マクベス
東京二期会
東京文化会館 大ホール(東京都)
2013/05/01 (水) ~ 2013/05/04 (土)公演終了
満足度★★★★★
オペラ『マクベス』魔女の呪文の謎を解く!
オペラ『マクベス』魔女の呪文の謎を解く!
先日,オペラ『マクベス』を観た。感想は,というと,これは,難解な作品だ。たとえば,魔女が出て来て,「きれいは,汚い。汚いは,きれい。」などと,意味不明の呪文が出て来る。シェークスピアには,ハイレベルの技巧がある人で,子どものミュージカルの方が,気が楽ですね。でも,オペラ『マクベス』どうでした?わかりましたか,とかいわれちゃうと,気になりました。
で結局,この魔女のことばの意味は,なんでしょうか。埴輪雄高の説明によると,トルストイと,ドストエフスキーの視点を対比するとわかるという。彼の「表現者とは何か」という文章から推察する。
トルストイには,『復活』のような宗教的な作品が印象的で,『アンナ・カレーニナ』も良い作品だ。それらは,背景に,神の視点というか,全的視点がある。そういう「表現」があって,哲学・思想がある。それは,まっすぐな,子どものような視点でしょうか。
これに対して,ドストエフスキーは,『地下生活者の手記』というへそまがりな作品があって,そこでは,終始変なおじさんがぶつぶつ言っているわけです。こっちの作品は,複雑で,屈折したプリズムの世界であって,全的視点(まっすぐな)ではないというわけです。
この「地下室的視点」というのは,世の中には,正しいことが,すぐに,まちがいになったり,まちがいであったものが,正しいことでもあったりする。正しいとも間違いともいえず,次に進むことも多い。(これは,難しく言うと,ヘーゲルとか,マルクスを読むとき出て来る弁証法的な考え方,というのでしょうか。)
で,問題は,こういう考え方は,さかのぼると,シェークスピア『マクベス』で,魔女の呪文にちゃんと出て来たという。つまり,ヨーロッパの人は,『マクベス』を読み,気がつくと,哲学にめざめたことになりますね。(ちなみに,ブレヒト『サロメ』によれば,善が悪,悪が善という聖書からの引用もあった)
PS
原作とオペラのちがい
「Fair is foul, and foul is fair.」は,演劇『マクベス』では,抜群に有名ですが,オペラ『マクベス』になると,この魔女の呪文は,fairとfoulという形容詞が確認できるだけで,直接台詞にはなっていなかったようですね。
アニー
日本テレビ
新国立劇場 中劇場(東京都)
2015/04/25 (土) ~ 2015/05/17 (日)公演終了
満足度★★★★★
がんばれ!前田優奈!
ゴールデンウィークは,どこの映画館も満員だ。私は,ミュージカル『アニー』トゥモロー組を一日だけ観劇できた。当日券も,その日ははやばや売り切れとなっている。ソールド・アウト!って,なっていたけど,一枚くらいありませんか?とかだれか,来そうな気はした。実際,二年前の青山劇場では,私は当日券だったのだが。
さて,前回は一般では初日だったので,良い場所が取れなかった。座った感じは,ほぼど真ん中で視野も良好だとは思ったが,開演してすぐ気が付いたのは,もう少し前でないと表情までわからない。それどころか,タップなどでは,似たようなタイプもいるから,お目当てが特定できなかった。しかし,今回はバッチリだった。
アニーが,迷い犬とのめぐりあいの場面は感動的だ。映画では,ポリスから結構疑われる。一度や二度では,寄ってこない。やっぱり,サンディは,アニーにまだ懐いていないのか。そんな微妙なシーンがあるが,前回に比べて,ゆうなっちは早からず,遅からずで,サンディを呼びよせていた。大成功!
大富豪が,なぜか,「男どうしの話をしていいかな?」という場面で,アニーが,太い声で,「いいよ!」というところは,何回見てもおもしろい。演出といえば,演出だが,過去コントなども挑戦したゆうなっちの対応は,ぴったりだと思う。ほかにも,思わず笑えるようなしぐさも,上手だったと思う。
あと,前回も少し感じたが,三回~五回ほど,アニー自身の身体が宙に舞うところがある。お正月に,アクションスター?の学校だろうか,つばさ基地で.体操的なトレーニングをやっていて,ミュージカルになんの役にたつのか,と思ったものだ。でも,そういう体験などが,意外と役にたっているのかもしれない。
ミュージカルもたいした経験はないが,タップダンスもことはもっと知らない。これは,リズムタップでなく,身体全体で表現するミュージカル・タップというものか。もとは,やっぱり黒人独特のリズム感で始まったのだろう。今回,一番前まで,しばみやはなえさんが出て来て驚いた。すごく上手になっている。
夏の光2016
いちかわ市民ミュージカル実行委員会
市川市文化会館(千葉県)
2016/09/04 (日) ~ 2016/09/04 (日)公演終了
満足度★★★★★
感動します!
前回は、ずっと心に引っかかる出来事をなんとか克服しようというものだった。
今回も、少し似ているが、愛馬を戦争のため虐殺された苦い事件が克明に描かれていて、紀伊國屋シアターの木下順二を彷彿させた。
表現がどぎついのが、木下作品での印象だったが、本作品は、明るい場面も多用してバランスをとっていた。大人数演劇の良さもあって圧巻!
「ヴルルの島 」
おぼんろ
ラゾーナ川崎プラザソル(神奈川県)
2016/11/30 (水) ~ 2016/12/11 (日)公演終了
満足度★★★★★
たいへん良い作品です!
今回は、初めて舞台にかぶりつく感じで観劇した。いつものメンバーのチームワーク良く美しい新感覚な演劇をやっていた。やや、話がややこしい。でも、最後は感動的!良かったと思う。
「タイタス・アンドロニカス」「女殺油地獄」
劇団山の手事情社
吉祥寺シアター(東京都)
2015/11/06 (金) ~ 2015/11/16 (月)公演終了
満足度★★★★★
素晴らしい演劇!
野崎参りは,印象的な始まりだった。遊女・小菊は,なじみ客による舟遊びの最中のようだ。しかし,わがままな彼女は,船は乗り心地が悪い,もはや,野崎参りもあんた一人でいけばいいと騒いでいる。この場面は,意外とおもしろかった。客はたいがい遊女にバカにされて,振り回されるものなのだろう。
次におかしかったのは,野崎参りの場で,与兵衛は喧嘩に巻き込まれ,人妻のお吉が助けるところだ。亭主が,娘に何があったか尋ねた。すると,楽し気に二人で裸になって,一つ部屋に閉じこもったままであるという。確かに,子どもにはそのように見えたが,悋気な亭主は邪推するのだ。
最後の見せ場は,油まみれになったお吉のセリフだ。子どももいるのだから,後生だから命だけは助けてくれ!というのを無視して,与兵衛は残忍な人殺しに徹するのだ。その罪を隠して,しゃあしゃあと法事の席に出て,悪事が暴露されていく。近松門左衛門の世界は意外にも現代的なシーンが多かった。
ラブリーズ
ジョーズカンパニー
小劇場 楽園(東京都)
2015/12/29 (火) ~ 2016/01/04 (月)公演終了
満足度★★★★★
たいへんよかった!
演劇は、子どもがやると難しい。
おとながやるミュージカルなどで、小道具みたいに利用すると、あらがでない。
だから、大人の演劇を見慣れたひとが、本企画を学芸会?と思っても無理はない。しかし、そんな狭い心では子ども演劇は、活動の場がなくなる。
本企画は、いつも背伸びしたこみ入った内容が問題だと思っていた。しかし、そのあたりは、少しレベルをさげて、改善された。
やっている子どもたちが、内容不消化でないものが舞台にあった。ハイレベルのおじさんを感動させるドロ芸人にはない爽やかさがそこにあった。
ジゼル
萌木の村
萌木の村特設野外劇場(山梨県)
2013/07/30 (火) ~ 2013/08/10 (土)公演終了
満足度★★★★★
ロマンチック・バレエ『ジゼル』を見た。
まだ,演劇・ミュージカルを観ることになって,二年とか三年とかしかならない。いまでも,何が好きなのかよくわからない。特に好きなものを決めて,そればかり見るのが良いとも思わないので,最近は,バレエなども見る。
一か月ほど前,『不思議の国のアリス』を見た。これは,上野でフルオーケストラだったので,演出ほか素晴らしい体験ができた。清里で,自然の中で行うバレエが,どんなもんであるか,それが気になって『ジゼル』見ることになった。
いつの日か,クラシック・バレエもいいとは思うけど,『ジゼル』のようなロマンチック・バレエが今の私には結構魅力的だ。むしろ最初,こういうストーリーがバレエの中に織り込まれているものが好きだ。それでは,演劇の部分と,ダンスの部分が,明確に区別されたクラシック・バレエ,たとえば『白鳥の湖』のようなものは,どう優れているのか。そのことは,またいつの日か,楽しみにしたい。
清里『ジゼル』は,野外ステージで,広大な自然をバックに美しい演劇が見られた。昼間,練習風景も見ている。ほとんどがラフな格好をして,何度も指示されながら,懸命に練習しているのを見ると,自分の関係者のような気分になれる。その親近感のわいた集団が,夜間に幻想的なステージを次々に展開するのは,驚いた。ショー・アップされた『ジゼル』は,心にしみこんだ。
ロマンチック・バレエなので,ストーリーがしっかり理解できた。ジゼルは,心ならずも結婚の約束をした彼女がいる貴族と恋に落ちる。そのことでは,両方とも問題がある。でも,二人が深く愛しあっていた様子は,美しいバレエのテクニックで見事に表現されていく。二幕しかない『ジゼル』は,後半がさらに凄い。森の墓場で,アルブレヒトは,ジゼルを懐かしく思い出す。すると,その声に森の妖精となったジゼルの幻想が,よみがえる。
ストリッパー物語
昭和芸能舎
赤坂RED/THEATER(東京都)
2016/08/02 (火) ~ 2016/08/07 (日)公演終了
満足度★★★★★
感動のつかこうへい作品
つかこうへい作品は、いつも、社会の底辺で苦悩する。どの演劇を見ても、不思議と一致している。こんな屈折した人生もあるものなのか、と思うばかりだ。
赤坂レッドシアターは、超満員!そのため、開始が五分遅れた。でも、内容はたいへん満足いくものであった。キャンディーズの名曲に心地よいダンス、楽しめた。
つかこうへい作品は、日本では若手の課題に良くなるらしい。それは、オーバアクションとハイテンションなどぎつさ。それはどこの劇団がやっても目につく。
特別に、期待していったわけではなかったが非常に、良くできていた。欲をいうと、最初の方がやや退屈だったが、全体が終わってみると文句はなかった。
アニー
日本テレビ
愛知県芸術劇場 大ホール(愛知県)
2015/08/28 (金) ~ 2015/08/30 (日)公演終了
満足度★★★★★
名古屋まで行って,ミュージカル『アニー』を観た。
名古屋まで行って,ミュージカル『アニー』を観た。愛知芸術劇場という大きなホールのせいか,舞台道具は東京公演とほとんど同じだった。名古屋では,三日間公演があった。私は,二日めのゆうなっちアニーだけ観た。前日の夕方,偶然に本物のサンディを見かけた。終演後,飼育係が二匹の犬を散歩させていた。舞台では大きく見えるサンディはやや小型に感じ,気がついたら通り過ぎていた。また,当日の朝近所の喫茶店で開演を待っていると,青木さやかさんが,ルースターか,洗濯屋かなんかと,入って来た。確認したら本物だったが,静かにしてあげた方が良いと,私はすぐにその場を後にした。
名古屋公演がいままでで一番声が出ていた。アニーを射止めるくらいの少女(そろそろ男の子で一度やってみてほしい)は,素晴らしい声量だから,比較は無駄かもしれない。でも,かなり良く声が出ていた。安定して,しっとりと歌い上げていた。コミカルな場面もいくつか結構のってやっていた。せっかくウォーバックスから新しいロケットペンダントをもらうも,いわれのある古いペンダントを捨てられない事情があるところも,やりとりで上手に表現されていたと思う。なかなかの演技達者で感心する。もって生まれたものなのだろう。共演陣もやりがいがあるのではないだろうか。
いよいよ,新潟公演となる。これで,すべての公演が終了する。記念すべき名演でしめくくって欲しい。ブラボーも三回くらいはいえたらいいだろう。
アニー
日本テレビ
アクロス福岡 福岡シンフォニーホール(福岡県)
2015/08/22 (土) ~ 2015/08/23 (日)公演終了
満足度★★★★★
福岡まで行って,ミュージカル『アニー』を観た。
福岡まで行って,ミュージカル『アニー』を観た。今回初めて,スマイル組および黒川アニーの方も観ることになった。時間的に余裕があって,なおかつ,かろうじて当日券が残っていた。一日に二度も同じミュージカルを観ることになった。舞台装置は,地方省略版で,さらに簡易になっていた。
今回もゆうなっちアニーは,すごく良かった。孤児ゆうなっちは,役柄的にはいつも大人の顔色をうかがい,視線を気にしている子どもだ。相手の出方によっては,いつ殴られるかわからない。もしかして,いいことがありそうなら,絶対に見逃してはならない。だから,相手の顔は良く見るべきなのだ。
一方,黒川アニーは凄かった。絶対的な強い高音が会場内に心地よく響き渡る。そのような場面が何度もあった。セリフも一つも言いよどむことはない。アドリブも結構きいている。こちらのアニーは,模範的。優等生だと思う。好みの問題もあろうが,演劇派としてはゆうなっちの方が良い出来だ。
アニーの名場面
橋の下で,ホームレスの人たちを相手に,とにかく希望を持つべきだとアニーは言う。人生に絶望している人たちは,反論する。何ひとつ持ってないし,展望もない。それでも,アニーは希望を持ちなさいと言う。確かに,物事はなんでも考え方次第なのだ。いいところを伸ばして,悪いところは無視したい。
大統領官邸においては,アニーは唐突に歌を披露する。この歌にみな勇気をもらう。歌をうたえば,明日はいいことがきっとあるにちがいない。今,とっても苦しくても,大丈夫。心と身体さえあれば,明日は良くなる。大統領は,未来を拓く道を模索するのだ。公共事業で失業対策をしていこう。
アニーは,少しすつウォーバックスの心をつかんでいく。
ウォーバックスの依頼を受けて,クリスマスの夜彼のもと呼ぶべき子どもを探すのは,グレースである。このとき,グレース自身が,アニーに強い愛情を抱く。引き続き,なにげないやり取りをするうちに,アニーという子どもが非常に興味深いキャラクターであることに,ウォーバックスは気がつく。
アニーを理解するうちに,アニーが幻の両親を強く思慕している事実につきあたる。自分の養子にしてもいいが,生きているなら,実の親元に返してあげよう。自分たちは,たまに遊びにいけばいいじゃないか。そのような流れの中で,ハニガンの弟は,よからぬたくらみを開始する。
ビョードロ 終演いたしました!総動員2097人!どうもありがとうございました!
おぼんろ
d-倉庫(東京都)
2013/05/29 (水) ~ 2013/06/16 (日)公演終了
満足度★★★★★
シェークスピアと,イプセンと,メーテルリンクと,チェーホフと,そして,『ビョードロ』
シェークスピアと,イプセンと,メーテルリンクと,チェーホフと,そして,『ビョードロ』
シェークスピアは素晴らしい作家で多くの作品を残しましたが,全作品には,ヒントになる事件,逸話があって,現代でいうところの,創作的なものはひとつもありません。その点では,いまいちです。イプセンは,人形の家を書いた立派な作家ですが,シェークスピアの偉大さを,せせこましい居間におしこめた人といわれました。メーテルリンクは,青い鳥で,はしか・しょうこうねつなど病気を運命に持ちながら生まれくる未来を暗示する傑作を残しましたが,最初犬・猫がわんわん吠えてうるさいと,バカにされました。チェーホフのかもめは,モスクワ芸術座の紋章になった作品ですが,当初その奇抜さに誰も評価できませんでした。
『ビョードロ』は,おそらく,劇団おぼんろで『かもめ』のような代表作品となると良いと思います。何度も何度も演じて,日本中を感動の嵐に陥れてください。作品はどこにもムダがないので,そのままの形を維持すべきです。チェーホフの手を離れ,『かもめ』ほか代表作が,さまざまに演出をされたように,もはやこの作品は一人歩きしはじめています。いつの日か,世界中の多くの演出家によって,いろいろなアプローチがさらに作品の世界を拡げるかもしれません。今回の役者・観客の全員が,タネになり,死んでしまったあと100年後,われわれの子孫は,非常におもしろい傑作を残してくれたと,いずこの劇場・倉庫で涙するでしょう。
東日本の地震で,福島の方たちが苦労しているのに,何を言っているのか,と申し訳ないけど,次のような感想を私は,持ちます。演劇などを自由に体験できる良い日本に生まれたと。現在日本演劇の源流は,私の考えでは,ロシア文学系だったり,フランス文学系だったりすると思われます。
一方のモスクワ芸術座では,スタニスラフスキーと,メイエルホルドの話があります。スタニスラフスキーは,システムを作ってみようと考えたり,メイエルホルドは,逆に演劇は,「演劇性」をどこまでも残せばいいじゃないか,とくいちがいました。しかし,心の中での対立はなく,二人は,最後まで演劇を愛する友人でした。しかし,メイエルホルドはスターリンに睨まれ,演劇人として粛清(殺害)されていきます。
フランス文学系は,浅利慶太さんが大好きな世界で,むしろ,ロシア系をきらうのですが,こっちにもいろいろな話があります。サルトルの『汚れた手』を最近俳優座で観たりしたのですが,調べてみると,サルトル自身,このような話は,反共政策に利用されるだけであると,ずっと上演を認めなかったようです。つまり,随分あとになって,傑作を観られる時代になったのです。
『ビョードロ』を観られる時代,このような美しい演劇を自由に,観られる時代に生まれて,われわれは幸せです。ぜひ,一人でも多くの日本人にしあわせを与えてほしいものです。この作品は,二度楽しめます。ひとつは,形式美としての演劇です。何も深く思考しないで,劇場をあとにしても良い印象がずっと残ります。もうひとつは,象徴の言語・寓話の世界として,何かを感じとり,想像力の世界に遊ぶ見方ができます。その場合,「ジョウキゲン」を,原子力と感じる人もいたり,あるいは,演劇愛と感じる読み方も自由です。あとは,親子の情愛は,結構深いが,また,それが,難しい状況を生むものだ,という見方もできます。
私は,しろうとなので,みなさんの愛するこの傑作『ビョードロ』をどのようにほめても,ご不満がでることは承知ですが,二回観劇させていただいて,以上のような感想を抱くものです。私自身は,子どものミュージカルでも観ていた方がしあわせな人間なので,この劇団を今後応援するというより,見守ることに専念し,深く干渉はしないと思いますが,よろしくご発展されるように祈ります。以上,最後の感想とします。
「ワーニャおじさん」「かもめ」「三人姉妹」「櫻の園」
劇団だるま座
アトリエだるま座(東京都)
2012/12/24 (月) ~ 2013/01/27 (日)公演終了
満足度★★★★★
このチェーホフは,良かったと思う。
『かもめ』では,トレープレフ(コースチャ)は,才能があったが,俗物の母にはバカにされるわ,母の愛人トリゴーリンに恋人ニーナを横取りされる。結局は,ニーナを忘れられず自殺してしまう。チェーホフの世界は,気分・余韻の劇だから,明確に自殺のことは表現されていない。ただ,暗示されているに過ぎない。
『三人姉妹』のイリーナは,劇中ひどく変化していく。最初は,夢を持ち労働にも意欲的である。しかし,次第に,現実のつまらなさ,単調さに苦しむ。最後は,愛のない結婚をしても良いと考えるものの,その相手トゥーゼンバフは自殺まがいの決闘で自分から去ってしまう。それでも,生きていくのだと・・・とちかう。軍医の「同じことさ」という虚無的なことばが,ずっと心に残っていく。
『ワーニャ伯父さん』は,ちょっと気の毒な人間だ。尊敬しきった教授閣下は,その実たいしたものでないと気が付くが,ときすでに遅いのだ。ソーニャも,無謀な恋に狂い,何もできない。ふたりは,深く絶望し,ただ耐えることのみだ。とはいえ,意外と多くの人間にとっては,人生で勝者になれないことばかりだ。だから,演劇がリアルになる。
『桜の園』は,気分の演劇であるチェーホフの傑作だと思う。ロパーヒンは,さくらんぼ畑に斧を入れることしか頭にない。この『桜の園』転売の始末で,もともと孤児の境遇のシャルロッタは,またまた逆境に転落していく。軽妙に手品などやっている場合ではないのだ。どこかおかしみがあるが,その中に,しんみり人生の悲哀を感じさせてくれる。
四作品を通しで,上演してくれたことでいろいろな発見があった。また,猥雑で狭い劇場の中,観客も演者と同化していく。このチェーホフは,良かったと思う。
不思議の国のアリス
公益財団法人日本舞台芸術振興会
東京文化会館 大ホール(東京都)
2013/07/05 (金) ~ 2013/07/07 (日)公演終了
満足度★★★★★
22,000円は高かったが,一度くらいはこんなぜいたくもいいものだ。
バレエ・リュッス(Ballets Russes)の衝撃というのがバレエ界ではかつてあった。今回の英国ロイヤル・バレエも少し関係がある。
1909年,ロシア人セルゲイ・ディアギレフが,登場する。以後,20年間彼の人気は続く。ロシアのバレエは,どのようなものだったか。
ナポレオン三世の治世は失敗だったが,フランスでのバレエは発展した。かつて,絶対王政期に宮廷バレエが成長したことと似ているかもしれない。
ロシアとフランスは,歴史的に非常に親密な時代があった。ロシアという国は,アジアでもある地域を抱えているので,その分ヨーロッパの人たちにも神秘的なのである。一方,ロシアという国は,公的なことばはフランス語にした方が良いのではないか,というくらいフランス趣味の国でもあった。
というわけで,ロシアとフランスは,相思相愛の仲良しだった時期がある。ことバレエに関しては,フランスがダントツであったが,ロシア人のセルゲイ・ディアギレフによる,バレエ・リュッス(Ballets Russes)は衝撃的であり,バレエ史の中でもその影響力は20年間も継続された。今回の,英国ロイヤル・バレエも実は,そこで活躍した人が,イギリスにわたって一派を起こしたものなので,演劇手法等似たようなところが見える。
セルゲイ・ディアギレフは,自分自身で,音楽・振付・装置を180度変えた。さらに,肉体派の男優を初めてバレエの中で使うなど,改革を実行し,時代の先端を走った。『不思議の国のアリス』においても,その手法が継続されていた。
バレエ・リュッスが,衝撃的で,歴史にも名を残した理由は,いろいろある。彼は,少し変な人で,立派な仕事仲間も演出を斬新に進めるためか,次々手を切っている。バレエの地位は,少しずつ安定し,高尚な総合芸術として世界的に評価され愛されていくのだが,ひょっとすると,オペラなどでは,まだことばに頼る部分が大きいが,バレエになると,ただ観ていれば良いということが大きいのだろうか。
今回,コンダクターとほとんどキスできそうな場所,中央の一番前で観劇した。なんどもなんどもブラボーといってしまった自分がいた。
いずれにせよ,オペラと,バレエの歴史は錯綜している。オペラ=バレエなることばもあったようだ。概して,バレエは,オペラの添え物で,副次的な意味しかなく,次第に勢いをなくしつつあったのかもしれない。そのような時に,セルゲイ・ディアギレフという人は,20年間やりたい放題やってしまう。『牧神への午後』なども有名だが,そういう流れに中で存在したようだ。
セルゲイ・ディアギレフは,1916年には,アメリカ合衆国にわたっている。1919年には,パリ・オペラ座で,活動を再開している。バレエ・リュッスは,海外公演で人気を得て名をあげていく。劇場にいったらストライキに会う時代となる。英国ロイヤル・バレエについて,まだ,本になったものを知らない。しかし,パフォーマンスの時代にさっそうと新作のレパートリーを広げているとのことだ。22,000円は高かったが,一度くらいはこんなぜいたくもいいものだ。
参考文献:バレエの歴史(佐々木涼子)
第七回「ざぶとん役者の会」
ざぶとん役者の会
ステージカフェ下北沢亭(東京都)
2017/01/12 (木) ~ 2017/01/15 (日)公演終了
満足度★★★★★
全体的に良くできていた。
現代的な笑い話を混ぜている。
少しあきた頃に、終了しているが、もう少し聞きたいものもあった。
落語は、あまり関心はなかったけど、たまにはこういうのもいいだろう。少なくとも、イマイチの演劇よりはずっと楽しい!
野鴨
演劇集団アクト青山
上野ストアハウス(東京都)
2016/11/16 (水) ~ 2016/11/20 (日)公演終了
満足度★★★★★
素晴らしい!
ヘッダーガプラとほぼ同じメンバーだったのかもしれない。
人形の家、ゆうれい、海夫人、棟梁ソルネス、ペールギュントを観劇して来た旅は、やっと野鴨にたどりついた。
かたくなに真実を曝こうとする人物、それに真摯に向き合おうとする魂の激突。
実際には、もっと要領よく人生をいきるひとたちも多いのでしょうし、そもそもの原因は大旦那さまの放縦。なんで、罪もない中学生が自殺に追い込まれるのか、考えさせられるところです。
NEWSエンターテインメント12th★FESTIVAL
NEWSエンターテインメント
埼玉会館(埼玉県)
2013/05/05 (日) ~ 2013/05/06 (月)公演終了
満足度★★★★★
『くじらは虹色の音楽にのって2013』を観て
『くじらは虹色の音楽にのって2013』を観て
これは,どういうお話だろうか。主人公の家族は,あるとき,くじらを見るために海外旅行に出る。でも,そのスタートで,交通事故に会って,結果,家族崩壊が始まるのだ。
美里のダメージが大きく,原因不明の障害が頭に残る。夢であった,ヴァイオリニストは絶望的になる。親友も,友達の不幸が起きても,最初はその意味が理解できないので,かえって美里を苦しめる。病院に入院した美里のまわりには,実は,もっと原因不明の重い病人がいることもわかって来る。
この演劇は限りなく暗い。しかし,そこに,少し明るい場面もある。なんの病気かわからないが,とにかく子どもたちに人気のある冗談好きなオバサンの存在。それと,同じような子どもたちの病院生活をなんとか慰問しようとダンスを踊り,ショート・コントをやってみる小学生の存在だ。
この演劇に出て来る両親には,気の毒ではあるが,不注意に対する責任がある。しかし,最大の被害者,美里と,姉の事故を契機に学校生活で孤立していく理沙ふたりは,とてもあわれである。ふたりは,もがけばもがくほど,苦悩に呑みこまれていくのだ。そこには,大人の場当たりの助言も無駄である。
理沙は,最後に,病院のカベに,姉のために,くじらの大きな絵を描くのだ。そのスケールは,共同作業ゆえに巨大で,だれもがびっくりした。これは,夢も希望もなくして,この先泣いてばかり暮らすかもしれなかった,美里に少しだけ勇気,生きるための力を与えてくれた。美里に少しばかりの感動をもたらし,この演劇は終わる。
ひめ風コンサート2017
コラニー文化ホール
コラニー文化ホール(山梨県)
2017/02/26 (日) ~ 2017/02/26 (日)公演終了
満足度★★★★★
南こうせつの曲は結構知っている。好きなもの,印象的なものもあって心に残っている。しかしながら,いま聞いても,お説教ソング(さだ的)が多くて,好きでなかった。でも,こうして,むかしの懐かしい曲を,本人が元気に歌ってくれるとしんみりする。
一方,伊勢正三というひとは,ほとんど記憶になかった。ところが,あるとき,ずいぶん有名な名曲を唄っていた方だと知る。その後も,あれも,これも,この人の作曲だと知って驚くことがあった。本人は,イメージ(だけだが)ちゃらい,ミュージシャン。自己ちゅうだと感じる。しかし,今回,本当に音楽が好きなタイプだと思った。青春にギターを抱えて,多くの友人はサラリーマン化したが,彼はいつまでも少年のままだった。
となりのミュージカルを当日券をあてにしていったホールで,こちらに企画にはまった。子どもミュージカルも結構人気あると再認識した。
葉っぱのフレディ ―いのちの旅ー
株式会社ステージドア
蒲郡市民会館(愛知県)
2014/08/11 (月) ~ 2014/08/11 (月)公演終了
満足度★★★★★
ミュージカル『葉っぱのフレディ』蒲郡公演を観劇。
ミュージカル『葉っぱのフレディ』蒲郡公演を観劇。
蒲郡に隣接する豊川は,私の出生地だ。蒲郡の市制記念行事は,病院関係者が,市長に直訴して実現したものらしい。台風が怪しくて,公演も吹っ飛んでしまうかもしれない,と不安もあって,現地にはお昼頃到着したら,偶然それらしい集団が歩いてきて,市民ホールに入っていった。ほどなく,発声練習も聴こえた。大ホールなので,有名な公演でも席が十分に埋まらないこともあるらしい。私は,イプセンを観にいって,四五人しかいなかった経験もあるので,スカスカの演劇もあっても驚かない。しかし,毎回好演しているルーク先生役の宝田さんには,いつも大ホールが満席であって欲しいという期待がある。それだけ,一生懸命なのだ。心配はされたが,二階席はともかく,一階は80-90%ほど。
さて,『葉っぱのフレディ』観劇は,東京公演の四回から一週間おいて,五回めとなった。回を重ね,観劇する席を変えると,いろいろと見える世界が違う。地方公演のホールであるからといって,特に舞台が見劣りするようなことはなかったと思う。お孫さんを連れての観劇か,結構おばあちゃんが目についた。彼女たちは,ひょっとすると,往年の銀幕スター「宝田明」を見に来ていたのかもしれない。
五回めともなると,気がついたのは,カミキリのモアに,葉っぱが襲撃されるまでが意外と長かったことだ。たぶん,挿入歌を一曲ずつじっくり聴き始めたのでそういう印象になったのだと思う。とても良い曲が多いと思う。歌詞もなんとなくイメージできる。『葉っぱのフレディ』の主役はもちろん「フレディ」であるが,とりわけ挿入歌を独唱しているのは,「フレディ」の周辺にいる,メアリーとか,クリス,あるいは,葉っぱのクレアだった。ルーク先生役の宝田さんもかなり目立っていると思う。
このあと,2014『葉っぱのフレディ』は,北上し,岩手県に飛ぶ。さらに,グランド・フィナーレは,神奈川県に戻り,芸術劇場で二公演が行われる。それが終了すると,葉っぱは解散するのであろう。そして,初春になると,オーデションの激戦を勝ち抜いて,2015年新メンバーの芽が出る。いずれにせよ,最後に,もう一度感動の名演技を期待したいものだ。子どもの演劇・ミュージカルも,たまには良いものだ。そればかりだと,なんだか自分の頭の中の,キャパシティが柔軟さを欠いていくような気もする。ひとつ子どものミュージカルを観たら,ひとつ大人の演劇を観るのがいいかもしれない。
秋になると,葉っぱたちはみんなきれいに色づいた。
同じ木にいるのに,どうして違った色になるのかな?
一人一人が,お日様へ違う向き方を体験したからだよ。
葉っぱの僕らがすみかを変えるときが来たんだ。
どんなものでも必ず死ぬんだよ。
怖くないのかな?
君は,春から夏,夏から秋になるとき怖かったかな。
季節が変わるのは,自然のなりゆきなのさ。
そう考えれば,いつかそのときが来ても怖がることはないのさ。
スコア
エミューエッグミュージカルカンパニー
シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)
2013/05/03 (金) ~ 2013/05/12 (日)公演終了
満足度★★★★★
ミュージカル『スコア』を観て
ミュージカル『スコア』を観て
これは,どのような物語なのだろうか。両親は,結構優れた才能を持ち,子どもに自分と同じような道を進める。しかしながら,父親にとっては,学ぶこと,競争することが,快感であり正しいことだったとしても,子どもにとっては,「より良い成績を取ることばかり」に追い立てられる生活は地獄となるのだ。
カノンも,確かに,音楽そのものは好きだったが,過度に母親に音楽教室を強制され,はてしもないオーディションへの挑戦に,身も心も疲弊していく。やがて,男の子は,もう計算すらできないし,女の子は,音譜を読むことすらできなくなるのだ。
このような状況に追い込んでなお,両親は,「自分の子どもは出来が悪かった・・・」などと言う例も多い。親を盲目的に敬愛していた場合,子どもにとって,親ほど頭が良くなかったなどの理由で,最初の挫折を簡単に経験する。そして,以後生涯苦悩が,残ってしまうのだ。
もう一度整理する。子どもをより大きな成功に導いて,少しだけ爽快な気分にしてあげようとする。その試みが,ずっこけて,「最初から何もしない,何も夢みさせなかった方がましだった」というケースもあるということだ。しかし,人生には,夢も必要だろう。本人の意思があるのなら,それもいいだろう。
第11回鴻巣バレエスタジオ生徒発表会
鴻巣バレエスタジオ
四街道市文化センター(千葉県)
2017/08/11 (金) ~ 2017/08/11 (金)公演終了
満足度★★★★★
四時間の大作と、熱演にたいへん感動し楽しめました。思いのほかバレエとは、良いものだと感じました。
あまりに完成されたものばかり見て、気がつかなかったものが発表会などの状態からわかってきました。