるみざわしんの「原点」とも言える場面だ。

舞台では、1964年に米国の駐日大使ライシャワー氏が精神疾患歴のある青年に刺されるという事件が起き、日本に精神病院がたくさん建てられたという歴史も述べられる。精神科のベッド数は外国と比べても日本は断トツで多く、精神病患者は病院に閉じ込めておくという発想が一般の人も含めて定着し続けている。安倍総理銃撃事件でもそうだが、被疑者の精神鑑定が行われることは多い。犯罪が精神疾患によるものという司法判断が出た場合、患者(被疑者)には刑罰ではなく入院・通院治療が行われる。これは個人的な感想だが、ここでも入院で社会から遠ざけておくという発想が残っているような気がする。精神科病院が「迷惑施設」と言われるように、入院患者はいつ犯罪を犯すか分からない怖い人、というイメージがまだ根強い。
ここ数年、ようやく精神疾患の入院患者を退院させ、社会の中で共に生きるための支援を手厚くする方向に向かっているが、現実はまだ、26万人もの入院患者がおり、ベッド数もそれほど減っているわけでない。舞台ではこのような精神疾患患者たちの強烈な人権侵害について、いまだ問題になっている身体拘束も含めて分かりやすく提示される。

メディアが真正面から扱おうとしない精神科病院の実態。演劇だからこそ世の中にしっかりと示せるのだろう。この戯曲は現実を「告発」する大きな力を持っている。劇中の、「自分たちは大きなものに見放されている」というせりふが心を刺す。大きなものというのは政府、精神保健行政だ。多くの人が見るべきだと思う。

なくなるカタチとなくならないキモチ

なくなるカタチとなくならないキモチ

一般社団法人グランツ

駅前劇場(東京都)

2022/10/07 (金) ~ 2022/10/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/10/10 (月) 14:00

座席1階

東日本大震災と原発事故で避難を強いられ、避難指示解除と同時に戻って再開した福島県楢葉町の障害者施設を運営する女性をモチーフにした舞台。知的障害者の俳優たちが所属する横浜桜座のプロデュース公演で、主人公の女性を歌手で俳優の南野陽子が主演した。

南野陽子の小劇場での公演を初めて見た。丁寧で明瞭な発声でとても好感が持てる。小劇場の舞台ではやたらとシャウトしたりオーバーな発語をする俳優が多いと感じていただけに、まるでメロディーでも聞いているようなスムーズでさわやかなせりふが心に染み入った。役柄が障害者施設で利用者たちに相対する落ち着いた人だから、まさに見事な演じぶりだと言わざるを得ない。それに加えてアイドル時代をほうふつとさせる笑顔がよかった。
彼女に引っ張られる形になったのか、ほかの俳優たちもしっかり役柄の個性を演じていて完成度は高いと思った。実際にあった話を下敷きにしていて、震災と原発事故による避難では障害者たちはその障害ゆえに苦難を強いられた。そうした事実をしっかりと描きながら、舞台に重苦しさを感じなかったのは俳優たちが足が地に着いた演技をしたためだろうと思う。
ラストシーンがよかった。桜座のメンバーたちも含めた総出演で展開したメッセージの数々はとてもいい。
障害の有無を超えて社会的な課題を考えていけるこのような舞台が、もっと増えることを願う。

風吹く街の短篇集 第六章

風吹く街の短篇集 第六章

グッドディスタンス

シアター711(東京都)

2022/10/05 (水) ~ 2022/10/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2022/10/08 (土) 19:00

座席1階

昨日に続いて下北沢へ。今日はもう一つの演目「仮説に、ゆれる」を見た。

舞台セットは「犬も食わない」と似て、中央にテーブルと椅子。ただ、このテーブルはスーパーのバックヤードにある控室で、万引きでとらえられた女性と、警察に通報する前に話を聞くスーパーの店員が相対している。
この万引き女は、かつてこのスーパーで働いていた。要するに元同僚に話を聞かれているのだが、万引きしたものをバッグから出してと言われても、のらりくらりと出さないでいる。それどころか、元同僚にさまざまな禅問答のような質問を投げ続けて、はぐらかし続ける。まるで、別役実の不条理劇のようだ。
二人とも、特に万引き女の方は人生に何らかの意味を見つけようともがいているように見える。ラストで明らかになる万引きしたものを見て、そうだったのかなと思った。ただ、物語として胸に刺さるかというと自分としてはそうではない。見ている方が女性なら、何か別の感じ方をしたかもしれないと思った。

客席は前日に比して満席(補助席も使い切っていた)で、終幕時の拍手の力強さもこちらの方があって「犬も食わない」より支持されている感じがする。しかし、自分としては昨日の方がおもしろかった。前作第五章の完成度が高かっただけに、比較してはいけないとは思うが今作は少し残念だった。

消滅寸前 (あるいは逃げ出すネズミ)

消滅寸前 (あるいは逃げ出すネズミ)

ワンツーワークス

赤坂RED/THEATER(東京都)

2022/10/06 (木) ~ 2022/10/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/10/08 (土) 14:00

座席1階

「限界集落」に陥る可能性がある架空の中山間地集落を題材にした物語。「消滅可能都市」の発表にヒントを得て構想したという。再演だが自分は初めて拝見した。

最初に登場するのは集落の役員会。この集落の存続か消滅かを挙手で決めるという場面から始まる。役員には田舎暮らしにあこがれて移住した主婦も含まれるが、会長を除く全員が消滅に賛成してギョッとさせられる。
行政からの交付金の使い道を議論する場面がある。存続への手段は、取りも直さず移住促進策。空き家を修繕して「田舎体験」をしたりすることだ。一方、消滅を選択した場合には「村仕舞い」という方向で進める。消滅にせよ存続にせよ今の住民を大切にすることから始めるべきでは、との声も出て、例えば個人の家屋の修繕、ゲートボール場の整備などの意見が出る。だが、同席した役場の職員が「これは個人の利益になるようなことには使えない」と指摘する。役員たちの反論が面白い。「空き家対策だって、移住してくる個人の利益になるようなものではないのか」。政府の経済対策で現金給付を堂々と行っていることを考えれば、ある意味、すがすがしい議論ではある。
役員の中にもひそかに都市部への引っ越しを考えている人もいて、役員同士の人間関係がシュールで面白い。先祖代々の田畑を持つ女性は「この土地を守ることが自分の役割」と力説。引っ越しには「古里を捨てるのか」という趣旨の言葉が浴びせられる。人口減少社会が変わらない以上、集落は消滅せざるを得ない時が来る。移住政策などはその場しのぎの延命に過ぎないことも描かれる。事実なのではあるが、なぜかため息が出た。
舞台では異例だと思うが、かつては多くの若者が高齢者を支えた社会保障が、今や支える人が減って窮地にあるという、新聞やテレビでよく見るグラフが客席に示される。元新聞記者の古城十忍らしい演出である。
開幕前のセットが、壊れかけた船になっているのは、集落の行く末を航海に例えているからだ。ラストシーンはまさに、わが国の近未来を象徴する幕切れになっている。

ネタバレBOX

一集落の命運ではなく、わが国の行く末。これをアピールするのが船のマストに掲げられた日の丸だ。答えの出ない問題を、分かりやすく舞台で提示して見せた快作だ。
風吹く街の短篇集 第六章

風吹く街の短篇集 第六章

グッドディスタンス

シアター711(東京都)

2022/10/05 (水) ~ 2022/10/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/10/07 (金) 19:00

座席1階

グッドディスタンスの前章(第六章)「風がつなげた物語」の二編があまりにもおもしろかったので、嫌がおうにも期待を膨らませて向かった下北沢。まず、「犬も食わない」を見た。

「夫婦げんかは犬も食わない」だから夫婦げんかの話なのだが、今作では四十代となった元妻(作家)がかなり前に別れた夫(映像監督)を食事に招くところから始まる。食事を用意しているのは二十代の若い男(編集者)だ。このたび、元妻はこの若い男と結婚するのだという。そこで元妻は言う。「(離婚後に買った)目黒の家をあげるから、犬11匹の世話を1年間してほしい」。
元夫婦の会話は最初からヒートアップを連想させる。この元夫は若い役者たちにパワハラで訴えられ干されているという「昭和のおじさん」ということがまず、暴露される。だが、一方の妻はどうなのか。ここから「犬も食わない」状態に突入するのである。
50分の短編で、笑える部分はたくさんある。結末は結構、予想外だ。
「おもしろかった」と劇場を出て、この演劇をサカナに飲みに行ける作品。短いから、ソワレで見ても十分に飲む時間が確保できる。

ネタバレBOX

ちょっと現実離れしているのは、「元夫婦」げんかの間に挟まる、米ホワイトハウスが爆破され大統領が暗殺された、というSNS情報。この作家と結婚する編集者の若い男の携帯が鳴り、すぐに社に戻ってこいという。まもなく高校生が映像をでっち上げたフェイクニュースと分かるのだが、ホワイトハウス爆破の真偽がしばらく不明であるということはあり得ない。仮にこれが事実なら、メディアは大騒ぎになるし、そもそもホワイトハウスなどという衆人環視の建物が爆破されればそういう映像がそれこそSNSも含めてあふれ出すはずだ。

というわけで、せっかく面白い展開だったのに、この点がとても残念。
「カレル・チャペック〜水の足音〜」

「カレル・チャペック〜水の足音〜」

劇団印象-indian elephant-

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2022/10/07 (金) ~ 2022/10/10 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/10/07 (金) 14:00

座席1階

チェコスロバキアが隣国ドイツのナチスに蹂躙されていく、その入り口を描いた作品。水の足音というタイトルに、底知れぬ恐怖感を覚える。何度も書いてきたことだが、戦争の足音は気付かぬうちに忍び寄っているのであり、この舞台は、それを視覚的に、聴覚的に、そして物語として見事に描ききっている。名作だと思う。

劇作家の弟(カレル・チャペック)と、画家の兄。この二人が若いころから物語は始まる。カレルは女優の彼女に振られて落ち込んでいるが、この女優、母国の舞台から世界を見ている。まさに、まだ世の中は平和だった。物語はこの兄弟の関係、兄の家族、友人という少数の登場人物を縦横に絡ませながら、時に静かに、時にドラマチックに回転していく。
大統領が登場してくるのが面白い。この大統領のせりふの端々に、作家は多彩な印象深い言葉を語らせている。例えば「隣国では強いリーダーシップがもてはやされている」という兄弟の友人(軍医)に、「民主主義は育てるのに時間がかかる」と説いてみせる。戦争の「水音」はまだ聞こえていないが、少しずつ黒い雲が広がるように、物語は暗さを増していく。
国民的作家のカレルに、政府のプロパガンダを書かせるという場面もある。ドイツ語を話す人が多く住むズデーテン地方をナチスに割譲するミュンヘン協定を国民に納得させようと、ペンの力が動員される。もうこの頃になると、戦争の「水音」ははっきり聞こえてくるようになる。「国家を取るのか、愛する人を選ぶのか」。先の戦争で日本もそうだった。愛する人を守るために、国のために戦う。これで本当に愛する人は守られるのか。戦時に陥りやすいレトリックを、この戯曲は喝破して展開していく。

ラストシーンは圧巻だ。希望だけは失ってほしくないと舞台を見つめていた客席に、答えは明快に示される。ぐいぐい引き込まれるような物語に、現代社会への作家の危機感を見た。

寝盗られ宗介

寝盗られ宗介

9PROJECT

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2022/10/06 (木) ~ 2022/10/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/10/06 (木) 19:00

同じつかこうへいの作品といっても原田芳雄と藤谷美和子出演映画とはかなり雰囲気が違う。結婚はしていないが、妻が劇団員の男をとっかえひっかえ関係を持って逃げ、また戻ってくるという「寝盗られ」を繰り返される主人公を演じたのは小川智之。太っ腹を装いながらも、どこかちょっとドキドキしているような雰囲気を見せていた。これは9プロジェクト独自の演出と言ってよいのかもしれない。

東京公演の初日に拝見。その直前に俳優一人が体調不良で交代するというアクシデントに見舞われたそうだが、見ている限りはまったく違和感なく進んだし、楽しむことができた。このあたりは役者たちのチームプレイが奏功したと言えそうだ。
妻役を演じた高野愛は、今回も安定感があった。迫力もあったし、力を抜くところは抜いていて、客席の笑いをしっかりとった。旅の一座のメンバーも個性豊かで、それぞれバラバラに見えて最後は座長を中心にまとまって舞台を勤め上げるという物語の流れをしっかりと表現していた。
アクションシーンも見応えがあった。そして何よりも、小劇場の舞台には照明と音響装置以外の何もないというのはある意味スゴイ。役者たちは自らの体当たりの演技を直接客席にぶつけざるを得ないステージだからだ。照明と音響の効果はあったにせよ、その力を遺憾なく発揮したのは見事だった。

忘れてもろうてよかとです

忘れてもろうてよかとです

劇団民藝

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2022/09/23 (金) ~ 2022/10/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/09/27 (火) 13:30

座席1階

米軍基地のある佐世保にあった米軍兵士相手のバーのママの物語。その半生記を二幕で描いているが、80歳を超えている日色ともゑのあて書きであり、民藝の日色だからこそ演じきることができる役柄なのだろう。バーには2階があり、日色は何回も階段を上り下りする。舞台での大きな動き、出ずっぱり故に多いせりふに加えてこの階段である。この人の役者魂にはいつも、敬服させられる。

作者の河本瑞貴の実家はこの街で薬局を営んでいて、米軍兵士相手の「日本人妻」が薬や雑貨などを買いに来るお得意さんだったとか。兵士相手のスナックは店の女性を連れ出す店外デート料で稼いでおり、基地の街の経済は戦争がある限り潤うという構図だった。
劇中、朝鮮戦争が終わって米軍が去って閑古鳥が鳴き、ボーリング場に業態転換するという場面が出てくる。だが、ベトナム戦争によって歓楽街は息を吹き返す。社長が「戦争だ、戦争だ」と歓喜の声を上げるところに、何だかやるせない思いを覚えた。今でもやはり、沖縄や横須賀では当時ほどではないにせよ、似たようなことになっているのだろう。この舞台は戦後の日本の一部を切り取ってはいるが、戦争が生み出す経済、そして男女の仲というテーマは今も十分に通じるものがある。

この舞台では、スナックのママが娘を大学に通わせ「自分と同じような人生を歩ませない」と頑張る場面も描かれる。だが逆に、娘は大学進学を拒絶し、差別にさらされる人生に立ち向かおうとする。こうした影を知らされるのも、この戯曲の特徴なのだろう。

影といえば、「影」として登場する舞台回しもいい味を出していた。

ネタバレBOX

民藝については、「ポスト日色」「ポスト奈良岡」をどう育てるかということにいつも注目している。私の勝手な推測だが、東京の新劇劇団の中でも客席の高齢化率がより高いのは民藝だと思う。ポストの俳優が育ってくれば、客席の年齢層も若返り、持続可能な民藝になると思うのだが。
燐光のイルカたち

燐光のイルカたち

劇団青年座

ザ・ポケット(東京都)

2022/09/23 (金) ~ 2022/10/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/09/26 (月) 14:00

座席1階

青年座が注目した劇作家ピンク地底人3号は、地元関西だけでなく東京でも知られている人だ。受賞歴も多数。しかし自分が見たのは今作が初めて。巧みに設定されたプロットと時間軸。見るものを引きつける物語性など、どれも新鮮な驚きがあった。

イスラエルとパレスチナを切り離すコンクリートの壁。イスラエル側にしてみるとテロリストの侵入防止なのだろうが、壁で他の民族を遮断したからといって平和が約束されるわけでない。ピンク地底人3号は劇作を中断して日本を離れ、アメリカや中東を旅をしてこの戯曲のヒントを得たという。また、納棺師も経験し、人間の死を見つめ直してきたという。これらの経験が早速生かされている。

東西ドイツの壁は崩されたが、南北朝鮮を隔てる金網は半島を貫いているし、今作でも描かれている侵入者を攻撃するための歩哨が任務に就いている。アメリカだって例外ではない。トランプ前大統領は移民の流入を防ぐためにメキシコ国境に壁を築くという愚策を実行したし、そもそもアメリカ国内の高級住宅地はgated city、すなわち壁で囲むことによって「セコム」している。自分たちと相いれない、邪魔者を排除して見えないものとする発想は、世界各地に生きている。

物語は都市の南北を分断する壁の南側にある酒場で展開する。この店は北側の入植計画によって立ち退きを迫られている、つまり、北側が南側を蹂躙する構図なのだが、物語は、壁を乗り越えた?あるいは壁の穴をかいくぐって北の青年がこの店に雨宿りするところから始まる。
店の主には亡くなった弟がいるのだが、この青年も弟も映画が好きで脚本家志望というところで、主は弟の影をそこに見る。物語は現在と過去を行き来し、兄弟を取り巻く家族などの人々の人生を照らしながら、分断都市の現実と悲劇を浮かび上がらせていく。

北側の兵士が銃を持って乱入するシーンが場面転換に使われる。この時は耳をつんざくロック音楽と光で「殺人シーン」をカバーアップしていく斬新な演出だ。そしてラストシーンの「イルカ」の演出もすてきだ。劇作の面白さだけでなく演出効果も加わり、この舞台を盛り上げていく。

見逃すと損しそうな、秀作だ。

パレードを待ちながら

パレードを待ちながら

演劇企画イロトリドリノハナ

テアトルBONBON(東京都)

2022/09/21 (水) ~ 2022/09/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/09/24 (土) 14:00

座席1階

ジョン・マレルの名作。女性だけで戦争の狂気を描く舞台は、日常と戦争がいかに近いところにあり、表裏の関係であるかということをあらためて教えてくれる。

イロトリドリノハナは、さまざまな社会的問題に翻弄されながらも懸命に生きる普通の人たちの日常を描くことを身上としている。現代日本人から見ると戦争はもちろん、非日常であるのだが、戦時の日本も含め、当時の欧米諸国は戦時が日常であった。だが、戦争が行われていても日常生活がなくなることはない。特に、カナダでは国が戦場とならなかったので、欧州戦線に志願、もしくは狩り出されていった男たちの銃後には日常があった。だが、その日常は「日常」とは呼びたくないほど苦しく、せつなく、厳しい毎日であった。それを、5人の女たちが織りなす舞台で描き出した。

冒頭のダンスのシーンが象徴的だ。隣組のような女たちの間柄だが、実はそれぞれ、背景となる事情があってお互いを受け入れられないところがある。ダンスシーンではその間柄が暗示され、本編に入っていく。父がドイツのスパイとして投獄された娘。長男が出征し次男が家に寄り付かない二人の息子の母。年齢で出征しなかった負い目からか家で勇ましい態度を見せる夫に辟易する妻。そして国防婦人会リーダーの女性は、夫がラジオのアナウンサーだったために出征を免れており、女たちの間で完全な溝がある。

どれもこれも男たちが始めた戦争のために翻弄されている普通の女性たちの姿だ。ウクライナやロシアの妻たち、母たちの姿と重なる。もちろん、先の戦争での日本の女性たちも同じである。ラストに近いところでノルマンディー作戦のニュースに女たちが沸き上がる場面があるが、その歓喜もやはり空虚な空気をまとっている。そんな空気を感じさせる演出はとてもよかった。

国防婦人会で銃後の女たちを統制するジャネットを演じた赤坂茉莉華のピアノはすばらしい。ピアノという道具を通じてあふれ出る感情をストレートに客席にぶつけた。この演目は他の劇団での舞台も見たが、2幕ものだったがコンパクトに仕上がっていて、特にピアノの使い方がとても印象的。スピード感があって停滞するところがない、ピリッとした舞台だった。






青ひげ公の城

青ひげ公の城

Project Nyx

ザ・スズナリ(東京都)

2022/09/08 (木) ~ 2022/09/19 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/09/13 (火) 14:00

座席1階

ニクスの寺山作品はおもしろい。今回はマジシャンの妙技をふんだんに取り込んだゴージャスの一言に尽きる「美女劇」だった。一見の価値はあります。

物語は青ひげ公の七番目の妻になるために城を訪れる女性をメーンに展開していく。妻になるためには、順番が前の妻たちが死ぬ、つまり殺されなければならない。そんな展開の中で、芝居に関する名言が披露されたり、「台本を人生でけがすな」など演劇の根本を考えるようなテーマが登場する。
そして、冒頭やつなぎの場面、そしてラストなど、ここぞというところでマジックが登場。最終盤のマジックは拍手喝采という大技だった。これだけでもこの舞台は十分に楽しめる。私が鑑賞した日は、親子連れの姿もあった。

ロボットの動きをする妻など、新体操のアスリートのように鍛え抜かれた女優たち。天井からぶら下がったつり輪をたぐって披露された宙空の演技は、もう、拍手するしかない見事さだ。ニクスの美女劇もここまで進化していると実感した2時間だった。

豚と真珠湾

豚と真珠湾

秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2022/09/09 (金) ~ 2022/09/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2022/09/09 (金) 18:30

座席1階

終戦直後の石垣島を舞台としたお話。観光地の今ではなかなかピンとこないが、戦時中には日本軍の強制疎開命令で住民が山間部に追いやられ、マラリヤで1割の人たちが亡くなったという苦難の歴史がある。

この舞台で教えてもらったのだが、戦争が終結した直後は日本の政府もなくアメリカ軍の進駐もなかったため無政府状態となり、自治政府「八重山共和国」を作る動きがあったという。戦災からの復興を目指し、演劇が多数上演されたとも。地勢的に近い台湾との交流があり、そこで大胆に稼いでいく海人たちもいた。この舞台では石垣島のとある料理店に出入りする多彩な人たちが織りなす人間模様がテーマだ。「政治的空白」とはまた別に、人間の赤裸々な姿が提示されるのがとても興味深い。

しかし、全編八重山言葉で演じられるのは難解だった。配られたパンフレットには用語集が載っているが、それを読んでいても普通のスピードで語られるせりふにはとてもついていけない。
話の筋を追うことはできても、演劇の魅力の一つである言葉の小さなやりとりから受ける「何か」を受け取ることはまったくできなかった。他のお客さんはどうなのだろうかと思った。

老獣のおたけび

老獣のおたけび

くちびるの会

こまばアゴラ劇場(東京都)

2022/09/03 (土) ~ 2022/09/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/09/08 (木) 14:00

故郷の実家に住む父親の様子が変だ。「ちょっと見に行ってくれ」と兄からの電話で嫌々ながら実家に行った弟。何と父は象さんになっていた。
というところからスタートするこの舞台。何で象さんなんだろうとずっと考えていたが、小動物では様にならないし、ライオンだと危険すぎる。身体は巨大だがおっとりしているという感じの象さんがいいのだろうか。発想が飛んでいるとも言えるが、この舞台、なかなか面白い。

兄は大学院を出て銀行に就職したエリートで、母親を亡くしてからは時々は実家に戻っていたようだ。弟はうだつの上がらない放送作家で、父親が「収入もろくにないから一人前じゃない」などと罵倒するので実家には寄り付かなかった。父が大変なことになっていると気付いた二人は、とにかくその事実をひた隠しにしようとする。畑の耕作を頼んでいる隣家にも、特に父と自治会で一緒のおじさんには内緒にする。果たして、この一家はどうなるのか。弟の恋人も巻き込んで大騒ぎになるのだが、父が象になったことを機に、この兄弟は父の面倒を見るという展開になっていく。

思うにこれは、父が象になったということをメタファーにして、例えば独居の父が認知症になったとか、世の中にたくさんあるお話に直結するとも言える。その意味で普遍性があると思うし、そう考えていくとラストシーンはとてもいい展開で素直に受け入れられる。

ただ、この兄弟は誰か相談する人がいなかったのか、という疑問はある。まずいと思ってひた隠しにするというのは、巨大な象さんなのだから無理だと思うし、そういうつっこみどころはある。でも、90分の舞台は十分に楽しめる。効果音や暗転の使い方もうまく、演出は成功していると思う。

余計なことだが、この実家は愛知県の三河という設定だ。なぜ三河かというのはよく分からないが、三河にするのなら、お父さんの三河弁はもう少し徹底的にやるべきだった。東京に出て行った息子の言葉とお父さんの言葉がほとんど同じ言語なので、せっかくの「三河」の設定が生きていない。

評決 The Verdict

評決 The Verdict

劇団昴

俳優座劇場(東京都)

2022/08/31 (水) ~ 2022/09/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/09/01 (木) 14:00

座席1階

米国のベストセラー小説。映画化もされた名作だ。今回、劇団昴がなぜこの作品に取り組んだのかはパンフレットにも書いてなく不明だが、2幕物の長編でも飽きることなく舞台を楽しめる。

特に、演出がよかった。主役の弁護士ギャルビンの事務所、彼が通うバー、裁判が起こされることになった原因である医療事故の場面(病院)、そして法廷。これらの場面転換が舞台の各所で切れることなくつながっていくのはテンポがよくて舞台が引き締まった。
ただ、法廷には陪審員の姿はなく、最後の評決はどういう形で描かれるのだろうと思っていたら…。これはネタバレになるので書かないが、ちょっと意外なスタイルだった。

大病院、実績のある著名な医師たち、病院お抱えの敏腕弁護士。医療事故裁判は日本でも多いが、患者・家族がこうしたヒエラルヒーの権化に立ち向かうのは容易ではない。証拠になる医療情報はこれまで、ほとんどが患者側に開示されなかった。現在は法整備も進んではきたものの、患者側が「いったい何が起きたのか。どうして最愛の家族は死ななければならなかったのか」という真実を知りたいという思いに応えられるシステムは整っていないし、ましてや裁判になれば病院側は都合の悪い事実や証拠は隠してしまうのが通例だ。

主人公のギャルビンは、簡単に示談金を引っ張ってそのご相伴にあずかることができる事件を選んで糊口をしのいでいるようなダメダメ弁護士だった。だが、彼が一転して患者のために真実を追求する姿勢に変わり、圧倒的に不利な状況を跳ね返していく物語はある意味で勧善懲悪でもあり、分かりやすいと言える。

面白かったのは、裁判長の訴訟指揮が訴えられた病院側べったりだということだ。日本ではここまであからさまな訴訟指揮はないだろうと思っていたら、最近でも訴訟指揮が国側とべったりだとして裁判官忌避を申し立てられた国賠訴訟もあった。被告が国だと、国側と裁判所が同一視されるような裁判は、安保法制や辺野古の訴訟など考えてみれば多い。権威にすり寄る司法というのは、どこの国でも同じだというのはこの舞台が示した教訓だと思う。

「ともしびー恋について」

「ともしびー恋について」

メメントC

オメガ東京(東京都)

2022/08/10 (水) ~ 2022/08/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

鑑賞日2022/08/12 (金) 14:00

ペシミズムを論じたチェーホフのこの短編は、当然ながらとても哲学的だ。物語の躍動感を期待してはいけない。どうしようもない亭主に付き従って生きてきた女性が、偶然に会ったかつての知人男性と駆け落ちする。こうした恋愛話が男性3人の間で繰り広げられる。どっちにせよ皆、死んでいくのに、何のために生きていくのか。演劇では多彩な切り口で表現されるような命題を、哲学的要素を前面に浮き上がらせている。

シンプルな舞台演出がよかった。ギターなどの弦楽器やピアノで奏でられた音楽がぴったり合っていた。役者たちの実力も十分だ。特に、人妻キーソニカを演じた石巻美香は流れるようなお嬢さま言葉の長台詞を難なくこなし、どきっとするような色気を見せる。

しかし、心に響くような何かを期待して地下の小劇場に入ったためか、消化不良感が強かった。結局「この世のことは何もわかりはしない」とつぶやくばかりでその恋が人生をどう変えたのかなど、まったくわからないままで終わる。そういう舞台なのだということは分かっているのだが。

頭痛肩こり樋口一葉

頭痛肩こり樋口一葉

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2022/08/05 (金) ~ 2022/08/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/08/10 (水) 13:00

座席1階

こまつ座旗揚げ公演で井上ひさしが書き上げた作品。以前から見たいと思っていたが、今回の再演でようやくチャンスが巡ってきた。
父や兄を失い、若くして戸主となって母や妹たちを赤貧の中で支えた作家・樋口一葉の物語。今年は生誕150年だ。一葉は生前、自分に戒名をつけていたというが、井上ひさしの着想は「生きながら死んでいる。だからこそ世の中がよく見えた」というところから始まったという。死者の魂が戻ってくる毎年のお盆を繰り返しながら物語は進む。舞台にどの場面でも仏壇があり、お盆の会話劇が舞台を盛り上げた。

まず、花蛍という幽霊を演じた若村麻由美がすばらしい。この幽霊、自分を身請けして夫婦になるためのお金をネコババした老女を呪って出るのだが、実はその老女にも事情があり、その事情を作った「悪党」にもまた事情ありということで、世の中、人と人とのつながりの連鎖でできているということを舞台を通して提示する。一葉役は貫地谷しほり。彼女らしいメリハリのついた演技で、ピシッと筋が通った一葉の生き方を見せてくれた。

女性6人による舞台だが、それぞれが個性があっていい。男性の身勝手なふるまいにたてつくこともせず耐え忍んだ明治の女性たち。「女が地獄に落ちるには三日もあれば十分さ」という熊谷真実のセリフは強烈。そんな社会を筆の力で変えたいと歯を食いしばる一葉の姿は印象的だ。

劇中歌もいい曲だった。死者が還ってくる「お盆」らしく抑え気味の舞台セットと演出も奏功している。

あつい胸さわぎ

あつい胸さわぎ

iaku

ザ・スズナリ(東京都)

2022/08/04 (木) ~ 2022/08/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/08/08 (月) 13:00

座席1階

けしてハッピーエンドではないが、見終わって前向きになれる、少しの希望を分けてもらえるようないい舞台だった。

大阪で会社勤めをこなしながら、一人娘を育てたシングルマザー。入学金などは家計に響いたが娘は大学に入学し、とりあえずホッと一息。そんな中、東京から上司が転勤してくる。大阪トークにほんろうされながらも誠実な受け答えに、この母はすこしだけ好意を持つ。一方、娘はこれまで恋愛経験なしという人生だったが、中学のころからの幼馴染が偶然同じ大学に入り、急に意識しだす。これがなんだか初恋となりそうだ。イケメンに成長した彼との会話も増えていい感じになってきたが、大学で受けた健康診断で再検査の通知が来てしまう。

iakuのヒット作となったこの作品を、今回の再演でようやく見ることができた。映画化も決まっており、さらなるブレークとなるかもしれない。
回転ドアのように出演者が出入りして場面転換を重ね、テンポのいい会話で物語が進む。舞台が大阪で、東京から(正確に言うと千葉から)転勤してきた男を飛び込ませるという設定は、大阪と東京で活躍する横山拓也のうまいところかもしれない。
それよりも何よりも、この親子のそれぞれ恋の行方が今一つ暗くても、娘の健康に影を差す出来事が起きていても、舞台が閉じた後は「自分も、明日は少し頑張ってみようか」という気持ちになる会話劇がとても、さわやかに思える。

演劇でこのような気持ちを受け取りたいなら、この舞台、見ないと損するかも。

ブレスレス【7月15日~25日公演中止】

ブレスレス【7月15日~25日公演中止】

燐光群

ザ・スズナリ(東京都)

2022/07/15 (金) ~ 2022/07/31 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2022/07/27 (水) 14:00

座席1階

1990年初演。その後3回の再演を経て、2020年代にまた再演である。とはいえ、前回の再演が2001年だから実に20余年ぶり。私が見るのは初めて。燐光群の源流を探る旅である。

千石イエス、坂本弁護士事件、東京のゴミ問題。昭和の事件や社会問題をモチーフにしているが、当時の香りがするというより令和の時代の物語として新鮮なイメージで受け止めることができる。

中防、すなわち中央防波堤外側埋立地。東京湾をゴミで埋め尽くして新たな土地を作った。青島幸男知事が公約で中止すると言った臨海副都心開発でできた土地だ。土地さえ作れば右肩上がりでその価値が上がっていくというバブル経済の象徴とも言えるその埋め立て地は、この舞台を埋め尽くしている黒いごみ袋でできている。自分にとっては、東京の埋め立て地のイメージは今ではほとんど見かけないこの真っ黒なごみ袋なのだ。
物語は、中防へ運ぶために総武線が近くを走るビルの谷間でごみ処理に携わる都職員が、燃えるごみの日に出された不燃物の瀬戸物で指を負傷するところから始まる。

舞台の脇に裸電球を付けた電柱が立っているが、これを見て自分は別役実の不条理劇を思い出してしまった。事実、この舞台は別役が描いた不条理劇を地で行くような物語の展開を見せる。捨てられた冷蔵庫からきらめく後光を背に現れた白髪の老人は都市の暗部に君臨するイエスキリストのようだ。最初にごみ袋の中に入って登場する男は物語を経て記憶を取り戻していくのだが、この人のそばを通りかかった女性も次第に重要な地位を占めてくる。この女性は、絡んできた男を線路に突き飛ばして刑事裁判にかけられた過去があり、ごみ袋の男が女性を助ける役回りを果たしていたことが分かるなど、登場する人間たちの複雑な模様に客席はぐいぐいと引き込まれていく。

世の中で起きていることを多彩な角度で切り取るのが演劇だとすれば、まさにこのブレスレスは演劇中の演劇だし、演劇でしか描けないような物語・構成を見せてくれる。さらにパンフレットを手に取って初めて得心したのだが、冷蔵庫から出現した老人は千石イエスというよりは、リア王だ。だから、末娘がキーパーソンになっている。

東京でしか描けない、東京の演劇である。今回、コロナ禍で最初の数日が中止になり、昨日からの上演という。自分は見ることができてとてもラッキーだった。
パンフレットによると、別役実はこう述べたという。
「久しぶりに、文字どおりの力作と言えるものであり、今後演劇はこのようにしか動いていかないであろうと考える」
至言だ。もしかしたら、舞台脇の電柱は、別役実へのオマージュだったのか。

鎌塚氏、羽を伸ばす

鎌塚氏、羽を伸ばす

森崎事務所M&Oplays

本多劇場(東京都)

2022/07/17 (日) ~ 2022/08/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2022/07/26 (火) 18:00

座席1階

「完璧なる執事」鎌塚氏シリーズ。今回が第6弾だが自分は初めての鑑賞。第6弾は鎌塚氏(三宅弘城)が初めてお暇をもらって豪華列車の旅に出るという設定だが、その豪華列車の中でかつて仕えた綿小路チタル(二階堂ふみ)らに遭遇し、いつものように難事件に挑むという設定だ。
今回は別の令嬢役として西田尚美が出演。鎌塚氏シリーズの座組に溶け込んだ。疾走する豪華列車という舞台だが、倉持裕の定評のある舞台転換が奏功している。豪華列車のコンパートメントから別のコンパートメントへの移動、はたまた列車外の乱闘など、客席を飽きさせない演出が続いていく。

ただ、少し気になったのは、二階堂ふみのかすれがかった甲高い発声。以前を見ていないのでそういう演出なのかもしれないが、ちょっとエキセントリックすぎる感じがした。つられてかどうか、西田尚美も強烈な甲高い声で応じたり。まあ、そういうものかもしれないが。

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