ぱち太の観てきた!クチコミ一覧

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バナナ学園大大大大大卒業式

バナナ学園大大大大大卒業式

バナナ学園純情乙女組

インディペンデントシアターOji(東京都)

2012/12/28 (金) ~ 2012/12/31 (月)公演終了

瞳子スゲェ・・
何が凄いって、最後の最後で遂に本気を出したっぽい
瞳子の、狂ったラジオ体操だかなんだかよく分からん
ぶっ飛んだダンス?と、
それに全くブレずに鬼気迫る表情で喰らいついてくる後ろのバナナ軍団がスゲェ!(笑

つい1週間ほど前まで、
2012年のスペクタクルの極致は
人智を超えた感のあったAMON TOBINのマジカルなライブで決まりだと思っていたけれど、
最後の最後で、
原宿の川村美紀子と王子の瞳子が来た(しかも二人とも身一つで(笑

ふたりとも観てて久々に
『ギャー!』と叫びたくなる位イカしていたしイカれていた(いい意味で

正直バナ学は最初はあんまり乗り気じゃなかったんだけど、
主宰の最後の「死ぬ気」を見届けるのも悪かないかなと思い直してチケットをとった
(別に被害にあったという方のことを忘れたつもりじゃないです、実際に見たわけじゃないけど

・・で、観てやっぱり良かったと思った。

いや、自分は別に舞台芸術が一番偉いと思っていて、
芸術の名の下には上演中のトラブル全てが許されると思っている類の人間では全くない
(勿論バナ学がそうだと言っている訳でもない
つもりではあるし、
「人を傷付けるくらいなら舞台なんか止めろ」と普通に考えるタイプの人間なんですが、
それ以上にバナ学の死ぬ気が凄かったと言えば良いんでしょうか・・?

別に自分の言葉にして書いても何も伝わらないし分からないと思う
(所詮書いた言葉なんてその程度の物です

ただ、あの瞬間あの劇場にいた人には、
目の前の「死ぬ気」が伝わったし、嘘偽りは感じなかったと思う。

横も上も下も後ろも見ない。ただ前(観客)だけを見る。
今この瞬間にすべてをぶつける。
明日死んでもいい。今日燃え尽きる。

眼がそう訴えてるみたいだった。

舞台の存在を信じるというのは、
ぺらい言葉のやり取りでは何も生まれなくても、
目で見て叫び合って、お互いに体温や息遣いを感じとれば、
気持ちが伝わる瞬間があることを信じることなんだと思う。

「俺とあがさと彬と酒と」第1回公演『ふたりマクベス、マボロシ兄妹、ほか短編』

「俺とあがさと彬と酒と」第1回公演『ふたりマクベス、マボロシ兄妹、ほか短編』

DULL-COLORED POP

アトリエ春風舎(東京都)

2012/12/27 (木) ~ 2012/12/31 (月)公演終了

満足度★★★

あり・・?@あくまでプレビュー
「ふたりマクベス」は割と予想の範囲内だったかも。

悪女と良妻を自由に行き来できる女優としての魅力は十分に伝わったけれど、
正直『男あがさ』のファンの自分としては(なかなかこんな野蛮な男優はいないもので・・(笑
見応えは確かにあったけれど、
せっかくの岡田氏の男役が観られないのはちょっと残念だったかなぁ・・(苦笑
タイトルから想像されるより思ったよりエンゲキエンゲキし過ぎていたかな・・?という感じもしたり(もっと野蛮な何かを想像していたから

対照的に「マボロシ兄妹」は、
観ていて文字通りの男優女優の心地よい台詞スマッシュの応酬に
頭がクラクラするようで・・(笑

ただ、この戯曲が出来上がったのがやっぱり2週間位前のためか、
まだ俳優の立ち位置がぐらついているみたいで
(それも演出家の目論見通りらしいが(笑
ひょっとしたら最終日には俳優たちはその立ち位置を完全に自分のものにしているかもしれないから(それはそれで詰まらない(笑
一応前から予定はしていたけれど、
明日の朝公演でこちらだけはもう一度観てみよう(最後は完成されていると思ったので最初と真ん中を見てみたいと思っていた。
(あと、『ふたりマクベス』の方までは時間的にキツイかもしれないし、マクベスの二人は流石の俳優でもあるので、プレビューの段階で既に役を完全に自分のものにしていたようなので。

・・ちなみに、3人とも実力は折り紙つきなので
採点は相当辛めです(苦笑

もっともっとすごいものはいくらでもできるだろうと思うので、
若手のように頑張ってほしいと☆5つとかを付けるのではなく、
「もっともっと派手にガンガン行ってくれ」と言う意味での☆3つです(派手にやりすぎて破綻するくらいがこの3人には自分にとっての☆5つです(笑

年末

年末

ろりえ

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2012/12/28 (金) ~ 2012/12/30 (日)公演終了

満足度★★★★★

女子は凄いなぁ・・
気が付くと、男になったり、母親になってたり、
殺人鬼になってたり、猫になってたり。

で、やっぱりいつも不安を抱えた女の子のままであって(笑

70分という時間も良かった。

すぐ家かえってお袋の手伝いをする時間もあったから(笑

さっきお袋が疲れたカオをして手伝う自分をみていった
「遊び過ぎて死んでも良いけど、私が死んでからにしてね。
私が生きてるうちは、五体満足でぴんぴんしてるくらいの体力は残しておいてね。生きているうちに死んだら駄目よ。
私が死んだらあとはどうなっても良いけれど(笑」

やっぱ女って凄い!・・死んだオヤジじゃこうは言わなかったろうなぁ(笑

ぼんやり君と金色ハムスター・他数篇

ぼんやり君と金色ハムスター・他数篇

耽美社

Live&CafeBar PLACEBO (大阪府)

2012/12/06 (木) ~ 2012/12/06 (木)公演終了

満足度★★★★★

荒削りだったけど面白かった。
「インディペンデントのフェスの選考に残れなかった」
と言われれば「そうだろうな」と思う。

インディペンデントの今年のラインナップを見れば、
役者も作者もそれぞれとびぬけたのが、
このショーのために強力にタッグを組んでるっぽいのばっかで、
その中に入り込むのは正直、東京の劇団の実力者でも至難の技だと思う。
(全然関係ない劇団の人同士で勢いと緻密さを持って準備すればどうにか勝負に・・という感じのものだと思う

それでも、以前から突劇金魚の中でも一風変わった雰囲気が持ち味のこの役者さんの一人芝居なら、完成度云々以前に観たいと思うのが人情というもの。

23日の原宿ラフォーレでも感じたけど、
東京のヒマ人(と言っても遊ぶのには忙しそうな)たちは今、完成度よりは一風変わったもの、特異な雰囲気を持ったもの、
なんか観たこともない気配を感じるものを求めているのだと感じた。
(EXILE(実力はさておき)よりはきゃりーぱみゅぱみゅみたいな?

そんな中、
大阪から子供鋸人以外に近い将来東京に出てこれそうな人、となると、
個人的にその筆頭は上田耽美さんなんじゃないかな、と思う。

大抵の人は、実際に見てみると
「なんだ、コレ?」
って感じるかもしれない。

でも、それでいいんだと思う。

やる気があるのかないのか分からないようでいて、
観終わった後でなにか奇妙な香りを残す登場人物。
(こういうのは考えて出ないと思う

ぼんやりとしているようで余韻を残す会話。

戯曲の完成度を高めると言うよりは
味園のなかに充満するあの奇妙な雰囲気を
芝居の中にいっぱいに蓄えるように、
一年くらいかけてじっくりと、その奇妙さ(と言うとアレだけど)に、さらに磨きをかけて行けば、
たぶんだけど・・原宿のどっか退屈に飽きた人が出入りする場所で
日の目を見るかもしれない(あくまで直感だけで根拠のない予感だけど(笑

・・・まぁ、まだまだ荒削りで製作途中だけど、自分はこの世界観がとても好きです。観れて良かった。

フェス落ちしても良いんじゃないかな、なんか勘違いして本編よりも
予選落ちしたこっちに東京くんだりから引き寄せられる物好きもいることだし(個人的には日程も奇跡的に良かった(笑

ナントカ世代の落語まつり

ナントカ世代の落語まつり

ナントカ世代

アトリエ劇研(京都府)

2012/12/07 (金) ~ 2012/12/09 (日)公演終了

満足度★★★★★

大阪から京都に行ってそのままバス・・
で翌朝東京ついてそのまま仕事だったので感想書く時間が無かった・・(苦笑

東京ミルクホールのクリスマス会

東京ミルクホールのクリスマス会

劇団東京ミルクホール

パフォーミングギャラリー&カフェ『絵空箱』(東京都)

2012/12/23 (日) ~ 2012/12/24 (月)公演終了

満足度★★★★★

正月 has come
・・・・ヤバい、力尽きてもう書けない(苦笑

面白かったのはまちがいない。

余力があればあとでもう少し詳しく・・。

気分はもう正月!

ちなみに2012年の1月6日の
コースケ・ハラスメントさんのゴールデン街劇場での舞台は
こりっちに載ってないんだよなぁ・・。

個人的に凄くファンなので、
出ていれば2012年のベスト10にはこっちを入れたいんだけど・・。

なかなか入れたいのが載ってないってのは難しいよなぁ・・(苦笑

『サンタクロース会議』『サンタクロース会議 アダルト編』

『サンタクロース会議』『サンタクロース会議 アダルト編』

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2012/12/14 (金) ~ 2012/12/23 (日)公演終了

満足度★★★★★

勉強になった
観客のちびっ子がサンタさんから欲しいもののなかで
「飛び出せ動物の森の絵本」というのがあって、
あとで攻略本をコンビニで見てみたら「うわ、コレ凄く良い、やってみたい」
と思ったり(笑
「金属バット!」と答えるちびっ子に
「・・アレ、ちょっとまて、こう言っちゃなんだけど、たまにとんでもないガキとかいたりするから、買って与えるのは全然良いと思うんだけど、ボール以外の生命体や器物に損壊を与えないようキツく言い含める必要もあるんじゃ・・と思ったり(よくみたら良い子そうだったんで余計な心配か」

ニセサンタに注意させるために登場させたニセサンタを
男の子が信じ込んでるっぽくて、
安全のためとはいえちょっと悪いことをした気になったり(苦笑

なかなかに楽しめました。

・・気のせいかゲーマーっぽい子があんましいなかったような・・?

ちなみに当日券で両方観れました。

下北沢にて、

下北沢にて、

ロ字ック

下北沢 Laguna(東京都)

2012/12/23 (日) ~ 2012/12/23 (日)公演終了

満足度★★★★★

あり・・
なんかもっと挑戦しても良かった気が・・。

でもSebastianXが入場規制かかってたりするから、
下北では今回の戯曲みたいな等身大な感じが流行りなのかなぁ・・。
(バンドを引き合いに出すのもアレだけど(汗)大好きな黒猫や撃鉄のボーカルの叫びが会場内にあんまし届いてないのにも衝撃を受けたなぁ・・・下北

生音と合わせて会話の掛け合いをしたりしてライブ感を出す感じとか、なかなか面白かった。

ネタバレBOX

・・ただ、正直な所、自分にはイブに彼氏がいない女子の悩みとか全く分からないのでちょっと入り込めなかったなぁ(仮にカッコイイ昆虫の相談とかになら乗れるかもしれないが、そんなヤツいないか(苦笑
   ※誓って言うが別にモテもしないし彼女もいない、って誓うほどのことでもないか(笑

ただ、この話を観てて
「もし自分が、よく彼氏ができる友達の話をされながら、
自分に彼氏が出来ない女の子の悩み」を聴いているとしたら・・(そんなこたぁないが」
を、頑張って想像してみた
(たぶんこの舞台のイメージは
「下北で女の子が女の子にそんな相談をする」というところなのだろう・・と思って

(・・・でも、彼氏ができないつって、
どんな男でも良いって訳じゃないんだろうし、
どういう男なら良いのか分かんないと対策の立てようがないよな・・)

とか普通に思ってしまうし(たぶん口に出しては言わないだろう・・

(そもそも、性格がマトモで顔が良い奴は全て結婚しているか
人里離れた場所で隠遁(研究など)生活を送っているよ)

・・と思っても、やっぱり口に出しては言わないだろう
(言わなくても誰でも知っているから

結論:当然のことながら、自分は相談相手には不適な人材です(そりゃ相談されない筈だ(笑
    →僕は観客としてはだいぶ足りない所があるようです。
      今回に関しては自分の力不足を痛感いたしました(苦笑

仮に万が一、転変地異的に僕の元に奇跡的にそんな相談が舞い込んだとして
何か言うとしたらこれくらいしか思いつかないな。

「別に彼氏いなくてもいいんじゃない?
自分がカッコ良いように生きることが大事だと思う。
それで分からないなら、男の方がバカなんじゃないかな。
そんなんで迷ってたら人生なんてあっという間に棺桶の中だよ」

やっぱダメだね、試験だったら0点っぽい(開き直ってるし

・・スミマセンね、別に答えが聴きたいわけじゃないってことは分かってるんだけど、
なんか舞台見ただけじゃちょっとモヤっとしちゃうから、
こんな感想しか思いつかないや!←懲りてない



虫

Q

アトリエ春風舎(東京都)

2012/12/20 (木) ~ 2012/12/24 (月)公演終了

満足度★★★★★

初見なんで割とザックリと観ちゃったけど・・
女の子のリアルの男性のイメージ=虫?と、
テレビ画面の上での虚構の男性のイメージ=関ジャニ∞との対比がとても面白い(笑

ちょっと極端かなーと思ったりもするけれど、
劇的にするにはこれくらい両極端にした方がちょうど良いのかもしれないなと思ったりした
(ただ、2年前にもほぼ同じ脚本で上演したようなので、
個人的にはちょっと不安にはなってしまったけど

ネタバレBOX

弁当屋さんで10年以上働いているジャニオタの女性(30代と思われる)
の存在感がどんどん増してくる様子が個人的にはとても面白い。

普通、男性の女性アイドルのオタクというのは、
個人を偶像化する傾向にあるように思うんだけど、
女性の男性アイドルのオタクの方々というのは
まぁ、確かに偶像化する人も多いんだけど、
それとは別にグループの中での人間関係にあこがれている人が多い気がする。

ラストの方で、
ジャニオタ氏(女性)が冴えない女性落語家氏に、
「関ジャニ∞のような人間関係を!」(たしかこんな風な台詞だったと・・
と話しかけるシーンが個人的にはクライマックスだと思う。

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それまで、役者たちの後ろの背景には幾度となく
関ジャニ∞の画像が大写しに映されれている。

今まで現実の男性との接点のない一人の内気な30代の女性が見ているとなれば、
通常の男性なら、ジャニーズ=白馬の王子様
として夢見る女性の姿が容易に想像できるんじゃないのかな・・と思う。

ところが、実際には女性は男性に対するあこがれと言うよりは、
男性アイドルの人間関係にあこがれているのだと明かされる
(女性観客にとっては当たり前のことかもしれないケド

虫=現実の男性?に襲われることによって、
今まで自分に見向きもしなかった(と思われる)男性に対する
若干の希望めいたものもスッパリと断ち切り(多分。これには異論もあるだろう
女性同士で男性アイドルグループのような友情を目指すことに切り替える様子は、正直、とても凛々しく見える気もしたり・・
(でも、気のせいかそういう女性って結構多い気もするんだよなぁ・・自分自身、女性以上に気持ち悪い(苦笑)現実の男同士の嫉妬とか、なんかそういうものに、もう辟易してしまった。確かにそういった現実の男の相手をするよりか、女性同士で男らしい(というか男性の虚構の友情へのあこがれの共感でつながる)人間関係を育んだ方が合理的かもしれない・・


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こんな奇妙な誘いかけをされて
通常なら戸惑うところを、
「私、関ジャニ∞にはおこがましいかも知れないけど、関ジャニ∞より努力していると思うから、私の落語会に来て!」
(この台詞で、この噺家も実はジャニオタなのでは・・という感じがちょっとしてみたり・・あくまでちょっとだけだけど
と迷わず誘いかえす噺家も(凄い誘い文句だ(笑
「アレ、この女性、結構男前だね!(ジャニオタっぽいけど」
という雰囲気がまた漂う。

殆どカオスな登場人物群のなかで、
いちばん男っ気なさそうな二人が
最後に群を抜いて(他人から見るとどうか知らんが
眩い人間関係を構築する予感を漂わせるあたり・・
作者、何にも考えてなさそうで実は凄く考えているのかな、と言う気もした(最後になって。初見なんで、ホントザックリっす(汗

他にもいろいろエピソードはあったんだけど、
特に心に響いたのはこの辺りということで・・。

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でも、まぁ、男性も虚構なのは承知でジャニーズや宝塚を観て、
なんか、女性が憧れる男性っぽい人間関係
(ちびっ子の頃には成立してたように思うんだけど・・なんでいつの間にこんな男だけ女々しく(その割に暴力的に)なっちゃったのって思うよ
を子どものころの記憶から思い返した方が良いと本気で思う。

・・イヤ、ホント男の女々しいのはホント苦手っす
(ゴールデン・ボンバーの「女々しくて」は大好きだけど
  ♪あんまり女々しいと目の前で踊られちゃうんだっ♪

(また個人的な意見を書いちゃったなぁ・・(懲りてない
鳥とホームレスと女と先生

鳥とホームレスと女と先生

タイタニックゴジラ

プロト・シアター(東京都)

2012/12/20 (木) ~ 2012/12/23 (日)公演終了

満足度★★★★★

I'm Like A Bird
高木氏はろりえの中では一番の野蛮人のように見えたケド、
自分の作品では、ろりえよりもロマンチック探偵みたいだった(笑

パワフルな芝居を予想して
なんとなくディーゼルのパンツをはいていった自分は
やっぱりなんとなく当てが外れた(なんとなく予感はしていたけど(笑
感じだけど、観終わったら「これも良いかも」という気になっていた。

ちなみに高木氏は
自分の作品のロマンチック?が恥ずかしかったのか、
アフターの一人芝居では何故か大工の格好をしていたのもちょっとウケた(スミマセン(汗

サンリオピューロランドにいそうなキャラクターも・・心の眼で見れば、いたような気が・・鳥とか(褌は無かったけど

ネタバレBOX

チラシのオッサンが現実世界の主人公の姿なのカナ・・?
舞台上の主人公は、オッサンの頭の中にある自分の若いときの姿なんだろうか。

宝玉が出てきたけど、
あれはチラシに出ている公園にある遊具を
オッサンが頭の中でデフォルメしてるんだろうか?

そうだとすると、モンハンなんかのゲームによく出てくる
『宝玉』をネタにしているってことは、
オッサンを自分たちの将来の姿に例えているんだろうか?

少年って、主人公の子供のころの姿なのかな?
無邪気で、なんでもやりたいようにやるのに、上手く言葉にあらわせない。

女の子の家から逃げてきた飛べない鳥は、今の主人公の姿なんだろうか?
だとすると、女の子は出てきた家の奥さんの若いときの姿なのかな。

そんななかで、『先生』だけが他者なのかな?
主人公は時に苦痛を与えたいと願い、また逆に苦痛を受けもする。

彼は、先生であると同時に、友達であり・・・そしてたぶん昔の恋敵(と想像(青春だねい
本気になってケンカしたり、一緒にドラム缶風呂に入ったり、鳥や少年や主人公といっしょに川の字になって寝たり。
(そういえば自分もこどもの頃、子どもだけで河原でたき火をしてあったまったりした(今は危険

夢の野原は風が気持ちよさそうで、夜空も綺麗みたいだ(帰りの冬の夜空がキレイなのを見て、空がきれいな冬に似合った舞台だな、と思った。そう言えばきょうは夕日が綺麗で、富士山がそのなかにクッキリ見えた

マンガなんかを見てても分かるけど
主人公のそばに鳥が一羽いるだけで、
世界がぐっと広がって軽くなる気がする
(やまむらはじめのマンガなんかが良い例だと思う

飛べなくても、いつか飛べるんじゃないかって気がする。
人間じゃない生きものに見つめられて、世界が深くなる。


自分も長者ヶ崎の海辺の草むらに寝転ぶのが好きだけど、
あのあたりは見上げるといつも空高くに鳥が舞っている(伊丹の空も凄かったなぁ・・

見上げた空の鳥を眺めるみたく
観れる舞台も悪くない・・ていうか、
みんなもとこういう舞台を作ったらいいよ、と思った(笑
泳ぐ機関車

泳ぐ機関車

劇団桟敷童子

すみだパークスタジオ倉(そう) | THEATER-SO(東京都)

2012/12/13 (木) ~ 2012/12/25 (火)公演終了

満足度★★★★★

FT的な?演劇も好きだけど・・
桟敷童子も自分はとても好きで、
2006年のスズナリの泥花以降はほとんど観ているはず・・(2つくらい観れなかったのがあるのかな・・?

ようは物語があろうがなかろうが中途半端な舞台は観る気がしないということで・・。

じゃあ、桟敷童子の舞台のいちばんの良さは物語か、
と言われると、そうとは言えないと思います。

今回は、最近のなかでいちばん間近で役者さんたちの演技を観られたせいか、
そのことが良く分かったように思います・・
(別にほとんどのお客さんも既に気づいていることだとは思いますが(汗

ネタバレBOX

物語が昭和で九州の炭鉱と言うこともあってか、
若い観客(自分も含んで良いですかね・・
には馴染みが無い設定かもしれないですが、
ちょっと冷静に考えれば、今時、あんな表情をして喋る役者さんたちのいる劇団は無い事が分かります。
(どういう表情か、と言われると観てもらうしか分からないと思いますけれど・・ちなみに木村伊兵衛の写真なんかを見れば分かると思うんですが、昔の人たちは今の人たちよりずっと人間臭い表情をしているように思います。桟敷童子の役者さんたちはそうした表情に近ずけていると思います

物語は、と言えば、
題名が「泳ぐ機関車」で赤堀の炭鉱の話で、前作の前日譚となれば、
既に筋は見えている・・ハズ。

なのに、既に見えている筋の中で、
登場人物たちはとても人間臭く描かれていて、一人ひとりから目が離せません。

理想に燃える父親は、朝鮮特需を自分の力と勘違いして用心を忘れ、強いように見えて打たれるとあっという間に朽ち果てていきます。

死んだ母親は、主人公の思い出の中で、
夢の中でバッターボックスに立つ主人公を、
まるで寺田ヒロオの「スポーツマン金太郎」みたいに
朗らかに盛り上げてくれます。

その母親の弟は、
どこまでもカッコ良く、最後に良いところで腕っ節の強さを見せつけてくれます。
(源義経みたいだな(笑

おばぁちゃんは親族以外誰も信用せず、
強かさを備えながら時代の波に完全には乗れず、
父親の弱さを最初から見通しながら、
孫の主人公に期待を寄せつつ死んでいきます。

その親族のおじさんは
ねずみ男のようにずる賢く甘い汁を吸いながら、
それでもかわいく簡単にボロを出す憎めなさを持っています。

父親の右腕の平治は、
どこで拾われてきたのか、
恐ろしく抜け目なく、汚い仕事も平気でこなしながら、
最後には貪欲にはなり切れないところに、
どこか育ちの良いお坊ちゃんの落ちぶれた様子を思い描いてしまいます。

主人公の担任の教師は、
どこかひょっとこみたいな可愛らしい(色っぽいという意味ではなく
表情を浮かべながら、
必死で主人公を庇ったり、苦しんだりします。

挙げはじめるとキリが無いですが、
どの登場人物も、どんな職業の人たちも、
必死で死に物狂いで生きて、
その中には貴賤の区別などまるでないのです。

それはどの人も主人公の心を通してみた風景だから、
全ての人が甘くほろ苦く、
それまではずっと寄り目だった主人公が、
ラストで泳ぐ機関車をバックに前に進む時、
その真っ直ぐに見据える目の中に
鮮やかに集束されていくかのようです。

他の舞台だと、スポットライトの当たるところからの距離によって、
作者の彫り上げた人物描写の深みが
当然のように変化しますが、
桟敷童子の特に今回の舞台にはそれが無いように思います。

完全な悪役と言うのは全く存在しない。

端役の一人ひとりに至るまでそれぞれの生活を刻み込み、
怒るにしても納得できる理由を背負っているような。

この舞台は、物語というよりかは、
苦しくとも人間らしい人びとのいた、
1950年代という眩い時代を描くためにあったのかな、とも思います。

別に昔を美化するつもりもないのですが、
ちょっとカメラを持ってみれば分かる通り、
いくら写真を撮ってみても、
かつての先人たちのネガの中に映っていたのには遠く及ばない残像が映るだけで、
桟敷童子はそうした機械では再現不能なものを、
人間の声と体を使って、
人びとのまえで豊かに物語るから、素晴らしいのかな、とも思うのです。

そしてそうした芸当も、劇団員が長年積み重ねてきたチームワークでのみ可能だと思います。

そうした意味では桟敷童子と地点は似ているように思います。

自分は、作品の構造によって観る舞台を選んだことは一度もないです。
(実際、地点も桟敷童子も2006年以降は観れる限り観に行っているので・・

中途半端が一番よくない。

本気になって何かを表現しようとするならば、すべては役者の顔に現れるように思います。
【緊急再演】つぎとまります【王子小劇場】

【緊急再演】つぎとまります【王子小劇場】

劇団肋骨蜜柑同好会

インディペンデントシアターOji(東京都)

2012/12/14 (金) ~ 2012/12/15 (土)公演終了

満足度★★★★

アヒルとお嬢さん
女優さんの方の喋り方が妙に気になっていたが、舞台の終盤になってやっと意味が分かってきた(笑

ネタバレBOX

もともとの話し方がそうなのかもしれないけど、
女優さんが少しきょろきょろしながらやたらと口を少しとんがらせて喋るのが印象的だった。

・・別に不自然という訳ではなく、
それが妙にあっている気もしたので、
観ている間もそんなに気にはなっていなかったんだけど、
この女優さんは実は作家の(現実の部屋の隅に転がっていると思われる)素麺機に浮かんでいるアヒルだからあんなアヒルっぽかったのかな、
と最後にふと思った(笑

この作品、ゴトーの「待つ」をうまくアレンジした二人芝居。
シンプルでよく整理されているなと感じた。
メタ構造を上手く遊んで物語を出たり入ったり(笑

女優がどんどんアヒルっぽくなっていくにつれ(笑
男の振り回される速度も加速する。

やがて女優に連れ出されて観客のお地蔵さんと一緒に自分の世界を俯瞰するところはひとつの見せ場だ。

そういえば最初に問いかけていたのは(まだ名乗ってもいなかった)作家のはずなのに
いつしか逆に作家を揺さぶって、
自分をヒロインにした世界(=作品)を書かせている。

・・あれ、いつの間にどっちがどっちになったんだっけ?(笑

最初は、この男こんなに詰まんなくっちゃ作家になんかなれないだろ。
・・・むしろ女性の方が作家向きなんじゃないの?
と、観客に思わせておくのも作戦のうち。

やがてこのアヒルめいた女優が、男の頭の中で生み出された登場人物(たぶんディーヴァとでもいうべきようなもの
であることが感じられるにつけ、
作家の頭の中に訪れた幸福な瞬間とでもいうべきものに
立ち会ったことに気づかされる(笑

実はこの劇場に向かう途中のバスの中で
中勘助の書簡集を読んでいて、
岩波茂雄にあてた手紙のなかで自分の原稿を移動途中で紛失したことを報告する手紙を見つけた。

バスや電車は、何かと出会うこともあればなくすこともある(笑

自分は一週間ばかり前に京都にぶらっと出かけたとき、
お気に入りの瑠璃光院に向かう途中、
八瀬比叡山口の駅前で見かけた蕎麦屋の軒先を掃くおばあさんと
その店先に一つある外灯の景色を思い浮かべていた。

自分の奥の細道にはこの作品みたいな女優は登場せず、
大抵萎びた感じのおばぁちゃんやおじいちゃん猫なんかしか登場しないなぁ(わざとそんな道ばかり選んでいるというのもあるんだろうけど(笑

冬は寒がりの猫を膝の上に乗っけるのも素敵だけど
木枯らしが吹く中ぶらりと煤けた旅に出かけるもの良いものだな
(それが作家の頭の中であれ

この季節にはなかなか良い趣向のメタだと自分は思う。
テロルとそのほか

テロルとそのほか

工場の出口

アトリエ春風舎(東京都)

2012/12/01 (土) ~ 2012/12/07 (金)公演終了

満足度★★★

もう少し緩急があった方が・・
良いのかな、と思う。

それぞれの独白の中には、いくらでも突っ込むところがある。

それ(どんな意見にでも突っ込みどころがあること)は当たり前かもしれないし、
もう少し考え抜いた末の精華を観たかったかもな、という気もしたりした。

ひとつ言うなら、「教育」について。

いつも思うのだが、子供は常に大人より賢明だと思う。

うわべだけの言葉はすぐに見抜かれる。

愛情の無い姿勢は見透かされる。

別に誰に教わるでもなく、皮膚で感じるのだと思う。

何かを子どもに伝えるということは非常に難しいと思う。

思い出してみれば、子どもの頃に先生から何かを学んだことは無かった。

ふだん小学校ではわざと100点を取らずに先生たちの様子を観察し、
中学受験が終わってから先生の態度がかわるのを見て、
この程度の人たちが先生をしているのかと失望したことがあった。

先生(大人)の態度の微妙な変化は直ちに子供たちに伝わる。

多少成績が悪くてもそれぞれの良いところを見抜かなければならない。

うわべに関係なく大人同士であっても、お互いに内面を尊重しあえるなら、
子供たちはそれを見て学習する。
(自分は先生たちを反面教師にして学習した。成績の悪い子どもの方が良い子よりはるかに個性的であることが多いにも関わらず、先生(大人)たちの態度のせいなのか、自分に対して自信が無いように見えたのが、そのころから自分には不思議だった

子どもは勉強からではなく、
周りの大人の人生に対する姿勢から影響を受けると思う。
(そうであるのが幸せだと思う。無理なら本から大昔の人の言葉を抜き出すしかないが

子供たちの心に感銘を与えるのに教師である必要は全くない
(素晴らしい教師は、教師にならなくとも、その生きる姿勢で
多くの子供たちにむしろ教師になる以上に
大きな影響を与えたのではないかと思ったりもする

ねじ職人だって何だって関係無いと思うし、
多くの人が、教師よりも自分たちの生きる姿勢によって子供たちが育まれていくのだと
信じる社会の方が健康的だと思う。

お金が無くても人生を楽しみ、一つ一つの物事を大切にし、
子どもたちの元気な姿を見るのが何よりも楽しみであるように
大人たちが振る舞えば、
子どもたちは勝手に自由に育つと思う。

道を踏み外す子もいるかもしれないが(また戻ってこれる社会であればなお良い
全ての人が仲良く暮らせるように
何か発明をして貢献したいと思う子たちも大勢出てくると思う。

子どもたちの心に芽を植えるために教師になるという選択は悪くは無いけれど、
演劇作品としてはそれだと教師以外になった人たちには
少し閉じた気がしてしまうのではないかと思われるので(自分にとっては
こうした方が良いのかな、という気がちょっとした。


そのようなちょっとした感覚がそれぞれに対してあったのだけれど、
ここでは教育に対してだけちょっと書いてみた(苦笑

皆のためのピザ

皆のためのピザ

十六夜吉田町スタジオ

十六夜吉田町スタジオ(神奈川県)

2012/12/06 (木) ~ 2012/12/09 (日)公演終了

満足度★★★★★

政治とは全く無関係
今まで、朝鮮戦争の時には、完全に北と南に分かれて軍隊同士が戦っていたと漠然と思っていた。

ステップ・メモリーズを観て、初めて
朝鮮戦争が、一つの村の中で疑心暗鬼になりながらお互いに殺し合っていた内戦なのだと知った。

現在においては、
「誰が悪」というような明確な線引きの元に行われる
勧善懲悪型の戦争は存在しないようだ。
(モンゴル型の略奪型の戦争の神話が根強いが・・

「戦争状態」はいつでもどこでも、
人びとの心の中に想像力が欠け、お互いの歩み寄りが無くなった瞬間に
容易に突入する。

戦争で気を付けるのは前だけではなく、後ろにも必ず敵が存在し、
恐怖が人の命を奪う。
(他国民を殺す際には、必ず国内でも自国民が犠牲になっている

歴史上すべての戦争において、死ぬのは戦場だけでなく、
治安維持の名の下に多くの市民が命を奪われた。

・・じゃあ、そんな戦争に反対するにはどうしたらいいのか?

別に政治に首を突っ込む必要は無いと思う。
何かをプロパガンダして押し付けるなんて、
今じゃスマートさに欠ける(それこそモテない男の典型だ

それぞれが自分で考えれば良いと思う。
誰だって少しばかり優しさがあれば、親でなくても
目の前のちびっ子たちを、育て上げて
他の国の子供たちと殺し合いをさせたいとは思わないと思う。

この舞台の中で、北朝鮮の人びとから届けられた手紙が読み上げられた。

ネタバレBOX

その中には、兵役から一時帰還した息子を心配する親の手紙があった。

久しぶりに帰ってきたその子は、
耳ばかりとんがって、骨と皮ばかりになって、最初は誰だか分からず
一生懸命食べ物をあげて(栄養状態の良くない国だからきっとその親たちは自分たちの食べる分を後回しにしてその子にあげたんだろう
ひと月経ってようやく顔が丸みを取り戻してきたことを喜ぶ声があった。

その文章を聴きながら、
「ああ、どこの国もいっしょだな」
と素直に思った。

つい一昨日まで少し関西にいたんだけれど、
旅行に行く前お袋が、
「夜車にはねられないように、黒い服ばかり着ないでもっと明るい色の服を着なさい!」
と、口ずっぱく言って(苦笑
ようやく少し明るめの服を羽織るとちょっとほっとしたような顔をしていたのが
思い出されたりした(親父が生きていたころは二人して同じことを言われたなぁ・・

別に反戦とか、呪文みたく言う必要は無いよ。

ただ、テポドンとか言って必要以上に怯えるより、
見た目が全く変わらない人たちの住む国の話を、
生で聴くことがずっと大事だと思う。
(東北の被災地のように苦しんでいる人たちが北朝鮮にもいる、心のつながりを必要としているってことなんだと思う。テレビに映っている人が誰も東北のように北朝鮮を語らない。別に義援金を送ることじゃなく、どんな風にしたらコミュニケ―トできっるのかってもっと真剣に考えることは重要じゃないのかな?(逆に被災地の人が北朝鮮の一般の人とコミュニケートできたらいいのにな、とも思うけど

文化的背景が違うから、
笑うポイントが少しくらい違っても、
同じところで泣けるなら、それは素敵なことなんじゃないかと思う。

韓国の人たちは日本人よりもっと身近に、
例えば兵役で38度線にいれば向こうの兵士の姿を見る機会もあるだろうから、
兵士の後ろにそういった親の姿を想像することもできると思う。

日本にいてそういった兵士を観る機会のない自分は、
兵士の親を自分の両親に重ねて見ることにした(笑

別に怯える必要は無いと思うよ。

お互いの姿が見えにくいから、ちょっと臆病になるだけで。

人を殺すのが強さとは違うのは当たり前の話で。
権力の上に立つ人ほど臆病なのは歴史上の不思議(例外はマスード将軍くらいかな、暗殺されちゃったけど・・

科学技術の発展って何のためにあるのかって考えれば、
それは人を効率的に殺せるようにするためじゃなく、
お互いをもっと見えやすくして、
そういった疑心暗鬼を取り除くためにあるんだって考えれば、
このグループの先進性が良く分かる。

非常に前向きだし、率直だし、やはり最近の韓国の作品はどれも凄い。
世界のどこに出しても恥ずかしくないのは、
心の真っ直ぐさに現れていると思う(笑

政治のことなんか一言も言わなくても、態度に現れている。
ピースって(笑
勅使川原三郎『DAH-DAH-SKO-DAH-DAH』

勅使川原三郎『DAH-DAH-SKO-DAH-DAH』

フェスティバル/トーキョー実行委員会

東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)

2012/11/23 (金) ~ 2012/11/25 (日)公演終了

満足度★★★★★

凄くシンプル
ダンス言うところの「身体性」という言葉の意味が自分には不明だ。

ただ、ダンスの芸術性と呼ばれるもののひとつに、
「文学や絵画とは別の道で物語を語ったり、何者かを表現すること」(つまり詩的であること、と言い換えてもいいのカナ・・?
(「Andre Levinson on Dance」の序文より抜粋)
があるとするならば、
勅使河原氏のダンスはまさにそれだったように思う。

賢治の詩のように、非常に抽象的でありながら具体的で、
削ぎ落としながらも豊かさを湛えている。

詩人の筆のように時に躍動し、
次の瞬間に死を匂わせる。

まったく言葉を発しないにもかかわらず
身体の動きだけで雄弁である。

むしろ動きは次の静止(≒死?)をより雄弁にするために燃えながら準備される。

言葉(≒動き)を完全に削ぎ落とすべきなのか、
あるいはまったく削ぎ落とさないのか、
それともある配分を持って(作者の美意識に従って
削ぎ落とすべきなのか、
どれが最も空間と言うコップの中に、
詩という水を満たすのに適当なのか、
自分には、正直答えがまだ出せないでいる。

・・いや、たぶん「完全に削ぎ落とす」が、
最も正解に近いのは分かりきっているのかもしれない。

ただ、今回の公演を観る限り、
勅使河原氏が20年を経てこの作品を再演したということは、
まだまだ削ぎ落とす前に寄る道は多いということを言いたいのかもな、と思ったりした。

もっともっと豊か(躍動し)になり、
やがて全てを削いで完全な無になるのか、
あるいは砂漠の上の遊牧民のように情感豊かに夜空の星を語るのか。

前世紀(19世紀)までに派生し、準備されたと思われるダンスという詩が
一堂に会した20世紀初頭のヨーロッパから
100年が経過した今の日本で、
どんな解なら成立するんだろうかなぁ・・。

あの山の稜線が崩れてゆく

あの山の稜線が崩れてゆく

城山羊の会

こまばアゴラ劇場(東京都)

2012/11/29 (木) ~ 2012/12/11 (火)公演終了

満足度★★★★★

なんじゃこりゃ
面白いぢゃないか。

ネタバレBOX

あと、やはり筋トレ的なものはヒツヨウだな。

ムキムキ(無期無期)である必要は無いかもだけど、
目の前のどう見てもアホそうな男より
自分の方がプヨプヨしてたらイヤだな。

ランボーのように(同性愛者という意味ではなく
アフリカ行っても、
一瞬でひからびそうな人(腹)は・・
やっぱ良くないと思うよ。

この場合、最初はどう考えても悪役めいた実の父親(前科あり)が、
どんどんマトモに見えてくるあたり(笑
スピード感があって面白い。
ユン・ハンソル『ステップメモリーズ―抑圧されたものの帰還』

ユン・ハンソル『ステップメモリーズ―抑圧されたものの帰還』

フェスティバル/トーキョー実行委員会

にしすがも創造舎 【閉館】(東京都)

2012/11/22 (木) ~ 2012/11/25 (日)公演終了

満足度★★★★★

なるほどなぁ・・
規制されたところは確かに自分も観て、
違和感を感じたところなので、
「なるほど」と思った。

アフタートークで不満を言っているところを聴いて、
その違和感なり、
作品を別の文化背景のなかで上演することのむずかしさを知った。

きっと、イランの作品を観たときにも思ったのだけど、
ある国・時代の作品を別の国・数年先に持ってくるとき、
どの程度伝わるのか、あるいはほとんど伝わらないのか、
を考えることは重要だろう。

ただ、ある時代・国の人たちに向けて作ったものを
伝わらないからと言って他の国で上演することを拒むことが良い選択だとは思わない。
(今回は歴史のものだったので割とギャップは少なかったが、ただ、日本では絶望的なくらいに隣国の資料が少ない(汗

観た人たちは、観終わった後も、
観たものに対する自分なりの考えを、
資料に色々と当たりながら、観劇時間の何百倍もの時間を時には掛け、
整理していかなければならない(汗

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その作業は決して無駄ではない。
むしろこれからの時代、普通の人々のそうしたささやかな努力は、以前にも増して重要だ。
実際、60年前っすぐ隣の国で数百万が死んだと言われる戦争を誰も知らない。
そうした戦争・内戦が起こる可能性は、どこの国・時代でも常にある。
実際、極東アジアは既に昔のバルカン半島並の火薬庫に変貌を遂げているにも関わらず、
なぜかだれもそのことに気づかないフリをしている。
今ほど「反戦・反原発・反ファシズム」を叫ぶことが重要な時代も無いハズなのになぁ・・。

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逆に国内の作品は鮮度が一番だと思う。

本当は、外国の作品も、上演してからすぐ、持ってきてくれれば良いのにな、と思うけれど、それは贅沢だし。

ただ、人間には「想像力」があるので、
その時、その場にいた人間には自然に肌で感じられることを、
その何百倍もの時間、資料や証言を通して、
想像し、作品の肌触りを可能な限り再現していくことができる。


この公演と演出家の講演を見る限り、この演出家はどうやら恐ろしく才能豊かな人間のようだ。
そしてリヒニッツと同じく、ひどく挑発的でアイロニカルだ
演出家には、他の多くの人が見逃すものを見通して、声を大にして言う肝っ玉もあるようだった。
(上記の特徴は、才能に直結している

なるほど。
「韓国の演劇は既に日本のはるか先を言っていて、もう追いつけない」と
人が言うのも良く分かる(苦笑

この鋭さ、このアイロニー、そしてこの挑発。
40歳(演出家の年)にしてこの若々しさ(笑
一端ではあったけれど、魅了されるには十分な欠片だった。

また、これに懲りず日本に来てほしいなぁ・・(苦笑


いや、外国の作品を観るのって、結構大変なんですよねぇ。
昔メビウスを知った時には、日本人が到底知りえない元ネタがぎっしりあるなんて想像もしなかったもんなぁ・・。

ちなみに、外国の作品で自分たちが「実験的」と感じるものは、
現地の事件や感情をモチーフにしていたりすることが多い。
直接描くと、ダイレクトに伝わりすぎるので
少し抽象的な表現にならざるを得ないんだろう。

外国人にあえて分かりにくくする意図はなく、
そうせざるを無かっただけのことで、
それでも現地では色んな反応・批判があったらしいことを知ると、
世の中は広い、と思ってしまう(苦笑

そして、FTに来た外国人演出家の多くは誰も、
アーティストぶったところが全くない(実験をアーティストぶって用いたりしない
挑戦的でかつ非常に謙虚で、尊敬できる人たちばかりだったことは言えると思う。

ポツドール『夢の城 -Castle of Dreams』

ポツドール『夢の城 -Castle of Dreams』

ポツドール

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2012/11/15 (木) ~ 2012/11/25 (日)公演終了

満足度★★★

TOPS
座席なんか、ぎゅうぎゅう詰めでトイレにも行けなかったトップスの公演なんかと比べると
見違えるように素晴らしい環境。

舞台もずっと演劇的でユーモアも膨らませて
誰にでも見やすくなった。

それでも、やっぱりトップスの時のヒリヒリした感覚とは違うんだよなぁ。

トップスの頃は、公演の目と鼻の先で、
リアルタイムで同様の生活が進行しているのかもという緊張感があったように思う。

それに比べると、今の池袋西口では・・どうなんだろう・・?

若者の、特に地方の若者たちの荒涼とした風景の描写は、
東京の演劇シーンでは望むべくもなく、
現在進行形で燃えている場所はだいぶ前からヒップホップに完全に移ってしまったのかな、という認識を新たにしたり。
(西部劇のガンファイトがライムに移っただけなんじゃないかと思えた向こうのヒップホップに比べて国内のソレは昔ずいぶん牧歌的に見えたけれど、今では他の何にも負けない完全な心の鏡として機能しているような・・


方法論だけそのままで完全な新作として上演するやり方もあるんではないかな、と思ったり。

よわくてやわらかくてつよい生き物

よわくてやわらかくてつよい生き物

うさぎ庵

アトリエ春風舎(東京都)

2012/11/18 (日) ~ 2012/11/25 (日)公演終了

満足度★★★★★

一言断っておくと・・
やはり二人芝居で1時間以上喋りっぱなしということもあって、
役者さん二人の地理的な距離もあってか?
完璧という訳ではなかったように思います・・。

でも、自分も何度も観ている大塚氏と、
多分初めてキッチリ見ると思われる
坪井さんの人間的な魅力が大きいのでしょう、
色んなところをちょっとずつ想像力で補いながら観ていくと・・
自分はこの話、
シンプルだけど、悪くないのかな、
と思ったりしました。

きっと、要約すると凄くどこにでもありそうな夫婦の悩みのようにも思えたりするんですけど、
その描き方が素晴らしいと思いました。

ネタバレBOX

子どもをつくらないと決めた夫婦の死に別れの物語なのですが、
子供はいらないと思っていた奥さんが、
旦那が「子供はいなくても、君の仕事が僕らの子供だから・・」
と言うようなことを言って、末期ガンの旦那にだまって
50過ぎで不妊治療に向かう描写がとても良いな、と思いました。
笑う門には福来る

笑う門には福来る

LiveUpCapsules

インディペンデントシアターOji(東京都)

2012/11/16 (金) ~ 2012/11/19 (月)公演終了

満足度★★★★★

大圓朝
落語好きなら圓朝の名前を知らない者はなく、
様々な逸話も、さほど真面目に本を読んでいなくても、
ことあるごとにどこかで耳にしているはず・・。

自分も彼の創作した落語は色んな噺家を通してずっと慣れ親しんでいるし、
圓朝まつりも頻繁に行っている(彦八祭りも行くけど

洗濯機もテレビも何もなくてもいいから、
大圓朝の生きていた時代に生まれ、
彼の生の落語を聞きたいと思うことしきり(苦笑

冷静に考えてみれば、
生み出す作品が全て大傑作のあんな天才(日本の劇作家にはついぞ出現しなかったタイプ
が突如目の前に現れれば、
誰しもが虜になるし、嫉妬するのも当然と言えば当然で・・。

ただ、彼の素晴らしかったところは、
天才ではあるけど、いろんな人の生や死を見つめたからなのか、
噺の中に何とも言えない愛おしいような哀しいような空気が張りつめていることで。

それを、巧い噺家が、素晴らしい神社の一室かどこかで話すなら、
一度に空気が溶け出すみたいに、
いつしか江戸の闇夜の中に放り込まれていたりする。

東京の噺家たちが上方に対して優越感を常に抱いているのは、
大圓朝の功績が非常に大きい。

それだけの人物なので、
圓朝もサンテグジュペリと同じくらいの逸話に富む。

それだけに、それらをまとめるのは大変で、100分でも全然足りないくらい。
でも、この作品は凄く良くまとまっていたと思う。

最後をもう少しうまくまとめられればもっといいかな、
と、少し思ったけど(苦笑
それでも、圓朝の魅力的な逸話を生の演技で
目の前で観られたのはとても嬉しい(笑

落語ファンと言うとちょっと古臭い様にも思えるけれど、
良く考えれば、今の劇作家で100年後に誰かが声に出して読んで、
これだけ胸に染み入る作品を書いている人がいるんだろうか・・?

ペルシャの昔の詩人たちが作った作品が600年たってからも
現代の人びとに愛され暗記され読まれているが(人生を指し示してくれもする
日本の作品で500年後に残るのは
ひょっとしたら圓朝位かもしれない。

きょうはビッグサイトでスクイテンの講演を聴いたら、
帰りに台場の夕景がみたくなってゆりかもめに乗ったけど(笑
同じようにこの芝居を見たあとは、
圓朝の落語がすぐにでも聴きたくなったなぁ・・。

現代の東京は、
大したことのない詰まらない街なのかもしれないけれど(苦笑
過去の偉人の痕跡や、
他の国の人の夢の話が時たま聴けるから、
ちょっと輝いて見えたりするときもある。

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