I元の観てきた!クチコミ一覧

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10th Anniversary Tour

10th Anniversary Tour

マームとジプシー

穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペース(愛知県)

2017/09/08 (金) ~ 2017/09/10 (日)公演終了

満足度★★★★★

10th Anniversary Tour(マームとジプシー)、4作品完走、いや、うち3作品は各々3作品の集合体だから都合10作品か…。

1作家の作品をこれだけ短期集中で観ると、重なる思念も対照的な思念もあり、シームレスに繋がって人類の集合思念の水面に身を委ねた感じでしたね。

トリトメガァル

トリトメガァル

第6回名古屋学生演劇祭

うりんこ劇場(愛知県)

2017/08/31 (木) ~ 2017/09/03 (日)公演終了

満足度★★★★★

計算高く生きてきた女・安堂が…その考え抜いた数々の「人生設計」を、天才(天然)・如月に ことごとく踏みつぶされ、狙ったターゲットをかっさらわれていった大学生活。…悲観の末に選んだ「自殺」の先には、輪廻転生の終わりなき地獄が待っていた。

…というのが…基本プロットに見えるのだが、その実は決してそんな単純じゃなかった。

以降はネタバレboxへ

ネタバレBOX

(続き)
単に「転生の果て」というのでなく、…話の構成自体が、「過去」に「未来」に…そして「創作世界」に飛んでいき、同じ役者でシームレスに繋がっていくので、因果関係がだんだん混沌としてくる。

「現実」と思って観てると実は「創作世界」だったりして、あるいはその複合かもしれず…なんか入れ替わってる気もしてきて…現実とその2次創作が混然一体となっている不思議な感覚。

特に近藤綾香さんの数多の役どころは、実際に観ている最中は把握しきれない膨大さです。
そして、話の中で数多でてくる逸話・ネタの数々の…理系的理屈っぽさが私は本当に好きで、その上でゲーム世界的・漫画的な手法やモチーフが散りばめられるのが本当に性に合う。

更に哲学的な要素が入ってきて、…観る側としては完全にオーバーフローになるけど、「分からないことを言われる心地よさ」が滲んでくる、楽しい。

結末。敵対している様でいて、結局2人はつるみ続ける… 何となく如月も安堂を求めている気もしてね、…最後のシーン…作家と編集長…で暗転は、そういう腐れ縁がオチであるかの様。混沌の全ては数々の創作だったって見方もアリか。

好きなとこメドレー。

①何か派手な甲羅を背負った亀仙人が出てくるなぁと思ったら、…家庭用プラネタリウム然の発光装置はLED照明なのか…。スクリーンを背にしたシーンでの映像はとても印象に残った。

②「大器晩成推し」等から滲み出る…数多くの脳内合理化。ああ言えばこう言う的な発想の乱舞。…「読者に媚びること」と「自分のしたいこと」の対比から、「読者の喜ぶこと」⇒「私の脳内で考えた読者の喜ぶこと」⇒「だからこ媚びることも自分のしたいこと・自分に寄り添ったことだ」となる論法は最高にイカス。

③人間とは…棲み分けをせず集団で溜まって、協力しているようにみせかけて仕事を奪い合い、勝負から脱落したものは怠け者になる生物。

④「ゴキブリに転生、即バルサンで昇天」最高。

⑤人類の黒歴史…天動説(笑

⑥「想像(想像)力」と「やり甲斐」と「幸せ」と「苦しみ」の相関。そしてその皮肉。

⑦生き物は「アウトプット」あってこそ。勉強、勉強ではインプットばかりで、アウトプットのない人生になってしまう。

おしまい
第6回名古屋学生演劇祭

第6回名古屋学生演劇祭

第6回名古屋学生演劇祭

うりんこ劇場(愛知県)

2017/08/31 (木) ~ 2017/09/03 (日)公演終了

満足度★★★★

多様な12作品をお得に楽しめました。

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ネタバレBOX

■【コント1/3時間(ギカドラ 豊橋技術科学大学】
コントと銘打ちながら、コントらしからぬシュールさが興味深い。
警察を呼ばない等の序盤の無理やりな「違和感」を、後で合理的に拾って、しっかり展開に繋げる丁寧さには芝居としては好感。
ただ、冷静であればコント的ハチャメチャ感は薄れる二律背反…作品の方向性としてチグハグなところがあるのかも。

個人的には、姿をみせないオギの…可愛いところから一転するテロリズム感が大好き。これをもっと育てて欲しかった。このちょっとサイコパスっぽいところを、もう少し序盤から匂わしたり、中村との協力関係に「裏」を仕込んだり、猟奇的にエピソード膨らましてくれると、私的にはもっと好みになったなぁ。…ま、私が喜ぶだけだけど(笑)
「6分残し」で終わることろは、何となくモヤっとした、勿体無い。せっかくの「時限」の設定をスポイルしてしまったような気がする。ロウソクの火の輻射熱で誘爆っての無理があるし、ここは是非とももう一仕込み欲しかったかなぁ。

■【眼をつぶってごらん(愛知県立芸術大学演劇部 劇団ムヂンエキ】
芸大生らしい感性で「空気」が繊細に表現されていて、それらが観る者に染み入ってくる感じ。音と光で…切なくも美しい感覚が迫ってくるのが好き。専門の異なる者の集まりの強みか。
光にすがる…音の無い世界の住人。音にすがる…光の無い世界の住人。本来なら邂逅し難い2人の…ほんのひと時の出会い。

…すがるというのは適切ではないか…。何かを失った者が、残った何かに""すがる""のでは無く、残る感覚に…より鋭敏に感性を注ぎ込む。そうして得た「大事な何か」を他者と共有したい気持ちは自然なことで、それを誰が責められようか。

しかし、失った経験を持つ身には、「大事なものを共有させる行為」が…「失ったことを強く感じる」ことを他者に強いた結果になったという罪悪感は、容易に拭えるものでは無かったか…。

まるで天罰であるかの様な音の喪失のタイミング。事件の後でも待っていてくれたと思しき浜辺の彼女。…きっと分かり合えるはずなのに、お互いがそれを望んでいるはずなのに…何とも切ない結末。

涼やかな音を聴かせてくれた「眼をつぶってごらん」というタイトルが、最後の最後にダブルミーニングとなって主人公の後悔を…封印していくのが、何とも皮肉であり、臆病さのリアリティでもあった。

浜辺の彼女に求められる芝居は、その境遇を簡単に悟らせてはいけない…でも分かった後に、思い返して不合理に見えてもいけない…という難しいものですが、十分に呑み込めるレベルで観ていて心地よよい。また、境遇を悟れた後でも、その作る空気を十分に楽しめたので、そういう作りは作品として強いね。察していても、最後の白杖はインパクトあって良い終幕。"

■【昨日を0とした場合の明後日(はねるつみき​】虚を突く感じの「常住さんらしさ」あふれる芝居。でも「いつもの」ってわけではない。

常住さんの作演、これまで観たのは新栄トワイライトでの「夭逝」「私が考えた最強のニンゲン」なのだけど、これらは斜に構えてはいても、人間の自由奔放さや強さに溢れてた。個々の人間に対して愛情があった。

しかして本作は、その愛すべき人間が集団と化した時に…果たしてどうか…ということを思い起こさせた。歴史は繰り返すというが、より単純化し…滑稽な装いを纏わせることで、その愚かさを際立たせる。「単純化による愚行の可視化」といったところか。
「ネックピロー」を王冠よろしく支配者(神)の象徴にしてみたり、…「ウルトラスーパーミサイル」なんてネーミングセンス…、いずれも権威を完全にコケにした感じが良い。

そして、繰り返される愚行への不満、揶揄、皮肉を、率直な…むしろ若者の拙い言葉で叩きつけるのが印象的。
…そして…何よりも「諦観」の趣きが全般に強い。ここが、常住さんの「人間個人に対する眼差し」と「社会に対する眼差し」の違いに思えた。

この集団…社会の怖さ。支配者ですら結局、権力争いの道具でしかない。…いや、支配者に祀り上げられているからこそ、ただの神輿…モノなのか。

非人間的な営み。この世界を動かしているのは…いったい何なのか。初めはアダムとイブの2人だけだった。そこには慈愛だけがあったはずだ。…
…人が増えて、増えて、増えて…、増えると人は人では無くなるのかもしれない。あるいは増えすぎると、人と見做せなくなるのか。社会は拡がって…いつしか魔窟となる。

やがて人類は、再び""同じ""歴史を紡ぎ始める…そして最後に、先に触れた「ネックピロー」が、また一つ良い効果を生み出して芝居は終わる。

世界から耳を塞ぐ …

…愚行を無かったことにするかの様な…人の振る舞いに見えた。"

■【I;dea(アイデア)(名古屋芸術大学劇団 超熟アトミックス】
その身から何かを紡ぎ出して世に晒す人たち… それで身を立てようと志す人たちの葛藤。
まさしく芝居の作り手としての率直な気持ちを形にしたもの。共感を得られるであろう反面、観る側の作り手たちの身近にありすぎて、ディテールで粗を感じさせてしまうかもしれない。

マジレス?すると…他人の意見を容れるか否かが本質ではなく、自分の志向に照らして、他人の意見をどう取捨選択するか、インスピレーションとしてどう使うか、どう自らの血肉にしていくか…にこそ意味があるかと思うが、言葉の上ではそういう拡がりはみせず、情緒的に展開。

言葉の一つ一つは間違っちゃいなし、切実さも伝わる。…ただ、その言葉が発せられる動機や行動の裏付け、背景、影響等が…一般論的な感じでしか伝わってこなくて、何かドラマに乗って行き難かった。(卯月の苦悩や、乙葉の誠実さ等の個々には良いものあったのだけど…)
…特に乙葉の行為の動機が見えず感情移入できないのと、卯月が具体的にどういう発想で創作をクリアしていくのかが感じ取れず、実感して楽しむには何かが足りない気がした。
「書きたいことを書け」では解決しないよね…。"

■【ちぇんじ!(もぐもぐ熱帯魚】
エンタメとしてはたっぷり楽しんだんですけど、俳優がもともと持っている面白さへの依存が強すぎる懸念もあります。それは定番を持つ強みとも言えますが、もう少し驚きが欲しいな…と思うのは、私、欲張りさん?…あっ、でも、いきなりの吉田ショーコ出現は、出オチ級のインパクトか(笑

コメディ主体で観た時、この座組に期待するトコは期待した通りに出してくれました。折角の畳み掛ける台詞がやや上滑りする等の稽古不足?もありましたが、…そういうトコにも、喉潰したアクシデントにも、逆境すら逆手に取って客を楽しませようとする意欲と柔軟性でチャラですね。このノリ好きなんよ。

さてここから、一つ強く思ったことを…。

オクムラショーコの葛藤の表現として、本体の立花ショーコから分裂したとして吉田ショーコを再登場させる着想は面白い。

ただ、あれだけトシくんを悪く描いてしまったら、「彼を諦める決断」が簡単になってしまって、ショーコの葛藤が薄く感じられる様になる。単に「元のショーコの方が好きだった」とだけ言わせる方が両選択肢に重みが出て「元のままであるべきか…可愛くあるべきか」の葛藤が引き立つと思う。

多分、タイトル「ちぇんじ!」通りの「自分を変えていく…可愛くなる…」への…作り手の想いが強すぎて、対照となる「今のままでいる。止まる。」ってことが対比として矮小に表現され過ぎてないだろうか。それ故に、対する「ちぇんじ!」が一方的で傲慢な行為に映るのです。逆に折角のポジティブさに影が差す。
同様にリコ部長も挫折者扱いするのでなく、別の意思として尊重した描き方は出来ないかな…。
結局、同じ結末に持っていくにしても、逆の立場の者はディスるより、まず尊重した上でアプローチした方が主張に客観性が生まれると思う。"

■【グッドラック(劇団モーメント】
無能感が先に立って、そもそも挑戦ができない…無傷のケンジ。
結果よりもまず努力を怠らないマミは、挑戦の上の挫折で傷だらけ。

…となると、シナリオはどうしても予定調和に落ちていってしまうのだけれど、それでも、最後の「頑張れ」は率直に心地よかった。
一時期蔓延した「頑張れ」の言葉狩りの風潮が、私はあまり好きではないので、とても好感。

さてそんな中、芝居に潤いを与えたのが、様々な小ネタの数々。…「シフト、入れ替わってる~」に始まって、「誰がお母さんだよ!」のツッコミ等々…

そしてクロさんが良い味だしてたなぁ。妻との電話や、語っている最中に暗転にされちゃうシーンなんかは最高にウケた。"

■【トリトメガァル(アルティメットドラゴンナイフ UDK 劇団ハイエナ】
計算高く生きてきた女・安堂が…その考え抜いた数々の「人生設計」を、天才(天然)・如月に ことごとく踏みつぶされ、狙ったターゲットをかっさらわれていった大学生活。…悲観の末に選んだ「自殺」の先には、輪廻転生の終わりなき地獄が待っていた。

…というのが…基本プロットに見えるのだが、その実は決してそんな単純じゃなかった。

単に「転生の果て」というのでなく、…話の構成自体が、「過去」に「未来」に…そして「創作世界」に飛んでいき、同じ役者でシームレスに繋がっていくので、因果関係がだんだん混沌としてくる。

「現実」と思って観てると実は「創作世界」だったりして、あるいはその複合かもしれず…なんか入れ替わってる気もしてきて…現実とその2次創作が混然一体となっている不思議な感覚。

特に近藤綾香さんの数多の役どころは、実際に観ている最中は把握しきれない膨大さです。
そして、話の中で数多でてくる逸話・ネタの数々の…理系的理屈っぽさが私は本当に好きで、その上でゲーム世界的・漫画的な手法やモチーフが散りばめられるのが本当に性に合う。

更に哲学的な要素が入ってきて、…観る側としては完全にオーバーフローになるけど、「分からないことを言われる心地よさ」が滲んでくる、楽しい。

結末。敵対している様でいて、結局2人はつるみ続ける… 何となく如月も安堂を求めている気もしてね、…最後のシーン…作家と編集長…で暗転は、そういう腐れ縁がオチであるかの様。混沌の全ては数々の創作だったって見方もアリか。

好きなとこメドレー。

①何か派手な甲羅を背負った亀仙人が出てくるなぁと思ったら、…家庭用プラネタリウム然の発光装置はLED照明なのか…。スクリーンを背にしたシーンでの映像はとても印象に残った。

②「大器晩成推し」等から滲み出る…数多くの脳内合理化。ああ言えばこう言う的な発想の乱舞。…「読者に媚びること」と「自分のしたいこと」の対比から、「読者の喜ぶこと」⇒「私の脳内で考えた読者の喜ぶこと」⇒「だからこ媚びることも自分のしたいこと・自分に寄り添ったことだ」となる論法は最高にイカス。

③人間とは…棲み分けをせず集団で溜まって、協力しているようにみせかけて仕事を奪い合い、勝負から脱落したものは怠け者になる生物。

④「ゴキブリに転生、即バルサンで昇天」最高。

⑤人類の黒歴史…天動説(笑

⑥「想像(想像)力」と「やり甲斐」と「幸せ」と「苦しみ」の相関。そしてその皮肉。

⑦生き物は「アウトプット」あってこそ。勉強、勉強ではインプットばかりで、アウトプットのない人生になってしまう。

おしまい"

■【56db(幻灯劇場】
これは観るんじゃなく、演るんが一番楽しいヤツや〜。
演劇というよりは、ゲームでありスポーツでありアトラクションであり…、他ジャンルのパロディまで取り込んだ空気作り…異文化融合パフォーマンス。
京都の劇団ですが、既存概念に縛られない…ルールを自ら作るスタイルは大阪のdracom(ドラカン)を彷彿とさせます。

さて、この舞台には他では味わえない様々な経験が待っていた。
初めての特異なルールを理解しょうとする愉しみ、…最初は理解しきれないが故の…プレイヤーの一挙手一投足への意識の集中…それに伴う緊迫感、初体験の光と音の各種効果に息を呑み、想像できないKAGUYAの挙動にワクワクし、徐々にそのレギュレーションの工夫に唸りはじめ、…それを超えた「現場での偶然」に驚き、それに四苦八苦するプレイヤーに笑……

…っちゃダメ(笑

そう、笑っちゃいけない芝居なのだ!

何故なのかは京都公演があるので秘密(笑
未だかつて経験したことのない、笑ってはいけない芝居。…笑いを噛み殺す楽しさを知りましたよ。…

そして観客にも左右される偶然性、意外性の楽しさ。
子供客怖え(笑)

そして予選最終ステージでの、感極まったプレーヤーが発した…ある行為!

まさしくヤッテモーター(=゚ω゚)ノ

良い回観れたよなぁ。
貴重な体験という意味では、今回のあらゆる作品を凌ぎました、素晴らしい。

これは目指すはアミューズメントパーク出店だよね!

どっかから白羽の矢が立たんかね。そして自ら体験してみたいよ、ホント。
芝居としてみた時には、時間の関係もあるけど、今回は山場のプレイに注力したダイジェストの印象が強い。

芝居的な趣向を凝らすなら、やはりスルガフジ開発の過程にありとあらゆる屁理屈とドラマを盛り込んで膨らますと面白いかもね。
そしてプレイの実績が溜まれば、「好プレー珍プレー」みたいに珠玉のプレイを再現する様な…計算し尽くした感動と笑いの舞台に磨き上げるのも良いかも。

無限の可能性を秘めてます。"

■【ダスイッヒ(愛知学院大学演劇部 ""鯱""】
自分の隠された気持ちを探る…心理カウンセリング的な構成。彼女と気持ちの疎通ができず破局目前の主人公の前に現れた謎の男。
相手に自分の心は見えない… だから、自分で表現していかねばならない。
喜怒哀楽の感情を分担して体現すると思しき4人の支援者とともに、感情と心理を掘り起こすトレーニングを始める主人公。この着想は面白い。実際、カウンセリング技術として本当にあるんじゃないかと思えるぐらい。
4人の組み合わせによる表現はコメディ芝居としても面白い。ちょっとした脳内劇でもあるね。

ただ、結局、そこで得られる気づきが、あまり納得のいくもの…あるいは納得のいく帰結として感じられないところがあって、もう少し練る余地があるんじゃないかと思った。

あと、彼の彼女への「気持ち」というのがどうしても予定調和になってしまうので、芝居として驚きが薄かった。「俺は君が嫌いだ。」で始まるくだりは工夫部分と思うが、とにかく最初から「彼女が好きで別れたくない」という気持ちが絶対の結論として決まっている展開だったので、序盤から「彼の心変わりもあり得る」と読める何かを仕込んでおかないと、せっかくの工夫が活きない気がしました。
"
■【エンドレス水族館(南山大学演劇部「HI-SECO」企画 ハイセコ】

「私の旦那が冷たくなった」

先入観を逆手に取ったミスリードを…ソレと感じさせずに冒頭から提示しておく…こういう手法は大好き。しかも超シンプルで無理がない、…
…ソレと分かった時に条件反射的に沁みてくる文意、ずるいわぁ。

当初、「旦那ユキチを取り戻す決意と覚悟」にみせた水族館行きは、反転して主人公タマコの心象を映し出すものとなっていた。

コミカルな魚たちのいる水族館は、…その楽しさと対照的に、ミスリードが察せられるにつれ、タマコの閉じ籠った「心の殻」と姿を変えて目に映る。

ユキチとの時間のみならず、これまでの人生で大切にしてきた絵画、友人たち、魚たちとの交わりを映しながら、…自分の価値観と現実を整理していく時間。それはただの引き篭もりではなく、悲劇を消化するために必要な時間。

現実を受け入れるため…タマコを外へいざなうための想いが様々に流れて…最後にタマコを連れ戻しにくるのが…父である寿司職人というのが学生演劇としては新鮮でした。

最後に差し出される寿司をみっともなく頬張るタマコの姿は、「死を受け入れる行為」と「生き物の命を糧とする行為(食事)」を重ねたものに映り、無様であればあるほど、人の営みとして心を打つ。良い結末でしたね。

さて、この作品。演出として意見が分かれそうなのは、魚たちの扱いかなぁ。
タマコ・ユキチを明らかに食ってしまう魚たち(特にタイ)の目立ちぶりは、バランスとして大丈夫かなぁと…心配の念も浮かんだ。しかしソレを極めた結果として、タイがバイクに乗ってハケる時に自然と拍手が起きるなど、単体としても見所となったし、タマコを翻弄し、諭す大きな流れや壁としての圧力を感じさせて、結果残せたんじゃないかなぁ。"

■【かけがいのないインスタントな私(魚眼ベニショウガ 】
筋肉をこよなく愛する名古屋学生演劇界きってのマッチョマン・林知幸さんが作演?ってとこから興味津々でしたが… 全くもって失礼な言い草ですが、予想以上に面白いものを見せてくれてビックリ。…しかも、かなり知的に捻ってる。名に冠する""知""の字は伊達じゃない。

最も特徴的なのは、本来ならモノローグになるところを4人1役で回す表現。続くと単調になりかねないモノローグにリズムを生み出して観る側を飽きさせぬ面白い趣向。当番(?)の識別として数珠を回していくのも、分かり易いのみならずパフォーマンスを付加して見た目に楽しかった。しかも、この空気で舞台が葬式ってところも良いよなぁ。
そういう外見だけの話でなくて、1つの人格をうまく配分して分解すると、こういう風に多重人格を作れるのかなぁ… これって実は多重人格の仕組みなのでは?っていうとこが、ちょっと脱線した個人的興味(笑)…本当は人の心の中にある個性の発露のバリエーションなんだろうけども。状況に応じて要素を取捨選択して形成される即席の個性…いわゆる外面(そとづら)ってところか。それは環境によっても大きく変わる。
父の死に際し、喜んでいる…嬉しがっている…というくだりの(へ)理屈は面白かった。特におぼつかな~い感じでふらっと立場を変える寺田宗平さんの演技が、非常に人間臭くて好きなとこ。そういうもんだよなぁ…
…ここも、人の考えは割と簡単に変えられる…変えて""みせられる""ってところの一端。… ディベートが競技足りえる所以。

もう一つ興味深かった点。
この手の深層心理を表す分裂した人格(登場人物)は、脳内の""天使""と""悪魔""みたいに「第三者」のよそおいで本人に客観的にアプローチしてくるのが一般的だけど、本作はあくまで「自分の主観」を現す分身として…自分の事として振舞っているのが面白かった。"

■【シック・ソサエティ(公募出場枠】
滅多に観れない青山さんの大人数を使った芝居。人混み、雑踏、雑多な意識の集合…という雰囲気がよく出てた。言わば寄せ集めのメンバーでよく作ったね、この空気を。公募に飛び込むメンバーの意識の高さでもあるか。
…どことなく「パブリックイメージリミテッド」が思い浮かぶ趣向だけど、かの作品の「何が起ころうとしているか分からない」感じとは違って、扱おうとしている空気はより具体的に思えた。

率直にタイトルを真に受ければ、何を「病んだ社会」と捉えているか…ということになるが…

本作には、昨今の「漠然とした危機感」に対する各々の反応の違いがふんだんに盛り込まれている。いや、実在するリスクに「漠然とした」は適切でないかもしれないが、明かなリスクを「漠然とさせてしまう空気…そう受け取って生きていかざるえない空気」は今の世の中には確かにある。

ネット社会の発達により、あまりにも多くの相反する情報に曝されることで身動きがとれないイメージだろうか。作中に出てくる、結論ありきのインタビュー収集・作意的な選別が暗示している様に、全ての情報が信憑性を失って、情報が広範には機能しなくなっている「社会の停滞感」…そんなものを想起した。

「逃げないといけない」、…「災いと一緒の街」…煽る雰囲気の言葉も出てくるが、世の中、煽りにも慣れちゃったね… というのが率直なトコ。実感できないリスクより、それで行動を起こすことにより失われる目の前の生活のリスクの方が怖いということもある。→
…もはや作品の感想というよりは、作品に誘発されて思うこと…ほぼ「随筆」の様相を呈しているが(笑)、概ね、青山さんがこういう作品を作るときは、それを促している気もするので、それに乗せられたって…ってトコでお終い。

…余談だけど(いや、コッチのが感想に近い?)…、
『如何にバレずに「お願いします」を崩して言うか。』にはむっちゃウケた。

世の中の不安に圧し潰されて泣きだす彼氏…の繊細かつヤバい感じも印象的でしたね。"
試験管ベビーの勧進帳と身替座禅

試験管ベビーの勧進帳と身替座禅

試験管ベビー

G/Pit(愛知県)

2017/08/17 (木) ~ 2017/08/20 (日)公演終了

満足度★★★★★

歌舞伎を原作に脚色…というよりは、「歌舞伎見物」という行為自体をモチーフしたエンタメ。
「歌舞伎」と「現代人(特に若者)の率直な感覚」を率直に結び付ける着想に好感を持ちます。いずれも超初心者向け手取り足取りな見事な掴みで、…講談師の役割は大きいですねぇ。

歌舞伎からのスピンオフというと近頃は木ノ下歌舞伎が旬ですが、ここまで徹底したコメディ脚色ともなると試験管ベビーの他に類を見ない。試験管ベビーの歴史的一歩となるか。ともに能や狂言からの…いわば2次創作の歌舞伎演目というのも象徴的で、あるべき文化の継承と言えるかもしれませんねぇ。

レパートリーとして、他の演目にもチャレンジして欲しい。
そしていつか御園座とコラボ…(勝手な妄想)

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ネタバレBOX

【勧進帳】
「歌舞伎見物モチーフ」というのは、こちらに強く感じました。今回のお客様参加システムは…歌舞伎でいうところの「大向こうの掛け声」。本来のものは割と決まり事があって、歴史の中で形式ができてしまっているが…、何せ試験管ベビーですから遠慮は無用(笑)
劇場であんなに大声出したの初めてです、楽し~。そして、どんどん砕けて跡形も無くなっていく「屋号?」の数々(笑)
更に良かったのは、その屋号を受けて繰り広げられるコント?…花火は良かったなぁ。丸山さんの飄々としたとこウケる…義経・新イメージ(笑)
…そして不意に素に戻るメタ的展開のボケとツッコミ…奥村さんの魂の叫びは、舞台と観客を繋げる…歌舞伎との距離感を0にする好演出。
勿論、奥村さんの長口上も見事で(何を言っているかは分からないけど笑)、勧進帳本来の見せ場もしっかりみせてくれました。
なお、事前に勉強したら、〆の「飛び六方」ってのも見せ場らしく、G/Pitにしては大きく開かれていた会場の入口は「花道」に使うのでは…と期待していましたが、流れ的にそれは無かったですね。
試験管ベビー流の六方は今後の期待にしましょう。

【身替座禅】
かこさんの作風にえらくマッチする驚きの原作。パンフで既に目を疑うキャスティングでしたが、情報として知るのと実物を見る衝撃の差はやはり別格。「百聞は一見に如かず」とはまさにこのこと。音響照明の効果を背負って、奥方かこ様の迫力は凄まじかったです。
それに対する三芳さん。情けない男の演技では右に出る者無しの好演でした。ホント、好きなんだよねぇ。
この両者対峙するシーンでは…
「いつも三芳さんは、演出かこさんにこんな風にダメ出しされているのかなぁ…」
って、想像が膨らんで楽しかったです。
なんかいつもコンビを組んでいる印象のある…今回のキレイどころ佐川さん・高橋さんコンビは、本来だったら肩入れする必要の無い右京を大目に見てあげている…不思議な母性的位置づけが妙に可笑しくて、いい呼吸で場を盛り上げてましたね。

そして、クライマックス。前説から謎を秘めていた「灰皿」が遂に脚光を浴びる…
いやぁ、もうトラウマっちゃって、ドンキホーテには怖くてもう入れませんね​(°_°)
あの音楽を聴いたら、なんか背後から飛んできそうな気がしてなりません(笑)
シアンガーデン

シアンガーデン

少年王者舘

七ツ寺共同スタジオ(愛知県)

2017/08/10 (木) ~ 2017/08/13 (日)公演終了

満足度★★★★★

言葉ばかりか時空まで巧みに連鎖し、舞台に吸い込まれていく感覚が凄まじい。洗練された繰り返しの技で思考を持ってかれる。
やっぱ夕沈さんの存在感は格別だし、プロジェクションにも魂抜かれる感じあったし、個人的には最後のアレの造型が心揺さぶる。

ノゾミの生まれた日

ノゾミの生まれた日

南山大学演劇部「HI-SECO」企画

G/Pit(愛知県)

2017/08/10 (木) ~ 2017/08/13 (日)公演終了

満足度★★★★

過去に未来に…現実に虚構に…目まぐるしくシーンが切り替わり、時にラップする。
シナリオの構図そのものにミスリードを仕込む意欲的な脚本。

主に弟(信彦)パート、姉(頼子)パートに分かれるが、非情に意味深な繋がりを持つように思えた。

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ネタバレBOX

(続く)
まず、弟パート。
1つの芝居の中に「信彦」と「好感をもって信彦を支えようとする人」の関係が虚構も含めて多数現れて、この構図を印象付ける。更にはその存在感も重なりを感じさせ、虚構が何かのモチーフであることを匂わせる…それも多義的。
…気づかぬうちに、あの手この手でこの作品中に多層・多重の空間を作り上げて、観客を色々な解釈の中に吸い込んでいく構成に唸ります。

特に妙手なのが虚構の入り混じり方。
最初は、提示される順に従って、信彦の「今の現実の出会い」を元にして、…本人が今まさに描いている「ネーム」が並行して演じられているのかと思っていた。

つまり、主が「信彦-希」の現実で、従が「少年-少女」の虚構だと思っていた…が、終盤、虚構は実は過去の「処女作」であると暗示され、主従が逆転する構図に…。

更に解釈を多様化させるのが、徐々に疑いを増す「信彦の心神喪失状態」

信彦の発言、信彦の認識に基づく描写"全て"を疑って掛かる必要が生まれ、現実と思っていた部分も虚構との区別が危うくなる。
何処までが現実で、何処からが虚構?妄想?幻?…不確かな境目、すり替わる虚構と現実。どこが現実の基準となるのか曖昧になってきて、何を拠り所に観ていれば良いのか分からなくなってくる感覚が堪らなく面白かった。
ここまではシナリオの面白さ。

次に、作品に込められた想いのヒントとして、…
…本作には「自己否定の言葉」と、それを救済する「他者の価値を認める言葉」が数々現れる。

「私は居ない方が良い」
「生まれない方が良かった」
「認めて貰えない人間は無価値」


これらの発言に対し、更に「存在価値を与える言葉」が並ぶ。
「お前がいてくれて良かった」
「私が(君の作品を)好きなのに、君がそれ(私が好きであること)を否定するのは間違ってるよ」

これを結末にするだけで一作が成り立ちそうな言葉の数々に、観客のほとんどが心地よさを感じたのではと思うのだが、…
…本作はそれを大胆にひっくり返す!

結果として信彦は、これらの善意を殺める。

今宮に対しては事実は曖昧だが、希に対するソレは「本人が死を望んでいる様」には一切見えぬ衝撃的なシーンで、それまで観客の目に映っていた2人の関係を突き崩す。
実際、信彦絡みの描写には全て病的妄想の可能性があって、事実関係には多様な解釈の余地を残すが、「他人の自己否定を否定し、存在価値を与える言葉を贈ることが必ずしも救済にならない」という怖さを感じた。

死にたい人には反ってNGワードで、…
…むしろ追い詰めることになる…この展開は驚きだった。サイコパスとも異なる雰囲気。

この徹底的な自己否定意識の根源は何か。児童虐待とも窺えるが決定的描写はない。編集のダメ出しは大きなショックだが、その後も漫画は描いている… 謎めく。

さて、弟パートの対比となる姉パート。

ここで思い浮かんだ事が2つある。
弟の凶行に対する…観客が思い浮かぶであろう思考への反証と、弟に宛てた一つの回答だ。

信彦の凶行には、まだ「個人の弱さ」を非難できる余地が多分にある。…
…そこまで背景を明示していないだけだろうが、観客に敢えて非難させる隙を残しているのかも。
翻って、姉・頼子の境遇は、徹底的に「個人の強さ」では全くどうにもならない苛烈さがあった。どぎつい家庭内レイプシーンもその極限を理解させるためか。

で、1つ思い浮かんだのは、弟パートで「当人の弱さを責める思考」を呼び込んでおいて、姉パートで、そんなこと言っても「徹底的に個人ではどうにもならない状況」があるでしょ?と突きつけているという解釈。観客の甘い反論をシャットアウトする意図?
…もう1つは、逆に「より過酷な境遇」でも立ち上がった「頼子の意思」を信彦に示すため…という解釈。

ただ、信彦を責めるだけでは本作で積み上げてきたものとは逆な気がする…悩ましい。苦境から逃れるには、何か頼るべきものが必要なのは確か。…
頼子の最後の選択を巡り、リスクと非難を囁く周囲の声の中、それでも頼子が「自分の意思」ですがった危ういノゾミ。人によっては、それは自死であっても良いのかも…自分の意思であるならば。

かなり迷走した…。脚本を改めて読んでみたい作品でした。
サマータイムマシン・ブルース

サマータイムマシン・ブルース

妄烈キネマレコード

ナビロフト(愛知県)

2017/08/10 (木) ~ 2017/08/13 (日)公演終了

満足度★★★★

"面白いこと"が全てに優先するコンパ的集団心理の妙。生産性のカケラもない馬鹿騒ぎっぷりがまさしく大学サークルの在り様を体現していて、本当に楽しくて面白くて…そして懐かしくて、愛おしくさえある。
歳食った人の方が沁みるんじゃないかな。ハイテンションの舞台を眺めつつ、私にもこんな時代があったと…頭の中ではSTMノスタルジーが展開していました。

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ネタバレBOX

(続き)

「研究をしないSF研」という設定が、SF要素をあくまでモチーフと割り切っている本作を象徴。
エンタメ性と意外性を最優先にしたダイナミックな展開に、役者陣が見事な触媒の役目を果たした。

定石の「元の時間に戻る」ことに拘らない大胆さも面白くて、とにかく繋がってればいい!的なパズル感が愉快。人間もリモコンと扱いが同じ!
過去は変わらない、未来は変えられない…説が印象深い形で使われ、照屋が救いの解釈を示すけど、元の説でも「人の努力」抜きで運命が決まるわけじゃないと思う。天は自ら助ける者を助く、かな。甲本の最後の発想は幼いけど、ほんのり安らぐ結末。

AB通すと、Wキャストで性格が結構変わっており、尚且つ微妙に人間関係に違いが生まれている感覚があって、パラレルワールドを思わせた。

年長キャラの照屋は、ABともに集団を見守る役割を果たして、他のハイテンションの動を受け止める…静のアクセントとなり、かっぱ伝説の語りや甲本を諭す等、見せ場多し。この重要キャラがABで一番色が異なる。
Aの松本さんが歳というNGワードに反応する等の人間らしさを残すのに対し、Bの藤さんは何か超然としたところがあった。自分のことはさておき、ただ集団を眺めて楽しみ・慈しむ雰囲気があり…なんというか…この部室の座敷童・守護神の様でした。カッパの頃からここに居て、25年後も実は居るんじゃないか…って気がしますね。童顔とのギャップも効いていました。

柴田も、Bの佐伯さんは「パピコをあげる」くだりで、甲本の今後に期待を抱かせる…なんか異性の心情が醸されていたが、Aの藤崎さんからは「脈無し」って空気が窺える。天真爛漫で同性の友達と話す様な屈託の無さが…良く動く表情から滲んでた。

伊藤は抑え気味の普通の娘なのに、AB共にクセ者役者の印象が強い役者が充てられ、キャスティングの妙を味わう。「カッパの首をかっぱらう」に対し…高木さんがマジウケ感あったのに対し、はらみつさんがジワジワうけてくる反応の違いが印象的。

甲本・タケジュンさんは、頭の血管が心配になるほどキレてましたが、最近各所でも見慣れていて安定のキレぶり。それとは一転して、Bのパピコ握りしめて嘆息する辺りは新鮮かつ良い芝居でした…好み。

新美・吉田さんはバッカスに引き続き…今年2度目の時間旅行。
一番ウケたのはBの「俺が行きたい時代はエロ時代だ」ってトコ(笑)
「君はこの世界の住人になれ」と…何か漫画か映画で聞いた様な台詞をナチュラルに吐いたりする性癖など、漫研出身としてはすごく共感する(笑)

小泉・坂口さんは派手さとダイナミックさが印象深いけど、一推しは…おそらく自分の観た回にだけ出現した…奇跡の「面接のバイト!」発言(笑)

曽我・森さんは、終始弄ばれ身悶えする怒涛の好演が光った。ユニセックス感のある彼ですが、…幾度もお姫様抱っこされる姿が目に焼き付いた(笑)

石松・ぴょんさんは、独特の価値観がその風貌にも相まって際立ちましたが、Bで丸椅子アートを完成させたのが印象深い。千秋楽では4つ積み重ねると豪語してたけど、どうなったのかな。

小暮・後藤さんはSF研の理性という立ち位置を終始クールに好演。一度切れるトコも見たかったが、タケジュンさんが全部持ってったね(笑)

田村・福田さんは、そのSF顔(笑)を活かし、未来感あふれる髪型でで未来人を演じましたが、口調が妙に昭和なのがウケる。色んなトコにギャップを作って楽しませてくれました。

結局、全員分語っちゃった。あ、ケチャ…

ケチャはええやろ(笑)

最後に…タイムマシーンの効果音が好き。古いエレベータを思わせる〆の音が特に。
モンクス・デライト

モンクス・デライト

劇団「放電家族」

G/Pit(愛知県)

2017/08/04 (金) ~ 2017/08/07 (月)公演終了

満足度★★★★

出てくる情報の全てを疑って掛かる必要がある…そんな緊張感に浸れる90分間。
ありとあらゆる先入観をミスリードに使い、片っ端から当初の人間関係をひっくり返してくる。シンプルだったはずの登場人物の相関図が…最後にはエライことになっている!
観る方もずっーと集中・緊張を余儀無くされるので大変。でも疲労感に見合う心地よい面白さ。
天野さんの優しさが垣間見えるバランスでしたね。

とおのもののけやしき

とおのもののけやしき

AI・HALL

三重県文化会館(三重県)

2017/08/05 (土) ~ 2017/08/06 (日)公演終了

満足度★★★

ターゲットが子供なので展開はド直球だが、怪談のコンセプトに古道具への興味、両親との関係性、祖母の情愛を窺わせる要素が詰め込まれて盛り沢山。結果、怖いモノという雰囲気は薄まりましたが、その分とても楽しい仕上がりに。
そんな中、序盤の1ピースに過ぎませんでしたが、「死に対する子供の曖昧な理解」なんかはリアリティを感じて、私には印象的でした。
お話以外も…緻密な舞台美術、怪談に合わせた派手な小道具効果、そしてメリハリがあってこなれた役者の演技…と満足感が高い。更に、前列に居並ぶ子供達のリアクションまで含めて楽しかった。観客からツッコミが入るのって、こういう芝居ならではだよなぁ。

演技で一番好きだったのは、2歳しか違わない微妙な力関係を背景とした兄妹2人の会話と表情でした。

penalty killing

penalty killing

風琴工房

穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペース(愛知県)

2017/07/29 (土) ~ 2017/07/30 (日)公演終了

満足度★★★★

アクション演劇を想像していました。いや、実際に颯爽たる偉丈夫たちが舞台にひしめき、アイスホッケーアクションを見せてくれますが、それは芝居後半…シーズン最終戦が始まるまで大胆にもお預けです。
しかし、そこに至るまでに延々と連ねる…氷上以外で見せる選手達の「激しい対話」が非常に濃密。
これこそが本作の核心に他ならない。

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ネタバレBOX

(続く)
プレーの技術論、精神論の壮絶な衝突。いや、精神論では…何か無理難題を精神だけで何とかしようとする暴論に聞こえるかな。鍛えられた肉体があり、スケーティングやスティック操作の物理的な技術があり、…その上でそれを支え、礎となる「精神」の在り方、心構えの技術論…と言うべきか。
猛烈なスピードと肉体の激突に耐える、氷上の格闘技と呼ばれるスポーツならではの深刻さと説得力。
DFトラのメンタルの話が一番グッと来た。苦悩し涙する役者の顔が印象的。

会話劇と評してもいいんじゃないかと思うぐらい、詰め込まれた監督・選手たちが交わす一連の言葉たちは、各々が一つの独立した話の山場…名シーンに匹敵する重みと盛り上がりがあり、…全体としては、一本の芝居というよりは長期連載・連続ドラマの総集編の趣きがありました。

試合への切替りのダンスは、本来は一つの見せ場なんだと思うのだけど、私としては、そこでやっと「ふぅ~」って息をつけた…ぐらいの、それまでの濃密な会話群でした。
試合が始まると、そこからは…各選手のそれまでの積み重ねの総括として、それまでの苦悩と想いをプレーに表す形式となり、これがまた全選手分あるというのが、選手への愛を感じる構成でした。

若干、難を感じたのは、この試合が終盤まで0-3で負けてて、…それを一気にひっくり返す展開になること。

もちろん、その契機となる采配(試合中で異例のセット変更)あっての展開なんだけど、あまりに短時間でアッサリ追いついたかに見えたので…折角のここぞという場面なのに…かえって安っぽさを感じてしまった。…ゲームは点を交互に取る方が盛り上がる気がするし、その度ごとに采配の妙があった方が面白いのに…と、その場では思った。

ただ、0-3からの追い上げは…実話をモデルにしている節があり、アイスホッケーファンには堪えられない展開なんだろう…と後で納得。作意を楽しみ尽くすには、受け手も相応の背景知識が必要なんだねぇ…と改めて思ったよ。

何気ないところに、実はホッケーファンなら唸る細工が、もっとあったかもね。

そういう意味では、特有の基礎知識を、前説でしっかり与えてくれる構成は重要だった。
つぐない

つぐない

劇団あおきりみかん

G/PIT(愛知県)

2017/07/06 (木) ~ 2017/07/17 (月)公演終了

満足度★★★★★

久し振りに…涙をこぼした。涙ぐむことはよくある。ボロボロ泣いた芝居もあった。
でも、今回は… つーっと一雫落ちた。この意味を考えてみたいと思った。
とりあえず、あおきりみかんのマイベスト更新。

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ネタバレBOX

償わなければならない女が…すがる様に訪れた教会で出会った男。直感に導かれ始まった対話が本作の主軸。
彼女は…自らを「罪悪感のない女」と悪びれずに称し、生い立ちを語り、ロジカルに罪悪感と償いの必然性を探る…陽気で求道的なサイコパスを思わせた。
むしろ無理解に「償い」を迫る周囲に嫌悪感を覚えたこともあり、この序盤の展開で「おおおっ、どこへ向かって行くんだ、この話は…」ってワクワクが止まらなかったのを覚えています。(周りの感想を聞く限り、ここがツボにハマった人は少ない様ですが笑)

ところがどっこい本作は、私がそこまでで感じた期待感とは異なる…意外な方向に舵を切った。

「サイコミステリー」だと思っています…それもかなり洗練された。
仕組まれる数多のミスリード…その最たるものが「彼女自身の全ての記憶と発言」という大胆さ。
事実に反して、彼女の発言・行動の全てに掛かっていた自己否定のバイアス。
その果てに、逆に周囲に「罪悪感がない」と映る構図が巧妙。

実際、元彼・貴大は「美和の罪悪感」を最初から主張していたのにも関わらず、私にはそれが思い込みにしか見えない…そのくらいギャップがあったのに、登場人物と起こる事象のピースを必然性を伴ってキッチリ嵌め込んでいくミステリーとしての心地良さがありました。
「やられた~」という意外性と納得感。

そして、本作が只のミステリーで終わらなかったところが、…その話のピースたちの接着剤に、…「罪の意識」、自滅に誘う「過剰な献身」等の人間の根源的な命題を使ったところ。

ミステリーが、とても深淵な人間ドラマになっていった。

最終的に、同じく深い罪悪感に苛まれていた男の物語を糾合して、…話は「ミステリーの謎解き」から「真に罪を償う方法とは…」という命題に昇華していく。

安易な免罪符たる「償いへの誘惑」に抗う葛藤を…みっともない人間臭さで体現してみせた男と神父の対峙… あそこの男・松井真人さんの芝居がホント好きです。
総じて、巨大な罪悪感が「本音のぶつけ合い」を妨げた悪循環の悲劇。その末に「贖罪の献身」ではなく、「徹底的な対話」こそが真の償いであると感じさせました。

…そこだけ言うと、ごくありきたりのことなんだけど、結局、人の関係はそこに尽きるのね。
…普通のことこそが難しい。

至った結論ではなく、そこに至るまでの2人の苦悩と過程こそ、本作の核心なんでしょう。
凄まじい苦難を伴うことは想像に難くないですが、彼女の…これから始まる「真の償い」を予感させるエンディングが胸を熱くさせました。
人形の家

人形の家

第七劇場

三重県文化会館(三重県)

2017/07/16 (日) ~ 2017/07/17 (月)公演終了

満足度★★★★

海外の名作戯曲を今、新たに観せてくれる機会がありがたい。
しかも、現代の空気もほのかに感じさせる演出。

たいへん耳の痛い後味のお話でした。

Table Talk

Table Talk

試験管ベビー

千種文化小劇場(愛知県)

2017/07/07 (金) ~ 2017/07/09 (日)公演終了

満足度★★★★

タイトルから硬派な討論芝居を想像していましたが…ゴメンなさい、嘘付きました…試験管ベビーでそんなことあり得ないですね(笑
でも、円卓会議なんてホンのちょっぴりで、ほぼ井戸端会議ってのは想像できなかったです(笑)
ま、会議は下準備と根回しがあってこそ…という側面もありますがね。

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ネタバレBOX

さて「革命で活躍した英雄達」の後日談的な構成は、ちょっとニヤリ。大学生の頃に銀英伝とかハマったクチなもんで。
パンフに濃密に籠められた設定…促されるまま開演前に…読んで本当に良かった。設定の仕込み無しに芝居だけ見てしまうと、正直、バカばっかだから(笑

過去の活躍の実績に裏打ちされてこそ、このバカぶりが活きるし、微笑ましい。どんなに偉業を成しても、仲間内じゃ、やっぱバカやるものなのよね。…同人誌的な楽しみを味わいました。

笑いとしては、ボッテガ王のなんちゃって言語のあれこれ…、ハイランダー・スミスの炸裂する下ネタの数々が痛快。

そして、情けなさを極めつくしたガリガリ君こと宰相モンクオーレが一推しでした。
これが、後世の歴史家にこそ評価された"偉人"というギャップが素晴らしい、大絶賛​。

そんな風にひたすら政治をコケにしまくったコメディ展開の中、最後の最後に、革命の暗部が首をもたげたのは良い仕込みでしたね。伏線もあったし。
そこで、素人に勢い余って本質を諭されるとこまでは良い…うん。

でも、最後はミッソーニ王の思い付きで大役を若者に丸投げした様にしか見えなくて。実際には、もっと周りがケアするんだろう…と想像はできるんだけど、それをもっと匂わすように描いて欲しかったかな。
そこすら風刺であるなら、それはそれでも良いかもしれないけど、それじゃパンフで積み重ねた設定が台無しなので、それはきっと無いよね、うん。そう信じたい。
画龍点睛を欠いた感が最後の最後に出ちゃったのが惜しかった。
踊る!惑星歌謡ショー

踊る!惑星歌謡ショー

右脳中島オーボラの本妻

七ツ寺共同スタジオ(愛知県)

2017/07/08 (土) ~ 2017/07/09 (日)公演終了

満足度★★★★

これを「歌謡ショー」と表したセンスに脱帽。本劇団の特徴でもある「意味を問わず、音の関連だけで無限に繋がる言葉の連鎖」…この雨の様に降り注ぐ言葉たちには、まずは…まさしく音楽でも聴くかの様に、素直に身を委ねてみるのが良いね。
そして、湧き出てくる無意味なセリフが不意にツボを突いてきたりする。それに出会えたら、ここに相性が良い証拠だ。観てると不思議にニヤニヤしてきちゃうんだ、どうしたことだ(笑

そうして身を委ねつつ、もし何か思い浮かぶ「解釈」が頭に浮かべば、それもまた良し。
無作為の様に降り注ぐ言葉の奔流は、観客の脳内に独自の創作性を呼び起こす。
ゲームの様に意味を構築できるか楽しむのもよし。こんなに鑑賞自由度のある芝居は、東海地方ではココでしか観れないと思う。

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ネタバレBOX

(続き)
今回も言葉遊びの趣向が冴えて、意味不明の命名(メイド探偵メビウス6ミリロング、部屋干し探偵…)や、物理的な行為に転用された「臍で茶を湧かす」とか堪らん。

ネタもふんだん、シベリアン超特急とか、特撮系CMアイキャッチとか、Jリーグカレーとか…体当たり感が強くて好きだなぁ。
犬?からロボットへ変形したものの、次第に負け犬に堕ちていくいばさんとかも愉快。
仕込みなのかトラブルなのか分からないけど、山本さんの「ハガキが読めません」もツボでした。

さて迷走タイムに入ろう(笑

今回「太陽系」と「家族」を掛けてますが…、太陽系は一体の様でいて運行(公転周期は)はバラバラ…、でも引力という絆で繋がってる。太陽(母)には決して近づけず、必要すら実感できないこともあるが、…結局は熱と光で常に恩恵を受けている。

この家族・親子にもなぞらえた感じが、個と全の有機的な関係、半独立・半従属な繋がりを思い起こさせました。皆が互いの部分であり、そして環境でもある… との趣旨のセリフが印象的。…ここら辺は、まだいつものよりイメージ湧きやすい。

でも、正しい終焉、終焉を止める、輪廻、再生、好奇心の弊害(?)辺りになってくると、お?お?お?…ってなもんで、終盤の「かごめかごめ」も元々が多義性の塊みたいなもんだし…
…そして何度となく使われる相川七瀬の「夢見る少女じゃいられない」とのリンクまで考えると、散発的に浮かぶイメージを頭の中で統括しきれず…
今回も降参orz
…ですね、やっぱり(笑)

台本を読み込んでみたい劇団の筆頭だよねぇ。
声の温度

声の温度

よこしまブロッコリー

七ツ寺共同スタジオ(愛知県)

2017/06/30 (金) ~ 2017/07/03 (月)公演終了

満足度★★★★★

むちゃくちゃ好みのお話でした。
コミュニケーションの研究者 ツバキの物言いにゾクゾクする。対比的な構成、役者の演技も効果的。

奇しくも1週前に…同じく「声」をタイトルに冠した空宙空地「声にならない」があり、それと合わせて観た身としては、「声」の扱い、視点の違いによる相乗効果で味わいが二乗増し。たくさん観劇すると偶にあるラッキーでした。

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ネタバレBOX

開演前から気になってしょうがなかった舞台美術。ほとんどは具体的な物体がなく、「そのモノが何であるか」を表現する言葉の「紙」が無造作に壁などに貼られている…。これが終盤で重要な意味を持つのだが、それを悟らせずに舞台上に示し続ける粋な趣向。
コミュニケーションの在り方がテーマだが、異彩を放つのはその科学的な切り口。知的好奇心を呼び起こす台詞たち。

その中心が研究者・ツバキ。魅力的な知性でロジカルに話を牽引する。悪く言えば常に上から目線、趣きはツンデレに近いがあくまで論客。切り捨て御免の非情な口調の中…端々に窺える誠意、欠陥を匂わす情感、それを自覚して苦しむ理性… 不思議なアンバランスさが魅力。

コンシェルジュ的AIメールサービス、フレンドロイドに取り組むが、そのフィールドワークは実は人の手による応答。世のビジュアル主体の潮流に逆らい、文字による意思疎通の新機軸を探る。

オペレーターで妹のマコトは失声症。まるでモデムの様にツーツー、ガチャガチャと発語する。当初はAIの擬人化表現も疑った。喋れない代わりに超人的な量の並行処理をこなす。この研究自体、彼女の能力を科学的に吸収・進化し、デバイス化を目指している節を感じる。彼女は道具として利用されているのか?

しかし、マコトにとってもこの活動は自分の存在意義となっており、芳しくない研究成果の中、ツバキも本研究に固執し、…あたかもこの研究自体が「マコトの存在価値を証明する為」にあるかの様だ。この姉妹、お互いが利己的にみえながらも、その実、互いの為に足掻いている空気が漂う。

争点となる文字コミュニケーション。
SNS等、とかく世の中では問題視されがち。意思疎通のための情報伝達に占める割合が、言語はわずか7%、残り93%が声のトーンや表情・態度…との解説がショッキング。

声が無いと意図は…気持ちは伝わらない?、
声が無いと人間性が見えない?、
声がないことが相手にも不安を与える?
声のない…言葉だけの意思疎通の限界を予感させながら、更に他者による人の評価にも話が拡がる。

任意の対象者に対する「形容・評価」とは、実は対象そのものの形質を表現しているのではなく、対象者と観察者の相対的な差異を表現しているに過ぎない。観察者次第で表現は変わる。決して対象者のみに依存しない。

観察者が対象者に貼る「レッテル」は、対象者の絶対を指し示していない。

「お前にはこれはどう見える?」

最終的に冒頭の舞台美術がそれを示唆していき、ゾクゾクしたシーンだった。
発言者が責を問われがちな文字コミュニケーションで、「受け手側の責」を示唆するのは、炎上しがちなSNS等を投影しているのだろうか。

コミュニケーションはあくまで双方向のもの。受け手の適切な姿勢があればこその難しさ…そして可能性か…。そして本作で、文字コミュニケーションに活路を見出そうとする姿勢は、劇作家の姿勢ならではかも。戯曲も、演出や演技次第で…さらに観客の受け取り次第で、演劇は変わっていくものね。

ところで、お話はツバキを初めとする「研究者側」と並行して、舞台のアパート住人…いわば「被験者側」でも進んでいく。

この研究者側と被験者側の対比の意味に悩んだ。

一見すると理論と実践の様な立ち位置だが、被験者側は研究者側のサービスは享受しているものの、特段、意識誘導をされている感じはない。
…一人、住人のミズカワが興味深い心理状態にある。機能的には、頭の中にまるでIF(Imaginary Friend)の様に「元彼」が宿っていて(性質的には全く友好的では無いが)、彼女に一々否定的な言葉を投げ掛け、自分の行動に釘を刺す。自己肯定感が極端に低く、フレンドロイドに「一方的に甘えて、申し訳ない気持ちにならないなんて、なんて贅沢なんだろう。」なんて言っている。

最終的に、研究者側の活動とは全く別のところで彼女はそれを乗り越え、新しい交際を育むのだが…。研究者側で示唆した「他人の貼るレッテル」に対し、被験者側では「自分で自らに貼ってしまったレッテル」を対比してたのかな。

「他人とのコミュニケーション」と対を成す「自分とのコミュニケーション」。後者が成り立ってこそ、前者も活きるのか。
最後に、奇しくも前週に公演のあった「空宙空地」と対比する。
「声にならない」で声とは「言葉」そのもの。​言葉を外に出すのが声だったと思う。「声の温度」では言葉に「感情・真意」を乗せるのが声だ。共に不自由さに喘ぐ人たち。類似のキーワードで良い芝居を立て続けに観れて大満足。
声にならない

声にならない

空宙空地

津あけぼの座(三重県)

2017/06/24 (土) ~ 2017/06/25 (日)公演終了

満足度★★★★★

驚いた。いつもは分かりやすく心に響く空宙空地ですが、印象をどう表現すべきか直ぐには言葉が出ない。
こんな表現の仕方があるんだなと目から鱗。

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ネタバレBOX


(続き)
ダメダメな弟リョータ。関戸作品にダメ男くんは何度となく出てきたが、子供じみたり偏執的ではあったりしても、…感情や想いはストレートな気がして、割と理解の及ぶ人物像だった。

しかし、この弟に対しては…言ってることが理解できない。

何かに情熱を傾けることもなく、地道に人生・生活の基盤を築くこともなく、大丈夫・辞める・しょうがない…を繰り返す。
情けない無為の果て…自業自得で、素のままでは哀切も浮かばない。

兄マモルは弟リョータが思うほど傑出した人物ではない。無難に生きただけだ。だからこそ、兄への劣等感の果てとも思えない。その上、この芝居で彼の口から「言葉」で発信される想いは…何一つ無かったと感じられました。代弁すらなく、私は微かに困惑していたのが本音です…ラストシーンまでは!

しかしラスト、彼は「兄が甥に傾けた愛情」を甥に語り掛ける。その言葉は稚拙で、おそらく言いたかったことの1%も表現されていないと思うが、…それを何度も何度も何度も語り掛ける。傍からは酔っ払いの態以外の何物でもない。

それなのに、何でこんなに切ない。何でこんなに苦しい。

空宙空地は今まで伝わる言葉で観る人の心を震わせてきた。
今、敢えて「伝わらない言葉」で迫ってきたと思う。想いを表現する語彙を持たない…そもそも自分にも自分の想いが分からない…発散する術を持たずにもがき苦しむ人が主題なのだろうか。

今の関戸さんは明らかに伝える術を持っているけど、同じ苦しみを礎にして今があるのだろうか…なんて想像もしました。
…どんな人にも寄り添う「空宙空地」真骨頂の、また新しい一面でした。

…ここで止めときゃ良いのに各論に発散(笑
今回「役者の多役」がふんだんでしたが、明らかに多役だからこその面白さ。役の切り替えはコミカルで、救いのない本筋の空気を和らげる感じ。
…歳に対する言い訳じみたセリフのメタ感も楽しかった。
一方、序盤で母だった丹羽さんが、そのままの衣装で現れてるのに、セリフ無しでリョータに近づいてくる空気だけで「これは母じゃない…彼女だ…」と伝わってきた瞬間には、役者を観る醍醐味を感じました。
おぐりさんのJC・JKも可愛かった笑。丹羽さんとのジェットストリーム「えんっどーくんっ」アタックはエンドレス動画化希望。

キン肉バスター、メタルテープ、告白の歌テープ発掘、強風下の夢の欠片投てき話…随所のネタも楽しかった。これこそオアシス。(終

追記です。
本筋に戻るけど、冒頭の「リョータの体に投影するタイトル」は単体でも印象的で…すごく意味ありげに響きますが、くだんのラストシーンにも見事に絡み、私の困惑の中に見事に切り込んできて、深い切なさに誘いました。

とても好きな演出です…
空腹者の弁

空腹者の弁

dracom

ウイングフィールド(大阪府)

2017/06/09 (金) ~ 2017/06/11 (日)公演終了

満足度★★★★★

またしても異文化体験してしまった…
なんと心地よい困惑と笑い…

そして、バラシ初体験(o_o)

ってゆーか、「バラすところまでが観劇だった… 」と言って東海地方の演劇人は信じてくれるだろうか(笑)

そこまでの手練手管がまた素晴らしい

粛々と運針

粛々と運針

iaku

in→dependent theatre 1st(大阪府)

2017/06/09 (金) ~ 2017/06/11 (日)公演終了

満足度★★★★★

ああっ、やっぱ横山さんの話は沁みる。
語る誰もが切実で、皆に大切な何かがある。拡がる流れが収束する時、想いが十重二十重に深みを増す。

新しい生活の提案

新しい生活の提案

壱劇屋

千種文化小劇場(愛知県)

2017/06/03 (土) ~ 2017/06/04 (日)公演終了

満足度★★★★

展開は「世にも奇妙な物語」や「笑ゥせぇるすまん」のテイストですが、やっぱり壱劇屋は演出・パフォーマンスが肝なのかな。

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ネタバレBOX

(続き)
派手さはスクエリ程ではないけど、パントマイム的パフォーマンスは話の内容に比すれば、やはり映える。市役所のたらい回しという地味ぃ~な出来事を、あそこまでダンサブルにする地力はさすが。本来は脳内で展開される諸々の人生の選択を、カードで迫るアクションも演劇として映える。
プロローグをはじめとして、度々出てくる一種のラップ的な言葉遊びも、生活に圧し掛かってくる選択肢の物量感を表現していて面白いな。そのくせ、小田切-西野のシームレスなシーンの転換なんて地味なところも巧みでしたね。1人多役を活かした好きなシーンです。変わりゆく生活の中での小田切の混乱を如実に表してる。

役所の方でやっときますんで… 超常的な不思議体験でなく、役所、省庁、行政…を持ってくる辺り、上手いなぁ。気になるなぁ、このシステム(笑)
ある意味、SFのショートショート的。昔よく読んだ草上仁っぽい。ちょっとした味付けで印象は変わる。

妻との間で物議を醸していく"醤油"
このシーン、すごくモヤモヤして印象的。程度の差こそあれ、既婚者には身に覚えがあるのでは?
個人対個人としての配慮は勿論あるべきとしても、あくまで営まれる生活の中での日常、習慣、条件反射、嗜好。
…そして元は他人であるところから始まっている関係。日常であるが故の蓄積。
脚本にいいピースを拾ってきてる。

あと通貨ネタは最高にウケる。
生活に密着するモノなら何でも…デバイス、インフラまで餌食にしていく「新しい生活の提案」が面白すぎる。
無風

無風

オイスターズ

損保ジャパン人形劇場ひまわりホール(愛知県)

2017/06/02 (金) ~ 2017/06/04 (日)公演終了

満足度★★★★★

無風… うん、これ、むっちゃ好みのやつや。不条理感漂わせながら、思わず法則性を探してしまう… 引き込まれる感。旬の女優7人体制というのがまた美味しかった。
かなしくて^2も中之島からパワーアップ。女マネに注目(=゚ω゚)ノ

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ネタバレBOX

【無風】
冒頭…一人芝居。ト書きを読む様な曲者な台詞…観客の反応を試すような、戸惑わせる台詞…文の最後で流れを覆す否定語句の濁流… 意味を成さなくなる説明・動機・前提句…

へそ曲がりの言葉遊びと化す台詞の数々に、いや増す不条理感を醸す前半の展開でしたが、…訳も分からず、クルクルと入れ替わる「数多くの舞台」の存在を想起させたところで… 言葉中心の世界から一転!…物語は記号化、メタ化される。

舞台の四隅にはドアが模され、他空間(舞台)とリンクしている。ドアから外へ出ると他の舞台に出るらしい。
そして入れ替わりに、反対側のドアから他の役者が現れる。やはり他の舞台から来たらしい。入れ替る役者は別人なれど、同じ役を課されている。

各々単独行動だった役者達は、出入りするうちに…あるパターンによって、まるで増殖する様に同じ舞台に邂逅を果たす。徐々に遭遇は増え、役者は集まり、コミュニケーションを始める。増殖の規則を探る役者たち。まさしく暗中模索の態。

表面的にはコメディ感を漂わせ、試行錯誤を重ね、周囲の空気を読みながら右往左往。あたかも脚本の意図を探る役者の制作過程の様でもある。その奇妙な繋がりに、自分が…何の舞台で、何の状況下で、何を課されているか分からなくなってくる役者たち。

アイデンティティを失う恐怖から遮二無二逃げ出す役者たちが、遂には舞台をはみ出し、劇場の表裏を縦横無尽に駆け回る様は、今までに無い面白さ。七人七様の反応と狼狽が楽しい。これを新進の女優7人で構成するのはあざとくもあるが、素直に美味しいし、嬉しいね。

7人並ぶと、相対的に川上さんの声の張りは印象的でした。

一人クールに法則を探っていた藤島さんが、持論が崩壊していくとともに、…徐々に多数派にすり寄り…「その他大勢」に変わっていく過渡は好きなトコ。

さて実は、登場人物たちと同様、本作の意図するところを掴み切れずに、未だ頭の中で右往左往。

思わせぶりなトタバタ・ダークコメディとだけ受け取っても極めて面白かったけど、…平塚さんだから、やっぱ何か深意を窺ってしまうんだよね。

前半で提示された…言葉遊びと多数の舞台を、記号化して俯瞰しているのが後半だと思っているのだけど、メビウスの帯として完結する(しない?)構成は、シニカルに徒労を指すのか、…同じことを繰り返すコミュニティを揶揄しているのか。
いや、繰り返しは必ずしも悪では無いか…

行きつ戻りつ、行く先を誘うもの無い「無風」の中で、自己を確立せんともがく、芝居作りの地道さ、積み重ねの象徴であるのかも。

… 我ながら、迷走だぁ…

【かなしくてかなしくて】
中之島の時から脚本に対する感想は変わりませんが…今回、女マネの山本一樹さんの怪演は素晴らしい!
やはり、これが本来あるべきキャスティングだったんじゃないかと思う。
中之島の川上さんは、この役やるには可愛いすぎる。これでこそ、中尾先生の罵倒が活きるってもんです。

そしてこの芝居、やっぱり最後は、「芝原さん、お疲れ様…」って思っちゃいますね。
何気に水の勢いが増してて、中之島からのパワーアップを感じました。

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