実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2023/08/04 (金) 15:00
座席1階
井上ひさしの「昭和庶民伝三部作」の一つ。初演は1987年という、こまつ座のDNAとも言える作品だ。三部作の一つ、軽快な音楽に彩られた「きらめく星座」も泣けてくるが、この作品は派手な音楽はないけど泣けてくる。「忘れちゃ駄目だ、忘れたふりをしているのはなおいけない」という名せりふは、戦争の教訓を学ぼうともしない世界の為政者たちに向けた、庶民の叫びでもある。
舞台は靖国神社や神田明神に挟まれた東京・下町の小さな神社。山西惇演じる神主は、5人の未亡人の協力を得て、お面を作るなどして生計を立てている。だが、終戦直後の混乱で生き抜くには闇市で食料品などを調達するしかない。冒頭出てくるのは、5人が臨月の妊婦を装ってコメをおなかに仕込んで持ち込んでくる場面。警察の取締でバレたら没収、罰金という憂き目に遭う。
戦前、神主がこの神社に捨てられていた赤ちゃんを育てた。この男の子が、野球の名手に育つ。彼の投げる剛速球は並み居るスター選手をなで切りにする実力だ。戦争に取られて戦争中に戦死公報が舞い込むが、終戦後、ヒョッコリ戻ってくる。だが、この剛速球が彼の悲劇の幕を明けることになる。
今作は出演メンバーがユニークだ。剛速球投手の女房役に浅利陽介。こまつ座には初出演といい、山西とはテレ朝の「相棒」で共演し、おなじみの顔だ。5人の未亡人役もなかなかの存在感。枝元萌は言うに及ばす、青年座の尾身美詞もなかなかの奮闘ぶりだ。笑いを忘れずへこたれずに生きる市井のおばちゃんたちを見事に演じている。
音楽はない代わりに2幕3時間に及ぶ長時間、ギターを弾き続けた水村直也もすごい。
為政者・軍人が理屈を付けて引き起こす戦争の犠牲者はいつも庶民。ウクライナでは特に庶民への被害が重大だとして国際的に禁止されたクラスター爆弾が「適切に」(米軍当局)使われているが、ロシア側からの投下も含め不発弾がきっと戦後の庶民を苦しめるだろう。今では報道量も減っていてよく分からなくなっているが、この舞台で表現されている庶民の辛苦は、ウクライナなどでは現在進行形だ。そんな思いで見ていると、「忘れちゃ駄目だ」のせりふが胸に響いてくる。
本日は初日。カーテンコール後も鳴り止まない拍手が、客席の満足の証である。