綾艶華楼奇譚 『晩餐狂想燭祭~死~』
Dangerous Box
浅草六区 ゆめまち劇場(東京都)
2018/04/11 (水) ~ 2018/04/15 (日)公演終了
満足度★★★★★
物語は、場面毎に人が持つ色々な感情等を紡ぎ出し、それを1つの女の独特な世界の中で展開していく。その観せ方が素晴らしい。劇場に入った途端、そのフュージョンした独特の芝居空間に魅了される。
(上演時間1時間45分)後日追記
ネタバレBOX
場内は、凹客席・段差を設けた凸舞台で、正面に少し歪んだ四面体型ポールが組み立てられている。また空中パフォーマンスを観(魅)せるため、場面に応じてエアリアルシルクが天井から吊るされる。
物語は、閉鎖的な女の園…その不思議空間は衣装やメイクから、劇場(浅草六区ゆめまち劇場)近くにある吉原界隈を連想する。もちろん現実世界ではなく、架空の場所である。台詞が聞き取り難いこと、物語の場面転換とパフォーマンス等が錯綜するような演出であるため筋が捉え難いが…。それでもダンス等は素晴らしい。
ファミリィゲーム
劇潜サブマリン
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2018/02/08 (木) ~ 2018/02/12 (月)公演終了
満足度★★★★
「グリーンフェスタ2018」参加作品。
復讐という”負の連鎖”を人間関係における空しさだけではなく、ラストの全てを無に帰する出口のないというか救いようがない方向へ…。
少しネタバレするが、いくつかの場面転換は、ストーリーテラー(アクマ=悪魔)によって説明されるが、その存在がなくても無理なく展開出来ると良かった。案内人がいると安易になり易く、例えば演出の巧みさではなく説明的になり観客の想像する楽しさ面白さを奪う恐れがある。
(上演時間1時間45分) 【Aチーム】
ネタバレBOX
舞台セットは、四隅に柱を立て立体空間を2つ作り出す。もちろん確執がある「タチバナ家」「ウシゴメ家」を現す。その内側の床は黒色、同色のBox椅子がいくつか無造作に置かれているのみ。空虚感が漂う美術である。室内の様子を観せること、家族の心の在り様を象徴させるということを主眼としているようだ。両家の間にある空間が道路というイメージで、それは客席も同様である。冒頭は客席後方からこの2分された道路(通路)を下りてくるところから物語は始まる。
「タチバナ家」と「ウシゴメ家」はある地方都市の向かい同士だが、前々から確執があるようだ。その理由は判然としないが、いずれにしても溝は深い。そして、それぞれの家族にはちょっとした家庭内のトラブルもあり、家庭内の不満・鬱積が向かいの家への憂さ晴らしという形で解消させている面もある。だから関係がさらに悪化するという悪循環を繰り返している。例えば菜園の野菜を盗む、家庭菜園を荒らすという行為、一方それを防ぐ対抗手段として防犯カメラを設置し警備を強化する。
実は両家の諍いの原因は「タチバナ家」の嫁カオリ、「ウシゴメ家」の擬嫁ポンチーナの仕業であり、それを近所の女性が実行している。そして徐々に家庭内における夫婦の力関係が逆転し、今までの家庭内の鬱積が爆発するという皮肉が…。
家族同士の諍いをアクマが俯瞰(別次元)する、ストーリーテラー的な立場・役割で眺めている。そして交差点でのすれ違いを人生、人の感情(気持)に重ね合わせ、さらには自ら家族の諍いを助長するよう能動的に動く。
語りたい事を盛り込み過ぎのようで、テーマが暈やけ物語の繋がりが感じられない時がある。辛うじて現実的な人物描写、視覚的な表現を試みることで克服しようとしているようだ。ラストは、東日本大震災と原発の影響でその地域に住めなくなり、街が無になるような空虚感を漂わせる。その情景は人の心の空虚さと重なり合う。
演出…柱のみの家は、外見ばかり取り繕った家族の姿を反映しているようだ。もちろん室内を見せること、ラストの大震災での揺れを表現する必要性があったと思うが、家(族)という土台の不安定さが如実に表れている。両家の諍い、そこへ近所の女性を登場させることによって地域の閉鎖性や弱みに付け込んだ興味本位的な側面も観えてくる。家族(小単位集団)から街(大単位集団)の問題へ視座が広がる演出である。
総じて若い役者であるが、人の心が徐々に壊れ狂気に変貌していく姿がしっかり観て取れる。特に柱囲いの家庭内は、ある種の密室であり2人ないし3人による濃密な会話が緊迫感を生んでいた。大きなアクションはない、または出来ない限定空間での表現は難しいと思うが、一人ひとりのパフォーマンス力が強く、最後までテンポ良く観(魅)せていた。内容は”復讐にはf復讐を”という台詞に象徴されるように、暗く塞ぎ込むような気持にさせるが、コミカルな動きは現実から距離を置くような和らぎを覚える。
次回公演も楽しみにしております。
カチナシ!
ラビット番長
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2018/03/01 (木) ~ 2018/03/05 (月)公演終了
満足度★★★★★
祝「グリーンフェスタ2018 BEAS THEATER賞」受賞。
ラビット番長が得意としている「将棋」と「介護」をテーマにした公演…今まで「天召し」(将棋の世界)と「ギンノキヲク(シリーズ)」(介護の世界)を観ているが、例えば将棋という命がけの勝負の世界、一方人生における終末期の悲喜の世界という異なった世界観。夫々の味わい(感慨)深い世界を深堀りしていたが、この公演はそれらを上手く融合、纏め上げた内容になっていた。劇団のファンであれば先の独特な世界観を描いた公演を好むか、もしくは本公演のように分かり易く観せる方(初見者含む)を好むに分かれるかもしれない。
自分はプロ棋士の友人もおり将棋の世界は何となく知っていたこと、介護にも少し携わったこともあり、それらを纏めた物語では少し物足りなかった。しかし、将棋勝負(勝ちあり)と人生勝負(人生にカチナシ)を物語でしっかり伝える面白さ、そこにはタイトル「カチナシ」などではなく、観るに「価値あり」の公演である。
(上演時間2時間) 【Aチーム】 2018.4.11追記
ネタバレBOX
セットは、2層で1階部の上手側には介護施設内の食堂やマージャン部屋、下手側は施設内の作業場やTV大盤解説場、2階部中央は対局場、上手側は施設患者部屋といった異なる空間を作り出し、2つの物語を分かり易く観せようと工夫している。
梗概…新進気鋭の棋士・谷木と重鎮棋士・大原九段(井保三兎サン)の対局中、大原棋士が倒れ後遺症が残りその治癒のため介護施設に入ることになる。その施設には大原棋士の弟子・北島(元奨励会・会員)がおり、将棋界から去っていたがまだ未練が残る様子。大原棋士には愛人との間に娘がおり、この娘が施設内で大原の世話をしている。そこに正妻が乗り込んできて…。
新進気鋭棋士は話題の藤井六段(2018.4.10現在)を、大原九段と将棋連盟の米山会長は中原・米長棋士を連想させる。インターネットという仮想の将棋世界、生身の男女の恋愛模様、深夜勤務・交代制という介護現場の苦労、そして夫婦の深い愛情など盛り沢山の話で紡がれる。
物語は色々な場面へ転換していくが、先に記したセットや人間関係の分かり易さも手伝って典型的な芝居として楽しめるよう創られている。主要人物のバックボーンもそれとなく説明し役者がしっかり人物像を立ち上げている。そして大原がもう一度(将棋)を指そうとし、弟子の北島がもう一度将棋の世界で生き(勝負し)ようとする。その諦めない人生訓(教訓臭くならない)が描かれる。太陽のような人物と言われた大原、そして真摯に生きようとする人は皆が輝いている。単色の照明を諧調し印象付ける舞台技術も巧み。予定調和のハッピーエンド…最後までしっかり芝居に惹きつける面白さがあった。
ちなみに「ギンノキヲク」の介護施設「紀陽の里」やそこに登場する人物、例えば池田も台詞だけでリンクさせており、思わず微笑んでしまう。
次回公演も楽しみにしております。
星の王子さま
もぴプロジェクト
アトリエファンファーレ高円寺(東京都)
2018/04/04 (水) ~ 2018/04/08 (日)公演終了
満足度★★★★
子供のための物語か大人のための物語か、その視点を意識した公演。
小説「星の王子さま」は1人称で書かれた物語、「僕」という語り手は物語の中である役割を担い、作中人物としての語り手となっている。聞き手の読者への問いかけのようであるが、本公演でも観客へ問い掛けている。もちろん読者=観客は幅広い(年代)層を想定しており、人それぞれの感性の受け止め方が異なるのは当たり前であろう。
自分はファンタジーの中にもしっかりとメッセージを伝えており、芝居の雰囲気も好かったと思っている。
(上演時間1時間45分)
ネタバレBOX
セットは、ファンタジー風な観せ方にするため、ブルー、ホワイトの蛍光塗料を点描したようなストーン型オブジェを置き、客席内にも台座の別空間を作り同じような蛍光塗料が塗られている。場内全体の雰囲気は宇宙空間といった感じで、所々に小惑星をイメージさせる球体が吊るされている。
物語は小説(章立)と少し異なった順で展開していく。大筋は順々に時が経過し、語り手であり”星の王子さま”は自分の経験を語りながら王子としてのエピソードを語る構成にしている。先に記したように語り手であり劇中人物であることから、長台詞は説明風であり朗読劇のように感じた。
「物事を考え続けること」「本当に大切なことは心で見ること」という台詞は、子供・大人という枠を超えたところにあるのでは…。その意味では原作が意図しているであろう、物事の本質を問いただす質問を投げ掛けて、そこに潜む事柄の重要性_表面に捉われてはいけないという隠喩は、場面を細切れにしつつも上手く紡いでいたように思う。
雰囲気作りとしての衣装に注目。芝居の役柄へ変化させる重要なアイテムの1つが”衣装”。衣装は情景や背景・雰囲気を如実に映し出す効果がある。例えば薔薇(バラ)の花のシーンでは紅い衣装、また男優陣は白っぽい浮遊感ある衣装、逆に女優陣は黒っぽい硬質イメージの衣装という対照的なもの。メイクも独特で現実から遠ざける工夫をしている。その全体がファンタジーで「星の王子さま」といったことを表していた。
なお後部席壁際(両端近く)では、壁に描く絵のシーンが見切れになる。その舞台配置か、観せ方に工夫が必要だと思われる。
次回公演を楽しみにしております。
母が口にした「進歩」その言葉はひどく嘘っぽく響いていた
東京演劇集団風
レパートリーシアターKAZE(東京都)
2018/04/04 (水) ~ 2018/04/08 (日)公演終了
満足度★★★★★
硬調演出ながら抒情的な印象の公演。
紛争で死んだ息子の遺体を捜す父と母_息子の声に導かれ土地の瓦礫の下で重なり合う死者たちの無念が…。そして夫婦を取り巻く奇妙な隣人や泣き女、街灯に佇む1人の娼婦という、不可視と可視を対比するような姿や情景を観客の心象に刻むかのような物語である。
特に不可視の象徴である息子や各時代における無念の死者たちを描く時空間、その不思議なところに父・母を存在させ、地中から響く過去からの<挫折を余儀なくされた希望>に寄り添うような心の幻影を精緻な眼差しと言葉で追いかけていく。もっともタイトル副題からすれば「その言葉はひどく嘘っぽく響いていた」のかもしれない。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
セットは、客席側へ斜めに傾くような板敷き(八百屋舞台のような)。両側はポールのようなものが立ち、その上部に照明具がセットされ街灯を思わせる。後方は薄い布が張られている。テーブルや椅子が倒れ、藁くずが散乱し荒涼とした情景を出現させている。物語の進展に伴って、板敷きの一部が開いたり、手押し一輪車が持ち込まれる。
裏切、幻想、ユーモアを通して表現された過去(歴史)と現在(思索)の諸相を見事に表現していた。文献史的ではなく(観客の)記憶史として残るよう力強く訴えてくる。物語は決して派手に誇張するものではなく、どちらかと言えば抒情的で心に染み入るような演出である。
梗概…紛争が終わり、国の解体と同時に、新たな国境線が出来た故国に帰ってきた父と母。その後景には多くの瓦礫が築かれている。 死んだ息子を待ち続ける母親、息子の遺体を探すため穴を掘り続ける父親。そして亡霊の息子が語るのは、この土地で重なり合い死んだ者たちの姿である。それは終わることなく繰り返されてきた紛争・戦争、生きる人々の姿の中に認め合うことの出来ない価値観、その人間の愚かさが見え隠れする。
一方、街頭(灯)に立つ1人の娼婦、女装した男娼は現実の世界に生きる。重なり合う死者の遂げられなかった希望に対し、SEX・人種差別そしてマイノリティという観点で今を見つめる。人には「善・悪」「正気・狂気」「陽気・陰気」など対になる顔があるが、それは立場や状況によって変化し、一様に捉えることが難しい。その判別させない意味でのマスクやパペットの利用であろうか。黒衣装はまるで喪服のようであり、盥(たらい)での洗濯する姿(衣装)は生活感に溢れている。この公演は「生・死」、「現実・過去」という対比を強く感じさせ、この先(未来)に思いを馳せているのだろう。だからこそ「進歩」が強調されていると思う。
次回公演を楽しみにしております。
ピヨピヨレボリューション公演『Gliese』
オフィス上の空
ザ・ポケット(東京都)
2018/04/03 (火) ~ 2018/04/08 (日)公演終了
満足度★★★★
寓意性ある公演だが、教訓的はなく華麗で楽しく元気がもらえるような公演。人の見た目は自分が思っているほどひどく(醜く)ない、個性を強調した描きは衆人をホッとさせるかもしれない。
本編後、アフタートークならぬカラオケ大会が披瀝された。
(約2時間)【春名風花チーム】
ネタバレBOX
セットは、左右非対称の階段状舞台で、上手側に試着室のような出入り口、下手側の出入り口にマネキン2体が不自然に傾いている。本公演、メインは女優で華があり、そこにピリッと男優陣が絡む絶妙さ。
物語は、モデルに憧れる主人公・河合由衣(大久保聡美サン)。 念願のオーディションに合格したものの、 そこは理想とかけ離れた世界があった。序々にスタッフやファンに支えられ人気を博していく、というサクセスストーリー。一方、この雑誌のボスであり、トップモデルの母親、その母娘の関係も絡む。この主人公の憧れを後押しする妄想、その分身とも言える女の子たちAmi、Bibi(macoサン、あずさサン)に話し掛け(独り言か妄想)、変人扱いされている。雑誌の撮影はGlieseという地球外の惑星で行うが、それには理由がある。
母と娘の関係は、父と息子や、父と娘の関係以上に難しいのだろうか。母は娘・流石可憐(<美>右手愛美サン、<醜>石川琴絵絵サン)を様々な仕方(今回はトップモデルの維持⇒意地?)で縛り、娘はそんな母の呪縛から逃れようとする。母娘の情景を女性の外見...美容(整形)技術というSF要素を取り入れて、ライトノベルのような観(魅)せ方をする。物語の所々でスタイリッシュなダンスパフォーマンスや歌が披瀝されるが、これが愛くるしい。こんなところが、ファンの心を掴むのであろう。そして客席通路を利用するなど身近に感じさせるファンサービス(親近感)が嬉しい。
美しさ(美人)の尺度は観る人によって違う。特別な材料を利用し顔面を変えてまで美しさに拘ること、そこには外見重視で本人意思が反映されない。もっと”私自身”を見てという切実な訴え、ユーモアを交えた観せ方の中に寓意性を潜ませる。
一方、公演としてはモデル雑誌という謳い文句から、外見…衣装変えも素早く華やか艶やかさも強調させるところは上手い。
次回公演を楽しみにしております。
Be My Baby
enji
吉祥寺シアター(東京都)
2018/04/04 (水) ~ 2018/04/08 (日)公演終了
満足度★★★★
"生まれて来てくれて ありがとう”という愛しい台詞に凝縮された優しく心温まる公演。しかし現実には色々なことが…。
妊娠・出産に纏わる6組のカップルの物語、それを素朴な人物像として寄り添い、等身大で描写して行く。それぞれ置かれた立場・状況は異なるが、生(産まれてくる赤ん坊)に対し真摯に向き合うことによって生じる歓喜と悲哀、その悲喜交々が実によく描かれている。
ちなみに ♪歩こう 歩こう 私は元気~♪と劇中で歌われる「さんぽ」は、アニメ「となりのトトロ」でも歌われていた。その映画監督・宮崎駿と一緒にスタジオジブリ設立に参画した高畑勲監督が、自分の観劇日翌日に亡くなったのには驚いた。
(上演時間2時間)
ネタバレBOX
セットは、中央に大階段がありその上部に鈴鴨神社の赤い鳥居が見える。別名”子宝神社”と呼ばれ、祈願すると子宝に恵まれるという噂がある。その近くで だんご屋(いわき)を営んでいる岩城夫妻には皮肉にも子宝が授からない。どうやら妻・小梅に不妊の原因があるらしい。そのため”祈り”が”呪い”に思え、自分の名前も恨めしく思う始末(「小梅」=「子産め」)。この夫が優しく、子が授からないのは自分にも原因(乏精子症)があると言う。
一方、上手側には羽柴産婦人科の看板があり、そこに若夫婦、訳あり妊婦などが通院している。階段横に大きな木が立っており、”自然”と”生”を象徴しているようだ。
物語は、子宝に恵まれない岩城夫妻と小梅の両親、不実な男の子を妊娠した津村歩子とその両親、夫が仕事を辞めてしまい暮らしや出産の心配をする若い斉藤夫妻、そして産婦人科医の羽柴と看護師の織田信子(羽柴医師の内縁妻)という6組が起こす騒動。
それぞれの立場で出産に対する考えが異なり、そこに思惑や打算が絡んでくる。中心は岩城夫妻と望まない妊娠の津村歩子の赤ん坊の行く末が…。代理出産、特別養子縁組など、日本では法整備が進んでいない問題や生みの親・育ての親という、将来 子の感情に関わる課題等を含んだ公演。表層的には面白可笑しく観せているが、「全ての赤ん坊は望まれて産まれてくる」(小梅)に対し「記録に残らないが(出産)記憶に残る」(歩子)という子を手離す苦悩がリアルに伝わる。
物語は心情の変化、時の経過などを表すため照明に諧調工夫を凝らすなど巧み。この6組の各人物像の立ち上げは実に見事で、皆、はまり役で脚本・演出をしっかり体現させていた。特に歩子(平野尚美サン)の妊婦の歩く姿はリアルであった。
次回公演を楽しみにしております。
正しい顔面のイジり方
スマッシュルームズ
シアター711(東京都)
2018/04/04 (水) ~ 2018/04/08 (日)公演終了
満足度★★★★
チラシの説明_欲望のままに生きる罪深き女の逃亡生活。整形を繰り返しては男を手玉に取り、嘘を塗り重ねていく_から当日パンフに書かれている、ある事件を連想するが…。もちろんフィクションであり、1人の女性が逞しく、強かに生きる様を分かり易く描いた物語。1人の女を違う観点で多角的に観せるため、舞台セットに工夫が凝らされている。
(上演時間1時間45分)
ネタバレBOX
舞台セットは、セット中央にランウェイのような一段高い場所を設け、そこにBox4つ。上手・下手側に役者が座る(その場所は変わる)箱馬が置かれている。後ろ正面は収納Box棚のような壁面。演じる時以外は、両側の箱馬で待機し、第三者的立場もしくは俯瞰している感じだ。
梗概…5人の女が1人の女を描く、言い方を変えれば1人の女が生き延びるために色々な人生を経験する。その特異な生き様を先の舞台セットや演出でしっかり描き出す。本人_主婦・福田和子が殺人事件を起こし、逃亡生活を送ることになる。スナックのバイト、和菓子屋の若奥様、ラブホテルの従業員、保険外交員で寿司屋の常連客と姿を変えての逃亡劇。指名手配書(世間)を欺くため整形手術を繰り返し、男を手玉に取り嘘の上塗りをする。
当日配付された作・演出の中山純平氏の挨拶文にもあるとおり、「松山ホステス殺人事件」を元にしている。劇中では「整形は人生を謳歌するもの」と嘯く。
逃亡劇は必ずしも時の経過に沿って順々と展開する訳ではない。立場や暮らし、その時々の状況の変化に応じた女の強かさを印象付けるため、敢えてセットは作り込まずシンプルなものにしている。固定した舞台セットにすれば情景もそれに捉われ、時の経過や女の逃亡生活が浮き上がってこない。場面転換の容易さが、時々の女の逃亡生活_時間を行き来させ重層させ、テンポ良く観せるなどセットと演出を連携させる工夫は見事。
気になったのが、主人公・福田和子が逃亡期間(時間)中に子供と電話で会話をするが、逃亡期間と子の成長と辻褄が合っていたのか。もう1つは、目立つことを嫌い日陰者でいたいと自分で言いつつ、(地域)カラオケ大会へ出場するというある種の矛盾した行動が…。
次回公演を楽しみにしております。
丹青の三方一両損
深川とっくり座
江東区深川江戸資料館小劇場(東京都)
2018/03/30 (金) ~ 2018/04/01 (日)公演終了
満足度★★★★
落語、講談で馴染みの「三方一両損」を江戸っ子気質に自分たちの大事な妹や弟子の色恋を絡め、さらに仲裁役となる大店(大黒屋)の女将さんの不興をかうハラハラ、ドキドキ。そして、大岡(奉行)裁きならぬ決着はどうなるのか。
(上演時間1時間20分)
ネタバレBOX
落語ネタ。元は左官金太郎が3 両拾い、落とし主の大工吉五郎に届けるが、吉五郎は落とした以上、自分のものではないと受け取らない。大岡越前守は自分で1両足して、2両ずつ両人に渡し、三方1 両損にして解決する落語で馴染みの「三方一両損」。
本公演のセットは、根付職人・松吉が住んでいる長屋、松吉の妹が奉公している大黒屋、大黒屋に出入りしている大工・巳之助の親方・八五郎の家、その3場面で構成されている。それぞれ長屋塀・井戸・とっくり稲荷大明神、大黒屋の看板、親方の家内にある箪笥など特徴ある物を張りぼてや置物等で表し、それを絶妙なタイミングで暗転・場面転換させるところは見事。
物語の基本的な流れは落語と同じ。梗概…根付職人・松吉が大黒屋から根付代金6両を貰って長屋まで帰ってきたが、途中で財布を落としたことに気づく。その財布を拾ったのが大工の八五郎、そこで弟子の巳之助を松吉の所へ行かせるが、松吉は落としたからには自分の財布ではない、と受け取らない。一方、八五郎は礼欲しさに届けさせたのではないと言い張り…。
その2人が大事に思っている松吉の妹・おきみ 八五郎の弟子・巳之助の恋が絡み、江戸っ子の”意地”と大事な人を思う”人情”が交錯しハラハラさせる大衆演劇(喜劇)。定番劇の醍醐味をたっぷり味わえた。役者の表情・立ち居振る舞いは、それぞれ江戸庶民の気質と暮らし振りを十分観(魅)せてくれた。
次回公演を楽しみにしております。
生き返るなら早めに言って
劇団鴻陵座
新宿シアター・ミラクル(東京都)
2018/03/28 (水) ~ 2018/04/01 (日)公演終了
満足度★★★
脚本は精緻さに欠け、演出は魅力不足、演技は荒削りで全体的には難が多いと思ったが、人が持つ曖昧さ、不確実性を如実に示す訴えに不気味な魅力を感じた。
(上演時間1時間20分)
ネタバレBOX
冒頭、登場人物の衣装は黒っぽく、セットでは白boxがいくつかあり鯨幕の様相である。床には切り紙が散乱しており心内荒涼といった演出であろうか。
当日パンプで、脚本の根太一氏が「お話は あだち充原作の漫画『タッチ』の和也が終盤で生き返ったら…という発想から書きはじめました」とあり、冒頭のいくつかの台詞でそれとなく解る。
物語は達樹の死後3年の後、彼の本を出版するため周囲の人たちに取材をするところから始まる。編集者は彼の”印象等が弱い所”を補うため、取材した人たちに美談的なことを無理やり聞きだそうとする。さらに編集者は、霊媒能力を持つという女性まで呼ぶが…。達樹が生き返ったが、本当に本人かという疑問が出てくる。それを試し、彼から当事者しか知らないことまで語られた。そのことから彼が本物であることが確認された。
一方、周囲の人たちの証言は達樹を印象付けるための誇張、虚偽によって編集者が、嘘を真実と思い込み、逆に現れた人物は偽物だと判断する。そして生き返ったとすれば、事故の賠償金を返還する必要があるかもしれない。
作劇は何をどう書くか、定義付けや決まり事という制約はあまりないと思うが、それを観客にどう観せるかということを考えれば、具体性というか納得性が大事ではなかろうか。人物の動き、会話、物事や情景の描写、回想や意識の変化など、それらの具体性の積み上げで何かを伝えることになる。本公演では、その具体性・納得性に欠ける。大きなところでは火葬や埋葬許可証が存在するにも関わらず、本人(身体)が生き返ること。所々の雑な情景描写(説明)が観客に受け入れられていないのでは…。
それでも自分が感じ入るのは、編集者の取材に対し周りの嘘が本物(本人)を否定し、真実が歪められる怖ろしさに注目したからである。フェイクやデマに踊らされて真実を見誤る、もっと言えばインターネットの発達した現代、情報・表現の”多様化”が進んだように見える一方、誤った”情報構造の画一化”に繋がる怖れを思ったからである。そのためには、自分自身、リテラシーを見につける必要がある。本公演について言えば、”劇における茶番、奇跡などは人の勝手な解釈”と思い込む。
それでも展開は、妄想やドッペルゲンガーなのか、それとも現実として描いたのか判然としない。もう少し観せ方(脚本も含め)に工夫が必要であろう。
次回公演を楽しみにしております。
小栗上野介忠順
劇団め組
劇場MOMO(東京都)
2018/03/28 (水) ~ 2018/04/01 (日)公演終了
満足度★★★★★
め組は、2018年が明治維新150周年ということで春・夏・秋に幕末維新シリーズの公演を予定しているという。本公演はその第一弾「小栗上野介忠順」である。幕末幕臣では勝海舟と共に有名人物であるが、その実績はあまり知られていないかもしれない。
物語は、西南の役の前_ある春の夜に語られる回想形式にして小栗の人物像を描き出していく。
(上演時間1時間40分) 【Bチーム】
ネタバレBOX
セットは、立体的に迫り出した壁に世界地図イメージのオブジエが飾られているだけのシンプルなもの。その中で「 小栗上野介忠順」という人物が生き活きと描かれる。それだけ物語の展開が、人物歴を順々と説明するだけではなく、その人柄なり当時の状況が実に分かり易く描いている。
物語は上州権田村の東善寺(小栗の墓がある場所)に賊が侵入し何やら探している。小栗は徳川の埋蔵金を江戸城から持ち出し隠したという逸話があった。賊はそれを狙っていたが、その日は官軍によって打ち落とされた小栗の首が寺に戻された供養の日であった。その場に現れた勝海舟と元薩摩藩士・柴基次郎から小栗の人物像が語られていく。
アメリカへ修好通商条約交換のため差遣された。その帰路、彼は日本人で初めての世界一周を果たす。さらに横須賀製鉄所(造船所)の建設、陸軍伝習所(洋式軍隊の養成のため)を開くなど幕府だけではなく、後の「日本」の近代化のために数々の偉業を成し遂げたという。幕臣の2傑(小栗上野介忠順と勝海舟)を対比するような描き方で、先に記した業績を踏まえ、主人公の魅力を強調 している。無責任な態度が国を滅ぼす、時の中に命を刻む、自分の未来・人生を生きる等真摯に生きた人物ということが分かる。それは現代にも通じるところであろう。教科書的にならず芝居という生きた役者の中に”小栗上野介忠順”の魂を観た。
また、徳川埋蔵金はアメリカから持ち帰った「ネジ」を示唆するようでウイットに富む。表からは見えないが、それ(ネジ)がなければ全てがバラバラになってしまう大切なもの。足元と未来をしっかり見据えた人物像が立ち上がってくる。
セットは、例えば渡航シーンはサークルを船先のようにしたり、対米交渉はサークル内といったシンプルなもの。一方、音響は汽船・波濤また雄大な音響・音楽効果が印象的であった。
最後に、人物像の中で、将軍・慶喜の覚悟を促すため江戸決戦を主張したとあったが、その結果、江戸城下を戦禍(渦)にし庶民が犠牲になることも…。そこに幕臣という立場が垣間見えたが、その立場こそが人を形成していると言えばそうなのかもしれない(完璧な人間ではない)。
次回公演を楽しみにしております。
荒天~こうてん~
劇団黒胡椒
上野ストアハウス(東京都)
2018/03/29 (木) ~ 2018/04/01 (日)公演終了
満足度★★★★
2017年、江戸。政府も一切関与する事が出来ない独立国家のような存在…それが”吉原遊郭”という浮世離れした治外法権区域である。物語は2017年という設定であるが、江戸という封建社会の様相を色濃く残している仮想国のようにも思える。そして救いのないような…。
(上演時間2時間20分)
ネタバレBOX
舞台は上手側に生バンド(Sp&Ba、Dr、Gt)、下手側は2段にした芝居スペース。そこは緋毛氈が敷かれ、両端に「大門妓楼」の大提燈が掛けられ雰囲気を醸し出している。
物語は、吉原遊郭という特別な地域、その閉鎖された場所では独自の法体系を有し、そこで生きている者を拘束している。その支配者:弥人が足抜けする者には厳罰を下すが、基本的には安寧に暮らせるよう善政をしている。しかし息子・一弥が父を殺害し自分が支配することで暮らし向きは一変する。一弥は両親の愛情を感じられず育ち、確執があったという設定である。
この地域の自警団のリーダー・真白は、人望もあり皆をまとめていたが、一弥の行いに疑問を抱き、好意を寄せている政府直属部隊の相良純と連絡を取り合うが…。
さらに、この地域の特殊性を取材しようと記者が潜入してくる。為政者によって庶民の暮らし向きが左右されるというのはいつの時代も同じか?
治外法権的な特殊(閉鎖的)社会における弊害、そこで生きる者の保身と郷という感情を縦軸とし、遊郭自警団リーダーと政府直属部隊リーダーの なさぬ恋を横軸に紡いで行く。そこに特ダネを狙う第三者が絡む重層するような展開。
舞台は客席寄りの前、全面を利用し華やかなダンス・パフォーパンスを行うが、横列だけではなく、客席通路を利用するなど縦横に動き回り躍動感を出す工夫が良い。通路を真白が花魁道中として通るなど観客サービスも忘れない。艶やかでスタイリッシュなダンス、そしてラストの一弥対相良純の殺陣シーンは壮絶にして悲愴、その救いのない展開に心が痛む。
少し笑ったのは、支配する法が「労働基準法」という既存の労働法の1つであったこと。仮想の地域ならば、もっと独特の法制を考えてもよかった。もう1つは、音楽(音響)に興味がある者は、生演奏する演者の姿も気になるところ。ダンス等の観(魅)せ場こそ、音楽も同調するので、その場合は目線をどちらに向けるか迷うが…。
次回公演を楽しみにしております。
WHEREABOUTS
ピウス
萬劇場(東京都)
2018/03/28 (水) ~ 2018/04/01 (日)公演終了
満足度★★★★★
最近、映画では見かけなくなったヤクザの世界…本公演では、ヤクザの世界をフリージャーナリストの目を通して見ているが…。ラストはサスペンス風になり観応え十分であった。この公演では、一時期人気を博した”仁侠(任侠)”映画(特定の映画会社をイメージさせるが)のような”仁侠道”ではなく、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律 (通称:暴力団対策法)」施行後の”ヤクザ”の閉塞した状況を背景に、”男”の生き様を描いた力作。
(上演時間2時間5分) 2018.4.3追記
ネタバレBOX
セットは、1階が小料理屋、2階が竹本組というヤクザの事務所。1階店内は上手側にカウンター席、奥は厨房への通路(暖簾が掛け)、下手側は出入り口で外に暖簾が見える。店内中央と下手側にテーブル・椅子。2階は中央にソファー、その後ろは窓。桜が咲いていることが分かる。下手側に事務机が置かれている。
梗概…東京でフリーライターをしている木津。彼は十数年ぶりに故郷に帰り、辺り一帯を仕切る指定暴力団の下部組織・竹本組の黒瀬を訪ねる。木津は黒瀬からヤクザの内情聞き出し記事にしようという思惑があった。しかし、黒瀬は暴力団対策法の前に衰退気味のヤクザ世界だが、通すべき義理を感じて惰性で続けている。
一方、竹本組が馴染みの居酒屋の女将は、ヤクザと繋がりがあることを理由に地域の世話役・久保輝義から嫌がらせを受ける。これにキレた黒瀬の舎弟・久保琢磨は暴行事件を起こす。実は世話役と舎弟・琢磨は実の父子で確執があった。その結果、竹本組は警察から目をつけられ、より窮屈な状態に陥る。黒瀬は琢磨を庇うが、次第に組の者との溝が明らかになって…。
暴力団出入りを禁止するステッカーを貼る様、街世話役から要請される。しかし先代の竹本組組長の情婦であった女将・花山灯はそれを拒む。世間の良識や善意に追い詰められていく様が実にリアルに描かれる。ヤクザが生き辛くなっている閉塞状況を縦軸に、ヤクザ(組員)としての矜持、生き甲斐などが見出せない苛立ちのような心情を横軸として紡いでいく。そこに幼馴染のフリーライターが取材という第三者的な視線を交える。ヤクザ世界からのメッセージ性は感じられないが、裏社会で生きていく”男”の世界を観(魅)せる。
緊張感みなぎる演技は、公演全体を通して重厚で深みがあり、その表現力は素晴らしい。特にヤクザの世界に対峙する刑事・中越俊道(和興サン)のふてぶてしい厭らしさに凄みがある。ヤクザ、刑事という立場の違いはあっても、惰性・自堕落な生活がフリーライターの登場によって徐々に不穏な雰囲気へ変わり漂わせる演出は上手い。
次回公演も楽しみにしております。
病気だからね。
冗談だからね。
OFF・OFFシアター(東京都)
2018/03/23 (金) ~ 2018/03/26 (月)公演終了
満足度★★★
物語は何となく分かるが、その観せ方は演劇通、見巧者向けのようで、幅広い演劇ファンに馴染むのだろうか?という疑問が…。自虐的なタイトル「病気だからね。」は、一見「狂気だからね」の間違えでは、という印象を持つ。
表層的には、一幕を多元中継で観るような”芝居”といったところ。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
セットは段差を設けた2つ。奥の数センチ高い所にテーブルと椅子、そこは職員が(高校)演劇を上演させるか否かを議論している。客席寄りはその演劇部が練習している所。こちらも横長テーブルに椅子というシンプルなもの。床には切り刻んだ紙クズのようなものが散乱している。
物語は、演劇部の台本が実名のため上演するのに相応しくない…という教師の会合の見解。唯一、部外者であるが、演劇部のアドバイザー的立場の者が抵抗しており、議論が続く。
一方、生徒(演劇部員)は、教師の思惑など知らず稽古に励んでいる。時々、映画「霧島、部活やめるってよ」などのパロディなども盛り込み、面白く見せようとしている。
さらに姿なき第三者的に父・母が(楽屋で?)稽古風景に突っ込み、ダメ出し等をラジオのDJ風に喋り続ける。プロンプターのようにも思えてしまう。
この3つのシーンが同時進行し、台詞は敢えて被せるかのようにしており、聞き取り難くしている。通常観るようなシンクロ・共鳴するような効果は考慮していない。それを青春期における自由奔放なやり方と捉えるか。ただし物語は何となく分かるが、観る側にとっては優しくないと思う。さらにアンケートの感想をテロップとして後ろの壁に流し続けている。全体的に落ち着きがなく雑然としている印象である。
自分はこの劇団の公演を何回か観ており、観慣らされてしまったかもしれない。一見雑然としているが、逆に伸び伸びと新鮮味を感じるところが魅力…冗談だからね。しかし、この魅力がもう少し上手く観客に伝わることが大切…これ本当だからね。いずれ「狂喜(驚喜)だからね」に変貌することを期待したい。
ラスト、アンケート箱から用紙を取り出し切り刻み、花吹雪のように撒き散らす。どんな悪評も関係ないとの意思表示か?公演全体を通してフェイクのような仕立て方である。
次回公演を楽しみにしております。
Ten Commandments
ミナモザ
こまばアゴラ劇場(東京都)
2018/03/21 (水) ~ 2018/03/31 (土)公演終了
満足度★★★★
朗読劇もしくは詩劇といった抒情性が感じられる。舞台セットや演出等はそれを意識して制作しているようだ。そこには社会と個人のあり方と関わりに鋭く問題を投げかけているようだ。その意味で、内容はもちろん観せ方は、脳内への詩劇ならぬ刺激になった。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
セットは、水中を思わせるような水色を基調(水底の雰囲気)にしたガラスの上に家庭用の白いテーブル、対面にこちらも白い椅子といったシンプルな配置である。周りは基本暗幕でそこに吊り細工のようなもの。上手側に舞台技術のセット・操作者が剥き出しで居る。また客席側に小テーブルがありコーヒーメーカーとカップが置かれている。全体的に薄暗いが、対照的に役者(操作者の上着も)の衣装は白く、場内(舞台)にコントラストを与える。
物語は、劇作家の心中を吐露するような対話の形式で進めていく。夫婦の会話では大震災後に喋れなくなった妻(劇作家であろうか?)が、原子力(原爆)は人を殺すが、劇作家としての言葉も物理的か精神的な違いはあるが人を殺すことがあると…。
心情は手紙という媒体を利用して展開する。ちなみに現代的に考えればSNS等の利用を思うが、手紙という紙(文字→言葉)媒体が作家らしい。その内容は78年前に遡り、10の自戒または訓を読み聞かせる。登場するのはアインシュタインやレオ・シラードという科(物理)学者の名前である。そして広島・長崎への原爆投下におけるアメリカ側での議論経過が披瀝されていく。熱くなりそうな議論、それを敢えて抑制するよう淡々と進めることによって本質が浮き彫りになる。原爆投下の是非を日本の学生の論議仕立てにしているようだが、アメリカと日本、自国側の立場で物事を考えた時に真実等の見方が異なる。例えば日本の原爆投下に対する思いは理解しやすいが、戦争という状況下にあってアメリカ側の早く戦争を終結させたいという考えもよく聞くところ。「科学には国境はないが、科学者 には祖国がある」といったのは、生化学者であり細菌学者のパスツールだったか。物事を多角・多様性を持って見る大切さが十分伝わる。ラスト、妻が喋れるようになり劇作家に復活(言葉)出来た様な…。これが過去(現在の原発問題「みえない雲」に象徴されるのも含め)を振り返り未来を見つめるという暗示のように思える。
全体の雰囲気はモノトーン、そしてゆったりとしたテンポである。音楽もメロディだけを奏でるといった落ち着いたものと不穏なものをシーンに応じて流す。それが抒情性を感じさせる効果でもあるようだ。
次回公演を楽しみにしております。
Alpha+
gravity
CBGKシブゲキ!!(東京都)
2018/03/24 (土) ~ 2018/03/25 (日)公演終了
満足度★★★★★
タイトル「Alpha+ 女祭り2018」と銘打ち、その文字通りゲストも含め全員が女性(バンドは男性)で、舞台狭しと動き回る姿はパワフルで圧倒される。
歌は聴かせ、ダンスは魅せ、トークは聞かせる、まさしくエンターテイメント公演であり、一足早い春爛漫といった華やかさがあった。
(上演時間2時間50分 途中休憩15分)
ネタバレBOX
舞台は鉄骨櫓のような2階部があり、1階奥にバンド奏者が並ぶ。両側に左右に動く階段を設え、1階と2階を行き来してダイナミックに見せる。また、舞台幕を紗幕にし、海中で歌っているかのように水玉を映し、幻想的な観せ方にするなど工夫している。
衣装は第1部が金ぴか(ラメ)で派手なもの、第2部は逆に黒というシックな色調へ変化させる。どちらの衣装も色(エロ)っぽいもので、妖艶さを前面に出している。
ちなみにメンバーはCOOL:シルビア・グラブサン、SEXY:岡千絵サン、WILD:林希サンという担当を担っているという。そして当日は、林希サンがトークをリードしていたような…。
第1部は替え歌などを盛り込み遊び心が満載、そしてトークもコント(女子会?)のようで楽しく笑いを誘い、観客の気を逸らせないところは実に上手い。第2部はしっかり聴かせるというステージへ変わる。その歌に合わせ第1、2部ともダンスパフォーマンスは力強くキレキレで圧巻の一言。そして女性ならではの”艶やかさ”も衣装と相まって上手く表現していた。振り付けの真骨頂と言ったところであろう。
このユニット(gravity)は、結成して13年という紹介があった。そしてライブは数年振りのような説明があったが、また観たい、聴きたい公演であった。
次回公演を楽しみにしております。
付物~Tsukumo~
Team ドラフト4位
シアター・バビロンの流れのほとりにて(東京都)
2018/03/21 (水) ~ 2018/03/25 (日)公演終了
満足度★★★★
物念の世界…物語の展開は分かり易く、伝えたいテーマもよく分かる。また演技、特に殺陣というよりはパフォーマンスという表現が合うかもしれないが、スピードもあり楽しめた。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
舞台セットは、少し(数センチ)高くした舞台に乱杭、草花(彼岸花?)が生え、上手側に一段高くしたスペース。後ろは黒い壁を立体的に出し、その壁面にも草模様がある。全体的に怪しげな雰囲気を漂わせようとしている。
物語…主人公つくも(橘奈穂サン)は、7歳になる誕生日に祖母から貰った懐中時計が動かなくなり、それを何とか直したい。7年後のある晩、両親から”あやかし夜市”に誘われ市松人形を買ってもらう。そしてその人形がつくも(14歳)を「物念の世界」へ誘う。そこには物が擬人化した姿の者がいて、カガミ-(鏡)(石上卓也サン)がつくもが持っている時計を奪う。物念の世界にいるカガミ、ミチカゼ(花札)とその持ち札2(鶯・猪と鶴・蝶)、ナナシ(市松人形)は、人間の世界で「物」であった時、無用になったと捨てられたという思いが恨みになっている。
一方、つくもを人間世界へ戻そうと、こちらも物念-クロ(黒猫のぬいぐるみ)、カンザシ(簪)、サイ(サイコロ)、ベコ(赤べこ)が現れる。この物念がつくもと懐中時計を守って人間世界へ戻そうと戦う、という展開である。物を使うのを忘れたことと、捨てるという意識は違う。物への思いが大切という寓話的な描き方。理屈抜きに楽しめる公演である。
物語を分かり易くする演出…戦うシーンの殺陣ならぬアクションは、スピードも迫力もあるが、何より登場人物のキャラを生かした勝負にしている。例えばサイコロ勝負や花札勝負という役柄の特徴を意識した観せ方で面白い。ただ自分の好みとしてはベコ(松下芳和サン)の緩い笑い部分は、テンポが足踏みするようで、もう少し抑えたほうが良かった。
ラスト、亡くなった祖母が現れ、懐中時計が動かなくなった理由やつくもの心情の揺れ方等が明らかになる。祖母(大平栞サン)の演技は迫力の熱演だが、脚本のせいであろうが教訓臭くなったのが残念。
次回公演を楽しみにしております。
ハムレットマシーン
OM-2
日暮里サニーホール(東京都)
2018/03/22 (木) ~ 2018/03/24 (土)公演終了
満足度★★★★
「難解な公演」という一言。もう少し具体的に記すと、物語(展開)は在るのか無いのか理解するのが難しい。演出の奇抜さ、演技の迫力、舞台美術の大胆さを思わせる。特異な心象表現とある種の幻想表現による独特な美的感覚は自分を圧倒したが…。
当日配布されたプリントにも「『ハムレット』を下敷きにし、従来の対話を主としたドラマ形式を解体し再構築した前衛劇で、内容も難解な」と書かれている。
(上演時間1時間30分、上演前は2時間とアナウンスされたが)
ネタバレBOX
客席は1階と2階部があり、円形舞台の周りを囲うように椅子が置かれ、さらにその外周に鉄骨櫓を組んでいる。舞台真ん中を巨大パネルで仕切り2分割にしている。パネルには冒頭に映像描写が行われる。出入り口から奥の半円に男性、出入り口側の半円に女性がいる。さて半円のどちら側に座るか迷うところであるが、かろうじて両方が観られる半円と半円の境目の席に座り、Scene1と2を観ることができた。このパネルは立場・性別等の違い(差別)を表現していたのだろうか?なお、パネルは少し後に吊り上げられる。
物語は先のプリントによれば、Scene1~5迄ありサブタイトルが付けられている。
Scene1・2は「家族のアルバム」と「女のヨーロッパ」、scene3「スケルツォ」、Scene4「ブタペスト グリーンランドをめぐる闘い」、Scene5「激しく待ち焦がれながら/恐ろしい甲冑を身にまとって/数千年世紀」というサブタイトルらしきものがある。
そして出演者役柄にマシーン1、2がいるらしい。それらの展開はそれぞれ独立した、いわばオムニバスのようであるが、ハムレットが機械になって、その視点から眺めたらどうだろう。原作「ハムレット」は王室という権力側に身を置き民衆とは立場が違う。そして同時に男性社会である。Scene1.2の男と女は、ハムレットだった男1とオフィーリア1が登場することになっているが、王室(権威)対民衆または男性対女性という性差別をも意図しているようだ。本公演をサブタイトに準えて観ると、原作「ハムレット」の世界観が違った観点で浮かんでくるような気も…。
さて、シェイクスピア劇では物事を多角・多様に見ることが描かれている。例えば「オセロー」では自分を正直者に見せかけているが、実は悪党であることを明かす「私は私ではない」と言ったり、「ヴェニスの商人」では主人公が妻を迎えるために「箱選び」という試験を行い、質素な鉛の箱を選ぶ…物事は見方によって違って見える。外見に惑わされて大切な心を見失ってはいけないらしい。
最後に、シェイクスピア劇の底流にある重要なのは”心”、心の目で物事の真価を見定める必要がある。本公演でマシーンになったハムレットは、心の目がどんどん閉じられ、目先の利益といった外見だけに惑わされる人が増えてきた昨今、本当に大切なことを心の目(心眼)で見て問い直すことを伝えたいように思う。
そう考えた時、生身の人間から機械(マシーン)になって物事の見方、正しいと思う観点を変えてみることも重要なのでは…そんなことを示唆しているところがこの脚本の真骨頂かもしれない。
次回公演も楽しみにしております。
Yellow Fever
劇団俳小
d-倉庫(東京都)
2018/03/21 (水) ~ 2018/03/25 (日)公演終了
満足度★★★★
本公演、政治的に解決できない結末ではないが、その背景には当時のことばかりではなく、現代においても根深い課題であろう。
物語が感覚的に楽しめるのは、舞台美術の丁寧な造りだからである。
(上演時間1時間45分)
ネタバレBOX
全体的に立体感のある造作で、上手側に飲食店内のカウンターやBoxシート、やや下手側少し高くした探偵事務所内の机・本棚、このメイン舞台を囲むように舞台と客席の間のスペースを街路に見立てる。スラム街を思わせるようなドラム缶、木箱が置かれている。
梗概…時は1973年3月7日から3月15日は場所はカナダ・バンクーバーのダウンタウン。そこで日系二世のサム・シカゼは私立探偵を行っている。ある日、食堂で帽子の中に、何者かによって命を狙うという脅迫文が入れられた。同じく友人の中国系カナダ人弁護士のチャックから日系カナダ人の祭り「桜まつり」で「桜の女王」に選ばれた日系人クドーの娘が誘拐された事を知らされる。サムは脅迫文と誘拐事件の捜査を開始するが、徐々に驚愕の事実が明らかになっていく。その脅迫文…”迷い満月の夜”というシェイクスピアの一節が記されているという謎(怪)文が…。
「Yellow Fever -黄熱病」は、人種差別の象徴として”黄色”人種を指す。移民は第二次世界大戦時は彼の地で辛苦(日系人の退去、強制収容所への収監等)を味わった。それが戦後も続き”欧”熱病という西欧至上主義_西欧文明防衛隊なる組織が絡んでくる。表層的にはハードボイルドサスペンス劇としての娯楽性、一方当時の世相を切り取った社会派劇という深みも観せる。劇中では人種差別がクローズアップされるが、エリート、労働者という階層差別、その他色々なアイデンティティを持った人々を捉えた広がりがある。その多くの人によって街が形成されていることを示唆している。その象徴が食堂_生の象徴である食事処かもしれない。何しろメニューにお茶漬け、月見うどん等が見える。
演出は硬質になったり、コミカルになったり硬軟自在に操り、物語に引き込まれる。先の人種差別の問題は物語の面白さの中に垣間見せるが、その問題を先鋭化して取り上げていない。むしろ直接的な糾弾よりは効果的・印象的な観せ方にしている。
次回公演も楽しみにしております。
ロミオとジュリエット=断罪
クリム=カルム
スタジオ空洞(東京都)
2018/03/20 (火) ~ 2018/03/25 (日)公演終了
満足度★★★
恋愛の代表的な演劇…シェイクスピア「ロミオとジュリエット」はあまりに有名。多くの劇団、劇場で上演され、映画化もされており多くの人が物語の内容を知っている。そんな劇を独特な潤色・演出することは難しいかもしれないが、それでも観点を変え観(魅)せようと試みている。どの公演でもそうだと思うが、本公演でも原作に独自の新解釈を行い演出・表現をしようとしており、逆にそうすることによってどのような多様性にも耐えられるシェイクスピア劇の奥深さを感じさせてくれた。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
舞台を挟んだ客席。セットは中央舞台に客席に向かって横4列、縦(奥)3列の電球が上半身に当たる高さまで吊るされている。舞台の周り(客席との間も含め)を赤い厚布地が敷かれており、そのスペースでも役者は演技する。セットはシンプルであるが、内容は「イタリア・ヴェローナの対立する名家の若い男・女が熱き恋に落ちる悲しい物語」として有名であり、素舞台に近い状態であっても、その情景をイメージすることは出来る。本公演は観客のイマジネーションに負うところが大きいと言えよう。
物語は原作を下敷きに、それでもロミオを巡り、親友同士のジュリエットとロザラインが三角関係になる。ロミオは当初ロザラインに恋したが、ロザラインには恋人がいたためロミオは失恋した。その後ロミオがジュリエットと恋仲になり、ロザラインはロミオの本当の人柄を知るに至り恋焦がれるようになる。ロザラインの前恋人がロミオの友人という混線するような人間関係を作り出す。また司祭が女性であることも特別の意味合いを持たせている。
純愛というよりは嫉妬に狂った男と女の愛憎劇。もちろん結末も変えているが、それでも両家の争いに終止符を打つことになり、この公演(脚本・潤色)の巧みさをうかがい知ることができる。
全体的に抒情性が感じられる観せ方、具体的にはライトの点滅による陰影が幻想的な視覚効果を生み、印象付けするところは上手い。一方、演技は役者がその人物像なりに十分成りきれていないのが残念であった。
次回公演を楽しみにしております。