シェイクスピアの子供達とラビリンスな家族たち
劇団東京ドラマハウス
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2016/06/23 (木) ~ 2016/06/26 (日)公演終了
満足度★★★★★
凝った作りのような...【星チ-ム】
架空と現実のラビリンス(迷路)の物語であるという。その設定は、公演に向けてシェイクスピアの「リア王」の稽古に闖入者が...。そして稽古中にも関わらず、独自の演劇論が繰り出される。この突然入ってきた四人家族の正体とは、そして彼らの真の目的とは何か。
初見の劇団公演であるが、この迷路、迷い込んだら病みつきになるかも...。
(上演時間2時間弱)
ネタバレBOX
典型的な劇中劇である。その構成は多重になっており、物語の進展は漂流するが如くあちらこちらに行くが、ラストはある程度予測がつく。予定調和のような気もするが、それまでに描かれる過程が面白い。
セットは、舞台周りにレンガ状の通路。中央は段差があり、そこに演台を設置してある。また高さのある2つの衝立が、演台の左右にある。その柄は縦に白黒の交互模様。何となく鯨幕を想起させる。場面によって、その衝立を反転させ、違う絵柄が現れる。この情景変化は、舞台美術の制作に関する注文が発せられ、その力量が試されるという、劇中演出であることを示す。
梗概は、先に記した「リア王」の稽古中に四人家族が突然入ってきて、自分たちの物語の結末を教えてほしいという。この者達の素性、目的などが不明のまま。そして稽古は中断し、この家族の一人ひとりからドラマが語られる。その複雑な家族構成、心の闇、愛憎・嫉妬など、まさしく心のラビリンス。
話はいつの間にか、この四人家族が自分(稽古中の演出家)の実家族へすり替わる。いつの間にか青森・津軽弁で語りだす、演出家の生い立ち。四人家族にいる息子の咳、演出家自身の咳がシンクロして同一人物であることは想像がつく。この演出家の姿...どうしても太宰治を想起してしまう。稽古劇は「リア王」であるが、ハムレットの有名な台詞も飛び出す。そぅ「To be,or not to be, the question」である。太宰の生まれ故郷、作品「新ハムレット」を連想する。全体を支配する演出は、法廷劇から家族ドラマへ変容する。
この稽古..「.リア王」の役イメージを巡り議論している最中。いったん20分間の休憩を入れるが...演出家の夢想における深層心理のようなラビリンス。この家族の正体、セットの鯨幕が象徴している。
役者の大仰な演技は、劇中稽古のイメージ。しっかりキャラクターが立ち上がってくる。その役者陣のバランスも良く、最後まで緊張感(途中まではサスペンス風)を保ち、観(魅)せてくれた。
この公演、シェイクスピアに魅せられた演劇人...「シェイクスピアの子供達」を導入にしており、「迷宮(ラビリンス)な家族たち」が掻き回す。いや書き回している。当日パンフには、作・演出の井口成人 氏がデザインのことについて書いている。チラシの絵は三階建に見える建物もよく見ると二階建という。あれ、自分では導入稽古中、闖入劇、実家族という三階建(構成)と思っていたのだが...。自分としては、”二階建と見るか、三階建とみるか”、それが問題だ。
次回公演も楽しみにしております。
震~忘れない~
Unstoppable Film
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2016/01/20 (水) ~ 2016/01/24 (日)公演終了
満足度★★★★
ドキュメンタリー風
東日本大震災から5年、改めて地震・津波の天災とそれに伴う人災を問う。ドキュメンタリー的手法のような公演であった。それは既にTV映像や新聞報道で既視し、または既報された出来事をいくつか挿話として繋げているように思う。
創作劇としての物語ではなく、当時起こった、またはそれに起因した出来事を描いているが、その展開は系統・時系列のように整理はしていない。その場面、シーンの不連続な重なりが各所で起きている出来事の臨場感と現実感を生んでいるが...。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
冒頭の地震・津波による轟流・轟音はすごい迫力があった。この物語の緊張感は、このシーンで掴み全体イメージを形成した。そして起因した出来事を踏まえた上で、そこから生じた問題を色々な立場や観点から描く。1つ1つの出来事は、エピソードのようになるため冒頭の掴みが重要になっている。
その描き方であるが、5年の歳月を経ていても悲惨さは直ぐに実感してしまう。もっと言えば5年を経ても...この間に何(復興の進捗)をやってきたのだろうという思いを強くする。それだけに感情ではなく客観的に描くことで、今の現状が浮かび上がる。そこに今、この公演を行う価値があった。
一方、人災(原発)は、人の利害、行政の思惑など色々な要素...背景・状況などが錯綜し、制作者として第三者的な言動は炯々には言えないだろう。さもしたり顔したとしても当事者の心情に響かないし、芝居を観るている観客の心魂を揺さぶらない。
ドキュメントにすることで事実(または類似)の重みが伝わる。そうすることで「原発事故」は日本人全体との問題、「福島の人は大変」などという他人事にならない。観客が自分のことのように考えてもらう工夫のようなものがある。
マスメディアからの情報はもちろん、取材もしているのではないだろうか。
架空の出来事ではなく、実際起きたこと。同じ時代に生きても、その体験、視たことがなければその痛み・悲しみが見えないし共有することもできない。
物語は十分、その魅力を惹きつけるが、やはり展開が細切れのような...。
もう少し創作...感動的シーン(はぐれた子供との再会も早く、その心配する様子も平面的)を(魅せるため)盛り込んでも良かったと思うと、少し勿体無い公演になった。
舞台美術、音響・照明という技術は素晴らしく、物語の重厚さを増す役割を果していた。
次回公演を楽しみにしております。
ショカの恋文
カリバネボタン
萬劇場(東京都)
2016/06/22 (水) ~ 2016/06/26 (日)公演終了
満足度★★★
時代背景が錯綜する
説明文によれば、奈良時代から平安時代の平城天皇・嵯峨天皇兄弟。 『薬子の変』で争ったのは何故か。
古代中国の殷の王子 子昭は病を治す旅に出て、恋した女に心を伝えるため彼は漢字を発明し続けるのは何故か。
書道ガール 鈴里蛍が出会った盲目の青年 明。 盲目の彼に書道家トゥクドゥスーウンの作品が見えるのは何故か。
この三つの時代を 佐伯真魚と橘逸勢が繋げる。
時空間移動が繰り返されるが、それが分かり難くいようにも...。
しかし、書...特に「漢字」にまつわるエピーソードが面白く描かれる。
(上演時間2時間30分 途中休憩なし)
劇団の要望もあり、ネタバレに関することは26日以降公開します。
AOI NO UE 葵上 TOMOE 巴
(有)Yプロジェクト
渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホール(東京都)
2016/06/22 (水) ~ 2016/06/24 (金)公演終了
満足度★★★★
今を捉えた内容
「AOI NO UE 葵上」と「TOMOE 巴」の2部構成であるが、その底流には共通した現代の問題が描かれている。両方観ると分かるが、葵上だけだと、そのタイトルから源氏物語そのものを想起する。確かにその描きが濃いが、あくまで現代、それも今を捉えたものである。
テーマは明確であり、それを印象的に描くという演出の工夫が観られるが、少し中途半端な感じもする。それでも物語に強い牽引力があり、最後まで飽きさせない。
(上演時間2時間20分 途中休憩10分)
ネタバレBOX
舞台セットは、三間四方の正方形の舞台。その角には柱、客席正面奥には囃子方(能管、小鼓、ピアノ)、上手にコロス(地謡合唱隊)。下手には、あの世とこの世を結ぶ橋掛かりの通路がある。
「AOI NO UE 葵上」...新興宗教「光の源」は信者を増やし、国政にも影響を及ぼす。教祖、光(ひかる)の正妻葵(あおい)は懐妊したが、子宮に重度疾病が見つかり余命宣告がされる。呪術使いの巫女によれば、そこには六条(光の愛人)の生霊が見え、その霊を退治する。そこに表れた真の姿は...。
源氏物語「葵上」が材か。
「TOMOE 巴」...選挙を控え、憲法改正・悪論議、特に憲法9条 自衛隊のあり方が選挙の争点。そんな時期、墓参り愛好家(墓マイラー)達による有名人の墓地巡り。そこに現れる三島義仲(由紀夫)の愛人(男)の亡霊が現れ、自衛隊市谷駐屯地での三島割腹自殺の光景。義仲と最期を共に出来なかった恨み言...。
能「巴」が材...木曽義仲の愛人にして女武者
「AOI NO UE 葵上」と「TOMOE 巴」の間に狂言回しならぬ、現代漫才が挿入される。
両方の底流にある現代の政治(社会)問題への問いかけ。そのテーマは明確であり、それを能楽×現代劇×音楽劇として魅せる。古代の物語を現代に置き換えて...そこには少しの融合、融和も見られない、中途半端な感じがした。
古代の物語の部分は能楽...その夢幻能であるが、現代シーンでそれを行うと違和感がある。また能面も上部分(目鼻)だけを覆うもの。音楽は和楽器と洋楽(ピアノ)の音質の違いもあり調和していないと思う。「AOI NO UE 葵上」も「TOMOE 巴」も、それどれの描きの中で「古代」と「現代」を区別し、別々に描いている。それゆえ分離した印象であり、その演出のために能楽と現代劇をあてがうようだ。そしてその音楽も古代=和楽、現代=ピアノのような。もっと古代、現代を融和してモチーフが垣間見える程度でも良かったと思う。
しかし試みは面白く、違和感を感じつつも飽きることはない。逆に物語の展開に興味津々、楽しめる。その意味でなんとも不思議な公演であった。まさしく”現代能楽劇”なのかもしれない。それを体現した役者陣の演技は見事。
次回公演を楽しみにしております。
ギンノキヲク2
演劇制作体V-NET
TACCS1179(東京都)
2016/06/15 (水) ~ 2016/06/19 (日)公演終了
満足度★★★★
トータルバランスに優れているが...【Bチーム】
介護をモチーフにしているが、それはあくまで生活の一部を切り取るようで、施設で通じ合うことの本質を自然と感じる。それゆえ重くならない、という描きに希望が観える。
プロローグからエピローグへ、その完結する話の展開は手馴れたもの。誰もがいつか世話になるかもしれない、そんな高齢者施設...特別養護老人ホーム「紀陽の里」での心温まるドラマ。
前回は、ラビット番長公演として観たが、今回は演劇制作体V-NETとして上演している。内容的には変わらないが、演出に工夫が凝らしてある。しかし、その点が少し気になるが...。
(上演時間1時間45分)
ネタバレBOX
舞台セットは、基本的には変わらない。特別養護老人ホーム「紀陽の里」の事務所。そこは段差を設けて少し高い。その事務所を真ん中に、上手・下手に紗幕で蔽われた異空間をイメージするスペース。事務所内は、机、椅子、パソコン等の事務用品などが配置されている。その全て横に並んだ作りは観客を意識したもので、映画「家族ゲーム」(1983年 森田芳光監督)の食卓風景そのもの。
梗概は、この「紀陽の里」での人間模様が中心。さて、毎回このホームではレクリエーションが披露され、それが物語に彩りをつけている。今回は漫才、アイドル、そして落語である。メインはプロローグで演じた落語「芝浜」(「唐茄子屋政談」も面白い)であろう。先に記した演出の工夫というのは、この落語(高座)を演じている最中に脳梗塞で倒れ半身不随...そしてホームへ入所しているところへ繋がる。
その師匠の息子であり弟子がこのホームで働いている。落語修行の途中で芸人としてTV話題になったが、それも一時期のこと。一発芸人として、「今あの人は」という追跡番組で取り上げられるか。この「落語」がプロローグからエピローグで完結し、その観せ方はさすがに巧い。
気になるのは、この「落語」はレクリエーションの出し物、そこでの人間模様も脇筋ではないだろうか。自分では、ホームでの高齢者(利用者)または職員の視座からの話が本筋で、そこで巻き起こる泣き、笑いがこの公演を支えていると思うのだが...。本公演では、確かに訪問介護先での対応の難しさ、徘徊への対応という利用者の描き、一方ホームの経営事情、職員の労働条件の悪さも説明される。
それでも、脇筋は本筋のテーマなりを暈けさせるようだ。チラシ--介護で人を笑顔に出来るのか?--「老人介護」というテーマに真っ向勝負を挑み、介護する人、これから向き合うことになる人に共感してもらえるエンターテイメント作なのだから。本・脇筋のトータルバランスは良い。そこに少し軽重をつけてほしい。
それでも、この脚(本)は素晴らしい。そういえば落語ネタのところで、薄毛髪で弄っていたが、そうなった理由は「神(髪)に召された」とか。自分は「紙(本)に魅せられた」といった満足感を得た。何しろ髪は1本1本が大切だが、こちらの紙も1本1本が勝負。
次回公演を楽しみにしております。
COLORS
天才劇団バカバッカ
吉祥寺シアター(東京都)
2016/06/10 (金) ~ 2016/06/19 (日)公演終了
満足度★★★★
現代的テーマが...
現代的なテーマをコミカルに描きながらも、その内容はシュールで心に響く。多くの人に理解できるような、もしくはしてもらうような...行政の啓蒙劇のような感じもしたが...。なにしろ「市議会から様々なマイノリティを加入させるよう 指示されたことから巻き起こる大騒動」なのだから。
この吉祥寺シアターがある武蔵野市はもちろん、いくつかの市区で”LGBT”に積極的に取り組んでいる。例えば、中央線沿線の国立市では、庁内で実施したLGBT研修を受けた職員が「LGBTバッチ」を着用しているとの新聞報道があったほどだ。
タイトル「COLORS」は、色々な意味で「共生」を表すのだろうか。
ネタバレBOX
マイノリティといっても様々な方がいる。その描き方は小市民感覚から壮大な世界...その先の大きさまで包含した描き方である。芝居的にツッコミどころはあるだろうが、卑小なことに捉われず、その底流にあるテーマなりを楽しみ、考えたい。
舞台美術は中央に映像が映し出されるが、あくまでイメージのみ。そして舞台上は陸橋のような階段を真ん中で断ち、それぞれの片側階段を可動させる。またシーンによって部屋をイメージさせる衝立を配置したりする。物語の展開は、ご当地ヒーロー・市営戦隊ファイブ・カラーズが中心になるが、その正義のヒーローは固定化しない。誰もがヒーローになり、悪者の役柄に代わる。そしてメッセージは「正義とは悪を作らない」と。
このマイノリティ、「いない存在」ではない。そして言葉の定義をしっかり行うことが大事だ。確かにLGBTは、性的少数者の総称であるが、同性愛のレズビアン(L)、ゲイ(G)、両性愛のバイセクシャル(B)、心と体の性が一致しないトランジェスター(T)の頭文字である認識。公演でもその説明がされた。
この公演では、この枠を超えた、さらに大きな範疇で捉えた差別を描くことで、現実にある、そして目の前の差別に警鐘を鳴らす。その観(魅)せ方が実に巧い。
ストーリーは、あちらこちらに飛び漂流するようであるが、その本筋はしっかりした方向性を指している。すなわち理解され難い人々、マイノリティへの相互理解へ。その物語をしっかり体現している役者陣の演技はキャラが立ち、見事であった。
また、どうしても移民や在日住民の課題を想起してしまう。こちらの問題は、自分ではフーコーの振り子のように気持の証明(整理)が定まらないのだが…。
次回公演も楽しみにしております。
雨夜の月に 石に花咲く
SPIRAL MOON
「劇」小劇場(東京都)
2016/06/15 (水) ~ 2016/06/19 (日)公演終了
満足度★★★★
狂想曲...協奏曲のように共鳴して
たゆたゆの人とエゴの人のチグハグとした思いが妙に可笑しい物語。
舞台美術は、 SPIRAL MOONらしい丁寧な作りで、物語を展開する上でとても大切な役割を果たしている。そして気になるのが、この叙情(諺・故事)的なタイトルなのだが...。
(上演時間1時間25分)
ネタバレBOX
舞台セットは、地方の金物店の座敷。正面には両開きのガラスドア。中庭のようなところに自転車が置かれ、塀には蔦。上手・下手は廊下があり、上手は玄関に通じ、下手は台所など家内の各所へ通じるらしい。畳に丸卓袱台。来客に応じテーブルが運び込まれ、受賞結果を待つ控えのようだ。
開演までの間、ネコ、鳥、虫の声...風情が感じられる。
また制作サイド、客席の座席配置は前後席を多少ずらす。前の人の間から観ることが出来るよう配慮している。細やかな心遣いである。
梗概...都心から2時間であるが、都会の喧騒が感じられない地で金物屋を営む男・志田亀雄(久堂秀明サン)が、人生の記念に書いた小説が権威ある夏目文学賞の最終候補に残った。そして結果発表の当日、何となく落ち着かない男のところに、編集者、地元紙、全国紙、スポーツ紙の記者と地元TV局らが、受賞取材のために来ていた。最終候補者4人のうち2名が盗作疑惑、作風違いで辞退した。俄然受賞の機運が高まり周囲の人間も受賞を心待ちにするが、その本心は...自己都合、エゴむき出しといったところ。
マスメディアの人々、この志田亀雄は受賞者候補の中でも注目されていないが、万が一の受賞に備えて派遣された、二番手・三番手の取材者。ところが受賞の期待が高まりエース級の取材者と交代させられそうになる。どうしてもスクープをモノにしたく...そのドタバタが面白可笑しい。巡ってきたチャンス。
どちらも現実(目)にならない結果...タイトルの意味するようなことか?
候補者本人の気持よりも周りの人々の思惑に翻弄される。段々とエゴがむき出しになる、それにストレートに絡まないボンヤリ感が地方都市らしい情景と相まってホッとする。本人の当初の気持..処女作がたまたま評価されただけ、野心も次回作の予定もない。しかし、結果は、次作「ボレロ」も高評価を得る、とラジオ放送を通して聞かれる。
小説というネタがこの公演の面白いところ。偶然であれ、評価されて気持良くなり、通常であれば舞い上がる。ところが主人公はいたって淡々としている。この男の妻・鶴子(秋葉舞滝子サン)が実にうまく本人の気持を代弁する。夫婦のほのぼの感がうかがい知ることが出来る。一方、編集長の才能は大切。それは本人のためだけではなく、読者のためにある。本人の思惑とは別のところで働く芸術(読みたいという欲求)という視点の濃密な遣り取り、観応えがあった。
最後、第二作が「ボレロ」(本のオビに「変じゃない、恋だ!」)だという。有名な作品概要は、自分が踊る準備をしているが、周りはその気にならない。しかし段々と周りも巻き込んで盛り上がる。本公演とは逆パターンであるが、この公演も洒落た演出かも...。
次回公演を楽しみにしております。
平和な時代に生まれて-終わりなき道の標たち-
九十九ジャンクション
小劇場 楽園(東京都)
2016/06/15 (水) ~ 2016/06/19 (日)公演終了
満足度★★★★
深く重いテーマであるが、分かり易い
物語の内容がすぐ分かる、そんなチラシはインパクトがある。もちろんテーマは「選挙」と「平和」の問題である。近い将来に起きるかもしれない、そんな身近なことでありながら、なぜか飄々と描かれる作風...その少し距離を置いた演出は巧みである。時間軸を長くすることで、政治判断の是非は歴史が証明(審判)するような...。
(上演時間1時間45分)
ネタバレBOX
舞台セット...冒頭は大学のサークル部室内。白板には「軍事介入することから生じる無幸の市民の犠牲」「軍事介入しないことから生じる無幸の市民の犠牲」が書かれ、その功罪のようなことについて議論する。大学生らしい有・無為という2極という分かり易さ。マニフェストまで見える。
大学生として、平和問題に対する関心。そこに50歳代の新入部員が加わり、実際自分たちの政策を実政治に通用するか。そんな若者思考が序盤の話。
選挙、公職選挙法等の改正(選挙権年齢、18歳へ引き下げ)施行を機に、若者層の支持獲得へ。従来型の選挙活動(地盤・看板・鞄)を嘲るようにネット利用による政策浸透が効を奏する。今の選挙制度、システムに対する批判。特に投票率と議員世襲の問題は露骨に観せる。もちろん国政を始め身近な最小行政地の選挙まで自分の生活・暮らし向きに関わるのだから当然であるが。
そして国政での政策実現に邁進する。そこには大学生の面影はなく、政治家としてのダークさも垣間見える。現実社会との折り合いが必要なことも透けてくる。そして掲げた「積極的平和主義」...20代で「軍事訓練義務」、中高年が派遣地状況によって徴収される「戦地兵役義務」という、世代ごとに責任と義務を負う。時限徴兵制・兵役義務が、国民に平等になれば逆説的に争いも減る、というもの。この世代間負担(義務)の考え方、今の年金制度に似ていると思うが...。
この公演、深く重いテーマであるが、プロパガンダに陥ることなく、柔軟な笑いに包まれた上質な仕上がり。テーマは一目瞭然であり観客も自分で考えるということは承知の上での訴えであろう。今、描いておきたいという気持が十分伝わる。
次回公演を楽しみにしております。
くちづけの麦を
劇団回転磁石
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2016/01/15 (金) ~ 2016/01/18 (月)公演終了
満足度★★★
寓話のようであるが、その訴えが弱い
冒頭は宗教色...受胎告知などという台詞が飛び出すような寓話のようで、期待感が高まるが...。この冒頭の壮大感は、本編に入ると萎んでしまう。
物語の展開に捻りがなく、描き方も表層的で観客(自分)の心は揺さぶられることはなかった。ファンタジーという謳い文句であるが、その作風も普通の劇のようで魅力を十分発揮していないようだ。
ネタバレBOX
梗概...「天使募集」のチラシを見て、そこにある受胎告知の仕事に応募する。「受胎告知」は天国の川を流れている魂をすくって、地上の女性に届ける。しかし届けようとした女性は難産で、その父親が「子を犠牲にしても、娘の命を救ってくれ」と懇願しているのを見て、その魂を連れ戻す。
中世ヨーロッパの街を想起させるような舞台。それはレンガを積み上げた重厚感を醸し出す。
街の中心にある教会傍でパンを売っている子(ベルヌ)は孤児たちにパンを分け与え慕われている。そんなベルヌは時折、聞こえるはずのない人々の苦しみの声が聞こえる。それを鎮めるのは父親が汲んでくる水。自分が父親の代わりに水を汲みに行こうとするが、その川の所在を教えてくれない。そして父親の言葉...教会へは行かないようにと。
少しミステリアスなところもあるが、全体的にはお手軽な感じ。物語の設定の割りには深みが感じられないのが残念。演技としてはハツラツとしており若さ溢れて好感が持てるが、その体現すべき脚本・演出が物足りない。
そう言えば、都市部にも下水道があるが、それは近くて遠い存在であろう。マンホールの下に広がる世界を知らない。しかし本によれば胎内を思わせるような...街が生きものであることを実感させられるという。何やらこの物語にある教会下に流れる川、受胎告知に繋がる胎内という神聖さ神秘さ。
全体的な着想は面白いと思うが、それを十分表現仕切れていないように思う。観客の心を揺さぶるような...
次回公演を期待しております。
GIFT あなたが教えてくれたこと
Funky Honey
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2016/01/15 (金) ~ 2016/01/17 (日)公演終了
満足度★★★
ハートフルミュージカル...もう少し深みがあれば
笑いと涙のハートフルミュージカルという謳い文句の公演...その描いたイメージは、人間の「優しさ」と「恐ろしさ」という二面性を見せる。
この物語は、既に何度か見覚えのあるような内容で目新しさは感じられない。そして、ミュージカルということから、もう少し魅せるダンス、聞かせる音楽を堪能したかった。
何より未来の氷河という荒涼、寂寞感が伝わらない。また喪失感のような空虚な心情描写が見えると好かった。
ネタバレBOX
物語...人間の「優しさ」は、主人公にあたる幼馴染2人が時空を超えて2255年の世界にワープした時の出来事。時空間移動を可能にする機器が故障し、元の世界に帰れなくなり途方にくれる。それでも相手を思い遣る心を見失わず相手を信じる。そこに居たネズミ…実験マウスとの邂逅も心温まる。
一方、未来の世界は氷河に...。その荒涼・寂寞した原因は人間の行為なのか、自然現象なのか判然としないが、人間が何らかの形で関わっていることを示唆する。その人間に寄り添っていたのが、人型ロボット(擬人化で表現)である。もちろんロボットであるから人間的な感情は持たないが、いつしか心情、機微という表現し難いことも理解していくようになる。全体を包む雰囲気は良かったが、その表層的な世界観では心魂が震えなかった。
役者は全員女性であり、ミニ宝塚歌劇団のようで、柔らかい雰囲気がある。一方、役柄に成りきれず、気恥ずかしさが伝わるところがある。特に男性(役)は、男の仕草を真似るという外見に捉われた演技にとどまらず、男性役としての”華”(シャープな動き、大きな身振りなど)が観えると映える。
ファンタジーとしての魅せ方は良かった。ロボット...稚拙なしゃべり方がそのイメージであるが、その表情は無表情に近く、それが除々に感情移入していくような錯覚。その先にある自己消去という行為に悲しさが滲む。「物」から「形」へ、そして「心という器」が感じられた。
次回公演を楽しみにしております。
BREAK 【グリーンフェスタ2016 「BIG TREE THEATER賞」受賞】
劇団C2
シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)
2016/02/17 (水) ~ 2016/02/21 (日)公演終了
満足度★★★★
体感エンターテイメント...見事!
グリーンフェスタ2016において 【BIG TREE THEATER賞】を受賞。その印象は、説明に謳っているスピード感溢れる「体感エンターテイメント」を表現。 ドラマチックに描かれる登場人物たちが創り出す胸を突き抜ける感動。」は実に見事!
日本の戦国時代という歴史物語のような感じもするが、あくまで異次元での出来事として描いている。話が進展するにしたがい、現実的でないことは明らかになる。その描かれる根底にあるものは...。
ネタバレBOX
テーマ性としては、人間の本性や自然界の掟のような受け入れやすい命題...その掲げられたものが観える。それを物語の展開で実証していくようなもの。
始めのうちは、メイク、衣装などの外見的ビジュアルに目を奪われるが、物語にも面白味があることから飽きることなく観ることが出来る。
この公演は観客の気を逸らさないという点、テーマ性のお仕着せでなく寓話の役割を果たしている。それらの要素をしっかり取り入れたエンターテイメント作品である。
梗概...疲弊した国に突如として現れ、時の権力者(将軍)に取り入った女・魅鬼(キキ)。彼女は秘術を駆使してあらゆる問題に対処していくが、権力者の思惑を超えて支配していく。一方両親を失いある邑で育てられた男・鎌田真悟朗は絶対防御の力を得る。ここに思慕する女性がいるが、それは邑で義兄弟の契りを結んだ男の妻。この人間的ドラマと、何年も前に起こった神秘・猟奇のような力を持つ”腕”。そこに宿っているのは絶大な力。それを手に入れた将軍、家臣団といつの間にか救世側に立つ魅鬼とその仲間との戦い。その力・邪悪なウイルスを駆除するという社会派ドラマの様相になる。その人間味ある物語と社会的要素を含んだ寓話のようなものが融合した話。
演出は、ダンス・パフォーマンスで魅せる。必ずしも”殺陣の力”ではなく、”剣舞”のような観せ方である。展開している場面...戦闘・対決シーン、思慕・恋愛シーン、回想シーンなど、場面に応じて伝える手法、臨場感、雰囲気の作り方が巧い。例えば、対決または対峙する場面は段差のある舞台装置を上手く利用する。客席からは一直線上に重なるキャストを上段・下段に配置することで、その姿が重ならないようにしている。同時に多くにキャストが登場する場合には、敵・味方のどちら側の人間か明確にする。要は観客が物語に追い付けるようにしている。それは観客を舞台上にのせ体感させ、一方話に同化し過ぎないよう俯瞰しているという視点も兼ね備えているようで、相当観せる工夫をしている。
この物語で、大きく感情を揺さぶられたというシーンはなかった。エンターテイメント性、観客に観てもらうというサービス精神に溢れた公演...そこが最大の魅力であったと思う。
次回公演を楽しみにしております。
らいおんの憂鬱
ザレ×ゴト
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2016/02/04 (木) ~ 2016/02/08 (月)公演終了
満足度★★★★
笑いに隠された鋭い問題提起
本筋は(近)未来に実現しそうな宇宙旅行中の出来事である。その時から更に先の時代から或るミッションのために派遣されてくる人の活躍...ストーリーはループするような感じでそのラストシーンは観客の好みが分かれそうである。
基本はコメディであるから小ネタにも伏線を張り巡らせている。近未来要素を少々詰め込みすぎちゃったよパワフルファンタジー、面白かった。
ネタバレBOX
300年先の世界からやってくる...その時代では宇宙環境が変化しており、「太陽」という存在がなくなる。いつまでもあると思っている環境、物質、生物などへの警鐘が鳴る、そんな問題提起を含む内容である。その大きく重いテーマを笑いという渦の中にかき消す。硬質に描くことが出来る内容であるが、そこは柔軟にすることで、観客一人ひとりが向き合う問題としてしている。
舞台美術は、中央にサークル、その輪郭に沿って左右に可動する三角形の台座状の装置。舞台奥を少し高い位置にし、別次元(場所)をイメージさせる。そこは紗幕で蔽い鮮明に観えない分だけ距離感を表す。基本的にはサークルにある三角形の台座を動かし、操縦席やその他の室内演出をする。時空間移動を伴うが、分かり易い展開になっている。
ストーリー中の挿話は、現代の社会問題そのもの。
話は、300年前の宇宙(観光)旅行している宇宙船が危機的状況になることを知り、未来からその救助のために派遣されてくる。表層的には、その救助の過程における旅行客・乗務員の人間模様が描かれる。その危険な状況に陥る原因は、宇宙海賊船による緩い襲撃、宇宙環境(隕石など)による衝撃である。元々、海賊船の乗員がその労働対価に見合う賃金、労働条件の改善を求めるため、船体の機材(エンジン等)を売却し給料に充てる。実社会のブラック企業を糾弾するかのようだ。
もちろん、環境問題も透けて見える。
さてラストシ-ン...宇宙船からの脱出における新婚夫婦、親友、乗務員仲間などの人間模様が中心に描かれてきたが、その話がループするようで、悲喜劇が錯綜して終わる。この展開を悲劇にして余韻に浸るか、喜劇にし安堵して帰路につくか、観客の好みが分かれる。
総じて若い役者で構成されており、躍動感があり勢いがある。また演技力に差が見られずバランスが取れていたと思う。その一方、役のキャラクターに個性がなく、誰もがどの役を演じても同じに見えるかも...。
次回公演を楽しみにしております。
どりょく
かわいいコンビニ店員 飯田さん
北池袋 新生館シアター(東京都)
2016/06/02 (木) ~ 2016/06/12 (日)公演終了
満足度★★★★
再演作...なかなかに面白い!
本公演は新作と再演の2バージョンあり、それぞれ3作品ずつ。自分は再演バージョンを観たが、どれも可笑しさの中に得体の知れない、不気味なものを感じる。その感覚は作品ごとに異なる。
開演前のいい加減な前説アナウンス...しかし、芝居は基本コメディであるが、その内容はシュールで観応えがあった。まぁ、深層にある「本音」と「建前」といったところであろうか。自分的には、テーマの統一的なものが感じられるか、垣間見えればもっと好かった。
ネタバレBOX
さて、この作品に共通したテーマがあったのだろうか。強いて言えば、タイトル「どりょく」といったところか。
○「幸福の論理」
男女3人(男2人、女1人)の捩じれた恋愛話。ブスは哲学者...ブスは好かれるために悩む、そして”努力”するらしい。かわいい女性は悩む必要がない。そして小学生並みの恋愛表現、好きだから意地悪するという。
○「希望ある死」
苦しまないで殺してくれる、そんな闇社会(事務所)での話。何で死にたいのか定かではなかったが、いずれにしても安楽死、嘱託殺人行為を依頼。それがいつの間にか生きたい、そう”努力”してみたい気持になる。
○とべひこうき」
ハイキングと称して一緒にきた動物を置き去りにしようとする話。飼い出したころに比べ体も大きく成長し、餌代や近所からの苦情に耐えられなくなった。人間の身勝手さと動物の慕う姿のギャップ。どうにか「共生」の道を探す”努力”を...。
この舞台転換は薄暗(照度を調整)にして、なるべく自然に配置していた。この舞台美術は、物語の内容を外形から支えるよう工夫していた。
役者は、コミカルな演技の中にしっかり個性を表現していた。
当日パンフの作・演出 池内 風 氏が「心動く瞬間を少しでも多く作れるように『どりょく』いたしました」と。その思いは十分伝わった。堅苦しい話ではないのでリラックスして、とも書かれていた。この感想もこの程度の内容で失礼します。
次回公演を楽しみにしております。
コメディカルナイト
劇団クロックガールズ
新宿シアターモリエール(東京都)
2016/06/08 (水) ~ 2016/06/12 (日)公演終了
満足度★★★★
コメディ一夜物語
非リアルからあぶり出される事実。敢えての非リアリティ...そんなことはあり得ないことは承知の上での設定。それでもどこかで見聞きしたようなことを思い出す。
例えば救急車に乗り込んでも直ぐに病院へ搬送できない。受け入れ病院を探すのである。付き添いで救急車に乗った時、イラつきを覚えたことを思い出す。
(上演時間約2時間)
ネタバレBOX
梗概...救急医療の緊迫したシーン、実は妄想の世界。この公演の登場人物を全員参加させてのお披露目ダンスである。一転現実に戻り、研修医がベテラン看護師らにいじられるという笑い。この冒頭の緩急の演出の掴みは面白い。
経営危機に瀕した救急指定病院であるが、 そこには、やる気も知識も腕もない3代目院長と同じようなコメディカルスタッフ(医療従事者)がいる。そんな病院に夜間救急外来があり、重大事件が起きる。
救急患者の受け入れ拒否、研修医の医学書が手放せない机上学問からの脱却、新人看護師の基本処置(注射行為など)の未熟さ、部外者の出入り自由なセキュリティの甘さ...などの医療現場の杜撰さ。有名芸能人の妊娠とそのスクープを狙う女性記者の行動など、もしかしたらあり得るかもという不思議感覚の展開。一夜の出来事であるから事柄の関連性はないが、病院というシチュエーションの中で隣り合っている可笑しさ。そして外部の事件との関係を想起させる巧みさ。いずれにしても徹底したナンセンスが面白い。
ラストは、なぜ救急医療病院なのに受け入れせず、次の病院へ誘導するのか、その理由が明らかになる。疲弊しつつも悪戦苦闘する医療従事者たちの姿をコミカルに描き、医療現場の闇にチクリと針を刺すような。
医療は人類の歴史と共にある。その医療知識と技術の発展・発達は、歴史においてその功罪(プラスマイナス)の面があった。
標語ではないが、安心・健全という医療技術と施設設備があ(れば)という未来。そしてもし、マゼランやコロンブスがビタミンCを知ってい(たら)という過去を思うと、間違いなく世界地図が今と違うものになっていたかもしれない。この公演こそ“たら れば”の仮想世界である。それだけ医療(現場)は重要であるが、その実態はどうなのか?そんなことを笑いに包みながら問題提起する。
医療現場という切り口を通して、医療とそれに携わるコメディカルスタッフ、そして一番大切な患者の現在と未来を思って楽しんだ。
次回公演を楽しみにしております。
アイバノ☆シナリオ
BuzzFestTheater
ザ・ポケット(東京都)
2016/06/08 (水) ~ 2016/06/12 (日)公演終了
満足度★★★★★
街の風景が...
人は現在だけを生きている存在ではなく、時空を超えて過去の人と心を通わせることができるのではないか。その仲立ちが長い時間を積み重ねてきた自然や街の風景だと思う。本公演の舞台は北海道網走であるが、その街イメージはなかった。確かに台詞や冒頭の踊りでイメージはできるが、視覚、皮膚感覚として体感できない。
それでも網走を舞台にする必要があったようだが...。
さて、物語の構成、演出の妙、役者の演技はどれも秀逸で観応え十分である。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
梗概...網走にあるスナック「かつら」は、地元の漁師や農家の人々などが集うその場所に元女優・相葉しほり が働き始める。 網走は、失踪した菜緒の恋人、哲哉の故郷。「ごめんなさい」という書き置きと、愛ある歌だけを残し失踪。 菜緒は、この街に来た意味を見出すことができるのか、というもの。
元女優・相葉しほり、本名・井野菜緒(楊原京子サン)は、その職業での再起に賭けていた。その精神的緊張...表層的には相葉のシナリオが展開する。舞台は網走になっているのは、タイトルとの関係であろうか。「ア○バ○☆シ○リ○」は網走と井野菜緒(イノナオ)の掛け合わせ。職業・女優と本名の一人二役、実は本名のほうが物語を成しており、網走の生活で心を癒やす。さらに、先に記した本人の精神的なこともあり、スナック「かつら」のママ川島喜世子(小林佳織サン)、失踪した男の兄・半沢宏哉(阿部浩貴サン)が考えた思いやり。この錯綜したような構成がラストの衝撃と余韻を残し巧み。
舞台セットは、中央奥に段差のあるカラオケステージが大きく作られ、上手はBOXシートイメージ、下手はカウンターと酒棚。スナックの雰囲気はあるが、11月以降の北国らしさは感じられない。
この錯綜したような構成は、謎めいた冒頭シーン、実に意味深で失踪と二年後に読まれるラジオの投稿がダブルという色々な場面に仕掛け、工夫をしている。チラシはクロスワードになっているが、本筋を縦軸とすれば、この店で働く女性・伊東朱音(稲村梓サン)の弟・卓馬(シロタケシ サン)の話、地元漁師・豊川雄介(藤馬ゆうやサン)の子供の時の事故、婚約者との関係などのエピソードは横軸として、緩く絡み合う。その関係の必然を強調するように結び目をきつくすると物語の伸縮性が少なくなり、観客の観る自由度を狭める気がする。その意味で適度な関係性に止めたように思う。そこに知的なエレガンスさを感じる。
この芝居では網走の隣駅・呼人駅の閑散たる風景を言っていたが、網走駅を起点とし上り・下りの7つ目の駅は、愛し野駅(石北線)と止別駅(釧網線)である。この7という数字は「素数」で、1かその数でしか約数できない整数。つまり代替がない...それこそ大切な人を意味する。この芝居の挿入歌「あなたの故郷」の一節...♪こんなにも私あなたの事が好きだったんだな♪。遠ざかったから、いつまでも近しく感じる人がいる。2度と聞けないからこそ、胸の中で自分の支えとなる言葉がある。不器用な人の不器用な生き方が素敵に描かれた物語である。そう、人間の生の滋味を味わうようだ。
ちなみに、止別駅の読みは、(しべつ)ではなく(やむべつ)と読む。
次回公演も期待しております。
実は自分も見切れ席…カウンター内の演技はよく分からなかった。
なだぎ武・山田菜々主演「ドヴォルザークの新世界」
劇団東京イボンヌ
スクエア荏原・ひらつかホール(東京都)
2016/06/07 (火) ~ 2016/06/10 (金)公演終了
満足度★★★★★
テーマ性が強く感じられる
劇団東京イボンヌは、「クラコメ!」という新しい演劇の形を掲げる。誰もがクラシック音楽を楽しめるよう創られた新しいジャンルである。そういえば、小中学校の音楽教室は、楽聖たちの肖像画が飾られ少し堅苦しかった。そして教養として教えられる知識、沈黙して鑑賞する名曲は正直心に響かなかった。その意味でこの「クラコメ!」...本公演は面白かった。と同時に強いテーマ性を感じた。緩い笑いに包んだ鋭い問いかけは、今までの公演とは少し違うようだ。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
舞台は、この劇団らしくオーケストラはピットではなく舞台上に配置している。そして今回はマイク集音なしで、まさしく楽器の生演奏であった。それだけに機器に頼らず楽器の特徴がしっかり聴き取れる。また曲選定であるが、今までの公演は、物語の情景・状況イメージに合わせていたようであったが、本作では、音楽・曲(交響曲第9番_新世界)誕生までのエピソードに則した選曲のようである。それだけにストーリーと選曲が合致し、その心象形成は深く強く感じた。
ドヴォルザーク(なだぎ武サン)は1892年9月にニューヨークに到着したところから物語が始まる。ニューヨーク・ナショナル音楽院のサーバー夫人(伊達裕子サン)に高給で招かれ渡米し、その間に作曲した交響曲第9番ホ短調<新世界>作曲のエピソードを中心に物語は進む。この当時のアメリカは人種差別が激しく、黒人への蔑視は相当あったようだ。その黒人以上に迫害されていたのが原住民インディアンである。舞台ではその迫害を手引きするのが、英国人の父とインディアンの母の混血児サラ(山田菜々サン)であり、その心中が複雑に描かれる。アメリカ...新しい国ゆえに文化がないと言われ、先住民の制圧を通して文化を葬り新しい文明を築くような光景が悲惨でならない。
物語の底流には人種差別、その作曲姿勢はインディアンの音楽と母国チェコへの郷愁が結びついて出来ている。その演出は、舞台上手上方から半円形の太陽を模したオブジェが...。アメリカの大自然の壮観に感動させているが、一方故郷ボヘミヤへの想いが募るようでもあった。
その観(魅)せる、いや聴かせる演奏は、例えばドヴォルザークが客席に向きながら、両腕を広げ上下に振っているが、それに合わせオーケストラが演奏しており、まるで なだぎ武サンが指揮をしているようだ。普通の演奏会では指揮者・演奏者が向き合い呼吸を合わせるのだが、劇中の役者が指揮者として溶け込ませており演出の妙。
この舞台は衆寡(しゅうか)のメリハリがあり、群集として観せる(例えば郡舞、殺戮シーンなど)と2人の会話(ドヴォルザークとサラ)など、場面演出も印象的である。
ラスト...交響曲第9番第2楽章...日本では「家路」という歌で親しまれている旋律が少し乱れたのが残念であった。
次回公演も楽しみにしております。
最悪な大人
劇団献身
OFF OFFシアター(東京都)
2016/06/03 (金) ~ 2016/06/12 (日)公演終了
満足度★★★★
縦横無尽な人間観察
冒頭、夫婦でネコを捨てるシーンがあるが、バカバカしい設定で、これからの芝居に危惧を抱いた。しかし場面転換した途端、物語性が強くなりストーリーに絡みつくようなギャグが味わい深く感じられる。
主宰・奥村徹也氏が実際働いた経験を基に描いたシチュエーション・コメディは秀逸。
ネタバレBOX
舞台セットは、奥の舞台を遮るように仕切板(衝立)が何枚か立っている。この仕切板を背に夫婦がネコを捨てに来る。猫を捨てに来たのに人間の赤ん坊を拾って連れ帰るところから始まる。この時1995年秋。
舞台転換は、この仕切板を折りたたむようにして後ろ舞台の壁を作る。その手際の良さは素晴らしい。そこに出現したのが、運送会社(営業所)の事務室。上手にはロッカー、その横のドアは発送室へ通じるらしい。中央奥は外部への出入り口、下手には所長机、女性社員の机。pc、棚、白板、スケジュールボードも見える。けっこうリアルである。
父は、TVで一時話題になった大食い番組で、フードファイターとして有名になりかけていた。しかし、そのTV番組を真似た子が大食いで事故死するに至り、父の生活は一転。同時に夫婦の間に亀裂が生じて離婚。
拾われた息子はかつてヒーローだった父の面影を探すが、現実は思うようにいかず引き籠りに...。どうにか、今は父親が勤める運送会社(営業所)でバイトをしている。捨てられていた日から21年...息子は21歳(2016年)
その営業所に、ある日一人の客が怒鳴り込んきて、ドタバタ騒動が...。
この男をヤクザと勘違いし、そのクレーム対応に見られる人間の本性。どこにでもいそうな人物を責任逃れ、自己本位、傍観者などに類型化して笑いに包みながらシニカルに描く。ちなみに、迷惑な性癖もあるようだ。
さて、クレーム対応のシュミレーションを繰り返し、その虚実が分からなくなる。この繰り返しという演出はどうだろうか。観客によってはくどく、飽きることにならないだろうか。確かにシュミレーションは違うがクレーム相手は同じ。
また上階の女性の登場も関係性において...劇中台詞にもあったが関係者ではない。できれば、クレーム相手やその内容に変化があると面白かった。例えばクール便の放置、時間指定のルーズさ、アダルト商品を奥さんへ渡して夫婦騒動へ発展など...。その中でより人間の本質が見えるようだが。
この会社(社会)と父子(家族)という極大と極小という単位の間を目まぐるしく往還するような滑稽無稽な作術があってもよかった。それによってギャクの連発も底流にある物語性に支えられてキレも増すような気がした。そして奇妙なリアリティも生まれるのでは...。物語は続き、或出来事を経て5年後…息子・太陽26歳と父の関係に未来が見える。
次回公演を楽しみにしております。
成り果て【グリーンフェスタ2016 GREEN FESTA賞 受賞作品】
ラビット番長
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2016/03/03 (木) ~ 2016/03/07 (月)公演終了
満足度★★★★★
素晴らしい公演
将棋の世界を描いた物語…「グリーンフェスタ2016」において【GREEN FESTA賞】受賞。同じ将棋の世界を描いた「天召し~テンメシ~」で2014年【GREEN FESTA賞】受賞をしているから、将棋の物語といったら ラビット番長 という代名詞になりそうである。
自分は両作品とも観ているが、本作品のほうが好みである。単に前作が実在する人物をモチーフにしており、本作品は非実在という世界観の違いだからという訳ではない。
芝居としての観せ方が好きである。観客によって観点が違うから一概に言えないが、物語の多重構成、観客本位のわかり易い観せ方が良かった。演技は若手育成もあろう、少し多い登場人物、演技力差も見られるが...。そこは敢えてということは十分察っすることができる。
ネタバレBOX
舞台セットは、三方向から観せる。何の変哲もない舞台が、中央扉を両開きすることで、上手・下手に話を振る。さらにその上部に対局場面を設ける。将棋のタイトル戦は、盤上をTVで映す時は天井からカメラを回すが、この芝居ではその逆、上階で俯瞰するような位置取りである。
やや上手扉が客席寄りに出ており、そこでは奨励会会員であろう若手メンバーが騒がしく指手研究をしている。一方下手は、物語の本筋...その牽引する場面が描かれるが、上手の方が客席に近い分、騒がしさに気を取られるようだ。この三方向の演出・演技が少し離れており、観客(自分)の集中力が分散されるようであった。
物語は多重構成...一つは、プロ棋士とコンピューターに搭載された人口知能との対戦。人口知能が自己進化するという、将棋というアナログ世界へ異次元的要素を持ち込んで魅せる。実際、プロ棋士とコンピューターソフトが戦う「電王戦」(ドワンゴ主催)がある。
もう一つは、プロ棋士になれず挫折した人間...その男を通してみた生き様。そこには夢を追い続けて、その人間味が溢れているところ。この両極をしっかり描き、芝居としてまとめあげている点が素晴らしい。
途中、コンピューターの自己進化に”嫌悪”的な描きも見えたが、この人口知能コンピューター、人類にとっての存在価値を問うような...。危険・過酷な労働はロボットに任せる。しかし、誰も理解できない「知」に依存する世界。やがて制御不能な人口知能に人類は支配され、なんて不気味な連想もさせる。
さて将棋好きには、東・西棋院の関係、女流棋士の立場・存在などニヤリとする小ネタも盛り込んでおり楽しめる。
ラストは、ラビット番長らしい結末である。
グリーンフェスタ2016授賞式の時、今年6月に「天召し」を再演するようなことを話していたと思うが、6月は「ギンノキヲク2」(演劇制作体V-NET)を再演し、9月に「天召し~テンメシ」が予定されているようだが...池袋演劇祭参加作品にするのだろうか?
次回公演も楽しみにしております。
錆色の瞳、黄金の海 2016
劇団ショウダウン
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2016/01/21 (木) ~ 2016/01/24 (日)公演終了
満足度★★★★★
人類永遠のテーマが...
本公演は、「グリーンフェスタ2016」において「BASE THEATER賞」を受賞した。
この芝居は、4人で演じる脚本になっていたらしいが、どうしても描きたいエピソードがあり7人へ構成し直したという。
伝承的な話を大胆に脚色することで物語に魅力付する。壮大なロマンとその村に生きる少年の成長という極小の両極を描くことで、大きな世界観と繊細な人の機微がうまく融合しており、実に観応えのある公演であった。
(上演時間1時間45分)
ネタバレBOX
今もチェコに伝わるゴーレム伝説をモチーフにしているようだ。ゴーレムは泥人形で、作った主人の命令だけを忠実に実行する。そこには厳格な制約がありそれを守らないと凶暴化し、世界を破壊し尽くしてしまう。
梗概...冒頭、仮面の男女によってゴーレムによる戦闘場面が語られる。最後は「人々は知るのです。自分たちを守る巨人は、自分たちを滅ぼす力がある」という。中盤では「人は、自分が制御できないものを持つべきではない」という台詞がある。この2つの台詞が物語のテーマの根幹をなすといえるだろう。
100年以上前に国王の「一つの自治体に一体のゴーレム」という施策によって、ジェミの村にやってきた石人形・型番129、すなわちゴーレムはイハナと名付けられ、「村に永遠の平和」という命令のためにだけ従って動き続けた。
そして時は流れ、技術進化に伴い新しいゴーレムが...。そしてイハナの運命が大きく変ろうとしている。そのイハナ、川に入り黙々と作業を行っているが、その目的は何か。新旧ゴーレム対決という緊迫感もさることながら、そのミステリアスな展開も魅力的である。
ユダヤ教に伝わるゴーレムは、ギリシャ神話の青銅の巨人タロースや旧約聖書の天地創造において、土によって作られたアダムなどと繋がるところがある。物質と生命という人類の永遠のテーマを孕んでいる。
物語は分かり易く、またテンポよく展開するから心地よく観ることが出来る。そして物語の案内役のようにジェミの村の少年・ミルキ(林遊眠サン)が、この世界に飛び出してくるようだ。
劇団ショウダウンの公演、といっても東京での「マナナン・マクリルの羅針盤」(2014年9月@風姿花伝)、「マナナン・マクリルの羅針盤再演2015」(2015年2月@シアターグリーンBASE THEATER)、「パイドパイパー」「千年のセピラ」(2015年9月@あうるすぽっと)の4公演であるが、そのどれもが時と場所・状況が大きく動く。時空を超えたり、大海原を航海したり不死の力を持つなどその設定が魅力的である。
本公演は確かに100年以上の時を経るが、それは台詞だけで、その移ろいが感じられない。また中世の街らしい舞台セットを走るが、あくまで周壁内だけ。そのスケール感が先に記した公演に比べると物足りない。この公演だけを観(初見)れば満足するところであるが...人(自分)は満足の度合いが高くなるもの。その求めるレベルが高くなるのも必然かもしれない。劇団ショウダウンはその欲求に応えてくれるだろう。
次回公演を楽しみにしております。
我が名を呼べ!我が名は天子シロマである!〜ご来場ありがとうございました!〜
〒機巧ぽすと〒 (からくりぽすと)
d-倉庫(東京都)
2016/06/01 (水) ~ 2016/06/05 (日)公演終了
満足度★★★★
史実的な空想劇
歴史劇のようなシーンもあるが、あくまで想像劇である...史実があるから幻想・架空があるという謎めいた口上に続いて物語が始まる(口上を述べる人だけが、劇中も含め現代の服装。冒険家・時空間の旅人といった役割か)。壮大感はあるが分かり難いところもあり、筋を追うだけに陥りそうである。
鎖国、不平等条約などの台詞から舞台背景は幕末をイメージする。しかし、当日パンフの年表によれば、日本と思われる国は西暦200年代であり、一方外国(外圧)勢力は1000年代~1400年代と時間軸が長い。あくまでこの隔たりの大きな設定に拘ると物語が錯綜してしまう。舞台美術、衣装、小物にいたるまで、時代にそぐわないものばかり登場するのだから...。
この公演は、先に記した幕末の様相が色濃い。そうであれば、2つの点で興味深い。その1は、日本の黎明期の血なまぐさい史実を戯画化し、卑俗でわい雑な覇権争いの劇として舞台化したこと。観せ方として劇場の上空間の大きさを利用した俯瞰...その2は、どちらの勢力も民衆のためという外面正義を振りかざし、その実は己のことばかり。その支配に潜む不条理劇が観て取れる。
それだけに、観客が物語の筋に終始するだけではなく、その展開とともに共振できるような公演であれば...その意味で勿体無いような気がした。
上演時間2時間10分(途中休憩10分)
ネタバレBOX
舞台セットは、中央に白布で囲った円柱(冒頭のみ設置)、上手は不揃いな階段、下手は櫓上をイメージするような棚台。上部に伸びる階段は天子を戴くようでもある。
たびたび登場する玉座。権力の象徴として登場させているのであろうが、反乱艦隊提督サシウスが玉座に座わるシーンは、”民衆のため”という言葉が空しく響く。
当日パンフのざっくりとした説明では、シノメイ国という地が舞台。そこに北方軍、その闇(暗殺)組織として天馬団がいる。一方反乱艦隊が対峙する。その反乱軍を支援するロマ帝国・極東方面軍が開国を求めている。
どうしても史実と置き換えてしまう。日本・幕末...幕府軍、新撰組と倒幕軍、列強諸国という構図である。しかし、シノメイ国の天子(別に天馬軍の女シロマが影となっている)と殿下(大老の子)が夫婦関係にある。「殿下」「大老」は発音から表記したが、別の意かもしれない。単純に天子(皇室)と将軍家ではなく、その臣下の子が婚姻していることに混乱(自分の推測)。そもそもが架空という前提であるが、史実のようなシーンがあると錯綜してしまうのが情けない。
そして、反乱軍勝利に至り天子(実はシロマが身代わり)の処刑をすることで、民衆の新しい時代への幕開けを宣言しようとしたが...。その光景を見る反乱軍提督とロマ帝国提督と監査役は上部へ鎮座した玉座に座る。一方処刑されるシロマとその処刑人となったシロマの恋人は階下にいる。
この舞台美術には、前方奥上への階段、その視点が舞台にいる彼らを時に正面から時に背後から捉え、その心情を映し出すようだ。この上・下という対極した空間演出は巧み。
演技は、殺陣というアクションはもちろん、心情描写も上手い。総じて若い役者のようであるがバランスもよく、登場人物のキャラクター・役割をしっかり演じていた。また音響では時を刻む音、照明はスポットなど舞台技術も効果的であった。
次回公演を楽しみにしております。